脊髄機能モニタリング

脊髄保護のMythとEvidence,
そしてRealities
脊髄機能モニタリング
Monitoring of Spinal Cord Function
山口大学大学院医学系研究科麻酔・蘇生・疼痛管理学分野
松本美志也 Ⅰ)
石田 和慶 Ⅱ)
脊椎・脊髄の病変に対する手術や脊髄虚血の危険性がある胸腹部大動脈瘤手術の際に,脊髄機
能モニタリングが必要となる.現在の主流は電気生理学的モニタリングであり,脊椎・脊髄の手
術ではモニタリングの精度を上げるために運動誘発電位(motor evoked potential:MEP)と
体性感覚誘発電位(somatosensory evoked potentials:SEP)または脊髄誘発電位を併用し
た multimodality monitoring が望ましい.しかし,術前から脊髄障害のある症例では,安定し
た電気生理学的モニタリングができない可能性があり,wake-upテストを行わざるを得ない状況
も起こる.一方,胸腹部大動脈瘤手術時の脊髄機能モニタリングでは,脊髄自体に機械的な侵襲
が加わるわけではないため,脊髄血流の低下が起こりやすい前脊髄動脈の灌流領域に伝導路があ
る運動誘発電位のみを確実にモニターするのがよいと思われる.
はじめに
脊髄電気生理学的モニタリングの歴史
脊髄電気生理学的モニタリングの歴史
脊椎・脊髄の病変に対する手術や脊髄虚血の危険性が
末梢神経を刺激して,頭皮上で導出する体性感覚誘発
ある胸腹部大動脈瘤手術の際に,脊髄機能モニタリング
電位(somatosensory evoked potentials:SEP)は,振幅
が必要となる.現在の主流は電気生理学的モニタリング
が小さく基線の雑音に紛れて評価することが困難であっ
であるが,場合によっては手術中に一旦,麻酔から患者を
たが,1954年にDawsonが誘発電位を加算することで雑
覚醒させ,四肢の動きに問題がないか確認する wake-up
音による基線の乱れを相殺する自動加算装置を考案し,
テストが行われることもある.本稿では,現在行われて
さらにその後マイクロコンピューターによる平均加算法
いる電気生理学的モニターの特徴やモニターを行ううえ
が用いられるようになって急速に普及した.1971年には
での問題点,モニターで異常が検出されたときの対処
Shimoji ら1)が,硬膜外カテーテル留置と同じ手技で,硬
法,さらには wake-upテストの適応と問題点について概
膜外腔にカテーテル電極を留置する方法を考案し,末梢
説する.
神経を刺激して頸髄硬膜外で導出する脊髄誘発電位が手
24 (3070) Feature Articles
山口大学大学院医学系研究科麻酔・蘇生・疼痛管理学分野
Ⅰ)Mishiya Matsumoto 教授
Ⅱ)Kazuyoshi Ishida 准教授
Monitoring of Spinal Cord Function
術中以外でも可能となった.麻酔科医ならではの発想で,
の電位が発生したタイミングに一致することになる.ま
脊髄誘発電位の普及に多大な貢献をした.しかし,当時
た,電位が発生した部位からみると頭皮上はどこでも等
はこれらの方法を用いてもモニターできるのは感覚路の
電位になるので,記録電極は頭皮上のどこに置いても波
みであった.
形はほとんど同じになる.一方,基準電極は頭皮以外に
1990年代に入り,経頭蓋磁気刺激あるいは電気刺激に
置く必要があるが,体幹に置くと心電図の影響を受けや
より誘発筋電図を記録する運動誘発電位(motor evoked
すいので実用的ではない.一般的には両側耳朶を結合し
potential:MEP)が普及し始めた.磁気刺激は痛み刺
て基準電極とする.
激がほとんどないため,意識下でもモニターが可能であ
るが,麻酔中のモニターとしては刺激コイルの固定が困
難で,モニターとしては不安定であることが判明した.
