johny ジョニーは戦場へ行った 原作 ドルトン・トランボ 脚色 盛永いち子

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ジョニーは戦場へ行った
原作 ドルトン・トランボ
脚色 盛永いち子
時代 第1次世界大戦前後
場所 アメリカ・ヨーロッパ
登場人物 ジョー、イメージのジョー
ベッドの中のジョー カリーン
看護婦
キリスト
医師 A・B
若者 男A・B・C・D・E
女A・B・C・D
その他
サーカスの踊り子(男、女各3人)
猛獣使いの男
幕上がる。
ダンスパーテイの会場。
若者たちが楽しそうに踊っている。
にぎやかなダンス音楽。
ジョーとカリーンも踊っている。
男A、入って来る。
男A、中心に出て
男A 大変だ!みんな。
若者たち、しばらく踊り続けるが、中央から動かない男Aを
不思議そうに見ている。
少しずつ動きをとめる。
男A 大変だ!
イギリスがドイツに宣戦布告した!
音楽とまる
どよめき、歓声、悲鳴、口笛等々。
ジョーとカリーン、抱き合ってみんなを見ている。
男B 本当か。
男C すごいじゃないか。
女A 戦争が始まるの?
女B まあ、こわいわ。
男D 戦争だ!戦争だ!
男B やっぱりな、イギリスやフランスが
このままでいるわけはないと思ってたよ。
男C アメリカも参戦するだろうな。
男E 当たり前じゃないか。
正義の国アメリカがドイツをこのまま許すわけがない。
女C まったく、男の子たちの考えることったら、もう。
音楽「ジョニーよ、銃をとれ」が流れる。
女A いやだわ、戦争なんて。
女B あら、私はそうでもないわ。
だって、軍服ってステキですもの。
ねえ、もちろん、みんなも行くんでしょ。
男B もちろんだとも。決まってるじゃないか。
男C 戦争はすぐ終わるよ。
アメリカが参戦するまでもないさ。
男E そうだな、クリスマスにはもう終わって、
ここで踊ってるよ。
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男D そうとも、クリスマスまでには終わってるだろうな。
男B それじゃあ、勝利の前祝だ。
男C よーし!
全員 かんぱーい!
再び、歓声、笑い声、口笛等々。
みんな再び踊りだす。
音楽大きくなって、フェイドアウト。
音楽と同時に暗転。
暗闇。
静寂。
飛行機の飛ぶ音。
ヒュルヒュルと爆弾が落ちる音。
爆音、激しい爆発音。
静寂。
暗闇の中。左側にベッド。中心が盛り上がり、シーツがかかっている。
このベッドは、これ以後どのシーンでも置いたまま。
いくつものチューブが取り付けられている。
医師の声。
医師A 身元のわかるものは何もありません。
血圧、脈拍、体温、ともに正常値です。
塹壕を出たところをやられたようです。
胸と腰はやられていません。
医師B とっさに性器を守ろうとするんだ。胎児のような形になる。
医師A 脳髄のうち、延髄だけが無事です。
大脳はほとんどが欠損しています。
医師B 心臓と呼吸中枢は無事だということか。
医師A 四肢切断。顔面も額から下は吹き飛ばされています。
医師B 生かしておくんだ。今後の治療の研究のために。
なに、脳髄が働いていないんだ。
どうせ彼は何も感じない。
苦痛も快楽も何も。・・・死ぬまでな。
再び静寂。時計の音。
ジョー、舞台右から出てくる。
服装は白いシャツにズボン。。
このジョーは生身ではない。
いわば、ジョーのイメージである。
ジョー ここは暗い。ここはどこなんだ。まっくらだ。
なにも見えない。僕は死んだのか?何も見えない。
なにも聞こえない。
痛い、身体中が痛い。痛い。
あれはなんだ?あのシーツは?
