未来医学事典

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(未来医学事典)呼吸モニタリングの現状と未来
山森, 伸二
未来医学, 未来医学(24):92-96, 2009
http://hdl.handle.net/10470/10916
Twinkle:Tokyo Women's Medical University - Information & Knowledge Database.
http://ir.twmu.ac.jp/dspace/
未来医学事典
未
F U T U RE
来
M ED I CI NE
8
医
学
事
日本光電工業株式会社 荻野記念研究所 所長 典
山森伸二
M I R A I I G A K U J I T E N
1
呼吸とは
呼吸の目的は、外気から酸素(O2)を体内に
取り込み、体内で産生された二酸化炭素(CO2)
を体外へ排出することである。そのためには、
表す“換気”の指標である。
2
呼吸モニタリングとは
呼吸のモニタリングは、自分で呼吸ができな
換気(外気が鼻口腔を経由して肺胞に出入りし
い麻酔中や人工呼吸器下の患者はもちろんのこ
肺胞内のガスと置換をすること)
、拡散
(肺胞の
と、鎮静薬等により呼吸抑制された患者、睡眠
膜と毛細血管の壁を通してO2とCO2を交換する
時無呼吸症候群(SAS)
、乳幼児突然死症候群
こと)
、循環(血液が体内を移動して O2 や CO2
(SIDS)など病院の手術室や集中治療室ばかり
を運搬すること)の 3 つの機能が正常に機能し
ていることが必要となる。
生体は換気を調整することにより、体内の
でなく家庭においても必要とされている。
日本麻酔科学会が定めた「安全な麻酔のため
のモニタ指針 1)」では、手術中に観察すべき 5
O2とCO2の量を表す動脈血酸素分圧
(PaO2)
お
項目のうち 2 項目が呼吸に関する事項である。
よび動脈血二酸化炭素分圧(PaCO2)を正常に
すなわち、“酸素化”と“換気”が適切に行われて
保っている。PaO2 は酸素が足りているかどう
いるかどうかを、連続に、正確に、そして無侵
かを表す“酸素化” の指標であり、PaCO2 は体
襲にモニタすることが求められている。
内で産生した CO2 を適正に排出しているかを
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呼吸の指標となる PaO2 と PaCO2 は、血液
呼吸モニタリングの現状と未来 事典◦
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表1 主な呼吸パラメータの分類
機能
測定パラメータ
換気運動
呼吸数、1 回換気量、分時換気量、呼吸流量、気道内圧、肺のコンプライアンス、呼吸抵抗
ガス成分
動脈血酸素飽和度、呼気炭酸ガス分圧、動脈血酸素分圧、動脈血炭酸ガス分圧、酸素消費量、炭酸ガ
ス産生量
表2 挿管/非挿管のサイトと要求事項
サイト
要求事項
挿管
手術室
(全身麻酔)
、集中治療室
(人工呼吸器)
正確、信頼性
非挿管
一般病棟、集中治療室、睡眠時無呼吸検査、鎮静
を伴う検査、術後回復室、手術室
(腰椎麻酔)
低
(無)
拘束、簡便、安価
表3 主な測定方法とその特徴
測定方法
測定項目
測定部位
(センサ装着部位) 呼吸数 換気量 CO2
特徴
O2
気流
動き
ガス
温度センサ
鼻および口
○
△
鼻呼吸と口呼吸の検出
気流圧センサ
鼻
○
△
高感度。ただし、口呼吸が検出不可
マイクロフォン
鼻または頸部
○
フロー/気道内圧
センサ
呼吸回路
○
○
挿管された患者が対象
胸部インピーダンス
胸と腹の電極
○
△
ECG 電極で同時計測
インダクタンス
胸と腹のバンド
○
△
閉塞性と中枢性の無呼吸を識別可能
画像など
胸/腹の動き
○
無拘束
マットレスセンサ
胸/腹の動き
○
無拘束、SIDSの検出
パルスオキシメータ
手足の指
カプノメータ
呼吸回路
呼吸音またはいびきを検出
○
○
経皮炭酸ガスモニタ 胸部
酸素化のモニタとして必須
○
○
全身麻酔時は必須
○
○
新生児用
※
※
△ 定量的な測定は困難
※ 換気量は測れないが、換気が適正かどうかを判定できる
ガス分析装置を用いて測定することができる
ある。表 1 は呼吸のモニタリングに関する主な
が、採血する必要があり、無侵襲で連続に測定
パラメータを分類したものである 2)。
することができない。そこで、それらに代わる
いろいろなモニタリング方法が実用化されてい
る。呼気吸気の気流によって変化するフロー/
圧/音/温度などを検出する方法、呼吸による
3
呼吸モニタリングの方法
胸や腹の動きを検出する方法、PaO2 と PaCO2
呼吸のモニタリングは、使用されるサイトに
の代わりとなるガス成分を検出する方法などが
