講演要旨 - 生物圏情報学講座

バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 1
∼SEASTAR2000の成果と展望∼
°荒井修亮(京大院情報)・坂本 亘(近大水研)・光永 靖(近大農)
【目的】1996 年にエビ類の輸入大国であるアメリカ合衆国は、
ウミガメ類混獲防止装置(TED)を装着していないトロール漁船
で漁獲したエビ類の輸入禁止措置をタイ国などに通告してきた。
関係諸国は、合衆国の措置に対して世界貿易機関(WTO)に撤回
を求める提訴を行うとともに、ウミガメ類の回遊経路の把握に
乗り出した。特にタイ国水産局は我々の研究グループへ人工衛
星送信機によるバイオテレメトリー等の先端的な研究に関して
の研究協力を要請してきた。
【方法】この要請に応えるため、当面取り組むべき研究課題を
整理し、緊急性の高い課題について科学研究費「アセアン諸国
海域におけるアオウミガメの大回遊機構解明」として 3 カ年に
亘 る 研 究 を 行 っ た ( 国 際 名 称 は Southeast Asia Sea Turtle
Associative Research: SEASTAR2000)。
【結果】アルゴス送信機を延べ 20 数個体の産卵上陸した雌アオ
ウミガメに装着し、タイ国及びマレーシアから放流した結果、
当面の課題であった産卵後のアオウミガメの大回遊について、
アンダマン海及びタイ湾側ともにその実態を初めて明らかにす
ることができた。また、DNA による解析からアンダマン海とタ
イ湾のアオウミガメについては相違が見られないことが分かっ
た。SEASTAR2000 の推進とともに機器開発も合わせて行い、
地磁気加速度ロガー、CCD ロガー、GPS アルゴス送信機などを
新規に開発するとともにタイ国において海域実験を行った。更
に 1999 年から毎年、タイ国を中心にアセアン諸国及び東南アジ
ア漁業開発センター(SEAFDEC)の研究者(10 ヶ国、約 70 名)に
よるワークショップを合計 4 回開催した。現在、SEASTAR200
0 の第 2 フェーズとして、アオウミガメ以外のウミガメ類並び
に稚ガメの回遊解析等を行うこととし、その準備中である。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 2
∼アルゴスデータから推定するアオウミガメの行動圏∼
°安田十也(京大院情報)・杉原千哉子(近大農)・
Kongkiat Kittiwattanawong(タイ国海洋沿岸資源局)・
Winai Klom-in(タイ国海軍)・
坂本 亘(近大水研)・荒井修亮(京大院情報)
【目的】バイオテレメトリー技術の進展に伴い、解析法に関す
る技術も進展している。そのひとつが、トラッキングデータか
ら対象種の行動圏を推定する方法である。行動圏の推定法は、
位置プロットの最外郭を行動圏とする方法、行動圏を位置プロ
ットの確率密度によって表現する方法等、状況や目的によって
様々な手法が考案されている。本研究では、アオウミガメの回
遊追跡データより産卵期および採餌期の行動圏推定を試みた。
【方法】アンダマン海フーヨン島へ産卵上陸したアオウミガメ
雌成体の回遊経路を、アルゴスシステムを用いて産卵期および
採餌期に亘って追跡した。アルゴスシステムにより得られる位
置情報には誤差が含まれる。そこで、陸上にプロットされたデ
ータや、ある観測点から次点までの直線移動速度が5 km/h を上
回る観測点は解析から除外した。行動圏の推定は、GISソフトウ
ェアArcView 3.1のエクステンションとして、USGSにより開発
されたAnimal Movement 2.0を用いた。推定法は位置プロット
の精度を考慮して、LSCVを用いた固定カーネル法を利用した。
行動圏推定を行うにあたり、95%利用分布を全体の行動圏、50%
利用分布をコアエリアとした。
【結果】産卵期中における行動圏は49km2、コアエリアは6km2
(n=258; 4個体)であり、産卵場より6kmの緩衝地帯内に分布した。
産卵後から追跡した4個体は、アンダマン諸島において採餌して
いることが示唆された。個体により分布場所が異なったため、
個体ごとに行動圏を推定した。行動圏は66km2、69km2、155km2、
162km2の範囲内であり、コアエリアは9km2、12km2、27km2、
44km2(n=46,74,82,86)であった。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 3
∼シミラン諸島におけるアオウミガメの産卵時期∼
