2008 年度
奥田研究室ゼミ生研究発表論文集
1
は じ め に
本論文集は、共愛学園前橋国際大学国際社会学部、奥田雄一郎研究室の 2008 年度の活動のまとめとして、3 年生の
共同研究・レヴュー論文、
そして 4 年生の卒業論文要旨をまとめたものである。
奥田研究室も今年度で 2 年目を迎えた。
今年度は 3 年生が 10 名、4 年生が 11 名所属し、2 年目にしてようやく両学年が揃い本格的な活動ができるようになっ
た。2008 年度は、4 月の 3 年生関心発表、4 年生の卒業論文構想発表に始まり、様々な活動を行った。
3 年生は前期は 6 月に新入生に対するインタヴュー調査を行い、また、渋谷において”若者調査フィールドワーク”を
行った。現代社会に生きる若者たちがどのようなことを考え、どんな風に自らの青年期を経験しているのか。それを文
献から調べるだけではなく、実際の声を聞くことで自らの身体で経験した。また、9 月には淑徳大学、大橋靖史研究室
と今年も合同ゼミ合宿を行った。3 年生にとっては初めての他大学との共同の企画であった。初めて出会う、同世代で
ありながら見知らぬ大学生たちの前での発表に、緊張し、しかしまた成長の 手忚えを掴んだ合宿であった。
後期の 10 月には、今年度も大学の学園祭であるシャロン祭において模擬店を行った。今年は「輪投げ」を企画し、
昨年同様、地域の子どもたちに喜んでもらえる企画をと連日夜遅くまで準備を行った。また、授業としては今年度も 3
生がグループに分かれ、共同のアンケート調査を行った。今年のテーマは「若者はなぜ他人に影響されてしまうのか」
、
「恋愛に支配される大学生たち」の 2 つであった。どちらも、現代社会を生きる若者たちへの他者の影響という共通点
を持ちながらも、はじめて覚える心理学的な方法を用いて、独自の研究を行った。その成果は本論文集に掲載されてい
る。また、今年度は新たな試みとして、11 月に早稲田大学、山本登志哉研究室と合同ゼミ合宿を行った。年に 2 回の
他大学とのゼミ合宿は 3 年生たちには大変な経験であっただろう。しかしながら、夏合宿ではレジュメ形式の発表、そ
して秋合宿においてはパワーポイントを用いての発表といったように、様々な発表形式を経験する中で、確実にその力
を成長させていった。
4 年生にとっては今年度は大学生活最後の学年であった。昨年度にレヴュー論文を全員で書き上げ、今年度はいよい
よこれまで学んだ知識、方法を用いて、自らの卒業研究という大きなプロジェクトに立ち向かっていった。前期の前半
は自らの就職活動など、卒業論文だけに集中することは困難であったが、上記に述べた淑徳大学との合同夏合宿、早稲
田大学との合同秋合宿などを経験していく中で、どの学生たちも大きく成長していった。そして、いよいよ 12 月には
全員揃って卒業論文を提出することができ、奥田研究室の全ての課題を終了した。締切間際には連日遅くまで研究室や
図書館、パソコン教室などに残って、自らの 4 年間の集大成である卒業研究に打ち込んでいた姿が印象的であった。4
年生はこの卒業論文をもって共愛学園前橋国際大学を卒業し、いよいよ1人の大人として、それぞれの社会生活の中に
旅立って行く。4 年生全員が、この大学や研究室で培った、知識、スキル、人的ネットワークを用いて、それぞれの力
を活かし、充実した社会生活を過ごしていって欲しいと思う。
本論文集の構成は、第 1 部が 3 年生が後期に行った共同研究の報告書、第 2 部が 3 年生のレヴュー論文、そして第
3 部が 4 年生の卒業論文の要旨となっている。レヴュー論文、卒業論文の執筆の際には、どの学生たちも初めての経験
と格闘しながらも、自分ができる全ての力を出し切り、精一杯の成果を出したと確信している。21 名の学生たちのお
かげで、今年度も研究室の成果として、胸を張って公表できる論文集ができたことを、みなさまにお知らせいたします。
共愛学園前橋国際大学
奥田 雄一郎
2
目
次
第一部 共同研究
第 1 章 青木・新井・後藤・三田・山口・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1
若者はなぜ他人に影響されてしまうのか-性格特性の視点から-
第 2 章 長沼・原田・針谷・三井・米島・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
7
恋愛に支配される大学生たち
第二部 三年生レヴュー論文
第 1 章 青木 和也(Kazuya Aoki)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
12
文化・社会状況の変化による人々の意識の変化
第 2 章 新井 理恵(Rie Arai)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
17
感情と行動-虫退治を例にして-
第 3 章 後藤 美里(Misato Gotoh)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
22
傷によってつながれる自分
第 4 章 長沼 孝高(Yoshitaka Naganuma)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
27
未成年を取り巻くネット社会 ~電脳世界に潜む悪魔~
第 5 章 原田 紫織(Shiori Harada)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
32
青年期における異性間の対人魅力と自己評価の関係について-恋愛関係を対象として-
第 6 章 針谷 朊也(Tomoya Harigai)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
37
若者における被服行動-変化していく意識-
第 7 章 三田 育美(Ikumi Mita)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
42
マグリット萌え
第 8 章 三井 里恵(Rie Mitsui)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
47
拡散する「身体」の意味-現代の若者における身体改造-
第 9 章 山口 綾子(Ayako Yamaguchi)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
52
若者における居場所と居心地について
第 10 章 米島 小百合(Sayuri Yoneshima)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
他者によってつきつけられる身体
3
57
第三部 卒業論文要約
第 1 章 浅見 隼平 (Shunpei Azami)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
62
大学生における自己開示について―親密さの段階による変化の検討―
第 2 章 阿部 千紘 (Chihiro Abe) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
68
アニメ・マンガによるジェンダー・ステレオタイプ形成への影響―女性像に焦点を当てて―
第 3 章 安部 雄太 (Yuta Abe) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
74
大学生における恋愛類型と後悔について
第 4 章 新井 祥之 (Yoshiyuki Arai) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
80
大学生における音楽の好みと価値志向性との関連性
第 5 章 遠度 洋平 (Youhei Endo) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
86
大学生の就寝時刻と性格特性との関連―抑うつ性・社会的外向性に着目して―
第 6 章 小関 智史 (Satoshi Ozeki) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
92
ストレスがデジャビュに与える影響
第 7 章 菊池 優 (Yu Kikuchi) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
98
Big Five による大学生の性格分類と色の好みとの関連-色の好悪と所持志向・外向性,不安定性,調和性との関連に着目して
第 8 章 中島 沙也 (Saya Nakajima) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 104
みんなひとりでいきてない―「わたし」のつくられかた―他者によって承認される自己―
第 9 章 日垣 陽充 (Akimitsu Higaki) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 110
青年期の過去展望―青年期の過去への評価と過去の出来事と現在への関連性―
第 10 章 保坂 愛子 (Aiko Hosaka) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 116
理想自己にメディアが及ぼす影響
第 11 章 松本 優子 (Yuko Matsumoto) ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 122
自己開示度と性別が顔文字メール文への印象に与える影響
4
第 1 章 若者はなぜ他人に影響されてしまうのか-性格特性の視点から-
青木和也・新井理恵・後藤美里・三田育美・山口綾子
はじめに
あなたは友人に「恋人変わったでしょ」と感づかれたことがあるだろうか.女性男性に関わらず,もしも交際相手が
変わったことを友人に気づかれたとしたら,前の交際相手と付き合っていた頃のあなたとは何かが変わったということ
だ.それは,あなたが交際相手に何かしらの影響を受けたことによる変化であるともいえる.例えばこうして交際相手
に影響されるように,私たちは常に,多かれ尐なかれ自分以外の者,つまり他者に影響されつつ生きているのだ.
上記のことを踏まえると,世の中には二つのタイプの人間が居ることが考えられる.第一に,他者に影響されるタイ
プ,第二に,あまり他者に影響されないタイプだ.例えば交際相手の例にあてはめると,交際相手が変わったことを友
人に感づかれるのは前者,逆に,交際相手が変わっても友人に感づかれにくいのが後者ということになる.
では,他者に影響されるタイプと他者に影響されないタイプでは,何が違うのだろうか?他者に影響されるというこ
とは,他者の意見を自分の中に受け入れるということである.他者の意見を自分の中に受け入れることに積極的な人ほ
ど他者の意見を受け入れるスタンスなのではないだろうか,と私たちは考えた.自分のなかに他人の意見を取り入れよ
うと積極的に関わる性格特性になんらかの違いがあるのではないだろうか,と.
外林ら(1997)によると,外向性とはリビドーが外部の人やものに向っていることを意味し,人格の基本的類型と考え
られる,とされている.これを基に本論では,外向性を,感情が内ではなく外に向く性格特性と定義する.例えば,社
交的であったり,人と関わりたいという考えを持っているなどの特徴が挙げられる.必然的に,外向性が高ければ人と
関わる分,人の意見も聞くのではないだろうかと筆者らは考えたのだ.そして,人の意見を聞くときとはどんな時だろ
うと考えたとき,買い物が思い浮かんだ.一人で買い物に行くときを省き,買い物に同行した相手(他者)とどのような
やり取りがあり,どのように影響されるのか,私たちは興味を持った.
問題と目的
以下の先行研究を元にいくつか仮説を立てた.
第一に,藤井(1996)により,女子短大生の方が一般女性よりも異性のことを意識した朋装になることがわかった.更
に,消極的因子の低い人より,積極的因子の強い人が特にその傾向がある.そして外向的因子と,積極的因子は正の関
係があるということが明らかにされた.以上のことから,外向性の高い女性は,外向性の低い女性に比べて恋人の意見
に影響されるという仮説を立てた(仮説①).
第二に,高萩(2006)によって外向性が高い人は他者の意見を自分の意見として取り入れることが明らかにされている.
そのことから,外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて他者の意見に影響されるという仮説を立てた(仮説②).
第三に,外向性の高い人は,外向性の低い人に比べてけなしの効果が高いという栗本(1968)の研究ある.この研究に
より,外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて「似合わないよ」という意見に影響されるという仮説を立てた(仮
説③)
第四に,被朋の買い物をする際に,男性は内的要因がはっきりしていて,女性は外的要因にひっぱられるという國吉
(2005)の研究がある.この研究から,男性は,女性に比べて他者の意見に影響されないという仮説を立てた(仮説④).
第五に,高井(1999)によると,外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて他者を受容することができて,さらに自
己受容度と外向性は正の関係があることがわかっている.以上のことから,自己受容度の高い人は,自己受容度の低い
人に比べて他者の意見に影響されるという仮説を立てた(仮説⑤).
1
以上の先行研究をもとにした仮説をまとめると,以下のようになる.
①外向性の高い女性は,外向性の低い人に比べて恋人の意見に影響される.
②外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて他者の意見に影響される.
③外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて「似合わないよ」という意見に影響される.
④男性は,女性に比べて他者の意見に影響されない.
⑤自己受容度の高い人は,自己受容度の低い人に比べて他者の意見に影響される.
これら五つの仮説を明らかにすることを,本研究の目的とする.
方法
調査協力者:大学生 526 名
性別:女性 300 名,男性 220 名,不明 6 名
学年:1 年生 136 名,2 年生 146 名,3 年生 180 名,4 年生 58 名,その他 6 名
年齢:18 歳~60 歳,平均 22,04 歳
専攻:法 8 名,経済 15 名,現代文化 92 名,文化情報 21 名,英語 114 名,国際 33 名,
情報・経営 75 名,心理・人間文化 69 人,地域児童 29 名,その他 70 名
手続き
1)Big Five 尺度(和田,1996).1,全くあてはまらない,2,あまりあてはまらない,3,どちらともいえない,4,ややあて
はまる,5,非常にあてはまる,の 5 件法.
【外向性】
【情緒不安定性】
【開放性】
【誠実性】
【調和性】の 5 因子の中
から【外向性】,話好きだ,無口だ,陽気だ,暗い,無愛想だ,社交的だ,人嫌いだ,活動的だ,意志表示しない,
積極的だの 10 項目を使用.
2)自己肯定意識尺度(白石,1990b).1,全くあてはまらない,2,あまりあてはまらない,3,どちらともいえない,4,やや
あてはまる,5,非常にあてはまる,の 5 件法.
【自己受容】
【自己実現態度】
【充実感】
【自己閉鎖性・人間不信】
【自
己表明】
【対人的積極性】
【被評価意識・対人緊張】の 7 因子の中から,
【自己受容】
,自分なりの個性を大切にして
いる,私には私なりの人生があってもいいと思う,自分の良いところも悪いところもありのままに認められている,
自分の個性を素直に受け入れられる,
【被評価意識・対人緊張】
,人から何か言われていないかと気にする,人に対
して,自分のイメージを悪くしないかと恐れる.他人の意見にどう映るかを意識すると身動きできなくなる,他人
に自分の良いイメージだけを印象づけようとする,無理して人に合わせようと窮屈な思いをしている,自分は他人
より务っているか優れているかを気にする,人に気をつかいすぎて疲れる,の 2 因子を使用.
3)他者の意見の影響度.グループで独自に作成.1,全く買う気にならない,2,あまり買う気にならない,3,どちらと
もいえない,4,やや買う気になる,5,非常に買う気になる,の 5 件法.
【恋人】
【友人】
【家族】とそれぞれと買い物
に行った場面を仮定し,
「値段が高かったので買わないと思っていた朋ですが,一緒に買い物をしている人は「似
合うよ」というように褒めてくれます.どう思いますか?」という質問項目を作成した.値段が高かった,買わな
い,
「似合うよ」の部分はそれぞれ組み合わせで四つの質問項目を作成した.
・値段が高いから買わないつもり…「似合うよ」と言われた場合.
・デザインが気に入らないから買わないつもり…「似合うよ」と言われた場合.
・値段が安いから買うつもり…「似合わないよ」と言われた場合.
・デザインが気に入ったから買うつもり…「似合わないよ」と言われた場合.
分析の際には,得点が高いほど他者に影響されるとみなす.例えば,自分では買うつもりがない朋だが,恋人に「似
合うよ」と言われると買う気になる場合は,恋人の意見に影響されるということである.以上を踏まえて,
【恋人】
【友人】
【家族】それぞれに言われた場合の項目をまとめて影響度の合成得点をつくる.
2
結果と考察
仮説①外向性の高い女性は,外向性の低い人に比べて恋人の意見に影響される.
外向性の高低を独立変数にし,恋人の意見の影響をまとめた合成得点を従属変数として t 検定を行った結果,外向性
高群と外向性低群の間に有意な差が見られ(t(29)=2.17, p<.05),仮説通り「外向性の高い女性は,恋人の意見に影響さ
れやすい」ということがわかった.
5
*
4
3.35
3.16
3
2
1
外向性低群
外向性高群
t(29)=2.17, p<.05
図 1 女性の外向性と恋人の意見の影響
しかし,外向性低群,外向性高群ともに 3 以上であることから,女性にとって恋人からの意見による影響は尐なから
ずあると考えられる.女性の朋は男性に比べキレイ系,ギャル系,かわいい系など,様々な種類がある.朋を選ぶとき,
実に多くの選択肢があるということである.多くの選択肢から自分に似合うものを選ぶとき,恋人という近しい存在の
意見を重要視するのではないだろうか.
仮説②外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて他者の意見に影響される.
外向性の高低を独立変数にし,他者の意見の影響度を従属変数として t 検定を行った結果,外向性の高群と低群の間
に有意な差は見られなかった(t(493)=1.6, n.s).
5
4
3
2.89
2.99
外向性低群
外向性高群
2
1
t(493)=1.6, n.s
図 2 外向性と他者の意見の影響度
3
外向性低群,高群ともに 3 を下回る数値であることから,他者の意見にはあまり影響を受けないということがわかる.
仮説①の結果では外向性によって差が出る場合もあることがわかっていることから,他者の意見による影響を考えたと
き,他者が誰かということが関係すると考えられる.
仮説③外向性の高い人は,外向性の低い人に比べて「似合わないよ」という意見に影響される.
外向性の高低を独立変数にし,他者からの「似合わないよ」という意見の影響度を従属変数として t 検定を行った結
果,外向性の低群と高群の間に有意な差は見られなかった(t(495)=0.24, n.s).
5
4
3.24
3.26
外向性低群
外向性高群
3
2
1
t(495)=0.24, n.s
図 3 外向性と「似合わないよ」という意見の影響度
有意差は見られなかったが,低群・高群ともに 3 以上であることから「似合わないよ」という言葉の場合,影響を受
けやすいということがわかる.②の結果と合わせて考えると「似合わないよ」というネガティブな言葉には外向性は関
係なく影響するということではないだろうか.
仮説④男性は,女性に比べて他者の意見に影響されない.
性別を独立変数にし,他者からの影響度を従属変数として t 検定を行った結果,女性と男性の間に有意な差が見られ
(t(525)=4.35, p<.05),仮説どおり「男性は,女性に比べて他者の意見に影響されない」という結果となった.
5
*
4
3.05
2.80
3
2
1
女性
男性
t(525)=4.35, p<.05
図 4 性別と他者の意見の影響度
4
男性は,女性に比べ他者の意見を影響されないという結果は,先行研究にあったように,男性は買い物をする際には
内的要因がはっきりしているためと考えられる.言い換えれば,男性は女性に比べ,買い物に行く前に自分の買い物を
決めているため他者の意見には影響されないということである.
仮説⑤自己受容度の高い人は,自己受容度の低い人に比べて他者の意見に影響される.
自己受容度の高低を独立変数にし,他者からの影響度を従属変数として t 検定を行った結果,高群と低群の間には有
意な差が見られたが(t(478)=2.3, p<.05),と仮説とは逆に「自己受容度の低い人は,高い人に比べて他者の意見を取り
入れる」という結果となった.
5
*
4
3
3.02
2.86
2
1
自己受容度低群
自己受容度高群
t(478)=2.3,p<.05
図 5 自己受容度と他者の意見の影響度
先行研究をもとに,筆者らは自己受容度の高い人は,他者の意見を自分の意見として受け入れると考えたが,実際は
逆の結果となった.なぜ逆の結果になったのだろうか.
自己受容度の低い人は,自分のすべてを受け入れられているわけではない,つまり自分というものがうまく掴めてい
ないのではないかと筆者らは考えた.自分というものが掴めていないために,
「似合うよ」や「似合わないよ」という
他者の言葉に頼らずにはいられないのではないかと筆者らは考えた.
総合考察
他者の意見を受け入れるというスタンスは他者との関わりあいのなかでつくられるため,外向性と関係するのではな
いだろうか,という観点から今回のアンケートを実施した.しかし,外向性の高低による他者からの影響については有
意な差は見られなかった.有意な差が見られたのは,他者の意見を恋人と仮定して女性を対象とし外向性を比べた場合,
自己受容の高低を比べた場合,性別を他者からの意見で比べた場合であった.以上のことから,他人の意見を受け入れ
るということは外向性と関係ないことが明らかになった.また,当初予想していなかった男女差や,自己肯定感といっ
た「自己」に関する点に有意な差が見られた.
以上の結果を総合すると,他者の意見に影響される要因は,性別>自己受容度>外向性という順で重要であると筆者
らは考えた.男性か女性かによって,朋の種類という社会的要因と内的要因の違いから強い影響を与え,さらに自己受
容度が影響を与え,外向性はあまり影響を与えないという結果である.
5
では,他者の意見に影響される要因と考えられる性別と自己受容度,他者の意見に影響される要因ではないと考えら
れる外向性の違いは何だろうか.性別は自分自身が生まれ持ったもの,自己受容度は自己を受け入れられているかどう
かという性格特性.外向性は自分の感情が外へ向くという性格特性である.このことから,他者の意見に影響される要
因とは,自己に関わることなのではないだろうか.言い換えると,他者の意見を受け入れるスタンスは「自分」という
ものをどうとらえているかによって変わるのではないだろうか.
引用文献
藤井一枝 1996 自己評価による性格と被朋行動との関連性:学生と一般女性を比較,島根女子短期大学紀要,34,
65-72.
國吉和子 2005 ルーティーン的消費行動に関する研究―性別,年代別,行動パターン分類による購買行動分析―,
沖縄大学法経学部紀要,7,73-84.
栗本閲夫 吉儀宏 1968 外向性及び内向性者の運動学習に及ぼす”けなし”と”おだて”の効果,体育學研究,12,257.
高萩貴志 2006 被朋関心度と公的自己意識が女子大生の被朋行動に及ぼす影響,関西大学社会学部卒業論文集.
高井範子 1999 対人関係性の視点による生き方態度の発達的研究,教育心理学研究,47,317-327.
外林大作 辻正三 島津一夫 能見義博編 1997 心理学辞典,誠信書房.
6
2 章 恋愛に支配される大学生たち
原田紫織・針谷朊也・長沼孝高・三井里恵・米島小百合
はじめに
筆者らのグル-プの一員である長沼君は言う.
「愛と勇気だけが友達さ」と.筆者らは大学 3 年の後期の終盤に差し
掛かり,4 月からは大学での最終学年を過ごす.大学生活中,サ-クル活動・ゼミ活動・就職活動などを通して様々な
経験をするし,様々な人間に出会うはずだ.そのような大学生活の中で“愛と勇気だけが友達”という状態でいること
の方が難しいのではないだろうか.では筆者ら大学生は何を大切にし,何を求めて日々を過ごしているだろうか.
大学生の生活において大切にされるもの,求められるものを考えたとき,恋愛・自分・将来,以上の 3 つが特に重要
視されているのではないかと筆者らは考えた.松井・戸田(1984)によると,恋愛は青年期の男女にとって最大の関心事
のひとつと位置づけられている.また Erikson(1950)は恋愛の意味を,
「初期成人期における『親密性』の獲得」とし,
堀毛(1989)は恋愛を「対人関係(特に異性間)のスキルアップ」と意味づけている.以上のことを踏まえて考えると,
「愛」
は確かに「友達」と言えるほど筆者らにとって身近な問題といえる.
また,社会における大学生の位置づけは「社会人予備軍」である.筆者らは大学生活において,就職や進学など自身
の大学生活以後の「将来」に目を向けなければならない.将来を見据えるためには,自分自身をまず知る必要がある.
以上を踏まえて考えるとき,大学生は社会人予備軍であり将来・自分に目を向けなければならないにも関わらず「恋愛
を最大の関心事」としてしまうのはなぜか,大学生はどのように恋愛に臨んでいるのかを探りたいと思い,本研究はス
タ-トした.
問題と目的
若者の将来・自己についての研究は数多くなされているが,本研究においては都筑(1984)による,大学生の時間展望
と自己像や生きがい感との関連について調査された研究を参考にしたい.都筑(1984)が行った大学生に対する研究によ
って,未来志向の青年はポジティブな自己像をもち,生きがい感が強く,過去思考の青年はネガティブな自己像をもち,
生きがい感が弱い,ということが明らかにされている.しかし,この研究で都筑が使用した生きがい感尺度(Purpose
-in-Life Test)には,恋愛についての項目は含まれていなかった.
また,本研究で,自己と恋愛についての調査を行うにあたり,大野(1993)によって提唱された「アイデンティティの
ための恋愛」という興味深い先行研究があったため,これも参考に研究を進めることとする.大野(1993)によると「ア
イデンティティのための恋愛」とは,
「親密性が成熟していない状態で,かつ,アイデンティティの統合の過程で,自
己のアイデンティティを他者からの評価によって定義づけようとする,または,補強しようとする恋愛的行動」と定義
され,その主な特徴として,①相手からの賛美・賞賛を得たい,②相手からの評価が気になる,③時に呑み込まれるよ
うな不安を感じる,④相手の挙動から目が離せなくなる,⑤結果的に交際が長続きしない,ということが挙げられてい
る.これらのことから,都筑(1984)で行われた研究に,大学生にとって身近な問題である恋愛という軸を差し込むこと
により,恋愛が若者の自己像や将来展望に与える影響について調査できるのではないかと筆者らは考えた.
仮説
以上のような問題意識(着眼点)から本研究では,以下のような仮説を立て,大学生の恋愛が将来・自己にどのような
影響を与えるのかを明らかにしたい.
① 自己肯定感,将来展望がともに高い人で,それらが A+「アイデンティティのための恋愛をしない者」と,B+「アイ
デンティティのための恋愛によってアイデンティティを達成した・しようとする傾向がある者」とでは,特に,自
7
己肯定感,将来展望の項目で A+より B+の方が有意に低い結果となる.
理由:B+については,自己のアイデンティティを,恋愛相手によって補っているため,恋愛相手がいなくなったとき,
自己のアイデンティティも同時に失ってしまうということが予想できるため,相手次第である自分というものに満足で
きず,自分を肯定的にとらえることができないことから自己肯定感が低くなるものと考えられる.また,将来展望にお
いても,自己のアイデンティティが相手次第という状況の中で,将来に絶対の期待,保障はされないという不安から,
将来展望においても低いことが考えられる.A+についてはアイデンティティの達成を相手次第である恋愛に頼らず,達
成できているため,自己肯定感も高く,自分で切り開けるという将来への期待も高い,と考えられる.
② 自己肯定感,将来展望がともに低い人で,それらが A-「アイデンティティのための恋愛をしない者」と,B-「アイ
デンティティのための恋愛によってアイデンティティを達成しようとする傾向がある者」とでは,やはり自己肯定
感,将来展望が A-より B-の方が有意に低い結果となる.
理由:A-は,現時点では,自己肯定感も低く,将来への期待も低いが,恋愛によってアイデンティティを達成させよう
とする傾向が弱いことから,B-と比べてアイデンティティが達成されているものと見なすことができる.よって,Bと比べて自己肯定感・将来への期待も高いと考えられる.対して B-は「アイデンティティのための恋愛」をする傾向
が強いことから,アイデンティティが達成できていないと考えられる.そして恋愛によって自らのアイデンティティを
達成させようとするが,現時点で恋愛によって補えていないため,A-と比べて,自己肯定感も低く,将来への期待も低
いと考えられる.
方法
研究協力者:2008 年 9 月から 10 月にかけて前橋国際大学の学生 527 名を対象とする.
男性:221 名 女性:300 名 不明:6 名
英語コ-ス 114 名,国際コ-ス 33 名,情報経営コ-ス 75 名,人間文化コ-ス 69 名,地域児童コ-ス 29 名,その
他 207 名の生徒に協力してもらった.年齢は,18 歳~22 歳だけでなく,23 歳以上の人物もいる.平均年齢は 19.
90(SD=1.39)だった.
1 年生:137 名 2 年生:146 名 3 年生:180 名 4 年生:58 名 無表記:6 名
手続き
調査内容
(1)時間的展望体験尺度 白井(1994) (*は逆転項目となる)
(5 件法)
1:あてはまらない 2:ややあてはまらない 3:どちらでもない
(18 項目) 4:ややあてはまる 5:あてはまる
将来の目標があるか,何か準備しているかといった【目標指向性因子】(質問項目:私には大体の将来計画があ
る,私の将来は漠然としていてつかみどころがない,将来のためを考えて今から準備していることがある,将来
のことはあまり考えたくない*),自分の将来に希望が持てるか,自分で未来を切り開く自信があるのかといった
【希望因子】(質問項目:私には未来がないような気がする*,自分の将来は自分で切り開く自信がある,私の将
来には希望がもてる,10 年後 私はどうなっているのかよくわからない*),現在の生活が充実しているか,生活
に満足しているかといった【現在の充実感因子】(質問項目:毎日の生活が充実している,今の自分は本当の自
分ではないような気がする*,毎日がなんとなく過ぎていく*,今の生活に満足している,毎日が同じことの繰り
返しで退屈だ*),過去を受け入れることができる,過去の出来事にこだわっていないといった【過去受容因子】
(質問項目:過去のことはあまり思い出したくない*,私の過去はつらいことばかりだった*,私は自分の過去を
受け入れることができる,私は過去の出来事にこだわっている*)の 4 つの因子を使用.
(2)自己肯定意識尺度 平石(1990) (*は逆転項目となる)
8
(5 件法) 1:あてはまらない 2:ややあてはまらない 3:どちらでもない
(10 項目) 4:ややあてはまる 5:あてはまる
自分の個性を素直に受け入れられる【自己受容】(質問項目:自分なりの個性を大切にしている,私には私なり
の人生があってもいいと思う),自分の夢を叶えようと取り組む【自己実現的態度】(質問項目:本当に自分のや
りたいことが何なのかわからない*,自分には目標というものがない*),生活がすごく楽しいと感じる【充実感】
(質問項目:満足感がもてない*,心から楽しいと思える日がない*),他人との間に壁を作り,孤独だと感じる【自
己閉鎖性・人間不信】(質問項目:私は他人を信用していない,他人に対して好意的になれない),人前でも地を
晒せる【自己表明・対人的積極性】(質問項目:自主的に友人に話しかけていく,人前でもありのままの自分を出
せる),人からの評価を気にする【被評価意識・対人緊張】(質問項目:自分が他人の目に同映るかを意識すると
身動きできなくなる,自分は他人より务っているか優れているかを気にしている)の 6 因子を使用.
(3)恋愛に対する態度尺度 和田(1994) (*は逆転項目となる)
(5 件法) 1:あてはまらない 2:ややあてはまらない 3:どちらでもない
(5 項目) 4:ややあてはまる 5:あてはまる
和田(1994)の尺度より,
【恋愛は男と女の間の最も高い目標である*】
【恋愛関係をうまくもてない人の人生にお
いて真の幸せや成功はない*】
【強力な愛はすべての困難や障害を乗り切る*】
【新の愛によって幸福感は必ず生じ
る*】
【心の恋愛状態というのは,永遠の恋愛である*】の 5 つの質問項目を使い,得点が高いほど恋愛に対する
態度が理想的なものであるとした.分析の際にはこれをまとめて合成得点を作成する.
(4)「アイデンティティのための恋愛」についての質問項目(グル-プで独自に作成) (*は逆転項目となる)
(5 件法) 1:あてはまらない 2:ややあてはまらない 3:どちらでもない
(5 項目) 4:ややあてはまる 5:あてはまる
大野(1993)の「アイデンティティのための恋愛」の特徴を参考として,
【恋人から褒められることは,他の誰か
ら褒められることよりも嬉しい】
【恋人からどう思われているか,いつも気にしている】
【恋人がいなかったら生
きていけないと感じる】
【恋人の友人関係や携帯の中身が気になる】
【一度恋愛をすると長続きするほうだ*】の
5 つの質問項目を作成し,得点が高いほど「アイデンティティのための恋愛」を行う傾向が強いものとした.分
析の際にはこれをまとめて合成得点を作成する.
結果と考察
本研究ではまず,SPSS を用いて,研究協力者を「アイデンティティのための恋愛」得点で低群と高群に分けた後,
それぞれの中で「自己肯定感」(因子:充実感・自己受容・自己実現的態度)得点の低群と高群に分け,また更にそれぞ
れの中で「希望」因子得点の低群と高群に分け,図 1 に示したように 8 つの群に分類した後,これを分析した.
Figure1 アイデンティティのための恋愛・自己肯定感・希望因の高低によるカテゴリー分け
9
【Figure1】 A+とB+の比較――自己肯定感について
*
5
B+
*
B+
4
*
A+
A+
B+
A+
3
2
1
充実感
自己受容
自己実現的態度
Figure 2 A+と B+の比較――自己肯定感について
充実感:t(110)=2.46, p<.05
自己受容:t(110)=3.10, p<.05
自己現実的態度:t(109)=3.83, p<.05
仮説①について
A+(
「アイデンティティのための恋愛」をせず、自己肯定感・将来展望ともに高いもの)と B+(
「アイデンティテ
ィのための恋愛」をする傾向があり、自己肯定感・将来展望ともに高いもの)を,自己肯定感についての因子である,
【自己受容】
,
【自己現実的態度】
,
【充実感】
,また将来展望についての因子である【目標志向性】
,
【希望】について
t 検定したところ,いずれにおいても,A+より B+の方が有意に高いという,仮説と全く逆の結果が得られた.これは,
B+が恋愛によって他人からの承認を得て,とてもポジティブにアイデンティティを補い,自分を良いイメージとして
受け入れており,自分自身が恋愛によってアイデンティティを補っていることに気が付いていないため,将来展望の
【目標指向性】
【希望】においても,不安を感じず,大きな期待をよせてしまっているため,と考えられる.つまり,
B+は恋愛の楽しさにはまってしまうあまり,現実を直視することなく,他者からの承認を得ただけで自信過剰になっ
てしまっているという可能性が考えられる.
【Figure2】 A+とB+の比較――将来展望について
5
*
*
4
3
B+
B+
A+
A+
2
1
目標志向性
希望
Figure 3 A+と B+の比較――将来展望について
目標志向性:t(111)=6.27 p<.05
10
希望:t(112)=14.2, p<.05
【Figure3】 A-とB-の比較
5
4
3
*
A-
B+
B-
2
1
0
充実感
Figure 4 A-と B-の比較
t(149)=-2.21, p<.05
仮説②について
A-(
「アイデンティティのための恋愛」をせず、自己肯定感・将来展望ともに低いもの)と B-(
「アイデンティテ
ィのための恋愛」をする傾向があり、自己肯定感・将来展望ともに低いもの)について,上記と同じ因子についてt
検定したところ,充実感のみでしか有意な差は出なかった.自己肯定感の因子である,
【充実感】が A-より B-の方が
有意に低い,という結果は仮説②を支持していると考えられる.
しかし,今回の研究では,
「多くの若者が恋愛をしている,または過去にした経験がある.
」ということを前提に調
査したため,
「アイデンティティのための恋愛をしている人」と「アイデンティティのための恋愛をしていない人」
という分け方だけでは,
「アイデンティティのための恋愛をしていない人」のなかには,
「恋愛自体していない,した
ことがない人」などが含まれていることが考えられるため,②において,
【充実感】という因子だけで,それ以外の
因子で有意差が見られなかったのはこのためである,と考える.
まとめ
以上のことから,青年期において「アイデンティティのための恋愛」を行う傾向のあるものは,アイデンティティ
が達成されていなくても,恋愛をすることによって他者からの承認を得るため,アイデンティティを達成したものよ
り,自己肯定感や将来展望についてポジティブに捉える傾向があることがわかった.
しかし,
「アイデンティティのための恋愛」を行う傾向のあるものの中で,恋愛によってそれが満たされていない
ものは,アイデンティティを達成したものより充実感の点で,よりネガティブになりがちであった.
よって「アイデンティティのための恋愛」を行う傾向のあるものは,例えば恋愛がうまくいっているときは非常に
ポジティブに生活することができるが,それが破綻することによって大きく充実感が損なわれてしまうというような,
恋愛によって生活の満足度が大きく左右される不安定な状況にある可能性が示唆された.
引用文献
大野久 1993 PC121 アイデンティティのための恋愛に関する質的デ-タからの接近 日本教育心理学会総会発表論
文集 35, 208.
Erikson, E. H.(1950). Childhood And society. New York: W. W. Norton.
(訳)(1977/1980). 幼児期と社会Ⅰ・Ⅱ みすず書房)
11
(エリクソン,E. H.
仁科弥生
都筑学 1984 青年の時間的展望の研究 大垣女子短期大学研究紀要 19, 57-65.
松井豊・戸田弘二 1984 青年の恋愛行動の構造について 日本心理学会第 48 回大会論文集, 577.
堀毛一也 1989 デ-ト場面における社会的スキル 日本社会心理学会第 30 回大会発表論文集, 139-140.
12
第 1 章 文化・社会状況の変化による人々の意識の変化
青木 和也
問題と目的
本論文の目的は社会状況の変化や日本文化の変化が日本人の意識変化についてどのように影響を与えているのかと
いうことを考察することである.現在,私たちを取り囲む社会状況は時間を経るごとに尐なからず変化している.たと
えば,最近では派遣社員の解雇問題が社会問題となっている(日経ビジネス,2009).しかし,つい最近までは派遣とい
う労働形態がメディアなどではドラマで派遣を題材にした「ハケンの品格」(2007)が放送されるなど肯定的な状態にあ
った時期もあったように私たちを取り囲む社会状況は時間を経るごとに尐なからず変化していることが分かる.本論文
では,人々の意識変化に影響を与えている日本文化・社会状況の変化(性役割・生活水準・経済・交通)を以下の二つの
視点を元にそれぞれについて考察していく.
1,文化の変化(法律や制度の変革)→人々の意識変化における根底に近い部分,性意識・政治意識などに影響を与え
ているのではないか.
2,生活水準の向上(環境変化)→行動における選択肢の多様化・モノなどの意味合いの変化などは人々に対して漸進
的な意識変化を起こす要因となっているのではないか.
日本文化の変化
黒田(2000)によれば,文化の中核的存在である基本的性格は不変だとしても,その表面的表現は変わっていくもので
あり,様々な状況によって変化し,その要因とは,外圧的なものと内圧的なものの二つである.外圧とは外部からの影
響つまり,海外(文化の流入,政治的介入など)による日本に対する影響のことである.外圧は初期の外圧と後期の外圧
にわけることができる.初期の外圧(第二次世界大戦直後)は,連合軍の占領政策(平和・民主化)の時期である.
そして,後期の外圧とはその後の国際化の波であり,冷戦,占領政策の修正,また,冷戦の終了などであった.また
内圧とは日本内部における状態変化(経済の発達,交通手段の多様化など)のことである.また黒田(2000)では日本の国
際化は,外観の変化によって見られるとしている.外観の変化について例としてあげると海外店舗の出店・ビルの建設
などだろう.日本文化は外圧,内圧の二つによって変化しているのならば日本文化の変化とともにある人々も文化の変
化によって意識が変化しているのではないだろうか.
文化の変化と意識変化
海外からの政治的介入(連合軍の占領政策など)によって民主主義化が始まって日本の文化の国際化が始まったこと
によって海外文化の流入が起こり,民主主義化についての意見の変化が起こった.図1では1963年の段階では民主主義
化に対しての意見として[良い]を[時と場合による]が上回っているが1973年でほとんど[良い][時と場合による]
の割合が変わらなくなりついに1993年では逆転しているということは民主主義化が最初に行われたときから民主主義
ということに影響する文化面での変化ということが起きたのではないだろうか.また,この民主主義に対しての意識の
変化に伴い1953年から1998年に行われた調査によって,図2にみられるように個人主義志向への意識変化が起こったこ
とが分かる.民主主義化という文化の変化が個人の自由が認められてきたということになり個人志向への変化をもたら
したといえるのではないだろうか.
13
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
0
良い
時と場合による
図1 民主主義に対する意識
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
趣味
清く正しく
図2 個人志向への変化
性役割の変化
本田・ケァンズ(1991)によると日本には「男は外で働き,女は家庭の世話をする」という性役割分担に関する根強い
考え方があるとされてきた.この考えに賛成する者は,1979年には大多数であったが,2004年には反対者が賛成者を上
回った(厚生労働省, 2006).また,池田・田代(1981)によると結婚した女性には妻,母親,主婦(家事担当者)としての
役割が期待され,夫には職業人(家担当者)としての役割が最も期待され,1980年には男性雇用者と無職の専業主婦から
なる世帯が妻も雇用者である共働き世帯を大きく上回っていた.しかし,年々賛成者は減尐し,反対者が増加して,1991
年以降,両者の割合はほぼ同数となり,2005年では共働き世帯988万世帯に対し,片働き世帯は863万世帯となった(厚
生労働省, 2006).この変化は1985年6月1日に公布された男女雇用機会均等法,2000年12月に施行された男女共同参画
社会基本法などの男女差の解消に関する法律ができたことによる影響しているのではないだろうか.また,岡崎(1990)
14
によると職業人としての役割をもつ妻が増えるのに従って,
「夫も家事や育児を分担すべきである」という意見が増え,
宮坂(2001)では「男も女も,仕事も家事・育児も」というポスト近代的ジェンダー観が出現したとしている.菊池・柏
木(2007)によれば,育児休業が役割逆転の機会として機能するためには,まず日本の「育児休業法」を父親が取得でき
るようなものに整えなければならない.全ての父親の問題として捉えるためにも,「産後8 週間」の制度を多くの人に
認知してもらうようにしなければならないとしている.また,田代(1981)によれば伝統的役割分業論を支持した女性も,
その72%が「女性はできるだけ社会と結びついた活動をするほうがよい」と答えていた.男女にかかわらず,「社会の
一員として社会のために役立ちたい」と考える人の割合は,1977年にはそのようなことをあまり考えない人をやや下回
っていたが,1985年から1991年の間に大きく増加して60%を超え,それ以後は大きな変化はない(厚生労働省, 2006).
中井(2000)の若者の女性のライフコース観調査の図3では「結婚しても経済的自立」においては,あてはまる・ややあ
てはまるの合計で62.9%で過半数を超えている.「結婚より自分のやりたいことを優先する」でもあてはまる・ややあ
てはまるの合計が54.1%とこれも過半数を超えている.このように男女雇用機会均等法,男女共同参画社会基本法など
の法の成立を機に性役割に関する意識は大きく変化しているということが分かる.この男女共同参画社会基本法などの
改正・制定を機に起こった意識の変化は性役割における女性の受け止め方の意識に影響を及ぼしているといえるのでは
ないだろうか.
子供は自分
の手で育てた
い
子供いても
フルタイム仕
事
あてはまらない
あまりあてはま
らない
ややあてはま
る
あてはまる
結婚より自分
のやりたいこ
と
結婚したら
趣味や習い
事
0
20
40
60
図3 若者の女性のライフコース観
国民全体の生活水準の変化による意識変化
馬場・福島・小川・中山ら(1990)によれば人間形成にとって物質的豊かさは精神的豊かさによって使われるときだけプ
ラスになり,精神的貧困によって使われるのであればかえってマイナス要因となるとしている.馬場・福島・小川・中
山ら(1990)から筆者は黒田(2000)にある外圧による影響によって起こった民主主義化,国際化によって海外文化の流入
これらによって変化した日本の生活水準によってどのように意識変化が起こっているのかということついて考察した.
馬場・福島・小川・中山ら(1990)にある物質的豊かさは日本の経済成長に伴って食料はもとより日用品・生活雑貨など
多くのものが 1980 年代にコンピュータの発展により機械のオートメイション化が行われ品質の良いものが大量生産さ
れてきたということである.つまり,この物質的豊かさというものは現在の若者にとってごく当たり前のものとなって
いるのだろう.また,物質的豊かさが当たり前となっているということは現在の若者だけにはとどまらず現在の日本人
全体にとっても当たり前のことになっているのではないだろうか.日本人全体にとって物質的豊かさが当たり前となっ
15
ているということから現代の日本人は物質的豊かさをプラスの要因として使うということが出来ていないといえるの
ではないだろうかではないか.つまり,歴史の移り変わりによって国民全体の生活水準が底上げされそれまでは貴重で
あった食事などであっても,その意味合いを変えているのだろうここから一つ一つのモノの持つ意味合いが変化するこ
とによって人々の意識も変化したのではないだろうか.
環境変化での選択肢の多様化による意識変化
筆者は文化の変化とともに経済・交通も進んできたのだと考えている.経済についての変化は,円高による打撃を受け
ることの予想された輸出業界を救済するため金融緩和が実施され,過剰な流動性が発生し,その資金が不動産投資や株
式投資に向かい信用創造が膨らんだこと一因として起こったバブル景気.このバブル景気により地価高騰・住宅高騰・
リゾート地開発など大きな経済発展を遂げた.また,このバブル経済崩壊後にも,九州自動車道全線開通,新幹線の普
及,パソコンの普及によるビジネスの IT 化,携帯電話の開始など経済・交通の発達のみならずパソコン(メールやイン
ターネット)・携帯電話などの情報伝達ツールの発達が起った.経済・交通の発達によって旅行や就職では東京だけで
はなくその近辺であっても通勤が可能になることで居住場所を選ぶことについての優先順位などに対しての意識が変
わるのだろう.経済・交通の発達によって多くの場所への行動範囲が幅広くなる(大きな距離の移動の時間が短縮され
る)ことでいろんな選択肢が増えるということにつながったことが人々の意識が変化する一つの要因となっているのだ
ろう.
まとめと今後の課題
人々の意識変化が起こるのは,はじめに文化の変化が起こることによって環境が変化したことで変化を受け入れるよう
な状態になりその文化・環境などを受け入れることで人々の意識が変化しているということだろう.文化の流入におい
ては黒田(2000)によると日本文化は海外文化を多く取り入れてきたがその100%を受け入れてきたわけではないとして
おり,海外文化を日本独自の状態へと変化させてきたことによりこれを受け入れ易くしたことが考え方が変化した一つ
の理由なのだろう.また,文化の変化でだけではなく社会状況の変化という面では経済・日本内の権利・法律の制定・
交通などの日本内での社会状況の変化で人々に選ぶ選択肢が増えることにより今まで多くなかった意見が増えるきっ
かけとなることで性役割・居住場所の優先順位などについての意識が変化する要因となっているのではないだろうか.
これからの課題として文化の変化・社会状況の変化・性役割・生活水準の向上これらが文化の変化が人々の意識変化に
対してなんらかの影響を与えていると仮定して特に社会的な変化,男女についての権利・法律の改正,制定,経済・交
通の発達によるさまざまな行動についての選択肢の多様化などが人々の意識変化においてどのように影響を及ぼして
いるかということを検討していきたい.
