はじめに - 大阪音楽大学

弦楽器初級から上級に至るまでの、弓が与える影響とその過程における考察
(サントリーコレクションの弓に関する報告を基に)
松田淳一
The study of the effect by a bow from children (beginner)
to professionals (advanced) and the process.
(Based on the report of the bow in the Suntory Collection.)
Junichi Matsuda
Is there any deep instrument as much as a bow? The pronunciation is “bou” (bow) in
English and Japanese. It is not only simple in appearance but in structure. A horse tail
is stretched on either end of the wooden stick. However, this simple instrument creates
sound and covers 85% of music nuance. It equally influences on from children learning
to play a stringed instrument to great musicians already winning the worldwide fame.
Moreover, it’s a mysterious world which no one can overcome. Perhaps if we master
stringed instruments, we cannot solve the bow problem forever.
This thesis shows the study of the instrument,“bow”with the report and explanation of
the bow of Suntory Collection in Osaka College of Music as articles and specific subjects.
弓(Bow)という道具ほど奥の深い道具が他に存在するであろうか?英語も日本語も同
じ、ただの棒(Bow)である。見かけが単純なだけでなく、構造もかなり単純である。木
の棒に馬の尻尾の毛をはっているだけである。しかしその単純な道具は、音を創り出し、
音楽的なニュアンスの 85%を担当する。それは、弦楽器を習得しようとしている子供から、
すでに世界的名声を得ている巨匠に至るまで、同じように影響を与え続け、しかも、誰も
克服できない神秘なのである。ひょっとしたら、いくら弦楽器を極めても、弓に関する問
題は永久に解決することがないと言えるかもしれない。
当論文は、この弓に関する論説と、具体的な題材として、サントリーコレクションの弓
の報告と解説を絡めながら、弓という道具について考察していこうというものである。
はじめに
弓という道具はもともとアジア民族が発明したものであることは周知の事実である。
それ以前は、たとえば、古代ギリシア人はリラという楽器を使っていた。この、箱に 1 本
の弦を張っただけの楽器は、音楽を創造するだけの力を持っていなかったため、詩や物語
の朗読の効果を強めるだけにしか用いられなかった。万物の先駆け的存在であった古代ギ
リシア人でさえ、弓を思いつかなかったのである。インド人やペルシャ人等が発明した、
この弓という道具は、音楽の発展に大変重要な役割をもっていた。
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たとえば、弓を使わなければ弦の響きを持続することはできない。音を強めたり弱めた
りすることも、弓を使えば容易なことである。つまり、弓を使うことにより音楽表現が豊
かになり、詩や朗読などの言葉がなくても聴き手を退屈させることがなくなったのである。
この弦楽器史上最大の発明はアジア民族が馬を家畜にしていたためであろうといわれてい
る。ペルシャやトルコの、ケマンジェ(ケメンチェ)やレバブ(リバーブ)、またモンゴル
では有名な馬頭琴がある。彼らの試行錯誤の結果、どの楽器に対しても、弓の材料として
馬の尾毛が最も適していることを発見したのである。近年、馬の尾毛に代わる新素材の研
究がなされた時期があったが、馬の尾毛より秀でた製品が、いかなる化学繊維をもってし
ても未だに発見されていないことからみて、古代アジア民族の発明がどれほど価値の有る、
すばらしいことであったかを認識させられる。
博物館などの展示目的でない限り、弓の毛は定期的に(年 2 回が好ましい)交換しなけ
ればならない。現在、弓の毛に用いる馬の種類はモンゴルや中国、またカナダ産の馬、な
どがよく使われる。モンゴル産は細め、カナダ産は太め、といった特徴があり、また、白
馬の毛は細く繊細なため、艶のある緻密な音を作り出すことに向いているがやや弱い。ヴ
ァイオリンからチェロの場合この種の毛を張る。黒馬の場合は太くて頑丈で長持ちし、力
強い音楽を奏でる時には効果的だが、繊細さに欠ける、といった一長一短がある。コント
ラバスの場合には、このくらいの「剛毛」を好む演奏者もいる。
材料について
次に、弓のスティック部に使われる材料であるが、現在ではほとんど、ブラジル産のフ
ェルナンブーコ材が使用される。ブラジル産のフェルナンブーコ材というのは、ジャケツ
イバラ科の常緑高木。学名 Caesalpinia echinata 別名をフェルナンブーコ、ペルナンブ
コ、パウ・ブラジルなどと呼んでおり、この木材の産地であるブラジルの地名から来てい
る。以前は染料に使用された。実際この材料を加工していると手の汗で染料が滲み出し、
手が紫色になる。現在伐採禁止令が出されたことで、大変入手が困難な材料のひとつであ
るこの材料は、弓の最高級材として 18 世紀より使用されており、オールドボウの名弓もほ
とんどこの材質で作られている。
弓に最適な木質と弾性を持つフェルナンブーコ材は、組織が単一方向を向いた普通の材
木と違い、いわば木の中で渦巻いているかのように繊維と繊維が互いに絡み合い、しかも
緻密で適正な弾力と強度を兼ね備えている。筆者も過去にこのフェルナンブーコ材を用い
てテールピースや顎当てを作った経験があるが、想像を絶する堅さに彫刻刀を何本も駄目
にしてしまった。
もうひとつこの木材の特徴は、とても曲げ強度に対して強いことと、また熱によって反
りが付けやすく、そしてその反りが戻りにくい。これは弓材料として考えた場合、最適で
ある。もちろん、このフェルナンブーコ材の材質にも、まさに「ピンからキリまで」あり、
従ってフェルナンブーコ材の弓だからと言って、全てが「良質」というわけではない。し
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かしその逆に、良質弓でフェルナンブーコ材以外の材料からできている弓は無いといって
もよい。弓材料は堅い木材であればよいというわけではなく、例えば一見、黒檀でも弓は
作れそうに思うが、いざ黒檀を細く削ってみると、想像していた以上に軟弱で使い物にな
らない。この様に弓材料に適した木というものはそう簡単に見つかるものではなく、逆に、
たまたま適した木を世界中から探し出してきてみたら、それが「フェルナンブーコ材」だ
ったとも言える。
弦楽器の世界ではこのフェルナンブーコ材で作られた弓が最高のものとされ「ブラジル
ウッド(ブラジルボク)」で作られたものはそれに次ぐとされる。しかしながら、「フェル
ナブーコ」と「ブラジルウッド(ブラジルボク)」は同一の種名 Caesalpinia echinata
で
あり、生物学的視点からは両者を区別できない。しかし、弦楽器製作者・弦楽器奏者の間
では、一般的に弓の材料の話をする時には、ブラジルウッドとはフェルナンブーコ材以外
の木材の事を指す。ブラジルウッドもフェルナンブーコも、製品となった弓を見た限りで
はその違いは分からない。しかし材料を削ってみるとブラジルウッドは茶色い色が多く、
そして繊維の密度が粗いのに対して、フェルナンブーコ材は削った瞬間には、その木肌は
オレンジ色をしている。そしてブラジルウッドの最大の特徴は、繊維方向とは直角に、微
細な縮れ模様が入っている。また、曲げ強度はフェルナンブーコより劣り、熱によって付
けた反りが、長年の間に戻ってしまうということも欠点である。
現在では釣竿と同じ素材であるカーボンファイバー製の弓も作られるようになり、初心
者やプロの練習用・教師のレッスン用などに使われ始めている。安価のわりに使い心地が
良いようであるが、使用の際は完全な消耗品と心得ておくべきである。
弓の性能とは
では、次に、
「弓の性能とは何か」ということになるが、
最初に注意することは、単純に「価格」=「性能」ではないということである。
弓の場合にはその構造がシンプルなために、材質がそのまま性能に反映する。したがって、
弓の性能とはすなわち材質の性能と言っても過言ではない。良い材質とは、一番重要な要
素は「強い」ことである。ただし、
「強い」=「堅い」とは必ずしも言えないところに、弓
の難しさと奥の深さがある。すなわち、堅ければ堅いほど良い弓ならば、金属を使うべき
であろう。後述することになるが、実際 J.B.ヴィヨームは金属を用いた弓を考案したが、
一般的には受け入れられなかったし、本人も、すぐにこのアイデアを放棄した。
では、弓の世界で言うところの「強い」材質とはどういう材質なのか。弓という道具は、
ある時は激しく力強く、ある時はやさしく繊細に動かして能動的に仕事をさせる道具であ
り、人間で言うなら、運動選手に相当するといえよう。たとえば、強い相撲取りがどうい
うタイプか考えていただければわかりやすいが、決して巨体で力持ちが連戦連勝とは限ら
ない。ようするに、弓もアスリートも適当な柔らかさが必要なのである。この柔らかさが
過度であると、「ヘナヘナボウ」と言われ、堅いと「剛弓」と言われる。
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サントリーコレクションのすばらしい弓をいろいろな角度から検査してみると、この最
も難しい難関をパスしている弓が多かった。実際、どういう材質が上記の条件を満たすか
というと、1にも2にも木の密度である。密度が高いと充分な重量を持つので、細く削る
ことが出来、結果、軽いが、しっかりした弓が生まれるのである。また、密度が高いと、
振動しやすく、そして根元から弓先まで満遍なく振動してくれるので、コントロールしや
すく、音質も澄んでいる。一般的に弓と音質とは無関係と思われがちであるが、実は、弓
自身の振動は音質に大きな影響を及ぼすのである。
ヴァイオリン製作マイスターの佐々木朗氏によると、
「普及品の弓の場合、その木材質はどうしても強度不足です。ですから若干太めに製作す
るのですが、それでも限界があります。必要以上に太くすると、重くなり過ぎてバラン
スが悪くなるからです。このような弱い弓の場合、弓が弱いために、どうしても毛を目
一杯張らなければ、毛が弓竿に接触してしまいます。ですから、このような普及品弓を
使っている人を観察すると、弓竿と毛が平行状態になっている場合が多いのです(上図)。
一方で、強い弓の場合には、弓の毛を目一杯に張らなくても、弓がつぶれることはあ
りません。
(下図)ですから、このような弓の場合には、弓竿の状態が曲線を保ったまま
で演奏できるのです。この差が重要になります」
さて、この差は非常に大きく、普及品の弓の場合、弓の重心が弦の位置よりも随分高い
ところに位置してしまう。一方、上質弓では、弦の位置と重心の位置が近いところに来る。
これは弓のテクニックに大きな影響を与える。鉛筆で字を書くときのことを思い浮かべる
と容易に想像がつくのであるが、鉛筆の芯の反対側、つまり芯から遠い部分を持って上手
く字を書けるだろうか。作業ポイントは自分の手に近いほうがコントロールしやすいので
ある。
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初級者から上級者に至るまでの観察結果
筆者が長年に渡って生徒・学生を観察してきた経験では、
1.初心者の間、どのような弓を持たせてもまったくわからない状態から、徐々に発表会な
どで舞台を踏む数が多くなるにつれ、本番中の緊張状態による弓の震えを経験したり、
自分でコントロールできないほど力んでしまう。
2.そこで、手が震えても、力んでも、その震えや力みが音に影響しないような弓を求める
ようになり始める。
このときに選ぶ弓は 10 人が 10 人「剛弓」である。
この堅い弓は、確かに少々緊張して手が震えても、また、力んでも、あまり音自体に影
