GCOEソフトロー・ディスカッション・ペーパー・シリーズ GCOESOFTLAW-2012-2 欧州諸国との比較におけるドイツ労働法の最近の展開 ―ドイツ労働法は危機にある国々の模範たりうるのか? 桑村裕美子 東北大学大学院法学研究科 2012 年 12 月 欧州諸国との比較におけるドイツ労働法の最近の展開* ―ドイツ労働法は危機にある国々の模範たりうるのか? Ⅰ 現行のドイツ労働法の規制 1.ドイツ労働法のシステム ―高度の保護レベルと法典化の明らかな欠如 ドイツは現在、その比較的高い競争力ゆえに国際的に羨望の対象となることもあれば 敵視されることもある。ドイツの優れた点の一つとして、輸出による高利潤、厳格な財 政規律とそれによるわずかな国家債務に加え、特に失業率がわずかに5%を超えるだけ という非常に安定的な労働市場が強調される。これによってドイツは、オーストリア、 ルクセンブルク、デンマークといったわずかな例外を除けば、他の多くの欧州諸国と明 らかな対照をなしている。特に南ヨーロッパの国々、すなわちギリシャ、イタリア、ス ペイン、ポルトガル、そしてフランスも明らかにより高い失業率を示している。ドイツ の相対的に有利な状況はOECDおよび他の国際機関によってまずは以下のように説 明される。すなわち、ドイツはゲハルド・シュレーダー首相の政権下で様々な改革、す なわちいわゆる「アジェンダ 2010」およびいわゆるハルツ改革を実施したということ である。労働法の規制緩和が長期失業の早急の克服および危機にある国々での新たな雇 用創出の実現にとって決定的であると見なされ、したがってEUからも危機にある国々 に対して強く求められている1。しかし、ドイツは本当に南ヨーロッパ諸国の模範とな りうるのか?本稿はこの問いを探求し、さらに日本の立場から興味深いドイツ労働法の 特徴を指摘していく。 一連の「アジェンダ 2010」による改革に立ち入る前に、ドイツ労働法の法的枠組み は全く満足のいくものではないということがまず強調される。ドイツ労働法は確かに、 欧州諸国だけでなく全世界で最も発展した労働者保護システムの一つである。ドイツの 解雇制限法は、10 人以上の労働者を要する事業所において雇用期間が 6 か月以上であ る労働者に対し存続保護の形で広範な解雇制限を保障し、疾病時には 6 週間まで使用者 に賃金継続支払義務があり、労働者は広範囲にわたってー例えば性別、民族的由来、世 界観または年齢に基づく―差別から保護される。これはいくつかの重要な例を挙げたに 過ぎない。さらに、世界的に見て比類のない集団的労働法上の規定(事業所組織、企業 の共同決定、協約法)もある。集団的な多数の労働者に適用される規制はドイツでは協 本稿は、2012 年 11 月 13 日に開催された第 12 回ソフトローと社会法研究会でのマル ティン・ヘンスラー氏(ケルン大学教授・ドイツ法曹大会会長)の講演原稿 „Aktuelle Entwicklungen im deutschen Arbeitsrecht im Rechtsvergleich mit anderen europäischen Staaten – Ist das deutsche Arbeitsrecht ein Vorbild für Staaten in der Krise?“を訳したもので ある。 * 1 約当事者すなわち労働組合と使用者団体によってのみ定められるのではない。ある事業 所のすべての労働者から選出される事業所委員会と使用者も、当該事業所のすべての労 働関係に直律的・強行的に適用される合意、いわゆる事業所協定を締結することができ る(事業所組織法 77 条)。ドイツの労働協約は原則として双方が協約に拘束される労 働者と使用者にのみ適用され、したがって当該労働者が当該組合に所属していることを 前提とするので、事業所協定はそれよりも広範な、全従業員を含む適用範囲を有するこ とになる。ドイツ事業所委員会の並はずれて強力な法的地位、例えば雇い入れ、配転、 時間外労働命令あるいは労働時間短縮の合意のような広範にわたる共同決定権を付与 されていることは、国際比較においてドイツ労働法の一つの注目すべき特徴である。た だし、事業所委員会と使用者は通常協約で規制されない分野においてのみ事業所協定を 締結することが許される(事業所組織法 77 条 3 項)。したがって、事業所委員会は労 働組合と競合してはならない。このことから、労働法上の法源はドイツでは 5 段階ある ことになる。その段階を下から上へ(1が最も弱く5が最も強い)示すと次のようにな る。 1.労働契約 2.事業所協定 3.労働協約 4.法律 5.