引用文献
池田政子・田代俊子 1981 夫・子・老親と女性 77-116,女性の生活史研究会編 1981 いま女性は,福村出版.
岡崎陽一 1990 家族のゆくえ, 東京大学出版会.
鴨桃代・村岡正 2009 雇用騒乱,日経ビジネス 1 月 26 日号,8-10,寺山正一・飯泉梓・山崎良兵(編),日経BP社.
菊池ふみ・柏木恵子 2007 父親の育児―育児休業をとった父親たち―,
文京学院大学人間学部研究紀要,
9, 189‐207.
黒田安昌 2000 変化していく日本文化・その要素と原因,統計数理,48,77-92.
厚生労働省編 2006 厚生労働白書(平成 18 年版),ぎょうせい.
中井美樹 2000 若者の性役割観の構造とライフコース観および結婚観,立命館産業社会論集,36,117-127.
馬場健一・福島章・小川捷之・山中康裕 1990 日本人の深層,有斐閣.
本田時雄・ロバート B. ケァンズ 1991 文化的文脈における日本の子供たち,文教大学生活科学研究, 13, 1-15.
16
宮坂靖子 2001 ポスト近代的ジェンダーと共同育児,根山光一編著,母性と父性の人間科学,コロナ社.
17
第 2 章 感情と行動‐虫退治を例にして‐
新井 理恵
はじめに
「おめでとうございます!あなたは宝くじの一等に当選しました!三億円はあなたのものです!」と告げられたらあ
なたはどう感じるだろうか.素直に喜ぶかもしれないし,最近流行りの詐欺では?と疑いの念を抱くかもしれない.も
しかしたら,このことを知った強盗に狙われるかもしれないと恐怖を感じる人もいるかもしれない.また,それらの感
情を抱くと同時に,喜びに笑顔を浮かべながら飛び跳ねたり,疑いの念から相手に素っ気ない態度をとったり,恐怖を
感じたなら逃げ出したりと,表情や行動でその心境を表すこともある.このように,人は日常生活の中で様々な感情を
抱く.要因は人それぞれであるし,また場面も様々だ.先の宝くじの場合のように,同じ事柄であっても抱く感情は個
人により異なり,逆に仲間と共に何かをやり遂げたなら,その達成感から喜びといった感情を共有することもあるだろ
う.私たちは生きていくうえで,感情を抱き,感情に触れ,感情と関わり合いを持ちながら生活している.では,その
感情はどこから来たのか,どうやって生まれたものなのだろうか.そんな疑問を持って生活するうち,ある出来事がお
こった.祖母との死別である.ずっと一緒に住んでいた祖母が何の前触れもなく亡くなったのだ.葬儀の際には涙がな
かなか止まらず,悲しくて仕方がなかった.親類の中には,どうして先に逝ってしまったのだと怒りにも似た行動をと
っている人もいた.それをきっかけとして感情とその表現方法などに興味を持つようになっていった.感情について触
れるうち,感情は行動を起こさせるものであるということを知ったのだが,そこから新たな疑問を抱いた.それは,感
情が同様であるにもかかわらず行動が異なるということだ.これは,私自身のアルバイト先での体験がもととなってい
るので,今回はそれを例として取り上げ検討してみようと思う.
感情とは
感情とは精神や身体,行動に影響を与える突然の全身的な反忚であり,激しい怒りなどの強く一時的なものと,比較
的長い間持続するものとに分かれる(高野,2005).山崎(2006)は,感情に関する研究において,情動(emotion)と感情
(feeling)と表わされる感情の区別は曖昧であり,両用語は同じ意味で使用されていると考えてよい場合が多いと述べて
いる.筆者も同様に,両用語を同様のものとして定義し今後の研究を進めていくこととする.また,感情は生まれなが
らに持っている一次感情(驚き・恐怖など)と,社会的・文化的な影響を受け生まれる二次感情(恥ずかしい,など自己
意識が関わるもの)とがあり,これらをベースとして知能や社会的態度などが加わることで人格が築かれることも明ら
かにされている.ダーウィン(1872)によれば基本感情は<喜び>,<驚き>,<悲しみ>,<恐怖>,<嫌悪>,の六
つであるといわれている.更にエクマン(1975)は上記の六つに加え,<楽しみ>,<軽蔑>,<満足>,<当惑>,<
興奮>,<罪悪感>,<得意>,<充足>,<感忚的な喜び>,<羞恥>を加え,十六の感情があるとした.また,エ
クマン(1975)は以下の五つ(①~⑤)を基本感情の基準とし,更に三つの基準(⑥~⑧)を加えるべきだとされている.
①突然感じられること
②長く続かないこと
⑥普遍的な表情を持っていること
③他の感情と区別がつくこと
⑦同じ経験をしたら誰もが感じるということ
④特有の身体的な反応を伴うこと
⑧類人猿にも同じような感情がみられること
⑤赤ん坊にもあるということ
基本感情
基本感情
追加基準
18
感情に関する 4 つの仮説
感情は,様々な側面を持っており,一つの仮説でのみ説明することは出来ない.例えば,感情=文化説でいえば,筆
者が祖母との死別に対し感じた悲しみも,社会のルールによりつくられたものであるということになる.しかし,幼い
頃から同じ家に住み,自営業という職業柄忙しかった両親に代わり幼い筆者の面倒をみて,毎朝幼稚園に行く前に髪を
結ってくれた祖母.母に代って祖母の作ってくれた食事を食べながら家族で笑いあい,同じ時を過ごすなかで,時には
辛くあたってしまい後悔したこともある.こういった出来事を無かったことにして,死別は悲しむべきことであるとい
う社会のルールにより生まれた,とするのはたとえそういった傾向があったとしてもなかなか認め難い.しかし,感情
=認知説のように自身が悲しいと認識することで悲しいのだと言われれば,納得もいく.このように,それぞれの仮説
で補い合いながら感情に関する研究が進められている(高野,2005).次の四つが感情に関する主な仮説である.
表 1 感情に関する 4 つの仮説
4 つの仮説
基本になる考え方
提唱者
日常生活に活かせること
感情=進化説
感情は遺伝である
Charles Robert Darwin
恐怖が危険と結びつくことで
(1809-1882)
逃げることができる
William James
身体反忚をコントロールすることで
(1842-1890)
感情もコントロールできる
Epictetus
考え方を変えることで
(55 頃-135 頃)
感情をコントロールできる
Margaret Mead
文化的な背景を考えることで
(1901-1978)
理解しやすくなる
感情=身体説
感情=認知説
感情=文化説
感情は身体的反忚である
感情は思考である
感情は文化である
① 感情は遺伝である(感情=進化説):ダーウィン(1809-1882)
ダーウィン(1872)は「私たちに感情が備わったのは原始時代に狩猟採集生活をしていた時のことで,それは厳しい環
境の中で生き残り,子孫を残すためであった」というものであり,<生存>と<子孫の繁殖>という二つの目的にふさ
わしい感情が進化の過程で取捨選択されていったのだと述べている.恐怖という感情は生命の危機である危険と結びつ
く.危険と結びついた恐怖は,我々に生命の危機を感じさせることで危険から逃れようと行動に移させることが出来る.
他にも,怒りは敵を倒すのに役立つし,欲望は配偶者を得る原動力にもなる.つまり,感情は生き残りや子孫を残すた
めに貢献してきたと考えられ,喜びや怒りの感情が乳児の早い段階で現れるということは,進化の過程で選択された感
情が遺伝的な要素として身体の中にプログラミングされているのである(高野,2005).
② 感情は身体的な反応である(感情=身体説):ジェームズ(1842-1910)
例えば,恐怖という感情を思い浮かべた際,一般的には<恐怖>を感じることにより<体が震え>,<悲しくなる>
ことで<涙を流す>と考える.しかし,ジェームズ(1884)は自身の言葉の中で「悲しいから泣くのではなく,泣くから
悲しいのだ」と表わしたように,まず,身体的な反忚があり感情が起こるとした.つまり,悲しみを感じるような出来
事(刺激)があり,涙を流す(身体変化).そして後に悲しみを感じる(感情),という道筋で考えるとしたものである.例え
ば,スピードを出した車が急に自分の横を走り去った瞬間には,心拍数が上がったり,背筋が冷える感覚を感じたりと
いった生理学的反忚が起こる.その後,危なかったという恐怖を改めて認識するということだ.また,感情=身体説の
なかには,トムキンス(1995)の「顔面からのフィードバック現象」と呼ばれるものがある.これは,悲しみや喜びの表
情をつくることで自際にその感情が湧いてくるというものである(高野,2005).
19
③ 感情は思考である(感情=認知説):エピクテトス(55 頃-135 頃)
「出来事そのものが人を悲しませるのではない.その出来事をどう考えるかによって人は悲しくなるのだ」とエピク
テトスがいったように,ある出来事が起こった時,その出来事は快か不快か,予測していたかいなかったか,コントロ
ール可能か不可能か,自分の責任か他人の責任かといったことを瞬時に判断し,その結果,感情が生まれるというもの
で,その事態をどのように捉えるか(認知するか)によって抱く感情が異なるというもの(高野,2005).
例えば,友人と今度飲みに行こうと約束したとする.にもかかわらず,なかなかそういった機会に恵まれなかった場
合,その友人が自分とは飲みには行きたくないのだと思えば悲しくなるし,忙しくて体でも壊したのだろうかと思えば
心配になる.
④ 感情は文化である(感情=文化説):ミード(1901-1978)
<感情はどんな文化を持っているかによって決まる>というもので,<社会的な役割>としての感情の側面を強調す
る.すなわち,ある社会の中で,どのような時にどのような感情を抱くべきかということを学んできたのであり,また,
その感情をどう表わし,それがどう受け止められるかは,その文化の規則によって決まるということである(高野,2005).
例えば,悪魔の存在を信じる文化・社会ではその存在を感じられるような場面では恐怖を感じるが,悪魔の存在を信
じない文化・社会では,恐怖は感じないといった具合のもの.つまり,社会によって決められたルールにより,感情が
喚起されているということがいえるだろう.
感情と行動
感情の四つの仮説にもあるように感情は身体的な反忚を起こす.また,行動を起こさせるものでもある(高野,2005).
それを知った際にふと思い当ることがあった.それは虫を見つけた時だ.筆者は,虫を見つけた際に<怖い>と感じる.
心拍数が上がったり,手のひらに汗をかいたりすることもあるし,時にはしばらくその場から動けないこともある.そ
れはアルバイト先でも自宅でも同様である.しかし,どちらも同様に怖いと感じるにもかかわらず,このふたつの状況
での行動はそれぞれ異なる.抱いた感情が同様であるなら,行動も同様であるのではないのか.ましてや怖いとか,気
持ち悪いというネガティブな面をもつものであるなら,なおさらではないだろうか.
事例:虫を見つけた時
夏のじめじめした夜,アルバイト先に一匹の虫が現れた.その日のシフトは男性が三人,筆者を含め女性が二人の計
五人であった.虫を見つけた筆者はすぐにすぐ傍に居た男性社員 A さんのもとに行くが,A さんは虫が苦手らしく退治
を拒否.困った筆者は他の男性アルバイト B さんのもとへ行くが,やはり退治を拒否される.他のアルバイトに交渉を
してみるも「怖い」
「気持ちが悪い」と返されるだけで状況は変わらず,なかなか問題は解決しなかった.仕方なく,
筆者は箒を片手に虫に立ち向かい虫を退治することになったものの,もちろん虫は怖い.いつこちらに飛んで来るかも
わからないそいつに,自分から向き合わなければならないということは,勇気のいるものだ.この際,他のアルバイト
の人達は遠くで様子を窺っているだけで援助する様子は見られなかった.それ以降,同様の状況になった際には筆者が
かりだされている.
一方,同じように自宅で虫を見つけた場合には,怖いと感じた自分の思ったままに行動する.例えば,机の上などの
高いところに上ったり,反対側へ回ったりして尐しでも虫から離れようとし,とにかく逃げることだけを考える.家族
がその場にいる場合には家族に退治を依頼し,例え拒否されようと無理やりにでも押し切り,家族に何とかしてもらう.
近くに家族がいない場にはとにかく尐しでも虫から遠ざかろうと努力をし,虫がどこか別の場所に行くまで離れた位置
から様子をうかがい,他の部屋でしばらく過ごしてから様子を見に行く.
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自宅の場合
アルバイト先の場合
自分
他の人
家族
自分
虫
虫
抱いた感情は同様であるにもかかわらず,筆者の行動が異なることの要因として,筆者は以下の 3 つを考えた.
① 感情=進化説の視点から:恐怖は危険と結びつく
感情には何らかの行動を起こさせる機能があることが明らかになっている.筆者の事例の場合,喚起された感情は<
恐怖>であり,その際に表れる行動は<逃げる>と<闘う>である.恐怖という感情を<感情=進化説>の視点から検
討すると,<恐怖>という感情は自らの身を守るために<危険>というキーワードと結びついているため,先に示した
2 つの行動(逃げる・闘う)を起こさせたといえる.
②社会学的視点から:新しい役割と期待
原岡(2000)によると人は知らず知らずのうち,他者がいる時といない時とでは行動に違いがあるという.(例えば,
自分のことを尐しでも格好良く見せたい,尐しでも良い評価を得たいといった思いが無意識に働く=印象操作)そのた
め,卖に恐怖という感情により行動が起こされたわけではなく,他者の存在やその人物との関係性により行動が異なっ
たのだといえるだろう.つまり,他者の目を感じる自分と,その他者からの期待や要望により新たな役割がうまれたと
考えられる.また,これらの役割は他者によって異なるといえる(山田,2004).例えば部活動での部長としての役割,
兄としての役割等様々なものが挙げられる.役割が異なるならば,それに対する周囲からの期待もそれに見合ったもの
となるだろう.また,筆者の経験からも,たとえ「虫を退治すること」が自身の意思にそぐわないものであったとして
も,一度印象操作を行ったり周囲からの期待に忚えたりしてしまうと,周囲の人々はその役割を次回以降も求めるよう
になる.(きっとまた退治してくれるだろうとか,お前ならやれる等)そうするうちに,一度出来上がってしまった仮面
は脱ぎにくくなり,周囲からはその人個人の本来の姿であるとされてしまう.素を出しにくくなった場合,自分はこう
ありたいと思う反面,その社会に受け入れられ,その中で円滑な生活を送りたいと考えることで,与えられた「適切な
役割を演じること」との間に葛藤が生じてしまうのだ(吉岡,2007).
③ステレオタイプの視点から:イメージによってつくられる人物象
「男だから酒が飲める」等の誤った認識のしかたであるステレオタイプも関係していたと考える.筆者は以前,アル
バイト先での会話の中で「兄が二人」
「小さい頃はよく野原を駆け回っていた」等の話をしたことがあった.それに対
し相手は納得した様子を見せていた.<筆者=野原を駆け回る>という二つがイコールで結ばれることは事実であるた
め問題ない.しかし,そこに<兄が二人,野原を駆け回っていた=虫にも強いだろう>という誤ったイコールでの繋が
りが出来てしまったと考えられる.それにより,筆者にとって苦手な虫も相手からしたらそうでないものとして認識さ
れてしまい,それを踏まえた期待が筆者に向けられることとなったのだろう.
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おわりに
感情は複雑かつ曖昧なものであり,型に当て嵌めて考えることは難しい.例え,本人にとって意識されていないもの
であっても,思考や周囲との関係などと密接な関わりあいがあること,感情により引き起こされた行動も周囲との関わ
りあいや関係の中で異なり,また変化して行くことがわかった.
虫を見つけた時の事例の際に筆者の抱いた感情は同様であると述べたが,恐怖という感情はアルバイト先での状況の
場合には多尐なり薄れていた可能性はないだろうか.自宅では頑なに拒み,一切虫とはかかわり合おうとしなかったに
もかかわらず,仕方ないとはいえアルバイト先ではその虫に立ち向かうことができた.確かに,役割期待や印象操作の
影響は強いと思う.しかし,そこまでアクティブにはなれないような気がしてならない.もしかしたら,もう虫が怖く
なくなっていたのかもしれないし,意外と家で見つけても逃げずに立ち向かえるようになっていたなんてこともあるか
もしれない.試すことが出来ないのが残念である.また,他者との関わりの中で自身の行動が異なってゆくということ
にも,強い興味をもった.期待に忚えるという点で私個人の事を言えば,それはひどいプレッシャーであり,期待に忚
えられなかった時に信用を失うのは怖い.出来るなら期待などしないで欲しいし,そういったことには関わりたくない
のが正直なところである.しかし,他者とかかわりを持って生きていくならそれは不可能で,他者との繋がりのなかで
生まれる役割に忚え続けなければいけないだろう.そこで新たに疑問が生まれた.虫を退治することを苦痛だと感じな
がらも他者からの期待に忚え,その行動を繰り返すことで,周囲だけでなく自身もそれが本来の自分であると思い込ん
だりすることがあるのだろうか.それとも,実はまったく別の自分であると自分自身が思い込んでいるだけで,本当は
虫退治を問題なくこなすことが出来る自分がどこかに潜んでいるのか.以上を今後の課題とし,卒論に向けてより理解
や興味を深めていきたい.
引用文献
フランソワ・ルロール リストフ・アンドレ 高野優(訳) 2005 感情力 感情をコントロールできる人でき
ない人,紀伊國屋書店,FrançLelord & Christpohe Anderé La force des emotions.
井上俊 船津衛(編)2005 自己と他者の社会学,有斐閣アルマ.
山田和夫 2004 「外なる自己」のつくりかた,亜紀書房.
山崎勝之 2006 ポジティブ感情の役割―その現象と機序,パーソナリティ研究,14, 305-321.
吉岡和子 2007 友人関係における“自己の在り方をめぐる葛藤”に関する研究,九州大学心理学研究,8,195-200.
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第 3 章 傷によってつながれる自分
後藤 美里
はじめに
私はピアスの穴をあけていない.いや,むしろあけることが出来ないと言ったほうが正しい.それは,ピアスの穴を
あけるときに伴う痛みを味わいたくないからだ.私にとって痛みとは,一番嫌いな食べ物の納豆よりもゴキブリよりも
嫌いなものなのである.
ピアスをつけている友人をみて「可愛いな」
「おしゃれだな」とは思う.でもやはり,自分の耳にはあけようとは思
えない.友人たちは言う.
「ピアスの穴をあけるときなんて一瞬だよ.痛みだって一瞬で,そんなに痛くないよ」と.
しかし,私にとってどのくらいの痛みがあるのかということはあまり問題ではない.痛みがあるのかないのかというこ
とこそが問題なのである.そんな私に友人はさらに言う.
「そんなに怖がることはないよ.あっさりとあくよ,ピアス
の穴なんて」
.私はそんな風に笑い飛ばせない.痛みがあるということは,身体が「今身体が傷ついてるよ!気づいて!」
と信号を出しているようなものだ.ピアスの穴をあけている友人は痛みを「たいしたことじゃないよ」と受け入れられ
る.しかし私は「私の身体が傷つけられているなんて怖い!」と拒否反忚を示す.友人たちは痛みが「あなたの身体が
傷ついていますよ」と伝えているのに,どうしてあっさりと受け流せるのか.痛みというものを笑って受け流す友人の
姿を見て,どうにも私には理解できない感覚なようだと感じた.
しかし近年,あえて自分の体に傷をつけ,それに伴う痛みを求めるかのような行為が若者の間で広まっていることが
指摘されている.その行為とは,リストカットと呼ばれる行為である.私にとって身体が傷ついていることを知らせる
恐怖の信号である痛みというものが,リストカットを行う人にとっては必要不可欠なものである場合もあるらしいと知
ったとき,痛みというものを笑って受け流した友人に感じたものと同じような感覚を私は感じた.つまり,私にはどう
にも理解できないものだ,という感覚だ.ピアスの穴をあける友人と私とで痛みの受け取り方が違うように,リストカ
ットを行う人と私とでは痛みの受け取り方が違うのだろうか.ピアスの穴をあける友人とリストカットを行う人とでは
どうなのだろうか.痛みの受け取り方が違うのだろうか,同じなのだろうか.もし痛みというものを私とは違う受け取
り方をするとしたら,いったいどんな痛みの受け取り方をするのだろうか.必要不可欠な痛みと,必要としない痛みが
あるのだろうか.私の頭には次々に疑問が浮かんだ.
自傷行為とは何か
角丸(2004)によると,リストカットという名称が日本で使われるようになったのは 1970 年代である.1970 年代以前
はリストカットという名称は使われておらず,自傷行為のなかの一つで,
「身体を刃物で傷つける」というタイプで括
られていた.自傷行為の主な種類については,角丸(2004)の研究をもとに以下のようにまとめることができる.
自傷行為
爪(口唇)を
身体を刃物で
噛む
傷つける
火傷…
薬物乱用…
たばこの火を身体
に押し付けるなど
シンナー、大麻を
吸うなど
図 1 自傷行為の主な種類(角丸(2004)をもとに筆者が作成)
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心理学において,これまで自傷行為は主に精神疾患に伴う行為として研究されてきた.山田(2007)は自傷行為を起こ
すことの多い精神疾患について,主に境界性人格障害,うつ病,統合失調症,解離性健忘の四つを挙げ,自傷行為を行
う動機については,それぞれの症状の特徴から次のようにまとめている.境界性人格障害の人は「他人に見捨てられる
のではないか」という恐怖心から強くなることから,自分に注目を持たせること,他人の目を引くために行う.統合失
調症とうつ病の人は気分障害であるため,自殺の意志を持ったときに自殺意図を持って自傷行為を行う.解離性健忘の
人は本人の受けたストレスのようなものから物忘れでは済まされないような健忘が起こるもので,過去の心的外傷体験
(多くは虐待ではないかと考えられている)を思い返さないようにあえて記憶があいまいになる時間を作るため自傷行為
に行う.他にも精神疾患と自傷行為については様々な研究がなされてきた(仙波ら,2001;内藤,2006).
若者に広がる「リストカット」
山口(2007)によると,近年従来の精神疾患に伴う行為としての自傷行為があるという従来の考え方には当てはまらな
い自傷行為が現代の若者を中心にみられることが指摘されている.また,山口ら(2004)はアンケート調査の結果から,
大学生の 6.9%が一回は自傷行為の経験があることを明らかにしている.自傷行為の経験がある大学生全員が精神疾患
である可能性は考えにくいことから,従来の精神疾患に伴う自傷行為とは違う自傷行為として,若者を中心に広がる自
傷行為についての研究を行っている.精神疾患に伴う行為としての自傷行為と若者を中心に広がる自傷行為の違いにつ
いては近年になり注目が集まってきた.
従来の自傷行為と,現代の若者に広まりをみせている自傷行為にはどんな違いがあるのだろうか.それは様々な種類
がある自傷行為の中でも直接身体に傷をつける行為を選ぶ人が多いことである.とりわけ身体の中でも手首を傷つける
ものが多く,リストカットという名称がつくまでになった.従来の精神疾患に伴う行為としての自傷行為との違い,そ
れは言い換えれば,現代の若者の自傷行為における特徴は,数ある自傷行為のなかでも,リストカットという名称がつ
けられるほど,手首という場所が傷つける場所に選ばれる点であるともいえる.
リストカットと摂食障害
近年になり注目を集めているリストカット研究のなかに,摂食障害との関連に着目した山田(2007)による論稿がある.
摂食障害の原因は今現在はっきりしていないが,現代の若者に特徴的な問題の一つであり,ダイエットがきっかけにな
る場合が多いとされる.摂食障害には神経性無食欲病,俗にいう拒食症と過食症の二つに大別されるが,両者を比べる
と過食症のほうがリストカットを行う人が多い,という論稿だ.
なぜ,過食症の人のほうがリストカットを行うのだろうか.拒食症の人は,
「痩せたい」という願望を叶えるために
食欲が無くなっていき,文字通り食べることを拒否することで「痩せたい」という願望が叶えられる.過食症の人は,
「痩せたい」という願望を叶えたいのに,過度なまでに食事をとってしまう.同じ「痩せたい」という願望がはじまり
のため,拒食症の人は「食べないと痩せる.だから食べなくても平気」と感じる人が多いが,過食症の人は「食べたら
太るって分かっているのに,食べることが止められない」と苦痛を感じる人が多い.過食症の人は「痩せたい」と切望
しているにも関わらず,自分というものがうまくコントロールできない.
「こんな太っている自分は,自分ではない」
と自己を否定しまうのではないだろうか.拒食症の人は自己を肯定的に受け入れられるが,過食症の人は自己を受け入
れられない.そのため,過食症の人のほうがリストカットを行うのではないだろうかと考えられる.
以上のように拒食症と過食症の違いからリストカットを行う理由を考えてみると,自分,つまり心理学でいう自己と
いうキーワードが浮かび上がってきた.自己を受け入れられている人と自己を受け入れられないという差が,同じ摂食
障害の括りの中でさらに症状を二分させているということは,自分というものを受け入れられないような自己に関する
何らかの問題を抱えたとき,リストカットを行うとは考えられないだろうか.また,摂食障害もリストカットも近年に
なり現れた行為であることから,近年の若者の自己というものが重要なのではないか,と考えた.
24
現代の若者の自己
現代の若者の特徴的な自己について,浅野(2006)は,多元化,という視点から研究を行っている.浅野(2006)は,人
は様々な場面によって違う自己があり,それぞれの役割に即した自己を持っているが,若者の自己が近年では多元的に
なっていると指摘する.言い換えれば,これまでは多様化であった自己(A)が,近年では多元化(B)した自己に変化した
とも言える.
(A)
(B)
学校での
自己
×
1 人の時
の自己
学校での
自己
(身体)
仕事先
1 人の時
での自己
の自己
自己
×
仕事先
での自己
自己
(身体)
×
ウェブ上
家庭での
ウェブ上
の自己
自己
の自己
×
家庭での
×
自己
図 2 多様化と多元化の違い
図 2 における(A)は多様的な自己の様子を示したものである.学校にいるとき,仕事先にいるとき,家庭にいるとき,
ウェブ上にいるとき,一人でいるときなど,様々な場面において現れる自己同士が二重線で横のつながりがあり,なお
かつ身体に集約される中心にある自己とそれぞれ太線で繋がっている.身体に集約される自己というものを中心にして,
それぞれの自己が枞をつくっている.この枞が「自分らしい」という気持ちである.学校にいるときの自分から見ても
仕事先の自分は自分らしく,仕事先の自分から見ても家庭にいるときの自分は自分らしい,と考えることができる.つ
まり,
「自分らしい」という枞のなかで様々な自己が存在している状態が多様的な自己である.
それに対して(B)は多元的な自己の様子を示したものである.仕事先にいるとき,家庭にいるとき,ウェブ上にいる
とき,一人でいるときというさまざまな自己同士に横のつながりがなく,身体に集約される中心にある自己と,学校に
いるとき,仕事先にいるとき,家庭にいるとき,ウェブ上にいるとき,一人でいるときがつながっているにとどまって
いる.身体に集約される自己から見ると,学校にいるときの自分は自分らしく,仕事先にいる自分も自分らしいと感じ
るが,学校にいるときから仕事先にいる自分を見た場合は自分らしいと感じない.つながりがないのである.このよう
に「自分らしい」という枞が無くなり,つながりのない様々な自己が存在している状態が多元的な自己である.
多元的な自己を実感する場面というのは,実は多いのではないだろうか.例えば,インターネット上の日記ではとて
も明るい印象を受ける子が,学校ではあまり話さないおとなしい子であったという体験はないだろうか.明るい性格と
おとなしい性格とではおおよそ真逆のように感じられ,性格と性格につながりがあるようには思えない.
「どっちが本
当のあなたなの?」と聞けば,おそらく「うーん…学校にいるときとインターネットにアクセスしたときは違うから」
と返ってくるかもしれない.学校にいるときとインターネットにアクセスしているときは,もちろん両方とも自分であ
るにも関わらず,
「どちらも私」とは思えず「うーん…」と考えてしまう.学校にいるときの自分とインターネットに
アクセスしているときの自分という二つの自己に「自分らしさ」という枞が無いからである.
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先に筆者は,リストカットを行う理由の重要なキーワードとして自己を挙げ,自分というものを受け入れられないよ
うな自己に関する何らかの問題を抱えたとき,リストカットを行うのではないだろうかと考えた.この,自己に関する
なんらかの問題とは,浅野(2006)の多元化する自己の視点から考えられないだろうか.多元化する自己とは,以前の多
様化であった自己から「自分らしさ」という枞が外され,さまざまな場面に現れる自己が身体に集約される自己とのみ
とつながりがある状態である.リストカットを行う人は,多元化する自己,つまり複数ある自己同士に「自分らしい」
と枞をつくるために,さまざまな場面において現れるバラバラの自己が集約される身体を傷つけているのではないだろ
うか.つまり,
「自分」に一貫性を求めてリストカットを行うのではないだろうか,という仮説が立てることができる.
南条あやというリストカッター
「自分」に一貫性を求めてリストカットをする,という仮説を单条あやというリストカット経験者のケースと照らし
あわせて考察する.单条あやとは,リストカッター(リストカットを行う人)である自分の様子をウェブ上で公開し注目
を浴び,ネットアイドル的な存在となった人物である.
单条あやは,ウェブ上の日記に次のような内容を載せていた.
『もうそろそろ私が精神関連のコトや薬関連のことを
良く知っていると正体を現しちゃおうかしら….と思ってしまいます.
』これは,
『先生のこと,信じていいの?』とい
うタイトルで,ある薬が欲しいものの,それまで薬に詳しい素振りを見せていなかった自分に対する信頼がなくなるの
では,と懸念する日記を載せた日のものである.また,違う日には『今クラスで友達をしているのは上辺です.(中略)
とにかく,上辺だけの付き合いです.
』という内容がある.单条あやは,先生に信頼されるための自己,友達を続ける
ための自己といったふうに場面によって違う,つまり複数の自己をつくっていることが考えられる.このような日記に
は必ずといっていいほど,リストカットを繰り返した,という一文が続く.また,推定自殺する直前の日記で单条あや
は「高校を卒業したあとの自分」について書いている.学校という一つの場面が日常から消えたことにより,学校で見
せていた「自分」をもてあましている,といったような内容だ.
『働くのがいいのでしょう.おそらく.
』と書き,また
新しい「自分」を作ることが最良の選択であることは分かっているが,さまざまな理由から働かないであろうことを自
分で予想し,
「自分」とは何なのかを深く悩んでいる様子が見てとれる.
このように,单条あやのケースではリストカットをする様子をリアルに,また細かくウェブ上に日記という形で公開
していたことにより,
「複数ある自己に戸惑う自分」というものがリアルタイムで見ることが出来る.それにより,い
くつかの自己を使い分けつつも,
「自分らしさとは何なのだろうか」と戸惑い,リストカットを繰り返してしまう单条
あやの心の葛藤が見て取れる.单条あやは,場面によって変わる「自分」に苦痛を感じて,結果としてリストカットを
繰り返していた,と考えられないだろうか.
先に私は,
「自分」に一貫性を求めてリストカットをするという仮説を立てた.現代の若者は,
「自分らしい」という
一貫性が無くなったことにより,浅野(2006)が指摘するように自己が多元化している.このような自己が多元化してい
る状態はある意味での葛藤や苦しみを生じさせる.そうした現代社会における自己に関わる葛藤や苦しみに対して,リ
ストカットを行う人は,複数ある自己同士をつなげ「自分らしい」という枞をつくることで自己に一貫性を求めようと
いう試みを,すべての自己が集約されている身体を傷つけることで達成しようとしているのではないだろうか.
「自分
らしい」という枞をつくるため「自分」に一過性を求める試み,それは言い換えれば「自分」が「自分らしく」である
ための葛藤ともいえる.リストカットは,自己が「自分らしさ」を模索した一つの形ともいえるのかもしれない.
おわりに
私が奥田ゼミに入ってからのこの一年は,リストカットについて色んな視点から考察することに力を注いだ一年であ
った.
「なぜ私にはピアスの穴があけられないのか?」という素朴な疑問からリストカットという行為に着目し,リス
トカットを多元的自己の視点から見たり,システム論の視点から見たり,記憶をつくる装置という視点から見たり….
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自分なりにではあるが,徹底的に「自分では理解できない感覚」と真っ向対決を挑んでみたつもりだ.この一年リスト
カットと真っ向対決をしてみて「こいつ面白い!」と思ったのは,多元的な自己という視点であった.痛みというもの
を笑って受け流す友人という自己と,
「痛い!怖い!」と拒否反忚を起こしてしまう私という自己の違い.こうした自
己の違いに着目することで,研究の出発点だった疑問の答えが出るような気がしたのだ.リストカットという窓口から,
自己という一つのポイントが導き出すことが出来たと思っている.卒論では,リストカットという窓口から導きだされ
たこの多元的自己に着目してテーマを設定しようと思う.
今後の課題としては,まず従来の自己に対しての先行研究を探すことである.現在の多元化した自己との違いをより
明確にし,さらに分かりやすくまとめることが必要だ.また,それを踏まえた上で,自分が多元的な自己のどこに着目
しテーマ設定をするかを決めなければならない.まだまだ卒論に向けての課題は多いが,一年をかけて卒論の軸を練り
上げることができ,大変ではあったがとても力のつく一年となったと思う.
引用文献
浅野智彦 2006 検証・若者の変貌-失われた 10 年の後に,勁草書房.
角丸歩 2004 大学生における自傷行為の臨床心理学的考察,臨床心理学研究,30,89.
内藤守 2006 精神科看護における観察・評価・判断―精神病院における患者の自殺に関連した裁判例を通して―,
新潟青陵大学紀要,7,171-181.
单条あやの保護室 2008 http://nanjouaya.net/hogoshitsu/memory/index.html (1/28).
仙波浩幸, 今村陽子, 福田典子, 関根正幸, 菊地善行, 沼尾茲夫 2001 理学療法時にみられる慢性精神分裂病患者の
臨床症状,理学療法科学,16,91-95 .
山田佐登留 2007 母子健康情報,恩賜財団母子愛育会出版.
山口亜希子,松本俊彦,近藤智津絵,小田原俊成,武内直樹,小阪憲司,澤田 2004 大学生における自傷行為の経験率,精神
医学,45,473-479.
山口高弘 2007 自傷行為を自己への攻撃性として捉える試み,
日本パーソナリティ心理学会第16 回大会発表論文集,
96-97.
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第 4 章 未成年を取り巻くネット社会 ~電脳世界に潜む悪魔~
長沼 孝高
はじめに
1990 年代に入り,一気に普及したパーソナルコンピューター(パソコン),携帯電話.それに伴い,人間の生活も大き
く様変わりした.しかし,それに伴って見過ごせない問題も浮上している.視力・聴力低下,運動不足,仮想と現実の
綯い交ぜといった問題である.さらに犯罪もオレオレ詐欺,ネットで犯行予告など,いわば新型犯罪も横行するような
時代になった.
筆者は,パソコン・携帯電話といった情報機器は未成年に対しては依存症が非常に強く,成長にも強い影響を及ぼす
と考えている.
研究略史
もはや情報化社会に必要不可欠な存在となったパソコンや携帯電話.たとえば,目覚まし時計やテレビ,他にも,買
い物にゲームといったように,年を経るごとに,情報機器は人間社会に使いやすいようになった.しかし,上記のよう
に利便性が増した分,扱い方を間違えば,凶悪なアイテムにもなる.カメラにもなるとはいえ,元々これらは,第一者
と第二者はお互いを見ることはできなかったのだ.ではここで,情報化について,もう尐し遡ってみよう.
1995 年,産業界は一大転機を迎えた.ドコモや IDO(現・au)が牽引していた携帯電話が爆発的に売れた.そしてパ
ソコンは,マイクロソフトから,
『Windows’95』が登場した.それまでは,マッキントッシュの独壇場だった.そん
な両物だったが,新時代の神器として担がれたことが始まりだった.それからは,バージョンアップを重ね,日常生活
に密着した機器を作り出してきたのだった.俗に 1995 年は「インターネット元年」といわれている(『ウェブ人間論』
扉より)。
パソコンに見る世代間の格差
筆者は,たとえを出すなら,冷暖房の利いた部屋に何度も出入りすると気持ち悪くなるようなことである.
パソコンの利用層は,下の世代に行くほど多い.平成に生まれた世代は,必修科目として,パソコンの授業があるか
らだ.その上の昭和 60 年代・50 年代生まれ(いわばミレニアム世代)は,Windows’95 の時代からパソコンを使って
いる.さらに上の昭和 40 年代生まれ(新人類・アラフォー)だと,大会社の重役・管理職に多く,民間人の利用は尐な
め.つまり,仕事としての使用が非常に多い.
こうしてみると,50 年代以降の世代は公私両面での使用が多いのに対し,40 年代の世代は仕事のアイテムという観
念が強い感がある.これが,筆者が抱いている考えである.
梅田(2004)は,
「グーグル世代とマイクロソフト世代は,受けた影響によって大きく価値観が違う」と述べた.
これによると,
昭和 50 年(1975 年)以降に生まれた人々は,
それ以前に生まれた人々と価値観がかけ離れているという.
世代的に彼らは団塊ジュニアに属し,児童期にファミコンの洗礼を浴び,
「週刊尐年ジャンプ」大躍進の牽引車となっ
た.実際にミクシィの笠原健次社長は昭和 50 年の生まれである.(尚,ビル・ゲイツは 1955 年)
1990 年代前半の日本は,バブル経済がはじけ,就職氷河期の第一波が押し寄せていたため,どうにもならない閉塞間
が日本を包んでいた.93,4 年にアメリカで爆発的なインターネットブームが起こった.そして 1 年遅れて日本にもイ
ンターネットの大波が押し寄せた.梅田(2006)は,
「当時,昭和 50 年生まれは 20 歳だった.これに数年の差があると,
もう感覚が違っていて,当時 23 歳だった世代(昭和 47 年生まれ)は新社会人で,大学院生でない限り,ネットに触れる
環境になかった場合が多い.古い文化にどっぷり浸かっていたためである.
」と言った.
対談者の平野(2006)は,
「実感として意識していた障壁を初めて超えた世代」だという.続けて,
「松坂世代(1980 年
28
度生まれ)以降では,インターネットはあって当たり前という感覚かも」と述べている.
蔓延する陰湿ないじめ
平成時代に入ってから,平成型犯罪と呼ばれるタイプが台頭した.そのきっかけは,ファミコンの登場(1983 年)であ
る.
「スーパーマリオブラザーズ」(1985 年)や「ドラゴンクエスト」(1986 年)などの人気ゲームを遊んだプレイヤーは,
誰もが主人公に自分自身を投影しながら遊んだ.なお,この当時の小学生は,後に就職氷河期に見舞われる世代である.
ファミコン全盛期といえる 1986 年(昭和 61 年)を境に,子どもたちの取り巻く環境と遊びが一変した.
「ドラえもん」
(初期)や「ちびまる子ちゃん」の時代は,まだファミコンがない時代だったので,空き地や公園で野球やサッカーをし
ていた子供がいた.しかし,ファミコンの登場と前後して,土地バブルが発生した.これにより,子供たちの遊び場が
縮小し,家(特に自分の部屋)に引きこもる子供たちが急増した.それが,ネット犯罪のそもそもの原因といえる.つま
り,広い場所でのびのびと自分のやりたいことができず,狭い場所に籠って時間を潰す.鬱積したストレスを晴らそう
と仮想空間(ゲーム)にのめり込む.しかしそれは,一過性の快楽に過ぎず,現実は厳しいまま変わっていない.自分の
理想といえる仮想と現実が思った以上にかけ離れているため,悶々と過ごす子供たちがそのまま大人になって,厳しい
現実と向き合わなければならないのに,現実逃避しがちになる.
自身の思い通りに行かないと,誰しも,
「俺もマリオみたいになれたらな.
」とか,
「カッコいい勇者になれたらいい
のに.
」とか思ってしまうもので,その憧れ〔理想〕と上司に叱られる〔現実〕との差を埋めたくて,凶行へと衝き動
かす.ただ,あくまで一部の人間だけであって,全員が犯罪者予備軍というわけではない.
小此木(2000)はこれを「ファミコン・シンドローム」と呼んでいる.虹彩から中枢神経・小脳・大脳へと刷り込まれ,
リビドーに似た快感(時には不快感)も同時に刷り込まれる.その余韻はかなり強く,ふとしたきっかけで仮想空間が呼
び起こされることも尐なくない.たとえば,シイタケなどキノコを見て,
「あ,スーパーキノコ(「マリオシリーズ」の
パワーアップアイテム)だ.
」というようなことである.
ゲーム脳について
こういう文章を書くと,
「ゲーム脳」と関係あるのでは?と思うだろう.
「ゲーム脳」とは,日大体育学科教授の森昭
雄氏が 2002 年 7 月に出版した著書『ゲーム脳の恐怖』内において提示された造語である.これによると,
「テレビゲ
ームが人間の脳に悪影響を与える」と記載されている.
ゲーム脳の定義として,
「小学校低学年から大学生になるまでに週に 3~4 回,1 日に 2~7 時間テレビゲーム
に接している人は前頭前野の脳活動が消失したといっても過言ではないほど低下している」とされる.森は,
「主観的
かもしれないが」と前置きしたうえで,
「キレる人が多いと思われる」と推測し,
「学業成績は普通以下が多い傾向にあ
り,物忘れが激しく,時間感覚がなく,学校も休みがち」と印象を述べた.さらに,
「表情が乏しく,身なりに気を遣
わない.
」という極論も出した.また,その中にはゲーム脳だけではなく,
「メール脳」
「テレビ脳」といった造語もあ
る.これは,リテラシーの低さと結び付けている.
しかし,この仮説は川島隆太などの脳科学専門家などからの批判が非常に強く,科学的な根拠がないとしてニセ科学
とされている.さらに,
「ゲーム脳が原因で尐年犯罪が増えている」と書いてあるが,これは統計上「1983 年以前(フ
ァミコンがない時代)よりも明確に犯罪件数・割合は減尐しており,根拠はない」という反論も強い.
以上のことから,ゲーム脳と尐年犯罪は直接の関連性はないといえる.
ネットいじめの定義
荻上(2008)によると,
「ネットいじめについて考察するときは,
『ウェブ以前のいじめ』と,
『ウェブ以後のいじめ』
を区別し,分析する必要がある.ウェブ以前にもあった現象が,以後の時代であたかもインターネットのせいであるか
29
のように語られるとき,2 つの問題が生じる.1 つ目は,ネットに濡れ衣を着せることで,ネットの自由を奪うこと.2
つ目は,観察を見誤ることで,対忚をミスリードさせることである.
」と書いてある.さらに,
「ネットいじめの定義を,
『ネット上でのいじめ的な書き込み』ではなく,
『ネットを利用したいじめ』と簡卖に書くこととする.
」これによると,
区別する理由としては,
①「学校裏サイト」などでのいじめ的な書き込みは,実際には「いじめ」であるとは限らないこと.
②ネットいじめは,これまでのいじめ研究に引きつけた形で語られること.
③例として,ブロガーたちによるバッシングなどは,いじめとは別種という見方もできること.
ということが挙げられる.
①については,実際のいじめを反映している場合としていない場合の 2 ケースが存在する.これについては後述する.
続いて②は,ネットいじめがコミュニケーションから起こる問題であることから,ネット独自の問題としてとらえるの
は不十分で,時には技術的な問題として考察されてしまう場合もある.そして,③.
「炎上」
「粘着」
「晒し」などのよ
うに,ウェブ上でのトラブルのケースは多々ある.海外でも,新参者や情報弱者,特異な属性を持った者に対してリン
チをするケースもある.また,ウェブ上での共同体が「いじめ」として認識・分析する場合もある.つまり③は,上記
の暴力と,ウェブ上での共同体との関係性から弾き出されたものである.
姿なき犯罪者
皆さんは,
「学校裏サイト」というのを聞いたことがあるだろうか?
「学校裏サイト」というのは,自分の通っている学校に対してネット上で討論するサイトのことであるが,これを曲
解して,母校に対して,不満をネット上でぶちまける.実際に,
「ネットいじめ」という問題が表面化してきたのは,
2006 年前後である.この頃になると,パソコンは大衆文化(マスメディア)の一端を担う存在になっていたため,問題も
見過ごせないレベルになったといえる.
学校裏サイトが俄かに問題として取り上げられた事件がある.それは,2007 年 7 月に兵庫県神戸市須磨区で起きた
滝川高校でのいじめ事件である.この事件は,当時高校 3 年生だった男子学生が,いじめを苦に自殺をした.当初,学
校側はいじめの存在を否定していたが,一人目の加害者が逮捕されてからは態度を変えて,いじめの存在を容認したの
だった.いじめを受け続けた男子生徒は,逮捕された複数の加害者たちに電子メールでの脅迫や,
「学校裏サイト」を
介しての誹謗中傷といった姿の見えない陰湿な嫌がらせを受け続けいていたのだ.
「学校裏サイト」には,被害者の裸
の写真が掲載され,また,被害者の住所や電話番号,銀行口座といった個人情報がネット上に漏洩していたという.
このような行為を「吊るし上げ」という.集団で威圧的な言動によって相手を萎縮させることである.特に犯人の姿
の見えないネット上では,性質が悪い.
