シャープ技報 第73号・1999年4月 有機排水(DMSO 含有排水)のバイオリサイクルシステム Biological Treatment of Wastewater Containing DMSO 村 谷 利 明* Toshiaki Muratani 要 旨 DMSO は,無機物や有機物に対して高い溶解性と 浸透性を持つため,応用範囲の広い有効な薬液であ る。一方で,環境保護の観点から,DMSO の分解およ び再生についていろんな議論がなされている。 紫外線 による酸化,逆浸透膜による処理,そして生物による 処理等を比較検討した。実験結果から,生物膜を用い た分解処理の方法が省エネ・ローコストで,最適であ ることがわかった。さらに DMSO 分解過程で発生の 可能性がある臭いを抑え, 処理する有効な方法として 実用化した。 DMSO (Dimethyl sulfoxide) has been widely used in the various field due to its advantageous nature of high solubility and permeability for inorganic and organic substances. From a view point of environmental conservation,problems for decomposition and recycling of DMSO have been widely discussed and remained still unsolved for a long time. We have tried and evaluated various technique such as UV oxidation treatment, reverse osmosis treatment and biological treatment with each other. As a result of an experimental study,we found that the biological treatment with contact filter proved to be most suitable method in the points of lowest cost and lowest power consumption. We thus realized a practical treatment technique in factories, taking into account the stable treatment for wastewater and suppressing odors arising from sulfur content. 工が要求されるため洗浄純水の使用量が 5000t/ 日以上 の工場も珍しく無く,水処理の容易な低濃度排水を中 心に回収再生を進めてきた。しかし,生産量の急激な 増加に対応出来る充分な用水を安定に確保して行くこ とは年々難しくなってきており,また環境対策の面に おいても負荷を削減することが急務となっている。 従来のTFT液晶製造プロセスからは,少量ではある が濃度の高い濃厚廃液と, 量は多いが低濃度の洗浄排 水が排出されていた。洗浄水には超純水が使用されて おり,洗浄排水はこれにフッ酸,バッファ−ドフッ 酸,アンモニア,塩酸,IPA,TMAH 等が微量溶解し ているのみであるため, これまでは希酸系排水と中性 系排水に分別回収し,イオン交換法,活性炭吸着法や UV(紫外線)酸化法によって処理し,純水の原水と して回収再利用して来た。 フロンや有機塩素系の問題がクローズアップされる 直前に,将来の事業拡大を睨み,逸早く代替材料の中 から危険等級が低く,洗浄効果のある水溶性有機溶剤 DMSO(ジメチルスルホキシド)を選択し採用した。 一方で,DMSO洗浄後は純水洗浄で仕上げるため,新 たにTOC濃度で数百mg/LのDMSO含有排水の処理が 必要となってきた。 本システムは,このような洗浄排水中の高濃度の DMSOを 固定床式の微生物膜濾過装置により分解し, さらに精密濾過膜と RO(逆浸透)膜によって処理す ることにより,純水装置の原水として回収再利用を可 能にしたものであり,以下に概要を紹介する。 1 . DMSO について TFT液晶ディスプレイの製造では,ノートPCや液晶 テレビの普及に伴い,高精細化,大画面化の要求が一 段と高まっている。そこでは,ミクロン単位の微細加 DMSO は,もともと合成繊維の製造工程や有機化 合物の製造で使用されていたが,各種の無機化合物, 有機化合物に対して強い溶解力と浸透力を有する。そ のために溶剤や剥離剤や洗浄剤として使用されるよう になり,最近では電子工業の分野においても剥離剤や 洗浄剤として使用されている。 * 液晶開発本部 DMSO は,構成元素として硫黄を含んだ有機物で, 図1に示した構造をしている。図2は,DMSOの分解 まえがき ― 20 ― 有機排水(DMSO 含有排水)のバイオリサイクルシステム 経路を示したものである。硫黄は,硫化メチル,メチ ルメルカプタンを経由して最後には硫酸にまで酸化さ れる。また炭素および水素は,ホルムアルデヒド,蟻 酸を経由して炭酸ガスと水にまで酸化される。 