民話の形態学ってなに?

民話の形態学ってなに?
Ⅰ
プロップからはじめて
民話の研究に「形態学」という視点をはじめて導入したのは、ロシアのウラジミール・プ
ロップ(1894-1973)です。彼が1928年に発表した「民話の形態学」は、発表と同時に
ロシアの民話学者の注目をあつめました。この時期は、ちょうどロシア・フォルマリスムの
成熟期で、プロップもまたこの運動に深くかかわっていたようです。しかし彼の著作が本格
的評価を受けるのは、1958年に米国で英語版の翻訳が出てからのことです。
プロップは、これまでの内容による分類やめて、「機能」という概念をおきました。そし
てフィンランドのアアルネが行ったような話型やモチーフの歴史的な分析を一時遠ざけ、集
められた民話を全ておなじ平面上において「機能」を中心に整理しなおしました。こうすれ
ば、民話の新しい定義や再分類の規則がみつかるかもしれないと考えたのです。プロップは、
自らの方法をリンネの植物学上の分類にならって「民話の形態学」と名づけました。
植物の比較研究を行うにあたって、まず葉や茎や花や根などの基本的な構成要素の形態を
検討し、注意深く分類することが必要であったように、民話の比較研究にもその構成要素の
形態学的な検討が必要であると考えたのです。彼が、分析の対象としたのは、アファナーシ
エフの民話集に収められた100話ほどの魔法民話でした。
プロップが形態学を適用し、分析を進めてみると、面白いことが分かって来ました。彼の
の発見は、次の四つの点に要約されると思います。
(1)プロップは、魔法民話のなかで繰り広げられる「登場人物の行為」を機能と呼ぶこ
とにしました。機能の決定に際しては、行為の主体が誰であるか、行為の対象が何であるか
は具体的に問題にされません。(例えば「イワンが竜を殺す」というエピソードは、機能の
レベルでは「主人公が敵を殺す」です。これが日本の話で、主人公がイワンの代りに力太郎
になり、敵が竜ではなく鬼になっても、機能のレベルでは同じく「主人公(=力太郎)が敵
(=鬼)を殺す」なのです。)
(2)魔法民話の機能の数は限られています。アファナーシエフの民話を検討した限りで
は機能は31ありました。少し長くなりますが、この機能をプロップのつけた記号と共に紹介
しましょう。
〔始めの状況-α〕
の質問-ε
①年長者の不在-β
⑤情報の提供-ζ
⑥奸計-η
話は、機能⑧から本格的に発展します。
⑩反撃の始まり-C
⑪主人公の出発-←
それに対する主人公の反応-E
⑯敵対者との闘争
-H
②禁止-γ
③禁止の侵犯-δ
⑦主人公の協力-θ
⑧加害行為-A
④敵対者
以上は予備的段階で、
または欠落-a
⑨仲介-B
⑫魔法の手段の贈与者の最初の機能-D
⑭魔法の手段を手に入れる-F
⑰主人公が印を受ける-I
⑱勝利-J
⑬
⑮主人公の移動-G
⑲不幸または欠落の回
1
復-K
⑳主人公の帰還-→
(21)主人公が追跡される-Pr
主人公がこっそり到着する-O
(26)難問の解決-N
9)主人公の変身-T
(22)助かる
(24)にせの主人公がうその主張をする-L
(27)主人公が識別される-Q
(30)処罰-U
-RS
(23)
(25)難問-M
(28)にせの主人公の発覚-Ex
(2
(31)結婚-W0
(3)以上のような機能の展開には一定の順序があります。民話は、順序をきちんと守りま
すが、後に新しく作られた創作(たとえばアンデルセンの童話など)は、そのかぎりではあ
りません。
(4)そして最後に「すべての魔法民話は、その構造から言うと一つのタイプで成り立って
いる」という結論に至ります。
魔法民話というのは、始めの状況31-αに始まって、31の機能が、正しい順序で展開さ
れる物語です。もちろん、実際の話では、いくつかの機能が抜け落ちてしまったり、繰り返
されたりしますが、「形態学的に言えば、加害行為(A)もしくは欠如(a)が中間諸機能