よってその要求内容が大きく異なる。特に、患
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者が気管挿管しているかいないかによって、モ
取る)は、ECG 検出用の電極を併用でき簡便な
ニタリングの方法も異なる。表 2 にそれぞれの
ため、呼吸数のモニタリングとして最も普及し
要求事項をまとめる。呼吸のモニタリングは、
ている。ただし、波形に心電図が重畳して呼吸
気流の検出、胸や腹の動きの検出、ガス成分の
数ではなく心拍数を表示したり、体動の影響を
検出の 3 つに大きく分類することができる。表
受けやすいなどの欠点がある。
3 に現在使用されている主な測定方法とその特
徴を示す。
気流や胸や腹の動きの検出は、体に装着する
同じように胸や腹の動きを捉えるインダクタ
ンス法(胸と腹の周囲にそれぞれ巻いたバンド
のインダクタンス
〔誘導係数〕
が変化する)
では、
センサが簡便で低侵襲などの特徴を持ち広く普
胸と腹の動きを別々に計測できるため、閉塞性
及しているが、一般的に定量的な測定は困難で
と中枢性の無呼吸を識別でき、SAS の検査に
ある。また、胸や腹が動いても実際には換気が
使用されている。
行われていない
(閉塞性無呼吸)
、換気は十分だ
画像やマットレスセンサは、ほぼ無拘束で呼
が酸素化が不十分
(低酸素状態)
、酸素化は十分
吸数を計測できるという特徴がある。いろいろ
だが CO2 の排出が不十分(低換気状態)
、など
なマットレスセンサが SIDS のモニタとして実
の異状は検出できないため、重篤な患者にはこ
用化されている。
れらのモニタリングだけでなくガス成分のモニ
タリングが併用される。
(3)
ガス成分の検出
酸素化の指標である PaO2 の替わりにパルス
(1)
気流の検出
オキシメータを用いて動脈血酸素飽和度
気流の変化をフロー、温度、圧、音で検出す
(SpO2)をモニタリングすることができるよう
る方法である。センサは安価で鼻や口あるいは
になった。手あるいは足の指にプローブを装着
頸部に簡便に装着することができるため、主に
するだけで、無侵襲に連続して測定でき、体動
非挿管患者用であり、特に SAS の検査に使用
にも強く、理想的なモニタである。手術室や集
されている。ただし、いずれも定性的な測定で
中治療室ではもはやパルスオキシメータなくし
あり、
正確性に欠けるという欠点がある。
フロー
ては、患者の安全を確保できない。ただし、パ
センサや気道内圧センサを挿管患者に使用した
ルスオキシメータは呼吸のモニタとして万能で
場合は定量的な測定が可能であるため、患者の
はない。例えば高濃度酸素投与下で呼吸してい
呼吸状態をより正確に把握する必要がある全身
る患者が突然無呼吸になっても、血液中に十分
麻酔中や人工呼吸器下では必須のモニタとなっ
な O2 があるため SpO2 はなかなか低下せず、
ている。
低換気や無呼吸の検出が著しく遅れることがあ
る。すなわちパルスオキシメータは酸素化をモ
(2)
胸/腹の動きの検出
胸の動きを捉える胸部インピーダンス法(呼
ニタリングすることは可能であるが、換気が適
切であるかどうかはモニタリングできない。
吸による胸郭の動きを胸と腹に張った 2 つの電
呼気炭酸ガスモニタ
(カプノメータ)
は、終末
極間のインピーダンス
〔電気抵抗〕
変化から読み
呼気炭酸ガス分圧
(PetCO2)
から PaCO2 を推定
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することができるため、換気量そのものは測定
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図1 cap-ONEとその装着方法
できないが換気が適正であるかどうかを判定す
ることができる。また、呼気吸気により変化す
る二酸化炭素濃度の波形(カプノグラム)や
PetCO2 から、換気の異常だけでなく、気管
チューブや呼吸回路の外れ、食道挿管、人工呼
吸器の故障など機器類の異常を即座に検出する
ことができ、挿管患者では最も信頼性の高い換
気のモニタとなっている 3)。非挿管患者への適
用は最近行われつつあるが、まだ信頼性に欠け
ることがあり、まだ広く普及するまでには至っ
ていない。
モニタリングすべき要求が異なる。
各種検査や術後の患者は一般的には意識もあ
経皮炭酸ガスモニタは、40℃以上に温めた皮
り自発呼吸できるので、パルスオキシメータと
膚を透過してきた二酸化炭素の濃度(PtcCO2)
胸部インピーダンスによるモニタリングで済ま
を測定し、PaCO2 を推定することができる。
せてしまうことが多いが、鎮静薬や鎮痛薬によ
ただし、末梢循環の状態が悪いと精度が劣った
り呼吸抑制や閉塞性無呼吸が発生しやすい。酸
り、火傷のリスクがあるといった問題がある。
