気仙沼市魅力創造まちづくり調査事業(米国視察研修)マスターレポート

気仙沼市魅力創造まちづくり調査事業(米国視察研修)マスターレポート
◆日程及び訪問先
・日 程 平成28年8月18日(木)~8月23日(火) 6日間
・訪問先 アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド市,ワシントン州シアトル市
日 付
都
市
名
仙
時
間
内
《1》
気
沼
7
:
4
0
気仙沼市役所出発
8/18
一
ノ
関
駅
9
:
3
5
新幹線にて東京駅へ
(木)
東
京
駅
着
1
1
:
5
6
東京駅到着
東
京
駅
発
1
2
:
3
3
成田エクスプレスにて成田空港へ
成田空港駅着
1
3
:
2
7
成田空港到着
成 田 空 港 発
1
5
:
4
5
✈空路,ポートランドへ
9
:
1
5
ポートランド空港到着
0
:
2
0
専用車で市内へ(約 40 分)
容
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日付変更線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ポートランド着
1
11:30~12:35
ポートランド市長表敬訪問
ポートランド州立大学へ移動
13:00~14:00
ポートランド州立大学にて,PDC 山崎満広氏による講和
「環境未来都市ポートランド・都市計画プレゼンテーション」
元 JASO 会長で東北復興支援をリードしてきたポートランド港湾局の
Doug Smith 氏による講話
「ポートランド港湾の概要と東北復興支援」
Portland Japan Girls 宮永 薫氏による講和
「コミュニティ活動と東北復興支援」
ポートランド州立大学伊藤宏之教授・西柴雅美准教授による講和
「災害対策について」
16:00~17:30
Trimet・Agency Architect Bob Hastings 氏による講和
「ポートランド都市圏における公共交通」
【ポートランド泊】
《2》
8
:
0
0
朝ミーティング PDC 山崎氏同席
8/19
9
:
4
5
徒歩にてトラベルポートランドへ【徒歩 15 分】
(金)
10:00~11:00
トラベルポートランド(ポートランド観光局) Jeff Hammerly 氏によ
る講和
「まちづくりと観光の取組み」
ポートランド滞在
11:00~11:30
アルバータストリート(地元アーティストが住むストリート) 車窓からの視
11:30~13:00
察
13:00~14:00
ケネディースクール(廃校となった小学校の再利用)視察
14:30~15:45
トムマッコールウォーターフロントパーク・市民の憩いの場視察
ZGF 建築事務所社にて,渡辺義之氏による講和
16:15~17:00
「ポートランドのまちづくり」
パール・ディストリクト ネイバーフッドアソシエーション
副代表 Kate Washington 氏による講和
17:00~18:10
「市民参加型まちづくり」
US-J Connect 谷田部勝氏による講和
「日系企業誘致活動について」,
パール地区視察
【ポートランド泊】
1
《3》
8 :0 0~ 9: 00
8/20
9
(土)
ポートランド滞在
:
0
0
朝ミーティング
ホテル出発 徒歩にてファーマーズマーケット 【徒歩 10 分】
9:10~10:00
PSU ファーマーズマーケット視察
10:30~11:00
コアバコーヒー視察
11:20~12:00
ミシシッピ・アベニュー(リビルディングセンター,スピンランドリラウンジ)視
察
12:00~13:15
ニューシーズンズマーケット(地域貢献が活発なポートランド本店のオーガ
ニック食料品店)視察
13:50~14:10
ピトック邸(ポートランド全貌を望む高台)視察
14:30~17:00
サタデーマーケット(全米最大規模ローカルアーティストによるクラフトフェ
ア)視察,MAXRAIL乗車
【ポートランド泊】
4
:
0
0
ホテル発
8/21
《4》
ポートランド発
4
:
3
0
ポートランド空港到着 ✈空路,シアトルへ
(日)
シ ア ト ル 着
6
:
0
0
シアトル空港到着
6
:
5
3
専用車で市内へ
8 : 3 0 ~ 9 : 3 0
シアトル港湾局表敬訪問,漁港視察
Ron Peck, Director,Tourism ,Development,
Ray
Giometti,
Business
and
Operations
Manager,
Fishermen’s Terminal.
9:30~10:30
漁港付近視察
11:00~14:00
パイププレイズマーケット視察
14:30~15:30
North Admiral 市民の港活用視察
16:00~17:00
ウェストシアトル 住宅街視察
【シアトル泊】
《5》
8 /22
(月)
シ ア ト ル 発
9
:
0
0
ホテル発
1
0
:
3
0
シアトル空港到着
1
2
:
3
5
シアトル空港発  成田空港へ(フライト時間:10 時間 5 分)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・日付変更線・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【機中泊】
《6》
成 田 空 港 着
1
4
:
0
0
成田空港到着,成田空港駅へ
8/23
成田空港駅発
1
6
:
1
9
成田エクスプレスにて東京駅へ
(火)
東
京
駅
着
1
7
:
1
7
東京駅到着
東
京
駅
発
1
7
:
5
6
新幹線にて一ノ関駅へ
一 ノ 関 駅 着
2
0
:
1
0
到着後,バスにて気仙沼市役所へ
気
2
1
:
3
0
気仙沼市役所到着,解散
仙
沼
2
◆参加者
まちづくり協議会,商工会議所,観光関係,建設関係,報道関係,市議会の各団体か
らの推薦者(11 人)
,公募(1人)
,市長,市職員(2人) 計 15 人
(順不同・敬称略)
№
所属団体等
氏
名
1
鹿折まちづくり協議会
小山 睦史
2
松岩まちづくり協議会
千葉 貴弘
3
階上地区まちづくり協議会
小山 清和
4
気仙沼商工会議所
熊谷 敬一郎
5
気仙沼商工会議所
小野寺 隆敏
6
一般社団法人気仙沼観光コンベンション協会
臼井 亮
7
一般社団法人リアス観光創造プラットフォーム
櫻井 猛
8
宮城県建設業協会気仙沼支部
9
三陸新報社
10
公募
11
気仙沼市議会
12
気仙沼市議会・面瀬地区まちづくり協議会
今川 悟
13
気仙沼市長
菅原 茂
14
気仙沼市震災復興・企画部震災復興・企画課
後藤 英之
15
気仙沼市建設部建築住宅課
鈴木 貴文
佐々木 茂崇
中島 武彦
犀川 由香利
及川 善賢
3
◆内容(説明及び質疑応答)
ポートランド市長表敬訪問(8/18)
【内容】
チャーリー・ヘイルズ市長
ようこそポートランドへ。
土地利用,都市計画,公園など活発な議論がされている中,当地方においては,50 年以
内に大きな地震が発生することが予測されている。震災を経験した気仙沼から学びたいと
考えている。大きな災害による実際のマネジメントを準備しないと,社会福祉等のサービ
スが滞る。市には,1,000 棟以上の古い建物があり,耐震補強が課題となっている。1895
年建築の市庁舎は耐震補強している。
日本には数回行っているが,気仙沼にも伺ってみたいと思う。
菅原市長
お忙しいところを私達のために時間をつくっていただき,感謝申し上げる。今回は市・
市議会・商工・観光・まちづくりの各団体から 15 名でお伺いした。
東日本大震災から5年が経過した。全世界から多くのご支援をいただいた。アメリカか
らも継続的な支援をいただき,改めて感謝申し上げる。
日本政府は,10 年での復興計画を定め,当市においても復興へは 10 年は要するものと捉
えており,今はその半分の位置である。
復興においては,住宅の再建と産業の再生を最優先課題と置き,住宅再建については来
年度での完了,産業再生については現在のところ 70%くらいまでの回復という進捗状況で
ある。
一方で,市の基盤インフラとなる道路や橋等は,10 年は要する見込みである。
住宅を失った人々への恒久住宅対応はスピードが求められるが,制度と予算の限界もあ
り,毎日格闘しながら今を迎えている。
今進めている復旧・復興は,残念ながら気仙沼の理想のまちづくりではなく,今できる
ベストの選択と認識している。
気仙沼は復興だけで終わりではないので,フィロソフィーやビジョンを踏まえ,長いス
パンでのまちづくりをしているポートランドでの学びは極めて大きいものと考えている。
気仙沼は,海を向き平らな場所も無い地形であり,人口も 6 万人ほどで,ポートランド
との違いはあるが,産業の育て方,消費の仕方,住民参加,環境など 3 日間のポートラン
ド滞在で多くを学んで帰りたい。
50 年以内の地震予測があるとのことで,歴史的に大きな地震は経験されたのか。
チャーリー・ヘイルズ市長
歴史的には小規模の地震しかなく,予測については,地震エネルギーが当地域に蓄積さ
れているという地質学者からの警鐘である。
4
及川市議
東日本大震災では多くの尊い命を失った。私の住んでいる地域は 90%以上が壊滅的な状
況となった。綺麗ごとでは済まされない話である。今回の視察は平均年齢 42 歳と,50 年
100 年先の未来を見据えたメンバーとした。同じ思いを孫・子供にはさせたくない。
今川市議
まちづくりにおいて大切なビジョン
は何か。
チャーリー・ヘイルズ市長
ビジョンの基本は,絶えず変化して
きているものであり,長い期間をかけ
て熟してきたものである。
過去,経済成長を求め,拡張を繰り返した煙と蒸気の時代があったが,環境の持続へと
追いかけるものが変わった。
この気付きを得る前は,空気は汚く,川は汚染され泳げない。市街地は駐車場だらけ。
都市の環境としては,人が住める住環境ではなかった。
他の都市ではまだ企業を誘致していた 1970 年,ポートランドが先がけで環境都市化へ転
換した。環境の良いグリーンでクリーンな住みよい都市環境が,より良い人材を集め経済
の流れを生み,結果として経済でも勝てる状況となった。
市民の関わりとしては,計画の舵切りは底辺の人々の集まりからであった。駐車場を公
園につくり変える計画も市民からの提案であり,市民は自らデザインもしてくる。ポート
ランドは自転車のまちでもあるが,これも市民活動家の恩恵である。ローカルムーブメン
ト,土地開発境界線,ファーマーズマーケット,これらも市民活動からの成果である。
しかし,これまでに何も問題がなかった訳ではない。政治と市民が理解し合えているか
が重要で,市民に政治に関わる権利があることを市民側が理解を深めてきているし,行政
側の努力も長い期間に渡り続いている。
25 年で 25 万人,市の人口が増えるという長期的な都市計画プラン策定においては,4,000
人の市民と意見交換してきた。当然反対意見もある。成長を止めないという方向性を最初
に合意形成し,まちとして,その人口を受け入れ実現してくための実行計画を共に考える
かたちである。
気仙沼・東北においては震災を経験し,まちを新たにつくり直す・つくり変える機会と
なったと思うが,現状はどのような状況か。
菅原市長
公共施設は,もとの大きさに復旧する分は国が費用を出してくれる。安全な場所への移
転についても,同様に扱ってくれるが,用途によって使い分けをしている。
5
インドネシアの津波被害においては,復興に係る予算はほぼ全額が外国からの支援との
ことで,未だに復興されていないものもあると聞く。
そういうことでは,日本政府は手厚いと感じている。
気仙沼は震災を経験して,新たなまちづくりの機運が高まっている。避難所運営やボラ
ンティア支援など,震災前は経験したことのなかった取組みを経験したことで,新たな人
材も生まれている。これらをより醸成させたいと考えている。
市民の市民によるまちづくりにおいて,子供の頃からの何らかの教育プログラムはある
か。
チャーリー・ヘイルズ市長
子供の頃からの教育としては特別なものは無く,ポートランドにおいて一番使い勝手が
良い手法としては,30 年前にネイバーフッドの担当部局を設置し,職員を置いたこと。
市民活動を直接的にサポートするため専門のスタッフを配置した。
1つの例としては,当初はとても反対している案件に対し,文句を付けるために参加し
たとする。しかし,その市民活動の中で気付きを得ることとなる。反対の発言者がやがて,
サポート側に回り,応援する人へと転じるケースもある。ネイバーフッドは市民の学校と
いう側面もあり,行政としてはそこの部分を支援しているということとなる。
ボランティア活動についても,組織的な仕組みをつくることで,文句を言いながらも参
加する流れがある。
菅原市長
気仙沼においても,人口減少から学校の統廃合問題で反対意見等が強い地区がある。市
民自身がその地区の未来に不安な部分があることと思うが,反対意見を建設的意見へ方向
転換出来るかもしれない良きヒントをいただいた。
チャーリー・ヘイルズ市長
気仙沼でも出来るものがあれば,その仕組みについてなど支援したい。長期的に考えて
取り組んでほしい。
私自身もその昔,自宅近くの歩道の件について行政に文句を言いに行ったのが,政治の
世界へ入るきっかけとなる出来事であった。
6
環境未来都市ポートランド・都市計画プレゼンテーション(8/18)
ポートランド市開発局都市開発部国際事業開発オフィサー 山崎 満広 氏
【説明内容】
国際事業開発オフィサーとして,ポートランドでの成功事例を外に売り込むことを1つ
の仕事としている。緑のまちづくりを海外に紹介し,日本においても,柏市や和歌山県有
田川市のプロジェクトのお手伝いをしている。
環境の持続可能性をコンセプトに,各地域が抱える課題解決へ向け,市民を交え幾度も
意見交換を重ねてデザインしていくプロセスこそ,ポートランドで生まれたまちづくり手
法。
世界中で日々起こっている変化は項目によってペースが違う。ファッションやアートは
日々変化を続け,経済活動はその後に続く。インフラ・まちの基盤はそんなに早く変わら
ず5年・10 年・20 年とかかるもの。年度予算に縛られることなく,まちづくりは長い期間
をかけて行うもの。その場・その時の意見だけではなく,未来を見据え性別を問わず多種
多様な意見を聞き,長期的に考えることが重要となる。それらが地元文化の変化,自然の
あり方へと繋がっていく。
ヒューストンではゾーニングが無い。町工場の隣に住宅があることが当たり前の風景で
都市の成長がとても早い。その逆にあるのがポートランドで,土地利用のルールとゾーニ
ングが厳しいが,市民が望んでいる緑の空間が街中にある。市内をみるとまちの 12%が公
園・緑地となっている。環境に特化し住みやすさを考えたまちづくりが行われている。
ポートランドは 2001 年からの 15 年間で,61%の経済成長をみせた。成長度も大きく今
後も伸びていく。都市圏人口はアメリカで 23 番目約 220 万人となり,毎年2万人の人口増
となっている。オレゴン州の人口は 2030 年までに 100 万人増加する見込みで,質の高い労
働者,特に意識と知識の高い 24 歳から 35 歳の年齢層に人気である。大学・研究所機関も
充実している。
ポートランドは,1970 年代頃は汚染されたまちであった。まちの中心を流れるウィラメ
ット川は全米一汚い川であった。ダウンタウンも荒廃が進み,夕方5時以降は人が誰もい
ない状態であった。
この時に,ニール・ゴールドシュミット市長が誕生する。市民活動家からの転身で,ポ
ートランドで弁護士から市議会議員,そして市長(当時 33 歳)となった。
市長は最初にグランドデザインを示す。まちの中心軸にバスレーンを置き,その廻りの
公の空間を良くすることで,
人々の自由な
歩行も確保。商業と就労を中心に集め,合
わせて住居も置き,
人々の移動距離が最小
限となるようにすることで,
まちなかへの
車輛流入を抑制し,
緑地化を図りながらダ
ウンタウンに住むことを推奨した。
変革が始まり,
幾つか核となる取組みが
ある。
いずれも,
市民の活動からのもので,
7
行政が対応しまちづくりに繋がったものである。
ウィラメット川沿いの公園は,当初はハイウェイであった。ハイウェイの拡張の話が持
ち上がった時に市民活動家たちは,ハイウェイを撤去し公園とすることを要望した。市長
と州知事の調整もあり,今では,年間何十回もイベントなどで利活用される市民が憩う公
園となっている。
ダウンタウンの中心の公園も,もともとは駐車場であった。階層式の駐車場計画に対し,
市民が財団までつくり立ち上がった。今ではまちのリビングルームと呼ばれ,年間 300 以
上のイベントが行われている。敷地の3辺が公共交通に面しているため,通行する人,見
る人がたいへん多く,宣伝効果も高い。企業ベースとコミュニティベースの要素を合わせ
持っている。土地は市が所有し,財団が使用権を持ち管理運営をしている。ダウンタウン
の中心という立地性から相乗効果が生まれている。
アメリカで一番有名な都市再生サクセスストーリーのパール地区。前は操車場であった。
100 以上のブロックがあるパール地区の開発は 1990 年代からスタートした。20 年が経過し
ているが,今も残りのブロックを開発中である。スタートは公のお金を将来から前借りし
て(TIF)開発する手法を呼び水として事業者を集め開発を進めてきた。今では,その投資
した 100 倍くらいの民間投資がこの地区に集まり,まちとしての役割を十分に果たしてい
る。PDC としては,残りの重要拠点をどのように溶け込ませ,かつ,核となる開発は何かを
考えながら進めている。
PDC は,開発側とプロモーションを仕掛ける側に分かれている。私は仕掛け側で,どうし
たら新たな戦略が成功するかを考えている。開発側は,元ディベロッパー,元銀行頭取,
都市計画家などのスタッフがいて,普段からまちを観ている。どうしたら固定資産が上が
るか,経済開発に繋がるか,雇用が増えるかをいつも考えている。
組織としては行政の縦割りと同様ではあるが,何かを企画する際には,連携することが
普通に行われている。トータル的にまちの成長となることを戦略的に行うプロ集団であり,
年間数百億の事業費をまちの儲けに繋がるようにどう投資すれば良いかを任されている。
予算は,将来予測から前借りして再生を行う TIF(Tax Increment Financing)という財
政策がある。長期的にみて,このようなものがあれば必ず良いという理解が得られれば,
先行投資することができる。とりあえずの取組みが成功し,まちの継続した再開発の基盤
となった事例が多い。
例えば,その一つがストリートカー。ヒューマンフレンドリーをコンセプトにまちを歩
く人達に優しいチョイ乗り型の公共交通。車は少ない方が良い,駐車場も少ない方が良い,
過去の経験則を元に人の大きさに近い,歩いていてもすぐに乗れるものを考案し,先行投
資の考えで最初に1マイルを整備。1マイル整備でも 100 億という数字であったが,TIF を
活用し整備した結果,成功した事例である。
TIF は将来からの前借りで,行政が荒廃している地域の固定資産税をその地域の再投資に
当てて都市再生を実現する手法。行政側が都市再生のエリアを特定し,固定資産税の現在
額を上限額として固定する。将来開発が進み,そのエリアのインフラが整備され建物が許
容量を満たすほど建設された場合に,それ以上に上がるであろう固定資産税分を償還財源
として地方債を発行する。PDC が資金を借り,先読みのインフラ整備や建物を直していく。
