コンテキスト共有装置としての サービス・ブランドに関する考察

/"@8"39<0",(&(+*$3925@:-+1*4"%@!=;!)'#,. >6?7 2013.03.15 14.40.35
Page 100
香川大学経済論叢
●●●
第8
5巻
第4号抜刷 2
0
1
3年3月
コンテキスト共有装置としての
サービス・ブランドに関する考察
―― 顧客のサービス・デリバリー・プロセスへの
参加の適切化の視点から ――
●●●
藤 村 和 宏
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
Page 0
香 川 大 学 経 済 論 叢
第85巻 第4号 2013年3月 31−69
コンテキスト共有装置としての
サービス・ブランドに関する考察
―― 顧客のサービス・デリバリー・プロセスへの
参加の適切化の視点から ――
藤 村 和 宏
はじめに
モノのマーケティングにおいてはブランドの構築・強化が重視されてきた
が,サービスの分野ではこれまであまり強調されることはなかった。この背景
には,何を企業にとって最も価値のあるマーケティング資産と考えるのか,と
いうことに違いがあり,製造企業はブランド・エクイティを,サービス組織は
!
カスタマー・エクイティを重要なマーケティング資産と見なす傾向があったた
めである。しかし,サービスのマーケティング分野においても,モノの場合と
は異なる理由があるにしても,ブランドの構築・強化が重要であることには変
わりがない。特に,サービスの特質である無形性およびデリバリーと消費の同
時性が,サービス組織および顧客にもたらす諸問題の解決あるいは低減のため
に,ブランドの構築・強化は重要であると考えられる(藤村,2
0
0
3)
。
また,従来のモノを中心とするブランド論では,ブランドの消費者に対する
効果に関する議論が主流であり,さらに消費者に対する効果でも,選択行動に
(1)「カ ス タ マ ー・エ ク イ テ ィ(customer equity)」い う 用 語 を 創 案 し た の は Robert C.
Blattberg で あ り,共 同 研 究 者 で あ る John Deighton と 一 緒 に 発 表 し た 論 文“Manage
Marketing by the Customer Equity Test”(Harvard Business Review, July-August 1996,
pp.136−144)がきっかけとなって,この概念がマーケティング研究者の間で用いられる
ようになっている。彼らによると,カスタマー・エクイティの基本命題は,他の資産と
同様に,顧客もまた企業や組織がその価値を測定・管理し,そして最大化すべき財務的
資産であるということである(Blattberg, Getz, and Thomas, 2001, p.3)。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−32−
香川大学経済論叢
Page 2
308
309
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−33−
及ぼす効果が中心に議論されている。たとえば,Aaker(1
9
9
1)が提示したブ
客,および設備・機器などの協働過程であることから,ブランド価値実現,サ
ランド・エクイティの概念を消費者の知識構造を中核とした「顧客ベース・ブ
ービス品質,顧客満足,職務満足,生産性などはサービス組織側の要因だけで
ランド・エクイティ(customer-based brand equity)
」として再規定した Keller
なく,顧客側の要因にも依存している。このことからサービス組織にとっては,
&
(1
9
9
8)は,顧客ベース・ブランド・エクイティを「あるブランドのマーケティ
顧客のデリバリー・プロセスへの参加の仕方の適切化も重要な課題である。
ングに対応する消費者の反応に,ブランド知識が及ぼす効果の違い(差異的効
本稿では,顧客の適切な参加を促す仕組みの一つとしてサービス・ブランド
果)
」と定義している。この概念の中核にあるのは「ブランド知識」であり,
が機能する可能性について考察したい。市場的資産として確立されたブランド
ブランド・エクイティはブランド知識(構造)によってもたらされる「差異的
は固有の消費文化そのものであり,それはまた完結したコミュニケーション体
効果(differential effect)
」から生まれるという基本認識である。差異的効果と
系でもある。サービス・ブランドを固有の消費文化あるいはコミュニケーショ
は,消費者がある特定のブランドのマーケティング活動に対して示す反応と,
ン体系として捉えるならば,あるサービス・ブランドに熱心な顧客たちはその
同一の製品カテゴリーに属する同等の無名あるいは架空のブランドに対して行
消費における行動パターンやコンテキストを共有することで,サービス・デリ
われる同等のマーケティング活動に対して示す反応との間の差異であり,
「消
バリー・プロセスへの参加の仕方が適切化され,さらに,彼らと従業員間およ
費者の反応」とは,マーケティング・ミックスの各要素によって生起される消
び顧客間の人的相互作用(サービス・エンカウンター)も円滑化されるのでは
費者の知覚,選好,行動とされている。
ないか,と考えられる。さらに,ブランド・コミュニティが形成されメンバー
'
しかし,サービスのブランドについては,サービス自体およびそのデリバリ
間で交流が活発に行われるならば,メンバー間で協調と競争が同時並行的に展
ー・プロセスの特質がもたらす諸問題を考慮するならば,消費者の反応以外の
開され,顧客自らがそのサービス・ブランドに相応しい顧客になろうとするこ
効果も期待される。具体的には,サービスのブランドには,無形なサービスの
とも考えられる。このような視点から,本稿では,固有の消費文化としてのサ
有形化,質の高い従業員と顧客の吸引と活性化,顧客と従業員の意思決定と行
ービス・ブランドの構造と機能について考察を行いたい。
動の調整などの効果である(藤村,2
0
0
3)
。本稿では,顧客と従業員の意思決
%.固有の消費文化体系としてのブランド
定と行動の調整という三番目の効果の観点から,サービスのブランドの役割に
ついて考察を行いたい。
!
完結したコミュニケーション体系としてのブランド
一般的にサービスは「顧客が消費によって享受することを望む便益としての
ブランド概念は研究者よって様々なかたちで定義されている。また,明らか
状態変化を引き起こすために行う生産活動の集合」と定義することができる
に時代とともに変遷しているが,ここでは「マーケティング活動の成果として
が,生産活動を行う主体にはサービス組織の従業員や設備・機器だけでなく,
市場で形成される資産的価値を蓄積する器であると同時に,その蓄積されるも
顧客も含まれる。すなわち,サービス・デリバリー・プロセスは従業員,顧
の自体である」
(藤村,2
0
0
3)と定義しておきたい。さらに,ブランドの構築・
(2) Aaker (1
9
9
6)は,ブランド・エクイティを,!ブランド認知,"ブランド・ロイヤ
ルティ,#知覚品質,$ブランド連想という四次元で捉えている。
(3) Keller, K. L.(1
9
9
8)
, Strategic Brand Management : Building Measuring, and managing
Brand Equity, Prentice Hall. 恩蔵直人・亀井昭宏訳『戦略的ブランド・マネジメント』,
東急エージェンシー,2
0
0
8年,7
9頁。
(
強化とは,どのような器を作り,どのようなものを資産的価値のあるものとし
て蓄積し,その蓄積されたものの価値をどのように高めていくのか,と捉えて
(4) 詳細については,藤村(2003)を参照のこと。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−34−
香川大学経済論叢
Page 4
310
311
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−35−
おきたい。したがって,ブランドは市場において形成される資産的価値である
ている。Hall によると,「モデルを用いることで私たちは,いかにことが運ば
が,企業の経営者やマーケターが意図的かつ計画的に作り上げているものであ
れるかを知り,それを試すことができる。そしてさらには,将来を推測するこ
るので,経営者やマーケターの頭の中に共通にある理想とする価値体系が延長
とも可能になる」のである。同様に,ブランドも当該製品の消費にかかわるモ
化(外在化)されたものであり,その価値に関する記述である。このブランド
デルであり,これを用いることで適切に消費し,効果的かつ効率的にそのブラ
という延長体系が市場において形成されることで,それはマーケターや企業か
ンドの価値や意味を享受できるようになる,と考えられる。
#
ら切り離された独自のものとして機能するようになり,そして延長体系それ自
体の固有性(アイデンティティ)を示すようになる。
このようなことから,企業は差別的かつ魅力的な固有の消費文化をブランド
として構築することにより,顧客はその固有の消費文化を習得し,製品(モノ
Hall(1
9
7
6)によると,「延長化された体系は,ある時間が経過すると,人々
あるいはサービス)を適切に消費することができるようになる,と考えられる。
がそこから学ぶことのできる知識や技術のほかに,それ自身の過去や歴史を身
さらに,このことによりその固有の消費文化が進化するとともに,文化を共有
につけるようになる」が,その最も典型的な例が文化であるという。文化は完
する顧客が拡大する,と考えられる。逆に言えば,固有の消費文化としてのブ
結したコミュニケーション体系でもある。Hall は,「人間を変化させ,進化さ
ランドが構築されなければ,製品は差別化されないだけでなく,適切に消費さ
せ,人間を人間たらしめているもの,それは人間の文化,言い換えれば,コ
れないために,顧客自身だけでなく,社会の人々も不満足を形成したり,損害
ミュニケーション構造全体なのである。つまり,言葉,行為,姿勢,身振り,
を被ることになるであろう。また,差別的かつ魅力的な固有の消費文化が構築
声の調子,顔の表情,それに時間,空間,物の扱い方,仕事のやり方,遊び方,
されたとしても顧客に習得されなければ,顧客や社会の人々だけでなく,その
求愛の仕方,身の守り方などである。こういった事柄は,その背後になる,歴
ブランド自体も損害を被る恐れがある。たとえば,プレミアムカーのブランド
史的,社会的,文化的なコンテキストに十分親しんでいて,初めてその意味を
は固有の魅力的な消費文化を保有しているが,その文化を共有できていないユ
正しく読み取ることのできる,それぞれの完結したコミュニケーション体系で
ーザーが危険あるいはマナーの悪い運転をするならば,事故等で社会の人々が
ある」という。ブランドも当該製品(モノあるいはサービス)の消費にかかる
損害を被るだけでなく,そのブランドに固有の消費文化自体も崩壊される危険
固有の文化体系,つまり完結したコミュニケーション体系であり,消費者はブ
性があるであろう。
!
"
ランドの消費を通じて当該ブランドの意味や価値,その消費の仕方を学ぶこと
ができ,また,このことによって当該ブランドにかかわるさまざまな現象の意
味を正しく読み取り,当該ブランドを適切な方法で消費することが可能にな
!