°安田十也(京大院情報)・田中秀二(学振特別研究員)・
三田村啓理・荒井修亮(京大院情報)・
Kongkiat Kittiwattanawong(タイ国海洋沿岸資源局)・
Winai Klom-in(タイ国海軍)・坂本 亘(近大水研)
【目的】ウミガメ類の孵化は、砂中温度など産卵場の環境要因
を強く受けるため、多くの個体群が孵化に適当な一定の時期に
産卵する。しかしながら、タイ国シミラン諸島フーヨン島など、
一年中アオウミガメの産卵が観察されるような地域もある。こ
のような繁殖地において、産卵個体はどのように産卵期を選択
しているかを明示した報告はない。そこで、本研究ではフーヨ
ン島で産卵するアオウミガメの産卵時期に関する調査を行い、
衛星テレメトリーの結果と合わせて考察した。
【方法】1996年1月から2003年6月まで、産卵浜を夜間パトロー
ルした。個体識別にはPITタグとインコネルタグを使用した。
【結果】調査期間内に76頭の産卵個体を識別した。全識別個体
のうち、のべ16頭の回帰個体が確認された。産卵時期と回帰時
期との間には有意な正の相関がみられた(p<0.0001)この結果は、
フーヨン島で産卵するアオウミガメの産卵時期は個体間で異な
っていることを示している。つまり、フーヨン島で産卵を行う
個体群の産卵期に季節性が見られない理由は、個体間および個
体内の産卵サイクルの違いを反映しているのではなく、個体に
よって産卵する時期が決まっていることを示唆している。ウミ
ガメ類は遅延受精を行わないとされており、フーヨン島では繁
殖期をむかえた個体が常に存在すると推測される。衛星テレメ
トリー結果より、個体群の主たる採餌場は、繁殖場より北西方
向におよそ650kmに位置するインド国アンダマン諸島と示唆さ
れた。繁殖場までの回遊コストが比較的少ないことや餌環境に
適した温暖な気候といった地理的条件が、フーヨン島の個体群
が一年を通して繁殖することを可能にしていると考えられる。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 4
∼タイ国アンダマン海におけるタイマイ亜成体追跡の試み∼
°奥山隼一・三田村啓理(京大院情報)・光永 靖(近大農)・
Kongkiat Kittiwattanawong(タイ国海洋沿岸資源局)・
荒井修亮(京大院情報)
【目的】現在、保護が喫緊の課題となっているウミガメ類の生
態には未だ不明な点が多い。特に亜成体については、体サイズ
の制限から従来の研究で用いられている人工衛星送信機を適用
することが難しく、行動生態に関する知見が少ない。本研究で
は、超音波発信機によるバイオテレメトリー手法を用いてタイ
マイ亜成体の行動を追跡することを目的とした。
【方法】実験は 8 月と 11 月の 2 回行った。タイ国プーケット島
近海において漁業者によって混獲され、タイ国海洋沿岸資源局
において保護されていたタイマイ亜成体を実験に用いた。各実
験につき 2 個体ずつ、計 4 個体(39±3.8cm)に超音波発信機
(Vemco 社製; V16-1H, V16P-4L)を装着し、混獲地点周辺の海域
に放流した。1 回目の実験では、追跡型受信機(Vemco 社製;
VR60)を用いて船で追跡し、船の位置を GPS で記録した。さら
に、数名のダイバーによる目視で追跡・観察を行った。2 回目の
実験では、上記の方法に加えて、携帯型受信機(Vemco 社製;
VUR96)を用いてダイバーによる追跡・観察を行った。
【結果】実験 1 回目の 1 個体のみ放流直後に見失ったが、残り
の 3 個体については、それぞれ約 2 時間にわたって行動を追跡
することができた。追跡期間中、いずれの 3 個体も水平的に大
きく移動することなく放流地点周辺に滞在した。加えて、各個
体追跡時に、別個体が放流海域周辺に滞在していることは、発
信機の信号により確認できた。滞在深度は水深とほぼ一致し、
ダイバーにより珊瑚の下に潜んでいる様子が多く観察された。
遊泳は海底近くで行われ、珊瑚間を移動する際に観察された。
また、呼吸時以外に上層へ遊泳することはなかった。遊泳時間
は短く、珊瑚の下に潜んでいる時間が大半であった。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 5
∼オサガメのポーパシング∼
°田中秀二(学振特別研究員)・荒井修亮(京大院情報)・
佐藤克文・内藤靖彦(極地研)
【目的】オサガメ Dermochelys coriacea は外洋に生息しクラゲ
類を採餌する大型爬虫類で回遊範囲は熱帯域から北極圏におよ