学校裏サイトの分類
では,学校裏サイトには,どういう種類が存在するのか.荻上(2008)によると,名誉毀損などの「いじめ的書き込み」
は大きく四分類される.
①:ガス抜き型―ネガティブな書き込みだが,人間関係には殆ど影響しない.
②:陰口型―人間関係に影響するが,いじめには直接関与しない.
③:雪崩型―人間関係が反映されているとは限らないが,特定の人物を標的にして,実際の関係に影響を与え
るタイプ
④:いじめ利用型―特定の人物に対して,嫌がらせ目的でサイトを開設したり,個人情報を流して,間接的に
いじめに利用したり,計画を相談したりするタイプ.
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下図:
「いじめ的書き込み」四分類を図表化したもの
「反映」―実際の立場構造を書き込んでいる度合い
「影響」―その書き込みと実際の立場関係とで因果関係が見出せる度合い
反映強
陰口型
利用型
影響弱
影響強
ガス抜き型
雪崩型
反映弱
悪口を書かれやすい人
では,どんな人物がターゲットにされるのか.
荻上(2008)は,
「裏化している学校サイトの中を見ると,誹謗中傷が書き殴られている.その相手は,教師や先輩後
輩,親などの発言力や武力の強い人物が殆どのようだ.
」と述べている.
また、
「スクールカースト」という言葉がある.これは,学校での上下関係構造をインドのカースト制になぞらえて
できた言葉である.
「死ね」とか「キモイ」と書かれた人物は,低い階級に位置されてしまうことが多い.逆にランク
が下の人物が,上の人物に対して揶揄すると,
「臆病者の陰口」などと返されることが多く,現実のスクールカースト
の影響力の強さが伺える.十人十色の個性には,まったく同じものはないということである.筆者が思うには,幼尐期
の心は,フリーダムあるいはボーダーレスだったが,成長するにつれ,法律や規約など人間社会が定めた型枞にはめら
れ,個性が抑圧される.その型枞を壊そうとしても壊せず,捌け口が見つからないために、八つ当たりしてしまうとい
う攻撃性が「誰でもいい」という犯行動機につながるのではないかと思う.
悪口を書かれるタイプ
1 位:良くも悪くも目立つ人物
2 位:嫌われ者・根暗な人物
3 位:だれでも
4 位:おとなしい人
5 位:普通の子
6 位:はみ出し者(不良・ヤンキー)
7 位:先 生
8 位:ギャル系
9 位:自 分
その他
割合
32%
27%
14%
4%
2%
2%
2%
1%
1%
15%
上図:悪口を書かれやすいタイプは? (ふみコミュ 2007 年 7,8 月の調査より)
今後の課題
今回の研究は,筆者にとってまだまだ不十分と感じた.なぜならば,資料がまだまだ足りず,思うように進まなか
ったことである.たとえば,小此木が提唱した「ファミコン・シンドローム」は,森が警鐘を鳴らす「ゲーム脳」と
どう関係があるのか.内容が似ている両者だが,調べてみると細かな要素が違っている.前者は,脳と神経系まで影
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響するのに対し,後者は脳だけに限定されている.ほかにも,地味で根暗な人間はどうして標的にされるのか.それ
は性癖(嗜虐心)と関係があるのか.
それから,中学生と高校生にアンケートをとって,パソコンと二次性徴との関連性を研究するつもりである.学校
裏サイトの利用者は,なぜネット上で攻撃しようとするのか.また,利用歴と利用時間数によって心的成長がどう変
化していくのかも確かめたい.
そして,
『ネット』と『ウェブ』という言葉の違いがあやふやになってしまったため,明確にしたい.意味的に『ネ
ット』は「網」で,
『ウェブ』は「蜘蛛の巣」という意味だが,書籍によって使い方がまちまちなので,区別を鮮明
にしたい.
引用文献
森昭雄 2002 ゲーム脳の恐怖,NHK出版.
西垣通 2007 ウェブ社会をどう生きるのか,岩波新書.
荻上チキ 2008 ネットいじめ,PHP文庫.
小此木啓吾 2000 「ケータイ・ネット人間」の精神分析,飛鳥新社.
鈴木謙介 2007 ウェブ社会の思想,NHKブックス.
梅田望夫
2004 ウェブ進化論,ちくま新書.
梅田望夫・平野啓一郎 2006 ウェブ人間論,新潮新社.
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第 5 章 青年期における異性間の対人魅力と自己評価の関係について
~恋愛関係を対象として~
原田 紫織
はじめに
「人を好きになるのに理由なんてない!好きだと感じたから好きなんだ.
」ドラマや漫画で度々耳にするセリフだが,
はたして本当にそうであろうか?筆者はそうは思わない.必ずなんらかの理由があるはずだ.
松井(1993)によると,人はなぜ人を好きになるのか,どんな人が好かれやすいのか,どんな状況になると人は互いに
惹かれあうのか,などについては対人魅力(interpersonal attraction)という分野で研究されてきた.実際に今好きな人,
過去に好きだった人を思い浮かべ,好きになった理由を考えたとき,自分がなぜその人を好きになったのかある程度答
えることはできるだろう.たとえば「カッコイイいから」
「かわいいから」
「やさしいから」
「明るいから」
「気が合うか
ら」
「自分にないものをもっているから」など,その人のこういった要素に魅力を感じたからである,と.しかし,こ
の魅力の感じ方(良し悪し・何に魅力を感じるか)は,人それぞれである.例えば同じ「気が合う」にしても,
「私は積極
的なので,彼も積極的な人がいい」という人もいれば,
「私は積極的なので,彼はおとなしい人がいい」など,その人
にとって,なにをもって,どういうのが魅力であるか,魅力の決定要因というのは個人個人,それぞれ違うだろう.
では,そうした誰かが誰かに感じる魅力とは,どんな原因によるものなのか?自分のなかで,どのように形成されて
いくのか?さらには変化していくものなのか?明らかにしたい.
また,青年期において,恋愛は最大の関心事の 1 つである.ときには辛い経験をし,最大の悩み事にもなり,ときに
は自分を大きく成長させるきっかけにもなる.このように,青年において大きな意味をもつ恋愛の第一歩,始まりであ
る,
「誰かを好きになる気持ち」において重要な「魅力」のメカニズムを知ることによって,青年期を理解する一助と
なる.
よって本研究では青年期における異性間の恋愛関係を対象として,対人魅力と自己評価の関係について検討していく.
Ⅰ 対人魅力
先行研究において,対人魅力の要因としては以下の 3 点があることが明らかになっている.それは①類似性,②相補
性,③社会的望ましさの 3 点である.以下にその概要を述べる.
① 類似性
類似性とは,人は自分と似た態度の人に好意をもつ(魅力を感じる)ということである.内面的魅力の要素である態度
について,類似性の効果が認められることがわかっている(Byrne,1971).
Byrne ら(1965)が行った「見知らぬ他者実験」では,他者による回答結果だとされた質問紙を被験者に配り,その回
答者に対する好意度を訪ねた.ここで配られた解答用紙はまったく架空のものであった.被験者らは,回答者の態度が
自分の態度に近いほど,その回答者に対して好意的な評価をしていた.このように,態度の類似性が好意をもたらす重
要な要因であることが,明らかとなった.図 1 は類似度と魅力度の関係を示し,△は研究の結果得られた魅力度の値を
示す.
また,Byrne ら(1965)の実験は日本でも,多くの追試研究が行われ,藤森(1980)は,日本の大学生を対象にして魅力
の指標を増やして行った結果,Byrne らと同様に態度が類似した相手ほど魅力を強く感じていることを,明らかにして
いる.
33
図 1 類似度と魅力度の関係(Byrne & Nelson,1965)
② 相補性
相補性とは,人は自分と反対の性格を持っている人に好意を持つ(魅力を感じる)ということである.内面的魅力の要
素である態度については類似説が支持されているが,同じ内面的要素でも性格については,相補性の効果が認められて
いる.また,性格の相補性は欲求の相補性ととらえることができる.Winch ら(1954)は 19 歳から 26 歳の学生結婚を
したカップルに面接を行い,カップルの欲求を調べた結果,カップルの一方がある欲求を強くもっていると,他方はそ
の欲求が弱いという関係(負の関係)がみられることがわかった.また,片方が甘えん坊であれば,相手は世話焼きにな
るという関係も見出した.うまくいっているカップルではこうした欲求や望みが互いに相補うように発達する,と主張
している.つまり,お互いに似ているよりも,自分に欠けているものを補ってくれるような関係の方がうまくいく,と
いうことである.
③ 社会的望ましさ
社会的望ましさとは,人は一般的に望ましいとされる,共通の外面的,内面的魅力がある人に好意を持つということ
である.人が異性に対して魅力を感じるには,性格(内面的魅力)や容姿(外見的魅力)に,ある一定の共通点がある.性
格(内面的魅力)において,Anderson(1968)の調査によると,555 個の性格特性語を 100 名の大学生に診断させ,好かれ
る性格と嫌われる性格を表した.その結果,
「誠実」
「正直」
「物分かりの良い」などの性格が最も好かれ,
「嘘つき」
「見
かけ倒し」
「卑怯」などの性格が最も嫌われた.また日本においても,類似した調査が行われている.青木(1971)は,
455 個の性格表現語の望ましさに関して,男女大学生と 20 代 40 代の勤労者に調査した.その結果,表 1 のように,
Anderson(1968)とよく似た結果が得られた.他にも,詫間(1973),松井(1991)が同様の調査を行い,類似した結果が得
られている.
34
表 1 好かれる性格と嫌われる性格 青木(1971)
また,容姿(外見的魅力)に関しても,望ましい容貌,容姿が社会,文化的に規定されていることが明らかにされてい
る.Walster,Aronson,Abrahams,&Rottman(1966)は,事前評定によって学生の身体的魅力を高,中,低の 3 群にわけ,
その水準に関して無作為に男女を組み合わせてダンスパーティーを開催した.その結果,男女とも自分の魅力度の水準
に関係なく,ダンス相手の魅力度が高いほど相手に好意を感じ,デートしたいと感じていた.
このように,社会的望ましさにおいては,内面的魅力,外見的魅力ともに,規定されている.
Ⅱ 従来の対人魅力研究の問題点
このように,人を好きになるとき,魅力を感じる要因として,態度の類似性,性格の相補性,外面的魅力と内面的魅
力の社会的のぞましさ,があるが,1 人に対してどれか 1 つが当てはまるというわけではない.それぞれが意中の人に
対して,様々な側面から同時に作用して,魅力を感じているのだ.
従来の対人魅力の研究では,相手の魅力の有効性に多く焦点が当てられてきた.しかし,態度の類似性と性格の相補
性は,相手に魅力を感じる際に,まず「自分で自分を見て(評価して)」さらには「自分と相手を比べて(照らし合わせて)」
その結果どうであるか,によって判断している.よって魅力を感じる要因として,類似性,相補性ともに,まず「自己」
がカギになっているといえる.つまり,その「自己」次第で,魅力が決まってくる場合もあるといえる.
ところが,社会的望ましさについては,
「一般的に望ましいとされる,共通の外面的,内面的魅力がある」とされ,
「自己」とは関係ないように思われる.本当だろうか?筆者の友人である彼女は,外見的魅力に優れている人,つまり
「かっこいい人」には,とても魅力を感じるのだが,その時点で恋愛対象から除外されてしまう,という.それは,
「そ
んなにかっこいい人が私に振り向くはずがない.
」と考えるからだ.友人関係としては関係を築けるのだが,恋愛関係
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に至ることはない.したがって,これもまた「自己」がカギ(魅力に影響を及ぼしている)になっているといえる.その
「自己」特に,
「自己のとらえ方」次第で,魅力の要因が決まってくるのである.このように,対人魅力に深く関わる
と考えられる,
「自己のとらえ方」についてみていく.
そこで「自己のとらえ方」の分野の研究として,
「自己評価」というものがある.
*自己評価…環境の変化に即して随時変化する自己の行動や態度の評価過程の表現(蘭 1992).
と定義し,次に自己評価と対人魅力の関係としてどのようなものがあるのか,みていく.
Ⅲ 対人魅力と自己評価の関係
自己評価が対人魅力に影響しているとすると,先行研究では次のようなことがわかっている.
① 釣り合い仮説
釣り合い仮説とは,人は外見の美しい相手をひたすら求めるのではなく,自分の外見や社会的地位や能力や財産など
が,自分と同程度のレベルの相手を選ぶ(に魅力をかんじる)(松井,1993).Silverman(1971)によると,自然状態の中で
男女カップルの容貌を観察し,評定を行い,実際に交際中のカップルの魅力度は似ていることが明らかになった.これ
は,
《私が評価した私》と《私が評価したあなた》が同じレベルの人を選ぶということである.
② 自尊理論
自尊理論とは,自己評価を低められると,他者への好意度が上がる,ということである.齊藤(2005)によると,自己
評価の高い人は,相手への欲求水準も高く自分の恋人は魅力的で優れた人物であるべきだと思っている.このため,異
性から好意を寄せられても基準に合わず気が進まない.ハードルが高いのである.他方,自己評価の低い人は,周りの
人が自分より魅力的に見えるので,好意をよせられれば受け入れる気持ちは強い.自分でよければ…とハードルは低い.
自己評価の低い人は高い人よりも多く異性にも魅力を感じ,好意を抱く可能性が高いのである.つまり,人は落ち込ん
でいるときほど恋に落ちやすくなる,ということである.
まとめと今後の課題
以上のことから,
「人を好きになる理由」は,対人魅力という分野で研究されてきたことがわかった.また,異性に
魅力を感じる要因として,態度の類似性,性格の相補性,外面的魅力と内面的魅力の社会的のぞましさなどがあり,そ
れらが複雑に作用し,魅力を感じている.さらにそれらは,つり合い仮説,自尊理論から,自己評価に影響されている
と考えられる.したがって,自己評価によって魅力の要素や,レベルに変化が現れると考えられる.
「人を好きになる」
ということは,相手の魅力だけでは,成り立たないのだ.常に「自己」の存在が関係している.そして変化し続ける「自
己評価」とともに,その人が好意を感じる人も変化するのではないだろうか.
「恋はタイミング」とはまさにこのこと
だろう.
また,今後の課題として,これまで述べてきたように,自己評価が対人魅力に影響するならば逆に,魅力を感じた相
手の特徴から,その人の自己評価,自己のとらえ方を垣間見ることができるのではないか.さらに,恋人関係において
継続状態にある場合,恋人の外見的魅力や内面的魅力に大きな変化がなくても,自分の自己評価が変化すると,恋人に,
よりいっそう魅力を感じたり,または魅力を感じなくなる場合もあるのか,などについて検討していきたい.
引用文献
Anderson,N.H. 1968 Likableness ratings of 555 personality-trait words.Journal of Personality and Social
Psychology, 9, 272-279.
青木 孝悦 1971 性格表現用語の心理辞典研究-455 語の選択,分類,および望ましさの評定-,心理学研究,42,
36
1-13.
蘭 千寿 1992 対人感情と自己評価,遠藤辰雄・井上祥治・蘭千寿(編),セルフ・エスティームの心理学,ナカニシ
ヤ出版.
Byrne, D. 1971 The attraction paradigm. New York;Academic Press.
Byrne, D.,& Nelson,D. 1965 Attraction as a linear function of proportion of positive reinforcements. Journal of
Personality and Social Psychology, 1, 659-663.
藤森 立男 1980 態度の類似性,話題の重要性が対人魅力に及ぼす効果―魅力次元との関連において―,実験社会
心理学研究,20,35-42.
門田 幸太郎・平本 毅 2004 対人認知における類似性と非類似性について,立命館産業社会論集,40,21-36.
松井 豊 1993 恋ごころの科学,サイエンス社.
奥田 秀宇 1993 人をひきつける心―対人魅力社会心理学―,サイエンス社.
Silverman,Ⅰ.1971 Physical attractiveness and courtship.Sexual Behavior,September,22-5.
詫間 武俊 1973 恋愛と結婚 依田新(編) 現代青年心理学講座 5,現代の青年の性意識,金子書房.
Walster,E.,Arunsun,V.,Abrahams,D.,&Rottman,L.1996
Importance
of
physical
attractiveness
in
dating
behavior.Journal of Personality and Social Psychology,4,509-516.
Winch,R.F.,Ktsanes,T.& Ktasanes,V.1954 The theory of complementary needs in mate-selection: an analytic and
descriptive study.American Journal Review,19,241-249.
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第6章 若者における被朋行動 -変化していく意識-
針谷 朊也
1.はじめに
まず,筆者自身の経験を 1 つあげたいと思う.上下黒色のスウェットの状態と黒色のジャケットに黒色のジーンズの
状態,色は同じ黒色であっても外見は違う.この 2 つの状態で同一人物に会ったときがあり,それぞれに対する相手の
印象は違うものだった.前者の印象は「不真面目そうでだらしない」
,後者の印象は「真面目そうで清潔感がある」と
いう真逆の印象をもたれていた.このように筆者自身が被朋によって他人に与える印象は違ってくるということを感じ
たことが被朋に関心を抱くきっかけであった.
世界には多くの人々が生活をしている.その中で大多数の人が朋を着て生活をして,場所・場面によって様々な朋装
に変えて生活をしている.たとえば,家にいるときと友達と外で遊ぶときでは被朋は違ってくるし,また,デートする
ときも違ってくるだろう.被朋は日常生活において切り離せないものであり,用途によって被朋を変えることによって
自分を表現できるツールの役割を担っているのではないか,そしてそれは特に若者に多く見受けられることなのではな
いか.小林(1995)によると若い世代,特に青年期ではファッションや装いに対する関心は非常に高いとしている.筆者
は日頃から特に若者は多種多様なファッションで自己表現をしているという印象をもっていた.最近では男性が女性の
朋を取り入れているファッションを見かけることもあった.女性の朋を取り入れるというファッションは筆者の被朋に
対する考えの中ではないものであり,被朋に対する今の若者の性意識はどうなっているのか興味が湧いた.以上のこと
から本論文の目的は,被朋行動というものを調べるとともに,若者が被朋に対してどのような考えをもっているのか,
被朋と性意識との関係がどのようなものであったのか,そしてそれがどのように変化してきているのかを明らかにして
いきたい.
2.被服行動とは
神山(1999)は,人間の身体各部を覆い包むものから,かぶりもの・はきもの・ヘアスタイル・かつら・ヒゲ・化粧・
アクセサリー・刺青にいたるまで,身体の外見を変えるために用いるすべてのものを広い意味において被朋(朋)とよび,
被朋に関する人間の行動を被朋行動と,定義している.
Kaiser(1985)は,人間がなぜ衣朋を着るのかに関して,①装飾,②慎み,③保護と効用,という 3 つの着衣・着装動
機をあげ,装飾の目的や内容を,(a)性的魅力の増大,(b)地位の表示,(c)自己の拡張,などに区別した.高木ら(1996)
は着衣・着装動機には,心や行動の状態を方向づける,自己の顕示や社会への適忚をめざした動機と,身体の状態を方
向づける,有機体の生命維持や生命増進をめざした動機があるとしている.
神山(1996)によると,被朋行動には以下の 3 つの社会・心理的機能がみられることを指摘している.
①「自己の確認・強化・変容」機能:自分自身を確認し,強め,あるいは変えるという機能
②「情報伝達」機能:他者になにか伝えるという機能
③「社会的相互作用の促進・抑制」機能:他者との行為のやりとりを規定するという機能
いずれにおいても被朋が,自己のあり方というものが密接に関連していると考えられる.たとえば,着用する制朋か
ら特定集団の一員であることを自覚したり,自己顕示欲を充足させるためにおしゃれをしたり,極端に女らしい(ある
いは逆に,男らしい)装いによってイメージ・チェンジをはかるような場合には,
「自己の確認・強化・変容」機能がい
っそう顕著である.また,変装や偽装をすることによって他者に特定のメッセージを発信したり,外見から相手の人物
の人間性を評価するような場合には,装いの「情報伝達」機能がいっそう顕著である.そして,自分とよく似た装いの
人物と親交をもち,逆に自分とは異質な装いの人物にはできるかぎり距離をおくような場合には,
「社会的相互作用の
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促進・抑制」機能がいっそう顕著である.
Kaiser(1990)は,被朋による情報伝達を,送り手の情報伝達が意図的なものか,あるいは非意図的なものかと,受け
手の知覚や解釈が多様で探索的なものか,あるいはルーティン的で機械的なものかによって,4 つのタイプに分けてい
る(図 1).
図 1 被服の情報伝達の 4 タイプ(神山,1996)
3.若者の被服行動
藤木(1988)は日常におけるライフスタイルと女子学生の被朋行動の関連について調査した.図 2 はこの調査の中で日
常関心事を女子大生に 3 つ選んでもらいその結果を示したグラフである.図 2 をみると「ファッション」
,
「音楽」
,
「就
職」に関心をもっている者が多い.そのなかでも「ファッション」は他の 2 つに比べると大きく差をつける一番の関心
事であることがわかる.このことからファッションは若者にとって重要なものとして位置づけされていることがわかる
だろう.
繊研新聞社が男女大学生を対象に実施したアンケート調査の結果(1998,5.14)のなかで「ファッション商品の購入で重
視する点」について男子学生は,
「個性」をあげる人が約 30%,
「着やすさ」が約 25%となり,女子学生では,
「着やす
さ」が約 30%,
「個性」が約 23%という結果がある.星野(1998)によると若者は,
「自己編集型ファッション」を楽し
んでおり,自分が共感,共鳴するものだけを取り込み,そのなかで「自分らしさ」を主張し,人と違ったファッション
を心がけるという点にこだわりを持つとしている.こだわりをもち自己表現することによって,若者から若者に情報が
広がり,流行がうまれてくることにつながる良いサイクルになっているのではないかと筆者は考える.
39
図 2 日常関心事
4.被服と性役割・性意識
近世以前は,歴史上の長きにわたって,化粧やファッションなどの身体装飾は,女性よりも男性のほうが盛んに行っ
ていた.装身具にしろ衣朋にしろ,そして化粧にしろ非常に高価であり,富俗な男性はそういったものを富と権力の象
徴として身に着け,自分の力を誇示した.そのため,男性のほうが女性よりも派手な外見をしていたのである.
ところが近代化によって,化粧を含む身体装飾は,女性の文化の領域に囲いこまれ,近代型のジェンダーロールが形
成され,
「身体における美を求める行為は女性のみがおこなうもの」という,社会通念が共有されるようになった(石
田,2005).しかし,最近では男性誌において美容に関する特集がくまれたり,男性用の化粧用品が発売されたりして
いる.このことからも「身体における美を求める行為は女性のみがおこなうもの」という枞組みは揺らいできている.
むしろ街中の若い男性を眺めていると被朋に対しての性差自体が無くなってきているのではないかと筆者は考える.
1990 年代から,
「フェミ男」
「カマ男」
「アンドロジナス傾向」などとよばれた男性の女性化現象がある.この男性の
被朋行動の女性化現象を受けて行われた,小林(1989)による男子学生を被験者として性役割意識と着装行動を調査した
研究では,純女性的男性には,流行追従,ファッション関心有り,自己主張しない,スタイル自信あり,外見を重視,
異性装願望有り,などの特徴が見られた.つまり,自分自身を男らしく,あるいは女らしくみているかについての自己
認知,すなわち性役割同一性と被朋行動との間に密接な関係があることが示唆された.
男性の女性化現象を土肥(1998)は「男モノの被朋だと認識したうえで女性が外出着としてそれを着ること,あるいは,
女モノの被朋だと認識した上で男性が外出着としてそれを着ること」としてクロス・セックス化と定義づけをし,男性
の被朋行動のクロス・セックス化の促進に関する調査を行った.男性の被朋行動のクロス・セックス化を促進する心理
的要因として,
「男性の女性性,および女性性への志向性が高まってきた」こと「男らしさの規範からの逸脱志向性が
高まってきた」こと,
「異性との対人関係の変化(相補性から類似性へ)」を挙げ,その他の二次的要因として「ファッ
ション志向性」の高まり,
「現在流行のファッションは小さめの朋」であること,
「男らしさの誇張」
,
「女物の被朋の入
40
手しやすさ」を挙げている.男性の性役割観が女性化し,その心理を被朋行動で自己表現として採用する環境が整って
いる場合に男性の被朋行動のクロス・セックス化が促進されることが示唆されたのである.近年では江原・吉田(2007)
により性役割観,被朋行動のクロス・セックス化の実態,被朋行動のクロス・セックス化を規定する要因,被朋行動の
クロス・セックス化に対する意識について検討している.性役割スケールにより被験者の男性性・女性性のタイプ分け
を行い,男女間における「男性役割項目」
「女性役割項目」の全体の平均値を比較している.図 3 はその結果を示した
グラフである.
図 3 男女間における「男性役割項目」
「女性役割項目」得点の比較(平均値)
男子学生,女子学生ともに「男性役割項目」が「女性役割項目」よりも高い得点を示し,より高い得点を示したのは,
女子学生であった.
「女性役割項目」については,女子学生のほうが高い得点を示したが,その差はわずか 0.05 点で
あった.このことから,男性・女性の性役割観の差はなくなりつつあり,その中でも,特に女性の性役割観の男性化傾
向にあることが明らかになり,また男性についても女性には及ばないが,性役割観が女性化傾向にあることが明らかと
なったといえるだろう.
5.まとめと今後の課題
被朋は若者にとって日常生活と密接に関わっているものであり,被朋行動において若者は自分らしさを大切にし,人
と違ったものを心がけ,自己表現をしていることが明らかになった.また性意識に関しては,昔と比べて男性・女性の
差はなくなりつつあり,男性は女性化,女性は男性化の傾向にあることが明らかになった.今の若者は,男らしくや女
らしくではなく,性別にこだわりなく,あくまで自分らしく生きるかに関心があるのではないのか.
日常関心事についての調査が古いものであり,女性のみの結果しかわからなかったので今後,男性を含めた日常関心
事の調査をすることが必要である.性意識の変化は若者と被朋において今後も重要なことになってくることが予想され
るので,性意識に関連する資料を得て,今後の性意識の変化を検討していく必要がある.
・引用文献
石井政之・石田かおり 2005 「見た目」依存の時代―「美」という抑圧が階層化社会に拍車を掛ける,原書房.
江原絢子・吉田紘子 2007 被朋行動のクロス・セックス化に関する研究 茨城大学教育学部紀要 57,11-27.
Kaiser,S.B. 1985 The social psychology of clothing and personal adornment. New York : Macmillan Publishing
41
Company. 高木修・神山進(監訳)/被朋心理学研究会(訳) 1994 被朋と身体装飾の社会心理学(上巻) 北大路書
房.
小林茂雄 1989 現代社会で被朋が表現するものー生活の表現へ 日本家政学会(編) 表現としての被朋, 朝倉書
店.
小林茂雄 1989 男子学生の着装行動とユニセックス観に関する一考察 共立女子大学家政学部紀要 35,53-60.
繊研新聞 1998,5.14/5.19 大学生のファッション動向,繊研新聞調査.
高木修(監修)・大坊郁夫・神山進(編集) 1996 被朋と化粧の社会心理学:人はなぜ装うのか, 北大路書房.
土肥伊都子 1998 被朋行動におけるクロス・セックス化 繊維製品消費科学 39,696-701.
藤木悦子 1988 本学学生の被朋行動に関する一考察 福岡女子短期大学紀要 No36,1-16.
星野克美 1998 繊研新聞社創業 50 周年企画 ファッションビジネス 次代読む 7.
42
第 7 章 マグリット萌え
三田 育美
はじめに
なんと美しいのか.雑貨屋でルネ・マグリットの画集を手にとって筆者は思わず言ってしまった.初めてマグリット
の絵画たちを見た瞬間,筆者は直感した.好きだ.これが,これこそが筆者の求めていたアートそのものだと本能で感
じたのだ.そして,美しいと同時に気持ち悪いという感情も芽生えていた.それは,気持ち悪いのに美しいという感情
を初めて知った瞬間でもあった.一般的に,
「気持ち悪い」といえば嫌悪の類の感情である.しかしこの場合の「気持
ち悪い」は,驚嘆であり恍惚の類の感情なのである.そもそも「気持ち悪い」とは何なのだろう.筆者は混乱しながら
も,この気持ち悪くも美しい絵画たちを自分の部屋のどこかに置いておきたいという衝動を抑えられず,マグリットの
画集を手に取りレジへ向かったのであった.
ルネ・マグリットとは,シュルレアリスムのベルギー
の画家である.シュルレアリスムとは,超現実(現実を
超えた現実すぎる現実)主義という意味である.
“非日常
的な,奇抜な”などの意味をもつ「シュール」という和
製英語は,シュルレアリスムが語源であり,実際にマグ
リットの絵画たちをご覧になっていただければ理解い
ただけるだろう.マグリットの絵はスーツ姿の紳士が数
十人も空を浮遊していたり,婦人の顔が花になっていた
り(図 1)と,一概には理解されがたいものが多い.しか
し,筆者は理解できなくてもいいのだ.マグリットの絵
画たちの,理解しがたいけれどもメッセージを強く感じ
るミステリアスな雰囲気に筆者はどうしようもなく惹
かれてしまったのである.
なぜ,筆者はマグリットの絵画たちに対して気持ち悪
いのに美しいと感じたのか.いや,筆者はむしろ気持ち
悪いから美しいと感じたのではないだろうか.そう考え
図 1 ルネ・マグリット《世界大戦》1964 年
たとき,筆者は「気持ち悪いから美しい」という文に違
カンヴァス 81×60cm
和感を覚えた.気持ち悪いというネガティブな感情を表
マルセル・パケ(2007)
す意味の言葉と,美しいというポジティブな感情を表す
意味の言葉は相反しているのだから,接続詞を順接にすることで違和感を覚えるのは当たり前ではないかと言われるか
もしれない.しかし筆者は,その当たり前は本当に当たり前なのだろうかと,その説明だけでは片付けられないように
思えたのだ.
筆者はなぜ「気持ち悪いから美しい」という文に違和感を覚えたのだろうか.
「気持ち悪い」と「美しい」という 2
つの言葉がイコールでつながらないのは,言葉自体が持つ意味だけではなく,それぞれのイメージが関わってくるので
はないかと筆者は考えた.したがって,本論ではイメージという視点から「気持ち悪いから美しい」という文の違和感
について考えたい.
43
イメージという話
筆者は 21 年という人生の中でいろいろなものを見たり感じたりしながら,
「気持ち悪い」
というイメージと
「美しい」
というイメージをそれぞれ別に着々と作っていった.そして,美しいものとはこういうもの,気持ち悪いものとはこう
いうもの,と知らず知らずのうちにイメージが固定化されていったのだ.
では,イメージが固定化されるとはどういうことかを考えてみようと思う.イメージが固定化されるということ,そ
れはつまりイメージ化されるということだ.本論では,イメージとはある物事に対しての印象や枞組みのことをいい,
それは生きていく中での経験によってつくられるものと定義する.そしてそのイメージが固められる,固定化されると
いうことは,生きていく中での経験によってつくられたイメージが自己の中で揺ぎないものとなることを意味する.
本論ではイメージ化されるということを,4 つの論点から考えたいと思う.第一にマーケティングとしてのイメージ
化,第二にイメージ化されたものとしての CD,第三に現代社会とイメージ化,第四に萌えのイメージ化という順番で
進めていく.
マーケティングとしてのイメージ化
ポール・ゴーギャンという画家の例を見ながらマーケティングとしてのイメージ化について考えたい.ポール・ゴー
ギャンは,1889 年に「波間で」という題名の絵画を描いたが,オークションにおいて「オンディーヌ」という題名に
変えられた.阿武(2001)によると,
「オンディーヌ」というのは 1889 年頃トレンドだった文学作品に由来する.ゴー
ギャンの絵画は,売れるために題名を変えられたということだ.ゴーギャンは最初,タヒチ語で絵画に題名をつけたが,
顧客層にタヒチ語のわかる者が尐なかったため,顧客層に合った言語に変えられた.このことから,顧客層を意識しイ
メージを操ることによって利潤が生まれるということは,イメージ化はマーケティングの一種なのではないだろうかと
筆者は考えた.当時のトレンドをイメージ化し,そのイメージ化されたものを元に言語化し,それを題名として絵画に
つけたことで,ゴーギャンの絵画自体もトレンドだと思わせたのではないか.つまり,
「オンディーヌ(流行っている文
学作品の方)がトレンドなのだから,このオンディーヌ(ゴーギャンの絵画の方)もトレンドなのだな」と顧客に錯覚さ
せようとしたのではないかと筆者は考えたのである.題名によって,ゴーギャンの「オンディーヌ」という絵画がトレ
ンドのものとイメージ化されたのだ.トレンドな題名がついているということは,題名がついているもの自体もトレン
ドだということで,これを持っておけば間違いないのだ,と錯覚させる戦略のひとつとしてイメージ化が使われるとも
言えるだろう.次に,イメージ化されたものの題材として本論では現代社会における CD という対象を考えてみたいと
思う.
イメージ化されたものとしての CD
CD には二つイメージ化されたものがあると考えられる.第一に,それはジャケットだ.CD という製品には,音楽
情報と,ジャケットや歌詞カードなどの視覚情報が入っている.CD におけるジャケットとは,音楽情報を可視化した
もの,つまり音楽のイメージ化を助けているものであると筆者は考えている.それを裏付ける CD ジャケットに関する
研究として,高橋ら(2003)によるブルーノートのレコードジャケットデザインという研究が挙げられる.
ブルーノートとは,1950 年代から 60 年代にかけてのジャズレーベルである.高橋ら(2003)は,ブルーノートは,
ヴィジュアルによって企業ブランドのイメージを確立した成功例のひとつであり,リード・マイルズという一人のデザ
イナーが多くのレコードジャケットを手がけたということで,それらのイメージの総体がブルーノートそのもののイメ
ージにつながったということを指摘している.つまり,リード・マイルズというデザイナーが行ったのは,卖なるジャ
ケットのデザインにとどまらず,ブルーノートというブランドのデザインであり,さらにブルーノートから発信された
当時の最先端のジャズのイメージの視覚化だったと言える.また,音楽聴取の際に視覚媒体を用いることにより,音楽
に対する興味や関心が持続するだけでなく,音楽聴取を容易にさせるということを井戸ら(1998)は明らかにしている.
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井戸ら(1998)の研究を CD にあてはめて考えると,ジャケットで音楽のイメージ化をすれば,音楽も覚えやすくなる
ということが言えるのではないかと筆者は考える.リード・マイルズという人物は,ブルーノートのジャケットのイメ
ージ化を,たった一人でやってのけたのだ.いや,一人でなければできなかったのかもしれない.なぜ一人でなければ
できなかったかもしれないかというと,同じ人間がつくりだす作品には必ず共通点があるからだ.その共通点を気に入
れば,自動的にそのデザイナーの作品ほとんどすべてを気に入ることになる.その共通点こそが,イメージ化される元
のものといえる.
もしもあなたが CD ショップに行き,ジャズのコーナーに着物を着た中年男性のポートレートのジャケットがあった
ら不自然さを感じることだろう.それはジャズというもののイメージと,着物を着た中年男性が合わないからである.
イメージ化された第二のものは,アーティスト名だ.音楽のジャンルとアーティスト名はイメージで繋がれているの
だ.例えば,ジャズにピコピコハンターという名前のアーティストがいたらあなたはどう思うだろうか.音楽のジャン
ルとアーティスト名の響きが全く噛み合っていないと感じないだろうか.噛み合っていないと感じた時点で,イメージ
化されていることは明白だ.アーティスト名がイメージ化されれば,アーティスト名の市場ができる.アーティスト名
の市場ができるということの例として,インディーズシーンのアーティスト名が挙げられる.
インディーズシーンでは,アーティスト名である程度ジャンルがわかる場合がある.スクリーモという叫びながら歌
う手法を用いるジャンルには ALESANA(アレサナ)や EMAROSA(エマロサ)という風に,似たような雰囲気のアーテ
ィスト名が尐なくない.アーティスト名によってジャンルがある程度わかるという現象は,アーティスト名が音楽をイ
メージ化していることの表れだと筆者は考えている.そのジャンルでの代表的なアーティスト名を元として,イメージ
化するという流れだ.そしてアーティスト名の中での市場をつくり,スクリーモが好きな人に一目でわかるようにして
いるのだ.スクリーモというジャンルはそんなに大衆的ではない.大衆的ではないからこそ,顧客層は限られている.
つまりアーティストは,わかる人にはわかるようにイメージ化されたアーティスト名をつけてアピールしているという
わけだ.
市場ができることをデザインという視点から考えた研究として,日比(2007)による製品デザインの重要性について
の考察という研究が挙げられる.日比(2007)は,新製品がこれまで人々の頭の中になかったものだとして,そこで一
端プロトタイプ(元型,典型)ができあがってしまうと,消費者もそれを基準にして新しい製品市場を認識するようにな
ることを指摘している.つまり,市場を制覇する製品が生まれると,その後に続く企業は,作られたプロトタイプに従
ってデザインしないと,消費者に受け入れてもらえないのである.このプロトタイプこそが,イメージ化される元のも
のなのである.プロトタイプができあがり,そこからいくつもの適度な模倣がされ,市場を形成するのである.これは
アーティスト名や製品に限ったことではなく,キャラクターにもあてはめることができる.
現代社会とイメージ化
プロトタイプがつくられ,イメージ化され,適度な模倣されることによって市場ができるということを,ポストモダ
ン(70 年代以降の文化的世界のことを漠然と示す言葉)の視点から指摘した東浩紀という人物がいる.東(2001)は原作
のマンガ,アニメ,ゲームをおもに性的に読み替えられて制作され,売買される同人誌やゲーム,同人フィギュアなど
の総称である二次創作が,オリジナルとコピーの柵が弱くなったことによって,
「シミュラークル」という中間形態が
支配的になっていることを指摘した.具体例では,
「エヴァンゲリオン」の制作会社は自ら本編のパロディ的なソフト
をいくつも発売している.東(2001)の言葉を借りると,そこではもはや,生産者にとってさえ,オリジナルとコピー
の区別が消えている.
このオリジナルもコピーもないシミュラークルという中間形態は,危険性も持っている.例えば,以下のようなケー
スが考えられる.著作権者であるメーカーに無許可で,誰かがピカチュウに始まるポケモンシリーズのシールのうち一
枚をそっくり複写したシールを作れば,これは犯罪である.こうして作られたシールは「偽者」である.これは今まで
45
いくらでもあった事件である.ところが同じ人間がポケモンのプロトタイプを元に,適度な模倣で今まで描かれていな
いキャラクターを作り出し,これをシールとして売り出したとしたらどうなるのか.これはポケモンのオリジナルのい
ずれを複写したものでもない.したがってその意味では「偽者」ではない.このように個別の商品の本物,偽者の区別
がなくなり,コピーでもオリジナルでもないものができあがってしまう.このようなシミュラークルという形態がはび
こっていることに対して,アニメ好きの現代におけるオタクたちは,どのように思っているのだろうか.
萌えのイメージ化
現代のオタクたちが何に萌え(愛玩対象に対する好意をあらわす言葉)を感じるのかを見ることによって,シミュラー
クルについてどのように思っているのかを見てみようと思う.東(2001)は,オタクたちはアニメの物語性よりも,ア
ニメに出てくるキャラクターに対する萌え(キャラ萌え)に反忚すると述べている.原作もシミュラークルもともに等価
値で消費するオタクたちは,萌えがすっかりイメージ化され,オリジナルでもコピーでも何でもいいのだと筆者は推測
することができる.
この推測を裏付ける例として,1998 年に誕生した「デ・ジ・キャラット」
,通称「でじこ」と呼ばれるキャラクター
が挙げられる.この「でじこ」というキャラクターは,もともとアニメ・ゲーム系関連商品を取り扱う業者のイメージ
キャラクターとして作られた.したがって,アニメやゲームから誕生したわけではなく,設定も何もなく,ただキャラ
クターのかわいらしさだけで CM を媒体としてブレイクした.オタクたちにとって,物語などは付録でしかないのでは
ないか.
なぜ「でじこ」がオタクたちに受け入れられたのか.デザイン的には,個性的に作られたものではなく,オタクたち
に受け入れられている要素(萌え要素)を組み合わせることでつくられている.この萌え要素でガチガチに構成された萌
える用のキャラクターは,萌えのプロトタイプそのものなのである.図 2 を参照してもらうとわかりやすい.萌えのプ
ロトタイプである「でじこ」は,顔の半分を占める大きな目と,あるのかないのかわからないくらいの小さな鼻,緑色
の髪,触覚のように刎ねた髪,猫の耳,しっぽ,メイド朋,大きな手足などが特徴として挙げられる.
←猫の耳
←緑色の刎ねた髪
←大きな目
←小さな鼻
←しっぽ
←メイド朋
←大きな手足
図 2 イメージ化された萌えの集大成「でじこ」
DiGiCharat Official WebSite でじこのへや(http://www.broccoli.co.jp/dejiko/index.html)より筆者一部改変
46
萌えの集大成である「でじこ」の例を見て,筆者は萌え要素が一人歩きしていると捉えた.例えば,オタクがキャラク
ターを好きになったとき,必然的にキャラクターの特徴も好きになる.一見何の変哲もないあたりまえの話だが,この
話には続きがある.そのキャラクターの特徴を持った別のキャラクターに出会ったとき,その別のキャラクターを好き
になるのではないだろうか.自分が好きなキャラクターの特徴がイメージ化され,萌え要素ができあがるのだ.その萌
え要素をおしげもなく詰め込んだキャラクターが「でじこ」であり,なぜマスコットキャラクターでしかなかった「で
じこ」が受け入れられたかが説明できる.
おわりに
以上のことから,プロトタイプが作られ,イメージ化され,適度な模倣がされるという流れがあることが明らかにさ
れた.そして,この流れからなぜ「気持ち悪いから美しい」という文に違和感を覚えたのかという問いに対する答えを
考えようと思う.筆者は生きてきた中で「気持ち悪い」
「美しい」それぞれのプロトタイプをつくり,イメージ化して
いった.そしてマグリットの絵画に出会い,本能で美しいと感じつつも,筆者の中でイメージ化されたものではない「美
しい」であったため,混乱が生じ,理解ができなかったのだ.その理解ができないという気持ちこそが「気持ち悪い」
につながっていったのではないだろうか.そして「気持ち悪い」
「美しい」それぞれイメージ化したものが筆者の頭の
中でリンクしなかったため,
「気持ち悪いから美しい」という文に筆者は違和感を覚えたのだと筆者は考えた.
マグリットの絵画を心から愛している筆者だが,サルバドール・ダリの絵画も好きである.マグリットほどの衝撃は
受けないにしろ,ダリの絵画を美しいと感じる.なぜ筆者はマグリットほどの衝撃は受けないのにダリの絵画を美しい
と感じるのか.それはマグリットの類としてダリを見ているからではないだろうか.マグリットの世界にすっかり陶酔
している筆者にとって,ダリの世界はすぐ隣にあるような感覚なのである.マグリットとダリが類似していると言って
は失礼に当たるかもしれないが,シュルレアリスムというくくりの中にあるので,距離は遠くないはずだ.距離は遠く
ないはずなのに,筆者はダリの絵画を気持ち悪いとは感じなかった.ただ美しいと感じた.マグリットの時とは何が違
うのかを考えたときに,筆者の中で美しいものというジャンルの中にシュルレアリスムというプロトタイプができあが
っていたか否かではないだろうかという考えが浮かんだ.上で述べた話にあてはめると,ダリの絵画を気持ち悪いと感
じなかったのは,既にシュルレアリスムが私にとっての萌え要素となっていたからだと結論づけることができる.
今後は,デザインする側の視点からイメージ化に対する研究や,鑑賞する側の類似や模倣に対する細かい嗜好性など
を研究することなどを課題としたい.
引用文献
安武陽一郎 2001 ゴーギャンの「象徴主義絵画」とタイトルの機能,芸術学論叢,14,108-109.
東浩紀 2001 動物化するポストモダン,講談社現代新書.
日比恒平 2007 製品デザインの重要性についての考察 www5e.biglobe.ne.jp/~naoton/eccentric/hibi_kouhei.pdf
井戸和秀・大塚 愛子 1998 視覚媒体が音楽の感得に与える影響,岡山大学教育学部研究集録,108,57-62.
マルセル・パケ 2007 ルネ・マグリット,TASCHEN.
高橋洋平・宮崎紀郎・玉垣庸一・小原康裕 2003 ブルーノートのレコードジャケットデザイン : 1950-60 年代の作
品におけるデザインの傾向,デザイン学研究研究発表大会概要集,50,94-95.
Web
「DiGiCharat Official WebSite でじこのへや」http://www.broccoli.co.jp/dejiko/index.html
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第 8 章 拡散する「身体」の意味
―現代の若者における身体改造―
三井 里恵
Ⅰ はじめに
筆者が身体改造というものに興味を持ったきっかけは,中学生の頃に BURST という身体改造専門誌を立ち読みした
ことであった.当時,現在よりも社会に受け入れられていなかったタトゥーやボディピアスをはじめ,日本に紹介され
たばかりのインプラントやスプリットタンなど,奇異とも思われる数々の身体改造を施した人間の写真は,鮮烈に筆者
の脳裏へと焼きついた.もともと,音楽や芸術に付随した身体改造に親しんでいた筆者ではあったが,初めて読んだ
BURST のそれは,今まで自分が思っていたそれとはあまりに違っていた.故に,新しく開かれたその世界に強く魅か
れてしまった.その後も筆者は幾度となく本屋に通い,身体改造についての造詣を深めて今に至るのである.