文化の多層構造としてのサービス・ブランド
固有の消費文化,つまり消費にかかわる完結したコミュニケーション体系と
してブランドを捉えた場合,モノのブランドとサービスのブランドは同じ構造
る,と考えられる。
また,文化はそれ自体が行動や思考の一連の状況的なモデルであり,このモ
を持っているのであろうか。それとも,サービス自体やそのデリバリー・プロ
デルを用いることで,我々は非常に複雑な生活によりよく対処することができ
セスの特質のために,サービスのブランドはモノのブランドとは異なった構造
(5) Hall, E. T.(1
9
7
6)
, Beyond Culture, Doubleday, NY : Anchor Press.
『文化を超えて』
,ティビーエス・ブリタニカ,1979年,50頁。
(6) Hall(1
9
7
6)
,前掲書,5
7頁。
岩田慶治・谷泰訳
を持っているのであろうか。この問題を,モノとサービスとの間におけるグロ
(7) Hall(1976),前掲書,24頁。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−36−
香川大学経済論叢
Page 6
312
313
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−37−
モノからコトに移っており,さらに異文化体験という経験価値が重視されるよ
ーバル戦略の違いから少し考察してみたい。
製造業ではモノの開発・生産・販売が活発にグローバル展開されているが,
うになったことの現れであるとともに,モノとサービスにおける顧客価値の提
サービス業でも海外移転やグローバル展開が行われるようになっている。しか
供の仕方の違いによるとも考えられる。つまり,モノとサービスは顧客に望む
し,両者のグローバル展開のあり方は対照的である。モノの多くは原産国の文
価値を提供するという点では共通しているが,その提供の仕方は図1のように
化性を排除する形で価値形成が行われており,同じ価値(機能)を有する世界
異なっている。サービス消費とは,顧客自身の保有する消費資源(金銭,時間,
中の製品は同じ土俵上で品質とコストをめぐって競争している。一方,サービ
肉体的および精神的エネルギー,知識・技能,補完物,空間など)を組み合わ
スの多くはそれが育った国(地域)の文化性を強調し,それを活用することで
せて用いることで,サービス・デリバリー・プロセスに参加し,サービス組織
進出国において競争優位を形成している。
の従業員あるいは/および設備・機器と協働を行う過程で,望む価値を引き出
寿司やカレーなどの日本食だけでなく,加賀屋のような旅館や K-POP のよ
しながら,同時に消費することである。一方,モノ消費では生産プロセスと消
うなエンタテイメントの海外移転も進んでいる。これらのサービスは日本とい
費は明確に分離されており,価値の源泉は物理的特性に内蔵されて提供される
う地域文化において独自に育ったものであるために文化依存性が高く,日本で
ので,顧客は自身が保有する消費資源を組み合わせてそれに用いることによ
なければ容易に受容されないように思われるが,海外でも市場が創造・拡大さ
り,彼ら自身で望む価値を引き出し,それを消費することである。
れている。しかも,モノのグローバル展開に見られるように価値物から文化性
このようにモノ消費とサービス消費を捉えるならば,それらが育った地域文
を排除するのではなく,むしろ日本の文化性を強調し,異文化体験を価値物と
化を強調することによってもたらされる顧客価値の実現の困難度は異なったも
して提供することによって,進出した海外の地域において競争優位を形成して
のになる。モノ消費では,顧客は購入したモノから彼ら自身で望む価値を引き
いる。
出さなければならないために,異文化性を強調したモノから望む価値を引き出
このようなグローバル展開におけるモノとサービスの違いは,消費の対象が
すにはその異文化に対して十分な理解が必要とされるし,理解が無ければ価値
を引き出すことに困難を感じるであろう。一方,サービス消費では,サービス
サービス組織
顧 客
製造企業
顧 客
生産資源
消費資源
生産資源
消費資源
は顧客とサービス組織との協働によって生みだされるために,顧客はサービス
組織が構築した物理的環境や育成した従業員との相互作用によって望む価値を
生みだすのに必要とされる参加の仕方を学ぶことができる。この相互作用過程
での学習により,顧客は異文化性を強調したサービスを比較的容易に消費する
デリバリー・プロセス
生産プロセス
モノ(価値伝達物)
ことができるために,サービスはそれが育った地域文化を活用しやすいし,そ
のことが異文化体験として顧客の享受する価値を高めている,と考えられる。
価値の実現・消費
時間 →
価値の実現・消費
時間 →
【サービス消費における価値の実現・消費プロセス】 【モノ消費における価値の実現・消費プロセス】
図1:サービス消費とモノ消費における価値の実現・消費の違い
出所:藤村和宏(2
0
0
9)
,
『医療サービスと顧客満足』,医療文化社,3頁。一部加筆。
このようなモノとサービスのグローバル展開の違いから,両者のブランドの
構造は異なっている,と考えられる。すなわち,多くのモノはそれが生まれ育っ
た地域(国)から独立して存在することが可能であるし,多少の現地化を行う
ことで他の地域(国)でも市場を形成することが容易であることから,固有の
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−38−
香川大学経済論叢
Page 8
314
315
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−39−
消費文化としてのブランドは地域文化から独立して構築することが可能であ
相互作用(サービス・エンカウンター)の仕方などが異なるだけでなく,サー
る。一方,サービスの場合,一つのサービス施設(店舗)の市場は地理的に限
ビス・デリバリーにかかわる時間,空間,物理的環境なども異なっている。こ
定されており,しかも地域との密着性が高いために,サービス自体および固有
れがサービス・カテゴリー特定的文化である。したがって,サービス・ブラン
の消費文化としてブランドにはそれが生まれ育った地域の文化が強く反映され
ドは基本的にそれが属するサービス・カテゴリーに特定的な文化を含んでお
ている。そのために,他地域に移転される(多店舗展開される)場合には,移
り,カテゴリー内のサービス・ブランドは程度の差はあっても,すべてこの文
転される地域とそれが生まれ育った地域文化とのギャップによって,市場形成
化を共有している。もしあるサービス・ブランドがそれが属するサービス・カ
が疎外されることもある。しかし一方で,それが生まれ育った地域文化に好ま
テゴリーに特定的な文化を含んでいない場合,そのカテゴリー特定的文化を習
しいイメージや態度が形成されている場合には,差別化要因となり,異文化体
得している消費者はそのブランドを当該カテゴリーに属するサービスとして認
験という経験価値を提供することで市場の形成は促され,競争優位も獲得され
識できないために,選択肢から除外するかもしれない。あるいは異なるカテゴ
るであろう。したがって,サービス・ブランドの場合には,それが生まれ育っ
リーに特定的な文化を用いてそのサービスを解釈し,またそのモデルに従って
た地域(国)の文化と一体化しており,多層構造になっていると考えられる。
消費や参加を行うために,従業員や他の顧客との人的相互作用(サービス・エ
図2はサービス・ブランドの多層構造を図式化したものであり,一般的に
ンカウンター)に問題が発生し,その顧客自身だけでなく,他の顧客や従業員
は,タイプ1のような三層構造を想定することができる。そして,この三層構
までも不満足を形成する危険性がある。
造の全体が当該サービスに固有のブランドであり,この全体をサービス・ブラ
第二層は,そのサービスが生まれ育った地域に特定的な文化である。地域に
ンド,あるいは“固有の消費文化としてのサービス・ブランド”
と定義したい。
よって,言葉や振る舞い方,嗜好性や味,地域特産物などが異なり,さらにサ
第一層は,当該ブランドのサービスが属するサービス・カテゴリーに特定的
ービス施設(店舗)は商圏が狭く,密着性が高いために,サービス自体やその
な文化である。たとえば,ホテルはビジネスホテル,シティホテル,およびレ
デリバリーには地域文化が強く反映されている。その結果,固有の消費文化と
ジャーホテルというような三つのカテゴリーに分類でき,それぞれのホテル形
してのサービス・ブランドにも,この地域特定的な文化が強く反映されてい
態によって,従業員の言葉や行為,姿勢,身振り,仕事の仕方,顧客との人的
る,と考えられる。そして,この地域特定的文化が他の地域市場にとって魅力
的であるほど,商圏の拡大や他地域への多店舗展開が容易になるため,サービ
ス・ブランドにとっては重要な文化要素である,と考えられる。
第三層は,当該サービス組織が意図的かつ計画的に構築するブランドに特定
【タイプ
ブランド
特定的文化
的な文化である。従来のモノのブランド論で議論されているのはこの第三層で
ブランド
特定的文化
階級特定的文化
あり,モノのブランドの場合には,この層だけでも固有の消費文化としてのブ
地域特定的文化
地域特定的文化
ランドを構築できるということである。しかし,サービスの場合には,第三層の
サービス・カテゴリー特定的文化
サービス・カテゴリー特定的文化
:平等社会を基盤に生まれたサービス・ブランド】 【タイプ
:階級社会を基盤に生まれたサービス・ブランド】
図2:サービス・ブランドの多層構造
ブランド特定的文化は固有の消費文化としてのサービス・ブランドの一部にす
ぎないために,これらの全体を考慮しながらブランドの構築を行わなければ,
差別的かつ魅力的なサービス・ブランドは構築されないということになる。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−40−
香川大学経済論叢
Page 10
316
317
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−41−
ところで,これまでの議論(タイプ1)は日本社会のような比較的フラット
ション体系に入れないために,消費には消極的にならざるを得ないであろう。
な平等社会を前提にしている。しかし,世界中には現在でも,歴史的な階級社
したがって,四層構造全体としてのサービス・ブランドは魅力的であったとし
会が色濃く残されている社会は多くあり,それを基盤として生まれたサービス
ても,この階級社会特定的文化のために,この文化を共有できない消費者にお
も多く存在している。そのため,市場には様々なブランドが存在するが,それ
いては,消費は抑制される,と考えられる。
らは歴史性の観点から「階級社会を基盤に生まれたブランド」と「平等社会を
以上のように,サービス・ブランドはその生まれた文化的背景によって構造
基盤に生まれたブランド」に分類することができる(藤村,2
0
0
3)
。階級社会
的に多少の違いはあるが,多層構造をしており,その全体がサービス・ブラン
を基盤に生まれたブランドとは,階級社会において,王室や貴族のために注文
ドであり,固有の消費文化である。したがって,この全体を考慮してブランド
生産されていた質の高いモノやサービスが,現在でもその高い品質を維持しな
の構築を行うとともに,他のマーケティング・ミックスを計画する必要がある
がら熟練の職人によって生産あるいはデリバリーされているブランドであり,
であろう。
価値は歴史性や希少性にあるものである。一方,平等社会を基盤に生まれたブ
ランドとは,アメリカで生まれた大量生産のフォーディズムに基づくものであ
!
