6 特集 7 2 サイエンスネット 55 号 特集 2 物理の定性的な実験を取り入れたアクティブラーニング型授業 福井県立若狭高等学校 教諭 野坂卓史 1. はじめに 平成 19 年に改正された学校教育法において,「基 す。 (『初等中等教育における教育課程の基準等の在り 礎的な知識及び技能」 ,「これらを活用して課題を解 方について(諮問)』文部科学省,平成 26 年 11 月 決するために必要な思考力・判断力・表現力等の能 20 日) 一方的な受け身の授業ではなく,実験を行うことで 根号 12Q 学習者も能動的に学ぶことができるように配慮して いる。まず,学習者にある物理実験の条件を問題と m して提示し(3.2 節参照) ,結果を予想させる。各自 2 2 の予想について,学習者同士で意見交換や議論を 行った後,実際に教員が演示実験を行って結果を教 繰り返した。この後,物理現象を数式で一般化し, 根号 (分数)12Q 根号(分数) 10Q 根号(分数)12Q根号 12Q 数式が実験結果をよく説明すること (この場合は, mm 2 ─ 1 m 2 ─ 1 m ─ ─ T = 2π ─ k─ kを確 2 k k より,T 2 が m に比例すること) 認した。このような,問題 実験を伴う 1 1 2 ・ 2 予想・討論・ 1 ─ 1 2 3─ ─ ─ 2 2 2 2 一連の問題を,各分野について考案し,実施した。 7 31 橋本コメント: 今度は,ばねの一端に同じおもりをもう 1つ 12Qのものと10Qのものを作成しました。 12Qのものと10Qのものを作成しました。 ついて同様のことを行う。法則性を確認できるまで 図版扱いで, 文章中に挿入してください。 取り付けて,おもりを 2 つにした。さっきと同 図版扱いで,文章中に挿入してください。 室内で共有する。その結果を踏まえて,次の問題に 橋本コメント: 【問題 1】 実験を繰り返し,ある程度の学習者が法則性に気付 じように,おもりを少し下に引っ張って離し, 編集時・・ ・・根号はアウトライン化されているので, 編集時・・ ・・根号はアウトライン化されているので, おもりを振動させた。このときのおもりが 10 拡大縮小の際は注意してください。 拡大縮小の際は注意してください。 回振動する時間(10 屋根の長さは適宜調整してください。 周期)はおもり 1 個のとき 屋根の長さは適宜調整してください。 扱う実験は, 「長くなるかどうか」 などを問う定性 いた時点で,数式を用いて説明する。 力」 ,「主体的に学習に取り組む態度」の 3 つの要素 ( 「学力の三要素」 ) で構成される「確かな学力」が重要 物理教育におけるアクティブラーニングについて であると示された。現行の学習指導要領でも,この は,エドワード・F・レディッシュが著書 『科学をど 「学力の三要素」 が強調されている。こと物理教育に う教えるか』において,アメリカにおける新しい物 と比べてどうなるでしょうか? 備考・・・・・・物理では,根号を 「部品」 として保存して, 的なものや, 「およそ○倍になる」 などの簡単な定量 備考・・・・・・物理では,根号を 「部品」 として保存して, テンプレート的に使っています。 テンプレート的に使っています。 性を問うものとしている (以後,これらをまとめて ですので, どう設定しているのかは把握できてい 予 想 ですので, どう設定しているのかは把握できていません。 おいては,学習者に対して教員が一方的な説明を行 理教育の実践のうち「講義を基本とする方法」として, う従来型の授業とは異なる,いわゆる「アクティブ 下記のようなアクティブラーニング型授業を紹介し ア、およそ 2 倍になる。 ・ ・・・ような印象ではあります) を予想できるようにするためである。この一連のプ Snet55-01- ばねと 2 つのおもり .ai ・ ・・・ような印象ではあります) ラーニング」型の授業が注目を集めている。本稿で ている。これらにはすべて,ある物理の問題につい ロセスによって,科学的な見方や考え方を身に付け, は,筆者が実施したアクティブラーニング型の物理 ての,学習者同士のグループや学習者全体での討論・ 正しい概念や法則性を学習者間で見つけることがで の授業について報告する。 活動が盛り込まれている。ILD については演示実験 きると考えられる。こういった科学の体験が主体的 も含んでいる。 な学びにつながることも期待できる。実験後に数式 2. 物理におけるアクティブラーニング 物理に限らない,一般的なアクティブラーニング 「定性的な実験」と呼ぶ) 。