憲法/EU法 それぞれより下位のレベルにある法源は常により上位の法源と両立するものでなけ ればならい。この場合、労働者にとってより有利な規制は通常許容される(いわゆる有 利原則。労働協約法 4 条 3 項参照)。 ただし、綿密かつ体系的にうまく規制されている事業所組織の法(事業所組織法)以 外では、ドイツの法的状況は労働法実務にとって非常に不十分なものである。すなわち、 ドイツの労働契約に関する法(いわゆる個別的労働法)は多くの散在する個別立法によ って形成される。30 以上の連邦法が労働法上の規定を含んでいる。一部は連邦共和国 の民法典であるBGBに、一部は営業法や商法典に規定されている。さらに、ゆうに 10 以上の労働法の特別立法が、例えば差別禁止、パートタイム労働あるいは有給休暇 請求権について存在する。日本にすでに 1947 年以来存在するような単一の「労働基準 法」が欠けている。質的にも批判される理由がある。すなわち、労働法の実務家はたび たび、不明確でアンバランス、そして部分的に矛盾する規制に直面する。そこから生じ るのは保護の欠缺であり、それは判例によって不十分にしか補填されえない。理解不能 な定式や予見可能性の欠如は、混乱そして結局はしばしば関係者全員にとってコストの かかる帰結を伴う不必要な紛争をもたらす。法的安定性が特にドイツの使用者から求め 2 られている。労働法のかなりの領域は全く法典化されておらず、労働裁判所が代わって その欠缺を埋めなければならない。強く望まれるのは、日本で 2008 年 3 月 1 日に施行 された労働契約法において労働契約に関する広範な判例法理が総括されたように、この 判例の発展を法律で対処することである。 ドイツで使用者にとって不明確なのは、例えば、公募がどのようにより法的安定性の ある形で定式されるべきであるか、そして応募過程でいかなる文書作成義務が遵守され なければならないのかである。採用面接でいかなる質問をすることが許されるのか、許 容されない質問、例えば家族の予定について質問した場合にいかなる帰結が導かれるの かは、どの法律にも書いていない。別の日常の例を挙げると、働く女性は、いかなる要 件の下で病気の子供を看病するために賃金を継続的に支払われたうえで労働義務から 解放されるよう要求できるのか、法律から導くことはできない。費用面で法務部を設け ることができない中小の事業主は、欠缺が多く分散的で矛盾を含む法的状況でしばしば なすすべがない。 この市民にとって不親切な状況は、最新判例の知識も法的安定性につながらないとい う事実によってさらに悪化する。常に行われる法改正やドイツで部分的に不十分にしか 実施されないEU法によって、労働裁判所は常に突然の予期せぬ判例変更を迫られる。 したがって当事者たる労働者および使用者は、法律規制が存在するとしても、法的問題 が生じるたびに、その法律が最高裁判例によって補完・修正あるいはかなり制約されな いかどうかを審査しなければならない。 上述の問題の妥当な解決策について専門家は一致している。およそ 100 年前から、す べての個別的規定を一つの労働契約法典に統合することが要求されているのである。 1900 年 1 月 1 日に施行されたBGBの立法過程では既に、民法典は労働関係に関する 排他的規制には適していないことがすべての関係者に明らかであった。それ以来、これ らの不十分な法的状況を解決するために多くの試みがなされてきたが、残念ながら成功 しなかった。このことは、私がケルンの同僚とともに 2008 年に公表した労働契約法案 についても同様である。専門家の間では同法案の実現に賛成する立場でほぼ一致してい たにも関わらずである。ドイツ政府はそれまでに労働組合と使用者の間で同意が得られ た場合にのみある規制を導入するので、残念ながら労働法の分野では対応能力はない。 したがって、長い間議論されてきた多くの法律提案が暗礁に乗り上げている。一部を例 に挙げるだけでも、従業員の情報保護規制、いわゆる「内部告発者(Whistleblowern)」 の保護の強化、有期契約法制の精緻化、協約単一の規制、最低賃金の導入の法案がそう である。 2.欧州における労働法の状況とドイツ労働法の保護レベル こうした背景により、ドイツの法制度に対する国際的な賛美はドイツの労働法学者の 目から見ればむしろ驚きである。ドイツは、例えば英米法の国々よりもかなり高い労働 3 法上の保護レベルを有している点が強調されなければならない。労働契約の法に関して は多くのEU指令が最低基準を規定してきているため、欧州諸国の間の基本的な相違は すでに回避されている。