交通におけるトンネルのあり方についての研究

交通におけるトンネルのあり方にかんする研究
Tunnel used in transportation
阿部
美紀 (慶應義塾大学総合政策学部)
Minori Abe
(Faculty of Policy Management, Keio University)
Tunnel is used in many situations, such as underground pass, gas, water pipe, and
transportation. In this essay, author is going to focus on tunnel as an infrastructure used in
transportation, as well as economic and social difference made between before and after
tunnel construction in area.
キーワード:トンネル,青函トンネル,海底トンネル
Keyword: Tunnel, Seikan-tunnel, undersea-tunnel
1.はじめに
県境は,人の往来のできない,自然の作った
大きな川や山々が選ばれている.県境を越える
ため,昔は大きな労力を必要とした.川を越え
るために橋が作られ,山を越えるのには峠の道
が利用された.しかし峠を越えるためには,曲
がりくねった険しい道をわざわざ登らなければ
ならない.でなければ,その山に連なるいくつ
もの山の山裾を大きく迂回しなければならなか
った.
日本の交通は,明治 5 年に鉄道が導入されて
以来,大きく変化した.鉄道トンネルの開通に
より,それまで山によって遠く隔てられていた
社会が身近になった.すると,これまで異国だ
と思っていた場所が隣同士隣,雪によって閉ざ
されていた山村から都会に出るのが容易になっ
た.トンネルは海によって隔てられていた社会
も一続きにした.本州と九州は関門海底トンネ
ルによって結ばれ,青函トンネルの開通により,
本州と北海道がリク続きにもなった.トンネル
の新しい交通の確保は,大きな経済効果を生む.
最近では峠を貫く国道トンネルの脇に,峠を越
えていた旧国道が使い捨てられているのをたび
たび見かける.トンネル工事には大きな費用が
かかるが,旧国道の峠の道を利用するのに比べ
て自動車一台あたりのガソリン代と時間の節約
を考えると,トンネルのある方が社会にとって
大きな利益をもたらすことになる.
2.青函トンネル
青函トンネル本州と北海道を結ぶ青函トンネ
ルが 63 年 3 月 13 日に開通した.昭和 63 年 3
月の青函トンネル,4 月の瀬戸大橋の開通によ
り,北海道,本州,四国,九州が陸続きとなり,
長年の念願であった日本列島の一本化が実現し
た.
交通施設の整備は,時間短縮,安定的な輸送
の確保などの交通施設そのものによる効果だけ
でなく,その整備から波及する地域経済への
様々なインパクトがある.
特に,青函トンネル,
瀬戸大橋は,開通前から地元の大きな期待を担
って開通した.このような大規模な交通施設の
整備の影響を多角的な観点から把握することは,
今後の交通施設の整備の指針を明らかにするう
えでも意義深い.開通初年度の 63 年は,その
影響を見極めにくい面もあるが,ここでは,そ
の影響の把握・分析を試みる.
3.青函トンネル開通のメリット
第一は,時間短縮効果である.津軽海峡を横
断するための所要時間は,青函連絡船が 3 時間
50 分であったのに対し,鉄道では,青森∼函館
間で 1 時間 59 分となった.第二に,連絡船と
鉄道の乗り継ぎなしに,遠距離の直通運行が可
能となったため旅客,貨物とも乗り換え,積み
替えの不便が解消するとともに,接続待ち合わ
せに要する時間の短縮も可能になった.旅客の
上野∼札幌間の到着時間を比較すると,10 時間
52 分となり,従来の 13 時間 18 分に比較し,2
時間以上短縮された.貨物の東京∼札幌間でも
17 時間 03 分となり,従来の 21 時間 20 分に比
較し,4 時間以上の短縮となった.第三に,ト
ンネル開通以前の海上輸送等が天候の影響を受
けたのに対し,天候に影響されない安定的な輸
送が可能となり,本州と北海道との一体感が強
まった.第四に,ダイヤ編成の自由度が増し,
フリークェントサービスの向上,輸送力の増強
が可能となった.特に,貨物においては,発時
刻の繰り下げによる集荷時間の拡大,市場入荷
に有効な到達時刻の設定等の利便性の高いダイ
ヤの設定ができることとなった.
5.人の流れの変化
旅客交通についてみると,青函トンネルの開
通は,JR 利用客の増加に貢献するだけでなく,
航空,フェリーの利用者の増加にもつながって
いる.63 年 6 月に JR 北海道が津軽海峡線利用
者に対して行ったアンケートの結果でも,青函
トンネルが開通したので旅行をしたという人々
が約半数おり,青函トンネルの開通は,本州と
北海道の旅客の流動を活発化させたとみること
ができる.
