パス最前線 2011年秋号 - 医療関係者のための医薬品情報 第一三共

医 療 連 携 と パ ス
2011年
特
集
進化する
地域医療連携モデル
秋号
Autumn
事例1 熊本県みすみ・上天草地区/慢性腎臓病(CKD)連携パス
事例2 道南地域医療連携協議会/「道南MedIka」
特別レポート
医師会が主導する地域連携パス
板橋区医師会
シリーズ企画
東日本大震災 ∼医療の現場で何が起き、
どう対応したか∼
第1回 東日本大震災を経験しての雑感
特別寄稿
当院の嚥下障害対策と地域連携パスにおける
嚥下食標準化の取り組み
薬ネットワーク
お薬手帳を活用した地域薬薬連携
医療連携とパス
2011 年 秋号
C O N T E N T S
3
巻頭言
今田 光一 (黒部市民病院 関節スポーツ外科部長)
4 特 集
進化する地域医療連携モデル
プロローグ
山中 英治 (社会医療法人 若草第一病院院長)
事例 1
熊本県みすみ・上天草地区/慢性腎臓病(CKD)連携パス
事例 2
道南地域医療連携協議会/「道南
MedIka」
14
特別レポート
医師会が主導する地域連携パス
大病院密集地で地域連携をけん引 かかりつけ医としての存在感示す
板橋区医師会
18
特別寄稿
当院の嚥下障害対策と地域連携パスにおける嚥下食標準化の取り組み
中野 美佐 (市立豊中病院 神経内科)
22
シリーズ企画
東日本大震災 ∼医療の現場で何が起き、どう対応したか∼
第1回 東日本大震災を経験しての雑感
菅原 重生 (山形県・酒田市病院機構 日本海総合病院 循環器内科部長)
26
薬ネットワーク
お薬手帳を活用した地域薬薬連携
山城 博和 (菊川市立総合病院 薬剤科)
30
付録
42
編集後記
巻頭言
東日本大震災から半年以上が過ぎた。
も十分とはいえない状況が続いている。
あまりにも広大な範囲で、あまりにも多く
この状況で、この国の政治は、あまりに遅
の生命を失い、それまで築き上げた生活を一
延、無力、場当たり、隠ぺい、絵空事の討論
瞬にして破壊され、壮絶な変貌を余儀なくさ
をさらけ出し、自己都合と自己陶酔と自己弁
れた方々があまりにもたくさんおられること
護、パフォーマンスの世界が繰り返されてい
を私たちは身近で知らされた。
るだけだった。被災地を回るべき政治家はお
一歩一歩復興が始まっているが、安定した
遍路参りをし、被災者の補償手続きを助ける
環境を得るまでには、数年から十数年という
べき弁護士資格をもった政治家は被災者のた
長い年月がかかるであろう。今後これらの報
めではなく、起訴された国会議員のためにわ
道熱は冷めていくかもしれないが、私たち医
れわれの税金を使っている。
療者は今も復興へ継続中であることを決して
一方、臨床研修医制度を機とした地方医療
忘れてはならない。
崩壊はとどまるところを知らない。派遣医局
医療環境も大きなダメージを受け、現地の
の人員引き上げ⇒急性期医療を担う病院の減
われわれの仲間は、想像もつかないような体
少⇒残った病院に負荷が増え、スタッフが力
験をし、現在も多くの困難と矛盾を抱えてい
尽きて離職⇒その補充をする人員ももはや地
る。患者さんも住民の方もそれまで継続して
方大学には残っていない、という構図が繰り
いた医療が受けられない状況がまだまだ続い
返され、「患者さま」呼称が生み出したモン
ている。
スターペイシャントがこれに拍車をかけてい
さらに地球上最悪レベルの1つといえる原
る。私自身も、周りの病院の救急対応の低下
発事故のもと、住民一人ひとりの被曝後のモ
と、自院の救急対応スタッフの減少による現
ニターをはじめ、今後のフォロー計画もとて
実の疲弊を目の当たりにしている。救急や当
私たちに何ができるか
黒部市民病院
関節スポーツ外科
部長
今田 光一
直業務を行っている医療者数の増減を算定せ
私たちが医療連携システムを考えるとき
ず発表される「医師数は増加した」などとい
は、被災した地域や医師不足に悩む地方医療
う地方現場や救急現場とはかけ離れた官製報
を「具体的に」助けることができる視点とア
道は、急を要する改善策の策定をうやむやに
イデアを常にもたなければならない。
してサボタージュしようしているようにみえ
「現実的に」今困っている患者さんと、そ
てしまう。
れに携わる医療者を助けることが最優先であ
今、日本における医療インフラ整備を計画
る。
するとき、この3つの対策を超えて優先する
「継続すること」「研究すること」が目的化
ものが果たしてあるのであろうか? したシステムや看護法、記録法の研究に投入
早急な被災地の環境整備をしなければなら
する税金を私たち医療者は声を上げて監視し
ない現実を横にして、限定した地域のICTシ
なければならない。そのお金で、多くの生命
ステムや電子カルテの導入に何億~何十億も
が助かるかもしれないのだ。医療は、サービ
の税金をつぎ込むことは、飢餓に苦しむ国民
ス業から学ぶことはあっても決してサービス
を横目に軍事費に回す国家と何ら変わりがな
業ではない。
いのではないだろうか?
一人の医療者が全国すべての患者さんを診
燃え盛り、救助を待つ人もいて消火活動に
る(看る)ことはできない。しかし、この冊
あたる人員が不足している大火事の現場のす
子を手にとった、連携やパス・医療システム
ぐ横で、
「効果的な防火法について」の会議
にかかわる医療者は、そこに埋没すること
を開催し、ポンプ車を購入できる費用が会議
なく、常に、患者さんを治す「現場優先主
参加者の交通費と弁当代に消えているような
義」「実際の医療優先主義」であってほしい
例が医療界にも多すぎる。
と願っている。
3
特集
進化する地域医療連携モデル
プロローグ
明るい高齢化社会のための地域連携
社会医療法人 若草第一病院院長 山中
ってもらえるのですから、高齢化社
していくことが必要」などと記され
会にも明るい未来があります。
ています。
騰」などという高齢者への先入観、
高齢者を「活用」するには、高齢
地域密着型病院は診療所と患者情
あるいは誤解や偏見によるものなの
者に病院以外に外出してもらう必要
報を共有したうえで、日々の診療と
か、暗く元気のないイメージが常に
があります。地方は祭りや寺社の催
健康管理は診療所が担う、精密検査、
付きまといます。しかし、果たして
し物、農業関連事業などで高齢者が
手術などの入院治療が必要となった
「高齢化社会」は本当に
「お先真っ暗」
活躍する場がまだ多いのですが、都
ときは地域の病院が迅速に対応する、
なのでしょうか? これから定年を
会では通院と近所への買い物以外に
高度先進医療などが必要の際は地域
迎える世代は日本の高度経済成長期
は、自宅でテレビを観ることしかす
の病院から大学病院などの特定機能
に青年企業戦士だった方々です。男
ることがない高齢者も多く、これで
病院へ紹介する、普段の救急医療は
女を問わず学生運動で機動隊に殴り
は、心身ともに老化して衰退してし
地域の病院が担う──というような
かかっていた肉食系世代です。黙っ
まいます。
体制ができれば、地域住民は安心し
ておとなしく隠居するはずがありま
高齢者の心身の健康を維持改善し、
て医療を受けることができます。
せん。ゲームやアニメに耽溺してい
社会参加による地域の活性化、ひい
さらに診療所同士も専門診療科ご
る草食系若年層よりも活力では負け
ては国の活力を維持改善するために
とに患者情報を共有し、地域の医療
ないでしょう。
は、高齢者の健康管理を地域で行う
圏全体で協力して、複数の医療機関
一番良い見本が、間近におられる
必要があることは明白です。いくら
で患者さんを診ることで地域全体の
医師と看護師です。60歳を超えて
高速道路やドクターヘリなどのアク
医療の質が向上します。これは前述
も救急当直や夜勤をバリバリにこな
セスを良くして救命救急医療が可能
の医療制度改革方針とも合致するも
している先輩方は珍しくもなく、ひ
になっても、日常生活とQOLの改善
ので、医療のみならず介護・ケアと
孫の世代になる赤ちゃんを取り上げ
には役立ちません。すなわち、地域
のシームレスな連携も重要です。
ておられる産科医や助産師も少なく
の診療所と地域密着型の中小急性期
特集では、高齢者を含めた地域の
ありません。
総合病院の役割が重要なのです。
健康管理を効果的に行うための新た
いくつになっても元気なら、長年
2011年7月21日付の内閣府行政
な地域モデルを取り上げました。一
培った技術と経験を生かして、体力
刷新会議「規制・制度改革に関する
つは、人口過疎化の進む地域での慢
に応じた仕事で世の中に貢献するこ
分科会第二次報告書」では、「医療
性期疾患管理、もう一つは、急性期
とができます。税金を使うどころか
分野における制度改革の方向性」に
病院と診療所、介護施設等で患者情
直接税を納める側になれます。たと
ついて、「地域の医療資源の機能分
報を共有する医療情報連携です。こ
え職業をリタイアしても、ボランテ
化を進める」「在宅療養・介護を含
のように地域全体で住民の健康を守
ィア活動などで社会に奉仕すること
めた退院後の生活に至るまで、地域
るという動きは、全国的に広がりつ
も可能です。何歳になっても役に立
ごとにシームレスな連携対策を構築
つあります。
「高齢化社会」には、
「病気」
「介護」
「働けない」
「動けない」
「医療費高
4
英治
事例 1
熊本県みすみ・上天草地区/慢性腎臓病
(CKD)
連携パス
事例 2
道南地域医療連携協議会/「道南 MedIka」
事 例 1 熊本県みすみ・上天草地区/慢性腎臓病(CKD)連携パス
地元の“素朴な熱意”から出発し
基幹病院の遠距離支援で地域に定着
熊本市上天草市の済生会みすみ病院は2009年4月
から、慢性腎臓病(CKD)連携パスを介して、かか
りつけ医との共同診療を実施している。高次救急機能
や専門医が不足する医療過疎地域でありながら、地元
行政や50km離れた熊本市の済生会熊本病院の支援を
受けて、地域に定着しつつある新しい連携モデルであ
る。
これまで連携パスで共同診療した患者さんは100人
以上に上っており、熊本病院TQM部のアウトカム分
析によると、臨床および経済上の成果も立証されて
いる。今後は、より精度の高いデータの集積を続け、
同連携パスの有用性をより広く訴えていく考えだ。
CKD 連携パスの主要メンバー
上段左から舩元惠美子氏、小妻幸男氏、白井純宏氏、町田健治氏、藤川直子氏。
下段左から宮㟢正史氏、山内穣滋氏、中村修氏、副島秀久氏、小田哲也氏
成 功 へ の S tep
Step 1 背景
済生会みすみ病院の位置する、みすみ・上天草地区は、人口約4万人、高齢化率35%であり、上天草市の慢性
透析患者数は熊本県内で4位(2006年)と高い。高齢化の進展で増え続けるCKD対策は喫緊の課題であ
り、専門医とかかりつけ医による共同診療が必要不可欠になっていた。
Step 2 課題/問題点
みすみ・上天草地区で入院機能をもつ基幹病院に済生会みすみ病院があり、3次救急を中心とする急性期疾
患は、済生会熊本病院に搬送する一方、慢性期疾患はかかりつけ医が中核を担っていた。しかしCKDを含め
慢性期疾患が増え続けてきたことから、かかりつけ医の対応にも限界がみえはじめていた。済生会みすみ病院
では07年に腎不全外来を開設したが、専門医とかかりつけ医の連携が一層求められていた。
Step 3 打開策=今回の取り組み
腎臓医(透析専門医)の白井氏と腎臓内科医の町田氏とかかりつけ医の宮﨑氏の問題意識が一致し、CKD連
携パスの作成につながった。その後、上天草市保健課健康づくり推進室が参加し、行政の管理栄養士とかかり
つけ医との連携による栄養指導を実現。また、済生会熊本病院からも連携パスの作成からバリアンス時の対
応、集積されたデータの分析まで、多角的な支援を得て、連携パスの普及・定着を目指した。
Step 4 成果
CKD連携パスは、5人のかかりつけ医との間ですでに100人以上の患者さんに適用している。連携パス運用
後の調査では、連携パスによる共同診療と、腎臓専門医による定期外来が同等の結果であることが証明され、
連携パスの有用性が明らかになった。またこの間、透析に移行した患者さんは1件のみであり、CKD連携パス
による早期治療、および進行抑制の経済的効果も大きいと見込まれている。
5
増え続ける腎不全患者
専門医との連携不可欠に
みすみ・上天草地区で唯一の常勤腎
パスで役割分担を明確化
かかりつけ医の不安を払拭
済生会みすみ病院の診療圏であ
臓専門医として済生会みすみ病院に
CKD連携パスは、クリニカルパ
る、みすみ・上天草地区は、島原湾
勤めていた白井純宏氏は語る(現在
スの作成・運用に定評のある済生
と八代海に囲まれた天草諸島東部に
は、済生会熊本病院救急総合診療セ
会熊本病院の全面的なサポートを
位置し、人口約4万人、高齢化率
ンター医長)。そのため、かかりつ
受けて作成されたものである。当
35%と過疎化が進行している地域で
け医の診療をサポートする連携体制
時、同院の腎・泌尿器科センター
ある(図1)
。熊本県は人口あたり
づくりが求められていたが、基幹病
に勤め、CKD治療のサポートで同
の慢性透析患者数が全国1位(2010
院や専門医が少ない同地区では、連
地区のかかりつけ医とのつながりが
年)であるが、その同県のなかでも
携体制が十分に構築されてこなかっ
深かった町田健治氏(現在、社会保
上天草市は4番目に透析患者が多い
たという。
険大牟田天領病院・腎臓内科部長)
自治体であり(06年、上天草市保健
転機が訪れたのは2007年だ。同年
や、TQM部のスタッフらがかかわ
課健康づくり推進室調査)
、慢性腎
4月、保存期腎不全患者の合併症管
り、宮﨑氏の提案した1カ後の2009
臓病(CKD)対策は、喫緊の課題
