2002 年 11 月 16 日 笹本 貴之 アメリカのコミュニティー組織(黒人スラム開発機関『ニュー・ソング』 ) 1. 自己紹介 (ア)1971 年、山梨県甲府市生まれ。現在 31 歳。 (イ)1991 年、中央大学文学部哲学科進学。私塾『鶏鳴学園』 (東京・御茶ノ水)にて哲学修行開始。 「民主的組織運営はいかに実現するか?」をテーマに、現在に至るまで研究。 (ウ)1995 年 3 月、同大学卒業後、米国ワシントン DC 地区に渡り取材開始。 このときの目的: 「民主主義の本場アメリカの中心で、どんな立派な組織運営が実践されてい るか確かめる」。元米大統領候補で黒人指導者ジェシー・ジャクソン師の人権運動組織『ナシ ョナル・レインボー・コアリション』 、続いて「サンドタウン」 (メリーランド州ボルティモ アの貧困黒人居住区)の都市開発機関『ニュー・ソング』にスタッフ参画。 (エ)1997 年 3 月、帰国後、AIU保険会社 本店営業部勤務。 (オ)2000 年 4 月、同社退社後、帰郷。家業、自動車修理会社㈲ササモトオートボディショップの経営に参加。 (カ)2001 年 1 月、『サンドタウンに吹く風』出版。 (キ)現在、同社専務取締役。 ⇒ 私のテーマ:組織運営 ⇒ 組織運営に重要な3大要素:目的・フォーカス・主体性(当事者意識) 2. ミリオン・マン・マーチ Million Man March への参加(黒人問題との出会い) (ア)1995 年 10 月 16 日、国会議事堂からリンカーン記念堂まで広がる公園通り「モール」で黒人 男性 100 万人の大集会。 (イ)黒人イスラム教団「ネイション・オブ・イスラム」の呼びかけ ① 目的 ・ アメリカ黒人の自由と平等 ② フォーカス ・ 黒人男性としての自己の「責任と自立」を考え直す。 ・ 黒人男性が「麻薬・犯罪に手を染めてきたこと」 「父親の役割を果たしてこなかった こと」 「コミュニティーから脱落してきたこと」を反省。 ⇒ 30〜40 年前の公民権運動以来の目的はいまだ達成されていないことの表れ(1963 年の ワシントン大行進では 20 万人) 。 (ウ) ジャクソン師の演説に感動 ① 内容は地味。演説は熱狂。 ② 私の興味「黒人問題に対して、現在アメリカがどのように取り組んでいるのか?」 3. ジェシー・ジャクソン師 Jesse Jackson の活動 (ア) ジャクソン師 ① 学生時代からキング牧師の側近。南部を中心に公民権運動(フォーカス:公民権獲得) ② 1971 年、北部大都市シカゴに「PUSH」創設(フォーカス:都市貧困問題の解決) ③ 1984 年、大統領候補選挙立候補。 ④ 同年、ワシントン DC に「National Rainbow Coalition ナショナル・レインボー・コア リション」創設。人権に関わる問題を全般的に扱う人権運動組織(フォーカス:人権問 題全般)現在、唯一の黒人カリスマ指導者 (イ) 私が体験したジャクソン師の活動 ① 地道な活動 ・ 黒人教会での朝食会/未成年更正プログラム(メントリング・プログラム)/コミュ ニティー活動支援/バック・トゥー・スクール誓約キャンペーン/貧困家庭へのクリ スマスプレゼント配達など。 ⇒ どれも黒人コミュニティーに必要。ただ後のフォローなし。 ② 派手な活動 ・ 長男ジュニア氏の下院議員就任式/タイムリーな記者会見/年次総会/各種抗議運 動(96 年) 「アカデミー賞・米三菱自動車・テキサコ」など ⇒ どれも人々を惹きつける。ただ師が独裁的に次々とフォーカスを替え、スタッフ は追いかけるだけ。 (ウ) ジャクソン師の意義と限界 ① 意義 ・ 牧師であること。 ・ タイムリーな重要問題のクローズアップと牧師としての正論。 ・ カリスマ性と熱狂的演説による動員力。 ② 限界 ・ 「政治家」であること(すでに組織の目的がジャクソン師の個人的政治活動の支援へ と変質) 。 ・ 人権問題には全てにフォーカス。