ブランドに固有の消費文化を共有する集団としてのブランド・コミュニ
り,標準化と大量生産を特徴とするものである。市場シェアの大きさが組織と
ティ
顧客の両者に恩恵をもたらすために,市場シェアの大きさがブランドの強さと
Muniz and O’Guim(2
0
0
1)は,消費に関連する様々なコミュニティの中に,
して評価される傾向があるブランドである。
ある特定のブランド化されたモノやサービスだけを囲むコミュニティがあるこ
階級社会を基盤に生まれたサービス・ブランドの場合,図2のタイプ2のよ
とを発見している。そして,これを「ブランド・コミュニティ」と呼び,
「当
うに四層構造になっており,第三層に階級特定的文化が含まれている,と考え
該ブランドを慕う人々の社会的関係から成り立つ,地理的な制約のない,特殊
られる。なお,階級特定的文化とは,王侯・貴族の属していた上流階級に特定
なコミュニティ」と定義している。あるサービス・ブランドの顧客がそのブラ
的な文化であり,忌避されるような下層階級に特定的な文化が含まれることは
ンド・コミュニティを通じて同じブランドを利用する他の顧客と接点を持つこ
ない,と考えられる。西欧には階級社会時代に生まれたサービス・ブランドが
とで,それまでにはなかったような様々な変化が生じることになるという。た
現在でも多く存続しているが,これらのブランドには強いメッセージ性があ
とえば,そのブランドの良さについて共感し合うことでより熱心なファンに
り,その階級文化を共有できない消費者の選択を抑制する機能が備わってい
なったり,当該サービスの消費を支援したり,あるいはクチコミを通じて新た
る。階級社会を基盤に生まれたブランドでもモノの場合には,それを購入でき
なファン作りに貢献するようになる,という変化が起こる。サービス消費の場
るだけの金銭を保有している消費者であれば購入・消費することは容易であ
合,サービス・デリバリーの空間と時間が多くの顧客の間で共有されることが
る。しかし,サービスの場合には,サービス・デリバリーの時間と空間を他の
多いので,顧客同士の接触も起こりやすく,このようなブランド・コミュニ
顧客と共有しなければならないし,さらに従業員と人的相互作用(サービス・
ティは形成されやすい,と考えられる。
エンカウンター)を展開しなければならないために,それを消費できるだけの
金銭と時間を保有しているとしても,上流階級に特定的な言葉や振る舞い方,
ドレス・コードなどに関する知識・技能を保有していなければコミュニケー
!
McAlexander et al.(2
0
0
2)は,Muniz and O’Guinn(2
0
0
1)のこのよう考え方
(8) Muniz, A. M. and T. C. O’Guinn(2001),“Brand Community,”Journal of Consumer
Research, Vol.27No.4, p.412.
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−42−
香川大学経済論叢
Page 12
318
319
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−43−
を発展させることで,「顧客中心型ブランド・コミュニティ」を提案している。
る。具体的には,コミュニティの存続のために,メンバーをまとめて維持する
彼らは,「顧客と顧客」や「顧客とブランド」という結びつきだけでなく,「顧客
ことや,当該ブランドの消費を支援することなどである。
と製品」と「顧客とマーケター」という結びつきもブランド・コミュニティに
ブランドと顧客とのつながりを通じてブランド・コミュニティが生まれ,そ
とって重要な要素である,と指摘している。つまり,製品やマーケターもコミュ
こに上記のような三つの中核要素が保持されるようになることで,メンバーは
ニティのメンバーに影響を与えるということである。たとえば,ブランド・コ
当該サービス・ブランドに固有な消費文化を共有するようになる。この固有の
ミュニティにおいて他のメンバーとサービスの価値や意味を相互に確認し合っ
消費文化は,経営者やマーケターが広告やロゴ,サービス・デリバリー空間を
たり,他のメンバーからサービスに関する知識を得ることでサービスへの確信
構成する物理的環境,従業員の外観や振る舞い方などを計画・管理することに
が強まり,そのブランドに対する自信や愛着が形成・強化されていくという。
よって,彼らの頭の中に共通にある理想とする価値体系を延長化(外在化)し
また,マーケターが用意する様々な企画やイベントはメンバー同士のコミュニ
たものであるが,これがブランド・コミュニティのメンバーの間で共有される
ケーションを活発化させるが,このようなことが起こるのは,他のメンバーや
ことで,維持・強化されていく。その結果,メンバーはブランド・コミュニティ
ブランドと同様に,製品やマーケターもメンバーに共通の意識や文化を提供す
の文化やしきたりを守って消費を行うようになり,彼らのサービス・デリバリ
る機能を持っているからである(久保田,2
0
0
3)
。
ー・システムへの参加の仕方は適切化されるであろう。このことは結果とし
また,Muniz and O’Guinn(2
0
0
1)は,ブランド・コミュニティには「同類
て,ブランドの価値を構築した企業に代わってブランド・コミュニティのメン
意識」
(consciousness of kind)
,
「儀式と伝統」
(rituals and tradition)
,「道徳的責
バーがその固有の消費文化を維持・発展させるだけでなく,他の消費者に伝え
任の感覚」
(a sense of moral responsibility)という三つの中核要素が必要であ
ることでメンバーの拡大に貢献するということである。
"
る,と指摘している。同類意識とは,ある特定のブランドへの理解と愛着のあ
サービス消費ではサービス・デリバリーの空間と時間が顧客間で共有される
るメンバーが互いに強い結びつきを感じることである。儀式と伝統とは,メン
ことが多いために,ブランド価値が高いサービスの場合には,顧客間の接触を
バーがそのブランドの歴史やブランド・ストーリー,またコミュニティのしき
通じてこのようなブランド・コミュニティは形成・強化されやすいであろう。
たりなどを共有することである。ブランドを称えるような歴史やストーリーは
そして,コミュニティ・メンバーの間で当該サービス・ブランドに固有の消費
顧客にとっては誇らしいものであるので,それらがメンバーの間で共有された
文化が共有され,さらにメンバー間の関係を通じてその固有の消費文化が維
り,他のメンバーに伝達されることによって,ブランド・コミュニティの文化
持・強化されれば,当該サービスの価値はさらに向上することになる。そし
の維持につながっていくという。つまり,儀式と伝統はメンバー間の結束を強
て,サービス価値の向上は固有の消費文化をさらに強化するという好循環が形
める力を備えているということである。また,道徳的責任の感覚とは,各々の
成されることになる,と考えられる。
メンバーがコミュニティと他のメンバーに対して抱く義務と責務の意識であ
(9) Muniz and O’Guinn(20
0
1)によると,同類意識は,個々のメンバーがブランドを深く
理解することで生じ,他のブランドとの競争によって強化されるという。対立するブラ
ンドの存在によって,メンバーは,あのライバル・ブランドよりは自分たちのブランド
の方が圧倒的に優れている,といった競合ブランドヘの対抗的ブランド・ロイヤルティ
(oppositional brand loyalty)を抱き,同時にコミュニテイ内の結束が強まるという。
!.コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランド
!
