広島大学大学院総合科学研究科 言語と情報研究プロジェクト第 27 回セミナー 2009/12/25 「発見のタ」が課す可能文の統語的・意味的制約 小林亜希子 (島根大学) [email protected]‐u.ac.jp 1. 「発見のタ」と可能文の格標示制約 [可能文と格交替] (1) a. 太郎は フランス語を 話す。 b. 太郎は フランス語{を/が} 話せる。 c. 太郎は フランス語{を/が} 話せた。 [発見のタと格標示制約] (2) a. [フランス語で会話する太郎を見て] へえ, 太郎は フランス語{*を/が} 話せた んだ。 b. [太郎が酒を飲むところを見て] あれ, 太郎は 酒{*を/が} 飲めた のか。 c. [電子レンジの説明書を読んで] えっ, このレンジで ケーキ{*を/が} 焼けた んだ。 (3) 発見の「・・・タ」は,発話時直前において観察された状態pを,発話時における同一の状態pから 切り離して独立に叙述することにより,発話時以前に観察行為があったことを暗示する表現 である。 (井上 (2001: 145),下線引用者) (4) P = [[太郎がフランス語を話せる]] 実世界で P が成立: 話し手の認識の中で P が成立: 観察 認識 観察時 (5) 発見のタ 意味: (話し手が,ある状態に 発話時直前に初めて気づく) 発話時 発見 (観察時≒発話時) 言及時 ??? 統語: ガ可能が義務的となる。1 1 ただし,個人または地域方言によってはこの制約が当てはまらないこともあるようである。以下は一般化 (5) の当て はまる個人の脳内文法についての議論であると諒解されたい。 ‐ 1 ‐ 2. 発見のタ [「ムードのタ」いろいろ] (cf. 寺村 (1984), 国広 (1967), 工藤 (2001), 定延 (2004)) (6) a. 発見: ああ,こんなところにあった。 b. 想起(思い出し): そうだ,明日は休みだった。 c. 確認: 君は確か岡山の出身だったね。 d. 命令: さあ,行った,行った。 e. 判断の内容の仮想: 早く帰ったほうがいいよ。 f. 反事実性: 僕に財産があったなら,何でも買ってあげられるのに。 (益岡 (2000: 23) より改変) [「発見のタ」の共起制限] (cf. 町田 (1989), 森田 (2002)) (7) a. あ,[あっ]‐た。 (益岡 (2000: 24)) b. [店が開いていると思ってやってきたが,実際には閉まっているのを見て] なんだ, [休みだっ]‐たのか。 (上掲書 p.26 より改変) c. あら,[頭が痛かっ]‐たんですか。 (工藤 (2001: 21)) d. あれっ, [雨が降ってい]‐た のか。 (益岡 (2000: 25)) e. やっぱり [ここに落ちてい]‐た。 (上掲書 p. 26) ↓ 全て状態述語 (8) 発見=ハッと気づく→ 瞬間的に観察・認識できることのみが発見の対象となる (cf. 定延 (2004: 23)) (9) 発見のタ 意味: (話し手が,ある状態に 発話時直前に初めて気づく) 統語: 状態述語とのみ共起 (8) ??? ガ可能が義務的となる ‐ 2 ‐ 3. ヲ可能とガ可能の統語構造 [提案] ガ格目的語は予弁法的トピック (Takano (2003)) (10) a. ヲ可能 b. ガ可能 TP TP DP T’ DP T’ 太郎 1 VP T 太郎 1 VP T vP V (pres.) DP V’ (pres.) +が DP v’ ‐eru フランス語 2 vP V Aboutness PRO1 VP v DP v’ ‐eru (話題の関連性) による叙述 +を DP V PRO1 VP v フランス語 話 s DP V pro2 話 s [ガ格目的語が高い位置を“占める”証拠] (11) a. 太郎は右目だけを つぶ r‐eru。 [-eru > 右目だけ, ?* 右目だけ > -eru] b. 太郎は右目だけが つぶ r‐eru。 [*-eru > 右目だけ, 右目だけ > -eru] (Tada (1992: 94)) [ガ格目的語が高い位置に“基底生成する”証拠] (12) 私はドイツ語が,流暢に話す人を探せる。 (Takano (2003: 809)) a. 