脊髄電気生理学的モニタリングの分類
脊髄電気生理学的モニタリングの分類
一方,意識下では耐えられない痛みを伴う電気刺激は磁
気刺激よりも安定した測定は可能であったが,当初は単
脊髄電気生理学的モニタリングはどこかの部位を刺激
発刺激であったために麻酔薬による抑制が大きく,麻酔
してその刺激により誘発された電位を特定の部位で記録
中のモニターとしては必ずしも十分ではなかった.その
する方法を利用している.誘発電位を記録部位で整理し
問題を克服したのは, 3 〜 5 連のトレインパルスを用
てみると,頭皮上で記録する SEP,脊髄近傍で記録する
いた刺激法である.これは興奮性シナプス後電位の持続
脊髄誘発電位,骨格筋で記録する誘発筋電図に分類され
時間( 7 〜10msec)よりも短い間隔( 2 〜 3 msec)で,
る.このなかで,脊髄誘発電位はさらに,刺激部位によ
次の刺激を与えると電位が蓄積されて発火閾値に達する
り,経頭蓋刺激,脊髄刺激,末梢神経刺激の 3 種類に分
現象を利用している.トレイン電気刺激により全身麻酔
類される.
中でも比較的安定して運動路モニターが可能となった.
Near-field
potential
とfar-field
Near-field
potential
と far-field
potentialpotential
1. SEP
末梢神経を刺激して頭皮上で記録する SEP は,潜時
により,短潜時 SEP(short-latency SEP :SSEP,潜時
50msec 以下),中潜時 SEP(潜時 50 〜 100msec),長潜
近接電場電位(near-field potential)とは近傍で発生
時 SEP(潜時 100msec 以降)に分類される.このうち脊
した電位変化を記録したものであり,具体的には,「神
髄機能モニタリングとして用いられるのは SSEP である.
経伝導路を伝わる活動電位の変化を,伝導路の近傍で記
SSEP は,主として伝導速度の速い触覚・圧覚の伝導路
録した電位」と理解するとわかりやすい.脊髄誘発電位
(末梢神経はAβ線維)を活動電位が末梢から体性感覚野
や MEP は near-field potential である.
まで伝わる過程をみている.例えば,右正中神経刺激の
一方,末梢神経刺激部位から体性感覚野までの伝導路
場合,記録電極をC3’
(国際脳波 10 - 20 法で C3 から 2 cm
において,伝導性が急激に変化するところでは,活動電
後方)
(図 1 )に置き,基準電極を頭蓋外に置くと,潜時が
位の通過に伴い比較的大きな電位が発生し,これらの電
9 ,11,13msec で陽性波(P9,P11,P13)を,18,20msec
位は頭皮上でも記録できる(正中神経刺激では潜時が 9 ,
で陰性波(N18,N20)を記録できる(図 2 )2).このうち,
11,13,18msec で発生する).このように頭皮上で記録さ
N20 が伝導路を通ってきた活動電位が一次体性感覚野に
れる遠隔発生の電位を遠隔電場電位(far-field potential)
到達したときの電位変化で near-field potential である.
と呼ぶ.遠く離れたところで記録できるのは生体が電気
そして,残りの 4 つが far-field potential である.麻酔薬
を通すからであるが,電位の大きさは距離の 2 乗に反比
が電気生理学的モニタリングに影響を与えるのはシナプ
例するので,頭皮で記録する far-field potential は発生源
スと考えられており,刺激部位から記録部位の間にシナ
が遠いほど小さな電位となる.伝導路を通って頭皮上の
プスが介在しなければ,麻酔薬の影響をほとんど受けな
電極に到達しているわけではないので,電位は発生とほ
いと考えてよい.触覚 ・ 圧覚を伝える Aβ線維は脊髄後
ぼ同時に頭皮上の電極に到達する.すなわち,潜時はそ
角に入ってからシナプスを介さずに後索を上行し,延髄
Anesthesia 21 Century Vol.15 No.3-47 2013 (3071) 25
下部の薄束核と楔状束核でシナプスを形成するが,P13
脊髄・脊髄の手術であれば術野から針電極を棘突起間か
は楔状束核でシナプスを形成する前に脳幹で発生する電
ら黄色靱帯に刺入するか,あるいは硬膜外腔にカテーテ
位であると考えられており,麻酔薬の影響をほとんど受
ル電極を挿入する.脊椎・脊髄の手術でない場合は術前に
けないことから脊髄機能モニタリングの指標に適してい
硬膜外腔穿刺によりカテーテル電極を硬膜外腔に留置す
る.ちなみに,後脛骨神経刺激で正中神経刺激の P13 に
る.150 〜 300V,5Hz 程度の刺激で 20 〜 100 回加算する.
