農業を活用した再犯防止プロジェクト 報告書 農業を活用した再犯防止プロジェクト 報告書 農業を活用した再犯防止プロジェクト 目次 1. はじめに 日本財団再犯防止プロジェクト リーダー 福田 英夫 5 2. 日本財団主催「農業を活用した再犯防止プロジェクト」に参画して 当プロジェクト委員長 東京家政大学人文学部教授 上野 容子 6 3. 日本における社会的弱者雇用と農業連携の可能性 NPO コミュニティシンクタンクあうるず 菊池 貞雄 9 4. わが国の受刑者の現状と社会復帰の意義 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 27 5. 出所受刑者の生活問題の実態と社会復帰支援上の課題 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 33 6. 出所受刑者の社会復帰に向けた農業実践 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 49 7. ビジネス・経済の視点から 株式会社スワン社長補佐 佐藤 光浩 73 8. おわりに-社会復帰支援と農業の可能性- 更生保護法人清心寮理事長 清水 義悳 76 報告に添えて 1. 先駆的な取組み事例 80 報告に添えて 2. 「農業を活用した再犯プロジェクト」座談会 87 付録 91 3 1. 農業を活用した再犯防止プロジェクト はじめに 日本財団再犯防止プロジェクト リーダー 福田 英夫 刑期を終えて社会に戻っても居場所がなく「刑務所に帰りたい」と、再び罪を犯す障害者や高齢者が増 えている。法務省が 2006 年に行った調査では、親族などの受け入れ先がない満期釈放者の数が約 7200 人、 うち自立困難な障害者や高齢者は約 1000 人と推計されていた。刑務所は、社会に居場所を見つけられな い障害者や高齢者の最後の砦となっていた。 犯罪を生む現実を変えようと 2010 年 5 月、日本財団は再犯防止プロジェクトを立ち上げ、有識者に よる委員会を発足させ検討を始めた。 司法と福祉の連携をテーマに、日本財団を一つのプラットフォームと位置づけ、より多くの関係者・機 関に横串を通し、元受刑者が社会に復帰できる支援策を作ろうと議論を重ねた。更生支援に取り組む関係 者へのヒアリング調査や先行事例の現地視察も実施した。 プロジェクトの目的が受刑者を福祉につなぐことから、生活者としての自立をテーマにした就労支援に 発展したのは、笑顔で働く障害者、農作業により元気になった高齢者と出会ったことがきっかけであった。 全ての障害者、高齢者が働けないわけではない。働く能力がある障害者や高齢者には就労による支援を提 供しようと、新たに検討が始まった。その頃、農と更生をつなげようと、農作業により更生支援に取り組 む研究が動き出していた。 日本財団では、福祉と就労の両者が重なり合うような支援モデルの構築を目指し、元受刑者の自立と農 業を活用した再犯防止につながる支援スキームの研究に取り組み始めた。推進には、上野容子・東京家政 大学人文学部教授を委員長に、菊池貞雄・NPO コミュニティシンクタンクあうるず専務理事、佐藤光浩・ 株式会社スワン社長補佐、桐原宏行・駒澤大学文学部社会学科教授、清水義悳・更生保護法人清心寮理事 長により企画委員会を組織し、研究が行われた。農作業の視点から元受刑者の就労支援を実施している「か りいほ」 (栃木県)、 「明徳野菜づくり実行委員会」 (栃木県)、 「ふる里自然農塾」 (茨城県)、 「ファームきくち」 (熊本県)の協力も得られることになり、農業従事者の養成をテーマに「ふる里自然農塾」で、農業従事 者の自立をテーマに「ファームきくち」でそれぞれパイロット事業を実施した。 これまで農作業が果たす更生の効果は感覚的に認知されていたものの、その科学的な効果は調査されて おらず、その効果を就労意識調査のもと実証できたことは、本プロジェクトの大きな成果であった。とり わけ、「ファームきくち」から独立した元受刑者が、就労支援の指導者として活躍していることは特筆に 価する。 本報告書が、今後、農業に限らず、就労支援を実施する支援者・関係者の参考になれば幸いである。 最後に、モデル事業としてご協力いただいた 4 事業者の皆様、視察にご協力いただいた刑務所や就労 支援の関係者、調査にご協力くださった更生保護施設の当事者・職員の皆様、そして上野委員長をはじめ とする企画委員各位に厚くお礼を申し上げたい。 5 2. 日本財団主催「農業を活用した再犯防止プロジェクト」に参画して 当プロジェクト委員長 東京家政大学人文学部教授 上野 容子 当時、全国更生保護団体代表を務めていた清水義悳様から、当プロジェクトが立ち上がることをお聞き しました。これまで更生保護関係者との交流は、 「ソーシャルファーム」の国際セミナーや地域福祉サロン、 医療観察法関連研修会、「農と更生保護ネットワーク」の研修会等を通して徐々に広がってきていました。 私は、長い間、精神障害者の就労支援に取り組んできましたが、一般就労と福祉的就労の 2 者択一的 な就労支援に限界を感じていました。ちょうどその頃、障害者の新しい雇用・就労形態である「ソーシャ ルファーム」の理念と、それに取り組んでいる人達と出会いました。私もソーシャルファームに挑戦し始め、 その経過の中で、障害者だけでなく、様々な事情で就労が困難な人達が、主体的に共に協働し仕事を起こ し、事業を進めていくところにソーシャルファームの意義があることを認識することができ、それまでお 付き合いしていた関係者から、さらに多様な就労支援や仕事起こしに挑戦している人達との新たな出会い が広がっていきました。そのような時に、当プロジェクトの企画委員参画のお誘いを受けましたので「更 生保護と福祉の連携」の実際や、今後の課題をプロジェクトの一員として、構成員や関係者の皆様と共に 検討していく良い機会になると考え参加させていただくことになりました。会議の事前打ち合わせで日本 財団の方々と清水様にお会いすることとなり、私が関わっている社会福祉法人豊芯会までお越しください ました。その席で私が当プロジェクトの委員長として推薦を受けることになろうとは思いもしませんでし た。当時、更生保護関係者とのお付き合いも浅い私では、とてもとてもこの大任を引き受ける自信はあり ませんでした。しかし、法務省関係者の幸島様始め清水様達が、これまで当テーマに熱心に忍耐強く取り 組んでこられた経過を拝聴し、御両人の活動には、常々敬意の念を抱いておりましたので、これまでの想 いや取り組みを受け止めようとすると、簡単に「他に適任の方が」とは言えませんでした。そこで、新た な委員として、障害者の就労支援に対する取り組みに熱心で、調査研究では第一人者である駒澤大学の桐 原宏行先生と、最初からソーシャルファームの取り組みを共にしてきた NPO 法人「あうるず」専務理事 の菊池貞雄様を加えていただくことを希望し、責任の重さを覚悟しながらお引き受けすることになった次 第です。 プロジェクトが創設された背景 刑事施設に収容される受刑者数の推移をみると、「初入者」は次第に減る傾向にありますが、入所者全 体に占める再入者の割合は平成 16 年から毎年上昇し続けており、平成 24 年には全体の約 6 割を占める までになっており、再犯防 止が重要かつ喫急な政策課題となっています。 特に高齢者の検挙人員は、他の年齢層と異なり近 年著しい増加傾向にあり、我が国全体の現高齢者人 口の増加を超えています。 また、高齢者の入所受刑者人員も増加傾向にあり、その中でも再入者の割合 が高いといった状況です。再犯期間が1年以内の者のうち、高齢者は他の年齢層に比べて短く、再犯の高 齢者が警察の調べなどに多くの高齢者は「生きがいがない」「相談相手がいない」などと孤独・社会的孤 立を訴えております。一方、高齢者の仮釈放率は、出所受刑者全体と比べて低くなっており、その背景に、 適当な帰住先のない者が年々増加 していることがあると推測されます。犯罪に至るまでの経過を、我が 国において競争社会を生き抜かざるを得ない社会構造の中で、何らかの社会的・家庭的事情で社会から排 除されてしまう社会構造を根本的に洞察することも重要だと認識しております。 6 農業を活用した再犯防止プロジェクト グラフ 1:入所受刑者人員・再入者率の推移 (資料:法務省「矯正統計年報」による) 高齢犯罪者は就労の可能性が低く、また疾病や障害といった健康状態により、就労による経済的自立を 自立更生とする更生保護施設が受け入れには消極的にならざるを得ないといった状況もあるようです。更 生保護施設も自立準備ホームも、平均2~3ヶ月の入居期間となっており、その期間内で、生活基盤を築 くための生活支援に結び付けるのは大変な困難を伴います。 また、障害者関係では、障害等に起因して自立が困難な人達が年々増加し、刑務所内に滞留している状 況があります。平成 21 年度から地域生活定着支援事業により、高齢や障害により、自立した生活が困難 な者に対する福祉的支援が実施されていますが、関係機関の連携の下、出所等後の生活環境の調整や生活 基盤の確保等についてさらに関係機関の取組の強化を図る必要があります。 現在、地域生活定着支援センターが各都道府県に整備されてきているものの、目に見える成果はこれか らといったところのようです。 罪を犯して服役した人達が、社会に出て、社会参加していく上での就労や、生活を維持していく上で の問題や課題に関心が向けられつつあることは事実で、平成 21 年度から、社会福祉士や精神保健福祉士 が刑務所、定着支援センター等に配属されるようになり、再犯防止を目的として、司法領域に福祉の視点 が導入されて来ていることはこれからの司法福祉に明るい兆しが見えてきていると言っても良いと思いま す。 今後はさらに、心理関係職、介護福祉士、理学療法士や作業療法士等多種多様な関係職種が協働して当 事者を一人の生活者として生活全体に関わる支援を拡充していくこと、そして一般市民、社会人の一人と して生活や仕事を継続していけるようなモデル事業を増やしていくためのソーシャルアクションが喫急に 求められてきております。 当プロジェクトが、それらのニーズに現実的に応えていくことができるような機能を発揮したいと願い ながら取り組んでまいりました。 当プロジェクトの目的 再犯を繰り返す対象者の再犯に至るまでの経過を追うと、思うような仕事に就けない、低賃金で過重労 働を強いられている、住居が定まらない、もしくは劣悪な住環境で起居している等、社会の中に居場所が 7 無く、生きることの辛さを抱えて再犯に至る例が多いことは周知のとおりです。この悪循環を断ち切るた めには、社会で自立した生活を営むことができるような福祉的な支援や就労支援が必要であり、生活支援 と就労支援が重なり合うような支援体制が急がれます。 本プロジェクトは、 ①更生保護サイドから取り組んできた就労支援と福祉サイドからの生活支援とに横串を通すパイロッ ト事業(4 事業体…資料参照)を実施し、そのモニタリング調査をとおして、農業が対象者の更生 と生活・就労の継続に果たす効用について検討すること ②対象者の生活実態が把握できる調査を実施し、そこから導き出せる具体的な生活支援・就労支援を 明らかにし、関係者の支援に、実際に活用できる支援スキルを提案する の 2 点を具体的な事業として実施することにしました。 当プロジェクト取り組みの経過 ①は、桐原委員、清水委員、私で、対象者を生活者として捉え、その生活実態を確認すること、その上 で、どのような生活支援や就労支援が必要なのかを導き出すことを目的に、桐原委員が中心となり、対象 者の直接インタビュー調査を実施、それを分析し、企画委員会で検討してきました。 ②は、菊池委員、佐藤委員が中心となり、農業が対象者の更生・生活・就労の安寧に果たす効用につい てと、事業としての継続性等も含めた検証について桐原委員の調査と連動させて分析・検討し、企画委員 会で検討してきました。 発足から 2 年半を要したプロジェクトでしたが、日本財団の福田さんの名コーディネートと事務局の 方々もプロジェクトの一員として積極的に参画し、当事者の就労として農業がもたらす意味、当事者の生 活ニーズから支援の在り方を検討するための大掛かりな調査、農業の事業化の視点で農業の活用の仕方、 その可能性について論点を整理してきました。 課題は残しつつも当プロジェクトの目的である「当事者を生活者の視点で捉え、具体的な支援の在り方 を一定程度提示する」 「農業がもたらす効用について具体に提示する」について、ご報告ができる段階に至っ たのではないかと考えております。 調査内容を充実させるために、1 年の延長をお願いしましたが、事業の主催者である日本財団会長笹川 陽平様始め理事の皆様の熱い応援を得ることができ、改めて紙面をお借りしまして心からお礼を申し上げ ます。 4 つのモデル事業でご協力いただきました「かりいほ」 「ふる里自然農塾」 「栃木明徳会」 「ファームきくち」 の関係者の皆様、黒羽刑務所、水戸刑務所、茨城就労支援センター、更生保護施設「熊本自営会」の見学 にご協力いただいた皆様、調査にご協力いただいた更生保護施設の当事者の方々、職員の皆様、お忙しい 中、調査協力員として関わってくださった東京都、埼玉県の社会福祉士会の有志の皆様にも改めて深くお 礼を申し上げます。 8 3. 農業を活用した再犯防止プロジェクト 日本における社会的弱者雇用と農業連携の可能性 NPO コミュニティシンクタンクあうるず 菊池 貞雄 1 刑余者の現状 高齢者による再犯率の増加 2010 年において、一般刑法犯検挙総人員は 32 万人と、2005 年の 31 万人から増加している。年齢層の 内訳を見ていると、60 歳以上が 21%を占め、2005 年の 9%から大幅に増加している。一般刑法犯検挙に おける再犯者率が、1990 年から 2010 年までの 20 年間で 10%以上増加しており、その大きな要因として 高齢者による再犯率の増加が考えられる。高齢者の一般刑法犯検挙において、最も割合の多いのは 74%を 占める窃盗である。窃盗は、万引きとそれ以外の窃盗に区分されており、検挙全体では窃盗のうち、万引き が 60%程度、それ以外が 40%程度の割合であるが、高齢者の場合、ほとんどが万引きである。 入所受刑者の高齢化 入所受刑者においても高齢化の傾向が見られる。1990 年では入所受刑者のうち、60 歳以上が約 5% であったものの、2010 年では 15%まで増加している。2012 年における入所受刑者は 2.5 万人であり、 そのうち約 60%が再入者である。この割合は 1990 年から若干の上下があるものの、大きく変わらない。 しかし、出所受刑者のうち、2 年以内に再入者する約半数が 60 歳以上となっており、入所受刑者の高齢 化は、高齢者の再入者率が高いためと考えられる。 就労、自立できず再犯・再入所を繰り返す 高齢者になると、親族がいなく、住居の確保も難しいため、出所後の社会復帰が厳しい。高齢者であれ ば、就労の機会も少なく、再犯の回数に比例して、その機会がさらに減っていく。そのため、生きていく ためには窃盗といった軽度な犯罪によって、再犯・再入所を余儀なくされている。 このような高齢者や同じ境遇を持つ刑余者が社会復帰ための就労や自立といった機会がなければ、再犯 (1)60 歳以上の検挙が増加 や再入所の増加を抑制することができない。 一般刑法犯検挙人員は 1980 年の 39 万人をピークに減少し、2010 年では 32 万人となった。 近年、60 歳以上の割合が増加しており、2010 年では 21%と 14~19 歳の 27%に次ぐ割合で (1)60 歳以上の検挙が増加 ある。 一般刑法犯検挙人員は 1980 年の 39 万人をピークに減少し、2010 年では 32 万人となった。近年、 一般刑法犯検挙における再犯者率は、1990 年の 31.4%から 2010 年には 42.7%と増加し 60 歳以上の割合が増加しており、2010 年では 21%と 14 ~ 19 歳の 27%に次ぐ割合である。 ている。 一般刑法犯検挙における再犯者率は、1990 年の 31.4%から 2010 年には 42.7%と増加している。 表 年齢層別一般刑法犯検挙人員の推移 年齢層 1975 年 1980 年 1990 年 2000 年 2010 年 14~19 歳 117,091 32% 166,571 42% 154,793 53% 133,014 43% 86,448 27% 20~29 歳 104,094 29% 75,548 19% 48,092 16% 54,402 18% 52,125 16% 30~39 歳 71,673 20% 68,652 18% 27,874 10% 31,114 10% 43,007 13% 40~49 歳 43,348 12% 46,918 12% 31,846 11% 28,576 9% 37,436 12% 50~59 歳 18,079 5% 22,048 6% 19,100 7% 33,380 11% 35,186 11% 60 歳以上 9,832 3% 12,376 3% 11,559 4% 29,163 9% 68,754 21% 364,117 100% 392,113 100% 293,264 100% 309,649 100% 322,956 100% 計 (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 表 一般刑法犯検挙における初犯者率と再犯者率の推移 1990 年 初犯者率 68.6% 1995 年 71.8% 2000 年 66.4% 2005 年 62.9% 2010 年 57.3% 9 60 歳以上 計 9,832 3% 12,376 3% 11,559 4% 29,163 9% 68,754 21% 364,117 100% 392,113 100% 293,264 100% 309,649 100% 322,956 100% (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 表 一般刑法犯検挙における初犯者率と再犯者率の推移 1990 年 1995 年 2000 年 2005 年 2010 年 初犯者率 68.6% 71.8% 66.4% 62.9% 57.3% 再犯者率 31.4% 28.2% 33.6% 37.1% 42.7% (出典:平成 26 年度版犯罪白書) (2)高齢者は窃盗が最も多い (2)高齢者は窃盗が最も多い 平成 25 年度における高齢者による検挙の内訳を見てみると、窃盗が最も多く、73.7%を 平成 25 年度における高齢者による検挙の内訳を見てみると、窃盗が最も多く、73.7%を (2)高齢者は窃盗が最も多い 占めている。 平成 25 年度における高齢者による検挙の内訳を見てみると、窃盗が最も多く、73.7%を占めて 占めている。 いる。 表 平成 25 年度における高齢者の一般刑法犯別人員 表 平成 25 年度における高齢者の一般刑法犯別人員 罪名 人員 割合 罪名 人員 割合 窃盗 34,060 73.7% 窃盗 34,060 73.7% 横領 3,882 8.4% 横領 3,882 8.4% 暴行 3,048 6.6% 暴行 3,048 6.6% 傷害 1,546 3.3% 傷害 1,546 3.3% 詐欺 857 1.9% 詐欺 857 1.9% 器物損壊 577 1.2% 器物損壊 577 1.2% その他 2,273 4.9% その他 2,273 4.9% 計 46,243 100.0% 計 46,243 100.0% (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 2 (出典:平成 26 年度版犯罪白書) (3)障害者等でも窃盗が最も多い (3)障害者等でも窃盗が最も多い (3)障害者等でも窃盗が最も多い 平成 25 年度における障害者等(*障害者と障害者の疑いのある者を含む)による検挙の内 平成 25 年度における障害者等(*障害者と障害者の疑いのある者を含む)による検挙の内訳を 平成 25 年度における障害者等(*障害者と障害者の疑いのある者を含む)による検挙の内 訳を見てみると、窃盗が最も多く、約 40%を占める。続いて、障害・暴行の 22.6%である。 見てみると、窃盗が最も多く、約 40%を占める。続いて、傷害・暴行の 22.6%である。 訳を見てみると、窃盗が最も多く、約 40%を占める。続いて、障害・暴行の 22.6%である。 表 平成 25 年度における精神障害者等による一般刑法犯検挙人員 表 平成 25 年度における精神障害者等による一般刑法犯検挙人員 罪名 検挙人員総数 障害者等 罪名 検挙人員総数 障害者等 窃盗 138,947 52.9% 1,476 39.9% 窃盗 138,947 52.9% 1,476 39.9% 傷害・暴行 46,271 17.6% 838 22.6% 傷害・暴行 46,271 17.6% 838 22.6% 詐欺 10,827 4.1% 148 4.0% 詐欺 10,827 4.1% 148 4.0% 殺人 906 0.3% 137 3.7% 殺人 906 0.3% 137 3.7% 放火 549 0.2% 107 2.9% 放火 549 0.2% 107 2.9% 脅迫 2,377 0.9% 79 2.1% 脅迫 2,377 0.9% 79 2.1% 強盗 2,255 0.9% 74 2.0% 強盗 2,255 0.9% 74 2.0% 強姦・強制わいせつ 3,424 1.3% 57 1.5% 強姦・強制わいせつ 3,424 1.3% 57 1.5% その他 56,930 21.7% 785 21.2% その他 56,930 21.7% 785 21.2% 計 262,486 100.0% 3,701 100.0% 計 262,486 100.0% 3,701 100.0% (出典:平成 26 年度版犯罪白書) (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 10 3 3 農業を活用した再犯防止プロジェクト (4) (4)入所受刑者の高齢化 入所受刑者の高齢化 (4) 入所受刑者の高齢化 2010 年における入所受刑者のうち 歳以上が 15%であり、1990 年の 4%から大幅に増加し 2010 年における入所受刑者のうち 60 60 歳以上が 15%であり、1990 年の 4%から大幅に増 2010 年における入所受刑者のうち 60 歳以上が 15%であり、1990 年の 4%から大幅に増 ている。 加している。 加している。 表 年齢別入所受刑者の推移 表 年齢別入所受刑者の推移 年齢層 1980 年 1990 年 2000 年 2010 年 年齢層 1980 年 1990 年 2000 年 2010 年 20 歳未満 116 0.4% 56 0.2% 41 0.1% 29 0.1% 20 歳未満 116 0.4% 56 0.2% 41 0.1% 29 0.1% 20~29 歳 7,490 26.4% 6,091 26.8% 6,643 24.2% 4,644 17.1% 20~29 歳 7,490 26.4% 6,091 26.8% 6,643 24.2% 4,644 17.1% 30~39 歳 11,742 41.4% 5,758 25.3% 7,745 28.2% 7,315 27.0% 30~39 歳 11,742 41.4% 5,758 25.3% 7,745 28.2% 7,315 27.0% 40~49 歳 6,635 23.4% 6,707 29.5% 5,723 20.8% 6,630 24.5% 40~49 歳 6,635 23.4% 6,707 29.5% 5,723 20.8% 6,630 24.5% 50~59 歳 1,894 6.7% 3,238 14.2% 5,216 19.0% 4,368 16.1% 50~59 歳 1,894 6.7% 3,238 14.2% 5,216 19.0% 4,368 16.1% 60~69 歳 508 1.8% 935 4.1% 2,007 7.3% 3,244 12.0% 60~69 歳 508 1.8% 935 4.1% 2,007 7.3% 3,244 12.0% 出所受刑者における 70 歳以上 51 表 0.2% 91 0.4%2 年以内の再入者率 270 1.0% 889 3.3% 70 歳以上 51 0.2% 91 0.4% 270 1.0% 889 3.3% 2005 年22,745 100.0% 27,498 2010 年 100.0% 27,079 100.0% 2012 年 計 28,374 100.0% 計 28,374 100.0% 22,745 100.0% 27,498 100.0% 27,079 100.0% 年齢層 出所受刑者 2 年以内再入者 出所受刑者 2 年以内再入者 出所受刑者 2 年以内再入者 (出典:平成 26 年度版犯罪白書) (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 29 歳以下 4,902 708 14.4% 3,861 498 12.9% 3,301 413 12.5% 30~39 歳 9,024 1,738 19.3% 8,030 1,377 17.1% 7,225 1,141 15.8% (5)入所実刑者における再入所者の高齢化 (5)入所実刑者における再入所者の高齢化 (5)入所実刑者における再入所者の高齢化 40~49 歳 6,458 1,410 21.8%1990 年で 7,345 1,378 18.8% 7,317 1,441 19.7% 入所受刑者における再入者の割合は 62.4%、2012 年で 58.5%である。 入所受刑者における再入者の割合は 年で 年で 58.5%である。 入所受刑者における再入者の割合は1990 1990 年で62.4%、2012 62.4%、2012 年で 58.5%である。 50~59 歳 6,024 27,463 1,588 人であり、そのうち 26.4% 5,217 1,170 22.4% 4,719 978 20.7% 2012 年の出所受刑者は 18.6%の 5,100 人が 2 年以内に再入 2012 年の出所受刑者は 27,463 人であり、そのうち 18.6%の5,100 5,100人が 人が2 年以内に再入者となっ 2 年以内に再入 2012 年の出所受刑者は 27,463 人であり、そのうち 18.6%の 60~64 歳 1,920 547 28.5% 2,395 歳で568 23.7% 歳以上で 2,257 22.8%と他の 523 23.2% 者となっている。50 歳以上で 20%であり、60~64 23.2%、65 者となっている。50 歳以上で 20%であり、60~64 23.2%、65 歳以上で 22.8%と他の ている。50 歳以上で 20%であり、60 ~ 64 歳で 歳で 23.2%、65 歳以上で 22.8%と他の年齢層に比 65 歳以上 1,697 528 31.1% 2,598 658 25.3% 2,644 604 22.8% 年齢層に比べて高い割合である。 年齢層に比べて高い割合である。 べて高い割合である。 計 30,025 6,519 21.7% 29,446 5,649 19.2% 27,463 5,100 18.6% 表 入所受刑者における再入者の割合 (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 表 入所受刑者における再入者の割合 1990 年 1995 年 2000 年 2005 年 2010 年 2012 1990 年 1995 年 2000 年 2005 年 2010 年 2012 初入者 8,563 3 37.6% 8,716 39.9% 13,371 48.6% 16,573 50.5% 11,874 43.8% 10275 41.5% (6)出所後、約 割が就労し、約 7 割が就労できていない 初入者 8,563 37.6% 8,716 39.9% 13,371 48.6% 16,573 50.5% 11,874 43.8% 10275 41.5% 再入者 62.4% 13,122人の出所者のうち、32%が就労できたものの、68%が就労でき 60.1% 14,127 51.4% 16,216 49.5% 15,205 56.2% 14505 58.5% 平成 2414,182 年度では、24,698 再入者 14,182 62.4% 13,122 60.1% 14,127 51.4% 16,216 49.5% 15,205 56.2% 14505 58.5% ていない。入所度数が増加するに従い、就労できる割合が減少しており、初犯では 計 22,745 100.0% 21,838 100.0% 27,498 100.0% 32,789 100.0% 27,079 100.0% 37%で 24,780 100.0% 計 22,745 100.0% 21,838 100.0% 27,498 100.0% 32,789 100.0% 27,079 100.0% 24,780 100.0% あるものの 度以上では 20%である。 (出典:平成526 年度版犯罪白書) (出典:平成 26 年度版犯罪白書) 表 平成 24 年度における入所受刑者の入所度数別の就労状況 入所度数 小計 有職 無職 1度 10,216 3,786 37% 6,430 63% 2度 4,402 1,536 35% 2,866 65% 3度 2,938 900 31% 2,038 69% 4度 2,088 596 29% 1,492 71% 5 度以上 5,054 1,033 20% 4,021 80% 24,698 7,851 32% 16,847 68% 計 (出典:総務省行政評価局 価・監視結果報告書) 平成 25 年度刑務所出所者等の社会復帰支援対策に関する行政評 4 4 11 計 30,025 6,519 21.7% 29,446 5,649 19.2% 27,463 5,100 18.6% (出典:平成 26 年度版犯罪白書) (6)出所後、約 3 割が就労し、約 7 割が就労できていない (6)出所後、約 3 割が就労し、約 7 割が就労できていない 平成 24 年度では、24,698 人の出所者のうち、32%が就労できたものの、68%が就労でき 平成 24 年度では、24,698 人の出所者のうち、32%が就労できたものの、68%が就労できてい ていない。入所度数が増加するに従い、就労できる割合が減少しており、初犯では 37%で ない。入所度数が増加するに従い、就労できる割合が減少しており、初犯では 37%であるものの あるものの 5 度以上では 20%である。 5 度以上では 20%である。 