理やバスキュラーアクセスの管理等
年4月には連携パスの運用が開始さ
となっている。
を目的に済生会みすみ病院で腎不全
れた。「熊本市でも行政、基幹病院、
済生会みすみ病院は、140床の入
外来を開設した。また9月には日本
医師会で地域統一型のCKD連携パ
院機能を有し、地域で中心的な役割
腎臓病学会から『CKD診療ガイド』
スを運用しています。しかし、みす
を担ってきた。とはいえ、医師確保
が発行され、医療現場において地域
み病院の場合、白井先生や有志の先
が困難であるため常勤医は10人にと
連携によるCKDの早期発見・治療
生方で立ち上げ、そこに熊本病院の
どまり、診療科限定で2.5次救急ま
への認識が高まりつつあった。
スタッフが入ることで、連携パスの
での対応である。3次救急は車で1
同地区で開業する宮﨑正史氏(宮
内容や運営の仕方などもユニークな
時間半かかる熊本市内の済生会熊本
﨑外科胃腸科医院院長)は、次のよ
ものになったと思います」と町田氏
病院に搬送している。
うに説明する。「腎不全外来に患者
は語る。
一方、CKDを含む慢性疾患への
さんを紹介すると、実際に腎機能が
一つには、みすみ・上天草地区は
対応は、主にかかりつけ医がカバー
改善されて戻ってくる。薬剤の選択
熊本市と異なり、地域連携が根づい
してきた。
「しかし、高齢化の進展
などでも学ぶべき点が多く、患者さ
ていない。そのため、連携パスのコ
による慢性疾患の増加でかかりつけ
んの紹介を通して白井先生との交流
ンセプトとして“地域主導型の医療
医による対応も限界に来ており、質
が深まっていきました」。この宮﨑
展開”を掲げ、かかりつけ医との共
氏と白井氏の結びつきが、同
同診療という体制が前面に打ち出さ
地区におけるCKD連携パス
れた。「『患者さんの囲い込みではな
導入の発端となった。腎不全
いか』という誤解を招かないために、
外来開設2年後の09年3月、
済生会みすみ病院は原則として、腎
地 域 の「CKD対 話 懇 話 会 」
性貧血、高血圧の管理など専門的な
という会合の席上、宮﨑氏が
アドバイスのみに特化し、投薬はか
同地ですでに運用されていた
かりつけ医に行ってもらうという役
インターフェロン療法の連携
割分担を徹底しました」と白井氏は
パスを参考にCKD連携パス
強調する。
の作成を提案し、これを白井
CKD連携パスのフォーマットは、
氏が受け入れて連携パスの導
タスクとスケジュールが縦横に示さ
入が決まった。
れるA3サイズのオーバービュー方
済生会熊本病院
済生会みすみ病院
図1 みすみ・上天草市地区の CKD 診療圏
6
の低下が懸念されていました」と、
式では実用性に欠けるため、持ち運
熊本県みすみ・上天草地区/慢性腎臓病(CKD)連携パス 事例 1 びやコピー等が容易なA4サイズに
た。しかしながら、どの
するとともに、診察結果や検査結果
医療機関でも管理栄養士
等を記入できるようにした
(付録①、
が不足しており、栄養指
P31 ~ 34)
。連携パスをみればこれ
導が十分にできないとい
までの経過が一目でわかるようにし
う状況だった。「そこで、
たのである。なお、用途が重複する
連絡票を作成し、行政が
診療情報提供書はその分、簡略化さ
かかりつけ医の先生方と
れている。
連携して栄養指導にあた
連携パスは2枚構成で、1枚目の
るようにしたのです」
(同
上半分を観察項目や、尿・血液検
推進室・保健師の舩元惠
査データなどを時系列に記入する
美子氏)
欄、下半分を専門医とかかりつけ医
この栄養指導をきっか
との間の情報伝達欄となっている
け に、CKD連 携 パ ス に
(図2)
。2枚目には「カリウム値が
参加することになった
5.5mEq/L以 上 」
「Cr値 が 前 値 の1.3
の が、 や ま う ち 医 院 院
倍以上」など、専門医への紹介基準
長の山内穣滋氏である。
が記載され、かかりつけ医のCKD
診療をサポートしている。
「CKD治療は栄養指導が
観察項目
検査データ
伝達事項
図2 CKD 連携パス
重要ですが、診療所には
管理栄養士がいません。何とかでき
﨑外科胃腸科医院から5診療所まで
ないかということで、行政の方々を
拡大した。数としては決して多くは
含めて働き掛けてきたなか、CKD
ないが、問題意識を共有した少数精
CKD連携パスの運用開始から2
連携パスの存在を知り、参加させて
鋭のメンバーにより、CKD連携パ
カ月後の09年6月には、上天草市保
もらうことになりました。専門医と
スはすでに100例以上で運用されて
健課健康づくり推進室の参加表明が
情報を共有して医療の均一化や標準
いる。
あり、地域への連携パスの普及に弾
化を図っていくことで意識も高まっ
なお、みすみ・上天草地区の連携
みをつけた。
ていますし、非常に助けられている
パスは上天草市と隣接する宇土市か
同推進室室長の藤川直子氏は、
「上
面が多い」と評価する。
らも注目されている。オブザーバー
天草市はCKDや透析の患者さんが
一方、中村医院院長の中村修氏
として同地区のCKD連携の会合に
多く、それらの患者さんに掛かる医
は、CKD患者の対応に苦慮して同
参加している、みどりかわクリニッ
療費も莫大です。患者さんの増加を
連携に参加した。「これまでにも済
ク院長の小田哲也氏は、「上天草市
食い止めるには、先生方との連携を
生会熊本病院に勤めていた町田先
でこれだけの実績を上げているわけ
強化していくことが一番重要だと思
生にCKDの患者さんを紹介したり、
ですから、われわれの地区でも早急
いました」と、参加理由を語る。
相談に乗ってもらっていましたが、
に何らかのCKD対策を実施してい
行政の参加で進んだのは、これま
もっと早い時期から対応したほうが
きたい」と展望する。
で手薄だった栄養指導である。みす
よいのではという不安もありまし
み・上天草地区のCKD患者さんの
た。そんなときに白井先生からお声
原疾患には腎硬化症が多く、塩分の
を掛けてもらった。当院の連携パス
多い食生活が密接に絡んでいると想
の使用はまだ一桁台と少ないのです
CKD連携パスの運用は、済生会
定されたため、患者さんへの栄養指
が、これから積極的に活用しようと
みすみ病院で、共同診療に同意した
導は、CKD病期ステージの進行を
考えています」と抱負を語る。
患者さんの連携パスを起票して、電
抑制するうえで不可欠と考えられ
連携先のかかりつけ医は現在、宮
子カルテ上に同データを保存すると
行政との栄養指導実施で
共同診療に厚み
パスデータは集約され
熊本病院スタッフが分析
7
■改善 ■不変 ■悪化
1.0
2.0
尿蛋白/尿Cr比
1.3
血清Cr
0.77
eGFR
1.0
図3 判断基準(Post/Pre)
年に数回会合を開き、状況や成果を確認しあう
多発性嚢胞腎
1名 ,
2%
原因不明
9名,
14%
糖尿病性腎症
7名,
11%
慢性糸球体
腎炎
14名,
22%
(n=63)
連携パス使用群(n=39)
原因不明 3名,
8%
糖尿病性腎症
4名,
10%
腎硬化症
32名,
51%
慢性糸球体
腎炎
6名,
15%
定期外来群(n=24)
多発性嚢胞腎
1名,
4%
原因不明
6名,
25%
腎硬化症
26名,
67%
糖尿病性腎症
3名,
13%
慢性糸球体
腎炎
8名,
33%
腎硬化症
6名,
25%
図4 原疾患の割合
このように情報管理を徹底させて
かりつけ医が共同診療を行った「連
いるのは、連携パスのアウトカム分
携パス使用群」(n=39)と、専門
析を精緻化する目的もある。データ
医のみで診療した「定期外来群」
(n
の分析は、済生会熊本病院TQM部
=24)に分け、パス使用前後の病期
のスタッフがみすみ病院に出向いて
の変化、腎機能(Cr値、eGFR)の
統計学的処理を行っており、両院の
変化、尿蛋白/尿Cr値の変化、血圧
協力体制がいかんなく発揮されてい
の変動について、両群の比較から連
るといえる。「連携パスの臨床およ
携パスの有用性を測定するというも
び経済上の効果を測定していくこと
の。効果判定の基準は、パス使用後
で、関係者のモチベーションも高ま
/使用前の比を採用し、尿蛋白の指
ころから始まる。患者さんはみすみ
りますし、客観的なデータを行政等
標としては尿蛋白/尿Cr比を用い、
病院で受け取った連携パスをかかり
に示すことにより、新たな支援も期
1.0倍以下を「改善」、1.0 ~ 2.0倍未
つけ医の受診の際に提出し、かかり
待できます」と、TQM部診療情報
満を「不変」、2.0倍以上を「悪化」
つけ医はそこに必要事項を手書き
管理室室長の小妻幸男氏はその狙い
と定義した。血清Cr値、eGFRも同
で記入。そのコピーが患者さんを介
を説明する。
様である(図3)。対象患者さんの
Ⅴ.6名,
10%
Ⅳ.
22名,
35%
Ⅱ.2名,
3%
(n=63)
Ⅲ.
33名,
52%
図5 病期の割合
して専門医に返送され、電子カルテ
に新たなデータが入力されるという
仕組みである。
「患者さんが連携パ
8
専門医の定期外来と
共同診療が同等の効果
原疾患および病期は図4、図5のと
おりであり、原疾患は前述のとおり
腎硬化症が多いが、特に「連携パス
スを持参してくれることが前提です
実際にTQM部では、CKD連携パ
使用群」では7割弱となっている。
ので、共同診療に同意する患者さん
スの運用を開始した09年4月からの
また、病期ではステージⅢ、Ⅳが多
には、そのことを徹底させるように
16カ月間のCKD患者さん63例につ
く、全体の8割以上を占める。
しています」と白井氏。もし患者さ
いてすでに分析し、その効果を検証
効果判定の結果をみると、観察期
んが忘れた場合は、連携先から直接
している。
間前後における病期ステージは両群
ファクスしてもらうという。
方法としては、63例を専門医とか
とも大きな変化はなく(図6)
、パ
熊本県みすみ・上天草地区/慢性腎臓病(CKD)連携パス 事例 1 定期外来群(n=24)
連携パス使用群(n=39)
ス導入前後の指標の変化においても
両群の間で大きな差はみられなかっ
(%)
100
た(図7)
。
「いずれの群も半数以上
80
で血清Crの改善を認め、eGFRも同
60
様でした。全件を通じて透析に移行
40
0
医との共同診療が、専門医による
(%)
100
2
5
20
した方は1名のみです。かかりつけ
CKD治療とほぼ同等の腎機能改善
■Ⅲ ■Ⅳ ■Ⅴ
12
17
22
20
前
後
80
■Ⅱ ■Ⅲ ■Ⅳ ■Ⅴ
1
2
10
9
11
10
60
40
20
3
2
0
前
後
図6 病期分類と経過
効果があるということです。連携パ
スの有用性が明らかになりました」
と白井氏は強調する。
また、尿蛋白/尿Cr比と血圧の
関係を解析すると、収縮期血圧130
m mHg以 下 群 は、130m mHg以 上
群と比べて、尿蛋白が改善傾向を示
すことが確認され、日本腎臓学会の
「CKDガイドライン2009」のとおり、
(件)
50
40
0
(件)
50
40
ントロールすることが重要であるこ
30
とも明確になった1)。
20
連携パスの経済効果
0
10
0
定期外来群
40
5
22
連携パス群
連携パス群
(件)
50
eGFR
12
22
10
1
連携パス群
2
7
20
22
5
(n=63)
Cr
3
14
30
1
30
10
「収縮期血圧130mmHg以下」にコ
1人年間約480万円削減と試算
40
4
30
20
(件)
50
Stage
2
7
15
30
20
10
定期外来群
0
■悪化
■不変
■改善
15
定期外来群
尿Pro/尿Cr比
7
14
6
9
18
連携パス群
9
定期外来群
図7 パス導入前後の群別指標の変化 これらの分析結果をもとに、連携
パスの見直しも図られている。
まず、
析の開始を先送りできると仮定し
非常に熱心だったのも成功の要因の
これまでCKD連携パスと一括りに
た場合、年間約480万円の医療費削
1つ。共同診療の成立には、お互い
してきた様式を、
「腎硬化症」
「糖尿
減という試算になる。「疾患の発症
に生活状況を把握できるくらいの規
病性腎症」
「慢性糸球体腎炎」と原
や重症化を防ぐ疾病管理(Disease
模が適正と思われます」と分析して
疾患ごとに作成し直した。また、パ
Management)的な取り組みに対し
いる。
スの中に図3の効果判定基準を追加
ても、経済的に評価されるべきで
加えて、済生会熊本病院による遠
するとともに、病期ごとの来院間
す」と白井氏は強調する。その実現
隔支援が同地区のCKD連携を支え
隔も変更した。共同診療における
に向けてTQM部との連携で今後も
てきたのは間違いない。医療過疎地
CKD管理の精緻化を図り、進行抑
厳密にデータ集積やアウトカム分析
と少し離れた基幹病院の組み合わせ
制により努めていく狙いである。
を行っていく考えである。
は、今後の新たな連携モデルになり
一方、連携パスの導入によって経
今 回 のCKD連 携 パ ス に つ い て、
得るといえる。
済的にも大きな効果が見込まれてい
統括的な立場で見守ってきた済生会
る。例えば、1年間の慢性維持透析
熊本病院院長の副島秀久氏は、「ま
の診療報酬総額を推計すると年間約
ず地域ニーズがあり、それに気づい
490万円に達するが、CKD連携パス
た先生方と、専門医の素朴な熱意か
による共同診療では6万円弱(ス
らスタートすると連携活動が長続き
テージⅢ)で済むという。1年間透
すると実感しています。行政の方が
(参考文献)
1)白井純宏、小妻幸男、副島秀久、他:
慢性腎臓病(CKD)地域連携パスの
取り組み〜熊本県上天草地区〜.日
本クリニカルパス学会誌2011;13(2)
:
107-114).