典型的には図 3 上段左のシェーマのような波形が導出
相当するのは P31 である.しかし,欠点として,振幅が
小さいためノイズ対策が必要で,5 Hz 程度で刺激して,
される.D(direct)wave は皮質下の錐体路ニューロン
加算回数も 200 〜 350 回は必要であり,記録に約 1 分間
が直接刺激された電位であり,I(indirect)wave は皮質
は必要なことが挙げられる.
内のシナプスを介して錐体路ニューロンが興奮させられ
た電位であると考えられている.I wave は麻酔薬の影響
2. 脊髄誘発電位
を受けやすく,全身麻酔中は記録困難であるが,D wave
①経頭蓋刺激による脊髄誘発電位
は麻酔薬の影響を受けにくく,記録も比較的容易である.
大脳運動野付近(C3 - C4)で刺激を行い,記録電極は,
大脳皮質運動野の付近を電気刺激しているが,経頭蓋刺
10%
鼻根
20%
F3
20%
C3
20%
20%
T5
Cz
20%
F4
20%
C4
20%
10%
10%
P4
10%
Oz
後頭極
N18
F8
20%
20%
10%
T4
A2
右耳介前点
20%
Pz
P3
O1
P9
Fp2
20%
20%
20%
10%
左耳介前点 A1 T3
10%
Fz
20%
F7
Fpz
10%
20%
Fp1
20%
T6
O4
図 1 国際脳波10 - 20法による
脳波電極配置
N20
図 2 短潜時体性感覚誘発電位
(文献 2 より引用・改変)
P11
P13
26 (3072) Feature Articles
誘発電位では陽性波(P)
は下向きに,
陰 性 波(N)は 上 向 き に 表 示 す る.
数値は潜時を意味する.P9,P11,
P13,N18 が遠隔電場電位(far-field
potential)で N20が近接電場電位
(near-field potential)
.
Monitoring of Spinal Cord Function
激の場合は錐体路を選択的に刺激しているとは限らず,
麻酔薬の影響はほとんどない.
錐体路以外の伝導路も含まれていると考えられている.
③末梢神経刺激による脊髄誘発電位
②脊髄刺激による脊髄誘発電位
上肢であれば正中神経か尺骨神経を,下肢であれば後
脊髄機能モニタリングとして用いる場合は,術野の頭
脛骨神経を刺激する.末梢神経が脊髄に入ってくる椎間
側と尾側に硬膜外電極を留置し,どちらか一方で刺激を
で導出すれば,典型的には図 3 下段左のような 2 つの陰
行い,他方で記録を行う.最大上刺激(supramaximal
性波(N1 と N2)が記録できる.このうち N1 は後索を経
stimulation)で 5 Hz 程度の刺激を行い,20 〜 100 回加算
由する伝導路の活動電位を表していると考えられ,伝導
する.