表 平成 24 年度における入所受刑者の入所度数別の就労状況 入所度数 小計 有職 無職 1度 10,216 3,786 37% 6,430 63% 2度 4,402 1,536 35% 2,866 65% 3度 2,938 900 31% 2,038 69% 4度 2,088 596 29% 1,492 71% 5 度以上 5,054 1,033 20% 4,021 80% 24,698 7,851 32% 16,847 68% 計 (出典:総務省行政評価局 平成 25 年度刑務所出所者等の社会復帰支援対策に関する行政評 価・監視結果報告書) 2 2 日本農業の概要 日本農業の概要 (1)日本農業は産出額、農家数、耕地面積が減少 2 日本農業の概要 (1)日本農業は産出額、農家数、耕地面積が減少 ①2013 年の農業総産出額は 1990 年の 74%まで減少 (1)日本農業は産出額、農家数、耕地面積が減少 ①2013 年の農業総産出額は 1990 74%まで減少 農業総産出額は、1990 年の 11 兆 年の 5 千億円をピークに減少傾向であり、2013 年では 8 兆 ① 2013 年の農業総産出額は 1990 年の 74%まで減少 年の 11 兆 5 千億円をピークに減少傾向であり、2013 年では 8 兆 5農業総産出額は、1990 千億円と 1990 年の 74%まで減少している。 農業総産出額は、1990 年の 11 兆 5 千億円をピークに減少傾向であり、2013 年では 8 兆 5 5 千億円と 1990 年の 74%まで減少している。 千億円と 1990 年の 74%まで減少している。 表 農業総産出額の推移 表*単位:億円 農業総産出額の推移 1960 年 *単位:億円 耕種算出額 15,415 1960 年 畜産算出 耕種算出額 3,477 15,415 加工農産物 畜産算出 256 3,477 1970 年 34,206 1970 年 1980 年 1990 年 2000 年 2010 年 2013 年 69,660 1980 年 82,952 1990 年 12,096 34,206 32,187 69,660 31,303 82,952 24,596 66,026 25,525 55,127 27,092 57,031 341 12,096 7785 32,187 673 31,303 66,026 2000 年 55,127 2010 年 57,031 2013 年 673 24,596 562 25,525 545 27,092 農業総算出額 19,148 46,643 加工農産物 256 341 102,625 778 114,928 673 91,295673 81,214562 84,668 545 (出典:政府統計の総合窓口 生産農業取得統計) 農業総算出額 19,148 46,643 102,625 114,928 91,295 81,214 84,668 (出典:政府統計の総合窓口 生産農業取得統計) 12 農業を活用した再犯防止プロジェクト ②2010 年の農家戸数は 1990 年の 74%まで減少 1995 年では総農家数が 344.4 万戸であり、販売農家が 265.1 万戸で 77%、自給農家が ② 2010 年の農家戸数は 1990 年の 74%まで減少 79.2 万戸で 23%を占めていた。2010 年では総農家数が 252.8 万戸と 1995 年の 74%まで 1995 年では総農家数が 344.4 万戸であり、販売農家が 265.1 万戸で 77%、自給農家が 79.2 万 減少した。販売農家は 163.1 万戸(65%)に減少したものの、自給農家は 89.7 万戸(35%)ま 戸で 23%を占めていた。2010 年では総農家数が 252.8 万戸と 1995 年の 74%まで減少した。販 で増加した。 売農家は 163.1 万戸(65%)に減少したものの、自給農家は 89.7 万戸(35%)まで増加した。 表 農家戸数の推移 1995 年 年度 万戸 2000 年 割合 万戸 2005 年 割合 万戸 2010 年 割合 万戸 割合 総農家数 344.4 100% 312.0 100% 284.8 100% 252.8 100% 販売農家数 265.1 77% 233.7 75% 196.3 69% 163.1 65% 自給農家数 79.2 23% 78.3 25% 88.5 31% 89.7 35% (出典:農林水産省 農家に関する統計) ③耕地面積と作付面積が減少し、耕地利用率も減少 ③耕地面積と作付面積が減少し、耕地利用率も減少 1960 年の耕地面積は 607.1 万 ha であったものの、その後、減少傾向である。2013 年に 1960 年の耕地面積は 607.1 万 ha であったものの、その後、減少傾向である。2013 年には は 453.7 万 ha と 1960 年から 25%程度減少した。作付延べ面積も減少しており、1960 年 453.7 万 ha と 1960 年から 25%程度減少した。作付延べ面積も減少しており、1960 年では では 134%であった耕地利用率は、2013 年には 92%まで減少している。 134%であった耕地利用率は、2013 年には 92%まで減少している。 表 耕地面積等の推移 1960 年 1970 年 1980 年 1990 年 耕地面積 607.1 579.6 546.1 524.3 483 459.3 453.7 作付延べ面積 812.9 631.1 534.9 456.3 423.3 416.7 耕地利用率 134% 109% 570.6 7104% 102% 94% 92% 92% *単位:万 ha (出典:農林水産省 農地に関する統計及び政府統計 2000 年 2010 年 2013 年 作物統計調査) (2)1 戸あたりの耕地面積は増加し、経営が拡大 販売農家において、1 戸あたりの経営耕地面積は増加傾向である。特に北海道において、 顕著に増加しており、2009 年の 20.50ha から 2014 年には 23.35ha まで増加した。 13 耕地利用率 134% 109% 104% 102% (出典:農林水産省 農地に関する統計及び政府統計 94% 92% 92% 作物統計調査) (2)1 戸あたりの耕地面積は増加し、経営が拡大 (2)1 戸あたりの耕地面積は増加し、経営が拡大 販売農家において、1 戸あたりの経営耕地面積は増加傾向である。特に北海道において、 販売農家において、1 戸あたりの経営耕地面積は増加傾向である。特に北海道において、顕著に 顕著に増加しており、2009 年の 20.50ha から 2014 年には 23.35ha まで増加した。 増加しており、2009 年の 20.50ha から 2014 年には 23.35ha まで増加した。 表 販売農家における 1 戸あたり経営耕地面積の推移 年度 全国(ha) 2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年 2014 年 1.91 1.96 2.02 2.07 2.12 2.17 北海道(ha) 20.50 21.48 22.01 22.34 23.18 23.35 都府県(ha) 1.41 1.42 1.46 1.49 1.52 1.55 ( 出典:農林水産省 農地に関する統計) 3 日本農業の課題 3 日本農業の課題 (1)2013 年の農業従事者は 1995 年の 68%まで減少し、高齢化も進んだ (1)2013 年の農業従事者は 1995 年の 68%まで減少し、高齢化も進んだ 1995 年では 256 万人であった基幹的農業従事者数は、2013 年には 174 万人と 1995 年 1995 年では 256 万人であった基幹的農業従事者数は、2013 年には 174 万人と 1995 年の の 68%まで減少した。高齢化が進み、平均年齢は 1995 年の 59.6 歳から 2013 年は 66.5 歳 68%まで減少した。高齢化が進み、平均年齢は 1995 年の 59.6 歳から 2013 年は 66.5 歳となった。 となった。 図 基幹的農業従事者数等の推移 8 (2)2010 年の耕作放棄地は、1975 年の 3 倍に増加 1975 年では 13.1 万 ha であった耕作放棄地が 2010 年には 39.6 万 ha と約 3 倍増加して いる。 図 14 耕作放棄地面積の推移 農業を活用した再犯防止プロジェクト (2)2010 年の耕作放棄地は、1975 年の 3 倍に増加 (2)2010 年の耕作放棄地は、1975 年の 3 倍に増加 1975 年では 13.1 万万 haha であった耕作放棄地が 1975 年では 13.1 であった耕作放棄地が2010 2010年には 年には39.6 39.6万万ha haと約 と約33倍増加して 倍増加している。 いる。 図 耕作放棄地面積の推移 (3)2010 年において後継者がいない販売農家は 45% (3)2010 年において後継者がいない販売農家は 45% 2010 年では後継者がいる販売農家は 969,056 戸で 59%であり、後継者がいない販売農家 9 2010 年では後継者がいる販売農家は 969,056 戸で 59%であり、後継者がいない販売農家は は 662,150 戸で 41%も占めている。 662,150 戸で 41%も占めている。 表 販売農家における後継者の有無 2005 年 年度 戸数 2010 年 割合 戸数 割合 同居後継者がいる販売農家 867,553 44% 675,345 41% 他出後継者がいる販売農家 203,778 10% 293,711 18% 後継者がいない販売農家 892,093 45% 662,150 41% 1,963,424 100% 1,631,206 100% 総販売農家数 (出典:2010 年世界農林業センサス) 3 6 次産業化、高付加価値化への取組み (1)販売は農協が主体であり、農業経営体による販売は 30%以下 2012 年度において、農業生産関連事業の総販売金額は 1 兆 7,451 億円であり、農協等の 農産物直売所との産物の加工がそれぞれ 41.7%、30.4%を占めている。農業経営体による 販売は 4,767 億円で 27.3%を占めており、農産物の加工が最も高く 16.8%を占める。 図 2012 年度における農業生産関連事業別の年間総販売金額 15 総販売農家数 1,963,424 100% 1,631,206 100% (出典:2010 年世界農林業センサス) 3 6 次産業化、高付加価値化への取組み 3 6(1)販売は農協が主体であり、農業経営体による販売は 次産業化、高付加価値化への取組み 30%以下 (1)販売は農協が主体であり、農業経営体による販売は 30%以下 2012 年度において、農業生産関連事業の総販売金額は 1 兆 7,451 億円であり、農協等の 2012 年度において、農業生産関連事業の総販売金額は 1 兆 7,451 億円であり、農協等の農産物 農産物直売所との産物の加工がそれぞれ 41.7%、30.4%を占めている。農業経営体による 直売所との産物の加工がそれぞれ 41.7%、30.4%を占めている。農業経営体による販売は 4,767 販売は 4,767 億円で 27.3%を占めており、農産物の加工が最も高く 16.8%を占める。 億円で 27.3%を占めており、農産物の加工が最も高く 16.8%を占める。 図 2012 年度における農業生産関連事業別の年間総販売金額 (2)有機 JAS 圃場は増加傾向であるものの、国内の 0.2%と低い割合 (2)有機 JAS 圃場は増加傾向であるものの、国内の 0.2%と低い割合 有機 JAS 認定ほ場面積は増加傾向であり、2010 年の 9,084ha から 2013 年では 9,889ha に増 有機 JAS 認定ほ場面積は増加傾向であり、2010 年の 9,084ha から 2013 年では 9,889ha 加した。しかし、日本国内の耕地に占める割合は 0.2%と低い。 に増加した。しかし、日本国内の耕地に占める割合は 0.2%と低い。 10 図 16 有機 JAS 認定ほ場面積の推移 農業を活用した再犯防止プロジェクト 4 農業を活用した更生保護と地域連携について 4 農業を活用した更正保護と地域連携について (1)新聞記事データベースによるキーワード検索 (1)新聞記事データベースによるキーワード検索 日経テレコンは、1984 年のサービス開始以来、国内外のメディアや調査会社、専門情報など 日経テレコンは、1984 年のサービス開始以来、国内外のメディアや調査会社、専門情報など の媒体(2014 12 月時点)が提供するコンテンツをデータベース化している。日経テレコ 505505 の媒体(2014 年 12年 月時点)が提供するコンテンツをデータベース化している。日経テレコ ンのデータベースで、「農業」 「刑務所」、「農業」 「更生」、「農業」 「障害者」、「農業」 「社会福祉法 ンのデータベースで、「農業」「刑務所」、「農業」「更正」、「農業」「障害者」、「農業」「社会福祉法人」 人」 をキーワードとして検索した。 をキーワードとして検索した。 「障害者」 及び 「社会福祉法人」、つまり障害福祉に係る単語を検索ワードとした場合、それぞれ 「障害者」及び「社会福祉法人」、 つまり障害福祉に係る単語を検索ワードとした場合、それぞれ 37,539 件、10,660 件の新聞記事が検索された。一方で、「刑務所」 及び 「更生」、つまり更生保 37,539 件、10,660 件の新聞記事が検索された。一方で、「刑務所」及び「更正」、つまり更正保護 護に係る単語を検索ワードとした場合、それぞれ 3,058、701 件の新聞記事が検索された。近年、 に係る単語を検索ワードとした場合、それぞれ 3,058、701 件の新聞記事が検索された。近年、 日本全国で農福連携の活動が活発化している一方で、農業を活用した更生保護はまだ社会的な認知 日本全国で農福連携の活動が活発化している一方で、 農業を活用した更正保護はまだ社会的な認 及び活動が弱い状況である。 知及び活動が弱い状況である。 表 新聞記事データーベースによる検索ヒット件数 更生 (2)北海道沼田町就業支援センター (2)北海道沼田町就業支援センター 農業による就業と自立、そして改善更生を図るセンター 農業による就業と自立、そして改善更生を図るセンター 北海道沼田町では、2007 月から「沼田町就業支援センター」の運営を開始している。こ 北海道沼田町では、平成 19 年年1010 月から「沼田町就業支援センター」の運営を開始している。 の施設は、旭川保護観察所沼田駐在官事務所に付設する宿泊施設に、少年院を仮退院となった少年 この施設は、 旭川保護観察所沼田駐在官事務所に付設する宿泊施設に、少年院を仮退院となった 等を宿泊させて保護観察を実施するとともに、沼田町が設置運営する農業実習施設において、専 少年等を宿泊させて保護観察を実施するとともに、 沼田町が設置運営する農業実習施設において、 門指導員の下で 農業に関する訓練を実施することにより、農業を中心とした就業、自立を促 農業に関する訓練を実施することにより、農業を中心とした就業、自立を促進し、 専門指導員の下で 改善更生を図ることを目的とする施設である。定員 12 名。 進し、改善更生を図ることを目的とする施設である。定員 12 名。 地域全体で取り組む自立支援プログラム 地域全体で取り組む自立支援プログラム 支援センターでは、保護観察官らが常駐し、少年たちはそこから毎朝、郊外の町営農場に通う。 支援センターでは、 保護観察官らが常駐し、 少年たちはそこから毎朝、 郊外の町営農場に通う。 野菜やシイタケ栽培、肉牛飼育などが中心で、農場にとっては貴重な働き手でもある。門限や携帯 野菜やシイタケ栽培、肉牛飼育などが中心で、農場にとっては貴重な働き手でもある。門限や携 電話禁止などの制限はあるが、自由時間の外出などは可能。実習手当を蓄えて自動車免許の教習所 帯電話禁止などの制限はあるが、 自由時間の外出などは可能。実習手当を蓄えて自動車免許の教 に通う者もいる。センターによる実習支援を経て、既に大規模農家や近隣の食品加工会社に就職し 習所に通う者もいる。 センターによる実習支援を経て、既に大規模農家や近隣の食品加工会社に た少年達もいる。センターがある沼田町は、人口 4,000 人弱で、人口減・農業後継者不足に悩む 就職した少年達もいる。センターがある田沼町は、人口 4,000 人弱で、人口減・農業後継者不足 沼田町が協力する形で、こうした自立支援プログラムを実現した。 に悩む沼田町が協力する形で、こうした自立支援プログラムが実現した。 北九州市、茨城県ひたちなか市にも整備されている 北九州市、茨城県ひたちなか市にも整備されている 設立当初は住民にも不安があったが、継続的な粘り強い町民説明会により理解を住民が深め、今 設立当初は住民にも不安があったが、継続的な粘り強い町民説明会により理解を住民が深め、 では町内の行事などにも参加し、地域住民との交流もある。沼田町の中心行事である 「夜高(よた 今では町内の行事などにも参加し、 地域住民との交流もある。沼田町の中心行事である「夜高 (よ か)あんどん祭り」 を通して、入所者の少年とまちの人たちが一体となる。当初は少年院のみに対 たか)あんどん祭り」を通して、入所者の少年とまちの人たちが一体となる。当初は少年院のみ する支援だが、現在では、刑務所を出所する成人を対象とした支援プログラムもあり、北九州市や に対する支援だが、現在では、刑務所を出所する成人を対象とした支援プログラムもあり、北九 茨城県ひたちなか市にもセンターが整備されている。 6次産業化による事業化と社会への貢献 12 こうした農業自立支援プログラム(園芸プログラム)では、心身ともに健康体を獲得でき、再犯 17 率の減少にもつなげることができる。政府や自治体だけでなく NPO 等も、受刑者向け・高齢者向 けの園芸(治療)プログラムを充実させることで、栽培した農作物を病院食やレストランなどに販 売して利益を得ながら、一部をフードバンクやその他のコミュニティを通じてホームレスに食事を 提供するような社会貢献事業が実現・普及することも可能である。 農のもつポテンシャルと就業適性の問題 農作業がもつ、福祉の観点からのメリットとしては、屋外作業での心身の開放感と充実感、自分 のペースで作業ができ、緊張感が少なく達成感も得られ、作業訓練としての効果があること、また、 農を通じて自信が生まれ、生活にリズム感が生まれることなどが挙げられている。 沼田町就業支援センターでも、「情操教育効果や心情の安定」、「自らの努力が収穫に繋がる達成 感」 など、農を通しての効果が同様に指摘されている。一方で、入所者の特徴として、忍耐力、集 中力の欠如、集団非行に走りやすいなどの短所も指摘されており、現に、農業実習への意欲が続か なくなり中途退所となった者、遵守事項違反や再非行により不良措置を執られた者などもいる。 (3)島根あさひ社会復帰センター 官民協働による更生施設 島根あさひ社会復帰促進センターは、2008 年 10 月から島根県浜田市で、官と民の協同による 運営を行っている。犯罪傾向の進んでいない男子受刑者等、200 名を収容する施設である。その 中には、身体障害のある方や精神・知的障害のある方など、特別なケアを要する方も含まれている。 地域の自然、産業、文化に力を借りて、出所後の就労面での有効な支援となる各種作業・職業訓 練、犯罪行動の変化を徹底して促す教育プログラム、出所後の帰住環境への働きかけなどを実施し ている。 地域活性化につながる、農作業と伝統工芸 本センターでは、四季を感じ自然に親しむ心を涵養するため、農林水産業を実施することとして いる。施設内の作業としてバラのハウス栽培の実施、施設外の作業として新開団地での農作業、地 元梨園での援農等の実施を行っている。 新開団地での農作業は、浜田市が所有する農業団地である新開団地の一部を借り受け、受刑者 30 名程度で、茶葉栽培、野菜のハウス栽培及び桑の有機栽培を地元の営農者の指導のもと行って いる。 さらに特化ユニットの受刑者向けの作業として、地元の伝統芸能である神楽の面作りや、伝統工 芸品である石州和紙や石見焼きの陶器作りなどを、地元の福祉会や和紙工房、窯元の協力を得て実 施することとしている。 18 農業を活用した再犯防止プロジェクト 5 農業と社会的弱者雇用 (1)農事組合法人 共働学舎新得農場 ①共働学舎の概要 共働学舎は 1978 年設立、現在の従業員数は 68 名である。 北海道十勝平野の西側にある新得町で酪農を営んでいる。身 体・精神的にハンディを抱えた人や、一般の学校や会社に行 かなかった人、行きたくない人、行けなかった人等が集まり、 共同で生活をしながら経営しているのが大きな特徴である。 共働学舎では彼らの治癒教育の一環として、「自分を認めることで相手を認めること」、「個々の トラウマ、自分の問題を認識し、向き合うこと」、「否定的に言った相手を追い出さずに、言いたい こと、感情を出し切るまで受け止めること」を重要点として掲げている。また、従業員を雇用する 際には、家族構成や生い立ち、本人の悩みや克服したいことを聞き取り、それをもとにして従業員 の労働環境を支援している。 ②共働学舎を例にした、農業を進める上でのプロセス 共働学舎での活動は主に4つの分野に分かれる。基本的な 生活を基盤とし、野菜、家畜、チーズの順で仕事内容の難易 度は高くなる。しかしながら、どの分野においても社会的な ハンディを抱えた人たち全員が満足に働けるよう、勤務内容 を決めている。 畑作業は 3 月の休耕時期から始まる。農業を行う際の道具 チース工房での作業様子 をそろえ、前シーズンの片づけを行い、畑に撒く土をふるうところから社会的弱者の活躍の場はあ る。チーズの製造作業は難易度が高いが、そこで働ける人が限定されるわけではない。現に、チー ズのカッティングについては 16 年引きこもっていた人が働き手となっている。彼は今チーズの熟 成管理も担当している。また、帯広出身で就職できずにいた子は、今一人でラクレットを作っている。 社会で一人前として認められていなくても、たとえ健常者を 1 として、労働力が 0.8 や 0.9 の人 だったとしても、こちらから能力を引き出してあげることが重要である。 ③社会的弱者を受け入れるために 社会的弱者を受け入れるために私たちが気を付けていることは以下の 3 つである。 まず、生産ラインそのもので機械を主体にせず、できるだけ機械を外して手作業を多くすること。 そうすることで、土や作物と直に触れ合うことが多くなり、触れることが園芸治療のひとつの効果 にもなる。また、作物を育てることで、自分が触れた作物には意識が向き、自分が育てたという意 識が芽生える。 次に、たくさんある仕事の中で、何をするか自分で決めさせることも重要だ。要求される仕事は たくさんあるが、形の上だけでも自分ですること、できることを決める。そうすることで、自分で 決めたことへの責任が生まれる。また、周りの仲間が皆同じように自分で仕事を見つけているから、 皆と一緒にやらなければならないと考え、働く意欲が増す。 最後に、自分が仕事したことに対する評価が、自分に返ってくるということを意識させること 19 である。周りからの評価が上がれば自信につ ながる。例えば、労働者自ら作った商品が売 れれば、いくらで売れたという現場を直接見 せる。もしくは必ず本人に売れたことを報告 する。売れるということは、自分の仕事が世 の中に受け入れられたということである。社 会的弱者はただ単にお金がほしいわけではな い。彼らにとってお金は道具であり、世の中 が受け入れてくれた、認めてくれたという結 果をみるためのひとつの要素にしかすぎない。 ビニールハウスでの作業様子 一般的なケースとして、例えば営業職であれば成果は販売額という数字で出るが、私たちの従業員 の場合は数字ではなく「もの」で結果が出る。かつ、決まった監督者が上から評価するのではなく、 周りの人間、共に生活する仲間同士で評価する。リアルタイムで評価がなされることで生活に臨場 感が出て、労働意欲が増す。 ④刑余者の様々なケース 今まで受け入れた刑余者は数人で、彼らがどうなったかというと、主なケースとして少年院から 出てきて就職したものの自殺した者、AIDS や C 型肝炎等の団体生活が困難な病気を抱え入院せざ るを得なかった者、婦女暴行から出所して入ったが持病の発作で死亡した者がいたが、全員再犯は していない。 現在も在籍している者は、もう 20 年近く働いている。持病を抱えてしまったため、あまり無理 させられないが、ボイラー焚きなどをやっている。彼が健康なころは畑仕事をしていた。今は介護 のため、自宅から通っている。刑余者の食と住を充実させることにより、再犯を防いでいるともい える。 ⑤ソーシャルファームとして確立した理由 よく共働学舎が成功したポイントは何かと聞かれる。成功したかどうかは発展途上なのでわから ないが、これだけは自信をもって言える、ということを話すと、命あるものたちの目に見えない可 能性を引き上げて、それを生産に結び付けることが私たちにはできる。私たちが相手にしているも のは、牛や微生物、土やチーズ、そして人間と、皆生きているものばかりだ。生産能力を上げるた めには、生き物の潜在能力を引き出す方法を知っ ているかどうかが重要であると思う。 また、特に刑余者に言えることだが、彼らは常に、 わけのわからないことに連れてこられたという不 安や、何故ここにいるのかといういらだちと闘っ ており、そのマイナスな気持ちが環境によって和 らぐことに気付かなければならない。 刑余者の更生・自立が目的とはいえ、小さい部 屋にとじこめ幽閉しているだけでは刑務所と同じ 20 農業を活用した再犯防止プロジェクト だ。彼らに生き物としての本能的な開放感とリラックスを与えられるかどうかが、刑余者を社会復 帰させるためのひとつのポイントとなる。周りの人間が「あなたも生きていけるんだよ」と弱者に 対して示せば、そこから彼らは生きる力を見出すのかもしれない。 ⑥電話ヒアリングによるカウンセリングと受入対応 1. 相談相手について 共働学舎に問い合わせする人たちは、長期失業者、障がい者やチーズづくりを学びたい人等様々 である。よくよくその人を見ると素晴らしいものがいっぱいある。この人こんな得意技もっていた のかとびっくりしてしまうようなことさえある。だから共働学舎から受入の条件を提示することは していない。 未就学児は親御さんや親戚が、20 歳前後からは本人が直接問い合わせにくる。来年、娘のゆく ゆくの生きれる場所を探していて、来年来て、働かさせていただいてよろしいですかという問い合 わせもある。 2. ヒアリング内容 まず30分くらい相手の話を聞く。名前、性別、出身、齢、家族の様子、本人の悩みをはじめと して、なぜ電話してきたのか、どういうところで共働学舎を知ったのか、どういうことを望んでい るのか等、それらを聞くと会っていなくても人物像がわかる。大半の人は、自分を偽って話す人は 少なく、素直に話をしてくれる。電話で他人と話すことで、人とコミュニケーションでき安心する、 または今すぐ来なくても自分を受け入れてくれる場所があるのだと安心する人もいる。 声のトーンも最初沈んでいても 1 時間くらい話していると、明るくなってくる。電話をかけて くる人は、自分の問題を解決してもらいたいわけではなく、共有してくれることを求めている。電 話してくるということは、話したくて電話してきているのであり、電話をかけてくる時点で現状を 変わりたいと思っている。 電話対応で重要なことは、右から左に忘れることである。日々の生活に持ち込まず、一つ一つを 区切ることが重要である。 3. 共働学舎を知るきっかけ 共働学舎の HP、出版物、取材雑誌、TV や知り合いの知り合いを通じての口コミが多い。元を たどればメディアにたどり着くかもしれないが、本人が共働学舎を知るきっかけは口コミが半分く らいである。 4. 受入対応 現在居住スペースが飽和状態であるため、メンバーとして共働学舎で生活をすることはなかなか 難しい状況であるため、先方の希望にすぐに対応できない。そのときの言い方が大事であるが、も う募集していません、もう来れませんとか言うのではなく、1 週間の体験はできますということを 強調して言っている。過去には 27 回、東京から数年かけて体験に来た人もいる。共働学舎では年 に何人かメンバーが出入りする。順番待ちというのではなく、共働学舎の空きとそのひとの状況に 応じて、対応している。 5. 共働学舎での宿泊体験 共働学舎に来て生活を体験したいという人は 1 週間程度受け入れ対応する。体験に来る人には、 食費代と宿泊費として1日 2,500 円を徴収している。お金を自分で払うのと払わないのとでは、まっ 21 たく作業に対する取組姿勢が異なる。 その日の作業は、朝の全体ミーティングで自 己申告する。何をしていいのか分からない人に は、 「この作業とこの作業があるけどなにする?」 と聞き、本人に選択させる。そうすることで、 だんだんと自分がやるべきことがわかってくる。 こんなことやってみないかと聞くともあるが、 「あなたはこれをやりなさい」と押し付けること はない。その人が考えられる状況の中で選択さ 宿泊体験者の作業様子 せることが重要である。 ⑦共働学舎の 1 年の活動・・・参加できるタイミング 農業では作業が多様であり、社会的弱者の良いところを引き出す仕事を選択することができる。 四季折々の仕事が毎年コンスタントに巡回し、また、季節や時期を選択しての農業アルバイトとし ての参加も可能である。 22 農業を活用した再犯防止プロジェクト 参考資料1 共働学舎の 1 年の活動 参考資料 1 共働学者の 1 年の活動 6 23 (2)六次産業化・・参加できる作業内容を分類 (2)六次産業化・・参加できる作業内容を分類 ジャルダン・ド・コカーニュ、共働学舎の事例により、社会的弱者就労でも高度な六次産業化に ジャルダン・ド・コカーニュ、共働学舎の事例により、社会的弱者就労でも高度な六次産 より就労支援をおこなう仕組み作りの可能性が示されていた。重要な観点として以下のことがあげ 業化により就労支援をおこなう仕組み作りの可能性が示されていた。重要な観点として以 られよう。 下のことがあげられよう。 ・偏りをもった能力に対応出来る「多様な職種」の用意 ・ 偏りをもった能力に対応出来る「多様な職種」の用意 ・生産、収穫、加工、販売など広い職種への「作業分解と指導」 ・ 生産、収穫、加工、販売など広い職種への「作業分解と指導」 ・高品質な商品を生み出す総合プロデューサーの存在 ・ 高品質な商品を生み出す総合プロデューサーの存在 下記のチャートは あうるずが過去に行った「羊毛活用プロジェクト」の社会的弱者雇用を 下記のチャートは NPO NPO あうるずが過去に行った「羊毛活用プロジェクト」の社会的弱者雇 目指す作業分解図である。 用を目指す作業分解図である。 商品展開プロセス 「羊毛」活用プロジェクト 2013 年度において、全国でめん羊は 16,096 頭飼養され、北海道では 10,505 平成 25 年度において、全国でめん羊は 16,096 頭飼養され、北海道では 10,505 頭と全国のうち 頭と全国 65%が飼養されている。めん羊肉生産量も北海道が全国で最も多く、2008 と全国の のうち 65%が飼養されている。めん羊肉生産量も北海道が全国で最も多く、年では 平成 2091.5t 年では 128t のうち 71% 。 