遠くからカリーンの声。
カリーン ジョー、ジョー・・・。
ジョー カリーン?カリーン?どこにいるんだ。カリーン。
君は僕のことをひどい奴だと思ってるだろうね。
でもカリーン、僕はあの時、君に手紙を書いてたんだ。
塹壕は暗くて狭かったから、ちょっと外に体を出して。
いとしいカリーン、僕は元気だ。
僕は今フランスの北西部にいる。
その時、目の前で何かが爆発した。僕は思わず体を伏せた。
僕の目の前は真っ暗になった。
・・・あれからずっと、僕のまわりは暗闇ばかりだ。
カリーン、いつの間にかジョーの後ろに座っている。
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カリーン ジョー、ほら、見て。本物のムーンストーンよ。
死んだ母さんがくれたの。ねえ、はめてみて。
ジョー 入らないよ。
カリーン 小指にはめるのよ。おばかさんねえ。小指にはめてみて。
ジョー ほんとだ。
カリーン ね、言ったとおりでしょう。ずっとはめててね。ね、ジョー。
ああ、ジョー、私、恐いわ。
ジョー 大丈夫だよ。
カリーン 行かないで、ジョー。お願いだから。
ジョー しょうがないよ。僕は徴兵されたんだ。
カリーン 殺されちゃうわ、ジョー。
ジョー 大丈夫だよ。カリーン、そんなことにはならないよ。
カリーン 大丈夫って言った人がたくさん殺されたわ。
行かないで、ジョー。
ジョー たくさんの人がちゃんと帰ってきたよ。
カリーン 行かないで、ジョー。あなたが好きよ。
ジョー 泣かないでよ、カリーン。お願いだよ。
約束するよ。ちゃんと帰ってくるって。
手紙を書くよ。カリーン。
カリーン あなたが逃げてくれればいいのに。
ジョー カリーン。
カリーン さよなら、ジョー。さよなら。
カリーン、立ち上がって後ろ向きに遠ざかって行く。
ジョー カリーン。僕は行きたくない。僕はここにいて、君と一緒にいたい。
働いてお金を貯めて子供たちに囲まれて、、ずっと君を愛していたい。
カリーン、僕は行きたくない。僕は生きていたい。
僕は行きたくないんだ。
でも、僕は行かなくちゃならなかった。カリーン・・・。
ジョー そうだ、指輪はどうしただろう。カリーンの指輪。
いつも左手の小指にはめてたのに。指、左手、僕の腕。
腕?僕の指輪はどこだ?僕の左腕はどうしたんだ?
腕がない!左腕がない。誰だ、誰がやったんだ。
僕の腕を切ったのは誰なんだ。許可がいるはずだ。
僕の同意がいるはずだ。
僕に黙って腕を切り落とすなんて、
そんなことが許されるわけがない!
右腕だけでどうやって仕事をすればいいんだ。
仕事ができなければ、カリーンと結婚できないじゃないか。
右腕?右腕はどこだ?なんてことだ!右腕もない!
ああ、どうしたらいいんだ。僕には両腕がない。
カリーン、僕には両腕がない。君をしっかり抱きしめていたいのに、
君を抱くための両腕がない。両腕がなくなったんだよ。カリーン。 看護婦がやってきて、シーツをめくりあげ、なにかを始める。
ジョー 誰かが僕に触ってる。包帯を取り替えてるのか。
痛い、そっとやってくれ。右足が痛いよ。痛い。
足?足が痛くて動かせない。誰か助けてくれ。
足が痛くて感覚がないんだ。脚、僕の脚。
待てよ、僕の脚はどこだ?腰から下の感覚が全くない。
まさか僕は脚までなくしたのか?
ああ、いったいどういうことなんだ。僕は夢を見てるのか?
両腕も両足もなくして、こうやってベッドに横になってる、
この塊がぼくなのか?
目を覚ませ、ジョー、目を覚ますんだ。
ゆっくり目を開けて、・・・目を、・・・目・・・目?
僕の目はどこだ?・・・目が、僕の目がない!