8
その取組みが呼び水となり,初期投資のリスクが無くなった開発家はディベロッパーを連
れてくる。
この仕組みによりダウンタウンは 50 年の時を経て,
住みよいまちへと変化した。
今では,開発が進んでいない地区にお金を落とし,住・商を合わせて整備することにより,
経済活動を活性化させている。
重要なポイントとなるのはアーバンデザインである。憩いの場をたくさんデザインする
こと,そのアイデアは市民から出てくるものである。市民の声を,市民が欲しいものを専
門家に聞いてもらいデザイン化したものを,マスタープランに落とし込んでいく。その全
体のプロジェクトマネジメントを PDC が担っている。
市民の意見を反映させるためには,ファシリテーションが不可欠である。何が必要なの
か,何が問題なのか,それは何のためなのか,掘り下げた項目の要素をデザインし,それ
らを取り入れた公園やコミュニティ施設を整備する。
ネイバーフッドとの取組みもポートランドの特徴となっている。95 のネイバーフッドア
ソシエーション(地域の自治会)とそれらを束ねる7分割された地域連合と呼ばれる NPO
組織があり,市から資金も出ている。その上位に市の自治会サポート組織(ONI)があり,
ONI の局長の上には市議会しかないため,非常に風通しが良い。
市民はこの各機関から,トレーニングを受けているため,何か問題等があった場合には,
どのように市に意見を届ければ良いのかを知っている。
権力は分かち合うことで平等に扱われており,問題が滞らないのもポートランドの特徴
である。
視察では,ポートランドの街並みをそのまま真似しようとする日本人もいるが,ポート
ランドではハードの見える部分が素晴らしいのではなく,そこに至るまでの取組みが素晴
らしいということを理解してほしい。重要なのは土壌・風土であり,そうなるための長い
取組みを経て,成功や失敗から学んできた。
市民からの良いアイデアを,どのように箱物やインフラに変換するか。ポートランドの
手法としては,コミュニティと専門家集団(PDC・開発業者・デザイナー)のあいだに必ず
ファシリテーターを入れる。プライベートとパブリックは手を繋がなければいけない。
事業を運営するにあたっては,官だけが予算を組んで行うものだけでなく,民も恩恵を
受ける話で,資金が足りないのであれば,民もお金をつくるというやり取りも行われる。
(BID・LID といった受益者負担)ストリートカーも民間ディベロッパーからの提案からは
じまった話である。
なんとなく想像していることが事実として動き出すと,皆がそちら向きになり,プラス
のスパイラルへと発展していく。
○PDC としてポートランドのまちづくりを輸出している取組みの紹介
柏の葉イノベーションキャンパス(三井不動産・柏市・アーバンデザインセンター柏の
葉)
・日本でポートランド手法を取り入れたはじめての例
・現在進行形の計画で,防災調整池を親水公園に整備するなど,行政・市民の意識の変
化があった。
9
・国土交通省河川環境課とともに「ミズベリング」のプロジェクト支援
河川敷・川沿いの再開発
・和歌山県有田川町 地方創生プロジェクト
若者・女性の都市部への流出を食い止めるまちづくり
・POP UP Portland
地元小規模企業・デザイナー等の日本での実演販売
目的は外貨を稼いで地元の活性化に繋げること。
箱物を売り込むのでなく,いかに市民の意見を上手く取り入れ,その土地らしい素
晴らしいものを作り上げるか。そのバックボーンは 50 年に及ぶポートランドの取組み
そのものである。
【質疑応答】
参加者
行政側のビジョンがある程度ないと議論の方向性が整わないと思うが,その制御方法は
何かあるのか。
山崎氏
ポートランドとしてのまちづくりのビジョンは,ゴールドシュミット市長の時から変化
しながらも残っている。それを周知のこととして,各デザインワークショップでのお題は
決まっている。グループ毎のお題は具体的な内容となっていて,プロのファシリテーター
が付いて対応する。ビジョンの見直しは,ワークショップ中も繰り返される。ワークショ
ップは,ファシリテーターとデザイナーが回し,視覚化することで共有することが出来る。
参加者
ONI の役目として,地域のネイバーフットアソシエーションに研修等を実施している
という説明があった。防潮堤議論の時に感じた事例もあるが,議論の前提の状況をレク
チャーするという部分は,日本では十分でないと感じた。参加する人達へのオリエンテ
ーション・講習に手間をかけないといけない。
山崎氏
スポーツで言えば練習を重ね,練習試合をし,本番に挑む。練習の時点で ONI が大活躍
している。普段から地場の方々と手を組んでいる土壌があり,地域の課題を話し合う場が
練習試合となる。実際の計画時には,プロのファシリテーターの元,行政側とのワークシ
ョップとなるが,そこが本番となる。行政側に対して要望を上手に届けられるようトレー
ニングを積み,役割分担もされている。
いつも上手くいく訳でなく,ポートランドでもたくさん課題があり,市民が反対を続け
ている案件もある。
10
ポートランド州立大学マーガレット副学長による歓迎の挨拶(8/18)
【説明内容】
ポートランド・ポートランド州立大学へようこそ。
ポートランドと日本のコミュニティは非常に深い関係があるし,ポートランド州立大学
も日本の大学と深い関係にある。
ポートランドの人々はこの地域に誇りを持って生活しており,ポートランドを世界に知
ってもらいたいとの思いも強い。
気仙沼の復興へ向けての取組みの中,ポートランドを視察することはたいへん興味深い
もので,双方にとっても良い学びの機会となる。
震災時に発揮された日本の強いコミュニティについて,多くを学びたいと考えている・
気仙沼は「食」のまちという印象を受けた。ポートランドとの共通点も多くあるのでは
ないか。まちに出て,ポートランドを楽しんでほしい。
2017 年4月に計画している日本視察について(8/18)
ランディ・ミラー 氏(不動産業)
【説明内容】
1980 年代から日本との取組みを継続している。元々は SONY の代理店の代表をしていた経
緯がある。
力を入れている取組みの中で,世界中の主要都市から良いものを学んでくる事業がある。
過去 30 年に渡り,ポートランドを代表する視察団を組み,各都市の成功事例や失敗事例
を学んできた。
日本は,2011 年の震災で大きな打撃を受けたが,優秀なテクノロジーを有し真剣に取り
組む国であるので,素晴らしい復興を成し遂げるはずであり,我々はそれを学びたいと考
えている。
ポートランドのまちづくりでの成功事例を皆さんに学んでほしいと思うとともに,ホー
ムレスや地価高騰の対策については助言をいただきたい。
ポートランド港湾の概要と東北復興支援(8/18)
ポートランドエリア国際貿易・海外開発ポートランド港湾局 ダグラス・スミス 氏
【説明内容】
港湾局では,空港と一級河川の港湾,不動産開発事業をしている。今回は港湾局の役割
のことではなく,以前にオレゴン日米協会の会長であり,今までも継続している東北復興
支援の活動を紹介する。
11
「オレゴンから愛」の影響もあり,親日家が集まり,気仙沼をはじめ東北の被災地に復
興支援で何度も訪問している。
震災当日の状況はテレビで見ていた。大きな衝撃を受け,すぐに友人と共にチャリティ
ファンドを設立した。
活動には3つの目的を掲げている。1つは復興支援。2つ目はオレゴンに対する防災・
復興に関する学びの提供。最後は企業支援基金。
企業支援については,集めた募金を米国の団体メルシーコープに預け,同団体は気仙沼
信用金庫とパートナーシップを組むプラネットファイナンスへ寄付し,企業への支援に使
われた。
約 200 社への企業に融資し,再雇用支援や利子補給といった取組みも行った。
特定非営利法人ピースジャムの佐藤賢氏もこの融資を活用し,第 5 回インターナショナ
ル・マイクロファイナンス賞を日本人として初めて受賞した。
大震災により被災した八戸市鮫町の神社の鳥居上部の笠木が,2013 年にオレゴン州に漂
着した。それをお返しする取組みも行い,2016 年 5 月に鳥居が再建された。
2011 年 6 月に 88 名で,
オレゴンからの愛の活動として気仙沼を含めた被災地を訪問した。
南郷公園の瓦礫撤去などの活動をし,2016 年 3 月に再度訪問することができた。
気仙沼プラザホテルに宿泊し,地元の方と交流を深めることができた。
ピースジャムの佐藤賢氏や藍公房OCEANBLUEの藤村さやか氏とお会いし,彼ら
の事業の成長を感じることができた。これからの交流には彼らのことも活かせれば良いと
考えている。
コミュニティ活動と東北復興支援について(8/18)
JWPDX(ポートランド在住日本人女子会) 宮永 薫
氏
【説明内容】
このような機会をいだだき,非常にうれしく思っている。
2012 年 1 月に,日本人女子のためのコミュニティを友人と 2 人で発足させた。少ない人
数でのお茶会からのスタートであったが,5 年が過ぎ,今では 300 人のメンバーとなった。
主に,情報交換・交流・学びあいを月 1 回のイベントを通して行っている。2011 年の大
震災に対して何かしたいという思いがあり,2012 年の発足時にチャリティイベントを毎年
していくことを企画した。
寄付先を検討している時に,母と子をサポートしているピースジャムという団体を紹介
された。代表の佐藤賢氏の取組み内容に共感し,コミュニティサポートベースの活動が団
体同士通じるものがあったことで,支援することとなった。
最初に 2012 ラマージセールを開催し,売上金を支援した。その後 2013・14 アート&ク
ラフトバザーなどをポートランド在住の日本人の協力を得ながら開催し,継続して支援を
行った。
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復興支援を兼ねながら,日本人女子のためのコミュニティ活動も成長しながら継続する
ことが出来ている。
2015 年 10 月には,主催のチャリティイベントを行い,4年間で総額 100 万円近くの支援
金を送ることができた。
微力ではあるが,母国を離れていても日本の力になりたいと考えているポートランドの
日本人女性はたくさんいるので,この活動を継続していきたいと考えている。
2016 年 5 月 30 日に気仙沼を訪問した。気仙沼も空気が綺麗で,ポートランドと似ている
印象を受けた。ピースジャムの佐藤賢氏とはじめてお会いし,今後のことも伺うことが出
来たので,女子会としても継続しての復興支援に繋げていきたいと考えている。
※その後,同会のエルディング渡辺孝子さんともお会いすることが出来た。
災害対策について(8/18)
ポートランド州立大学 伊藤 宏之 経済学教授
西芝 雅美 公共政策准教授
【説明内容】
海外にいる日本人の立場から何か出来るものはないか,そのような視点もある震災・自
然災害に関わるプロジェクトの素案を紹介する。
プロジェクトの内容は3つあり,1つ目は,東北の被災地に州立大学の学生を連れて行
くという研修旅行。2つ目は自然災害に係る研究所の設立。3つ目は州立大学全体で災害
危機管理・復興の大学院プログラムの構築。
研修旅行は,来年度に災害に係る新たなコースを設け,災害危機管理・復興を学んだ上
で,2017 年6月に1週間ほどかけて被災地を訪問する計画である。官民を問わず現地の方
と交流することで,被災地の現実を知ることを目的としている。
個人的に東北大学災害科学国際研究所と繋がりがあったことから,研修プログラムの協
力を得ている。陸前高田市や石巻市を訪問する予定としている。
災害研究管理や復興の進捗について興味があり,継続的に研修旅行を続けていくことを
考えている。
継続的に行い,交流を深めることで,ポートランドのユニークなまちづくりも共有でき
るかもしれない。ポートランドで良く聞く言葉で,シビックプライド(郷土愛というより
は郷土への誇り)という言葉がある。被災地でもこの気持ちが芽生えてくれることを期待
している。
研修旅行には,実際に行政等で防災・災害対策に関わっている実務者も同行させたいと
考えている。
昨年,ニューヨーカーという雑誌で,ここ 30 年の内にマグニチュード9レベルの地震と
津波が起こりうる危険地域として,オレゴンも含まれたものが発表されていた。今まで,
災害時の危機管理をあまり考えていなかった地域であることから,対策準備について意識
が上がったところである。大学側としても災害危機管理・復興のプログラムをつくる流れ
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となり,災害時に活躍できるリーダー(スペシャリストを繋ぐジェネラリスト)を育成す
ることを目的としている。
教育面と両輪になるのが研究所である。アメリカは,地震やハリケーンなどの自然災害
そのものを対象とした研究所はあるが,復興等に関わる問題を社会科学的・公共政策的な
観点から扱うものが少ない。被災後のコミュニティの復興・まちづくりをテーマとした研
究所をコミュニティ災害リジリエンス(修復する力)研究所と名付け,設立へ向け準備し
ている。
【質疑応答】
参加者
「市民参加率」は日本ではあまり使わな
い言葉であるが,人口に対するワークショ
ップへの参加度合を示すものなのか。
山崎氏
どのくらいの確率で,市民が年に1度はそのような機会に触れるかを表現するために用
いたもの。ポートランドはワークショップを含め,ギャラリーウォークや広告など,まち
づくりに関するお知らせを徹底させる仕掛けがある。
参加者
市民参加のまちづくりをしていく場合に,指標があれば良いと思っている。市民参加率
以外にも何かあるか。
西芝准教授
アメリカでは統計を取る研究所はあるが,ポートランドのような草の根レベルの市民参
加の指標は統計で対応することはできないと思う。
参加者
市民参加の場合,何をもって合意が形成されたと判断するのか。
山崎氏
日本の合意形成という言葉と,ポートランドでの次に進むための指標は,全くの別物と
なる。こちらではみんなが気に入ったと思うプロトタイプをつくり,それをどんどんデザ
インしていく。それは合意形成するだけの作業ではない。箱物に対する 100%の合意形成を
しようとするとポートランドでも次に進めない。プロトタイプでふんわりした状態のもの
をリファイメント(精錬・詳細化)していく作業となる。意見に対してプロのデザイナー
とファシリテーターが関わり,開発側が判断していく。その作業は数回行われる。
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参加者
元々の作業が日本とまるで違う。合意というよりは,みんなで方向性を同じにする作業
を繰り返し,納得感を得る方法だと思う。日本の住民との合意形成は,行政が用意したも
のがイエスかノーの反応となり,固く考えがち。プロセスを重視すれば,これまでの合意
形成とは違うかたちともなる。
山崎氏
日本の典型的なところは,行政がドライバーで市民がお客という構図。白か黒か,ある
いは落としどころのグレーに向けて努力している感じがする。ポートランドの場合は,フ
ァシリテーターがドライバーで,目的地へ到着するのであれば,はじめから何色でも良い。
そのためには,アーバンデザイナーとファシリテーターがテーブルにいなければいけない。
参加者
日本でいう合意形成は明確な答えがなく,大方が賛同すれば良いという考え。ポートラ
ンドでは,はじまりでは結果が決まっていなくて,結果に辿り着くこと自体が合意なのだ
と感じた。
山崎氏
方向性は決まっていて,結果は定められていない。話し合いの中で優先順位を考えてい
くことがプロトタイピングのやり方となる。
西芝准教授
ポートランドをどのようなまちにしたいか。そのビジョンを定めるために何度もワーク
ショップが行われる。その次はプランという段階に移る。市へもその意見は上がり議論さ
れ,各委員会等に下ろされる。そのようなプロセスを繰り返すので,期間は相当かかる。
参加者
気仙沼市総合計画が改定の時期。はじめようとした時にこの視察が決まったので,この
視察を踏まえて作業を進めようと考えていたが,我々は総合計画を策定する手段すら分か
らないレベルにあると認識した。
西芝准教授
ポートランドでも総合計画の改定が1年もずれ込んだりしている。ポートランドは物事
を決めるのに,とても時間がかかるところである。日本のように物事が決まるのが早いの
を羨ましいと思う時もあるが,決めることを優先するよりは,みんなが納得したものをつ
くるのが大事なのだと考えている。
山崎氏
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時間をかけるということはリスクも伴い,行政側とすれば正直怖い面もある。計画に対
して何度もミーティングを重ねたり,2年ぐらいのスパンで計画を練ったりしている。民
間の建設業者などからは,本当にそんなに期間が必要なのかという声も良く聞く。しかし,
議論を重ねた資料は,後のリスクを軽減させるのに非常に役立つし,時間をかけた分だけ
本質論議が深まる。
参加者
とても望ましい世界のような話ではあるが,反対する市民も多くいるのではないか。そ
ことの乖離はないのか。
西芝准教授
反対側や行政に対して NG の対応をする市民も多くいる。最終的には多数決で決めること
も多く,ポートランドがバラ色ではない。ただプロセスは踏んでいるので納得感はあり,
誤魔化しの感じはない。
山崎氏
何を言っても反対を続ける方もいれば,デモ運動も行われたりして,行政側の苦労も絶
えないが,意見を聞かれる機会が誰にでもある。機会を設けるスタンスと,良い意見は実
際にデザインに取り込む対応が成されている。
参加者
行政としては,制度と予算の壁にいつも阻まれる。TIF のお話もあったが,日本の地方に
おいては人口減少が続き,固定資産税が増えるイメージが出来ない。お金のつくり方につ
いての悩みは大きい。
山崎氏
日本とアメリカでは政治が基本的に違うところもあるが,考え方して,将来の価値が上
がるという観点では,固定資産税だけでなく,消費税や法人所得税などの選択肢があるか
もしれない。土地の価値を考えた場合に,大きな要素となるのが道空間である。ポートラ
ンドでは道路の管轄は交通局となり,連携を図れる面があるが,日本では警察となり工夫
の余白が無い。
参加者
気仙沼に宿泊することに大きな価値を持たせ,観光客を増やすことができれば,東京都
のようなホテル税を検討できるかもしれない。
山崎氏
ホテル代だけではなくて,消費の部分や法人・観光受け入れ側を含み,全体額を目標に,
税を取るところを小分けにして負担感を感じさせないことがポイントとなる。アメリカで
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は産業基盤として,観光は後付けである。アイシングオンザケーキという言葉があり,ケ
ーキ(土台)が無いとクリームは乗せられないという意味であるが,日本は,クリームだ
けをつくろうとしている。
西芝准教授
日本の市民は,予算は行政が用意するものと考えている。そこを転換していくことが重
要となる。例として,食事提供の福祉サービスをはじめたアメリカの NPO に対してリサー
チしたところ,行政に頼むと経費が掛かりすぎるから我々で事業を開始したとの回答だっ
た。そのくらい意識が違う。このように育てるのが本来の行政の役割と考える。
参加者
どういう「まち」にするかという大きなテーマだとなかなか意見が出ない。入口の議論
を活発にするためには何が必要か。
西芝准教授