サービス・デリバリーにおけるコンテキスト共有の必要性
サービス・ブランドに対してブランド・コミュニティが形成・強化されるこ
とで,コミュニティのメンバー間でそのブランドに固有の消費文化が共有され
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−44−
香川大学経済論叢
Page 14
320
ることになるが,このことはメンバー間で当該ブランドの消費にかかわるコン
321
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−45−
は非常に重要である,と考えられる。
テキストが共有されることも意味している。サービス・ブランドに固有の消費
第二に,顧客が適切に参加できなければ,サービス組織が優れた能力を備え
文化は完結したコミュニケーション体系であるが,コンテキストはコミュニケ
ていたとしても,そのブランド価値を実現することができない。その適切な参
ーションの基盤であるからである。なお,ここでのコンテキストとは,メッセ
加を導く一つの要因として,顧客側における事前準備がある。事前準備につい
ージの意味,メッセージとメッセージの関係,言語が発せられた場所や時代の
ては!章で詳細に考察するが,選択から実際の消費までの間におけるサービス
社会環境,言語伝達に関連するあらゆる知覚を意味し,コミュニケーションの
自体やそのデリバリー・プロセスに関する情報の収集と理解,気持ちの盛り上
場で使用される言葉や表現を定義づける背景や状況そのものである。
げ,サービス・デリバリー空間に相応しい衣装の準備などが含まれる。コンテ
サービス・ブランドに固有の消費文化はサービス組織の経営者やマーケター
キストの共有が行われることで,顧客はこれから消費を行うサービス・ブラン
が共通に持つ理想の価値体系が意図的かつ計画的に延長化(外在化)されたも
ドに固有の消費文化に適切に対応するための準備を事前に行うことが可能な
のであるので,ブランド・コミュニティのメンバーの間でそのサービス・ブラ
る。
ンドの消費にかかわるコンテキストが共有されるならば,その固有の消費文化
第三に,サービス消費を行う顧客のコンテキストは多様であるが,当該ブラ
は顧客と従業員との間でも共有されることになる。このような当該サービス・
ンドの顧客に満足なサービスを提供する,あるいはブランドが約束する価値を
ブランドの顧客(メンバー)間,および顧客とそのサービス・デリバリーにか
実現するには,ある程度コンテキストの幅を限定する必要がある。なお,ここ
かわる従業員間でのコンテキストの共有は,以下のような三つの理由から非常
でのコンテキストには,特定のサービス消費にかかわる目的や状況,TPO な
に重要である,と考えられる。
ども含まれるものとする。
第一に,多くのサービスはサービス・デリバリー施設(店舗)のフロント・
顧客価値の提供は,「価値源泉の構築過程」と「価値の実現過程」という二
ステージにおける従業員と顧客,顧客と他の顧客,および顧客と物理的環境の
つの過程を通じて行われる(藤村,2
0
1
0)
。価値源泉の構築過程とは,提供を
間の相互作用を通じて実現されるが,従業員,顧客,および他の顧客の間でそ
意図するサービス価値の基本型をデザインし,その実現を可能にするためのハ
れぞれが保有する当該サービスの消費にかかわるコンテキストが異なっている
ードおよびソフト・システムを構築したり,人的資源を育成することであり,
ならば,そこでの人的相互作用(サービス・エンカウンター)に問題が生じ,
顧客にサービスを提供するための事前準備である。一方,価値の実現過程と
効果的かつ効率的なサービス・デリバリーは期待できない。サービス・デリバ
は,事前に構築したデリバリー・システムに顧客を参加させることで,顧客と
リー・プロセスで用いられる言葉や表現,表情,振る舞い方などを定義づける
サービス組織(あるいは従業員)が協働し,意図したサービスを実現しながら
背景や状況が異なっているならば,コミュニケーションや活動の調整が上手く
同時に消費する過程である。したがって,顧客価値の提供にとっては両過程も
行われないことで顧客が望む便益や当該ブランドの価値を享受できなかった
重要であるが,価値の実現過程のパフォーマンスは価値源泉の構築過程に依存
り,表情や振る舞い方などの解釈が異なることでサービスに対する評価が歪め
するために,価値源泉の構築過程のほうがより重要である。
られたり,あるいはサービス・デリバリー空間内における雰囲気を壊すなどの
価値源泉の構築過程においては,顧客が持ち込む様々なコンテキストのすべ
問題が発生する可能性が高いであろう。したがって,サービス・デリバリー・
てを想定し,それらに適応できるように構築すると,サービス水準は低下する
プロセスへの参加者(従業員と顧客)間でコンテキストが共有されていること
恐れがある(図3参照)
。このことはレーシングカートと大衆車におけるパフォ
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−46−
香川大学経済論叢
Page 16
322
323
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−47−
ーマンスと対応状況との関係と同様である。レーシングカーは,サーキット場
定せざるを得ない。一方,サービスCのように対応可能なコンテキストを拡大
のようなよく整備された状況において自動車の中で最高のパフォーマンスを発
すると,サービス水準をある程度犠牲にせざるを得ない。重要な会談での利用
揮できるが,舗装されていない山道には対応することができない。一方,軽自
が多い飲食店と多様な目的での利用が多い飲食店の関係や,大人だけが主に利
動車のような大衆車は,どのような道路状況でも対応して走行することが可能
用する飲食店と子供も利用することの多い飲食店の関係のようなものである。
であるが,レーシングカーほど高いパフォーマンスを発揮することはできな
このようなことから,高水準の品質(価値)を提供しようとするサービス・ブ
い。このように,コストや技術の制約の下では,パフォーマンス水準と適応可
ランドの場合,対応可能なコンテキストを限定し,デリバリー・プロセスへの
能な状況との間には反比例関係があり,パフォーマンス水準を上げようとする
参加者(従業員と顧客)
間でのコンテキストの共有を図ることが必要とされる。
と適応可能な状況は限定され,逆に,
適応可能な状況を広げようとするとパフォ
そして,サービス・ブランドに固有の消費文化がブランド・コミュニティで共
ーマンス水準を下げざるを得ない。
有され,それによってコンテキストの共有化も図ることができれば,ブラン
サービスも同様であり,一般的な消費者が負担可能なコストの制約の下で
ド・コミュニティのメンバーでもその時々の消費コンテキストがそのブランド
は,提供可能なサービス品質(価値)の水準と対応可能なコンテキストの広さ
に相応しいかどうかを判断し,相応しくない場合には自ら選択を抑制すること
の間には反比例関係がある,と考えられる。すなわち,サービスAのように非
で,そのブランドの価値や消費文化の維持・強化に貢献する,と考えられる。
常に高水準の品質(価値)を提供しようとすると,対応するコンテキストを限
!
高コンテキスト文化としてのサービス・ブランド
サービス・ブランドの構築によってブランド・コミュニティが形成され,そ
サービス品質水準の高さ
のメンバー間で相互に深く関わるようになることで,そのブランドに固有の消
費文化は Hall(1
9
7
6)の分類した高コンテキスト文化(high-context culture)に
A
該当するようになる,と考えられる。
高コンテキスト文化においては,それを共有する人々の間ではその文化内の
システムについて知っているという条件で個人の行動はプログラム化され,他
B
者の行動は予測可能なものになる。そして,この文化においては,周りに気を
C
配り,言葉ではなく「察する」ことがコミュニケーションにおいて重要な要素
となるために,簡単なメッセージであっても深い意味をもって伝わってゆくこ
とになる。
対応コンテキストの広さ
対応可能なコンテキストの幅:A<B<C
サービス水準(価値)の高さ:A>B>C
対応コンテキストの広さ
したがって,サービス・ブランドに固有の消費文化が高コンテキスト文化に
図3:対応可能なコンテキストの幅とサービス品質水準の関係
なることによって,前述のコンテキストの共有を必要とする理由に容易に対応
参考:藤村修三(2
0
02)
,
「モジュール化の有効性とその限界−技術の階層とモジュール化」,
青木昌彦・安藤晴彦編著『モジュール化 新しい産業アーキテクチャの本質』
,東洋
経済新報社,2
7
3頁。加筆変更。
することができるようになる,と考えられる。わずかな言葉(情報)や表情,
振る舞い方などで相手のことを察して適切に人的相互作用(サービス・エンカ
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−48−
香川大学経済論叢
Page 18
324
325
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−49−
ウンター)を展開できるようになるために,サービス・デリバリー・プロセス
これらの要因を管理・コントロールすることによって,顧客の活動の適切化を
は効果的かつ効率的に展開され,顧客だけでなく,従業員も高い満足を得るこ
図ることが期待される。
とができるであろう。あるいは,人的互作用(サービス・エンカウンター)に
このような顧客の活動の適切化にかかわる要因をコントロール装置と呼ぶな
おいて問題が発生し難いために,顧客も従業員も不満足を経験し難い,と考え
らば,それらは大きく外在化されたコントロール装置と内在化されたコントロ
られる。また,顧客側の察する行動によって,当該サービス・ブランドの消費
ール装置に分類することができる。外在化されたコントロール装置はサービ
に必要な準備が自発的に行われるようになることでも,サービス・デリバリ
ス・デリバリー空間を構成する物理的環境であり,図4のハード・システムや
ー・プロセスは効果的かつ効率的に展開されるようになるであろう。さらに,
ソフト・システムがこれに含まれる。一方。内在化されたコントロール装置は
消費のコンテキストに応じて当該ブランドの利用を適切に選択あるいは抑制す
顧客の能力や身体の中に埋め込まれた知識や価値観などであり,図4のニー
るようになるだけでなく,不適切なコンテキストで消費を選択した場合でも,
ズ,価値(便益)獲得能力,および価値(便益)獲得モチベーションがこれに
サービス・デリバリー・プロセスでの周りの状況や反応から自らの消費の不適
含まれる。
切性を読み取り,その空間の雰囲気やブランドの価値を傷つけないように行動
や活動を調整することが期待される。
!.ブランドの内在化されたコントロール装置に対する効果
物理的環境のような外在化されたコントロール装置については,サービス組
織が独自に,しかも短時間に構築することが可能であるために,この構築は比
較的容易である。一方,内在化されたコントロール装置については顧客の中に
埋め込まれるものであるために,サービス組織がプロモーション戦略を通じて
前述のように,サービス・デリバリー・プロセスは従業員,顧客,および設
市場に働きかける,さらに提供サービスやそのデリバリー・プロセスを通じて
備・機器などの協働過程であることから,ブランド価値実現,サービス品質,
個々の顧客に働きかけることによって,顧客の能力や価値観を徐々に変化・向
顧客満足,職務満足,生産性などはサービス組織側の要因だけでなく,顧客側
の要因にも依存している。このことからサービス組織にとっては,顧客のデリ
ニーズ
バリー・プロセスへの参加の仕方の適切化も重要な課題である。この章では,
固有の消費文化としてのサービス・ブランドが顧客のデリバリー・プロセスへ
の参加の仕方に効果的に影響を及ぼす装置として機能する可能性について,も
う少し詳細に考察したい。
サービス・デリバリー・プロセスへの顧客の適切な参加を導くためには,顧
ハード・システム
ソフト・システム
顧客の
活 動
価値(便益)獲得
モチベーション
客の活動に影響を及ぼす要因を理解し,それらを管理・コントロールする必要
がある。サービス・デリバリー・プロセスにおける顧客の活動に影響を及ぼす
要因としては多様なものが考えられるが,重要なものとしては「ハード・シス
テム/ソフト・システム」
,「ニーズ」
,「価値(便益)獲得能力」
,および「価
価値(便益)
獲得能力
値(便益)獲得モチベーション」の四つを挙げることができる(図4参照)
。
図4:顧客の活動の適切化に影響を及ぼす要因
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−50−
香川大学経済論叢
Page 20
326
327
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−51−
上させていかなければならないために,この構築は困難で長期間を要する。し
との比較によって形成されると仮定すると,ニーズの水準が低い場合には,顧
かし,サービス・ブランドが前述のコンテキスト共有装置として機能するなら
客満足も容易に達成されることになる。しかしながら,評価基準としての期待
ば,構築の困難度は低減する,と考えられる。
などが低い場合には,知覚成果が期待を上回ったとしても,顧客満足は形成さ
れないことも明らかにされている(藤村,2
0
0
9)
。さらに,ニーズの水準が低
!