響を及ぼさないので、このレベルの学生にとってはまさに魔法の杖なのである。
3.舞台にも慣れて、極度の緊張状態から開放され始めたころ、剛弓に疲れ始め、もう少し
軽い目の弓を求めるようになる。
剛弓というのは、非常に堅かったり、非常に重かったりするので、扱うにはそれ相応
の体力や力が必要になる。すなわち、本番中は良いが、リラックスした状態での自宅で
の練習時などにおいては、長時間の練習に耐えられなくなってくるのである。そこで、
本番中に手の震えや力みが伝わらず、しかも、楽に扱える堅い弓を求め始めるのである。
4.本番が楽しめるようなレベルに達したころ、自分の思いのままコントロール出来、しか
も音色が綺麗な弓を求め始める。
最終的に、弦楽器奏者は全員ここに辿り着く。本番中の「手の震え」「力み」という、
一見克服不可能にも思える巨大な問題があったため、それを補ってくれる弓を求めてい
たわけであるが、言い換えれば、そういう弓は、
「魔法の杖」ではなくて「自分がコント
ロールした通りに動作してくれない弓」であるということに気がつくのである。
すなわち、たとえば、わざと手を震わせても知らん顔をしているような弓なのである。
演奏者がこのレベルに達すると、自分が少しアクションを起こしたら、すぐに察知して
動いてくれる弓でなければ欲求不満に陥る。そして、そういうレスポンスの良い弓は、
超一流の材質を使ってあるため、音色も良く、バランスも申し分がないから、奏者の欲
求をすべて満たすものである。
名演奏家であったウッジェーヌ・イザイが「左手は誰でも出来る。しかし右手のボウイ
ングは芸術家にしか出来ない」と言った。それほど運弓法は至難なものであり、これを
マスターするためには性能の優れた弓が必要なのである。弓を選ぶ際、よく言われるの
が「楽器との相性」という言葉なのであるが、超一流の弓は楽器を選ばない。しかし、
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この理屈には「逆」はないのである。つまり超一流の楽器は弓を「選ばない」のではな
くて、超一流の楽器ほど弓を「選ぶ」のである。そのことから見ても、弓というものが
弦楽器にとって最も重要な道具であるということが言えよう。
どのような弓を選んだら良いか
実際にプレーヤーがどのような弓を選ぶべきか、という議論になると、楽器商、弓職人、
弦楽器教師、それぞれの立場の違い、そして、たとえば、同じ教師の中でも個人の好みや
性別など、さまざまな要因の違いがあるため、当然出てくる答えに差があるであろう。
しかし、ひとつ確実に言えることは、初級者・中級者・上級者が、それぞれまったく違う
性質の弓を選んだとしても、なんら問題はないということである。むしろ、そうあってし
かるべきであり、たとえば、初級者が‘良い弓’と思って購入した弓に不満を感じるよう
になった時に‘間違った買い物をした’と悔やむのではなく、
‘自分のレベルが上がった‘と
喜ぶべきなのである。そして、再びレベルアップしたら、またその時に気に入った弓を購
入すれば良い。
筆者もその「買い替え」を二桁数経験しているが、その繰り返しの中で重要なことに気
がついたのである。弓というのは先にも述べたように、上達度に応じて嗜好が変化する道
具であるから、今は良いと思ってもそのうち不満が生じるはずである。したがって、買い
換える時に下取り、あるいは売却できる商品的価値のある弓でなければならない。すなわ
ち、贋作などもってのほかで、可能な限り、ミランやラファン等のような信用のおける証
明書がついている弓が望ましい。このことは、購入の基本的条件であると考えて差し支え
ない。自動車などと違って、弓は、折ってしまわない限り価値は下がらないので、買い替
えのときに、充分な資金源となるのである。もし仮に買ってしまってから、やはり気に入
らなかったと後悔しても、本物であることが証明される弓であれば、すぐに買い替えが可
能なのである。もともと市場にはオールドフレンチボウのような希少価値のある品物があ
ふれかえっているわけではないので、本物でさえあれば、とりあえず購入してしまっても
良いくらいなのである。もし、本物の中から選択できる幸運に恵まれたら、
まず健康状態をチェックする
特にフロッグに亀裂などがないか、スティックがねじれていないか、大きな節がないか・・
などをチェックする。
次に、重量を量る
だいたい 60g(上下 2g 前後)であれば問題ない。
重心の位置を測る
60g で重心が弓の毛の根元から 19cm 前後なら理想的であるが、巻線を見て、銀糸のよう
な繊維であれば、重心を先へ遠ざけることは不可能である。もし、銀や金のような金属
の巻線であれば、それを解いて減らせば重心は先へ移動するし、増やせば根元に移動さ
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せることが出来る。巻線が繊維の場合は金属に交換すると重心が根元に移動する。重心
の調節をすることによって扱いやすい良い弓に生まれ変わることがあるので、持ってみ
てすぐに悪い弓の烙印を押す前に重心に関して考えてみることは重要である。
このように考えていくと、避けた方が良い弓は、全体の重量が重く、重心が中央に近い
ような(根元から離れている)弓である。このような弓の場合、大きな音がする割に、意
外とレスポンスが悪かったり、重量がかかりすぎて音が響かなかったり、音色が暗すぎる、
等の症状が現れやすい。
(案外「金装飾」が施された弓に良く見かける)しかし、それを克
服するために重心を手元へ移動させる(軽く感じる)方法は、巻線の重量を増やすしか方
法がない。すなわち根元の重量を重くして重心を手元に移動させる方法である。たとえば、
巻線の種類をもっと太いものに交換するか(銀線の 0.25mm を 0.30mm に交換する等)ある
いは巻線を二重にするか、等である。
しかし、そうすると、重心は手元に寄ったため軽く感じるが、実のところ全体の重量が
増してしまい、かえって扱いにくくなることは言うまでもなく、それどころか、弓を持つ
だけでも大変な苦労を強いられることになる。そのような弓で長年無理をして演奏してい
ると、右手親指の関節などに障害を起こしてしまい、最悪の場合は演奏家生命を絶たれて
しまうということも、考えておかなければならないくらい重大なことなのである。
サントリーコレクションの資料一覧
下記にサントリーコレクションの弓に関する資料を一覧にまとめてある。
重心
☆ 重心の項は、[a.有効な毛の部分からの距離 / b.ボタンからの距離 / 全長](上図参照)
☆フロッグの項は、スティックとフロッグがぴったりと合っているかどうかという確認で
あり、フロッグの真贋を鑑定する時のポイントになる部分である。
(筆者は鑑定家ではないから真贋についての記述は差し控える)
☆オーバーホール歴のというのは、ボタンネジを挿入するスティック側の孔の修理を施し
てあるかどうかということ。
☆また、製作者の名前だけの項はすべてヴァイオリン弓である。
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番号
名前
重心・全長
フロッグ
重量(g)
2268
作者不明
9.5/17.6/49.7
Kit Bow
38.2
オーバー
その他
ホール歴
ほぼ一致
なし
銀糸+青糸
チップなし
歯車状スティック
2269
Nicolas,Leonard
Tourte
8.5/15.8/44.3
ほぼ一致
なし
32.3
黒檀チップ
Kit Bow
2270
Nicolas,Leonard
Tourte
良好
11.3/18.3/49.1
30.6
やや不一
なし
致
Thomas Tubbs
チップ黒檀
ボタン黒檀
Kit Bow
2271
銀糸
刻印あり
15.8/24.8/70.4
60.1
やや不一
なし
致
刻印あり
かなり使い心地良
い。演奏会でも使
用可
2272
Jacques Lafleur
16.5/24.5/72.1
一致
なし
54.1
青糸
黒檀チップ
ヘッド裏に彫刻
弓腰が弱い
2273
Nicolas,Leonard
Tourte
17/24.6/74.1
58.1
やや不一
あり
銀糸
致
(ネジ先
金チップ
部分のみ)
そりが多い
良くしなり、柔ら
かい
2274
Nicolas,Leonard
Tourte
19.4/27.3/74.2
55.1
やや不一
あり
銀糸
致
(ネジ先
オクタゴナル・ス
部分のみ)
ティック
しなやか
2275
Francois Tourte
19.5/27/74
52.5
ある程度
なし
一致
銀糸
コレクション中最
良の弓
2276
Francois Tourte
17.5/25/73.3
57.8
ある程度
一致
なし
銀糸
良くしなり、柔ら
かい
軽いが大きな音が
出る
27
2277
Francois Tourte
18.5/25.5/72.75
一致
57.7
あり
(ネジ先
銀糸
部分のみ)
左に反ってしまっ
ている
音量が小さい
2278
Jean-jaques
Meauchand or
20.3/28/70.4
一致
あり
49.6
柔らかいが使いや
すい
Joseph Meauchand
2279
Jean Pierre Marie
Persois
2280
Henryk Kaston
19.2/26.4/73.5
61.9
19.8/26.8/74.1
やや不一
なし
致
一致
フロッグの中に刻
印あり
なし
57.7
金糸
金チップ
刻印あり
2281
作者不明
20.4/27.3/74
不一致
なし
金糸
ほぼ一致
なし
銀糸
53
2282
J.B.Vuillaume
21.5/28/74.6
64.2
フロッグ部の部品
は洋銀
スティール製の中
身の一部は木材
2283
Jacques Lafleur
18.5/25.5/74.2
67.5
完全に一
なし
致
フロッグ・ボタン
は洋銀
反り良好
使い心地良い
2284
Nicolas,Leonard
Tourte
19.4/27.9/70.7
67.1
完全に一
なし
非常に重い
なし
刻印あり
致
チェロ弓
2285
Nicolas,Leonard
Tourte
19/27/74
81.0
やや不一
致
重量があり、大き
な音が出せる
チェロ弓
2286
Dodd
チェロ弓
22.5/30/74
83.1
やや不一
なし
致
青糸
中央付近に重心が
あるため重く感じ
る
2287
Nicolas Simon
チェロ弓
16/24.1/70.2
74.1
完全に一
致
なし
銀糸フェルールに
も刻印あり。軽い
28
2288
Jacob Eury
15.2/23.4/70.2
73.3
チェロ弓
完全に一
あり
致
(ネジ先
刻印あり
部分のみ)
2289
Francois Tourte
9/21.7/58.9
コントラバス弓
158.4
一致
なし
銀糸
弓の発展
では弓の進化を簡単な図で表してみよう。(フランツ・ファルガ著/佐々木庸一訳
1960 年『ヴァイオリンの名器』音楽之友社より)
上から、
メルセヌ
1620
キルヒャー
1640
カストロヴィラーリ
1660
バッサーニ
1680
コレルリ
1700
タルティーニ
1740
クラーマー
1770
ヴィオッティー
1790
最初の弓は両端に穴を開け、それに毛を結んだ棒であったが、15 世紀に改良が行われ、
弓先と毛止めが出来上がった。
「弓先と毛止め」というのは、現在の弓の図(下図)を参考
にするとわかりやすいであろう。
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16 世紀にはヴァイオリンも導入されるので、発達はめざましいものだったと思われる。
毛の張り具合の調整が必要だということが発見されたのもこの世紀で、クレメールとよば
れるものをつけて調節していた。しかし、コレルリの弓に見られるように弓はやや平らに
なったが、まだ少し現時とは逆方向の曲がりは残っていた。当時重要なのは綺麗な音と、
音の強弱で、運弓技術そのものの水準は低かった。その後、タルティーニが運弓技術の新
しい道を開拓し、それに伴って、弓身が平らで先が斜めに曲がっている(スワン型の原型
のような形)軽い木でできた弓を用いるようになった。
現在使われている弓の形は、イタリアのヴァイオリニスト兼作曲家である、ヴィオッテ
ィー(1755 年 5 月 12 日 - 1824 年 3 月 3 日)によって考え出されたもので、弓身がまっす
ぐで弾力のあるものであった。さらに、フランスの弓の製作者フランソワ・トゥルテ(ト
ゥールト)に助言を与え、そのトゥルテが現在の一般的な弓の形を作り上げた。
トゥルテの父親はネジによって動かせる毛箱を発明したが。彼もこれを受け継ぎ最高の職
人になった。
弓も楽器同様、古くなることによるメリットはあるのか
楽器本体は、古くなることによって木材の音響特性に変化が生じ、それは音にも現れる。