プロのファシリテーターは,人が集まりさえすれば,抽象的な話であっても対応できる。
参加者
時間はかかるが,そういうところを見据えた気仙沼の取組みがまち大学である。ポート
ランドように自身の意見を持つ成熟した市民が多いと,仮に大災害に直面した場合は,日
本のような統制が逆に難しいのではないか。
西芝准教授
大災害時は連邦レベルの指示系統となり市民は従う流れになると思うが,その後の復興
ではコミュニティ力が役立つと考える。災害のあったルイジアナが復興しないのは,コミ
ュニティの活力が無いからと言われている。
山崎氏
日本にはまだプロのファシリテーターが少ないし,一番の違いとしてアーバンデザイナ
ー・プランナーの存在がある。日本人は文系・理系に分け,都市計画家は理系の人間とな
る。ポートランドで共に仕事をするアーバンデザイナー・プランナーは文系・理系でもな
く,都市計画家だとも思っていない。彼らはアーバンデザイナー・プランナーとして仕事
をするために,心理学・人類学・土地の歴史・文化も学び,都市・公園・建築を計画する
上で,市民の意見を取り入れる。若い頃から修行を積み,ワークショップにおいて,市民
の前でパフォーマンスのように披露する。参加者のノセ方を知っていて多くの意見を引き
出してデザインする。このような手法は日本の有名な建築設計事務所でも出来ないことで
あり,非常に素晴らしいものである。
参加者
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山崎氏や,西芝准教授が気仙沼市民あるいは気仙沼市長であるとしたら,どのようなこ
とをするか。
西芝准教授
市職員は市民をコントロールしようとは思わない方が良い。市長は市民の声を組織の中
で吸い上げてほしい。視察団には,ポートランドのプロセスを学び,気仙沼でも使えるよ
うな土壌づくりを考えていただきたい。総合計画の話もあったが,実際に使える戦略計画
が必要と思う。
山崎氏
私が市長だとしたら,開発部門に関しては人事異動を止めて専門家集団をつくる。開発
局では民間等で経験を積んだ各プロフェッショナルがいるが,皆,まちを語れる。市長に
も,一事業者・市民にも,その計画の背景や経緯を説明できるようになるためには,長期
に渡り業務に携わなければならない。
参加者
開発に当たり,市民との意見交換の説明はあったが,地元産業界(地権者・商業者)と
の意見調整はどのように行われるのか。
西芝准教授
地元商工会のような組織もあるし,ネイバーフットアソシエーションの他にビジネスア
ソシエーションもある。ネイバーフットは,その地区の住民だけでなく地権者や商業者も
一員となっている。多様な集まりの中でワークショップが行われる。
参加者
地元産業界(地権者・商業者)においても,建設的な意見が述べられるようなトレーニ
ングが必要か。
山崎氏
重要なのはワークショップの参加者ではなく,ファシリテーターのスキル。プロのファ
シリテーターに言わせれば,強い反対の意見者がテーブルにいないと盛り上がらないとい
う。ファシリテーターはあくまでその事業に対して利害関係の無い中立的立場であり,活
発な意見を引き出し段階毎にまとめ上げるのが仕事。市長と課長・一般市民・小学生も対
等の立場で扱う。長期の総合計画や戦略計画が定められた各個の案件に対してファシリテ
ーターを入れれば,議論が活発になるのは当然のこと。日本はあまりにもファシリテータ
ーの認知度が低い。
西芝准教授
18
プロのファシリテーターも必要だが,行政職員にも基礎スキルとしてのファシリテータ
ースキルとコミュニケーションスキルが必要である。
参加者
市民が高い意識を持たないとポートランドのようなまちづくりはできないと思いがちだ
が,気仙沼もポートランドの人達も市民レベルとしては同じで,プロセスにいかに乗せ,
答えを導き出す技術のある人の存在自体が大きな違い。
同時に基本的なことを市民に教えていくことは行政の役割であり,建設的な議論への道
となる。
その時に,現状で我々の壁となるのが「お金」と「制度」となる。オープンな議論の場
で,基礎的な情報として予算や制度を示すものなのか,あるいは,理想的なものの中で議
論し,後に行政で調整するものなのか。
山崎氏
両方の面がある。開発側としては,実現することを目指して話を進める。ただ,予算は
固めた状態では無く,優先順位を考えながら柔軟な対応図る。はじめの優先順位から反対
の意見があった場合は一歩引くように必ずしている。はじめから結論ありきの話は無い。
西芝准教授
話し合いの目的がビジョンなのであれば,お金や制度は関係なく理想を話し合う。何か
を実行するためのプランニングの場合は,制約の中での理想を話し合う。
前日の振り返り(8/19)
ポートランド市開発局都市開発部国際事業開発オフィサー 山崎 満広 氏
参加者
日本での自治会組織にあたる,ネイバーフッドへの自治会サポート組織(ONI)は気仙
沼でも手を加えられる非常に大事な要素となる(地域づくり推進課)
。
都市・開発の境界線を定めること,まちづくりを決めていくアプローチ・プロセスのあ
り方や,必要に応じての組み合わせを見定める中間組織,NPO やファシリテーターの話もた
いへん参考となった。
印象として,公共交通だけでは黒字になっていないという印象を受けたがいかがか。
山崎氏
黒字とはなっていない。ポートランドでは,公共サービスでもある事業単体の赤字・黒
字は見ない。都市開発の手法の一部であり,都市・地区の価値をいかに上げるかという判
断となるし,目的は二酸化炭素(CO2)を減らすことにある。
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参加者
TIF の話で,地域を開発する際に将来の不動産価値の値上がりを見込んで,役所に入るで
あろう税収分を先行投資に充てる手法が難しい場合は,それぞれの地域の特色の中で固定
資産税だけでなく検討する余地があるのではないかとアドバイスがあった。
山崎氏
価値が上がった時のリターンは本当に金銭だけなのか。何のための開発であったか,ど
のような恩恵を受けたのかを整理・議論する必要はある。リターンは,人口が増加したこ
とや消費が上がったということも考慮できるかもしれない。小さな事業者に対しても市と
してバックアップする姿勢を示すことは大切であり,その姿勢が連鎖を生む。小さなまち
の中でお金を回しても成果は生まれない。地域外(仙台・盛岡・東京)を貿易相手と捉え,
これまで通りの水産物だけでなく,新しいものを売り込み続けながら,外貨を獲得しなけ
ればならない。
視察団に女性が1人しかいない。女性リーダーを育成することも重要であり,女性がい
ることで意見のバランスが取りやすい。まちで活躍する人の性バランスは大事である。
参加者
開発の際,土地が個人・民間の場合は買い取るのか。
山崎氏
毎回バラバラで,ディベロッパーから土地があるからと話を持ち込まれるケースもある。
PDC としては,荒廃地域でこれから盛り上がるであろうエリアに火付け役として最小限の投
資をして整備することが主業務となる。区画整理ではない。
参加者
ポートランド市の総合計画はあるのか。
山崎氏
総合計画があり,その中に長期都市計画がある。都市の線引きや敷地の規定を定めたも
のであり 8~10 年スパンで見直しされる。総合計画・都市計画・地区計画・デザインガイ
ドラインがあり,地区計画レベルに対して PDC が関わることとなる。どのレベルにおいて
も,市民が参加するワークショップが行われる。ネイバーフッドレベルではかなり掘り下
げた議論が交わされ,それが地区の特色となる。
参加者
会議が多くなると,出席する住民も疲れてくる。議論を継続させるために,参加しやす
くする仕掛けなどはあるか。
山崎氏
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同じ人が毎回来てしまうこともあるが,時間帯・場所・タイミングを変えることで,多
くの方が集まれるようにしている。例えば,奥様方向けにはランチタイムでお茶会形式,
朝早く朝食を準備して出勤前の方を集めたり,子供たちの意見を聞きたい時は,PTA 含みで
学校へ出向いたり。チェックリストを持ち,意見を聞く対象に合わせて開催する。会議録
のポイントとしては,箇条書きだけではなく,まとめと絵に落とすこと。この作業が日本
で足りないところ。可視化することで毎回の変化が分かれば疲れないと思う。
参加者
日本のまちづくりとは残念ながら土壌が違いすぎるところがあり,日本でも個々での考
えはあるものの,行政との関わりの中で実現するかどうかという部分は別物となってしま
う。ポートランドでは,自分の考えが反映されることを前提とした参加者になっているが,
現状の日本では,自分が話したらどうなるんだろうというレベルで,興味度に差がある。
山崎氏
時間をかけて行う都市計画などは,こちらでも成果物は紙ベースとなるが,PDC で行って
いる地区計画レベルだと実質は短期間で進めることとなる。計画の移り変わりが早く,デ
ザインが示されていくので,参加者にも責任感が生まれてくる。
参加者
気仙沼市は,津波で被害を受けたことから,新しいものをつくることでまちづくりをし
ている。ポートランドでは,既存ストックの活用もあると思うが,新しいものをつくる状
況にもあるのか。
山崎氏
ポートランドは,ダウンタウン内にもまだ空地があり,未開発の土地もあるので,新し
いものがつくられる状況にある。田舎町なので,ニューヨークや東京の状況とは違う。ま
ちは成長しないと衰退する一方となる。今までとは違う,新しい取組みを続けていくこと
が重要となる。
PDC は外郭の団体。市長の制約も受けずに予算もあるので,新しいことにチャレンジ出来
る唯一の部署となる。このような特別部署を持つ場合は,予算と人を集め,邪魔しないこ
とが大事なことである。人事異動,縦割りの組織,女性の起用などこれから変えていく姿
勢を示さなければいけない。人口が減っているのに,議員・職員の数が減らないのはおか
しい。
環境面について人々の生活の質に繋がることには,時間とお金をかけなければいけない。
全てがまちの資産であるので,全体のネットワークを踏まえて考えなければいけない。女
性と子供に優しいまちを目指してほしい。
参加者
高齢者については意識されていないのか。
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山崎氏
アメリカでは高齢者は大人として扱われる。介護を必要とするレベルとなれば福祉では
なく,高齢者産業という範疇になる。都市全体としては,歩行者に優しいまちづくりが,
お年寄りにも優しいまちづくりに繋がっている。交通網は人口云々ではなく,都市の大事
な基盤となるもの。
ポートランドのまちづくり(8/19)
ZGF 建築事務所アソシエート 建築家 渡辺 義之
氏
【説明内容】
2年前に東北被災地へ行き,気仙沼も訪問し,大江副市長にお会いした。
ポートランドはミクストユースのまち。日本はシングルユースで,住むところ・働くと
ころ・遊ぶところが別々で,そこを公共交通機関で結ぶことが一般的なまちづくりとなっ
ている。
ポートランドは,まちだけでなく建物もミクストユースしたものがある。ここ ZGF の本
社ビルも,1F テナント,2~5F 本社オフィス(従業員 250 名)
,6~23F 賃貸マンション(273
室)で,賃貸マンションは人気が高く 100 件ほどが空き待ち状態。
商業とオフィスと住居を合わせているが,それは,昼夜間人口の平準化を目的としたも
の。昼も夜も人々が利用する施設とすることで,安全性が向上し,活気が生まれることと
なる。
ポートランドは人口 60 万人ほどで,大都市ではなく昔から貧乏であるが,普通の人が普
通に楽しく生活できるまちである。
ZGF は,80 年代からポートランドの都市計画事業に携わり,賑わいを創出することと,
自然環境に配慮することを両輪とした「エコ・ディストリクト」
(Economy(経済)と Ecology
(自然環境)
)をコンセプトにポートランド的なまちづくりの業務を進めている。
コンパクトシティなので,配置計画が非常に重要な要素であり,居心地の良い場所の提
供とミクストユースのまちを目指した,職・住・商・学を織り交ぜた演出を戦略的に考え
ている。元々は,官・民共にお金が無く,アイデア出しをする中で生まれた考え方がミク
ストユースである。
ポートランドの街区は約 60m×60m程で全米で最も小さい。20 世紀初頭の開拓時,土地
の資産価値を上げるために角地を多くしたのだが,道路面積が大きくなるというデメリッ
トがある。その道路空間を魅力あるものにしようと努力してきたことで,歩いていて楽し
いまちと呼ばれるようになった。
歴史上の転機は 70 年代初頭。それまでは駐車場・公害問題をまちは抱えていた。32 歳の
新市長が「24 時間ダウンタウン」というスローガンを掲げる。ミクストユースのはじまり
がここにある。
22
90 年代より,貨物操車場跡地のパール地区再開発がはじまる。新しいまちをつくるため
工業系を住・商業系のゾーニングに見直しを行った。ゾーニングにもミクストユースの考
えを持ち,まちは生まれ変わることとなった。店舗も全国チェーン店はほとんどなく,ロ
ーカルファーストのまちづくりが行われている。
全ては道づくりがキーポイントとなる。ポートランドは歩くのが楽しいまちなので,道
と街角の演出には高いデザイン性が求められる。歩道幅は 3.6~4.0mほどで,歩道部分を
中心に建物側と車道側にテーブルとイスがおけるようなスペースを取り,賑わいを演出し
ている。また,路上駐車自体が車道と歩道部の緩衝材として考えられていることから,奨
励されている。建物は歩道に面して窓を通して中が見えるようにすることが,まちのデザ
インガイドラインとして示されている。PDC や商工会議所の関わりもあり,どのようなテナ
ントを入れるかということもテーマを持ってプロデュースされている。日本のようにどこ
の駅で降りても,同じ風景で同じ店が並んでいるということは無い。
都市計画では,そのエリアの職住比率を最初に十分検討した上で,そこにエリアマネジ
メントを加えていく手法が,成功への流れだと感じている。演出の仕方としては,セット
バックよりセットフロントで建物をより歩
道側へ寄せた方が賑わいを創出できる。
ポートランドのデザインガイドラインで
は,公共事業費の 2%をパブリックアート
の購入に充てることや,古い特徴を生かし
まちの記憶を留めること,親水・修景での
水の使用,温かみのある木の使用などが示
されている。
建築物は建てて維持管理していく上で,大きくエネルギーを消費する。資源は限りがあ
ることから,環境設計に配慮しなければならない。環境を保全しつつ持続可能な設計をサ
スティナブル・デザインと呼んでいる。アメリカでは,LEED と呼ばれる居心地の良い環境
づくりと経費の大幅節約を目的とした,エコ建築物認証がある。導入以来爆発的に普及し,
サスティナブル・デザインを推し進める牽引役となっている。ZGF 本社ビルは,LEED プラ
チナ認証の建物である。
サスティナブル・デザインで居心地の良い居住空間をつくると,企業と人を惹きつける。
人々が集まることにより,地区の平均賃料は上がり,事業者は潤い,コミュニティは恩恵
を受け,市財政の改善へと繋がっていく。
日本でつくるハード・建築は世界一であり,品質はとても良いが,ポートランドにある
ハードとソフトの間を取り持つ仕組みが無い。ポートランドでは,その仕組みが PDC など
により確立されていて,プロセスやハウツーがあるから,おもしろいまちづくりが出来て
いる。
ポートランド流を日本の都市に応用しようということで,柏市の柏の葉イノベーション
キャンパスに参画した。ワークショップを通してその場でデザインし,主動線を決めるな
どし,ビジョンづくりに協力することができた。プロジェクトのハウツーを持っているこ
とが一番重要なポイントとなる。
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【質疑応答】
参加者
気仙沼は日本で唯一「スローフード都市宣言」をし,都会の真似をしないことを選択し
ている。その中で,ポートランドのローカルファーストの精神が良い参考となると思うが,
そのルーツと精神を維持している仕組みはどのようなものか。
Charles M. Kelly Jr.(ZGF 建築事務所)
ポートランドには,同じ価値観を持つ人々が集まってきている。同じ西海岸のシアトル
やロス・サンフランシスコに比べれば規模が小さくて目立たないことで独自性が生まれた。
ヒッピー文化からの流れもあり,時代の流れに逆行した道を歩んだことが現在の評価に繋
がっているのではないか。
参加者
私のまちにも中央に川が流れている。柏の葉で修景公園として,防災調整池を水と触れ
合える整備をしようとした時,どのような問題があったのか。
渡辺氏
詳細は分からないところもあるが,当初は防災調整池が県管理ということもあり,触る
こと自体も NO とされたが,親水空間としての整備が計画上必要であることを訴え続けた。
2013 年頃に国からの指導もあり,防災調整池として大きさについて緩和がされたようだ。
そこから,周辺部を整備しても良いという流れとなった。
参加者
震災による津波の影響で,小さい範囲ではあるが住めなくなったエリアがある。そこに
ミクストユースの考えで賑わいをつくるにはどのような手法があるか。
渡辺氏
住・商が合わさらないと感覚的には賑わい創出の難易度は上がる。公園だけでは,恒常
的な賑わいはつくれない。1 地区で達成出来ない予測がある場合は,俯瞰的に捉える必要が
ある。近隣とのミクストユースになり,アクセスが重要ポイントとなる。例えば,自転車
道で繋ぎ,訪れる人にどのようなおもてなしが出来るかということを掘り下げて考えてみ
てはどうか。
参加者
気仙沼で一番賑わいのある内湾地区は1階店舗で2階が住宅という構成であった。津波
の被害を受け,防潮堤は整備するものの,大きな津波の際には浸水する可能性があること
から,災害危険区域に指定した。居住を制限することであり昼夜間のバランスが崩れるが,
浸水想定より高い位置に居住スペースを設けることを認めているため,建物を堅牢な構造
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としつつ,1階に店舗を構え,上階に公営住宅を整備することで,何棟か建設している。
建物の連続性に欠けるが,結果として,ミクストユースの考えが含まれている。
渡辺氏
ポートランドの東側地区は住宅街であるが,面的に捉えて店舗が連続していないものの
商店街風な場所があり,賑わいがあるので参考になるのではないか。
参加者
実際にデザインワークショップにおいて,意見を可視化していくということは,職能と
しての技術が伴わないと出来ない。一般的に行政から発注される業務内容において,プロ
セスの部分はどのように扱われているのか。
渡辺氏
日本の場合は,都市計画の話を進める時には,その専門家の方が計画を練るが,どのよ
うな建物が建つのかというところはあまり考慮されない。まちづくりと建築物が上手に連
結されていない印象がある。ZGF には,都市計画家兼建築家のスタッフがいて,ハードとソ
フト両面から考えての計画が可能となる。
参加者
ワークショップにおける職能に対しての報酬は支払われるのか。日本では事例がない。
渡辺氏
ポートランドでは,ある一定規模以上の計画は,ワークショップをしなければいけない。
ワークショップの主催者は,案件により市・PDC・ディベロッパーなどであるが,報酬はあ
る。
参加者
ポートランドの都市規模だからかもし