9
事 例 2 道南地域医療連携協議会/「道南
MedIka」
診療情報の開示と共有を推進し
安心・納得の医療提供体制を構築
北海道・道南地域は北海道南部の函館市を中心としたエリア。“地域で患者を診る”を理念に2008年に設立された「道
南地域医療連携協議会」は、同協議会に参加する医療施設間をインターネット回線で結び、診療情報を共有する仕組
み「道南MedIka」を構築した。このネットワークに参加する医療機関は万全な個人情報漏洩対策のもと、インターネッ
ト上で患者さんの投薬歴や検査データ、手術記録、画像データ等の情報を共有し、患者さんが他の医療機関に移行し
ても、継続性のある一貫した医療を提供できる。道南地域における効率的かつ良質な医療提供体制の推進に大きく貢
献している。
市立函館病院
ごとう内科胃腸科
北美原クリニック
成 功 へ の S tep
Step 1 背景
北海道・道南地域の医療機関が、地域医療連携パスを円滑に運用するために、地域の患者一人ひとりの正確な
情報を開示・共有することが必要と判断。それを受けて2008年設立の「道南地域医療連携協議会」は、イン
ターネット回線で参加する各施設間を結び、診療データのやりとりをする「道南MedIka」をスタートさせるこ
ととなった。
Step 2 課題/問題点
病院では紹介患者数が増えると、それに伴って事務手続きも煩雑になっていく傾向にあり、地域医療連携を促
進するうえで障害となっていた。連携先の診療所においても外来患者を診ているなかで、連携先との電話や
FAXでのやりとりが大きな負担になっていた。
Step 3 打開策=今回の取り組み
08年から同協議会でワーキンググループをつくり、機能の異なる病院や診療所、居宅系サービス、介護施設
等からの参加メンバーが2年間にわたって協議。必要とする電子化医療情報のプラットフォームをつくり上げ
た。
「道南MedIka」の運用が開始され、2010年1月末段階で患者情報提供可能施設は7施設、患者情報閲
覧可能施設は43施設を数える。
Step 4 成果
地域の基幹病院である市立函館病院では、導入後、回復期リハビリテーションへの転院が飛躍的に増加。また
患者さんの退院・転院後の状況がリアルタイムに把握できるようになり、煩雑な事務作業の削減にも奏効し
た。地域診療所は病院からの転院前に患者さんの詳細な情報を知ることができ、迅速かつ適切な処置が可能
になった。また医療連携だけでなく、介護施設や居住系サービス等との在宅連携も徐々に広がりつつある。
10
参加施設数は70以上
表1 「道南MedIka」参加状況
4,000名超の患者さんを管理
「 道 南MedIka」 は、 函 館 市 を 拠
点とする㈱エスイーシーが開発し
た「ID-Link」というソフトを利用
した地域医療連携システムである。
各医療施設内の電子化された診療情
報を、同社のサーピスセンターを通
(2010年1月末現在)
同意取得患者数
協議会入会施設数
病院
診療所(歯科含む)
介護施設
在宅サービス系
:4,000名以上
:
60施設
:
18施設
:
26施設
:
1施設
:
6事業所
患者情報提供可能施設数:
患者情報閲覧可能施設数:
7施設
43施設
して電子カルテ上で閲覧する仕組
市立函館病院 副院長
みだ。現在はNECの支援によって、
下山 則彦 氏
「ID-Link」導入実績は、9都道府県・
病院18施設、診療所26施設に及ぶが、
227施設に達している(2010年3月
このほかに居宅介護支援事業所や介
で、患者さん一人ひとりのアセスメ
末現在)
。
護老人保健施設等も参加。うち患者
ントがきちんとでき、スムーズな患
“MedIka”とは、Med(医療)と
情報の提供が可能な施設(以下、医
者紹介の流れをつくれると考えまし
Ika(函館・道南のシンボル)をドッ
療情報開示施設)は7施設、電子カ
た。これがITによるネットワーク
キングさせた造語で、
「ID-Linkを利
ルテからの患者情報の提供はできな
づくりのスタートでした」
用した道南圏医療ネットワークシス
いが、閲覧可能な施設は43施設を数
08年からワーキンググループを発
テムと、利用者の総体」を表してい
える
(表1)。同協議会によると、
「参
足させ、当初の半年間は週1回、そ
る。
加医療機関数には増減があり流動的
の後は毎月1回、道南地域の急性
「道南MedIka」の運用では、各医
だが、現在ではさらに増加して70施
期・回復期・療養型の病院、診療所、
療機関は患者さんからの同意を得た
設を超え、情報閲覧可能施設は約50
居宅系サービス、介護老人保健施設
うえで診療データをネットワーク上
施設に達する」という。
など、機能の異なる参加メンバーが、
で参照することができる(付録②、
P35)
。2010年1月末現在で全体の
同意取得患者数は4,000名以上に達
転院患者数が格段に増加
特徴は費用対効果の高さ
2年間にわたって協議。さまざまな
アプリケーションを土台に、各自が
必要とする電子化医療情報伝達の
している。VPN(バーチャル・プ
2011年 9 月 にNPO法 人 へ と 改 組
ツールをつくり上げた。
ライベート・ネットワーク)技術を
された「道南地域医療連携協議会」
市立函館病院のMedIkaに対する
採用し、データの暗号化によって回
副理事長の下山則彦氏は、函館市内
医療情報開示範囲は、処方、注射、
線上からの情報漏洩は原理的に不可
唯一の救命救急センターを備えた市
検査等のオーダリング情報、X線、
能である。認証されていない端末か
立函館病院(734床)の副院長を務
CT・MRI・内視鏡等の画像データと、
らは同ネットワークにアクセスでき
める。下山氏は「道南MedIka」導
その読影報告書、さらに転科・退院
ない。また、端末での操作はすべて
入の経緯について次のように語る。
時サマリー、診療情報提供書、手術
記録されており、不正利用を防止、
「最初はDPC導入を端緒に地域医
記録、看護連絡書と過不足のない内
個人情報保護に配慮している。
療連携の強化に取り組んでいたので
容となっている。
医療機関側による丁寧な説明に
すが、同じ函館市で回復期リハビリ
MedIkaの運用を開始して約2年
よって、患者さんにもMedIkaのメ
テーションに注力する社会医療法人
が経過したが、市立函館病院では
リットの大きいことが理解されるよ
高橋病院(179床)から、大腿骨頚
主に回復期リハビリテーション病
うになり、
「患者さんに同意を求め
部骨折地域連携パス導入のために連
院との連携に活用している。その結
て拒否されたケースは、現時点では
携協力の依頼がありました。私たち
果、MedIka導入前は月20件ほどだっ
皆無」
(同協議会)である。参加医
は、個々の医療機関が当該患者の正
た当該病院への転院数が、現在では
療機関数は2010年1月末の段階で、
確なデータを開示し共有すること
多い月で100件を超えているという。
11
ごとう内科胃腸科 院長
後藤 琢 氏
断に注力してきたため、必然的に高
機能病院との連携は欠かせず、
「道
図1 急性期病院から慢性期病院へ転院したケースにおける閲覧可能情報(一部)
南MedIka」でも主に画像データの
閲覧で活用している。「やはり病院
さらに下山氏は、
「転院患者が急増
活性化していく狙いから、がん連携
から当院に患者さんが送られるより
すると、連携先医療機関との情報の
パスのやりとりも積極的に展開して
も事前に、当該患者の投薬や検査、
やりとりで、事務作業量が格段に増
いく考えだ。下山氏は「函館市には
特に画像データをインターネット上
えるのが通例ですが、このシステム
3つのがん診療連携拠点病院が存在
から閲覧できるので、迅速かつ的確
では双方が患者情報を一覧性のある
します。地域で統一したパスをつく
な処置ができます」と後藤氏は評価
画面で共有できるので(図1)
、手
り、そのデータをMedIkaに掲載し
する。
間や時間がかからず非常に効率的。
ていけば、がんの地域医療連携パス
例えば、同診療所を受診した患者
診療情報提供書も『MedIkaをみて
を進めるうえで、有効なツールにな
さんに、MedIkaに参加している近
ください』とチェックボックス1つ
り得ると思います」と展望する。
隣の病院で画像検査を受けてもら
で済みます」とメリットを語る。
「連南MedIka」で特筆すべきは、
コスト・パフォーマンスの高さであ
12
画像の簡便な受け渡しで
患者さんの満足度向上
い、患者さんが検査を終えて同診療
所に戻ってくるときには、すでに後
藤氏のパソコンに画像データが送ら
る。データセンターにある管理サー
「道南地域医療連携協議会」理事
れているのである。患者さんの検査
バーには患者IDと基本情報、アク
で、ごとう内科胃腸科院長の後藤琢
結果待ちなどの負担を軽減できるほ
セス記録が存在するが、診療データ
氏は、診療所で「道南MedIka」を
か、迅速な診療により患者さんの満
自体は各医療機関内にあるため、参
積極的に活用する一人である。道南
足度も高いという。
加医療施設の増加と患者増による
地域では同協議会に先駆けて2006年
一方で、「道南MedIka」では、病
ハードウエアに対するコスト負担
から、地域の在宅ケアを進める目的
病連携、病診連携は順調に稼働しつ
を、極めて低く抑えられるのが特徴
で「道南在宅ケア研究会」が発足し
つあるのと比較すると、診診連携や
だ。
「インターネットと電子カルテ
ているが、在宅医療に関心の高い後
在宅連携はそれほど進んでいない。
を組み合わせているので、いわば既
藤氏は同研究会の参加メンバーを通
診療所からの情報発信が少ないのも
存技術の有効活用です」と下山氏は
じて「道南MedIka」についての情
理由の一つといえる。同診療所も、
胸を張る。
報を知り、ネットワークに参加する
病院側の診療データを閲覧するのみ
MedIkaには現在、脳卒中等の連
ようになったという。
で、同診療所から診療情報の発信
携パスも掲載され、実際に運用され
後藤氏は、放射線科勤務経験もあ
はできない環境にある。「その原因
ているが、今後は病診連携をさらに
り、日常の診療活動で放射線画像診
としては電子カルテの互換性の問題
道 南 地 域 医 療 連 携 協 議 会 / 「 道 南 M e d I k a 」 事 例 2 が大きい。どの規格の電子カルテで
も容易に使えるという状況ができれ
ば、診療所側からの情報発信が進ん
でいくと思います」と後藤氏は課題
を指摘する。
これらがクリアされて積極的な情
報発信が可能になれば、在宅医療の
現場でより有効な活用ができるとい
う。
「現在でも病院の退院患者が在
北美原クリニック 理事長
宅へ移行する場合、患者さんの詳細
岡田 晋吾 氏
な情報が事前に収集できるのは助
かっています。さらに地域で365日・
連携する老人ホームのナースや、訪
24時間体制の在宅医療を進めていく
問看護師らとのチーム医療推進に大
には、在宅医同士の連携やグループ
変役立っている」と岡田氏は語る。
化が必要です。加えて訪問看護ス
ノート機能とはメールのよう
テーションの協力も欠かせないこと
に フ リ ー 記 述 で 連 絡 し 合 う 機 能、
iPadからデータを閲覧することも可
から、MedIkaは今後、多忙を極め
Participant機 能 は 患 者 さ ん ご と に
能であり、出張先からでも在宅患者
る在宅医や訪問看護ステーションと
在宅スタッフがチームを組む機能、
や老人ホームに居る患者さんの状態
の双方向のコミュニケーションツー
Notification機能はチーム内で情報
をすぐに把握し、的確な指示をメモ
ルとして、大きな力を発揮していく
を共有する機能である。これらは情
機能を用いて送れるという。また、
のではないでしょうか」と期待を抱
報閲覧可能施設でも活用できるとい
在宅医の診ていた患者さんが救急病
く。
う(図2)。
院に搬送された場合でも、MedIka
例えば、在宅患者や施設入居者ら
で情報を共有していれば、在宅で処
が同クリニックを受診すると、患者
方されていた薬剤など、診療の内容
さんの診察・治療結果等に関する情
等が瞬時にわかるため、救急医も適
後藤氏の指摘した課題を既存の技
報がメモ機能でアップされたことに
切な対応が行いやすくなる。
術で打開しつつあるのが、同協議会
ついて、その日のうちに事前登録さ
今後の展望として岡田氏は、
「す
副理事長であり、北美原クリニック
れた医療・介護施設や訪問看護ス
べての医療機関で情報を共有する1
理事長の岡田晋吾氏である。病診・
テーション等へ一斉にEメールで送
患者・1カルテ方式が理想で、その
診診連携だけでなく、医療と介護の
付される。連携先の看護師らに精度
ためには地域すべての医療機関に
連携にも力を注いでおり、特別養護
の高い情報が迅速に伝われば、訪問
ネットワークへ参加してもらうと同
老人ホームや訪問看護ステーション
の際に医師へ電話連絡し指示を仰ぐ
時に、このシステムの存在により、
との情報共有に、MedIkaを活用し
必要もなくなるのに加え、メール機
緊急時には安心して救急医療を受け
ている。
能を用いて医師との情報交換が容易
られることの“納得感”を、地域住
「 当 ク リ ニ ッ ク は 在 宅 医 療 に 特
にでき、双方の負担は軽減される。
民に浸透させることが大切」と、市
化しているわけではなく、外来患
「このシステムは、多様な施設を
民への意識啓発の必要性を訴える。
者も数多く診ており、多忙ななか
双方向のインターネット回線で結ぶ
さらに、「今後は調剤薬局等にも積
