第1回 - 全国低カリウム野菜研究会

第1回「低カリウム野菜」シンポジウムの発表内容の紹介(要約)
発表内容の要約について発表者の了解を得て以下に一括掲載します。
なお、発表時にはパワーポイントなどにより詳細な内容が提供されておりますが、今回は
諸般の事情から、要約版とさせていただきますことご理解をお願いいたします。
(肩書は発表当時で示します)
1.基調講演「慢性腎臓病(CKD)とカリウム代謝異常:その病態と治療」
講演者:内田 俊也
帝京大学
医学部内科学講座
教授
我が国における透析患者数は最近のデータでは32万人、病気による死因も腎不全
が5番目と上位を占め(老衰、不慮の死、自殺を除く)、透析患者の死亡原因ではカリ
ウム中毒/頓死が2.7%である。高カリウム血症が CKD 進行に影響し、場合によっ
ては死に至らしめる。カリウム摂取は経口、排出は尿、便である。慢性高カリウム血
症治療のために、カリウム摂取制限、便秘・栄養の改善、重炭酸ナトリウム投与、イ
オン交換樹脂投与、尿量を増やす、などがある。CKD 患者の半数近くが糖尿病であり、
糖尿病患者では軽度の腎機能低下でも高カリウム血症が起こることが知られている。
カリウム摂取制限はタンパク質、塩分、リンなどの制限同様ときわめて重要であるが、
患者にとって大きなストレスとなり、生活の質を大きく低下させている。
帝京大学が独自に行った「高カリウム血症に対する意識調査」(患者側約千名、診療
スタッフ側約5百名)の結果、
「カリウム摂取制限を気にしている」のは患者側86%、
診療側90%、「カリウム管理にストレスを感じている」のは患者側59%、診療側5
4%であった。
「生野菜や果物を食べますか」という患者側への質問に96%が、はい、
と答えている。しかし、「カリウム含有量の少ない低カリウム野菜を知っていますか」
という質問には、知らない人が66%であった。
CKD の高カリウム血症の問題点をまとめると、腎機能低下とともに高カリウム血症に
なりやすい。特に糖尿病があると顕著である。腎保護薬である RAS 抑制薬はカリウム
を上昇させる。高カリウム血症の治療はカリウムの摂取制限が重要である。便秘しな
い、飲水励行も大切である。カリウム吸着薬は一般的に飲みにくい。カリウムは生野
菜・イモ類・果物に多い。摂取制限、ゆでこぼしなどは本人及び家族にとってストレ
スであると感じている。透析患者では尿が出ないためさらにカリウム制限が必要であ
る。高カリウム血症による頓死は意外と多いと思われる。カリウム管理は、血圧・ド
ライウエイト・心胸比・カルシウム・リンなどの管理と同様に重要である。
一方で低カリウム野菜の CKD 患者における認知度は決して高いものでないことが分
かった。一般市民においてはなおさらであろう。低カリウム野菜がもっと世間に広ま
り、有効に活用されることが望まれる。その実現のためには管理栄養士の方々への期
待が大きい。帝京大学附属病院の管理栄養士の方に楽しく、おいしく食べられるレシ
ピを考案してもらっている。
低カリウム野菜を日常の食事に取り入れると、患者・家族の QOL 改善に役立つと思
われる。生野菜の食感を味わえる。便通が改善する。食事制限のストレスが減って家
族団らんの機会が増える。CKD あるいは透析療法に対するネガティブな印象を改善でき
る。CKD 進行因子である代謝性アシドーシスの改善につながる。このように CKD 進行
阻止のためにも有効である可能性が期待される。
「生野菜は薬である」という海外論文がある。CKD 患者にとってのカリウム制限効
果を超えて、生野菜は抗酸化作用を有し、各種ビタミン、アルカリ摂取などを豊富に
含むなど、多くの好ましい作用があるからである。今後は低カリウム野菜を用いた医
学的エビデンスを構築する必要がある。
2.基調講演「腎臓病透析患者のための低カリウム野菜」
講演者:小川
敦史
秋田県立大学 生物資源科学部