91.5t と全国の 128tを占めている(出典:北海道農政部生産振興局 北海道のめん羊をめぐる情勢) のうち 71%を占めている(出典:北海道農政部生産振興局 北海道のめ しかし、生育過程で収穫される羊毛は、毛刈り後の分別や洗浄などの手間から約 70%が廃棄さ ん羊をめぐる情勢)。 れているのが現状である。 しかし、生育過程で収穫される羊毛は、毛刈り後の分別や洗浄などの手間から約 70%が 羊毛は、上記の図に示した工程で商品が作られ、ユーザーに届く。工程を細分化することで、社 廃棄されているのが現状である。 会的弱者が参加できる仕事を生み出すことができる。その中でも洗浄や綿花、紡ぎ等の仕事は、障 羊毛は、上記の図に示した工程で商品が作られ、ユーザーに届く。工程を細分化するこ 害を持った人も参加でき、刑余者であれば全工程の参加が望める。 とで、社会的弱者が参加できる仕事を生み出すことができる。その中でも洗浄や綿花、紡 ぎ等の仕事は、障害を持った人も参加でき、刑余者であれば全工程の参加が望める。 19 24 農業を活用した再犯防止プロジェクト 6 6 次産業化に参加する「苦から楽」循環 (1)負のスパイラル 6 6 次産業化に参加する「苦から楽」循環 再犯を繰り返す「負のスパイラル」から抜け出すことをイメージしたチャートである。 (1)負のスパイラル 各刑務所や更生保護施設から聞き取りを総合する、「教育」「コミュニケーション」「住居」 再犯を繰り返す「負のスパイラル」から抜け出すことをイメージしたチャートである。 「仕事」の要素が不足しておりこれらがスパイラルの要因となっている。経済社会の中で 各刑務所や更生保護施設から聞き取りを総合すると、「教育」「コミュニケーション」「住居」「仕 は効率的、高収益、採算性を要求されている。一見するとのどかで自然豊かと思われる現 事」の要素が不足しておりこれらがスパイラルの要因となっている。経済社会の中では効率的、高 代農業においても同様であるが、真剣に取り組む姿勢が製品に成果としてあらわれ、高付 収益、採算性を要求されている。一見するとのどかで自然豊かと思われる現代農業においても同様 加価値になる農業は社会的弱者就労に適している。 であるが、真剣に取り組む姿勢が製品に成果としてあらわれ、高付加価値になる農業は社会的弱者 地方創生を目指す農村においては六次産業化による「地場産品の高付加価値化」が大き 就労に適している。 なテーマになっている。 地方創生を目指す農村においては六次産業化による「地場産品の高付加価値化」が大きなテーマ しかし課題も多く、たとえば小麦農家の本来の仕事は「良い小麦」を作ることであり、 「乾 になっている。 麺うどん」を製造することはスキルを有するプロが対応すべき事である。スキルを有する しかし課題も多く、たとえば小麦農家の本来の仕事は「良い小麦」を作ることであり、 「乾麺うどん」 農村就労の可能性は高くなると思われる。 を製造することはスキルを有するプロが対応すべき事である。スキルを有する農村就労の可能性は 高くなると思われる。 ① 都市と農村とのハローワーク・・農村での求人にあわせたスキル教育 ①都市と農村とのハローワーク・・農村での求人にあわせたスキル教育 ② 農的保護司・・農村地区での就労と保護を兼ねた保護司 ②農的保護司・・農村地区での就労と保護を兼ねた保護司 ③ 富裕層と再犯者をつなぐ有機栽培・・高価値で高価格な製品が雇用を確保する ③富裕層と再犯者をつなぐ有機栽培・・高価値で高価格な製品が雇用を確保する ④ 農村生活とコミュニケーション・・空き家対策、耕作放棄地就労、6 次産業スキル ④農村生活とコミュニケーション・・空き家対策、耕作放棄地就労、6 次産業スキル ○ 「農と更生保護」 苦から楽チャート (2)総合的プロデュースが果たす自立的組織 20 第一段階.法務省構成プログラム 従来の刑務所での犯罪者の位置づけ(重い、軽い)により、民間事業者が協力できる内容が変化 する。業務発注、技術指導、生活訓練など。 25 (2)総合的プロデュースが果たす自立的組織 第一段階.法務省構成プログラム 従来の刑務所での犯罪者の位置づけ(重い、軽い)に 法務省の更生プログラムに入り、補助など資金的に密接な関係にあり、業務・訓練・更生などが より、民間事業者が協力できる内容が変化する。業務発注、技術指導、生活訓練など。 一体となっている。例)北海道沼田町就業支援センター 法務省の更正プログラムに入り、補助など資金的に密接な関係にあり、業務・訓練・更正 第二段階 更生保護施設 などが一体となっている。例)北海道沼田町就業支援センター 保護観察所と連携した民間セクターであるが、法務省からの資金的な支援がなければ事業が成立 第二段階 更生保護施設 しない。― 全国 103 施設 刑務所と連携した民間セクターであるが、法務省からの資金的な支援がなければ事業が成 第三段階 社会的企業(ソーシャルファームなど) 立しない。例)かりいほ、自然農塾 出所者の受け入れに積極的であり、専門職に至る技能や社会生活を営む協調性などの訓練も行う 第三段階 社会的企業(ソーシャルファームなど) ことができる。例)ファームきくち、共働学舎新得農場 出所者の受け入れに積極的であり、専門職に至る技能や社会生活を営む協調性などの訓練 第四段階 ネットワーク化 も行うことができる。例)ファームきくち、共働学舎新得農場 産官民や地域内外のネットワークが構築されており、高品質な農畜産物を生産、加工し、より多 第四段階 ネットワーク化 くの人を受け入れることができる。例)ジャルダン・ド・コカーニュ 産官民や地域内外のネットワークが構築されており、高品質な農畜産物を生産、加工し、 第 2 段階以降はまだ事例が数少ないため受け入れ人数もわずかである。第四段階のネットワー より多くの人を受け入れることができる。例)ジャルダン・ド・コカーニュ ク化はまだ日本では見当たらず、秀逸な事例としてジャルダン・ド・コカーニュが登場する機会が 第 2 段階以降はまだ事例が数少ないため受け入れ人数もわずかである。第四段階のネッ 多い理由である。第五段階として想定されるのは消費グループのネットワーク化であり、社会的弱 トワーク化はまだ日本では見当たらず、秀逸な事例としてジャルダン・ド・コカーニュが 者商品をあつかうレストラン、スーパー、道の駅などの登場により再犯防止と戦うソーシャルファー 登場する機会が多い理由である。第五段階として想定されるのは消費グループのネットワ ム製品の市場化が社会を大きく変えると期待される。 ーク化であり、社会的弱者商品をあつかうレストラン、スーパー、道の駅などの登場によ り再犯防止と戦うソーシャルファーム製品の市場化が社会を大きく変えると期待される。 図 図 農業と刑務所出所者の社会参加プロセス 農業と刑務所出所者の社会参加プロセス 更生保護 更生保護 21 26 4. 農業を活用した再犯防止プロジェクト わが国の受刑者の現状と社会復帰の意義 4.わが国の受刑者の現状と社会復帰の意義 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 4-1 受刑者の現状 4-1 受刑者の現状 (1) 刑務所入所者の現状 (1)刑務所入所者の現状 刑務所入所者の動向について平成 16 年~25 年における 10 年間の新受刑者数の変化をみると、平成 刑務所入所者の動向について平成 16 年~ 25 年における 10 年間の新受刑者数の変化をみる 18 年(33,032 人)をピークに連続して減少傾向にあり、平成 25 年では約 3 割の減少( 22,755 人) と、平成 18 年(33,032 人)をピークに連続して減少傾向にあり、平成 25 年では約 3 割の減 となっている。しかし、新受刑者数における初入所者数及び再入所者数の構成比をみると、再入者率 少( 22,755 人)となっている。しかし、新受刑者数における初入所者数及び再入所者数の構成 が平成 18 年で同割合になって以降漸増傾向が続き、平成 25 年では 58.9%(13,407 人)になり、初入 比をみると、再入者率が平成 18 年で同程度の割合になって以降漸増傾向が続き、平成 25 年では 所者 41.1%(9,348 人)を明らかに上回る割合になっている(図 4-1) 。さらに、全回の刑の執行を受 58.9%(13,407 人)になり、初入所者 41.1%(9,348 人)を明らかに上回る割合になっている(図 けて出所した日から再入所に係る罪を犯した日まで再犯期間は、 1 年未満で約 4 割、1 年以上 2 年未満 4-1)。さらに、全回の刑の執行を受けて出所した日から再入所に係る罪を犯した日まで再犯期間は、 で約 2 割、 年以上 3 年未満で約 1 割であり、 再犯受刑者の約 7 割が 33年未満で再入所に至っている。 1 2年未満で約 4 割、1 年以上 2 年未満で約 2 割、2 年以上 年未満で約 1 割であり、再犯受刑者 近年の再犯受刑者の増加と短期間での再入率の高さ等を踏まえて、平成 24 年 7 月の政府の犯罪対 の約 7 割が 3 年未満で再入所に至っている。 近年の再入受刑者の増加と短期間での再入率の高さ等を踏まえて、平成 24 年 7 月の政府の犯罪 策閣僚会議において、 出所後 2 年以内の再入所者の割合を 20%以上減少させる数値目標が設定される 対策閣僚会議において、出所後 2 年以内の再入所者の割合を 20%以上減少させる数値目標が設定 など、再犯防止は政策上の最重要課題となっている。 されるなど、再犯防止は政策上の最重要課題となっている。 図 4-1 入所受刑者の動向(2013 年矯正統計年報から作成) 図 4-1 入所受刑者の動向(2013 年矯正統計年報から作成) (2) (2) 刑務所出所者の現状 刑務所出所者の現状 出所受刑者の動向について、 平成 16年における 年~ 25 年における 10 年間の出所受刑者数の変化をみると、 出所受刑者の動向について、平成 16 年~25 10 年間の出所受刑者数の変化をみると、平 平成 20 年(31,680 人)をピークに連続して減少傾向にあり、平成 25 年では約 1.5 割の減少(26,535 成 20 年(31,680 人)をピークに連続して減少傾向にあり、平成 25 年では約 1.5 割の減少(26,535 人)となっている(図 4-2 参照)。また、満期釈放者と仮釈放者の構成比については、平成 19 年 人)となっている(図 4-2 参照)。また、満期釈放者と仮釈放者の構成比については、平成 19 年~23 ~ 23 年にかけてほぼ同程度の割合で推移したが、24 年以降は満期釈放者の割合が減少傾向にある。 年にかけてほぼ同じ割合で推移したが、24 年以降は満期釈放者の割合が減少傾向にある。 27 平成 25 年の出所受刑者の出所事由別帰住先についてみると、仮釈放者と満期釈放者で大きな差異 平成 25 年の出所受刑者の出所事由別帰住先についてみると、仮釈放者と満期釈放者で大きな差 がある。仮釈放者(14,623 人)の 59.6%は「親族」 、28.8%が「更生保護施設」であるのに対し、満期 異がある。仮釈放者(14,623 人)の 59.6% は「親族」、28.8% が「更生保護施設」であるのに対し、 釈放者(11,887 人)の 32.5%が「親族」 、53.6%が「その他」となっている。 満期釈放者では出所者の 3 満期釈放者(11,887 人)の 32.5% が「親族」 、53.6% が「その他」となっている。 満期釈放者で 分の 1 程度しか、最も繋がりの強い関係にあるはずの親族のもとに帰住できていない。仮釈放者につ は出所者の 3 分の 1 程度しか、最も繋がりの強い関係にあるはずの親族のもとに帰住できていな い。仮釈放者については、 満期釈放者と比較すれば約 6 割程度は「親族」のもとに帰住しているが、 いては、満期釈放者と比較すれば約 6 割程度は「親族」のもとに帰住しているが、約 3 割は「更生保 約 3 護施設」となっている。社会復帰の基盤となる生活の場について、満期釈放者の半数以上、また、更 割は「更生保護施設」となっている。社会復帰の基盤となる生活の場について、満期釈放者 の半数以上、また、更生保護施設を利用した仮釈放者約 3 割が新たな生活の場を確保しなければ 生保護施設を利した仮釈放者約 3 割が新たな生活の場を確保しなければならない状況にある。 ならない状況にある。 出所受刑者数 満期釈放者数 仮釈放者数 図 4-2 出所受刑者の動向(2013 年矯正統計年報から作成) 図 4-2 出所受刑者の動向(2013 年矯正統計年報から作成) 4-2 出所受刑者の社会復帰を妨げる問題 (1)住居の問題 4-2 出所受刑者の社会復帰を妨げる問題 満期釈放者の半数以上、仮釈放者の約 3 割が家族や親戚のもとに帰住できず新たな生活の場を (1) 住居の問題 確保しなければならない。「満期釈放者で適当な帰住先を持たない者が、出所後短期間に高い割合 満期釈放者の半数以上、仮釈放者約 3 割が家族や親戚のもとに帰住できず新たな生活の場を確保し で再犯に至っている(犯罪白書,2012)」1)ことからしても、「住居の確保」は出所受刑者の生活 なければならない。 「満期釈放者で適当な帰住先を持たない者が、出所後短期間に高い割合で再犯に至 の再出発の基礎であり、最優先の課題である。行き場のない出所受刑者の一時的帰住先として「自 っている(犯罪白書,2012) 」1)ことからしても、 「住居の確保」は出所受刑者の生活の再出発の基礎 立更生促進センター」「就業支援センター」「更生保護施設」「自立準備ホーム」2)が重要な役割を であり、最優先の課題である。行き場のない出所受刑者の一時的帰住先として「自立更生促進センタ 担っているが、これらの施設の利用者数、利用期間には制限があり、施設利用期間内に施設退所後 ー」 「就業支援センター」 「更生保護施設」 「自立準備ホーム」2)が重要な役割を担っているが、これ の居住先を決定しなければならない。新たな住居を借りる際の情報提供や身元保証も含めた契約支 らの施設の利用者数、利用期間には制限があり、施設利用期間内に施設退所後の住居先を決定しなけ 援、さらには就労も含めて支援する住み込みでの受け入れ先の確保などの支援が不可欠となる。 ればならない。新たな住居を借りる際の情報提供や身元保証も含めた契約支援、さらには就労も含め (2)就労の問題 て支援する住み込みでの受け入れ先の確保などの支援が不可欠となる。 「働くこと」は保障されるべき基本的権利であるともに、国民が果たすべき義務である3)。人は 生活の大部分の時間を働くことに費やし、社会との繋がりを築き、社会システムの中に統合されて いく。そして、 「働くこと」により生計を維持し、職場で形成される集団により社会的役割を獲得し、 28 「働くこと」は保障されるべき基本的権利であるともに、国民が果たすべき義務である3)。人は生 活の大部分の時間を働くことに費やし、 社会との繋がりを築き、 社会システムの中に統合されていく。 農業を活用した再犯防止プロジェクト そして、 「働くこと」により生計を維持し、職場で形成される集団により社会的役割を獲得し、個性を 発揮していく。また、家庭生活とも相互に関連し、生活の質(QOL)を支えている。つまり、就労支援 個性を発揮していく。また、家庭生活とも相互に関連し、生活の質(QOL)を支えている。つまり、 は、支援を必要とする人に対して、このような多様な側面への支援を包含するものである。 就労支援は、支援を必要とする人に対して、このような多様な側面への支援を包含するものである。 出所受刑者への就労支援が、住居支援と並んで再犯防止の柱となっている背景には、保護観察対象 出所受刑者への就労支援が、住居支援と並んで再犯防止の柱となっている背景には、保護観察対 者における無職者の再犯率(7.4%)が有職者(36.3%)と比較して約 5 倍にも及ぶなどの実態がある(平 象者における無職者の再犯率(36.3%)が有職者(7.4%)と比較して約 5 倍にも及ぶなどの実態が 成 24 年版犯罪白書) ある(平成 24。本人自身の問題のみならず社会からの偏見により、出所受刑者の雇用は困難な 年版犯罪白書)。本人自身の問題のみならず社会からの偏見により、出所受刑者の 状況にあり、出所受刑者の就労支援は、まず雇用先を確保することが課題である。そのためには雇用 雇用は困難な状況にあり、出所受刑者の就労支援は、まず雇用先を確保することが課題である。そ される側と雇用する側双方への働きかけが必要となる。雇用される側への支援については、平成 18 のためには雇用される側と雇用する側双方への働きかけが必要となる。雇用される側への支援につ いては、平成 18 年度から法務省(矯正施設、保護観察所)及び厚生労働省(都道府県労働局、公 年度から法務省(矯正施設、保護観察所)及び厚生労働省(都道府県労働局、公共職業安定所等)の 共職業安定所等)の連携による「刑務所出所者等総合的就労支援対策」による強化がなされている 連携による「刑務所出所者等総合的就労支援対策」による強化がなされている(図 4-3 参照) 。この支 (図 4-3 参照)。この支援では刑事施設入所時から職業訓練を含めた職業相談・職業指導が行われ、 援では刑事施設入所時から職業訓練を含めた職業相談・職業指導が行われ、出口支援ではマンツーマ 出口支援ではマンツーマンの支援体制がとられているが、現在のところその効果が十分に認められ ンの支援体制がとられているが、現在のところその効果が十分に認められる状況にはない4)。さらに、 る状況にはない4)。この状況を踏まえて、平成 23 年度からさらなる就職先の確保と職場定着を目 この状況を踏まえて、 平成 23 年度からより就職先の確保と職場定着目指したケースワーク方式による 指したケースワーク方式による「更生保護就労支援モデル事業」5)が一部の地域で実施され、そ 「更生保護就労支援モデル事業」5」が一部の地域で実施され、その効果が期待されている。 の後平成 27 年度には法務省の施策として全国 16 の都府県に広げられていて、今後一層の拡大と その効果が期待されている。 図 4-3 刑務所出所者等に対する総合的就労支援対策の概要(犯罪白書 2012,p233 から引用) 図 4-3 刑務所出所者等に対する総合的就労支援対策の概要(犯罪白書 2012,p233 から引用) また、雇用する側については、協力雇用主6)の協力が不可欠となる。「刑務所出所者等総合的就 労支援対策」開始以降協力雇用主数は増加を続け、平成 25 年には約 11,000 に達している。協力 事業所の内訳は建設業者が約半数を占め、サービス業や製造業などが多く、従業員数 99 人以下の 中小企業が 7 割を超えている。しかし、協力事業所での被雇用者数は 1,000 人にも満たない状況 であり、この原因を明らかにし、被雇用者数の増加をはかるための対策が必要である。 さらに、併行して雇用の質を高め職業生活を安定させ、雇用を維持させることが次の課題になる。 29 「受刑者調査及び在院者調査」(犯罪白書 2012)7)での「刑事施設出所後の就労の安定のために 必要な支援」への回答によると、「保護観察終了者等も利用できる公的相談等支援」「自分の問題に 合った支援に何があるかを教えてくれること」「職場でのトラブル・解雇等の問題の際の必要な支 援への橋渡し」「仕事・職場の悩み等を気軽に相談できる相手」「職場の上司・同僚による理解と受 け入れ」等の項目で高い必要性が示されていた。このどれもが人的支援ニーズであり、職場定着過 程におけるフォローアップの重要性を示唆するものである。先述した「更生保護就労支援モデル事 業」ではフォローアップ機能も強化されており、モデル事業で行われた多様なケースへの支援内容 と支援頻度、適応状況(支援効果)等の検証が必要となろう。 (3)社会の偏見 受刑者は法的には刑を終えた時点で、一般市民として地域における生活者としての諸権利が回復 する。しかし、現実はさまざまな偏見や差別に遭遇し、社会生活に支障を来すことが多い。先述し た「住居」「就労」などの生活基盤を形成していく過程で発生する困難性も、本人自身の抱える問 題に加えて、出所者に対する社会のネガティブな認識により発生する。つまり、出所受刑者が社会 に再適応していくためには、自身が抱える社会適応上の問題と社会からの偏見や差別の 2 つのバ リアを克服しなければならない。さらに、社会での偏見は、毎日のようにマスコミを通して発信さ れる多様な犯罪情報や被害者心情などにより強められていく。出所受刑者への理解を啓発するキャ ンペーンも断片的な犯罪情報の発信により、いとも簡単に効果を失うことさえ希なことではない。 一度刷り込まれた偏見はなかなか払拭することが困難であり、結果的に出所受刑者の更生意欲を阻 害し、再犯を誘発する。 偏見の解消は困難なことであるが、解消には至らずとも出所受刑者への理解を深めていくための 活動は不可欠であり、一般的理解と積極的(個別的)理解の側面から出所受刑者への理解をすすめ る必要がある。一般的理解の促進は、社会全体の出所受刑者への誤った見方を修正していくために、 他の社会的マイノリティに対する理解と同様に多様な方法によって行われるべきである。一方、積 極的理解については、出所受刑者が直接関与する場(適応が求められる場面)で必要になる。具体 例として、出所受刑者の雇用場面で事業主の理解は得られても他の従事者の理解が得られない場合、 地域生活において近所との関係を築き、地域での共同活動に新たに参加していく場合、高齢や障害 のある出所受刑者を福祉現場で受け入れる場合等を考えてみる。このような場面では、個人の意欲 と努力には限界があり、刑務所入所時から継続して関わりを持つケースワーカーやキーパーソンが 積極的に介入し周囲への理解の促進と具体的配慮の説明を行い、一定期間継続してフォローアップ していく個別の対応が必要となる。周囲の理解不足で不適応状態に陥る前に相談・支援がなされる ことが重要であり、そのための専門家や篤志家の養成、確保が課題である8)。 4-3 出所受刑者の社会復帰支援の意義 出所受刑者の社会復帰の困難性は、生活者としての社会での存在が希薄化することにある。「住居」「就 労」「収入」「家族」「友人」等の喪失は、社会と個人の相互作用を不活発に至らしめる。社会参加が停滞 すると、たちまち貧困と孤独に苦しむことになる。このような状況から抜け出すための社会保障、社会資 源(人的資源も含む)の諸サービスにアクセスできず、さらに社会的排除9)がすすめば、再犯リスクは 一層高くなっていく。 30 農業を活用した再犯防止プロジェクト 社会的排除の対象になりやすい出所受刑者の社会への再統合に向けた支援(ソーシャルインクルージョ ン)は、当事者の諸権利の回復や社会活動への参画を促進させていく意義と、それを実現していくための 社会システムの再構築の意義がある。 特に、社会システムにおいて問題が解決しない理由として、次の点があげられる。 ① 個人、家庭、地域、職域の問題 これまで自助・共助として個別の問題を受け止め、解決してきた家族や地域のつながりが希薄化 し、また職域の援助機能も脆弱化している。また、従来の価値観や生活習慣の変化により、個人が 家族や近隣との接触・交流なしに生活できる社会になってきている。 ② 行政や福祉サービスの提供の問題 社会福祉制度の充実整備により行政業務の領域化が強まるなか、グレーゾーンの対象者が制度の 谷間で生活が困難になり、福祉サービスや社会保障サービスなどから排除されることになってしま う。また、サービス提供の際の連携システムがうまく機能せず、それらの人々の生活ニーズを把握 できない問題も発生している。 これらの問題に対応するためには、問題把握から解決に至るプロセスの明確化、介入の際の公的 制度の柔軟な対応、社会資源の連携・住民の幅広い参加による関係性の再構築によるセーフティネッ トの確保が不可欠である。 脚注 1)「再入者の前刑時の出所状況別構成比(再犯期間別)」によると、満期釈放者で帰住先が「その他」である者の出所後 3 ヶ月未満での再入割合は 51.4% である。仮釈放者の状況(10.9%)と比較すると約 5 倍の再入状況である(犯罪白 書 2012)。 2)「自立更生促進センター」では、親族や更生保護施設で円滑な社会復帰のために必要な環境を整えることができない 刑務所出所者(仮釈放者等)を対象として、入所者個々の問題に応じ、専門的処遇プログラムや生活指導・対人関係 指導等を集中的に実施しつつ、協力雇用主やハローワーク等との連携による就労支援が行われている。 「就業支援センター」では、少年院仮退院者、成人の仮釈放者等を対象として、農業等の職業訓練を実施し、就農に よる自立を支援するとともに保護観察官による生活指導や社会技能訓練が行なわれている。 「更生保護施設」は、保護観察所の委託により帰住先が確保できない出所受刑者等を一定期間保護する民間施設(更 生保護法人 , 社会福祉法人 ,NPO 法人 , 社団法人が運営)であり、食事、宿泊場所等の提供をはじめ、社会復帰・自立 に向けた指導や援助、入所者の問題特性に応じた専門的な処遇等が行なわれている。 「自立準備ホーム」では、平成 23 年度から「緊急的住居確保・自立支援対策」として、保護観察に付されている者及 び更生緊急保護の対象となる者で適当な住居の確保が困難な者について、更生保護施設以外の NPO 法人等の事業者 に対して保護観察所から宿泊場所、食事の提供とともに毎日の生活指導等が委託実施されている。 3)日本国憲法第 27 条では「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う」と規定している。 4)平成 19 年度から実数としては毎年 2,000 人以上の刑務所出所者等が就職に至っているが、支援対象者総数比でみる と約 3 割~ 4 割程度の効果にとどまっている(犯罪白書 ,2012)。 5)国から委託された更生保護就労支援事業所に配置された就労支援員が、支援対象者の矯正施設入所時から就職支援活 動を行い、そのフォローアップまで継続的に行い職場定着を目指す事業で、住居支援も併せて行っている。まだ支援 対象者数が限定されてはいるが、就職率は約 70% ~ 80% と高い。 6)出所受刑者等を受け入れる意思があり、各地の保護観察所に登録している事業者。保護観察所からの要請により雇い 入れが検討される。 少年院を出院する前の少年 277 人を対象とした 「受刑者調査及び在院者調査」 7) 刑事施設を出所する前の受刑者 1,729 人、 31 (犯罪白書 2012)。 8)出所受刑者の社会復帰支援においては、保護司や更生保護女性会、BBS 会等が従来から深く関与しているが、求めら れる活動の多様性や後継者不足などの課題を抱えており、医療や福祉の専門家の介入が必要なケースも多く、支援者 の量的確保と支援ネットーワークの強化が課題である(犯罪白書 2012)。 9)物質的・金銭的欠如のみならず、居住、教育、保健、社会サービス、就労などの多次元の領域において個人が排除さ れ、社会的交流や社会参加さえも阻まれ、徐々に社会の周縁に追いやられていくこと。社会的排除の状況に陥ることは、 将来の展望や選択肢をはく奪されることであり、最悪の場合は、生きることそのものから排除される可能性もある。 引用・参考文献 藤本哲也著『新時代の矯正と更生保護』現代人文社(2013 年) 浜井浩一編『犯罪統計入門(第 2 版)』日本評論社(2013 年) 法務省法務総合研究所 研究部報告 42「再犯防止に関する総合的研究」 法務省法務総合研究所(2009 年) 法務省法務総合研究所 『平成 24 年版犯罪白書』 (2012 年) 法務省法務総合研究所 『平成 25 年版犯罪白書』 (2013 年) 法務省法務総合研究所 『平成 26 年版犯罪白書』 (2014 年) 細井洋子・鴨志田康弘著『犯罪と社会』学文社(2011 年) 稲葉陽二・藤原佳典『ソーシャル・キャピタルで解く社会的孤立』ミネルヴァ書房(2013 年) 岩田正美『社会的排除』有斐閣(2008 年) 刑事立法研究会編『更生保護制度のゆくえ 犯罪をした人の社会復帰のために』現代人文社(2007 年) 桐原宏行編『就労支援サービス』弘文堂(2008 年) 小長井賀與『犯罪者の再統合とコミュニティ-司法福祉の視点から犯罪を考える-』成文堂(2013 年) 厚生労働省「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉のあり方に関する検討会」報告(2000 年) 森田洋司監修『新たなる排除にどう立ち向かうのか-ソーシャルインクルージョンの可能性と課題』学文社(2009 年) 内閣官房社会的包摂推進室/内閣府政策統括官(経済社会システム担当 社会的排除リスク調査チーム) 「社会的排除にいたるプロセス~若年ケース・スタディから見る排除の過程~」内閣府(2012 年) 日本犯罪社会学会編集『犯罪からの社会復帰とソーシャルインクルージョン』現代人文社(2009 年) 日本犯罪社会学会編集『犯罪者の立ち直りと犯罪者処遇のパラダイムシフト』現代人文社(2011 年) 炭谷茂著『私の人権行政論 ソーシャルインクルージョンの確立に向けて』解放出版社(2007 年) 好井裕明『排除と差別の社会学』有斐閣(2009 年) 32 5. 農業を活用した再犯防止プロジェクト 出所受刑者の生活問題の実態と社会復帰支援上の課題 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 5-1 出所受刑者の生活問題に関する実態調査の実施 (1)調査の目的 本調査は社会復帰上の多様な問題を有する出所受刑者の「生活者」としての社会復帰に焦点を当 て、生活問題の実態を明確化し、それを踏まえた支援課題を検討することを目的とした。 具体的には次の 2 つの視点から検討を加える。 1)出所受刑者と一般者の「個人属性」の比較により、生活問題の背景を検討する。 2)出所受刑者が社会復帰していく上で、どのような生活問題への対応が必要であるのかを一般者と の差異から検討する。さらに、出所受刑者内で出所を契機に生活問題がどのように変化したのか を明らかにすることで、直面する生活問題を検討する。 (2)方法 1)調査対象 調査への協力に同意の得られた 20 歳以上 65 歳未満の一般成人(以下「一般者」とする)72 人(平 均年齢 46.3 歳(SD 11.0))及び出所受刑者 71 人(平均年齢 45.2 歳(SD 11.1))、合計 143 人を 対象とした。なお、2 群間の平均年齢に有意差は認められなかった(t=0.60,df=141,N.S.) 。 なお、出所受刑者に関しては、調査時点で更生保護施設において保護を受けている者1)を調査 対象とした。すなわち、出所受刑者のなかでも出所後の社会復帰において多様な生活問題を有する 可能性が高い対象である。 2)調査時期 2013 年 8 月~ 2014 年 3 月 3)調査項目 ① 個人属性項目 「年齢」 「障害の状況」「最終学歴」「世帯構成」「兄弟の有無」「兄弟数」「福祉施設利用歴」「未 成年期の反社会的行動」「未成年期の非社会的行動」「未成年期の被害経験」「経済的問題」 ② 日常生活・社会生活に関する項目 本項目は、 「受刑者・在院者の社会復帰上の課題」 (犯罪白書 ,2012)での調査結果2)をもとに, 「人 間関係項目(5 項目)」「ソーシャルサポート3)項目(5 項目)」「日常生活項目(13 項目)」 「生活 習慣等項目(6 項目)」 「性格・行動等項目(22 項目)」4) 「不安感項目(10 項目)」 「不満感項目(8 項目)」「職業関連項目(17 項目)」5)の 8 カテゴリー,合計 86 項目で構成した。 