移動分析: 私は [AGRoP ドイツ語 1 が [VP [VP [DP [RC t1 流暢に話す] 人]‐を 探 s] eru] AGRo] # 関係節からの抜き出し* b. 基底生成分析: 私は [VP ドイツ語 1 が [vP [DP [RC OP pro1 流暢に話す] 人]‐を 探 s] eru] 基底生成 (13) 私は メアリーが その仕事を 任せられる。 (上掲書 p. 811) a. 移動分析: 私は [メアリー1 が [VP [AGRoP その仕事 2 を [VP t1 t2 任せ] AGRo] rareru]] 格位置からの格移動* b. 基底生成分析: 私は [VP メアリー1 が [vP PRO pro1 その仕事を 任せ] rareru] 基底生成 ‐ 3 ‐ (14) 発見のタ 意味: (話し手が,ある状態に 統語: 状態述語とのみ共起 (8) 発話時直前に初めて気づく) ??? ガ可能が義務的となる ??? ガ格目的語と可能述語句 V’ は aboutness 叙述 (10b) ガ可能 4. Aboutness 叙述にかかる制約 三原・平岩 (2006: 190): aboutness によって叙述関係が作られる構文には少なくとも次の 2 つがある。 (15) a. 太郎が,背が高い。 [多重主格構文] b. 私は花子を,天才だと思った。 [認識動詞構文] 4.1 多重主格構文 [多重主格構文①:項またはその内部の要素を大主語化] (16) a. 日本 1 が [[e] 1 男性]‐が 短命です。 b. 突然 桜 1 が [[e] 1 枝]‐が 折れた。 c. ニューヨークが(Åに) 高層建築が 多い。 b. ?この種の映画が(Åを) 子どもが 喜ぶ。 (久野 (1973b: 39)) (菊地 (1996: 36)) (久野 (1973b: 44)) (Saito (1985: 217)) [多重主格構文②:非項を大主語化] (Teteishi (1994: 201‐202)) (17) a. 東京が(Åで) 事故が よくある b. 19 世紀が(Åに) たくさんの人が このような事故で死んだ。 (Vermeulen (2005: 1331)) (18) 小林 (in prep.) (cf. 天野 (1990)) a. ①タイプの多重主格構文→ 述語句は [+/-状態的]。 b. ②タイプの多重主格構文→ 述語句は [+状態的]。 [先行研究: 移動分析 vs. 基底生成分析] (19) a. 移動分析: Kuno (1973a, b), Tateishi (1994), 長谷川 (1999), Akiyama (2003, 2005) b. 基底生成分析: 柴谷 (1978), Heycock (1993), Heycock and Doron (2003), Vermeulen (2005) c. 折衷分析: Takahashi (2007) ‐ 4 ‐ (20) a. 述語が [+状態的] ↙ Aboutness ↘ [CP 太郎 1 が [TP [VP [AP [pro1 妹]‐が きれい]]] だ‐T‐C] 2 基底生成 b. 述語が [-状態的] [TP 太郎 1 が [T’ [t1 妹が]2 [VP t2 結婚した] T]] 移動 (Takahashi (2007: 26) より改変) [折衷分析を支持する証拠]3 ① (Resumptive) pronoun の可否 (21) a. メアリーが (*それらの/自分自身の) 指輪が 高価だ。 b. メアリーが (それらの/自分自身の) 指輪が 盗まれた。 (Takahashi (2007: 27) 改変) ↓ 説明: 大主語 θ主語 (a) メアリー [基底生成] (b) メアリー [移動] ② 非項の大主語化の可否 [ [pro (Æ *resumptive pronoun)] 指輪] [ [t (Æ OKresumptive pronoun)] 指輪] (22) a. あの店が 食中毒が よく起こる。 b. * あの店が 食中毒が 起こった。 (Takahashi (2007: 28) 改変) ↓ 説明: 大主語 文述語 (a) あの店 [基底生成] [e] 食中毒が よく起こる (b) あの店 [移動] [t] 食中毒が 起こった A’ Æ A 位置への移動× ③ (θ主語からの大主語化に関して) 2つの「主語」の隣接性制約のあるなし (23) a. 