ぶ。オサガメは採餌のために 1000m まで潜るが水平方向に移動
する際には深度 1-5m 付近を遊泳することが近年明らかになっ
た。水平的な移動なので深く潜る必要はないが造波抵抗を避け
るため「少し」深いところを遊泳するらしい。しかし研究手法
が限られているのでこのような浅い深度での行動記録はほとん
ど得られておらず詳しくは不明である。本研究ではオサガメの
浅い潜水がどのような機能を持つのかを明らかにするために装
着型の bio-logging によってオサガメの行動を記録し、深度 5m
以浅の潜水の時系列プロファイルを記述することにした。
【方法】2001-2003 年の産卵期にフランス領ギアナにおいて調
査を行ない 8 個体のオサガメから inter-nesting 期間の遊泳深
度・体軸角度・遊泳速度・前肢の stroke frequency の記録を得
た。
【結果】浅い深度での潜水プロファイルはどれもほとんど同じ
く潜水時間 30-60sec 潜水深度 1-2mで「浅くて長い」潜水は行
われなかった。オサガメはこの「浅くて短い」潜水をごく僅か
な水面時間を挟んで数回づつ繰り返していた。浮上の際には前
肢のストロークがほとんど記録されないので、この「ポーパシ
ングのような」行動は水面での正の浮力を推進力に利用するこ
とによって「浅くて長い」潜水よりもエネルギーコストの少な
い移動方法を実現しているようだ。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 6
∼地磁気がメバルの回帰・固執行動に及ぼす影響∼
°三田村啓理(京大院情報)・光永 靖・岡野 奨(近大農)・
中村憲司(シャトー海洋)・阪上雄康(関空)・
荒井修亮(京大院情報)・坂本 亘(近大水研)
【目的】メバル Sebastes inermis は、採捕地点から約 3-4km 離
れたところに放流しても、採捕地点に回帰して長期間生息域に
強く固執する。2002 年度のバイオテレメトリー調査の結果、メ
バルは磁気受容器を使用して定位する可能性が示された。そこ
で本研究では、メバルの体内に磁石を装着することによって、
メバルの回帰および固執行動が撹乱されるかを調査した。
【方法】供試魚は、2003 年 10 月に関西空港東護岸の 2 地点で
釣りによって採捕したメバル 16 尾(210±8mm)を使用した。実験
区 8 尾に磁力 0.3T の小型磁石と超音波発信機(Vemco 社製;
V8SC-6L)を、対照区 8 尾に同発信機を腹腔内に装着した。装着
から 2 日後に、供試魚を採捕地点から約 2km 離れた地点に放流
した。行動追跡には、長期間追跡可能な設置型受信機(Vemco 社
製; VR2)5 台を使用して、同年 12 月まで自動測定した。
【結果】対照区 8 尾中 5 尾が採捕地点へ回帰した。これに対し
て実験区は 8 尾中 2 尾のみが回帰した。回帰に要した時間は両
区で差が無かった。これらの結果より、メバルは回帰行動に他
の感覚器官と共に地磁気を使用している可能性が示された。対
照区 5 尾が長期間、放流・採捕地点付近に強く固執したのに対
して、実験区は 1 尾のみが固執した。固執した個体は、両区共
に受信回数が潮汐リズムに対応して増減していること、超音波
は岩礁で減衰することから、潮汐に応じて岩礁域から出入りし
ていたと考えられる。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 7
∼アカアマダイ放流魚の日周行動∼
°横田高士(京大農)・三田村啓理・荒井修亮(京大院情報)・
光永 靖(近大農)・益田玲爾(京大水実)・
藤原建紀(京大院農)・竹内宏行・津崎龍雄(宮津栽漁セ)
【目的】近年、種苗生産技術の進展によりアカアマダイの種苗生
産が可能になってきた。しかし、放流後の生態には依然不明な点
が多く、放流技術に課題が残っている。本研究では、超音波バイ
オテレメトリーを用いて舞鶴湾における本種の放流後の行動を解明
することを目的とした。
【方法】供試魚は、独立行政法人水産総合研究センター宮津栽
培漁業センターが種苗生産用として使用した若狭湾産天然親魚
および親魚養成した人工生産魚を用いた。供試魚の腹腔内に超
音波発信機(Vemco 社製; V8SC-6L)を装着した。数日間は水槽内
で術後の経過を観察し、遊泳行動および術後の傷口に異常が無
いことを確認した。2003 年 1 月(冬期)に天然魚 4 尾を、2003 年
8 月(夏期)に天然魚 6 尾と人工生産魚 4 尾を舞鶴湾内に放流した。
その後、追跡型受信機(Vemco 社製; VR60)と設置型受信機