人前で,筆者の興味関心を発表すると,必ず幾人かから「そのような世界はグロテスクで受け入れがたい」といった
意見が挙がる.しかし筆者には,初めて BURST を読んだときから,そのような拒絶反忚は一切無かった.そこにあっ
たのは尐しの畏怖と好奇心である.憧れ,またそこに距離を感じて恐れる気持ちを抱きつつ,筆者は今まで身体改造へ
の興味を温めてきた.
ヴィゴツキーは「心理学が研究する現象や本質や本性というものは,その極端な病理的な表現の中にもっとも純粋な
形で現れる.
」と述べている(柴田ら, 1987).筆者は身体改造という行為が「病理的」であるとは考えていないが,
「極
端な」
「表現」であることは確かだと考えている.筆者は,現代において極端な表現のひとつである身体改造という行
為から,現代社会における自分らしさの本質を探りたいと考えている.
Ⅱ 身体改造の定義
まず,本論における身体改造について定義したい.しかし,身体改造というものに学術的な定義は無いため,一般的
な身体改造を定義する例として,wikipedia より引用したものを紹介する.
身体改造(Body modification)とは,身体を自らの意思のもと,非医学的な理由で永久的・半永久的に変形させる行為
を指す.性的な意味の誇張・通過儀礼・美醜に関する理由・団体所属の象徴・信用や忠誠を誓うこと・宗教的理由・霊
的象徴・衝撃を与えること・自己表現など,ファッションとして多くの社会で受け入れられる耳へのピアスのように社
会的に許容できるものから,割礼のように限られた文化において宗教的な理由で強制されるものまで,身体改造の持つ
意味は時代・文化によって幅広く及ぶ.(From Wikipedia, the free encyclopedia, 2009)
このように,身体改造を施す者の所属する社会や時代によって身体改造の持つ意味は異なる.このことが,身体改造
を一義的に定義することを困難にしている.
筆者は今回の研究について,身体改造(Body Modification)を,
「身体を自らの意思のもと,非医学的な理由で永久的・
半永久的に,普遍的とはいえないほどに変形させる一連の行為」と定義する.そのため,整形手術のような,普遍的な
美しさに自らを近づけるような身体改造は,今回の研究の範囲には含まれない.
Ⅲ 身体改造についての先行研究
日本における身体改造の流行は,サブカルチャーの一端として始まった.初めはごく一部での流行として存在してい
た身体改造であるが,それが雑誌やインターネットなどのメディアを通じて,だんだんと若者の間に浸透していった.
それを経た現在,ピアスやタトゥーなどの身体改造は一般化し,そう珍しいものではなくなった.
ここでは,現代において身体改造をすることがどんな意味を持つのか,ということを探るための縁として,いくつか
の先行研究を紹介したい.
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ⅰ サブカルチャーとしての身体改造
前述したように,日本における身体改造はサブカルチャーから始まった.よって,日本における身体改造を語る
際に,このサブカルチャーという視点は外すことが出来ない.そこで,まずここではサブカルチャーという括りの
中で実践されてきた身体改造について見ていきたいと思う.
大穀(2005)によると,
「ピアシングやタトゥーをはじめとするサブカルチャーとしての身体改造は,1970 年代の
パンク・ロック興隆期から人種や政治的立場に関わらず広く様々な形でうかがわれる文化実践であるが,サブカル
チャー研究においては“Modern Primitives”あるいは“Neo-Tribal”の中の現象として括られることが多い」と
し,
「これは,Winge(2003) によれば,
「過去の文化を理想化し」
,
「原始的な部族のそれと似た理想の領域と同一性
を作り上げ」
,そこを「自由と自己表現のための避難場所」とするサブカルチャーである」とされる.
ここでは身体改造の様相として,
“Modern Primitives”あるいは“Neo-Tribal”といったものが挙げられてい
る.これは“modern”つまり近代において,
“primitive”つまり原始的な文化を復刻しようといったものである
が,Modern Freaks 編集部(2008)によると“Modern Primitives”とは「原初的意識行為の数々からその教義を
除き純粋に肉体加工の部分だけを抽出,方法論化したムーブメントを指す」ものであり,
「現代の身体改造シーン
に与えた影響は絶大」なものであるとしている.
また,山田(2004)はサブカルチャーについて,
「サブカルチャー(典型的には 60 年代終わりの若者文化)に特徴的
だったのは支配的な主要文化との間の明確な差異の存在」であると述べている.
このことから,サブカルチャーというものは,もともとサブカルチャーそのものに「他者や他のグループとの差
異化」という意味が含まれていることがわかる.またそれに伴い,サブカルチャー分野において実践されている身
体改造には,伝統的な手法をオルタナティブな手法とし,自己を他者と差異化することで,顕著な自己表現を達成
させる目的があることがわかる.
ⅱ ファッションとしての身体改造
小学館 国語大辞典(新装版)(1988)によると,ファッション(英 fashion)とは,衣朋や髪型などについて,ある時
代・年代に広く世間に共通して行われる,ある特徴や雰囲気を持った型,という意味を持つ言葉である.前述した
サブカルチャーは,もともと尐数派で周縁性・排他性をもち営まれていたものであり(大穀, 2005),その中で流行
した身体改造もまた同じようにひっそりと息づく流行であった.その性質は先ほど述べたファッションとは意を異
にするものであったが,現在はメディアの発達によってその尐数派で営まれていたサブカルチャー的実践が大衆へ
と発信されるようになったため(大穀, 2005),身体改造がファッションの分野でも見聞できるようになった.そし
て今や,身体改造とファッションは強く結びつき,ピアスやタトゥーなどはファッションとして一般的なものとな
っている.そこで,ここでは現代の身体改造を語る上でやはり無視できない,ファッションの分野で行われる身体
改造の先行研究を紹介したいと思う.
Lawrence(2001)によると,社会において,朋装は個人や集団のアイデンティティを表現する手段として存在し
ているが,個人を表現することと,他の人を習って既成の独特なファッションを用いて,個性的なアイデンティテ
ィを表現することの間には道理に合わない矛盾が生じてしまうとされる.また Lawrence(2001)は,このとき,ボ
ディピアス,スカリフィケーション,タトゥーや外科手術などで外見を変えることは自己と他者を差異化するため
の手段に過ぎないと指摘している.
このことから,身体改造は,卖なるファッションとして,自己と他者を差異化することで,理想の自己像をわか
りやすい形で他者へ発信するという機能を持っていると考えることが出来る.これはサブカルチャーにおける身体
改造が持つ意味と酷似している.
49
ⅲ 自己再構築の手がかりとしての身体改造
ここまで先行研究をふたつ紹介したが,そのいずれも,身体改造の持つ意味について,自己と他者を差異化する
ことで,他者に向けて自己を発信するという説明に終始していた.しかし次に紹介する研究は,身体改造が持つ意
味について,前述した先行研究とは違う視点から考察しているため,これを紹介したい.
Sweetman(1999)は,身体改造のように,現実の身体に人工的な加工を施すことは,他者との差異化を目指し,
それを体験したということである.タトゥーやピアスは流行したもの・していないものに関わらず,再帰(反省)
的に構成された自己を修繕したり,それに碇を下ろしたりする役割を負っていると指摘している.
ここで,
「再帰(反省)性」という言葉が出てきたが,この概念について浅野(2003)は「
「反省性」というのは,ギ
デンズの言い方をそのまま借りると,自分自身のあり方について問い直すこと,そして相対化すること,そして時
には修正したり,時には別の選択肢に乗り換えたり,そんな風に更新を続けていく,バージョンアップを続けてい
く営みのこと」であると説明している.
ここでは,身体改造を行うことが,他者との差異化を通じて再帰的な自己を構築する意味,また一方では自己を
確定する意味を持つと指摘されている.
このように,身体改造を取り扱った先行研究は視点も様々で,身体改造がどういった意味合いを持つ行為であるかと
いうことを探ろうにも,分野によって捉えられる意味は異なるため,その意味は多様化してしまう.
一般的に,身体改造は自己顕示欲の強い人がファッションの一環として行うもの,という,今回紹介した先行研究の
ⅰとⅱの内容に当てはまる見方をされることが多いが,現代の若者が行う身体改造についても,そのように考えること
が正しいといえるのだろうか?
Ⅳ 語りから見る身体改造と自己との関わり
ここからは,身体改造を行う動機・施術後の感覚・また行った後の感覚について,身体改造に詳しい雑誌の記者であ
り,その書の企画内で実際にマイクロ・ダーマル(皮膚上に装飾物部分を露出させるように,皮膚下にベース部分の金
属を埋め込む身体改造)という身体改造を体験した梅澤(2008)が語る場面を紹介したい.
また,この語りと,後に紹介する身体改造についての先行研究を照らし合わせて,過去の研究が今回の事例に対して
有効なものであるのかどうか,考察したい.
身体改造を行う動機
(中略)痛みそのものが好きなわけではないので,ピアスをあけたいと感じたとき,私はその思い
を,それに伴うであろう痛みと天秤にかけてみる.天秤の片皿に「ピアスをつけたい」という欲望,
もう片方に「痛いのイヤ」という気持ち,プラス a.「他人からはどう見られるかしら」という心配.
―最後に天秤の重さを決めるのは理屈でもなんでもなく,
「欲しい!」という卖純な衝動.
「誰かがか
わいいって言ってくれなくたって,欲しいんだから開けちゃおう」
,
「痛くたってやりたいの」
.b.他
人の価値観や痛みへの嫌悪を超越したそれらの欲望を確認するのは,とても気持ちがいい.
この語りでは,下線部 a で他者からの評価を気にする語りが現れる.ここで表現されている感情は,改造を行うこと
で得られる賞賛が想像されて行動を後押しするような感情ではなく,改造を行うことで他人から変な目で見られるかも
しれないという意味で「心配」という感情が語られている.
先行研究のⅱで紹介した Lawrence(2001)は,身体改造について,それはファッションの一環で行われるとしている
が,それが正しいとするならば,例えば「他人からかわいいと思われるために身体改造をする」といったように,他者
50
からの評価は身体改造を後押しする形で語られなければ不自然である.よって,今回の事例で語られているような,他
者からの評価が身体改造を否定する形で語られた感情は,彼の論では説明できない.
また,下線部 b では身体改造を行うことを決定する際に,他人の価値観や痛みへの嫌悪を超越することが気持ちいい
と語られている.Lawrence(2001)は,卖純に他者と自己を差異化する手段として身体改造を捉えているが,やはりそ
れだけではこの語りは説明できない.
施術直後
(中略)私は施術時の痛みをあまり感じなかっただけに,血が出ることが嬉しかった.だって,c.痛
みもなく血も出ないのでは,ちょっともの足りない.体に針を刺したんだという実感が欲しいのだ.
d.「痛みと引き換えに,素敵なものを手に入れた」という実感が欲しいのだ.私はやはり,施術をジ
ュエリーをつけるための作業としてだけではなく,e.イベント的なものとして楽しんでいるのかもし
れない.
この身体改造を施術した直後の語りにおいて,下線部 c, d, e では,この施術そのものをイベントとしてとらえ,身体
改造の施術において痛みや出血を伴うことで,新しく,身体改造というものを手に入れる楽しみが語られている.これ
は,例えば,昔の日本において男子が元朋の儀式を終えることで成人としての地位を得るといったような,近代社会以
前で行われていた,儀式的な要素を含んでいる可能性がある.
先行研究のⅰでは,大穀(2005)により,サブカルチャー的な身体改造において,過去の儀式や慣習から身体改造の部
分を抽出した“Modern Primitives”というムーブメントが紹介されている.しかし,今回の語りにおいては,
“Modern
Primitives”のように身体改造の部分にのみ重点を置いているというよりは,むしろ改造のための施術をイベントと見
なし,その意味を身体改造と同等かそれ以上に重要なこととしているように読み取れる.よって,サブカルチャー的な
身体改造としてみたとき,今回の語りの意味を示すことはできない.
身体改造が定着した頃
(中略)ついに手に入れたマイクロ・ダーマルは,まるで昔から私自身の一部であるかのように皮膚に
馴染み,体の中央でキラリと輝いている.そう,私が欲しかったのはまさにこのデザイン!体にぴっ
たりと金属がついているこの感じ! f.私はまた一歩,手に入れたかった自分に近づいた.小さなマイ
クロ・ダーマルと一緒に,g.私は今までよりもほんの尐しだけ,バージョンアップしたんだ.
これは,記事の結論である,身体改造が体に定着してきた頃の語りであるが,下線部 f, g において,過去の自分とは
違う自分を手に入れたことの喜びが語られている.
先行研究のⅰ・ⅱのいずれにおいても,自己と他者を差異化し,他者に向けて自己を発信する手段としての身体改造
というものは論じられているが,これでは,この語りにおいて自己によって自己のために行われる身体改造については
説明できない.
それに対して,先行研究のⅲで紹介した Sweetman(1999)は,身体改造は再帰(反省)的に構成された自己を修繕した
り,それに碇を下ろしたりする役割があると述べており,また,下線部 g の「バージョンアップ」という言葉は,先行
研究ⅲで紹介した浅野(2003)の「
「反省性」というのは,
(中略)更新を続けていく,バージョンアップを続けていく営
みのこと」であると説明しているものと重なる.これらは,今回の語りに見られる,新たな自己を獲得するために行わ
れる身体改造のあり方を説明することができるといえるのではないか.
51
Ⅴ まとめと今後の課題
本論では,先行研究と身体改造を施した者の語りを元に,身体改造とはファッションや自己表現のために行われるだ
けではなく,若者にとって自己を再構築する役割も担っている可能性があることを示唆した.今後の課題として,第一
に,本論で示唆されたことが他の身体改造を行う者に対しても普遍性をもって言えるのかどうか,という点においての
検討が挙げられる.
また,今回の事例の中で梅澤(2008)が,施したばかりの身体改造を「昔から私自身の一部であるかのよう」と発言し
ており,筆者は身体改造を施した者の自己像と時間観というものが気になってしまった.自己と時間に関しては多くの
研究がなされているため,今後それらを参考にして,身体改造を施す者の持つ自己像と時間観との関係について詳しく
調べ,身体改造が若者にとってどんな意味を持っているのかということを明らかにするための参考としたい.
引用文献
浅野智彦 2003 立正大学心理・教育学会記念講演 現代社会と物語的アイデンティティ,立正大学心理・教育学研究
1, 69-84.
Body modification (January. 17, 2009, 04:23 UTC). In Wikipedia: The Free Encyclopedia. Retrieved from
http://en.wikipedia.org/wiki/Body_modification
大穀 剛一 2005 スペクタキュラー・サブカルチャーを「読む」 --理論的諸問題と「組み込み」の「審美的形式」,
東京家政学院大学紀要,45, 123-130.
市古貞次, 金田一春彦, 見坊豪紀, 阪倉篤義, 中村通夫, 西尾光雄, 林大, 松井栄一, 馬淵和夫, 三谷栄一, 山田巖, 吉田精一編 1988
国語大辞典(新装版),小学館.
Tony Lawrence A Tattoo Is For Life:- A Sociological Study Of The Changing Significance Of Tattoos.
Modern Freaks 編集部 2008 身体改造簡約辞典,
「Modern Freaks 1 (2008 January)―命懸けの人間力雑誌 (1) (ミ
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Paul Sweetman 1999 Anchoring the (Postmodern) Self? Body Modification, Fashion and Identity,Body &
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梅澤由華 2008 Girl's Body Modification in MicroDermal Implant,
「Modern Freaks 1 (2008 January)―命懸けの
人間力雑誌 (1) (ミリオンムック 94)」
,福光睦,ワイレア出版.
ヴィゴツキー,L,S. 柴田義松・藤本卓・森岡修一(訳) 1987 ヴィゴツキー著作選集〈1〉/心理学の危機 心理
学の危機 ― 歴史的意味と方法論の研究,明治図書出版.
Winge, T. M. 2003 Neo-Tribal Indentity Through Dress: Modern Primitive and Body Modifications, Muggleton
and Rupert Weinzier, 121.
山田真茂留 2004 サブカルチャーの対抗的自律性・再考-差異化との戯れの彼方に-,早稲田大学大学院文学研究科紀
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52
第 9 章 若者における居場所と居心地について
山口 綾子
はじめに
人は,一人では生きていけない,人は人と関わりあいながら生きている.また,人は人と関わりながら自分の居場所
を見つけ居心地のいい場所で自分の価値というものを確認していく.人は生まれてから家族という居場所で居心地を感
じ,就学する年齢になると学校・学級という場所で,自分の居心地の良い居場所を探す.そして,友達・恋人などに居
場所を感じ,社会人になり組織の中やレジャーランド・ショッピング・公共の場などで,居心地のいい場所を探す.狩
野(1985)は,私達の行動は集団を抜きにしては考えることができず,学級,仲間,職場などの集団の中で互いに影響を
与え,あるいは受けながら行動をしていると述べている.人により居心地がよい悪いと感じるのも様々であり,例えば
居心地の良い人は安心して居ることが出来るので,人との会話も弾む.人との会話が弾むということは,居心地の良い
人間関係が築かれていて何でも打ち明けることが出来る.逆に居心地の悪い人に対して,いつも人目ばかりを気にして
緊張している状態なので安心ができない.もちろん緊張状態の中では人との会話も弾まないので,良い人間関係は築く
ことが出来ない.そういった居心地が良い・悪いと感じるには,この人は一緒に居て会話も弾むし楽しい,何を言って
も受け入れくれる,親身になって相談に乗ってくれるといった相互作用が働いているといえ,人に対して居場所を感じ
ていると思う.
また,場所に対して居場所を感じているということから見れば,筆者は以前コンビニの前でしゃがみこんで会話をし
ている若者を目にすることが多かったのを思い出した.若者を見て大人たちは「何でコンビニで集まっているんだ」
「迷
惑だ」
,
「みっともない」というが,若者はコンビニに集まることで居場所を感じているのではないかと考える.確かに
人の迷惑を考えると,コンビニの出入り口付近にしゃがみこんで会話をされていると迷惑になるが,そこが若者にとっ
ての居場所と考えると今の若者は安心できる居場所がなくなっているではないかと考える.居場所ということを歴史的
な面で見れば,1970 年代まで小・中学校や高等学校の周辺には駄菓子や軽食の店があることが当たり前だったが,子
ども達は教師や親にとがめられてもそういう店に出入りした.それに対して,駄菓子屋や軽食の店が 1980 年代から 90
年代に急速に減尐していった.減尐したのは駄菓子屋や軽食の店だけではない.地域の交流の場として機能してきた小
売店が閉店し,ちょうどそれと入れ替わるように増えたのがコンビニである(久田 2000).つまり時代背景や社会経済が
若者にとっての居場所と密接に関係があり,若者にとっての居場所はだんだんと狭められ,居場所と感じる場所が変わ
りつつあるのではないかと考える.
以上のことから筆者は,若者(児童期から青年期)を対象に,若者が居場所と感じる場所はどんな場所であるのか,ま
た,若者は居場所にどんな意味を持っていて,何を感じているのか,居場所と居心地はどのような関係にあるのかとい
ったことを先行研究から調べることとする.
居場所の定義
筆者が考える居場所とは,自分が家族・学校・社会においても自分が存在できる場所であり,安心できる居心地のい
い場所が居場所である.しかし,畑・伊藤(2001)によると,
「居場所」の定義は研究者によって様々であり,居場所を
測るものさしも一般化されていない.居心地の良い場所は,日本語では「居場所」と訳され,他者との関係だけではなく
物理的なものとの関連性という観点からみて,特別にリラックスでき,かつ安全な空間を個人が求めていることを前提
としている.居場所は人間にとってなくてはならない場所であり,人間は何とかして居場所を探し確保しようとして,
人間が自分の居場所を感じることができた時,アイデンティティを確かめることができる(渡辺・小高,2006).そし
て,居場所には空間(スペース)と場所(プレイス)がある.人間にとって意味のある空間が場所であり,場所とは人間と
53
物理的環境の間に強い結びつきがある(藤竹,2000).また,表 1 は荻原(2001)の居場所とその逆の居場所の喪失をま
とめたものである.
表 1 居場所と居場所の喪失の意味 荻原(2001)
居場所
居場所の喪失
①居場所は「自分」という存在感という存在とともにある. ①居場所は,他者・事柄・物からの一方的規定によって喪
失していく.
②居場所は自分と他者との相互承認という関わりにおい
②それは世界の中で「自分」というポジション,人生の方
て生まれる.
向性,存在感の同時喪失を意味している.
③居場所は生きられた身体としての自分が,他者・事柄・ ③それはまた自明な世界の喪失でもあり,より安全な居場
物へと相互浸透的に伸び広がっていくことで生まれる.
所への引きこもりをうながす.
④同時にそれは世界(他者・事柄・物)の中で自分のポジシ
ョンの獲得であるとともに,人生の方向性を生む.
また,石本(2008)は居場所を物理的な場所を指す言葉であるが,現在は「居場所」という言葉は心理的な意味を持ち,
「心の居場所」として使われるようになったと述べている.つまり,定義としては人により様々であるが,人が人とい
る空間や人がいる場所として居場所が使われているが,現在は「居場所」というと,場所としてではなく人に対しての
心理的な意味が多くなっていると考える.
社会的居場所と人間的居場所
居場所には社会的居場所と人間的居場所があり,社会的居場所は家庭,職場のほか自分の資産や能力を発揮すること
が求められ,自分の存在が他人によって必要とされている場所はすべて,社会的居場所である.一方人間的居場所は,
自分であることを取り戻すことのできる場所でありそこにいると安らぎを覚えたり,ほっとする場所で,家庭は人間的
居場所にもなり,人間が人間らしく実感できる場所ととらえることができる(藤田,2000).つまり,社会的居場所は他
者と関わりながら居場所を見つけるが,人間的居場所は一人でいて自分らしさを取り戻すことができる場所なのではな
いかと考える.そして,社会的居場所や人間的居場所にしても,居場所によってアイデンティティを感じていると考え
る.
先行研究
1.)児童期の居場所
①小学生の場合
苅田(1997)は,小学校時代の居心地のいい場所の研究で,屋外に関わらず,子ども(女児)が「居心地が良い」と感じ
る場所の構造を明らかにした.その結果,居心地の良かった場所として,図 1 の構造が導かれた.居心地の良かった場
所として,秘密基地的な場所・自然に囲まれた場所・家族団らんの場所という 3 タイプが見出された.この 3 つの中で
も主に「家族でコタツを囲む」といった記述が多かったことから主に家族と接触を持つことで居心地の良さを感じてい
た.このことから,児童にとって身近である家族が居心地のいい場所とされそれも家族団らんということがキーワード
になっていてそれが今でも思い出として残っていることから,家族と密接な関係にいるということが考えられる.
54
秘密基地的な場所
友達と秘密基地を作る
押入れの中でじっとする
動的
家族との団ら
ん場所
静的
遠くを眺める、ぼーっとする
カニや魚を捕まえる
自然に囲まれた場所
図 1 小学校時代の居心地の良い場所の構造 苅田(1997)
2.)青年期の居場所と居心地
①中学生の場合
杉本・庄司(2006)は,中学生の「居場所環境」と学校適忚との関連に関する研究で,現代の中学生の「居場所環境」の様
相を明らかにし,学校適用の関連と性差の検討した.その結果,①「自分の部屋」と「教室」と「家」の 3 つを主要な居場所
として「居場所」が認知され,居場所のある 7 割の生徒が複数の居場所を持っている.②男子の場合居場所が友人間によ
ってのみ居場所を感じ,女子の場合は友人・家族が居場所として認識を持っている.③居場所がないよりも居場所があ
りの方のが学校享受感が高く,居場所がある男子よりも女子の方が学校享受感が強い.④女子は居場所において「親密
確認」をしているのでより親和動機が高いことが分かった.つまり,自分がいつもいる場所が主要な居場所として認知
されている.しかし,男女では友人のみに居場所を感じるということから,男子は家族を居場所と感じる傾向は尐なく
親に頼らないといった,親からの自立心が強いのではないかと考える.そして,女子は親和動機が強いことが学校享受
間に大きく影響していて,親密確認をしていることからいつも居場所を確保してその集団内で自分を存続していたいと
いう傾向があるのではないかと考える.
②高校生と大学生の場合
小沢・伊藤(2001)によると青年期は,自分自身を深く考える時期であり,そしてまた,自分とつながっている周りの
人間や環境についても考える.特に,自己形成という深刻で重要な仕事を支える意味でも,青年期において「居場所」
が重要になってくると考えられる.また,小沢ら(2001)の青年期の心の居場所の研究で,実際に青年期の人々が「居場
所」という言葉にどのように反忚するかという探索的な要素も含めて,「居場所」という言葉で直接問いかけ,青年期の
若者の居場所を明らかにしようとした.また,「居場所」というものは物理的空間だけではなく心理的空間を含むという
ことを強調し「心」という言葉を付け加え,心の居場所というものを用いた.その結果,心の居場所として上位に昇った
のは主に物理的時間・空間や対人関係に関するものであり,実際の心の居場所として最も多くあげられたのは「友達」
であった.また,表 2 と表 3 は高校生と大学生の心の居場所を示したもので,高校生と大学生を比較すると,高校生に
おいては「友達」に続いて「寝る・ふとん」
,
「自分の部屋」が多くあげられ,一方で大学生においては「家」
,
「家族」
が多くあげられた.高校生のほうがひとりになれる時間・空間が自分自身の心の居場所になっている者が多く,大学生
のほうが家族に関する時間・空間を自分の心の居場所だと考えていた.つまり,高校生・大学生共に自分により近い友
達が心の居場所としてあげられたということは,ひとりでいる場所よりも友達に対して心のよりどころとして居場所を
感じているのではないかと考える.
55
表 2 高校生の心の居場所 (上位 10 位まで)
表 3 大学生の心の居場所 (上位 10 位まで)
小沢・伊藤(2001)
順位
心の居場所
数
(出現率)
順位
心の居場所
数
(出現数)
1
友達
152
(13.84%)
1
友達
106
(17.12%)
2
寝る・布団
192
(8.38%)
2
家
59
(9.53%)
3
自分の部屋
82
(7.47%)
3
家族
43
(6.95%)
4
部活
61
(5.56%)
4
寝る・ふとん
35
(5.65%)
5
家族
60
(5.46%)
5
自分の部屋
34
(5.49%)
6
家
56
(5.10%)
6
ひとりでいる
32
(5.17%)
7
音楽を聴く
50
(4.55%)
7
部活
26
(4.20%)
8
ひとりでいる
45
(4.10%)
8
彼氏・彼女
24
(3.88%)
9
自然
43
(3.92%)
9
自然
22
(3.55%)
10
彼氏・彼女
39
(3.55%)
10
音楽を聴く
20
(3.23%)
③中・高・大学生の場合
大久保(2005)は,青年の学校への適忚感とその規定要因の研究で,中・高・大学生に学校への適忚感尺度の性差,
学校段階差の検討をした.その結果,居心地の良さの感覚得点は,中学生と大学生では女子が男子よりも有意に高かっ
た.また,中・高校生に学校生活尺度と学校への適忚感の関連別学校別の分析の検討をした.その結果,居心地の良さ
の感覚得点では,いずれの学校も「友人との関係」から有意な正の影響が見られた.つまり,居心地のよさの感覚得点で
は,男子よりも女子が高かったことから,女子の方が学校に対する適忚感が高く,友人を作るのも教師と仲良くなるの
も,筆者の経験からも男子より女子のが早い傾向があるため,適忚感が高かったのではないかと考える.
④大学生の場合
大久保・青柳(2005)は,大学新入生の適応に関する研究で 1 年生を対象に適応の指標としての適応感の変化及び社会的
スキルとの関連を検討した.その結果,居心地の良さの感覚ででは 10 月ほうが 4 月よりも有意が高く,入学当初に比べて夏季
休暇の後のほうが大学において居心地が良いと感じており,周囲から信頼され,受容されているということを明らかにしている.
このようなことから,入学後はまず新しい環境に慣れるという負担を抱えているため不安や戸惑いといった困惑がある
状況なので,親密な対人関係の構築は難しいのかもしれない.例えば,新入生がサークルに入ったとしても同じことが言える
かもしれない.それは,サークルといった既存の集団に入っていくのにはなかなかの勇気がいるし,外向性が高いとしてもそ
の集団内に先輩達がいるということが新入生にとってかなりのプレッシャーになるのではないかと筆者は考える.逆に,まった
く新しいサークルを 1 年生同士が作るとなったら,環境に慣れるという面では少しは軽減されるので,その軽減された分,お互
いがサ-クルという集団内での対人関係の構築により励めるのではないかと考える.このように,既存の集団と新規の集団で
は入学直後の新入生だけではなく,どの人に対しても集団内での居心地というのは感じられるのではないだろうか.
居場所とアイデンティティ
Erikson(1959)は,社会の中で自分の居場所を得たときにアイデンティティの感覚が得られると述べている.また,
小沢(1998)は,アイデンティティの概念を,
「私が私であること」捉えると,アイデンティティの感覚を得ることは,
「私が私であること」を確認し,納得することと述べている.そして,居場所グラムによる青年期のアイデンティティ
の解明の試みの研究で,社会の中での居場所を明らかにするための「居場所グラム」から,青年期のアイデンティティ
の解析を試みた.その結果,本人にとって重要な居場所としてあげられたのは,家族,高校の先生,高校の友人,大学
56
の部活であった.次に,大学の授業,図書館,趣味はやや重要な居場所とされた.つまり,アイデンティティを確立す
る居場所としては家族,高校の先生,高校の友人といった自分にとってより身近な人物であり,他者が自分を認めてく
れるといった,他者からの反忚がかえって来るからこそ「私が私らしくいられる場」として他者に対して,アイデンテ
ィティと居場所を感じられるのではないかと考える.
まとめ
若者が居場所と感じる場所は,物理的居場所の家・布団などと心理的居場所の友達・家族が挙げられていた.物理的
居場所は自分が一人で安心できるホッとできる場所であり,特に自分の家が多かった.また,心理的居場所はより身近
な友達や家族であり,あまり失うことが尐ない,緊張せずに済む,私が私らしくいられるといったことからも,心理的
な居場所として多かったのではないかと考える.そして,居場所と居心地は関連しており,居場所があるということは
他者から必要とされている為,居心地が良い.逆に居場所が無いということは他者から必要とされないので居心地が悪
いということになる.アイデンティティという面では児童期よりも青年期の方のが,アイデンティティを感じるのでは
ないだろうか.児童期は家族に対して居場所を感じるといった苅田(1997)の研究からも,アイデンティティを感じる
範囲が狭い.しかし,青年期になると家族からの自立や交際範囲が広くなるということで,より友人関係に重きを置く
のではないだろうか.そういった面でも青年期の方のが,他者に対してアイデンティティを感じやすいのではないかと
考える.また,居場所があり居心地が良いということでアイデンティティを感じ,
「私が私らしくいる」ということに
繋がるが,逆に居場所がなく居心地が悪いことで,アイデンティティは感じなくなり「私が私らしくいられなくなる」
ので,社会から抹殺されたような気持ちになるのではないだろうか.そういう意味でも,居場所というのは人間にとっ
て必要であり他者から認められることで自分の存在意義を確認しているのではないだろうか.
今後の課題
今後の課題として,居場所と居心地がある場合とない場合を比べて,それはどのような意味を持ち,現代の社会でど
のように問題とされているのかから,年代によって問題とされていることを分類し,私達が より良い居場所と居心地
を得るためには,どのようにしたら良いのかを,個人と集団,社会と国家という観点から考察していきたい.
引用文献
石本雄真
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居場所感に関連する大学生活の一側面 神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要,1-6.
エリクソン 此木啓吾訳編 1973 自我同一性アイデンティティ・ライフサイクル, 誠信書房.
Erikson,E.H. 1959 Psychological Issues:Identity and the life Cycle.International Universities Press.
大久保智生 2005 青年の学校への適忚感とその規定要因-青年用適忚感尺度の作成と学校別の検討― 教育心理学研
究,53,307-319.
大久保智生・青柳 肇 2005 大学新入生の適忚に関する研究 人間科学研究,207-213.
小畑豊美・伊藤義美 2001 青年期の心の居場所の研究-自由記述に表れた心の居場所の分類- 情報文化研究.
狩野素朗 1985 個と集団の心理学 ナカニシヤ出版.
苅田知則 1997 小学校時代の居心地の良い場所 日本教育心理学会総会発表論文集, 39,83.
田中治彦 2001 子ども・若者の居場所の構想,学陽出版.
豊田弘司・大賀香織・岡村季光 2007 居場所(「安心できる人」)と情緒知能が孤独感に及ぼす影響,奈良大学紀要.
(人文・社会),平成 19 年,Bull Nara Univ Educ.,Vol.56,No.1(Cult.&Soc.).
久田邦明 2000 子どもと若者の居場所,萌文社.
藤竹暁 2000 現代のエスプリ別冊 生活文化シリーズ 3,現代人の居場所.
57
第 10 章 他者によって突きつけられる身体
米島 小百合
はじめに―
大学 3 年の後期に入り,我々は就職活動という新たな世界への一歩を踏み出す時期にいる.自身の職業観や性格など
の自己分析を行う中で,筆者は次のような疑問を持った.なぜ我々は「人と接することが好きだから,接客業に就こう」
とは考えても,
「この 2 本の脚で歩けるから,接客業に就こう」とは考えないのだろうか.誰しも実際に働く場合,必
然的に自らの 2 本の脚を使うことが要請されるはずだ.それにも関わらずなぜ 2 本の脚は,つまり身体は意識されない
のか.
なぜ身体が意識されないのかを考えるにあたり,まず逆に“身体が意識されるのはどのような時か”考えたい.例え
ば日常生活の中で,好意を抱いている相手が「細身の人が好き」という話を聞いたら自身の体型を意識するだろう.あ
るいはどんなに成りたいと望んでも,職業によっては身体制限がある場合もある.
「将来警察官になりたい」と考えた
とする.地域によって志望要項に身長制限が規定されており,その規定に当てはまらなければ「警察官になりたい」と
いう気持ちに反し,身体だけが“浮いて”しまい,自身の身体を強く意識せざるを得なくなるだろう.
このように身体を意識することが多々ある日常生活の中でも,特に強く身体を意識する立場にいるのは“身体障害を
持つ人”ではないかと筆者は考えた.上述したような好意を抱く相手の身体的な好みを知ることで自身の身体を意識す
る場合や,職業選択の場合に意識される身体というのは,意識の対象が特定で分かりやすい.というのも,これらは好
意を抱く相手の目を意識して自身の身体を顧りみること・自身のなりたい職業の身体的規制を意識して身体を顧みるこ
とだからだ.
しかし,身体障害を持つことによって自身の身体が意識されることは,意識するに至る他者の目が不特定かつ不明確
である.それは現代社会において障害への理解は未だ乏しいため“障害=特別なもの”という認識が強く,障害を持つ
身体は多くの他者の目に「特別」なものとして晒されてしまう.
「細身かどうか」は個人の価値観によって判断基準が
異なるため定義しにくいが,身体障害は「細見かどうか」よりも身体の特徴を可視的に区別しやすい.よって身体障害
を持つ人々は多くの他者の目に「特別なもの」として不必要に晒され,そのため強く身体を意識させられる立場にある
といえる.特異な立場として置かれてしまう身体障害を持つ人々が如何にして自身の身体を意識しなくなるのか探るこ
とで,身体を意識しなくなる現象を探るヒントを得たいという考えのもとに本論を展開する.
なお,障害についての先天性・後天性はまず問わずに本論を展開したい.先天性・後天性を問わない理由としては,
どちらも形は違えども“障害”との出会いは突然であると筆者は考えるからである.先天的に障害を持っていた人物が,
ある時期までそれが“障害”であるという認識を持たずに育つケースがある.五体不満足で有名な乙武洋匡はその顕著
な例といえ,自身の障害を“特長”と捉えてきたと著書「五体不満足」で語っている(乙武,1998).特長であったのも,
あるいは特長や特徴とすら捉えていなかった身体が,環境の影響によって“慣れ親しんでいた身体”から“障害を持つ
身体”へと意識を変えざるを得ない状況を強いられ,文字通りの“障害”として“身体”が突然目の前に立ちはだかる
場合がある.また,後天的に身体障害を持つことも“慣れ親しんでいた身体”が,病気や事故などによって受障するこ
とで,突然に“障害を持つ身体”になることである.つまり両者ともに”慣れ親しんでいた身体”として自身が抱える
内的イメージであるボディイメージを,環境や事故・病気などの外的要因によって全壊・あるいは部分的に壊されるこ
とである.なおボディイメージとは,
「各人が自分自身または自分の身体についてもっている像」である(Grayson,1951).
以上を踏まえ,障害の先天性・後天性は同一の経験として本論で扱うものとする.
58
障害の定義―
本論を展開するにあたり,まず「障害」を定義する.1980 年に WHO(世界保健機関)は障害の概念を①機能・形態障
害,②能力障害,③社会的不利の 3 点の視点で分類した.
【表 1 参照】
表 1 障害概念の分類(1980)
①機能・形態障害 生理学的・解剖学的構造および機能の喪失ないし異常で,器官レベルの損傷
②能力障害 人にとって正常と考えられる範囲の活動が制約されたり,全くできなかったりする状態で,機能障害の結
果として生じた活動能力レベルの低下
③社会的不利 機能・形態障害や能力障害が存在する場合に,その個人の性や年齢,社会文化的条件に相当した役割が
十分に果たせないために生じる不利益で,個人と社会環境との関係で生じる問題
つまり
さらに,2000 年に WHO は障害の概念を改定した.
【表 2 参照】改定の理由としては,1980 年の規定では「社会
的不利」など障害を“不利益”なものとするネガティブな言葉が多かったためと考えられる.また,背景因子(環境因
子と個人的因子)が定義に加わったことで,個人的因子の側面が強かった 1980 年の障害の定義よりも広義な意味合いを
持つものとなった.
表 2 障害の概念の分類(2000)
59
障害受容―
田垣(2002)によれば,日本において展開されてきた様々な障害受容論の中でも,上田による障害受容の定義が意義深
いとされている.上田(1980,1983)の障害受容の概念によれば,障害受容は「障害を持つことが自己の全体としての人
間価値を低下させるものではないことの認識と体得を通じて,恥の意識や务等感を克朋する」と定義される.
また田垣(2002)は,日本においての障害受容概念の特徴は①「適忚への段階理論が受容過程として理解され,その最
終段階に Wright(1960)の価値転換が位置づけられていること」
,②「高瀬(1967)を除き,身体機能の障害を認識するこ
とのみならず,積極的に生きることが含められている」としている.これらは上田の障害受容の定義にも見受けられる
ものである.
障害受容論の新しい流れ―
上田の定義のもと,
「障害受容」はリハビリテーション場面などにおいて重要なものとされてきたが,その際に安易
に唱えられる「障害受容」が問題視されるようになった(田島 2005).また,上田の定義する障害受容論自体を再検討す
べきあるという動きが起こる.(田垣 2002)によると上田の障害受容の問題点として 3 点を挙げている.
第 1 に,すべての障害者が,一様な過程をへて,受容の段階に達するのかというもの
第 2 に,障害受容の研究が,障害者本人の努力を強調し,障害者を価値的に低く見なす「社会」の変革を軽視してき
たというもの
第 3 に,リハビリテーション専門職が「障害受容」をあいまいに使用したり,拡大解釈したりしていることに批判
社会受容という観点―
“障害受容”が叫ばれるとき,障害という困難を個人が克朋することのみが強調され,
“障害を抱える個人”を取り
巻く社会への言説が十分になされていなかった.
そのような流れから社会受容論が起こる.田島(2007)によると社会受容論の意義を「これまでの『障害受容』が個人
変化のみに着目せざるを得なかったのに対し,他者・社会の有様に視点のシフトを促した点で画期的であった」として
いるが,社会受容論の難点も挙げている.
田島(2007)によれば,社会受容論の難点は以下である.
1 田島[2006b]において指摘したように承認や肯定の重要性を見過ごしてしまう可能性があること
2 その人自身の価値意識や規範意識の与える影響も無視できないこと
3 個人間のマイクロな関係において集団間のアイデンティティの政治という観点を提示するのは有効かどうか
「社会」と「障害」―
障害を抱える当人にのみに焦点化された障害受容論に対し,障害者を取り囲む人々,つまり社会に目を向けて,社会
がどのように障害と付き合うべきか,という社会受容論
考察
本論は障害の先天性・後天性を問わずに展開したが,
「障害受容論」や「社会受容論」を研究するにあたりみえてき
たものは双方に違いであった.先天性・後天性のどちらも“障害”は突然にもたらされるものだという筆者の考えに変
更はないが,突然にもたらされるという経緯に違いがあると考えられる.それは,身体障害を持つ身体が誰によって意
識させられるか,という点である.先天性の身体障害において「突然に障害がもたらされる」こととは,前述した乙武
のように自身の身体を”障害のある身体”とみなしていなかったにも関わらず,他者が”障害のある身体”と意味づけ
たことで自身のボディイメージに”障害”を取り入れること(新しく意味が付け加えられること)である.
60
しかし後天性の障害において「突然に障害がもたらされる」こととは,受障前と受障後の身体機能・感覚を比較出来
るために自分自身の手忚えとして”障害”が身体に意味付けされる(ボディイメージの書き換えを迫られる).つまり,
先天性・後天性どちらの身体障害においても,自身の意にかえさず“突然障害を持った身体”になることは同じだが,
先天性身体障害は他者によって”障害”を身体に意味づけされるのに対し,後天性身体障害は自己によって”障害”を
身体に意味づけると考えられる.
この違いを踏まえると,先天性身体障害者においては「社会の目」が障害を障害とたらしめる所以となるため,先天
性障害者における「社会受容論」の発展の意義は大きいと考えられる.
しかし後天性障害においても,田島(2007)に見られる視覚障害を持つ青年の事例を踏まえると「社会受容論」の意義
は大きいと考えられる.なぜなら田島(2007)に見られる青年は視覚障害が悪化していく様を自身の手忚えとして体感し
たにも関わらず,新環境に身を置くことで障害がい受容を果たしたのである.これは,自己が意味づけた身体への評価
を新環境,つまりは障害を受容する社会に身を置いたことによって,身体の意味の書き加えがなされた例なのである.
おわりに―
身体障害者にみられる「他者が判断した『身体』への評価を,自身のボディイメージに取り入れる」という内的作業
が,本論の「はじめに―」で書いた「なぜ 2 本の脚は,つまり身体は意識されないのか」という筆者の問いにも忚用で
きるのではないかと考える.よって今後の課題として,なぜ身体は意識されないのかを探るにあたり「他者の評価した
ボディイメージを自身のボディイメージにどのように取り入れるか」という点に着目して調べたい.また,浜田(1997)
が言っていた「
『内なる他者』の目」という観点や,障害受容に対するその他の言説なども参考にして,卒論にむけて
研究を深めていきたい.
引用文献
Grayson,M.1951 Concept of “acceptance” in physical rehabilitation.Journal of the
American Medical Association,145,893-896.
上田 敏 1980 障害の受容-その本質と諸段階について 総合リハビリテーション,8,515-521.
上田 敏 1983 リハビリテーションを考える 青木書店
乙武洋匡 1998 五体不満足 講談社.
田垣正普 2002 「障害受容」における生涯発達とライフストーリー観点の意義 京都大学大学院教育学研究科概要
第 48 号,342-352.
田島明子 20030900 「障害を持つ当事者が希望し,自信が持てる就労のかたちについての一考察──障害者就労に
関する雑誌記事と当事者へのインタビュー調査の分析を手がかりにして」
東洋大学大学院社会学研究科福祉社会システム専攻・修士論文
田島明子 2005 「ひとの価値と作業療法──障害者の就労の 3 つの位相をめぐる一考察」
,作業療法 24-4:340-348
田島明子 200601 「障害受容――リハビリテーションにおける使用法」
立命館大学大学院先端総合学術研究科 2005 年度博士予備論文
http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/yobironbun.htm
田島明子 200610 「リハビリテーション臨床における「障害受容」の使用法――臨床作業療法士へのインタビュー
調査の結果と考察」 『年報筑波社会学(第二期)』創刊号 78-100
田島明子 200600 「リハビリテーション領域における障害受容に関する言説・研究の概括」『障害学研究』2:207-233
田島明子 2007 障害受容は一度したら不変か
田島明子 2007 社会受容論考
61
浜田壽美男 1997 ありのままに生きる 岩波書店.
62
第 1 章 大学生における自己開示について-親密さの段階における変化の検討-
浅見隼平
はじめに
人と接する際に,相手のことを知るためにはまず,自分のことを相手に知ってもらわなければ,相手も自分のことを
話そうとしないのが一般的なことである.日常生活の中で,初対面の人に会った時には自己紹介をする.筆者自身も就
職活動中に様々な人と出会い,まず行うことは自己紹介である.自己紹介をするとによって,お互いにこの人はどんな
人なのかや,どんなことに興味があるのだろうかなどをある程度理解できる.このように,自己のことを相手に話すこ
とを心理学では自己開示という.そこで,自己開示にはどんな機能や効果,どんな相手に対して自己開示が多く行われ
ているのか,などに疑問を感じ,今回の研究テーマとして調査を行った.