これは例えば、労働条件の証明、有給休暇の法、労働時間の法、 母性保護、使用者の倒産時の労働者保護、派遣労働、事業所譲渡の後の労働者保護に妥 当する。賃金決定についてだけはEUの立法者によって影響力が行使されないことにな っている。ただしドイツは、労働時間の法のような多くの問題についてEU法の保護レ ベルを超えている。欧州諸国の間でおそらく最も重要な違いは解雇に関する法にある。 ここではEUレベルの最低限の規制が存在しないからである。 しかし、とりわけ事業所組織の法、労働協約・争議行為の法、共同決定の法という 3 つの要素をもつ集団的労働法は、ヨーロッパでは一部では発展の初期段階で、一部では それとおよそ調和しない。ドイツが主導的立場にあるのは、既に述べたとおり特に事業 所組織と企業の共同決定の分野である。世界のどこにも、労働者から選ばれた事業所委 員会がドイツほど広範な共同決定権を有する例はなく、世界のどこにも、労働者がドイ ツほど企業政策に広範な影響を与える例はない。ドイツでは大企業において監査役会の 委員が半分まで労働者代表で構成されるのである。 ドイツの労働市場の成功の秘密は、労働者保護を縮小したということよりも、労働者 と使用者が、とりわけ短縮労働の許容の拡大と国家による短縮労働の促進によって労働 条件を柔軟にし、労働時間を業務の必要性に対応させることに広く備えているというこ とにある。 3.解雇制限の法に関する欧州比較 上述のように欧州で労働法の統合が進んでいるので、比較法の観点からは労働契約の 法の領域では間違いなく解雇制限の規制を比較することが最も興味深い。既に述べたと おり、EUは加盟国の法的状況に大きな違いがあるため、これまで解雇の法について統 一的最低基準を設定することを放棄している。 a)有効な(berechtigt)解雇 異なっているのは、有効な解雇と無効な解雇の場合の取り扱いである。 「有効な解雇」 とは、使用者が当該解雇を正当化する理由を示すことができるか、少なくとも解雇が原 則として許容される場合にこれを無効とする特別な理由が存しない解雇と理解される。 10 のEU加盟国は、正当な解雇の場合でさえ金銭支払い(=正当な解雇の場合の金銭 補償)を認めている。これに該当するのは、フランス、イタリア、イギリス、スペイン、 ポルトガル、ギリシャ(職員のみ)、オーストリア、デンマーク(職員のみ)、アイル ランド、ルクセンブルクである。これに対応する義務がないのは、ドイツ、オランダ、 ベルギー、スウェーデン、フィンランド、そして―欧州以外では―アメリカだけである。 したがってドイツでは、解雇制限法 1 条にいう解雇理由―これは当該労働者の個人的理 4 由、態度あるいは切迫する経済上の理由によって生じうる―が存在する場合には、解雇 予告だけの保護を与える。事業所変更の場合、すなわち集団的な状況が問題となる場合 にのみ、事業所委員会は社会計画を要求することができる。そこには通常、解雇される 労働者に対する補償金が規定される。したがってドイツでは、この領域では労働者保護 の点で見ると間違いなく主導的立場にはない。むしろ、労働ポストを最終的に廃止する という判断は憲法上保障された企業決定として、裁判所は恣意性の有無のみ審査する。 したがって、もはや不要となった労働ポストは原則として補償金の支払いなしに廃止す ることができる。もっとも、他のEU加盟国に対する使用者のこの費用面でのメリット は昔から存在していたので、これは最近の法改正とは関係がない。 b)違法な解雇 以上と状況が異なるのは、正当でない解雇、したがって使用者が法律上認められた解 雇理由を示すことができない解雇の場合である。このケースでは世界中、そして欧州内 でも規制の幅が非常に大きい。本質的に違いがあるのは、当該労働者が労働関係の継続 に加えて、あるいはそれに代わって補償金の支払いを要求することができるか、または、 使用者が労働者に常に解雇が違法であるにも関わらず補償金の支払いだけを行うこと ができるかである。ベルギー、デンマーク、そしておそらくフィンランドでも、労働者 は損害賠償のみを求めることができ、労働関係の継続を要求することはできない。同様 の帰結は使用者の目から見れば以下の国々で導かれる。すなわち、当該労働者は確かに 労働関係の継続を求めて提訴できるが、使用者は賠償金を支払うことで労働関係の継続 を回避できる国々である。追加要件なしにそのような使用者の形成権を認めるのは、フ ランス、スウェーデン(フィンランド)、ルクセンブルク、小規模事業所についてイタ リア、個別的解雇についてスペインである。イギリスとアイルランドは使用者に契約の 継続を拒否するという同様の権利を認めるが、使用者には損害賠償支払義務が生じる。 