れないが,地域に ZGF のような都市計画
から建築設計までを手掛けられる企業が
存在することは幸せなこと。業者選定は
入札なのか。
Charles M. Kelly Jr.(ZGF 建築事務所)
ポートランドには,他にも同業者がおり,行政側からの仕事は入札となる。
(文責者:気仙沼市建設部建築住宅課 鈴木 貴文)
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ポートランド都市圏における公共交通(8/18)
Bob Hastings Agency Architect at TriMet
【説明内容】
郊外とダウンタウンを結ぶライトレール,ダウンタウンの各地区を結ぶストリートカー,
路線バスを運行する公共交通機関トライメット
ポートランド市はポートランド都市圏の真ん中に位置しますが,実際にトライメットが
カバーし,公共交通のサービスを行っているのはポートランド市を含む3つのカウンティ
(郡)にまたがっています。
1970 年代に入って,都市計画の変革を行った時期に,各都市で運営されていたバス会社
が全て統合され,公のエージェンシーとして生まれ変わったのがトライメットということ
になります。
当時は,自動車の排ガスなどですごく空気が悪く,その対策のために,こういった公共
交通の機関を強くする取組みが始まりましたので,環境保護,サステナビリティ,長期持
続可能な取組みということが,我々の仕事のコアとなりまして,もともとバス会社で,バ
スのルートはたくさん持っていましたが,軽量のライトレールを軸として,多くの交通シ
ステムを開発しました。
ポートランド市があるオレゴン州の人口は 50 州あるうちの 24 番目くらいです。都市の
中でも大都市ではありますけど,全米で 23 番目から 24 番目の都市圏人口ですので,あま
り地方都市としては,たくさんの財源や人口を持っていないというところから始まりまし
た。
財源もないし,人口も少ないということで,やはり,連邦政府とか州政府とか周りのサ
ポートを受けながら,事業を進めるのですが,とにかくまず重要だったのが,大きなビジ
ョンづくりです。大きな視野でものを見て,その中から出来上がった目標に向かって,時
間をかけながら少しずつでも進んでいくということが始まりです。はじめの1本が 95 年に
できましたが,それ以降,95 年,98 年,2001 年,2004 年,2009 年,2010 年,2015 年と1
本ずつ増やしていきました。一気にできたシステムではありません。
都市成長境界線の内側は都市開発が可能で,街の機能がたくさんありますが,一歩その
線の外に出ると,完全に自然のままです。ロサンゼルスのように,郊外化がすごく進んだ
スプロール(都市の郊外に無秩序・無計画に宅地が伸び広がっていくこと)みたいなこと
は全くありません。
このようなことが,もととなるアイデアで,そのアイデアに全て則って都市計画,都市
開発が行われていったのです。
デザインとは,
「何を,どこで,いつ,なぜということを選択すること,示すこと」
では,どうやって,こういうまちが出来上がっていったのでしょうか。すべてはデザイ
ンのプロセスで行ってきました。
そのデザインのプロセスというのも,まずアイデアがあって,またはどうやってアイデ
アをつくるかということを市民とのやりとりにより築き上げてきました。
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ほかの町と違うところもあるのですが,新しい土地をどんどん買って,レールを引いて
いくというのではなく,どちらかというと既存の道をいかに有効利用して,交通システム・
ネットワークを築き上げるかということに気を遣いました。
予算がないので地下鉄は作れません。道に面した公共交通システムを作っていますので,
そうすると必ず近隣住民の方々とか商売をされている方々ともちろん面と向かって開発の
話をしないとならないということで,いかにそういった方々の必要なもの,欲しいものを,
自分たちの開発に組み込めるかというのが重要です。
デザインとは,
「コミュニティの原理,価値,恐れ,夢の現れであり,それがどのように働
くか」
とても多様なコミュニティの方々と接します。しかも,そういった方々が住んでいると
ころに,自分たちの駅を作らなければいけないので,その地域の特色に合わせたデザイン
や同調するようなことをしていきます。
例えば,鳥居をデザインした駅があります。なぜかというと,これは第2次世界大戦中
に収容キャンプに連れて行かれた日系アメリカ人の方々の家族を想ってなんです。連行さ
れたことを洗いざらいに忘れてしまうのではなく,それを思い出して悲しむだけでもなく,
そういったプロセスの先にある,それをやってしまったけれど,その償いのためや,それ
から先に行くためにどうしたら良いかということをビジョンとしてデザインした,そうい
ったものなのです。
もちろん公共交通機関を使うということで,ある視点から目的地までの移動ということ
が目標となりますが,その目標にたどり着くまでの,どうやってそこまでたどり着くため
の経験とか質とかいうのもすごく大事です。HOW が大事です。そこに行くだけではなく,ど
うやって行くか,どのように行くかというのが大事になります。
もちろんこういったものを作り上げるのに時間もお金もかかりますし,政治的なアイデ
アですとか想いというものも入ります。そういったものができるときに,必ず重要なのが
目立ったものではなくて,地味なものであったりしますが,みんなのアイデアが共有され
るような出来栄えでなきゃいけないということをすごく気にして作っています。
その各コミュニティにできるもの,シンボル(象徴),何を恐れているか,何を楽しみに
しているか,どんな夢を描いているか,そういったことが現れるようなデザインを盛り込
んで作ることになります。それが駅であったり,駅の周りのアートワークであったりしま
す。
ポートランドでは,どのように問題を達成するか。目的地はものや場所ではない。私たち
にとって,目的地は結果である。過程の中で多くの人々の意見やアイデアが求められるが,
強要しないときに最良なものとなる。また,それらは地域の核心や価値を示し,特に大切
にしているものを示す。プロジェクトは独裁的なものではなく,民主的なものである。
ポートランドには,いろんな意見の方々,いろんなアイデアを持った方々がいて,いろ
んな知恵を絞りますし,いろんな文化が混ざっていますので,そういったものを踏まえて
どうやって表現をするかということを考えます。
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私は建築の専門家として長い間仕事をしてきましたが,完成したデザインを人にお見せ
して,これは美しく素晴らしいものですと人に伝えるような,上から目線でものを伝える
ことをやると,うまくいきませんでしたので,きちんと同じ身分でいろんな方々の意見を
聞く,心を開いて対等にディスカッションを繰り広げることにしました。
ポートランディアという,銅版でできた彫刻では,自由の女神の次に大きいものですが,
それがポートランドの象徴のひとつとして市役所のすぐ近くに飾られています。そのポー
トランディアの銅像は,手を下に差し伸べています。市民に手を差し伸べる,そういった
特徴があります。
このように心を広く持って,オープンにして,いろんな方々のアイデアを拾い上げて,
この地域,地区の特色を引き出そうとするアプローチをやっていると,まわりのそういっ
た市民の方々もすごくエキサイトしてくれて,いろんなことをやってくれて,それをまた
集めてデザインに落とし込んでいくということをしています。
ポートランドのトランジットモールは,バス,ライトレール,車いす,歩行者,自転車,
みんなが同じ道をシェアしているんです。このトランジットモールのアイデアも,事業主
さんからも意見が出たし,車いすの方からも意見が出て,どっちかが勝って,どっちかが
負けるのではなくて,どうすればみんなが勝てるかということを目標にアイデアを集めて
きました。
交通機関としてトライメットは,まちを特色づける活動や特質を示すように奮い立たせよ
うとしている。それは独自のやり方を主張するのではなく,あらゆる方法を受け入れよう
としている。地域や市民とともに,公共交通を管理し,維持し,保証するという共通の責
任感を生もうと努力している。
最近のプロジェクトのほとんどがソーラーパネルとかが入っていて,再生可能エネルギ
ーが当たり前に使われるようになりました。これをやっても予算内に終わって,しかも工
期も短くする。そんなことをやっている建設業者はアメリカにはないのです。
トライメットとしてデザインするにあたって,やはり住民にとって公共交通システムと
いうものは,一般的に日々使うものであり,コミュニティの一部であり,自分たちも何か
役立たなくてはいけないという思いがあります。
こういったデザインをするにあたっての集会,ワークショップには,開発事業主さんが
いて,建築家もいて,ハンディキャップの方々を支援する団体の女性も入っています。
その彼らがデザイナーとなります。彼らのアイデアがデザイン化されます。それをサポ
ートしているのが,もともと偉そうに言っていたデザイナーの私自身で,私がサポーター
に回っています。
例えば,そこの工事現場で働いている方も,何のためにできているのかといった,そう
いうストーリーが分かっていますので,近所の方に道を教えたり,説明をしたりというこ
とにも参加しています。
トライメットとして,何が一番嬉しいか,何が一番完成して達成感があるかといったら,
長期的に考えると,ヒューマンインフラストラクチャーを作っていることです。人材を作
っていくことが自分たちの一番大きな役割だと思っています。
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そのため,出来上がってからの統計などを見ますと,事故やトラブルが少なく,システ
ムが動かないということがないので,お金がセーブでき,セーブしたお金をまた自分たち
のシステムに落とすことによってもっと良いものが生まれて,良い期間が生まれて,良い
インフラが生まれるということを考えています。
やはり,安全を考えるうえで,一番重要なのは子供たちに教えることで,彼らが安全大
使みたいな役割をしてくれて,トライメットの取組みから学んだことを,自分たちの親と
か家族に教えてくれるわけです。それがすごく,うまく機能しています。
建築家,専門家として,今では,自分のお客さんである市民が自分のところに来て,な
にか問題解決するのではなくて,自分が市民のところに行ってお互いに話し合いをして,
いろんなことを解決していく,そういったスタンスを心掛けています。
地方都市ですけど,そういった交通機関の使用率がニューヨークとシカゴの次に高いで
す。人口で見たらぜんぜん比にならないのですが,今のところ3番目です。
若い人,その次に 55 歳から 65 歳の方々がたくさん引っ越してきている。なぜかという
と,ここは,車がなくてもなんとかやっていけるし,働けるし,遊べるということがあっ
て,公共交通を利用することで職場にも,レストランにも,観劇にも,遊びにも行ける便
利な街であるからです。
オレゴン州ポートランドでは,どのようにデザインしているのか。どのように問題を達成
するのか。
これは,これまでに学んだことなのですが,とにかく自分たちはただ人を動かしている
だけではなくて,コミュニティの将来を動かしているという大きな役割を担っています。
アーティストやエンジニアリングのような方々,その両方を連れてくる,また自分の中
で両方考えることによって,長期的な良いアイデア,良いビジョンが生まれるかもしれま
せん。
トランジットの開発または再開発の事業は,いろんな人々を一緒にするという作業です。
ですから,自分の仕事はテーブルになるということ,いろんな方々が寄ってきて,そこで
話をすることです。
そういった大掛かりのインフラを作りますので,長期的に持続可能(サステナブル)で
なければなりません。それは,環境的でも経済的でもあるし,社会的にも持続可能でなけ
ればなりません。そういった長期ビジョンを持ってやっていて,最終的に一番重要なのが,
楽しくなきゃいけない。自分だけが楽しいのではなくて,それを必要とするみんなが楽し
くなきゃいけない,そう思っています。
【質疑応答】
参加者
ここにいる気仙沼の行政職員が,どうやったらこういう風なプロセスデザイナーに変わ
っていくのかということを聞きたい。Bob さんは,自分はかつてデザイナーとしてオートク
ラティックだと言っていて,自分が押し付けていた。だけれども,プロセスの中で自分自
身が学んで,今度はデモクラティックに変わっていって,今はプロセスをデザインしてい
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く,場をデザインして,ヒューマンインフラストラクチャーを作ることによって,デザイ
ナーに変わっていく。このトラディションが日本の行政や日本のこういうことに関わる人
にできれば,日本だってこういうことができると思うのですね。じゃあ,かつての自分,
つまりオートクラティックであった自分に,どうやったらデモクラティックになるという
ことを彼自身教えられるのだろう,というのが質問です。
Bob Hastings
すごく痛い目にあったから,変われたっていうのもあるのですが,やはり失敗したこと
が大きい。一番重要なのは,はじめの 1985 年のライトレールのプロジェクトは連邦からの
お金を受け取って,それがほぼほぼ全部使われてできたのですが,今は毎回プロジェクト
をやるごとに,連邦州政府からの支援がすごく減っていて,今ではほとんどが,市または
トライメットがお金を出して開発をしているということで,市民の言うこと,お客さんの
欲しいものを作らないと,自分たちのプロダクトは出来上がらない,良いものができない
のを分かっているので,昔はオートクラティックに,上から来たお金だから人々のために
作ってやろうという,自分が作っている派だったのですが,今は人々の恩恵のために,人々
がデザインしたものを自分が作り上げるという作業に変わったというのが,その変革のプ
ロセスです。
参加者
要するに,実際にオートクラティックに上から押し付けると,失敗して,いろんな人か
らものすごい訴訟まで起こされて,そのミステイクという痛みを経験して,じゃあどうや
ったらうまくいくのだろうとやり方を変えてみたら,人の意見を聞いてみたら,あれよあ
れよという間に,うまくいったという体験によって自分は変わったのだ。だから質問した
僕自身の受け取り方は,結局,そういう人,ファシリテーターを作ろうと思っても,教え
ることはできないので,経験させてみて,学ばせて,ミステイクをさせて,痛い思いをさ
せてみないと,そこでの経験をばねにしないと,トップダウンの上目線の人が,ポートラ
ンディアのようにまず自分が下に降りていくことができる人には変化できないということ
ですね。
Bob Hastings
はじめは,組織の上のほうから,そうやって人々の意見を聞いてデザインするのはどう
かと,そんなことをしたら大変なことになると言われていたわけです。一般常識もそうで
あって,例えば,ニューヨークとかパリとかロンドンとか東京とかイスタンブールとか,
いろんなほかの街の事例をみても,こういうことをすると,自分たちのプロジェクトの進
み具合が悪くなる,難しくなる,いろんなことが問題になりますよ,ということがあった
のですが,でも実際にやってみたらどうかというと,確かに作業は増える,やることも増
える,時間もかかる,ただ,それだけ価値があったということが分かりましたので,たと
えば今,去年できたばかりの「Tilikum Crossing」という「人々の橋」という名前の橋が
あるのですが,それをデザインしている最中も周りの人々は,トライメットはコストのこ
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と,実際の予算のことしか考えてないから,かなりすごく実用的な橋ができてしまうので
はないかと心配したのですけど,そうではなくて,トライメットとしても,美とか見た目
とか要素の美しさというのも考えてやりたいと,実際に両方合わせて,市民の意見を踏ま
えてやっていきたいのだというデザインプロセスでやってきて,運よく過去 20 年間そうい
ったヒューマンインフラストラクチャー,地域の人が育ったので,すごくうまくいったの
です。苦労がなかったわけではないですが,すごくうまくいきました。
この橋は,公共交通のライトレール MAX ライン,ストリートカー,バスと,歩道になる
と,自転車と歩行者と車いす,一輪車,スケートボード,犬,猫,なんでも通れるわけで
すけど,自家用車と自家用トラックは通ってはいけない。救急車や消防車は通ってもよい
ということになります。これをやることによって,車は他の橋があると,ただ,他の橋を
混雑させていたバスとかをここに集約させたので,全体のマネジメントがすごくうまくい
っています。
車,自家用車を通さないという恩恵の1つには,インターチェンジを両側に作らなくて
いいので,土地を有効的に利用できます。既存の建物,向こう側にある科学産業博物館で
すとか,こちら側にある大学キャンパスの拡張ですとか,いろんな用途が,そのまま,ま
たはそれ以上に開発を進められる,それだけの用地を残せて,しかも,両側を使えたので,
経済的な効果がすごくありました。
1985 年以降,この中心地,とその周りで,一切ハイウェイも,高速道路も橋も作ってな
かったのです。連邦政府も常識も,これからポートランドが長期的に経済的に成功してい
くには,たくさん高速道路を作らなくてはいけないと当時は言われていました。
40 年程前からずっと,ハイウェイに頼って,車に頼って,高度成長する街を目指して来
たのではなく,ハイウェイの拡張を止めた時点から,今の思想が生まれてきたので,その
思想に向かって,その理想に向かって,かれこれ 40 年やってきたのが今日であって,今日
実際に経済成長をしている段階ですけど,それを続けるにあたっても一切ハイウェイを造
るつもりはないと思っています。すべてがこの成長境界線の中で行っています。
成長境界線の中に,3カウンティ 25 都市あります。ある都市は,それを理解できずに,
そのビジョンについて行けずにまだ反対をしているので,線路が伸びていませんという街
がいくつもあります。ですので,このプロセスはまだ始まったばかりというか,途中です
から,また一つひとつ,例えば,レイクオスウィーゴとか,シャーウッドとかそういった
町を説いてまわって,始めのプロセスからやっていかなくてはならないのです。
参加者
どうしても収益を考えないといけないと思うのですが,始めにどれくらい意識していた
か伺います。
Bob Hastings
利益,収益といっても,取り方によるので,ただ単に1ドル使って1ドル返ってくると
いう考えはありません。公の投資としてトライメットが作るものは,全て税金で賄えるの
ですから,自分たちが投資した部分のリターンとして4倍返ってくる。その4倍というの
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も,線路が通ることによって,ライトレールが通ることによって,その地域の固定資産の
価値が4倍ほど上がる,または,そういった機会をたくさん作るので,そこの開発機会が
できるというのが1回目であって,誰かがそこに投資をして建てて,また収益が上がって