第 1 章 自己開示について
第 1 節 自己開示とは
Jourard(1959)をはじめとしてこれまで自己開示の研究は数多くなされてきた.自己開示は,自分が他者に対して行
う,自分に関する個人的情報の言語による伝達行為と定義されている(Jourard,1971).わかりやすく言い換えるなら
ば,自己を他者に知らせる行為と言ってもよい.
第 2 節 自己開示の次元
また,自己開示を研究する上で欠かすことができないものとして自己開示の次元がある.自己開示の次元は,主に 6
つ存在し,量,質,広がり,比率,動機,柔軟性とされている.最も基本的な自己開示の次元は,自己開示の量と自己
開示の質の 2 つである.自己開示の量は,個人が自己に関することをどの程度他者に話すか,という開示の範囲のこと
である.自己開示の質とは,どの程度内密なことを他者に話すか,という開示の深さのことである.本研究では,自己
開示の次元である自己開示の量と質について考えていくことにする.
第 3 節 自己開示の機能
自己開示の機能は,個人の心理的過程,あるいは他者との関係において様々な機能を果たしている(Derlega &
Grzelak,1979).自己開示には大きく分けて 2 つの機能が存在する.1 つ目は,自己開示が開示者自身に及ぼす影響で
ある個人的機能である.2 つ目は,他者に及ぼす影響および自己と他者との対人関係に及ぼす影響である.対人的機能が
ある.さらに細かく見ていくと,個人的機能と対人的機能にそれぞれ 3 つの機能が存在し,計 6 つの機能がある.深田
(1998)は自己開示の機能として,個人的機能には,感情浄化・自己明確化・社会的妥当化.対人的機能には,二者間の
発達機能・社会的コントロール・新密度・プライバシーの調整がある.
第 2 章 問題と目的
第 1 節 問題
臨床心理学者の Jourard(1959)によって心理学的研究の対象となった自己開示であるが,その後無数と言っていいほ
どの研究が行われ,自己開示を促進する要因,自己開示が対人認知に及ぼす影響など,様々な研究が積み重ねられてき
たが,その中でも榎本(1987)の研究が興味深い.榎本(1987)は,大学生に対して,ESDQ-44 という自己開示質問紙を
使い,大学生の日常生活における身近な相手に対する自己開示の実態を調査した.開示相手は,父親,母親,最も親し
い同性の友人,最も親しい異性の友人の 4 者を設定し,それぞれの相手に対して,3 件法で記入することを求め,自己
開示度を測定している.
目的
榎本(1987)の研究結果により,父親,母親,同性の友人,異性の友人での自己開示の違いは明らかになった.しかし,
父親,母親,同性の友人,異性の友人では,個人によって親密さが異なるのではないだろうか.そこで,本研究では,
63
親密さの段階を明確にして調査をするために親友,友人,初対面の人という 3 者を設定し,親密さの段階を明確に設定
し,それぞれの段階に忚じてどのような自己開示が行われるのか.また,性差では違いが表れるのかを研究の目的とす
る.本研究で得られた結果と,榎本(1987)の研究を比較することも重要であると考える.以上の目的を明らかにするた
めに,本研究では以下の①~③の 3 つの仮説を立てた.
第 2 章 仮説
①性差について
男性は人前で弱音を吐いたりしないものだという昔からの性役割の考え方が残っている(井上・相模,2005).その
ため女性の方が男性よりも,自己開示が多くなる.また,趣味領域では,一般に女性の方が流行やファッションなど
に敏感なため,男性よりも女性の方が自己開示が多く行われる.また,身体・外観領域では,美容などの質問がある
ため女性の方が男性に比べ,自己開示が多く行われる.
②親密度の段階について
親密度が上がるにつれて,つまり親友に近づくほど自己開示も多くなる.反対に,新密度が下がるにつれて,つま
り初対面に近づくほど自己開示が尐なくなる.また,趣味領域は,表面的な内容のため,親密度の段階に関係なくす
べての段階で,自己開示が多く行われる.また,パーソナリティ領域は,心理的な内容のため相手に負担がかかるこ
とがあるので,すべてを開示するのではなく,ある程度の開示で抑制することも考えられる.
③過去と現在の比較
過去の大学生に比べて,現在の大学生は相手を傷つけたくない,自分も傷つきたくない,という傾向が強い(富井,
2004).そのため,開示の量が尐なくなる.パーソナリティ領域は,心理的な内容のため現在の大学生の方が,昔に
比べて自己開示が尐なくなる.
第 3 章 方法
第 1 節 対象
前橋国際大学,他群馬県内の大学の学生 140 名(1 年生 92 名,2 年生 11 名,3 年生 19 名,4 年生 18 名),
(男性 52 名,女性 88 名)に実施した.
調査内容
質問紙による調査を行った.Jourard ら(1958)の自己開示質問紙,JSDQ を,中村(1983)が邦訳したものを使用した.
その際に,今回の研究では対象が大学生であり,大学生に不適切な質問や答えにくい質問もあったため一部変更した.
変更点は以下の通りである.元の尺度から,態度,金銭の領域をなくし,趣味,仕事,パーソナリティ身体・外観の 5
領域に変更し,新たに生きがい・目標の 1 領域を追加した.全 5 領域にし,各 10 問を各 5 問,全 25 問に変更した尺
度を今回は使用した.
手続き
回答方法は,まず,フェイスシートで性別と学年を記入にしてもらった.次に,同性の親友・友人・初対面の人を一
人ずつ想定してもらい,親友・友人・初対面の人の順に同じ質問に回答してもらった.なお,同性の初対面の人に関し
ては,初対面の人と話すと仮定して回答してもらった.各質問について,普段どの程度語るかを,
「1:語らない」
,
「2:
あまり語らない」
,
「3:やや語る」
,
「4:語る」の 4 件法で回答を求めた.
第 2 節 分析方法
統計ソフト SPSS を使用して分析を行った.
まず,親友・友人・初対面の合計得点,合成得点の変数を出し,次に以下のような方法で分析を行った.
①親友・友人・初対面を従属変数に,性別を独立変数にt検定を行った.次に領域別で趣味,身体・外観を同様に従属
変数に,性別を独立変数にt検定を行った.
②親友・友人・初対面の親密さの段階を従属変数に,各領域の合成得点を独立変数に一元配置の分散分析を行った.次
64
に領域別で趣味,パーソナリティを同様に,親密さの段階を従属変数に,趣味,パーソナリティ領域を独立変数にし,
一元配置の分散分析を行った.
第 4 章 結果
第 1 節 性差による自己開示について
仮説①性差による比較
4
4
*
3
*
3
男性
女性
2
男性
女性
2
1
1
初対面
友人
親友
趣味
図 1 親密さの段階による性差のt検定の結果
親密さの段階の性差による比較
身体・外観
図 2 親密さ段階による性差のt検定の結果(領域別)
領域別の性差による比較
・親友
・趣味領域
親友では、男性と女性に有意な差が見られた。
男性と女性に有意な差が見られた。
(t(122)=2.05,p<.05)
(t(138)=2.31,p<.05)
女性の方が男性に比べて、自己開示量が多い結果とな
男性よりも女性の方が自己開示量が趣味領域では、多
った。
い結果となった。
・友人
・身体・外観領域
友人では、有意な差は見られなかった。
男性と女性では有意な差は見られなかった。
・親友
(t(138)=0.20,p<n.s.)
(t(138)=0.99,p<n.s.)
性差に関係なく、男性も女性もほぼ変わらない結果と
男性も女性も自己開示量が尐ない、性差ではほぼ変わ
なった。
らない結果となった。
・初対面
初対面では、有意な差は見られなかった。
(t(138)=0.58,p<n.s.)
性差に関係なく、男性も女性もほぼ変わらない結果と
なった。
第 2 節 親密さの段階による自己開示について
仮説②親密さの段階による比較
4
4
*
3
2
*
*
3
*
*
*
趣味
パーソナリティ
2
1
1
初対面
友人
図 3 親密さの段階による変化
親友
初対面
友人
親友
図 4 親密さの段階による変化(領域別)
65
親密さの段階による比較
・親密さの段階
すべての段階で有意な差が見られた.(F(2,417)=143.46,p<.01)
親密さが上がるにつれ,自己開示が多く行われ反対に,親密さが下がるにつれて,自己開示量が尐なくなった.
領域別の親密さの段階による比較
・趣味領域
すべての段階で有意な差が見られた.(F(2,417)=44.47,p<.01)
親密さが上がるにつれて,自己開示が多く行われ反対に,親密さが下がるにつれて,自己開示量が尐なくなった.親
密さの段階に関係なく自己開示が他の領域よりも多い結果となった.
・パーソナリティ領域
趣味領域と同様に,すべての段階で有意な差が見られた.(F(2,417)=179.70,p<.01)
親密さが上がるにつれて,自己開示が多く行われ反対に,親密さが下がるにつれて,自己開示量が尐なくなった.親
友においては,全領域で一番開示量が多い結果となった.しかし,初対面の相手には極端に開示が尐なくなり,内面
的な内容のため親密度の高い相手以外には自己開示の量が尐ないことがわかった.
第 5 章 考察
第 1 節 性差による自己開示によるについて
①性差による比較
図 1 の結果から,昔からの性役割が重要であると考える.例えば,一般的に流布している性役割観からしても,男性
は強く無口で自分の弱い面は表面に出さず,女性は多弁で感情的に不安定で自分の弱い面をついつい出してしまうとい
う社会通念があると考えられる(Derlega & Chaikin,1975).しかし,現代では過去とは異なり,価値観やライフスタイ
ルの多様化,女性の社会進出とそれに伴う収入の増加など生活は劇的に変化している.そのため,これまでの伝統的な
性役割という社会的規範が崩れているのではないかと考えられる.そこで,現代の性役割がどのように変化しているの
かを考え,過去の研究と比較をする.後藤ら(2003a)は,1978 年の大学生における性役割と現在の大学生の性役割を調
査した.結果,約 20 年前の大学生と現在の大学生では大きな変化は見られなかったとしている.そのため,尐なから
ず性役割が重要になっているのではないかと考えられる.
・領域別の性差による比較
趣味領域の性差による比較は,図 2 の結果から,女性は価値観の類似性が友人関係において大切だとしている
(Winstead,1986).つまり,趣味や考え方が類似していることが重要である.また,女性は男性よりも周囲との同調性
を重視するという性差による交友スタイルの違いがある(門田・平本,2004).つまり,趣味などの興味が類似している
ほど友人関係になりやすい.その結果,自己開示をすることによって相手のことが理解できるために,自己開示が多く
行われるのではないだろうか.また,質問内容にファッションについての質問があり,女性の方が男性よりも流行に敏
感なため自己開示が多くなったのではないかと考えられる.小林(1989)によれば,特に青年期ではファッションや装い
に対する関心は,非常に高く,図 2 のような結果になったとも考えられる.
身体・外観領域の性差による比較は,図 2 の結果から,性差による差は見られなかったが,やはり女性の方が男性よ
りも自己開示量は多い結果である.藤井(2006)によると,現代社会は身体体型に敏感な社会であると述べている.すら
りとして贅肉のない体型を理想として,そのことに価値を置く人は多い.痩身は多くの女性にとって憧れでもある.こ
れらの要因として現代のマスメディアの影響が強く,
「女性は痩せている方が美しい,望ましい」という情報を多く流
していることが原因であるとしている.また,女性は青年期全般にわたり,男性よりも自分の容姿に対する不満度が高
いことが確認されている(Clifford,1971).そのため,自己開示が多くなることが考えられる.
66
第 2 節 親密さの段階による自己開示について
②親密さの段階による比較
図 3 の結果から,青年期である大学生にとって,親友や友人の果たす役割は非常に重要である.また,友人関係でも
親友と友人ではそれぞれ異なった関わり方が存在することが明らかになっている.畠山(2003)は親友では関わりにおい
て,自分が傷つかないようにするといった自己防衛的で自分に対する配慮が重要であるのに対して,友人では不快な思
いをさせないといった負の報酬を与えないといった相手に配慮することが重要だとし,親密な関係であるほど相手のこ
とよりも自分のことを考える傾向がある.よって,親友では友人よりも気を使わずに付き合える関係だと言うことが考
えられるだろう.次に,初対面について考えていく.後藤ら(2003b)の研究で大学生は,全般的に初対面の人や親しく
ない人との会話,アルバイトなどを通じた人間関係,友人の友人や顔見知り程度の相手などとのコミュニケーションに
苦手意識を抱いていることが明らかになった.これから長期的に付き合っていくものに対しては,苦手意識が高くなる
ことがわかる.大学生において,初対面の人との対人関係を苦手としていることは明らかであると言えよう.
・領域別の親密さの段階による比較
趣味領域の親密さの段階は,図 4 からもわかるように,趣味領域では,他の領域に比べて比較的開示量が多い.特に
青年期ではファッションや装いに対する関心は,非常に高い(小林,1989).そのため,ファッションについての質問が
あるために,開示量が多いとも考えられる.また,青年期の友人関係の特徴の 1 つとして,類似性を重要視する傾向が
ある.つまり,比較的開示が容易な趣味の領域で類似しているとわかると親しみを感じやすく,友人関係に発展すると
いう可能性もある.そこで,同じ趣味から友人関係になった友人がどのくらいいるのかを考えていく.吉光(2005)によ
ると,同じ趣味によって友人となった者が多数だということが明らかになった.趣味と友人関係が密接なかかわりを持
ち,かつ重要であるかがよくわかる.
パーソナリティ領域の親密さの段階には,図 4 の結果から,親密な関係だからこそ,自己開示を抑制するという研究
結果も数多くある.しかし,決して友人との深い関わりを不必要だと考えているのではなく,友人関係が希薄だと思わ
れている現代青年も,個人的には自分のありのままをさらけ出すような友人関係を理想としていることも指摘されてい
る.だが,衝突や傷つきを避けたいがために,親友に対しても自分の本音をさらけだすような深い関係を築くことので
きない青年が多くなっているのは確かである(富井,2004).しかし,本研究の結果では,青年期にとって一番信頼がお
ける同性の親友がパーソナリティという深い内容に対しても多く自己開示が行われる.今回の調査では,主に本学の大
学生を中心として調査したため,本学の学生は,理想通りの友人関係を築いているということ言えるだろう.
第 3 節 過去の研究との比較
③過去の研究との比較
榎本(1987)の研究の,最も親しい同性の友人と本研究の親友を比較していくことにする.また,質問紙が異なるため
に明確な数値での比較はできないが,傾向としては捉えることはできるだろう.
・本研究と過去の研究との比較
榎本(1987)の調査結果よりも本研究の方が,自己開示量が尐ない結果となっている.そのため,過去の大学生よりも
現在の大学生の方が全体的には自己開示量が尐ないために,自己開示を抑制していると言えるだろう.
・パーソナリティ領域での過去の研究との比較
榎本(1987)の質問紙で,外見的側面が本研究のパーソナリティ領域と類似しているため,この点について比較した結
果,本研究の方が自己開示が多く行われ,全体的には,現在の大学生の方が自己開示量が尐ない傾向にある.しかし,
パーソナリティ領域に関しては,現在の大学生の方が多く開示されている.内面的な内容であるパーソナリティ領域で,
現在の大学生は関係を壊したくなく,維持をしたいために自己開示を抑制するという結果がでている(富井,2004).し
かし,今回の調査ではこの結果を覆す結果となった.やはり,本学の学生又は群馬県の大学生においては,理想的な友
人関係が築けているのではないだろうか.
67
おわりに
本研究では,親密さの段階における自己開示の性差と領域別による検討を行った.結果,男性よりも女性のほうが,
全体的に自己開示量が多い結果となり,親密さが増すほど自己開示量も比例して多くなるという結果が明らかになった.
表面的な内容である趣味領域は,どの相手に対しても比較的開示が行われた.一方で,内面的な内容である身体・外観
領域,パーソナリティ領域においては,親密な相手以外にはほとんど開示されていないことが明らかになった.
引用文献
Clifford,E.1971 Body santisfaction in adolescence.Perceptual and Motor Skills,33,119-125.
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榎本博昭 1987 青年期(大学生)における自己開示性とその性差について 心理学研究,26,148-164.
榎本博明 1997 自己開示の心理学的研究 北大路書房.
深田博己 1998 コミュニケーション心理学―心理学的コミュニケーション論への招待― 北大路書房.
藤井智恵美 2006 やせ傾向にある女子大学生のダイエット体験とやせる意味の心理的要因の検討 桜美林大学大
学院紀要.
後藤学・大坊郁夫 2003b 大学生はどんな対人場面を苦手とし,得意とするのか?-コミュニケーション場面に関す
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畠山寛 2003 青年期の友人関係のルールに関する研究 ―親友と友人に関して― 鳥取短期大学研究紀要第48号.
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倉書店.
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吉光正絵 2005 大学生の趣味と友人行動 県立シーボルト大学国際情報学部紀要 第 6 号.
68
第 2 章 アニメ・マンガによるジェンダー・ステレオタイプ形成への影響
―女性像に焦点を当てて―
阿部 千紘
概要
我々は,社会化の一環として幼尐期にアニメやマンガを視聴することで,自分達が男性として,女性としていったい
どのように振舞えば社会の中でトラブルや軋轢を起こすことなくうまくやっていくことができるのか潜在的に学んで
きた(吉澤,2006).特に,子ども向けのアニメやマンガには元来のジェンダー・ステレオタイプ(以下,GS)が色濃く反
映されており,
「働く女性」や女性の社会進出に対しては否定的な描写がされている.
女性の社会進出といえば,1986 年に「男女雇用均等法」が施行され,我々,大学生は男女共同参画社会を目指す社
会の中で生まれ育ってきた.そんな社会の中で育ってきた大学生には,幼尐期のアニメやマンガ視聴体験による GS 形
成への影響は見られるのだろうか.そこで本研究では,アニメ・マンガにおける女性像と GS に焦点をあて,幼尐期の
アニメ・マンガ視聴体験による大学生の GS 形成への影響を検討する.
1.研究史
1-1.社会化とジェンダー
社会学の世界では,人間が社会を通じて言語を習得し他者とのコミュニケーションの方法を学習し,その社会に共有
されている約束事を内面化していくことを「人が人間になる」という言葉で表現され,すでに社会化された人々との接
触を通じて自身も社会化していく.(伊藤・1998).しかし,社会の仕組みは,生物学に基づいて分類された性別を基盤
にして「こういったものが男らしい」
,
「ああいったものが女らしい」と GS や性別役割などの規範が水面下で重層的に
構築されている(吉澤,2006).ただ卖純に一人の「人間」として社会化するのではなく重層的に構築された規範により
「ジェンダー化」しつつ,人間は社会化を遂げるのだ.この社会化・ジェンダー化には,メディアによる影響も一因とし
て挙げられ我々は,社会化の一環として幼尐期にアニメやマンガを視聴することで,自分達が男性として,女性として
いったいどのように振舞えば社会の中でトラブルや軋轢を起こすことなくうまくやっていくことができるのか潜在的
に学んできた(吉澤,2006).
1-2.アニメに描かれた女性像
藤田(2003)が行った子ども向けアニメのジェンダー構成の分析結果によると,アニメの中に登場する人物の性別の割
合は女性が 32%,男性が 55.8%で男性が多い.さらに登場人物の作品中の役割の割合は,女性の主人公が 25.9%なの
に対し男性の主人公は 61.6%と主人公が男性である割合が圧倒的に高くアニメ作品においても男性は主導的・積極的な
役割を果たし女性は補助的・周辺的な役割が多いことがわかる.では,この「男は主導的,女は補佐的」というジェン
ダー・ステレオタイプが現実社会ではどのように反映されているのだろうか.
現実社会は実質的に男性中心の社会と言えるが,正確には社会の上層部は「たくさんの男性と尐しの女性」つまり「紅
一点」で構成されている(斎藤,1998).厚生労働省が行った「賃金構造基本統計調査」でも役職別管理職に占める女性
の割合は 2004 年の時点で係長相当が 11%,課長相当が 5%,部長相当は 2.7%と物事に対して何らかの決定権を持つ女
性は尐ないことが明らかになっている.このことからもやはり社会の上層部は「紅一点」で構成され男性が主導的であ
ることが明らかである.子ども向けのアニメやマンガにもこの「紅一点」の現象が見られ我々は現実社会だけでなくア
ニメやマンガからもこの社会の構図を学習しているのだ(斎藤,1998).
例えば,男児向けアニメに登場するキャラクターの男女比は,男の中に女が一人,多くて二人である.この男児向け
アニメに出てくる女性キャラクターこそが男性社会の仲間に入れてもらえた「選ばれた女性」なのだ.しかし,
「選ば
69
れた女性」と言えど,男児向けアニメにおける女性キャラクターは,もっぱら若く美しく補佐的な仕事を担う「職場の
花」的な存在でしかなく実力を持ってして選ばれたわけではない.それとは対照的に男性キャラクターに負けじと実力
で勝負しようとした女性キャラクターは作中で挫折を味わう描写が多く見られる.これは,現実社会における女性であ
るが故に挫折を味わうエリート女性の表象とも言える.このエリート女性は,学校教育の中で首席を通して来たなど,
いわゆるエリートコースを進み,大学卒業後自分の実力を信じ自信たっぷりに社会へと出て行く.しかし実際は,女性
というだけで男性に比べ与えられる仕事が限定されたり,実力主義の現代社会においてはライバルである周囲の男性た
ちから真っ先に排除の対象とされたりといったように「女性」というものが障害となり自己意識と社会の持つ GS との
間で軋轢が生じ挫折を味わうのだ.またアニメの世界では,派手な化粧と衣装にアダルトな雰囲気を漂わせた容姿持つ
悪役の女性キャラクターも登場するが彼女は悪者たちを統率する強い権利を持つ立場として描かれる.この「悪の女王」
は,強い権利は持っているものの女性としては「母性の欠落した大人の女」として描写され,現実社会においては,婚
期を逃した独身キャリアウーマンの表象だと言える(斎藤,1998).このような女性像を勧善懲悪の観点において「悪」
と位置付け必ず敗北させることで視聴者の子ども達に対し「<悪の女王>のような女性は理想的な女性像ではない」と
潜在的に学習させているのだ.
2.調査研究
2-1.問題と目的
男性キャラクターに負けじと実力で勝負しようとする女性キャラクターは男性社会の中で挫折を味わうエリート女
性の表象であり,また「悪の女王」は,母性の欠落した「行き遅れ」のキャリアウーマンを表象であったりなど,アニ
メの世界の女性像とそれに隠されたメッセージを踏まえてみると,子ども達に社会の仕組みを教える存在であるアニ
メ・マンガは,社会で実力を発揮する女性に対してある種のネガティブキャンペーンが行われている.
メディアにおける女性像の表現のされ方といえば,1970 年代以後の国際的なジェンダー平等の動きが広がるなかで
様々な批判がされてきた.1995 年の北京世界女性会議では,
「女性とメディア」の問題は重点的な関心分野として設定
され,メディアが描写する固定的なジェンダー・イメージの克朋が課題となった.日本でも,女性とメディアに関する
批判活動が行われ 1975 年に食品の CM に性役割分業のステレオタイプが含まれているとして批判・抗議されたのが有
名だ.法律の面では 1985 年に日本政府は,国連の「女性差別撤廃条約」を推奨し,翌年の 1986 年には「男女雇用均
等法」が,1999 年には「男女共同参画基本法」が施行・制定され,それに基づき設定された「男女共同参画基本計画」
には「性にとらわれない表現の促進」が求められ,メディアに関する項目として設けられている.しかし,これらはメ
ディアの良識に任せるしかないというのが現状であり今もなおマス・メディアにはジェンダーに基づく偏見を助長する
プログラムさえ見受けられる(松浦,2006).1970 年代以降,長年に渡りメディアにおける女性のジェンダー表現に関
する批判が行われ,男女平等参画社会への取り組みがなされて来た.だが,それにも関わらず未だメディアは大きな飛
躍を見せていないのだ.
1986 年には「男女雇用均等法」が施行されたが,1986 年といえば,高校生活を終え,そのまま大学生活に移行した
現在の大学 4 年生が生まれた年だ.ということは,現在の大学生は,男女共同参画社会を目指す社会とともに歩み,そ
の中で生まれ育ってきたことになる.そんな我々大学生の意識もアニメやマンガの視聴体験により,GS に囚われたま
まなのだろうか.そして「働く女性」に対して冷淡なのだろうか.
そこで,本研究ではアニメ・マンガにおける女性のジェンダー表現に焦点をあて,大学生の幼尐期のアニメ・マンガ
視聴体験による GS 形成への影響を検討する.
70
2-2.調査の内容と方法
<仮説>
以上のことから本研究では,以下の 5 つの仮説を立てた.
仮説 1:男性のほうが女性より GS が強い.その中でも特に女性らしさに関する尺度において性差がみられる.
仮説 2:ファミリーアニメの内,いずれかを視聴していた人は女性らしさに関する GS が強い.
仮説 3:ヒロインアニメの内,いずれかを視聴していた人は社会における女性の平等,社会における能力差に関する
GS が強い.
仮説 4:アンチジェンダーアニメの内,いずれかを見ている人は GS が弱い.
仮説 5:総合的に男児向けアニメを視聴していた人の方が GS が強い.
<調査対象者と調査方法>
調査対象者は大学生 1~4 年生計 124 名.性別の内訳は男性 54 名,女性 70 名.所属大学や専攻は特に限定しなかっ
たが 124 名中 49 名が本学で「男女共同参画論」の講義を受けている.また,以下の内容を仮説とし個別自記入形式の
質問紙(表 1)を用いて調査を実施,検証を行った.分析は SPSS を用いて行った.本学においては,授業後に筆者によ
って集合調査形式で実施され,他大学においては校内で在校生を通して,個別配布個別回収形式で実施された.
<分析方法>
①「女性管理職に対する態度尺度」(若林・宗方,1985)の 55 項目中 27 項目を用いて GS を検証する.尺度の内訳は,
女性らしさに関するステレオタイプ尺度・社会における女性の平等のステレオタイプの尺度・社会における能力差の
ステレオタイプ尺度を見るための質問を 9 問ずつ,計 27 問である.
②アニメ作品を専業主婦の母親が描かれるファミリーアニメ(サザエさん,ちびまる子ちゃん),
「紅一点」の現象が見ら
れるヒロインアニメ(ドラえもん,ポケットモンスター),GS に囚われていないアンチジェンダーアニメ(トムとジェ
リー,クッキングパパ)の内,幼尐時に視聴していたものを 3 作品選んでもらう.
③各ジャンル内で両方視聴していた人,いずれかを視聴していた人,どちらも視聴していなかった人を分類をし,それ
ぞれのグループ間に差が見られるか検証を行う.
④上記に挙げた 6 作品以外に総合的に見て男児向けアニメ,女児向けアニメどちらを比較的視聴していたか回答しても
らい GS に差が見られるか検証を行う.
3.結果
3-1.仮説 1:男女別に見た GS の検証
性別を独立変数とし,GS 得点を従属変数とし
た t 検定を行った(表 2).検定の結果男性と女性の
間に有意な差が見られ仮説どおり男性の GS が強
いこ と が 明 ら か に な っ た .
(t(111)=2.56,p<.05)
71
3-2.仮説 2:ファミリーアニメの視聴体験による GS の検証
『サザエさん』
,
『ちびまる子ちゃん』それぞれの視聴の有無を独立変数とし,GS 得点を従属変数とした t 検定を行
った(表 3,表 4).検定の結果,
『サザエさん』を視聴していなかった女性は,社会的能力に関する GS 尺度で有意な差
が(t(122)=2.41,<p.05),また『ちびまる子ちゃん』を視聴していなかった女性は女性らしさに関する GS 尺度で有意な
差が見られた.t(122)=1.78,<p.10)よって視聴していなかった女性の GS が強いという結果が得られ,仮説とは矛盾す
る結果となった.さらに,ファミリーアニメの視聴程度を独立変数とし,GS 得点を従属変数とした一元配置の分散分
析を行った.①両方見ていた人②両方見ていなかった人③いずれも見ていなかった人の 3 群間で GS に関する尺度の 4
つの下位尺度でいずれの尺度においても有意な差は見られず,3 群間でのファミリーアニメによる GS 形成への影響は
見られないという結果になった.
3-3.仮説 3 以降の検証について
仮説 3:ヒロインアニメの視聴体験による GS の検証,仮
説 4:アンチジェンダーアニメの視聴体験による GS の検証,
仮説 5:総合的に視聴していたアニメによる GS の検証につ
いても視聴の有無を独立変数とし,GS 得点を従属変数とし
た t 検定や視聴程度を独立変数とし,GS 得点を従属
変数とした一元配置の分散分析を行ったがいずれも
有意な差が見られずそれぞれ GS 形成への影響は見
られないと言う結果となった.なお有意な差が見ら
れなかったため各平均値等の結果の記載は割愛する.
4.考察
4-1.結果の考察
アニメ・マンガ視聴体験による GS 形成への影響を調査するにあたって立てた 5 つの仮説の内,仮説どおりであった
のは「男性は女性よりも GS が強い」という仮説 1 のみであった.仮説 2 以降に関しては,仮説とは矛盾する結果が見
られたり,まったく有意な差が見られなかった.特に仮説 4 に関しては,アンチジェンダーアニメを視聴していた人自
体が端的に尐なく全体を見ても各ジャンルのアニメ間で N 数に偏りが見られる.このようなデータの不足と偏りが有
意な差が見られなかったことに影響していると考えられる.また,有効回答者 124 名の内,49 名が本学で「男女共同
参画論」を受講していたことから受講生のジェンダーフリー(以下,GF)に対する意識の高さが今回の調査結果に反映さ
れたのではないだろうか.以上の結果と原因から幼尐期のアニメ・マンガ視聴体験による大学生のジェンダー・ステレ
オタイプ形成への影響はないと考えることができ,仮説 1 で意な差は見られたものの,いずれの調査結果においても平
均値が低いことから大学生のジェンダー・ステレオタイプは弱いとも言える.
これらの結果には,先に述べた原因の他に幼児期と青年期ではジェンダー・ステレオタイプに対する意識の違いも関
係していると考えられる.子どもたちは,
「この色は女」
,
「この仕事は男」というようなことから自分が何者であるの
かということさえも生物学上の「男」と「女」という 2 つのカテゴリーを基準として分類し判断している.また,子ど
もの年齢が低いほど生物学上の性(「セックス」)に帰属しやすく周囲の GS に基づく行動を「セックス」と結びつけて
考えているため子どものほうが大人より GS が強い(Martin,1989).この幼児期に社会化の一因としてだが,GS 要素
のあるアニメ・マンガを視聴することにより GS の基盤が形成され自らも自分にふさわしい性を選択するようになりジ
ェンダー化していく.だが,それらは二次性徴が見られるようになると知的能力の発達とともに緩やかなものになって
いく.幼尐期は他人を判断するときの基準が性別のみであったのに対し,青年期の入り口である思春期では,個人の行
72
動や傾向も考慮に入れ他人を判断するようになる.さらに青年期は,自己意識が高まり自ら感じ取った性役割規範や自
ら得た知識などを根拠に「セックス」や GS に囚われることを嫌悪しこれらに対し反発や距離を置くようになる.特に
女性は,社会や周囲の持つ性役割期待に沿って行動することは社会的価値が認められない.そのため GS から逃れよう
とする傾向が強い.
「ファミリーアニメの内,いずれかを視聴していた人は女性らしさに関する GS が強い」という仮
説2 の検証でファミリーアニメを視聴していた女性のそれぞれいずれかのGS の得点が低いという結果が得られたのも,
このステレオタイプの柔軟性が関係していると考えられる.さらに,ファミリーアニメにこの傾向が見られたのはスト
ーリーやビジュアルに反映されている性役割期待が視聴者自身の実生活にダイレクトにシフトすることができるとい
うリアリティがあるからだと言える.
これらのことから,青年期をすでに迎えている大学生では,GS が弱く,アニメ・マンガの視聴体験による柔軟性へ
の影響はあるものの GS 形成への影響はないという結果に至ったのではないだろうか.
4-2.総合考察
では,大人になると GS も弱く,アニメやマンガの影響もないのならばどんなアニメやマンガも幼尐期に見せても構
わないのではという疑問が浮上してくるだろう.
確かに 2007 年に内閣府が行った「男女平等参画社会に関する世論調査」でも女性が戸外で働くことについて肯定的
な解答の割合 43.4%と最も多いことから大学生だけでなく世の中全体の GS 意識が低いと言える.しかし,同調査内の
社会全体における男女の平等感や社会通念・慣習・しきたりにおける男女の平等感についての調査では「男性のほうが
優遇されている」という回答の割合が社会全体については 73.2%,社会通念・慣習・しきたりについては 72.3%と多い.
このことから人々は GS に対し柔軟であり,
どんな場面においても GF が理想的だとは思っている.
しかし社会や慣習,
しきたりなど実生活に置き換えると行動や意識にそれらは反映されていないという自覚もあるのだ.我々の普段の生活
を良く思い返してみても朋装や言葉遣い,
性別から連想される職業や物など,
GS に沿った行動や思考が多く見られる.
では,その行動の基盤となっている GS に触れ,初めて学習したのはいつかというと幼尐期なのだ.そして幼尐期に触
れていたメディアといえばアニメやマンガなのである.その昔,CM 分析において視聴者である子ども達に「(男もし
くは女)らしさ」が固定化されてしまうとして批判活動が起きたり,様々な分野の著書で子ども向けメディアによる子
ども達への影響が語られていたりするため,やはり子ども向けメディアが子ども達に及ぼす影響は認められる.
つまり,これらを総合すると,我々は,大人になると GS に対して柔軟になり GF を理想的だと思っている.しかし,
実社会は GS 囚われたままで幼尐時にアニメやマンガの視聴体験により形成された GS は確実に我々の意識の基盤とし
て根付いているのだ.だが,今回の調査でアニメやマンガによる影響が見られなかったのは,子ども向けメディアであ
るアニメやマンガ以上に他の外的要因が大きいためだと考えられる.青年期の入り口である思春期を迎えた子ども達に
とって,同世代への同調行動と親や周囲の価値観は重要な指標となる.諸橋(2005)によると中学生たちの多くが性別に
関わる「らしさ」について親から養成されている実態があり,男子は毅然とした態度や強さを女子は行儀や家事役割と
いった GS を日常的に要求されているという.こうした家庭教育における親からの期待や価値観が子ども向けメディア
以上に影響を持ち我々のジェンダー意識へ作用しているのだ.
5.まとめ
5-1.メディアリテラシーの必要性
今回,アニメ・マンガに描かれた女性像に焦点を当て,幼尐時のアニメ・マンガ視聴体験による大学生の GS 形成へ
の影響の検討を行ったが,直接的な影響は見られなかった.だが,様々な分野で子ども向けメディアによる子ども達へ
の影響が語られており,子ども向けメディアが子ども達に及ぼす影響があるということは認められるだろう.
「2-1.問題と目的」でメディアとジェンダー表現に関する問題を記したがメディアにおけるジェンダー表現の描写の
73
克朋は長年の課題であり批判活動や「男女共同参画基本計画」などを通して取り組みがなされてきた.しかし,今もな
おメディアにおけるジェンダー表現は GS に囚われ,時には,偏見を助長するプログラムさえ見受けられるのはなぜな
のだろうか.これらの問題を諸橋(2005)は,
「強さ」を指向するために「男性」や「国家」といった「想像の共同体」
を持ち出してアイデンティティを回復しようとする現在の社会心理の現われだと指摘する.つまりメディアを生産する
側にある男性たちが GF によって男性としての立場を揺るがされることを危惧し,あえてテレビなどの媒体を通じて
GS に囚われた表現を肯定することにより GF に反発しているのだ.また,日本の尐子化問題も関係していると言える
のではないだろうか.従来の GS 要素を含んだメディアを子ども達に触れさせ性役割分業を固定化させることにより家
庭や育児に専念する担い手を作り出し尐子化に歯止めとかけようとしているのである.そのため,今もなおメディアに
GF の兆しが見られないのだ.
どちらにせよメディアにおける表現にはあらゆる意図が見え隠れしている.さらに我々は,普段何気なくメディアが
描くジェンダーを見聞きしておりメディア自体も巧妙に作られているため一見しただけで隠された意図を見抜くのも
難しい.そう考えるとメディアが一方的に発信した情報をそのまま鵜呑みにしている私達は,あまりに危険すぎるので
はないだろうか.GF を真に目指すのならば,これからの我々には,メディアが発信する情報を無防備にそのまま受け
入れるのではなく何が正しくて何が間違っているのかを見抜く力つまりメディアリテラシーを学校教育や家庭教育を
通じて身につけ学習していく必要があるだろう.
6.引用文献
藤田 由美子 2003 子供向けマス・メディアに描かれたジェンダー ―テレビおよび絵本の分析―,九州保健福祉大学
研究紀要,Vol.4,P259~P268.
厚 生 労 働 省
2004
賃 金 構 造 基 本 統 計 調 査 , http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudo
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松浦 さと子 2006 10 伝える-メディアによる協働は可能か,伊藤 公雄・牟田 和恵(編),ジェンダーで学ぶ社会学
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宗方 比佐子・若林 満 1985 女性管理職に対する態度尺度(WAMS)の研究,名古屋大学教育学部紀要(教育心理学
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Martin,C.L., 1989 Children’s use of gender-related information in making social judgments. Developmental
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諸橋 泰樹 2005 第 1 部 第 8 章 報道における女性の現在,第 2 部 第 5 章 中学生の意識調査に見るダブルスタン
ダードとその受容,ジェンダーとジャーナリズムのはざまで,批評社.
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斎藤 美奈子 1998 紅一点論-アニメ・特撮・伝記のヒロイン像,
ビレッジセンター出版局.
吉澤 夏子 2006 理不尽な現実をどう受け止めるか 男/女になるということ,苅谷剛彦(編),いまこの国で大人にな
るということ,紀伊国屋書店.
74
第 3 章 大学生における恋愛類型と後悔について
安部 雄太
第 1 章 先行研究
{Lee の類型論~}
Lee(1973,1974,1977)は恋愛に関する文献の解析やカナダ・イギリスの青年を対象にした面接調査の結果に立脚し,
6類型の色彩理論を提示した.6類型は円環をなし,同じ類型にあるもの同士は互いに理解も容易であり,対極に
ある恋愛タイプは互いに相性が悪いとされている.
・ルダス(遊びの愛)恋愛をゲームのように楽しむこととらえる.相手に執着せず深入りしないようにする.複数の相
手と恋愛することもできる.
・マニア(狂気的な愛)独占欲が強く,嫉妬,執着心,悲哀などの激しい感情を伴う.
・プラグマ(実利的な愛)恋愛は手段ととらえる.相手を選択するときには,社会的.経済的な要素が影響する.
・エロス(美への愛)恋愛こそすべてととらえる.相手の外見に惹かれ,一目惚れを起こす.ロマンティックな考えや
行動をとる.
・ストルゲ(友愛的な愛)激しい感情はなく,穏やかな友情的な恋愛である.互いに気がつかないこともあり,気がつ
いた時には愛情が芽生えていることもある.
・アガペ(愛他的な愛)見返りを求めず,自己犠牲をも厭わない愛.
{別れに関する研究~}
牧野・井原(2004)の研究から
・別れる時期は 3 月が多い.
・別れ話の時刻は 22 時が最も多い.
・別れる理由の大半は「価値観の不一致」
.
・男女とも別れの切り出しは「相手」より「自分」の方が多い.
・男女別の別れの理由として,男性は「他に好きな異性ができた」女性は「相手が嫌いになった」
第 2 章 問題
恋人との別れは,一つの喪失体験として位置づけられる.しかし,恋愛とは悲しみや苦しみを体験させる反面,多く
の喜びや感動ををもたらすものである.恋愛は様々な感情による経験をもたらすことから,人間を成長させることので
きるひとつの契機であると思われる.雑誌で恋愛に関する特集や,某恋愛バラエティ番組の人気からも,多くの人たち
が恋愛に対して興味や関心を寄せていることがわかる.恋愛についての考えは人様々であり,恋と愛との違いについて,
付き合うって何なのか,どこからが浮気なのか,などといった疑問を持つ人も尐なくない.男女間での話題としても欠
かせない存在となっている.
そんな恋愛体験によって変化していく感情や考え,人間同士のつながりに筆者はとても魅力を感じている.人が人に
好意を持つかどうかということは,人が生涯を通して抱える問題でもあるだろう.特に青年期の対人関係において,恋
愛は特に重要な人間関係の 1 つともいえるだろう.
第 3 章 目的
牧野・井原(2003)の別れる理由の大半は価値観が合わないと指摘していることから,恋愛対象として自分と考えや
性格が共通したような相手に好意を抱きやすいとも考えられる.しかし,恋愛関係に発展する中で Lee の色彩理論のよ
うに必ずしも相性の良い者同士や価値観の合う者同士が惹かれ,結ばれるわけではない.それ以外の何か魅力的なもの
75
や,その人らしさがあるのではないか.更に,別れの研究(2003)では別れの理由,別れ話の時間帯,別れやすい季節
などについては明らかになっているが,別れた後のことについては触れられていない.恋愛関係を築く上で,好意を持
った異性間での出来事や行動について,後悔する出来事があるのではないかと考えた.生じる後悔にその人らしさや魅
力が関連しているならば,なおさらである.
そこで本研究では,人間の恋愛の本質を恋愛類型と捉え,恋愛関係において生じる後悔との関連があるかを調査する.
牧野・井原(2003)の研究から,男女別の別れの理由として,男性は「他に好きな人ができた」
.女性は「相手のこと
が嫌いになった」ということが明らかになっている.また,Hendrick,Hendrick&Adler(1988)の研究では,恋愛関係
において,エロス得点が高いカップルほど満足感の上昇,ルダス得点が高いカップルほど,満足感の低下.更に,女性
においてのみ,マニア得点が高いと満足感が低下していることを明らかにしている.
また,個人について考えた場合にも,池永(2000)の研究から恋愛関係を維持するには男性のルダス得点,女性のエ
ロス得点が重要と指摘されている.つまり,男性の「他に好きな人ができた」という理由は,ルダス得点の上昇,女性
の「相手のことが嫌いになった」という理由は,エロス得点の低下によるものと考えられる.従って,これらの結果か
ら以下の仮説を立てることにした.
仮説
1: エロス得点が高くルダス得点が低い人ほど,恋愛において後悔をしている.
2: ルダス得点が高くエロス得点が低い人ほど,恋愛において後悔をしていない.
3: 女性においてのみ,マニア得点が高い人は,恋愛において後悔をしている.
という 3 つの仮説を立てることにした.
第 4 章 方法
質問紙の構成
質問紙はフェイスシートと LETS-2(松井ら),恋愛に関して後悔しているかなどの質問により構成されている.フェ
イスシートでは性別を尋ね,LETS-2 に関しては,冒頭文で恋人や好きな人,もしくは家族以外であなたにとってもっ
とも親しい異性を想起させるとあるが,現在そのような人物がいない場合は,過去の恋人や好きな異性を想起させるよ
うに書き加えた.また,本来 LETS-2 の質問項目はストルゲが 8 項目,その他は 9 項目の 55 項目から構成されている
のだが,今回の調査では半分の,ストルゲを 4 項目,その他を 5 項目の 29 項目に変更してある.変更するにあたって
は,質問内容が重複しているものや回答しづらいものを除くことにした.回答は(1=よく当てはまる,2=尐し当ては
まる,3=どちらともいえない,4=あまり当てはまらない,5=まったく当てはまらない)の 5 件法で評定した.
「恋愛
に関して後悔しているか」という質問に関しては 1 項目で,ある~ないの 2 件法で尋ねる形となっている.
被験者
男子大学生 51 名.女子大学生 51 名.有効回答者数は計 102 名.フェイスシートについて無記名なものは除外.
調査期間
平成 20 年 10 月下旪~11 月下旪.
実施方法
大学の講義内に質問紙の配布.友人等に対しての個別調査により実施した.
分析方法
SPSS を用いて分析した.
1: ①後悔の有無を独立変数とし,エロス得点を従属変数とした t 検定を行った.
②後悔の有無を独立変数とし,ルダス得点を従属変数とした t 検定を行った.
76
2: 後悔の有無を独立変数とし,以下の各 4 群を従属変数とした t 検定を行った.
③エロス高群・ルダス高群.
④エロス高群・ルダス低群.
⑤エロス低群・ルダス高群.
⑥エロス低群・ルダス低群.
3: 後悔の有無を独立変数とし,女性のマニア得点を従属変数とした t 検定を行った.
第 5 章 結果
○後悔とエロス・ルダスの関連性
1:2:
後悔の有無を独立変数とし,エロス得点高低群,ルダス得点高低群を従属変数として t 検定を行った.結果
は以下のグラフの通りである.