少数派である 6 つの加盟国だけが労働者に労働関係の継続の権利を無制限で認め、これ によって補償金支払だけでない真の存続保護を確保する。したがって、この法秩序では 使用者は賠償金の支払いによって強制的に労働関係を終了させることはできない。こう した国々に数えられるのは、オランダ、ポルトガル、ギリシャ、オーストリア、労働者 15 人以上のより大きな企業についてイタリア、集団的解雇についてスペインである。 イタリア、スペイン、オランダでは労働者に就労(雇用継続?)の請求権を実際に実現 することにも成功しているのに対し、オーストリアとギリシャではしばしば補償金額の 協議が行われる。 ドイツもこの 6 つの国で構成されるグループに第 7 番目の国として加えられる。ドイ ツでは、使用者は解雇制限法 9 条により雇用継続が「期待できない」稀なケースでのみ 労働裁判所において労働関係の解消を求めることができるからである。 5 c)比較法の観点からの評価の帰結 したがって全体としては、ドイツから見れば解雇に関する法比較の帰結としては相反 するものが導かれる。ドイツの使用者にはまず、切迫した経済的理由がありしたがって 労働ポストが永遠になくなる場合には、補償金の支払いなく労働者から別離することが できるという利点がある。これに対して、ドイツの使用者は常に一定額の支払いによっ て労働関係を終了させることができるような、経済的に計算可能な安定性は有しない。 したがって、この解雇制限法上の規制だけを見れば、雇用親和的な規制緩和された労働 市場の枠組みは確認されない。ドイツにおける低い失業率はいずれにせよ自由主義的な ドイツの解雇法理では説明できない。ドイツの使用者は反対に解雇制限法の厳格さを訴 え、ドイツでも補償金支払いで存続保護を代替させ、それによって予測可能性とさらな る法的安定性を付与されることを、かなり前から常に新しい方法で要求している。 外国の観察者から見た具体的な評価は労働者保護規定を全体として考慮に入れるこ とによってのみ許容される。ここで指摘に値するのは、まずは自由主義的な有期契約法 制と比較的自由主義的な労働者派遣法制がドイツの解雇制限法のハードルの高さの代 償となっているということである。現行規制はドイツの使用者を不安定な労働関係に逃 避させる効果を有する。ずっと合理的ですべての労働市場当事者にとってよりよいのは、 有期契約と派遣労働の法制度の緩和措置を廃止し、その代り解雇法理をわずかに自由化 することであろう。しかしそのような解決策は、ドイツの解雇制限を神聖化する労働組 合の反対で失敗に終わる。 比較法の観点から注目すべきは、労働市場が危機にある国々、すなわちギリシャ、ポ ルトガル、イタリア、スペインの使用者は全体として二重の負担を負わなければならな いということである。これらの国の使用者は、有効な解雇の場合にも補償金を支払わな ければならないのと同時に、補償金の支払いによって常に労働関係をより法的安定性の ある形で終了させることもできない。したがって、欧州の他のモデルの一つ、例えばド イツやフランスのモデルに適合させるという提案は正当であるように思われる。これら の国々は、一定の柔軟化なしにはグローバル化した経済において競争力を有することは できない。また、解雇にあまりにも高いハードルを設定すると雇い入れを妨げることが 証明されている。新たな雇用の創出は、その労働ポストを計算可能な費用支出によって 再び廃止できることが確実な場合でなければ、使用者にとって単純に魅力的でない。 Ⅱ 2004 年以降のシュレーダー首相によるいわゆる「アジェンダ 2010」 このような背景のもとでシュレーダー政権下で実施された改革には実際にいかなる 意義があるのか?この改革はドイツの強力な国際的地位を説明することができ、意味が ある労働法の柔軟化を本当にもたらしたのか? まず第 1 に思い出しておくべきは、ドイツは前世紀の 1990 年代に「欧州の病人」と 言われていたことである。再統一の結果である高い失業率と多大な財政赤字は気分を滅 6 入らせ、ドイツは特にイギリスから多くの嘲笑と悪意のある言動を受けなければならな かった。シュレーダー首相のSPD(社会民主党)と緑の党連立政権は、1998 年から 2002 年までの最初の任期では、いまだ立法活動の重点を労働者の権利の強化、事業所 委員会の共同決定権の拡充、前コール政権の使用者に有利な様々な改革の後退に置いて いた。シュレーダー首相の社会民主党・緑の党連立政権の二期目(2002 年から 2005 年) になってようやく、労働市場の明らかな悪化を受け、2004 年以降印象深い「アジェン ダ 2010」のスローガンの下で政策が方向転換された。 