更に,イベントの開催等の要因や北海道観光
全体の人気の高まりもあり,本州∼北海道間の
移動が活発化し,各交通機関とも,速報値によ
れば,図に示すとおり好調な実績を挙げている.
出典:運輸白書
4.トンネル開通を契機とした各種サービスの充
実
トンネル開通を契機とした,総合的な利用し
やすいダイヤの編成,車両のアコモデーション
の改善やデラックス車両の導入,カートレイ
ン・モトトレインの運行,海底駅の設置等の関
連サービスの充実も合わせて行われている.ま
た,貨物輸送機器についての開発も進められて
おり,例えば,JR 貨物では,マイナス 25 度か
らプラス 25 度の範囲で生鮮品を一定温度に保
ったまま輸送できる「クールコンテナ」システ
ムの営業が札幌から東京向けの片道体制である
が,63 年 9 月 15 日から開始されている.
出典:運輸白書
6.物の流れの変化
JR コンテナ及び JR コンテナと競合すると思
われる内航コンテナ,フェリー及び航空につい
て,4∼9 月のそれぞれの輸送量の伸び率を比較
してみると,景気の拡大を背景として各輸送機
関ともおおむね好調な中で,JR コンテナの伸
びが特に目立っている.
7.観光の動向
開通以前から青函連絡船フィーバーが起こり,
観光客の増加につながっていたが,開通後には,
海底駅のトンネル見学サービス等青函トンネル
自体が観光資源としての価値を有するようにな
った.
開通された年の函館市における 4∼6 月の宿
泊者数は,25 万人と前年同期比約 20%の増加
を示し,また,札幌市においても同様に 65 万
人と同 8.5%の増加を示し,青函トンネルは好ま
しい影響を及ぼしている.
また,北海道の主要観光地における入込客数
の状況もおおむね好調である.このような観光
客の増加を見込んだホテル・旅館の建設も活発
で,函館市,札幌市においては,客室数がそれ
ぞれ対前年比で 10%,14%増加している.
8.トンネル開通の経済的効果
トンネルの開通にあわせた経済活動の活発化
がみられた.産業界においては,製造販売業,
技術開発センター等の進出の動きが強まってき
ている傾向にある.
青函トンネルの開通は,時間短縮効果,安定
的輸送,積み替えの必要のない直通運行の実施
等により,旅客輸送以上に物流の面でより一層
好ましい影響を及ぼされた.北海道から出荷さ
れる貨物の大半を占めるのは,農産物,畜産物,
水産物等の 1 次及びいわゆる“1.5 次”産品であ
る.これらの貨物は,一日でも早く市場に到着
し,販売されることによって鮮度の低下を防ぐ
ことができる.青函トンネル開通による時間短
縮効果等とクールコンテナの運行等の関連サー
ビスの充実が相まって,市場圏が拡大し,北海
道から出荷される貨物の市場価値が高まること
になる.具体的には,これまでコンテナ輸送に
適しなかった牛乳,アイスクリーム等に加え,
レタス,パセリ等の野菜類や魚介類も新鮮なま
ま輸送できるようになっている.このような市
場価値の上昇は,市場での競争力を高め,生産
の拡大につながることも考えられる.さらに,
本州から北海道への貨物も時間短縮効果等によ
り,その流通の活発化もなされた.このように
青函トンネルの開通は,本州と北海道相互の市
場圏の拡大を促し,生産機会や雇用機会の増大
を促し,北海道の地域開発を促進してきたと考
えられる.
9.青函トンネルの今後の見通しと課題
これまでのところ,青函トンネルの利用は好
調に推移している.当時の運輸白書のアンケー
ト結果から,単純に利用者の利用の見通しの平
均をみると,開通前の年間平均利用回数 1.7 回
に比べ,開通後は 2.3 回になると回答されており,
今後も青函トンネルの利用見通しについて多く
の人々が今後利用が増加すると考えており,当
面は,青函トンネル利用の好調さは持続すると
予想される.
この好調さを一過性のブームに終わらせず長
期的に定着させるためには,関係者の不断の努
力が不可欠である.また,今後とも青函トンネ
ルの価値を最大限に引き出すためには,需要に
対応して青函トンネルに接続する区間を含めて,
輸送力の改善を図ることが必要となるだろう.