サービス・ブランドのニーズ,および価値(便益)獲得モチベーションに
い場合,それを充足するような品質水準のサービスをデリバリーすることは容
対する効果
易であるために,多くの企業が参入し,価格競争が激化することになる。した
サービス消費のきっかけとなった顧客のニーズが適切でなければ,サービ
がって,顧客満足の向上および価格競争の回避を同時に図るには,サービス・
ス・デリバリーにかかわる顧客の諸活動も適切なものとはならない。このニー
ブランドに固有の消費文化を差別的に構築するととともに,その消費文化と顧
ズの適切性は「方向性」と「水準」によって規定される概念と捉えることがで
客のニーズの方向性との間の一致度を高め,さらにその水準を高める必要があ
きる。
る。
方向性とは,ニーズの「当該社会の文化規範」および「当該ブランドに固有
また,価値(便益)獲得モチベーションの水準も同時に高める必要がある。
の消費文化」との一致度にかかわる概念である。サービス組織がある社会で市
価値(便益)獲得モチベーションとは,サービス消費において顧客の方から期
場活動を展開できているということは,その提供するサービス・ブランドに固
待する価値(便益)を積極的に享受しようとするモチベーションである。サー
有の消費文化とその社会の文化規範との一致度が高いということであるが,こ
ビス消費では,顧客は受動的に価値(便益)を享受しようとする場合と,サー
のことはその社会の成員のニーズとそれらの二つの基準との一致度が高いとい
ビス・デリバリーに積極的にかかわることで能動的に価値(便益)を獲得しよ
うことを意味しない。サービス組織が営業している社会ではそのサービス・ブ
うとする場合がある。能動的にサービス・デリバリーにかかわったほうが価値
ランドに固有の消費文化は社会規範との間に高い一致度を示すことから,顧客
(便益)を獲得できる可能性が高まるだけでなく,顧客満足を形成しやすいと
のニーズと社会規範との一致度が低い場合には,サービス・ブランドに固有の
考えられる。それは,受動的に価値(便益)を享受した場合よりも,能動的に
消費文化との一致度も低いということになる。このような場合は,サービス組
獲得した場合のほうが,デリバリー・プロセスでの経験の質が高まるために情
織という一企業で顧客のニーズの適切化を図ることは非常に困難であり,コン
動的に満足を形成しやすい,と考えられるからである。
テキスト共有装置としてのブランドも有効に機能しないので,本稿の考察対象
このようなことから,顧客のニーズと価値(便益)獲得モチベーションを高
からは除外する。考察対象となるのは,顧客のニーズは社会規範との間に高い
めることは顧客の側にとっても,サービス組織の側にとっても重要である。そ
一致度を示すが,サービス・ブランドに固有の消費文化とは一致度が低い場合
して,このことは従来のマーケティング理論の枠組みでは,マーケット・セグ
である。この場合,顧客のニーズとサービス・ブランドに固有の消費文化との
メンテーション戦略によって遂行されるべき課題である。マーケット・セグメ
一致度を高めることが,マーケティングの課題となる。
ンテーション戦略では,市場のセグメント化とターゲット設定が課題となる。
一方,水準とは,顧客の要求水準の高さである。ニーズの水準が低い場合,
すなわち市場を何らかの基準で区分するとともに,区分された市場のいずれを
サービス組織は提供サービスによってそのニーズを充足することは容易であ
ターゲットとするのかを決定する,というプロセスが取られる。たとえば,ニ
る。顧客満足が確認/不確認パラダイムが想定するように評価基準と知覚成果
ーズでセグメント化を行う場合には,図5のタイプ1のように描くことで,い
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−52−
Page 22
香川大学経済論叢
328
329
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−53−
ずれのニーズをターゲットとして設定するのか,という決定が行われる。この
で捉えることは不適切であり,長期的なスパンで捉える必要がある。長期的な
ようなセグメント化とターゲット設定という二つのプロセスが取られるのは,
スパンで捉えるならば,ニーズは相互に独立ではなく,地図の等高線のような
市場のニーズは相互に独立しているという前提が存在しているからであろう。
積層構造になっており,市場は適切に育成されることによって,山を登るよう
たとえば,高級フレンチレストランの利用者とファミリーレストランの利用者
にニーズもより高度化していく,と考えることができる(藤村,20
1
2)
。具体
は相互に異なっているというように。ただし,このように各ニーズは相互に独
的には,図5のタイプ2のような積層構造としてニーズを描くことが可能であ
立しているという前提が置けるのは,短期的なスパンで市場を観察した場合で
り,等高線の高さはニーズの高度化とそれに伴う知識の多面化・高度化を表し
あり,ニーズは大きく変動しないと考えられるからである。しかしながら,長
ている。なお,図5はニーズでのセグメント化を図式化しているが,価値(便
期的なスパンで市場を観察した場合,現在はファミリーレストランを主に利用
益)獲得モチベーションでも同様に図式化することが可能であろう。
している消費者でも,所得が増えることによって,あるいは高級レストランの
このようにニーズを積層構造として捉えると,ニーズを内在化されたコント
提供する経験価値を楽しむことを学ぶことによって,高級フレンチレストラン
ロール装置として活用するためには,山の裾野を広げながら,同時に山を高く
での食事を積極的に欲するようになるかもしれない。
していくことが必要とされる。裾野の拡大とはサービス・ブランドに固有の消
また,高級フレンチレストランでの食事を楽しもうとすると,ドレス・コー
ドや食事のマナー,ワイン,料理などの極めて広範で多面的な知識が必要とさ
れる。このような知識の習得には時間がかかるために,市場を短期的なスパン
費文化と一致度の高いニーズを持つ顕在的および潜在的顧客を増やすことであ
り,山を高くするとはニーズの水準を高めることである。
同様に価値(便益)獲得モチベーションを積層構造として捉えると,価値(便
益)獲得モチベーションを内在化されたコントロール装置として活用するため
に,そのようなモチベーションを持つ顕在的および潜在的顧客を増やしなが
ら,サービスのデリバリーに能動的にかかわろうとする意欲や,期待する価値
ニーズe
(便益)の獲得可能性を高める知識や技能を習得しようという意欲を高めるこ
ニーズa
とが必要とされる。
ニーズd
ニーズb
ニーズe
固有の消費文化としてサービス・ブランドが構築されることで,それを共有
ニーズd
するブランド・コミュニケーションが形成され,さらに,前述の同類意識,儀
ニーズc
式と伝統,および道徳的責任の感覚などが保有されることによって,メンバー
ニーズb
ニーズc
ニーズa
【タイプ 1 :独立型ニーズ構造】
【タイプ 2 :積層型ニーズ構造】
間で相互に助け合いながら山を登るという動きと,それぞれのメンバーがより
中心的なメンバーになろうとして自ら山を登ろうとする動きが同時に起こるこ
とが考えられる。前者の動きはメンバー間の協調関係によるものであり,後者
図5:市場ニーズの構造の違い
の動きはメンバー間の内部競争関係によるものである。つまり,固有の消費文
出所:藤村和宏(2
0
1
2)
,
「地域伝統芸能の継承と変容が市場創造に及ぼす影響に関する考察
−島根県の3地域における神楽をケースとして−」
,
『香川大学経済論叢』
,第84巻第
4号,1
1
9頁。一部変更。
化としてのサービス・ブランドを通じて協調と競争が共存することによって,
顧客が自らよりニーズが高く,より便益獲得モチベーションの高い方向に育つ
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−54−
香川大学経済論叢
Page 24
330
331
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−55−
ということである。このことは,固有の消費文化としてのサービス・ブランド
クリプトを適切に学習することで,サービス・デリバリー・プロセスに適切に
が触媒となることで,顧客が自ら成長するという変化が促進される,とも考え
参加できるだけでなく,従業員との人的相互作用(サービス・エンカウンター)
ることができる。
も効果的かつ効率的に展開できるようになるために,期待する価値(便益)を
獲得できる可能性が高まる,と考えられる。また,参加者間にはデリバリーの
!