このアジェンダの一連の改革を正確に分析すると、特に労働法改革に優先的に目を向 けた場合に概観可能であることがわかる。最も重要な改革に挙げられるのが、解雇制限 法の適用事業所の規模を「労働者が 10 人を超える場合に」に引き上げたことである。 この基準の引き上げは小規模事業所、特に手工業事業所、そして自由業の組織と実務に、 新たに労働者を雇い入れるインセンティブを与えるものであった。これらの事業所はそ れ以来、特別な理由を全く証明することなく通常解雇をなすことができる。これらの事 業所において違法となる解雇は、良俗に違反するか差別禁止のような一般的法律に違反 する場合のみである。しかし、これによって新たに生み出された労働ポストは比較的わ ずかのようである。 より重要なのは有期契約法制の緩和によって付与された雇用創出のインセンティブ であろう。パートタイム労働・有期労働契約法 14 条によると、使用者は契約の期間設 定につき 2 年まで客観的理由なく従業員を有期契約で雇用することが許される。さらに、 2 年の期間内であれば 3 回まで契約期間を延長することが許容される。したがって例え ば、使用者は新たに生み出された労働ポストにおいてある労働者をまずは 6 か月間の期 間の定めのもとで雇用し、さらに雇用継続の必要がある場合はこの労働者との労働関係 を 3 回(例えばその都度 6 か月の期間で)延長することができる。これは結局、ある労 働関係において最初の 2 年はドイツでは実際上もはや全く解雇制限が存在しないこと を意味する。このことから、ドイツで新たに雇い入れられる者の大半が有期労働契約で のみ雇用されるということは驚きではない。一連の 2010 アジェンダにおいては、ドイ ツで既に長い間存在していたこの可能性を若干拡大させた。これ以降、上述の期間設定 の可能性は企業設立者にとってはそれどころか 4 年までとされている。 労働市場にとっておそらく最も影響が大きく議論がある労働市場政策はいわゆるハ ルツ法による派遣労働の強力な促進であった。派遣労働はドイツではかつて数十年間タ ブー視されていた。連邦首相の労働法の最も重要な助言者の一人であるフォルクスワー ゲン社の人事担当役員ペーターハルツは、「貼り付け効果(Klebeeffekt)」を期待して 真っ先に派遣労働の実施の緩和に賛同した。これと結びついていたのが、派遣先として 登場する使用者は派遣労働者に業務に従事させその適格性を認めた場合に当該派遣労 働者を続けて自身の通常の労働者として雇うであろうという期待である。そのような 「貼り付け効果」は過去に実際に証明されている。さらに最近では、多くの労働組合は 7 協約交渉において派遣労働者が自己の労働者として引き継がれることを要求している。 派遣労働は特に以下の方法によって促進された。すなわち、労働協約に基づいて基幹 労働者と比較してより低い賃金を支払うことも認めることによって同一賃金および平 等取扱い原則の適用を制限するという方法である。一連のハルツ改革ではさらに、すべ ての雇用エージェンシー(公共職業安定所)に、いわゆる人材サービスエージェンシー (Personalseiviceagentur)を設置する義務が課された。これによって国家は、自由市場 において派遣企業に対して派遣の原則を奨励している。ハルツ改革のさらなる帰結とし ては、同時性の禁止(Synchronisationsverbot)と派遣の期間設定の制限が完全に廃止さ れたことである。同時性の禁止はもともと、派遣企業がその労働者を「必要に応じて」 のみ、したがって派遣先が当該労働者を必要とする限りで雇用することを妨げていた。 新規制以降は、派遣企業はある企業で相応の必要性があることを認識している場合に初 めて労働者を雇用することができる。ただし、多くの規制が弊害の発生ゆえに 2011 年 に再び廃止ないし限定されたので、それ以降は派遣は再び「一時的に」行われなければ ならず、さらに 2012 年 5 月 1 日の効力発生によって派遣労働部門の最低時給賃金が西 側 7,79 ユーロ、東側 6,89 に設定された。 労働法上の規制は社会法上の諸規定によって補完された。特に失業手当の受給者に対 する要求が厳しくなり、就業についての期待可能性が引き下げられた。より若い求職者 には、例えば勤務場所の変更やより低い賃金での職務への変更が期待される。さらに、 当該失業者は 1 年間のみ最後の給料によって定められる失業手当を受け、さらにその支 援は社会扶助のレベルまで引き下げられたので、困窮化が懸念される。 