物流の面では,クールコンテナや低床貨車の
開発等 JR コンテナ輸送の改善により,今後各
輸送機関間の競争が激しくなることが予想され
るが,基本的には利用者の自由な選択を通じて,
各輸送機関の特性が十分発揮できる物流体系が
形成されなければならず,これにより,本州・
北海道間の物流の活発化を一層推進し,経済,
産業の発展につなげていくことが重要である.
9.1 カートレイン構想
北海道新幹線が具体化するまで青函トンネ
ルの機能を十分に引き出していないのも事実で
ある.この構想は青函トンネルを有効に活用し
本州と北海道との間の交通や流通を充実させる
ため,青函トンネルで列車を使って自動車を輸
送するという.1996 年 7 月に調査委員会(委員
長は運輸経済研究センター運輸政策研究所長=
中村英夫氏)を発足させ,英仏海峡トンネル(ユ
ーロトンネル)のカートレイン(ル=シャトル)を
参考に可能性を探ってきた.またカートレイン
の運行により貨物 15%・旅客70%の需要増を誘発
し,輸送時間短縮による時間便益が年間で 5 億
円,税収効果が 2 億円,観光収入増などによる
経済波及効果が 19 億円を見込む.また以下の 5
つのメリットがあるとする青函間の移動時間が
短縮され,より容易に車で往来できる.また,
交通手段の多様化,信頼性向上にも寄与する.
ターミナルを核として,にぎわいの創出,交流
の増大によるビジネスチャンスの拡大が実現す
る.
?? ターミナルに併設される商業施設で
地域特産品を販売できる
?? 青函間の交流拡大でオートキャンプ
場などの観光施設への需要が拡大す
る
?? 生鮮品の流通が円滑になり、販路が拡
大する
?? 商業施設などの新設で雇用が拡大す
る
?? 青函間の交流拡大で青函インターブ
ロック圏の形成に寄与する
しかし,課題も山積している.事業主体や運営
方法,さらに,輸送需要の把握,事業採算性な
ど経営面の諸問題である.しかし,官民が一体
となり,国家的プロジェクトとして位置付けら
れている青函カートレインの実現に向け,さら
なる取り組みを期待したい.1994 年 11 月に供
用開始したユーロトンネル
(英仏海峡トンネル)
には,イギリス・フランス2カ国の共同運営で,
ユーロスター,貨物専用列車,シャトル列車(ト
ラック用,乗用車用,バス用)の列車が運転さ
れている.
ユーロトンネルの場合,フォークストンとカ
レーの両ターミナルには,カートレインの運行
が契機となり,新たな都市が形成され,著しく
交流人口が増加し活性化している.この例にな
らい青函トンネルに道路的な機能をもたせ,モ
ータリゼーションに伴う輸送形態の変化に対応
する方法としては,カートレインが実現性のあ
る方法である.
青森県東津軽郡今別町や北海道上磯郡知内町
周辺にターミナルを設けることにより,夫々の
地点に運行管理センター,トラック荷物チェッ
ク用施設(スキャナーチェック),旅客サービ
スビル(レストラン,ファーストフード,カフ
ェ,ドラッグストア,案内所,銀行,給油所,
シャワー,宿泊施設),エキジビジョン・セン
ター(トンネル博物館)等が建設され,地域の
活性化に貢献することが考えられる.
10.考察
青函トンネルができたことによって,日本列
島は陸で一本化された.このことにより,多大
な経済効果が想定されていたが,現在伸び悩ん
でいる.この対策としてカートレイン構想など
が浮上してきているが,多大な労力と金銭を用
いて建設された青函トンネルの機能を最大限に
生かしていく方法論を今後考えていかなければ
ならない.
11.今後の展望
青函トンネルにかかわらず,トンネルはでき
るまでが大変である.また,その維持としての
保守コストも多大である.それ以外にも利用者
が減少していかないためにも何らかの対策を常
に考えていくことも必要である.トンネルに潜
んでいるビジネスチャンスを生かし,それをい
かに最大限に使うことができるかということに
ついて考えていきたい.
謝辞
本原稿の作成にあたり,多大なご協力とご助
言を頂きました有澤誠環境情報学部教授と
JRE プロジェクト,ならびに有澤研究会メンバ
ーの皆様に,厚くお礼申し上げます.
参考資料
社団法人土木学会,
『グラフィックス・くらしと
土木⑤ トンネル』,昭和 60 年
社団法人土木学会,
『グラフィックス・くらしと
土木③ 交通』,昭和 60 年
国土交通省運輸白書ホームページ
『 http://www.mlit.go.jp/hakusyo/transport/in
dex2_.htm』2002 年 12 月
東日本旅客鉄道株式会社ホームページ
『http://www.jreast.co.jp』2002 年 12 月