象が いちばん 鼻が 長い。 田中さんが,幸いなことに 奥さんが 社交的だ。 b. *太郎が まちがって 妹が 人をはねた。 ↓ (野田 (1996: 261)) (三原 (1990: 71)) (Takahashi (2007: 29)) 正確に言うと,Takahashi は大主語が TP‐Spec に基底生成され,CP‐Spec に移動するとしている。いずれにしても, 基底生成されるのは非θ位置である。本節の議論には関係しないので,簡潔さの便宜上,CP に基底生成されるよう に表示することにする。 3 これまで多くの研究者が多重主格構文の説明を試みてきたが,扱うデータの種類・範囲が研究者によって大きく異な るだけでなく,類似の例文の文法判断が一致しないことも珍しくない。従って,多重主格構文については記述的一般化 さえ確立されていないのが現状である。ここでは Takahashi (2007) の “記述的一般化” をそのまま提出することはせ ず,他の研究の議論と照らし合わせて検証し,不一致のないもの・不一致のないように修正したものを提出している。検 証の詳細は小林 (in prep.) 参照。 2 ‐ 5 ‐ 説明: 大主語 θ主語 (a) 象 [基底生成] XP [[e] 鼻] (b) 太郎 [移動] XP [[t] 妹] [結論] (24) 多重主格構文が aboutness 叙述により形成されるとき,その述語句は [+状態的]でなければ ならない。 4.2 認識動詞構文 (25) a. 私は 花子{を/が} 天才だと思った。 b. 私は [PP 東京からつくばまで]‐{を/が} とても遠いと思った。 c. 太郎は 花子{を/が} 性格が悪いと思っている(らしい)。 ((b, c) は竹沢・Whitman (1980: 55, 57)) [提案: Takano (2003) の予弁法分析 …を修正] (26) vP (27) vP DP v’ DP v’ 私 VP +を v 私 VP v DP V’ +を CP V 花子 1 CP V DP C’ 思う Aboutness pro1 天才だと 思う 花子 1 TP C pro1 天才だ と [修正の根拠] ヲ格 DP が CP 下にあると見なすべき証拠がある。 ※前提: 不定語は認可子「モ」の支配下になければならない。 (cf. Kuroda (1965), Hiraiwa (2007)) (28) a. 太郎は [DP 誰が 書いた論文]‐も 読まなかった。 b. *誰が 1 [vP t1 花子を責め]‐も しなかった。 (29) a. 太郎は 誰を 馬鹿だと‐も 思わなかった。 b. 太郎は [XP 誰を 馬鹿だと]‐も 思わなかった ‐ 6 ‐ (Hiraiwa (2007: 97)) (Hiraiwa (2007: 101)) [予弁法分析の証拠] 移動分析では捉えられない事実を説明できる。 (30) a. メアリーは 3 人の学生を 全ての先生に 紹介されるべきだと思っている。 [3 人 > 全て, *全て > 3 人] (Takano (2003: 807)) b. [CP 3 人の学生 1 を [TP {pro1 / t1} 全ての先生に t1 紹介されるべきだ] と] Æ 移動なら,再構築により狭いスコープ読みができるはず (31) みんなは メアリー1 を [DP [RC [e]1 話す] 言葉]‐が 上品だと思っている。 (上掲書 p. 809) Æ 関係節からの移動はできないはず [認識動詞構文の埋め込み述語句にかかる意味的制約] (cf. Harada (2002), 佐々木 (2009)) (32) a. *私は 花子を [TP pro 6時に東京にバスで行く] と 思っている。 b. *私は 花子を [TP pro 昨日東京に行った] と 思っている。 ↓ (33) 認識動詞構文の埋め込み述語句は [+状態的] でなければならない。 [(27), (33) よりまとめ] (34) 認識動詞構文の大目的語と埋め込み述語句は aboutness により関係づけられる。 その述語句は [+状態的] でなければならない。 4.3 まとめ: Aboutness 叙述にかかる制約 §4.1 Æ (24) 多重主格構文が aboutness 叙述により形成されるとき,その述語句は [+状態的]で なければならない。 §4.2 Æ (34) 認識動詞構文の大目的語と埋め込み述語句は aboutness により関係づけられる。 その述語句は [+状態的] でなければならない。 ↓ (35) XP と述語句が aboutness 叙述で結びつくとき,その述語句は [+状態的] でなければならない。 ‐ 7 ‐ 5. 「発見のタ」と可能文の格標示制約 5.1 まとめ (36) 発見のタ 意味: (話し手が,ある状態に 統語: 状態述語とのみ共起 (8) 発話時直前に初めて気づく) Aboutness 述語は [+状態的] (35) ガ格目的語と可能述語句 V’ は aboutness 叙述 (10b) ガ可能 ※ヲ可能: aboutness が関わらないので,「[-状態的] 動詞+(ら)れる」は [-状態的]。 5.2 補足 [疑問①] 可能述語は「可能性がある」という状態を表すのだから,可能文は全て [+状態的] では? (37) a. ヲ可能 b. ガ可能 VP VP vP V [+状態的] DP V’ フランス語 話 s ‐eru フランス語 1 vP V [+状態的] pro1 話 s ‐eru [説明] 「(ら)れる」それ自体には [+/-状態的] の素性がなく,選択する述語句の素性を引き継ぐ。 [証拠] 可能述語に「ている」が後続できるかどうか。 ※前提: 「ている」は [+状態的] 述語には後続しない。 (38) a. *太郎は さっき 部屋に い‐ていた。 b. *部屋が 寒い‐ている。 * (39) a. 太郎は 科研を 毎年 取れ‐ている。 b. 太郎は 作者の意図を 正確に 読め‐ている。 [+状] [+状] ている (40) (太郎は 受験生の頃は 英語を 正確に 読んでい‐られた→) [-状] ている[+状] [+状] られ *太郎は 受験生の頃は 英語を 正確に 読んでい‐られ‐ていた。 読[-状] め 読ん[-状] でい[+状] ‐ 8 ‐ (41) a. ヲ可能 b. ガ可能 VP VP Aboutness 述語句 vP [-状態的] V DP V’ は [+状態的] に フランス語 話 s ‐eru フランス語 1 vP [-状態的] V pro1 話 s ‐eru [疑問②] (41b) の vP は [-状態的]Æ aboutness 述語はどういう操作を経て [+状態的] に変わるのか? ↓ (42) a. 太郎は [フランス語が] [vP[+stative] OP [VP [‐stative] pro1 話 s‐ eru] v] (cf. Taylor (1979), Vlach (1981)) b. 太郎は [フランス語が] [CP[+stative] pro1 [VP [‐stative] t1 話 s‐ eru] C] (cf. Chomsky (1977)) c. 太郎は [フランス語が] [δ’[+stative] [VP [‐stative] 話 s‐ eru] δ[+stative]] (cf. Hale and Keyser (2002)) 6. 予測 6.1 予測1: 「[+状態的] 動詞+(ら)れる」ならば,発見のタとヲ可能が共起する (43) a. ??あれ,太郎は テストのためなら 論文を 読 m‐e た のか。 [-状態的] b. あれ,太郎は テストのためなら 論文を 読んでい‐られ た のか。 [+状態的] (44) a. へえ,太郎は 仕事相手となら フランス語を 話してい‐られ た のか。 b. あれ,こんな忙しい時に テレビを 見てい‐られ た とは。 6.2 予測2: 「確認のタ」ならば, 「[-状態的]+(ら)れる」のヲ可能と共起できる ※「確認のタ」 : [-状態的] 述語とも共起する。 (45) a. キリンってたしか,鳴いた よね? b. [受験生 2 人の 1 人がもう 1 人に] ねえねえ, 引力て, 距離の 2 乗に反比例したっけ? (定延 (2004: 39)) ↓ (46) a. 太郎はたしか,バイエルを 弾けた よね? b. キリンって,立ったままで 水を 飲めた っけ? ‐ 9 ‐ 7. Theoretical Implications 7.1 格標示は述語と目的語の関係のみから決まるとは限らない [先行研究での“暗黙の前提”] 格標示は述語・目的語・または両者の関係から決まる。 (47) a. 