性電位と呼ばれている.一方,N2 は脊髄後角でシナプ
典型的には 2 つの陰性波がみられ,最初の陰性波(N1)
ス形成する伝導路のシナプス後成分と考えられており,
は後側索の脊髄小脳路,2 番目の陰性波(N2)は深部知
分節性電位と呼ばれている.正中神経は C6 - T1 髄節に,
覚の機能を反映する後索を伝導する電位と考えられてい
尺骨神経は C8 - T1 髄節に,後脛骨神経は L4 - S2 髄節に入
る(図 3 中段左)
.実際の波形では N2 がはっきりしない
るため,その部位で導出すれば,伝導性電位とともに分
こともある.刺激−記録の方向が下行性であっても,錐
節性電位が記録できる.ただ,髄節と椎間にはずれが
体路の伝導をみているわけではないことに注意が必要で
あるので注意が必要である.N1 はシナプスを介さない
ある.刺激部位と記録部位の間にシナプスはないので,
伝導性電位であるため,麻酔薬の影響を受けにくいが,
経頭蓋刺激
D
(Direct)
wave
(Indirect)
I
wave
25μV
1.5mS
脊髄刺激
N1
N2
50μV
1mS
末梢神経刺激
N1
N2
5μV
5mS
図 3 脊髄誘発電位(文献 3 より引用・改変)
上段:経頭蓋刺激,中段:脊髄刺激,下段:末梢神経刺激.各段とも左はシェーマで右は実際の記録波形.
Anesthesia 21 Century Vol.15 No.3-47 2013 (3073) 27
N2 はシナプス後成分であるので,麻酔薬の影響を受け
手術の中断時間がほとんどないという利点もある.しか
やすく不明瞭なことも多い.最大上刺激で 5 Hz 程度の
し,麻酔薬,特に吸入麻酔薬や筋弛緩薬の影響を受けや
刺激を行い,20〜100 回加算する.
すいため,プロポフォール,ケタミン,麻薬による静脈
麻酔が望ましく,筋弛緩薬は必要最低限の使用とする.
3. MEP
胸腹部大動脈瘤の手術では軽度低体温となるが,ウサギ
上肢と下肢の両方を同時に記録するには大脳運動野付
近(C3 - C4)に針電極を刺入し,400 〜 600Vの電圧で 3 〜
5 連のトレイン刺激(500Hz)を行う.導出する筋肉は,
を用いた研究では,トレイン刺激であれば 28℃までは振
幅に影響を与えない 4).
脊椎・脊髄の手術症例で術前から運動麻痺が強い場合
神経支配と筋電図を記録しやすい点から,小指外転筋
は,MEP の記録は困難である.術前の筋力低下が高度
(C8)
,大腿四頭筋(L4)腓腹筋(S1),短母趾屈筋(S1)
であった症例で,術中に MEP がモニターできず,やむを
得ず脊髄刺激による脊髄誘発電位のみのモニターで手術
などが使用される.
MEP は術後の社会復帰に直結する錐体路モニターで
を行い,術後に運動障害が増悪した報告がある(図 4 )5).
あり,脊髄機能モニターとしては最重要視される.筋電
Kakimoto ら 6)は,記録する筋肉の支配神経にあらかじ
図であるので波形が大きく,記録時に加算の必要がなく,
めテタヌス刺激を加えておけば,MEP の振幅が増高す
る現象(post-tetanic MEP)を報告しており,MEP の記
録が困難な症例では試みる価値がある.
MEP の合併症として,当初てんかん症例でけいれん
椎弓切除後
が誘発される可能性が危惧されたが,現在ではその可能
OPLL切除中
筋の収縮による歯牙・舌損傷を避けるために,バイトブ
性に関しては否定的である 7).経頭蓋電気刺激による咬
ロックに工夫が必要である.われわれはガーゼを円柱状
にしてバイトブロックとして使用している.
手術中断
OPLL切除再開
Wake-up
テスト
Wake-up
テスト
Wake-up テストは,手術中に麻酔深度を浅くして患
者を覚醒させ,足関節や膝関節を動かせるか確認する方
法である.1990 年代以前に MEP モニタリングが行えな
2μV
手術終了
2ms
かった頃には,手術中に運動機能を確認するには wake-up
テストを行わざるを得なかった.究極の脊髄機能モニタ
リングともいえるが,施行するうえでいくつかの問題点
もある.まず,第 1 に患者の十分な理解が必要である.