ここで 中間体として生成する硫化メチル, メチルメルカプタ ンは悪臭物質であるから, これらの中間体が蓄積しな いような処理が必要である。 要である。 2 . DMSOの処理方法の比較 2・1 UV酸化法 UV ランプを使用し,酸化用薬液添加を行いなが ら,DMSOを分解する方法がある。この分解試験結果 を図3に示す。図3の横軸は,UV ランプの出力と反 応時間より算出した排水1m3当たりの照射電力量で 表示している。原水は,DMSOを純水に溶解した模擬 排水を使用し,DMSO 濃度が 30mg/L,TOC で 10mg/ Lとなる様に調整したものを使用した。この試験結果 から,TOC を9 mg/L 除去するだけで排水1 m 3当り 12kWh の電力が必要であるため,TOC100 ∼ 200mg/L の高濃度排水の処理に UV 酸化法を適用することは, エネルギーがかかり過ぎて実用性に乏しいと考えられ る。 図1 DMSO の化学構造 Fig. 1 Molecular structure of DMSO. (CH3)2SO (CH3)2S HCHO CH3SH HCHO 図3 DMSO の UV 酸化 H2SO4 fig. 3 UV oxidation of DMSO. HCOOH CO2 + H2O 図2 DMSO の分解経路 Fig. 2 Decomposition process of DMSO. 次に示す式は,DMSO が完全に酸化された場合の 化学反応式であるが,DMSO の1分子より硫酸が1 分子生成するため,酸化分解の前後において著しく pH が変化する。このため,pH 調整が重要なポイント となる。 2(CH 3)2 SO + 9O 2→ 4CO 2 + 4H 2 O+2H 2 SO 4 また,硫黄の酸化には充分な酸素を必要とするた め,この分をも見込んだ酸素を供給しなければならな い。更に DMSO の BOD は,植種液によって大きく異 なる。DMSO に馴養した(馴らし養い育てた)植種液 を使用すると DMSO の重量に対して 150%程度を示 すが,そうで無い場合には 14%程度であり,BOD を ベースに酸素供給量を決定する場合には特に注意が必 2・2 逆浸透膜による分離法 逆浸透膜による DMSO 含有排水の分離試験の結果 を図4に示す。原水にはUV 酸化試験と同様に模擬排 水を使用し,DMSO 濃度を 50 ∼ 10000mg/L に変化さ せた。その結果,濃縮液の DMSO 濃度が 50mg/L の場 合,浸透液のDMSO濃度は約7mg/L程度であったが, 濃縮液の DMSO 濃度が高くなると浸透液側にも高濃 度の DMSO が残留した。 原水のDMSO濃度を600mg/L,原水量を500m 3 /日, 回収率を 85%とした場合の試算例を図5に示す。こ の例では,透過液側に DMSO が約 90mg/L,TOC で約 28mg/L 残留することになり,回収再利用のためには さらに逆浸透膜による処理やUV酸化処理が必要とな る。また,75m 3の濃縮廃液は更に高脱塩率の逆浸透 膜で濃縮することにより原水量の数%まで減量化出来 ると考えられるが無くすことは出来ず, 最終処分の問 題が残る。 ― 21 ― シャープ技報 第73号・1999年4月 表1 実験装置の仕様 Table 1 Specification of experimental plant. Item Specification Dimensions of column φ300×3000H 1 Number of column Medium Ceramic balls 100 L Volume of medium Flow rate 6∼10m/day 図4 DMSO の逆浸透膜処理 Fig. 4 Reverse osmosis treatment of DMSO. 図5 逆浸透膜による処理システムの試算例 Fig. 5 An actual case of reverse osmosis. 2・3 微生物処理法 微生物処理の試験に用いたパイロット装置のフロー を図6に示し,その仕様を表1に示す。システムのコ ンパクト性とメンテナンス性の重視から, 中心となる 微生物処理装置として BCF(Bio-Contact-Filter)を採 用した。 BCF は,特殊なセラミックボールの担体の表面に 微生物膜を形成させた 固定床式の生物膜濾過装置で ある。下部よりエアレーションを行いながら,上部よ り原水を供給し, その原水と微生物を接触させること により,原水に含有する有機物を分解除去する。 実験装置を NF 工場の地下に設置した。原水には DMSO を主体とする実排水を使用し,さらに原水の TOC が 200mg/L になるように DMSO を添加し,栄養 源として微量の窒素および燐を添加した。pH の調整 には, 炭酸水素ナトリウムと水酸化ナトリウムを併用 し,更に処理水を循環させてpH を安定させた。また, 酸素の供給についてはカラム内の溶存酸素を2 mg/L 以上に維持出来るように制御した。BCF の処理水を 0.2 ミクロンのフィルターにて濾過し,Solble-TOC と して評価した。 BCF での滞留時間と s-TOC 除去率の関係を図7に 示す。本試験の原水濃度では滞留時間15hまでは安定 な運転が可能であったが,これ以下になると pH や溶 存酸素が充分でも急激に除去率が低下した。また,除 去率の低下とともに臭気の発生が認められた。 