サービス・ブランドの価値(便益)獲得能力に対する効果
価値(便益)獲得能力とは,サービス組織の従業員や設備・機器と効果的か
つ効率的に協働し,期待する価値(便益)を獲得できる可能性を高めるととも
結果やそのあり方について認識ギャップが存在しており,協働を阻害する要因
となっているが(藤村,1
9
9
8)
,スクリプトはそのネガティブな影響を軽減す
る効果も持っている,と考えられる。
に,獲得できる価値(便益)
の水準を高めることができる顧客側の能力である。
次に,消費資源の活用能力とは,当該サービスのデリバリー・プロセスに適
サービスのデリバリーには顧客の参加が必要とされることから,サービス組織
切に参加できるように,保有する各種の消費資源を組み合わせて利用する能力
は生産資源とそれを活用するデリバリー能力を高めるとともに,顧客の価値
である。保有する各種の消費資源を適切に組み合わせて活用する能力がなけれ
(便益)獲得能力を高める必要がある。
ば,消費資源の保有量が特定のサービス・デリバリー・プロセスに参加し,必
顧客の価値(便益)獲得能力の向上を図るには,この能力の構造を明らかに
要な諸活動(役割)を果たすのに十分な水準であっても,適切に参加できない
する必要がある。現段階では仮説にすぎないが,顧客の価値(便益)獲得能力
ことになる。たとえば,洋服やアクセサリーなどを十分に保有していても,消
は「消費資源の保有量」と「消費資源の活用能力」の二次元から構成されるも
費を行うレストランに相応しいようにそれらを組み合わせて纏うことができな
のと考えることができる。消費資源とは,顧客がサービスやモノを消費するた
ければ,適切に参加したとは言えない,ということである。あるいは,大学の
めに投入しなければならない資源であり,金銭,時間,肉体的および精神的エ
教育サービスを消費するのに十分な知識や技能,時間などを保有しているとし
ネルギー,知識・技能,補完物,空間などである(藤村,2
0
0
9)
。
ても,それらを適切に組み合わせて講義やその予習・復習のために投入しなけ
消費資源の保有量について,サービス組織が高めることができるのは肉体的
れば,教育の成果は期待できない,ということである。
および精神的エネルギー,および当該サービスのデリバリーにかかわる知識・
この価値(便益)獲得能力の向上についても,ブランド・コミュニティのメ
技能である。しかし,肉体的エネルギーについては生得的な身体の影響が大き
ンバー間に協調関係と競争関係が併存することによって,顧客が自ら高める方
いであろう。また,知識・技能の向上については,スクリプトの学習も含まれ
向にモチベーションが働く,と考えられる。したがって,顧客の活動の適切化
る。スクリプトとは,出来事が反復的に生起することで学習・保持されるため,
を図るための内在化されたコントロール装置は,固有の消費文化としてのサー
因果的・時間的順序において関連している一連の行動,性質,対象から構成さ
ビス・ブランドを差別的かつ魅力的に構築するとともに,ブランド・コミュニ
れるものである。そのため,規範体系として経験することを評価するための基
ティを適切に育成することによって,より効果的かつ効率的に顧客の中に埋め
準を提供するという機能や,将来の出来事に関する予測を容易にするという機
込むことができる,と考えられる。
能がある(Smith and Houston, 1
9
8
3)
。また,スクリプトはデリバリー・プロ
セスで従業員と顧客が協働するための台本としての機能も持ち,従業員および
顧客の参加の仕方と程度を決定する,と考えられる(藤村,2
0
0
1)
。顧客がス
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−56−
香川大学経済論叢
Page 26
332
!.コンテキスト共有を必要とする
サービス・デリバリーにかかわる重大な問題
333
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−57−
デリバリーを受け持っている。つまり,従業員や設備・機器だけでなく,顧客
も参加する空間であり,従業員間の相互作用だけでなく,顧客と従業員間での
相互作用あるいは/および顧客と設備・機器間での相互作用(顧客による操作)
これまでの考察から,固有の消費文化としてのサービス・ブランドの構築と
が行われ,顧客が実際に便益を享受する空間である。一方,バック・ステージ
強化は,効果的かつ効率的なサービス・デリバリーの観点から顧客の参加の仕
とは,顧客と直接的に相互作用を行わないが,フロント・ステージでのサービ
方を適切にコントロールすることにおいて有効性が高いことが明らかになっ
ス・デリバリーが効果的かつ効率的に行われるように後方から支援する空間で
た。しかし,これは効果的かつ効率的なサービス・デリバリーのために顧客に
ある。つまり,顧客が参加することはなく,従業員と設備・機器によってのみ
期待されている諸活動について,顧客はそれらを遂行するが,その形態や程度
活動が提供される空間である。両空間の関係は,演劇でいえば,フロント・ス
などが不適切な場合についてである。では,顧客がそれらの諸活動の一部を削
テージは舞台と観客席であり,バック・ステージは舞台裏(奈落)である。
減しようとする,あるいは遂行しようとしない場合でも,固有の消費文化とし
てのサービス・ブランドは有効に機能するのであろうか。
サービス・デリバリーはバック・ステージとフロント・ステージにおいて順
次あるいは同時平行的に遂行される諸活動を通じて行われるので,両ステージ
本稿の最後に,効果的かつ効率的なサービス・デリバリーのために顧客に期
における諸活動やそれらの間の関係は,サービス品質やデリバリー効率に対し
待される諸活動の一部を顧客自身が行わない,あるいは遂行に消極的になる場
て重大な影響を及ぼす。したがって,この二つのステージは,サービス組織が
合として二つの問題を取り上げ,それらに対する固有の消費文化としてのサー
提供を意図するサービス価値を効果的かつ効率的にデリバリーできるように,
ビス・ブランドの効果について考察したい。その二つの問題とは,サービス組
管理・コントロールされる必要がある。
織が外在化されたコントロール装置によって管理・コントロールすることがで
しかし,サービス・デリバリーに必要な諸活動のすべてがサービス・デリバ
きないような,サービス・デリバリー・システムの外での顧客の活動に関係す
リー・システム内のこの二つの空間だけで行われるわけではなく,管理・コン
る問題と,顧客が望む便益が遅延することで顧客の参加意欲が低下することに
かかわる問題である。
サービス組織側
の活動
!
管理・コントロールの
困難度
小
カスタマ・セルフ・ステージの存在
サービス・デリバリーに必要とされる諸活動を顧客およびサービス組織の両
フロント・ステージ
顧客側の活動
観点からみて効果的かつ効率的に行うための諸要素の体系(様々な主体の行う
バック・ステージ
活動と物財をインプットして,それらから顧客の望む変化というアウトプット
を生み出す諸体系)はサービス・デリバリー・システムと呼ばれている。この
カスタマ・セルフ・
ステージ
大
サービス・デリバリー・システムを「顧客の参加」の観点からみると,「フロ
時 間 (t)
:フロント・ステージでの顧客の活動
:フロント・ステージでの従業員の活動
ント・ステージ」と「バック・ステージ」とに大別できる。フロント・ステー
:カスタマ・セルフ・ステージでの顧客の活動
:バック・ステージでの従業員の活動
ジは,日常的に顧客と直接的に相互作用を行う空間であり,
顧客へのサービス・
図6:サービス・デリバリーに必要とされる三つのステージと活動連鎖
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−58−
香川大学経済論叢
Page 28
334
335
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−59−
トロールが困難なシステム外の空間でも行われる。サービスのデリバリーは,
役・村田吉弘氏によると,「電話で料亭に○月○日に予約をすると,サービス
従業員,顧客,および設備・機器のそれぞれが期待されている諸活動を遂行す
はそのときから始まる。まず『お父さん何着ていこう』
,『どうやって行こう』
,
ることによって行われるが,顧客に期待される諸活動の中には,サービス・デ
『雨降っていたらどうしよう』ということになり,顧客の緊張感は高まる。そ
リバリー・システムの外において,顧客が単独で主体的に行うことを期待され
して当日,緊張した雰囲気を醸し出している玄関や庭を見ることで,その緊張
ている活動もある。たとえば,医療サービスでは,患者は病院外でも体力回復
感はさらに高まる。この緊張した雰囲気の中で仲居さんからの『今日は良い天
活動や指示に従った服薬などを行うことが期待される。また教育サービスで
気でよろしございましたね』
,『紅葉がきれいですから,歩いて来られたんです
は,学生は講義室や大学の外で予習や復習などの活動を行うことが期待され
ね』という一言で緊張感が一気に溶け,ほっとして料理や庭を楽しめるように
る。このような活動が遂行される空間を「カスタマ・セルフ・ステージ」と呼
なる」という。このことは,サービス・デリバリー施設を訪れる前でも,顧客
ぶことができる(藤村,2
0
0
9)
。したがって,サービス・デリバリーは,フロ
が服装や気持ちの準備をする時点においてサービスのデリバリーは開始されて
ント・ステージ,バック・ステージ,およびカスタマ・セルフ・ステージとい
おり,このカスタマ・セルフ・ステージにおいて遂行される諸活動もサービス
う三つのステージにおいて従業員や顧客,設備・機器などによって逐次遂行さ
の消費経験や満足に重大な影響を及ぼすことをよく表している。
!
れる諸活動の連鎖の中で行われる(図6参照)
。
"
Youngdahl and Kellogg(1
9
9
4)は,CIT(Critical Incident Technique)を用い
医療サービスや教育サービスのようにデリバリーに比較的長期間を要するサ
て顧客の負担する品質コストの観点から顧客の参加にかかわる活動を分析して
ービスだけでなく,比較的短期間あるいは短時間でデリバリーが完了するサー
いるが,この分析結果でも準備の重要性が明らかにされている。彼らは顧客の
ビスにおいても,カスタマ・セルフ・ステージでの顧客自身による諸活動がサ
参加に関わる活動を以下のように分類し,顧客による行動遂行と満足との関係
ービス価値実現やサービス品質,生産性などに影響を及ぼすことがある。その
を分析することで,肯定的表現,準備,情報提供,関係構築などの活動の遂行
ような諸活動の代表としては,サービス消費のための「準備」を挙げることが
とサービス経験に対する満足との間に強い関連性があることを明らかにしてい
できる。ここでの準備とは,顧客が問題解決のためにサービスを選択する過程
る。すなわち,よく準備し,情報を提供し,サービス・デリバリーにかかわる
において特定のサービス組織あるいはブランドに関する情報を収集することに
従業員との関係構築に取り組み,従業員に肯定的に自分の考えを話した顧客
よって市場で提供されているサービスの内容を理解したり,選択あるいは予約
は,そのような行動をあまりとらなかった顧客よりも満足する傾向が見られて
後からサービス施設を訪問するまでの間に当該サービスのデリバリー・システ
いる。
ムに参加するのにふさわしい振る舞い方を学習したり,衣服やアクセサリーを
用意したり,気持ちを高めたりすることである。たとえば,菊乃井の代表取締
(10) 教育サービスの品質は学生のデリバリー・プロセスへの参加の仕方によって大きく影
響されるために,ここでは学生を顧客と見なしているが,教育サービスの場合には,本
当の顧客は誰なのかという問題が存在している。学生は教育サービスを提供する対象で
はあるが,本当の顧客ではなく,将来において彼らを採用する企業,あるいは彼らを受
け入れる社会全体が本当の顧客である,と考えることもできる。そして,誰を本当の顧
客と考えるのかによって,教育の内容やその方法論は大きく異なるので,教育サービス
の顧客に関する考察は重要な課題である,と考えられる。
!肯定的表現(positive expression)
微笑んだり,優しい言葉をかけたり,良いフィードバックを提供したりす
るような活動を通じての肯定的表現
(1
1) 2012年11月30日に,京都大学経営管理大学院主催で開催された「第5回 サービ
ス・イノベーション国際シンポジウム:日本型クリエイティブ・サービスの探求」にお
けるパネル討議「いかにして日本のユニークさを世界にアピールするか」より。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−60−
香川大学経済論叢
Page 30
336
!否定的表現(negative expression)
苦情をいったり,批判をしたりするような行動を通じての否定的表現
"準備(preparation)
337
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−61−
フ・ステージにおける顧客の活動を管理・コントロールすることにおいて有効
に機能する,と考えられる。なぜならば,そのようなブランドに固有な消費文
化は高コンテキスト文化であり,そのような活動の必要性を従業員の言葉や態
紹介者を探したり,競争者を調べたり,早く到着したりするような行動に
度,物理的環境などから察することができるからである。さらに,ブランド・
よる,サービスのための準備
コミュニティが形成されることで,メンバー間で協調と競争が発生し,自らそ
#情報提供(information providing)
望む結果を記述したり,問題点を説明したりするような情報の提供
$情報探索(information seeking)
サービスの状態やサービス要素を明確にするための情報探索
%関与(involvement)
診断補助,問題解決,点検活動によって,サービス・デリバリーに関与
のような行動を行うモチベーションが形成・強化される,と考えられるからで
ある。しかし,そのためには,固有の消費文化としてのサービス・ブランドは
差別的かつ魅力的に構築されるとともに,ブランド・コミュニティも戦略的か
つ計画的に形成・強化される必要がある。そして,その手段として,McAlexander
et al.(2
0
0
2)が指摘するように,マーケターからブランド・コミュニティのメ
ンバーへの積極的な働きかけが重要である,と考えられる。
&関係構築(relationship building)
サービス・デリバリーにかかわる従業員を理解しようとしたり,従業員を
名前で呼んだりするような活動を通じての,従業員との関係構築
'
便益遅延性
!