学習者が気軽に物理現象 選択肢 分数は文字12Qで行送り6Q,分線はダッシュ 分数は文字12Qで行送り6Q, 分線はダッシュにしてる を用いて現象を一般化したとき,自然科学が数学的 ○ 講義を基本とする方法 法則に従う喜びを味わってくれればなおよい。 そういった効果を考察するための材料として,理 についての詳細な説明は割愛するが,本稿において, ・ピア・インストラクションとコンセプトテスト どのようなものを 「アクティブラーニング」と呼ぶか ・相互作用型演示実験講義(ILD) 解度の自己評価と授業の感想を述べる「振り返り については,以下のものを参考とする。 ・ジャスト・イン・タイム教授法 シート」 を各授業後に実施した。 教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、 3. 授業の設計 学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教 3.1定性的な実験を含めた授業の概要 授・学習法の総称。 (中略)発見学習、問題解決学習、 今回筆者が実施した授業では,前章で紹介したピ 体験学習、調査学習等が含まれるが、教室内での ア・インストラクションや ILD,および板倉聖宣が グループ・ディスカッション、ディベート、グルー 提唱する「仮説実験授業」の運営方法を参考にした。 プ・ワーク等も有効なアクティブラーニングの方 仮説実験授業は , 日本において行われてきた理科の 法である。 アクティブラーニング型学習形態であり,問題・予 ( 『新たな未来を築くための大学教育の質的転換に 向けて∼生涯学び続け、主体的に考える力を育成 する大学へ∼ (答申)』中央教育審議会第 82 回総会, 想・討論・実験などが盛り込まれている。板倉自身は, 『科学と仮説』 (季節社)で,仮説実験授業について次 のように述べている。 イ、およそ半分 (1/2 倍) になる。 ウ、ほとんど変わらない。 エ、その他 ( ) 7 【問題 2】 う 1 つ取り付けて,おもりを 3 つにした。さっ きと同じように,おもりを少し下に引っ張って 離し,おもりを振動させた。このときのおもり が 10 回振動する時間(10 周期)はおもり 1 個 のときと比べてどうなるでしょうか? 予 想 3.2定性的な実験の例 実施した実験の例として, 「単振動の周期」 に関す 選択肢 ア、およそ 3 倍になる。 る問題を次に示す。この問題は,おもりの質量と周 イ、およそ 1/3 倍になる。 期との関係性の理解を目的としたものである。 Snet55-02- ばねと 3 つのおもり .ai ウ、ほとんど変わらない。 エ、その他 ( ) まず前置きとして,ばねにおもりを 1 個ぶら下げ て振動させ,10 回の振動に要する時間 (10 周期)を ストップウォッチで計測する実験を行った。次に, 【問題1】を出題し,結果を選択肢から予想させた。 予想を集計後,学習者全員で議論し,議論後に予想 を再度集計したところで,実験を行い,結果を確認 146 した。続いて 【問題2】 を出題し,同様のプロセスを 平成 24 年 8 月 28 日) 30 (仮説実験授業は,)科学上のもっとも基礎的一般 業理論である。 発見と解決に向けて主体的 ・ 協働的に学ぶ学習 (いわゆる 「アクティブ・ラーニング」)や,そのた これらを参考に,p.7 下の図に示すような流れの めの指導の方法等を充実させていく必要がありま 授業を実施した。講義形式のスタイルではあるが, 予想 議論 実験 授業終了 質や深まりを重視することが必要であり,課題の 発問 振り返り 記入 のかということを体験させることを目的とした授 法則性の まとめ ろんのこと, 「どのように学ぶか」という,学びの 数式で 現象の一般化 的な概念・法則を教えて,科学とはどのようなも 授業開始 という知識の質や量の改善はもち 「何を教えるか」 34 今度は,ばねの一端にさらに同じおもりをも (ある物理現象の定性的な実験) 今回実施した授業の流れ ⓒ 2016 数研出版 Snet55-03- 今回実施した授業の流れ .ai 8 9 サイエンスネット 55 号 特集 2 サイエンスネット 55 号 特集 2 4. 実施対象 福井県立若狭高等学校 普通科 第 2 学年 理系 「物理」選択者 16 名(男子 13 名・女子 3 名)。この集 団は,1 年次に 「物理基礎」を履修済みである。 面白かった。物理の勉強をするのが苦痛では S さん 「ばね定数が大きいものも見てみたかった。」 なくなりました。公式の数式が導かれる過程 また,質問 3 では大多数が, 「定性的な実験を歓迎 はとても興味が深まった。 」 する」と回答していることから,これらの成果は, ど 2 年では考え方を変えることができた。 