を経て、結婚(W0 )もしくは終局として用いられる他の諸機能(F、K、Rs 等)に至る
あらゆる発展を魔法民話と呼ぶことができる」のです。
ここで、仮にすべての機能が順序よくならぶと、どんな話になるか、人工的な物語をひと
つ作ってみましょう。
昔むかし、あるところにお爺さんとお婆さんが、娘と暮らしていました(始めの状況-
α)。ある日、お爺さんとお婆さんは、町に出かけました(年長者の不在)。そして娘に留
守の間は外に出てはいけないと言い残しました(禁止-γ)。しかし退屈した娘が、外に出
ると(禁止の侵犯-δ)、天邪鬼がやってきて、お爺さんやお婆さんはどうしたかと聞きま
す(敵対者の質問-ε)。町に行ったと答えると(情報の提供-ζ)、天邪鬼は山に栗拾い
に行こうと誘います(奸計-η)。娘が一緒に山に入ると(主人公の協力-θ)、天邪鬼は
娘をさらって、山の奥の一軒家に閉じ込めてしまいました(加害行為-A)。お爺さんとお
婆さんが帰ってきて、助けをもとめると(仲介-B)、太郎がやってきました(反撃の始ま
り-C)。太郎は山に出発しました(主人公の出発-←)。山の分かれ道に来ると、お腹の
へった狼が太郎に食べ物を分けてくれといいました(魔法の手段の贈与者の最初の機能-
D)。太郎が、弁当を分けてあげると(それに対する主人公の反応-E)、狼は子供を一匹、
お礼にくれました(魔法の手段を手に入れる-F)。太郎は、子供の狼の背中にまたがって、
たちまち山奥の天邪鬼の家につきました(主人公の移動-G)。太郎が、天邪鬼と戦ってい
ると(敵対者との闘争-H)、娘が赤いたすきを投げてくれました(主人公が印を受ける-
I)、太郎はたすきをかけて戦い、天邪鬼をたおし、天邪鬼の宝物を手に入れ(勝利-J)、
娘を助け出し(不幸または欠落の回復-K)、いそいで山を降りました(主人公の帰還-
→)。天邪鬼の仲間が追いかけて着ましたが(主人公が追跡される-Pr)、狼にまたがっ
た太郎と娘は、無事に山の麓につきました(助かる-Rs)。太郎は、そのまま武者修行に
出かけ、1年たって村にこっそりもどると(主人公がこっそり到着する-O)、三郎が天邪
鬼をやっつけたのは自分だといいふらしていました(にせの主人公がうその主張をする-
2
L)。太郎は、本当に天邪鬼をやっつけたのは自分だということを証明しなければなりませ
ん(難問―M)。太郎は、娘にもらった赤いたすきを見せました(難問の解決-N)。たす
きをかけた太郎を見て、娘はすぐに助けてくれたのが太郎だと分かりました(主人公が識別
される-Q)。三郎のうそはバレてしまいました(にせの主人公の発覚-Ex )。太郎は、
天邪鬼の宝物で美しい若者に変身しました(主人公の変身-T)。三郎は、村を追い出され
(処罰-U)、太郎は娘と結婚して、幸せに暮らしました(結婚-W0 )。
Ⅱ
ダンダスから池上嘉彦へ
プロップの形態学が、1958年にアメリカで翻訳されると、大きな反響をよびましたが、
民話研究の分野で最初に大きな成果をあげたのは、アメリカ先住民の伝承を研究していた
アラン・ダンダスでした。ダンダスは、1964年に刊行された『北アメリカ先住民民話の形
態学』で、それまで非論理的であるとか、構造がないと言われることが多かったアメリカ
先住民の伝承に、きわめて明快な構造が存在することを、証明したのです。
あらゆる伝承文学の中で、もっとも複雑な構造をもつヨーロッパの魔法民話の研究手法
を援用して、もっとも単純と考えられていたアメリカ先住民の民話の構造を読み解いたダ
ンダスの手法は、みごとなものでした。
ダンダスは、プロップが「機能」と呼んだものを「モチーフ素」と呼びかえ、まず<欠
落-a>(機能8)と<不幸または欠落の回復-K>(機能19)を<欠乏>と<欠乏の解消
>という2つのモチーフ素として、分析の中核におきました。たとえば、「怪物が水を堰き
とめる<欠乏>」「英雄が怪物を倒して水をもたらす<欠乏の解消>」という話がこれです。