図8は,アンモニアの除去率と滞留時間の関係を示 したものである。 原水中には窒素源として塩化アンモ ニウムを窒素で40mg/L添加しているがTOCの除去に 伴い約 10mg/L の窒素が菌体に摂取され,処理水中に は 30mg/L 残留した。しかし,DMSO の処理に必要な 滞留時間15hでは ほぼ99%以上硝化されているため, 処理水中のアンモニア性窒素は0.1mg/L以下となって いる。 図6 実験装置のフロー図 図7 滞留時間と TOC 除去率 fig. 6 Flow sheet for experimental plant. fig. 7 Piling up time vs Removal rate. ― 22 ― 有機排水(DMSO 含有排水)のバイオリサイクルシステム 分離したのちUV酸化している。以上より処理にかか るエネルギーの消費量の面より評価すると,ケース1 >ケース2>ケース3となり, 生物処理を中心とした ケース3がこの3方式の中で最も優れている事がわか る。 表3 エネルギー消費量の比較 Table 3 Comparison of energy consumption. 図8 滞留時間とアンモニア除去率 エネルギー 消費量 Fig. 8 Piling up time vs Removal rate (Ammonia). 表2に, パイロット試験における試薬添加後の平均 的な原水の水質および,滞留時間が15hにおける平均 的な処理水質を示したが,TOC除去率は95%,DMSO 除去率は 99.9%以上が得られている。原水の TOC/ DMSO の比率をみると 0.33 となりほぼ DMSO の炭素 含有率(0.31)に近いことより,原水の TOC はその殆 どが DMSO によるものと考えられる。また,処理水 の中には DMSO が検出されておらず,処理水中の TOC 成分は流出してきた菌体と,菌体の代謝生成物 によるものと推定される。 Case1 Case2 Case3 UV RO+UV Bio.+MF+RO >580 220 100 *Case3を100とした場合の比率を示す。 原水TOC :200mg/l 処理水TOC:<200μg/l 表2 実験装置の水質例 Table 2 Water quality of experimental plant. Item Unit Raw water BCF Treated water pH − 6.5 8 TOC mg/L 200 10 S-TOC mg/L 200 5 DMSO mg/L 600 <0.5 SS mg/L <1 15 NH4-N mg/L 40 <0.1 NO3-N mg/L <0.1 30 P mg/L 8 5 図 9 回収システム例 Table 9 A case of recycling system. 3 . 実施本番システム 2・4 処理に必要なエネルギーの比較 これまでの処理3方法の検討結果より, TOC200mg/Lの排水を0.2mg/Lまで処理する場合のエ ネルギー消費量を計算し,生物処理法を100とした場 合の比較を表3に示す。ケース1は,UV 酸化単独で 処理した場合であり,ケース2は,逆浸透膜による分 離を中心として UV 酸化を組合わせた場合,さらに ケース3は,生物処理を中心に MF 膜,逆浸透膜を組 合わせた場合である。図9にケース2,ケース3のフ ローを示した。ケース2では,1次 ROの透過水を さ らに2次 RO にて処理し DMSO を約 10mg/L 程度まで これまでに説明して来た検討結果に基づき,本番の 回収再利用システムのフローを図 10 に示す。生物処 理装置は,パイロットテスト装置と同様に BCF を採 用した。設置の第1号機として,天理総合開発セン ター内北東に位置するリサイクルプラントの中核を占 めている。 3・1 BCF (Bio-Contact-Filter) DMSO 含有排水は循環水と混合された後,水酸化 ナトリウム及び炭酸水素ナトリウムによってpH調整 される。この際,pH 調整槽には微量の窒素および燐 ― 23 ― シャープ技報 第73号・1999年4月 3・3 逆浸透膜(RO) 精密濾過膜の処理水には,BCF での酸化分解によ り生成した硫酸イオンや炭酸イオン中和のために添加 したアルカリ剤,微生物の代謝物による微量の TOC 等が含まれているため, 低圧逆浸透膜によりこれらを 除去している。 図 10 本番処理のフロー図 Fig. 10 Flow sheet for the actual treatment. も添加している。図 11 に BCF の概略構造を示す。内 部には,セラミック担体が2500m/mの厚さに充填され ており, 底下部よりエアレーションしながら下降流で 通水する。下部には集水・曝気と逆洗水の配水部を兼 ねた円形のレオポルドブロックが設置されており,均 一な集配水が可能となっている。また底下部からの全 面曝気であるため,微生物膜に嫌気部が生じにくく, 均一に充分な酸素が供給出来る。BCF 槽の上部付近 には逆洗排水を排出するためトラフが設けてある。 BCF 処理水は,精密濾過膜装置に送られるとともに 一部が pH 調整槽に循環されるが,この循環により BCF 内の pH 調整が促進される。 3・4 システム処理性能 DMSO 含有排水に有機スクラバー排水等が混合さ れたものを原水として, 本処理システムでの水質例を 表4に示す。