くる。それがまたその地域全体の開発機会につながるということがずっと続いていければ
と思います。
参加者
直接的な収益ではなくて,そういう間接的な価値を上昇させるということですか。
Bob Hastings
そうです。公の機関ですので,自分たちがその収益を上げるということはあまり考えて
いなくて,税金を使うということと,自分たちがやることによって税金が増えることを抱
き合わせて考えています。
郊外のショッピングモールで車でしか行けないようなところが何か所かありますが,そ
ういったところは,リーマンショックが起こったらすぐに収益が下がってしまって,人々
が車を実際に運転するということも無くなりますし,消費意欲も無くしたわけです。こう
いうことがありましたが,ポートランドのダウンタウンは,車でなければ行けないという
ことがなかったので,ぜんぜんその不景気の間も,ふつうにちゃんと収益が賄えました。
そこで,事業者もたくさんいるし,特に,お店がガラガラになってしまうということがな
かったわけです。
コミュニティの意見を聞くというプロセスは大変なわけですが,それをやることによっ
て,はじめにお金を使って,時間を使っていろいろやらなくてはいけないのは面倒くさい
のですが,出来上がってしまえば,彼らのデザインでやるので,収益につながるのが早い
ということにつながるわけです。失敗が少なくなる,リスクが減るわけです。逆を言えば,
ガンを切り取るように,何かうまくいかないところを切り取って,切り取っていくと,立
ち上がるのは早いけど,実は,収益につながらないことが多いのです。自分たちのプロジ
ェクトをやるときに,それが実は教室のようになっていて,そこの都市の政治家,そこの
都市の行政職員,そこの都市の活動家,エコノミスト達,市民,いろんな方に,僕たちは
この都市圏に住むにはこういったプロセスで,物事を進めるのですよということを教えて
やる。面倒くさくて,もちろん時間もかかる,お金もかかるのですけど,実際に出来上が
ると都市圏としての役割をすごくよく開発されている。すごくいいことです。長期的なゲ
ームですけど,そういったことをやっていくということなのです。
トライメットの収入,年間活動費の半分は,企業からの法人税です。法人税で賄うとい
うことは,僕らは事業者たちとパートナーシップで運営をしているということになります。
参加者
境界線を作っているので,人口の密度としては,相当高いレベルで,境界線の内側はそ
こそこにあると思うのですけど,それであったとしても,3つの交通機関で十分カバーで
きないところがあるのではないかなと思うのですが,そういうところに,わたしたちの場
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所だと,一人暮らしの高齢者が住んでいたりするわけです。そういう問題が起こってない
のか伺います。
Bob Hastings
1つは,オンデマンドの必要な障害者向けとか,お年寄り向けのタクシーサービスみた
いなものもやっているのですが,それが解決方法ではないというのも分かっています。や
はり,全体のシステムとしても,丘の上のほうまでは電車は上がりませんが,ただ,そこ
にバスを送ることは可能なので,そこからバスで電車の駅までつなげるというサービスは
たくさんあります。
境界線に近いところは土地が割と安いので,そこに,住まれた方々,特に新しく住まれ
た方が多いのですが,そういった方々が,ダウンタウン,中心地で仕事をされていて,彼
らはそれほどたくさん収入がないので,車を買ってガソリンを買って,毎日通うというこ
とはなかなかできませんので,そういった時にどうやってそこの人たちを一番最寄りのラ
イトレールの駅につなげるかという課題があります。
決して,都市圏のポートランドのダウンタウンだけが中心地ではなくて,小規模な中心
街もあり,そこで新たに雇用機会を設けるといった開発を進めていきますので,そのため
の都市圏計画の一部として,都市成長境界線もありますが,拠点をつなげるための公共交
通システムですので,一極集中ではなくて,そういった中心地をいくつも作り,それを公
共交通で安くつなげることによって,横に広がりのあるコンパクトなまちづくりをしてい
きます。
都市圏として新しい公共交通を整備するためには,連邦政府からの予算のサポートが必
要になりますので,そういった方々の意見を合わせて,1つの声として,連邦政府にプロ
ポーザルをだす,そういったことの調整が長い間ずっとされてきました。中心地の一つに
トゥアラティンという町があるんですが,そこに路線を引っ張ってきてもらうには,もち
ろんそれが都市圏全体で必要であっても,例えばヒルズボロという隣町の市長さんにも,
また,東側のミルウォーキーの市長さんにもわかってもらって,普段はけんかしているの
だけど,そのプロジェクトをやるときはみんな同じボイスでいきますよということを調整
することもしています。
都市圏の計画の作業というのは,実は,政治の統制の作業でもあって,例えば,元ヒル
ズボロ市の市長さんが今はメトロ政府の代表だったり,ミルウォーキーの現市長はプラン
ニングのデザインを一緒にしていた人で,今では市長になって,そのデザイン後の街で新
しい入居者の受け入れをしていたりします。ということで,ラーニングプロセス,教育の
プロセスになっていて,都市圏全体でそういった人材を輩出したり,育てていく作業が続
いています。
参加者
日本ではこういうことをすると,結節点のところだけにしか止まらない,急行のような
ものを通して下さいというようなリクエストが出てくるのですが。
33
Bob Hastings
次の世代にはそういうことが起こるのではないかと思います。それまでに,そういった
地元のリーダーを育てていかないと,実現しないでしょう。もしかすると,そのころには
新しい仕組みがあって,地下鉄も掘れるぐらいのことになっているかもしれません。
参加者
空港からライトレールで来たら1時間位かかりました。全部鈍行で各駅停車でした。な
ぜエアポートから街の中心までのエクスプレスを作らないのですか。
Bob Hastings
クリスマスの時に一度楽しかった思い出がありますけど,1 つの駅から乗って,自分の家
に帰るときに,グループが入ってきてクリスマスソングを一曲歌いだしたのです。もしこ
れが快速電車だったら,多分一曲で終わってしまいます。もちろん,一駅一駅停まってく
れていたので,時間をかけていろんなクリスマスソングを聴くことができて,とても幸せ
だった。あえて,そういう場面を作ることによって,人々が問題を避けて通るのではなく
て,問題をしっかり表で認識して,それをどう解決するかをみんなで考えるというプロセ
スを,この公共交通システムを作ることで体現しているというか,表現しているというこ
とがコアの考え方としてあるということです。
選択肢としては,車で行っても地下鉄を作っても良いのだけれど,路面を通る良さがな
いので,路面を通る電車で各駅停車にすることによって,日常の生活を利用者が見られる
ということが,コミュニティのあり方を考える上でも,これから都市を作っていく考え方
を植え付ける上でも役立っています。
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市民参加型まちづくり(8/19)
パール地区ネイバーフッド・アソシエーション副代表 Kate Washington
【説明内容】
日本とアメリカでのネイバーフッド・アソシエーション(近隣活動組織 Neighborhood
Association)
,いわゆる,日本では,自治会,町内会のようなものになるかと思うんです
けど,それと,こちらの組織の違いを話します。
パール地区ネイバーフッド・アソシエーションで5年程活動しています。役員としての
ボードメンバーとして,また,コミュニケーションズ委員会等のメンバーとしても活動し
ています。
通常,アメリカの都市の中で,いわゆる,市から予算をもらってやっているネイバーフ
ッド・アソシエーションはほとんどありません。ミネアポリスとポートランドだけは,市
政の仕組みとして,社会システムの中に組み込まれているということになります。
ネイバーフッド・アソシエーションをバックアップする行政組織として,ネイバーフッ
ド担当局(Office of Neighborhood Involvement)があります。その下に7つの地域連合
(Coalition)があり,さらに下に 95 のネイバーフッド・アソシエーションがあります。
地域連合のメンバーというかスタッフの人たちは,市からの補助金等で給料が支払われ
ています。プロのいわゆるオフィサーですが,ネイバーフッド・アソシエーションにはネ
イバーフッド担当局と地域連合を通して活動予算が下りてくるものの,役員や委員はあく
までボランティアベースでやっています。
地域連合とネイバーフッド・アソシエーションの関係というのは,非常に様々で,それ
ぞれのエリアでニーズも違えば,状況も違いますので,組織の形態とかいろんなものが変
わってきます。
ネイバーフッド担当局の市の中の予算は約8億円です。パール地区が属している地域連
合の予算は約 3000 万円です。7つのエリアと 95 あるネイバーフッド・アソシエーション
がありますので,その予算分けというのはエリアや規模によって違ってきます。
ネイバーフッド・アソシエーションに下りてくるお金は,例えば,トレーニング,どう
やって市にいろんな要望をあげていくかとか,そのプロセスを学ぶ教育費用に使われたり
します。そういう教育機会を通じて,市民としての活動にいかに携わっていくかという,
そういう教育を受けるということが非常に大事になります。そこで,いろいろ問題があっ
て,それをどうやって解決していくかということを学ぶことによって,さらに大きいエリ
アでのそういう問題を解決するための1つの訓練になります。
パール地区ネイバーフッド・アソシエーションの区割りというのは,これはもう最初か
ら市が決めています。メンバーシップフィーは無料です。無料でメンバーになれます。
それぞれのネイバーフッド・アソシエーションが,どういうメンバーシップ,誰を対象
にするのかというのは,自分たちで決めています。パール地区のアソシエーションに関し
ては,そこに住んでいる人,それか,そこで事業を行っている人,それかもしくは,その
プロパティ(土地などの資産)を所有されている方です。今,パール地区の人口は約 7,000
人ですが,1,200 人の方がメンバーになっています。そのうち,盛んに活動しているのは
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200 人ぐらいで,なかなか 1,200 人全員がアクティブに活動しているわけではありません。
20 人のボードメンバーを選ぶときに,その 1,200 人の人たちが登場して選んでいます。
任期は2年で,再選は無制限にできます。
それぞれのボードメンバーの役割というのは,それぞれの委員会の代表として,その委
員会の予算と何をするかということをサポートすることです。1か月に2回,1時間半か
ら2時間位で,ボードメンバーミーティングというのがあります。
5つの委員会があり,それぞれの委員会が違った役割を担っています。
リバビリティという委員会は,いわゆる生活委員会みたいなもので,生活の質を向上さ
せる,1年に2回大掃除があって,この委員会が主催をして,メンバーが分担をして,行
っています。リバビリティ委員会というのは一番生活に密着した部分ですから,清潔さと
その安全ということで人気があり,参加したいという方が多いです。
ファンドレイズ委員会というのは,アメリカで本当にすごくよく行われているのですが,
寄附を募るわけです。学校もそうなのですが,ネイバーフッド・アソシエーションも,結
局,市から下りてくるお金が非常に限られていますので,その活動を支えるためのお金と
いうのは,そこに住んでいる人とか企業とか,そういう方々から寄附を募ります。この地
域の住民や事業をされている人たちとのつながりというのを,ネイバーフッド・アソシエ
ーションとして,しっかり日常的に作っていくことがとても大事になります。それがお互
い Win-Win の関係につながるし,結局,このネイバーフッド自体のステータスを上げてい
くことになります。
大体,年間に 8,000 ドルから 9,000 ドルの予算があって,市からの補助金約 3,000 ドルと
ファンドレイズのパーティーの売上げ約 15,000 ドルくらいから経費を差し引いた残りで賄
われています。
私が属している委員会の1つは,プランニング委員会というところで,これは,この域
内に建つ予定の建物のデザイン等に対して,あくまでもオピニオンとして,近隣住民を代
表し,意見が言えます。
プロの建築家,設計者の方が来られて,委員会の中で説明されます。絵を見せられなが
ら,その中で,委員会の委員はもちろんそれまでトレーニングを受けていますから,その
建物が,本当にデザインのガイドラインにあっているかどうか,というのをいろんな質問
をしたりしながら精査していきます。そこでもし,こういうのを付け足してください,こ
ういうのが要りますよねとか,デザインガイドラインにしたがったらこうですよね,とい
うのを言わせてもらって,それで変更してもらう,ということがあります。
もちろん委員会が終わったあとには審査がありますが,場合によっては,委員会から書
面を市に送ります。それも,しっかりと尊重されるような仕組みになっています。という
のは,この委員会自体が,すでにシステムの中に組み込まれていて,それを言えるだけの
権限をもらっています。
コミュニケーションズ委員会は,3人から4人と人数は少ないんですけど,非常に重要
な委員会で,市からいろんな伝達であるとか,あるいは内部でのいろんな伝達,あるいは,
そういうコミュニケーションの部分を担う組織になっていますので,とても大事です。4
か月に1回,ニュースレターを発行したり,今でいうとウェブサイト,フェイスブックな
36
んかも通じて,いろんな情報を周知徹底したり,意見を吸い上げたりということをしてい
ます。
一番新しい委員会ですが,エマージェンシー,緊急準備委員会,いわゆる災害時の対応
ということも含まれます。やはり日本で起こった大災害に,すごく啓発されて,安全な時,
平和時から,緊急時の対応の必要性というのを感じて活動しています。この委員会はもち
ろん,個々人の災害を起こった時にどういう対処をするかということの教育もそうなので
すけれども,たとえばビルディング全体でどういうふうな形の避難をするかとか,そうい
うことも含めてサポートしています。
特にアメリカ人は楽観主義者で,あまり未来のことを心配しない傾向があります。です
から,それを考えてもらうというのはなかなか難しいものです。
ポートランドではずっと災害が起こっていませんから,ここの人々はやはりその感覚が
ありません。地震が起こったらとか想定していないことを,想定させて,それに向けて行
動を起こさせるというのは,やはり非常に難しいことです。でも,ちょっとずつですけど,
その成果が出てきていますので,続けてやっています。
年間の予算を使いながら,いろんな,今言ったような委員会の活動とかそういうのをし
ていますけど,やっていることはすごく大事なことばかりで,それを一つずつ積み重ねて
います。
やはり市からもお金をもらってやっていますから,入ってくる人たちに教育をして,良
き市民になっていただきたい,近隣住民になっていただきたいということで,そういった
ことでの活動を続けています。
やはりネイバーフッド・アソシエーションとしてのプライドとか,いわゆる信念を持っ
てやっています。ですから,市に言われているからやりますというのではなくて,あくま
でも対等で,我々自身のために,良い近隣の状況,環境をつくるためにということでプラ
イドを持ってやっています。
【質疑応答】
参加者
ポートランドでは,ナショナルチェーンの店が進出して来る場合に,近隣住民は反対す
ることがあると聞きます。ローカルな店があるじゃないかと,なんで他の州から持ってこ
ないとダメなのだという反対の声が出るということですが,その理由を教えてください。
Kate Washington
私たちや弱い人たちがこのマーケットから,この地域から出ていかざるを得ないような
状況に反対します。したがって,大きな会社が来たり,大きなチェーンが来て,それによ
って仕事が失われる,ローカルな仕事が失われるということに関して反対します。
参加者
その件には,行政だとか市民に,法的に担保されているのですか。日本の大型店舗立地
法のみたいなのがありますか。
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Kate Washington
あくまでもそれは PDC が持っている土地に,ナショナルチェーンの店が来ますよという
ことに市として反対できます。それは,法的な拘束力はないのだけれども,かなり大きな
意見として,地域全体を覆っていると思います。
参加者
日本でいうと,市の土地があって,イオンが来ますという時に,市長が全国チェーンだ
からダメですと,言えません。市民の声のバックがあると言えますが。
Kate Washington
市民のバックがあるからですよね。こちらもそうだと思います。基本的に市が勝手に言
ってしまうのではなくて,あくまでもネイバーフッドの人たちで反対していたら,それを
代表して市は,これは無理ですということはできると思います。ただそれはあくまでも,
その土地(プロパティ)が市のものである場合です。反対はできますけど,止めることは
できません。あくまでも公的資金,税金とか使われているものの使い道で,それを反対す
るのは別に構わないということです。
参加者
それぞれのエリアを束ねる地域連合の役割は,ネイバーフッド担当局と,ネイバーフッ
ド・アソシエーションをつなぐ役割かと思いますが,もう少し詳しく教えてください。
Kate Washington
お金とか,サポートとかいろんな手続き関係のことがこの地域連合を通じて行われます。
地域連合のスタッフがネイバーフッド・アソシエーションの教育もしてくれます。
参加者
どんな教育を受けるのですか。
Kate Washington
この地域連合の担当者が何を教育するかというと,ネイバーフッド・アソシエーション
というのはどういうものなのか,歴史的に見てどういうものなのかとか,予算がどういう
ふうな形で決められるのか,どこにどんな組織があるのか,こういう時にはどこに話せば
いいのだということをちゃんと教えてくれます。
アメリカも,いろんな許認可制度があります。例えば,パーティーを開く場合,じゃあ
それの許可をどうやって取ったら良いのかとか,あとたとえば liquor store,酒類,特に
heavy liquor なのですけど,普通の店では売れません。オレゴンの法律では,スーパーマ
ーケットでは売れないのです。ですから,そういった酒,liquor 専門店を出すときに,ど
ういった免許を申請したら良いのかとか,許認可を受けたら良いかということを相談して,
38
アドバイスをいただきます。
ネイバーフッド・アソシエーション自体がどうやって,そのミーティングを facilitate,
誘導していくかとか,作っていくかとか,合意を形成していくかということを,ちゃんと
学ぶ,そういうセッションもあります。
参加者
地域連合の予算は,お金は,市からくるけれども,スタッフは公務員ですか。
Kate Washington
地域連合のスタッフは公務員,または公務員扱いです(7つのうち5つは,地域内のネ