5
4
3
2
1.481.42
1.531.58
1.341.43
1.341.36
†
1.44
1.26
†
1.44
1.26
1
Figure2
①
エロス得点の高低群,ルダス得点の高低群の後悔
後悔を独立変数とし,エロス得点を従属変数とした t 検定を行った結果,エロス得点高群と低群の間には有意差
はみられなかった(t(100)=1.627,n.s.).よって,エロス得点の高低群は後悔と関連がないことがわかった.
②
後悔を独立変数とし,ルダス得点を従属変数とした t 検定を行った結果,ルダス得点高群と低群の間には有意差
はみられなかった(t(100)=1.115,n.s.).よって,ルダス得点の高低群は後悔と関連がないことがわかった.
③
後悔を独立変数とし,エロス得点高群・ルダス得点高群を従属変数とした t 検定を行った結果,エロス得点高群・
ルダス得点高群の間には有意差はみられなかった(t(100)=0.236,n.s.).よって,エロスが高く,ルダスも高い者は
後悔に関連していないことがわかった.
④
後悔を独立変数とし,エロス得点高群・ルダス得点低群を従属変数とした t 検定を行った結果,エロス得点高群
とルダス得点低群の間には有意差はみられなかった(t(91)=3.00,n.s.).よって,エロスが高く,ルダスの低い者は
後悔と関連がないことがわかった.
⑤
後悔を独立変数とし,エロス得点低群・ルダス得点高群を従属変数とした t 検定を行った結果,エロス得点低群・
ルダス得点高群の間には有意な傾向がみられた(t(100)=13.39.p <..10).よって,エロスが低く,ルダスが高い者は
後悔と関連があることが示唆された.
77
⑥
後悔を独立変数とし,エロス得点低群・ルダス得点高群を従属変数とした t 検定を行った結果,エロス得点低群・
ルダス低群の間には有意な傾向がみられた(t(99)=12.46.p <..10).よって,エロスが低く,ルダスも低い者は後悔と
関連している可能性が示唆された.
○後悔と女性のマニアの関連性
3: 後悔の有無を独立変数とし,女性のマニア得点高低群を従属変数とした t 検定を行った.結果は以下のグラフの
通りである.
5
4
3
2
1.61
1.40
1
マニア高群
Figure3
マニア低群
女性のマニアの高群・低群の後悔
後悔を独立変数とし,マニア得点を従属変数とした t 検定を行った結果,マニア得点高群と低群の間には有意差はみ
られなかった(t(49)=0.74,n.s.).よって,女性のマニア得点の高低群は後悔と関連がないことがわかった.
○後悔とストルゲの関連性
後悔の有無を独立変数とし,ストルゲ得点の高低群を従属変数とした t 検定を行った.結果は以下のグラフの通りで
ある.
5
4
3
†
2
1.67
1.45
1
ストルゲ高群
Figure4
ストルゲ低群
ストルゲの高群・低群の後悔
後悔を独立変数とし,ストルゲ得点を従属変数とした t 検定を行った結果,ストルゲ得点高群と低群の間には有意差
がみられた(t(100)=6.02.p <..05).よって,ストルゲ高・低群は後悔と関連があることがわかった.
78
第 6 章 考察
本研究の調査結果は以下の通りである.
・エロス得点の高低群は後悔と関連がない(t(100)=1.627,n.s.).
・ルダス得点の高群低群は後悔と関連がない(t(100)=1.115,n.s.).
・エロス得点高群・ルダス得点高群は後悔と関連がない(t(100)=0.236,n.s.).
・エロス得点高群・ルダス得点低群は後悔と関連がない(t(91)=3.00,n.s.).
・エロス得点低群・ルダス得点高群は後悔との関連が示唆された(t(100)=13.39.p <.10).
・エロス得点低群・ルダス得点低群は後悔との関連が示唆された(t(99)=12.46.p <..10).
・女性のマニア得点の高低群は後悔と関連がない(t(49)=0.74,n.s.).
・ストルゲ得点の高低群は後悔との関連がある(t(100)=6.02.p <..05).
本研究では,大学生の恋愛類型が後悔に関連しているのかを明らかにすることを目的とし,先行研究に基づいた仮説
を立て,質問紙調査を行った.Hendrick,Hendrick&Adler(1988)や池永(2000)の研究でも指摘されているように,エ
ロスが高いものは恋愛に対して満足していることから,恋愛に対しての満足感が失われた時の,後悔へ生じる影響が大
きく,反対にルダスが高いものは恋愛に対して満足していないことから,恋愛に対しての満足感が失われたとしても,
後悔へ生じる影響は尐ないのではないか.更に女性に関してのみ,マニアが高いことによって,嫉妬・悲哀などの激し
い感情を伴うことが恋愛への後悔につながるのではないかと予測していた.結果として有意な差は見ることはできず,
エロス,ルダス,マニアは後悔と関連がなかったといえる.しかし,エロスが低く,ルダスが高い者.またエロスが低
く,ルダスも低い者に関してのみ,後悔との関連がある可能性が示唆された.本研究の仮説にはなかったのだが,スト
ルゲの高低群に関しては有意な差がみられている.よって,友情から発展する恋愛をしている者は後悔をしている,と
いうことについては明らかになったといえよう.
唯一,後悔との関連が示唆された,エロス低・ルダス高群に関してだが,後悔している人の中には恋愛をゲームのよ
うに捉えていたり,複数の相手と恋愛を楽しんできているのではないかと思われる.ルダスが高いものは割り切った恋
愛関係を築いていることから,後悔への影響は尐ないと考えていたのだが,広く浅い恋愛経験によるために 1 人の異性
と長続きした恋愛が出来ないなどが後悔につながる原因としては考えられる.
次に,エロス低・ルダス低群に関して,後悔している人の中には現在,恋人関係にある異性がいない,一目惚れやロ
マンティックな恋,もしくは恋愛自体を楽しんでいない可能性があると思われる.後悔に関する質問内容において,
「好
意を伝えられなかった」
,
「ケンカをして謝ることができなかった」と設けてあるが,恋人という関係まで発展しなかっ
たことや,ケンカすらしたことがないなどが後悔につながる原因としては考えられる.
そして仮説にはなかったが,関連が見られたストルゲ得点高低群に関して,お互いに長い時間をかけた友情から発展
する恋愛なために,その友情が愛情に変化することで,恋愛崩壊時に友情も愛情も同時に失われてしまう可能性が後悔
につながる原因として考えられる.
今回の研究で,大学生の恋愛類型と恋愛に対しての後悔には関連がないことが明らかになった.しかし,有意な差は
みることができなかったのだが,エロス高低群,ルダス高低群において仮説に沿う結果を得ることができたといえよう.
引用文献
大坊郁夫 1988 異性間の関係崩壊についての認知的研究,日本社会心理学会第 29 回大会発表論文集,64-65.
遠藤由美 1999 自尊心を関係性からとらえ直す,実験社会心理学的研究,39,150-167.
Hendrick,C, & Hendrick,S.
1986
A theory and method of love.
79
Journal of Personality and Social
Psychology,50,
Hendrick,S.S.,Hendrick,C&Adler,N,L.
1988
Romanthic relations:love,satisfaction,and staying
together.
Journal of Personality and Social Psychology,54,980-988.
Hill,C.T, Rubin,Z&Peplau,L,A.
1976 Breakups before marriage:The end of 103affairs. Journal of Social
issues,32,147-168.
池上和子・遠藤由美 1998 グラフィック社会心理学,サイエンス社.
池永朊子 2000 大学生における恋愛類型と恋人選択的要因・交際期間との関連,武庫川女子大学卒論.
Lee,J.A.
1973 The colours of love. DonMills,Ontario:NewPress.(Lee,1974 より引用)
Lee,J.A.
1974 The style of loving. Psychology today(October),43-51.
Lee,J.A.
1977 A typology of styles of loving. Personality and Social Psychology Bulletin,3,173-182.
牧野幸志・井原諒子 2004 恋愛関係における別れに関する研究(1)-別れの主導権と別れの季節の探求- 高松大学
紀要,41,87-105.
松井 豊・木賊知美・立澤晴美・大久保宏美・大前晴美・岡村美樹・米田佳美 1990 青年の恋愛に関する測定尺度
の構成,東京都立立川短期大学紀要,23,13-23.
松井豊 1990 青年の恋愛行動の構造,心理学評論,33,355-370.
松井豊 1993 恋愛の行動の段階と恋愛意識心理学研究,64,335-342.
松井豊 1993b 恋ごころの科学,サイエンス社.
道家瑠美子 2007 意思決定における後悔:現状変更が後悔を生むとき,社会心理学研究 ,23,104-110
清水裕士・大坊郁夫 2005 恋愛関係における関係認知性が精神的健康に及ぼす影響,対人社会心理学究,5,59-65.
80
第 4 章 大学生における音楽の好みと価値志向性との関連性
新井 祥之
はじめに
今日,音楽は CD,テレビ,ラジオ,インターネット等のメディアを通じて大量に伝達されている.このため,私た
ちはコンサートやライブを聴きに行かなくとも,様々な音楽に容易に触れることが可能である.このような「音楽がメ
ディアによって伝えられ,音楽が社会に遍在する」社会のことを,小川 (1995) は音楽化社会と呼んでいる.
裏を返せば,このような社会においては,音楽とまったく無縁の生活をすることや,好きな音楽だけを聴いて過ごす
ことが困難である.小川 (1995) が「バックグラウンド音楽が公共的な空間に流され,人々は好むと好まざるとにかか
わらず,音楽にさらされることになった.
『被音楽状況』と呼ぶべき事態である」と指摘するように,現在は店を訪れ
たり,テレビやラジオを視聴・聴取したりするたびに,さまざまなジャンル――みつとみ (1999) によれば,細かく分
けると 100 種類以上のジャンルが存在する――の音楽に触れることを余儀なくされる.嫌いなジャンルの音楽を聴かさ
れ,ストレスを感じることもあるだろう.
では,どのようなパーソナリティや価値観をもつ人が,どのジャンルの音楽を好むのであろうか.筆者はこのことに
関心を持ち,調べることにした.
第 1 章 先行研究
この章では,音楽の好みとパーソナリティ,もしくは価値観との関連について調査した先行研究を 4 つ挙げる.
第一に,Hansen & Hansen (1991) の研究である.Hansen & Hansen (1991) によると,Heavy music――Larson
(1995) は hard rock, classic rock, heavy metal, rap を含むものとしている――を好む若者には,他の若者に比べて次
のような傾向があるという.
性欲過剰である (being hypersexual)
女性への配慮が浅い (showing less respect for women)
犯罪的な態度や反社会的な態度を示す (exhibiting greater criminal and antisocial interpersonal behavior)
第二に,Dollinger (1993) の研究である.Dollinger (1993) はアメリカ・单イリノイ大学の学生に対し,NEO
Personality Inventory と,Litle & Zuckerman (1986) の作成した音楽の好みに関する尺度集の縮約版 (abbreviated
version) を用いたアンケートを実施した.その結果は以下のとおりである.
ジャズの好みと extraversion(外向性)に正の相関がみられる
ハードロックの好みと excitement seeking(刺激希求性)に正の相関がみられる
ポピュラー音楽やロックの主流 (mainstream) から外れた多様な音楽を好んで聴くことと,openness to
experience(経験に対する開放性)に相関がある
第三に,Schwartz & Fouts (2003) の研究である.Schwartz & Fouts (2003) は,カナダ・アルバータ州カルガリー
にあるパブリックスクール 2 校の生徒を対象にアンケートを行い,音楽の好みから Light, Eclectic, Heavy の 3 つのグ
ループに分け,Millon ら (1982) の開発した MAPI (Millon Adolescent Personality Inventory) 尺度との関連性を調べ
た.その結果,以下の傾向がみられたという.
81
Light および electric グループは,heavy グループより cooperative(協力性)尺度が高い
Heavy グループは,light グループより forceful(強引さ)尺度が高い
Heavy グループは,ほかのグループより sensitive(敏感さ)尺度が高い
Introversive(内向性),Sociable(社交性),Confident(自信)尺度に有意差はなかった
最後に挙げるのは,Rentfrow & Gosling (2003) の研究である.Rentfrow & Gosling (2003) は,アメリカ・テキサ
ス大学オースティン校の学部学生1,704人(男子633人,
女子1,058人)にSTOMP (Short Test Of Music Preferences) と
パーソナリティに関するテストを実施した.その結果,音楽の好みとパーソナリティとの関係について,Table 1 の結
果が得られた.
(Rentfrow & Gosling (2003) より引用(表題を含む))
Table 1 は,上記校の学部学生に次の傾向があることを示している.
ブルース,ジャズ,クラシック,フォークを好む学生は,他の学生に比べて思慮深く,複雑である
ロック,オルタナティブ,ヘビーメタルを好む学生は,他の学生に比べて感情的であり,反抗的である
カントリー,サウンドトラック,宗教音楽,ポップスを好む学生は,他の学生に比べて楽天的であり,
伝統的である
ラップ/ヒップホップ,ソウル/ファンク,エレクトロニカ/ダンスを好む学生は,他の学生に比べて
精力的であり,リズミカルである
また,Rentfrow & Gosling (2003) は上記の調査の 3 週間後,回答者のうちの 118 人に再び STOMP に答えてもら
い,音楽の好みの安定性について分析した.結果は,学部学生の音楽の好みは安定しているというものであった.
82
第 2 章 目的
人間の価値観を測定する尺度の一つに,価値志向性尺度がある.価値志向性尺度とは,
『心理測定尺度集Ⅱ』(堀,2007)
によれば,Spranger (1921) の提唱する 6 種の普遍的価値(理論・経済・美・宗教・社会・権力)を個人がどの程度志向
し,体験しているかを測定する尺度である.
筆者が調べた限り,音楽の好みと価値志向性尺度を関連付けて調べた先行研究は,本論文に掲載していないものを含
め,英語・日本語ともに見つからなかった.そこで,本研究では大学生を対象に,音楽の好みと価値志向性との関連性
を明らかにすることを目的とする.
第 3 章 仮説
本研究では,Hansen & Hansen (1991) および Rentfrow & Gosling (2003) の先行研究を元に,以下の仮説を立て
た.
1.
ラップを好む人は,好まない人に比べて社会志向性が低い.
2.
クラシックを好む人は,好まない人に比べて理論志向性が高い.
3.
ロックを好む人は,好まない人に比べて権力志向性が低い.
第 4 章 調査方法
本研究では,質問紙による調査を以下のとおりに実施した.
【調査協力者】共愛学園前橋国際大学の学生 74 名
【調査期間】平成 20 年 12 月上旪
【調査内容】調査内容は以下のとおりである.
1. 音楽の好みについての質問項目
上記の仮説を検証するための,ロック,ラップ,クラシックの好みについて聞く質問項目である.それぞれ,1:
嫌い,2:あまり好きでない,3:どちらともいえない,4:わりと好き,5:好き の 5 件法で回答してもらった.
2. 価値志向性についての質問項目
第 2 章で述べた価値志向性尺度のうち,理論志向性,社会志向性,権力志向性の尺度を測定するための質問項目
である.
『心理測定尺度集Ⅱ』(堀,2007)に掲載されているように,項目は 1 尺度あたり 12 項目あるが,調査する
にあたり,逆転項目 1 つを含む 6 項目にそれぞれ独自に絞った.質問はそれぞれ,1:あてはまらない,2:ややあ
てはまらない,3:どちらともいえない,4:ややあてはまる,5:あてはまる の 5 件法で回答してもらった.
【手続き】本学の講義時間および休憩時間に質問紙を配り,回収した.回答時間は 3~5 分であった.
【分析方法】SPSS を使用し,音楽の好みを独立変数,価値志向性尺度を従属変数とした t 検定を行った.
【質問紙】本研究で使用した質問紙を,別紙に示す.
第 5 章 調査結果
調査結果は以下のとおりである.
83
<ラップの好みと社会志向性尺度についての結果>
仮説 1「ラップを好む人は,好まない人に比べて社会志向性が低い」について検証した結果を,Figure 1 のとおりに
示す.
Figure 1 ラップの好みによる社会志向性尺度の平均値の差異
ラップの好みについて,
「5:好き」または「4:わりと好き」と答えた群(高群),
「1:嫌い」または「2:あまり好き
でない」と答えた群(低群)の 2 つに分け,社会志向性尺度の平均値について t 検定を行った結果,有意差はみられなか
った (t(48) = 1.41, n.s.) .よって,仮説 1 は棄却された.
<クラシックの好みと理論志向性尺度についての結果>
仮説 2「クラシックを好む人は,好まない人に比べて理論志向性が高い」について検証した結果を,Figure 2 のとお
りに示す.
Figure 2 クラシックの好みによる理論志向性尺度の平均値の差異
クラシックの好みについて,
「5:好き」または「4:わりと好き」と答えた群(高群),
「1:嫌い」または「2:あまり
好きでない」と答えた群(低群)の 2 つに分け,理論志向性尺度の平均値について t 検定を行った結果,有意差はみられ
なかった (t(57) = 0.48, n.s.) .よって,仮説 2 は棄却された.
84
<ロックの好みと権力志向性尺度についての結果>
仮説 3「ロックを好む人は,好まない人に比べて権力志向性が低い」について検証した結果を,Figure 3 のとおりに
示す.
Figure 3 ロックの好みによる権力志向性尺度の平均値の差異
ロックの好みについて,
「5:好き」または「4:わりと好き」と答えた群(高群),
「1:嫌い」または「2:あまり好き
でない」と答えた群(低群)の 2 つに分け,各志向性尺度の平均値について t 検定を行った結果,有意差はみられなかっ
た (t(56) = 1.39, n.s.) .よって,仮説 3 は棄却された.
第 6 章 考察
前章で述べたとおり,第 4 章で立てた仮説はすべて棄却された.また,Table 2 に挙げるように,ラップの好みが権
力志向性尺度に有意差をもたらしたのを除き,有意差のある検定結果は得られなかった.
Table 2
理論志向性尺度
t 検定の結果
社会志向性尺度
権力志向性尺度
ロック
t(52) = 0.62, n.s.
t(57) = 0.40, n.s.
t(56) = 1.39, n.s.
ラップ
t(43) = 1.93, n.s.
t(48) = 1.41, n.s.
t(48) = 3.57, p < .05
クラシック
t(57) = 0.48, n.s.
t(13) = 0.99, n.s.
t(60) = 0.27, n.s.
このことから,日本の大学生における音楽の好みと価値志向性との関連性は低いことが考えられる.
関連性が低いのはなぜか.理由として考えられるのは,あるジャンルの音楽が日本に入り,日本国内で普及する際,
リズムや演奏形態,歌い方といった表現上の特徴のみが一人歩きし,そのジャンルの社会的・文化的背景が人々に伝わ
らなかったり,忘れ去られたりすることである.たとえば J ポップは,みつとみ (1999) が「ロック色の強い日本語の
ポピュラー・ミュージック全般のことと解釈できるだろう」と述べているように,リズムや演奏形態の面でロックに類
似している.しかし,それらにはロックにみられる「反社会的で,メッセージ性が強い,つまり,自分たちの言いたい
ことを言える音楽」(みつとみ,1999)という性質がほとんどなく,先に挙げた表現上の特徴のみが反映されている.歌
詞も,恋愛や私生活に関するものなど,当たり障りのないものが多くみられる.
本調査において,ロックを「5:好き」もしくは「4:わりと好き」と答えた人は,74 人中 51 人であった.そう答
85
えた人の中に,J ポップをロックとして思い浮かべた人がいた可能性も十分にある.
ラップも,日本で表現上の特徴のみが一人歩きしたジャンルの 1 つであると言えるだろう.
「黒人の口承文芸を基盤
に,社会批評や諷刺を散りばめる」(広辞苑第五版,1998)という本来の性質は,オリコンチャートで上位にランクイン
する曲において薄い.むしろ,J ポップの歌詞の一部として歌われたり,メッセージ性の弱い,当たり障りのない言葉
で韻を踏んだりしているケースのほうが多くみられる.
クラシックも,店やテレビ番組,学校の運動会の BGM として偏在しており(小川 (1995) の言うところの音楽化社
会),昔と異なり,ステータスに関係なく誰でも聴くことが可能である.
おわりに
以上のように,本研究では,音楽の好みと価値志向性との関係について調べた.その結果,日本の大学生において,
音楽の好みによって価値志向性の差異が生じる可能性が低いことが明らかとなった.
本研究では,扱う音楽のジャンルを 3 つ,価値志向性尺度の下位尺度を理論,社会,権力の 3 種類に絞って調査し
た.今後は,音楽のジャンルを増やしたり,価値志向性尺度を 6 種類すべて扱ったり,高校生,社会人など異なる母集
団を対象に調査したりするなどして,より幅広い範囲で調査・分析することが課題として挙げられる.
引用文献
Dollinger, S. J. (1993). Research note: personality and music preference: extraversion and excitement seeking or
openness to experience? Psychology of Music, 21(1), 73-77.
Hansen, C. H., & Hansen, R. D. (1991). Constructing personality and social reality through music: Individual
differences among fans of punk and heavy metal music. Journal of Broadcasting & Electronic Media, 35,
335-350.
堀 洋道(監)・吉田富二雄(編) (2007). 心理測定尺度集Ⅱ: 人間と社会のつながりをとらえる<対人関係・価値観> ,
サイエンス社.
Larson, R. (1995). Secrets in the bedroom: Adolescents’ private use of media. Journal of Youth and Adolescence,
24(5), 535–550.
みつとみ俊郎 (1999). 音楽ジャンルって何だろう 新潮選書.
小川博司 (1995). 音楽化社会における仕事と遊び 井上俊ほか(編) 仕事と遊びの社会学 岩波書店 pp.115-130.
Rentfrow, P. J., & Gosling, S. D. (2003). The do re mi's of everyday life: The structure and personality correlates of
music preferences. Journal of Personality and Social Psychology, 84(6), 1236-1256.
Schwartz, K. D., & Fouts, G. T. (2003). Music preferences, personality style, and developmental issues of
adolescents. Journal of Youth and Adolescence, 32(3), 205–213.
新村 出(編) (1998). 広辞苑第五版 岩波書店.
86
第 5 章 大学生の就寝時刻と性格特性との関連 ~「抑うつ性」
・
「社会的外向性」に着目して~
遠度 洋平
第1章
文献研究
【1.現代の夜型化の実態】
図 1 は,ベネッセ教育研究開発センター・第 1 回子ども生活実態基本調査報告書(2005)による,小学生,中学生,高
校生の就寝時刻を示したグラフである.報告書によると「10 時前+10 時頃」は小学生では半分以上いるが,学年が上
がるにつれて減っていき,逆に「11 時 30 分+12 時頃」と「12 時 30 分以降」が増えている.報告書によると,予備
校や学習塾に通っている者に「12 時 30 分以降」と就寝が遅い児童・生徒が多いと述べられている.
10時前+10時頃
10時30分+11時頃
11時30分+12時頃
12時30分以降
56.6
小学生(4,240人)
10.4
中学生(4,550人)
高校生(6,051人) 3.5
0%
27.4
26.6
13.6
10.9
34.9
26.8
38.1
20%
44.1
40%
無回答・不明
60%
80%
4.1 - 1.1
- 1.3
- 0.6
100%
図 1 学校段階別就寝時刻
表 1 は,古川ら(2003)が中学生,高校生,短期大学生,大学生の女子を対象に実施した生活アンケート調査の,就寝
時刻と睡眠時間の結果である.就寝時刻は,図 1 のグラフと同じで学年が上がっていくとともに遅くなり,高校生以上
では平均が 24 時以降で,図 1 のグラフの高校生の就寝時刻とほぼ同じであることがわかる.図 2 は短大・大学 1・2
年の就寝時刻をグラフで表したものであるが,23 時までに就寝する者は全体の 1 割程度しかおらず,23 時以降に就寝
する者がほとんどであることがわかり,とくに 24・25 時が多くを占めている.
表 1 就寝時刻・起床時間
87
図 2 就寝時刻(短大・大学 1・2 年)
【2.夜型化の原因】
以上のように,先行研究では現代の小学生から高校生,及び大学生・短大生の夜型化の実態が明らかにされている.
これらの原因について鈴木(1998)は,夜型化は国民のライフスタイルの変化によるものだと述べている.ではそのライ
フスタイルの変化がなぜ起こったのか.鈴木(1998)によると,まず灯火の発明・普及と,それを日常化する経済発展が
あったことが基底にある.そして,それらを背景に夜型生活を推進してきたものは,戦後のいわゆる私生活主義であり,
生活をエンジョイすることが生きる目的となったことであると述べている.
今の学生は次の日が休日だと,夜遅くまで起きていたり,夜遊びをしていたりする.社会人では,仕事と遊びを両立
させるために,夜寝ないで生活をしていると考えられる.さらに,学生においては,アルバイトをしていて夜型にもな
っている.
図 3 のグラフは,加来ら(2003)が女子短大生を対象に実施した生活時間調査の,アルバイトの開始時刻と終了時刻の
行為者率の結果を示したグラフである.これにより,昼間よりも夕方から夜間にかけてアルバイトをしている者が多い
ことがわかり,夜型の原因になっていると言える.
図 3 アルバイト開始時刻および終了時刻別行為者率
88
さらに,浅岡(2006)が行なった研究によると,大学生の夜間の行動として,アルバイトだけでなく,
「テレビ視聴」
,
「会話」
,
「インターネット」
,
「テレビゲーム」
,
「宿題」という結果が明らかにされている.
大学生では,自由な時間が多いために,遊びすぎて生活が不規則になっていると考えられる.遊びすぎによって日常
生活のペースが乱れ,学校をさぼりがちになる人や,小遣い稼ぎのために夜遅くまでアルバイトをする人もいる.
これらの先行研究をまとめると,現代の学生の生活が夜型化となっており,就寝時刻が遅くなっている.それは,戦
後の私生活主義による国民のライフスタイルの変化であるということがわかった.
第2章
調査研究
【1.研究の目的】
これまでの先行研究では,学生の就寝時刻が遅くなっているということがわかった.しかし,就寝時刻が遅い者はど
のような特性,例えばどういった性格なのかがわかっていない.そこで本研究では,大学生を対象に以下の仮説を立て,
性格との関連があるのかを調査することを目的とする.
〈仮説〉
①高橋(2005)によると,
「集中力がない」
・
「根気がない」
・
「消極的な性格」の小学生は,就寝時刻が遅いと述べられて
いる.この 3 項目は,抑うつ性との関連が高いと考えられる.従って,抑うつ性が高い大学生は抑うつ性が低い大学
生に比べて就寝時刻が遅いと考えられる.
②高橋(2005)によると,
「積極的な性格」の小学生は就寝時刻が早いと述べられている.
「積極的な性格」は,社会的外
向性との関連が高いと考えられる.従って,社会的外向性が高い大学生は社会的外向性が低い大学生に比べて就寝時
刻が早いと考えられる.
③塩見ら(1999)によると,男子よりも女子のほうが規則正しい生活をしていると述べられている.従って,抑うつ性が
高い男子学生は,他の群と比べて就寝時刻が遅いと考えられる.
④塩見ら(1999)によると,男子よりも女子のほうが規則正しい生活をしていると述べられている.従って,社会的外向
性が高い女子学生は,他の群と比べて就寝時刻が早い.
【2.方法】
今回の研究方法として,質問紙調査を行った.
調査協力者:大学生(共愛学園前橋国際大学・その他の大学の学生),102 人(男子 51 名・女子 51 名)
調査時期:平成 20 年 10 月下旪~11 月上旪
〈調査内容〉
1.フェイスシート:性別
2.現在,何時ごろに就寝しているか,平日・休日前・休日にそれぞれ自由記述で回答してもらった.
(例:夜 10 時→22 時,夜 10 時半→22.5 時,夜 12 時→0 時,夜 1 時→1 時)
3.柳井・柏木・国生(1987)の抑うつ性・社会的外向性に関する項目の内,5 項目ずつを使用し,それぞれの項目がど
のくらい当てはまるのか 1~5 の 5 件法(1=当てはまらない,2=あまり当てはまらない,3=どちらでもない,4
=やや当てはまる,5=当てはまる)で回答してもらった.
89
手続き:本学の学生には筆者が質問紙を配布し,回収した.その他の大学では,その大学の学生に依頼して配布して
もらい,回収した.
分析方法:SPSS を用いて分析した.
①まず就寝時刻を,22 時前=1,22 時~0 時前=2,0 時~2 時前=3,2 時~4 時前=4,4 時以降=5 に変換
し,平日・休日前・休日を一つの就寝時刻の平均値にする.次に抑うつ性と社会的外向性の得点を低群・高
群に分ける.抑うつ性と社会的外向性の低群・高群を独立変数に,就寝時刻を従属変数にしてt検定を行な
った.
②抑うつ性と社会的外向性の得点を,それぞれ低い男子・高い男子・低い女子・高い女子の 4 群に分け,それ
らの群を独立変数とし,就寝時刻を従属変数とした一元配置の分散分析を行なった.
【3.結果】
3‐1<仮説① 抑うつ性と就寝時刻>
抑うつ性低群・高群を独立変数に,就寝時刻を従属変数にしてt検定を行なった結果は以下のグラフの通りである.
5
4
2.84
2.93
抑うつ性低群
抑うつ性高群
3
2
1
図 4 抑うつ性低群・高群の就寝時刻
上記の結果の通り,抑うつ性低群の就寝時刻の平均は 2.84,高群の就寝時刻の平均は 2.93 であり,有意差はみられ
なかった(t(98)=0.64,n.s.).
よって,就寝時刻に抑うつ性との関連はないことがわかった.
3‐2<仮説② 社会的外向性と就寝時刻>
社会的外向性低群・高群を独立変数に,就寝時刻を従属変数にしてt検定を行なった結果は以下のグラフの通りであ
る.
90
5
4
2.88
2.88
社会的外向性低群
社会的外向性高群
3
2
1
図 5 社会的外向性低群・高群の就寝時刻
上記の結果の通り,社会的外向性の低群と高群の就寝時刻の平均は,2.88 と同じであり,有意差はみられなかった
(t(83)=0.04,n.s.).
よって,就寝時刻に社会的外向性との関連はないことがわかった.
3‐3<仮説③ 抑うつ性と就寝時刻の男女差>
抑うつ性の低い男子・高い男子・低い女子・高い女子の 4 群を独立変数とし,就寝時刻を従属変数とした一元配置の
分散分析を行なった結果は以下のグラフの通りである.
5
4
3
2.92
2.87
2.72
2.97
男子
女子
2
1
抑うつ性低群
抑うつ性高群
図6 抑うつ性低群・高群の就寝時刻(男女)
上記の結果の通り,抑うつ性の低い男女の就寝時刻の平均はそれぞれ 2.92 と 2.72,高い男女の就寝時刻の平均はそ
れぞれ 2.87 と 2.97 であり,有意差はみられなかった(F(3,96)=0.53,n.s.).
従って,抑うつ性の低い男女・高い男女で就寝時刻と比べても差はみられず,男女差はないことがわかった.
3‐4<仮説④ 社会的外向性と就寝時刻の男女差>
社会的外向性の低い男子・高い男子・低い女子・高い女子の 4 群を独立変数とし,就寝時刻を従属変数とした一元配
置の分散分析を行なった結果は以下のグラフの通りである.
91
5
4
3
2.93
2.87
2.83
2.89
男子
女子
2
1
社会的外向性低群
社会的外向性高群
図7 社会的外向性低群・高群の就寝時刻(男女)
上記の結果の通り,社会的外向性の低い男女の就寝時刻の平均はそれぞれ 2.93 と 2.83,高い男女の就寝時刻の平均
はそれぞれ 2.87 と 2.89 であり,有意差はみられなかった(F(3,97)=0.09,n.s.).
従って,社会的外向性の低い男女・高い男女で就寝時刻と比べても差はみられず,男女差はないことがわかった.
【4.考察】
溝上(2004)によると現代の大学生は勉学第一の傾向が強まっていると述べている.よって昼間は授業やレポート等の
課題をやり,クラブ・サークル活動もやりながら,夜は遅くまでアルバイトをするといったような自由かつ多忙な生活
を送っていると考えられる.勉強熱心ということもあるので,アルバイトがない日では夜遅くまでレポート等の課題や
勉強をやっていたりするのではないだろうか.このことから抑うつ性の高い大学生も社会的外向性の高い大学生も勉学
第一であり,クラブ・サークル活動やアルバイトもしていると考えられる.さらに大学生は必ずしも朝から授業がある
わけではないため,早起きをする必要がなくなる.従って自由な時間があるときは生活を楽しむために,抑うつ性の高
い大学生は夜遅くまでテレビ視聴やゲームをしたり,社会的外向性の高い大学生は友達と夜遅くまで遊んだりしている
と考えられる.以上のことから現代の大学生はライフスタイルが変化していると言える.その理由として,浅野(2006)
にある現代の若者の変化について,1990 年代初頭からの 10 年間はバブル崩壊に始まり,日本の様々なシステムが急激
にほころびをみせはじめた時期であった.そのような変化に対忚して,若者の行動や意識もこの間に大きく変化してき
たという点にある.性格のことには触れずに時代の流れや変化によって意識や行動も変化していると捉えているため,
大学生のライフスタイルも変化したと考えられる.
小学生においては,高橋(2005)によると積極的な性格の小学生は自分の意思で生活時間に区切りをつけ,ケジメある
生活を送っていると述べられている.小学生では自分の意思で生活時間に区切りをつけることができても,成長するに
つれて意識や行動が変化し,自分の意思で生活時間に区切りをつけづらくなった可能性がある.そのため積極的な性格
の人も就寝時刻が遅くなったと考えられる.以上のことを総合すると,小学生では性格によって就寝時刻に差はあって
も,大学生では差がみられなかったと考えられる.
92
第 6 章 ストレスがデジャビュに与える影響
小関 智史
はじめに
初めて訪れた場所なのに,なぜか昔訪れたことがあるような感覚を持ったことはないだろうか.あるいは,初めて会
った人なのに以前会ったことがあるような感覚を持ったことはないだろうか.こうした現象をデジャビュ(Déjà vu)と呼
ぶ.筆者はこの現象を度々経験するが不思議に感じていた.そこで関心を抱き調査することにした.
デジャビュの定義として Neppe(1983)は「過去との関連がない出来事に遭遇したときに生じる,すべての主観的で不
適切な懐かしさの感情」と述べている.つまり,初めての経験や事象について以前経験したことのある事象のような印
象が起こる現象のことである.デジャビュは,一般によく知られている主観的体験であるが,体系的な研究は十分にな
されていない.それはデジャビュが非常に主観的なものであるがゆえに,客観的に接近することが困難であるからであ
る.
従来デジャビュは記憶異常現象として考えられてきたが,近年デジャビュを卖なる記憶異常現象としない考え方が現
れた(例えば,Sno,2000).デジャビュは古くから知られている心的現象であり,デジャビュを何らかの心理学的概念に
関連させようという動きは早くから存在した.デジャビュがどのように心理学的概念と結び付けられて考えられてきた
か,まず概念的歴史を振り返ってみる.
第 1 章 文献研究
第1節
研究の歴史
デジャビュを研究するアプローチ方法は,大きく分けて 5 種類あるとされている.
①精神科医による実証研究 ②脳神経学的研究 ③認知心理学的研究 ④精神分析学的研究 ⑤超心理学的研究,で
ある(川部,2001).
つまり,デジャビュ体験に対して,精神科医,脳神経学者,認知心理学者,精神分析家,超心理学者など,非常に多
くの領域の研究者が関わっているのがこの研究の歴史における大きな特徴である.専門領域それぞれの立場からデジャ
ビュ体験が説明されるため,デジャビュ体験についての理論は多種多様なものとなったのである.
デジャビュは,心理学的研究が行なわれる以前からよく知られている体験であったと考えられる.Freud(1914)によ
ると,紀元前 4 世紀の哲学者・数学者であるピタゴラスによってデジャビュは「その個人が前世に存在していた証拠を
意味するもの」として考えられていたという.つまり,デジャビュは古くは「前世の証拠」という超心理学的概念によ
って説明されていた.また,文学作品中にもデジャビュが印象的に記述されている(Sno,Linszen,&deJonghe,1992).
デジャビュは,以前に体験したことがあるという感覚が強いため,常識を超えた概念と関連付けられる傾向があった
ことが考えられる.このように,心理学的研究が行われる以前には,デジャビュは人間の力を超えた概念と結びつけて
考えられることが多かった.
第2節
心理学的研究の始まり
デジャビュに対する心理学的研究は 19 世紀に始まる.デジャビュが記憶の問題であると概念化されたのはこの時代
である(Berrios,1995).当時は「デジャビュ(Déjà vu)」という名称もなく,研究者によって「誤った記憶(Fausse
memoire)」
,
「誤った想起錯覚(Illusion de fausse reconnaissance)」などと呼ばれていた.デジャビュ(Déjà vu)という
名称を誰が最初に提唱したのかについては諸説あるが,Brown(2003)によると,Boirac(1876)が編集者に宛てた手紙に
おいて使用した(lasensation du déjà vu)のが最初である.そして,デジャビュを初めて学問的に位置づけたのは,ドイ
93
ツの精神科医 Kraepelin(1887)であった.そこでは,デジャビュは記憶の再生障害と想起内容の捏造を併せ持った記憶
障害であると分類された.デジャビュは記憶障害であるという指摘自体は,体験内容から考えて当然であるといえるが,
19 世紀以前には,デジャビュの特徴である「強い確信」や「一瞬のはかなさ」に影響されて,生まれ変わりやテレパ
シーなど,人間の力を超えた概念との結びつきが強かった.しかし,それらの魅惑的な特徴を二次的要因に過ぎないと
考え,記憶の問題として扱うことにしたのは 19 世紀の大きな特徴である.つまり,人間の力を超える超心理学的要因
を排除することによって,近代科学の思考法に馴染む形で研究が進められることになったといえる.
記憶からのデジャビュの説明理論は,いくつか存在する.例えば Sno&Linszen(1990)は,デジャビュの生じるメカ
ニズムとしてホログラムモデルという仮説を提唱した.このホログラムモデルによると,記憶された情報には鮮明な記
憶像から,より曖昧な記憶像に至るまでのいくつかの段階がある.現在の知覚における暖味な部分が,鮮明な記憶像と
は一致しないにもかかわらず,曖昧な記憶像と一致した時にデジャビュが起こる,という仮説である.人間の記憶シス
テムを重層的に捉えてデジャビュを説明した点が独創的である.
また,認知心理学の立場から楠見(1996)は調査研究を行った結果,場所に関するデジャビュが,並木道,古い町並み,
公園,庭園,校舎,寺社等において多いことを明らかにした.
「これらの光景は,しばしば目にし,しかもその光景は
相互に類似している.人はこれらの光景を繰り返し見ることによって,その光景は重なり合い,細部は失われた形での
典型的光景が記憶内に形成される.そして,新たに目にした光景が記憶内の典型的光景と類似していると,デジャビュ
が起こると考えられる」(楠見,2002)と論じている.さらに,体験時の知覚的手がかり,雰囲気,天気,気分などの全
体的な印象の類似性が,記憶検索手がかりとして非常に重要であることも指摘されている.このように,典型的光景と
いう観点から人間の記憶を考えることによって,デジャビュ体験についての合理的理論が成立する.
第3節
最近の研究の動向
デジャビュ体験を定量的に調査するために Sno ら(1994)は「デジャビュ体験評価尺度(Inventory for Déjà vu
Experiences Assessment;IDEA)」を開発した.この尺度はデジャビュ体験だけでなく,それと関連すると思われる精
神現象も尋ねるものである.それは非現実感,未視体験,予知夢,離人症体験,超常感(自分が透視能力などの超常的
な能力を持つ人間だと思っていること),夢の再認(自分の見た夢をはっきり思い出すこと),旅行経験(100 キロ以上離れ
た土地への旅行頻度),白昼夢の 8 つであった.この 8 つの中のいずれがデジャビュに近い概念なのであるかが,この
尺度によって検討可能となった.近年,その IDEA を活用した研究が各国で行われている.Sno ら(1994)は蘭語版と英
語版を作成したが,Wolfradt(2000)によって独語版が,足立ら(2001)によって日本語版が作成されており,上記の 8 つ
の概念との関連が統計的に検討されている.ドイツで行われた調査を因子分析した結果,デジャビュ経験は離人症体験,
非現実感,未視体験とは関連が見られず,白昼夢,超常感,予知夢とは関連が高かった(Wolfradt,2000).そして日本
で行われた調査データを因子分析した結果,デジャビュ経験は非現実感,未視体験,離人症体験,白昼夢とは別の因子
として抽出されたが,予知夢,夢の再認とは同じ因子となったため,関連が高いということがわかっている(Adachi ら,
2003).両者に共通していえることは,デジャビュ経験が離人症体験と関連が低いということである.
デジャビュに関しての研究はあまりなされていないが Brown(2003)によると,教育を受けた年数や経済的階級が高
い人はデジャビュを多く経験している.そして旅行を頻繁にする人はデジャビュ経験が多いことがわかっている.旅行
先で新しい環境に多く出会うことで,過去に見た光景と現在見ている光景が重なり,デジャビュを引き起こすことが考
えられる.さらに,ストレスを感じているとき,疲れているとき,不安を感じているときなどにデジャビュ経験が多い
ことがわかっている.経済的階級が高い人は頻繁に旅行に行くと考えられる点で,経済的階級と旅行,そして旅行で適
度にストレスや不安を感じていることがデジャビュに関係していると論じている.
94
第 2 章 調査研究
第1節
問題と目的
デジャビュはストレスを感じやすい人に起こりやすいと指摘されてきた(Brown 2003).そして,現代社会はストレ
ス社会といわれているように,私たちは気づかない間にストレスを感じている.ひと口にストレスといっても,物理的
なストレスなのか,あるいは急性的なストレスなのか,慢性的なストレスなのかなど,その内容,種類には様々なもの
がある.そこで,ストレッサーとなり得るであろう,日常的に遭遇する学生のライフイベントを取り上げ,そこで感じ
るストレスを「達成」
「対人」と分類し,それがデジャビュに与える影響を検証した.
また,先ほど述べたように,楠見(2002)では,過去の記憶が务化し,細部が失われた形で記憶されているときに,新
たに見た光景が過去に見た光景,記憶と重なり,それが原因でデジャビュが起こると考えることができる.さらに,中
山(2004)では,対人関係のストレスの影響で記憶能力が低下することがわかっている.このことから,
「①デジャビュ
経験者の方が非経験者よりストレスを強く感じやすい」
「②対人ストレスの方が達成ストレスよりデジャビュに影響を
与える」と 2 つの仮説を立てた.
第2節
方法
研究協力者:2008 年 11 月において 18 歳から 22 歳までの短大生・大学生 100 名に調査協力を依頼した.その 100 名
のうちデジャビュ経験者 50 名,非経験者 50 名とした.
調査内容:対人・達成領域別ライフイベント尺度(橋本,1997)を使用し,
「対人ストレス」
「達成ストレス」各 15 問,
全 30 問をそれぞれに対して「1.全くストレスを感じない」
「2.尐しストレスを感じる」
「3.ストレスを感じる」
「4.かなりストレスを感じる」
「5.非常にストレスを感じる」までの 5 件法で尋ね分析した.主な質問内容は以
下の通りである.
対人ストレス…人から無視された,恋人や友達との仲が悪くなった,など.
達成ストレス…試験の成績が悪かった,望んでいた仕事やアルバイトに就けなかった,など.
分析方法:統計ソフト SPSS を使用し,以下のように仮説を分析した.
① デジャビュ経験を独立変数とし,対人・達成ストレスを合成したストレス得点を従属変数とした t 検定を行っ
た.
② デジャビュ経験を独立変数とし,対人ストレス,達成ストレスそれぞれを従属変数とした t 検定を行った.
第3節
結果
仮説①の「デジャビュ経験者の方が非経験者に比べストレスを強く感じやすい」に対して,対人ストレス・達成スト
レスを合計した平均得点の間には,デジャビュ経験者の方が非経験者に比べて有意にストレスを強く感じる,という結
果が出た(t(98)=2.34, p<.05).よって,デジャビュ経験者は非経験者に比べストレスを強く感じることが実証された.
95
5
4
3.43
3.01
3
2
1
経験者
非経験者
図 1.対人ストレスと達成ストレスを合計した平均値
次に仮説②の「対人ストレスの方が達成ストレスに比べデジャビュに影響を与える」に対しては,対人ストレスの平
均得点の間には,デジャビュ経験者は非経験者に比べ有意に対人ストレスを強く感じる,という結果が出た(t(98)=3.26,
p<.05).一方,達成ストレスについてはデジャビュ経験者と非経験者の間にはストレスを強く感じる,という有意な差
は見られなかった(t(98)=0.71, p<.n.s.).よって,対人ストレスの方が達成ストレスに比べデジャビュに影響を与えるこ
とが実証された.
5
4
3.43
3
3.01
2.9
2.82
対人
達成
2
1
経験者
非経験者
図 2.対人ストレス・達成ストレスの各平均得点
第4節
考察
本研究では学生の日常的に遭遇するライフイベントを取り上げ,そこで感じるストレスを「対人ストレス」
「達成ス
トレス」と分類し,そのストレスがデジャビュに与える影響を検証した.