4)調査手続き 調査は、まず被調査者に対して調査目的の説明を行い、調査への協力の同意が得られた場合のみ 実施した。結果は統計処理するため、プライバシーは完全に保護されることを説明し、可能な限り 社会的望ましさへの回答の偏りを排除するよう配慮した。 一般者への調査は、留置法により実施した。回答期間は 2 週間を設定し、後日回収した(回収 率 65.5%)。 33 一方、出所受刑者への調査は、個室での対面環境において「個人属性項目」「日常生活・社会生 活に関する項目」の順に構造化面接法で実施した6)。なお、 「日常生活・社会生活に関する項目」では、 被調査者がリッカート尺度(5 件法)による回答用プレートを用いて調査者からの各項目の質問に 対して回答し、その回答内容を調査者が調査票に記入していく方法により行った。また、回答内容 はデータ処理後に消去することを条件に被調査者の承諾の上、録音した。なお、調査時間は 40 分 ~ 50 分程度であった。 5-2 出所受刑者の個人属性と生活歴 (1)障害の状況 調査対象者の障害の状況については、出所受刑者群で身体障害(内部障害:慢性腎不全)が1人 確認されたのみであったが、療育手帳は所持していないものの面接調査時の応答において知的機能 の遅滞の疑いがある人が約 2 割程度確認された。療育手帳の取得が可能な水準であるか否かは判 断できないが、福祉的支援を検討する必要性のある人が少なからず存在している可能性がある 7)。 (2)最終学歴 各群の最終学歴の状況を図 5-1 に示す。これによると、両群間で高校卒業者の割合には大きな違 いはないが、他の学歴区分については、一般者群(n=72)は半数以上が大学卒業、出所受刑者群 (n=71)(図中「出所者」とした)の約 6 割は中学卒業及び高校中退であり、明らかな差異が認めら れた(χ2=67.6,df=5,p<.001)。特に、出所受刑者群における高校中退率の高さは注目すべき点であ る。この背景には、教育の継続を停滞させた本人側の要因や環境要因の関与があり、逸脱行動や犯 罪の発生に多大な影響を及ぼしている可能性が示唆される。 (%) 70 60 50 40 一般者 30 出所者 20 10 0 中学卒業 高校中退 高校卒業 大学中退 大学卒業 その他 図5-1 最終学歴 (3) 家族50 (%) 多くの出所受刑者は、出所後「家族」のもとに帰住する。しかし、本調査の対象となった出所 受刑者は帰住先が更生保護施設であるため、何らかの理由で家族等のもとに帰住できなかった人 40 である。そこで、出所受刑者の家族形態に固有の特徴があるのかを一般者と比較する(一般者群 30 n=72,出所者群 n=71)。まず、世帯構成について、一般者群では、母子家庭 4.2%、父子家庭 1.4%、 一般者 20 出所者 34 10 農業を活用した再犯防止プロジェクト 核家族 70.8%、三世代同居 23.6% であった。一方、出所受刑者群では、母子家庭 9.9%、父子家 庭 1.4%、核家族 73.2%、三世代同居 15.5% であり、両群間に明らかな差異は認められなかった(χ2 =2.89, df=3, N.S.) 。また、兄弟の有無と兄弟数については、一般者群では 91.7%、出所受刑者群では 88.7% が兄弟を有しており、兄弟数では一般者群で 2 人兄弟(47.2%)、3 人兄弟(29.2%)の割合 が多く、出所受刑者群でも 2 人兄弟(38.0%)、3 人兄弟(26.8%)の割合が多かった。両群間で 兄弟の有無(χ2=0.95, df=1, N.S.)及び兄弟数(χ2=6.96,df=7,N.S.)について有意差は認められなかっ た。つまり、家族構成の実態において、出所受刑者群で「ひとり親世帯が多い」「核家族化している」 などの特徴は認められなかった。 (4)福祉施設等の利用 これまでに施設等における福祉的支援を受けた経験は、一般者群(n=72)では利用経験のあ る者はいなかった。一方、出所受刑者群(n=71)では、11.3% が利用経験を有しており(χ2 =6.59,df=1,p<.01)、その約 9 割が「児童養護施設」への入所であった。先述した、家族形態につ いては差異が認められていない点を踏まえると、児童福祉における最終的な支援ともいえる施設処 遇(家族分離)が有意に多い割合で発生している実態は、家族のもとに帰住できない出所受刑者群 の家族には、顕在化していない問題も含めて、早期から何らかの家庭福祉上の支援を必要とする大 きな質的問題が内在しているものと推測される。 (5)未成年期の逸脱行為等 成人期の行動や犯罪の発生に関与してくると思われる問題として、反社会的行動、非社会的行動、 被害経験の各実態に関して 2 群間(一般者群 n=72,出所者群 n=71)で比較を行った。 反社会的行動の有無について(図 5-2 参照)、「飲酒」は一般者群 40.3%、出所受刑者群 18.3% (χ2=7.29,df=1,p<.01)、「喫煙」は一般者群 38.9%、出所受刑者群 28.2%(χ2=1.39,df=1, N.S.)、 「家出」は一般者群 2.8%、出所受刑者群 14.1%(χ2=4.57,df=1,p<.05) 、「歓楽街等の徘徊」は一般 者群 11.1%、出所受刑者群 16.9%(χ2=0.57,df=1,N.S.) 、「不純異性交遊」は一般者群 4.2%、出 所 受 刑 者 群 11.3%(χ2=1.64,df=1,N.S.) 、「薬物濫用」は一般者群 0%、出所受刑者群 9.9%(χ2 =5.50, df=1,p<.05)、「その他」は一般者群 2.8%(無免許運転) 、出所受刑者群(「その他」の回答 のすべてが「窃盗」)18.3%(χ2=7.61,df=1,p<.01)であった。「飲酒」 「家出」 「薬物濫用」 「その他」 において、両群間に有意差が認められた。整理すると「飲酒」では一般者群の割合が有意に多かっ たが、 「家出」 「薬物濫用」 「その他」では出所受刑者群の割合が有意に多かった。つまり、反社会的 行動について、出所受刑者群では未成年期に犯罪性の強い逸脱行動の経験者の割合が多いといえる。 非 社 会 的 行 動 の 有 無 に つ い て( 図 5-3 参 照 )、「 不 登 校 」 は、 一 般 者 群 2.8%、 出 所 受 刑 者 群 14.1%(χ2=4.57,df=1,p<.05)、「 引 き こ も り 」 は、 一 般 者 群 0%、 出 所 受 刑 者 群 4.2%(χ2 =1.39,df=1,N.S.)であった。「緘黙」 「摂食障害」 「その他」は両群ともなかった。出所受刑者群で「不 登校」割合が有意に多い状況は、「高校中退率の高さ」とも大きく関係していると思われる。学校 生活からの離脱は、発達期における通常の帰属集団からの逸脱であり、教育の場で共有される判断 の枠組みや思考様式である集団規範の欠落や他の逸脱集団への帰属を引き起こし、そこから犯罪に 至るリスクを高めるものでもある。 、 被害経験について(図 5-3 参照)、 「虐待」は、一般者群 0%、出所受刑者群 4.2%(χ2=1.39,df=1,N.S.) 35 (%) 70 30 60 一般者 50 20 40 「いじめ」は、一般者群 5.6%、出所受刑者群 14.1%(χ2=2.06,df=1,N.S.)であった。 一般者 10 反社会的行動も非社会的行動も不適応行動であり、ネガティブな感情の行動化である。出所受刑 30 出所者 者群において、自己の内的な不適応の問題として発現する非社会的行動に比べて、周囲の人間や環 20 0 境に対して社会的規範や慣行に対する攻撃、反抗として発現する犯罪性の強い反社会的行動につい 飲酒 喫煙 家出 徘徊 異性交遊 薬物濫用 その他 10 て未成年期に明らかに高い発生率が認められた点は、犯罪発生の背景にある多様かつ多大な心理的 図5-2 反社会的行為 0 問題が、早期から継続して蓄積されてきていることを示すものでもる。さらに、本来であれば、家 中学卒業 高校中退 高校卒業 大学中退 大学卒業 その他 族は社会的不適応の発現の抑制機能を有しているが、一見すると一般的な家族構成であっても早期 図5-1 最終学歴 から家庭機能に大きな問題があり、家族のサポートが得られにくい状況にあったことが示唆される。 (%) (%) 20 50 15 40 10 30 20 5 10 0 一般者 出所者 出所者 不登校 0 飲酒 喫煙 家出 引きこもり 虐待 いじめ 図5-3 非社会的行為・被害経験 徘徊 異性交遊 薬物濫用 その他 図5-2 反社会的行為 反社会的行動 (%) 20 15 10 一般者 出所者 5 0 不登校 引きこもり 虐待 いじめ 図5-3 非社会的行動・被害経験 非社会的行為・被害経験 (6)経済的問題 調査では生活困窮度を「サラ金利用経験」「生活保護の受給経験」「ホームレス経験」と段階的に 設定し、その有無と困窮した時点の年齢、困窮期間についても回答を求めた(一般者群 n=72,出 所者群 n=71)。 36 出所者 40 農業を活用した再犯防止プロジェクト 30 一般者 20 「サラ金利用経験」は一般者群 2.8%、出所受刑者群 49.3%(χ2=37.94,df=1,p<.001) 、「生活保護 出所者 の受給」は一般者群 0%、出所受刑者群 16.9%(χ2=11.18,df=1,p<.001) 、「ホームレス経験」は一 10 般者群 0%、出所受刑者群 14.1%(χ2=8.85,df=1,p<.01)であった。「サラ金利用経験」「生活保護 の受給」 0 「ホームレス経験」のすべてで出所受刑者群の割合が有意に多かった。また、サラ金の利 飲酒歳代 54.3%、30 喫煙 家出 徘徊 異性交遊 薬物濫用 その他 用時期は、20 歳代 22.9%、 40 歳代 12.5%、50 歳代 5.7% であり、働き盛りの時 期に経済的問題を抱えていた。さらに、利用者の半数近く(45.5%)が利用期間 3 年以上の長期に 図5-2 反社会的行為 わたり借金状態が続いていた。ホームレス経験についても 20 歳代 40%、30 歳代 20% であり、こ れも成人早期に生活困窮状態に陥っていた。 20 (%) 60 (%) 50 15 40 3010 一般者 一般者 出所者 20 5 10 00 不登校 サラ金 引きこもり 生活保護 虐待 いじめ ホームレス 図5-3 非社会的行為・被害経験 図5-4 経済的問題 本調査の対象者では、経済的問題を抱える場合、早期に生活が困窮し、かつ長期に及んでいた。 多様な個人属性や再雇用の難しさから推測すると、潜在的には多くの出所受刑者が経済的問題を有 している可能性があり、貧困と犯罪の関連性にはさらなる詳細な検討の必要があると思われる。 出所受刑者の個人属性に関する調査結果からみて、社会復帰支援を行っていくために特に留意す べき点として、通常の教育を受けていない者、知的機能の低下傾向を有する者が多い割合で存在し ていることの問題があげられる。本調査での就学状況は約 6 割が中学卒業、高校中退である。就 学環境からの早期の離脱は、通常の帰属集団での規範によらない思考の枠組みの形成や家族・学校・ 地域との関係性の分断、学業不振などへと連鎖していくものでもある。 また、現実の問題として知的障害があるかどうか(療育手帳の所持)は不明でも、出所受刑者の 約 7 割が平均以下の知的水準である状況は、換言すれば「努力しても成果をあげにくい」「能力以 上のことを要求されるとさまざまな不適応行動が発現しやすい」「修正がききにくい」「意欲が低く 評価されがちである」 「環境面でリスクがあると途端に不適応状況に陥る」 「社会性が未発達である」 「対人関係を築くのが苦手である」などの軽度知的障害者や境界域の知能を有する者が抱える問題 と類似した状態を呈する人がかなり多く存在していることを示すものと考えられる。さらには、刑 務所への処遇により社会からの離脱期間が長期化すると、変化する社会の中で相対的に環境に適応 できないリスクが一層高まる。 37 5-3 出所受刑者の生活問題の実態と今後の支援課題 (1)一般者との比較結果 調査のカテゴリーとした、「人間関係」「ソーシャルサポート」「日常生活」「生活習慣等」「性格 ・ 行動等」「不安感」「不満感」「職業関連」の 8 カテゴリーの各質問項目に対する現在の状況につ いて、一般者群、出所受刑者群(表中「出所者群」とした)の回答の平均値及びその比較結果を表 5-1 から表 5-8 に示す。 人間関係項目は、 「かなり悪い(1 点)」~「かなり良い(5 点)」で回答を求めた。表 5-1 によると、 すべての項目で両群間に有意差が認められた。出所受刑者群は一般者群と比較して、自分との関係 の違いにかかわらず対人関係を否定的に捉えていた。 表 5-1 人間関係項目における回答結果 ( 群間比較 ) ソーシャルサポート項目は、「全くいない(1 点)」~「かなりいる(5 点)」で回答を求めた。 表 5-2 によると、全項目で有意差が認められた。出所受刑者群は、一般者群と比較して、信頼、共 感でき、直接的支援が得られる人の存在が少ないと感じていた。人間関係項目での結果を踏まえる と、対人関係が悪いと感じている上に、生活場面で実際に支えてくれる人の存在も一般者に比べて 少ない状況にある。 表 5-2 ソーシャルサポート項目における回答結果 ( 群間比較 ) 日常生活項目は、 「全くない(1 点)」~「非常によくある(5 点)」で回答を求めた。表 5-3 によると、 「他人に暴力をふるうこと」「買い物に行くこと」「ボランティアをすること」を除く項目で有意差 が認められた。出所受刑者群は一般者群と比較して、日常生活の中で周囲との会話量が少なく、孤 立しがちで、余暇を楽しむ機会が少ないと感じていた。人と関わる機会の少なさは、社会での活動 量と範囲を縮小させ、より孤立状況を悪化させることにもなりうる。 38 農業を活用した再犯防止プロジェクト 表 5-3 日常生活項目における回答結果 ( 群間比較 ) 生活習慣等項目は、 「少ない(1 点)」~「多い(5 点)」で回答を求めた。表 5-4 によると、 「喫煙量」 「睡 眠時間」を除く項目で有意差が認められた。出所受刑者群は一般者群と比較して、経済活動が活発 ではなく、食事量や飲酒量も少ないと感じていた。経済活動の不活発さは、職業生活再開の過程に あり、生活資金が十分に得られていない状況を反映するものであろう。また、食事や飲酒は刑務所 での食習慣が維持されているものと思われる。 表 5-4 生活習慣等項目における回答結果 ( 群間比較 ) 39 性格・行動等項目は、「そうではない(1 点)」~「そうである(5 点)」で回答を求めた。表 5-5 によると、出所受刑者群は「物事をプラス思考で考える」 「責任感が強い」 「意志が強い」 「自信がある」 「生活にハリがある」 「幸せである」 「不幸である」の項目で一般者群と比較して、否定的に捉えていた。 表 5-5 性格・行動等項目における回答結果 ( 群間比較 ) 40 農業を活用した再犯防止プロジェクト 不安感項目は、 「全くない(1 点)」~「非常によくある(5 点)」で回答を求めた。表 5-6 によると「家 族等身近な人との人間関係の不安」「周囲からの見られ方への不安」「収入についての不安」「住居 についての不安」 「罪を犯すことについての不安」 「理由もなく不安」の項目で有意差が認められた。 出所受刑者群は一般者群と比較して、身近な人との人間関係や社会からの偏見、収入、住居、再犯 についての不安を強く感じていた。また、不安材料が重複して原因が特定できない不安感を強く抱 えている点も特徴的である。「不安感」は予期的な心の状態であり、心配や恐怖などの感情である。 出所後の不安定な時期に身近な家族等との接触が制約されたなかで、新たな人間関係を築いていく ことを余儀なくされ、社会生活、経済生活に移行しなければならない状況に直面している心理状態 を反映しているといえよう。不安が不適応行動を誘発し、再犯に向かうという負のサイクルに留意 すべきである。 表 5-6 不安感項目における回答結果 ( 群間比較 ) 不満感項目は、 「全くない(1 点)」~「非常によくある(5 点)」で回答を求めた。表 5-7 によると「家 族以外の人との人間関係の不満」「職場での人間関係の不満」「仕事についての不満」については、 一般者群の不満感が有意に強く、出所受刑者群では、 「住居」についてのみ不満を強く感じていた。 「不 満感」は対象への不快な心の状態であり、生活の中で発生している現実的かつ特定化された問題で ある。 表 5-7 不満感項目における回答結果 ( 群間比較 ) 41 職業関連項目は、 「そう思わない(1 点)」~「そう思う(5 点)」で回答を求めた。表 5-8 によると、 出所受刑者群は「自分は会社に必要とされている」「自分の意見が職場で取り上げられる」「自分は 会社に貢献している」などの動機づけ要因項目、「生活に困らない給料はもらっている」「自分の仕 事で人生の見通しが立つ」「知力を必要とする仕事である」「コミュニケーション力を必要とする仕 事である」などの衛生要因項目の両方で一般者群と比較して否定的に捉えていた。 表 5-8 職業関連項目における回答結果 ( 群間比較 ) 図 5-8 職業関連項目における回答結果(群間比較) 項 目 一般者群 (n=72) 出所者群 (n=71) ① 自分の仕事が好きである ② 自分の仕事を誇らしいと思う 3.58 3.44 3.23 3.33 1.64 N.S. 0.58 N.S. ③ 自分の仕事を通して成長できる 3.63 3.42 1.00 N.S. ④ 自分の仕事は自分に合っている 3.57 3.31 1.37 N.S. ⑤ 自分の仕事にやり甲斐がある 3.58 3.39 0.97 N.S. ⑥ 自分は会社に必要とされている 3.71 3.28 2.38 * ⑦ 自分の意見が職場で取り上げられる 3.73 2.78 4.90 *** ⑧ 自分は会社に貢献している 3.82 2.98 4.83 *** ⑨ 職場の人間関係がよい 3.68 3.44 1.31 N.S. ⑩ 労働時間は適当である 3.33 3.30 0.17 N.S. ⑪ 休憩時間はくつろげる 3.29 3.21 0.38 N.S. ⑫ 生活に困らない給料はもらっている 3.60 2.78 3.92 *** ⑬ 自分の仕事で人生の見通しが立つ 3.31 2.63 3.16 ** ⑭ 体力を必要とする仕事である 3.33 3.69 1.64 N.S. ⑮ 知力を必要とする仕事である 3.86 3.31 2.60 * (2)出所後の変化 ⑯ コミュニケーション力を必要とする仕事である t値 4.35 3.58 4.18 *** 各カテゴリーの質問項目に対する、刑務所入所前(再犯者においては直近の刑務所入所前)と現 ⑰ 忍耐力を必要とする仕事である 4.08 3.95 0.75 N.S. *** p<.001 ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 在の状態について、回答の平均値及びその比較結果を表 5-9 から表 5-16 に示す。 人間関係項目への回答結果(表 5-9)によると、刑務所入所前と比較して、「職場での人間関係」 以外の項目で有意差が認められており、入所前と比較して対人関係を否定的に捉えていた。 表 5-9 人間関係項目における回答結果 ( 群内比較: )n=71) 図 5-9 人間関係項目における回答結果(出所者群内比較 項 目 ① ② ③ ④ ⑤ 家族(親・兄弟)との人間関係 親せきとの人間関係 友人との人間関係 職場での人間関係 地域(近所)での人間関係 入所前 現在 3.01 2.93 3.65 3.73 3.24 2.54 2.54 3.30 3.53 3.01 t値 2.87 ** 2.99 ** 2.61 * 1.42 N.S. 2.25 * ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 図 5-10 ソーシャルサポート項目における回答結果(出所者群内比較 : n=71) 項 目 42 ① 信頼できる(気持ちが通じ合う)人の存在 ② よく話を聞いてくれる(いつでも話ができる)人の存在 入所前 現在 t値 3.10 3.25 3.11 3.18 1.00 N.S. 0.46 N.S. 農業を活用した再犯防止プロジェクト ソーシャルサポート項目への回答結果(表 5-10)によると、 「経済的支援をしてくれる人の存在」 「病気などで寝込んだ時等に身の回りの世話をしてくれる人の存在」で有意差が認められた。出所 を契機に直接的支援者が少なくなっている。 表 5-10 ソーシャルサポート項目における回答結果 ( 群内比較 ) 日常生活項目への回答結果(表 5-11)によると、 「ひとりでいること」 「ボランティアをすること」 を除く項目で有意差が認められた。出所後、周囲の人と直接的に関わる機会が縮小化している。さ らに、表 5-12 の生活習慣等の変化の回答結果と併せてみてみると、出所後の収入の減少が経済活 動を不活発化させ、消費をともなう余暇活動が制約され、 「睡眠時間」が有意に増加する傾向にある。 人との関わりが少なく、余暇も楽しめない状況は、ストレスの蓄積に直結するものであろう。 表 5-11 日常生活項目における回答結果 ( 群内比較 ) 43 表 5-12 生活習慣等項目における回答結果 ( 群内比較 ) 性格 ・ 行動等項目(表 5-13)への回答結果によると、「おだやかである」「落ち着いている」「相 手の立場を考える」「協調性がある」「努力をする」「意志が強い」の項目で出所を契機に肯定的に 捉えることができるようになっていた。これらは、社会生活への適応に必要な知識や態度を習得す ることを目的として実施されている受刑期間中の一般改善指導や保護観察における指導監督等の効 果ともいえるのではなかろうか。一方、「自信がある」「生活にハリがある」「幸せである」の項目 については、入所前と比較して否定的に感じていた。性格・行動面では、出所後の不安定な生活状 況を反映している一方で、社会復帰に向けたポジティブな面も認められており、いかにそれをネガ ティブなものにさせないようにするかが重要となるであろう。 表 5-13 性格・行動等項目における回答結果 ( 群内比較 ) 44 農業を活用した再犯防止プロジェクト 不安感項目(表 5-14)への回答結果によると、 「仕事についての不安」 「収入についての不安」 「住 居についての不安」「健康についての不安」で有意差が認められた。これらの事項は、生活の立て 直しのために不可欠なものである。出所後の不安は、曖昧なものではなく、現在直面している問題 への心理状態を反映したものであるといえよう。 表 5-14 不安感項目における回答結果 ( 群内比較 ) 不満感項目への回答結果(表 5-15)によると、「家族等身近な人との人間関係の不満」「周囲か らの見られ方への不満」 「職場での人間関係の不満」では、現在の方が有意に不満感が軽減していた。 現在は「住居についての不満」のみ有意に不満感が強い。対人関係での不満が軽減している点につ いては、出所後の対人関係の量と範囲を踏まえると、不満感を感じるほど接触機会がないことも考 えられる。 表 5-15 不満感項目における回答結果 ( 群内比較 ) 職業関連項目(表 5-16)への回答結果によると、 「労働時間は適当である」 「休憩時間はくつろげる」 「体力を必要とする仕事である」「忍耐力を必要とする仕事である」以外の項目で有意差が認められ た。出所を契機に動機づけ要因項目のすべて及び衛生要因項目で状況が悪化している。出所直後の 職業生活再開の段階にあり、就労環境に慣れることに精一杯で、意欲を持って仕事に臨めるような 状況にはないことがうかがえる。 45 表 5-16 職業関連項目における回答結果 ( 群内比較 ) (3)まとめと今後の課題 調査から、生活問題を抱えている出所受刑者が再び生活者として社会生活を送っていく上で着目 すべき点として、一般者との比較による相対的問題点と出所を契機として変化した絶対的問題点を それぞれ明らかにした。この 2 つの視点での分析において共通する問題点は、社会での生活者と しての適応を阻害する問題である上に、出所後個人内で悪化してきているものである。以下にそれ らの問題を整理し、支援課題に関して述べる。 「人間関係」では、家族や親せき、友人、近所の住民など自分との関係の違いにかかわらず良好 ではない状況にある。それを裏付けるように日常生活での周囲との関わりが希薄で孤立傾向が強い。 人間関係については、主体的に人と関わる頻度が増加し、孤立状況を回避できるかが課題となる。 余暇のための消費活動が制約されている現状を考えると、出費を伴わずに対人接触を増加させ、生 活に変化を持たせる社会的活動が必要となる。そこで着目されるのがボランティア活動である。ボ ランティア活動等の向社会的活動はそもそも経験が乏しいが、その分内容や取り組み方次第では、 自己肯定感や自己有用感、連帯感を向上させる効果も期待できる可能性がある。出所後の性格・行 動の変化として、向社会的側面での自己評価の高まりが認められている点も活動を開始するよいタ イミングであると思われる。ただし、ボランティア活動は、不安定かつ精神的に余裕のない出所直 後の時期に主体的に開始することにかなりの困難が予想されるため、その効果を引き出すためには、 刑務所入所時から適切な事前教育や導入的活動を段階的に実施し、活動開始のためのレディネスが 形成されていることが前提となろう。 「ソーシャルサポート」では、サポートしてくれる人が少ないうえに、出所後さらに身近な直接 的サポートが縮小化していることが明らかになった。社会生活においては、出所受刑者でなくとも 多くの人が多様な問題を抱えて生活している。そのような中、逸脱行動や犯罪行為の抑制に多大に 46 農業を活用した再犯防止プロジェクト 関与しているのがソーシャルサポートであると思われる。社会復帰のためには、初期の直接的ソー シャルサポートの確保が優先課題であることはいうまでもないが、生活の安定度によって、段階的 に生活の見守りなどの間接的ソーシャルサポートへとシフトしていくことが必要となろう。そのた めには、専門的、非専門的ソーシャルサポートの確保と連携、それを組織的にマネジメントしてい くことが不可欠になる。 心理的側面では、 「自信が持てず」「生活にハリがない」状況で、生活の基盤である「収入」「住居」 に対して不安を有している点が問題である。なお、 「住居」については不満感も強く有している。「収 入」の問題は、職業との関連が大きいものであり、安定かつ継続した正規雇用の確保が最優先の課 題となろう。また、「住居」の問題は本調査の対象者固有の問題と思われる。出所時に帰住先がな いこと等を理由に更生保護施設の利用に至っているため、これから適切な生活の拠点を得ることが できるかどうかは、当然大きな不安感として顕在化しており、住宅の斡旋と定住に向けたフォロー アップが不可欠となる。不満感については、物理的居住環境に対するものか、集団生活での対人関 係に対するものであるのか今回の調査結果からは不明であるが、更生保護施設を利用した社会内処 遇において、居住環境は、刑務所、更生保護施設、地域へと段階的に変化していくものであり、そ の中間に位置する更生保護施設での望ましい居住環境については、今後さらなる検討の必要がある と思われる。 「職業」については衛生要因、動機づけ要因の両方が満たされていないことにより、仕事への不 満が発生しやすく、それが職場不適応を引き起こし、些細な原因で離職しやすい状況にあることが 問題である。まずは、仕事への不満感をコントロールする要因である衛生要因が充足されることが 重要である。生計の維持に必要な収入が安定して得られることはいうまでもないが、職場集団での フォーマルグループ、インフォーマルグループの双方への適応をサポートし、職場で孤立しないた めの配慮が必要である。また、雇用の質を向上するには、職業適性と従事する仕事のマッチングが 重要であり、これをもとに仕事のやりがいをコントロールする動機づけ要因の充足をはかることも 必要である。 このように複合的な生活問題を有する出所受刑者に対する支援は、単発的な相談や助言にとどま ることなく、適切なアセスメントに基づく個別的に計画化されたケースワークが必要であり、さら には個人の問題性に対応した、一律ではない支援期間が柔軟に設定されるべきである。特に、再犯 防止の観点から、支援終了後のモニタリングとフォローアップを徹底すべきである。支援強化のた めには、専門的マンパワーの確保と教育、福祉、労働など関連領域とのネットワークの強化は不可 欠となろう。 本研究では、生活問題を有する出所受刑者の現状について、出所受刑者への聞き取り調査の結果 から、並列的ではあるが支援課題をピックアップすることができた。しかし、出所を契機とした変 化に関しては、厳密には縦断的検討が必要になる。さらには、再犯防止の視点から、生活問題のウ エイトを踏まえた分析や個人の諸属性と生活問題との関連性、再犯と生活問題との関係などの検討 も不可欠であると思われる。 47 脚注 1)刑務所仮釈放者又は満期出所受刑者、刑の執行猶予の言い渡しを受けた者などのうち、家族や公的機関などからの援 助を受けられない者、居住の場や就職先の確保が困難な者、社会生活上の問題がある者など 2) 「保護司及び受刑者・少年院在院者に対する意識調査(犯罪白書 ,2012 第 3 章)の結果から、受刑者は犯罪に至る以 前から、その多くが就労、住居、対人関係、経済的困難、薬物、飲酒等の多様な問題を抱えていることが指摘されて おり、この問題点を踏まえて調査カテゴリーを構成した。 3)ソーシャルサポートは、インフォーマルサポート(非専門職によって提供される支援)とフォーマルサポート(専門 職によって提供される支援)の総体を意味しており、その内容は信頼や共感、見守りのような情緒的サポート、問題 解決に向けた助言や提案などの情報的サポート、物や金銭の提供および具体的な援助活動などの道具的サポートなど に区分される。 4)自己受容の個人差を測定する尺度である「自己受容測定尺度(沢崎、1993)」の「精神的自己項目:B」を参考に項 目を作成した。 5) 「職場環境、職務内容、給与に関する職務満足尺度(安達、1998)」の項目を参考に項目を作成した。この尺度はハーズバー グの2要因理論に依拠しており、2要因とは、仕事上で不満を引き起こす要因である「衛生要因」(会社の政策と管理、 監督者との関係、作業条件、賃金、職場の人間関係等)と仕事に満足を感じるときの要因である「動機づけ要因」(仕 事の達成、成果の承認、仕事の内容、仕事の責任、昇進、成長等)である。