おちつけ、ジョー。神経を集中させて。
口、口はどうだ?舌で口の中をさぐってみるんだ。
おかしい、舌がみつからない。舌がない。
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おまけに口も鼻もないみたいだ。でも変だな、苦しくないじゃないか。
なんだか空気が直接体の中に入ってくるみたいだ。
口も鼻も目もない。・・・あるのは大きな穴だけだ。
包帯が巻かれてる。額はあるみたいだ。
頭の後ろに枕が当たってるから、頭もあるんだろう。
ただ、顔が、顔の部分がぱっくりなくなっている。
ああ、僕はいったいどうしちゃったんだ。
これは夢だ。こんなこと夢にちがいないじゃないか。
だいたい人間がこんな姿になって、生きてられるわけない。
夢だ、夢にちがいない。
ああ、母さん、僕を起こしてよ。子供ときにしてくれたみたいに、
恐い夢をみたのね、ジョーって、僕を起こして。いやな夢なんだ。
すごく恐い夢なんだよ。母さん、母さん。
ジョー、下手に去る。
暗転・静寂。
ジョー、下手から駆け出してくる。
ジョー 待って、待ってくれ。待ってくれよ。
ジョー、頭を抱えてひざまづく。
ジョー どうしよう、どうしよう。
ジョー、しばらく頭を抱えたまま泣きじゃくる。
ジョー 父さんのものなのに。父さんがあんなに大事にしてたのに。
父さんはいつもきれいに手入れして、誰にも貸したことはなかった。
今年の夏、初めて僕に貸してくれた。
ごめんよ、父さん、あっという間だったんだ。
僕は追いかけたんだよ。僕は一生懸命追いかけたんだ。
ああ、どうしよう。父さんはきっと悲しむだろう。
カリーン、途中で上手から登場。そっとジョーの肩に手をおく。
カリーン どうしたの?ジョー。
ジョー、しばらく泣いているが、ゆっくりカリーンの方を振り返る。
カリーン なにを泣いてるの。ジョー。
ジョー ああ、カリーン、僕は父さんの釣竿をなくしちゃったんだ。
カリーン ジョー。
ジョー 僕は父さんといつもの夏みたいに森の奥にキャンプに行ったんだ。
毎年行ってたんだよ。
父さんはなんでもできる人だった。
テントの張り方、ボートのこぎ方、釣りえのつけ方、
どこに魚がたくさんいるか、どうしたらたくさん釣れるか、
なんでも教えてくれたよ。
僕たちはいつも二人で夏になるとテントをかついで森に行った。
でも、今年はビル・ハーバーが一緒だった。僕がたのんだんだ。
カリーン 知ってるわ、赤毛のビルね。
ジョー ビルは釣竿を持ってなかった。
父さんはビルに僕の釣竿を貸してやって、
僕は父さんのを使えって言ってくれた。 カリーン それをなくしたの?
ジョー 父さんの自慢の釣竿だったんだよ。
はじめて僕に持たせてくれたんだ。ああ、どんなに嬉しかったか。
カリーン わかるわ、ジョー。
ジョー それなのに僕はそれをなくしちゃったんだよ。
それはこはく色のテグスときれいな絹がまきつけてあってね、
毎年春になると、新しくニスをぬるんだ。
父さんはそれを手入れしながら、僕に言った。
どうだい、ジョー、父さんの釣竿は。すばらしいだろう。
父さんが自慢できるものと言ったら、これしかないからな。
カリーン ジョー。
ジョー 僕とビルは舟をこいで、遠くまで行った。
一日中川をこぎまわって、二人とも疲れてた。
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魚のひっかかる音がして、はっと気がついた時は、
もう釣竿は川の中に消えていた。
僕たちはかいを使って棹を引き上げようとした。
・・・でもむだだった。
カリーン ジョー、ジョー、泣かないで。ジョー。
ジョー 父さんはなんでもできる人だったよ、・・・金儲けのほかはね。
父さんは別の釣竿を買うお金がなかったんだ。
カリーン お父さんは幸せじゃなかったの?
ジョー ・・・わからないよ、カリーン。父さんと母さんは愛し合ってた。
父さんはうちの裏の畑でいろんなものを作ってたよ。
ポテトやとうもろこしやトマトやたまねぎ。ひよこやうさぎもいた。
牛も飼ってた。母さんは牛のミルクを搾ってバターを作ったし、
アイスクリームなんかも作ってくれた。
母さんは地下室にいろんなものを保存してた。
マーマレードや木苺のジャム、りんごゼリー、
ピクルス、さくらんぼの砂糖漬け・・・。
僕たちはこどもだったから、うちにはなんでもあると思ってた。
僕はうちが貧しいなんて知らなかったんだ。
カリーン、いつの間にか消えている。
ジョー カリーン?カリーン、どこへ行ったんだ?カリーン。
ジョー、あちこち探し回る。ため息をついて座る。
ジョー 釣竿は見つからなかった。
僕と父さんは次の夏はもうキャンプに行かなかった。
僕と父さんの夏はあれが最後だった。
そうだ、あれは最後の夏だったんだ。
静寂。
下手から看護婦が入ってくる。
ベッドの上のジョーを見つめて立っている。
ジョー 誰か来た。誰だ?優しい軽やかな足音だ。
看護婦、シーツをめくって何かをしている。
ジョー 服を脱がしている。胸を拭いてくれる。なんて気持ちがいいんだ。
なんだろう?何かが落ちてくる。あたたかくて濡れてる。
・・・涙?涙なのか?