で連携先との電話やFAXでのやり
ことができます。その点で連携の川
極的な参加を促し、多職種協働の仕
とりが大変な負担でした。MedIka
上と川下の中間点に在る在宅療養支
組みをより深化させていきたい」
(岡
にはノート機能やParticipant機能、
援診療所には、非常に使い勝手の
田氏)と意欲的である。
Notification機 能 が あ り、 こ れ ら が
良い仕組みです」と岡田氏は話す。
ノート機能等を駆使し
在宅チーム医療を実現
図2 ノート機能の一例
13
特別レポート
医師会が主導する地域連携パス
板橋区医師会
大病院密集地で地域連携をけん引
かかりつけ医としての存在感示す
社団法人板橋区医師会では、早くから地域連携の重
要性を認識し、地域の基幹病院や一般病院とともに役
割分担および連携の促進に努めてきた。近年では、行
政や基幹病院とのコンソーシアム形式で複数の連携パ
スの作成・運用にも乗り出している。なかでも、
認知症、
脳卒中、乳がん、糖尿病などの連携体制づくりへの取
り組みを通して、数々の講習や研修を行い、会員のレ
ベルアップを精力的に図ってきた点は特筆される。大
規模病院が密集する同地域で、かかりつけ医としての
存在意義を発揮しようと、試行錯誤する同医師会の活
動を紹介する。
板橋区医師会館
成 功 へ の S tep
Step 1 背景
板橋区は、都内でも最大の病床数を誇り、また特定機能病院をはじめとする基幹病院が数多く立地している。
これらの病院が個々に地域連携パスの作成・運用に乗り出すと、地域の診療所は複数のパスを活用しなけれ
ばならず、地域医療に混乱を来すおそれもあった。
Step 2 課題/問題点
基幹病院による連携パスの乱発を避けるため、板橋区医師会は行政や基幹病院等と疾患ごとに委員会を組織
し、主だった疾患を対象に連携体制の構築に乗り出した。しかし、参加医療機関の地域連携に対する意識は未
知数であり、また、患者さんから「二人主治医制」への信頼を得るには、連携医のレベルアップが求められた。
Step 3 打開策=今回の取り組み
認知症、脳卒中、がんなどの委員会を矢継ぎ早に立ち上げ、連携に参加する医療機関を募るとともに、各医療
施設の機能を調査し、リスト化してHP内で公開。また、連携医となるかかりつけ医に対しては、研修や講習を
課し、スキルアップに努めている。
Step 4 成果
同医師会による一貫した地域連携体制の構築、なかでも医療機能調査や機能リストの作成・公開等により、会
員診療所の連携に対する意識は高まっている。定期的に開かれる研修や講習の参加者の増加が、それを裏付け
ている。また、区民向けのアンケート実施や、患者さんの目線を意識した連携ツールの作成などで、地域連携に
対する区民の認識も変わりつつあるという。
14
表1 板橋区医師会の医療連携
行政・基幹病院と協同で
各種疾患の勉強会を発足
東京都の板橋、北、豊島、練馬の
4区で構成される区西北部保健医療
圏は、人口180万人を擁し、全国最
大の二次医療圏だ。病院の総数は
101件(一般病院97、精神科病院4)
で、これも都内で最多である。さら
に、10万人あたりの病床数は都平均
と同程度であるものの、板橋区だけ
となると話は異なる。人口約54万人
板橋区医師会会長
天木診療所院長
天木 聡 氏
Ⅰ.板橋区「認知症」を考える会
(2004年1月28日)
Ⅱ.板橋区脳卒中懇話会
(2006年4月26日)
Ⅲ.板橋区の乳がんを考える会
(2006年12月19日)
Ⅳ.板橋区の慢性腎臓病を考える会
(2008年7月24日)
Ⅴ.板橋区糖尿病対策推進会議
(2008年7月14日)
Ⅵ.板橋区虚血性心疾患連携検討会
(2009年12月)
Ⅶ.在宅療養ネットワーク懇話会
(2010年3月29日)
Ⅷ.板橋区大腿骨頚部骨折懇話会
(2011年2月)
の同区に同医療圏の病床の7割が集
中しているからだ。しかも、日本大
院が密集する同区の場合、最初から
もの忘れ相談医は、日常診療にお
学医学部附属板橋病院、帝京大学医
地域共通の連携パスをつくる必要が
いて認知症の早期発見に努めるほ
学部附属病院という2つの特定機能
あり、それを同医師会が率先して取
か、板橋区が2006年から実施してい
病院のほか、東京都保健医療公社豊
り組んだという経緯だ。
るもの忘れ相談事業(同医師会が受
島病院、東京都健康長寿医療セン
とはいうものの、同医師会だけで
託)に参加し、区民向けの啓発講演
ター、板橋区医師会病院など、医療
連携パスをつくるのは困難である。
会(年5回)での講演、もの忘れ相
圏の主だった基幹病院の多くが同区
そのため行政や基幹病院と協力し、
談(年64回)や家族交流会等での相
内に立地している。
2004年から地域連携で対応していく
談にあたっている。
また、板橋区医師会も2011年4月
べき疾患の勉強会を毎年のように立
認知症の連携においては、連携パ
時点の会員数は総勢540名という大
ち上げていった(表1)。
スを介した医療機関同士の情報共有
所帯であり、会員診療所数320、会
最初に発足した板橋区「認知症」
というところまでには至っていな
員病院数35を数える。
を考える会は、認知症の患者さんを
い。とはいえ、この取り組みを機に
数多くの医療機関が密集する同地
早期に発見し、専門病院につないで
医師会、行政、基幹病院の三者のコ
域において、板橋区医師会では、基
いくのが目的である。中心となる活
ンソーシアムによる枠組みが確立さ
幹病院等の機先を制する形で、同区
動には、もの忘れ相談医の養成が挙
れ、それ以降の連携パスづくりにつ
の地域医療連携を牽引してきた。
げられる。「相談医の認定には4回
ながっている。
「このように大きな病院がいくつ
以上の研修の受講が必要であり、認
もあるなか、病院個々で連携パスを
定後も毎年一定の講習を受けなけれ
つくられてしまうと、会員の混乱を
ばなりません。病院の専門医に講演
招きかねません。ですから当初から
をお願いするなど、会員に対して認
板橋区医師会では、2006年に脳卒
当医師会が音頭を取って、統一化さ
知症の知識の底上げを図っていま
中懇話会を発足し、脳卒中連携パス
れたものをつくろうという気運はあ
す」と天木氏は語る。開始当初の相
の作成にとりかかった。当時、脳卒
りました」と、板橋区医師会会長の
談医の認定数は54名だが、現在では
中連携パスの多くが急性期と回復期
天木聡氏(天木診療所院長)は理由
90名に増加。そのリストは医師会の
をつなぐことを目的としていたのに
を説明する。
ホームページで公開されているほ
対し、板橋区の場合は医師会が参加
地域連携パスの現状を振り返る
か、パンフレットにして板橋区役所
した成果として、当初より急性期か
と、一時期の基幹病院による「囲い
の窓口でも配布している。この取り
ら在宅までの流れをつくることを目
込み」的な連携パスが淘汰され、連
組みは当時、都内初の試みとして全
指したものである(付録③、P36)
。
携パスの統一化が進んでいる。大病
国紙でも取り上げられた。
さらに、その先を行く取り組みとし
患者さんの声を反映した
連携ツールづくりが重要
15
特別レポート
医師会が主導する地域連携パス
東京都医療連携手帳
て『脳卒中在宅療養ノート』
(付録④、
「地域連携診療計画書」
P37)を作成した。
「脳卒中を発症
した患者さんは、急性期治療後も再
発や心血管系疾患の併発のリスクが
乳がん生活ガイド
高く、維持期の療養生活には定期的
「情報提供」
かかりつけ医
な診療や支援が必要です。このノー
トを介して、訪問看護師や介護職と
私のブレストケア手帳
維持期からの情報を共有化していく
狙いがあります」と天木氏は説明す
る。
図1 乳がん連携ツールの活用
なお、同区の脳卒中連携パスは地
活ガイドという形で板橋区が生活面
ては、同連携に協力できる医療施設
域統合化の波を受け、現在、東京都
をサポートし、ブレストケア手帳は
を募集し、幹事病院4、連携参加病
が各地域の連携パスをまとめて作成
患者さんご自身の療養手帳、都の医
院9、連携かかりつけ医106、連携
した都共通の連携パスに切り替わり
療連携手帳は治療計画書として使う
眼科医25の合計135施設をリスト化。
つつある。併せて東京都版の在宅療
というイメージだ(図1)。
板橋区歯科医師会、薬剤師会との連
養ノートもつくられたが、板橋区版
同医師会が連携パスづくりに参加
携も取り付けている。また専門医を
がモデルとして使われており、その
するのは、患者さんの生活実態に合
講師に招いて糖尿病連携医研修会も
面影を残している。
わせたものをつくりたいとの思いも
開催した。
一方、2006年には乳がん連携体制
ある。
「患者さんはかかりつけ医に
「糖尿病連携パスポート」の名称
の構築にも取り掛かるが、ここでは
は遠慮なく話してくれます。同じパ
は、患者さんがパスポート(証明書、
板橋区主導の「地域連携パス検討委
スでもこんなのは面倒くさいとか。
許可書)を持ってかかりつけ医と専
員会」と、板橋区医師会主導の「板
そういう患者さんの声を反映させて
門医、場合によっては眼科医を行き
橋区の乳がんを考える会」が協働し
いくことが、われわれの役割なのか
来し、その受け渡しをするという意
ながら、連携ツールの開発に乗り出
なと感じています」と天木氏は語る。
味で名づけられている。「コンセプ
す。そして、前者では早期発見と発
見後の長期的な在宅での生活支援を
目的に、
「乳がんを予防するガイド」
トは、患者さん自身にパスに記入を
在宅療養ネットワークで
してもらってパスを育てていく、自
多職種連携にも着手
分の病気は自分で管理していきま
「乳がん治療の生活ガイド」をつく
このように板橋区医師会では、早
しょう、ということ」と天木氏。言
り、後者では、術後の療養支援に特
くから疾患ごとの連携体制に取り組
い換えれば、医師の事務負担が少な
化した「私のブレストケア手帳」
(付
んでいる。しかし、脳卒中や乳がん
くて済むということだが、これがパ
録⑤、P38)を作成した。ブレスト
における連携ツールの活用状況は、
スの稼働に一役買っているという。
ケア手帳は、患者さん本人が書き込
途中から東京都版が出てきた経緯も
また、コメディカルの記入欄が充実
んだり、病気への知識を深めるため
あり、十分に活用されてい
のいわば療養手帳といえる。
るとはいえなかった。
これについても東京都は都共通の
そのなかで板橋区糖尿病
5大がん連携パスをつくったが、天
対策推進会議が2009年に作
木氏は、
「都共通の連携パス(医療
成した糖尿病連携パスポー
連携手帳)は、どちらかというと目
ト(付録⑥、P39)は、運
線が医療機関にあり、医師同士の連
用開始から1年間で189冊
絡帳兼計画表に近い。ですから両方
のパスが 利 用 さ れ て い る
を併用できる」と語る。乳がんの生
16
「生活手帳」
(表2)
。その活用にあたっ
表2 1年間の糖尿病連携パスポート運用数
施設
パスポート発行数
2010.6月まで
糖尿病連携かかりつけ医
45冊
帝京大学医学部付属病院
91冊
日本大学医学部付属板橋病院
19冊
豊島病院
25冊
東京都健康長寿医療センター
合計
9冊
189冊
しているのも特徴であり、患者さん
を 行 い、「 医 療
を中心に多くのスタッフが声を掛
連携機能リス
け、記入していくという使い方が想
ト」
「医 療 機 関
定されている。
MAP」として、
ほかにも同医師会では、慢性腎臓
ホームページ内
病や虚血性心疾患、大腿骨頚部骨折
の会員ページで
等において同じような取り組みを
開示している点
行っているが、現在一番力を入れて
である(図2)。
いるのが、在宅療養ネットワークの
情報は随時アッ
構築である。2010年には薬剤師会や
プデート さ れ、
歯科医師会等の協力を得て、医師、
「医療連携機能
歯科医師、訪問看護師、保険薬剤師、
リストを更新し
介護スタッフ、行政職員など多職種
ました」と、トッ
からなる在宅療養ネットワーク懇話
プページでアナ
会を組織した。
ウンスされる。
「在宅にかかわるスタッフ同士で
在宅療養ネッ
お互いの顔が見える連携を目指して
トワーク で は、
います。そのため、あえて懇話会の
病院や一般診療所だけでなく、訪問
キルアップに努めていることも一貫
名称は“在宅医療”ではなく“在宅
看護ステーション、保険薬局等の参
している。地域連携活動を通して、
療養”としました」
(天木氏)
。職種
加も募り、すべての関係施設がプ
医師会会員のかかりつけ医としての
の垣根をなくす一環として、年に4
ロットされる在宅連携マップを作成
機能をさらに高めていこうという考
~5回ある定例会は、医師会、訪問
した。機能リストもさらに詳細なも
えだ。昨今の在宅療養ネットワーク
看護ステーション、歯科医師会、薬
のが求められ、診療所ごとに対応可
における多職種連携の実践は、その
剤師会が持ち回りで運営。テーマも
能な処置や薬物療法、看取りの可否
最たるものであろう。
各担当に一任されている。なお、第
などをすべて一覧で表示。加えて、
同医師会では、板橋区祭で毎年恒
2回の懇話会は「退院前カンファレ
訪問看護ステーションや保険薬局の
例の区民アンケートを実施してい
ンス」
をテーマに、
壇上でのカンファ
機能リストも作成・追加されている。
る。2008年は「二人主治医制」につ
レンスデモ、および各テーブルでの
これらの取り組みが、会員の地域
いて聞いたが、「両方に診てもらえ
グループワークが行われた。グルー
連携への意識を高めているといえ
る」などの肯定的な回答が多かった