図 4 脊髄刺激による脊髄誘発電位
(文献 5 より引用・改変)
50 歳代女性.T5 以下の知覚低下があり,介助すれば起立
はできるが,歩行不能であった.T4 - T7 の後縦靱帯骨化症
(OPLL)と黄色靱帯骨化症(OLF)と診断され,後方除圧
と OPLL・OLF 切除術が予定された.運動麻痺のため経頭
蓋刺激による運動誘発電位(MEP)は検出が困難で,脊髄
刺激による脊髄誘発電位のみをモニターした.OPLL 切除
中に脊髄誘発電位の低下が起こり,一時手術を中止し,そ
の後回復したため,予定通り手術を施行した.しかし,知
覚低下は不変で運動麻痺は術前より悪化した.
28 (3074) Feature Articles
小児や認知機能に問題がある高齢者では難しい.また,確
認できるのは覚醒している間だけあり,手術操作が複雑
で,手術時間が長くなる脊髄髄内腫瘍の手術では経時的
なモニタリングを行う必要があり,電気生理学的脊髄機
能モニタリングに頼らざるを得ない.また,覚醒中は血圧
も高めになることが多く,その後再び麻酔深度を深くし
た状態で血圧が低下した場合,脊髄機能が保たれる保証
はない.覚醒時の体動が激しい場合,例えば側彎症の手
Monitoring of Spinal Cord Function
術で脊椎の固定が不十分の状態で強いバッキングを起こ
リングを行う場合は,プロポフォールの脳内濃度ができ
すとそれ自体が脊髄障害を起こす可能性がある.さらに
るだけ一定になるように注意する必要がある.胸腹部大
は,強い吸気努力により空気塞栓が起こる可能性もある.
動脈瘤の手術において,上半身は自己心拍で,下半身は
術中は脊髄電気生理学的モニターを行いながら,電気
部分体外循環で循環が維持される場合,部分体外循環の
生理学的モニターで判断が困難なときに wake-up テスト
脱血管の先端は右房と下大静脈の移行部付近に留置され
を行う方法が考えられるが,術前に脊髄障害がない症例
ることが多いため,上半身から投与したプロポフォール
では wake-up テストを行う必要性は低い.実際に,特発
が脱血管から十分に部分体外循環側に移行せず,上半身
性側彎症の患者 500 症例では SSEP と MEP モニタリング
のプロポフォール濃度が上昇し,MEP に影響を与える
を併用することで,脊髄障害の検知の感度は 98.6%,特
可能性が指摘されている 16).したがって,部分体外循環
異度は 100% と報告されている .ただし,MEP の項で
が始まり,bispectral index(BIS)値が急激に低下し始
も述べたように,術前からの脊髄障害のために MEP モ
めた場合は,プロポフォールの投与速度を半分以下に減
ニタリングが難しい可能性が高いと考えられる症例の手
らし,術中覚醒予防にケタミンを併用するなどの工夫が
術では,wake-up テストを考慮すべきかもしれない.術
必要である.部分体外循環中の上半身からの投与薬物の
中に wake-up テストを行う可能性があれば,術前に患者
分布異常は筋弛緩薬に関しても同様と考えられるが,理
に十分な説明が必要である.
論的には下肢の MEP モニターの値を上昇させることは
8)
wake-up テストはプロポフォールとレミフェンタニル ,
9)
あるいはセボフルラン
10)
またはデスフルラン
11)
あっても低下させることはほとんどないと思われる.