准教授
腎臓病透析患者は、体内のカリウムを十分に排出することができないために、カリ
ウムの摂取制限を行なわないと不整脈により心不全を起こす可能性がある。そのため、
腎臓病透析患者はカリウム摂取が制限されている。特に、日常で私たちが食べている
野菜は多くのカリウムが含まれているため、腎臓病透析患者は野菜の生食は極力控え、
野菜を摂取する際には水にさらしたりゆでたりしてカリウムを除去する必要がある。
野菜を水にさらす、またはゆでる方法を用いると、新鮮重当たりのカリウム含有量を
減少させることはできるが、カリウムを完全に溶脱できるわけではなく、その一部を
除去できる程度である。さらに、水にさらしたりゆでたりすることにより、カリウム
以外のミネラルや水溶性ビタミンが溶脱や分解する。さらに野菜には多くの食物繊維
が含まれるが、腎臓病透析患者は野菜摂取が制限されているため食物繊維不足になり、
便秘に悩まされることが多い。このようにカリウム以外にも野菜摂取を制限すること
による弊害が多くある。
このようにカリウム摂取が制限されている腎臓病透析患者の食生活を踏まえると、
一定新鮮重に含まれるカリウム含有量のできる限り少ない野菜従来のものと比較して
収穫時にカリウム含有量が少ない「低カリウム野菜」を栽培することが可能になれば、
カリウムの摂取量を少なくした方がよい腎臓病透析患者にとって朗報であると考えた。
一方で、カリウムは植物の必須元素の一つであるため、植物体内のカリウムを過剰に
減少させると生育障害を起こすと考えられる。そこで講演者らの研究グループでは、
植物体内の恒常性を維持しながら、カリウム欠乏による生育障害を起こすことなく、
通常栽培と同じ生育を示しながら、かつ従来の栽培方法で栽培したものよりカリウム
含有量の少ない野菜の栽培方法を検討した。
試験材料として葉菜類で比較的カリウム含有量の多いホウレンソウを用い、水耕法
によって栽培した。
「栽培期間を通して水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」と
「栽培期間の途中から水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」を設定した。
「栽培
期間を通して水耕液中のガリウム施肥を制限した処理区」と比較して「栽培期間の途
中から水耕液中のカリウム施肥を制限した処理区」でのカリウム含有量の減少が大き
く、対照区では新鮮重 1g あたり 7.97 mg であったカリウム含有量が、栽培期間の途中
からカリウム制限した処理区では 1.71 mg で 79%の減少が認められた。このときカリ
ウム施肥量を減少させた各処理区において、収穫時の可食部の新鮮重、葉数、含水率、
および葉緑素計値は対照区と比較して有意な差は認められなかった。この結果、栽培
期間の途中から養液中のカリウム施肥量を制限することにより、可食部の生育を維持
しつつ、収穫時のホウレンソウ可食部のカリウム含有量を減少させることが可能であ
ることが明らかになった。
栽培方法を他の葉菜にも適応できるか検討した。リーフレタス、サンチュ、コマツ
ナの各植物において、収穫時の各処理区におけるカリウム含有量は対照区では新鮮重 1
g あたりそれぞれ 3.93 mg、3.71 mg、4.23 mg であった。一方低カリウム区では、そ
れぞれ 1.03 mg、1.54 mg、1.32 mg と有意に減少し、それぞれ対照区の 28%、42%、
31%であった。このとき新鮮重、乾物重、および含水率は、対照区と比較して低カリ
ウム区では、各指標において有意差が認められなかった。この他にも水耕栽培が可能
な様々な葉菜において可食部の生長を維持しつつカリウム含有量を減少させることが
可能であることが明らかになっている。また、このほか果菜であるトマトにおいても
栽培方法と水耕養液環境の制御のよって低カリウム化が可能であることが明らかにな