泣いてるの?優しい人。君は僕のために泣いてるの?
ジョー、はっとして
ジョー カリーン?君はもしかしてカリーンなの?
うろたえて、泣き叫ぶ。
ジョー いけない。僕のこんな姿を見ちゃだめだ。
やめてくれ、カリーン。僕は腕も脚もない。
目も鼻も口もないんだよ。
だめだよ、カリーン。あっちへ行ってくれ。
僕はもう君を抱くこともできない。
僕はもう君を幸せにしてあげられないんだ。
看護婦、行ってしまう。
ジョー 行ってしまった。カリーン。
ああ、カリーン、僕は本当は君といたいんだ。
本当は君に会いたいんだよ。
カリーン、カリーン、カリーン・・・。
ジョー、座り込む。
静寂・時計の音。
ジョー 今、何時なんだろう。今日はいったいいつなんだろう。
僕は腕と脚と目と鼻と口をなくした。
でも、それだけじゃない。僕は時間をなくしてしまった。
あの塹壕で、何かが爆発してから、
僕には時間がなくなってしまった。
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静寂・時計の音。
看護婦が入ってくる。
ジョー ああ、あの足音。優しい軽やかな。あなたなの?優しい人。
看護婦がさっとカーテンを開ける。ジョーのベッドに光が当たる。
明るい照明、一筋ジョーのベッドへ。
ジョー、はじかれたように立ち上がる。
ジョー なんだろう、これは?胸の辺りがあたたかい。
なんだろう?僕はこれを知ってるような気がする。
思い出せ、ジョー。思い出すんだ。
・・・懐かしい感覚。
小さい頃、僕は畑で父さんや母さんが
楽しそうに働いてるのを見てた。
春の昼下がり、カリーンと二人で川のほとりを歩きながら、
初めてカリーンにキスした。
思い出せ、ジョー。
懐かしい記憶。あたたかい感覚。
太陽だ!
これは太陽の光だ!
あなたなの、優しい人。ありがとう、ありがとう、優しい人。
これで昼と夜の区別がつく。一日を数えることができる。
僕は時間を取り戻したんだ!
僕は時間を取り戻したんだ!
静寂・時計の音。
ジョー 349・・・350・・・352・・・352・・・・365
365日、1年。
カリーン、1年過ぎたよ。
君と駅で別れてから、何年たったんだろう。
僕が時間を数え始めてから1年。
その前に2年?3年くらいたってるだろうか?
カリーン、君はどうしてるだろう。カリーン・・・。
静寂・時計の音
ジョー カリーン。ああ、カリーン。僕は生きてるんだろうか?
僕は、こんな姿になってまで生きていたくないんだ。
僕は死にたいんだよ、カリーン。
でも死ねない。僕は自分で死ぬこともできない。
カリーン、助けて。カリーン。
君は今どうしてるの?僕のことなんか、もう忘れちゃっただろうね。
カリーンがいつの間にか立っている。
ジョー カリーン!会いたかったよ。
カリーン ジョー、あなたなの?本当にあなたなの?
ジョー カリーン、どうして泣くの?僕だよ、カリーン。
僕を忘れたの?
カリーン だって、あなたは帰ってこなかったんですもの。
私、ずっと待ってたのよ。
あなたは手紙ひとつくれなかったじゃないの。
私、寂しかった。寂しかったわ、ジョー。
ジョー でも、カリーン、僕は手紙を書いてたんだ。
あの手紙はどうなったんだろう。君には届かなかったんだね。
カリーン もう私を愛してないのね。
ジョー 愛してるよ、カリーン。
カリーン じゃあ、なぜ手紙を書かなかったの。
ジョー 書こうとしたんだ、カリーン。
でも書けなかった。
カリーン 毎日毎日待ってたの。でも手紙は来なかった。
戦争が終わったのに、あなたは帰ってこなかった。
ビル・ハーバーは片腕をなくしたの、でもビルは帰ってきたわ。
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ジョー、どうして帰ってきてくれなかったの?