イバーフッド・アソシエーションの代表で構成された人々で運営する NPO 団体。残り2つ
は市のスタッフで運営)
。
参加者
地域連合は,上部組織のように見えますけど,サポート組織ですか。
Kate Washington
上から下へのお達しというので
はなく,あくまでも下からのお願
い事項が地域連合を通じて市に送
られて,また,市からこうやって
下さいね,こういうものをお願い
しますという双方向で行われてい
ます。問題の質によって,地域連
合をとばすこともあります。
参加者
ネイバーフッド・アソシエーションは地域住民 7,000 人の情報を全部知っていますか。
日本では個人情報保護法で守られていて,自治会長さんでも見ることができません。見た
としても,話せないし,使えません。
Kate Washington
こちらでも,住所と名前以外は一切分かりません。
参加者
エマージェンシーの活動の紹介がありましたが,災害時に自分では逃げることができな
い要支援者は誰かということは分かりますか。
Kate Washington
39
それは,ビルディングのマネジメントをしている会社の問題であって,ネイバーフッド・
アソシエーションの責任ではありません。
参加者
日本ではどうするかというと,手挙げ方式,助けてほしい人は事前に教えてくださいと
いう方式を取っています。
Kate Washington
ここでは行っていません。
参加者
自治会とネイバーフッド・アソシエーションの違いを教えてください。
Kate Washington
自治会に近いですが,日本の自治会というのは,ある意味,強制的ですが,ネイバーフ
ッド・アソシエーションは,希望者のみなのです。それが大きな違いです。あと,自治会
では資金調達のようなものも行っていないと思います。
参加者
ネイバーフッド・アソシエーション専用の会館とかは持っていますか。
Kate Washington
ここは地価が高いところなので,ありませんが,郊外に行くと,コミュニティセンター
があります。
企業が部屋を貸してくれることもあり,そういう形で企業もちゃんと支援してくれてい
ます。
参加者
市民がネイバーフッドの活動を行う理由を教えてください。
Kate Washington
ここが好きだからです。ここに愛着があるから。自分たちが住んでいる場所を良くしよ
うということで,携わっているというのはあります。
また,アメリカ人の面白いところなのですけど,政府を信用していません。だから,自
分たちのことは自分たちでしようということが,良くしようということがあります。これ
も伝統的に,アメリカという国では,政府を,特に連邦政府を信用していません。だから
州政府の独立精神が高い。それは,住民の人たちも同じように,自分たちのことは自分で
しようということがあります。
40
参加者
参加している人と参加してない人との関係性はどうなっているのですか。参加していな
い人は,働かないでただ乗りしてしまうのですか。
Kate Washington
ただ乗りしているというふうには感じませんが,何もしていないのに,自分はいろんな
活動をしていないのに,ただ文句だけ言ってくる人っていうのが一番大変です。
そんなに熱心に言われるのだったら,一緒に活動して下さいと,言っています。2,3
人の人はそうやって入ってきました。
一方で,アメリカというのは,特にここポートランドでは,ちゃんと言う権利,主張す
る権利というのは尊重するということがあります。
文句を言われたら,まずは「言っていただいて,ありがとうございます」と答えます。
ネイバーフッド・アソシエーションがすぐ動くかというと,必要がなければ動きません。
「そ
れであったら,こういうやり方もありますよ,市に直接働きかける方法もありますよ」と
答えます。それで市に直接文句を言いに行く人もいます。
【補足説明】
○ネイバーフッド担当局
市民の能力形成を促進している。表明された任務は「ともに働き,行政と包括的で安全
で,暮らしやすい近隣や地域を作り,全ポートランド市民とつながり支援することによっ
て市民参加の文化を促進すること」である。
※予算の充当先
・ネイバーフッド担当局と地域連合のスタッフへの給料
・地域活動への補助金
・ワークショップの開催
○地域連合(西北西地域)
パール地区等 12 のネイバーフッド・アソシエーションから構成され,各団体から選出さ
れた代表者からなる委員会によって運営されている。約 27 万ドルの年間予算と4人の有給
スタッフにより,ネイバーフッド・アソシエーションへの支援を行っている。
※主な支援内容
・専門的な援助
・税務上の報告
・記録管理
・会議連絡
・イベントやワークショップの
企画・開催
・ネイバーフッド担当局からの
補助金の管理
・ボランティアの調整
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Travel Portland
まちづくりと観光の取組み(8/19)
ポートランド観光協会 国際観光部シニアマネージャー Jeffrey Hammerly
コーディネーター兼通訳
US-J Connect 宮石 具朗 氏
宮石氏
ポートランドが今日本でかなり注目されてきていますけれども,今まで,注目されるよ
うにしてきた取組みであるとか,プロモーションであるとかそういった事も含めて,お話
願います。
Jeffrey Hammerly
まずポートランド観光協会の組織について説明します。観光協会の正社員は 55 人位いま
す。ビジターセンターにはボランティアスタッフとして 2,30 人に手伝って頂いています。
それとメンバーシップという,パートナーシップとも言っているんですが,観光協会の中
に 800 から 1,000 位のビジネスパートナーがいます。そこでは,ウェブサイトに載せたり
とか,お互いにネットワークに載せたりして,例えば,H・I・S さんがポートランドに 30 人
連れて行きたいんですけど,どこに泊まればよいかとか,どこを訪れればよいかとかメン
バーである会社だと推薦しやすいんです。メンバーの方がホテルとか現地オペレーターさ
んを紹介する場合,紹介しやすいです。
それから一番大きい部としてはコンベンションセールズです。1万人を超えるミーティ
ング,コンベンションができるコンベンションセンターがあります。簡単に効果が測りや
すい,いわゆる行政などが参加者ですから。普通の観光客というのは,国内外から来るの
で測りにくいものです。USJコネクトさんが何人ぐらい来たかという報告をしてくださ
るんですけど,細かいところまでは聞きません。人数というか数字でいえばコンベンショ
ン事業が大きいと思いますけれど,いっぺんでワーッと街がいっぱいになることはありま
せん。
そういったミーティングとコンベンションがある時,いろいろ手伝いをやったりしてい
るのがコンベンションサービス部。
あとはマーケティング部。マーケティングは一番お金のある部です。人数はそんなに多
くないけど,金がある。ポートランドの地元の広告代理店がいろいろコントラクトしてや
って頂いて,そちらの優れた広告代理店とかですね,クリエイティブエージェンシーって
いうんですけど,金額は高い。でもすごく効果的なパートナーシップでもあります。
官僚というか総務部門がありまして,だいたいそのくらいで観光協会の社員というか職
員,あわせて 55 人くらい。
うちの観光部,ツーリズムと言ったりしますね。バイスプレジデント,その下に僕たち
3人のマネージャー。アジア担当は私,ヨーロッパ担当もいまして,国内と北米とオセア
ニア,オーストラリアとニュージーランドその市場を持っている1人,あわせて3人でそ
の下にコーディネーターが6人くらいですかね。
観光部では,ポートランドはすごく人気で,国内外で人気が出てきまして,特に日本で
非常に最近人気が出てきました。18 年この仕事をやっておりまして,最初の方は,いろい
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ろ日本市場に対して,昔から旅行業よりも報道と組んで仕事をしてきました。毎日全米放
送のニュース番組のアジア総局長とNHKさんと組みましてやっていたんです。私は旅行
業よりも報道の方が詳しい,それに日本の旅行業はまだ伝統的なところがありまして,ち
ょっと固いところもありました。どうやって日本人の誘致活動をすればいいか考えました。
私は旅行というよりもオレゴン,ポートランドの名前を報道に載せてもらって,それで地
名や魅力をわかってくれるようになるのが一番と考えました。例えば,毎年違う街で行う
大きな会議がありまして日本の旅行業の方もいらっしゃいました。6千人くらいのアメリ
カ各地の人々とアジアを含めまして,全世界からの旅行業が集まる会があって,20 人くら
いのアメリカ人,ポートランドの人が,エージェンシーの方とミーティングをして,うち
の団体の1人がそのエージェントさんに聞いたのは,どうやってパッケージツアーのデス
ティネーション(目的地)を決めますかと,ポートランドを載せたいんですけど,どうや
ったらポートランドに決めていただけるんですかと聞いたところ,その方がすごくなんか
悪いことを聞かれたみたいに「みんなが行っているところを載せるんですよ」と言われま
した。みんながすでに行っているところを載せるんだったら,どうやって最初からみんな
が行くようになるかっていう質問だったんですけど,ちょっと通じなかったです。私が思
ったのは,やはり消費者に直接アプローチし,人気というか知名度を高めるのが最初で,
次に旅行業の方が「みんなそこに行っているし,じゃあパッケージツアーを作ろう」とい
う順番。日本人の誘客には,やはり旅行業よりも報道を通じて,直接日本の消費者に誘致
すればよろしいかと思いました。最近さすがに結構来るようになりましたね。
学生っていうのがもう一つのケースなんですけれど,学生さんのような若いときにいら
っしゃるということは,一生のオレゴン,ポートランドの友達になるというやり方もあり
まして,まあ,それを学生,子供たちには営業するということはないんですが。ただ若者
にはとっても良いところ,勉強できるところとして,アメリカ生活体験できるところであ
りますので,ポートランドが愛されるよう,観光協会としても協力しています。
ポートランド観光協会の予算というのは,宿泊税が財源です。ご存じのようにオレゴン
では消費税はありませんが,宿泊税があります。昔から 10%ぐらいの宿泊税はありますが,
様々な使途があり,一部は観光協会に来ていたんですけれど,3年くらい前から,それプ
ラス2%が観光協会に入るようになり,一気にうちの予算が増えまして,だんだん人気が
出てきて,ホテルが満室になるにつれて,もっともっとお金が入ってきたんですけど,最
近では予算的には良い状況にあります。
ホテルの方々は,この観光協会の中で非常に力のある方たちです。ホテルの方でも,学
生はそんなにホテルには泊まらないからいらないとは思っていません。今から関係を作れ
ば,友達も来るし,親も来るし,子供が産まれれば子供も連れてくるし,非常に大事な事
だと思っています。オレゴン,ポートランドの良さを良い人達に紹介したい,よい若者を
育てたいというのが,一番大事な仕事と私は思っているので,観光協会では積極的に学生
さんを支援してきました。
最近はポートランドの人気が出てきて,観光業界の方がどんどんパッケージツアーとか
作っています。日本の市場において大事なのは,直行便があるということです。デルタさ
んが良いパートナーで,交通局と力を合わせて,予算のサポートもありまして,どうやっ
43
てマーケティングを日本でするかっていうのも 10 何年間続いています。州政府観光局とと
もに日本の業者への訪問も行っています。
ちょうど今,私の同僚のアジア担当が地球の歩き方の編集者とオレゴン州全部周ってい
ます。地球の歩き方とは,2000 年からちょうどイチローがシアトルにいる時期からシアト
ル・ポートランド編というか版ができました。全米っていうのはもちろんあったし,西海
岸もあったけど,2000 年からはシアトル・ポートランド編というのができたんです。おと
としまでは毎年で,今は 18 か月ごとに新しいのが出版されます。初版が6万部,最初の2
年がダブルになって,12 万部出ていたんです。そのサポートもやっていて,他にも,雑誌
とかテレビもやっていまして,こちらで自分のガイドブックも作ったりしています。
宮石氏
あと,視察ツアーですね。今かなりポートランド自体がすごく注目されてきているので,
いろんな組織の方,会社の方が訪ねられてですね,30%くらいはあります。
Jeffrey Hammerly
それはなぜかというと昔でもそうなんだけど,環境保護,サスティナビリティの街づく
り。ポートランドがすごく優れている,進んでいるという評判がありまして,20 年ぐらい
前からでもこういったような視察ツアーはあったのですが,最近,その評判が上がるにつ
れてますます増えています。
宮石氏
トラベル・ポートランドさんが作られているパンフレットですが,要は物だけじゃなく
て,観光地としてはなかなかサンフランシスコとかロサンゼルスとかニューヨークには適
わないにしても,そこに住んでいる人に焦点をあてて,どういう生活でどういう風なライ
フスタイルを持っているのかというところを凄く一生懸命紹介をしています,そこが非常
にこう行ってみたいと,そういう場所なら行ってみたいと,あるいは来てもらった人みん
な言うんですけれども,すごく楽しかったと,すごく親切な方が沢山いて良い経験になっ
たというようなことを言っていただけるとですね,トラベル・ポートランドのフォーカス
の仕方も非常にその物だけじゃなくて,そこに住んでいる人達のライフスタイルにすごく
フォーカスをして頂いているので,それがかなりやっぱり日本人の方々にはこう非常に魅
力に感じてくださっているところかなと思います。
Jeffrey Hammerly
ポートランドの知名度が高くなかったというのは,ただこの良さが知られていなかった
だけなんです。私も気仙沼をちょっと訪ねたのですが,あの状況だったんですけど,良い
ところももっと知られたら,もっと人が来るとあの当時でも思いました。
私たちのミッションで,日本人はこれを欲しいから,それを作って,来てもらおうとい
うことは,絶対ありません。それは,この大切な街,私が生まれ育った街,人がこの街の
良さを知ったら,絶対楽しんでもらえるし,いくらでも滞在できると思っています。ある
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物を報告というか,みんなに知ってもらうような活動が中心的なんです。それが学生さん
だって,普通のトラベラーでも,それが特にバブルはじけてから,若者に限らずサラリー
マンでも中年のおじさんでも,主婦の方でも何か探して,単に行って写真を撮ってお土産
を持って帰って,こう行ってきたよっていうのではなく,最近は,もうちょっと何か体験
したい,人生が短い,何がどうなるかわからないから生き方を探したいという気持ちが湧
いてきたというか,オレゴン・ポートランドのライフスタイルが金は大切じゃないってわ
けではないんですけど,それより一日一日楽しんでというか,深い意味での生活の仕方,
生活をしていきたいという気持ちがこの街にはあります。普通の一般の人,日本に限らず,
国内からでもすごく増えています。それでちょっと問題があって,家賃が高くなりまして,
サンフランシスコ化されてきました。
宮石氏
今,ポートランドの人達が一番恐れているのは,サンフランシスコみたいになっちゃう
んじゃないかっていうことです。人気になりすぎて地価が上がって普通の人は住めない街
になるのではと危惧していますね。
Jeffrey Hammerly
いろいろと作ったガイドブックとかを提供し,どうぞポートランドで取材をしてくださ
いと,日本のいろんな報道,雑誌,TVを含めまして紹介しています。3年前からは,サ
スティナビリティの雑誌,ソトコトとか,ELLE ですね,今でも人気のあるポートランドの
生活をどうやって作ったかということを紹介しています。あと,ブルータスやポパイとか
来ると,もう人気が出てきたという証拠なんですよね。
今,若者の中では,都市開発もエコシティも含めまして,ポートランドファッション,
ライフスタイルの人気があります。こういうキャップとかブーツとかポートランドファッ
ションが東京でも流行っています。それとファーマーズマーケット。地産地消,オーガニ
ック有機栽培でできた料理とか,野菜,果物,オレゴンは非常に自然に恵まれ,そういっ
たような自然食に非常に恵まれているところですから,オーガニック認定,オレゴンテー
ルズというオーガニックの認定制度が一番最初にできたんです。最近は国の方でもそのよ
うな制度があります。フルーツとか野菜は,みんなファーマーズマーケットに行って,持
って帰れないじゃないかと思うほど買っています。
そういったようなライフスタイルが日本人の中でも人気があるとわかりまして,東京で
もファーマーズマーケットを行いました。最近この2年の間に,日本の5つか6つの百貨
店でポートランドフェアをやったりしています。
ライフスタイルで言えば,自転車は日本でもPR活動とかやっています。当然ナイキ,
スポーツウェアが中心的な街ですからナイキの本社はもちろんポートランドの郊外にはキ
ーン,コロンビア,アディダスアメリカンもポートランドが本社なんですね,ドイツの会
社ですけれども。あと,ダガーブーツがABCマートでも取り扱われていますが,それも
ポートランドが地元なんです。こういったようなライフスタイルグッズも非常に日本の中
では人気があります。
45
ポートランドは市内 60 万人,周り近郊の街も含めまして 250 万人の街なんですけど,私
達の観光協会の会長からは,我々はもう第2集団の都市ではなくて,第1集団の都市なん
だといったようなマインドセット,考え方を変えようとしています。
【質疑応答】
参加者
先程ビジネスパートナーとおっしゃっていたのですが,これはいわゆる会員というよう
な形でしょうか。
Jeffrey Hammerly
前はメンバーとは言っていたんですけど,最近,パートナーという呼び名に変えまして,
そのレベルがいろいろあるんです。例えば現地オペレーターさんだって,レストランだっ
て,ホテルだっていろんなレベルがあって,ウェブサイトに載せたりとかですね,ポート
ランド観光協会マガジンで調べると良いホテルを推薦したり,市内のツアーをしたりとか,
そのほかに印刷会社もあって,ネットワーキングイベントとかでホテルなどと連携してい
ます。
宮石氏
会員企業としては非常にいろんな恩恵を受けられますので,本当にいろんなイベントを
開催して,ネットワークがですね,観光協会だけじゃなくてやっぱり地元のですね,どう
いった企業が今発生してきてて,そういう人達とつながるイベントを企画しているのもあ
って,そういうのはすごく我々としては非常にありがたいです。やはり,そういう印刷物
の洗練された物っていうのは1社では作りにくいですけれども,こうやってトラベル・ポ
ートランドさんがしっかり作って頂ければ,しかも日本語で作って頂ければ非常に僕らと
しては使いやすいものになります。お客様にも有効であります。一番恩恵を受けているの
はもちろんホテルですが,宿泊税ももちろんありますから,観光客をまずポートランドに
来てもらう,そして泊まってもらうってことが第一ということになります。
参加者
観光協会の方の収入の部分で,宿泊税が大きな割合だと聞きましたが,その他の収入っ
ていうのはどういったものですか?