その場限りの派閥的・政治的な対立に終始。問題の 直接解決に当たれない。 ・ カリスマ性や熱狂による動員には当事者意識や主体性なし。組織的継続性なし。 ⇒ ミリオン・マン・マーチ後の黒人の期待には答えられず。 4. ニュー・ソング New Song(6 つの都市開発機構の総称)の活動(2000 年現在) (ア)サンドタウン Sandtown の現状 ① メリーランド州ボルティモアの西地区、人口 15,000 人の 100%黒人スラム街。 ② 年間平均世帯収入(1996 年) アメリカの全世帯 $36,306(¥4,356,720) 白人世帯 $38,014(¥4,561,680) 黒人世帯 $24,021(¥2,882,520) サンドタウンの世帯 $8,500(¥1,020,000) ($1=¥120 で計算。以下同様) ③ 乳児死亡率(出産 1000 に対して) (1996 年) ・ アメリカ全体: 7.3 人 ・ サンドタウン:27.3 人 ←多くの発展途上国以下。 ④ 都市別犯罪発生率(10 万人当たり) (1997 年) アメリカ全体 4,923 件 ニューヨーク市 4,862 件 ワシントン DC 9,827 件 ボルティモア市 10,783 件 《各地の黒人比率》 ニューヨーク:28.7% ボルティモア:59.2% ワシントン DC:65.8% 《白人と黒人の人口比率(1998 年)と逮捕者比率(1997 年)》 白人の人口:82.5% 白人の逮捕者:66.0% 黒人の人口:12.3% 黒人の逮捕者:31.6% ⑤ 失業率(1996 年) アメリカ全体 5.4% 白人全体 4.7% 黒人全体 10.5% Over 60.0% サンドタウン ⑥ 女性世帯主の家庭の比率(1995 年) 白人全体 14% 黒人全体 46% ヒスパニック全体 24% サンドタウン 90% (イ)ニュー・ソング・コミュニティー教会 New Song Community Church ① 1988 年、5人の白人(1人の白人牧師と4人の白人牧師一家)がサンドタウンに移住。 自宅に 2・3 人の住民を誘って礼拝と聖書勉強会=教会を開く。 ② 目的(夢) ・ 劣悪な黒人居住区をキリスト教の政策によって改善。理想的キリスト教コミュニティ ーの建設。 ③ フォーカス ・ サンドタウンの住民となり、隣人として問題を共有し、6 つの政策を実施。 ④ 組織 ・ 教会は全ての始まりで全ての中心。 ・ 4 人の牧師(黒人 2 人、白人 2 人)が最高決定機関 ↓ ・ 各機関の代表者の「リーダーシップ・チーム・ミーティング」 (相互報告、意思統一、 全体運営) ↓ ・ 各機関の「スタッフ・ミーティング」 ⑤ 礼拝参加者:75 名(白人:10 名、黒人男:10 名以下、黒人女:30 名、子供:20 名) ⑥ 2000 年、175 名収容可能の礼拝堂を備えた教会完成。 (ウ)サンドタウン・ハビタット・フォー・ヒューマニティーSandtown Habitat for Humanity ① 1989 年設立{Habitat for Humanity International(アトランタ)の支部}。住環境改善機関。 ② 背景 ・ サンドタウンの 6 分の1に当たる 800 メートル四方では、その 4 分の 1 に当たる 250 戸が長年廃墟。麻薬の売買と使用、強盗、殺人など犯罪の巣窟。 ③ フォーカス ・ その 800 メートル四方の住環境と治安回復。 ④ 具体的活動 ・ 教会や個人の寄付により廃墟を買い取り、ボランティアによって改築。 ・ 以下の条件で住居を安価{平均4万ドル(480 万円)}で販売。 ¾ 330 時間の労働ノルマ{スウェット・エクウィティーSweat Equity }←住居を維 持する能力。 ¾ 各種セミナー(ハビタットの仕組み、財務マネージメント、家のメンテナンス など)への参加。 ・ 毎年夏の集中建築週間(ブリッツ・ビルディング・ウィーク Blitz Building Week) ・ ホームオーナーズ組合の月例会議(地域ボランティア、地域ビジネスなど) ⑤ 2002 年 ・ 200 戸完成(数十年ぶりの新築 27 戸のレズリー通り含む)←150 戸(2000 年) ・ スタッフ:25 名 ・ ボランティア:毎年数千人(教会、企業、個人など) (エ)ニュー・ソング・コミュニティー学習センターNew Song Community Learning Center ① 1991 年設立。教育機関。 ② 背景 ・ 幼稚園と小学校(5〜11 歳)の多人数クラスの弊害と特に中等学校(12〜14 歳)の 暴力問題。 ③ フォーカス ・ 未来のサンドタウンを担う人材育成。子供を危険から遠ざけておく役割も。 ④ 具体的活動 ・ 「プレ・スクール」 (1997 年) 対象:3〜4 歳児 読み書きの練習(親子に年間 200 冊の読書ノルマ。毎月一度、読書教育法 の授業を親に対して義務づけ) 児童:20 名、教員:2 名。 月謝:一月 5 ドル(600 円)と 2 時間のボランティア。 ・ 「アフター・スリー・クラブ」 (1997 年) 対象:5〜11 歳 補習と聖書教育(午後 3〜5 時まで) 生徒:40 名、教員(住民):5 名。 月謝:無料。 ・ 「ニュー・ソング・アカデミー」(1997 年) 対象:12〜14 歳 私立の中等学校 生徒:40 名、教員:5 名 月謝:一月 10 ドル(1,200 円) 高校の奨学金制度あり。 ⑤ 1997 年以降 ・ 「ニュー・ソング・アカデミー」 幼稚園年長から中等学校が公立学校として認定受ける。 生徒数:110 名 スタッフ:30 名 ・ その他:親への教育を充実(資格取得や職業訓練。幼児教育法。衛生と栄養学) (オ)ニュー・ソング・ファミリー・ヘルス・センターNew Song Family Health Center ① 1991 年設立。医療施設。 ② 背景 ・ 住民の 60%以上が無保険。最悪の乳児死亡率。 ③ フォーカス ・ サンドタウンの医療環境の改善。 ④ 提携先 ・ マーシー・メディカル・センターから薬剤・器材の寄付。医師 2 名、看護婦 1 名、医 療助手 1 名が派遣。その他の病院からも数人の医師がボランティア。 ⑤ 具体的活動 ・ 住民の初期手当て。 ・ 医療教育。産科診療。小児科診療。 ・ 治療費:患者の収入による。 ⑥ 2002 年 ・ 来院数:毎年 6,000 人以上 (カ)エデン・ジョブズ EDEN Jobs ① 1994 年設立。就職支援機関。 ② 背景 ・ 60%以上の失業率。政府による生活保護のカット。 就職していても時給 5〜7 ドル (600 〜840 円)の初歩的仕事。 ③ フォーカス ・ サンドタウンの失業率改善。得た仕事の維持さらに高所得の職業へのステップアップ 支援。 ④ 具体的活動(職を与える機関ではない) ・ レジュメ・面接・申込書の作成、ふさわしい外見と態度に関するカウンセリング ・ 就職調査の指導。 ・ 就職面接の紹介 ・ 就職後、その仕事に適応するためのフォロー ・ 転職のためのカウンセリング ⑤ 2002 年 ・ 就職数:600 件(年間 100 件を目標設定) ← 470 件(2000 年) ・ カウンセリング・スタッフ:黒人女性 2 名、黒人男性 2 名。 ・ 新たな試み:ビジネス創出 (キ)ニュー・ソング・アーツ&メディア New Song Arts & Media ① 1995 年設立。住民の芸術面での能力発揮を支援する機関。 ② 背景 ・ 荒廃したコミュニティーには、自信やプライドにつながる事業はなかった。 ③ フォーカス ・ 黒人の子供たちの聖歌隊をつくり、彼等の音楽的能力を発掘。 ④ 実績(2000 年まで): ・ 学習センターの生徒 30 人による聖歌隊結成。 ・ ボルティモアのゴスペル・コンクール準優勝(1996 年) ・ 聖歌隊のアルバム 2 枚発売。