どんな姿になってもいい、帰ってきて欲しかったわ。
ずっと、ずっと待ってたのよ、ジョー。
ジョー カリーン・・・。
カリーン 帰ってきて、ジョー。
私のところに来て。
そしてその両腕で、私を抱いてちょうだい。
ジョー カリーン、僕は君を抱くことができない。
カリーン ああ、ジョー。私を愛してないの。
ジョー ちがうよ、カリーン。ちがうんだ。
カリーン ジョー・・・。 ジョー カリーン、僕がなくしたのは片腕だけじゃないんだ。
僕は僕をなくしちゃったんだよ、カリーン。
僕は僕を失って、君を失って・・・、
・・・人間であることも失ってしまったんだ。
カリーン、いつの間にか消えている。
ジョー カリーン、カリーン。
ジョー、座り込む。
静寂・時計の音。
ジョー 234・・・235・・・236・・・237・・・
看護婦が入ってくる。ベッドのジョーに何かしている。
ジョー なにをしてるの?優しい人。
服を着替えさせてくれるの?いつもしてくれるみたいに?
いや、ちがう。
指?指の感触。
僕の胸に触れてる。動く。何かしてる。
まっすぐ、まっすぐ・・・直線。
イメージのジョー、大きく空に指で文字を書く。
ジョー 角度、・・・ひとつの直線が上にあがる。角度をつけて下がる。
それからまた、角度。また上にあがる。
そして垂直に下がって・・・とまる。
なんだろう?わからない、わからないよ、優しい人。
また、まっすぐ・・・直線・・・角度・・・
上にあがって、下がって・・・また上がって・・・。
わからないよ。
まっすぐ・・・直線、上がって・・・下がって・・・
また上がって・・・。
ジョー、突然立ち上がる。
ジョー Mだ!Mだ!優しい人、わかったよ、Mだね。Mだね!
看護婦、大きくうなずいて、シーツの上からジョーを優しくたたく。
ジョー M・E・R・・・R・Y・・・C・H・・・R・I・・・
S・T・・・M・A・・・S。
メリー・クリスマス!
メリー・クリスマス!クリスマスおめでとう!
クリスマスおめでとう!
わかったよ、優しい人。メリー・クリスマス!
今日はクリスマスなんだね。
ああ、なんてすばらしいんだ。きょうはクリスマスなんだ。
優しい人、ありがとう。僕はもう一人じゃない。
僕は世界の中にいる。
僕は世界を取り戻したんだ!
静寂・時計の音。
ジョー 新年、1月1日。・・2・・・3・・・4・・・。
僕は時間を取り戻した。
僕は世界を取り戻した。
ああ、でもやっぱり僕は一人だ。
僕の思いは誰にも伝わらない。
どうしたら僕は僕の思いを伝えられるだろう?
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どうしたら僕が生きて、考えてるってことを伝えられるんだ。
楽しげな音楽が聞こえて来る。
ジョーのベッドの後ろを、ガヤガヤと兵士たちがたくさん通り過ぎて行く。
気がつくと、髪の長い男(キリスト)がトランプ占いをしている。
ジョー なんだろう、あの音楽は?
不思議だ、耳がないのに、音楽が聞こえるなんて。
汽車の汽笛の音。
ジョー あ、汽車が停まっている。
みんな、あの汽車に乗り込んで行く。
いったいあの汽車はどこへ行くんだ?
あれに乗ったら、母さんや妹たちや
いとしいカリーンのところへ帰れるんだろうか。
ジョー、舞台中央の客席向かって行こうとする。
キリスト 待て、ジョー。
お前はその汽車には乗れない。
ジョー、立ち止まる。
ジョー なぜです。みんな乗ってるのに。
キリスト お前は切符がないだろう。
ジョー 切符?(ポケットをまさぐって)
それはどこに行ったら買えるんですか。
キリスト、立ち上がってジョーをジッと見る。
キリスト 西部戦線で大きな戦闘があったんだ。
ドイツ兵もイギリス兵も、フランス兵も大勢死んだ。
汽車は満員だ。
みんな、ドイツ野郎と一緒はいやだとか、
高慢ちきなイギリス人の隣りには座りたくないとか、
わがままばかり言ってる。
困ったやつらだ。
ジョー あんたの言うことはちっともわからない。
・・・あんたはいった誰なんだ。
キリスト 私か?私はキリスト。
ジョー キリストだって?あんたが?
