ELVIS PERKINS IN DEARLAND エルヴィス・パーキンス・イン・ディアランド “ ELVIS PERKINS IN DEARLAND ” 今から2年以上前になるが、1度だけエルヴィス・パーキンスのライヴを観たことがある。毎年3月にテキサス州オースティンで 開催されている音楽見本市SXSW(South By Southwest)でのことだ。私が観たのは夕方〜深夜にかけて行なわれる公式 ショウケースではなく、日中、オースティンのあちらこちらで開かれる各種ショウケースの中のひとつだった。前のバンドが終わり、お もむろに演奏準備を始めた彼ら(すでに4人組=ザ・ディアランドは出来上がっていた)のことを、何とはなしに眺めていた私の 目を最初に惹き付けたのは太鼓だった。鼓笛隊がお腹に抱える、あれだ。しかもベースはアップライト。テキサスの太陽が照り つける昼日中、赤白ボーダーのテントの下、ビールを片手に談笑する観客…なんともゆるい空気の会場だったけれど、4人は そんな空気も味方につけて、実に気持ちのいい音を鳴らした。シンプルだけど抜けのいいバンド・サウンド。4人が揃って歌うと、 ますます気分はアップする。フロントに立つエルヴィスは、シンガー・ソングライターと呼ぶよりロックンローラーと呼びたくなるクール な佇まいで魅力的だし、そんな彼の周囲を、太鼓を抱えたニックが跳ね回っているのも可笑しかった。この2ヶ月ほど前にデ ビュー作『アッシュ・ウェンズデイ』日本盤ライナーノーツを書かせてもらっていた私は、確信した。彼らが重ねて行く成長と可能性 を。そして今、2年前の自分に間違いがなかった喜びを、密かに噛み締めている。とにかくカッコいいアルバムなのだ!!! エルヴィスのセカンド作にして、エルヴィス・パーキンス・イン・ザ・ディアランド名義では初となる本作。まずはエルヴィスが「家族 も同然」と話すディアランドのメンバーを紹介しておこう。ウィンダム・ボイランーガーネット(key,g,vo)は、エルヴィスのゴッドブラ ザー(ウィンダムの母はエルヴィスのゴッドマザー、エルヴィスの母はウィンダムのゴッドマザー。要するに母同士が親友)、ニックこと ニコラス・キンゼイ(ds,vo)はウィンダムの幼なじみ、ブリハム・ブロウ(b,vo)は、ウィンダムとニックと同じ学校に通っていた、というま さに友達関係から生まれたバンドで、おまけに彼らはみな複数の楽器をこなすマルチ・プレイヤーでもある。メインの楽器以外 にエルヴィスはピアノやハーモニカ、ウィンダムはギターやトロンボーン、ニックはクラリネットやバンジョー、そしてブリハムはサックスを プレイすることができる。4人いれば大抵の楽器は網羅できてしまうのだ。 ブリハムとニックは前作にも参加していたが、バンドを全面に出して4人でレコーディングをしたのは本作が最初である。「この アルバムでは、僕たちのパフォーマンスにあるスピリットをとらえたかったんだ」と話すのはニックだが、その目論見はまんまと成功し ている。本作を聴いて感じられるすべてーー熱いパッション、レイドバックした雰囲気、ノスタルジックな響き、自然と身体が反応 するリズム、思わず顔がほころんでしまうユーモアや高揚感 ——は、ライヴ・バンドとしてのディアランドが携えているものなのだ。 前作発表時にディアランドの活動歴は2年に達していたから、このメンバーでツアーをするようになって少なくとも4年は経ている ことになる。本作には、ツアーでの経験が4人の音楽スキルを高め、絆を深め、音楽的成長を促している様が真空パックされ ている、と言ってもいいだろう。 プロデュースを手がけたのは、エンジニアとしても数々の名盤で手腕を発揮してきたベテラン、クリス・ショウ(ボブ・ディラン、 ウィーザー等)。クリスとの仕事に関してエルヴィスはこんな風に話している。 「クリスが持ち込んだのは、サウンドのエキスパートならではの卓越した知識だね。基本はいわゆる放任主義なんだ。マイクを セットアップしてその他すべてを準備万端整えたら、あとは僕たちに僕たちがすべきことをやらせるだけ。彼の独善的なアイディア を僕たちにインプットすることはせずにね。だから僕たちはいつだってバンドとして作業することができた。もちろん、素晴らしいアイ ディアを与えてくれたこともあったけど、それは彼のエゴやコントロール主義から来たものじゃない。僕らより断然長い年月を音楽 と共に過ごして来たオトナとしての助言、という感じかな」 恐らくクリスにはディアランドの目指すところが分かっていたのだろう。4人の希望、目標、モチベーションにズレや温度差がないこ とを理解していたのだろう。 