もし楽器の材料、製作精度が良く、そして長年にわたる楽器の取り扱い、そして楽器に施
される修理が良い場合には、木材の音響特性の変化の効果が表面に現れて、楽器の性能は
確かに向上する。では弓の場合はどうか?弓の基本性能の大部分は、
「曲げ強度」が占める。
フェルナンブーコのような堅い木でも、長年保管して置くことによって木材の体積が縮み、
引き締まる。それは、僅かではあるが、乾燥の促進が木材の曲げ強度を高めると考えられ
る。すなわち、この要素だけを考えた場合には、弓も楽器と同じように古くなることによ
っての性能的メリットもあると考えられる。
ただ、楽器本体のスプルースやメープルに比べフェルナンブーコ比重は高く、それはす
なわち含水率が低いということになる。したがって、経年変化による木材の引き締まり効
果は非常に微々たるものであるといえよう。問題はそれよりも、機械的変化である。楽器
本体は非常に複雑な構造をしているが、これは逆の言い方をすると、複雑な分だけ修理も
利きやすい。一方、弓は非常にシンプルで、長年使っているうちに弓竿にダメージが蓄積
されると、それが致命傷となってしまう。具体的には、親指の当たる部分がえぐられてし
まったり、または小指の乗る部分が磨耗して細くなってしまったり、当然の事ながら、一
旦折れてしまった弓を修理した場合には、ほぼ価値はなくなる。また、古い弓はフロッグ
の損傷も激しいものである。そういう観点から総合的に判断すると、原理的には弓が古く
なることによって性能は上がることもあるが、しかしそれ以上に、古くなることで「機械
的性能」の劣化というデメリットの方が大きくなる可能性が高い。
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フランソワ・トルテ
(Francois Xavier TOURTE)
彼は次男として生まれ、最初は時計作り職人にされるために小さい頃から工房で働かさ
れていたが、そのうち時計よりも弓作りに興味を持つようになり、父の弓作り工房に入っ
た。最初は技術習得のため、安い材料で弓を作っていたが、そのうちに、軽さとしなやか
さ、そして強度を同時に併せ持つような木を探し当て、今でいう「トゥルテの弓」を世に
送り出した。この木というのが前述のフェルナンブーコの木であった。そして彼は、ヴィ
オッティーや、ロドルフ・クロイツェル等の名演奏家の意見を参考に弓の長さを 70cm か
ら 75cm 程度に決め、ビオラとチェロの弓は少し短い 74cm までとした。彼はまた、ステ
ィックだけでなく、弓の毛にも結構こだわりをもっていたようである。この当時のパリの
演奏家達は、イタリアの大歌手達がかもしだすような表情の豊かさを自分の楽器でも歌わ
せたいという芸術の方向に進んでいたので、誰もが自分の出したい効果をもっと引き出し
てくれるような良い弓を望んでいた。このことがトルテを有名にした原因の一つでもある。
そのトゥルテが見つけたフェルナンブーコの木は、南米大陸から輸入しなければならな
かったのだが、ちょうどそのころ(1775 年)英国と北米植民地の間に起こった戦争のため、
フランスの染料会社が染料用にフェルナンブーコを大量に使っていた。そのため、フェル
ナンブーコの入手が困難で、値段も急騰してしまっていた。また、せっかく手に入れても、
その中からまっすぐで、ふしなどの欠点がない板はめったに見つからなかったので、トゥ
ルテが作る弓には自然に法外な値段がついていくことになってしまった。それでも人々は、
何としてでも手に入れたいと思っていたため、どんなに値段が高くついても、トゥルテの
作る弓を欲しがる人は後をたたなかった。そのトゥルテ以後も、ヴァイオリンと同様、弓
も多くの改良を重ねられることになり、中には折たたみ式の弓まで出現したが、しかし、
トゥルテによって決定づけられたあの単純な形が残りつづけ、それを大幅に変えた弓は広
まらなかった。
フランソワ・トゥルテは前述のように元々時計職人をしていたため、弓の製作に必要な
触感は最初から持ち合わせていた。弓身に熱を加えて、従来とは逆の方向に湾曲させ、弓
根から 11cm までは直径 8.6mm にし、そこから弓先までは太さを一様に減らしていって、
直径 3.3mm 細くした。この細工は、時計職人時代に培った彼の手先の感覚だけで正確に
行われていたのである。また、弓先と毛止めの高さも(それまでの弓よりも高いものであ
った)一定にして、演奏中、毛が弓身に触れないような工夫をした。
弓の重心の決定もトゥルテが先駆者であった。
65cm の弓の毛の毛止めから 19cm(下図 a)のところに設定するため、弓根に金属の装飾
等を用いたのである。
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現在、19cm という数字は、トゥルテ以外の製作者の弓で求めた場合、少々重く感じる
数値で、数値は 18cm~18.5cm が統計的に多い。しかし、これらは基本的にトゥルテの数
値から割り出された数値で、弓の材質や、全体的な重量からその弓の重心を決定するので
ある。現在では、この重心の微調整のために巻線と呼ばれるものを使用するのであるが、
これは、上図では a の下の黒い縦線の部分にあたる。種類はさまざまで、弓自体の高価・
安価等によって、下記の中から選んで使用する。
巻線の種類
・銀線
・洋銀線(銅合金)
・金線(7K から14Kくらいが一般的)
・鯨のひげ(一般的に黄色と黒の縞状)
・イミテーション鯨のひげ
・プラスティック製リボン(鯨のひげのようなタイプ)
・銀糸線(糸の周りに細い銀が巻かれている)
・金糸線(糸の周りに細い金が巻かれている)
・巻線無しで、長い革が巻かれている
どの巻線でも、多く巻くと重心は根元に近くなり、持った時に軽く感じる。それは、い
かにもバランスの良い、扱いやすい弓のような錯覚に陥ってしまう。特にある程度のレベ
ルに達した音楽大学の学生に、そういう感覚を持つ者が多い。常に教師から難曲を与えら
れるので、軽くて使いやすい弓を求めてしまう習性があるからである。注意すべきことは、
弓の重心を根元に寄せれば、持った時は楽に感じるが、しかし、弓という道具は単に空中
で持つ道具ではないということなのである。すなわち、弓の一部分(演奏中は常に変化す
る)を弦の上に乗せて使用するものなので、たとえ持った状態でよいバランスに整えたと
しても、弾いた状態ではそのバランスは完全に崩れてしまうということである。弓の持つ
バランス性能は、弓身が持っており、これを巻線などで強制的に操作しようとしても、そ
れは不自然な結果を招くことになるのである。この重心の問題は、弓が「常に運動させる
道具である」という理由からくる難しさで、数学的な計算が必要になってくる。
次に、その計算方法と結論をドイチェルガイゲンバウマイスターである佐々木氏の算出
を基に述べよう。
弓の重心移動の計算方法(佐々木朗氏算出による)
重心はそれぞれの質点系について、その「質量×距離」を求め、それを足し合わせ、そ
32
して全体の質量で割ったものとして求めることができる。これを物理学的に書くと、次の
ようになる。
Σrimi
重心の座標 G=──────
Σmi
mi:質点iの質量
ri:基準座標から質点 miまでの距離
この式を応用すると、銀線を巻く前において、弓の重心を計算で正確に予測することが
できるのである。
Σrimi+rm
移動した重心の距離G=──────
M+m
M:巻線なしの弓の重さ
m:巻線の重さ
ここで巻線の重さを積分によって導くと、上の式は次のように変形される。
Σrimi+∫rσdr
=────────
M+m
σ:単位長さあたりの巻線の重さ
巻線を巻いていない状態で、重心のとれた位置を基準点(G0)とすると、Σrimi=
0ということがわかるので、上の式は、最終的に次のように巻線の積分だけの簡単な式に
変形される。従って、重要な値として σ(1mm 幅巻いた時の巻線の質量)を求めることが
必要になってくるのである。
∫rσdr
=───────
M+m
1mm 幅巻いた時の巻線の質量 σ の求め方
σ を求めるためには、次のことがわからなければならない。
・巻線の直径
33
・巻線の線密度(巻線1mあたりの質量)
次はこれらの求め方について、順に説明していく。
1・巻線の直径と、線密度
巻線の種類
密度
線密度
洋銀線
φ 0.250mm 0.427g/m
銀線(太)
φ 0.300mm 0.741g/m
〃(細)
φ 0.250mm 0.441g/m
銀糸線
φ 0.500mm 0.389g/m
〃
φ 0.375mm 0.236g/m
金線 18K(太 φ 0.300mm 1.014g/m (Au75% Ag15% Cu10%)
〃 (細
φ 0.250mm 0.604g/m
金線 14K(太 φ 0.300mm 0.853g/m (Au59% Ag12% Cu25%)
〃 (細
鯨のひげ
φ 0.250mm 0.508g/m
-
1.053g/m (幅 1.6mm 厚み 0.6mm)
これらの値は実測で求めた(金線は計算によって)。この表をみると、金線と銀線の太
い方が飛び抜けて重いということがわかる。また、銀糸線は太いにも関わらず、重さは軽
いということもわかる。直径 0.25mm の銀線と洋銀線は、重さの面からだけ見れば同質のも
のであると考えてよい。
注意する点として、上記の線密度の割合は、直接、重心移動の
割合に結びつくものではない。なぜなら太い巻線は重いが、太いぶんだけ巻き付ける長さ
が短くてもすむからである(鯨のひげは、より一層そうである)。この 2 つの関係がこれ
から行なう計算によって正確に求められるのだ。
2・巻線の長さの計算方法(参考)
巻線の長さは、実際に巻いたものを解いて測るのがよいが、それは実用的でないので、
計算によって近似的に求める方法をとる。そこでまずは、巻線を一周巻くとどれほどの長
さになるかを考える。円の一周の長さは、「直径×3.14」で求めることができるが、実際
は図のように、銀線の中心は直径よりも外側にあるので、点線の長さは次の式で求められ
る。
34
巻線の一周の長さ=(弓の直径+巻線の直径)×3.14
これで一周の長さが求まったので、次はそれが何周巻かれているかである。1mm 幅に入
る巻線の数は、「1mm/巻線の直径」であり、これに巻いた区間の長さをかけると巻線の
巻いた長さがでてくる。よってまとめると、
巻線の長さ =(一周の長さ)×(1mm/巻線の直径)×(巻いた区間の長さ)
=(弓の直径+巻線の直径)×3.14×(1mm/巻線の直径)×(巻いた区間の長さ)
(弓の直径+巻線の直径)×(巻いた区間の長さ)×3.14
= ─────────────────────────────
巻線の直径
注意・・・単位は mm ででてくる。
3・σ(1mm 幅巻いた時の巻線の質量)の求め方
35
上の2・で「1mm 幅に入る巻線の巻く数は、(1mm/巻線の直径)で求めた。従ってそ
の幅の巻線の長さは、
1mm 幅の巻線の長さ=(一周の長さ)×(1mm/巻線の直径)
これに線密度をかけると σ がでる
のである。
σ=(一周の長さ)×(1mm/巻線の直径)×(線密度)
この σ が求められれば、後はいちば
ん最初に述べた積分の式を実行すればよいのである。
4・重心の移動距離Gの求め方
∫rσdr
移動した重心の距離G=──────
M+m
[ r2σ]b a
=───────
M+m
1/2σ(b2 -a2)
=────────
M+m
一方巻線全体の重さは、(全長×線密度)なので「2・」で求めた巻線の長さの計算を
利用する。すると「m」が求まる。
a:最初の重心から巻きはじめの点までの距離
b:最初の重心から巻き終わりの点までの距離
M:巻線無しの弓の質量
m:巻線の重さ
36
これから述べる重心の移動距離は、すべてこの式によって導いたものである。
巻線の巻く長さの基本は、弓の竿の終端から 13.5 ㎝~14.0 ㎝までの約 50mm~55mm 間で
ある。(東京ヴァイオリン製作学校基準)この 5mm の差は個人の好みによる。従ってこの
差が、どれだけ重心の移動に関係してくるかが興味深いところであるが、次の表がその計
算結果である。
巻線の種類
直径
銀線(太)
0.300mm
-7.1mm
-7.6mm
〃(細)
0.250mm
-5.1mm
-5.5mm
〃 0.375mm
-1.9mm
-2.0mm
金線 14K(太) 0.300mm
-8.1mm
-8.7mm
〃 (細)
0.250mm
-5.9mm
-6.3mm
鯨のひげ
-
-2.0mm
-2.2mm
銀糸線
重心移動距離 (50mm) 重心移動距離 (55mm)
これを見ると、5mm 多く巻線を巻いた割には、重心の移動が少ないといえる。なぜなら
ば、巻線を巻き足した方向が、重心に向かってだからである。重心の変化量は、同じ重さ
のものを加えても、重心から遠い物ほど大きくなる。これで個人の好みによる巻線の量は、
この位の違いでは余り出ないことがわかった。