キリスト そうだ、みんなそう呼んでる。
ジョー、キリストをじろじろ眺め
ジョー あんたが本当にキリストなら、僕を救ってくれ。
キリスト、カードを放り投げて立ち上がる。
キリスト 救いだって?
ジョー ねずみが僕をかじろうとするんだ。
キリスト ねずみ?そんなものは追い払えばいいじゃないか。
ジョー それが、追い払えないんだ。僕には手がないんだ。
キリスト 手がない?
ジョー 手だけじゃない。
脚も、目も、耳も、鼻もなんにもないんだ。 僕はただの肉の塊なんだよ。
ねえ、なんとかしてくれ。
僕を救ってくれ。
あんたはキリストなんだろう。
キリスト ふーん。・・・難しい問題だな。
お前は私が作り出したものじゃないからな。
お前たちはまったく神さえ恐れずに
とんでもないものを作ろうとする。
肉の塊でもお前は考え、感じ、苦しんでいる。 お前は確かに生きている。
しかし、それがいったい何になる?
さあ、お前はもう行くがいい。
お前は、お前自身が大きな悪夢だ。
実現しない夢のように、お前自身が夢なのだ。
・・・お前はあの汽車には乗れない。
死んだ者だけが、あの汽車に乗るんだ。
キリスト、闇に消えて行く。
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ジョー 待ってくれ。僕を助けてくれ。
僕はあの汽車に乗りたい。
どうか・・・
汽笛の音。
汽車が動き出す音。
ジョー、ひざまづいてうつむく。
ジョー ・・・神でさえ、僕を救ってくれない・・・。
僕は誰か?僕は誰だ?
目もない、鼻もない、口もない、あごもない、
顔だって額しか残ってない。
両腕も両脚もない。
寝返りさえうつことができない。
息をすることも、食べることもできない。
この物体はいったい誰なんだ。
僕は生きてるのか?
それとも死んでいるのか?
どうして僕はあの汽車に乗ることができないんだ。
時計の音。
ジョー 277・・・278・・・299・・・。
今頃母さんはどうしてるだろう。
いとしいカリーン。
君はもう、いい人を見つけて結婚しただろうか。
そいつはどんな男なの、カリーン。
僕のように、君を愛してくれるかい。
カリーン。
・・・帰りたい。帰りたい・・・。
暗転。
なお、この暗転の間にベッドに人が入る。
イメージのジョーとは別の人にする。
顔から下は白い布で隠す。
時計の音。
ジョー 312・・・313・・・
そうだ、いいことがある。
僕を見世物にして、アメリカ中をまわるんだ。
歌って、踊って、騒いで。
カーニバルだ!
パッと色とりどりの照明。
ベッドはそのまま。
背景はサーカス小屋のテント。
人間が一人うずくまって入れるくらいの箱を、
ゴロゴロ押しながら、猛獣使いの男が入って来る。
舞台中央に箱を置く。
その中にジョーが両手、両脚を抱えてうずくまっている。
サーカスの踊り子たち、出てきてあちこち跳ねたり踊ったりする。
猛獣使いの男は、黒いタキシード、蝶ネクタイ、ニッカボッカ、
シルくハット、ダリのようなひげ。
鞭をかかげ、シルクハットを取って丁寧にお辞儀。
猛獣使い レディスアンドジェントルメン。
ドリームサーカスへようこそ。
拍手と歓声。
にぎやかな音楽。
踊り子たち、クルクルまわりながら舞台狭しと踊りまわる。
猛獣使い さあさあ、お立会い。
これからお目にかけますは、世にも珍しい生き物だ。
半分死んで、半分生きている、世にも不思議な人間だ。
なに、本当に生きてるのかって?