図 1 からもわかるように,仮説①を立てた通りにデジャビュ経験者は非経験者に比べて強くストレスを感じている結
96
果になった.過去の研究からもデジャビュはストレスなどの心的要因に関係があると指摘されてきたので本研究からも
同様の結果が見られることができた.さらに,図 2 を見るとわかるが,仮説②を立てた通りにデジャビュ経験者は非経
験者より対人関係のストレスを強く感じている結果になった.一方,達成ストレスにおいては経験者と非経験者の間に
は有意な差は見られなかった.ここでは仮説②の結果の考察をする.
近年,若者の対人関係の変貌を指摘する声が尐なくない.朝日新聞(1996)に連載された特集記事「傷つくのがこわい
―『やさしさ』世代の若者たち―」で,傷つくのを恐れているが故に人間関係に深く関与できない現代青年像が描かれ
ている.また,藤竹(1994)や千石(1991,1994)は自分らしさの追及の結果,他者との不必要な摩擦を避け,現代青年の
人間関係の希薄化が生じたことを指摘している.さらに,心理学においても,同様の傾向が「ふれあい恐怖的心性」(岡
田,
1993 など)という術語で指摘されている.
これらの指摘がどの程度現状と一致しているのかという議論もあろうが,
このような指摘が増えているのは紛れもない事実である.このことから,現代の若者にとって対人関係がインパクトの
強いストレッサーとなり,対人ストレスを強く感じるという結果が出たと考えられる.次に達成ストレスの平均値がデ
ジャビュ経験者と非経験者の間で共に低い点については,達成ストレスについての研究は全くといっていいほどなされ
ていないが,筆者の考えでは現代の若者は高校卒業時になんとなく,とりあえず進学する若者が多いと思う.そう考え
ると本研究で調査した質問項目にストレスを感じないのも頷ける.なんとなく,とりあえず進学した若者は学業や試験
の成績に執着しないことから達成ストレスを強く感じないことが考えられる.
おわりに
本研究では,日常的に遭遇する学生のライフイベントで感じるストレスがデジャビュに影響を与えることが明らかに
された.
今後,この研究を発展させる課題として,まず本研究では触れなかったデジャビュ経験において男女間に差があるの
かを調査する必要がある.男性の方が女性よりストレスを強く感じる(京都女子大学現代社会学部公開講座,2001)とい
う指摘があるので,本研究の結果から考えると,男性の方が女性に比べデジャビュを経験しやすい,と仮説を立てられ
る.次に,橋本(1997)で対人ストレスの種類は対人葛藤(社会の規範から逸脱した顕在的な対人葛藤),対人务等(ソーシ
ャルスキルの欠如などにより务等感を即発する),対人摩耗(対人関係を円滑に進めようとすることにより気疲れを引き
起こす)の 3 種類があると述べている.この 3 種類の対人ストレスがどのようにデジャビュに影響を与えるのかを調査
する必要があるのではと考えた.
謝辞
この卒業研究を完遂するにあたり,最後まで熱心なご指導を頂いた奥田雄一郎先生感謝しています.奥田先生には 3
年生からご指導して頂けましたが,出来の悪い私を最後まで見放さず調査の方法や分析の方法などを丁寧に教えていた
だき本当に感謝しています.また,ゼミの仲間たちの協力がなかったら卒論を終えることができなかったと思います.
本当に奥田先生やゼミの仲間たちには心より感謝いたします.ありがとうございました.
最後になりましたが,調査に協力してくださった学生の皆様,女の子ばっかりの短大に行って一緒に調査してくれた
フリーターの友人に感謝の意を表します.
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Klinische Psychologie, Psychiatrie, und Psychotherapie. 48, 359-376.
98
第 7 章 Big Five による大学生の性格分類と色の好みとの関連
― 色の好悪と所持志向・外向性,不安定性,調和性との関連に着目して ―
菊池 優
<問題と目的>
色は,我々の身近に存在し,様々な影響を与えているといわれている.色についての研究の一つとして,色の好みと
性格の関連についての研究がある.これは,色の好みと性格がどのような関係にあるのかをあきらにしようとするもの
で,これまでにも多くの研究が行われている.筆者はこの研究に興味を持ち,大学生の色の好みと性格の関連について
調査することにした.
色の好みから性格がわかる,嗜好色の個人差にはパーソナリティの差が反映しているという推測はしばしば語られてい
る(近江,1986).野村(1994)によると,特定の色の好みからその人の人格の推測がほぼ可能であり,外向的な人は暖色系
を好み,内向的な人は寒色を好むというはっきりとした区分があるとされている.なぜ色の好みと性格に関係があるか
はわかってはいないが,何らかの関係があることは明らかであり,理由があるはずだと考えられる.
性格を分類する方法としては,
「YG 性格検査」と「BigFive」が広く用いられている.YG 性格検査とは 120 問から
なる 12 因子の質問紙による性格検査方法である.YG 検査は,性格を 12 因子に分類して測定し,性格構造が一目で分
かるようになっており,因子は,A 型(平凡型),B 型(不安定不適忚積極型),C 型(安定適忚消極型),D 型(安定適忚積
極型),E 型(不安定不適忚消極型)の 5 種類に分類することができる.Big Five とはパーソナリティの特性論を元にした
性格検査の一つで,主要な 5 つの特性次元でパーソナリティを包括的に説明することができるとする考え方である.5
つの因子に忚じた項目から,外向性,協調性,良識性,情緒安定性,知的好奇心性の 5 因子を測定するものである(村
上ら,2001).
先行研究の調査では YG 性格検査が用いられていたが,現在のパーソナリティ研究では,個人のパーソナリティ特性
は 5 つの因子によって表現されるという考え方が一般的になりつつある (斎藤ら,2001)とされており,ビックファイブ
尺度は非常に有効な尺度である (山本ら,2001)ことから,本研究の調査では BigFive を忚用した和田(1996)のビックフ
ァイブ尺度を用いることにした.
以上のことから本研究では,大学生の色の好みとビックファイブ尺度の性格分類はどのような関連があるか調査する
ことを目的とした.
<仮説>
本研究の仮説として,先行研究の結果をもとに以下の 4 つを立てた.
仮説 1「暖色を好む大学生には①外向性が高い②不安定性が低い③調和性が高い,という傾向がある.
」①は外向的
な人は暖色を好むとされる(野村 1994)ことから,②と③は C 型(安定適忚消極型)と D 型(安定適忚積極型)は,
暖色を好むとされる(松田ら,1996)ことから仮説を立てた.
仮説 2「寒色を好む大学生には①外向性が低い②不安定性が高い③調和性が低い,という傾向がある.
」①は内向的
な人は寒色を好むとされる(野村,1994)ことや非活動的な者は Blue を好みやすいという傾向(近江,2003)があ
ることから,②と③は B 型(不安定不適忚積極型)と E 型(不安定不適忚消極型)は寒色を好むとされる(松田
ら,1996)ことから,仮説を立てた.
仮説 3「無彩色を好む大学生には①外向性が高い②不安定性が低い③調和性が高い,という傾向がある.
」C 型(安定
適忚消極型)と D 型(安定適忚積極型)は,黒を好む傾向があり,D 型(安定適忚消極型)が最も黒を好む傾向があ
った(松田ら 2001)ことから.しかし,女子大生は D 型(安定適忚積極型)は無彩色をあまり好まない傾向がある
(松田ら,2004)ことから,無彩色を黒・灰色・白の 3 色に分け,調査を行った.
99
仮説 4「紫系の色を好む大学生には①外向性が低い②不安定性が高い③調和性が低い,という傾向がある.
」B 型(不安
定不適忚積極型)と E 型(不安定不適忚消極型)がペールパープルや紫を好むこと(松田ら,2001)や,情緒不安定
及び内省的な者は purple を好みやすいこと(近江ら,2003)ことからこの仮説を立てた.また,紫系の色にも差
異があることから,薄紫色(ペールパープル)・濃紫色(やや濃い目の紫色)・赤紫色(ビビットパープル)の 3 色に
分け調査を行った.
<方法>
本研究では,質問紙による調査を以下の通りに実施した.
【調査協力者】大学生 185 名(男性 69 名,女性 116 名)(平均年齢 19.5 歳)(1 年 124 名,2 年 13 名,3 年 17 名,4 年 26
名,不明 3 名)
【調査期間】平成 20 年 10 月上旪から~下旪
【調査内容】調査内容は以下の通りである.
1.フェイスシート:性別・学年・年齢の記入を求めた.
2.性格についての質問項目
和田(1996)の Big Five 尺度を元に,質問者が回答しやすいように変更した質問項目である.外向
性に関する質問が 12 項目,不安定性に関する質問が 12 項目,調和性に関するが 12 項目,計 36 項
目からなる.これら 36 項目の質問項目を 7 件法(1:まったくあてはまらない,2:ほとんどあては
まらない,3:あまりあてはまらない,4:どちらともいえない,5:ややあてはまる,6:かなりあ
てはまる,7:非常にあてはまる)で回答してもらった.
3.色の好みと持ち物についての質問項目
独自に制作したカラーチャートを別紙に用意した.色は,①暖色系 6 色,②寒色 6 色,③白,④
灰色,⑤黒,⑥薄紫色,⑦濃紫色,⑧赤紫色である.それぞれの色について「この色が好き」
「この
色の物を身につけたい」
「この色の物を持ちたい」
「この色の物を持っている」の 4 項目を 4 件法(1:
あてはまらない,2:ややあてはまらない,3:ややあてはまる,4:あてはまる)で回答してもらっ
た.
【手続き】本学の講義の時間に質問紙を配布し,回収した.回答時間は,5~10 分であった.
【分析方法】SPSS を使用し,外向性・不安定性・調和性をそれぞれ低群
(1~4)と高群(4.01~7)に分け,色の好みと持ち物についての質問項目と t 検定を行った.
<結果>
・仮説 3 の黒の好みについて,黒い持ち物について,白い持ち物について,有意な差が見られた.
・仮説 1 と仮説 3 は,仮説と同じ傾向が見られたが,有意な差は見られなかった.
・仮説 2 と仮説 4 は,仮説とは異なる結果となり,有意な差は見られなかった.
・色の好みに有意な性差が見られた.
以下では,有意な差が見られたものについて説明する.
黒の好みと外向性について
外向性を独立変数に,
「黒が好き」の回答結果を従属変数とした t 検定を行った結果,両群の間に有意な差が見られ
た(t(174)=2.76,p>.05) (図 1).このことから,外向性の高い人は低い人よりも黒い色を好むことがわかった(図 1).
100
黒い持ち物と外向性について
外向性を独立変数に,
「黒い持ち物を身につけたい」
・
「黒い物を持ちたい」の回答結果を従属変数とした t 検定を行
った結果,両群の間に有意な差が見られた.外向性低群よりも高群が,黒い持ち物を身につけたい(t(173)=2.78,p<.05),
黒い物を持ちたい (t(173)=1.99,p<.05)という結果になった.
この事から,外向性が高い人は低い人と比べ,黒い物を身に付けたい・持ちたいという傾向がある事がわかった(図 1).
白い持ち物と調和性について
調和性を独立変数に,
「白い持ち物を身につけたい」
「白い持ち物を持ちたい」の回答結果を従属変数とし,それぞれ
t 検定を行った結果,両群の間に有意な差が見られた.調和性低群よりも高群が白の物を身につけたい
(t(148)=3.24,p<.05),調和性低群よりも高群が白の物を持ちたい(t(170)=1.42,p<.05)という傾向が見られた.この事か
ら調和性が高い人は低い人と比べ,白い物を身に付けたい・持ちたい,という傾向がある事がわかった(図 2).
外向性低群
外向性高群
調和性低群
調和性高群
4
4
3.49
3.48
3.13
3.12
3.04
3.36
3.32
3
3
2.91
3.19
2.84
2
2
1
1
黒の好み
黒 身に付けたい
白 身に付けたい
黒 持ちたい
図 1 黒と外向性について
白 持ちたい
図 2 調和性について
色の好みと性差について
性別を独立変数に,
「色の好み」の回答結果を従属変数として t 検定した結果,暖色・薄紫色・赤紫色の好みについ
て,両群との間で有意な差が見られた.男性よりも女性が,暖色を好む(t(184)=4.75,p<.05),薄紫色を好む
(t(177)=2.66,p<.05),赤紫色を好む(t(177)=2.32,p<.05),という傾向が見られた.このことから女性は男性に比べ,暖
色・薄紫色・赤紫色を好むことがわかった(図 3).
また,性別を独立変数に,
「持ち物について」の回答結果を従属変数として t 検定した結果,暖色の物を身につけた
い・暖色の物を持ちたい・暖色の物を持っている,との間で有意な差が見られた.男性より女性は,暖色の色の物を身
につけたい(t(180)=6.77,p<.05) ,暖色の色の物を持ちたい(t(183)=5.63,p<.05) ,暖色を色の物を持っている
(t(182)=4.74,p<.05),という傾向が見られた.このことから,女性は男性に比べ,暖色の持ち物について有意に持ちた
いということがわかった(図 4).
101
男
女
男
3.4
3
女
4
4
3.29
3.13
2.76
2.75
2.34
3
2.47
2.17
2.1
2
2
1
1
暖色
薄紫色
2.84
暖 身につけたい
赤紫色
図 3 色の好みと性差
2.53
2.04
暖 持ちたい
暖 持っている
図 4 暖色の持ち物と性差
<考察>
まず,有意な差が見られたものについて考察する.
黒の好みと外向性の関連について
外向性の高い人は低い人と比べて,黒を好み,黒い持ち物を身に付けたい,黒い物を持ちたい事が分かった.これら
の事から,黒の好みと外向性には関連があるとい考えられる.外向性の高い人が黒を好む理由としては以下の事が考え
られる.
① 外向性の高い人は,活動的・積極的な性格であるとされる,外の事に興味があるため,オシャレやファッションに
敏感なのではなないだろうか.
② 黒は,高級ブランドのイメージカラーとして使用されており,スタイリッシュでオシャレな印象がある.
以上のことから,黒には外交的で,オシャレなイメージがあるといえる.そのため,外向性の高い人は黒を好むので
はないかと考えられる.
白の好みと調和性の関連について
調和性の高い人は低い人と比べて,白い持ち物を身に付けたい,白い物を持ちたい事が分かった.また,有意な差は
見られなかったが,白の好みも仮説と同じ傾向が見られた.これらの事から,白と調和性には関連性があるといえる.
調和性の高い人が白を好む理由としては以下の事が考えられる.
① 調和性の高い人は,協調性が高く周りと同調しようとする傾向があるため,目立つ事よりも無難な選択をするので
はないだろうか.
② 白は,流行りすたりや飽きがなく,周囲と溶け込みやすい無難な印象がある色である.
以上のことから,白には同調しやすい無難なイメージがあるといえる.そのため,調和性の高い人は白を好むのだと
考えられる.
色の好みと性差について
女性は男性よりも暖色や紫色を好み,暖色の物を身に付けたい・持ちたい・持っている,という事が分かった.女性
が男性よりもこれらの色を好み,暖色の持ち物について志向したことについては以下の事が考えられる.
①
女性は,男性よりも流行やおしゃれに敏感であり,カラフルな朋装に対しての興味が高いとされる.
②
暖色や紫色は,暖かみのある色であり,一般的には女性的な色であるとされている.
以上のことから,女性は男性に比べ色に対して関心があり,暖かみのある色を好むからだと考えられる.
有意な差が出なかったものについて
仮説 1 暖色について,仮説 3 無彩色(白)については,仮説と同じ傾向が見られたが有意な差は見られなかった.これ
は,先行研究に比べて調査人数が尐なかったこと,色の好みには性差が見られたことが考えられる.
102
仮説 2 寒色についてでは,外向性の高い人よりも低い人のほうが寒色を好む傾向がるとしたが,結果は外向性低群よ
りも高群が寒色を好むという結果になり,仮設とは異なった.なぜ,結果とは異なったのか.先行研究では不安定傾向
の人は寒色系を好む傾向がある(野村,1994,松田ら,1996)とされていたが,結果では不安定性の低い人のほうが寒色を
好み,仮説は立証されなかった.先行研究の松田ら(1996)の研究では調査対象が専門学生であったが,本研究では調査
対象が大学生であった.先行研究の松田ら(2004)の研究によると調査対象は大学生で,消極・安定・調和の C 類が青
系を好むとした.このことから仮説の不安定性傾向の人は寒色系を好む傾向がある(松田ら,1996)は,専門学生について
であり,大学生についてでは不安定性が低い人の方が寒色好むため,仮説とは異なったといえる.専門学生が大学生よ
りも不安定性が高い理由は,専門学生は大学生に比べて職業選択など社会的制約があり将来に不安を持ちやすいため,
不安定性が高く,そのため仮説とは異なったのだと考えられる.
仮説 4 紫系の色については,紫系の 3 色に分け分析したが,結果がそれぞれ異なり,どの色についても仮説にはあて
はまらなかった.そのため,なぜ紫系の 3 色で仮説と異なった結果が出たかを考察する.
薄紫色は外向性・不安定性・調和性の高群より低群が好んだ.薄紫色は紫系の色の中では彩度の薄い,ペールトーン
(淡い)系の色である.こういったペールトーン系の色は,落ち着いた印象があるため,落ち着いた性格の人が好むと推
測される.そのため,外向性が低い・不安定性が低い傾向の人に好まれたのだと考えられる.調和性の低い人がペール
トーン系の色を好む理由としては,以下の理由が考えられる.小学生を対象とした松田ら(2001,2002)の調査と,大学
生を対象とした松田ら(2003,2004)を比較すると,小学生はペールトーン系の色を好んだが,大学生はビビットトーン
などの鮮やかな色を好んだ.大学生に比べて小学生は調和性が低いと推測されることから,調和性が低い人はペールト
ーン系の色を好み,薄紫色を好むのだと考えられる.子どものような人が薄紫色を好むのではないか.
濃紫色は外向性・不安定性・調和性の低群より高群が好んだ.外向性・調和性については仮説とは異なった.鮮やか
な色を好む人は外向性や調和性が高いとされる(野村,1994)という先行研究のことから,鮮やかな色である濃紫色を好む
人は外向性が高い・調和性が高い傾向が見られたのだと考えられる.また,不安定性の高い傾向であると紫系の色を好
むとされる(近江ら,2003)が,同じ傾向が見られたのは紫系の 3 色の中で濃紫色だけであった.このことから,紫系の色
と不安定性の関連は,濃紫色についていえると推測され,不安定性が高い人のほうが,濃紫色を好むのだと考えられる.
次に赤紫色は,図 4-3-1 を見て分かるように,赤紫色の好みと外向性・不安定性・調和性のそれぞれ高低群との間に
はあまり差が見られなかった.また赤紫色はあまり好まれず,ぞれぞれの高低群の間で差が見られなかったことから,
赤紫色は性差に関係なく好まれない(松田ら,2003)だけでなく,赤紫色は性格に関係なく好まれない色だということが考
えられる.なぜ,赤紫色はあまり好まれないのか.好まれない理由としては,赤紫色が大学生にはあまり馴染みなく,
持ち物の色としても人気が無いことが推測される.
以上が紫系の色についてである.これらのことから同じ紫系の色でも明度や彩度によって性格による好みは異なるこ
とが考えられる.
<総合考察>
仮説 3 の黒の好みと外向性の高低群との間には有意な差が見られ,部分的には色の好みと性格には関連があると考え
られる.
色の好みには性差が見られ,色の好みは性差によって異なる(松田ら,2003)という先行研究の結果と一致した.暖色・
薄紫色・赤紫色については男性に比べ女性の方が有意に好み,暖色の持ち物に対しても男性に比べ女性の方が有意に志
向していた.これらのことから男性よりも女性の方が色に対して興味を持っていることが考えられる.
持ち物についての色の好みは,その色についての好みと同じ傾向が見られ,色の好みが持ちたい物の色に反映されや
すい(松田ら,2001,2002,2004)という先行研究と一致した.灰色や紫系の色などあまり好まれない色は持ち物の色として
103
もあまり好まれない傾向が見られたことから,色の好みと持ちたい持ち物の色の好みは比例すると考えられる.また,
白と黒は色の好みと各群には有意な差が見られなかった(黒と外向性には見られた)が,持ち物についての質問項目(身に
つけたい・持ちたい)と調和性や外向性との間で有意な差が見られた.このことから,好きな色よりも持ちたい持ち物
の色に性格が反映されることが考えられる.
<引用文献>
近江源太郎 1986 色彩好悪と性格の関係についての予備討論,日本色彩学会誌 ,72-73.
近江源太郎 名取和幸 北嶋秀子 2003 色彩の好悪選択と YG 性格特徴 日本色彩学会誌,96-97.
斉藤崇子 中村知靖 横山まどか 2001 性格特性用語を用いた BigFive 尺度の標準化 九州大学心理学研
究,2,135-136
松田博子 仲分洋平 1996 色の好みとパーソナリティについての研究 その 2,日本色彩学会誌,20,62-63.
中西千佳子 大久保正義 1984 幼児の色彩選択と性格特性との関連について, , 37, 400-401.
野村順一 1994 増補 色の秘密 最新色彩学入門,文芸春秋.
松田博子 仲谷洋平 1996 色の好みとパーソナリティとの関係についての研究 その 2,日本色彩学会誌,20,62-63
松田博子 名取和幸 仲谷洋平 2001 色の好みとパーソナリティについての研究 その 3 小学生の場合,日本色彩
学会誌,25, 30-31.
松田博子 名取和幸 仲谷洋平 2002 色の好みとパーソナリティについての研究 その 4 小学生の場合,日本色彩
学会誌,26, 88-89.
松田博子 名取和幸 仲谷洋平 2003 大学生の色彩嗜好,日本色彩学会誌,27, 100-101.
松田博子 名取和幸 仲谷洋平 2004 色の好みとパーソナリティについての研究 その 5 大学生の場合,日本色彩
学会誌,28, 10-11.
村上宣寛 村上千恵子 2008 主要 5 因子性格検査ハンドブック 改訂版 性格測定の基礎から主要 5 因子の世界へ
学芸図書株式会社
山本真理子 堀洋道 2001 心理測定尺度集〈1〉―人間の内面を探る“自己・個人内過程”,サイエンス社
和田さゆり 1996 性格特性用語を用いた Big Five 尺度の作成 心理学研究,67,61-67
104
第 8 章 みんなひとりでいきてない ~「わたし」のつくられかた~
中島 沙也
他者が自己の認識に影響を及ぼすことに関する先行研究
他者の視線によって自己を認識すると考える研究として,Cooley(1902)の鏡映自己(looking glass self)がある.私た
ちは他者の目に映る自分の姿や性格を想像することによって,私たちは自分自身の姿を知る.つまり,他者が私たちの
姿を映し出す鏡になっているのであり,そのようにして認識された自分の姿を鏡映自己という.また,Mead(1934)は,
他者が自分に対して示す態度や行動を手がかりに,他者の目から見た自分の姿を対象としてみることによって,自己認
識が成立すると考えた.周囲の他者とやりとりするときはいつでも,互いに相手の行動や反忚の意味を理解し,相手の
期待する役割を自らのうちに取り込んでいる.これを象徴的相互作用(symbolic interaction)という.そのような経験を
積み重ねていくうちに,自分が相互作用を行う他者全体,すなわち,一般化された他者(generalized other)の立場から
みた自分自身の姿を想像し,それを取り入れることによって,自己認識がつくりだされると Mead(1934)はいう.
Cooley(1902)や Mead(1934)は,他者からもたらされるさまざまなフィードバックを利用し,他者の視点を取り入れる
ことによって自分自身の姿が明らかになる過程を示している.
また,高田(1992)によると,他者,とりわけ自分にとって重要な他者の思考,感情,行動様式などを自分のうちに取
り入れる同一視は,私たちが自分自身を認識する際に影響を及ぼしているとされている.特に,子どもが両親の役割や
価値観を内面化し,自分のものとして認識するようになる過程で同一視が作用していることは従来からよく指摘されて
いる.
目的
したがって,本研究では,家族の成員が他の成員に対してどのように役割期待をしているのか,またその役割期待が
どのように家族の成員の自己形成に影響を与えているのかを調べることを目的とする.特に,従来の研究においては家
族の成員本人が認知する本人の性役割や,認知された他の成員への性役割期待を扱うものが多いが,本研究においては
無自覚に家族の成員間で役割期待と役割遂行が行われるのではないかという視点から調査する.以上のことから本研究
の目的は,①家族という集団の中で,他の成員に対して無自覚に役割期待をしていること,②他の成員からの役割期待
に対して役割遂行をしていること,③家族という集団の中で,他の成員からの無自覚な役割期待に対する成員本人の役
割遂行が,成員本人の自己の形成に影響していること,以上の三点を明らかにすることである.
方法
予備的インタビューの基づき作成したインタビュースケジュールを用い,半構造化インタビューを行った.対象は一
組の家族{父親:年齢/50 代 職業/公務員 母親:年齢/40 代 職業/塾経営,長女:年齢/10 代 職業/大学生(長
男:年齢/20 代 職業/美容師)}である.この家族を選んだ理由は父親が公務員であるため,インタビューのスケジュ
ールが組みやすく,子どもが大学生であることで,将来の理想自己(Rogers,1959)などをある程度意識する時期である
ことからこの家族を選んだ.
データの分析は,父親,母親,長女の語りを個別に分析し,役割期待や役割遂行がどのようにされているかを分析し
た後に,母親の役割期待と長女の役割遂行に視点をあて,長女の自己形成への影響をみる.
105
結果と考察
結果 1 父親の語りの分析
事例 1〈父親の語り―他の父親との違い〉
筆者「他の(職場の)お父さんとご自分で違うところってありますか?」
父親「まあ,のびのび,のびのびっていう言い方は…違いますけど,子どもの選んだ道,あんまりね,そのことに対して…
あんまり言うのもどうかと…」
父親は「のびのびと」という教育方針から,事例 1 では「あんまり言うのもどうかと」と,子どもに対してあまり否
定したり意見を言ったりはしない.さらに,母親が子どもに対して意見を言ったりする状況があることによって,自分
は言わないという役割を選択している.また,事例 2 で語られているように,父親は「二人で怒ってちゃあだめ」とい
う教育における持論があることがわかる.両親が二人して怒ってしまうと,子どもが小さい人間になってしまうから,
自分は意見を言わないとし語っている.このことから,家族の中で実際にある状況と,自分の考えが影響して自分の役
割を選んでいるといえる.
事例 2〈父親の語り―教育について〉
筆者「じゃあお父さんは自分の姿を見せて?」
父親「やあ,そおゆうわけじゃないんだけどー…あのー…やっぱり妻がいろいろ言って,私もあれなんだけど,親が二人
で怒ってちゃあだめなんですよね.」
筆者「やっぱり逃げ道っていうか,気が抜けるところ?」
父親「子どもってゆうと,そうするとうんとちっちゃな人間になっちゃうんですよね.」
事例 3 では,家族の成員の父親に対する態度に対しては,のように母親も子どもも自分のことを父親と見ていないと
感じている語りがみられる.
「父親だと思われていない」理由には,父親が選んだ役割(自分は言わない,怒らない)が影
響して,伝統的な威厳のある父親とはみられていないということであると考えられる.
事例 3〈父親の語り―父親の役割〉
筆者「わかりにくいかもしれないんですけど,家族の中で,お父さんの役割ってのはどんな感じですか?」
父親「役割ってのはどんな面ですか?」
筆者「家事とかでもいいんですけど,もっと精神面でもいいんですけど….」
父親「うーん,役割…私も土日なんかは家事やったりしますよ.(笑)家事っていうか,洗濯したりも普段はしないですけど.
掃除したりなんかも,休みの日とかは.」
筆者「じゃあ,父親はこうしなきゃいけないとかは,考えてないですか?」
父親「うーん,結局家族…女房も子どもも,みんなして,あの,ねー,父親だからって私のことを思
ってないんじゃないですか….」
筆者「(笑)そうなんですか.」
そうして,自分の教育方針や考え方と家族の状況によって選んだ役割を遂行することによって,威厳のある父親
らしくするというよりは,
「自分のことをつくって話したりする」こともなく,
「自然」でいることが役割期待に対
する役割遂行であると考えられる.
結果 2 母親の語りの分析
事例 4 で語られているように母親には,仕事をもっている(経営者である)という状況がある.その状況によって生じ
る,自分は「普通のパートさん」
「普通の雇われの身」
「普通の専業主婦」
「普通のおうち」とは違うという,信念と,
実際の仕事に伴う,時間の制約や仕事の責任がある.そして,その信念と状況によって,普通とは違うのだからやらな
くてもいいということと,実際にできないのだからやらなくてもいいという二つの家事に対する自分への猶予が起きる
と考えられる.その猶予から家族の成員への協力の役割期待が行われると思われる.
106
事例 4〈母親の語り―家事と仕事〉
母親「…だから家にいても、家事をしなくちゃ、家事とお仕事をしなくちゃっていったら仕事をしなくちゃ、そうしないと間に
合わないので、そうすると、私が 2 階にこもってれば誰も呼びに来ないし、それが当たり前の生活だからね。ごはん
が何もなければ、ごはん作っておうちきれいにして、普通のパートさんだったら 5 時に終わってそれで仕事終わりじ
ゃないですか、私の場合はその拘束時間のほかにしなきゃいけないことが山ほどあるから、やっぱりちょっと違うと
思うんですよね。普通のお仕事の人だったら、夕方帰ってくればごはん作ればもう何にもすることなくて、次の日お
仕事、雇われてる身なら、そうじゃないんで、やはりその間にいろいろしなくちゃなんない訳だから、他に経営のこと
も考えなきゃいけない訳だし、雇ってる人が辞めたりとかいえばすぐかんがえなくちゃいけない訳だから、いろいろ
な事考えなきゃいけない訳だから、だから子どもたちは自分の自己責任でやってもらわないと、そこまでまわらない
んですよね。」
それまで,
「普通とは違う」ということが強く語られていた.しかし,事例 5 の語りでは,筆者が自分の母も同じ経
営者であることを告げると,尐し態度が変わり,
「家族の協力の下でするしかない」という本音が語られていると思わ
れる.
事例 5〈母親の語り―筆者の母親に対して〉
筆者「うちの母もそうなんです.お店やってるんで.」
母親「やっぱりそうでしょ.そうするとやはり,気持ちの中でお母さんは,家族とお店っていったら,五分五分かもっとお仕
事のほうがいってると思うんだよね.そうするとやはり,家族が手伝ってくれないとできないから,家族の協力の下で
するしかないから,そうすればあんまり強制もしたくないし,自分で責任持てるならやればいいんじゃないと感じれば
報告は受けるけど.これをしなさいとかは言わないですね.こっちもそんなにしてやれないからね.」
事例 6 で語られている,
「子どもももうちっちゃくない」という言葉のように,子どもが大学生(長男は結婚)であるこ
とから,子どもも「自己責任」で物事を考え,行動してほしいという気持ちがあることがわかる.それによって,でき
ることをするのは当たり前のこととして,家族の成員への協力の役割期待が行われる.
事例 6〈母の語り―母親の役割〉
筆者「お母さんは,役割っていうのは?」
母親「(顔をしかめ)…ううん…(少し声を大きく)うちはだから,お互いできることをして暮らしてるわけだから,誰が誰のゆう
ことを聞きなさいってこともないし,本人ができることをみんなしてるわけだから,ちっちゃい子じゃないんだから.ちっ
ちゃい子じゃないんだからね,今日なんかもあの子がごはん作ってるじゃないですか,私も仕事してるんで主人も週
に二回は作ってくれるし,だからだれがするって…あんまりはきりしてないですね.」
以上の結果から,母親はインタビューの最初の段階では,家族の成員に対して役割期待を行っていないようだが,本
音では「家族の協力なしにはやっていけない」と語り,実際には強く役割期待を行っていることがわかった.
結果 3 長女の語りの分析
事例 7 では,長女にとって母親が塾の経営者で,バリバリ働く女性であることや,好きなことをしている自分の母親
に対して,母親として,あるいは女性としての価値を置いていることがわかる.それに反する専業主婦に対してはあま
り良いイメージがない.だから自分は「家にばっかりいないで」
「好きなことをしている」母親を将来の理想自己とし
ていると考えられる.
事例 7〈長女の語り―理想自己の母親像〉
筆者「じゃあ自分が家族を持ったとして,どんなお母さんになりたいとかある?」
長女「えー,なんだーうーん,まあ,お母さんになっても自分の好きなことはしたいかな.」
筆者「好きなことって旅行とか?」
長女「旅行とか,なんだろ,そんな家にばっかいないで.」
筆者「じゃあ,働き続けたかったりとか,友達とお食事に行きたいとか?」
長女「うんそう」
筆者「じゃあ,周りの友達とかにいるかもしれないけど,最近少ないけど,専業主婦で,朝は誰よりも早く起きて…省略…
そうゆうのはどう思う?」
107
長女「やだ」
筆者「あんまりいないけど,たまに…」
長女「たまにいる.」
筆者「いるよね.エー?みたいな人いるよね.」
長女「友達も昼ドラ見てるとか言って.」
筆者「そういう人ってなんでそうしてると思う?…わかんないと思うけど…なんだろ,私は家族が大事でやってるんだろう
けど家事とかもやりがいとか思ったり…省略…でもずっと家にいてつま
んなくないのかなって思うよね.」
長女「ねー,暇じゃないのかな.」
以上の結果から,長女は母親の価値観を共有していて,働き,好きなことをしている女性に対して価値を置いている
と考えられる.また,留学の経験から自分が自立したことと,留学中に母親が「すげー」ことを感じた経験があった.
それらによって自らの将来の理想自己に対して「お母さんになっても自分の好きなことはしたいかな」という役割遂行
を行っている.
結果 4 自己成就的予言:母親から長女への役割期待と長女の役割期待の遂行
ここからは,結果と考察の中で母親の影響を強く受けて役割遂行を行っていることが明らかになった長女の役割期待
によって自己を形成していく過程に焦点をあてていく.
まず,長女に対する母親の役割期待をみる.事例 8 では,長女と自分の似ているところという問いに対して,
「くよ
くよしない」
「マイナス思考でもない」ということを挙げている.
事例 8〈母親の語り―長女が母親に似ているところ〉
筆者「A(長女の名前)ちゃんが,お母さんに似ているところとかありますか?」
母親「…私に似てるところですか?…(小声で)まああんまり…くよくよしないでしょうね…うん.そうには思いますね,見て
て.マイナス思考でもないし.」
筆者「悩んだりしないですか?」
母親「しないと思いますね.」
筆者「悩んでも人に言わない?」
母親「そう思いますね見てる感じが.」
筆者「思ったらすぐに行動するタイプなんですか?」
母親「…それは私よりひどいと…変な子だから…思ったら行動しちゃう子でしたね…考え無しのところありますね,見てる
とね.」
この長女の性格は母親が女性が仕事を続けていく上で一番重要なポイントとして事例 9 のように語られている.
事例 9〈母の語り―働く女の人について〉
筆者「そういうことに関して子どもに悪いと思ってしまう人もいると思うんですけど,そういうわけじゃなく,子どもも大人なん
だし?」
母親「それは年齢によるんじゃないの?子どもも小学生のうちは行ってあげなくちゃだし,いげなく(いけなく)なったのは中
学生からだったから,いがなくていいようなものまで普通小学校のうちはいぎますしね.PTAの集まりだって,いがな
くて(いけなくて)よければそれですんじゃうし,そ辺は臨機応変にできればいいと思いますしね.やっぱりこれからの
女の人は,子育て中だ仕事する人だって多いんじゃないかな.そういうのってどこまでがんばれるかっていうのじゃ
ないかな.」
筆者「体力面でも精神面でもつらいときってあると思いますけど,そういう面ではどうしてますか?」
母親「私は気分転換しちゃうから.いろんな他のことしちゃうから.そうするとうちのことはおろそかになるけどね.でもそこ
までしなくてもね,うちの中はそんなに汚れるわけじゃないから.私,悩んでだめなものはだめだから,それはそれ
で,すっぱりきりかえてかないと,やっぱり続かないんじゃないかな.女の人は特に,全部引きずってたらみんなに影
響出ちゃうでしょう.引きずってないのが一番だと思いますよ.」
長女の留学がきっかけで「私よりひどい」や「変な子」というような言葉を使っている.この言葉は,一見ネガティ
ブな発言にもとれるが,母親は自分に対しても,先に述べたように,
「普通とは違う」ということを信念のであるよう
108
に印象的に語っていたことから,
「私よりひどい」や「変な子」という言葉は,自分の娘である長女に対するある種の
誇りでもある.特に,
「私よりひどい」という言い方は,自分自身よりもその点では人と違い,ある意味では優れてい
るともとれる.また,事例 9 では母親自身は子育てがひと段落してから再び働きだしたが,これからの女の人は,子育
て中にも働くことができるという期待である.その期待は自分よりもある意味では優れた「これからの女の人」である
長女にも向けられている.このようにして,母親は長女に対して,新しい世代の女性として,また自分より更に進化し
た,分身のような存在として期待していることがいえる.
そして,先に結果と考察の結果 3 で示したように,長女は母親の価値観を共有していることがよくわかる.事例 10
では,長女が母親の価値観を無自覚に内面化し,自分のものとして認識している語りがみられる.
事例 10〈長女の語り―父親と母親の関係〉
筆者「なんかさ,違う感じがしない?」(父親と母親が)
長女「うん,よく怒られてる.」
筆者「お母さんに?お父さんが?」
長女「なんか要領が悪いから.」
筆者「ああねええ.」
長女「なんで右に曲がったの?みたいな.」
筆者「ああー!車の運転中に?そっちのほうが遠回りじゃんみたいな?」
長女「そうそうそう.」
筆者「お母さん確かに,そういう効率が悪いのとか嫌いそうだよね.」
長女「そう.」
筆者「そういうのを子どもとかにも言ってくる?」
長女「うーん別にそんなには.」
筆者「じゃあお父さんがよく言われてるん?」
長女「そう,効率悪いから.」
筆者「効率悪いんだ.お父さんはそういうの言われても,はーいみたいな?」
長女「そう.」
事例 10 では,父親と母親の関係についての長女の語りである.そのなかで,長女は父親が母親に「よく怒られてる」
と語り,その理由に,父親が「効率わるいから」と語っている.この長女の言葉は,母の考えでなく,自分からみた父
親に対して「効率わるいから」と判断しているように語られている.これは父親と母親のやり取りの中での母親の語り
に影響され,「効率悪い」という母の価値観を自分に内面化していると考えられる.
事例 11〈長女の語り―長女が母親に似ているところ〉
筆者「お母さんと自分の似てるところってあると思う?」
長女「うーん,なんだろう,うん,え,なんだろう.たまに性格も似てるかな?わかんない」
筆者「ほんとにー?例えばどんなところが似てると思う?」
長女「まあ.ええっ?なんか,なんでもうちょっと要領よくないのかな?って.」
筆者「ふうん.じゃあ,お父さんに対してそう思うってこと?」筆者「お母さんと自分の似てるところってあると思う?」
長女「うーん,なんだろう,うん,え,なんだろう.たまに性格も似てるかな?わかんない」
筆者「ほんとにー?例えばどんなところが似てると思う?」
長女「まあ.ええっ?なんか,なんでもうちょっと要領よくないのかな?って.」
筆者「ふうん.じゃあ,お父さんに対してそう思うってこと?」
長女「それも…でもそんなには思わないけど.」
筆者「ああね,じゃあちょっとだけ考え方が似てるんだ?」
長女「う,うん.」
筆者「じゃあ,けっこう意見があう?」
長女「うーん.どうなんだろう.」
また,上記の事例 11 は,長女自身と母親の似ているところについての語りである.ここでは,長女自身の性格が母
親に「似ているかな?」と語られているが,それも「なんでもうちょっと要領よくないのかな」と思う性格が似ている
109
と語られているが,これは先に事例 10 で母親と父親の関係について父親に対する考え方を語ったことが影響して,語
られているようだ.
「似ているかな?」と長女が言ったものの,筆者に聞き返されると,
「まあ.ええ?」と自分の中で
ゆれている.その後,あいまいな表現になり,はっきりと長女自身と母親が似ているとは長女の口からは語られなかっ
た.このことから,長女は無自覚的に母親の価値観を内面化していることが考えられる.
総合考察
「家族」を研究の対象にして,家族について数人の語りを聴いたが,家族とはひとつの社会であり,その最初に経験
される社会での他者とのやりとりが青年期の自己の形成に影響を与えるということが分かった.結果と考察では長女と
母親の価値の内面化について考察し,母親の価値観を娘である長女が無自覚に内面化し,自分の価値観であると認識し
ていると考えた.筆者はこれをポジティブな現象であると考える.長女は母親に対して,言葉を濁しながらも尊敬して
いると語っていたし,母親も表面上では長女に対して謙遜した表現で語られていたが,実際には誇りに思っていると考
えられる語りも多くみられた.
また,
「無自覚さ」に注目した結果,自覚している家族の成員間の役割と,無自覚に期待や遂行される役割とは違っ
ていたと考えられる.対象の家族内ではそれぞれが共通して,決まった役割はないと語られていた.しかし,筆者が見
た家族の現場では,しっかりと役割期待と役割遂行がされていた.母親は,みんな「できることをしているだけだ」と
度々語っていたがそれがこの家族のひとつの秩序であると考えられる.明言化された役割はないが,無自覚的にそれぞ
れが共通の秩序をもって,それぞれの役割を遂行している.まさに家族はひとつの社会として機能しているということ
が分かった.
引用文献
松本芳之 2002 役割期待が自己呈示行動に及ぼす影響:性役割期待と成功回避(1).早稲田大学大学院研究科紀要第
一分冊, 39-52.
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末永俊郎 安藤清志 1998 現代社会心理学. 財団法人 東京大学出版社.
110
第 9 章 青年期の過去展望-青年期の過去への評価と過去の出来事と現在への関連性-
日垣 陽充
はじめに
人は過去をどのように捉えているのだろうか.心理学の領域においては様々な視点から人の過去に対する研究が行わ
れている.過去について扱う心理学の領域の中に時間的展望研究という領域がある.
時間的展望とは,Lewin(1951)によって「ある与えられた時に存在する個人の心理学的未来および心理学的過去の見
解の総体」と定義されている.心理学的未来・心理学的過去とは,個人にとっての未来と過去のことである.時間的展
望研究の中で,尾崎・上野(2001)では人は過去の出来事をどのように捉えるのか調査した結果,過去の出来事を現在か
らみて多様な意味づけすることを明らかにしている.
筆者は尾崎・上野(2001)の研究の人は過去をどう捉えているのかという問いに非常に関心を持ったことから「人は過
去をどのように捉えるのか」という点について調査することにした.
第 1 章 問題と目的
従来の研究を挙げてみると人の過去を扱う研究では勝俣(1972)では高校生を対象に,尾崎・上野(2001)の研究では大
学生を対象に研究がされている.しかし,こういった研究では高校生や大学生をのみを対象に調査されているため,大
学生や高校生などを同時に調査し比較したものはほとんどなかった.筆者は過去展望研究において高校生や大学生とい
った年齢の違いで過去の評価の検討がされておらず過去に関する評価の変容が明らかにされていないことが 1 つ目の
問題として考えられる.
また,上野(2006) や小平・西田(2004)の研究において,過去の部活動への参加やアルバイトの経験しているほとん
どの者が,経験を現在と関わりがあると評価し,現在へ何らかの影響があることを示唆している.筆者は大学生や高校
生など青年期に経験するであろう部活動やアルバイトの経験による過去に対する評価の違いについて検討されていな
いことが 2 つ目の問題として考えられる.
そこで本研究では 1 つ目に高校生と大学生といった年齢の違いによる過去対する評価の違いを調査すること,2 つ目
に部活動やアルバイト経験による過去に対する評価の違いを調査することを目的としている.
第 2 章 仮説
本研究では以下の 3 点を仮説とする.
① 高校生・大学生・大学院生の過去に対する評価の違い
勝俣(1972)・尾崎・上野(2001)の研究で,高校生・大学生は過去の評価をポジティブに捉える傾向があるとしている
が,尾崎・上野(2002)の研究において,過去の出来事でプラス・マイナスの評価を多く思い返したのかが重要であると
している.過去の評価を大学生は高校生に比べ経験が多いので,より多くプラスの出来事を思い返すと考えられる.し
たがって高校生よりも大学生,大学生よりも大学院生と年齢が上がるに連れて過去の評価をよりポジティブに捉える傾
向がある.
②アルバイト・部活動経験,未経験による過去に対する評価の違い
①と同様に経験が多いほうが過去をポジティブにとらえると考え,アルバイト・部活動経験をしている者の方がより
過去をポジティブに捉える.
③過去の経験と現在との関連性
高校生は五十嵐(1990)によると高校生の思い描く過去や未来は大学入試に象徴されるように画一化したもので,過去
111
や未来とのつながりは弱いものであるとされている.そのため,高校生は現在と関連しているのか,していないのかで
はなく重要であると考えた出来事を展望する.それに対して大学生は奥田(2002)によると大学生は過去を思い返した時
に現在と関連した形で捉えることが明らかにされている.従って大学生が思い起こす過去の出来事として多くあげられ
るものは現在と関連した内容が多く挙げられる.以上のことから高校生と大学生では過去と現在をとらえ方が異なり,
高校生は過去を思い返したときに現在とあまり関連性のない出来事を思い返し,大学生は現在との関連がある過去の出
来事を思い返す.