約 80%が DMSO であり,生物処理によ り 0.5mg/L(定量下限値)以下まで分解処理されてい る。 図 12 は,処理過程における TOC の減少状況を示し たものである。原水中の約 160mg/L の TOC は,BCF 処理水で約4 mg/L に,MF 膜処理水で約2 mg/L に, RO膜処理水で160μg/Lまで除去されており,原水の 1/1000 まで低減出来ている。 図 13 は,処理過程における電気伝導率の変化を示 したものである。原水の電気伝導率約 100 μ S/cm は, 硫酸イオンの生成や,中和剤の添加により BCF 処理 水で約 1000 μ S/cm と上昇していいるが,逆浸透膜に より各イオンが除去されるため,処理水で 25 μ S/cm まで低減される。 以上の結果から, 逆浸透膜処理水の水質としては電 気伝導率で 25 μ S/cm,TOC で 0.16mg/L が得られてい る。一方水道水の水質が電気伝導率で 150 μ S/cm, TOC で1 mg/L 程度であるから,本システムによる回 収水は純水製造装置の原水として十分再利用出来るも のである。さらに本システムでは,硫化メチル,メチ ルメルカプタンの発生を抑えた運転が出来るため,脱 臭装置の設置は必要で無く,臭気強度 2.5 以下での運 転が可能であった。 図 14 は,本生物分解システムの主役である分解菌 の姿を捕らえた電子顕微鏡写真である。 この菌自体は 特殊なものでは無く,自然界に存在するものである。 ポイントは, 人工的にその菌が住み易い環境条件を見 図 11 BCF 装置 Fig. 11 Bio-Contact-Filter. 表4 実装置の水質例 Table 4 Water quality of actual plant. 3・2 精密濾過膜(MF) BCF 処理水には,増殖剥離した 10 ∼ 20mg/Lの菌体 が混入しているため,分離径が 0.2 ミクロンの外圧型 中空糸ポリプロピレン製の精密濾過膜でフィルトレー ションする。この膜は,空気による逆洗を行ってお り,日常のイージーメンテナンスのためにも非常に大 切なものである。 ― 24 ― Item Unit Raw water BCF Treated water pH − 8.7 7.2 S-TOC mg/L 140 2.2 TOC mg/L 140 8.3 DMSO mg/L 360 <0.5 SS mg/L <5 15 有機排水(DMSO 含有排水)のバイオリサイクルシステム つけ出し,諸訓練により通常持っている能力を何十倍 にもすることに成功したと言える。 4 . システムの維持管理 BCF の維持管理は,pH 計のメンテナンスを1週間 に1回程度実施する他は, アルカリ剤などの薬品管理 のみである。当然な事であるが,生物処理では系内に 保持する菌体量の管理が重要であるが,本 BCF では 定期的な水と空気による逆洗浄を行うことにより,菌 体量をコントロールすることができる。具体的には, 1週間に1回自動逆洗浄を行うことにより,長期性能 を維持することが出来ている。 水質の管理は, 各工程処理水の電気伝導率の連続監 視,TOCの監視を行い,さらに定期的な微生物相の顕 微鏡観察により処理機能の診断を行っている。 図 12 回収システムの水質例(TOC) Fig. 12 An actual water quality of recycle system. むすび 脱フロン・脱有機塩素系の洗浄剤として採用した DMSOは,その物性の利点を生かしTFTプロセスに不 可欠な材料となった。水と無限大に混じるため洗浄の 容易さの一方,その水処理が課題となったが,生物膜 を用いた分解処理装置により解決することが出来た。 図 13 回収システムの水質例 Fig. 13 An actual water quality of recycle system (conductivity). TFT液晶ディスプレイにおいて需要の急増によりこ の数年,製造工場が各地に建設されてきており,今後 も市場の需要を睨みながら続くと予想される。 このよ うな迅速な工場建設の為には, 環境アセスメントや地 元同意の容易なクローズドシステムが必要となるた め,本システムの必要性が高まって行くものと考えら れる。また DMSO は,電子工業以外の分野において も用途が広く,他分野においても本システムの適用が 期待出来るものと思われる。 本システムは,神鋼パンテツク株式会社と当社と で,1992 年より共同研究を開始し,共同で特許出願 後,実用化装置として完成させたものである。 謝辞 本開発にあたり,ご指導頂きました液晶開発本部 枅川本部長,西村副本部長に感謝致します。さらに本 研究に多大なご助言を頂きました TFT 液晶事業本部 水谷参事,牟田副参事,関係各氏に感謝致します。 参考文献 1) 第23回優秀環境装置の通産大臣賞論文集,日本産業機械工業 会 (平成9年6月) . 図 14 DMSO の分解菌の電子顕微鏡写真(× 15,000) Fig. 14 SEM photo of decompositional bacilli bacteria. (1 99 9年1月2 7日受理) ― 25 ―
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