英国のことあれこれ(1) The Archers(アーチャー家の人々)

■英国のことあれこれ(1)
The Archers(アーチャー家の人々)
Ichikawa Yasuo
中央大学教授
市川 泰男
私 ンドン大学の夏期講習で約 1 ヶ月間英語
BBC staff であることを自慢に思っていて、ある
を勉強した。何を勉強したかほとんど覚えていな
Centre に案内してくれた。ここでは 007 を生み
い が、 講 師 が 午 前 中 の 音 声 学 の 授 業 を Good
出すお国柄、世界各国の放送を傍受して何やらフ
Morning! と言って終わりにしたこと、また別の
ァイルを作成していて、フローラさんはチェコ出
講師は授業中にやたらと Are you happy? と言っ
身なのでチェコ語の放送を傍受していたとのこと
ていたのだけは鮮明に記憶している。前者は「さ
だった。
が初めて英国を訪れたのは 28 歳の夏、ロ
とき、私をレディングにある BBC の Monitoring
ようなら!」後者は「
(この説明で)分かりまし
このフローラさんが毎日楽しみに聞いていたの
たか、いいですか?」という意味であることを知
が The Archers というラジオドラマだった。私
って新鮮な感じがした。ある週末に、エクセター
は大きな音量で流れてくるその番組を断片的に聴
の方へドライブ旅行に出かけたときに車中で初め
いていただけだが、ドラマの始めに流れてくる調
て BBC の英語を聞いた。学生の頃はもっぱら
子のよいメロディーが特に印象的であった。在外
FEN を聞いていた私には、BBC の英語が何と美
研究でケンブリッジに滞在していたとき、日曜日
しく聞こえたことか。
にその OMNIBUS が放送されるのを知って、ほ
それから 6 年後、レディング(Reading)大学
とんど欠かさずテープに録音しておいた。今でも
の CALS(Centre for applied linguistics)という
夜中に目が覚めてしまうときなどは繰り返しぼん
所で、2 ヶ月間英語の教授法などを勉強した。レ
やりと聞いているが、特に 40 周年を記念した
ディング大学の寮に着くやいなや、派遣された仲
BBC RADIO COLLECTION の THE ARCHERS: The
間の一人が、オスカー・ワイルドが同性愛で有罪
Wedding というエピソードは聞くたびにほんの
判決を受けて収監された刑務所の一つであるレデ
りとした郷愁みたいなものを覚える。
ィングの刑務所へ案内してくれた。今思えば、い
この番組は Ambridge という架空の村を舞台に
きなり案内された所としては奇妙な場所である。
田舎の人々の日常生活を描いた物語で、何と
もっとも、ある研究会で北海道旅行をしたことが
1951 年に放送が始まり今日でもまだ続いている。
あるが、皆で網走の刑務所を外から眺めたことが
このような長寿番組の存在は英国の文化、英国人
ある。恐らく入ることはないであろうという確信
の特質を考えるときに何かヒントを与えてくれそ
みたいなものが、そのような場所も見学させる気
うだ。BBC のホームページからこの番組にアク
にさせるのかもしれない。ボズウェルの『ヘブリ
セスすると Ambridge の地図やアーチャー家の系
ディーズ諸島旅日記』の中には、ジョンソン博士
図まで載っているのには驚かされる。それどころ
が船上の人は牢獄にいる人より惨めであると言っ
か The Archers を日本にいながら楽しむことも
たという下りがあるが、身の安全、快適さなどを
できるのだ。 正に Internet に感謝、だ。
考慮すればそのように言えたのかもしれない。ジ
緩やかに起伏する英国の田園風景を思い浮かべ
ョンソンの時代に現在の豪華客船があったら、異
ながらこのドラマを聞いていると、自然に英語が
なる見解を表明していたであろう。
身に付くような気がする。英語教育もこの技術の
CALS での研修期間の前半は大学の寮で過ごし、
後半は大学近くでホームステイをした。私はフロ
ーラ夫人の家に滞在した。フローラさんは ex-
進歩を利用しない手はない、と思うのは私だけで
はあるまい。