素化はパルスオキシメータによりモニタリング
また、応答が遅いので呼吸ごとの変化を検出す
できるが、閉塞性無呼吸の患者では換気の異状
ることはできず、無呼吸の迅速な検出はできな
を胸部インピーダンスでは見逃してしまうこと
い。主に皮膚のガス透過性が高い未熟児や新生
がある。そこで考案されたのが、非挿管患者の
児の呼吸管理に使用されている。
鼻の下に装着し、カプノグラムや PetCO2 を検
出するカプノメータ cap-ONE(日本光電工業)
4
呼吸モニタリングの現状
挿管患者では、パルスオキシメータとカプノ
である
(図 1)
。
cap-ONE を使用すれば鼻呼吸でも口呼吸で
もPetCO2を精度よくモニタリングでき、無呼吸
や低換気を即座に検出することができる 4)、5)。
メータがあれば基本的に十分な呼吸モニタリン
図 2 は、閉塞性無呼吸患者の換気状態を胸部イ
グが可能である。パルスオキシメータは広く普
ンピーダンスと cap-ONE で同時に測定したも
及しているが、カプノメータは、価格が高い、
のである。胸部インピーダンスでは、閉塞性無
加湿状態で長時間使用した場合に測定が中断し
呼吸でも胸郭が動くため、無呼吸を検出できな
てしまうことがある、などの問題が普及の阻害
いことがある。
原因となっている。
SAS の検査では、無呼吸時に閉塞性あるい
一方、呼吸モニタリングが必要な非挿管患者
は中枢性の無呼吸であるか判定する必要があ
は、薬により呼吸抑制された患者、SAS 患者、
る。そのため、インダクタンスによる胸と腹の
呼吸中枢が未発達な新生児など、患者によって
動きのモニタリングが行われている。閉塞性無
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図2 閉塞性無呼吸時の胸部インピーダンスとカプノグラム
インピー
ダンス
カプノ
グラム
呼吸であれば、胸と腹の動きが逆位相となる。
用できる胸部インピーダンスが広く採用されて
図 3 に閉塞性および中枢性の無呼吸時の気流
いる。
(温度センサ)
、胸と腹の動き、SpO2の典型的な
変化を示す。インダクタンスバンドは呼吸の仕
未来の呼吸モニタリングが
目指すもの
より正確に閉塞性か中枢性かを検出できる方法
5
が望まれる。
“酸素化” のモニタはパルスオキシメータがす
方や装着状態によって波形が歪むことがあり、
新生児の呼吸モニタリングでは、パルスオキ
でに標準となっている。挿管患者の“換気”のモ
シメータと胸部インピーダンスが使用される。
ニタは、カプノメータで機能的には十分なモニ
新生児は呼吸中枢が未熟なため無呼吸の検出が
タリングが可能である。しかし、人工呼吸器下の
必須であるが、皮膚が弱くセンサやチューブ類
事故は後を絶たない。加湿中でも長時間安定に
を皮膚に固定することをなるべく避け、かつ拘
測定可能なカプノメータの普及が何よりも望ま
束性を少なくしたい。そのため ECG 電極と併
れる。非挿管患者の“換気”のモニタはサイトに
図3 閉塞性無呼吸と中枢性無呼吸時の波形
閉塞性無呼吸
よって要求が異なり、新生児ではセンサ類の装
着そのものが問題となっている。しかし実質的
に“換気” をモニタするにはカプノメータが最適
である。新生児にも装着できる超小型カプノメー
気流
タが望まれる 6)。
胸の動き
腹の動き
SpO2
参考文献
胸と腹の動きが
逆位相
中枢性無呼吸
気流
胸の動き
腹の動き
SpO2
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未来医学 No.24 2009 年
1) 日
本麻酔科学会、
「安全な麻酔のためのモニター指針」
、日
本麻酔科学会、2002 年
2) 久保田博南、
「バイタルサインモニタ入門」
、秀潤社、2000
年
3) 山陰道明、松本真希、並木昭義、
「呼吸器系モニターの進
歩」
、臨床麻酔、第 30 巻、第 7 号、2006 年、1133-1144 ペー
ジ
4) 森岡宣伊、山森伸二、尾崎真、
「小型メインストリーム型カ
プノグラフィの術後呼吸監視における有用性」
、麻酔、第 55
巻、2006 年 12月、1496-1501 ページ
5) Yamamori S., Takasaki Y., Ozaki M., Iseki H., “A Flowthrough Capnometer for Obstructive Apnea.” J Clin Monit
2008; 22: 209-220
6) Folke M., Cernerud L., Ekstr_m M., H_k B., “Critical Review
of Non-invasive Respiratory Monitoring in Medical Care.”
Med. Biol. Eng. Comput., 41, 2003, 377-383