牧野 (1978, 1996):人為性の低い行為ではガ可能の方が好まれる(人為性が低い>ガ) (i) 次第に太郎はモーツァルト{が/???を}弾けるようになった。 (ii) なんとなく筆を動かしているうちに,絵{が/???を} 描けてしまった。 (牧野 (1978: 194)) b. 入江 (1991): 目的語が有生>ヲ,目的語が強調>ガ,思考・感覚動詞>ガ c. 柴谷 (1978): 動詞と目的語の距離が遠い>ヲ d. 久野 (1973b): 漢語系動詞>ヲ e. 青木 (2008): 文の意志性高い>ヲ,完結性 (telicity) 高い>ヲ f. 三原 (1994): 可能な格標示は述語ごとにレキシコンで指定するほかない [そればかりが原因ではないことが分かる] (48) へえ, 太郎は [酒{*を/ が} 飲 m‐e] た のか 「発見のタ」があるから「ガ」 7.2 過去の可能文にも「発見のタ」が現れ,格標示を制約することがある 7.2.1 「発見のタ」は過去命題とも共起する [「ムードのタ」の見つけ方] (49) 現在命題+「タ」 (→ 「過去のタ」ではない) → 「ムードのタ」である 逆は必ずしも真でない [過去命題に「発見のタ」は現れるか: これまでの議論] (50) [今日太郎からもらった CD を聞きながら,日記を書いている] 今日太郎から CD をもらった。ベートーヴェンの「第九」だった。 (井上 (2001: 138) より改変) (51) CD をもらった。→ もらった CD を見た。→ 「ベートーヴェンの『第九』である」という 状態が観察された(「ベートーヴェンの『第九』である」ことが分かった)。 (上掲書 p. 138) (52) a. 高橋 (1985): 「発見性」はあるが「過去性」の方が強いから「発見のタ」ではない。 b. 井上 (2001): 「発見のタ」とはいえないが,「本質的に同じメカニズム」(p.138) が働いている。 [高橋,井上の論法(多分)] (53) a. 大前提(日本語の時制ルール): 過去命題には過去の助動詞「タ」(または「テイル」)が付く。 b. 小前提: (50) は過去命題である。 c. 結論: (50) の命題に付いている「タ」は過去の助動詞である。 ‐ 10 ‐ [「過去のタ」と「ムードのタ」が共起する方言あり] (八亀 et al. (2005)) 宮城県登米郡中田町方言の「第二過去のタ」 Æ その存在・状態を目撃したという体験性が明示される 存在 非過去 完成相 いる いだ 過去 肯定 非過去 いだ いだった 過去 継続相 飲む 飲んでる 飲んでた 飲んだ 飲んでだ 飲んだった 飲んでだった (54) a. この頃 よく 蚊 いる。 [一般論] b. [母ちゃんはいま] 台所さ いだ。 [目撃して知っていること] (55) きのな こごさ ごみ あったった。(昨日,ここにゴミがあった) (56) a. あそごえの やね 赤げがった。(あそこの家の屋根は赤かった) b. あそごえの やね 赤げがったった。 (八亀 et al. (2005)) [提案] (57) a. 「ムードのタ」は,過去のタと異なる統語位置を占める。 (cf. 澤田 (1993), Rizzi (1997), Cinque (1999)) b. 共通語では,両者が共起するとき,形態論的理由により1つしか発音されない。4 (58) a. [現在命題+発見のタ]: あれ,[TP [MP [AspP 雨が降ってい] た] る] のか5 b. [過去命題+発見のタ]: 朝起きて外を見たら [TP [MP [AspP 雨が降ってい] た] た] (59) a. [目の前の発見を述べて] b. [過去の発見を述べて] 「あれ,雨が降っていたのか」 「朝起きて外を見たら,雨が降っていた」 実世界で P が成立: 話し手の認識の中で P が成立: 観察 認識 観察時 発見 発話時 (観察時⊂言及時) (59a): 言及時=発話時 言及時 (59b): 言及時<発話時 「想起(思い出し)のタ」をデータに,加藤 (2009: 18) も同様の主張をしている。 M は Mood を表す。 (58) では TP が MP を包含する構造となっているが,Cinque (1999) などのカートグラフィに従 えば逆の構造になるであろう。いずれの構造を設定しても本稿の議論には影響しない。 