全体として確認できるのは、一連の 2010 アジェンダでは労働者保護規定の大量の廃 止はなされなかったということである。労働法上の保護規定の核心部分は侵害されなか った。議論があった派遣労働分野の緩和規定は部分的に再び廃止された。したがって、 ドイツの競争力強化に対する労働法の貢献度は全体としてむしろわずかであろう。より 重要だと思われるのは、ドイツの立法者の手では実施されなかった展開、すなわち労働 組合と使用者が数年以上前から行ってきた賃金抑制である。さらに本質的なメリットは、 労働組合、事業所委員会および使用者が 2008 年の危機の際にともに対応し、短縮労働 の実施によって労働ポストの大量廃止を防いだということであった。これを支援したの は国家による操業短縮手当の寛容な支払であった。この方法で企業は危機に引き続いて 生産を再び急速かつ低価で実施し、自らの国際的競争力を強化することができたのであ る。 Ⅲ 日独比較における労働組合の意義 ドイツ労働市場のさらなる特徴は国際比較において並はずれて強力なドイツの労働 組合の地位である。1945 年以降、ドイツでは統一組合が組織された。最も重要な産業・ 経済分野で合計 7 つの組合がドイツ労働総同盟 DGB 傘下に含まれている。具体的には、 8 IG Bau(建設、農業、環境)、IG Metall (金属、電機)、Ver.di(サービス部門)、IG BCE (鉱業、化学、エネルギー)、警察官労組、GEW(教育・学術)、EVG(交通、鉄道)、 NGG(食品、飲料、飲食業)である。これらの組合はいわゆる産別組織原理によって組 織されている。このことが意味するのは、例えば金属・電機産業に管轄を有する組合 IG メタルの構成員は金属産業事業所で働くすべての労働者であるということである。当該 労働者の具体的な職務内容は重要でない。したがって、フォルクスワーゲン社の食堂で 働く料理人もソフトウェアの専門家も守衛も IG メタルに組織され、それにより金属産 業の比較的高い賃金を支払われる。したがって、ある企業のすべての労働者が共同・連 帯して当該企業の労働協約の獲得のために闘う。DGBに統合されている組合は原則と して互いに競合せず、むしろ「一つの事業所に一つの組合」という原則が妥当する。 これと反対に、ある特定の職業の労働者のみ、例えば医者だけ、パイロットだけ、あ るいは操縦士だけが結集した職業別組合のモデルはドイツでここ最近になって意義が でてきた。ドイツの連邦労働裁判所は長い間協約単一原則を形成してきたのであり、同 原則によると、一つの事業所にはただ一つの協約が存続できる。同原則のもとでは、DGB 系組合と併存するより小規模の組合の交渉には通常意味がなかった。というのも、場合 によって締結された労働協約はいずれにせよ通常はより大きな組合によって排除され たからである。2010 年の同原則の廃止により、現在ドイツでも組合の組織状況に変化 が見られる。日本と同様に、ますます多くの組合、そして当該事業所内の協約の多元性 が観察されうる。その結果は全く異なる様々な組合によって激しい労働争議が発生する ということである。これにより例えばルフトハンザやドイツ鉄道が特に苦しむことにな る。 日本と異なりドイツでは確かに団結自由を具体化する労働組合法は存在しない。しか し判例は、ドイツの基本法から直接、組合が協約能力を有するための厳格な基準を導き 出した。こうして労働組合は、実際に使用者と同じ目の高さで均衡した交渉を行うため に特に「交渉実力性(soziale Mächtigkeit)」と実施能力を有していなければならない。 この交渉実力性を有しない組合の労働協約は無効である。 DGBに統合されている組合の戦略は数十年前から、全部門のための産別協約を締結 することを目標としていた。例えば、自動車産業の企業が可能な限り広く拘束される金 属および電器産業のための連邦全体の統一的協約である。したがって状況は、産別組合 がわずかで 90%以上が企業別組合である日本と基本的に異なっていた。これに対応し 賃金決定プロセスも異なっている。たしかに産別協約は、労働協約法 4 条 3 項に基づき 開放条項を置き、使用者と事業所委員会が企業ないし事業所レベルで産別協約から逸脱 する、事業所に即した規制を採用することを許容することができる。しかしそのような 開放条項は実務では比較的まれである。にも関わらず大きなDGB系組合の戦略も最近 変わった。DGB系組合は使用者団体に組織されていない使用者とある一つの企業にの み適用される企業別協約をますます締結しているのである。 9 一般に、労働組合は最近、あらゆる企業組織再編および大量解雇の場合に明らかによ り積極的な役割を引き受けている。