巻線を重くし過ぎる風潮について
現在の流行として、弓の重さを巻線やチップによって増すという方法があげられる。銘
弓に当り前のように 0.3mm の巻線を巻いたり、チップを銀に取り替えたりしている。この
ようなことに対して、重心がどう変化しているかを考察してみる。
まず先の表を見ると、金線の重心移動量が大きいことがすぐにわかる。しかし、金線の
場合、その質量の大きさは誰でも知っているので、注意深く取り扱われる。これに対して
危険なのは銀線である。銀線の 0.25mm と 0.30mm は、なれた人でないとすぐに見分けがつ
かないので、少々重くしたい場合に、無神経に 0.3mm の銀線を巻いてしまうようだ。しか
し、それらの重心移動量は約 40%も違っている。もともと古い銘弓は銀糸線や、鯨のひげ
によってバランスをとられたものなので、この様に巻線の重さの増加は、もはや限界にき
ている。ちなみに、銀糸線と鯨のひげは重心の面からは同質の物とみてもよい。次の図は
巻き皮の下まで銀線を巻いた物であるが、こうなると話はより深刻になってくる。
37
直径
50mm 巻皮下も
銀線(太) φ 0.300mm -5.1mm -11.4mm
〃(細)
φ 0.250mm -5.1mm -8.3mm
重心が1cm以上も変化するということは、もはや全く別の弓になってしまったと考えて
も、大げさではないのではないだろうか(たとえ演奏法が変わっているとはいえ)。
銀チップによる重心の変化
チップを象牙から銀に換えた場合
象牙チップ 0.25g
銀チップ 0.65g (厚み 0.5mm )
先ほどと同じ計算法により重心移動の差を求めると、銀チップに換えることによってG
=+3.7mm という結果がでた。チップの位置は重心点より離れているために、ほんの 0.4g
の差でも顕著な差として現われる。この様にチップの重さは、0.1g単位で神経質に決定し
なければならない。まして、チップの中に鉛を詰めるということは、次元の違う話となる。
まとめ
これまで重心の移動量を数学的に導いてきたが、これをいちいち計算することは現実的
でないので、おおよその傾向を目安にすれば実際には十分である。銀線の 0.25mm を基準と
し、それに対して何%変化するかを表わした物である。但し注意することとして、これは
それぞれの弓の条件によって微妙に違ってくる。
巻線の種類
銀線(太)
直径
φ 0.300mm
〃(基準) φ 0.250mm
銀糸線 〃
φ 0.375mm
50mm 巻いた場合
+2.0mm +39%
-
-3.2mm -62%
38
金線 14K(太) φ 0.300mm
+3.0mm +59%
〃 (細)
φ 0.250mm
+0.8mm +16%
鯨のひげ
-
-3.1mm -61%
これによって、バランス的に基準銀線と同じと考えられるのは、0.25mm の洋銀線か
0.25mm の 8K~10K金線ということがわかる。これ以外の巻線を使用する場合には、その
効力を理解した上で使用しなければ弓の重心位置が変わってしまうので、注意が必要であ
る。
フランソワ・トゥルテは教育をまったく受けておらず、読み書きができなかった。
それだけに、弓の重心決定における彼の発見と、巻線にほとんど頼らない正確さは驚嘆に
値するのである。弓の毛の選択、精製においても彼は模範的な存在で、現在も尚。世界中
の製作者が彼の方式に従っている。こうして出来上がったトゥルテの弓は当時のヴァイオ
リニストから理想的なものと認められ、いくら作っても需要に追いつかなくなった。
2275
Francois Tourte
重心・全長
フロッグ
オーバー
巻き線に銀糸使用
重量
ある程度
ホールな
コレクション中最
一致
し
良の弓
19.5/27/74
52.5
フランソワ・トゥルテ製作。パリ 1824 年製。
フェルナンブーコ材使用のラウンドスティック(丸弓)。ヘッドは斧型。
チップは象牙で、フロッグ(毛箱)は黒檀で、スライドは真珠貝で作られており、
フェルールは銀製である。八角形のボタンスクリューは銀と黒檀で作られており、
フロッグの内側にレッテルが貼り付けられている。(後に詳しく述べる・筆者)
39
サントリーコレクション中 最良のフランソ
ワ・トゥルテである。健康状態もほぼ完璧で、
左右の反りやねじれもまったく見られない。
使用感も良好で、明るい音色を持ち、レスポ
ンスも完璧である。
トゥルテはブランドスタンプ(刻印)をしなか
ったが、中にはラベルが貼り付けられたもの
もあり、この弓にはフロッグの裏に小さいラ
ベルが貼り付けられている。(上図左)
先に述べたように、トゥルテは読み書きが出来なかったから、娘が代筆したのであろう
と言われている。重心は毛止めから 19.5cm のところにあり、トゥルテが定めた全長 74cm
の弓身のバランスから言うと、ほぼ理想的である。全体の重量がやや軽めなので、トゥル
テが定めた 19cm より 0.5cm 先に重心をもっていったことによって、音量と素早い発音特
性を得られる結果になっていると思われる。使用巻き線は銀糸であり、前述の巻き線によ
る重心の操作は行われておらず、スティック自身がバランスを作り出しているのである。
この弓の場合、
「しなやかさ」と最適な「力強さ」を併せ持っているのであるが、最初に
述べたとおり、初級・中級クラスのレベルでは、まだ右腕に余分な力が入っているため、
後者の「力強さ」を感じ取ることが出来ない。なぜなら、彼らの右腕の力みの方が、弓の
持つ力強さを遥かに超えてしまっているため、弓の強度を感じなくなってしまっているの
である。そのため、前者の「しなやかさ」のみを感じることになり、彼らの導き出す答え
は「弱い弓」
「繊細な弓」という結果になり、また、彼らのみならず、弦楽器修理の専門家
(演奏が出来ない専門家に多い)でさえ、「バロックくらいにしか使用してはならない弓」
というミスジャッジを犯すことも珍しくないのである。
この弓の名誉のためにも断言しておこう。
40
「この弓は、あらゆる要求を満たし、オーケストラと大ホールで競演することも充分可能
である」
フロッグやボタンに関しては、いかなる弓も真贋を問われる部分である。
この場合、ボタンは弓の直径や作者のボタンの特徴、フロッグは作者の特徴と弓身のオク
タゴナルとの一致を見てある程度判断するのであるが、この弓の場合、フロッグはトゥル
テの特徴を持っている。先にも述べたとおり、筆者は鑑定家ではないので、真贋について
のコメントは出来ないので、特徴を述べておくにとどめておこう。
まず、上図を見ていただこう。
トゥルテのフロッグの特徴のひとつに、「3 本釘」と呼ばれるものがある。(すべてこのよ
うに製作されたわけではない)3 本の釘でフロッグの最下部、真珠貝の後ろの銀の留めを
行っているのである。この真珠貝の後ろの銀であるが、ヒールプレートと分離しており、
後のフランソワ・リュポが考えた方法のように一体化させて直角に曲げられて取り付けら
れてはいない。尚、現代の弓の製作法はすべてリュポの方式で、ヒールプレートと一体化
している。このことに関しては 2276 で詳しく述べることにしよう。
41
これらの 3 つの写真を見ていただければわかり
やすいと思うが、
弓のオクタゴナル・スティック部分と
フロッグのある程度の一致が見られる。
さて、ボタンであるが、ま
ずこの 2 枚の写真を見ていた
だこう。
左写真はまさに今論じてい
る 2275 番のフランソワ・ト
ゥルテのヴァイオリンの弓の
ボタンである。
ごらんのように、銀を円形に
くりぬいてある。
42
そして、写真下は同じくフランソワ・トゥルテのコントラバス(2289)の弓である。
上の写真と明らかに異なるのは
ヴァイオリンのボタンが銀を円形
にくりぬいてあるのに比べ、コン
トラバスの方は銀の中もオクタゴ
ナルになっているという点である。
ただ、トゥルテはどちらの方法
も用いている。トゥルテよりも後
の製作方法は、このヴァイオリン
弓のボタンのように円形にするも
のがほとんどである。
現在の場合、この3つのボタンを見ればもっとわかりやすいと思うが、
左のボタンの場合
この弓ネジの黒檀部分は「円」の形をしている。すなわち、このような弓の製作方法は、
まず最初に黒檀部分を旋盤で丸く削り、その周りに厚めの銀板を巻き付ける。そして最後
にその円筒状の銀板の側面を丹念に削り、八角形の面を作っていく。この製作方法では、
多くの銀を削り落とす手間と、また材料費がかかってしまう。すなわち、このような製作
方法を採用している弓ネジの場合、その多くが中級弓以上のグレードである確率が高い。
43
中央と右のボタンの場合
これらの弓ネジは、黒檀の外周部分が八角形をしている。この方法でネジを作るメリッ
トは、銀板を事前に八角形のリング状に作り、それをはめ込むだけで完成するということ
である。すなわち銀板をいちいち削って、八角の面を出す必要がない。すなわち製造コス
ト削減の意味が強い。また、八角銀リングの部分が空回りをして外れてしまうというトラ
ブル防止にも繋がる。この製作方法の欠点は、まずは見た目が良くないということである。
ネジ端の面がカクカクして見えて、美しくない。これは上の写真を比較していただけば一
目瞭然である。また、事前に金属板を八角形に折り曲げ加工をするというその製作の原理
上、どうしても八角金属リングの板厚が厚くなりすぎる傾向にある。例えば、上写真右の
ネジ弓の場合には明らかに厚めであるし、中央の弓ネジにおいてさえ、左のネジと比べる
と銀の板厚が部分的に厚くなっている。これはすなわち、弓ネジの重さが必要以上に重く
なってしまうという事を意味している。すなわち、不自然なバランスの弓になる可能性が
高くなってしまうのである。
2276
Francois Tourte
重心・全長
フロッグ
オーバー
銀糸使用
重量
ある程度
ホール
良くしなり、柔ら
一致
なし
かく、軽量だが大
17.5/25/73.3
57.8
きな音が出る
フランソワ・トゥルテ製作。パリ 1780 年以降。
フェルナンブーコ材使用のラウンドスティック(丸弓)。ヘッドは斧型。
チップは象牙で、フロッグ(毛箱)は黒檀で、スライドは鮑の貝殻の内側部分で作られて
おり、銀のヒールプレートが取り付けられている。八角形のボタンスクリューは銀と黒檀
で作られており、塗装はオリジナルと思われる。(トゥルテはニスによる塗装は行わず、
軽石の粉を亜麻仁油と混ぜて磨き上げたが・筆者)
44
このフランソワ・トゥルテの場合、2275 と違うの
は、重心の位置である。2275 が理想的な位置に重
心を持っていたのに比べ、73.3cm の全長(やや
短い)に対して、距離が 17.5cm というのは、か
なり根元に近い距離である。そのため、相当軽く
感じられるのだが、弾いてみると意外と大きな音
が出せる。
また、スティックのスプリングはやや弱めで、
良くしなり、材質は柔らかい。この弓の場合、現
代のホールでの演奏を実現させるのは難しい。ま
た、中級までのレベルの者が扱うことは困難であ
る。
2275 と同様、「3 本釘」が見られる(右上)
部品各部も健康である。
弓のオクタゴナル・スティック部分
とフロッグのある程度の一致が見
られる。
45
2275 の項で少し触れたが、この真珠貝の後ろ
の銀は、トゥルテの弓の場合、最下部の写真の
ようにヒールプレートと別々に2枚の銀を装着
してあり、この真珠貝の後ろの銀は3本の釘で
固定していた。これを後のフランソワ・リュポ
が改良を加え、真珠貝の後ろの銀とヒールプレ
ートを一体化させて直角に曲げて装着した。
現代の弓の製作法はすべてリュポの方式で、
ヒールプレートと一体化している。
(↓このように一体化している)
(2282 ヴィヨーム製作)
46
2277
Francois Tourte
重心・全長
重量
フロッグ
オーバー
銀糸使用
一致
ホール歴
左に反ってしまっ
あり
ている
(ネジ先
音量が小さい
18.5/25.5/72.75
57.7
部分のみ)
フランソワ・トゥルテ製作。パリ 1780 年以降。
フェルナンブーコ材使用のラウンドスティック(丸弓)。ヘッドは斧型。
チップは象牙で、フロッグ(毛箱)は黒檀で、スライドは真珠貝で作られている。
八角形のボタンスクリューは銀と黒檀で作られており、全長は 72.9cm である。
まず、この弓の表で最も目につくのが「オーバーホール歴あり(ネジ先部分のみ)」
ということであろうと思われる。
この弓の場合、写真ではなかなか判別しにくいので、他の弓の例で説明することにしよう。
この 2 枚の写真の弓の穴は 2273 のレオナー
ル・トゥルテのものであるが、長年の使用によ
ってネジ穴が削れてきて大きくなってしまう。
47
そのため、スティックとフロッグの間に隙間が生じ、不安
定な状態になる。
さらに放置しておくと、弓のクラックを招くため、そう
なる前に早めに修理しなければならない。この大きくなっ
た穴に新しい木を埋めて、もう一度穴をあけるのである。