つぎに、この<欠乏>と<欠乏の解消>という2つのモチーフ素の間に、<課題>と<課
題の達成>、<禁止>と<違反>、<欺瞞>と<成功>を挟み込みます。
<課題>と<課題の達成>が挟み込まれた話は、たとえば「陸地が水に覆われて陸地がな
い<欠乏>」「陸地をとりもどすことが要請される<課題>」「鳥が水にとびこんで泥をと
ってくる<課題の達成>」「陸地が回復する<欠乏の解消>」などです。
<禁止>と<違反>のタイプの話には、「闇がなかった<欠乏>」「闇の入った袋を管理
するコヨーテは、袋をあけてはいけないと言われている<禁止>」「コヨーテが袋をあける
と<違反>」「闇がそとに飛び出す<欠乏の解消>」などがあります。
<欺瞞>と<成功>の話には、「狐は、おなかがすいている<欠乏>」「狐は崖のふちで
仲間の死を嘆くふりをする<欺瞞>」「アザラシは、狐に騙されていっしょに泣き出す<成
功>」「狐は、アザラシを崖から突き落として、食べてしまう<欠乏の解消>」のような話
があります。
ダンダスは、そのほかに<禁止><違反><結果><脱出の試み>という<禁止><違反
>を中核として4つのモチーフ素をもつタイプの話や、<欠乏><課題><課題の達成><
欠乏の解消>のあとに<禁止><違反><結果>がつづくような複雑な展開をもった話をあ
げています。
以上のようなダンダスの試みを、プロップ風にまとめてみると、「すべての北アメリカ先
住民の伝承は、<欠乏>と<欠乏の解消>、<課題>と<課題の達成>、<禁止>と<違反
3
>、<欺瞞>と<成功>、<結果>と<脱出の試み>などのペアになるモチーフ素から出来
ている。これらのモチーフ素の展開は、時として欠落をともなうが、いくつかのタイプにか
ぎられる」となるかもしれません。
以上のように、北アメリカ先住民の伝承の構造を明らかにしたうえで、ダンダスは形態学
的な分析が、実際になんの役に立つのかについても言及しています。
まずダンダスは、形態学が話の欠落部分を推測するのに役に立つといいます。これは、民
話の語りの聞き取りをすれば誰でも気のつくことなのですが、語り手は、いつも完璧に記憶
した話を完璧に繰り返すわけではありません。なにかを語り落としたり、語り間違えたり、
混同したりすることがあります。そんな時に、聞き手は不測部分を推測したり、補ったりし
ますが、これは聞き手が語りの本来の構造を、無意識のうちに推測しているからなのです。
つぎに、形態学は、伝承の比較のために役に立ちます。たとえばズーニ族の「シンデレ
ラ」では、貧しい主人公は七面鳥の番をして、踊りに行けません<欠乏>。娘は妖精ではな
く、親切な七面鳥に助けられて踊りに行くことが出来ました<欠乏の解消>。七面鳥は、娘
に日没前に帰るように言います<禁止>。踊りに夢中になった娘は遅れてしまい<違反>、
七面鳥はみないなくなってしまいます<結果>。
ズーニ族のシンデレラは、もともとヨーロッパから伝えられた話が、先住民の生活の中で
姿を変えていったものと考えられますが、形態学的にモチーフ素を比較してみると、ヨーロ
ッパと北アメリカ先住民の生活や世界観の違い、異文化受容の過程などが鮮明になるでしょ
う。
3つ目に、形態学は、民話と諺、なぞなぞ、迷信など、口頭伝承のさまざまのジャンル間
の比較を可能にします。
たとえば、「霊柩車を見たら親指をかくさなければいけない<禁止>、そうしないと<違
反>、親を失う<結果>」という現代日本の迷信は、「狩人が残して帰ったパンを、女は食
べてはいけない<禁止>、食べると<違反>、双子が生まれる<結果>」という先住民の信
仰と同じ構造です。そしてこの構造は、コヨーテは闇の入った袋をあけてはいけない<禁止
>、あけると<違反>、闇が飛び出す<結果>という民話や神話とも共通しています。
このように異なる伝承のジャンルの比較を、さらに推し進めたのは、日本の言語学者の
池上嘉彦でした。池上は、ダンダスの業績を1980年に翻訳紹介した後に、1982年に自らも