ほとばしるエモーションを封じ込めた「Shampoo」で幕を開け、デュオのパートナーにベッキー・スターク(LA拠点のルーツ・ロッ ク・バンド=ラヴェンダー・ダイアモンドのシンガー)を迎えた「Hey」では、ロイ・オービソンばりのソウルフルな歌声を聴かせる。 「Hours Last Stand」で暗く深い池に沈み込みそうなメランコリアをたたえ、「I Heard Your Voice In Dresden」では高らかに マーチを鳴らす。この序盤だけで、彼らはどれだけの顔を見せてくれることか。 後半もディアランドの冒険は続く。ディランの時代から受け継がれてきたフォーク・ソング・タイプの「Send My Fond Regards To Lonelyville」を茶目っ気あるホーンで彩り、葬送曲の趣すら感じさせる「I’ll Be Arriving」はゴシック風味満点に仕上げて いる…といった具合で、表現の幅の広がりには目を見張るものがある。何をしでかすか分からない楽しみが、彼らにはある。 「僕はあんまり思慮深いライターではないと思う。いくつかの曲はすごく重く、かと思えばやたらと軽い。ある意味、リスナーにとっ ては賭けを強いられているみたいなものだよね。でも、僕はこんな感じを維持していきたいよ。僕らの音楽を聴いた人はいつも 何かしらの“?”を持ち続け、何がやって来てもいいように準備をしていて欲しい。そして、僕と世界の間には安全な距離が保 たれる、ってわけだ(笑)」というエルヴィスの言葉は、彼の書く歌詞についても言及していると言えそうだ。 前作同様、「123 Goodbye」のように彼の死生観を垣間見せる曲も少なくないが、彼自身は「外へ向けて発せられる本能を 1番に意識している」ことを強調する。自分がテーマとすべきものが本当に価値のあるものなのかどうかが未だに見極められな いという彼はまた、そのことに関して自分は自意識過剰なんだろうとも話している。そうすると、ついつい単純ではない彼のバック グラウンド(後述バイオ参照)を持ち出したくなってしまうが、こういう輩がいるからこそ彼は自意識過剰にならざるを得ないんだと も思う。 エルヴィス・パーキンス・イン・ディアランド。色褪せた写真に目を細める時のようななつかしさと、若々しい躍動感の融合を見 事に成し遂げた本作を、ひとりでも多くの人に聴いてもらいたい。そう願わずにはいられない作品との出会いがあったことに感謝 しながら、この拙文を終えよう。 2009年4月 赤尾美香 エルヴィス・パーキンス・バイオグラフィ 1975年(76年説もあり)2月9日生まれ。父は映画『サイコ』の 主人公ノーマン・ベイツ役で知られる名優アンソニー・パーキ ンス。母は女優/写真家のベリー・ベレンソン。祖母は有名 デザイナー、兄弟や親戚にも俳優やミュージシャンが多数い る芸能一家の生まれだ。しかし、両親の離婚後、父はゲイ であることをカミングアウト、1992年にエイズで亡くなった。さら に母は2001年9月11日、ワールド・トレード・センターに激突 した最初の飛行機に搭乗していた。ティーンエイジャーの頃 からサックスやギターをプレイするようになり、高校時代は元 ナック(「マイ・シャローナ」の一発ヒットで知られる)のプレス コット・ナイルスのレッスンを受けたこともあるというエルヴィス。 カレッジ卒業後、旅をしながら自らの音楽を求めるようになる が、途中に母の死を挟んだことで、旅は思いがけず長いもの になってしまった。ようやく05年頃よりライヴ活動を本格化さ せ、各社争奪の末XLレコーディングスと契約、07年にアルバ ム『アッシュ・ウェンズデイ』でデビュー。欧米を中心に精力的 にツアーを重ね、09年4月セカンド作『Elvis Perkins In Dearland』を発表、現在に至る。 TRACKLISTING: 9.123 Goodbye 7.Chains, Chains, Chains 1.Shampoo 10.How’s Forever Been Baby 8.Doomsday 2.Hey 3.Hours Last Stand http://www.elvisperkinsindearland.com 4.I Heard Your Voice in Dresden http://www.beggarsjapan.com/Artists/ElvisPerkins 5.Send My Fond Regards to Lonelyville http://www.myspace.com/elvisperkins 6.I’ll Be Arriving
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