また右の写真を見ると、この弓が大きく左に
反っていることがわかる。ただ、左への反りは
演奏にはさほど大きな影響を与えない。ヴァイ
オリンを弾く時には、弓を弦に対して直角に置
かず、やや右に傾けて演奏するため、その逆の、
左側への反りは、スティックに充分な強さがな
い弓の場合など、むしろ好都合なこともある。
この弓の場合も、この反りは演奏に影響を及
ぼさなかった。
48
2275 や 2276 のフランソワ・トゥルテと
同様、3 本の釘でフロッグの最下部、真
珠貝の後ろの銀の留めを行ってある。
内部の健康状態も良好である。
49
フロッグはスティックと一致している。
50
2289
Francois Tourte
重心・全長
コントラバス弓
重量
フロッグ
オーバー
一致
ホール
9/21.7/58.9
銀糸使用
なし
158.4
フランソワ・トゥルテ製作。パリ、1790 以降。
フェルナンブーコ材を使用したオクタゴナル(八角形)・スティックである。
フロッグ(毛箱)は黒檀で、スライドは真珠貝で作られている。
八角形のボタンスクリューは銀と黒檀で作られている。
この弓は稀有な資料で、コントラバスの弓がモダンスタイルで製作された初期の貴重な例
である。
この貴重なコントラバスの弓は、かなり短く、フレンチボウとジャーマンボウの間より
ややフレンチボウ寄りの形態である。コントラバスの形・構造が長い間画一化しなかった
為に、様々な形の弓が生まれている。最も初期に用いられた弓は、ほぼ全弓に渡り、凸型
に曲がっており、棹は西洋ブナなどが用いられ、毛の張りを調節する装置はついていなか
ったが、時と共に修正が加えられた。特筆すべきは偉大なコントラバシストであるドメニ
コ・ドラゴネッティー(1763-1846)による改良である。ドラゴネッティの弓として広く
知られている物であるが、これらの弓は 20 世紀に入っても世界中で使用されたのである。
彼の弓は棹がまっすぐ伸び、棹と毛の間隔は広く、大きなフロッグは毛の張りが調節出来
るようにスライドする。
(ジャーマンボウ)
今日ジャーマン・ボウとして用い
られている弓はイタリアで完成され
た物である。ドラゴネッティの弓に
似てはいるが、それより遙かに洗練
51
された物で、毛の方向に向かって内側に反った棹には新たに別個のチップが着けられ、可
動するフロッグは手のひらに上手く収まるようにさらに大きくなっている。フロッグのス
クリューのカバーも長くなり、弓そのものを長くスマートに見せている(毛の長さは標
22 インチ)。手のひらの立った奏法は奏者の弦に加える圧力を大きくさせ、ボウイングは
極めて容易になったのである。
もうひとつのフレンチボウと呼ばれる形の弓(2289 の形状)は、ヴァイオリンやチェロ
の弓を修正した物でトゥルテがヴァイオリンやチェロの弓を完成させたのについで、これ
に倣いバスの弓も作られたのであるが、当時評判がよくなかった。しかし、この弓をボッ
テジーニが巧みに使いこなしてから世界に広まった。フレンチ・ボウは全長 28 インチ(約
71cm)であるが、ボッテジーニはソロ用にはオーケストラ用より長い弓が好ましいとして
いる。
フレンチボウ
はチェロのよう
な持ち方をする
ので、ジャーマ
ンボウが親指で
圧力をかけるの
に対して、フレ
ンチボウの場合
人差し指で圧力
を作ることにな
る。
そこで、圧力
不足を解消する
ため、弓自体の
重量が必要にな
ってくる。
そのため、ボッ
テジーニが推奨
したように、長
めで重い弓が理
想的なのである。
さてこのトゥルテの弓であるが、長さは約 59 cm。相当短い。実際はほとんど使用され
ていなかったと思われる。そのためか、細かい部品に至るまで保存状態が良好である。
52
ボタンもフロッグも申し分ない。
この弓はオクタゴナル(八角形)・スティックであるが、それについては 2274 のレオナー
ル・トゥルテの項で詳しく述べることにしよう。
53
ニコラ・レオナール・トゥルテ(Nicolas Leonard TOURTE)
弓作りのトゥルテ・ファミリーは、オールド・トゥルテと呼ばれる初代。
(Nicolas Pierre
TOURTE 通称‘TOURTE pere’ c.1700-1764)。通称レイネ(L’Aine)と呼ばれる 2 代目のニ
コラ・レオナール・トゥルテ。そして最も重要な 3 代目のフランソワ・トゥルテの三人で
ある。しかし、もうひとり、このニコラ・レオナール・トゥルテには息子がいた。
(Charles
TOURTE 通称‘TOURTE T’ 1770,75 年頃-1816 年以降)
したがって、弓職人としてのトゥルテ一家は 4 人いたということになる。初代はコレル
リ時代の旧型の弓を近代的なものに改良する基礎を築いたが、おそらく彼は木工の職人で
はなく、宝石の加工が本職であったと思われる。それは、彼の弓の金細工や、象牙細工か
ら窺えるものである。
弓の世界的権威である、ミラン氏の最新情報によると、長くルイ・トゥルテと
呼ばれてきた2代目の名前は、実は Nicolas
Leonard Tourte であることが判明し
た。
彼が 18 歳の頃、父ニコラ・ピエール・トゥルテが他界し、長男として一家を支えなけ
ればならなかった。また、この時代のパリは、フランス革命の真只中で、特に革命家側に
付いていたレオナールは、過酷な生涯をしいられていた。また、弟のフランソワ・トゥル
テと共に、現代の弓を完成させ、弓製作史上に、多大なる影響を与えた人物の一人である。
皮肉にも、レオナールが他界した後に、フランス革命の混乱も収まり始め、人々には平
安が訪れた。もし、レオナールがこの時代に生まれていなければ、もっと沢山の弓を製作
し、父や弟のようにフランスの弓製作に貢献できたであろう。弟のフランソワ・トゥルテ
が現在にも名をとどろかせる名匠となったのは、幼い頃から彼を助けてきた兄のレオナー
ルの存在なしには、考えられなかっただろう。
54
この初代が改良した点は、以下の 3 点である。(上図参照)
1.スティックの反りを、現代のような逆方向の反りに改めた。
2.フェルールと真珠貝で作ったスライドのついたフロッグを考案した。
3.材料をフェルナンブーコに改めた。
(以前はスネークウッドが多く用いられていた)
しかし、弓の長さは一定でなく、長短さまざまなものを作っていた。
2 代目はそのオールド・トゥルテの息子で、通称レイネ(L’Aine)レオナール・トゥルテ
である。フランソワより7歳年上の兄であった。彼は初代と 3 代目フランソワの間にあっ
たためか、あまり目立たなかったが、しかし、彼の作った弓のスティックはこの3人のう
ちで最も仕事が正確で、優美であった。しかし、彼の多くの弓の長さがやや短く、また、
材質も柔らかく華奢なものが多かったので一部の女性のヴァイオリニストには最適である
かもしれないが、音量も少なく、現在の演奏スタイルには適していない。
彼は父親や弟と共に弓の改良に偉大な貢献をしたのであるが、残した作品が現在の使用
に適さないことや、他の2人ほどの評価を受けていない。
2269
Nicolas,Leonard
Tourte
8.5/15.8/44.3
フロッグ
オーバー
銀糸使用
32.3
ほぼ一致
ホール歴
黒檀チップ
なし
状態は良好
Kit Bow
1780 年以降、フランス
フェルナンブーコ使用の丸弓である。
チップのない手斧型のヘッドである。
フロッグにはフェルールはなく、ボタンと共に象牙製である。
55
大変コンディションの良い弓で、各部とも
丁寧に作られている。
ヘッドにはチップは装着されていない。
部品の健康状態も良好である。
フロッグとスティックはほぼ一致している。
フェルールは使用されていない。
56
2270
Nicolas,Leonard
Tourte
Kit Bow
重心・全長
フロッグ
オーバホ
チップ黒檀
重量
少々ずれ
ール歴な
ボタン黒檀
11.3/18.3/49.1
が生じて
し
刻印あり
30.6
いる
ニコラ・レオナール・トゥルテ製作
1780 年以降
フランス
フェルナンブーコ材によるラウンド・スティック(丸弓)である。
手斧型のヘッドでフロッグにはフェルールがなく、フロッグもボタンスクリューも黒檀で
出来ている。
キットというものは、もともとダンスを教えて旅をして回る「ダンシングマスター」の
楽器であった。この場合、演奏は重要ではなく、単に手拍子の代わりに使われていた程度
であった。しかし、大道芸人などがキットヴァイオリンを使いはじめるようになって、キ
ットヴァイオリン用の曲も登場するようになった。それまでは、楽器さえ重要ではなかっ
たのであるから、ましてや弓などはどうでも良い、いわば、楽器の付属品であった。
しかし、そのキットヴァイオリンが演奏目的に使用されるとあっては、弓は単なる付属品
ではなくなるので、僅かではあるが需要があったのである。
57
このトゥルテのキット弓は、そういう時代背景を背に、おそらくは注文製作であったと
思われる大変希少価値のあるもので、使用感もすぐれている。
写真のように、チップ(写真右)や、
フロッグ、ボタンに至るまで、部品はすべて黒
檀で製作されている。
ヘッドの形状も、作者の特徴が出やすいヘッド
の裏側も優雅で繊細に作られており、
彼の腕が確かなことと、キットのような弓でも
決して雑な仕事をしなかったという、彼の誠実
な人間性が垣間見える。
刻印もはっきり残っており、そのことは、使用
頻度が激しくなかったことと保存状態が良好で
あったことを物語っている。
(TOULTE L と刻印されている)
部品の健康状態もよく、黒檀にひびが全く入っていないことから、使用機会が少なかった
ことがわかる。
58
現在の新しい弓でも、ボタンスクリューに
使用されている黒檀は、汗の吸収蒸発の繰
り返しによって亀裂が入りやすい。
この弓の場合、フロッグとスティックの
間に少々隙間が見られる。
2273
Nicolas,Leonard
Tourte
重心・全長
フロッグ
オーバー
銀糸使用
重量
やや不一
ホール歴
金チップ
致
あり(ネジ
そりが多い
先部分の
良くしなり、
み)
柔らかい
17/24.6/74.1
58.1
59
ニコラ・レオナール・トゥルテ製作
1780 年以降
パリ
フェルナンブーコ材によるラウンド・スティック(丸弓)である。
手斧型のヘッドで金のチップが装着されている。
黒檀のフロッグには真珠貝のスライドと金のフェルールある。
8 角形のボタンスクリューも金で出来ており、真珠貝の装飾が施されている。
弓には金や銀部品を使ったものがあり、それらで値段も違うが、性能に違いはあるのだ
ろうか。大きく分類すると洋銀(銅合金)、銀、金合金に分けることができる。そして当然
の事ながら、高価な貴金属を使用すると、それだけ弓製作のコストもかかることになる。
では「なぜ、わざわざ高価な貴金属を使用しなければならないのか?」ということである。
弓の性能には関係のない部品の装飾に貴金属などは使わず、その分、意味のある部分(弓
竿など)に重点を置いてほしいと思う気持ちは、それでなくても高価な道具を購入しなく
てはならない弦楽器奏者にとってはもっともな要求だといえよう。しかし、部品に貴金属
を使用するというのは、きちんとした理由があるのである。
この弓の場合、部品には金が使われているのであるが、正確には金合金である。金部品
には、純金では柔らかすぎるので金合金が使われるのである。その純度は 18K~8K で、
その価格は銀よりも格段に高価になる。
金の特徴としてまずあげられるのは、その錆びにくさである。純度の低いものは銀のよ
うに錆びてしまうが、14K~18K 金を使用した部品はほとんど錆びない。従って洋銀弓の
ように金属が腐食してしまうこともないし、銀弓のように金属の輝きが無くなってしまう
こともない。金弓はいつまでも輝きを保つのである。
次の特徴としては、
「付加価値」である。金は最高の貴金属であるから、金を使用してい
るという理由での付加価値がつくのである。これは直接に弓の性能には関係はないのだが、
金弓を使用した弓は確率的に大切に取り扱われる。そのことは、長期的な視野で見た場合
60
には、金弓は傷みにくいといえるのである。
欠点としては、弓部品の修理のしにくさがあげられる。金合金にはその純度によってい
くつもの種類があり、部分的な修理をした場合に色などが合わなくなったり、また、その
ような沢山の種類の金材料を持ち合わせていない修理工房がほとんどなので、金弓は変な
修理がされてしまう可能性が高いのである。
この弓は先にも述べたとおり、一部オーバーホール修理が施されている。
このような修理は使用頻度が高ければ高いほど絶対的に必要となってくる修理で、こ
の修理をすることを拒否して使用を続けると、弓そのものの生命を落とすことにもなり
かねないのだが、修理には、相当腕が良く、且つ、弓に対する愛情を持った職人を選ば
なければならない。
金のチップは非常に綺麗なも
のであるが、チップという性
格は、車でいうところのバン
パーなのである。すなわち、