もちろん生きていますとも。
さあ、近くに寄ってとくとご覧下さい。
こんなになっても生きている。
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こんなになっても生きている。
これでもこれは人間だ。
人間だ、人間だ、人間だ、人間だ・・・
猛獣使い、壊れたレコードのように繰り返しながら退場。
ジョー、箱から出て立ち上がる。
ジョー、踊り子たちと一緒に踊り始める。
音楽の回転が速くなる。
踊り子たち激しく回りながら上手と下手に去る。
ジョー、中央で回り続ける。
音楽の回転が次第に遅くなり、恐ろしい低音に変わる。
舞台、次第に暗くなっていく。
音楽が終わるとともに、ジョー、ゆっくりと倒れる。
薄暗い照明の中、踊り子たちが舞台を片付け始める。
もとのベッドだけの舞台。
静寂。
電話の音。
ジョー 電話が鳴ってるよ。
誰か、電話が鳴ってるよ。誰かいないか。
真夜中の電話は不吉だ。
父さんが死んだ時も、真夜中に電話が鳴った。
母さんが泣きながら、父さんが死んだことを僕に伝えた。
いやだ、僕は取りたくない。
誰か電話を取ってくれよ。ねえ、誰か。
電話の音、鳴り止む。
ジョー 電話なんかない子どもの頃、
僕はよくビルとモールス信号で遊んだっけ。
トン・ツー・トン・・・雨の夜。
どこも行けない病気の日。
トン・ツー・トン・・・
僕たちは信号を送ったり受け取ったりした。
ツー・トン・トン・・・
それだ!ジョー!それだよ。
モールス信号だ!
・・・でも、僕には指がない。どうやって?
どうやって信号が打てるだろう。
ジョー、考えろ。考えてみろよ。
お前は首が動くじゃないか。モールス信号で枕をたたくんだ。
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS・・・
ベッドの中のジョー、首を動かしてモールス信号を打ち続ける。
看護婦が入って来る。
ジョーの服を替えたりしながら、ジョーの動きに気がつく。
不思議そうにジョーの動きを見つめる。
イメージのジョーは舞台上手にうずくまっている。
看護婦、急いで出て行く。
しばらくして医師A・Bを連れて戻ってくる。
看護婦 ここ、数日、同じ動きを繰り返してるんです。
医師B ただの不随意運動だろう。
よくあることだ。
看護婦 でも・・・、ほら、見てください。
同じ動きなんです。
なんだか、意識的にやってるようで・・・。
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johny
医師B バカな。考えすぎだ。
医師B、出て行こうとする。
医師A いや、ちょっと、ちょっと待ってください。
医師A、ジョーの動きを注視する。
医師A まさか・・・。
いや、まさか、そんなことが・・・。
医師A、ベッドの横の椅子に座って、さらにジョーを見つめる。
医師B どうしたのかね。
医師A まさかと思うのですが・・・、
これはモールス信号のように思えます。
医師B (笑って)まさか。
医師A ・・・S・・・O・・・S・・・。
医師BとA、顔を見合わせる。
医師A 通信してみます。
医師A、指でジョーの胸をゆっくりと叩き始める。
医師A 私は医者だ。君と話がしたい。OK?
ジョー、うなづく。
医師A 君は誰だ?
ジョー、答えない。
医師B、顔を横に振る。
医師A では質問を変えよう。
君はどこから来たのか?
ジョー、首を何回かたてに振る動作。
医師A アメリカ。
(医師Bの方をふり返って)アメリカだと言っています。
医師B 偶然だ。
医師A (ジョーに向かって叩きながら)何か、質問はあるか?
ジョー、答えない。
医師A ではこちらから君に尋ねたい。
何か欲しいものはあるか?
イメージのジョー、上手で突然立ち上がる。
ジョー 何か欲しいものだって?
やわらかいベッド、新しい背広、
それとも一杯の水。
何が欲しいかって?
目が欲しい!
鼻が欲しい!口が欲しい!
両手が欲しい!両脚が欲しい!
太陽の光、月の光、青い山、心地よい風、
輝く星、きれいな花、白い雪・・・。
何が欲しいかって?
欲しいと言えばくれるのか?
それならここから出してくれ!
僕をここから出してくれ。
僕は帰りたいんだ。
医師A (医師Bに)ここから出して欲しいと言っています。
医師B バカな。意識があるはずはないんだ。
医師A まだ何か言っています。
・・・ここから・・出してくれ・・・
出して・・・くれないなら・・・
ケー・・・アイ・・・エル・・・エル・・・
エム・・・イー・・・
キル・ミー!
僕を殺せ!
医師B、怒ったように立ち上がる。
医師B バカな!