プワークでは、同医師会で作成した
る。
「乗り遅れてはいけないと思う
半面、「かかりつけ医と専門医の連
「退院支援シート」を用いて、多職
のか、医療連携機能に関するアン
携が心配」「医療費負担がかかりそ
種で退院前カンファレンスを実践す
ケート調査の回答率は高い。なかに
う」など、連携に不安を感じる人も
るなど、普段は多忙でカンファレン
は自分には関係ないという方もいま
少なからずいたという。天木氏は次
スになかなか参加できない医師たち
すが、これだけ役割分担が求められ
のように強調する。
の刺激となったようだ。
ているなか、各種の勉強会に参加さ
「こうした不安を解消し、地域連
れる会員も順調に増えており、意識
携にメリットがあると感じてもらう
は高まっていると思います」と天木
ためには、かかりつけ医のレベル
氏も手ごたえを感じている。
アップは不可欠です。当医師会とし
同医師会の疾患ごとの連携活動で
また、連携体制をつくり上げるだ
ては、今後もかかりつけ医機能の強
共通しているのは、医療機関の機能
けでなく、連携医への研修を継続的
化に力を注いでいきたいと思いま
などについて各種のアンケート調査
に展開し、かかりつけ医としてのス
す」
地域連携活動を通して
会員のスキルアップ図る
図2 医療機関機能リストと医療機関マップ
17
特別寄稿
当院の嚥下障害対策と地域連携パスに
おける嚥下食標準化の取り組み
市立豊中病院 神経内科 中野
美佐
近年、高齢者の嚥下障害患者の入院が急増している。大阪府豊中市の
市立豊中病院では摂食嚥下訓練チームによるチーム医療を全病院的に
行っており、摂食機能療法に対応したシステムを構築している。急性期
病院の時点から堅固な栄養サポ-トおよびリハビリ対策がなされている
ことが、嚥下障害患者の生命予後を改善するために重要である。また、
嚥下障害患者が転院する際、転院先で同レベルの食事が提供されないと
誤嚥性肺炎が起こる恐れがあり、地域の医療施設間における嚥下食の標
準化が必要である。豊中市内で嚥下食の共通言語となる、豊中市病院連
絡協議会版の嚥下食基準表を作成し、それを大阪府豊能圏域脳卒中地域
連携パスの病院にも導入したので、その経緯について述べる。
急性期病院における
嚥下障害対策の課題
チームメンバーで嚥下食の試食を行
い、多職種の意見を取り入れて嚥下
市立豊中病院は大阪の伊丹空港に
・食事中、むせのある患者。食事時
間が長い患者
近い、613床からなる急性期総合病
・術後の抜管早期で嗄声のある患者
2004年4月から嚥下障害クリニカ
院で、地域がん診療連携拠点病院で
・感染症や術後等で体力低下のある
患者
ルパスの使用を開始し、同年6月よ
もある。また、脳卒中をはじめとす
る神経・循環器・呼吸器・消化器疾
患他重症の救急患者を積極的に受け
入れている。
近年、高齢者の誤嚥性肺炎の入院
が急増している。実際に嚥下回診を
行ってみると、表1に示す病態が誤
嚥が起こりやすい状況であることが
わかった。急性期には栄養をしっか
り摂ることが大事であるが、嚥下障
害があり、食べさせることが危険な
高齢者も多く、摂食の可否を判断し
18
表1 急 性期病院で誤嚥の起こりやすい
状況
・意識障害回復期で、意識レベルが
Ⅰ群であるが、いまひとつはっき
りしない患者や、睡眠薬でぼうっ
としている患者
食の改善を図った。
り全病棟を対象に、嚥下訓練チーム
による嚥下回診を始め、これまでに
約1,100人に回診を行った。同チー
・低栄養患者、ADL低下のある患者
ムの立ち上げの経緯を文献1、2に
・高齢で肺炎を繰り返す患者
記載している。嚥下回診患者年齢の
・各種疾病の終末期
・中等度から重度の認知症がある
・痰の吸引が必要
・気管カニューレの存在
・脳卒中の急性期で、構音障害があ
る
嚥下訓練チーム活動の
分布および依頼科を図1、2に示す。
2005年4月からは、歯科にて口腔
ケア外来を開始した。また同年、栄
養サポートチームを立ち上げ、そこ
からも嚥下障害患者をピックアップ
している。06年4月から摂食機能療
法の保険改定に伴い、嚥下障害クリ
誤嚥を未然に防止することが必要で
経緯と内容
ある。そのために当院では、摂食嚥
当院では2003年度から嚥下障害の
護師による摂食機能療法に対応した
下に関する専門的知識をもつメン
学習会を開始し、嚥下障害患者の段
摂食・嚥下障害チェックシート(付
バーで嚥下訓練チームを組織し、
「水
階的摂食法を決める、嚥下機能評
録⑧、P40)を作成し、嚥下訓練チー
際作戦」と称して段階的嚥下食を摂
価のアルゴリズム(付録⑦、P40)
ムによるチーム医療を盛り込む内容
食嚥下障害患者に提供するよう、院
を作成し、また嚥下障害クリニカル
にした。
内・院外に啓発活動を行った。
パスを作成するなかで、嚥下食の食
現在の嚥下訓練チームのメンバー
事内容についても検討した。さらに
は神経内科医、耳鼻咽喉科医、リハ
ニカルパスを改訂した。併せて、看
(人数)
335
350
300
(N=871人)
平均78歳
300
256
250
257
200
150
50
26
1
1
歯科
心臓血管外科
2
産婦人科
4
皮膚科
7
耳鼻科
12
小児科
12
泌尿器科
図1 嚥下回診患者の年齢分布
歳代
歳代
歳代
歳代
歳代
歳代
歳代
歳代
歳代
歳代
歳未満
10 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
28
リハビリ科
0
47
循環器内科
2
整形外科
13
87
外科
9
脳外科
1
神経内科
6
88
100
32
内科
8
150
123
86
100
0
(N=868人)
302
250
200
50
(人)
350
図2 嚥下回診の依頼科
豊中市内における
ビリテーション科医、歯科医、看護
主治医に提言するなどの活動を行っ
師、言語聴覚士、放射線技師、管理
ている。嚥下回診患者の約1割に
嚥下食の標準化
栄養士により構成されている。
パーキンソン症候群の方が見つか
前述のように、嚥下障害の回復過
嚥下回診の依頼は、医師、看護師、
り、L-DOPA投与にて嚥下機能改善
程で患者さんが転院、あるいは在宅
言語聴覚士から受けている。前出の
のみならずADLアップ、意欲改善
になることも多く、転院先での嚥下
摂食・嚥下障害チェックシートには、
がみられることがある。
食の内容が異なることにより誤嚥す
看護師、言語聴覚士、嚥下チーム担
当医師(神経内科、耳鼻咽喉科、リ
嚥下障害の原因疾患と
るおそれがあった。嚥下食について
地域医療機関で共通した認識をもつ
ハビリテーション科)
、管理栄養士
最終栄養確保の状態
がそれぞれ記入し、
患者さんの嚥下・
当院における嚥下障害の原因疾患
下食標準化に向けて活動を開始し
栄養状態に関する情報を共有化して
は、脳卒中が30%と最も多く、次に
た。2008年度に豊中市内19病院で組
いる。また、L-DOPA、シロスタゾー
パーキンソン症候群16%、認知症
織する豊中市病院連絡協議会(以下、
ル、イミダプリルなど、嚥下機能を
11%、廃用症候群11%、癌関連7%、
豊病協)栄養士部会で協議を重ね、
高める薬剤名をシートに記載してい
あとは慢性閉塞性肺疾患(COPD)
豊中市病院連絡協議会版嚥下食基準
る。
3%などである。
表を作成し(図3)、まず、豊中市
嚥下回診では、患者さんの嚥下障
嚥下回診患者の最終栄養確保の状
内の医療・福祉施設間での嚥下食の
害の原因疾患の検討、嚥下障害を起
態を表2に示す。最終的に摂食可能
標準化に取り組んだ。
こし得る薬剤が入っていないかの
となる割合は62%であるが、約30%
チェック、患者さんの摂取カロリー
の患者さんが経腸栄養のまま転院と
り組みの経緯
を高めるために、栄養確保の方法を
なり、40%が嚥下食を食べている状
①2007年1月、豊病協の栄養士部
態で転院ないし在宅と
会にて、各病院の嚥下食実施状
なる。嚥下回診患者の
況等に関するアンケートを行っ
当院退院後の転帰は、
た。
表2 退院時栄養確保の状態(死亡 76 例を除く 654 例)
胃瘻
約30%が
経腸栄養
188人(28.7%)
27人 (4.1%)
中心静脈栄養
10人 (1.6%)
末梢点滴
17人 (2.6%)
腸瘻
3人 (0.5%)
嚥下ゼリー
8人 (1.2%)
嚥下食1
嚥下食2
約40%が
嚥下食
46人 (7.0%)
67人(10.2%)
嚥下食3
147人(22.5%)
正常
141人(21.6%)
摂食不可能
︵ %︶ 摂食可能
︵ %︶
経腸栄養
38
62
ことの必要性を痛感し、地域での嚥
(1)豊病協での嚥下食標準化の取
転 院52 %、 在 宅39 %、
②同3月、栄養士部会にて、市販
死亡5%、施設4%で、
の嚥下食の試食会を実施した。
転院例が多い。そのた
③同6月、栄養士部会にて、嚥下
め、地域での嚥下障害
障害・嚥下訓練についての勉強
対策の情報共有と嚥下
会を実施し、嚥下食の市内共通
食の標準化が必要とな
言語の作成を本格的に検討開
る。
始。また、市内の介護福祉施設
にも参加を呼びかけた。
④同年11月、豊病協版嚥下食基準
19
レベル4
レベル3
レベル2
レベル
食形態
テクス
チャー調整
剤
レベル1
ゼリー・ムース状
ゼリー状
付着・ざらつきが少しあり、粘膜に
比較的くっつきにくい。均一な物性
付着性・ざらつきの全くないもの
ゲル化剤
ゼラチン
プリンナール 1.5%
ソフティア 0.7%
スベラカーゼ 2%
高たんぱくディッシュふんわりムース
(ヘ)
副食
(おかず)
類
果物
デザート類
その他
市販食品
(水分・補助
栄養)
極小刻み、刻み、一口大刻み、
スライスカット
レベル2に加えピューレ状のものを追加する。水分にとろみをつけ
る。不均一な物性
ぱさつかないもの。必要ならば水
分にとろみをつける
ソ フ ティア2・プ リン
ナール・ゼラチン・スベ
ラカーゼ
粥ゼリー
主食類
ピュレ状・ペースト状・ミキサー状
とろみ剤 トロメイク・トロメリン・ネオハイトロミール・片栗粉・
くず粉
とろみつきミキサー粥
ミキサー粥 つぶし粥
カレイの煮こごり(マ)
卵豆腐(しっかりとしたとろみあ
んをつける)充てん豆腐・絹ご
し豆腐(しっかりとしたとろみあ
んをつける)
すき焼き煮(ミキサータイプ)
(旭) 野菜のピュレ
やさしい素材
(チキン・ポーク)
(二 とろろ汁
②)
高野と海老玉子とじ(ミキサー
やわらカップ(いとより鯛)
(キ) タイプ)
(旭)
スープで元気(め)
ブレンダー食(三)
やさしい素材(ほうれんそう・ブ
魚ムース(ソ)
ロッコリー・キャベツ・にんじん・
やわらカップ(いとより鯛)
(キ)
トマト)
(ニ②)なめらか野菜(キ)
肉じゃが
鶏肉クリーム煮
やさしい素材(赤メロン・マンゴー)
カットフルーツゼリー(め)
プリン(焼きプリン不可)
(二②)
やわらかゼリー(め)
市販フルーツゼリー(果肉なし) ムース
アイスで元気(め)
ヨーグルト(加糖)
お茶ゼリー 濃厚流動食ゼリー
お茶ゼリー
濃厚流動食
ゼリー
プリンナール 1.5%
ソフティア 0.7%
スベラカーゼ 2%
全粥
水ようかん
プレーンヨーグルト
やわらかチキン(ふ)
やわらかポーク(ふ)
ソフミート(チキン・ポーク)
(林)
煮魚ほぐしあんかけ
蒸魚ほぐしあんかけ
やわらかかまぼこ(ふ)
カレイごぼう風味煮
(きざみ)
( 旭)
マグロフレーク
スクランブルエッグ
オムレツ
ポーチドエッグ
煮びたし 煮付け 煮物
コンポート 缶詰フルーツ バナ
ナ
カットフルーツゼリー
牛乳
乳酸菌飲料
とろみ茶
プロッカゼリー(二①)アイソ
アイオールソフト(二①)メイバラン
カルゼリー(ノ)Argアイソカル
エナチャージ(へ)
スたんぱくゼリー(め)イオンサポー
ゼリー
(ノ)エンジョイゼリー
(ク)
アイソトニックゼリー(二①)
ト
ブイクレスゼリー(二①)
*メーカー名の略号(旭)
:旭松(株)
・
(ク)
:
(株)クリニコ・
(ノ)
:ノバルティス(株)
・
(二①)
:ニュートリー(株)
・
(二②)
:ニチロ(株)
・
(ふ)
:
(株)ふくなお・
(へ)
:ヘルシーフー
ド(株)・(三):三和化学・
(マ):(株)マルハチ村松・
(め)
:明治乳業・
(キ)
:
(株)キューピー・
(ソ)
:ソフリ・
(林)
:林兼
*青字:聖隷三方原オリジナルメニュー 濃青字:市販食品
図3 豊中市病院連絡協議会版嚥下食基準表
表の素案がまとまった。
③施設によって嚥下評価を行う職
基準となる豊病協版嚥下食基準
⑤2008年4月、市内の介護施設へ
種が異なり(医師、看護師、言
表を作成し、各施設の食事をそ
嚥下食基準表を発表し、説明会
語聴覚士など)、評価が十分に
の基準に当てはめることで嚥下
を行った。
行われずに食事が提供されてい
食のレベルを明確化した(図
る場合もあった。
4)。また、栄養士間で嚥下食
(2)嚥下食標準化の検討過程で、
浮き上がってきた問題点と対策
①病院や高齢者福祉施設で提供さ
れる嚥下食は、施設ごとに名称
や内容にかなり差があるのが現
④そのための対策として、嚥下食
の内容だけでなく、表1に掲げ
の共通言語作成のベースとなる
た嚥下障害のハイリスク患者や
指標として「嚥下ピラミッド」
嚥下評価についての知識も共有
(文献3)を用いて、嚥下食の
した。
状であった。施設間で嚥下障
害、嚥下食に対する認識に大き
な差があり、
「嚥下食が提供さ
れている」の問いに「はい」と
答えた病院は70%であったが、
そのなかには流動食やミキサー
食、とろみのつかない刻み食と