作詞・作曲・演奏の多くを代表:スモールマン師が担当。 ・ 各地の教会などで、年間 40 回ほどのコンサート(各大リーグ球場での国歌斉唱。年 に一度のツアー。ディズニー・ワールドでのコンサート) ・ スモールマン師のソロ・アルバム発売と各地教会でのソロ・コンサート。 (ク) その他、コミュニティーのニュー・ビジネスの創出 ① アーツ&メディア関連 ・ 2003 年 5 月、子供の聖歌隊では全米初のメジャーデビュー(Gotee Records) メンバー名:Sandtown アルバム名: 『Based on a true story 』 ② ハビタット関連 ・ 鉛塗料の除去会社/家屋の修理・メンテナンス会社 5. まとめ (ア) 私の「組織に対する評価基準」 組織内で以下の一つひとつと、その流れが明確か? ① 目的(夢)◎ ② 現状分析 ③ フォーカス(具体的目標)◎ ④ 現実的手段 ⑤ 主体性(当事者意識・メンバーシップ)の形成◎ ⑥ 評価 (イ) ミリオン・マン・マーチの評価 ① 「目的 → フォーカス」が瞬間風速的に強烈に明確 ・ 主体的になった黒人男性が集まり、歴史的大集会。 ② 限界 ・ 黒人達の主体性(当事者意識)を維持してゆける継続的施策がないこと。 (ウ) レインボー・コアリションの評価 ① 「目的 → フォーカス」が曖昧 ・ ジャクソン師の独裁。故にメンバーに当事者意識が育たない。 ・ 2000 年までにメンバーが全員入れ替わった。組織縮小。 ・ 実効性なし。派閥闘争を繰り返し、問題の直接解決に取組まない。実績は過去のもの。 (エ) ニュー・ソングの評価 ① 「目的 → フォーカス → 主体性」がリーダー層では理想的 ・ 教会(キリスト教)を頂点にしたピラミッド組織。 ・ 実効性あり。サンドタウンにフォーカスし、そこの問題の直接解決を試みる。 ・ この実績が全国規模で影響力をもち始めている。 ② 課題 ・ リーダー層以下のスタッフと受益者(サンドタウン住民)の主体性(当事者意識)の 育成。これまでに 3 人の女性住民がリーダー層へ。しかし、それ以外の住民はいちば ん重要な教会にも来ない(真に参画していない) 。特に男性住民の参加が乏しい。 ・ 住民によるニュー・ビジネスの創出。まだ白人の指導によるものだけ。 ・ コミュニティーの経済的自立。 ⇒ 取り組みとして、学校教育によって未来のリーダー育成。若い黒人牧師により男 性住民に働きかけ。 ⇒ 主体性(当事者意識)には能力の問題が関わるのでは。 (オ) その後の私の経験から ① 大企業 ・ ビジネスは目的が明確。 ・ フォーカスの明確さが末端に行くに従って弱まる。末端には手段だけのことも。 ・ 末端にいながらも能力のある社員は主体的に。そのような社員が多い会社が成長。 ② 中小企業(当社) ・ ワンマン体制の場合、「目的→フォーカス」は社長の頭の中。社員に主体性なし。 ・ 「目的→フォーカス」を明確にすれば、多数の社員が主体的になる可能性。 ・ 主体的に働く社員を増やすことが生き残る道。現在、人事制度、賃金制度作成中。 ・ 最後に残るのは個々の社員の能力問題。 ③ NPO ・ 「フォーカス」が曖昧な傾向。 「目的」が立派過ぎて「フォーカス」しきれない傾向。 (カ) フォーカスについて ① まず実感、情、興味の及ぶ自分自身のフィールドが無条件にある。 ② 例えば、 「米国の貧困問題の解決」を目的にした場合・……… ⇒「人種別にみた貧困線以下の人口」(米国・1997 年) 全人種 3557 万 4 千人 白人 2439 万 6 千人 黒人 911 万 6 千人 アジア系 146 万 8 千人 ヒスパニック系 830 万 8 千人 必ずしも、黒人問題に取り組むことを意味しない。 ③ フォーカスは、最終的には自己実現と密接? 以上
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