っている。
3.パネルディスカッションでのショートスピーチ
テーマ:低カリウム野菜の普及に向けて
「カリウムに関する当院透析患者の現状と対策」
大谷 浩
医者の立場から
秋田厚生医療センター腎臓内科 診療部長
2014年度全国透析患者死亡原因は心不全、感染症、悪性腫瘍、脳血管障害心筋
梗塞、悪液質・尿毒症に続いてカリウム中毒・頓死と続く。カリウム中毒・頓死は7
94人(2.7%)である。当センターにおける独自のアンケートでは透析前血清カ
リウム値は対象者122名中で、4.1~4.5mEq/l が32名で最も多く、5.5
以下が97%である(5.9以下がまず安全と言われている)。カリウム値を上げない
ためには透析による除去、カリウム除去製剤の服用、食事による工夫が挙げられる。
便秘は透析患者にとっての重要な課題である。便秘の原因として、透析による除水、
運動不足、リン除去製剤の服用、カリウム除去製剤の服用、カリウム摂取制限による
食物繊維摂取不足が考えられる。当院101人の「便秘」に関するアンケート回答に
よると「全く困っていない」人(26.7%)がいる一方、「便秘薬でなんとか出てい
る」、と「時々便秘薬が必要」を併せて73.3%になっている。便秘で困っている人
は多い。
食事による工夫としては、カリウム含有量の多い食品を控える、野菜などのゆでこ
ぼし、調理過程を増やすことが挙げられる。当院106名のアンケート回答によると、
「カリウム摂取」を「ほとんど制限していない」が17%、「かなり我慢して制限して
いる」と「無理のない範囲で制限している」が83%である。
低カリウム野菜についてアンケート結果を紹介する。103名の回答の中で、「食べ
る頻度」について、
「一度も食べていない」が70.9%、
「時々食べている」が24.
3%、「頻繁に食べている」が4.9%であった。「認知度」については、
「存在は知っ
ているが販売場所は知らない」50.9%、「どこで販売されているかも知っている」
30.2%、「全く知らない」18.9%であった。食べたい人は、「安ければ食べた
い」65.4%、「高くても食べたい」23.1%、「食べたいとは思わない」11.
5%であった。
透析患者において、血清カリウム値のコントロールは必須である。血液透析、カリ
ウム除去製剤のみでは拘束時間や副作用の面で、患者の負担が大きくなる。食事によ
るカリウム摂取制限は、大多数ではないが、少なからず負担となっており、透析生活
の QOL を向上させるためには、低価格で多種類の入手しやすい低カリウム野菜の普及
が必要と考えられる。
「野菜摂取の重要性」
栄養士の立場から
西尾 久美子 北海道文教大学 人間科学部健康栄養学科
非常勤講師
腎機能低下や透析治療期の患者さんは、生で食べる野菜や果物は、カリウムが多く
含まれるので制限が必要となる。そのため、ゆでた野菜や缶詰の果物など、カリウム
制限が課せられる。
低カリウム野菜摂取のメリットとしては、野菜を茹でることにより失われる水溶性の栄養素
や、熱に弱い酵素の効果が回復できることが挙げられ、また QOL の改善として、食事
制限のストレスが減る、家族と同じ料理が食べられ楽しみがふえる、食事療法に対す
るネガティブな印象(あれもダメ、これもダメと)を改善できる、生野菜摂取制限の
緩和により、食生活が豊かになる、ことなどが挙げられる。
透析食の現状としては 2002 年の診療報酬改定で外来透析中の治療食の保険給付が廃
止になり、透析中の食事は自己負担となった。そのため、治療食を有料化または廃止
した施設が 9 割にものぼり、透析食の栄養素管理ができないという現状もある。
低カリウム野菜を病院食へ、ということは考えられないだろうか。この課題として
入院患者の食事が多くの病院で給食会社に委託されており、コストの面で献立に入れ
にくいという現状にある。しかし、院内売店での販売はできないだろうか?