いった嚥下食とはいえないもの
もあった。 ②病院の規模や診療科の違い、経
営形態の違い等により、施設間
で食事を標準化し、同一レベル
の食事を提供するのは難しい。
20
<豊病協版嚥下食基準表の区分>
※嚥下食ピラミッドより食形態に幅あり
レベル0 : 嚥下訓練食
(開始食)
L0 −ゼラチンゼリー
レベル1
L1
レベル2
L2
レベル3
レベル4
レベル1 : 嚥下訓練食
(嚥下食Ⅰ)
−プリン、重湯ゼリー、
ねぎとろ
レベル2 : 嚥下訓練食
(嚥下食Ⅱ)
−ヨーグルト、重湯ゼリー
L3
介護食
(移行食)
レベル3 : 嚥下食
(嚥下食Ⅲ)
−不均一な物性可
レベル4 : 介護食
−移行食、
ソフト食含
む、咀嚼対応
普通食
(金谷節子. ベッドサイドから在宅で使える嚥下食のすべて. 医歯薬出版;2006.より 一部改変)
図4 嚥下食ピラミッドと豊中版嚥下食基準表のレベル比較
表3 嚥下食レベル区分における物性の特徴
レベル区分
⑤豊 病協版嚥下食基準表は現在、
豊中市の小西病院のホームペー
ジから閲覧できる。以上の経緯
を文献4、5にまとめた。
イメージ画像
ゼリー・ムース状
やわらかい食材をミキサー
にかけ、ゼラチンで固めた
ムース食
ような物性。レベル1に比
(レベル2)
べると付着性ざらつきが多
少あり。均一な物性。
例)ムース、絹ごし豆腐
連携パスにおける
嚥下食の地域標準化
豊能圏は、大阪府の西北部に位置
特徴
ゼリー状
お茶やジュースなど、流動
状のものをゼラチンで固め
ゼリー食
たような物性。付着性ざら
(レベル1)
つきの全くないもの。嚥下
評価用のゼリー等も含む。
※寒天ゼリーは×
写真 脳卒中ノート
し、人口約100万人、4市2町(吹
ピュレ・ペースト・
ミキサー状
ピュレ食
水分にはとろみをつける。
(レベル3)
(流動状は×)やや不均一
な物性。
田市、箕面市、池田市、豊中市、能
障害および意識障
勢町、豊能町)からなる医療圏であ
害が回復傾向にあ
る。その圏域では以前より近隣の急
るため、段階的摂
性期・回復期・療養型病院で連携す
食法を用いて慎重
る豊能圏地域リハビリテーション協
に食事レベルを上
議会という組織がつくられていた。
げることで、より
2009年には大阪府も関与し、豊能圏
安全に経口摂取が
域脳卒中地域連携パス会議のなか
施行できる。当院
で、豊病協版嚥下食基準表による嚥
で作成した摂食嚥下障害チェッ
で発表後、「分科会推薦優秀演題」
下食の共通言語化を広めようという
クシートは、発症早期から計画
として選ばれたものである。当院栄
動きが起こった。具体的には、当院
的に、また、体系的にチーム医
養課は2011年9月7日、厚生労働大
の栄養課から広域(吹田市、
箕面市、
療による摂食機能療法を施行す
臣より優良特定給食施設として表彰
池田市、豊中市、茨木市、豊能町)
るのに有用である。
された。
極小刻み、刻み、一口大
刻み、スライスカット
とろみつき 上記にとろみあんをかける
刻み食
等、ぱさつかないようにし
(レベル4) たもの。必要ならば水分に
とろみをつける。不均一な
物性。
※レベル4については形態が幅広いため、
誤嚥のリスクを低下させるためにも、
転院・転所の初回食はレベル3に近づけた食事で確認するのが望ましい。
栄養チームを取りまとめている茨木
②高齢の嚥下障害のある患者さん
保健所に働きかけて、豊病協で取り
は、種々の脳疾患を潜在的に起
決めた内容を実践してもらうことに
こしていることが多く、病態の
した。
把握と、病態に応じた対策を行
嚥下食を誰にでもわかりやすくす
い、チーム医療で対応していく
るために、レベル1を「ゼリー食」
、
ことが重要である。
レベル2を「ムース食」
、レベル3
③急性期病院から退院する時期で
を「ピュレ食」
、レベル4を「とろ
も、嚥下食を食べている例が嚥
みつき刻み食」
と称することにした。
下障害患者の40%にみられ、地
豊能圏域脳卒中地域連携パスのシス
域で嚥下に関する情報共有など
テムを構築する過程で、
「脳卒中ノー
の連携が必要である。豊中市内
ト」
(写真)という共通の患者用ツー
の病院および介護施設間で嚥下
ル(文献6)のなかに嚥下食レベル
食の共通言語をもち、さらに
区分のわかりやすい図を入れること
豊能圏全域にも広められたこと
になった(表3)
。
で、地域連携がスムーズになり、
まとめ
嚥下障害患者の誤嚥リスクを軽
減することが期待できる。
①脳梗塞、その他高齢の急性疾患
なお、文献4の内容は、2007年第
患者においては、急性期は嚥下
46回全国自治体病院学会栄養分科会
参考文献
1)中野美佐、巽千賀夫、嘉手川淳ほか:
急性期病院の嚥下チームにおける神経
内科学的嚥下障害要因のスクリーニン
グの意義.静脈経腸栄養 2005;20:
37-43.
2)中野美佐、竹内憲民、高力美幸ほか:
急性期病院における嚥下チーム医療の
構築.市立豊中病院医学雑誌 2005;6:
31-38.
3)金谷節子:「嚥下食ピラミッド」病院・
施設・在宅どこにいても統一したレベ
ルの食事を.タベダス 2006;18:2737.
4)那須美恵、中野美佐、前田浩史ほか:
当院における嚥下食の改善と地域病院
間の嚥下食標準化への取り組みについ
て.全自病協学会雑誌 2008;47:6:
1062-1067.
5)井上文子、中井智明、那須美恵ほか:
豊中市における嚥下食の地域標準化へ
の取り組みについて.市立豊中病院医
学雑誌 2009;10:67-74.
6)長束一行:脳卒中ノート-豊能方式-.
治療 2008;90:850-857.
21
シリーズ企画
東日本大震災
〜医療の現場で何が起き、どう対応したか〜
第1回
東日本大震災を経験しての雑感
山形県・酒田市病院機構 日本海総合病院 循環器内科 菅原
2011年3月11日午後2時46分、東
第1回は、編集委員である筆者が
被害はありませんでした。時間が日
日本大震災が発生し、地震や津波に
3月まで勤務していた東北厚生年金
中であったことや揺れが長く続き、
よる死者、行方不明者が合わせて
病院で、今回の震災でどのようなこ
ある程度危険から逃れる時間があっ
2万人を超える大災害となりまし
とが起き、どのように対応したかに
たことが、人的被害が大きくならな
た。現在も行方不明者の捜索、避難
ついて報告するとともに、今後に生
かった要因かもしれません。それま
所や仮設住宅での避難生活が続いて
かせる問題点や改善点などについて
でも大きな地震に何度か見舞われて
おり、本格的な復旧、復興に向けた
考えてみます。
おり、転倒予防などの地震対策がな
取り組みが始まったばかりです。亡
くなられた方々のご冥福をお祈りす
されていたことも有効であったと思
◦地震発生
るとともに、被災された方々が1日
われます。とはいえ、想定以上の揺
れであり棚の転倒などは病院のいた
でも早く普通の生活に戻れるよう願
筆者は3月まで仙台に居住し、津
るところでみられました。
わずにはいられません。
波が直撃した仙台港のすぐ近くの東
発生直後に災害対応のスタッフは
さて、今回の震災ではいわゆる想
北厚生年金病院に勤務しておりまし
1階に集まり、災害対策本部が立ち
定外のことが医療機関で数多く発生
た。地震発生時はものすごい揺れと
上げられました(写真1)。その後、
し、大変な苦労がありました。医療
ともに建物や設備が大きく損傷しま
津波が押し寄せる可能性があるとの
現場で起きたさまざまな出来事を共
したが、さいわい病院のスタッフや
情報で上階に移動しました。実際に
有することは、災害医療システムや
入院患者さんに、けがなどの大きな
津波は病院のすぐ近くまで押し寄せ
災害を含めた医療連携体制の構築、
日本全国いつ、どこで、また起きる
とも限らない災害に見舞われたとき
の適切な判断のために役に立つので
はないかと考え、本企画を考えまし
た。医療機関により震災の影響やそ
の後の復旧のスピードは異なり、ま
だまだ大変なご苦労をされている医
療機関や地域も多くあると思います
が、災害の影響を受け、そこから復
旧しつつある医療の現場のお話を中
心にお伝えしていきたいと思いま
す。
22
重生
写真1
写真2
東北厚生
年金病院
仙台港
七北田川
図1 津波が押し寄せた範囲(地図上のグレー部分)
(図1)
、病院より海側の地域では多
くの住民が津波で命を落としました。
◦病院の被害と病院への
被災住民の避難
病院のすぐ脇にある七北田川には海
態となりました。その結果、病院の
廊下や会議室など、あらゆる場所が
患者さんや避難住民の居場所となっ
側から波が押し寄せ、家も流されて
病院は津波による直接被害はあり
てしまいました(写真2)。
くるような状況でしたが、さいわい
ませんでしたが、地震によるライフ
当初はそのような方々への食事の
堤防ぎりぎりで水位の上昇は止まり
ラインや建物の被害が大きく、通常
提供なども検討されましたが、継続
ました。津波が病院まで到達してい
の診療はもちろん、災害拠点病院と
した食事の提供や生活環境の整備は
たらどうなっていたかと想像するだ
しての災害医療を十分に行えるよう
困難で、避難所の機能を病院が担う
けで、背筋がゾッとする思いです。
な状況にありませんでした。被災地
ことは難しい状況でした。この時点
仮定の話ですが、もし津波が押し
には全国からDMAT(災害派遣医
では、どこの避難所がどの程度の受
寄せて被害が出ていれば、その対応
療チーム)に参集していただきまし
け入れを開始しているかの情報すら
は適切であったかどうかという議論
たが、当院での診療は困難との判断
得ることができず、避難してきた
になると思います。振り返ってその
で、災害医療の活動拠点とはなり得
方々を皆受け入れるしかありませ
時点でできたことは何か? と考え
ませんでした。
んでした。避難してこられた方の人
てみても、スタッフや患者さんをで
そのような病院の状況にもかかわ
数は1,000人以上に上り、病院のエ
きるだけ上階に移動させることぐら
らず、震災による外傷や病気の患者
ントランスホールの壁には、病院に
いしかできなかったのではないかと
さんだけでなく、被災して津波で家
避難してきた方々の名前を貼りだし
思います。津波が到達するまでの短
を失った周辺の住民が、避難のため
て(写真3)、行方不明者を探して
時間で入院患者さんをすべて院外へ
に病院に押し寄せるという大変な事
いる家族などへの情報提供を行いま
搬送することは不可能ですし、
また、
すぐに移動できるスタッフや患者さ
写真3
んだけで病院から逃げていくわけに
もいかず、病院を飲み込むような高
さの津波が押し寄せた場合は、なす
すべがなかったでしょう。そのよう
な場合に備えてどのような対策があ
るか、との問題提起に対しては病院
の立地や防波堤の整備など、大きな
インフラの整備から考えざるを得
ず、現実的なすぐにできる対策はな
かなか思いつきません。
23
シリーズ企画
した。このような避難者への対応も
手に入らない慢性疾患の患者さんの
方々は避難所に移動していただきま
病院スタッフが行わざるを得ず、ス
病状の悪化が懸念されました。
したが、建物やライフラインの復旧
タッフの苦労は大変なものでした。
この点については、何らかの対策
の見通しが立たず、また、食事や薬
病院の負担を軽減するために、避難
が必要と思われます。慢性疾患でか
剤の安定提供も困難で、そのままで
住民への行政やボランティアによる
かりつけの患者さんの外来診療が困
は入院患者さんの病状の悪化が懸念
初期段階での対応が望まれるところ
難となった場合には、患者さんは別
される状況でした。退院可能な患者
ですし、けがや病気の患者さんのト
の医療機関を受診せざるを得ませ
さんは退院とするわけですが、自宅
リアージだけでなく、避難住民の避
ん。その場合、服用薬などの情報が
が津波で流されてしまったり、家族
難所への誘導も初期段階で開始する
ないまま受診すると、受診した医療
との連絡がとれなかったりして避難
必要があると考えられました。
機関が病歴の確認や処方薬の確認な
所に退院せざるを得ない患者さんが
どに苦慮し、そのことがますます医
何人もいました。また酸素の継続が
療の不足を招くという悪循環に入っ
必要で、退院すると電気の供給が困
てしまいます。そのような場合には、
難なため、退院できずにいる患者さ
地震による建物の損傷や、病棟内
患者さんに可能な範囲で処方薬剤や
んもいました。
の設備の損傷で病棟のかなりの部分
病名、
病歴などの診療情報を提供(あ
どうしても退院困難な患者さんに
が使用不可となり、また電気、ガ
るいは診療情報提供書を作成)して、
は、やむを得ず診療可能な病院に転
ス、水道等のライフラインが完全に
患者さんにはそれを持参して対応可
院させる方針が院長より示されまし
停止して復旧の見通しが立たず、い
能な医療機関を受診するように勧め
た。しかし、電話などの通信手段が
つ止まるかもわからない非常電源の
ることが望ましいのですが、災害時
復旧していなかったため直接院長が
みで、何とか入院患者の診療を続け
にはなかなか難しいこともあるで
車で転院受け入れのお願いにまわっ
ている状況が続きました。 しょう。普段から患者さんが自分の
て転院先を確保し、数日かけて175
外来診療は、地震直後は再診の患
病歴を記載した手帳(「私のカルテ」
名の入院患者さんを受け入れ可能な
者さんだけを対象に、最小限の薬剤
など)や、お薬手帳を活用し持ち歩
病院に搬送しました。入院患者さん
処方を行っていましたが(写真4)
、
くことも、このような災害時にとて
を転院させる仕事は医療者としては
