第7回「スポーツ用具と世界記録」

2011年6月29日 千葉大学教育学部 藤川研究室 発行
「社会とつながる数学」授業通信
-第7回 スポーツ用具と世界記録-
ちなみに、今現在の世界記録は、ウサイン・ボル
トの9秒58 (2009年)、日本記録は、伊東浩司の10
秒00(1998年)です。
特に、アルミン・ハーリーは、スタート時の反射が
きわめて早かったことで知られており、他の選手よ
りも0,1秒早かったとされている。スタート音を聞い
てから0.07秒で身体が動き始めたといいます。
ここで、一つ質問です。この時間とフライングとの
差は一体どれほどなのでしょうか…?
普通のスプリンターは、音を聞いてスタートする
まで、0.12~0.14秒かかるといわれています。アメ
リカのカール・ルイスが世界新の9秒86を出したと
き、「実は一緒にスタートしたミッチェルがフライン
グをしたので無効ではないか」という発表がありま
した。
↓
科学の日進月歩の発展によって、スポーツ界の
スポーツ用具も大きく変化を遂げています。各種
スポーツの世界記録が更新される一面に、良質な
用具に思われるものが多いです。トラックのアン
ツーカー、棒高跳びのポール、野球のバット、ゴル
フのサンドウェッジ…など、数々あります。
2008年になって発表された新しい水着「レー
ザー・レーサー」を着た水泳選手が、次から次へと
世界記録を更新している話も、記憶に新しいと思
います。アメリカ航空宇宙局(NASA)や、ニュージー
ランドのオタゴ大学、ANSYS社、オーストラリア国立
スポーツ研究所(AIS)、自社研究所であるアクアラ
ボや、その他多くの専門家の協力を得て開発され
たものです。日本水泳連盟はSPEEDO社と契約して
おらず、そのままでは日本代表選手は北京オリン
ピックではレーザー・レーサーを着用できないとい
う状況になりました。結果的に、日本人選手も使え
るようになりましたが、北京オリンピックでは、世界
記録・オリンピック記録が相次いで更新されました。
いま、陸上100メートルという一番単純なスポー
ツを例にとっても、下に示すように関連用具があり
ます。
↑伊東浩司
ウ
サ
イ
ン
・ボ
ル
ト
↓
今から遡ること50年、ローマ五輪で優勝をした西
ドイツのアルミン・ハーリーという選手は、当時
100mで世界記録の10秒0を保持しており、人類の
夢であった9秒台にもっとも近い選手と言われてい
ました。
(Image)
↑
○トラック(地面)
○スパイク
○着衣
○ピストル
○ストップウォッチ
○スターティングブロック
(Image)
ア
ル
ミ
ン
・
ハ
ー
リ
ー
(Image)
(Image)
カ
ー
ル
・ル
イ
ス
2011年6月29日 千葉大学教育学部 藤川研究室 発行
普通のスプリンターは、音を聞いてスタートする
その他、トラック競技の計時を正確に計測する機
まで、0.12~0.14秒かかるといわれています。アメ 械は、 「SEIKO(セイコー)」という時計のブランドでも
リカのカール・ルイスが世界新の9秒86を出したと 有名な、「セイコースポーツライフ株式会社」の
き、「実は一緒にスタートしたミッチェルがフライン ホームページに書いてあります。
http://seiko-sl.co.jp/sports/track.html
グをしたので無効ではないか」という発表がありま
した。
時間がある人は、ぜひのぞいてみてください。
カール・ルイスという選手が活躍した1990年頃に
は、「フライング(ファール)発見装置」というものが
さて、話を50年前に戻しましょう。0.07秒というア
出て来ました。
ルミン・ハーリーの時代にこの「フライング発見装
短距離レースにおけるフライングを確実に検知し、 置」があったとしたら、当然フライングと判定された
フライングが発生した場合には自動的に告知する でしょうが、この1000分の1秒というのは、「人間の
オートリコール機能が搭載されています。まず、ス もつ能力にも限界がどこかにある」という観点でい
ターティングブロックに内蔵されたセンサーが、選 うと、どれだけ意味があるのかは、疑問と考えられ
ます。
手がフットプレートにかける圧力をモニターし、圧
力の変化からスタートの瞬間を感知して1/1000秒
このことから、スターターの判断尊重となったとな
単位でリアクションタイムを計測します。
りました。ちなみに、「ヨーイ」から号砲の「ドン」ま
これによると、ミッチェルの号砲への反応時間は では、1.55秒と言われています。スタートを知らせ
0.090秒で、当時の規則では「0.100秒以下は不正 るスターターの人が電光掲示板やイヤホンでタイミ
出発」と反応するよう機械をセットすることが決めら ングを計り、スタート時間にあわせてピストルの引
れていました。ただし、機械はあくまでも補助手段 き金を引いて音を鳴らしていました。ただ、どんな
であるということから、フライングの主張はしりぞけ に練習しても、引き金を引くのは「人力」。100分
られました。
の1秒単位での誤差は避けられませんでした。し
人間は音を聞いてから反応するまでに最短でも かし、マラソン競技などで電子化するような取組も
1/10秒はかかるとされているので、リアクションタ
でてきています。
イムが1/10秒未満だった場合はフライングと判定
先ほど述べたカール・ルイスの、靴設計者は、約
200足の試行錯誤で記録を100分の1秒縮めたとい
されます。フライングが検出されると、スタートから
1秒以内に自動的にピストル音が再び鳴り、選手、 います。用具の時代…と昔から今も言われていま
スターター、観客にフライング発生を知らせます。 すが、選手は長年厳しいトレーニングを重ねてき
これにより、スターターは今まで以上にスタートに た成果を出すために、大会に出ています。難しい
集中することができ、またフライングが発生したに 議論ですね。
(文:小池)
もかかわらずレースが成立するということはなくな
※参考文献
りました。
□仲田紀夫『数学トリック=スポーツ編』講
ちなみに、スタート音は、各選手のスターティング
談社ブルーバックス、1993年
ブロックに内蔵されたスピーカー、加えてトラックの
周りに設置した複数のスピーカーから同時に発生
この授業通信で取り上げてほしいこと、ぜひ
します。音の届く時間の差で、ピストルから遠い選
教えてください。ネタは何でも構いません。メー
手と近い選手が不平等にならないように、このよう
ルアドレス (略) まで、お待ちしてます!
な工夫がなされています。
今週の難問!!
2人の村人が同じ数の羊を飼っていた。2人が、それぞれの羊の乳を
しぼり終わると10リットルの桶(おけ)がいっぱいになった。他に容器は
3リットルの桶と7リットルの桶しかない。乳を半分に分けるには、どうし
たらよいか。
(ガンチェフ,チメフ,ストヤノフ著 山崎紀美子訳『頭の数楽問題集』 東京図書、1990)