第 3 章 方法
①被験者
高校生 84 名,大学生 174 名,大学院生 17 名を対象にした.有効回答数は計 291 名.フェイスシートが無記
名であったものは除外した.
②調査内容
質問紙調査により調査を行った.過去の評価を捉えるために都筑(1999)の時間的態度尺度の過去の因子だけ抜き出し
質問紙を作成した使用した.過去の出来事と現在の関連性を捉えるために過去の出来事で重要だと思われる出来事を自
由記述により質問紙を作成したものを使用した.
③手続き
回答方法はまずフェイスシートに高校生・大学生・大学院生なのかとアルバイト・部活動経験の有無を記入
してもらった.過去に対する評価については時間的態度尺度の過去の因子に対して 7 件法により質問した.過去の出来
事と現在の関わりについて過去の出来事で重要だと思われる出来事を 5 つ自由記述により回答してもらい,思い返した
出来事に対して現在とどの程度関わりがあるのか 4 件法で質問した.
本論文で扱う過去展望の内容
①過去に対する評価
時間的展望を評価するもの中に時間的態度というものがある.この時間的態度(time attitude)とは,白井(1996)にお
いて過去・現在・未来に対する感情的評価のことである.本研究では過去に対する評価を時間的態度という側面から過
去に対する評価を捉え,調査することにした.
②過去の出来事と現在の関わり
奥田(2002b)の研究において時間的展望の定義に見られるように現在という一定の時点を含みこんだ形で展開され
る概念であり,他の時制との関連性に着目する必要があるとして過去を思い返した時に思い起こした出来事と現在の関
連性を調査している.そこで,本研究では過去と現在との関わりについて調査することにした.
分析方法
統計ソフトSPSSを用いて分析を行った.
1.過去に対する評価
①高校生・大学生・大学院生の過去に対する評価
時間的態度尺度を用いて得たデータの合成得点を算出した.高校生・大学生・大学院生を独立変数とし,時間的態
度を従属変数とし一要因の分散分析を行った.
②③アルバイト・部活動経験の有無による過去に対する評価の違い
①と同様に合成得点を算出し,アルバイト・部活動経験の有無を独立変数とし,合成得点を従属変数とし t 検定を
行った.
112
2. 過去経験と現在との関連性
①高校生と大学生の過去の経験に対する現在との関連性
思い返した過去の出来事の内容に関わらず,4 件法で評価してもらったデータを「つながりがある:4 点」
,
「現在と
弱いつながりがある:3 点」
「現在とあまりつながりがない:2 点」
「1:現在とつながりがない:1 点」としての合成得
点を算出した.高校生と大学生を独立変数に算出した合成得点を従属変数としてt検定を行った.
②高校生と大学生の過去の経験に対する現在との関連性(カテゴリー別)
川喜田(1984)により考案されたKJ法により,自由記述により得た過去の出来事のカテゴリーを作成した.
カテゴリー別に 4 件法で評価してもらったデータの合成得点を算出した.高校生と大学生を独立変数に合成得点を従属
変数にしてt検定を行った.
第 4 章 結果
1.過去に対する評価
① 高校生・大学生・大学院生の過去に対する評価について
仮説では高校生・大学生・大学院生の順に過去の対する評価はポジティブに捉えるとしている.分析を行った結果
(Figure1),高校生・大学生・大学院生に有意な差は見られなかった.(F(2,232)=25.96,n.s.)
②③アルバイト・部活動経験の有無による過去に対する評価について
仮説ではアルバイト・部活動経験があるほうが過去をポジティブに捉えるとしている.分析を行った結果(Figure2),
アルバイ経験の有無では平均値に有意な差がみられ,過去にアルバイトの経験をしている群のほうが過去をポジティブ
に評価し,アルバイトの経験していない群のほうが過去をネガティブに評価する結果となり,仮説どおりになった.
(t(67)=2.64,0.5p<0.5)
しかし,部活動経験では過去に対する評価に有意な差は見られなかった.(t(11)=0.61,n.s.)
0.40
0.5
0.30
0.4
0.3
0.20
0.10
*
0.2
経験あり
0.1
経験なし
0.00
0
高校生
大学生
-0.1
大学院生
Figure1:過去評価の平均値(高校・大学・大学院生別)
アルバイト
部活動
Figure2:過去評価の平均値(アルバイト・部活経験別)
2.過去の経験と現在との関連性
①高校生と大学生の過去の経験に対する現在との関連性の結果
仮説によると,高校生は過去の経験と現在とをあまりつながりがないと評価し,大学生は過去の経験と現在とをつな
げて捉えるとしている.分析の結果(Figure3),有意な差が見られ大学生のほうが過去の出来事をつながりがあると評
価するという結果となり,仮設どおりであった.(t(159)=-2.57,p<0.5)
②高校生と大学生の過去の経験に対する現在との関連性の結果(カテゴリー別)
仮説ではどのカテゴリーにおいても高校生は過去の経験と現在とをあまりつながりがないと評価し,大学生は過去の
経験と現在とをつなげて捉えるとした.分析の結果(Figure3),失敗経験のカテゴリーのみ平均値に有意な傾向がみら
れた.(t(29)=-2.06,p<.1.0)
113
5.00
4.00
*
†
3.00
2.00
高校生
1.00
大学生
0.00
き
っ
か
け
失 思 部 出 出 恋 環
敗 い 活 会 会 愛 境
の
経 出
い い
変
験
… そ
化
…
(
全 入 進 受 ア
体 学 学 験 ル
バ
イ
ト
Figure3:過去の経験に対する現在との関連性
第 5 章 考察
1.過去に対する評価
①高校生・大学生・大学院生の過去に対する評価について
本研究では仮説を高校生・大学生・大学院生の順に過去の対する評価はポジティブに捉えると仮定した.高校生・大
学生・大学院生を独立変数として過去に対する評価の得点の合成得点を従属変数とし分散分析を行った結果,高校生・
大学生・大学院生に有意な差は見られなかった.そのため,高校生・大学生・大学院生の過去に対する評価は違いがあ
まりないという結果になった.これは,勝俣(1972)で言われていたように高校生は過去をポジティブに評価し,大学生
も尾崎・上野(2002)で言われていたようにポジティブに捉えるとしている.しかし,奥田(2001)で言われているように
大学生の過去出来事に対する意味づけが変容するとしている.そのために経験が多くなると過去に対する評価がよりポ
ジティブになるという結果ではなく,過去の意味付けが変容した結果,過去に対する評価が変わったのではないかと考
えられる.
大学院生は大学卒業後に社会出るという選択をせずに大学院に進学という選択をした結果,現在の大学から生活環境
の変化があまりなかったため大学生と大学院生で過去の評価に差がなかったのではないかと考えられ,そのため大学院
生も過去をポジティブに捉えたため高校生と大学院生でも有意な差が生じなかったと考えられる.
②アルバイト経験の有無による過去に対する評価について
仮説ではアルバイト経験があるほうが過去をポジティブに捉えると仮定し,アルバイト経験有無を独立変数として過
去に対する評価の得点の合成得点を従属変数としt検定を行った結果,平均値に有意な差がみられた.アルバイト経験
が有る群は過去をポジティブに評価し,アルバイト経験が無い群は過去をネガティブに評価するという結果になった.
小平・西田(2004)によると,学生のアルバイト経験は人間関係における成長や性格の変化など重要な意味づけがされる
ことが明らかにされている.そのため,今までのアルバイトの経験をプラスに捉えたためアルバイト経験のあるほうが
過去をポジティブに捉えるという結果になったと考えられる.
③部活動経験の有無による過去に対する評価について
仮説では部活動経験があるほうが過去をポジティブに捉え,部活動経験がないほうが過去をネガティブに捉えるとし
たが,部活動経験の有無による有意な差はなかった.本研究では部活動経験に参加したことがあるかないかというだけ
の質問だったので,部活動参加に対しどのような意味づけをしているのかが分からなかった.そのために上野 2006 の
114
研究のように部活動に参加したもの意味づけの違いを分けて調査しなかったために部活動へ積極的に参加し重要な出
来事と捉えている者や,部活動に参加はしていたがなんとなく部活に参加していただけであったものなどをすべて含ん
だ形になってしまったので,差が生じなかったのではないかと考えられる.
2.過去の経験と現在との関連性
全体の平均値は高校生と大学生では,大学生のほうが過去の経験を現在と関連した形で捉えていることが分かり,本
研究の仮説のとおりの結果であった.しかし,カテゴリー別にみると失敗経験以外では有意な傾向はみられなかった.
それは,どんな出来事でも高校生は現在とつながりがないと捉えやすく,大学生は現在とつながりがあると捉えやすい
のではなく.高校生は現在とつながりがあまりないカテゴリーを多く捉え,大学生は現在とつながりがあるカテゴリー
を多く捉えるのではないかと考え,Table4 と Table5を作成した。Table4 と Table5を見るとわかるが、過去の出来
事と現在の関連性の評価の平均値が低い思い出などのカテゴリーは高校生が高く、過去の出来事と現在の関連の評価の
平均値が高い友人との出会いなどのカテゴリーでは大学生の方が多かった。以上のことから高校生は過去の重要だと思
う出来事の思い出などを中心に現在とあまりつながっていない出来事を思い返しやすく、大学生になると友人との出会
いや進学したことなど現在との結びつきの強い出来事を思い返しやすいのではないかという推論に至った。
Table4:過去経験の高校生と大学生の割合
高校生
大学生
入学
5%
9%
進学
9%
受験・進路選択
Table5:過去経験と現在の関連性の評価の平均値
高校生
大学生
平均値
入学
3.82
3.82
3.82
14%
進学
3.86
3.72
3.79
5%
3%
受験・進路選択
3.50
3.80
3.65
アルバイト
11%
13%
アルバイト
3.36
3.38
3.37
きっかけ
6%
5%
きっかけ
3.71
3.35
3.53
失敗経験
3%
7%
失敗経験
2.25
3.13
2.69
思い出
27%
11%
思い出
2.73
2.74
2.74
部活
14%
9%
部活
2.85
3.26
3.06
友人との出会
18%
22%
友人との出会
3.83
3.73
3.78
3.57
3.73
3.65
い
その他の人と
い
3%
7%
の出会い
その他の人と
の出会い
恋愛
4%
4%
恋愛
2.70
3.50
3.10
環境の変化
1%
3%
環境の変化
3.50
3.56
3.53
おわりに
本研究では,高校生・大学生・大学院生の過去に対する評価の違いと,アルバイト経験の有無と部活動経験の有無に
よる過去の評価に対する違いが明らかにされた.
また,大学生と高校生の過去の出来事に対しての現在との関連性の強さの違いが明らかにされた.
今後の課題として,本研究で示唆された過去と現在の関連性について高校生と大学生は関連性の評価が高校生のほう
が低く,大学生のほうが高いとしたが,過去と現在の関連性の評価の高いカテゴリーと低いカテゴリーに分けて調査す
ることにより,高校生のほうが過去と現在の関連性の低カテゴリーを多く,大学生のほうが過去と現在の関連性高いカ
テゴリーを多く思い返すのではないかと考えられ,このことについて明らかにすることが本研究の今後の課題としてあ
115
げられる.
引用文献
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平伸二編 1996 心理的時間 その広くて深い謎 北大路書房)
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116
第 10 章 理想自己にメディアが及ぼす影響
保坂 愛子
はじめに
われわれは大人から子どもまで芸能人や有名人に憧れ,メディアからの情報によって「△△のようになりたい」と考
えているのではないだろうか.このような考えを Rogers(1959)によると「理想自己」と呼ぶ.
「理想自己」で「なりた
い」と思う理由にメディアと身近で違いはあるのか.そして,理想とする理由は外見や能力,性格のどこを重視し,メ
ディアと身近では重視する理由に違いがあるのかを調査する.
理想自己に関する先行研究
家島(2006)は,理想・生き方に影響を与えた人を大学生・大学院生に①「身近な人」で「なりたい」人 ②「身近な
人」で「なりたくない」人 ③「メディアで知った」で「なりたい」人 ④「メディアで知った」で「なりたくない」
人の 4 種類に分けて,それぞれ 3 つまで挙げさせている.研究結果をまとめると以下の通りになる.明らかにされてい
ること
・メディアからの情報でも身近な人たちから影響を受けるように,影響を受けていること
・メディアを通して知った実在の人(芸能人・有名人など)からの影響が強いこと
・メディアで情報を得ることで「なりたい」
「なりたくない」と判断していること
・身近な人には,それぞれ項目があり,どこから影響を受けているか明らかになっていること
明らかにされていないこと
・なぜ若者がそう答えたのか(回答理由)
・それぞれの回答での共通点には何があるのか
以上のことが先行研究では明らかになっている.この先行研究を踏まえ,調査を行う.
目的
家島(2006)の調査では,それぞれ家族・先生・芸能人というように回答させており,なぜそう回答したのか(回答理由)
はわかっていない.そのため,筆者はこの調査に「回答理由」として考えられる理由を 15 項目用意し,それぞれの項
目が理想とする理由としてどのくらい当てはまるのか,を答えてもらうことで,
「メディアでなりたいと思う理由」
「身
近でなりたいと思う理由」を知ることで「メディアー身近で理想とする理由に何か異なる点はあるのか」を調査しよう
と考えている.この研究の仮説として以下の 2 つを立てた.
1.理想自己の理由として,身近な人(家族・友人など)を理想とする場合は「性格的な理由を重視する」のに対して,
メディアを通して知った人(芸能人・スポーツ選手など)を理想とする場合は
「能力的・外見的な理由を重視する」
.
2.
「テレビ・ドラマなどの影響を受けやすい人」は,調査協力者自身が「テレビ・ドラマの影響を受けている」と自
覚しており,
「影響を受けにくい人」は「家族や友人など身近な人の影響を受けている」
.
以上の 2 つの仮説を立証するため以下の方法で調査した.
方法
今回,研究方法として質問紙調査を実施した.家島(2006)の調査を踏まえ,その調査で明らかにされていない「なり
たい」と思う理由に重点を当て,質問項目を作成した.また,若者のメディアの影響の受けやすさと若者がテレビ・ド
ラマ・アニメ・インターネット・家族・友人それぞれ,どのくらい影響を受けていると感じているかを尋ねる質問項目
117
を作成した.
回 答 形 式:計 45 項目で内フェイスシート以外は 5 件法を用いた.
調査協力者:大学生 100 名(男性 37 名,女性 63 名)
調 査 期 間:平成 20 年 10 月中旪~11 月初旪の約 3 週間程度.
手 続 き:本学の大学生 100 名に講義の時間に質問紙を配布し,回収した.回答時間は 5 分未満.調査開始時に口
頭または文書で説明合意を得ている.
分 析 方 法:SPSS の分析ソフトを使用した.モデル(身近な人とメディアを通して知った人)を独立変数とし理由(性格,
外見,能力)を従属変数としてt検定を行った.さらにメディアの影響の受けやすさを独立変数とし調査
協力者自身の影響を自覚している度合を従属変数としてt検定を行った.
結果
『身近な人とメディアを通して知った人(芸能人・スポーツ選手など)で「なりたい」と思う人の理由について』
以下のグラフは,今回の調査をグラフにしたものである.
5
4.09
4
4.26
3.81
3.79
3.61
3.69
重
視 3
度
2
1
性格
外見
能力
理由
身近な人
メディアを通して知った人
図 3-1 理想とする理由グラフ―身近とメディア―
○性格
モデル(身近な人とメディアを通して知った人)を独立変数とし理由(性格項目)を従属変数としてt検定を行った.上
記の結果の通り,
「なりたい」と思う理由として,
「性格」をどのくらい重視するかの平均値は身近な人で 4.09,メデ
ィアを通して知った人で 3.81 であり,両者を比較したところ,有意に身近な人を理想とする群の方が「性格」を重視
することがわかった(t(99)=4.32,p<.05).以上のことから,「性格」は両者で重視されているが,より身近な人の場合が
重視される,との結果となった.
○外見
モデル(身近な人とメディアを通して知った人)を独立変数とし理由(外見項目)を従属変数としてt検定を行った.上記
の結果の通り,
「なりたい」と思う理由として,
「外見」をどのくらい重視するかの平均値は身近な人で 3.79,メディ
アを通して知った人では 4.26 で,両者を比較したところ,有意にメディアを通して知った人を理想とする群の方が「外
見」を重視することがわかった(t(99)=4.06,p<.05).以上のことから,身近な人でも多尐は「外見」を重視するが,メデ
ィアを通して知った人では,かなり重視していることが明らかになった.
○能力
モデル(身近な人とメディアを通して知った人)を独立変数とし理由(能力項目)を従属変数としてt検定を行った.上
記の結果の通り,
「なりたい」と思う理由として,
「能力」をどのくらい重視するかは身近な人とメディアを通して知っ
た人ではそれぞれの平均値は3.61 と3.69 だった.
両者を比較したところ,
有意差はみられなかった(t(99)=4.32,p<n.s).
118
『メディアの影響を受けやすさと調査協力者自身の影響への自覚について』
メディアの影響の受けやすさを独立変数とし調査協力者自身の影響を自覚している度合を従属変数としてt検定を
行った.この結果が高い(5 に近い)ほど,メディアの影響を受けやすく,芸能人や有名人の所持品や演じている職業に
強い憧れを持ち,実際に購入・目指している,との結果になる.結果は以下の通りだが「テレビ・ニュース」と「ドラ
マ・映画」以外の項目は差がみとめられなかったため,差があるものだけを記載する.
○「テレビ・ニュースの影響を受けていると思いますか」
メディアの影響の受けやすさを独立変数とし調査協力者自身の影響を自覚している度合を従属変数としてt検定を
行った結果,有意差がみられた t(76)=2.26, p<.05.つまり,以下の図 3 のようにメディアの影響を受けやすい人ほど,
自身が「テレビ・ニュース」の影響を受けていると自覚していることが明らかになった.
5
4.11
4
3.64
3
2
1
受けにくい人(低群)
受けやすい人(高群)
図 3-2 メディアの影響を受けやすい人と受けにくい人―テレビ・ニュースー
○「ドラマ・映画の影響を受けていると思いますか」
メディアの影響の受けやすさを独立変数とし調査協力者自身の影響を自覚している度合を従属変数としてt検定を行
った結果,有意差がみられた t(86)=4.38, p<.05.以下の図 3-3 のようにメディアの影響を受けやすい人ほど「ドラマ・
映画」の影響を受けていると自覚していることが明らかになった.
5
4.29
4
3.33
3
2
1
受けにくい人(低群)
受けやすい人(高群)
図 3-3 メディアの影響を受けやすい人と受けにくい人―ドラマ・映画―
以上のことからメディアの影響を受けやすい人は「テレビ・ニュース」
「ドラマ・映画」の影響を受けていると自覚
しているが,より「ドラマ・映画」では高群と低群では有意差がみられた.
また,
「メディアの影響を受けにくい人は家族や友人など身近な人の影響を受けている」と仮説をたてたが,今回の
調査では有意差はなく,今回の調査では実証されなかった.
119
考察
『仮説と結果の比較』考察
上記の仮説と今回の調査を比較し考察する.
仮説 1 の身近な人は「性格的な理由を重視する」は実証されたが,メディアを通して知った人は「能力・外見的な理
由を重視する」は「能力」に関しては実証されない結果となっている.
仮説 2 では「テレビ・ドラマなどの影響を受けやすい人」は,調査協力者自身が「テレビ・ドラマの影響を受
けている」と自覚している結果となったが,
「影響を受けにくい人」は「家族や友人など身近な人の影響を受けて
いる」の部分は実証されなかった.
『身近な人とメディアを通して知った人(芸能人・スポーツ選手など)で「なりたい」と思う人の理由について』の考察
○性格
身近な人を理想とする群の方が「性格」を重視することがわかった(t(99)=4.32,p<.05).このことは,身近な人は普段
一緒にいるため一緒にいて楽しい,困った時に助けてくれる優しさ・頼もしさなど一緒にいるからこそ,その人の性格
がわかり,プラスの面をはっきり知っている.そのため身近な人で「なりたい」と思う理由で「性格」が重視されてい
ると考える.一方メディアを通して知った人はテレビやニュース,新聞などメディアを媒体と通すため,思いやりや責
任感は調査協力者自身が実際に体験できない.しかし,明るいことや個性的な面は媒体を通しても知ることができるた
め,身近な人よりは重視しないが,高い結果になったと考える.
○外見
メディアを通して知った人を理想とする群の方が「外見」を重視することがわかった(t(99)=4.06,p<.05).身近な人で
は「性格」を重視するため,外見の良し悪しは関係ないと考える.しかし,メディアを通して知った人の場合は「外見」
がかなり重視されている.このことはテレビなどの媒体ででてくる芸能人や有名人は可愛い・かっこいい人が多い.例
えば,モデルやアイドルなどは可愛い・かっこいい人が多いことからもいえる.このように「外見」が優れている人が
多く,芸能人は可愛いはず・かっこいいはずだと「外見」が普通の人と比べると優れていることが当たり前だといえる.
また,普通の人では視聴者としか接することのできない芸能界への憧れと相まって,
「外見」が重視していると考える.
○能力
身近な人を理想とする群とメディアを通して知った人を理想とする群を比較したところ,有意差はみられなかった
(t(99)=4.32,p<n.s)が,
「能力」に関しても考察する.
筆者はメディアを通して知った人は「外見」と同様に才能や知識など「能力」が重視される,と仮説をたてている.
スポーツ選手の場合は実力主義,歌手の場合は歌唱力やダンス,俳優・女優は演技力といった「能力」が必要だと考え
たためである.しかし,今回の調査では仮説は実証されなく,身近な人とメディアを通して知った人(芸能人・スポー
ツ選手など),両者で「性格」
「外見」よりも重視されていないことが明らかになっている.このことからその人の「性
格」や「外見」では「なりたい」と思うのに対して,
「能力」では「すごい」や「どうしてあのようにできるのだろう」
という「驚き」
,
「なりたい」とはちがい「尊敬」が大部分を占めているため,今回の結果になったと考える.若者は身
近な人とメディアを通して知った人とでは注目して見ている点に違いがあるといえるのではないだろうか.
以上のことから若者は身近な人とメディアを通して知った人とでは注目して見ている点に違いがあるといえるので
はないだろうか.
『メディアの影響を受けやすさと調査協力者自身の影響への自覚について』
120
○「テレビ・ニュースの影響を受けていると思いますか」
メディアの影響を受けやすい人は「テレビ・ニュース」から影響を受けている,と考える.また,影響を受けにくい
人も,ある程度は影響を受けている,と考えている.つまり,実際は影響を受けにくいのに受けていると考えている.
なぜ,このことがいえるのだろうか.今回の調査では受けやすさを知るため「有名人の所持品が欲しくなる・買う,演
じている職業に憧れる・目指している」の項目を作成した.しかし,この項目以外に「髪型を真似する」
「似た・同じ
ファッションをする」といったことからも影響の受けやすさを知ることができたのではないだろうか.今回の調査では
これらの項目がなかったため,これらの項目にのみ当てはまる人が受けにくい人となり,受けにくいものの「テレビ・
ニュースの影響を受けていると思いますか」の項目で,ある程度は影響を受けている,との結果になったと考える.
○「ドラマ・映画の影響を受けていると思いますか」
メディアで影響を受けやすい人が「ドラマ・映画」の影響をかなり受けている,と自覚している,さらに,
「テレビ・
ニュース」よりも影響を受けていることが明らかになっている.影響を受けやすい人は「テレビ・ニュース」よりも「ド
ラマ・映画」の場合がより影響を受けている.
「ドラマ・映画」では感動する話や悲しい話,面白い話が溢れており,
「テレビ・ニュース」よりも内容に共感しやすいためであると考える.一方で受けにくい人は「ドラマ・映画」を見て
楽しむものの,
「ドラマ・映画」を見終わったら,それで終わりになってしまうと考える.
『先行研究の比較』考察
先行研究と今回の調査である「なりたい」と思う理由についてと比較し考察する.メディアの影響の受けやすさに関
する調査は先行研究がないため,記述しない.
先行研究では,身近な人で「なりたい」と思う人は「家族,先生,友人」が挙げられている.このことは先輩や後輩,
バイト関係の人と比べると普段から一緒に行動している,一緒に暮らしているといった共有する時間が長い人が挙げら
れている.メディアを通して知った人で「なりたい」と思う人は「芸能人・有名人」が多く,次に「アニメ・漫画の登
場人物」が挙げられており,スポーツ選手や作家・アーティストは尐ないといえる.
今回の調査では身近な人では「性格」を重視していることが明らかになったが,先行研究の結果で「家族・先生・友
人」が挙げられていることと関連があると考える.上記の「性格」のついての考察で「身近な人は普段一緒にいるため
一緒にいて楽しい,困った時に助けてくれる優しさ・頼もしさなど一緒にいるからこそ,その人の性格がわかり,プラ
スの面をはっきり知っている.そのため身近な人で「なりたい」と思う理由で「性格」が重視されていると考える.
」
と述べたが,この普段一緒にいるといえるのが「家族,先生,友人」といえるのではないだろうか.
「外見」を重視す
るメディアを通して知った人では先行研究で「芸能人・有名人」が圧倒的に多かったことからもいえる.
「芸能人・有
名人」は外見が優れている人が多く,モデルがその最たる例だと考える.また「アニメ・漫画の登場人物」が挙げられ
ており,主人公やヒロインはかっこいい・可愛いキャラクターが多く,特に尐女漫画では主人公は美尐女で,登場して
くる男の子は美形であることが多いことから考える.このことから先行研究で上位に挙げられた「芸能人・有名人」
「ア
ニメ・漫画の登場人物」が今回の調査で「メディアを通して知った人」を思い浮かべた際に思い出され,その人に関し
て「なりたい」と思う点を重視したことで,このような結果になったと考える.
身近な人とメディアで通して知った人,両者ともに「能力」を重視していない理由としては先行研究で挙げられてい
る「家族,先生,友人」
「芸能人・有名人,アニメ・漫画の登場人物」は「能力」よりも「性格」や「外見」が重視さ
れる人と考える.一方で「能力」として考えられる「スポーツ選手,作家・アーティスト」などがあまり「なりたい」
人で挙げられていない.このことは先行研究で挙げられなかった「能力」を重視するような人が今回の調査でも「なり
たい」と思い浮かべられなかった,またはいないことからいえると考える.
以上のことから先行研究の結果と本研究とでは関係性があると考える.
121
まとめ
メディアで知った人で「なりたい」と思う理由と身近な人で「なりたい」と思う理由は「なりたい」と思う理由の違
いがあるのか,調査を行った.調査結果によって,どのような所を理想とするのか,またその理由で身近な人とメディ
アで知った人とでは「なりたい」と思う理由に違いがある点が明らかになった.
また,メディアの影響の受けやすさの違いによって,調査協力者自身の影響への自覚の差をみる調査も行った.受け
やすい人も受けにくい人も「テレビ・ニュース」
「ドラマ・映画」の影響をかなり受けていると自覚していることが明
らかになった.今回,調査を行ったことで先行研究では明らかにされていなかった「なりたい」と思う理由が明らかに
なった.しかし,一方で先行研究の結果と今回の調査の結果には関連があると考える.また,独自の調査も行ったこと
で,メディアの影響を受けやすさの違いによって調査協力者自身の影響への自覚についての関係も知ることができた.
引用文献
家島明彦 2006 理想・生き方に影響を与えた人モデル京都大学大学院教育学研究科紀要, 52,280-293.
Centerwall,B,S
Rogers,C.R.
1992
1959
Television and violence. Journal of Ameican Medical Association,267,p.3061
A theory of therapy, personality, and interpersonal relationships, as
Developed in the
client-centered framework. In Koch, S. (ED) Psychology:A Study of a Science vol.3 Formulation of the Social
Context. New York : McGraw-Hill.(伊東博 翻訳 1967.ローシャンズ全集 8 : パースナリティ理論.岩崎学術出版社)
122
第 11 章 自己開示度と性別が顔文字メール文への印象に与える影響
松本 優子
顔文字とは
原田(2004)によると顔文字は,ネットワーク時代とともに現れた新しい非言語コミュニケーションとされている.
直接会話している時に行うジェスチャーや表情,絵手紙のイラストなどといった古い非言語コミュニケーション形態に
対し,新しい非言語コミュニケーションであるとされる顔文字はコンピューター上のコミュニケーション
(Computer-Mediated Communication,略して CMC)(Kiesler,Siegel,& McGuire,1984)の一種であり,Emoticon(エ
モティコン.Emotion と icon を合わせた造語)やフェイスマークなどといった卖語でも表される.1982 年ごろのアメリ
カで使われはじめた Emoticon は,1986 年以降に顔文字として日本に広まった.
顔文字は現在,パソコンメール,Eメール,インターネット掲示板,チャットなどで使用されている.顔文字の起源
には諸説あり確かなことは分かっていないが,1982 年に Scott Fahlman が顔文字の使用を提案するメッセージを残し
ているという事実がある.
顔文字の機能とは,無機質な電子メール上で文字以上のイメージ(顔の表情,しぐさ,言葉のイントネーションなど)
を文末にて視覚的に補うことであり,どの文章の最後にどの顔文字を置くかは決まっているわけではない.そのため,
書き手と受け取り手の双方に暗黙の了解のようなものが存在している(原田,2004).
日本の顔文字の使用理由とその機能
ネチケットご意見板(2004)によると,顔文字を使う理由は,第一に使うと楽しいから,第二に簡卖に感情表現ができ
るから,第三に文章のイメージを優しくしてくれるからとなっている.第三の理由について原田(2003)は,非難,怒り,
断り,などのマイナスイメージを持つ文章を送る際に顔文字をつけておくと伝達内容を和らげることができるため文章
が優しくなるとされている.逆に何もつけないで送ると,上記のイメージに加えて更に威圧的である,本気で怒ってい
る,本気でそう思っている,といった受け取り手にとってインパクトの強い文章ができあがる.
一方,顔文字ありの方が文全体の印象が柔らかい.顔文字なしだと受け取り手は相手が快諾してくれたのか,嫌がっ
ているのかがはっきりと分からない.一方顔文字ありの文章が送られてきた場合は,送り手が嫌だと思っていないこと
が視覚的に分かるとともに,相手からの気遣いも感じとることができる.
つまり,顔文字なしは文全体の印象が固いため受け取り手に誤解や余計な恐れといったマイナス感情を抱かせてしま
う可能性がある.そうならないように,送り手は伝達内容のほかに顔文字を使って相手に対する配慮と思いやりを同時
に表現しているのだ.加藤ら(2006)の研究からは顔文字のあるメール文の方が読み手のポジティブ感情が高くなり,ネ
ガティブ感情は逆に低くなるという結果が出ていることが明らかにされている(Kato,Kato&Akahori,2006).顔文字が
あった方が読み手のポジティブ感情が高くなる点について人見(2007)は,キレやすい若者との関連性に注目して「特定
の仲間との人間関係を構築,維持するために,多くの生徒が,携帯メールにおいて過剰とも言える気遣いをしていると
いうことである.(中略)生徒のいわゆるキレやすい若者の背景には特定な相手への過度な気遣いの反動という面もある
のではないか」と論じている.
しかしながら,自分が送った顔文字が相手にどう受け取られるかは分からず,更に言うと顔文字自体厳密な意味を持
たない(表 1).そのため受け取り手も,おおまかで曖昧なままそれを受け取りなんとなく意味を察するというコミュニ
ケーションを行っている.相互の察しと共感を前提として機能しているその点で,曖昧なままをよしとする日本的な高
コンテクスト文化の特徴が強く現れているといえる(原田,2004).顔文字は一見古くからの日本的文化から離れている
ようにみえて,実はネットワーク世界に高コンテクスト文化が進出した際に形態が変わっただけでよく似た特徴を持っ
123
ていることが分かる.
文化庁文化部国語課の世論調査(2001)によると「顔文字は発信者への親しみを感じさせる」と感じている人が半数以
上存在することからも,顔文字は送り手から受け取り手への配慮を表す記号として実際に機能し,双方の摩擦を和らげ
ている事が分かる.一方逆に「顔文字はふざけている感じがして失礼だ」と感じている人が年齢層の高い人に多いとい
う結果もでているため,顔文字が全ての受け取り手にとって内容が和らいでいる,自分に対して配慮がなされていると
いうポジティブな印象を持たれるとは限らない.よって,パソコンメールや携帯メールで文章を送る場合に失礼と取ら
れないようにするためには,相手の年齢を考えて顔文字の有無を決める必要がある.
これについて人見(2007)は「怒りやだるさのような否定的感情は顔文字・絵文字の不使用によって表す」としてい
るが,ネットコミュニケーションにおいては否定的な感情を表すために敢えて顔文字を使用する場合もある.2 ちゃん
ねるなどで使われている顔文字の中にある(´,_ゝ`)や m9(^д^)がその代表的な例だ.このことから,全ての顔文
字が受け取り手に好印象を持たせるために使用し,両者の摩擦を和らげる潤滑油として機能していると一概には言えな
いということが分かる.これらの顔文字は,嘲笑,自己否定,他者否定,だらつき感,などのマイナスイメージが受け
取れるものが多く,マイナスイメージを持つ文章の後につけると更に強いマイナスイメージを付加することができる.
もちろんポジティブイメージを持つものも存在するが,一般的にはまだ理解されていない段階にある上,口などを表
現するときに多用される機種依存文字が文字化けしてしまう可能性もある.そのため,携帯のリストに載っているもの
以上に使いどころを考える必要があるといえる.
また,加藤ら(2006)によると,電子メールの書き手の性別を判断する時,受け取り手は顔文字を重要な判断材料とし
ている可能性が高い.書き手の性別が分からない場合,メッセージ上に顔文字がある場合が女性,ない場合が男性と判
断される傾向がある.また,女性は性別の分からない書き手をメール文から異性と判断した場合に不安と恐れを感じ,
一方男性は異性と判断した場合は喜びを感じるということが分かっている.この実験での読み手は,男性と女性の両方
いる.ここで研究対象になった電子メールはPCメールのみであり,携帯メールについての研究はされていなかった.
日米の顔文字の違い
これまで日本の顔文字に関する事柄について触れてきたが,顔文字発祥の地である欧米との違いはなんだろうか.欧
米との違いを見ることにより,日本の顔文字の特徴がよりはっきりと浮かび上がってきた.
結城ら(2007)の研究では,日米の顔文字の形の違いは日米の感情表現の違いをよく表していることが指摘された.他
者の感情を表情から理解しようとするとき,日本人は目の形を重視し,欧米人は口の形を重視することが分かっている.
そして,日本の顔文字は目を表すパーツを使って感情表現をし,欧米の顔文字は口を表すパーツを使って感情表現をす
るという特徴を持っているので,日本人と欧米人の表情知覚の違いを実証した上記の研究結果と同じルールで顔文字が
作られる可能性が指摘されている(Yuki, Maddux, & William W, & Masuda, & Takahiko , 2007).
アメリカ型顔文字,日本型顔文字,2 ちゃんねる型顔文字の 3 種を表にして対忚させてみると,アメリカ型顔文字に
は混乱,落ち込み,苦笑に該当する顔文字は存在しないことが分かった(表 2).このことからアメリカ人は,メールに
おいてこういったマイナスの意味を持った感情を顔文字で表現することがない,もしくはそんな顔文字自体が存在しな
い可能性が高いと言えると考える.実際,日本の顔文字が主に感情的な面を伝えるために用いられるのに比べて,アメ
リカの顔文字はウォークマンを聞いている様子(:-]),サングラスをかけている様子(B-]),などの物理的な状況を伝え
るための顔文字が多い(原田,2004).
表 2:日型,米型,2 ちゃん型顔文字対忚表
感情
アメリカ型顔文字
日本型顔文字
2 ちゃんねる型顔文字
笑顔
:-)
(^^)
(´∀`)
(スマイリー)
:-D
(^-^)
(*゜―゜)
124
=)
(^_^)
(・∀・)
しかめ面
:-(
(;_;)
(ノд`)
悲しみ
)-:
(T_T)
(´;ω;`)
同情
:(
(/_T)
.
・゜・(ノД`)・゜・.
驚き
:-O
(*_*)
Σ(゜д゜;)
:O
(゜o゜)
(゜∀゜)
混乱
該当なし
(@_@)
(゜∀.)
しょんぼり
該当なし
( ..)
(´・ω・`)
怒り
:/
(#゜皿゜)
(#^ω^)
(-_-#)
(#゜Д゜)
(^_^;)
(;´Д`)
不満
苦笑
該当なし
顔文字を使ったコミュニケーションのプラス面,マイナス面
顔文字を使ったケータイメールコミュニケーションの特徴として人見(2007)は,以下のことを挙げている.
プラス面は,①伝えたい感情が強調できる,②無表情に見える文章に,表情をつけることができる,③語調を和らげ
るのに便利,④言葉で表現しにくいニュアンスを表現できる.
マイナス面は,①気遣いをしすぎて疲れてしまう可能性がある,②義務的で表層的な関係をつくってしまいがち,③
なかなかメールが返ってこないと不安にとらわれる,④「肯定的な感情」を主にやり取りしがちで「否定的な感情」や
「真剣な感情」を薄めたり,隠してしまう恐れがある,⑤文章の言い回しと合っていない場合,どちらが本当の感情な
のか分らない.
問題と目的
原田(2004)や人見(2007)では,顔文字は受け取り手の気持ちを和らげる効果があり,また書き手もそのために顔文字
を使用すると挙げている.しかしもう一方で,書き手が自己開示を行った方が受け取り手のマイナス感情が減尐する
(Laurenceau,Barrett, & Pietromonaco, 1998)が,顔文字が含まれると受け取り手に生ずる感情に性差が表れることを
加藤ら(2006)は発見している.そして,受け取り手の感情の変化は自己開示度と大きく関係していたことも分かった.
加藤ら(2006)の研究結果から考えると,顔文字が必ずしも受け取り手の気持ちを和らげたり摩擦をなくしたりする効果
を生むとは言いがたい.
先行研究では受け取り手の感情や顔文字の効果,使用する目的などは多く研究されてきたが,顔文字と性差に関する
研究はまだ尐ないようだ.よって,本研究では顔文字と性差の 2 点に注目して調査をしていきたいと思う.
以上のことから,本研究の目的は性別における実際の顔文字使用と自己開示度の関係を調査することである.
仮説
研究を進めるにあたり,加藤(2006)の結果を元に筆者は以下のような仮説を立てた.
仮説 1・自己開示度の低い女性は,自己開示度の高い女性と比べて,男性からのメールに顔文字が含まれると不快と感
じる.
仮説 2・自己開示度の高い女性は,自己開示度の低い女性に比べて,男性からのメールに顔文字が含まれていると好感
を感じる.
仮説 3・自己開示尺度の高い男性は,自己開示度の低い男性と比べて,女性からのメール文に顔文字が含まれていると
好感を感じる.
125
仮説 4・自己開示度の低い男性は,自己開示度の高い男性に比べて,女性からのメール文に顔文字が含まれていると不
快と感じる.
調査内容と分析方法
【調査協力者】対象者は前橋国際大学 1 年~4 年.男性 40 名,女性 40 名の計 80 名.
【調査期間】10 月上旪~11 月下旪に配布・回収をした.(アンケート用紙は別紙に記載)
【調査内容】
① フェイスシート…調査対象の性別の記入を求めた.
②自己開示度についての質問項目…心理測定尺度集Ⅰの中村(1983)によって翻訳された自己開示尺度
(Jourad,S.M. & Laskow,P. 1958)全 6 項目中,3 項目を使用した.
③メール文の印象に関する質問項目…質問文を同い年の知り合いから受け取ったメール文と仮定しても
らい,それぞれのメール文に対して浮かんだ感情を 5 件法(1・とても好感が持てる ~ 5・とても不快)
で答えてもらった.最後に,自分がいつも使うお気に入りの顔文字と,自分が創作した顔文字があれば
どういうときに使うかも答えてもらった.
【手続き】本学の講義の時間に質問用紙を配布し,回収した.回答時間は 10~20 分であった.
【分析方法】SPSSを使用し,自己開示度高低を低群(1~2.81)~高群(2.82~5)に分け,書き手の性別と受け取り手
の性別別のメール文への印象についての質問項目と一元配置分散分析を行った.
研究結果
先にあげた 4 つの仮説,顔文字ありメールが異性から来た場合の好感度については,有意差は見られなかった.
F(3,76)=1.76,p<n.s.
表 4:自己開示度高低と顔文字への印象の群別平均得点,標準偏差
① 自己開示度高男性群 ②自己開示度低男性群 ③自己開示度高女性群 ④自己開示度低女性群
n=19
平均(SD)
n=21
n=19
平均(SD)
平均(SD)
n=21
平均(SD)
F
T
ukey
顔文字あり異性
2.28(0.67)
2.74(0.57)
2.28(0.22)
2.60(0.19)
1.76
2.37(0.58)
2.83(0.49)
2.11(0.61)
2.70(0.74)
2.95(0.48)
2.75(0.83)
3.07(0.73)
1.24
2.76(0.67)
3.03(0.36)
2.72(0.66)
3.08(0.75)
1.71
n.s.
顔文字あり同性
2.49(0.83)
4.41*
②>④
顔文字なし異性
n.s.
顔文字なし同性
n.s.
*p<.05
126
5
4
好感度 3
2
1
異性から
同性から
書き手の性別
自己開示度高男性
自己開示度低男性
自己開示度高女性
自己開示度低女性
図 5:顔文字ありメールに対する印象についての得点
仮説とは別であったが,顔文字ありメールが同性から来た場合の高感度においては有意差が確認できた.自己開示度
の低い男性は,自己開示度の高い女性よりも,同性から来た顔文字ありメール文に対して有意に不快と感じている事が
新たに分かった.F(3.76)=4.41,p<.05(有意差あり)
その他の場合についても同様に検証したが,有意差が見られたのは同性から来た顔文字ありメール文の条件 1 つだけ
であり,その中でも自己開示度の低い男性は,自己開示度の高い女性よりも,同性から来た顔文字ありメール文に対し
て有意に不快と感じているというもの 1 つだけだった(図 5).
考察
自己開示度の低い男性の方が,自己開示度の高い女性よりも同性から来た顔文字ありメールに対して高い不快度を示
したというものしか有意差は見られなかった.先行研究の加藤ら(2006)の結果のひとつ,メール文章上に顔文字がある
場合女性,ない場合男性というステレオタイプ傾向があるというものが未だ若者の中で,特に男性の中でステレオタイ
プとして残っていることが言えるのではないだろうか.
一方有意差は見られなかったが,顔文字があった方が男女共に,送り手の性別は関係なく受け取り手は非常に多くの
場合好意を示すという結果が出た.異性から顔文字ありメールが送られてきた場合,受け取り手である男女共に顔文字
がない場合に比べて好感度が低かった点は,女性からの顔文字ありメールに男性は好感を示し,男性からの顔文字あり
メールに女性は恐れを示すという加藤ら(2006)の結果とは逆であった.顔文字がないメール文の場合送り手の性別は関
係なく,男女共に不快度が増している.顔文字は今も受け取り手の気持ちを和らげ摩擦を減らす能力がある(原田,2004)
という先行研究の結果は 2008 年現在でも当てはまると考えられるが, (加藤ら,2006)の先行研究は現代の若者に必ず
しも当てはまることではないと分かった.
理由として,顔文字が一般的に浸透し誰が使っても不自然ではない時代になったことが原因なのではないか,という
ことが考えられる.そのため,例えば男性がメールで顔文字を使ったとしても女性に悪印象を持たれる確実な原因には
ならない.それよりも友人からのメールに顔文字がないほうが本人にとっては大きな問題であり,悪印象の原因となり
うるのだ.すなわち加藤ら(2006)以降,受け取り手の印象が変わる主な原因が性別によるものよりも,顔文字のあるな
しという条件によっての方が印象が変動する大きな原因となると変わったということである.筆者は,原田(2004) 加
藤ら(2006)の時代と比べて,顔文字がより CMC において重要なコミュニケーションツールとして認識されている結果
と考える.
127
また,アンケートの最後で,よく使う顔文字,使う理由,自作の顔文字を自由に回答してもらった結果もここに記し
ておく.実際に使っている顔文字については男女共に差はなく,同じようなものを好んで使っていることが分かった.
顔文字をよく使う人のほとんどは,昔は一般的には使われていなかった ω,∀,などの機種依存文字が含まれた顔文
字(先行研究では 2 ちゃんねる的顔文字に分類されている顔文字)の利用者であった.原田(2006)以降,2 ちゃんねる的
な顔文字,つまり機種依存文字を多く取り入れた顔文字を使う若者が,顔文字利用者の中で男女共に増加したと言える.
無機質な記号ひとつひとつに対して想像力を膨らませ,感情を表す手段としてのみにとどまらず見て楽しむ“アート”
として楽しんでいる面も見られるようになったと,筆者は考える.時代は変わっても,顔文字は変わらず,若者たちに
とって重要な記号だということは確かである.
引用文献
Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/ 顔文字
Web「ネチケットご意見板」 2003.7.28 「フェイスマーク」
岡元絵美 2002 フェイスマークにおける感情伝達に関する研究,園田大学卒業論文.
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