何らかの事故が起きた時には
真っ先に壊れてもらって、そ
こである程度衝撃を吸収して
もらい、本体を保護してもらわなければならない部品
なのである。
その何らかの事故の中で、最も多いのが、練習中、
譜面台に弓先をぶつけてしまうということである。次
いで、譜面台以外のものと衝突する場合、そして最後
に、落下である。いずれにしても考えただけでぞっと
するような事故であるが、象牙で出来たチップの場合
は、その象牙が見事に割れてくれて、弓本体は救われ
ることが多い。たとえ落下事故であっても、弓本体が
助かる可能性を期待することは出来る。しかし、銀チ
ップや、この弓のような金チップといった金属チップ
61
の場合は、チップそのものが弓本体よりも頑丈であるから、バンパーの役目は期待でき
ない。チップに受けた衝撃は、そのエネルギーを保ったまま弓本体に伝わり、最悪の場
合、折れてしまうこともある。
(各部、綺麗に保存されているが、ボタンの真珠貝がひとつ欠けてしまっている)
フロッグはやや不一致である。
2274
Nicolas,Leonard
Tourte
重心・全長
フロッグ
オーバー
銀糸使用
重量
やや不一
ホール歴
オクタゴナル・ス
致
あり
ティック
(ネジ先
しなやか
19.4/27.3/74.2
55.1
部分のみ)
ニコラ・レオナール・トゥルテ製作
1780 年以降
パリ
フェルナンブーコ材によるオクタゴナル・スティック(八画弓)である。
手斧型のヘッドで象牙のチップが装着されている。
黒檀のフロッグには真珠貝のスライドと銀のフェルールある。
62
しなやかで、まずまずの使い心地の弓である。
ただし、最初に述べたように、初級者・中級者には、少し腰が弱いため頼りなく感じるで
あろうと思われるが、経験や豊かな上級者にとっては、相性の良い楽器を選べば、充分現
在の演奏要求を満たすことのできる弓である。
この弓はオクタゴナル・スティックであるが、弓には2つの形状のものがある。
この弓のようなオクタゴナル・スティック(八角弓)とラウンド・スティック(丸弓)
である。
初級者や中級者が弓を購入する際に、よく疑問を持つのが次の 2 点である。
「丸弓と角弓がありますが、どちらの弓が良いものなのですか?」
「どのように違うのですか?」
大金をはたいて高価な弓を購入するのであるから当然の質問であると思われる。
実際は、丸弓と角弓の違いというものには明快な理由があるのである。
(佐々木朗氏による)
まず、弓を
1. 大量生産品
2. 手作り品(中・高級品)
3. 最上級品
に分けてみよう。
1.の大量生産品は、ほとんど全て機械によって大量生産され、その方法は、旋盤という
機械で弓の棒を回転させて削って仕上げる。従ってこのような方法によって仕上げら
れる弓は、必然的に丸くなる。
2.の手作り品の中・高級品になると、製作は全て手によって丁寧に行われるか、一部機
械を使用するものの、多くの製作過程が手によって丁寧に行われる。
これらの製作過程は、弓棒をまず四角形に削り、その次に八角形にする。この時点ま
でに弓製作者は、弓を丸弓にするか、それとも八角形のまま仕上げるかを決めるので
ある。というのは、このクラスの弓の場合には製造コストの関係上、最上級クラスの
63
弓ほどの強い弓材木は使えないので、製作者が弓の強度が若干不足気味と判断した場
合には、八角形のまま仕上げることによって、若干強めの弓に仕上げることができる。
単純に考えると、
弓の強度を増すた
めには太い弓を作
ればよいというこ
とであるが、しか
しそうすると、弓
の見た目が悪くな
ってしまうので、
そこで八角形にす
ることによって、弓の直径はそのままに、しかし断面積は増やすことができ、そして
これは太い弓を作ったことと等しい効果を生むという結果になる。
このように、このクラスに角弓が多く見られるのもこのような理由によるものである。
ただし、弓の断面積を増やして強度を増すわけであるから、八角形の弓は、どうして
もバランス的に重いものが多い。
3.の最高級品であるが、このクラスともなると、弓の木材は理想的なものが使用される。
よって、弓製作者が角弓を作らなければならない必要性は少なくなる。
その上に、角弓には先に記した重量のデメリットの他に、もうひとつのデメリットが
ある。最上クラスの弓ともなると、弓はとても長い期間使用される。しかし角弓は、
ぶつけてしまったりしたときに傷が付きやすい。これは弓の寿命に少なからず影響を
及ぼす。また、弓は長い間には、火であぶって「反り直し」をする事もあります。こ
の時にも角弓だと、角の部分が焦げやすいので、熱を加えにくい。
このように、最上クラスともなると角弓は少なくなるが、しかし全く角弓がないと
いうわけではなく、それは製作者の好みであったり、または細くてスマートな弓を作
りたい場合には、あえて角弓にする場合もある。ちなみに、丸弓が角弓よりも製作が
簡単ということはない。というのは、精度の良い丸弓を作るためには、まず最初に精
度の良い八角形を作らなければならないからである。したがって、角弓の方が丸弓よ
りも高価な弓であるということも、逆に、丸弓の方が角弓よりも上ということもない
のである。
佐々木朗氏
「選ぶ側としては、好みの問題程度に考えればよいでしょう。
大切なのは、「丸弓か角弓か」よりも、弓の材質と製作の質に目を向けることです。
64
さて、以上の理論で考え直してみよう。
このニコラ・レオナール・トゥルテ製作の八角弓の場合はどうか。
先に述べたとおり、この弓はやや柔らかく腰がない。それは、長年の使用によって弓の
強度が落ちたということではなく、材質そのものがさほど強くないのである。
2.の項で述べたように、そういう材料の場合、丸弓にしてしまっては、ますます弱い弓
になってしまうので、八角形を選択したものと推測される。
この弓も 2273 のニコラ・レオナー
ル・トゥルテ製作弓と同じく、スク
リューの先部分にオーバーホール修
理が施されている。2273 などと比べ
ると、スティックの溝も大きく左右
に削れてしまっている。弓元の状態
は中程度であるが、そのことは、良
く使い込まれている証拠でもある。
ボタンには綺麗な真珠貝の装飾が施
されている。
フロッグには星印の銀の装飾が施されており、刻印も「TOURTE L」とはっきりと確認で
きる。
65
星印はフロッグ側面だけではなく、真珠貝で
作られたスライドのフェルールと反対側にも
装飾されている。
この 2 枚の写真を見る限りにおい
て、フロッグとスティックは完全に
一致しているとはいえない。
実際に手で圧迫してみたが、完全な一致
はみられなかった。(写真右)
66
2284
Nicolas,Leonard
Tourte
チェロ弓
重心・全長
フロッグ
オーバー
重量
完全に一
ホール歴
致
なし
19.4/27.9/70.7
非常に重い
67.1
ニコラ・レオナール・トゥルテ製作
1775 年頃 パリ
フェルナンブーコ材によるラウンド・スティック(丸弓)である。
スワン型のヘッドでチップがない。
フロッグもフェルナンブーコ材で出来ておりフェルールはない。
ボタンスクリューは象牙で出来ている。
TOURTE という刻印がある。
この弓は重心の位置が全長との比率からいうとやや先にあるものの、標準に近いわけで
あるし、重量もビオラ弓の標準より軽い、わずか 67.1g であるが、持ってみると非常に重
量を感じる。彼のヴァイオリンの弓の場合に、華奢で上品で、美しい弓が多いことから見
ると、別人の作品ではないかと思ってしまうくらいの「剛弓」である。相当密度の高いフ
ェルナンブーコを使用しているため、硬さもあり、音量は申し分ない。こういう弓を見る
と、
「楽器鳴らし用弓」として作られたのではないかとも思える。確かな証拠があるわけで
はないが、たとえば、後の弓の製作者 A.ヴィネロンなどは(剛弓で知られている)チェロ
のための「楽器鳴らし用弓」を製作している。
新しい楽器(新作)は最初、音が鳴りにくいため、一刻も早く発音しやすい楽器にする
ための専門職までいたほどで、たとえば、イギリスでは、楽器を固定し電気によって自動
的に弓を動かす機械まで発明されたほどである。特にチェロはヴァイオリンよりも楽器が
鳴り始めるまでに時間が必要であるから、そのための弓が作られることがあったのである。
そういう弓の特徴は、運弓技術はまったく必要でなく、ただ大きな音がすることが目的で
あったため、何よりも重さが要求されたのである。
67
この弓の場合、部品にコストがかからな
いよう、高価な金属は使わず、フロッグに
は弓の材料よりももっと粗悪なフェルナン
ブーコが使用されているし、ボタンには象
牙が使われている。当時の象牙は今と違っ
て、安価なものであった。
弓の張り具合を一定にさせるためのフェ
ルールもなく、真珠貝のスライドや、ヒー
ルプレートもない。こういったことは、こ
の弓が演奏目的ではなかったことを表して
いるのではないだろうか。
写真では光って見えるが、チップはない。
(写真右)
刻印がはっきりと残っていることは、使用頻度が低かったことを物語っている。
68
部品やスライドのためのホールも傷み
がなく、綺麗である。
(左下)
フロッグとスティックは完璧に一致してい
る。
(右上)
2285
Nicolas,Leonard
Tourte
チェロ弓
重心・全長
フロッグ
オーバー
刻印あり
重量
やや不一
ホール歴
重量があり、大き
致
なし
な音が出せる
19/27/74
81.0
ニコラ・レオナール・トゥルテ製作
1790 年頃 パリ
フェルナンブーコ材によるラウンド・スティック(丸弓)である。
戦闘斧型のヘッドで象牙のチップが装着されている。
黒檀のフロッグには盾型の真珠貝の装飾がある。
フェルールは銀製である。TOURTE という刻印がある。
69
この弓はサントリーコレクションのチェロの弓の中で最良のものである。重心も完璧な
ところに設定されており、やや重量感があるものの使用時におけるバランスが良く、音量
も申し分ない。重量はチェロ弓の標準(80g 前後)である。現在の状態は、フロッグに埋
め込んであるスクリューの雌ネジ(真鍮製でアイレットという)の溝が磨り減っており、
ボタンスクリューを回してもフロッグが移動しないが、雄ネジ・雌ネジを交換することに
よって回復する。ただし、真鍮の雌ネジを取り除く時に埋め込んであるネジを切断してし
まわないように注意を要する。
切断してしまうと。フロッグの
中に真鍮の破片が残ってしまうの
で、それを取り出すためにフロッ
グを削らなければならなくなる。
しかし、左写真に見られるよう
にスティックも健康そのもので、
丁寧に使用されていたことが伺え
る。
この弓の場合、現在の大ホール
での演奏にも耐えうるパワーを持
っている。
したがって、単なる博物館ピー
スとして保存されてきたのではな
く、一線級のコンサートで長年使
用されてきた弓だということが推
測される。
70
大きな盾型の真珠貝の装飾と刻印。TOURTE L
と刻印されている。
(写真下)
(スクリューの雄ネジと雌ネジ「アイレットという」写真上)
フェルールはあるものの、スライド下部のプレートや
ヒールプレートはなく、代わりに、真珠貝の装飾が施
されている。質の良い黒檀で作られたフロッグは健康
状態が非常に良いし、見た目も大変優雅で綺麗に仕上
がっている。
71
フロッグとスティックは少々不一致であ
る。ボタンの内径はオクタゴナルである。
(フランソワ・トゥルテの項参照)
ジャック・ラフルール(Jacques LAFLEUR)
ミルクールで修行の後、パリで優れたヴァイオリンとチェロを製作し、しかし、また、
弓の製作者としても著名であったのだが、それには次のようなわけがある。彼の工房(現
在でいう小企業)で働いていたパジョー二世とニコラ・メールは彼のために多くの名弓を
下請けとして作り、その出来栄えの優れたものにはラフルールの刻印を押したり、ラフル
ールの作品として売っていたのである。
ラフルール自身の弓の作品は、アダム一家の影響を少なからず受けており、出来栄えは
優れたものであるが、先進的なものとはいえない。すなわち、彼は弓の製作家というより
は楽器の製作家であったのである。弓の製作家としてのラフルールの名は、むしろ、ジャ
ックの息子のジョゼフの方が有名であろう。ジョゼフ・ルネ・ラフルールは、彼も父と同
様な製作者の道を歩むとともに、将来演奏家として活動する事も考えていたようであった。
彼は弓製作において、様々な材料を用いたり、弓に適した形などの研究をしたが、その殆
が過去にも発明されていたもので、彼自身の発明といえるものはなかった。
72
彼の師匠のフランソワ・リュポがフロッグのアンダースライドを一番初めに取り入れた
と前述したが、この発明には彼も携わったのではないかと考えられている。また、同世代
の弓製作者ニコラ・マリネ(Nicolas MALINE)等と接触があり、その影響が弓のスタイ
ルに現れているジョゼフ・ルネ・ラフルールの弓は音質的にも芸術的な面でも高く評価さ