」 質問1:力学はいかがでしたか? 研出版 「物理」 (物理 /304)を使用するとともに,3 章 選択肢 シート」の記入を実施した。また,「力学」分野終了 6. 結果 6.1 「振り返りシート」から見る結果 年生のときより意味の分からないことが減っ て楽しかった。しっかり復習してもっと理解 1 2 3 4 5 6 7 人数(人) 9 10 1169 12 30 5 4 3 2 1 9 10 11 Snet55-04- 本日の理解度グラフ .ai 授業に対するコメント まで不思議に思っていたことを解き明かすみ 質問 2 たいで面白い。 」 E さん 「1 年生の時は,点数取るために,公式を覚え ていただけだったけど,2 年生になってから は,公式の意味がしっかり理解できるように なった。物理が面白く思えて,好きになった。 」 12 1 2 3 4 5 6 7 人数(人) 8 9 10 11 2:あまり歓迎しない,1:実験は取り入れなくていい) た。 」 11 11 M さん「ほぼぴったり 22 倍 33 倍になっていてびっ ─ ─ ─ ─ 22 根号 (分数) 10Q くりしました。 」 S さん 「実験を終えた後に,運動方程式を立てると本 m m 当に実験通りの数字が出てきてよくわかりま ─ ─ k k のを作成しました。 のを作成しました。 した。 」 入してください。 入してください。 根号 (分数) 10Q 分数) 12Q H で計算した答えが実験した結果で出てき 2 さん 3「 トライン化されているので, トライン化されているので, て感動的だった。」 1 m がしっかりとわかりました。」 m O さん 「T ─ = 2π ─ 際は注意してください。 際は注意してください。 2 ─ k k 2 は適宜調整してください。 は適宜調整してください。 3 選択肢 た。 」 ばりたいです。 」 7. 考察・まとめ 「振り返りシート」 の 「本日の理解度」 では,学習者 全員が 5 か 4 を選択している。今回紹介した単振動 の授業だけでなく,他の回においても,ほぼ全員が 質問 3 るのが良かった。」 学と物理は今まで切り離して考えていたけれ 69 (5:大いに歓迎する,4:ある程度歓迎する,3:どちらともいえない, 根号 根号 (分数) (分数) 10Q 10Q 根号 根号 (分数) (分数) 12Q T12Q さん 「数式を実験から導けるのは,すごいと思っ S さん 「1 年生の時と物理の印象が変わりました。数 ど,違うんだなぁと思いました。もっとがん う思いますか。 深まるし,自分でイメージしながら考えられ m m 22 I ─ 1─ 1 m─ m m m さん 「予想と実験結果が合ったときおもしろかっ ─ ─ ─ kk k─ k k─ k 22 12 質問3:物理の授業で定性的な実験を扱うことをど 30 N さん 「実験があるのは,やっぱりたのしい。理解が ト的に使っています。 的に使っています。 う設定しているのかは把握できていません。 う設定しているのかは把握できていません。 する必要がある。 」 S さん 「原理から公式を出して使えるようなった。今 Snet55-06- 質問 2.ai 8 T さん 「原理は理解しているつもりでしたが,できて いなかった。1 つ 1 つの式の成り立ちを理解 5 30 4 3 2 1 0 5 6 7 人数(人) を深めていきたい。 」 M さん「原理から公式を理解できるようになった。 」 選択肢 本日の理解度(5 段階評価)[N=16] 理解度 8 2:理解できなかった,1:受け入れられない) 評価) の内容の例を以下に示す。質問内容は「本日の 由記述)の 2 つである。 円滑に接続できていると考えられる。 理から理解しようと努力するようになった。1 授業後に行った 「振り返りシート」 (理解度の自己 69 まく物理現象の本質をとらえ,定量的な考え方へと きるようになったと思います。 」 (5:よく理解できた,4:理解できた,3:どちらともいえない, 理解度」 (5 段階評価)と「授業に対するコメント」 (自 て述べている生徒が多く,定性的な実験によってう ということが分かって今までよりも物理がで Snet55-05- 質問 1.ai 質問2:力学の内容 ・考え方は理解できましたか? を報告する。 4 では,物理への取り組み方や考え方の変化につい N さん 「グラフや力の矢印が書けるようになった。原 3.2 節で例としてあげた「単振動」の授業での結果 4 Y さん 「1 年の時はずっと公式を覚えてやっていたの 実験を取り入れたおかげであると考えられる。