(Vemco 社製; VR2)を用いて供試魚を探索・追跡した。
【結果】放流直後は全供試魚からの信号を受信できたが、時間
が経過するにつれて信号は断続的となり、受信が途絶える個体
もあった。しかし、冬期実験の天然魚 2 尾と夏期実験の人工生
産魚 2 尾については、放流から 30 日間以上、
最長で約 140 日間、
受信が続いた。この内で、冬期実験の天然魚 2 尾と夏期実験の 1
尾の受信頻度は、昼間に高まり、夜間に激減する明確な日周リ
ズムを示した。本種は砂泥底に巣穴を掘って生活すると報告さ
れている。超音波は進路上に砂泥層などの障害物が存在すると
大きく減衰する。このため、受信頻度の日周リズムは供試魚が
昼間は巣穴外に、夜間は巣穴内に移動する日周行動を反映した
ものと考えられる。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 8
∼タイ国メコン川におけるメコンオオナマズの追跡∼
°光永 靖(近大農)・三田村啓理・荒井修亮(京大院情報)・
Thavee Viputhanumas(タイ国水産局)
【目的】メコンオオナマズは絶滅が危惧されており,タイ政府は人
工繁殖による資源の回復に努めている。しかしメコン川に放流した人
工繁殖魚の生態や資源添加の可能性は未知である。タイ政府の要請を
受け,2001 年からバイオテレメトリーによる調査を開始した。2002
年に 10 尾を追跡した結果、上流へ移動する傾向と高い遊泳能力とが
確認された。2003 年は追跡範囲をタイ国内のメコン川全流域に拡大
して同様の調査を行い、本種人工繁殖魚のメコン川における行動生態
を明らかにすることを目的とした。
【方法】人工繁殖魚 10 尾(TL 76.5-88.5cm,BW 3.5-5.8kg)の腹腔
内に超音波発信機(Vemco 社製; V16-5H)を挿入し、2003 年 5 月 11
日にタイ国内のメコン川流域のほぼ中央に位置するナコーンパノム
に放流した。同流域の北限に位置するチェンコーンから南限に位置す
るコンチアムの間、総延長約 1000km に 5 台の設置型受信機(Vemco
社製; VR1)を設置した。受信機のメコン川における受信範囲は半径約
300m で、受信範囲内に個体が侵入すると、パルス間隔から識別した
個体番号と時刻を内部メモリに記録する。2003 年 6 月と 12 月に受信
記録を確認した。
【結果】放流地点に設置した受信機の記録を見ると、2 尾が放流直後
に、8 尾が 1-2 日後に受信範囲外に移動した。2-10 日後に 4 尾が、6
月と 8 月にそれぞれ 1 尾ずつが、再び放流地点で確認されたが、その
後、いずれの受信機においても個体は確認されていない。放流から
7-10 日後に 50-100km 上流で、のべ 4 尾がタイまたはラオスの漁業
者の刺し網により捕獲された。上流への移動速度は最大で 14km/day
と見積もることができる。2002 年に引き続き、メコンオオナマズ人
工繁殖魚の上流へ移動する傾向と高い遊泳能力とがあらためて確認
されたと共に、メコン川における漁獲圧の高さを示す結果となった。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 9
∼タイ国メプン湖におけるメコンオオナマズの日周行動∼
°三田村啓理(京大院情報)・光永 靖(近大農)・山岸祐希子・
荒井修亮(京大院情報)・Thavee Viputhanumas(タイ国水産局)
【目的】メコンオオナマズは、全長 3m、体重 300kg にもなる、
メコン川固執種である。また本種は絶滅が危惧されているが、
流域における貴重な水産資源でもある。このためタイ国政府は
漁獲制限を設けて天然資源の保護を目指すと同時に、人工繁殖
による資源回復に努めている。しかし人工繁殖魚の生態や資源
添加の可能性は未知である。そこで本研究では、バイオテレメ
トリーを使用して、人工湖においてメコンオオナマズの基礎的
な生態を把握することを目的とした。
【方法】人工繁殖魚 8 尾(112±5cm)の腹腔内に超音波発信機
(Vemco 社製; V16P-5H)を装着して、タイ国パヤオ県のメプン湖
に放流した。行動追跡には長期間追跡が可能な設置型受信機
(Vemco 社製; VR2)14 台を使用して、湖全域を約 7 ヶ月間自動
観測した。設置型受信機の受信範囲は半径約 400m で、受信範
囲内の供試魚の個体番号、遊泳水深、および受信時刻が内部メ
モリに記録される。
【結果】全ての受信機で供試魚の出現が記録されていたことか