Jeffrey Hammerly
難しいです,複雑なんです。ポートランドは,ポートランド市のほかにも地域行政があ
りまして,メトロという3郡 25 市で構成されている地域行政があります。いろんな行政の
中で管轄がありまして,部分的にはそちらの方から来ます。また,ポートランドに位置す
る周りの郡からも来ますので,複雑なんです。一番わかりやすいのは宿泊税で収入の8割
です。
また,3年前に TID※が導入されたんですけど,これは5年間の計画です。5年後には,
46
それが切れるかもしれません。TID2%。今,州も1%取っていますし,州の観光局の方も
1.8%取るようになっています。合わせて約 15%の宿泊税になっています。その宿泊税によ
り,市がポートランド観光協会の予算を決めています。
※観光産業改善地区(Tourism Improvement District:TID)は,観光振興に対する地元政
府による財政支出の削減・不安定化を背景に,地域の観光プロモーション活動等にかかる
独自財源の安定的な確保を目的に作られた仕組みです。TID の参加企業が,自らの収入に対
して一定料率の賦課金を課し,観光振興等に充てられます。
参加者
ポートランドに来ている観光客の方々がどの地域から来ているか,観光協会さんの方で
統計をとっているんですか?
Jeffrey Hammerly
とってはいなくて,買っています。いろいろありますが,例えば,USJコネクトさん
には,この年度の第1期3か月にどのくらいのお客さんが何泊くらいしたか,日によって
は細かい数値,どこの学校が来ているかなどを調べてもらっています。大体の計算は,こ
ちらでもやっているんですけど,一般的な情報っていうのはなかなかとれませんので,交
通局とかにも聞いています。
それも含めまして,最後はビザビューっていう統計データを,お金を払って,受けてい
ます。それは,ビザカード,クレジットカードの利用からの統計です。それはビザが自社
のカードだけを測っていますが,他のカードを利用している方々でも同様に考えています。
どのぐらいの数字を占めるかっていうような。それで大体何人ぐらいがどこの国から何人,
何千人,何万人と推計しています。
ポートランドに限れば,海外からは日本が一番です。州の方は中国。というのはクレー
ターレック国立公園が州にあり,中国は今団体客が多いので,ポートランドを訪ねずに国
立公園に行ったりしています。
トラベル・ポートランド・ドットコムというウェブサイトがあるんですけど,英語のウ
ェブサイトの中でちょっと深いところまでいきますと,いろんな数値が出てきます。これ
は 14 年ですからもうじき 15 年の数値が出てくると思うんですけれど,例えば,カナダは
含めないで,海外としては日本の観光客は 12 年度,13 年度,14 年度は中国を少し上回っ
ています。イギリス,ドイツ,オーストラリア,韓国,スカンナビビア,スウェーデン,
メキシコ,フランス,台湾。台湾は結構強いんですけど,中国はやっぱりすごい。その中
でもですね,お金をどのくらい使っているかっていう統計では,中国が圧倒的です。
参加者
若い学生さんがホームステイも含めて来て,その後に家族を連れたり,友達を連れたり
する場合,そのリピーター率の数字はとっていますか。
47
Jeffrey Hammerly
とっているかどうかまではわかりません。多いとは思います。個人的な感想ですが,一
度来たらもう住みたくなります。20 年日本に住んでいても戻りたくなります。他のアメリ
カの街には住めません。リピーターさんは絶対多いと思いますが,その数字はありません。
宮石氏
ジェフさんがおっしゃったように,若いうちにこっちに来てもらって,ここポートラン
ドでホームステイして頂いた方なんかはこれがアメリカのイメージになるんですよね。そ
れで日本に帰って,日本で生活しながらアメリカのイメージはポートランドですから,良
いイメージを持った形で。要はアメリカファンが日本で増えるっていうことに関しては,
非常に我々としては嬉しいし,こちらのホストファミリーなり,受け入れ先の方々も,す
ごく日本人に対しての愛着も湧きますし,それ以降もずっと関係が続いていったり,Eメ
ールなんかも続けていったりするのもよく聞きますので,本当に草の根の交流になります
ので,日本に住んでいる方としても非常にこの社会,このコミュニティがオープンになっ
ているというのが,日本人にとってはすごく理解ある形になっていきますので。そういう
多様性っていうのは,このコミュニティはすごく大事にしますので,いろんな国の人が集
まって仲良く暮らすっていうね,やっぱりそういうところの気持ちが広がっていっている
のかなという気がします。
参加者
今,気仙沼の唐桑半島という半島に住んでいます。こちらでは,人とそのライフスタイ
ルを中心に注目しているツアーがいろいろあるということで,どういったツアーがあるの
か,どういう工夫があってどういうのが人気で,そしてリピーターさんのツアーというか
リピーターさん向けのツアーだとか,そういう人が飽きないツアーだとかそういうのがあ
ったら教えてほしいです。
Jeffrey Hammerly
ここにいる宮石さんとは,どんなコースを作れば良いか相談段階もありまして,もちろ
んこの方は,長い経験を積んでポートランドの気持ちっていうのがよく分かっていますの
で,どういうところが日本人の観光客に響くかっていうことがわかっていて,何か推薦し
たり,相談したりします。ツアーっていうのは最初に来る人あるいは2回目に来る人で,
最初はFIT(個人海外旅行)で来てうろうろしている。わー良いところだと。2回目は
何かもっと深いところを目指していて,それがポイントなんです。この街の文化というか
深いところに入りたければ,2回目はやっぱりメーカーさんのツアーとかに入ったりして,
ビアツアーとか。あと3回目からは全部インディペンデント,ですからツアー作りってい
うのは1回くらいですかね。研修っていうのもあります。これが非常に人気なんですけど,
特にクリエイターさん,クリエイターとメーカーの話に人気があります。
宮石氏
48
視察も一緒なんですけれども,やっぱり単に自分で来て街歩いても,あっこういうもん
かって,結構見落とすところ多いんです。今回も午後から渡辺さんのところに訪問します
けれども,その方の話も聴いて頂いた後,パールディストリクトっていう再開発地域を巡
っていただくと,あっこれかとそういう思いがですね,それを知ったうえで周って頂くの
とそうじゃないのってすごく違うんですね。ポートランドっていうのは,そういう体験型
のライフスタイルっていうことなんですけど,僕らも要はストーリーを語れる方でないと
ダメなんですよ。どういった気持ちでそういったマインドを持って,スピリットを持って
ですね,ここで生活しているかっていうことをしっかり語れて,実際にそれを見て頂く。
来て頂いたお客さんに見て頂くということで初めてそのお客さんの中で,しっかりとした,
あっ,だから良いんだっていうところが結びつくというか,このストーリー性を持たせる
って事の大切さっていうのは,やっぱり僕らいつもお客様をお連れする時に考えています。
それを僕らが,一人がこう話すんじゃなくて,アメリカ人も,その現地でその店で働い
ているアメリカ人からもそれが伝わってくるし,あるいはその他のアメリカのいろんな方
からもそれが伝わってくる。ある意味,先々からそういう気持ちが伝わってくるというこ
とで,あっ,なるほどと。やっぱこういう一本,芯があって,みんなそれをしっかりと捉
えた中で生活をされていて,実際見たらそうだよねという風に納得して頂けるというとこ
ろですよね。
それが僕は一言でポートランドをいうとすごくゆるいと思うんですよ。あの良い意味で
ゆるい。社会がですね。逆にみんながそれぞれ創造性を発揮する余地がある社会なんだろ
うなっていう気がしています。たぶん,それが今日本に一番欠けている部分で,余裕がな
い社会を作っちゃっていると思います,日本の人達は。だから働く時間しかり,自分達が
本当にやりたいことはなんなのか,情熱を持ってやっていけることはなんなのか,やって
いきたいことはなんなのか,そういうところを我慢して,やらずに生活しているように感
じています。このポートランドに来て頂いたら,みんなそんなにお金は儲けてないですけ
ど,すごく熱心に語るし,エネルギーを持って情熱を持ってやっているっていうのを感じ
られるところがかっこいいんじゃないかっていう気がします。通常のアトラクションがあ
るような観光地とは全く違うと思っています。
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日系企業誘致活動について(8/19)
US-J Connect 谷田部 勝 氏
【説明内容】
はじめに,アメリカの銀行の国際部において,市ならびに州政府と当時日系というか日
本間の企業の誘致活動に参加しておりましたので,その辺の体験話をさせて頂きたいと思
います。
簡単にアメリカの歴史は 1776 年に大西洋側の 13 州が一つになって,英国から独立して
合衆国を作りました。1851 年にポートランド市が誕生致しました。それで皆さんはあのパ
イオニア広場行かれましたか。れんがの公園のパイオニア広場。あそこにポートランドで
最初の小学校ができました。1853 年にペリーが黒船を率いて浦賀に来ました。その翌年ま
たペリーが来まして,そこで日米和親条約が調印されました。それが 1854 年。ただし明治
元年はそれより 12 年後の 1868 年でございます。1859 年にオレゴンがアメリカ合衆国の 33
番目の州として仲間入りを致しました。それから 1905 年にポートランドでエキスポがあり
ました。そこで日本が初めて日本館を出しまして,国際舞台へ紹介されたわけですね。こ
の時に日本っていう国は将来非常に素晴らしい国になるのではないかということで,当時
のリーダー達がジャパンクラブというのを作りました。それが現在はオレゴン日米協会と
なっています。オレゴンの日米協会は全米で3番目に古いです。一番古いのがボストン,
2番目に古いのがサンフランシスコを中心とした北カリフォルニア,次がオレゴンです。
4番目に生まれた日米協会はニューヨークです。
それでオレゴンの大きさというのは 25 万 k ㎡あります。それで日本との比較は本州全土
と四国を合わせたよりも,もうちょっと大きいです。そこに 400 万人住んでいます。そし
てポートランドのプロパーの人口が現在 62 万人,この間ポートランド市長と会ったら 63
万人って言っていましたけどね。はい,62,3 万。それでポートランドを中心とした都市部
メトロがだいたい 230 万人です。
皆さんの中で,昔フジテレビで「オレゴンから愛」という番組をご覧になった方がいら
っしゃるかもしれませんけど,あそこに出てくるのはみんな田舎です。だから 360 度民家
が一軒もないとか,そういうところでしたけどね。ですからポートランドメトロ地区から
1歩外に出ると,そういうところがいっぱいあります。
そういうオレゴンですけども 1980 年代の初頭まで農業,林業それから漁業といった第一
次産業に頼っていた産業構造が中心でした。ですが,林業が不況に陥りまして,失業率が
二桁になってしまいました。それで人々が職を求めて州外へ移住し始めました。州の人口
が減少し始めたのです。それでこれはほっておく訳にはいかないということで。なんとか
しなきゃいけない。その第1歩としてやったのが,自己分析ですね。オレゴンというとこ
ろはどういうところだろうと。それで色々分析した結果,電力は安い,豊富,ここにパシ
フィックパワーアンドライトっていう電力会社がありますけど,そこは北陸電力と姉妹会
社になっていました。北陸電力のお方がここに出張で来られた時に言っていたのは,その
当時,オレゴンの工業用電力は日本の6分の1と言っていましたね。
それから空気と水,綺麗で豊富にあります。それから潜在的に優秀な労働力もあると。
50
潜在的に優秀な労働力とはどういう事かと言うと,アメリカでは入学試験というのがない
です大学行く際に。それで SAT というテストをみんな受けなければいけません。それで内
申書にその点数をつけて希望校に大学に送る訳です。それで入学を認めてもらえるか,認
めてもらえないか。でここにあるポートランド州立大学あたりでは 800 点あればまあ入学
できるだろうと。ただスタンフォードとかハーバードとか行くには 1300 点ないと入学させ
てもらえない。それでみんな卒業生はみんなそのテストを受けます。その大学進学のため
の。入学試験ではないですけども,その参考資料になるわけです。それの平均点が全米一
でした,オレゴンが。それと米国陸軍も同じです。ただ軍に入りたいからポンと入るので
はなくて,やっぱり学力テストもあります。それの平均点もオレゴンの人間が一番でした。
それなので潜在的に優秀な労働力があると。
それから美しい自然環境。すばら
しく美しい自然環境を破壊しない産
業といったらハイテクじゃないかと。
ハイテク産業に照準を合わせて,企
業誘致活動を開始しようと。で実際
に誘致活動を開始した訳ですね。同
時に企業を誘致するのに,一つのハ
ードルとなったのが,税制です。こ
れはユニタリータックスという日本
語では合算課税方式と言っていますけども,税金を計算する時にオレゴンにある会社でも,
親会社が日本の場合は全部の収支を計算して,それでそのオレゴンの部分が何パーセント
かでそれでやる。非常に作業も煩雑だしこれは良くないという事でその当時ですね,オレ
ゴンには戦後生まれたんですけれども,テクトロニクスという非常にその優秀な優良企業
がありました。それで雇用も2万人くらい雇用していまして,これは家電ではなくて,オ
シロスコープというスコープ類のメーカーでした。それで日本では世界のソニーでしたけ
ど,ソニーとテクトロニクスは 1960 年代の後半に合弁,ジョイントベンチャーをやってい
ます。それでソニーテック,ソニーテクトロニクスという会社を立ち上げました。ですか
らあの森田会長は頻繁に来ていました,ここに。それで森田会長がオレゴン州議会でユニ
タリータックスというのは良くないよと証言をしてくださいました。その結果,議会では
それを撤廃することにしました。それで日本からの企業誘致のハードルを一つ取り除いた
わけです。
それからもう一つ始めたのは,SIP というプログラム。これは Strategic Investment
Program といいます。日本語に直しますと,戦略的投資とでも申しましょうか。これは税金
の優遇制です。税金優遇。それでハイテク,特に半導体の工場を作ったりするとドルで数
ビリオン,ミリオンじゃなくて数ビリオンの投資を要しました。例えば,4ビリオンだと
しますと 40 億ドルの投資をしないと半導体の工場ができませんでした。という事は固定資
産税を計算する時に 40 ビリオンを投資したのでしたらそれだけ価値があるから,それが 40
ビリオンとなるわけです。いくら投資しても 150 ミリオン1億5千万円を天井にして,向
こう 15 年間課税しますよとしたわけです。それに応じていろんな会社が来て,今では皆さ
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んご存知だと思いますけれども,インテル。インテルがオレゴン州内では最大の雇用主で
す。5つ工場を持ってその他にも研究開発だとか,非常にオレゴン州内ではインテルが大
活躍しています。
それと同時に,何をやったかというと日系企業もハイテクに照準を合わせると。今はイ
ンターネットっていうものがありますけれども,1980 年代の半ばには何もそういうのはあ
りませんでした。いろんな企業,特に日系企業は銀行に情報を頼ると。特に海外情報は。
それなので,それじゃあ日本の銀行の大会社をみんなここに呼ぼうと。そしてポートラン
ドでこの乾燥した空気というか味わってもらうと同時に,オレゴンに投資したらどれだけ
いいかと。それを叩き込もうということになったわけです。当時ユナイテッド航空が週に
1便だけ成田からポートランドに直行便飛ばしていました。週1便,毎週火曜日ですけど,
ユナイテッド航空が航空券を寄付してくれました。それとヒルトンホテルがホテル代を1
週間やはり寄付してくれました。それで日本から東京銀行,富士,住友,三菱,第一勧銀,
日本興業,長期信用,日本経済新聞,ジェトロを呼びましてヒルトンホテルの地下に缶詰
めにして1日中,オレゴンは電力が安いよ,水はきれいだよ,もういろんな土地も安いよ,
と叩き込んだわけです。米国内の日本の興銀の米国内の支店からも 10 名ばかり参加しまし
た。私も毎日一緒にこの席に参加していました。そういうことをやっていたわけです。最
終日は参列者の皆さんの中で観光したい人だけでなく,ゴルフをしたいという人もいまし
た。そうするとナイキがゴルフをしたいという人全員に無料でナイキゴルフシューズをプ
レゼントしてくれました。ですから,まあコミュニティ全体が一緒になって,大歓迎しま
した。それでこの人達が日本に帰った後,正式名ではないですけれどもオレゴンマフィア
と自分たちは呼びました。オレゴンマフィアの人達が何をしたかというと,アメリカから
企業誘致活動とか,企業誘致のための施設だとかいった場合,それぞれの取引先を紹介し
てくれました。それとアポ取得もしてくださったわけですね。特にみなさんそのシリコン
バレーっていうのは有名ですけど,ここはシリコンフォレストというように呼ばれるよう
になりました。というのがシリコンウェーファーっていうのがありますが半導体を作る,
それの世界の需要の 50%以上がポートランド地区で作られました。その1社が信越科学の
信越半導体,もう一つはドイツのワッカーシルトロニクス,それから三菱マテリアルとか
ですね,そういうところがあります。
それと同時に何をやったかというと,商工会議所のメンバーが中心になって,ポートラ
ンドアンバサダープログラムを作りました。親善大使とでも申しますかね,各会社の社長
または重役の皆さんがポートランド,それからオレゴンの親善大使となると。それで出張
で他州,他国に行った時にオレゴンはこういう良いとこですよとそのオレゴンのプロモー
ションをするとそれが一つ。それからその結果,ポートランドやオレゴンはどんなところ
だろうと,行ってみよう,調査してみようと来たわけですね,人が。その時の歓待するグ
ループですね,それをポートランドアンバサダープログラムと言っていました。それで東
京化成工業が 1985 年に進出してきました。そのプロセスはどうだったかというと,1985 年
の2月に私が働いていたファーストインターステートバンクオブオレゴンという銀行があ
りましたが,そこの頭取が会議でロスへ行きました。その機会を利用して,会議が終わっ
た後オレゴンセミナーっていうのを開きました。で邦銀さんとか興味がある方に声をかけ
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て。そこに出席した一人が日本興業銀行の方でした。日本興業銀行のお客様が東京化成,
東京化成工業。日本橋に本社がありますけれども,試薬品の会社です。それで当時ちょう
ど東京化成の方が,同社として米国内のどこに拠点を作ろうかということでロスに来てい
ました。それで興銀さんがこういうセミナーがあるよと誘って,参加させました。それで
3か月後5月,私今でも覚えていますけど,担当の方がいらっしゃいました,初めてポー
トランドに。結果はここに TCI アメリカいう子会社を設立して,今では全米で活動を行っ
ています。それはアンバサダープログラムの成果の一つでございますね。
それから 1987 年には日本にゴールドシュミット州知事が企業誘致にまいりました。私も
同行して私は三菱銀行の本店で講演をさせて頂きました。日系企業のオレゴンの投資環境
という点,その結果新宿に本社がある東芝セラミックスさんが投資して,オレゴンに進出