衛生要因が満たされることで仕事上の不 満は防止できるが、仕事にやりがいを持って個性を発揮し、豊かな職業生活を送るためには、衛生要因の充足を基礎 として、動機づけ要因が充足されることが重要であるとされている。なお、職業関連項目では、①~⑧を動機づけ要 因項目、⑨~⑰を衛生要因項目とした。 6)調査は社会福祉士としての専門資格を有し、現在、出所受刑者支援の職務等に従事している専門実務者が担当した。 7)矯正統計年報(2013 年)「新受刑者の罪名別能力検査値」によると、平成 2009 年~ 2013 年の新受刑者の知的機能 (CAPAS による測定値)は、IQ 相当値 70 未満者の割合が 20.5% ~ 23.0% であり、IQ 相当値 80 未満者では 41.5% ~ 44.5%、IQ 相当値 90 未満者になると 67.9% ~ 70.3%を占めている。 引用・参考文献 安達智子 「セールス職者の職務満足感 - 共分散構造分析を用いた因果モデルの検討」 心理学研究 69 (3)223-228(1998 年) 藤本哲也著『新時代の矯正と更生保護』現代人文社 (2013 年) 浜井浩一編『犯罪統計入門(第 2 版)』日本評論社 (2013 年) 法務省 犯罪対策閣僚会議「再犯防止に向けた総合対策」法務省ホームページ(2012 年) 法務省 矯正統計結果の概要 2013 年(度)年報 法務省ホームページ(2014 年) 法務省法務総合研究所 研究部報 42「再犯防止に関する総合的研究」法務省法務総合研究所(2009 年) 法務省法務総合研究所『平成 24 年版犯罪白書』 (2012 年) 小長井賀與『犯罪者の再統合とコミュニティー司法福祉の視点から犯罪を考えるー』成文堂(2013 年) 松本洋著『職務分析の理論と実際』125-135 社団法人雇用問題研究会(1973 年) 日本犯罪社会学会編集『犯罪からの社会復帰とソーシャルインクルージョン』現代人文社(2009 年) 日本犯罪社会学会編集『犯罪者の立ち直りと犯罪者処遇のパラダイムシフト』現代人文社(2011 年) 日本更生保護協会「更生保護特集更生保護施設」日本更生保護協会(2011 年) 岡村昌毅著『働く人の心理学』、26-27 ナカニシヤ出版(2013 年) 沢崎達夫「自己受容に関する研究(1)― 新しい自己受容測定尺度の青年期における信頼性と妥当性の検討」カウンセリ ング研究、26、29-37(1993 年) 社会福祉士養成講座編集委員会編『地域福祉の理論と方法』174-177 中央法規出版(2009 年) ※ 本章の一部は「更生保護学研究 第 5 号「出所受刑者の生活問題と社会復帰支援上の課題」 (桐原 ,2014)P.16 - 28 から転載した。」 48 6. 農業を活用した再犯防止プロジェクト 出所受刑者の社会復帰に向けた農業実践 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 6-1 パイロット事業における農業実践 出所受刑者の社会復帰においては、出所時の状況に応じて支援環境が設定されることが必要である。現 在わが国には、既に農業を取り入れて再犯防止と社会復帰を目指す先駆的取り組みが行われている。これ らの実践について図 6-1 に示す。これによると、福祉的支援に重点を置いた支援レベル(「福祉型支援」) から農業での自立を目指す支援レベル(「就農型支援」)まで段階性があり、さらに支援期間は「期間限定 型支援」と「無期限型支援」がある。ここでは、これらの実践を「4 つのパイロット事業」として区分する。「4 つのパイロット事業」は、期間を限定せず福祉的支援の中に農作業を取り入れているパイロット事業Ⅰ「か りいほ」、期間を限定して農産物の生産とともに福祉的支援を行うパイロット事業Ⅱ「栃木明徳会(明徳 野菜づくり実行委員会)」、期間を限定した農業訓練を通して職業的自立を目指すパイロット事業Ⅲ「ふる 里自然農塾」、期間を限定せず農業での自立を目指すパイロット事業Ⅳ「ファームきくち」である。 本節では各パイロット事業の概略と課題を整理し、実践効果の検証等については、社会的自立に最も近 いステージにあるパイロット事業Ⅲ及びパイロット事業Ⅳにおける実践に焦点を絞り、次節以降で詳述す る。 福祉型支援 パイロット事業Ⅱ パイロット事業Ⅰ 「栃木明徳会」 「かりいほ」 福祉型・期間限定型 福祉型・無期限型 期間限定型支援 無期限型支援 パイロット事業Ⅲ パイロット事業Ⅳ� 「ふる里自然農塾」 「ファームきくち」 訓練型・期間限定型 就農型•無期限型 就農型支援 図 6-1 パイロット事業の支援区分 49 (1)パイロット事業Ⅰの実践 ○設置者 社会福祉法人紫野の会 障害者支援施設「かりいほ」(栃木県大田原市) 昭和 54 年 4 月、教育現場(当時の特殊学級)からの社会移行において、多様な不適応問題を抱 えて行き場のない人のための「やり直しの場」(都外入所施設:定員 30 人)として開所した。 ○利用者 軽度知的障害者、発達障害者で対人関係の問題を抱えた人、家庭生活・地域生活が困難な人、非 行等の問題行動のある人、矯正施設を退所した後に福祉的支援が必要な人など「生きにくさ」を抱え、 社会での居場所をなくし、緊急支援が必要な人が(東京:地元= 9:1 の利用割合で)利用しており、 利用者の約 3 分の 1 が出所受刑者、出院者(医療少年院が中心)である。 利用者は自ら意思表示ができ、身の回りのことは自分でできる。就労可能なレベルの人も多く、 これまでに 170 人ほどの利用者が退所して、それぞれが望む生活へと移行している。利用期間は 限定されておらず、10 年以上の利用者も多く利用しており利用期間が長期化する傾向にある。再 入所も可能である。 ○支援内容 支援は職員 12 人体制(利用者 2 ~ 3 人 / 職員 1 人)で行われている。集団生活への適応を求め る支援ではなく、利用者一人ひとりの「生きにくさ」を理解し、本人の希望を実現するために職員 と利用者との協働による個別支援が行われ、個に応じた生活・作業プログラム等の適用により、個 人間の関係性、社会との繋がりの回復がはかられる。農業実践(お茶の無農薬有機栽培、椎茸・な めこ・くりたけ・ヒラタケの栽培、栗・柚子の生産加工、野菜・豊後梅・くるみ・銀杏・リンゴ等 の自給用栽培)は、社会との繋がりのひとつの手段として捉えられており、収益は利用者の余暇支 援等に充てられている。制度上は、障害者総合支援法による生活介護事業1)が適用されている。 ○支援の位置づけと課題 パイロット事業Ⅰの段階は、出所受刑者のなかでも福祉的支援が必要な人への支援として位置づ けられる。ただし、留意すべき点は、ここでの「福祉的支援」は通常の施設福祉の対象となる障害 児・者への支援とは状況がやや異なることである。利用者の知的レベルは軽度遅滞~境界線級であ り、自分のニーズを主張でき、自己選択・自己決定できる能力を有している人が多い。利用者の多 くはこれまでに福祉の対象とはみなされず、社会から排除されてきた。換言すれば、日常生活技術 や労働性は備えているが社会的関係を築いていくことが困難であり、その結果犯罪に至る経過を有 している。 「かりいほ」での農業実践は、これまでの環境条件をリセットする手段であり、農業を通して職 員と向き合い、地域の人々と向き合い、共感することによって社会関係の修復を行っていこうとす るものである。対象者の抱える困難性の幅が大きく多様であるため、支援者には障害や発達に関す る専門知識のみならず、支援の幅(経験)と継続かつ密着したケースワークの実践力などの高い福 祉の専門性が要求される。 出所受刑者に占める知的障害あるいは知的障害が疑われる人の割合の多さや累犯障害者問題への 対応については、「期間を限定しない個に密着した支援」が不可欠であり、そのためにはこのよう な支援の場の拡大と支援者育成が不可欠である。 50 農業を活用した再犯防止プロジェクト (2)パイロット事業Ⅱの実践 ○設置者 更生保護法人 栃木明徳会「栃木明徳会野菜作り実行委員会」 ○利用者 収容定員 20 名(成人女子 17 名、少年女子 3 名)、平均年齢は 40 ~ 50 歳。高齢者、知的障害 者なども含め、自立が困難な者が多い。 ○支援内容 更生保護施設における支援プログラムのひとつとして、平成 22 年から野菜作りを取り入れた。 自然の中での作業を通して心身の安定化とゆとりを持たせ、販売代金を賃金として支給することで、 就労意欲の向上を目指している。開始当初は保護司所有の農地 10 アールを借用、作業指導者のも と 3,000 本のトウモロコシを収穫、販売(4 ~ 10 月の期間に 3 回の作付け)。冬期はキャベツ、大根、 ニンニク、玉ねぎ等を栽培。保護司会、更生保護女性会等の関係機関等と連携しつつ販売ルートを 整備、栃木刑務所の矯正展等でも販売を行った。翌年以降栽培収穫数を倍増させ、「めいとく野菜」 のブランド(ラベル貼付)で売り上げを拡大。月間 2 ~ 4 回の作業回数(1 日あたり 3 時間程度 の作業時間で時給 1,000 円程度)であるため、生計を維持する賃金レベルではないが、中高齢の 女性出所受刑者にとっては、やり甲斐や日中活動を支える貴重な場となっている。 ○支援の位置づけと課題 パイロット事業Ⅱのレベルも、出所受刑者のなかで福祉的支援の必要な人への支援の場として位 置づけられる。ここでの利用者は、身寄りがない中高齢女性が多い。利用者の年齢層からみると、 老人福祉の対象となるまでにはしばらくの期間があり、職業自立できなければ短期間に生活困窮状 態になることが予想され、いわゆる「福祉制度の谷間」に置かれている。 「栃木明徳会野菜作り実行委員会」での農業実践は、農業を通して利用者の精神的ケアに大きく 寄与しており、生産規模の拡大により作業回数が増加したことで、賃金支給や自立支援金の支給も 可能になった。一方で、更生保護施設プログラムの一環としての位置づけは、施設職員に通常業務 との両立を余儀なくさせることになり、負担が大きい。また、農業実践の継続の面では販売先の確 保が課題となっている。 中高齢女性出所受刑者という、社会的自立に向けて大きな制約を抱えている対象への支援には、 十分な期間と居場所の確保が必要となる。期間限定型支援であるここでの農業実践の効果をその後 の職業生活に結びつけるための退所後のマネジメントと長期的フォローアップが極めて重要であ り、支援のネットワーク化が不可欠になる。雇用の可能性がある人に対しては、ハローワークやパ イロット事業Ⅲあるいはパイロット事業Ⅳなどと連携しつつ、農業以外の雇用も含めた支援の継続 が行われ、福祉的支援が必要な人に対しては生活保障と社会参加の場(農業実践が継続されること が望ましい)の確保が行われるべきである。障害等によりすぐに社会的自立を行うことが困難なケー スに関しては、パイロット事業Ⅰタイプの支援に移行し、農業実践の経験を継続させていくことも 考えられる。ここでの実践は、職業準備性2)が高まる効果が期待され、農業への職業適性のアセ スメント機能も有しているといえよう。 51 (3)パイロット事業Ⅲの実践 ○設置者 「ふる里自然農塾」(個人生産者) 平成 19 年に環境に配慮した農業実践と農業を通した人間育成を目指すための訓練の場として設 立され、研修生の受け入れを開始。平成 21 年以降は、法務省・厚労省・農水省による「緊急雇用 対策訓練委託職業訓練実習農場」として委託訓練を開始した。 ○利用者 平成 20 年から現在まで一般研修生 15 人、出所受刑者 80 人を受け入れている、現在の研修生 は就農を希望する保護観察対象者のみである。 ○支援内容 地域の農家から耕作地を借用し、農産物(主に野菜)の生産・販売を行う。職業訓練であるため、 1 日の訓練時間、1 週間あたりの労働日数も固定化されており、その中で指導スタッフから栽培技 術や販売準備等の作業指導を受け、商品として市場に出荷している。 ○支援の位置づけと課題 新規就農者の養成を目的とした、約 6 ヶ月間の期間限定型の支援である。これまでの研修終了 者の約 6 割が農業生産法人や個人農家で雇用され、認定就農者3)として独立した人もいる。また、 約 4 割の人が農業以外の職業に就いている。 刑務所入所時から農業への興味・関心を有している人が訓練対象となり、福祉的支援が必要な対 象者はほとんどいない。訓練での経験を生かして、農業分野、非農業分野への就労が実現しており、 中間的(移行)訓練の場として位置づけられる。本格的に就農者を育成するには、訓練時間、訓練 期間の柔軟性がない等の課題がある。 (4)パイロット事業Ⅳの実践 ○設置者 「ファームきくち」 第三セクター農業生産法人(有限会社) 熊本県菊池市の地域活性化 ・ 新規就農者育成事業所として、平成 16 年設立。棚田での「古代米」 の加工,販売(生産は地元農家に委託)を行う。その収益をもとに平成 18 年から保護観察対象者 の受け入れと農業指導を開始した。 ○利用者 平成 16 年度から現在までに出所・出院者 19 人を受け入れた。年齢層は未成年者~ 50 歳代ま で幅広い。多くは少年院からの受け入れであり、保護観察所との連携により就農希望者を受け入れ ている。 ○支援内容 地域の農家から農地を借用し、花・野菜の生産と販売を行っている。現在は基幹事業である「古 代米」の加工販売事業とは完全に切り離された独立採算事業であり、売り上げがそのまま収入に結 びついている。地域での就農による自立を目標としているため、地域農家との関係を築きつつ継続 した事業を展開する必要がある。労働時間や労働日数の制約はなく、生産状況に応じて従事する必 要がある。消費ニーズ等を考慮した、商品価値が高い(収益性のある)作物の生産販売を行ってい くためのノウハウを獲得するための指導が必要であり、支援期間は長期になる。 52 農業を活用した再犯防止プロジェクト ○支援の位置づけと課題 地域での新規就農者の養成と自立を目的とした、無期限型の支援である。これまで受け入れた人 の大半が農業以外の職業に就いている。農業による自立が目的であるため、目標達成までのハード ルは極めて高く、農業へ興味・関心を有しているのみでは目標達成は困難である。しかしながら、 現在、事業者として独立し成功している事例があり、今後はそれをモデルケースとして、本格的に 就農者を育成するための支援のあり方を検討していくことが課題である。 6-2 農業を活用した系統的社会復帰支援モデルの提案 パイロット事業Ⅰ~Ⅳまでの農業実践について、支援期間及び支援類型から大別すると、福祉的支援の 一環として農業を取り入れた事業「福祉的支援レベル」、農業を通して就労に結びつける事業「訓練的支 援レベル」、農業での自立を目指す事業「就農支援レベル」の 3 類型に区分できる。 それぞれのパイロット事業と支援レベルの関係は次のとおりである。 ○支援類型別にみたパイロット事業の位置づけ ・福祉的支援レベル:「かりいほ」(障害者)、「栃木明徳会」(中高齢者) ・訓練的支援レベル:「ふる里自然農塾」 ・就農支援レベル :「ファームきくち」 これらの支援類型は、独立したものではなく対象者の状況により(個人差に対応して)柔軟に適 用されるべきものであり、相互に関係しつつ、系統性のある「系統的支援モデル」(図 6-2 参照) として構造化することができる。 モデルは出所受刑者の社会復帰に必要な支援の構成を生活支援と就労支援に大別し、福祉的支援 レベルから就農支援レベルへの支援レベルの変化とともに、それぞれの段階で必要となる支援内容・ 支援方法・支援量が変化していくものである。これらの各段階での支援を通して、強い自己中心性 や自己否定感などのネガティブな状況から生活のモチベーションが向上し、自己肯定感が高まり、 共存への希望などのポジティブな状況に心理面・行動面が変容し、その結果再犯が抑制され、ソー シャルインクルージョンが実現されることを目標とする。 (1)想定される対象者の属性 支援モデルを構築する上で考慮すべき個人属性は、支援レベルを決定していく重要な側面であり、 農業により社会的自立(職業的自立)を目指すうえで基礎的検討事項でもある。これらの属性は、 当然、相互に関連性があり、その重複状態を適切にアセスメントしていかなければならない。また、 実際の就労場面では、個人属性に応じて作業環境や作業内容(作業難易度、作業負荷)、作業時間 等のコントロールが必要になる。 1)障害 ここでいう「障害」レベルは、障害者福祉制度における手帳制度での障害の程度(身体障害者手 帳(1 級~ 6 級)、療育手帳(重度~軽度) 、精神障害者保健福祉手帳(1 級~ 3 級)のみならず、 発達障害、高次脳機能障害等に基づく対人関係の障害による社会的不利の受けやすさの程度も含ま れる。 53 2)年齢 「年齢」レベルは、義務教育終了時~ 65 歳未満(生産年齢期)まで幅広い。特に、少年、中高 齢者では支援の必要度が大きくなる。 3)健康状態 「健康状態」レベルは、疾病内容とそれによる身体的・精神的制約の状況、日常生活の制約の程度、 体力等が問題となる。継続的通院治療や経過観察の必要性等が支援レベルの判断において必要となる。 4)生活能力 「生活能力」レベルは、日常生活技術の支援が必要な状態(衣食住の基本的生活場面での直接的 支援や助言、金銭管理が必要な福祉的支援レベル)から社会生活上の支援が必要な状態(地域生活 や経済生活の相談や助言)までの幅が考えられる。 5)労働能力 「労働能力」レベルは、 日中活動の一部として実施することが適当な状態から、 主としてワークパー ソナリティ・ワークアビリティの獲得(職業準備性の確立)を目標として実施される基礎的訓練要 素の強い支援が適当な状態、オキュペーションパーソナリティ・オキュペーションアビリティの獲 得(特定の知識技能の獲得)を目標として実施される職業訓練等が適当な状態の支援までの幅が考 えられる4)。 (2)支援環境 支援環境は個人属性に対応して設定される。福祉的支援レベルでは、生活支援のウエイトが高く (就労支援のウエイトが低く)、就労(作業)も日常生活の一部として展開される。対象者属性の個 人差が大きいため、支援期間が制約されない「入所型支援」が基本となる。作業支援へのウエイト が高くなるにつれ、グループホーム等を活用した地域生活への移行も考慮した「住職分離型支援」に、 さらには訓練支援レベル、就農支援レベルへと転換を検討していくことが考えられる。このレベル では、社会福祉法人等による施設型支援等の公的セクターを中心とした支援が適当である。 訓練的支援レベルでは、期間を限定して「農業を通した就労の実現」がはかられる。対象者への 生活支援は相談や助言が中心となり、相対的に作業支援のウエイトが高くなる。職業的自立を目標 とするため、地域生活への適応も併せて促進されなければならず、 「住職分離型支援」が基本となる。 生活拠点の確保を含めて、運営主体は、公的機関、第三セクター、個人委託など多様な形態が考え られる。なお、訓練支援レベルは福祉的支援と就労による自立の中間的存在であるため、支援終了 後は就労に至るケースのみならず福祉的支援に逆移行するケースも考慮されるべきであり、密接な 機関連携が不可欠となる。 就農支援レベルでは「農業での就労の実現」がはかられる。対象者への生活相談・支援は限定的 なものとなり、「見守り」が中心となる。職業的自立の継続を目標としており、地域での定住が基 本である。就業形態は農業法人、NPO 法人、ソーシャルファーム5)等への被雇用者としての就労 や自営が考えられる。安定的かつ長期の職業生活への移行のためには、雇用先及び自営者への経営 上の支援が考慮される必要がある。 なお、これらの各レベルは固定的なものではなく、個人の状況の変化に応じて多様な移行パター ンが考慮されるべきである(図 6-3 参照)。 54 農業を活用した再犯防止プロジェクト 重度 高齢・少年 不良 低い 低い 軽度 青年 良好 高い 高い 社会生活への適応 日常生活への適応 オキュペーションレベル ワークレベル 営利環境 自立 開放的(広い) 非営利環境 保護・給付 限定的(狭い) 図 6-2 系統的支援モデル 福祉型支援 パイロット事業Ⅱ パイロット事業Ⅰ 「栃木明徳会」 「かりいほ」 福祉型・期間限定型 福祉型・無期限型 期間限定型支援 無期限型支援 パイロット事業Ⅲ パイロット事業Ⅳ� 「ふる里自然農塾」 「ファームきくち」 訓練型・期間限定型 就農型•無期限型 就農型支援 図 6-3 支援区分間の移行 55 6-3 農業が出所受刑者の社会復帰に及ぼす影響 本節では、農業実践が出所受刑者の日常生活及び社会生活に及ぼす影響を明らかにするために実 施した調査の結果を整理する。 (1)調査の目的 本調査は農業を手段とした社会復帰支援の効果を明らかにすることを目的とした。具体的には、 系統的支援モデル(図 6-2)における「就農支援レベル」に近いパイロット事業Ⅲ(ふる里自然農塾) 及びパイロット事業Ⅳ(ファームきくち)での支援効果について、第 5 章で検証した非農業従事 者の生活問題の実態調査と同様の観点から検討する。 (2)方法 1)調査対象 パイロット事業Ⅲ・パイロット事業Ⅳで農業に従事しながら支援を受けている 20 歳以上 65 歳 未満の出所受刑者 10 人(平均年齢 38.0 歳(SD 8.8))を対象とした。なお、10 名中 9 名は調査 時点で保護観察を受けている者であった。 2)調査時期 2014 年 10 月~ 12 月 3)調査項目 ① 個人属性項目 「年齢」「障害の状況」「最終学歴」「世帯構成」「兄弟の有無」「兄弟数」「福祉施設利用歴」「未 成年期の反社会的行動の有無」 「未成年期の非社会的行動の有無」 「未成年期の被害経験の有無」 「経 済的問題」 ② 日常生活・社会生活に関する項目(8 カテゴリー,合計 86 項目) 「人間関係項目(5 項目)」 「ソーシャルサポート項目(5 項目)」 「日常生活項目(13 項目)」 「生 活習慣等項目(6 項目)」 「性格・行動等項目(22 項目)」 「不安感項目(10 項目)」 「不満感項目(8 項目)」「職業関連項目(17 項目)」 ③ 農業関連項目(16 項目) 4)調査手続き 調査は、まず被調査者に対して調査目的の説明を行い、調査への協力の同意が得られた場合のみ 実施した。結果は統計処理するため、プライバシーは完全に保護されることを説明し、可能な限り 社会的望ましさへの回答の偏りを排除するよう配慮した。 調査は個室での対面環境において「個人属性項目」「日常生活・社会生活に関する項目」の順に 構造化面接法で実施した。なお、「日常生活・社会生活に関する項目」では、被調査者がリッカー ト尺度(5 件法)による回答用プレートを用いて調査者からの各項目の質問に対して回答し、その 回答内容を調査者が調査票に記入していく方法により行った。なお、調査時間は 40 分~ 50 分程 度であった。 56 農業を活用した再犯防止プロジェクト (3)結果と考察 1)個人属性の状況 ① 障害の状況 身体障害者手帳及び療育手帳、精神障害者保健福祉手帳を所持している者はいなかった。 ② 最終学歴 最終学歴の状況は、高校卒業 50%、高校中退 30%、中学卒業 10%、大学中退 10%であった。 学歴においては高校卒業が最も多いが、非農業従事者のデータでみられたように、高校中退率の 高さが認められた。 ③ 家族 世帯の構成については、母子家庭 10%、父子家庭 10%、核家族 60%、三世代同居 20%であり、 9 割が兄弟を有していた。家族構成も非農業従事者と類似した状況であった。 ④ 福祉施設等の利用 これまでに施設等における福祉的支援を受けたことのある者はいなかった。 ⑤ 未成年期の逸脱行為等 反社会的行動、非社会的行動の有無について、「あり」と回答のあった者は反社会的行動で 70%、非社会的行動で 30%であった。未成年期の被害経験のある者はいなかった。 ⑥ 経済的問題 「サラ金利用経験」は 50%、「生活保護の受給」は 0%、「ホームレス経験」は 10%であった。 ここでもサラ金の利用経験の高さは、非農業従事者と類似した状況であった。 個人属性の状況を整理すると、データ数が少ないため、非農業従事者の結果(第 5 章)と統計 的に直接比較することはできないが、生育歴、家族状況、反社会的・非社会的行動の発生、経済 的問題の各側面で類似した状況が認められた。 2)出所後の変化 調査のカテゴリーとした、「人間関係」「ソーシャルサポート」「日常生活」「生活習慣等」「性格 ・ 行動等」「不安感」「不満感」「職業関連」の 8 カテゴリーの各質問項目に対する、刑務所入所前 と現在の状態について、回答の中央値及びその比較結果(wilcoxon 符号付順位和検定結果)を表 6-1 から表 6-8 に示す。また、表には参考として非農業従事者における比較結果を示した。 人間関係項目への回答結果(表 6-1)によると、すべての項目で入所前と現在で人間関係の変化 は認められなかった。また、ソーシャルサポート項目への回答結果(表 6-2)によると、「よく話 しを聞いてくれる(いつでも話ができる)人の存在」が有意に増加していた。非農業従事者で出所 を契機に直接的支援者が少なくなっている点と対照的に新たな直接的人間関係を形成できていた。 表 6-1 項 人間関係項目における回答結果(群内比較) 目 入所前 (Me) 現在 (Me) 3.5 3.0 4.0 4.0 4.0 3.5 3.0 3.0 4.0 3.0 従事者 wilcoxon 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 → → → → → ** ** * N.S. * ↓ ↓ ↓ → ↓ 検定 ① ② ③ ④ ⑤ 家族(親・兄弟)との人間関係 親せきとの人間関係 友人との人間関係 職場での人間関係 地域(近所)での人間関係 N.S. N.S. N.S. N.S. N.S. ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 表 6-2 ソーシャルサポート項目における回答結果(群内比較) 入所前 現在 従事者 従事者 57 非従事者 非従事者 ④ 職場での人間関係 ⑤ 地域(近所)での人間関係 4.0 4.0 4.0 3.0 N.S. N.S. → → N.S. * → ↓ ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 表 6-2 項 ソーシャルサポート項目における回答結果(群内比較) 入所前 (Me) 目 現在 (Me) 従事者 wilcoxon 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 検定 ① ② ③ ④ ⑤ 信頼できる(気持ちが通じ合う)人の存在 よく話を聞いてくれる(いつでも話ができる)人の存在 経済的支援をしてくれる人の存在 病気などで寝込んだ時等に身の回りの世話をしてくれる人の存在 困った時に一緒に行動して助けてくれる人の存在 3.5 3.5 3.0 3.0 3.0 4.0 4.5 3.0 3.0 4.0 N.S. * N.S. N.S. N.S. → ↑ → → → N.S. N.S. * *** N.S. → → ↓ ↓ → *** p<.001 * p<.05 N.S. Non-Significant 日常生活項目への回答結果(表 6-3)によると、「他人に暴力をふるうこと」「ギャンブルをする こと」 「スポーツをすること」の項目は入所前と比較して有意に減少しており、「ボランティアをす ること」が有意に増加していた。また、表 6-4 の生活習慣等の変化の回答結果では、「支出」のみ 有意に減少していた。消費をともなう余暇活動が制約されている点は非農業従事者と類似している が、出所後周囲の人と直接的に関わる機会が減少することはなく、ボランティア活動機会の増加と いった社会との繋がりが増加している。 表 6-3 日常生活項目における回答結果(群内比較) 項 目 従事者 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 入所前 (Me) 現在 (Me) 4.5 5.0 4.5 4.0 N.S. N.S. → → ** *** ↓ ↓ wilcoxon 検定 ① 目上の人との会話 ② 同僚との会話 ③ 近所の人との会話 3.0 1.0 N.S. → *** ↓ ④ 他人と言い争うこと ※ ※ 2.0 1.0 N.S. → *** ↑ ⑤ 他人に暴力をふるうこと ※ ※ 2.0 1.0 * ↑ *** ↑ ⑥ ひとりでいること ※ ※ 3.5� 2.5 N.S. → N.S. → ⑦ 友人と一緒にいること 4.0� 2.5 N.S. → *** ↓ ⑧ 買い物にいくこと 4.5� 4.0 N.S. → *** ↓ ⑨ 家でくつろぐこと 4.0� 3.5 N.S. → * ↓ ⑩ ボランティアをすること 1.0� 2.5 * ↑ N.S. → ⑪ レジャーを楽しむこと 3.5 2.5 N.S. → *** ↓ 3.5� 1.0 * ↑ *** ↑ 3.0 2.0 ** ↓ *** ↓ ⑫ ギャンブルをすること ⑬ スポーツをすること ※ ※ *** p<.001 ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant ※ 逆転項目 58 農業を活用した再犯防止プロジェクト 表 6-4 項 生活習慣等項目における回答結果(群内比較) 目 入所前 (Me) 現在 (Me) 3.0 2.5 4.0 2.0 3.0 4.0 4.0 1.0 3.0 3.5 1.0 2.5 従事者 wilcoxon 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 検定 ① ② ③ ④ ⑤ ⑥ 食事量 飲酒量 ※ 喫煙量 ※ 睡眠時間 収入 支出 N.S. N.S. N.S. N.S. N.S. * → → → → → ↓ N.S. *** *** *** *** *** → ↑ ↑ ↑ ↓ ↓ *** p<.001 * p<.05 N.S. Non-Significant ※ 逆転項目 性格 ・ 行動等項目(表 6-5)への回答結果によると、入所前と比較してネガティブになった項目 はなく、「物事をプラス思考で考える」「忍耐(粘り)強い」「新たなことに挑戦する」「落ち着いて いる」 「協調性がある」「責任感が強い」「約束を守る」「努力をする」「意志が強い」「生活にハリが ある」 「生活にリズムがある」の項目で肯定的に捉えることができるようになっていた。「物事をプ ラス思考で考える」 「忍耐(粘り)強い」 「新たなことに挑戦する」 「責任感が強い」 「約束を守る」 「生 活にリズムがある」の項目は非農業従事者ではポジティブな変化が認められなかったものである。 さらに、「生活にハリがある」については非農業従事者とは対照的な回答となっていた。農業に従 事することにより、新たな取り組みへのモチベーションが高まり、生活にリズムが生まれ、生活に 活力が出てくる点は、農業が生活の維持・向上に不可欠な心理・行動面での変化に寄与していると 換言できよう。 