とレミ
フェンタニルのいずれの組み合わせでも可能であるが,
プロポフォールとレミフェンタニルに比較すると,デス
フルランとレミフェンタニルの方が,wake-up テストを
脊髄機能モニタリングで異常値が
観察されたときの対処
脊髄機能モニタリングで異常値が観察されたときの対
行えるまでの時間が短い可能性がある 12).MEP モニタ
脊椎・脊髄の手術では,手術操作に伴い電気生理学的
リングのことを考えると,静脈麻酔薬による麻酔維持が
モニタリングで異常が起これば,手術を中断し,例えば,
望ましいが,特発性側彎症の手術に関しては 1 MAC 以
側彎症の矯正中であれば,矯正の解除が必要である.異
下のセボフルランであればほとんどの症例で MEP モニ
常値の基準は施設ごとに異なるのが現状と思われるが,
ターは可能と報告されている
.ただし,レミフェンタニ
SSEPでは振幅の 50 〜 60%減少(基準値の40 〜 50%),あ
ルを用いて wake-up テストを行うと数カ月にわたって睡
るいは潜時の 10%延長,脊髄誘発電位では振幅の 30 〜
10)
眠障害を起こす可能性もあり今後の検討が必要である .
13)
麻酔薬の誘発電位に及ぼす影響
麻酔薬の誘発電位に及ぼす影響
基本的には刺激部位から記録部位までの間にシナプス
が存在すれば,麻酔薬による抑制を少なからず受けると
考えられる.誘発電位のなかで最も麻酔薬の影響を受け
やすいのは MEP である.MEP に及ぼす各種麻酔薬の抑
制効果を,高度,中等度,軽度,なしの 4 段階で評価す
ると,抑制効果が大きいのは,揮発性(吸入)麻酔薬,
バルビツレート,中等度は亜酸化窒素,プロポフォール,
ベンゾジアゼピン系薬,抑制効果が小さいのは麻薬,影
響がないのはケタミンである(表 1 )14, 15).
プロポフォールと麻薬による麻酔下に脊髄機能モニタ
表 1 各種麻酔薬のMEPに及ぼす影響
(文献 14より引用・改変)
吸入麻酔薬
イソフルラン
セボフルラン
デスフルラン
亜酸化窒素
↓↓↓
↓↓↓
↓↓↓
↓↓
静脈麻酔薬
バルビツレート
ベンゾジアゼピン系薬
プロポフォール
ケタミン
フェンタニル
↓↓↓
↓↓
↓↓
̶
̶ or ↓
MEPの抑制の程度:↓↓↓
(高度)
;↓↓
(中等度)
;↓
(軽度)
;
−(なし)
Anesthesia 21 Century Vol.15 No.3-47 2013 (3075) 29
50%減少(基準値の 50 〜 70%)
,潜時の 5 〜 10%延長を
ることで,責任血管を同定し,その血管を再建している.
異常値とするのが一般的と思われる.MEP では以前は振
幅の 50%低下
(基準値の 50%)を異常値としていた施設が
多かったが,現在では振幅の 70%低下(基準値の 30%)
まとめ
まとめ
を異常値とするコンセンサスが得られつつある.もし,
異常値が検出され,手術を中断した場合,どの程度回復
脊髄機能モニタリングに関しては,QOL に密接に関係
するまで手術を中断すべきかが臨床現場では重要な問題
する MEP が最も重要であるが,脊椎・脊髄の手術では
であるが,残念ながら明確な基準はなく,個々の状況で
四肢の位置覚と触覚・圧覚に関係する後索機能のモニ
決定されているのが現状である(図 5 )
.
ターを含めた multimodality monitoring が望ましい.わ
胸腹部大動脈瘤手術での脊髄機能モニタリングは MEP
れわれの施設では,例えば,頸椎領域の病変であれば,
のみで行われることが多いが,異常値の基準としては振
MEP と 3 種類の脊髄誘発電位,すなわち,経頭蓋刺激,
幅の 75%低下(前値の 25%)がコンセンサスとなりつつ
脊髄刺激(病変より尾側を刺激して病変より頭側で導
ある
出),正中または尺骨神経刺激による脊髄誘発電位をモ
.大動脈を遮断して MEP が異常値となった場合,
17)
脊髄灌流圧を上げるために,血圧を上昇させ,術前から
ニターしている.一方,胸腹部大動脈瘤手術時の脊髄機
挿入していた脊髄くも膜下カテーテルより脳脊髄液ドレ
能モニタリングでは,脊髄自体に機械的な侵襲が加わる
ナージを行う.それでも,改善しない場合,われわれの施
わけではないため,脊髄血流の低下が起こりやすい前脊
設では,大動脈遮断部位の肋間動脈から選択的に灌流を
髄動脈の灌流領域に伝導路がある MEP のみを確実にモ
行い(最大 3 カ所),MEP の回復を待ち,その後,選択的
ニターするのがよいと思われる.