外来透
析施設では、希望者のみに透析食を提供(有料)している施設があるが、弁当持参も
多い(コンビニ利用も)。この場合、栄養指導の重要性が増し、さらに患者さんへの低
カリウム野菜周知に向け、管理栄養士の理解、協力が必要となる。
腎像病のための特別用途食品として、たんぱく質調整食品、エネルギー調整食品(で
んぷん食品、中鎖脂肪酸食品、低甘味ブドウ糖重合体)リン調整食品、食塩調整食品
がある。低カリウム野菜の特別用途食品としての消費者庁への申請ができないだろう
か。
「低カリウム野菜に期待するもの」
馬場 亨
患者の立場から
全腎協副会長(新潟県腎臓病患者友の会)
これまでの基調講演、ショートスピーチをきいて最近の医療にかかわる進歩を実感
しました。このシンポジウムは、まさにわれわれ患者のためのシンポジウムであると
思います。
透析前の段階からCKDの患者は、低カリウムのみならず低たんぱくを余儀なくさ
れる。「大変ですね」とよく言われるが、その実態は非常に大変なものがある。精神的
苦痛が毎日ある。しかし食事を前向きにとらえたい。
私も透析を受けてから35年になる。ここ数年来、厚労省とともに栄養管理などの
啓蒙活動を続けている。
患者の会の啓蒙活動が始まってからもう48年になるだろうか。しかしまだまだ患
者の意識が低い、と感ずる。フォーラムなどを通してこの意識向上をはかっているが
まだまだカリウム管理を理解いただけていないのが現状である。
今回の低カリウム野菜の栽培される方々の思いもしっかりと受け止め、今度は我々
自身がしっかりと自己管理をしなければならない。あれもダメ、これもダメでなく、
一日の食事をバランスよくする。
低カリウム野菜が開発されたことにより、好きな生野菜も食べられるようになった。
低カリウムメロンも欲しいですね。普通の人が食べられるようなものを食べたいです
ね。レタスは毎日の食事の中で大変ありがたい。さらにもう一歩進めてメロンやトマ
トを普通の人のように食べたい。この気持ちを栽培開発する人にぜひお伝えしたい。
このような場を利用してわれわれも栽培開発者の思いをしっかりと受け止めたい。そ
して、われわれの責任として、全腎協としても低カリウム野菜の普及、啓蒙に努めて
いきたい。
「低カリウム野菜の生産と市場創造」
今井 幸治
生産・販売する立場から
富士通ホーム&オフィスサービス株式会社
特命顧問
当社が植物工場事業を始めたきっかけは 2013 年、富士通が半導体製造用クリーンル
ームを活用した植物工場事業の開始を決断したことである。親会社の富士通「食・農
クラウド Akisai」を活用した閉鎖型・人工光型植物工場のリファレンスモデルの担い
手として当社が選定され、会津若松 Akisai やさい工場を開設した。
会津若松 Akisai やさい工場は、半導体クリーンルームを転用した植物工場であり、
約 2,000 ㎡のクリーンルームで 1 日 3,500 株の低カリウム野菜を生産する。
食のよろこびの提供として低カリウム野菜を生産し、東北の復興支援として新産業
と雇用を創出し、農業の先端産業化として高い品質と生産性を狙う。新しい栽培技術
と半導体生産技術そしてICT技術の相乗効果の賜物であるスマートな先端植物工場
から、安心・安全・安定供給の野菜をお客様にお届けする。
「キレイヤサイ」のコンセプトのもと提供する低カリウム野菜の特徴は、ともかく
おいしい!、食感がよい!であり野菜の味にこだわる方に、また野菜の苦味が苦手な
方に好適である。また、洗わずに食べられる!ことから、一手間省きたい方に、新鮮
さが長持ち!することから、ストックして活用したい方に、そしてさらに、きわめて
低カリウム!であることから腎臓疾患のある方におすすめしたい。
医師、管理栄養士、地域包括支援者、流通業界、栽培技術者、ものづくり企業、I
CTベンダーと協働して、安心できる臨床試験情報、分かりやすいカリウム量表記、
おいしい低カリウムレシピを提供することにより、社会から必要とされる低カリウム
野菜としていきたい。
以上