医師Aも立ち上がる。
医師B いいかね、君、このことは絶対口外してはならん。
絶対にだ。
医師A、黙って医師Bを見つめている。
医師B この男は、ただの患者番号D4099だ。
意志も感情も持たない肉の塊だ。
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johny
動くのは単なる筋肉の収縮。
意味のない不随意運動だ。
いいか、わかったな。
医師A ・・・それは命令ですか。
医師B 命令だ。わかったのか、どうなんだ。
医師A ・・・わかりました。
医師B、出て行こうとして看護婦と目が合う。
医師B 君もだ。わかってるな。
君も職を失いたくはないだろう。 もし、誰かにしゃべったら、君はくびだ。
そして、二度とこの仕事はできなくなる。
看護婦、医師Bをジッと見つめる。
医師B、舞台下手に出て行く。
医師A、それに続く。
静寂の中、ジョーの首の動きだけ。
看護婦、それを見ている。
看護婦 ケー・・・アイ・・・エル・・・エル・・・
エム・・・イー・・・
キル・ミー・・・キル・ミー・・・。
看護婦、ベッドのジョーをジッと見る。
それから、ベッドに近づき、ジョーの傍の機械のダイヤルを恐る恐るまわす。
看護婦、ベッドに背を向けて、目を閉じる。
ベッドの中のジョー、もがき苦しみ始める。 医師A、下手から入って来る。
医師A 君、・・・(ジョーの様子に気がついて)
何をしてるんだ!
医師A、看護婦を押しのけて、機械を動かそうとする。
看護婦、抵抗する。
医師A どくんだ!
看護婦 死なせてやってください。
この人はそう頼んでるんです。
医師A どけ!(看護婦を突き飛ばす)
医師A、機械のダイヤルをまわす。
ベッドのジョーの動きが止まる。
看護婦 この人は人間です。生きてる人間なんです。
医師A、看護婦を見つめる。
医師A 君はくびだ。出ていきたまえ。
看護婦、立ち上がる。
医師A 出て行くんだ。
看護婦、かがみこみ、じょーの額にそっと口付けする。
看護婦、静かに下手に出て行く。
医師A、上手に出て行く。
バタンとドアの閉まる音。
青い照明。
静寂。
ジョー 息が止まって、これで死ねるかもしれないと
思ったあの時から、一度も日がささなくなった。
あの、優しい人も来なくなってしまった。
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン ・・・SOS
ジョー オーストリアの皇太子が殺された。
オーストリアとセルビアが戦争を始めた。
ドイツとイギリスがそれに加わった。
アメリカも参戦した。
世界中が戦争を始めた。
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン ・・・SOS
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johny
銃を取れ、戦場へ行け。誰かが言った。
僕は銃を取った。僕は戦場へ行った。
僕は町を離れ、カリーンと別れて戦場へ行った。
塹壕は暗くてじめじめしてた。ドイツ軍は遠くから爆弾を落とした。
すぐ隣りの友達が死んだ。腹を撃ち抜かれて苦しみながら死んだ。
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
僕は銃を取った。僕は戦場へ行った。
なんのために?
カリーンのために。祖国アメリカを守るために。
戦争。僕は戦場へ行った。
僕の戦争。
僕の戦争っていったいなんだ?
これは僕の戦争じゃない。
じゃあ、誰の戦争なんだ。
誰のための戦争なんだ?
いったい誰のための戦争なんだ?
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
友よ、死んでいった友よ。僕は死にたいのに死ねない。
僕は銃を取った。僕は戦場へ行った。
僕はカリーンを失った。
僕は世界を失った。
僕は自分さえも失ってしまった。
誰か、誰か教えてくれ。
なんのために僕は銃を取った?
なんのために僕は戦場へ行った?
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
みんな見てくれ。
ここに両腕も両足も目も鼻も口もない男がいるんだ。
醜い肉の塊になって、それでも死ねない男がいるんだ。
僕はちゃんとものを考えてるんだ。でも、誰もそんなことを知らない。
誰も僕のことを知らない。でも僕はここにいる。
僕は生きて、そして考えてるんだ。
遠くでカリーンの声がする。
カリーン ジョー・・・ジョー、帰ってきて、ジョー・・・。
ジョー カリーン、カリーン。
お願いだ。僕を助けてくれ。僕を殺してくれ。僕は死ぬことも許されない。
カリーン、ここに来て。僕を殺して。
お願いだ、カリーン。
カリーン ジョー・・・ジョー・・・。
ジョー トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
銃を取れ、ジョー。戦場へ行け、ジョー。
僕は銃を取った。僕は戦場へ行った。
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
なんのために?
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
なんのために?
トン・トン・トン トン・トン トン・トン・トン SOS
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johny
モールス信号のみが響く。
幕
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