れているので、演奏家はもちろん収集家にも求められている弓製作者の一人である。彼の
死後は長男のルイ・アルフォンス・ラフルールがヴァイオリン製作家として、パリの店を
継いだ。
2272
Jacques Lafleur
重心・全長
重量
16.5/24.5/72.1
フロッグ
オーバー
青糸使用
一致
ホール歴
黒檀チップ
なし
ヘッド裏に彫刻
54.6
弓腰が弱い
ジャック・ラフルール製作
18 世紀後半
パリ
フェルナンブーコ材で作られたラウンド・スティックである。
チップはなく、スワン型に近いヘッドである。
フロッグはフェルナンブーコで出来ており、象牙で縁取りされている。
フェルールはない。
ボタンも象牙である。
製作者としてのラフルールについてはわずかなことしか知られていない。
LAFLEUR という弓の刻印は、彼の少量の弓において発見されている。
73
この弓は、重量もそれほど重くない上に、
重心はフェルールから 16.5cm のところ
に設定してあり、非常に軽く感じる。
弓の材質は中程度で、強度はそれほど強
くないので、重心を先へ持っていくと弓
自体が重みに耐えられず、演奏不可能に
なってしまうため、この重心の位置はや
むを得ない。
ガット弦を使用したバロック楽器用の弓であ
るから、この程度の強度で充分使用できたの
かも知れない。
各部品の健康状態は良好である。
フロッグとスティックはオクタゴナルではな
く、平面で接触する形態を取っており、その
ため、左右にぶれないように、スティック側
に溝を切り、その溝を通るようにフロッグ側
に金属の針を埋めてある。
74
チップは装着されていないが、ヘッドのカーブの部分に象牙が埋め込まれている。
この部分は弓のもっとも折れやすい急所でもある。
だからといってここに象牙を埋め込むことがそれ
ほど意味があることとは思えないが、装飾目的で
ないとするならば、補強目的であったのかも知れ
ない。
75
2283
Jacques Lafleur
重心・全長
フロッグ
オーバー
フロッグ・ボタン
重量
完全に一
ホール歴
は銀製
致
なし
反り良好
18.5/25.5/74.2
67.5
使い心地良い
ジャック・ラフルール製作
1800 年以降
パリ
フェルナンブーコ材で作られたラウンド・スティックである。
チップは象牙で、斧型ヘッドである。
フロッグはフ黒檀で出来ており、銀と真珠貝が装着されている。
大文字で LAFLEUR と刻印されている。
大変珍しい、ラフルールのビオラ弓である。有名ブランドのビオラの弓自体が非常に少
ない中で、このラフルールのビオラ弓は大変希少価値のあるものである。しかも、使用感
は抜群に良く、重心を先へ設定してあるため音量も充分引き出すことが可能でまた、弓の
反り具合も理想的なので、あらゆる奏法に対応することができる。現在の使用にも充分対
応できる名弓であるといえる。
各部品はエイジングを感じさせないほど綺麗で、
使用頻度が少なく、収集家や博物館によって大切
に保護されていたことを思わせる。いつの世でも、
傷めるのは演奏家で、大切に保存するのは収集家
なのである。今日、昔に製作された貴重な弓や楽
器に出会うことができるのは、収集家のおかげな
のである。
76
大文字の LAFLEUR という刻印もはっきり読み取れる。
フロッグも傷みがほとんど見られない。
フロッグとスティックは
完璧な一致が確認できる。
77
ヨセフ・モシャンあるいはジャン・ジャック・モシャン説
(Joseph MEAUCHAND)or(Jean-Jacques MEAUCHAND)
78
79
80
81
82
83
(ミラン著
L’Arche より)
84
2278
Jean-jaques
Meauchand or
Joseph Meauchand
重心・全長
重量
フロッグ
オーバー
柔らかいが使いや
一致
ホール歴
すい
20.3/28/70.4
あり
49.6
フェルナンブーコ材使用でトゥルテ・スタイルの手斧型のヘッドをした丸弓である。
チップ・フロッグは象牙で、フロッグとスティックの取り付けは初期のスタイルである。
(2272 のラフルールに見られるものと同様)
フェルールはない。
(このようなフロッグの形状になると、装着できる弓毛の本数に限界があるため、通常の
約 150 本よりも少なくなる)
MEUCHAM PARIS という刻印がある。
(以上 RichardT.Rephann『The Schambach-Kaston Collection of Musical Instruments』
1988 年 The Yale University Collection of Musical Instruments より)
さて、この弓の作者は誰であるか。
筆者の調べでは、上記の MEAUCHAM という綴りの製作者は存在しなかった。弓の世界
的権威ミランとその弟子ラファン共著による L’Arche という最新の弓の本では 2 人の候補
が存在する。ひとりはヨセフ・モシャン。もうひとりはジャン・ジャック・モシャンであ
る。(Jean-jaques Meauchand or Joseph Meauchand)
ひょっとしたら、この弓はこのふ
たりのうちのいずれかに該当するかもしれない。
85
フロッグとスティックの接続部分
は初期のバロック弓のようなスタ
イルで、サントリーコレクション
の 2272 ラフルールの形状と同じ
である。
ただ、この弓の場合、スティック側にも象牙を装着
してあり、フロッグをスライドさせる際、スティック
が損傷を受けにくいように工夫してある。
各部品の健康状態は良好である。
スティックは柔らかくしなやかで、案外使いやすい
弓である。
ブランドスタンプ(刻印)が残っており、
MEAUCHA(N)…と読める。
刻印やレッテルの綴りに関しては、同一作者でも決ま
った綴りを常に書いているとは限らず、ラテン語で綴
ったり、署名的に綴ったり、様々なのである。
86
例 え ば 、 Alexandro Gagliano ・ Alessandro Gagliano ・ Alessandori Gagliano ・
Alexander Gagliano は同一作者である。
しかし、この弓の刻印の消えかかっている部分はやはり N と読める。
サントリーコレクションの資料では M ということになっているが、おそらく、この弓の
刻印を誰かが誤って M と読んでしまったと考えられる。
2282
J.B.Vuillaume
重心・全長
重量
21.5/28/74.5
フロッグ
オーバー
銀糸使用
一致
ホール歴
フロッグ部の部品
なし
は洋銀
64.2
スティール製の中
身の一部は木材
メタル製の丸弓でスワン型のヘッド。
黒檀のフロッグは銀と真珠貝のスライドが装着されている。
1834 年、最良のフェルナンブーコ材の不足が、彼にメタルという新素材を試させるきっか
けとなった。パガニーニはそれらの試作品を賞賛したのである。
ヴィヨーム一家の製作者は 20 人あまりいるが、最も重要なのは 19 世紀フランスの最大
の製作者のひとりといわれているジャン・バティスト・ヴィヨーム(Jean Baptiste
Vuillaume)である。19 世紀にフランスの弦楽器業界を世界に広め、その中心的な役割を
果たした人物で、彼自身は、弓製作者ではなく、ヴァイオリン製作をしていたが、彼は弓
を非常に重要な物と考え、その発展の為に様々な発明をした。そして沢山の職人を育て、
価値ある弓を残している。ただ、彼は自分自身では一切弓を作らず、発案した物を職人達
に作らせていた。彼の工房で製作された弓の中で、特に素晴らしい品質の弓は、まるで“腕
87
の延長”と評価され、彼の研究や、発明がどんなに画期的であったかが伺える。
彼は強欲で、独占欲が強く、職人達との間で度々争いが起こる事もあったようであるが、
彼らの兵役制度の免除を求めたり、コンクールへの出展の機会を与えたりなどして、惜し
みない援助をしていたのも事実であった。また、彼の数々のインスピレーションは職人達
を刺激し、彼らの利益となり財産となっていった事で、上手く関係を保っていたのであろ
う。ヴィヨームが施したフレンチ弓に対する功績は、現在も、多くの人々を魅了し、影響
し続けている。
J.B.Vuillaume の工房で働いていた主な職人
Jean Pierre PERSOIT、Dominique PECCATTE、Claude Joseph FONCLAUSE、Nicolas
MALINE、Jean GRAND ADAM、Joseph HENRY、Pierre SIMON、Francois PECCATTE、
Francois Nicolas VOIRIN、Charles PECCATTE、Jean Joseph MARTIN、Charles Claude
HUSSON、Justin POISON、Prosper COLAS 等
ヴィヨームといえば「クレモナの名器の模造品」という代名詞のように記憶されている
人物であるが、アントワヌ・ヴィダルという人物の調査によって、その模造品を「本物」
と称して売っていたということはなかったようである。
ただ単に彼は、オールドヴァイオリンの需要が年々増していったので、その模造品を数多
く作っただけであった。しかも、これらの模造品は大変優れた出来栄えで、一見したとこ
ろでは本物と見分けがつかないほどであったため、このすぐれたヴィヨームのヴァイオリ
ンを買った人が、それを本物のクレモナのヴァイオリンとして転売したのである。
ちなみに、彼は死ぬまでに約 3 千以上の楽器を作った。
また彼は、ストラディバリ研究家としての世界的権威であり、ストラディバリのヴァイ
オリンについてはストラディバリ本人よりも詳しく知っていたと言われていた。
そして、また、すばらしいワニスを作り出すことに成功している。しかし彼の功績はこれ
だけではない。彼は弓の分野にも大きな貢献をしたのである。多くの弓製作家を自分の工
房で雇ったことと、彼自身は弓を作らなかったことは前述のごとくであるが、では、彼は
弓というジャンルにおいてはどういう貢献をしたのであろうか。
彼はストラディバリのヴァイオリンを数学的に分析したのと同様に、トゥルテの弓を方
式化したのである。つまり、トゥルテの弓の削り方を分析し、それを数字に出して一定の
法則を確立したのである。1856 年にヴィヨームが発表した方式に従うと、どのような弓製
作者でも、スティックの直径を正確に削ることができるのである。これはきわめて重要な
ことで、この方式によってはじめて弓の製作が容易になったのである。
また、ヴィヨームは高価なフェルナンブーコの代わりに弓身に鋼鉄を使った弓を作り、
88
バイヨやアラール等の名手がこれを使って成功を収めたが、もともと重量がある上に、素
材の特性上どうしても重心が弓の中央に近づいてしまうため、大変重く感じ、一般的には
受け入れられなかった。彼が改良した毛止めは現在でも用いられている。
左上の写真を見てもわかるように、重心をなるべく手元に寄せることができるように、ヘ
ッドの体積を小さくして先を軽くする工夫がみられる。
手斧型のヘッドにすると、弓先の重量が増えてしまうので、スワン型に変更してある。
スティックの中を覗
くと木材が見える。
つまり、この弓はす
べて金属でできてい
るのではなく、金属
は木を覆っているだ
けで、中空のもので
あることがわかる。
89
フロッグとスティックは、ほぼ一致している。
90
トゥルテの項で述べたように、ヒールプレートと真珠貝のスライドのうしろの
銀はひとつになって直角に曲げられている。
91
Jean Pierre Marie
2279
Persois
重心・全長
フロッグ
オーバー
フロッグの中に刻
重量
やや不一
ホール歴
印あり
致
なし
19.2/26.4/73.5
61.9
フェルナンブーコ材の丸弓で手斧型のヘッドと象牙のチップである。
黒檀のフロッグは真珠貝のスライドと銀のヒールプレートを装着してある。
フロッグの下に PRS と刻印がある。
73.6cm である。
ペルソワについては、パリで店を始めたこと以外に知られていることは少ない。
彼の弓は優美でフランソワ・トゥルテのものに近いと思われるが、材料は必ずしも最良の
ものを選んだとはいえない。彼の弓は、フロッグの下部に PRS の刻印を押してあるか、
最初から押さなかったか、のどちらかに分かれる。
ジャン・ピエール・ペルソワは 18 世紀後半に生まれ、弓メーカーとなり、J.B.ヴィヨーム
の下で 12 年間働いていた。そこで彼は、ドミニク・ペカットの指導を任されるなど、弓
製作史上において、重要な役割を果たした。同世代のフランソワ・トゥルテとは、直接的
なつながりは見られないが、大きな影響を受けているのが、作品に表れている。ジャン・
ピエール・マリー・ペルソワは 12 年間も J.B. ヴィヨームの為に働いていた為に、自分自
身のブランドの弓をあまり多く製作することは出来なかった。しかし、その少ない中にも、