薬剤不足も加わり一時休止せざるを
も役に立つ方法と思われます。
非常につらい仕事でしたが、仙台市
◦外来診療の休止
の中心部の病院ではライフラインが
得なくなりました(写真5)
。慢性
疾患で通院中の患者さんの定期の薬
物治療も継続困難な状況となってし
◦入院診療の休止と
入院患者の転院
写真4
24
なっている病院も多くあり、自院の
状況を考えるとやむを得ない判断で
まったのです。それは近隣の診療所
も同様で、定期に服用すべき薬剤が
復旧し、通常診療に近い診療体制と
避難所が開設されて避難の住民の
写真5
あったと思います。
転院にあたっての問題点として
写真6
は、転院先や転院手段をどのように
確保するかということと、急な転院
であることも影響して診療情報の共
有がどうしても不十分になりがちな
ことが挙げられます。転院先の確保
については、震災が起きてから転院
先を探すことはとても大変であり、
平常時から医療機関同士で災害時の
転院など(できれば、スタッフや物
品のやりくりについても)について
の協定を結んでおく、情報共有につ
いては病院外にも電子カルテのサー
出かけようという声が上がって交代
病院は災害拠点病院に指定されて
バーを確保し、いざというときに情
で避難所を回りましたが、薬剤の処
いましたが、今回のような大災害の
報を共有できるようにしておく、な
方をしても病院での調剤や保険薬局
被害を受けてしまうと機能を果たす
どの方策が考えられます。
の対応が困難な状況であり、診療の
ことができませんでした。そればか
転院患者さんの搬送にあたって
限界を感じさせられました。近隣の
りかむしろ入院患者も病院スタッフ
は、全国から応援に来ていただい
保険薬局が徐々に処方せんの受付を
も被災者となり、診療や生活の場を
た救急隊の方々に大変お世話にな
開始しましたが、避難所から薬局に
他に求めなくてはならない状況と
り(写真6)、非常に助かりました。
行くこともできない患者さんも多
なってしまいましたが、何かできる
本 当 に あ り が と う ご ざ い ま し た。
く、何とかしてほしいという気持ち
ことはないかと皆一生懸命でした。
本来は転院患者搬送のために派遣
が積もりました。そんななか、食べ
今回、ご紹介した震災直後の病院
されてきたわけではなかったと思
物などの支援物資の一部を病院がス
の対応はそのような究極の状況で判
いますが…。
タッフにも支給してくれたことが大
断され実行されましたが、振り返っ
変うれしく、仕事のモチベーション
てみても大きな流れとしてはよい判
が上がったのがとても印象に残って
断であったのではないかと感じてい
います。
ます。しかし、細かい点では改善を
◦病院スタッフも被災者
要する点は数多くあり、今回の震災
病院の職員も多くは被災してお
り、ガソリン不足も加わって通勤の
◦最後に
対応を教訓にして、今後の災害への
対策を考えていくことは大切なこと
交通手段もなく、病院に寝泊まりす
るスタッフは疲労が蓄積していく状
東北厚生年金病院は、電気、水道
でしょう。本稿が少しでもお役に立
況であり、食べ物の入手も困難でし
等のライフラインが徐々に復旧し、
てばと思っています。
た。
3月末より使用可能な病棟から入院
まだまだ雑感として書きたいこと
医師は、患者さんが転院となって
診療を徐々に再開しました。そして、
はたくさんあるのですが、予定の
入院患者さんがいなくなり、外来診
震災から6カ月ほど経過した9月に
ページ数を使い切りましたので、こ
療も開始できず、とてもストレスが
なってようやく震災による建物の復
こまでとさせていただきます。次号
たまる状況でした。病棟の再開の目
旧工事を終え、震災前と同様に病棟
でも震災に関するシリーズをお届け
途が立たず、看護師やコメディカル
が使用可能となりました。
します。
スタッフのなかには全国各地へ研修
に派遣されたスタッフもいました。
医師から近隣の避難所に出張診療に
※感想などございましたら、
「パス最前線」編集部([email protected])までお
願いいたします。
25
お薬手帳を活用した地域薬薬連携
菊川市立総合病院 薬剤科 山城
博和
患者さんの薬剤情報の共有化を図るため、「お薬手帳」の普及促進が図られている。しかし、地域連携ツー
ルとして有効に活用されているケースはまだそう多くはない。菊川市立総合病院薬剤科の活動から、お薬手帳
の地域連携ツールとしての活用法やそのポイントを示す。
かかりつけ薬局の後押しで
の業務のなかで感じてきたのは、入
以下に挙げます。
手帳による情報共有を開始
院・外来を問わず、一人の患者さん
◦情報はいつほしいのか?
の情報が共有化されるべきではない
→When
菊川市立総合病院
(以下、
当院)
は、
かということです(図1)。その情
◦情報はどこに聞けばよいのか?
静岡県菊川市が運営する自治体病院
報共有化のサイクルを円滑にする手
→Where
です。東には日本一の大茶園である
段の一つとして、われわれは「お薬
◦情報は誰がもっているのか?
牧之原台地が広がり、遠く霊峰富士
手帳」を地域連携ツールとして有効
→Who
を望むことができ、北には南アルプ
に使うことを考えました。
◦情報は何を求めればよいか?
スの支脈粟ヶ岳、ここに源を発する
まず、情報共有化のキーワードを
→What
「菊川」が市内を南北に流れ、遠州
灘に注いでいます。病院の丘陵地か
ら眺める西方は豊かな田園風景が広
がり、自然に囲まれた環境にありま
す。
当院は、
「地域のみなさまに信頼
される明るい病院」づくりを基本理
念にしており、公共性、経済性を重
視し、質の高い医療の提供を目指し
入院
病院薬剤師
患者
外来
保険薬剤師
ています。
われわれ薬剤師も一日も早く患者
さんを社会復帰させることを目標
に、全病棟に薬剤師を配置し、入院
情報の共有化のサイクル
時からすべての患者さんを対象に薬
剤管理指導業務を行っています。そ
26
図1 薬薬連携に必要なこと
薬物治療
外来通院
活用について、紹介してみたいと思
退院
入院
入院治療
入院連絡(情報提供の依頼)
います。
外来通院
(退院後患者連絡表)
入院患者の8割以上で
手帳に情報を記載
【手帳の導入と方法】
保険薬局 薬剤師
病院薬剤師
保険薬局 薬剤師
2008年2月から手帳への記載を一
部の病棟で開始しました。その後、
入院時患者情報連絡表
(処方内容・副作用・調剤法など)
☆お薬手帳への記載・発行
徐々に拡大して最終的に精神科や回
復期病棟も含めた全病棟で実施して
います。
図2 薬薬連携(情報の共有化)の理想
手帳作成の手順は以下のとおりで
す。
◦入 院時にお薬手帳の有無を確認。
◦情報はなぜ必要なのか?
わっていくかかりつけ薬局の果たす
なしの場合は、新規発行の希望を
→Why
べき役割も大きいと思います。薬歴
確認。
◦情報を生かすにはどうすればよい
をはじめ副作用情報などもかかりつ
◦電子カルテ内で退院サマリーを作
のか?
け薬局で管理することが、院外処方
成、ハガキ大のシールへ印刷(図
→How
を発行してかかりつけ薬局を持つこ
3)。
病院薬剤師側からすると、入院時
との意味だと考えていますから、病
◦退院時に手帳に記載された内容を
が最も情報を必要とするときであ
院薬剤師はいかに保険薬局の情報を
要約して、本人または家人に説明・
り、かかりつけ薬局側からみれば、
生かし、なおかつ入院中の情報を送
返却。
退院して初めて来局するときです。
ることができるかが、勝負といえる
つまり外来治療から入院治療へ、そ
でしょう。
してまた外来治療へと戻っていく流
当地域を例に挙げますと、お薬手
入院患者における手帳の持参率は
れのなかの、このつなぎ目こそが重
帳の活用のきっかけをつくってくれ
2008年の時点で7割に達していまし
要視されるべきです(図2)
。われ
たのは、かかりつけ薬局でした。入
た。少なくとも入院患者の3人に2
われ病院薬剤師の役割は患者さんの
院中の情報が手帳に記載されなけれ
人が手帳を持っていることになりま
薬物治療のプロセスのなかで、入院
ば、手帳の意味は半減してしまいま
す。手帳を持っていない患者さんに
という短い期間ではありますが、濃
す。われわれ病院薬剤師は、かかり
対しては、その必要性について説明
厚な薬物治療が行われる、この期間
つけ薬局の薬剤師に後押しされる形
を行います。
における情報をいかに記すかが重要
でこの手帳の充実に着手しました。
手帳記載の対象は、患者さんを選
であると考えました。そして、その
しかも、当地域では単なるお薬手帳
定せずに、手帳を持っている患者さ
情報をいかに共有化するかというこ
ではなく、
「かかりつけ手帳」という、
んと新規に発行を希望した患者さん
とを検討していくと、地域連携ツー
医師会、歯科医会、薬剤師会が協力
全員に記載することを基本としまし
ルとしての手帳の必要性がみえてき
して作成したものです。この手帳が
た。よって、退院時には全退院患者
ます。また、手帳を作成・記録する
使われていることは、当院にとって
さんの約8割以上が入院中の記録が
うえでの基本がここにすべて詰まっ
も大きな助けとなりました。
記載された手帳を持って退院するこ
ているともいえます。
今回、当院および当地域における
とになります(図4)。手帳に記載
もちろん、長く患者さんとかか
地域連携ツールとしてのお薬手帳の
されず退院する割合は15%程度で
【手帳の活用と推進】
27
は、患者さんの薬物治療や薬以外の
ことも十分に理解していなくてはな
らず、記載に多くの時間を割く必要
があることも事実です。しかし、退
院処方に至る経過を記していくこと
は、薬剤管理指導業務そのものであ
るともいえます。医師には医師サマ
リーがあり、看護師には看護サマ
リーがある。医療の担い手の一員で
ある薬剤師にもサマリーがあってし
かるべきです。
上記の理由から、われわれも手帳
に記載する以上は単なる退院処方の
内容だけではなく、退院後にかかり
つけ薬局や他の医療機関に対して、
当院入院期間中に何が行われたのか
がわかるようなサマリー形式を取り
つつ、簡潔にまとめるように努めて
います。また、病棟薬剤師間で共通
書式(ひな型の作成)や、記載ルー
図3 手帳の記載例
ルの統一などを図って業務の効率化
を行い、手帳への記載に関する負担
手帳あり 約70%
死亡退院・土日の
急な退院など
約15%
最近では薬剤師から手帳の有無を
確認しなくても、入院時に患者さん
手帳なし 約30%
全入院患者に対する割合
手帳への記載は
薬剤師の重要な業務
手帳記載
約80%
入院患者
の軽減に努めています。
希望せず
5%未満
自ら手帳を提出するケースも多く
なっており、患者さん側にも手帳へ
の認識度が高くなりつつあると感じ
ています。これは地域のかかりつけ
図4 手帳の持参率と記載率
薬局での働き掛けのたまものといえ
ます。逆に、これほどお薬手帳が普
28
す。一つは死亡退院例で、他は土日
病棟担当薬剤師1名が1勤務日あ
及しているのにもかかわらず、入院
の急な退院で対応できなかった場合
たりに記載する件数は約2件であ
中の記録がない状況というのは、病
が大半を占めています。当院に次回
り(=全記載件数/勤務日数/病棟
院薬剤師が自らの業務を放棄してい
受診がある場合には、その日までに
担当薬剤師数)
、月平均にすると全
るといわれかねません。特に入院と
準備しておくなどの対応をとってい
体で約250件となります。確かに手
いう重大な医療の記録を手帳に記載
ます。
帳へ入院中の経過を記載するために
することが、病院薬剤師にとって重
要な業務の一つと認識すべきです。
りつけ薬局や他の医療機関へ入院中
切だと考えたからです。
手帳への記載内容は、単なる退院
の情報がまったく伝わりません。こ
手帳に関してもより良いものを目
時の処方内容にとどまらず、
入院日、
れが最大の問題点といえます。
指して、地域一体となって力を注い
病名、
入院前の副作用歴・アレルギー
これらを解決するために、病院薬
ています。最近では保険薬局の薬剤
歴、かかりつけ薬局名、持参薬内容
剤師には入院中に手帳の意味や重要
師から腎機能低下症例に危険な薬剤
を記し、退院に至るまでの医療の記
性を説明したり指導する責任があり
について腎機能の確認等の問い合わ
録(処方薬の変更点や理由、関連す
ます。当院では患者さんに対して、
せをいただくなど、病院薬剤師が保
る検査値、バイタル、手術日、術式
次回かかりつけ薬局へ行くときや他
険薬局からの疑義照会を仲介するこ
なども含む)を簡潔にまとめて記
の医療機関へ受診するときには、必
とで、副作用の未然防止に協力して
載します。また、退院日、次回受診
ず手帳を持っていくように、その活
取り組んでいます。
日、入院中の調剤方法および副作用
用方法も合わせて説明を行うように
* * *
発現の有無など、どちらかといえば
しています。当初は退院サマリーを
以前まで病院薬剤師にとって、薬
患者さん向けというより地域の保険
かかりつけ薬局へ直接送る方法も検
物管理指導業務は入院期間だけをみ
薬局、他の医療機関向けに記載する
討しましたが、複数のかかりつけ薬
ればよいものでした。むしろそこま
ように努めました。かかりつけ薬局
局をもつ場合や、他の医療機関への
でしか目が向かなかったように思い
からも「入院時の薬物治療の経過が
情報提供を考えた場合、手帳への記
ます。しかし、外来通院であっても
わかり、以前より処方の意図がみえ
載が最も効果的であると考えまし
入院治療を受けても、同じ一人の患
るようになった」との意見もいただ