質問 で全然わからなかったけど,数学的に問える 5 4 3 2 1 0 3 な場面で使うことができるようになった。 」 質問 1 時に 「振り返りアンケート」を行った。 1 2 ─ 根号を 号を 「部品」 として保存して, として保存して, 2 「部品」 30 2:つまらなかった,1:とてもつまらなかった) 度の自己評価と授業の感想を記述する「振り返り 2 N さん 「公式を覚えるだけじゃなくなったので,適当 69 (5:とても楽しかった,4:楽しかった,3:どちらともいえない, り入れた授業を 1 年間行った。各授業後には,理解 1 を使っていいかわからなくなる時があったけ を次に示す。 「授業の設計」 で説明したような,定性的な実験を取 0 て考えていたので,テストのときにどの公式 同様に,「振り返りアンケート」の質問内容と結果 「力学」 「波動」 の 2 つの分野において,教科書 数 22 M さん「1 年生のときは公式を覚えてそれに当てはめ 6.2 「振り返りアンケート」 から見る結果 5. 実施方法 ほとんどであり, 「よく理解できた」の割合も多い。 M さん「予想があたってよかった。」 5 と 4 を選択していた。また,授業に対するコメン 5 4 3 2 1 トから,実験を取り入れた授業では,物理現象に対 して興味関心が湧いている様子が確認できた。原理 から公式の成り立ちを理解し,それを導くことがで 0 1 2 3 4 5 6 7 人数(人) 8 9 10 11 12 Snet55-07- 質問 3.ai 質問4:物理へのあなたの取り組み方・考え方に変化 はありましたか?自由に書いてください。 H さん 「物理が数学で理解できるようになってとても きるようになっている生徒もいた。自然科学が数学 的法則に従うことへの感動を述べている文章もあり, 物理と数学が教科を超えてつながった様子が見られ た。 「振り返りアンケート」 の質問1において,授業が 「楽しかった」 とする評価が圧倒的に多かった。質問 2 における力学の考え方についても 「理解できた」が 参考文献 ⑴ 中央教育審議会「初等中等教育における教育課程の基準等 の在り方について(諮問)」 (平成 26 年 11 月 20 日) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/ toushin/1353440.htm ⑵ 中央教育審議会「新たな未来を築くための大学教育の質的 転換に向けて∼生涯学び続け、主体的に考える力を育成す る大学へ∼(答申)」 (平成 24 年 8 月 28 日) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/ toushin/1325047.htm ⑶ 中央教育審議会「新しい時代にふさわしい高大接続の実現 に向けた 高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体 的改革について∼すべての若者が夢や目標を芽吹かせ、未 来に花開かせるために∼(答申)」 (平成 26 年 12 月 22 日) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/ toushin/__icsFiles/afieldfile/2015/01/14/1354191.pdf ⑷ 中央教育審議会「児童生徒の学習評価の在り方に関する ワーキンググループにおける審議のまとめ」 (平成 22 年 3 月) ⑸ 文部科学省「学校教育法等の一部を改正する法律について (通知)」 (平成 19 年 7 月) ⑹ 板倉聖宣「科学と方法 科学的認識論の成立条件」 (季節社, 1986) ⑺ 板倉聖宣「科学と仮説」 (季節社,1971) ⑻ 板倉聖宣「仮説実験授業の ABC」 (仮説社,1997) ⑼ E.Mazur. Peer Instruction: A user s manual. PearsonPrentice Hall, 1997 ⑽ 兼田真之,新田英雄「クリッカーを用いたピア・インストラ クションの授業実践」 (物理教育 57-2 pp.103-107,2009) ⑾ 山崎敏明,谷口和成 他「高校物理に導入したアクティブ・ ラーニングの効果と課題」 (物理教育 61-1 pp.12-17,2013) ⑿ 笠順平「研究にもとづく物理教育の改善と評価」大学の物理 教育 16 (日本物理学会,2010) ⒀ エドワード・F・レディッシュ著,日本物理教育学会監訳「科 学をどう教えるか」 (丸善,2012) ⓒ 2016 数研出版
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