品質の高い弓があり、フランソワ・トゥルテの作品と比べられる事もあるくらいである。
彼の製作した多くの弓はヴィヨーム工房の弓として売られていたが、彼自身の弓として
売られたものには写真下のようにブランドスタンプ(刻印)が押してある。
92
健康状態は良好であり、
各部品も綺麗に保存されている。
フロッグとステ
ィックはやや不
一致である。
93
2288
Jacob Eury
チェロ弓
重心・全長
フロッグ
オーバー
重量
完全に一
ホール歴
致
あり
15.2/23.4/70.2
73.3
刻印あり
(ネジ先
部分のみ)
フェルナンブーコ材で出来たオクタゴナルスティック(八角弓)である。
手斧型のヘッドには象牙のチップを装着してある。
黒檀のフロッグには金と真珠貝の象嵌細工が施してある。
八角ボタンには金と黒檀が使われており、真珠貝が円形に取り付けられている。
この弓の刻印は EURY で逆向き(フレンチボウは大抵そうなっているが)になっている。
70.6cm である。
オーリーの弓はほとんど刻印を押さなかった。
彼の弓はトゥルテ一家のもの良く似ているが、彼の木材の選定は最良のものとは言えず、
仕上げもごく普通であった。
ヤコブ・オーリは弓製作の巨匠フランソワ・トゥルテの一世代後の弓製作者であったが、
当時、フランソワ・トゥルテと接触があったといわれており、彼の影響を受けた作風が感
じられる。ヤコブ・オーリは生涯に引越しを少なくとも 8 回も行っていた。そして彼は大
変長生きして沢山の弓を残し、それらは現在演奏家たちに高く評価されており、さらに、
外観的な美しさの面で F・トゥルテと比較されることもある。
このチェロ弓は非常に綺麗な弓である。使い心地も良く、スティックの健康状態も良好で
ある。
94
EURY という刻印がはっきり確認できる
部品も完璧な状態で保存されてい
るが、スクリューの先端部分が入る
穴だけオーバーホール修理されて
いる。
95
フロッグとスティック
は完璧に一致している。
2287
Nicolas Simon
チェロ弓
重心・全長
フロッグ
オーバー
銀糸使用
重量
完全に一
ホール歴
フェルールに刻印
致
なし
軽い
16/24.1/70.2
74.1
フェルナンブーコ材を用いた丸弓である。
ヘッドは手斧型でチップに象牙を使用してある。
フロッグは鼈甲で、金の金具と真珠貝が使われている。
フェルールにも刻印が有り、MUSIQUE DE L’EMPEREUR/with a crown and/N.と掘り
込まれている。
八角ボタンは金と黒檀でできている。
弓身には刻印はない。70.5cm である。
96
Nicolas SIMON “Simon FR” (1806-1864)
この弓の‘FR’というイニシャルは、フランスでは通常“Francois”や“Frederic”と
いった名前の人物に用いられるが、シモン一族の中にはそのような名前の人物が存在しな
いため、“SIMON FR”は誰を表しているのか、と様々な説がある中、最も可能性の高いの
は「ニコラ・シモン」であるという説である。
ちなみに、同時期にパリで活躍していたピエール・シモンとは、血縁関係はない。
1840 年から 1845 年にかけて、明らかに彼
のスタイルとは異なる弓に‘SIMON FR’のス
タンプが押されているのだが、この事に関し
ては、まだ明らかになっていない。
また 1864 年に彼が他界してから彼の妻が亡
くなる 1874 年頃まで、一族の誰かが製作した
弓にこのスタンプを使用していた可能性もあ
るようである。
珍しいフェルールの刻印
MUSIQUE DE L’EMPEREUR
/with a crown and/N. と彫ってある。
97
各部品は非常に良い状態で保存
されている。
このフロッグは鼈甲で作られている。
鼈甲のフロッグを持った弓は高級品に見られるが、鼈甲自体、見た目が大変綺麗で、また
見た目の相性が良いので大抵は金の金具が装着されている。そのため高級感がある。
鑑賞用には大変美しい鼈甲のフロッグであるが、その反面、黒檀にくらべると割れやす
く、毛替えの際、フェルール(半月金具)を着脱するときに鼈甲が欠けてしまうという事
故も多いのである。また手の湿気や汗などの塩分を吸収しやすく、一旦そういった不純物
を吸収した鼈甲は曇ったように表面が濁ってしまうこともある。
98
(フロッグと弓身は完全に一致している)
99
2286
Dodd
重心・全長
フロッグ
オーバー
青糸使用
重量
やや不一
ホール歴
中央付近に重心が
致
なし
あるため重く感じ
チェロ弓
22.5/30/74
83.1
る
ドッド一族のひとりとされる。
ロンドン 19 世紀
フェルナンブーコ材使用の八角弓で手斧型のヘッドである。
チップは象牙である。
象牙のフロッグにはフェルールがついている。
ボタンも象牙である。
フロッグと弓身に CORSBY という刻印が彫ってある。
George Corsby というのはディーラの名前である。
イギリスの弓作りの元祖と呼ばれているジョーン・ドッドであるが、彼はフランソワ・ト
ゥルテと同時代の人物であった。不思議なことに、ドーバー海峡を隔てたフランスとイギ
リスに名弓作りの両元祖が同時に現れたのである。当時、両国は戦争をしていたため、そ
のような文化的交流はなかったものとみられる。にもかかわらず、この両元祖が作り出し
た弓は、形態的・性能的、また芸術的にも、ほとんど同じものであった。どちらかが真似
をしたという説もないではないが、記録上ではその証拠はなく、まったくのミステリーと
されている。当時のイギリスには伝統的な弓作りの技術があったわけではなく、ドッド一
族やタブス一族などの名弓作りは、ある日突然現れたということになる。ドッドは銃の引
き金・物差し・天秤などを作っており、そのテクニックを弓作りに応用したのであった。
つまり、この時代、近代的な弓の需要が急激に高まったので、さまざまな職業の人がフラ
ンスの弓作りに対抗して。ボウ・メーカーに転向したのであった。83.1g という、標準よ
りやや重い重量に加え、重心が中央よりにあるため、この弓はかなり重く感じられるが、
オーバーホールもなく、良い状態に保たれている。
100
フロッグにはスライドもヒールプレートもない。
フロッグと弓身に CORSBY という刻印が彫ってあることがはっきり確認できるが、Corsby
(George)というのはディーラの名前で、ディーラが自分の名前を刻印することは大変珍
しい。
101
フロッグとスティックは、やや不一致である
102
2271
Thomas Tubbs
重心・全長
フロッグ
オーバー
刻印あり
重量
やや不一
ホール歴
かなり使い心地良
致
なし
い。演奏会でも使
15.8/24.8/70.4
60.1
用可
トーマス・タブス作
イギリス 18 世紀後半
フェルナンブーコ材使用の丸弓である。
ヘッドはスワン型と手斧型の中間である。
チップは装着されていない。
黒檀のフロッグにはフェルールはない。
ボタンは象牙である。
刻印が T.TUBBS と彫られている。
タブス一族で最初の弓職人であるトーマスは、おそらくドッド一族の弟子であったと思わ
れる。彼は 18 世紀後半に生まれ、19 世紀前半に没した。
この弓の場合、かなり使い心地がよく、現代の演奏会のスタイルにも適応する能力がある
ということは特筆すべき点である。ドッドと同じく、彼も、もともとは弓職人ではなかっ
た。記述によればタブス一家は宝石商であったと伝えられている。
(ジェームス・タブスは
織物商であった)弓職人に転じたのは、やはりドッドと同じ理由によるもので、この時代
の弓の需要がいかに急激であったかということを伺い知ることができる。
刻印がしっかり残っている
103
チップは装着されていない(上)
オーバーホールもなく
各部品は良好な健康状態である。
フロッグにはスライドや金具は装着されてい
ない。
104
フロッグとスティックはやや不一致である。
105
2280
Henryk Kaston
重心・全長
重量
フロッグ
オーバー
金糸使用
一致
ホール歴
金チップ
なし
刻印あり
19.8/26.8/74.1
57.7
フェルナンブーコ材使用の丸弓で手斧型のヘッドに象牙のチップ。
黒檀のフロッグはアワビと金の装飾が施されている。
金のフェルールには、BRUNA/AND/HANS/FROM H.K.と彫られている。
この弓の刻印は HENRYK KASTON である。
これはコンテンポラリー弓のマイスターによる優れた弓である。
74.4cm である。
ヘンリク・カストンは 1940 年代末期以来、ニューヨークで働いていた。
彼の弓はヴァイオリン奏者達から熱望され
たが、製作物はまれにしか売り出されなか
った。
音楽家からの委託は、彼を多忙にした。
弓は前金で、顧客の注文どおりに設計され
た。
彼の師はフランソワ・トゥルテで、技量の
類似と素材選択の洞察力は師匠譲りであっ
た。
106
完璧な状態の部品である。ボタンの装飾も美しい。
刻印もはっきり残っている。
フェルールの刻印もはっきり読み取れる。
107
フロッグとスティックは一致している。
ボタンの内径はオクタゴナルである。トゥルテの弟子であったことが伺える。
2281
作者不明
Violin Bow
重心・全長
重量
20.4/27.3/74
フロッグ
オーバー
不一致
ホール歴
金糸+緑糸使用
なし
53
108
フェルナンブーコ製の丸弓で、手斧型のヘッド形状をしており、象牙のチップを持つ。
黒檀のフロッグはシールド(盾)型の真珠貝が埋め込まれている。
フェルールはシルバーである。
オーバーホール修理は施されていないが、
スティックのテール部分が欠けている。
フロッグとスティックの一致は見られない。ま
た、ボタン内径は八画形である。
盾型の真珠貝の装飾が施されている。
109
このフロッグはやや小型で、重量が軽いため、弓の重心が幾分中心に寄っている。
2268
作者不明
重心・全長
フロッグ
オーバー
銀糸+青糸
Kit Bow
重量
ほぼ一致
ホール歴
チップなし
なし
歯車状スティック
9.5/17.6/49.7
38.2
作者不明
フランス 1750 年以前
スティックはフェルナンブーコ製で、わずかに現在の形状のようなカーブがある。
スティックは丸ではあるが、歯車のような形状をしており、チップのないスワン型のヘッ
ドにまでその形状が続いている。
ローズウッド(バラ)のフロッグにはフェルールはない。
ボタンは象牙である。
50cm である。
110
スティックの形状は歯車のようになっている。(上)
よい状態で保存された各部品。
安価なローズウッドを使用したフロッグ(右)
111
チップは装着され
ていない。
フロッグは弓身とほぼ一致している。
112
あとがき
以上、大阪音楽大学音楽博物館サントリーコレクションの名弓の解説と共に「弓」とい
う道具について述べてきた。
構造が単純なだけに、製作者の微妙な技やセンスが大きく物を言うことは言うまでもな
いが、それはセンスや芸術という単純な言葉では片付けられない、いわば神業に近い作業
なのである。
その工程は、とにかく削る一方であって、削りすぎたからといって付け足すことは出来
ない、常に一方通行の仕事であるから、どのように削ればどのような結果になるかという
ことを見極めなければならない。製作者はその作業の工程上でスティックの強さや重さを
まったくの勘で下すのである。いわゆるヘナヘナ弓は、製作者が軽い弓をつくろうとして
削りすぎた場合が多く、有名な製作者にも珍しくないと言われている。
しかも、ある程度経験で習得できたとしても、削る対象が木である以上、この世に同じ
ものは2つと存在しない。すなわち、同じ作業を 2 回おこなったからといって、同じ弓が
2 本出来上がるわけではないのである。
そして、それは使う側の問題とも絡んでくる。
製作者が最高の弓を作り上げたからといって、すべてのユーザーに対してオールマイティ
ーではないということである。ユーザー側にもある程度の知識と経験と訓練が必要であっ
て、それと製作者の意図が一致したときに限り、その弓は陽の目を見ることができるので
ある。ユーザーが初心者だから弓の製作者は中級クラス程度がよいかと言うと、案外歴史
的な最高弓トゥルテの弓が合っていたり、またプロが中級クラスの弓と相性が合ったりす
ることも稀ではない。
こういうことも弓という道具の持つ特殊性であり、神秘なのかも知れない。
参考文献
フランツ・ファルガ
佐々木庸一訳
1960『ヴァイオリンの名器』音楽之友社
アルベルト・フックス 1991『TAXE』
Friedrich Hofmeister Musikverlag Leipzig
ミラン・ラファン共著 2000『L'Arche』
佐々木朗
1999『弦楽器のしくみとメンテナンス』音楽之友社
楽器の辞典『弓』1992 東京音楽社
弦楽器ラルジュ編集『弦楽器ラルジュ・弓の資料』
William henley『ヴァイオリンと弓の製作者辞典』
2008 年 4 月
113