表 6-5 項 性格・行動等項目における回答結果(群内比較) 目 入所前 (Me) 現在 (Me) 3.5 2.0 4.0 4.0 従事者 wilcoxon 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 → ↑ N.S. N.S. → → 検定 ① 積極的に物事に取り組む ② 物事をプラス思考で考える N.S. ** ③ 忍耐(粘り)強い 2.5 5.0 * ↑ N.S. → ④ 新たなことに挑戦する 2.0 5.0 * ↑ N.S. → ⑤ 明るい 4.0 5.0 N.S. → N.S. → ⑥ 社交的である 3.5 4.0 N.S. → N.S. → ⑦ おだやかである 4.5 4.5 N.S. → * ↑ ⑧ 落ち着いている 3.0 4.0 * ↑ ** ↑ ⑨ 素直である 3.0 4.0 N.S. → N.S. → ⑩ 相手の立場を考える 4.0 4.5 N.S. → * ↑ ⑪ 協調性がある 3.5 4.5 * ↑ * ↑ ⑫ 責任感が強い 2.5 4.5 * ↑ N.S. → ⑬ 約束を守る 3.5 5.0 * ↑ N.S. → ⑭ 努力をする 2.5 5.0 * ↑ * ↑ ⑮ 意志が強い 2.0 4.0 * ↑ ** ↑ ⑯ 礼儀正しい 4.0 5.0 N.S. → N.S. → ⑰ 自信がある 2.0 3.0 N.S. → * ↓ ⑱ 生活にハリがある 2.0 4.0 * ↑ * ↓ ⑲ 生活にリズムがある 1.0 4.5 ** ↑ N.S. → 3.0 3.0 N.S. → * ↓ 3.0 2.0 N.S. → N.S. → 3.5 5.0 N.S. → N.S. → ⑳ 幸せである ㉑ 不幸である ㉒ 体調がよい ※ ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant ※ 逆転項目 59 不安感項目(表 6-6)への回答結果によると、すべての項目で入所前と現在で変化は認められな かった。出所後直面している問題への心理状態について、非農業従事者ほど生活の立て直しに関係 する不安は抱えていなかった。 不満感項目への回答結果(表 6-7)によると、入所前と比較してネガティブになった項目はなく、 「家族等身近な人との人間関係の不満」「職場での人間関係の不満」「仕事についての不満」では、 不満感が有意に低下していた。農業従事者の人間関係が縮小化していないことから考えると、出所 後の対人関係が悪化せずに新たな職業生活への移行が行いやすい状況にあると考えられる。 表 6-6 不安感項目における回答結果(群内比較) 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 入所前 (Me) 現在 (Me) 従事者 ① 家族等身近な人との人間関係の不安 ② 家族以外の人との人間関係の不安 3.0 3.0 2.0 3.0 N.S. N.S. ③ 周囲からの見られ方への不安 4.0 3.5 N.S. → N.S → ④ 職場での人間関係の不安 3.0 1.5 N.S. → N.S → ⑤ 仕事についての不安 3.0 3.5 N.S. → ** ↓ ⑥ 収入についての不安 3.0 4.0 N.S. → *** ↓ ⑦ 住居についての不安 1.0 3.0 N.S. → *** ↓ ⑧ 健康についての不安 1.5 3.0 N.S. → * ↓ ⑨ 罪を犯すことについての不安 2.0 3.5 N.S. → N.S → ⑩ 理由もなく不安 1.0 1.0 N.S. → N.S → 項 目 wilcoxon 検定 → → N.S N.S → → *** p<.001 ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 表 6-7 不満感項目における回答結果(群内比較) 入所前 (Me) 現在 (Me) 3.5 3.0 2.0 2.5 * N.S. ↑ → ** N.S ↑ → ③ 周囲からの見られ方への不満 2.0 2.5 N.S. → * ↑ ④ 職場での人間関係の不満 3.0 2.0 * ↑ ** ↑ ⑤ 仕事についての不満 3.0 2.0 * ↑ N.S → ⑥ 収入についての不満 4.0 3.0 N.S. → N.S → ⑦ 住居についての不満 2.5 2.0 N.S. → ** ↓ ⑧ 理由もなく不満 1.0 1.0 N.S. → N.S → 項 目 従事者 wilcoxon 従事者 変化 非従事者 t 検定 非従事者 変化 検定 ① 家族等身近な人との人間関係の不満 ② 家族以外の人との人間関係の不満 ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 60 農業を活用した再犯防止プロジェクト 職業関連項目(表 6-8)への回答結果によると、入所前と比較してネガティブになった項目はなく、 「自分の仕事を誇らしいと思う」「自分の仕事を通して成長できる」「自分の仕事にやり甲斐がある」 「自分は会社に必要とされている」等の職業生活の維持・向上に直結する動機づけ要因及び「自分 の仕事で人生の見通しが立つ」(衛生要因)の項目を肯定的に捉えていた。出所を契機に動機づけ 要因項目のすべて及び衛生要因項目で状況が悪化していた非農業従事者と比較して、意欲を持って 仕事に臨んでいることがわかる。「体力を必要とする仕事である」の項目のみ他の所要特質と比べ て必要性を感じている点は「農業」の職務特性を反映したものであろう。 表 6-8 項 職業関連項目における回答結果(群内比較) 目 入所前 (Me) 現在 (Me) 従事者 wilcoxon 従事者 変化 非従事者 t 検定 → ↑ *** ** 非従事者 変化 検定 ① 自分の仕事が好きである ② 自分の仕事を誇らしいと思う 3.0 2.5 4.0 3.5 N.S. * ↓ ↓ ③ 自分の仕事を通して成長できる 2.5 5.0 ** ↑ * ↓ ④ 自分の仕事は自分に合っている 3.5 4.0 N.S. → *** ↓ ⑤ 自分の仕事にやり甲斐がある 2.5 4.0 ** ↑ *** ↓ ⑥ 自分は会社に必要とされている 2.5 4.0 * ↑ * ↓ ⑦ 自分の意見が職場で取り上げられる 3.5 3.0 N.S. → *** ↓ ⑧ 自分は会社に貢献している 2.5 3.0 N.S. → *** ↓ ⑨ 職場の人間関係がよい 4.0 5.0 N.S. → * ↓ ⑩ 労働時間は適当である 4.5 4.0 N.S. → N.S → ⑪ 休憩時間はくつろげる 4.0 4.5 N.S. → N.S → ⑫ 生活に困らない給料はもらっている 4.0 3.0 N.S. → *** ↓ ⑬ 自分の仕事で人生の見通しが立つ 2.0 4.0 * ↑ ** ↓ ⑭ 体力を必要とする仕事である 4.0 5.0 * ↓ N.S → ⑮ 知力を必要とする仕事である 3.5 4.0 N.S. → *** ↓ ⑯ コミュニケーション力を必要とする仕事である 4.0 4.0 N.S. → *** ↓ ⑰ 忍耐力を必要とする仕事である 4.0 5.0 N.S. → N.S → *** p<.001 ** p<.01 * p<.05 N.S. Non-Significant 農業従事者及び非農業従事者の結果を対比して、以下に整理する。 ○ 農業従事者の結果 ・「人間関係」では、これまでの関係が縮小化していなかった。 ・ 「ソーシャルサポート」では、出所後新たな親しい人間関係が形成されており、身近な直接的ソー シャルサポートへの発展が期待できる。さらには、主体的に社会との関わりを持とうとする傾 向も認められた。 ・心理的側面では、さまざまな面でポジティブな変化をみせており、生活にリズムが出てきて、 ハリが持てるようになっている。さらに、目立った生活上の不安も抱えていなかった。 ・職場での人間関係は、入所前と比較して不満感が軽減されていた。 ・「職業」では、体力を要する仕事と認識しつつも、職業生活を維持、向上していくうえで重要と なる仕事へのモチベーションの向上が認められた。 ○ 非農業従事者の結果 ・「人間関係」では、日常生活での周囲との関わりが自分との関係の違いにかかわらず希薄化し、 孤立傾向が強い状況にあった。 61 ・「ソーシャルサポート」では、サポートしてくれる人が少ないうえに、出所後さらに身近な直接 的サポートが縮小化していた。 ・心理的側面では、 「生活にハリがない」と感じており、生活の基盤である「収入」「住居」「住居」 に不安を有していた。 ・「職業」については衛生要因、動機づけ要因の両方が満たされていないことにより、仕事への不 満が発生しやすく、それが職場不適応を引き起こし、些細な原因で離職しやすい状況にあった。 これらの結果から、この調査の対象となった農業従事者は、出所受刑者の社会復帰の支障となる 多様な問題を「農業」を通して軽減しているといえよう。 農業関連項目は、農業従事者のみに実施した項目であり、各項目に対して「そう思わない(1 点)」 ~「そう思う(5 点)」で回答を求めた。表 6-9 によると、「農業は自分に向いている」「農業を始 めて体力がついた」「農業を始めて地域に新しい知り合いができた」以外の項目すべてを肯定的に 捉えていた。特に、強い肯定感がみられた者の多かった項目は、「農業は好きである」「農業はやり 甲斐がある」 「農業には積極的に取り組むことができる」 「職場に何でも相談できる同僚がいる」 「農 業を始めて新たな機械の操作方法を覚えた」「農業を始めて新たな知識を身につけた」「農業で生計 を立てていくことが可能であると思う」「生涯にわたって農業を続けていきたいと思う」であった。 被調査者の大半が出所後農業に従事した期間が短く、農業への適性や体力の向上、地域との繋が りを実感するには至っていない。また、就労後に重い労働負荷や社会適応を疎外する出来事への遭 遇、低収入などの状況に遭遇してもなお農業に従事することを肯定的に捉え、継続していけるかに ついては追跡調査が必要であるが、少なくとも出所後の不安定な時期に同僚と人間関係を築きなが ら積極的に従事でき、職業生活の維持への意欲の高まりが認められる点は、出所受刑者の社会復帰 の契機としての農業の有効性を示すものであると考えられる。 表 6-9 農業関連項目における回答結果 Me Mode ①農業は好きである ②農業は自分に向いている 4.5 4.0 5.0 3.0 ③農業はやり甲斐がある 4.5 5.0 ④農業を始めて体調が良くなった 4.0 4.0 ⑤農業を始めて食欲が増した 3.5 5.0 ⑥農業を始めて自分に自信が持てるようになった 4.0 4.0 ⑦農業には積極的に取り組むことができる 4.5 5.0 ⑧農業を始めて体力がついた 3.0 3.0 項 目 62 ⑨農業を始めて気分が安定してきた 4.0 4.0 ⑩農業を始めて職場の仲間とよく話しをするようになった 4.5 4.0 ⑪農業を始めて地域に新しい知り合いができた 2.5 1.0 ⑫職場に何でも相談できる同僚がいる ⑬農業を始めて新たな機械の操作方法を覚えた 5.0 5.0 5.0 5.0 ⑭農業を始めて新たな知識を身につけた 5.0 5.0 ⑮農業で生計を立てていくことが可能であると思う 4.0 5.0 ⑯生涯にわたって農業を続けていきたいと思う 4.0 5.0 農業を活用した再犯防止プロジェクト 6-4 農業を活用した社会復帰支援の発展に向けた提言 本節では農業を活用して社会復帰を目指す試みの中で、就農レベルに近い段階で支援を行っている事業 の実態調査の結果を整理し、現状の課題を明らかにするとともに今後のあり方に関して提言を行う。 (1)調査の目的・方法 調査はパイロット事業Ⅲ(訓練型)「ふる里自然農塾」及びパイロット事業Ⅳ(就農型)「ファー ムきくち」の 2 つの事業を対象として、それぞれの支援環境と支援内容等の実態を明らかにする ことを目的とした。 1)調査時期 2014 年 10 月~ 12 月 2)調査対象者 パイロット事業Ⅲ、パイロット事業Ⅳにおける中心的指導者 3)調査項目 ① 事業概要項目(自由回答項目) 「事業目的」「事業開始の経緯」「事業内容」「事業環境(地域特性等)」「経営状況」「助成」「経営 上の課題等」 ② 利用者支援関連項目(自由回答項目) 「利用者数」 「利用期間」 「就職状況」 「受け入れ上の課題」 「支援上の課題」 「連携」 「支援者資質等」 ③ 職務調査(職務分析項目)6) 「身体的所要特質」(20 項目)、「精神的所要特質」(23 項目) 各パイロット事業において「標準的な仕事に従事している人に求められる能力等の程度」につい て、身体的特質、精神的特質に関する各下位項目の必要性に関して 3 段階「低・中・高」で評定 を求めた。なお、分析の対象となったパイロット事業Ⅲの中心的作業は「野菜の栽培」「出荷準備」、 パイロット事業Ⅳの中心的作業は「花の栽培」「出荷準備」である。 4)調査手続き 調査は、2 つのパイロット事業の中心的指導者に対して、対面環境で調査者からの質問に回答し ていく構造化面接法により実施した 。 (2)結果と考察 1)事業における職務特性 農作業を通して就労能力を高める訓練型事業と就農そのものを目指す農業従事者育成事業での職 務内容の違いを検討するために、職務分析での「作業の所要特質」に焦点を絞って検討した。表 6-10 には職務の遂行に必要とされる身体的所要特質、表 6-11 には職務の遂行に必要とされる精神 的所要特質に関する項目への回答結果をそれぞれ整理した。 表 6-10 によると両パイロット事業で必要とされる作業の身体条件が大きくかけ離れている項目 はなかった。共通して要求される身体的所要特質は、「上半身の筋力」「長時間の作業姿勢の維持」 「一定の作業テンポの維持」「不規則な労働時間(早朝・深夜)への対応」であった。相違点は「指 先の器用さ」「機敏さ」「作業速度」「暑さへの耐性」「寒さへの耐性」であり、パイロット事業Ⅳで の必要度が高かった。 共通して必要度の高かった身体所要特質は、農作業の作業特性を反映するものである。一方、評 63 価の異なる身体所要特質について、「器用さ」「機敏さ」は取り扱う作物の違いや作業の質に依存し ている。パイロット事業Ⅳでの花の栽培は、市場の影響を強く受け、日によって変化する出荷量に 合わせて、決められた時間に決められた量の花の「摘み取り作業」と「出荷処理(無駄な葉の除去)」 をしなければならないため、指先の処理能力(器用さと速度)が求められる。また、 「暑さ」「寒さ」 の環境条件への適応能力の差異は、「訓練」と「実践」の差である。パイロット事業Ⅲは、集団式 の一斉訓練を時間限定型(8 時~ 17 時)で実施し、夏季は日中作業を避けた作業時間の調整(早 朝作業)が行われているが(訓練の準備や訓練生の作業終了後の整理作業は指導スタッフが実施し ている)、パイロット事業Ⅳでは作物の生育状況に合わせて作業を行うため、就業時間は不規則で ある。 農業従事者は農作業で必要とされる身体条件に加えて、取り扱う作物に依存して発生する作業に より、求められる身体条件も異なってくる。さらに、就農レベルでは不規則な労働時間への適応も 重要な適性となる。 表 6-10 職務遂行に必要とされる身体的所要特質 ふる里 ファーム 自然農塾 きくち ②握力 ○ ○ ○ ○ ③指先の器用さ △ ○ ④脚力 △ △ ⑤長時間の立位姿勢の維持 ○ ○ ○ ○ ○ ○ △ △ ○ ○ ○ △ △ △ ○ △ △ △ △ △ × × × ○ ○ × × × △ ○ △ ○ 身体的所要特質 ①上腕の筋力 ⑥長時間の座位姿勢の維持 ⑦長時間の同一姿勢の維持 ⑧機敏さ ⑨作業速度 ⑩一定の作業テンポの維持(持続力) ⑪視力 ⑫聴力 ⑬複数の作業を並行してこなす能力 ⑭暑さへの耐性 ⑮寒さへの耐性 ⑯暗所での作業耐性 ⑰高所での作業耐性 ⑱騒音環境での耐性 ⑲埃っぽい場所での耐性 ⑳不規則な労働時間(早朝・深夜)への対応 必要度 高:○ 中:△ 低:× 表 6-11 によると、両パイロット事業で必要とされる作業遂行の際の精神的条件はかなり類似し ていた。共通して要求される精神的所要特質は、 「言葉による表現力」 「口頭による指示の理解力」 「他 者との会話力(コミュニケーション能力)」 「集中力」 「検品能力(判断力)」 「特定機器の操作能力」 「協 調性」 「積極性」 「気分の安定性」であった。相違点としては、パイロット事業Ⅲで「明朗さ」、パイロッ ト事業Ⅳで「特定の専門知識」「免許」についての必要度が高かった。 64 農業を活用した再犯防止プロジェクト 共通して必要度の高かった精神的所要特質をみると、農業の指導は、作業方法や知識伝達が共同 作業のなかでの口答指示を中心に行われることを反映しており、密接な対人関係を基礎として展開 される活動であることを示すものである。一方、異なる精神的所要特質は、作物の生育過程や水分 管理、日照管理、肥料管理、消毒などの栽培方法の違いに依存している。 ここでの分析対象は、これまでにパイロット事業に従事してきた従事者の「平均的な所要特質」 であり、調査結果からはこれら 2 つのパイロット事業で必要とされる身体的所要特質、精神的所 要特質はかなり類似した傾向が認められた。本来は、この 2 つの事業目的の違いからすると、所 要特質には大きな差異が生じることが予測され、自立就農者を養成する場では広範な資質が必要に なるはずである。ちなみに、パイロット事業Ⅳで一連の手順を自力で適切に行えるようになるまで には最低 4 ~ 5 年の経験が必要である。自立就農者になると、生産、営業、販売の仕事をすべて 担うため、携帯電話の使用やパソコンの操作技術、運転免許等を含めた、幅広い知識的や技術の獲 得が必要になる。類似した結果が認められた原因は、従事期間がいずれも「短期間であった」こと によるものである。パイロット事業Ⅲにおいては 1 年を通した訓練が実施されてはおらず、季節 を通した栽培技術の獲得には至らない。パイロット事業Ⅳでは無期限の受け入れが可能であるにも かかわらず、従事者側の原因で大半が短期間の就労になっている。両事業とも実際は農作業経験の なかで就労意欲を高めていこうとする、職業準備段階としての作業に留まっているといえよう。 表 6-11 職務遂行に必要とされる精神的所要特質 精神的所要特質 ①言葉による表現力 ②文字や簡易な文書の筆記能力 ③口頭による指示の理解力 ④マニュアル等を読む能力 ⑤他者との会話力(コミュニケーション能力) ⑥計数(数をカウントする)能力 ⑦簡単な暗算能力 ⑧計算機の操作能力 ⑨計量(秤等の目盛りの判断)能力 ⑩携帯電話等の操作能力 ⑪簡単なパソコン(タブレット)の操作能力 ⑫記憶力 ⑬集中力 ⑭検品能力(判断力) ⑮特定の専門知識 ⑮特定機器の操作能力 ⑰免許 ⑱協調性 ⑲積極性 ⑳明朗さ ㉑慎重さ ㉒几帳面さ ㉓気分の安定性 ふる里 ファーム 自然農塾 きくち ○ △ ○ △ ○ △ △ △ △ × × ○ △ ○ △ ○ △ △ △ △ × × △ ○ ○ △ ○ △ ○ ○ ○ △ △ ○ △ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ △ △ △ ○ 必要度 高:○ 中:△ 低:× 65 2)事業運営の実態と課題 ここでは、各パイロット事業の実態について、事業概要項目(表 6-12 参照)及び利用者支援関 連項目(表 6-13)への回答結果の分析により各事業の運営実態を明らかにし、それを踏まえて今 後の課題を検討する。 表 6-12 事業調査の結果(事業概要項目) 事業所名 区 分 パイロット事業Ⅲ ふる里自然農塾 中間訓練 パイロット事業Ⅳ ファームきくち 企業 設 置 個人 農業生産法人(有限会社) 事業目的 ・農業を通した職業能力の向上及び雇用機会の拡大 ・近隣農家との提携による就労の場の形成 ・自活できる農業従事者の養成 ・地域とのコミュニケーションを図る場の形成 ・平成19年に環境に配慮した農業実践と農業を通した人間育成を ・熊本県菊池市から地域活性化・新規就農者育成の要請があり、 目指すための場として設立 平成16年設立(11年経過) ・約2,000万円の個人出資で「農産物(野菜)の生産・販売」を開始 ・資本金1,000万円で「花・野菜の生産」を開始 事業開始の ・平成21年に法務省・厚労省・農水省による「緊急雇用対策訓練委 ・経営安定のため平成18年から4,000万円の資金追加により (5 経緯 託職業訓練実習農場」として委託訓練(保護観察対象者の受け カ年計画で)棚田での「古代米」の加工, 販売(生産は地元集落 入れ)を開始 に委託)を行い、その収益で保護観察対象者の受け入れと農業 指導を開始 事業内容 農産物(なす、ホウレンソウ、ジャガイモ、 しょうが、里芋、 トマト、ゴ ・基幹事業:古代米の生産,加工,販売(一般従業員) ボウ、玉葱等の四季に応じた野菜等)の生産・販売 ・出所者等育成事業:花(カスミソウ・ トルコききょう), 野菜(トウモロ コシ等)の生産・販売 茨城県東茨城郡城里町 人口約2万人、県庁所在地(水戸市)に隣接 熊本県菊池市 人口約5万人の地方都市 農業が産業の中心であったが、経済活動の活発な県庁所在地への 農業が産業の中心であるが過疎化・高齢化が著しく、従事者確保が アクセスがよいため離農が著しく増加、農業従事者のほとんどが 課題 地域の特徴 兼業農家、従事者確保が課題 ・農業での地域参入は地域振興面で歓迎されている ・農業後継者がいないため、耕作地を貸したい農家が多い ・中山間地のためまとまった平坦な耕地確保が困難 ・個人参入には向いている 地域の 受け入れ ・事業開始時は研修生としていろいろな人を受け入れていたため ・事業開始後1年程度は近隣の偏見・噂に苦慮した。出所者と昔関 出所者の受け入れもその延長として捉えられている 係のあった暴力団関係者が訪れ嫌がらせを受けたこともあった ・地域とうまくやっていくためには地道に農業に取り組み、 「結(ゆ が、保護司の介入で解決した。このような状況が頻発すると地域 い)」 (小集落における共同作業制度)への積極的参加により地 住民の理解が得られにくい(出所後の悪い人間関係からの離脱 域に貢献することで理解してもらうことが重要 が課題) ・地域で農業を継続するためには、積極的に地域の役割(清掃・草 取り・集会等)に参加していくことが不可欠 ・生産者としては周囲は皆ライバルであり、良いものを作り生産が 向上すると、 「嫌がらせ」を受けることもある 経営状況 ・個人経営のため初期投資として、2,000万円を借入 ・当初の1,000万円の資本金では全く採算がとれなかった。増資 ・機械購入やメンテナンス、建物等(設備費)で毎年500万円程度 による古代米の販売で給与を捻出しようとしたがこれも限界が 追加投資 あったため平成23年度から「花・野菜の生産」について、出所者 ・委託訓練費と借入金を運転資金(スタッフの人件費と種・苗代金) への給与制を廃止し、独立採算制に移行 と負債の返済にあてているが、現在2,000万円の負債がある ・平成24年度・25年度は黒字化、事業全体の赤字も平成26年度 解消 助成等 ・日本財団:農場施設整備助成,(パイプハウス、井戸、水中ポンプ、 ・日本財団:農場施設整備助成,(ビニールハウス、農具等)農地確保 圧力タンク、給水管等) ・ハローワーク: トライアル雇用:月額40,000円×3ヶ月支給 ・職業訓練委託費(10万円×8人=80万円/月) ・更生保護協会:助成(設備費)260万円 ・通常、 トラクターやコンバイン、草刈り機等の機械類を購入する と長期間使用できるが、訓練で使用する場合操作が未熟である ため2~3年で買い換えが必要になり、コスト負担が大きい。訓練 実施上不可欠なものではあるが、就農者に限定した使用制限を している状況である ・開始時スタッフ6人で指導にあたっていたが、経営難のため人件 費が捻出できず、現在1人のスタッフしか雇用できない状況)ス タッフは最低3人は必要であり、その確保が課題 (研修生は8 時~5時の定時勤務だが、スタッフは定時以外の作物の管理や作 業準備に追われ交代制の変則勤務をしなければいけない。現在 経営課題等 指導者とスタッフ1人が交代で多様な職務を担っているが、プラ イベートな時間が確保できない状態にある ・期間限定型訓練では、天候により作業が制限される露地栽培は、 日によって仕事ができなくなる場合も多いため、雨避け型栽培の ためのハウスの設置(3棟増設)が不可欠 ・現在借用している農地は8ha、そのうちの4haを使用している (4haは養生中)農地面積からすると、まだかなりの人数の受け入 れが可能であるが、設備追加投資とスタッフ増員の問題がある ・個人経営から組織化(社団法人やNPO法人)することで研修終 了者の地域への定着や農業経営への参入を促進することにつな がる 66 ・新規参入は周囲に類似した生産者が多いため排除はされない ・農地確保は「遊休農地」があっても地域との繋がりがしっかりし ていなければ困難 ・基幹事業の経営が安定するためには、販売先の拡大が不可欠 ・古代米の販売で更生保護女性会や更生保護関係者による販売 促進の協力があったため、どうにか経営を維持している状況で ある ・現地には消費需要がないため、都市部への販売を促進する必要 がある(一般購入者の拡大のためのPRやネット販売等が必要が ある) ・花の生産は収支の変動が大きく、常に市場動向を判断する必要 がある。年間を通して安定収入をはかるためには、一定の品質を 維持することやビニールハウスの温度管理(暖房)により生産調 整が必要(設備の整備が必要) ・花野菜部門は現在独立採算であるため、農業での自立が完全に 達成されたら、今後分離することも考えられる ・給与制であった時にモチベーションの低下が問題であった(経営 者がいるときといないときの働き方が全く異なった) ・努力した分報酬が得られるシステムは、従事者にとって厳しいも のではあるが、技術が身についている状態で、モチベーションが 高ければ、成功する可能性は高い ・農業での自立を目指す(新規就農)ためには、土地の確保と設備 や機械の購入のための初期投資の負担が大きく、自立までの生 活費の支援が必要 農業を活用した再犯防止プロジェクト 表 6-13 事業調査の結果(利用者支援関連項目) 事業所名 利用者数 パイロット事業Ⅲ ふる里自然農塾 パイロット事業Ⅳ ファームきくち 平成20年から現在までに、一般研修生15人・出所者80人(現在8 平成16年度~現在までに出所者・出院者19人を受け入れ(未成年 人が訓練中)を受け入れ(20歳代~50歳代の成人を受け入れ) 者~50歳代までを受け入れた) ・少年院からの受け入れが中心 利用期間 6ヶ月間 期間の定めはないが、大半は1年未満(3ヶ月程度が多い) 就職状況 研修終了者72人 ・新規就農認定者として独立1人 ・法人・個人での就農(雇用)25人 ・親族で従事3人(約4割が農業に従事) ・農業以外の就業28人(約4割) 退職者19人 ・農業自立者1人 ・家業(農業)従事1人 ・他職種17人 従事者の 特徴 ・能力の個人差が大きい ・依存性が強い(自主性が足りない) ・農業へのモチベーションが高い ・知的能力、学習能力が低く知識や技術の獲得に時間がかかる ・状況判断が悪い ・農業へのモチベーションが低い 受入課題 ・研修用の農地は十分に確保しているため、指導スタッフの増員と ・保護観察所に受け入れ申請しても「農業志願者」がいない 機械やハウスの増設ができれば、受け入れ数の増員は可能 ・受け入れ時は出院したいために就農希望してくるが、受け入れる ・多様なルートからの訓練の受け入れが課題 と極端なモチベーションの低下がみられる ・受け入れ時、ある程度は農業への志向性が認められるが、農業 ・居住先として自立準備ホーム(2名分)はあるが、それ以外の居 で自立していくためにはかなり積極的に動けることが必要 住先は民間アパートか自宅 生活上の 支援 ・健康管理、安全管理、時間管理等の支援は必要 ・地域の人への挨拶指導に力を入れている ・生活技術は問題ないが、生活管理面に問題があり支援が必要 ・家族間連携は行っていない ・7割程度の家族と連絡をとっている ・ほとんどの家庭に問題がある ・特に母親の問題が多く協力は期待できない ・ハローワークは職業訓練(委託訓練)の実施と職業紹介で連携 ・保護観察所とは常に密に連携 ・県内21の農業生産法人、個人農家が協力雇用主として登録 ・茨城県農林振興公社、茨城県農業会議による新規就農相談と職 業紹介 ・市役所は出資で連携 ・ハローワークは制度適用で連携 ・保護観察所とは密に連携 ・保護司との連携 家族間連携 機関連携 ・定期的、計画的フォローアップは行っていない ・定期的、計画的なフォロ-アップは行っていない フォローアップ ・茨城県農林振興公社が就労支援の一環として就労状況の情報 を提供 支援者資質 ・農業実践に必要な地域環境を熟知していること ・生産の喜びを伝える力 ・主体的な行動を引き出す指導力 ・個人差に対応した指導力 ・農業を通して貨幣的価値観よりももの作りへの価値観が高まる ・低収入状況であってもどうにか生計が維持できる 農業の利点 ・地域再生の担い手になれる ・出所者更生, 社会事業の意義を理解していること ・技術力と経営力があること ・マンツーマンでねばり強く、具体的に支援できること ・技術が身につき国内外問わず就労の可能性が高まる ・就農が実現すれば裁量が大きいので対人関係が苦手でもやって いける ・生産、販売がうまくいけば収益が大きい 67 ① 経営課題 ⅰ)パイロット事業Ⅲの現状と課題 パイロット事業Ⅲは個人資金により開始しており、日本財団からの施設・設備の助成、委託訓 練費、生産物の販売利益、借入金等により事業運営している。現時点では負債を抱える状況にあ り、スタッフの減員や訓練で使用する機械の制限を余儀なくされている。訓練指導者と訓練機械・ 設備の不足は、現有支援スタッフの負担を増加させ、結果として訓練生への支援の希薄化に直結 するものであるため、改善が必要である。また、日々の訓練が安定して実施されるためには、天 候に左右されない施設(雨避け型栽培ハウス)の増設も必要である。 トマトのハウス栽培 ネギの栽培 除草作業 ⅱ)パイロット事業Ⅳの現状と課題 パイロット事業Ⅳは、地域の就農者育成を目的として開始された基幹事業の利益に依存した事 業(出所者等育成事業)として開始したものであったが、事業全体の経営が厳しくなってきたため、 独立採算制をとって事業継続を行った。独立採算制以降(平成 23 年度から)3 年間で経営が安定 してきて、現在黒字化している状況にある。経営の安定傾向が継続するようであれば、基幹事業 とは完全分離して「出所受刑者の就農支援に特化した事業体」として独立し、機関連携の強化と 不足するコストへの助成により、さらなる受け入れの促進と就農による社会復帰者の拡大を目指 すことを検討すべきであろう。なお、本事業を経て新規就農した場合、安定した経営が達成され るまでは、公的助成や運転資金の貸し付け等の支援が不可欠である。 68 農業を活用した再犯防止プロジェクト カスミソウの栽培 トルコキキョウの栽培 古代米の棚田 古代米(製品) 69 ② 利用者の受け入れ ⅰ)パイロット事業Ⅲの現状と課題 公共職業訓練(委託訓練)機関であり、関係機関との連携により定期的に訓練生の受け入れを 行っており、今後は受入数の増員が課題となる。訓練で使用する農地は現有用地の半分しか利用 していないため増員は可能であるが、増員の前提として経営課題(スタッフの確保と設備投資の 課題)がクリアされること及び訓練終了生の再犯状況、社会への適応状況、職場への定着状況な どの動向を精査することにより本事業の社会復帰における有効性が確認できることが条件となろ う。