こうして当該組合は、財政立て直し協約 (Sanierungstarifverträge)を通じて産別協約から逸脱し事業所に適合的な規制を実施し ようとする使用者側の圧力にも対応している。 Ⅳ 国際比較におけるドイツの労働争議の法 ドイツには労働争議に関する法律は存在しない。労働争議法の法律案は、繰り返し作 成されるだろうがドイツでは立法過程で実現される見込みはほとんどないであろう。労 働組合と使用者団体の見解があまりにも異なっているので、政府がこの立法案を受け入 れようとするならば常に激しい抵抗を見込まなければならないであろう。したがってド イツでは、労働争議に関するルールは判例法だけであり、裁判所はストライキとロック アウトに関する判決について唯一の規範的な出発点として基本法 9 条 3 項における団結 自由の基本権を考慮するだけでよい、という珍しい状況がある。この出発点に立つと、 基本法 9 条 3 項の保護にともに含まれる協約自治(労働組合と使用者団体による労働条 件および経済条件の自律的な決定)から導かれるのは、ドイツではストライキは協約自 治の機能を助けるための手段としてのみ承認されるということである。したがってドイ ツでは、ストライキは協約能力のある組織によって開始され、かつ協約上規制可能な事 項について実施される場合にのみ許容される。これは第 1 に、協約能力(交渉実力性) のない組合によって実施されるあらゆるストライキはいわゆる「山猫スト」として違法 であることを意味する。また、政治ストも協約上規制可能な事項について実施されるも のでないので違法である。むしろストライキの相手方たる使用者ないし使用者団体はス トライキと結びついた要求を実際上も自ら実現できなければならない。 したがって、ドイツにおけるストライキの理解は他の欧州諸国と異なっている。例え ばフランスでは、争議権は個人の基本的権利であり、協約法と密な関係はない。したが ってフランスでは、政治ストも職業上の要求に関する限りで許容される。ただし、その 概念はかなり広く解釈される2。オーストリアでも同様に、ドイツで憲法上予定されて いるような、争議権と協約自治との厳密な結びつきは不要である3。これに対してイギ リスでは、ストライキは原則として違法であるが、労働組合には一定の要件の下で損害 賠償請求の免責が付与される。許容されるストライキの目的は 1992 年労働組合関係法 で限定列挙されている。純粋な政治目的はそこに含まれない4。 欧州で争議権の理解について大きな違いが存在することから、EU 基本権憲章で集団 的行動権が規定されたこと(EU基本権憲章 28 条)は問題があるように思われる。当 該規定は次のように定める:「労働者および使用者または使用者団体は、EU法および 各国の法規定ならびに慣習にしたがい、適切なレベルで労働協約を交渉・締結する権利、 および利害が対立した場合には自らの利益を守るためにストライキを含む集団的行動 を行う権利がある」。その保護範囲はこれまでドイツ法で承認されてきたものよりも広 10 く定められている。すなわち、集団的行動は明らかに使用者と労働者の利害対立すべて のケースで保護され、労働協約の交渉に関連するものに限られない。にも関わらず、ド イツの学説の大多数は、一般的な政治目的の実現のためのストライキは EU 法で保護さ れていないと解している5。もっとも、EU 憲章 28 条の保護範囲についての議論はまだ 始まったばかりである。したがって、欧州司法裁判所がこの点を明確にするまでは、E U法がドイツの労働争議の法を規制し直すことを要求しているという見解は排除でき ない。 Ⅴ ドイツ労働裁判所の裁判権 日本と比較して異なる点は、―日本で実施された大きな改革以降も―ドイツの司法制 度にある。ドイツには 5 つの互いに厳密に区別される裁判権が存在する。通常の裁判権 は家庭裁判所裁判権を含む通常の民事事件と刑事手続きを管轄とするもので、四審制 (区裁判所、州裁判所、高等裁判所、連邦通常裁判所)であるが、このほかに 4 つの特 別な裁判所が存在する。それらが対象とするのは、行政法(三審制の行政裁判権)、税 法(二審制の財政裁判所)、社会法および労働法(ともに三審制)である。労働法にお いては、労働裁判所(1 名の職業裁判官と 2 名の素人裁判官)の審級はさらに州労働裁 判所(1名の職業裁判官と 2 名の素人裁判官)、エアフルトにある連邦労働裁判所(3 名の職業裁判官と 2 名の素人裁判官)へと上昇する。素人裁判官はその都度労働組合と 使用者団体から同数ずつ指名される。