に肋間動脈を灌流しているカテーテルの血流を順次止め
術中の脊髄モニタリングにより,患者の予後は改善す
経頭蓋刺激−誘発筋電図
右大腿四頭筋 右腓腹筋 左大腿四頭筋 左腓腹筋
T2W - MRI
手術開始
手術中断
手術再開
図 5 MEPモニタリング(文献 3 より引用・改変)
T7 - T9 の脊髄髄膜腫摘出術中の MEP の経時的変化.手術操作が脊髄に及ぶと急激な振幅の低下を生じたが,手術を一時中断し,少
し回復してきたことを確認し手術を続行した.手術終了時の振幅は手術開始時の半分以下であったが,術後下肢運動機能の増悪は
なかった.左はMRI T2 強調画像.
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Monitoring of Spinal Cord Function
ると予想されるが,残念ながら術中脊髄モニタリングが
ないため,全体像を正確に反映していない可能性も高い
術後の脊髄機能障害を減少させたことを示す明らかなエ
が,ここでも術中の脊髄モニタリングの重要性が強調さ
ビデンスはない.Fehlings ら
れている 19).
18)
は 1990 年から 2009 年ま
でに発表された 32 の論文で,術中の脊髄モニタリングの
脊髄機能モニタリングが患者の予後を改善する証拠を
意義について systematic review を行っている.その結
示すことは今後も倫理的にも現実的にも困難と思われ
果,multimodality monitoring は感度,特異度とも高い
る.すなわち,術中の電気生理学的モニタリングを行わ
が,術中脊髄モニタリングにより患者の予後が改善した
ない対照群を設定することに術者も患者も同意しないこ
ことを示すエビデンスレベルは低く,さらに,術中モニ
とが容易に想像される.また,多施設間で研究を行う場
タリングの異常所見をもとに,術中に何らかの対策を行
合,特に脊髄髄内腫瘍など手技的に困難な疾患では施設
うと予後が改善することを示すエビデンスレベルはさら
間の術式に大きな違いがあり,それが予後に影響する可
に低いと彼らは結論づけている.しかし,review 全体
能性も考えられる.
を通して彼らは術中の脊髄モニタリングの価値を否定し
術中に脊髄機能モニタリングを行うためには,高価な
ているわけではなく,multimodality monitoring の感度
機器の購入や測定に伴うマンパワーなどの負担も大きい
と特異度の高さから,脊髄障害の可能性がある場合には,
が,予後を改善する証拠がないからといって消極的にな
術中の脊髄モニタリングを推奨している.1970 〜 2007 年
るのではなく,むしろ積極的に脊髄機能モニタリングを
までの米国麻酔科学会 closed claims のデータを解析した
行い,測定精度を向上させていく努力が必要である.麻
報告では,頸椎の手術後に脊髄障害で訴訟になった 24 症
酔科医が自ら誘発電位測定を行わない場合でも,誘発電
例のうち,手術操作が直接の原因と考えられるものは 9
位の意味を十分理解し,安定したモニタリングができる
症例(38%)であった
ように可能な限りの協力をすべきと思われる.
.Closed claims study の場合は,
19)
障害が起こっても訴訟にならなかったものは含まれてい
Anesthesia 21 Century Vol.15 No.3-47 2013 (3077) 31
Monitoring of Spinal Cord Function
■ 参考文献
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