また、受け入れ期間についても、先述したように入所時期によって作業環境が異なり、季節 による栽培方法の違いを習得するには至らないため、最低 1 年間の期間設定が必要である。さら には、就農を希望していてもすぐに雇用や自営に至らない場合には、訓練期間の延長や賃金補助 等による本事業での一定期間の雇用を保障することも検討すべきであろう。 ⅱ)パイロット事業Ⅳの現状と課題 農業従事者を養成するために有効な事業であるが、農業従事者としての適性を有する就労意欲 の高い成人を受け入れること(人材確保)が最大の課題となっており、そのための連携先の拡大 (新たな連携ルートの確保)が急務である。現在は、近隣の保護観察所から少年を中心に人選され ているが、この人選範囲と受け入れる年齢層を再検討するべきである。パイロット事業Ⅳの目的 からすると、量的成果より質的成果が重要である。 ③ 地域参加 地域との関連性は両事業ともに良好である。両事業ともに参入時点で行政の農業振興策の一環 として開始しており、農業従事者確保が地域の課題となっていたためスムーズに地域参入できて いた。また、パイロット事業Ⅲにおいて、現在は出所受刑者が受け入れの中心となっているが、 開始当初は地域で多様な人材を受け入れており、出所受刑者を受け入れていく際にも大きな支障 はなかった。ソーシャルインクルージョンの発想に基づく個人属性を限定しない受け入れシステ ムは、今後社会で求められる「働き方の多様性」を実現するための基本姿勢となるであろう。 地域との良好な関係を構築していくために重要なことは、積極的に地域活動に参加していくこ とにある。両事業ともに地域住民からの認知が高まっていく過程には、集落の共同作業や集会に 積極的に関わっていくことの積み重ねがあった。この点は、農業の持つ大きな特性である。地域 (農村)独自の共同(協働)組織は、そこで生活していくうえで不可欠、不可避な存在であり、強 制的な対人関係の形成が求められる。 「対人関係の希薄さ」が出所受刑者の生活課題のひとつであっ たことからすると、このような参加機会は対人関係再形成のよい機会であるとも換言できよう。 参加初期には偏見や差別に直面することもあろうが、事業経営者や地域活動を取りまとめている 立場の人が仲介役(ファシリテーター)となって地域住民との共生を調整していくことが課題と なるであろう。各パイロット事業では地域との連携がうまくいっており、事業体としての社会的 認知は向上しているため、受け入れた新規利用者への地域参加への理解を促進させつつ地域社会 への適応のための支援を積み重ねていくことで、関係性を維持していくことが課題である。 3)事業効果の検証 パイロット事業Ⅲは、期間を限定した訓練よる「農業を通した雇用機会の拡大」であり、就農を 目指す取り組みではあるが、農業経験を新たな就労場面で生かすことを主目的としている。一方、 70 農業を活用した再犯防止プロジェクト パイロット事業Ⅳは無期限型の農業従事者養成事業であり、「農業での雇用の実現」を主目的とし ている。それぞれの事業目的を踏まえて、 その成果をその後の就職状況からみてみる(表 6-13 参照)。 パイロット事業Ⅲは、半年間の公共職業訓練(委託訓練)を実施しており、定期的に就労意欲の 高い成人訓練生を受け入れている。訓練終了後の就職状況は、農業従事:非農業従事= 6:4 であ り、短期間の訓練ながらも事業目的に合致した効果が認められている。この効果の背景には、訓練 に移行してくる人の農業に従事するうえでの(モチベーションも含めた)基本的資質の高さと訓練 期間中の給付金の支給(月額 10 万円)による生活費の保障、機関連携による訓練終了後の組織的 就労支援の実施など多くの支援が手厚くなされていることなどの複合的要因が関係していると思わ れる。しかし、訓練への移行、訓練中のサポート、就職活動の支援は充実しているが、訓練終了後 のフォローアップは十分に行われておらず、就職先での適応状況や定着率、再犯状況は不明である。 効果の検証にあたっては、この点に関して定期的状況把握が不可欠である。 一方、パイロット事業Ⅳは無期限型の就農者養成を行っており、保護観察所と連携して随時就農 希望者を受け入れているが、パイロット事業Ⅲとは対照的に退院者(少年)が受け入れの中心である。 後の就職状況は、農業従事:非農業従事= 1:9 であり、事業目的に合致した効果が認められてい ない状況にある。この原因として、本事業でのこれまでの対象者が、農業への興味関心はあるものの、 未成年期の不安定な時期に発達や生活管理上の問題を有し、農業に従事するうえでのモチベーショ ンを含めたレディネスが十分形成されていない状況で厳しい農業実践に臨んだ結果、無期限型の事 業であるにもかかわらずその多くが短期間で離脱していることが一因として考えられる。換言すれ ば、本事業の効果をより高めるための主要課題は、一定期間の農業実践経験があり、農業に本格的 に取り組む強い意欲を持つ人材を選定することにある。農業適性の高い対象にマンツーマンの指導 をじっくり長期間行い、確実に成功事例を輩出しながらそのノウハウを拡大していくシステムを構 築していくことが重要であると考える。そのためには、系統的支援モデルとして示した継続性を重 視し、パイロット事業Ⅲ(期間限定型訓練)などとの連携による人材確保が有効となるであろう。 唯一の本事業での成功事例は、花の栽培・管理技術を完全にマスターし、生産から営業、販売に 至るまでのノウハウを身につけて、安定した収入のもと、自らが後継者養成に意欲を見せるほどの 成長を遂げている。この過程には、訓練にはない「農業の現実」に向き合い、保障されない生活環 境での努力の継続とマンツーマンで支援している指導者の存在があり、実践の積み重ねを通して、 意欲を促進させる報酬の獲得、農業による安定した生活基盤の形成、家族の再生、地域定着等が達 成されている。「農業による社会復帰」とは、この成功事例にみられる将来に向けての「生活力が 獲得できた状態」といえよう。 71 脚注 1)常に介護を必要とする人に対して、主に昼間において、入浴・排せつ・食事等の介護、調理・洗濯・掃除等の家事、 生活等に関する相談・助言その他の必要な日常生活上の支援、創作的活動・生産活動の機会の提供のほか、身体機能 や生活能力の向上のために必要な援助を提供する支援 2)個人が一般雇用に必要な基礎的要件を具備しているかどうかに関わる概念である。具体的な要件としては、規則正し い生活習慣、体力、就労意欲、作業の持続力や集中力、上司や同僚との関係の取り方などで構成される。 3)就農しようとする人が農業の開始目標とそのための研修や資金調達などを就農計画として作成し、これについて県知 事が認定する制度。認定就農者には、就農のための研修や準備、施設及び機械の購入に活用できる無利子資金 「就農 支援資金」 の融資を受ける資格、県独自の支援事業を受ける資格などが与えられる。 4)西川(1988 年)は、職業で機能している諸特性について、能力的側面とパーソナリティの側面に大別し、さらに各 側面を基礎的部分(ワークレベル)と上位部分(オキュペーションレベル)に階層化した。ワークレベルの諸特性は、 多くの職業場面で要求される必須要因、オキュペーションレベルの諸特性は、仕事の適合性の選択に機能する要因と している。 5)企業的経営手法を用い、労働市場において不利な立場にある人々(就労弱者)を多数雇用し、一般就労者と対等の立 場で共に働くとともに、国からの給付・補助金等の収入を最小限にとどめた組織体。 6)職務を特徴づける一連の諸要因を考察する手続きである。分析結果から職務従事に必要な経験、知識、機能、能力等 が明らかになる。本調査では、職務分析のなかで実施される「その職務を平均的に実施するために必要とされる所要 特質」について調査した。 引用・参考文献 松為信雄 ・ 菊地恵美子編 『職業リハビリテーション学(改訂第 2 版)キャリア発達と社会参加に向けた就労支援体系』共 同医書出版社 163-164(2006 年) 益田勉『キャリアの探求と形成 - キャリアデザインの心理学 -』文教大学出版事業部(2011 年) 松本洋著『職務分析の理論と実際』雇用問題研究会(1985 年) 日本犯罪社会学会編集『犯罪からの社会復帰とソーシャルインクルージョン』現代人文社 .(2009 年) 日本犯罪社会学会編集『犯罪者の立ち直りと犯罪者処遇のパラダイムシフト』現代人文社 .(2011 年) 西川実弥著 『リハビリテーション職業心理学』リハビリテーション職業心理学研究会(1988 年) NPO 人材開発機構「新しい障害者の就業のあり方としてのソーシャルファームについての研究調査報告書」厚生労働省 (2011 年) 農と更生保護ネットワーク「発会記念トーク & セッション報告書」農と更生保護ネットワーク(2012 年) 特定非営利活動法人ぬくもり福祉会たんぽぽ「農業ソーシャルファーム実践マニュアル」特定非営利活動法人ぬくもり福 祉会たんぽぽ(2009 年) 神野 直彦・牧里 毎治編著『社会起業入門―社会を変えるという仕事 』ミネルヴァ書房(2012 年) 72 7. 農業を活用した再犯防止プロジェクト ビジネス・経済の視点から 株式会社スワン社長補佐 佐藤 光浩 福祉と就農が障がい者・刑務所出所者の社会復帰に与える効果 刑余者・障がい者の社会復帰事業という国・社会に絶対に必要なプロジェクトであることはだれもが異 存がない。 刑余者や障がい者、社会的排除者が就農することが税金を使う立場から納税者と変わりがないことは国 にとっても重要なことであり、国民にとっても同様である。 さらに市場経済で刑余者・障がい者の区別なく働く人々が増えることは労働力アップの知恵でもある。 特に従事者が高齢化している農業においては重要な労働力となる。農業を活用した再犯防止システムを日 本に構築していくことは国にとっての問題解決の政策だ。 いいことずくめのようだが、なかなか浸透しないのはなぜだろうか。必要不可欠な経済的合理性が欠け ているのではないだろうか。 私が勤めているスワンベーカリーは「障がいのある人もない人もともに働き、ともにいきていく社会の 実現」のイーマライぜーションの理念実現のため設立された会社です。日本の障がい者数は人口の約6パー セント。724万人といわれ、大半は授産施設などで月給1万円以下で、自立は困難なのが現状です。 スワンベーカリーでは一般の消費者を対象にし、売れる「製品」を目標に、現在直営店4店、チェー ン店24店を超え、働いている障がい者は370人、そのうち7割が知的障がい者となっています。経営 のうち健常者の人件費は設立母体であるヤマト運輸が負担しているが、ほかの経費はすべてスワンベーカ リーがまかなっている。 スワンベーカリーの経営方法はすぐさま農業に通用するとは考えられないが、一つの経営方法ではない でしょうか。スワンは外部にも販売しますが、競合がないヤマトグループという組織内で消費できること が大きく、経営に寄与しているのは間違いない。 農業による再犯プロジェクトを進める経済的合理性を得るためには、一過性ではない一定の消費の確保 が必要である。 しかし、市場経済で事業を成功させ継続するための「消費出口の確保」は容易ではない。だからこそ、 公的機関による指定農業生産法人や優先取引企業としてデジュリスタンダードを発揮すべきである。 極端な例であるが、法務省管轄の官庁の食堂に一定量の農作物を納入するなど行政や大企業に一定量の 購入を義務化する、優先販売を位置づけるということが必要である。生産者である農業法人や農家ではな く、農作物を購入する消費者側になんらかのメリットを与える政策が再犯プロジェクトの継続につながり、 事業の成功の大きな一歩となるだろう。 刑余者や障がい者などが働きやすい環境であることはさまざまな特性を持つ人々にとってもプラスに なるのである。市場経済では生産性の低い人たちが高い人たちとまともに張り合えば負けてしまう。社会 的目的のために競争を制限することで多くの人が生産に従事することができるようになる。行政は自立を サポートする役割を経済の中に取り込むことができるのである。 世の中を良くする仕組みは国が負う。市場経済は世の中に必要なものを生き残らせる。経済的合理性が なければプロジェクトは継続できない。 73 理想の形として、農業大国フランスのNPO法人「ジャルダン・ド・コカーニュ」がある。 自立のための訓練生として刑余者、ホームレス、DV被害者、覚せい剤中毒者、知的障がい者など社会 復帰が困難な人たちを、農作業を通して社会生活に順応させ社会復帰支援を行なっている社会的企業「ソー シャルファーム」である。 環境に配慮した農業で、地域農業の発展に協力していくことを実践し持続可能な農業を目指しており、 地域住民と定期購買契約を結び、毎週野菜の配達をおこなうことで安定収入を確保している。 運営費の7割を国の助成がまかなっているが、ジャルダンで自立支援を受けた多くの人たちが社会復帰 している。ジャルダンはフランス全土に広がり多くの企業ともパートナーシップを構築し、企業・社会か ら認知されている。 フランスの事例をそのまま日本に持ち込むことは乱暴かもしれないが、ヨーロッパ全土に伝播し成果を 上げていることは事実である。背景に違いがあり、農業といっても気候風土もまるで違う日本でもその仕 組みは取り入れることができるのか。このジャルダンの仕組み、持続可能な農業を通して社会問題を解決 させている実践は、いまだ試行錯誤の日本では学ぶべき前例といえる。 熊本県菊池市の「ファームきくち」は3人の出所者が常用雇用者として働き、古代米やトルコキキョウ、 カスミ草、野菜などの農作物を生産販売している。 阿蘇熊本空港から車で25分、見渡す限り田畑の中にファームきくちの農場がある。地域の活性化と新 規就農者の育成をめざす菊池市の要請により第三セクターの農業生産法人としてスタートし、これまでに トライアル雇用を含め 14 人の保護観察対象者を受け入れている。市からは経費補助が出るわけではなく、 収穫した農作物を販売することで給料などの経費が支払われている。安定した収入を確保することで就農 者の受け入れや出所者支援を行なっている。 ではなぜファームきくちは一般には難しい農業で安定した収入を確保することができるのか、特別に優 れた農産物を生産しているわけでもないのに。 農業には農産物やサービスとは別に副産物を提供している場合も多くある。地下水の涵養や洪水防止、 みごとな棚田の景観や酸素を供給してきれいな空気をつくることなどの外部効果である。市場経済で副産 物に対価を支払われることはないが、この副産物が高い価値を認められる事業である場合は、国は助成措 置を講じても利益を確保すべきだろう。 農業は命を相手にする営みだ。農作物にせよ動物にせよみずから育ちゆくものを、命が育つように環境 に働きかけることである。身の回りの環境は自分たちで管理し、助け合って協力するという農業コミュニ ティが存在する。共助・共存が農業を支えているのである。 このような農業コミュニティの共助し共存する共同体は、社会で失われた人間の基本を取りもどすこと になる。この農業コミュニティこそが刑余者・障がい者などの受け皿ではないだろうか。 ファームきくちの成功した要因は「買うことも就労支援」と更生保護関係者がネットワークとなり専売 的な販売網が広がったことが大きい。 まず販売先を確保できたことで事業として優位性を確保できたのである。継続することで徐々に生産者 ファームきくちとして生産される農作物の評価も上がり、市場やネット販売にもマーケットが広がり、地 域農業の発展にも協力でき、農業生産法人としての事業安定にもつながっているのである。 作品作りとしてのモノづくりから競争力のある経済性の高い農産物作りへと発展したのである。ファー ムきくちは決して稀有な成功例ではない。 74 農業を活用した再犯防止プロジェクト 誰もが働くため、働きやすくなるために資格を取ることは無い。社会的ニーズのある実務中心の企業参 加型の場合は、各業務に適した資格や実戦経験を経ての就労となるが、農業はだれでもが自然と語らうこ とで参加でき農業コミュニティに受け入れられる、だから就農なのである。 刑余者・障がい者などは人生の目的が見出せない、存在価値が見出せない、社会で生きるための道徳心 が欠如している、コミュニケーションが苦手である、基礎となる教育・知識が不足しているといわれる。 しかし、農業はみなが同じ作業を一緒に行う、共助し共存することで各人がコミュニティに貢献し支えら れる。共同体の実践が、人間関係の構築やコミュニケーション能力養成の技能訓練となる。相談する、謝 る、怒られるとかの就労継続に必要な基礎的な社会技能や小さな我の価値観などは太陽の下では自然の中 に吸収されてしまう。そしてなにより、努力が報酬に結びつくことが魅力となり働く動機づけとなる。 フランスのNPO法人ジャルダン・ド・コカーニュと協力雇用主としての農業生産法人ファームきくち。 前者は近隣住民と販売ネットワークを構築し、後者は「買うことも就労支援」と更生保護関係者が販売ネッ トワークを構築し、ともに事業化が成立、社会復帰による雇用の創出で社会コストの軽減につなげている。 ビジネスの視点から、日仏の2例が示していることは「消費出口の確保」が農業による再犯プロジェク トの継続に大きく作用するということである。社会的弱者が農作物を作り、自分たちで消費するという自 給自足の村的発想から、官庁や学校給食に提供するなど一定の消費を確保しつつ、見てくれは悪いが新鮮 な農作物を売り、現金化するという消費出口として地域を巻き込んで活動することこそが再犯プロジェク トに参加する農場や農家社会的地位を上げ、事業を継続することにつながるのではないだろうか。 命あるものが身近に存在しない不自然のなかでの生活が人間を壊している。また、犯罪へとつながって いる。一次産業・農業というモノづくりは、動物である人間にとって自然や他の動植物と身近に接するこ とで心と体の健康や社会生活における健康の回復も期待されている。 この環境を継続させるためにも農業による再犯プロジェクトの役割は大きいといえる。 75 8. おわりに-社会復帰支援と農業の可能性- 1 孤立させない支援 更生保護法人清心寮理事長 清水 義悳 平成26年12月16日の犯罪対策閣僚会議において決定された「宣言・犯罪に戻らない・戻さ ない」においては、現代の社会情勢の中での再犯防止の課題を次のように表明している。 「犯罪や非行が繰り返されないようにするためには、犯罪や非行をした本人が、過ちを悔い改め、 自らの問題を解消する等、その立ち直りに向けた努力をたゆまず行うとともに、国がそのための指 導監督を徹底して行うべきことは言うまでもない。それと同時に、社会においても、立ち直ろうと する者を受け入れ、その立ち直りに手を差し伸べなければ、彼らは孤立し、犯罪や非行を繰り返す という悪循環に陥る。地域で就労の機会を得ることができれば、自分を信じることができる。住居 があれば明日を信じることができる。彼らの更生への意思は確かなものとなり、二度と犯罪に手を 染めない道へとつながっていく。」(中略)「ひとたび犯罪や非行をした者を社会から排除し、孤立 させるのではなく、責任ある社会の一員として受け入れることが自然にできる社会環境を構築する ことが不可欠である。」 当事者のアクティベーションを向上させるとともに社会のセ-フティ-ネットの構築が必要であ ることが強調されていると言えよう。 孤立社会と言われる現代社会においては、いったん犯罪や非行をした人が更生する気持ちを固め たときに何より必要なのは再び社会に受け入れることであり、その社会への入り口として住居、就 労、医療、さらには福祉等を始めとする、排除しない、孤立させない関わりと支援の構築が欠かせ なくなっている。 社会復帰に向けた支援はいわば地域生活支援である。刑事司法は性質上、刑期として定められた 期間及びそれに準じた期間を権限と責任のある範囲としているが、社会復帰という視点から大切な のは、その期間の再犯防止にとどまらず当事者の人生における再犯の防止を視野においた取組であ る。そのことが刑事司法の枠内での抱え込みではなくて様々な地域生活支援との連携、移行を必要 としている。 2 社会的関係性の回復のために 現代社会の孤立は様々な排除の結果として生み出されている面が大きい。「従来の福祉国家シス テムでは補足しきれない排除の態様が生み出され」、「不安定雇用による労働市場からの排除」、「劣 悪な住環境による住宅及び地域からの排除」、「家族などの人間関係からの排除」、「健康問題などの 医療からの排除」、そして「これらが折り重なることが社会的排除」となっていくという視点があ る(石田光規「孤立の社会学」)。 このような状況は、従来から犯罪を繰り返し受刑を重ねた刑務所出所者が端的に直面する状況で もある。累犯者として社会の中で身の置き場を失っていく人たちの増加、蓄積は冒頭に記したよう に社会にとっての課題となっており、また当事者にとっての不幸でもある。これらの犯罪を重ねて 孤立を余儀なくされている人たちを受け入れて責任ある社会の一員としていく支援において大切な ことは何であろうか。 刑事司法のプロセスは基本的には犯罪をした人を法的に犯罪者として定義し適切な刑に処すもの 76 農業を活用した再犯防止プロジェクト である。これがまず必要であるし、また立ち直りのばねにならなければならない。そのためには、 刑事司法プロセスにおいて法に基づき犯罪者として定義された人を生活者としての視点から捉え直 し、その生活者としての支援ニーズに焦点を当てて責任ある社会の一員として生きていく力を回復 するよう視野を広げて支えることが求められていると言える。 近年の犯罪対策の重要な課題は、犯罪者全体としては減少傾向にある一方で再犯者、すなわち犯 罪を繰り返す人が増加してきていることへの対策である。言わば社会での居場所を閉ざされた状況 におかれて刑務所を唯一の居場所とすることになりかねない人たちに社会への入り口を開く支援が 求められており、その支援には上述のように就労、住居、適切な人間関係、健康回復などいくつか 要素があるが、その重要な柱のひとつが就労に向けた支援の取組である。 3 就労に向けた支援 社会復帰支援における就労に向けた支援の目標は、①まず何よりも経済的自立であり、何らかの 支援を受けながらの半自立からでもあってもこれが基本的な要素である。寄りかからずに生きる気 持ちを引き出すことなしに社会復帰を期待することは容易ではない。②また併せて大切な支援目標 は、就労を通じて人とつながって生き、その社会の関係性の中で自らを確かめ、律する場を得るこ とにある。就労を通じて健全な人と社会との関係を取り入れること、あるいはそのような関係の中 に居場所を得ることである。とりわけ、生活習慣とコミュニケーションの歪みや協同性に対する構 えの弱さという生活者としての基本的課題を抱えている人たちにとって、就労生活はその修正につ ながる機会となる。そして就労の継続は自分で自分をあきらめることに歯止めをかけられるし、こ れらの作用の積み重ねが自尊感情の回復につながっていく。様々な関係性から排除されている人た ちにとっては就労機会の確保にとどまらず、就労に向けた準備の支援、すなわち治療的作用、教育 訓練的作用、中間就労的作用なども求められ、その上での労働市場への自立参加というプロセスを 考えることも必要となる。 本プロジェクトにおいても触れられているが就労支援として雇用する事業者に対しては社会的な サポートが必要だというのは、このような意味合いもある。 4 農業の可能性を考える 上記のように社会復帰に必要な要素を就労に向けた支援を中心に考えてくると、農業が有する 様々な懐の広く深い機能はこれらに有力な作用を及ぼすことができると考えられる。本プロジェク トではその実際のモデルのいくつかを見、関わり、学ばせていただいてきた。 実際にも、心身の生活基礎力をつけ、回復させる農業の可能性への関心は広がってきている。 本来、自然と食はいのちという生活の根本をなすものに深く関わっており、その営みの中で培わ れてきた底力のある文化は生き直しをしようとする人にとって強い支えになるものではないだろう か。また農業は人と自然と地域社会が一体的に関わる営みでもある。そのような仮説を踏まえ、本 プロジェクトが関わったモデルから見えてくる可能性を次のように考えた。 ①農業は心と身体の全体性をもって関わる作業と生活である。気象、土、植生などとの共生の中に 身を置き続けることで人を癒す作用がある。 ②農作業は人工的な環境と異なり、自然の移ろいと一体であり、それ自体が生活リズムの回復につ ながる。ある当事者は、「今まで翌日にまた仕事や客が待っていると考えたことは一度もなかっ 77 たが、今は毎日自分を待っている畑に出るのが待ち遠しく、朝起きるのが楽しみになってきた」 と語ってくれた。 ③自然の絶対性は否めない。呂氏春秋には「天時を下し、地財を生ずるに民と謀らず」という言葉 があるという。どの従事者にも言い訳が許されない性質を持った営みでもある。実際にも、「こ の仕事ではどれだけ叱られても、作物の状態でその意味が納得できるようになる」と語ってくれ た当事者もいる。 ④指導者と当事者との間が閉じられた直接的な関係だけでなく自然が媒介するふくらみのある関係 になる。前記のように作業で注意され、叱られることがあっても自然の営みが媒介していること で言葉の意味合いがふくらみを持ってくるとも言えよう。 もちろん農業は指導者と当事者が自然に対して共に立ち向かう中での支援であり、指導者はその まま生活者としてのロールモデルであり得るところに農業の力はあるとも言える。 自然を媒介にして向き合う関係では生活者としての課題を素直に見せるし、受け入れることがで きるのではないだろうか。 ⑤農作業には協同性という性質がある。単なる共同作業を超えて心と力を合わせて働くことを実感 し、ひとりではない喜びをもたらす。高齢などで就労も生活自立の見通しが立たないため多くの 利用者が精神的に荒んできていた更生保護施設で、遊休農地を借りて野菜作りを始め、種まきか ら草取り、収穫、販売まで携わる企画を進めたところ、当事者が生き生きとした生活感を取り戻 し、一般就労に向けた意欲が高まって自立が促進されたという実践例も学ばせていただいた。 ⑥農業での自立には地域との交流を欠かせない。農業の営みは地域密着であり、地域の中で作業が 見守られ、評価される。単に社会復帰というよりも、そのような環境において農業後継者として 育て、見守っていくという取組もあった。ここまで来ると社会的関係性の回復と結びつくことで 成立する領域である。 ⑦生産物の成果が直接手に取れるし、一般社会の人たちが消費者の立場で支援者となっていく関係 を作ることができる。現代社会は消費者が匿名化し、無名の受け手としてしか存在できないとい う指摘があるが、農業は消費者の側からも選択的な購買活動を通じて当事者の社会復帰支援に参 加する機会を生み出せるし、当事者も就労の社会的意義の一端を感じ取る機会となる。 ⑧誤解を招くかもしれない言い方になるが、農業は取りあえずは入り口が広く入りやすい。本プロ ジェクトを通じて事業実践者から教えていただくほどに入った先は難しく奥が深いことを実感し てきたが、「百姓」と言われるほどに様々な作業分野や形態があって、入り口が壁にはならない 懐の深さ、やさしさがあるのも農業の力であると感じさせられ、そこにも農業の可能性を見たよ うに思う。 ⑨もちろん、農業の当事者の自立を支えるに至るビジネスとしての可能性、課題もあり、農業の在 り方にも関わる大きな課題でもあるが、本プロジェクトではその観点からの議論も重ね、報告に も盛り込まれている。 人づくりは非効率をもってすると言われるが、その非効率さこそが底の底からの生活基礎力の回 復を導いていく力ではないだろうか。 本プロジェクトを通じてそのような懐の深い支援における農業の可能性をさらに広げ、考えてい く必要があると考えた次第でもある。 78 農業を活用した再犯防止プロジェクト 御礼のことばとして 本プロジェクトに関わり実に豊かな学びをさせていただいた。 容易には乗り越えがたいとさえ思われる障害を抱えた人たちと農業に従事する日常を生活基盤にしな がら一人ひとりの支援ニーズにとことん寄り添う創造的支援を貫いている取組、更生保護施設において農 業を取り入れ、その収穫、販売なども含めて地域の人たちとの生産活動の交流を広げて当事者の生活基礎 力の向上につなげている取組、刑務所出所者の農業訓練を自らの農業活動のなかに受け入れ、共に土にま みれながら人として農業者として見守り、語りかけつつ技術指導を続けている取組、さらには訓練を超え、 農業法人として地域の農業後継者作りという視点から刑務所出所者等を雇用し地域に根付かせようとする 取組み・・いずれも生き難さを抱えた人たちに寄り添う思い、そして言葉は適切ではないかもしれないが 農業というより農業者の持つ底力が相乗していく豊かさを感じさせていただいた。 指導者、支援者の方々の卓抜なる取組、当事者に寄り添う思い、創造的な実践に深く敬意を表するとと もに、多大なご教示と調査等へのご協力なくしてこのプロジェクトは進められなかったことを記して御礼 に代えさせていただく次第である。 また、本報告にあるとおり、更生保護施設のご理解を得て当事者の方々のヒアリング調査もさせていた だき貴重な知見を得ることができた。これも本プロジェクトとしての成果であると考える。当該施設の職 員の方々並びに当事者の方々、さらに調査スタッフとして参加していただいた東京都社会福祉士会の方々 に厚く御礼を申し上げる次第である。 79 報告に添えて 1. 先駆的な取組み事例 2015 年 9 月 施設を出て、地域社会に貢献 栃木県大田原市 かりいほ 東北新幹線那須塩原駅から車で南東の茨城方面に向かう。30 分ほどと聞いていた。那珂川を越え、山 中に入りると、「かりいほ」という小さな看板をたよりに車を走らせる。途中、道ばたで除草作業をして いる女性に道を尋ねると、手を休めて「『かりいほ』ですか、少し先のふたまたを左です。細い道ですが、 まっすぐに行ってください。わかりにくいですよ」と笑顔で教えてくれた。 六町歩(東京ドーム 1.3 個分)という広大な敷地に生活棟や宿舎、作業小屋、ビニールハウス、畑が点 在し、ひとつの村を形成している。どこか桃源郷のような雰囲気がある。 出迎えてくれたのは障害者支援施設「かりいほ」の石川恒施設長だ。かりいほ」は万葉集の「仮の庵」 から名付けられているように一時的な施設である。石川さんは「かりいほ村」の村長さんのようなものと いう。 昭和 54 年に開設し、障害などの理由で行き場がない 30 人の入所者と 15 人の生活支援員調理員など が共同生活をしている。一時は多いときで 9 人ほどの退所者がいた年もあったが、最近では年間一人ほ どにとどまっている。 「居心地がよく、20 年以上ここで暮らし、そのまま年をとっていく入所者もいますが、それでもほかよ りは退所率は高いと思います。家族や実家、故郷のような他に生活できる居場所がある人はここには来て いません。