4 5 ‐ 11 ‐ 7.2.2 過去の可能文と「発見のタ」 : 実現含意と格標示制約 [確認: 日本語可能文それ自体に「 (非)実現」の含意はない] (60) a. He was able to get back. [可能性+実際に帰ってきた(実現含意)] b. He could get back. [可能性のみ] (Coates (1983: 129)) (61) Last night, a masked assailant attacked me on my way home. I was able to wrestle him to the ground. #But I didn’t do anything since I am a pacifist. (Bhatt (1999: 174)) (62) *I could finally find a really nice dress in sale. (Swan (1995: 105)) (63) (64) a. 昨日は ビールを 好きなだけ 飲めた。 a. だから,たくさん飲んだ。 [実現] b. 昨日は ビールが 好きなだけ 飲めた。 b. でも,一滴も飲まなかった。 [非実現] ↓ (65) ヲ可能・ガ可能とも,それ自体に「(非)実現」の含意はない。 [データ] 「(できるかどうか分からなかったが)やってみたらできた」という文脈に可能文が現れると…… ・ガ可能の方が自然 (66) a. 試してみたら 意外なことに S サイズの服{??を/が} 着られた。 b. Cf. 昔はやせていたので,卒業式ではこの S サイズの服{を/が} 着(ら)れた。 (67) a. 天気は良くなかったけれど 意外にいい写真{??を/が} 撮れた。 b. Cf. 昨日は許可証があったから,庭の写真{を/が} 撮れた。 ・実現が含意される: (66a) Æ (68a) しか後続しない vs. (66b) Æ いずれが後続しても OK (68) a. それで,これを着て卒業式に出た。 [実現] b. しかし,実際には着なかった。 [非実現] [疑問] 「実現含意」のある可能文で,どうしてガ可能が義務的となるのか? (N.B. ガ可能≠「実現含意」) [説明] 「やってみたらできた」とは…… できるかどうか分からない(話し手・主語に「可能性の存在」が認識されていない) → やってみる+可能性があれば実現する → 実現を目の当たりにすることで,初めて可能性の存在を「発見」する ∴「発見のタ」が出現する = ガ可能が義務的となる。 (69) 「発見のタ」を要求 実現含意 矛盾! 試してみたら,この S サイズの服が 着(ら)れ‐た。…… #でも実際は着なかった。 発見のタ ガ可能 ‐ 12 ‐ 8. 結論 発見のタ 意味: (話し手が,ある状態を 統語: 状態述語とのみ共起 目の当たりにし,その存在に 初めて気づく) Aboutness 述語は [+状態的] ガ格目的語と可能述語句 V’ は aboutness 叙述 ガ可能 ガ可能が 義務的 実現含意 ・実現が含意される文脈で可能文が使われるときガ可能が義務的となることがあるが,ガ可能 そのものに「実現含意」はない。 ・そのような文脈では「発見のタ」が義務的に出現するため,ガ可能が義務的となる。 ・「発見のタ」は現在・過去いずれの可能文にも現れるため,同様の格標示制約が課される。 ‐ 13 ‐ 参考文献 Akiyama, Masahiko (2003) Multiple nominative constructions in Japanese and their theoretical implications. Language, Information and Computation: Proceedings of the 17th Pacific Asia Conference, pp. 50‐61. Akiyama, Masahiko (2005) On the general tendency to minimize moved elements: The multiple nominative construction in Japanese and its theoretical implications. 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