た。
者さんであることには変わりませ
いています。
患者さんが「かかりつけ手帳」の
ん。病院と保険薬局の薬剤師が同じ
また、以前までの退院指導では、
必要性や活用方法を認識して、当た
薬剤師としてチームで取り組むこと
退院時の処方についてのみの指導に
り前のように手帳を持参するように
により薬の安全を確保する、それが
なりがちでしたが、現在は手帳に記
なれば、病院薬剤師の入院時業務の
「患者さんを守る」という薬剤師と
載された内容を用いて患者さんにわ
効率もさらに良くなるはずです。ま
しての職務を果たすことにつながる
かりやすく経過を説明し、最終的な
た、外来においても重複投与や相互
はずです。患者さんにとっても、薬
退院処方に至る経過を説明する指導
作用の回避など、リスク軽減につな
剤師にとっても、地域医療を含めた
内容へと変わってきました。退院時
がると考えられます。
社会にとっても役立つこと、その一
つにお薬手帳の普及促進が挙げられ
に、薬剤管理指導の成果が手帳とい
う形あるものとして、患者さんに手
保険薬局との勉強会開催
ると思います。
渡されることにやりがいを見いだす
症例検討で問題意識を共有
現実的にはまだ患者さんはもちろ
ん、医療従事者でさえ、手帳に対す
とともに、顔のみえにくい病院薬剤
師のイメージを払拭する手段の一つ
われわれ薬剤師にとって地域医療
る意識や活用は十分だとはいえず、
として、以前より退院指導に深みが
連携の基本には、薬薬連携、すなわ
その鍵を握るのはやはり病院および
出てきたように感じています。
ち病院薬剤師と保険薬局の薬剤師の
保険薬局の薬剤師です。双方の薬剤
以上のように病院薬剤師が「かか
連携が挙げられます。当地域では連
師が積極的に手帳の活用を推進する
りつけ手帳」を利用し、入院前の情
携を円滑に行うために合同の勉強会
ことにより、より良い手帳がつくら
報と入院中の情報を統合して保険薬
を行っています。なかでも2カ月ご
れるようになります。これこそが地
局または地域医療機関へフィード
とに行われる当院内での勉強会で
域全体の薬に対する意識の向上につ
バックすることが可能となりまし
は、保険薬局との協力により患者さ
ながり、薬剤師が有効かつ安全な地
た。一方で、手帳には問題点がない
んの副作用や不利益を回避するため
域医療に貢献できるものと確信し
わけではありません。患者さんが退
の症例検討を実施しています。共通
て、今後さらなる連携につなげてい
院後に手帳を利用しなければ、かか
の問題意識をもつことが何よりも大
きたいと考えています。
29
付録
ここに掲載したパスシート等は、
一部掲載を割愛したものを含めて
巻末のCDにPDF形式で収録しています。
30
◆付録 ① (特集・事例1)
CKD(Chronic Kidney Disease)
連携パスA【腎硬化症】
31
◆付録 ① (特集・事例1)
CKD(Chronic Kidney Disease)
連携パスB【糖尿病性腎症】
32
◆付録 ① (特集・事例1)
CKD(Chronic Kidney Disease)
連携パスC【慢性糸球体腎炎】
33
◆付録 ① (特集・事例1)
CKD(Chronic Kidney Disease)
連携パスD【その他】
34
◆付録 ② (特集・事例2)
「道南MedIka」説明書/参加同意書
35
◆付録 ③(特別レポート)
脳卒中地域連携パス(東京都区西北部脳卒中医療連携検討会版)
36
◆付録 ④(特別レポート)
脳卒中在宅療養ノート(板橋区医師会・板橋区脳卒中懇話会版)
37
◆付録 ⑤(特別レポート)
板橋区 私のブレストケア手帳(一部抜粋)
38
◆付録 ⑥(特別レポート)
糖尿病連携パスポート(一部抜粋)
39
◆付録 ⑦(特別寄稿)
嚥下機能評価のアルゴリズム(市立豊中病院)
◆付録 ⑧(特別寄稿)
摂食・嚥下障害チェックシート(市立豊中病院)
40
編集後記
今田 光一 先生
椎間板ヘルニアの手術を受けて半年にな
る。いまだに以前のような活動性に公私とも
復活できず、もどかしい思いをしている。復
帰を焦る術後の運動選手を戒めていたものだ
が、焦らないではいられないことがよくわ
かった。さらに、自らにパスを適応されて気
づいたことがある。手術前日のアウトカムや看護目標によくあ
る「手術の不安がない」「手術について理解している」は、絶
対に達成することはないということである。そして、術後の
「疼
痛が自制内である」というのも極めて患者さんにプレッシャー
を与える文言であるということだ。大の大人が、しかも医療者
が「我慢できません」とはなかなか言えるものではないのだ。
そういえば昔、痛がっていなかったようにみえたのに、十二指
腸潰瘍になっていた患者さんがいたなあ、と今さらながら申し
訳なく思う。読者の病院のパスにこれらのアウトカムが設定さ
れているなら、即刻見直したほうが良いと思う。ちなみに私は
バリアンスだらけであった。
「パスを適応されたパス担当者 」というセッションをぜひど
こかの学会でやってほしい。
岡田 晋吾 先生
大切な友人が急に入院し、つらい抗がん剤
の治療を受けて先日退院した。彼のメールを
見ていると、いかに医師や看護師など医療者
の言葉や態度が、病気を克服する勇気を与え
たかがよくわかる。在宅医療をやっていると、
患者さんの家ですれ違うヘルパーさんやケア
マネさんに「ご苦労さん」とか「いつもありがとね」とか声を
掛けると、本当にこちらが驚くくらいうれしそうにしてくれる。
いつも一緒にいる医療者同士や家族には、軽いとしか思われな
い私の言葉だが、あるときには患者さんや友人への特効薬以上
の力をもつ、いい仕事だなーとあらためて気づいた。
宮崎 美子 先生
カラスの話。ゴミをあさったりで、都会で
は疎まれますが、記憶力抜群で鳥類のなかで
は最も賢い鳥です。ハシブトとハシボソの2
種類いるのは知られていますが、比べない限
り、片方だけ見てもわかりにくいです。都会
に多いのはおでこの出ているハシブトです
が、出っ張り加減だけで見分けるのは困難でしょう。カーカー
鳴いてぴょんぴょん歩きをするのがハシブト、ガーガー鳴いて
器用に片脚ずつ出して歩くのがハシボソです。どっちかなと
思ってみるとなかなか面白いものです。カラスはごみを処理す
るスカベンジャー(掃除屋)です。自然界の営みを壊して、彼
らを悪者にしているのは人間のほうなんですよね。
●編集委員
(50 音順)
今田光一 黒部市民病院 関節スポーツ外科部長
岡田晋吾 北美原クリニック理事長/函館五稜郭病院客員診療部長
坂本すが 東京医療保健大学医療保健学部看護学科 教授・学科長
菅原重生 日本海総合病院 循環器内科部長
宮崎美子 総合高津中央病院 薬剤部 部長
山中英治 若草第一病院 院長
坂本 すが 先生
この6月に日本看護協会会長職を拝命し、
今日に至っているが、この数カ月間はほとん
ど休みなしの状況が続いている。そのなかで
一番楽しみにしているのがやはり歩くこと
だ。いつもはすぐタクシーに乗ってしまうの
に。ウォーキングとなると身支度をして準備
万端で歩く。タクシーを利用しないで歩けばいいのにと忠告し
てくれるうるさ型の友人が多いが、なぜかそれはできない。歩
き方で最近興味をもっているのが、3分ゆっくり歩き、3分速
足で歩くというやり方だ。数日前に試してみたら、早速、筋肉
痛を経験した。高齢でマラソン完走の方々をテレビで拝見する
と、まだまだ若いと自分を思って、新たな運動に挑戦したくな
るこの頃だ。
菅原 重生 先生
津波が海岸線から数kmも離れたところま
で到達する、高い防波堤で守っていてもそれ
を超えた津波が押し寄せる、原子力発電所が
爆発するなど、想定をはるかに超えた今回の
震災を目の当たりにして、世の中に絶対はな
い、ということにあらためて気づかされまし
た。電気やガス、水はもちろん、食べ物やガソリンも手に入ら
ない生活も想像できないことでした。科学技術やインフラが発
達した現代で、そんなことが起こるはずがないと思い込んでい
たことは間違いなく、自然とのかかわり方やライフスタイル、
さらには社会や教育が変わっていくきっかけになりそうです。
まだまだ復旧が進まない地域も多いのですが、全国の皆さんの
ご支援のおかげで東北は少しずつ元気を取り戻しているように
感じています。日常のなかでも自分に何ができ、何をすべきか
を考える毎日です。
山中 英治 先生
お上に逆らうとロクなことがないというこ
とで、病院でもいっとき「個人情報保護」が
錦の御旗のようにあがめられて流行しまし
た。部屋の名札を外した病院も多く、患者さ
んやご家族が部屋を間違うは、看護師は仕事
の能率は下がるはで、結局患者間違い等を防
ぐ「安全第一」と再認識して元通り表示した病院がほとんどで
す。一方、本号にもあるITによる患者個人医療情報の共有は安
全や医療の質向上に寄与します。紀元前に栄えたポンペイには
生活に必要な設備はIT以外はすべてそろっていたそうです。今
は彼氏がどこにいるかわかるという下品な携帯用アプリもでき
て、驚いたことに容認する男も少なくないそうですから、ITも
ないほうが良いこともありますね
パス最前線 2011 年 秋号
(2011 年 11 月発行)
企画・発行 第一三共株式会社
〒 103-8426 東京都中央区日本橋本町 3-5-1
TEL 03(3246)
7015
編 集 エルムコム/エルゼビア・ジャパン株式会社
「パス最前線」では、より多くの読者の皆様にご覧いただけるよう、第一三共株式会社ホームページ内「DS-Medipark 医療従事者向け情報」
に、過去のバックナンバーから最新号までの誌面を掲載させていただいております。
閲 覧をご希 望される方は、http://www.daiichisankyo.co.jp/medまでアクセスし、 会 員 登 録をお済ませの上、 オススメ情報 内に添 付
されている「パス最前線」をご覧ください。
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現在ご好評中の「パス最前線」
2011年 春号
特
集
多領域へ広がる地域連携パス
事例1 新潟県立中央病院/上越認知症地域連携パス
事例2 新川地域在宅医療療養連携協議会/在宅医療連携パス
特別企画①
患者さんにやさしい連携ツール
多職種間における情報共有体制の構築
∼抗血栓薬に関する院内標準化∼
福井赤十字病院/
乳がん診療支援パス「ナビパス」
特別企画②
質マネジメント
医師事務作業補助体制をうまく導入しよう!
地域連携レポート①
パス推進と人材育成
∼院内外の活動から∼
大阪市立総合医療センター・大阪府済生会野江病院
薬ネットワーク
地域連携レポート②
DPC 下におけるクリニカルパスの作成:
E/F ファイルデータの活用法について
広島県地域保健対策協議会 肝炎対策専門委員会
2007年 春号 創刊号
[特 集]
2007年 秋号
[特 集]
2008年 春号
[特 集]
連携パスのさらなる進化
医療計画を見据えた連携パス
注目疾患の連携パス
事例1 地域内統一連携クリティカルパス
新川医療圏
事例1 泉大津市立病院
糖尿病連携パス
事例2 退院調整連携パス
四国がんセンター
事例2 砂川市立病院
脳卒中連携パス
事例3 肺炎・肝硬変連携パス
武蔵野赤十字病院
事例3 東京女子医科大学病院
都市型連携
事例1 富山市
地域統一型脳卒中連携パス
事例2 呉医療センター
急性心筋梗塞連携パス
事例3 函館五稜郭病院
乳がん術後連携パス
事例4 筑波大学附属病院
CKD地域連携パス
2008年 秋号
[特 集]
2009年 春号
[特 集]
2009年 秋号
[特 集]
慢性疾患を支える医療連携
コメディカル参加型の医療連携パス
地域統一型の医療連携パス
事例1 大野記念病院
CKD地域連携パス
事例1 トヨタ記念病院
薬剤師参画による連携パスの作成
事例1 岐阜地域医師会連携パス機構
岐阜地域医師会連携パス
事例2 榊原記念病院
急性心筋梗塞後の地域連携パス
事例2 横須賀市立市民病院
コメディカルが支えた糖尿病連携
事例2 大阪府がん診療連携協議会
大阪がん診療地域連携パス
事例3 東北厚生年金病院
多職種参加の地域栄養サポート
事例3 千葉県・千葉県医師会
千葉県共用地域医療連携パス
2010年 秋号
バックナンバー再編集
ベスト版
2010年 春号
[特 集]
[特 集]
連携パスのアウトカムマネジメント
加速する病診連携パス
事例1 長崎県央地域リハビリテーション連絡協議会
長崎県央版脳卒中地域連携パス
事例1 大津市医師会
大津市版脳卒中地域連携パス
事例2 高知赤十字病院
急性冠症候群(ACS)退院後医療連携パス
事例2 済生会横浜市東部病院
胃・大腸がん術後地域連携クリニカルパス
(2003年4月号∼2006年10月号)
第一部 パスの運用
第二部 パスの電子化
第三部 医療連携とパス
事例3 武蔵野赤十字病院
C型慢性肝炎・肝硬変連携パス
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第一三共ホームページにて公開中
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連携パスの作成方法やメリットについて、
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病院、診療所、患者さんなど…
さまざまな視点からご紹介いたします。
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