『ことばの詩学』を公表し、民話を、呪いやわらべうた、なぞなぞ、ことわざなどの違っ
たジャンルの口頭伝承と構造比較を行っています。
Ⅲ
形態学から異界論へ
最後に、プロップの試みを異界論と組み合わせて読み解く試みについて言及しておきた
いと思います。
プロップは、魔法民話に31の機能を見出しただけではなく、その登場人物を、①主人公、
②王様(主人公を派遣する者)、③王女(捜し求められるもの)、④魔法の手段の贈与者、
⑤援助者、⑥敵対者、⑦にせの主人公に分類しています。
この登場人物に役割をふりあて、31の機能にそって魔法民話を要約すると、主人公が、
4
王の要請にしたがって、奪われた王女(あるいは宝)をもとめて異界に旅立ち、途中で贈
与者から魔法の手段(たとえば剣)をもらって、超自然的な敵対者と戦い、援助者の援護
を受けて勝利し、王女をともなってもとの共同体(王国や町や村)に帰還し、にせの主人
公の主張を退けて、王女と結婚する話であると言ってもよいでしょう。
この場合、注意したいのは、主人公がたとえば並外れた力持ち(=乱暴者)であるとか、
なまけ者であるとか、小さい(=一寸法師)とか、貧乏であるとか、とにかく普通でない
シルシをもっていて、もとの共同体ではあまり歓迎されない存在であることが多いという
ことです。場合によっては、熊と人間の間に生まれたとか、桃から生まれたとか、異常な
誕生を経験しているかもしれません。
こうしたシルシ付の主人公が、ピンチに陥った共同体の長(=王様)の要請を受けて異
界に出発し、異界の入口を守る贈与者から、不思議な知恵や宝を授けられ、異界の住人の
みがもつ不思議な能力を身につけた援助者に守られて、異界の王ともいうべき敵対者を打
ち破り、帰還するわけです。このような冒険は、ふつうの人間であるにせの主人公には、
もともと耐えられるはずのものではないのです。
異界の試練をへて大きく成長し、その能力を共同体(=王国、町、村)のものに知らし
め、王女と結ばれ、新しい王となる構造は、まさに王権神話の構造と一致するといっても
よいと思います。
このような華やかな魔法民話の構造は、日本の民話には縁がないように思われます。日
本の民話の主人公は、せいぜい長者の娘と結ばれる程度です。
しかし、この魔法民話の形態学あるいは構造が、現代の日本で歓迎され、さらには全世
界に発信される強いメッセージとして生まれ変わったことも指摘しておきたいと思います。
たとえば、ゲームソフトの「ドラゴンクエスト」は、意識的にか無意識的にかは知りま
せんが、プロップの機能と登場人物の形態学を駆使しています。
また、宮崎駿の「千と千尋の神隠し」は、ゲームソフトとはずいぶん違った印象を与え
るかもしれませんが、少女がふとしたはずみでトンネルのむこうの異界に迷い込み、さま
ざまな超自然的な援助者や敵対者と出会い、励まされ、戦い、愛するものを救い、少しだ
け大人になって帰ってきます。その構造には、魔法民話と共通するものが窺えます。
さらにまた村上春樹の『海辺のカフカ』も、父との葛藤から逃れた少年が、さまざまの
援助者と出会い、異界にいたる冒険をへて、少しだけ大人になって帰還する物語として読
み解くことも可能なのではないでしょうか。
プロップの形態学は、昔から伝えられた魔法民話の構造を明らかにし、ヨーロッパのみ
にとどまらず、アメリカやアジアやアフリカの伝承を比較可能なものとし、民話と諺、な
ぞなぞと俗信などの異なったジャンルの口承の関係を照らし出しました。
しかし、それだけにとどまらず、現代の小説やアニメやマンガ、さらにはゲームソフト
といった新しいジャンルの創造にも深く関わっているのです。
これは、三弥井書房『シリーズ・言葉の世界第二巻・かたる』(日本口承文芸学会編
2008年刊に収められた「昔話の形態学」に加筆したものです。
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