してこられました。このゴールドシュミットさんというのは大変なお方で,ポートランド
の人口 63 万人と言いましたけれども,市会議員は4人です。で市長が5人目の議員になり
ます。市長が。ですから過半数がそれでできて物事が決められるわけですね。この5人は。
彼は,ゴールドシュミットは若い弁護士でしたけれども,28 歳でポートランド市会議員の
一人になりました。31 歳で市長になって,それで今みなさんご体験されたかどうかあのラ
イトレールとか路面電車が走っていますけれども,それの元は彼です。それが認められて
当時のジミーカーター大統領が彼を市長から全米の運輸大臣に抜擢しました。そういうお
方です。カーター政権が終わってから,彼はここに戻ってきて,ナイキの副社長になり,
次のオレゴン州知事選挙を待って選挙に出て,楽々当選しましたけども,その第1期目に
昔のスキャンダルが発覚してそこで非常におしいですけども挫折してしまいました。大変
な政治力と行動力とを持った素晴らしい政治家でしたけどね。
それで 1980 年の半ばから 1990 年の初めにかけて進出してきた日系企業,日本の企業と
いうのはこういう企業がありました。シャープ,OKI,島津製作所,三菱マテリアル,東海
カーボン,東洋炭素,松下,EPSON,京セラ,富士通,NEC こういったところがここのシリ
コンフォレストの一角をなしはじめていたわけですね。どういうことが起こったかという
とポートランドにそれまで来ていた会社,日系企業というと商社がほとんどでした。です
からそこにはポートランド商社会っていうのがありました。それが日本で皆さんが食べて
いたうどんとか,パンの原料の小麦はほとんどポートランドの港から日本へ送られていま
した。そのために 1950 年代から日本の優良商社は全部ここに来ていました。そしてポート
ランド商社会という互助会みたいなゴルフ大会をし,なんだかんだやっていたわけですけ
ども,こういうメーカーさんが来たために商社の駐在員よりもメーカーさんの駐在員の方
がだいぶ増えました。例えば富士通さんの場合は工場長以下最初に 25 家族来ました。NE
Cもしかり。ところが商社の場合,駐在員は大体多くて5人ですね,1社。三菱商事,三
井物産。ところがメーカーさんが1つ来ると,何倍もの家族が来ました。それでこれはそ
の組織の名前として商社会は適当でないと。それで 1988 年にポートランド商工会という風
に改名いたしました。そして現在もここにあるのはポートランド商工会でございます。
それから今,富士重工ですね,スバルがポートランドの郊外に巨大な部品配送センター
を建設中でございます。ポートランドは港町ですけれども,海の港町ではないです。です
から潮風がないです。ですからトヨタもトヨフジマルというトヨタの車専用運搬船を使っ
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てここに来ていますね。それからホンダの場合は輸出,輸入両方ポートランド港を使って
やっています。スバルは,同じ川を来ますけれども対岸のバンクーバーというところに車
を降ろしていますけどね。まあこんなところでございますけれども,なんかあの気仙沼の
皆さん,頑張って復興を色々,この間も市長の写真をテレビで BS ですか見させて頂いたん
ですけれども,またぜひここに来て頂きたいと思います。
【質疑応答】
参加者
ローカルファーストについてお伺いします。ポートランドは,こういうローカルな特殊
ないろんな店がいっぱいあってですね,全米の中でもすごくユニークですよね。そういう
ものがどういう形でこの 40 年あたりで出来てきたのかっていうあたりをもしわからないの
で教えて頂ければと思います。ゴールドシュミットさんが市民活動家出身で何かそういう
もののインフィニティがあったのか。
谷田部氏
それもあります。ゴールドシュミットが最初にやったのは実はダウンタウンからマウン
トフット,オレゴン富士と言っていますけど,ここへのハイウェイを作ろうという案があ
ったんです。それに国庫補助があったわけですが取りやめました。そしてそれの資金をラ
イトレールの建設に充てようとしました。そういった点での説得力もありましたし,ポー
トランドがなぜと非常に良い質問ですけど,難しい質問でもあります。ここは開拓者の街
です。この当地にいる人の特徴というのは“キープ・ポートランド・ウィアード” ポート
ランドの奇妙さを保とう!という意味ですけど,ウィアードっていうのは変なとか,変ち
くりんなとか,変わった人という変人。ですからここは他の州,街ではあいつは変わって
いるって言って敬遠されるような人が集まってきます。それで水を得た魚のように,そう
いう変わった人って変わったアイデアも持ってきます。
それとそのいろんなキャラクターとか性格があると思いますけれども,大金持ちってい
うのはあんまりいません,ここは。だけど幸せな人はいっぱいいると思います。だからそ
の幸せっていうのは何かと非常に根本的な問題になってきますけれども,一つが人に使わ
れたくないと。自分の人生は自分でという。でここに屋台が多いです。700 台くらいありま
す。近道は,手っ取り早いのは屋台のオーナーになることです。それで一生懸命頑張る。
その結果,それが成長します。この近くにラウドというサンドイッチ屋があります。それ
は屋台からスタートしました。前橋に第1店舗が出ます。前橋のめがね屋さんの社長が非
常に気にいって,前橋に出すことになりました。その他にソルトアンドストローというア
イスクリーム屋さんも何軒かあります。もう行くと並ばないと買えないくらいですけど。
そこも屋台から始まりました。そのように開拓者であると。
あと DIY 。Do It Yourself 自分でこういろいろやろうと。独立心というのは強いと思い
ます。DIY はここにいる人は自然ですよね。オレゴン街道っていうのを通って最初はミズー
リ州がアメリカの西の端でした。そこから,1840 年代から 50 年代に大移動してきました。
ホロ馬車や牛車に乗り,それが2千何マイルのオレゴン街道を通って,それで新天地,西
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の新天地として来たわけです。何もないから結局全て自分で作んなきゃいけませんでした。
ですからそういう人たちは DIY の精神っていうのがありました。で余談になりますけど,
1849 年になった時にサンフランシスコで金が発見されました。だからオレゴンに行って農
業をやろうとしていた人たちの多くか一部か,途中で金がサンフランシスコで見つかった
っていうのでこう行って,それ 1849 年ですけど,オレゴンの先祖というか先駆者の人たち
というのは,割と地味で最初の目的通りオレゴンに行って,農業やろうと。そういう人た
ちが先駆者でございますね。だから NEC がここに出た時も,一つの理由が面白いですけど,
転職率が低いと,オレゴンの人は。ということは会社に対する忠誠心が高いのではないか
という風に。それでシアトルに出ようか,ポートランドの郊外に出ようかと迷いましたが
いろんな理由がありまして,それも一つの理由でこちらを選びました。ですからそういっ
た今のお話なんかに関しましてはすごく深いです。
あとは,コンパクトシティというのもあります。その良さは,ロサンゼルスに皆さん行
ったことあるのではないかなと思いますけれども,ロサンゼルスで有名なのは,丘の上に
上がると夜景が綺麗です。どこまでも続いています。ということは,自然はその先に行か
ないとないです。ここはロスの二の前を踏むなということが街づくりの一つです。中心で
す。だからコンパクトになっているがゆえに 15 分,20 分車で行くと大自然の真っただ中に
入れます。それが非常に重要です。それはオレゴン州の条例です。ポートランドじゃない
です。オレゴン州全体で人が住むコミュニティは人が住むところと田畑とか自然の境界線
を描かなきゃいけないというのが州の条例です。それを変化,膨らますなり,なんなりす
るのをそれは住民投票で決められるわけです。ですからその中で効果的に使われていない
古い倉庫とかというのは今では,PDC が買い取ります。インフラを整えて,プライベートな
デベロッパーを連れてきて,そこで 30 階建てのビル建てる。そうすると固定資産税がガバ
っと増えます。
では,幸せっていう話に戻りますけれども,お金を使わなくてもアウトドアが近くとい
うことは自然との共存がそれで幸せ感を,幸福感を感じる人がここは多いです,それは自
然が身近にあるということは,そういった自然だけではなくて釣りも簡単にできます。
今ここは美食の街という風に言われていますけれども,食材をお百姓さん,果樹園,牧場,
直にレストランに持ちこむことができます。それを料理して皆さんに食べてもらう。お金
を使わなくても楽しめる人生をというところがここだと思います。
それで日本の総領事が日本に帰るときに,この辺の感想を聞いたら,
「景色がいいところ
というのは他にもあります。世界あちこちに。ただ人間がもっとも人間らしく行動し生き
ているところというのは,ここが一番です」という最高の賛辞を述べてくださいました。
参加者
50 年代ごろからモータリーゼーションが活発になって,公害とか問題になってそのコン
パクトな街づくりをしようということでハイウェイを撤去するという話を一度お伺いしま
したが,そのハイテク企業の進出というのは,要は物流も考えないといけないと思います
が,そういう矛盾はどのように解決されたのでしょうか。
55
谷田部氏
1972 年に EDP 処理センターっていうのができました。コンピューターでいろんな銀行の
こういった処理するセンター。それができた時にこんなビルが街中に出来たら街が死んじ
ゃうじゃないかということになりました。すごく立派な頑丈なビルですけど,窓が無いで
す。それでその時に新しくできた条例はダウンタウンでビルを建てるまたは改装する際は,
1階の歩道に面した部分はショーウインドウとか,お店でなきゃいけないという条例がで
きました。だから私がこの前,前橋に行って非常に残念だったのが,路上駐車場が多すぎ
ますよ,もったいないですよね。あの道路際の良い土地に駐車場,歩いて面白くないじゃ
ないですか。車がいっぱいある。ダウンタウン,ここで皆さん歩いていたらわかると思い
ますが,例えばここにティファニーがあります。ティファニーのビルは駐車場ビルです,
ここでは。だからティファニーがあって,そのお店,宝石とかいっぱい並んでいます。そ
の向こうの壁の奥は車が並んでいます。それと2階以上全部駐車場です。だけど歩道の1
階に面した部分というのはそれが窓だったりすると,みんな自分の姿をのぞいたり中をの
ぞいたり楽しいですよ。車が並んでいると面白くないです。それと歩く時に上を見る人っ
ていうのはあんまりいないですね。特にそのショーウインドウとかお店の場合はみんなこ
う横見て歩くわけですね。それが出来たのが 1970 年ですから 40 何年前ですかね。
物流という観点でハイテク企業の進出の影響は少ないです。チップっていうのは小さい
ですからね。そういう点でも今ポートランドの交通状態が変になっているのは,もう人が
毎週 350 人から 400 人入って来てしまうのですよ。アメリカの場合は職を見つけてから,
行くのではなくて,もう来てしまうのですね。これから仕事を見つけよう。だから行政で
今一番のチャレンジは,いかに就業の機会を作るかということになっているわけですけど,
あの私の目から見ても道路整備が人の流入に追いついてない。今そのギャップが出来ちゃ
っています。ですからアパートのレント料なんかも,3か月に1度はもう値上げしている
というような状態になってきていますから。
参加者
先程,いろんな方が集まって起業されているとかっていう話にお聞きしますが,起業す
る方にとってその失敗しないようにぜひ成功させたいと思って皆さんやっているかと思い
ますが,そのためのサポート体制だったり,そういう支援機関だったり,起業するために
はお金も必要なわけで,融資体制とかっていうのは,こちらのポートランドでは利用者に
対してはどのような体制作りになっているか教えて頂きたいと思います。
谷田部氏
先程の話に戻りますけれども,富士通半導体がここに出来ました。それでSITという
固定資産税の優遇をということで,そのネゴシエーションはカウンティとの間でやります。
それは州の条例ですけれども,それぞれのカウンティ,郡,何々郡がその固定資産税を優
遇,認めるか認めないかという。富士通が出た場合は,あの大変な行政の郡政府から,例
えば母子家庭の女性を雇いなさいとか,雇用をいかに増やさなきゃいけないかとかという
条件をいっぱいつけられました。それで最終的に富士通さんはできませんと。だから私は
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固定資産税払いますから,その責任から逃れさせてくださいということになってしまいま
した。
スモールビジネスでは,ADX っていう面白い会社がありますけれども,そこの場合は女性
が活躍する場所です。この会社をスタートさせたのも女性ですけれども,モノづくりを専
門にする人と頭を使う人を一緒にしようと。そこをスポーツクラブみたいな会員制にして
います。それで私は家具作りが好きだというと,家具作りをするにはいろんな道具が必要
ですけど,そこに行くと道具が全て揃っているわけです。その会員制も夜だけとかウイー
クエンドだけとか,またはいつでも行ける,いろんな段階の会員制がありましてね,そこ
に行くと大工さんの棟梁みたいな人だった人とか,家具作りを一生やってきた人だとかそ
ういう専門家がいます。色々教えてくれます。それでここで5年間,この会社出来て5年
間ですけど,そこから 110 の会社が巣立っています。そういう形で。それでそこにいるフ
ロリダから移ってきた人間がいますけれども,彼のバックグラウンドはマーケティングで
す。そしてそういうモノ作りの人っていうのは,そういうマーケティングとかが下手です。
だけどそれをマットという人間ですけども,フロリダから移住してきて 28 歳でこちらに来
ましたが,彼の専門はまさにフロリダでそういう仕事をやっていたので,例えば家具専門,
家具を作りたいとかという,どういう風にマーケティングしていいのかわからないとかそ
れをアドバイスしてやっています。それがきちんと成長していくようにと。
ちょっとフォーカスがずれちゃっていたかもしれませんが,それにしてもいろんな制度
が入り組んで,PDC では,ストアフロントという,通り沿いでお店をやるために改善する場
合,低金利でお金を貸すとか,そういうこともやっています。
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シアトル市港湾局表敬訪問,漁港視察(8/21)
シアトル港湾局 観光受入責任者 Ron Peck
Business and Operations Manager,Fishermen's Terminal 漁港管理責任者 Ray Giometti
【説明内容】
シアトル漁港には 300 以上の漁船が入ってきますが,毎年3艘くらいの船が減っていま
す。船主の死亡や引退,アラスカへの引っ越しが主な要因ですが,1年に3艘でも 10 年で
30 艘となれば非常に大きな数となります。私の役目はカスタマーサービスを通じて,一船
一船のオーナーと深い関係を維持していくことです。そして,漁港のルールとして,最大
限の安全対策をとっています。また,漁船の使用料はとても安くしています。漁から9月
に帰ってきて,少しバケーションがあって,1月から船の修理とか準備が行われます。そ
の修理とかいろいろやることがシアトルの経済にとって効果があります。
一番この港に入ってくる大型船は約 240 フィートで,それより大きい船は別の港に入りま
す。
このような 32 フィートの小型の漁船が今経済的ダメージを受けています。近海のワシン
トン周辺のサーモン漁が不振のためです。かつては数百艘あったが,今は 25 艘しかありま
せん。船はアラスカに持って行って,船員だけが飛行機でアラスカに行っています。
これは,シアトルフィッシャーマンズメモリアルです。このメモリアルは水産業界の 15
の会社が運営しています。寄附金による基金を財源とし,慰霊祭の開催,事故のあった家
族へのカウンセラー,保安訓練などを行っています。
オフィスには,シアトルを基盤にしている水産業者の
リストがあります。海に出ていきたい乗組員希望者には,
そのリストを渡し,希望者自らが水産業者に連絡を取っ
て,条件を聞いたりしています。私がオーダーを聞いた
りとか,仲介は行っていません。
シアトル漁港では,シーズンの 30 日前と 30 日後まで,乗組員が船の中にいてもいいで
すが,それ以外の夕暮れ後の利用は船舶のオーナーや活動中の乗組員などに限られます。
また,漁港内でヨット等のプレジャーボートを利用する方で飲酒による落水で亡くなる方
がいたことから,アルコールを一切禁止しています。この影響でシアトル漁港に船が入っ
て来ないため,運営が厳しい時期がありました。漁船のオーナーに命が最優先であること
やプレジャーボートの共存について説明,説得し,良い関係を構築することで,また船が
入ってくるようになりました。
漁のシーズン中,漁船が港にいない時期は,ヨット等のプレジャーボートを受け入れて
います。今年は 120 艘で約 45 万ドルの収入がありました。同じスタッフですので,出費は
ありません。良いアイデアだと思っています。
我々の組織が気仙沼市と 1990 年に友好漁港協定を結んだことは,私も承知しています。
これからもその関係を維持していきたいですね。
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【質疑応答】
参加者
シアトルの漁業の現況についてですが,私達の街は日本で1,2番目に大きい漁船漁業
の基地ですが,乗る人がいません。非常に将来心配です。あと,漁業資源が少なくなって
います。この2点についてお伺いします。
Ray Giometti
同じようなことを考えています。シアトルは大規模な都市ですので,漁港はありますが,
漁業に関心のない方が非常に多いです。そこでシアトルでは,年に2,3回,メディアを
使っていかに漁業が大事かを伝えるキャンペーンをしています。若い方々は大学に行かな
ければならないという気持ちがありますので,なかなか漁業に回ってきません。漁業に関
わる仕事で,例えば漁船を造る仕事とかいろいろあるということもキャンペーンしていま
すが,テクノロジーやコンピューターに関心があり,漁業になかなか来ないということも
現状です。
資源の関係ですが,アラスカ沖はまだ非常に豊富な資源を持っています。でも,今年の
サーモン漁は良くないです。シアトルでも若い方々は船を買って,漁業に携わる方はいま
すが,アラスカの方が多いです。
参加者
日本では,これまで漁船への人材の供給は,主に水産高等学校という水産を専門とする
学校が全国にあって,そこから供給されてきましたが,今,水産は人気が無くなり,テク
ノロジーの学科とかに替わっています。
Ray Giometti
こちらも同じです。シアトルでは1
か所だけ水産を科目として教えてい
る学校がある。そこでは,インターン
として水産業に従事することもでき,
今年は 17 歳の生徒が1名インターン
として活動していますが,このような
インターン生をもっと増やしていき
たいと考えています。
◆追記
本視察の1日目,2日目は,東北未来創造イニシアチブでお世話になっている ISL の野
田智義氏と夫人の由美子氏(PWC)が同行され,視察の充実にご貢献いただいた。(両氏と
も東京大学,ハーバード大学卒)
(文責者:気仙沼市震災復興・企画部震災復興・企画課 後藤 英之)
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