長く入所することは決していいとは思いませんが、本当にどこにも受け入れ先がない人たちな のです」 入所者の 3 割が窃盗や傷害などの法を犯した人、7 割が人間関係がうまくつくれず暴言や暴力、放浪な どの問題を抱える中軽度の知的障害や見た目では判断が難しく、適切な福祉支援を受けられない人である。 入所者のような福祉制度からこぼれた人を石川さんは「いきにくさ」を抱えた人たちと表現する。 「いきにくさを抱えた人が社会で生きていくには人とのかかわり、関係性が重要だと思います。自分を 理解してくれる人に支えられ、話をして悩み、自分で決めて納得する。それを積み上げていく。その営み が大切であり、その場所が『かりいほ』なのです」 施設内では午前 6 時半起床、掃除、体操に始まり、朝食、入浴、洗濯、ミーティングなど日課が決まっ ている。基本的に午前と午後、お茶や果樹、野菜の栽培などの農作業を行う。 「農作業も含め、訓練とか研修とかいう発想はほとんどありません。ここは福祉、生活支援の場です」 石川さんがいうように、畑で収穫した野菜は施設の食卓に上り、無農薬でつくったお茶やゆずなどはバ ザーなどで販売している。4 年前に敷地内にお茶工場も建て、年間 200 キロ、100 万~ 150 万円の収入 がある。「あのときは生きていく財源を作らないと施設を運営できないので、そのための苦肉に策だった」 と石川さんは当時を振り返る。 これからも「かりいほ」は居心地のいい桃源郷であり続けるのか。 「生活のすべてを完結するような方法から、今後は施設を拠点として、地域に就労に出かける方法の変 えていきたい。例えばワゴン車で入所者を乗せ、畑に行き、キャベツの収穫作業を手伝う。ここに施設と いう安心していることができる居場所があるから、就労ができるのではないでしょうか。地域社会とはそ んな関係を築いてきたつもりです」 80 農業を活用した再犯防止プロジェクト 多くの地方と同様に栃木県の農村部に位置する施設の周辺も高齢化が進み、働き手が減少している。高 齢者世帯の草刈りや農作物の収穫、家の修繕などを依頼されることが多い。 「かりいほ」のような施設は決して地域から歓迎されるものではないが、開設以来 35 年以上経ち、地 域に溶け込んで得た信頼関係が生んだ結果ともいえる。 地域の農作業や軽作業を引き受けることで施設運営が円滑に進み、入所者の「生きにくさ」が改善し、 地域社会にも貢献できる。石川さんが描く将来設計である。 石川さんに見送られ、帰路に着いた時、先ほどの女性とあいさつを交わす。「わかりにくいけど、いい ところだったでしょう」と笑顔で言われた。村の象徴でもある母校の小学校の自慢をしているかのような だった。「かりいほ」に対する地域の信頼感がにじみ出ていると感じる言葉だった。 栃木県大田原市のかりいほ全景 農作業にはだれでもできる仕事がある 「めいとく野菜」を売り出す 「栃木明徳会」 「この漬け物はおいしいね」「おばさんの作ったおにぎりが大好き」 収穫した野菜の袋詰め作業の際には黙々と手を動かしていたが、休憩時間になったとたんにおしゃべり に花が咲く。田舎ではどこにでも見かけられる農作業の合間のお楽しみの光景である。 栃木県栃木市にある「更生保護施設栃木明徳会」では月に数回、希望した入所者が畑仕事に出かける。 女子刑務所などを退所後も自立困難な未成年から高齢の女性 20 人が入所している。入所期間は基本的に は仮釈放期間または更生緊急保護の法定期間の 6 カ月だ。 施設長の境京子さんは「基本的には会社で働いて、自立資金を蓄えることなんですが、高齢であったり、 障がいがあったりして、就職できない人が多いのです」と話す。以前は依頼が多かった内職の仕事もほと んどなくなったという。 81 就労できないままでは自立できず、年を重ねることになる。 「就職面接にいつも落ちてしまう。体は丈夫なので、なんでもやるから仕事がしたい」 保護司の関口尚さんは入所者からそんな相談を受けた。「直売所で売り上げもいいトウモロコシを作っ てみるか」。農地を持っている関口さんが声をかけたのが「めいとく野菜」の始まりだった。 -明日、農作業が行われます。参加希望者は申し込んでください。 施設では月に数回、20 人の入所者に対し、館内放送が流れる。 農作業には毎回、4、5 人づつ参加している。時給 750 円から始まり、現在は約 1000 円、作業は数時 間だが、参加希望者は多く、必ず参加する 80 代の入所者や、仕事をもっているにもかかわらず、「明日 は公休日なので」と作業に参加する入所者も多い。それには賃金以外の魅力があるという。 施設の中での女性だけの生活は小さなトラブルなどでストレスがたまってくる。農作業に出かけると、 無口な入所者がとたんに笑顔になることもある。 「作業が終わると、もう終わりなの、次はいつと催促されることもあります。何よりも施設から外に出て、 畑仕事をすることがみんな楽しみにしているようです」。関口さんは説明する。 播種、肥料やり、植え付け、除草、薬剤散布とトウモロコシだけでも収穫までに多くの手間があかかる。 「仕事がない、することがないというのは再犯防止の面では本当によくない。どんなに高齢でも障害が あっても、農作業は草むしりでも枝豆の摘み取りでも、何かしらできる仕事がある。そこがまたいいとこ ろですね。工場では短時間で 10 本にまとめることができない人でも、それぞれに応じた仕事があるんで すよ」 関口さん夫妻の指導を受けながら、農作業に取り組み、耕耘機を操作できるようになった入所者もいる。 いまではジャガイモ、タマネギ、エダマメなどの野菜も収穫するようになり、「めいとく野菜」ブラン ドとして、栃木県内の保護司会や更生保護女性会などを通じて、販売されている。「トウモロコシも一本 100 円なので、価格に見合った品質にしたい」と今後を関口さんは語る。施設を飛び出て、農作業に没 頭するという心のケアの延長線上で始まった「めいとく野菜」作りは少しでもいいものを作ろうと目標が 一段アップした。 平成 26 年の延べ作業人員 162 人、延べ作業時間 405 時間、売り上げは農作業を始めた平成 22 年は 30 万円だったが、3 倍の 88 万 6800 円に達した。品種が増えている分、売り上げは伸びている。 農作業の賃金だけでなく、この農作業の経験を就労に生かせないかと試行錯誤した。しかし、就労でき そうな農場がほとんどないことがわかった。 「農業をしている人は基本的に元気ですから、死ぬまで働けます。退所者が農業を続けられる環境があ れば最高ですね」と関口さん。 「明徳会」では、将来的には耕作放棄された農地を生かした自給自足という目標もあるが、当面は現状 を維持しながら農作業による心のケアに努めるという。 60 代の入所者の感想文が残っている。 「作業している間は腰の痛みも忘れ、子供に帰ったようにはしゃぎながら、喜びが私の心の底から感じ るのも不思議に思えてなりません。きれいな空気をいっぱい吸いながら、必死で皆さんについて作業をし ている自分がいるのです。ひと息ついたら、お茶タイムがあり、いろいろな話をさせていただくのも楽し みのひとつでした」 これまでに関口さんは延べ 1000 人以上の農作業を見守ってきた。やはり印象に残っているのがお茶の 82 農業を活用した再犯防止プロジェクト 時間だった。 「お茶飲みながら、みんなこんなに明るいのかというくらい、いつも笑いが絶えません。人間は自然の 中にいると、いつのまにか素直になるのでしょう。彼女らは私たち以上にそう感じるのではないでしょう か」 明徳会農作業 面倒をみすぎても、ほったらかしでもだめ 茨城県城里町ふる里自然農塾 「福祉の仕事をしているつもりではありません。農業をしたいという人に研修に来てもらい、農業でど うして生きるかを教えているだけです」 茨城県城里町の「ふる里自然農塾」の近澤行洋さんは言い切る。 自然農塾では法務省水戸保護観察所が運営する茨城就労支援センターの農業指導を引き受け、平成 20 年から、これまで 80 人の農業研修を受け入れてきた。 研修期間は近澤さんもともに作業を行う。種を蒔き、作物の面倒をみて、収穫し現金化する。6 カ月間 で、この一連の作業を体験することで、研修生は自分なりにどう農業を具現化できるかを考えさせること にしている。 1 年 1 回の収穫した収入で、その 1 年間生活できるのが農業の基本スタイルだった。農閑期には農具 の手入れをし、土を作り、1 年間の作付けスケジュールをじっくりと練る。 だが、サイクルの早い現在ではあわただしく 1 カ月サイクルで物事を進めなければならない。 その上、トマトやキュウリの収穫を始めたら、3 ヶ月間毎日毎日が収穫である。作物は成長を緩めて待っ てはくれない。その辛抱ができるか。農業で生きていくつもりがあるのか。作業を通じて研修生に問いか ける。 83 「本人のやる気、本気を見極めることだけです。研修者の半分は真剣に農業をやろうと思っていない。 指導しても身につかない者のいるし、機材や燃料など持ち出しですよ。やるんじゃなかったと思っていま すよ。やってられません」 冗談交じりに愚痴をこぼすが、半年間の研修が終了し退所後、6 割以上が新規就農や農業法人など農業 関係の仕事に従事している。定職に就くこと自体が難しい中、驚くべく数字を上げている。すでに近隣で 農場長を務めている者や農地を借り受け、新規就農認定者として独立した者さえいる。 「農業関係の学校でもせいぜい3割でしょう。でも何を教えているわけでもありません。言っているの はひとつだけ、農業は基本的に自立してやるものだよ」 入所者はなんらかの原因で社会システムに適合できていなかった場合が多い。近澤さんは入所者に限ら ず、社会システムに合わせることが難しい人にとって、生計を立てるには農業は最適ではないか、という。 栽培方法はあっても農業に正解は存在しない。土地や時期によっても生育の仕方は全く違う。気候も土 も異なるため当然である。種まきも土の起こし方も違う。土地は同じでも人によっても変わり、今年は良 くても来年はまた違う。今日は悪くても明日は晴れる。 半面、正解がないため、自分なりの正解を見つけることができる。考え通りに作付けし、収穫できる。 正解を探せず、思った通りできないと食べていけない。 「すべては自己責任。本気になって生きたいと思えば一緒懸命にやればいい。答えを探し、結果を得る。 やれば結果は必ずでる」 だが、研修生の中には「おれは農業で食べていくんだ」という決意を持っていても、挫折する者も少な くない。精神的に弱く、他人に頼る傾向もある。52 歳で農業を始めた近澤さんはこうもいってきかせる。 「あきらめない心があれば成功する。途中で止めるから失敗で、止めなければ失敗ではない」 今年 3 月から研修を受け、退所後も学びたいという 30 代の男性を指導している。 「農業の経験ができるというので研修に参加してみたら、もっと農業の仕事をしてみたいと思いました。 最初のイメージとは違って、農作業を一つ一つに覚えるにも手間がかかる。でもいい作物、きれいな作物 ができた時には楽しいし、うれしいです。価格にも影響しますしね」と男性は語る。 男性の雇用は基本的に 2 年間。 「自分の創意工夫した農法で作物の面倒をみることには魅力を感じます。 将来的は自分の畑を持ち、独立したい」 男性はほかの研修生と同じ作業をしながら、近澤さんの教えを受けている。2 年後の独立を見据え、当 然、研修生よりも指導は細かく、そして厳しい。 「主体的に本人が覚えることが大切。この子が独立して農業を続けてもらえればうれしいが、それは本 人次第です。作物はあんまりほったらかしでもだめ、手をかけ面倒をみすぎてもだめ、ほどほどがいいん です。人も同じですよ」 教え子の保証人になり失敗したこともある近澤さんの言葉である。 男性が独立するか、農業法人に勤めるか、どこかほかの地方にいくかは本人次第ともいう。素っ気なさ そうな口ぶりとは裏腹に指導を受けた研修生の半分以上がいま現在、農業を生業としている。農作業を通 じた近澤さんの指導が生きる道を探している研修生にとっての「ほどほど」である証左ではないだろうか。 84 農業を活用した再犯防止プロジェクト 恩返し、市場の期待に応えたい 熊本県菊池市 川島光一朗さん 地域農業の後継者を育成している熊本県菊池市の農業生産法人「ファームきくち」は農業経営を目指す 若者や刑務所や少年院からの退所者らの農業指導にあたっている。これまでに 23 人の退所者を受け入れ た。そのなか平成 27 年 8 月、川島光一朗さんが花き栽培農家として独立した。農業研修の苦労や花き栽 培魅力、これからの夢を川島さんに聞いてみた。 いつから農業を始めましたか 「11 年前、 「ファームきくち」でお世話になり、そこからです。覚醒剤で捕まって、刑務所を出ても仕 事がないなら就職の世話をするということで農業するようになりました。農業が好きで選んだわけではな く、そこが雇ってくれるからという単純な理由でした。そこで、花きとトウモロコシの栽培を勉強しました」 独立するにあたり資金は 「新規就農者に対する融資で、日本金融公庫から、2150 万円借りました。花き栽培をしてましたと説 明しても、担当者が納得せず、これまでに取引した市場を教えてくださいといわれ、調べたんでしょうね。 そうしたら、2150 万は貸せますといわれた。妻と父親と農業をしたいと学びたいという若者と 4 人でか すみ草とトルコキキョウを作っています」 十一年間の実績が評価されたのですね。でも土地を借りるのは大変だったのでは 「空いた畑があると知り合いにいわれ、とんとん拍子に話が進んでいきました。3 カ所、八反(約 80 アー ル)借りることができました」 それも地域の信頼があったということではないでしょうか。もともと農業が肌に合っていた 「就職したころは若いでしょう。365 日休みなしで働いて給料 6 万円で、こんなにきついのかと思った。 何度か挫折しそうになって、でもおまえも何か作物を作ってみろいわれ、自分で栽培するようになりまし た。農業はおもしろいと思うようになったのはそれからですね。自分で判断して、自分で責任を持ってや る仕事ですからね、自分でやらないと本当の魅力はわからない」 独立してから何か変わりましたか 「いくら農業は自己責任といっても、従業員であるうちは最終責任は会社が持ってくれる。失敗しても 会社がどうにかしてくるという甘えもありました。いまはそんなものは全然ありません。いいも悪いもす べて自分に返ってきます」 独立する前はファームきくちでは、退所者に農業指導していましたが 「退所者を本当に更生させるか、させないかは本当に真剣に向き合うことができるかじゃないでしょう か。私は恵まれていましたが、保護司次第ではないでしょうか。単に消毒をしろと指示しても、何で消毒 しているのですか。虫なんかついていないじゃないですかとわからない。でも、かぜと一緒で、作物も予 防せんといかんやろ、人間と一緒やろと教えていました。ただ、ほかの一般の農業研修の人とおなじよう に指導し、日々の作物の成長が楽しみ、農業の仕事はおもしろいと考えてくれればいいと思っていました」 でも、仕事のおもしろさがわかるのは二、三年と続けて初めて理解できるものでは 「それが農業だと 1 年でわかります。花 1 本が 300 円したら、40 本の箱でいくらになるか。じゃあ、 あのビニールハウス全部だと計算するんですよ。よく取らぬ狸の皮算用と怒られるんですけど。いいか悪 いか、すぐに結果が出るんですよ。 では、これからはどんどん畑を広くしていきますか 「あんまり事業を大きくしたいとは思いません。いままで自分が迷惑かけた人たちに恩返ししたい。ま 85 ずそれだけですね。お金は後からついてくるでしょう。独立して九州や関東など全国の市場から激励の電 話がたくさんかかってくるんです。とにかく市場の期待に応えられる一年にしたい。市場から引き合いが あるのは農家冥利に尽きますね」 川島さんのような農家がどんどん増えると日本の農業も安心ですね 「自分自身の農業の夢とは別に退所者を最低一人は預かって、指導したいですね。自分がしてもらった ように、農業の仕事と魅力を教え、立ち直る手助けになりたいと思っています」 ファームきくちから独立した川島さんが栽培のトルコキキョウのハウス 86 農業を活用した再犯防止プロジェクト 報告に添えて 2. 「農業を活用した再犯プロジェクト」座談会 2015 年 12 月 7 日 今回の報告書作成に当たり、プロジェクトに参加した五人の委員が座談会形式で、再犯防止における農 業の特性や各地域での実践報告、将来像などを語り合った。 出席者 委員長 東京家政大学人文学部教授 上野容子氏 委 員 NPO コミュニティシンクタンクあうるず 菊池貞雄氏 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原宏行氏 株式会社スワン社長補佐 佐藤光浩氏 更生保護法人清心寮理事長 清水義悳氏 上野容子氏 今回のプロジェクトでは研究を通して関係者の方々と出会いが広がったことも有意義であっ たと思います。三年間のプロジェクトの総仕上げとして、この座談会では農業を活用して刑務所と社会 の入り口をつなぐ道の可能性を探っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。 清水義悳氏 現在の世の中は徒弟制度のような強い結びつきの中で仕事を教わるということが少なくなっ ていますが、農業というのはそういうことができる職業であり、仕事教わるだけでなく、密接な人間関 係の間に自然が媒介することで、いい関係が生まれると感じました。そのことを再犯防止の中で、どう いうふうに組み立てていけるか。大きな可能性があり、重要なポイントではないでしょうか。 桐原宏行氏 農業を活用した再犯防止を考えていくうえで、二つの大きな視点を持たなくてはならないと 考えます。一つはミクロな視点として、いくつかの社会復帰に向けたすばらしい実践が行われています が、そのような実践が量的に拡大していくことです。そしてもう一つはマクロな視点として、そのよう な実践を有機的に連携していくことです。特に、現状では多様な問題を抱える出所受刑者の社会復帰を 担っているステージをつなぐシステムが欠如しています。当事者の状況に応じて一般就労の場、中間的 訓練の場、福祉的就労の場といった幅の中で適切な支援の場が提供され、当事者の状況の変化に対応し て場の移行が検討されるようなシステムが必要ではないでしょうか。さらに、各段階の実践の場の連携 により、それぞれの資源が支援の質を高めていくことが理想ではないでしょうか。 菊池貞雄氏 今回訪問した「ふる里自然農塾」のような農福連携のモデルの指導者が、次の世代や後継者 に渡すべきバトンを持っていても、渡すべき後継者が持続して成長し、バトンを受け取る仕組みにはま だ至っていません。世代をついで事業を継続させる仕組みを構築中なのが現状です。いまは、運営して いる人達の個性による努力で困難を克服しこなしています。法務省や厚生省の支援を得ていますが、現 場は農業なので農業技術などの人材育成も必要になります。 清水氏 いままでのお話でもわかりますが、この問題のミクロとマクロの間はすごく乖離していますよね。 システムということでいえば、近澤さんというのは訓練から始まり、指導を受けた人が地域で農業をす るという地域作りまでしている一つのシステムではないでしょうか。そういういろんな事例を集めてミ クロの力が点から線になり、面になっていけばいいかなと考えています。その積み重ねがないと、いく 87 ら政府がシステムを作っても意味がなく、担い手を探すのが難しくなる。農業というのはそうだと思う のですね。畑もあるし、予算もあるけど、作る人がいない。そうではなく、優秀な実践者を私たちがつ ないでいくことが大切で、まず孤立させず、つなぐことではないでしょうか。 佐藤光浩氏 私は福祉と更生の両立には無理があると思っています。いまのお話のように点から線、線か ら面というとネットワークなんですね。実践している人たちをネットワーク化して組織していくことが 今回のプロジェクトが目指す方向ではないでしょうか。うまく実践している人の施設には福祉が入って いないのです。福祉が入ると難しいと感じています。私の会社も福祉が入りとどうもうまくいかないの が現実です。 上野氏 それは福祉が入ると、ビジネスがしにくいということでしょうか。 佐藤氏 そうですね。このプロジェクトだけでは大きすぎるかもしれませんが、どうにかしてネットワー ク化できればと考えています。それは点と点でネットワークする方法でもいいし、一つの組織を大きく してネットワークする方法でもいいと思いますが、どんな形にしろネットワーク化しないと今後は難し いと思いました。事業を始めたという人には言い方は悪いけど、私は障害者を雇いなさいということに しています。福祉の活用ですよね。まず下駄を履かせてもらってから農業を始め、その先には事業の拡 大がある。でも見えている人にはわかるけど、見えていない人にはわからない。それをアドバイスでき るようなネットワーク化は可能だと思います。 清水氏 拠点、拠点をつなぐようなネットワークで、現場を一つにした面にするようなシステムを作り、 初めて国の仕組みと接点ができる。現場の点を伸ばしていくことが大切だと思います。 桐原氏 現在の支援スタイルはボトムアップ的な支援が中心です。実践の集約の中から効果的な典型的支 援スタイルが見えてくればいいのですが、散在する各資源のなかで支援が終結し、当事者の変化に対応 した支援方法が顕在化していません。そこで、トップダウン的な連続性のある支援モデルを適用した輻 輳的なアプローチが必要になってくると思います。特に、連続性のある支援モデルでは、中間的支援で のマネジメントが鍵になるでしょう。具体的に今回の例から見ると「ふる里自然農塾」では社会復帰を 目指す多様な潜在性を持つ人達の訓練が行われています。就農する人、他の業種で就職する人、さらに 訓練が必要な人、まったく違うアプローチが必要な人もいます。そういう中間的就労に位置づけられる 資源がマネジメント機能を持って、移行を促進するようなネットワークを形成することが考えられるで しょう。連携に基づく継続性・連続性のある支援により、中心課題である「再犯防止」を実現していく ことが望まれます。 佐藤氏 近澤さんのところは実業するところではなく、育って行った人が事業化することはあっても、あ くまでも訓練教育の場ですよね。そこから事業にもっていくという受け皿があればいいし、一つの組織 の中にあってもいいんですよ。ここは農業就労者を育てる部門、ここは営業部門ですよという形のもの があればいいと思います。 88 農業を活用した再犯防止プロジェクト 上野氏 本当はそうなのですが、いまの日本の制度の中では難しいですよ。それはどうやって横断的にし ていくかというのはそれを実践していく人たちを変えていくことはしなければいけないことです。だか らいろんな研修会なんかがあるわけです。障害者が集まってビジネス化していくことはほとんど難し い。だからといって、これでいいんだと思ってはいけない。でも、生活やメンタルをサポートするいろ んな支援が絶対に必要だと思います。それをうまく成功例を作って、まとめてビジネスとして機能させ るかということだと思うのです。今回の桐原先生の調査で活用できることが見えてきているので、その 事例を発表していき、啓発していくことが求められていることだと思います。それが、このプロジェク トの大きな成果と思います。 清水氏 例えば「ファームきくち」の場合だと、商社から事業規模を一億円にすれば受け入れる力も出て くるし、販売力も出てくるといわれるみたいです。なるほどなあと思いましたね。それぞれのミクロな 取り組みを社会的経済的に伸ばしていくアドバイスやサポートができるかという仕組みが必要で、最初 から補助金や制度ができればうまくいくものではないと思います。 佐藤氏 補助金漬けになっても何にも産まないのは確かで、ファームきくちの川島さんのところのように 農作物の購買ネットワークを作ることが大切なんですよ。 桐原氏 さらに、今回の例でみると、成功した就農モデルである川島さんに続く人がなかなか出てきませ ん。ファームきくちの問題点としては、事業化の道筋ができても次の人材の供給と第2、第3の事業拡 大に至らないことがあげられます。「ファームきくち」には大半が少年院から移行してきています。ま だ青少年期の発達過程にあり、就労意欲や生活習慣などの働く上での基本要件が備わっていないまま農 業の厳しい側面に直面し、就農に至っていません。助成等の事業化のための貴重な支援を有効活用する ためにも、この段階での支援に適切である人材の供給と支援者の確保・育成が重要になるでしょう。試 行的にでも「ふる里自然農塾」から「ファームきくち」への移行のための支援のネットワーク化をはか ることもよいかと思います。うまくいけば就農による自立の拡大につながるし、うまくいかない場合で も、どのような場でどのような支援が必要であるかを再検討し、適切な支援の場を提供していくことが できます。 清水氏 調整的機能、いわば商社的な機能が求められていると思いますね。コーディネートしていく組織 が必要なんですよね。 菊池氏 農業や農村は現在高齢化と後継者不足で悩んでおり、働き手をもとめています。農業生産や農業 を主体とした自治体からの希求を、農福連携がどのように連結できるのか、という認識をもった「連結 システム」をわかりやすく表して地域から賛同を得ることが重要です。 桐原氏 実践現場での調査をすすめていくと、農業で社会復帰支援を担っておられる方々はみなさん「職 人」です。農業を実践し農業を教えることはプロであっても、社会復帰に必要なソーシャルワークの専 門家ではありません。その点が支援の場としての人的な質的資源の不足です。農業を活用した社会復帰 支援の場では、就農者育成のノウハウのみならず、生活面での相談支援や他の資源との連携を担うため 89 の人的資源が不可欠だと思います。 上野氏 そういうと、本当に両者必要なんですよね。 清水氏 出所したときに調理師の免許を持っていても資格を生かせる職場に就職できるかというと難し い。でも農業は経験で就職できるわけですよね。重機を動かせても建設現場では資格がないとできない が、農地を耕すことはできるのです。農業というのはそういうよさもあると思います。 菊池氏 農産物の供給者として考えると「美味しいこと」や「安全なこと」が消費者にとって重要です。 誰が作ったかと関係なく消費者にとって価値ある美味しい食材をつくりだせると、生産をつづけること ができるので社会復帰を目指す人達が超えるべきハードルは「美味しい・安全」と示しやすい分野だと 思います。逆に、優秀な仕組みであっても美味しくなければ価値がないことになります。そのためにも、 農業現場サイドからの生産技術・貯蔵・加工・流通・販売手法などのサポートが今後重要になります。 桐原氏 今回のプロジェクトは「農業を通した社会復帰」がキーワードでしたが、ここで検討した支援の あり方に関する考え方は、他の業種での支援にも共通する「汎用的支援モデル」として提案できるので はないかと思います。 清水氏 農業における再犯防止という視点からいけば、一つはやっぱりビジネスとして成り立っていかな ければならないということだと思うのです。もう一つはその中でソーシャルワークとしての専門的な関 わりが必要なんだと思いますね。三つ目はいかに地域と関わりを持たせていくかということだと思いま すね。地域の理解がないとなかなか進まないと思います。その三つの視点がないと農業の再犯防止は進 まないと思いますね。 上野委員長 清水さんにしっかりと締めていただきました。それぞれの委員の方々のいろんな意見が飛び 交う討論となり、農業を活用した再犯防止という取り組みが非常に有意義なものだということを改めて 感じました。お忙しい中、お集まりいただきありがとうございました。 90 農業を活用した再犯防止プロジェクト 付録 プロジェクト関係者名簿 企画委員 委員長 東京家政大学人文学部教授 上野 容子 委 員 NPO コミュニティシンクタンクあうるず 菊池 貞雄 駒澤大学文学部社会学科教授 桐原 宏行 株式会社スワン社長補佐 佐藤 光浩 更生保護法人清心寮理事長 清水 義悳 協力者 東京社会福祉士会 司法福祉委員会 天宮 陽子、岡部 眞貴子、小川 弘子、串田 眞美子、久保田 邦子、小林 良子、 中田 有紀、廣瀬 哲朗、宮内 宏子 更生保護施設等 更生保護法人 清心寮 更生保護法人 静修会足立寮 更生保護法人 清和会 茨城就業支援センター 事務局 日本財団 再犯防止プロジェクト プロジェクトリーダー 福田 英夫 同 メンバー 谷 優子 プロジェクト実施経緯 ● 2012 年 7 月 9 日 第 1 回企画委員会 ○「自立困難な高齢者・障害者の再犯防止のための支援」の検討 ―4 つのパイロット事業 (「かりいほ」「ふる里自然農塾」「栃木明徳会」「ファームきくち」)の事業内容の説明 ○ 本プロジェクトにおける方針の検討 ―支援ステージと対象者像の明確化 ● 2012 年 8 月 29 日 第 2 回企画委員会 ○「茨城就業支援センター」「水戸刑務所」「ふる里自然農塾」「栃木明徳会」の視察と意見交換会 ○「農業を活用した再犯防止プロジェクト」に変更し検討すべき課題の議論 ―支援対象となる出所受刑者の範囲の拡大 ―農業を活用した支援の具体的方法の検討 ―就労支援及び生活支援上の課題の検討 ● 2012 年 10 月 6 日 第 3 回企画委員会 ○「熊本自営会」「ファームきくち」の視察と意見交換会 ○ 今後の検討課題の議論とサブプロジェクトの設置 ―生活支援・就労支援に関する課題の検討 ―ビジネスとしてのパイロット事業の可能性の検討 91 ● 2012 年 12 月 3 日 「黒羽刑務所」「かりいほ」の視察と意見交換会 ● 2013 年 1 月 11 日 第 4 回企画委員会 ○ サブプロジェクトの経過報告(第 1 回) ―対象者の生活問題の明確化の必要性 ―ビジネス化モデルの提示 ● 2013 年 3 月 21 日 第 5 回企画委員会 ○ サブプロジェクトの経過報告(第2回) ―「農業を活用した再犯防止の実践分析と今後の支援のあり方に関する提言型調査事業」 実施の提案 ○「農業と福祉連携事業」の説明と今後の課題 ● 2014 年 6 月 23 日 第 6 回企画委員会 ○ サブプロジェクトの経過報告(第3回) ―「農業を活用した再犯防止の実践分析と今後の支援のあり方に関する提言型調査事業」 中間報告 ● 2014 年 7 月 31 日 第 7 回企画委員会 ○ サブプロジェクトの経過報告(第4回) ―「農事組合法人共働学舎(ソーシャルファーム)」の事例報告 ○ プロジェクト報告書の内容検討 ● 2015 年 2 月 25 日 第 8 回企画員会 ○ サブプロジェクトの経過報告(第5回) ―「農業を活用した再犯防止の実践分析と今後の支援のあり方に関する提言型調査事業」 最終報告 ―「農業を活用した再犯防止と農業の視点」報告 ○ プロジェクト報告書の内容決定 ● 2015 年 12 月 7 日 ○ 農業を活用した再犯防止プロジェクト座談会 ● 2016 年 3 月 29 日 ○ 農業を活用した再犯防止プロジェクト最終報告会 92 農業を活用した再犯防止プロジェクト報告書 2016年 3 月 発行 編集・発行 日本財団 〒107−8404 東京都赤坂1−2−2 印 刷 三鈴印刷株式会社
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