便益遅延性とは,サービスのデリバリーにかかわる諸活動の遂行時点とその
目標とする結果(便益)の出現時点の時間的ズレを表す概念である。前述のよ
このように準備などのようなカスタマ・セルフ・ステージにおいて顧客自身
うにサービスを定義すると,サービス・デリバリーにおいては「変化」と「活
によって遂行される活動もサービス価値実現やサービス品質,顧客満足などに
動」が鍵概念となるが,便益遅延性はその変化を「発現様式」の観点から考察
重大な影響を及ぼすことから,サービス・デリバリーに必要な諸活動は上記の
することから導かれる概念である(藤村,2
0
0
5)
。変化の発現様式とは,サー
三つのステージに分散して行われていることになる。このために,三つのステ
ビス・デリバリー・プロセスが開始されてからの「変化の発現時点」と「変化
ージで遂行される諸活動を管理・コントロールすることで,ブランドの約束す
の終了時点」によって規定されるものである。
るサービスの品質や価値を実現することがマーケティングの重要な課題となる
図7は,サービスの便益としての状態変化(結果・効果)は,サービス・デ
が,管理・コントロールの困難度はステージによって大きく異なっている。す
リバリー・プロセスが開始してからどの時点で出現し始め,どの時点で終了す
なわち,バック・ステージは,顧客の参加がなく,サービス組織の従業員と設
るのか,によって様式を分類したものである。多くのサービス消費では,サー
備・機器などによって諸活動が遂行されるために管理・コントロールの困難度
ビス・デリバリーの開始直後の時点あるいは途中の時点において即時的に便益
は最も小さいが,カスタマ・セルフ・ステージの諸活動は顧客のみによって遂
行されるために管理・コントロールの困難度は最も大きくなっている。
固有の消費文化として確立されたサービス・ブランドは,その消費文化が共
有されることで,従来の方法では管理・コントロールの困難なカスタマ・セル
(12)「便益遅延性」は,独立行政法人科学技術振興機構の社会技術研究開発センターが2010
年度から行っているプログラム「問題解決型サービス科学研究開発プログラム」の中
で,2011年度に採択された研究開発プロジェクト「医療サービスの『便益遅延性』を考
慮した患者満足に関する研究」
(プロジェクト代表・藤村和宏 2
011年10月∼2014年
9月)において研究を行っている概念である。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−62−
香川大学経済論叢
Page 32
338
339
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−63−
としての状態変化は現れ,終了時点までにそれらは最大になるので,変化の発
とである。修理サービスの場合には,修理によってもたらされた機能的あるい
現様式は〔様式1−1〕
〔様式1−2〕
〔様式1−3〕
〔様式2−2〕
〔様式2−3〕
〔様
は形状的に変化した状態はデリバリーの終了後も継続するが,それ以上に改善
式3−3〕のようになる。たとえば,修理サービスでは,サービス・デリバリ
されることはない。レストラン・サービスの場合には,接客や飲食物によって
ーの開始直後から修理品は機能的あるいは形状的に変化し始め,デリバリーの
もたらされたポジティブな情動や身体的満足感はデリバリーの終了後もしばら
終了と同時に変化は終わり,修理は完了する。また,レストラン・サービスで
くは維持されるかもしれないが,サービス自体が直接的にそれ以上の情動や身
は,接客サービスによってデリバリーが開始されることで,ポジティブな情動
体的満足感をもたらすことはないということである。
が喚起され(感情的な変化が起こり)
,続いて料理や飲料が提供されることで,
一方,〔様式1−4〕〔様式2−4〕〔様式3−4〕〔様式4−4〕のように,サー
さらにポジティブな情動が喚起されるとともに空腹感が満たされるという変化
ビス・デリバリー・プロセスが展開される時間とサービスの便益としての状態
が起こり,会計を済ませてレストランを出ることでその変化は終了する。変化
変化(結果・効果)の終了時点との間に時間的ズレが生じるサービスもある。
が終了するとは,便益として享受された変化が消滅するということではなく,
このような時間的ズレが生じる場合としては,以下の四つが考えられる。
デリバリーされたサービスがそれ以上の変化を引き起こすことはないというこ
!サービス・デリバリー・プロセスで遂行された諸活動が状態変化につなが
るまでに時間がかかる場合(ムダの存在)
変化の
発現時点
変化の終了
時点
開始直後の時点
途中の時点
終了直前の時点
終了後から
ある時間経過後
"サービス・デリバリー・プロセスで遂行された諸活動は状態変化につなが
るが,その変化の現れ方がゆっくりとしているために,知覚されるまでに
長い時間を要する場合(低速での変化出現)
終了
【様式1−3】
開始
終了
【様式1−2】
開始
終了
【様式1−1】
開始
終了
開始
開始直後の時点
【様式1−4】
#サービス・デリバリー・プロセスで遂行された諸活動は状態変化につなが
るが,変化が蓄積され,ある一定の水準量になるまで知覚することが困難
である場合(変化の累積待ち)
終了
$サービス・デリバリー・プロセスで遂行された諸活動は状態変化につなが
るが,顧客自身がその状態変化を能動的に活用しなければ,それを知覚で
終了
開始
終了
【様式2−4】
【様式3−3】
健康度
能力
【様式3−4】
知覚
水準
終了
開始
終了後から
ある時間経過後
開始
終了
終了直前の時点
【様式2−3】
開始
【様式2−2】
開始
終了
開始
途中の時点
知覚
水準
時間
(t)
時間
(t)
【様式4−4】
図7:変化の発現時点と終了時点を基準に分類した「変化の実現様式」
出所:藤村和宏(2
0
0
8)
,
「便益遅延型専門サービスの消費における顧客満足問題∼医療サー
ビスをケースとして考察∼」
,
『香川大学経済論叢』,第81巻第1号,10頁。
医療サービスの
健康度回復の
デリバリー 便益遅延性 知覚可能時点
開始時点
【タイプ :ムダ時間の存在】
【タイプ
教育サービスの
能力向上の
デリバリー 便益遅延性 知覚可能時点
開始時点
:低速での変化出現】
図8:便益遅延性の発生形態
【タイプ
:変化の累積待ち】
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−64−
香川大学経済論叢
Page 34
340
きない場合(能動的活用の必要性)
341
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−65−
く,参加には精神的および/あるいは肉体的苦痛を伴うことが多いということ
も,顧客の参加に対するモチベーションを低下させている,と考えられる。な
!のムダ時間の存在は図8のタイプ1のようなものであり,水道管にインク
お,遅延する便益が確率的にしか享受できないのは,時間的ズレの間に様々な
を流し,別の場所でそれが見えるようになるまでに時間がかかるような場合で
要因が便益の出現にネガティブな影響を及ぼし,サービス組織やその従業員の
ある。郵便サービスや宅配サービスなどは,この遅延性に該当するであろう。
保有する便益生成能力の効果が低減される,と考えられるからである。さらに,
"の低速での変化出現は図8のタイプ2のようなものであり,医療サービス
このような便益遅延性は顧客自身の身体や精神に対して提供されるサービスに
に典型的に見られる形態である。医療サービスの機能的便益は健康度の回復で
おいて生じやすいので,顧客自身の身体や精神の水準,さらにサービスとの相
あるが,健康度の回復はゆっくりとしか生じず,しかも回復された健康度が知
性によって大きく影響されやすいからである。
覚(可能)水準を超えるには時間を要することから,時間的ズレが生じること
になる。
これらの要因によって顧客の参加に対するモチベーションが低下するなら
ば,便益遅延性の程度がさらに大きくなるだけでなく,便益を享受できる確率
#の変化の累積待ちは図8のタイプ3のようなものであり,教育サービスに
もさらに低下することから,顧客の参加モチベーションがさらに低下するとい
典型的に見られる形態である。教育サービスの機能的便益は知識や経験の蓄積
う悪循環が形成されることになる。したがって,便益遅延性の高いサービスの
による学力(思考力)の向上であり,その蓄積が知覚(可能)水準を超えるこ
場合,その消費は必要であると認識されながらも,消費の回避が行われるか,
とで初めて知覚されることから,時間的ズレが生じることになる。前述の医療
あるいは消極的にしか消費が行われないことになる。このことから便益遅延性
サービスとの違いは,第一に,医療サービスの便益は水準概念であるの対して,
の生じるサービスについては,顧客の積極的かつ適切な参加を促す仕組みが特
教育サービスの便益は加算的(積分)概念である,という点にある。第二に,
に必要である,と考えられる。
医療サービスの遅延する便益については,患者は受動的に知覚することが可能
そのような仕組みの一つとして,固有の消費文化が確立されたサービス・ブ
であるのに対して,教育サービスの遅延する便益については,学生自身が能動
ランドは有効に機能すると考えられる。特に,Muniz and O’Guinn(2
0
0
1)が
的に蓄積された機能的便益(学力)を問題解決に利用しなければ知覚すること
ブランド・コミュニティの中核要素として挙げている儀式と伝統は,メンバー
ができない,という違いがある。教育サービスの遅延する便益については学生
である顧客にサービスに対する誇りや信頼感を生みだすことを通じて,顧客に
自身が積極的にそれを活用し,問題を解決できたときにのみ知覚可能であるた
期待される諸活動の継続的遂行を促すことが期待される。便益遅延性のために
めに,学生自身が能動的に活用しなければ,さらに遅延性が大きくなる,と考
サービスの成果あるいは顧客自身の参加がもたらす成果が評価できない場合で
えられる。したがって,$の能動的活用の必要性にかかわっており,遅延性の
も,ブランドを称えるような歴史やストーリーは顧客にとっては誇らしいもの
程度は顧客の側に大きく依存していることになる。
となることで,あるいはサービス組織あるいはその従業員を信頼して必要な諸
このような便益遅延性が存在する場合,顧客は自ら参加することによる成果
としての便益をサービス・デリバリー・プロセスにおいて即時的に知覚・評価
活動を続ければ成果は現れるという確信が生みだされることで,顧客の参加に
対するモチベーションは維持される,と考えられる。
(実感)できないために,参加のモチベーションは低下する,と考えられる。