素人裁判官は労働裁判所の手続きの決定的な特徴 をなしており、彼らの特別な専門知識が事件の処理に役立てられる。注目すべきは、一 審および二審の二名の素人裁判官は職業裁判官の意見に勝りうるということである。た だしこれは、様々な利益(使用者利益と労働者利益)が調整されるため実際にはむしろ まれである。 日本とも法的状況が異なっている労働裁判所手続きの特徴は、斡旋聴聞が義務化され ているということである。これは、裁判所の手続内で紛争の合意に基づいた解決をめざ し素人裁判官なしに行われるものである。2012 年に調停法が施行されてからは調停手 続も裁判所の手続内で適用されうる。労働裁判所での手続は、使用者と労働者の間の紛 争(判決手続)、事業所委員会と使用者の間の紛争(決定手続)、さらに労働組合と使 用者団体の地位および労働協約の有効性に関する紛争を対象とする。 その具体的な状況はある 1 つの例で明らかになる:ケルンの労働裁判所では 20 人の 職業裁判官が 1 年で約 11000 の訴えの手続と数百の決定手続を処理している。和解率が 非常に高く、判決によって処理されるのは全事案の 15%に限られる。別の裁判権に対 して高い和解率は作業過程での特殊な事情、すなわち当事者が一審の議長に双方が受け 入れられる和解案を提示することを期待しているということによる。 国際比較では、このような独立の労働裁判権はむしろ例外である。スペインとブラジ ルは同様に独自の労働裁判権を有している。他の多くの国々、EU内でもオランダなど 11 で、労働法の事案は一般的な裁判所で取り扱われる。ただししばしば労働法上の手続き には特殊性がある。日本と同様の混合システムはフランス、アメリカ、オーストリア(ウ ィーン労働裁判所は特殊)およびイギリスで見られる。 独立の労働裁判所を有するメリットとしては、第 1 に、それに特化することで裁判官 の専門知識および裁判所の効率が上がることが指摘できる。また、一般的な民事訴訟法 上の規定の多くは労働法の事案に適していない。特別裁判権に反対する立場ではコスト の上昇が指摘される。またドイツでは繰り返し、当事者に和解に応じるよう裁判官から あまりにも強い圧力がかけられることが批判されている。ドイツではかつて、労働裁判 所を通常裁判所あるいは社会裁判所と統合することについて法政策上の議論がなされ た。しかし、労働裁判官および大部分の労働裁判所実務からの反対にあったため実施さ れなかった。 Ⅵ 要約 要約すると、ドイツは確かに世界的にみて労働者保護を特に実現する労働法システム を有することが確認できる。しかし、他の国々で観察される労働市場の硬直化がドイツ で生じていないとすれば、その理由は何よりもまず以下の点にある。すなわち、労働組 合と使用者団体が、多くの領域で意見が異なるにもかかわらず、事実上そして結果的に も比較的うまく協力してきたので、比較的穏やかな賃金上昇につながったということで ある。また見逃すことができないのは、例えばフォルクスワーゲン社のような多くの企 業において事業所委員会と企業経営陣が信頼に基づきうまく協力してきたということ である。事業所委員会は大企業では企業経営陣の敵ではなく、共同責任のある経営者と して理解される。したがって、必要な構造改革は事業所委員会によって共に実施される のであり、妨害はない。 1 OECD, What is the near‐term global economic outlook?, Paris, 6 September 2012, S. 7. 以下 のHPで閲覧可能。 http://www.oecd.org/economy/economicoutlookanalysisandforecasts/Interimassessment6Se ptember 2012.pdf. 2 Henssler/Dux, Arbeitsrecht in Frankreich, 2011, S. 116 ff. 3 Henssler/Braun/Pelzmann, Arbeitsrecht in Europa, 3. Aufl. 2011, S. 989 ff. 4 Henssler/Braun/Harth/Taggart, Arbeitsrecht in Europa, 3. Aufl. 2011, S. 534 ff., 538. 5 Holoubek, in: Schwarze, EU, Art.28, Rn.20; Jarass, Charta EU‐Grundrechte, 2010, Art. 28, Rn. 7. 12
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