ら、供試魚は湖全域を遊泳していたことがわかった。また比較
的深い水域に設置された受信機に供試魚の出現記録が多いこと
から、供試魚は深い水域を好むことが明らかになった。供試魚
は、昼間は深層と表層間で上昇・下降を繰り返し、夜間は表層
で滞在する顕著な日周行動をすることが明らかになった。供試
魚は、水深約 15m の水域において水深 8m よりも下降すること
は殆どなかった。水深 7m 前後には水温躍層があることから、
メコンオオナマズの鉛直移動はこの水温躍層に制限されている
ことが分かった。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 10
∼ジュゴン鳴音の音響学的解析を用いた
モニタリングネットワークの構築∼
°市川光太郎・荒井修亮(京大院情報)・赤松友成(水工研)・
原 武史(水産資源保護協会)・新家富雄((株)SIT)・
Kanjana Adulyanukosol(タイ国海洋沿岸資源局)
【目的】本研究は、バイオテレメトリーの新しい手法として、
ジュゴンの鳴音を受動的に利用した野外行動観察手法の確立を
目的としており、第一段階のジュゴン鳴音の音響特性の把握、
およびジュゴンの方位の音響学的な特定を試みた。
【方法】調査はタイ国トラン県リボン島周辺海域(北緯
07°12’58.4”、東経 99°24’21.9” )で行った。観察船に 2 チャンネ
ルのハイドロフォンとデジタルレコーダなどからなる受信シス
テムを搭載し、水中音を録音した。録音により得られた音声フ
ァイルを、波形解析ソフトウェア Cool Edit Pro 2 でソナグラム
に変換し、鳴音の中心周波数・持続時間および音圧レベルを測
定した。次に、方位解析ソフトウェア Ishmael1.0 で 2 チャンネ
ル間の鳴音の到達時間差を計測し、音速とハイドロフォンの基
線間距離を基に三角法をもちいて鳴音の到来方位を算出した。
【結果】ジュゴン鳴音の周波数範囲は 3-8kHz であり、持続時
間は 100-500ms の短いものとおよそ 1000ms 以上の長い鳴音に
大別された。鳴音の到来方位は、音圧レベルの上昇に伴い一定
の傾きで変化した。これはジュゴンが鳴音を発声しながら一定
の角度で観察船に接近してきたことを表すと考えられる。複数
地点から同一鳴音の到来方位を算出することで、ジュゴンの位
置の連続計測も可能である。現在、海中で自動記録可能な音響
データロガーを製作中であり、このロガーをもちいたジュゴン
モニタリングネットワークの構築に取り組む予定である。
バイオテレメトリーによる水圏生物情報の取得と応用 11
∼タイ国沿岸域における地域社会シミュレーション・モデル∼
°奥山隼一(京大院情報)・Somchai Mananunsap・
Mickmin Charuchinda(タイ国海洋沿岸資源局)・
荒井修亮(京大院情報)
【目的】近年、観光産業の発展に伴い、観光による自然環境の破壊
が問題となっている。しかし、外貨獲得資源として観光産業は極めて
重要であるため、観光開発を止めることは不可能である。タイ国ラヨ
ーン県沿岸域にはウミガメ類の産卵場があり、タイ国政府はその
保護とともに観光資源としての利用を模索している。我々はバ
イオテレメトリーによって、こうした資源の保護と利用につい
て研究を行っている。この地域は、さらに漁業資源の急激な減少に
よる漁業・漁村の衰退という問題も孕んでおり、漁業の維持、観光の
発展、ウミガメ・自然環境の保護、地域経済の発展という複雑に絡ま
った問題を抱えている。本研究は、タイ国ラヨーン県沿岸域を対象に、
シミュレーション・モデルを用いて、地域管理・政策に関して提言
を行うことを目的とした。
【方法】地域社会の現状と問題点を明らかするため、地域統計
資料の調査、および地域住民・観光客に対してアンケート調査
を行った。有効回答はそれぞれ 171 世帯、186 グループであっ
た。これらの結果を踏まえ、タイ国ラヨーン県沿岸域の自然環境、
地域社会、観光に関するシミュレーション・モデルを作成した。
【結果】アンケートにより、この地域に住む人々は主に観光業
関係者と漁業関係者に大別できることが明らかとなった。そし
て、彼らの間に収入の格差があることも明らかになった。シミ
ュレーションの結果、漁業資源は当面回復する見込みは少なく、
生産性の高い漁業技術を導入することに加え、観光業の発展に
伴う新たなエコツアーによる雇用作出が必要であると考えられ
た。この新たな雇用は漁業者収入ばかりでなく、漁業資源、観
光客数などにも好影響を与えることが明らかとなった。一方で、
珊瑚礁への悪影響はあまり軽減できない結果となった。