また,ブランド・コミュニティが形成され,メンバー間でコミュニケーショ
また,"や#のような形で遅延する便益は確率的しか享受できないだけでな
ンが積極的に行われるならば,時間的に先行してサービス消費を行った,ある
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−66−
香川大学経済論叢
Page 36
342
343
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−67−
いは行っている先輩メンバーの経験や成果に関する情報を収集することがで
共有を促すが,このことは当該サービスの消費にかかわるコンテストの共有を
き,便益の発現時期や発生確率,それらに影響を及ぼす要因を理解できること
促すことにもなることから,ブランド・コミュニティ内は高コンテキスト文化
で,顧客の参加に対するモチベーションは維持される,と考えられる。
であることを示した。すなわち,当該ブランドの消費にかかわるコンテキスト
おわりに
がデリバリー・プロセスの参加者(従業員とメンバーである顧客)間で共有さ
れているために,サービス・デリバリーにおいてはコミュニケーションが簡素
本稿では,サービス・ブランドを当該サービスに固有の消費文化として捉え
化されるだけでなく,参加者間での解釈や行動のズレによって発生する問題を
ることで,サービス・デリバリー・プロセスへの顧客の参加の適切化を図る装
抑制したり,消費コンテキストの多様性を抑制できる可能性があることを明ら
置となる可能性について考察した。
かにした。
サービス・デリバリー・プロセスは従業員,顧客,および設備・機器などの
また,確立された固有の消費文化としてのサービス・ブランドは,顧客のサ
協働過程であることから,ブランド価値実現,サービス品質,顧客満足,職務
ービス・デリバリー・プロセスへの参加に影響を及ぼす要因を内在化されたコ
満足,生産性などはサービス組織側の要因だけでなく,顧客側の要因にも依存
ントロール装置として活用することを可能にすることや,顧客の参加を抑制
している。このことからサービス組織にとっては,顧客のデリバリー・プロセ
(削減)あるいは消極的なものにする可能性のあるカスタマ・セルフ・ステー
スへの参加の仕方の適切化も重要な課題であるが,市場的資産として確立され
ジと便益遅延性の問題を克服することに貢献する可能性を示した。つまり,サ
たサービス・ブランドは固有の消費文化でもあり,この参加の適切化に貢献す
ービス・ブランドに固有の消費文化が構築され,さらに,ブランド・コミュニ
る可能性があることを明らかにした。
ティが形成されることで,メンバー間で協調と競争が発生し,必要な参加を自
まず,固有の消費文化としてのサービス・ブランドの構造は多層構造である
ら積極的に行うモチベーションが形成・強化される可能性を示した。
ことを提案した。すなわち,平等社会を基盤に生まれたサービスの場合には,
以上のような考察から,サービスのブランドの場合,モノのブランド以上に
サービス・カテゴリー特定的文化,地域特定的文化,およびブランド特定的文
消費者あるいは顧客に及ぼす効果が多様であることが明らかになった。特に,
化の三層構造となっており,階級社会を基盤に生まれたサービスの場合には,
サービス・デリバリーの効果および効率の観点から,顧客のデリバリー・プロ
この三層にさらに階級特定的文化が加わることで四層構造となっており,どち
セスへの参加の適切化はマーケティングの重要な課題であるが,確立されたサ
らもサービスにおいても,その多層構造の全体がサービス・ブランドに固有の
ービス・ブランドはその固有の消費文化,すなわち完結したコミュニケーショ
消費文化として捉えることができることを提案した。
ン体系としてこの課題の重要な解決策となる可能性が高いことが明らかになっ
次に,そのようなサービス・ブランドに固有の消費文化が差別的かつ魅力的
た。また,消費コンテキストを参加者間で共有することを通じて,サービス・
に構築されることで,そのブランドを囲んで顧客間の交流を促すブランド・コ
デリバリーにかかわる多くの問題を解決をできる可能性があることも明らかに
ミュニティが形成されるが,そのコミュニティはメンバーのサービス・デリバ
なった。しかし,本稿で考察した固有の消費文化としてのサービス・ブランド
リー・プロセスへの参加の仕方を適切化することにも貢献することについて考
の効果は,現段階では仮説にすぎないことから,今後の研究の中で実証的に考
察した。
察していく必要がある。
さらに,ブランド・コミュニティはサービス・ブランドに固有の消費文化の
また,以下の課題も検討課題として残された。
/">6"39<0",(&(+*$3925>:-+1*4"%>!=;!)'#,. =;87 2013.03.15 14.40.45
−68−
香川大学経済論叢
Page 38
344
!本稿で考察したような効果を生みだす,固有の消費文化としてのサービ
345
コンテキスト共有装置としてのサービス・ブランドに関する考察
−69−
県の3地域における神楽をケースとして∼」
,『香川大学経済論叢』
,第84巻 第4号,
41−127頁。
ス・ブランドは,どのように構築することができるのか。
"どのような固有の消費文化が構築された場合に,ブランド・コミュニティ
藤村修三(2
002),「モジュール化の有効性とその限界−技術の階層とモジュール化」
,青木
昌彦・安藤晴彦編著『モジュール化
新しい産業アーキテクチャの本質』,東洋経済新
報社,247−282頁。
が形成されやすいのか。
#ブランド・コミュニティのメンバー間に効果的な協調関係と競争関係を併
存的に生みだすには,どのような方策が必要とされるのか。
Hall, E. T.(1976), Beyond Culture, Doubleday, NY : Anchor Press.
岩田慶治・谷泰訳『文化
を超えて』,ティビーエス・ブリタニカ,1979年。
Keller, K. L.(1998), Strategic Brand Management : Building Measuring, and Managing Brand
今後継続的にこれらの研究課題に取り組むことで,サービスのブランド戦略
Equity, Prentice Hall.
恩蔵直人・亀井昭宏訳『戦略的ブランド・マネジメント』,東急
エージェンシー。
の理論化を図っていきたい。
久保田進彦(2
003),「リレーションシップ・マーケティングとブランド・コミュニティ」
,
『中京商学論叢』,第49巻 第2号,197−257頁。
McAlexander, J. H., J. W. Schouten, and
参 考 文
献
H. F. Koenig(2002).“Building
Brand
Community,”
Journal of Marketing Vol.66 No.1, pp.38−54.
Muniz, A. M. and T. C. O’Guinn(2001),“Brand Community,”Journal of Consumer Research,
Aaker, D. A.(1
9
9
6)
, Building Strong Brand, The Free Press.
陶山計介・小林哲・梅本春夫・
石垣智徳訳『ブランド優位の戦略:顧客を創造する BI の開発と実践』,ダイヤモンド
社,1
9
9
7年。
L. L. Berry, G. L. Shostack, and
Blattberg, R. C. and J. Deighton(1
9
9
6)
,“Manage Marketing by the Customer Equity Test,”
Harvard Business Review, Vol.74(July-August)
, pp.136−144.
G. D. Upah(eds), Emerging
Perspectives
on
Service
Marketing, pp.59−62, American Marketing Association.
Youngdahl, W. E. and D. L. Kellogg(1994),“Customer Costs of Service Quality : A Critical
Blattberg, R. C., G. Getz, and J. S. Thomas(2
0
0
1), Customer Equity : Building and Managing
Relationships as Valuable Assets, Boston, MA : Harvard Business School Press.
Vol.27 No.4, pp.412−432.
Smith, R. A. and M. Houston(1983),“Script-Based Evaluation of Satisfaction with Services,”in
小川孔輔・
小野譲司監訳『顧客資産のマネジメント−カスタマー・エクイティの構築−』
,ダイヤ
モンド社,2
0
0
2年。
藤村和宏(1
9
98)
,
「サービス・デリバリーにおける協働の阻害要因としての認識ギャップ」,
『香川大学経済論叢』
,第7
1巻 第2号,1
7
3−210頁。
藤村和宏(2
0
01)
,
「医療サービスにおける明示的スクリプトとしてのクリティカルパスが患
者満足に及ぼす影響に関する実証分析」
,
『香川大学経済論叢』
,第74巻 第1号,101−
1
2
9頁。
藤村和宏(2
0
0
3)
,
「サービス組織におけるブランド戦略−顧客に対するイクスターナル・マ
ーケティングの展開を中心として−」
,
『香川大学経済論叢』,第76巻 第1号,
113−176頁。
藤村和宏(2
0
0
8)
,
「便益遅延型専門サービスの消費における顧客満足問題∼医療サービスを
ケースとして考察∼」
,
『香川大学経済論叢』
,第81巻 第1号,1−62頁。
藤村和宏(2
0
0
9)
,
『医療サービスと顧客満足』
,医療文化社。
藤村和宏(2
0
1
0)
,
「小売サービスにおける顧客価値の創造・実現∼サービス・マーケティン
グ論の視点から∼」
,高嶋克義・西村順二編著『小売業革新』,千倉書房,17−36頁。
藤村和宏(2
0
1
2)
,
「地域伝統芸能の継承と変容が市場創造に及ぼす影響に関する考察∼島根
Incident Study,”in T. A. Swartz, D. E. Bowen, and S. W. Brown(eds.), Advances in Service
Marketing and Management, Vol.3, JAI Press, pp.149−173.