新幹線設置に伴う地域づくり事業に対する住民意識の把握 ― リニア中央新幹線岐阜県駅を事例に ― 岐阜大学 三 井 栄* 2015 年国勢調査による日本の人口は1億 2711 万人であり、2010 年から 94 万 7 千人減少(0.7%減)し、 調査開始以来、初めての減少となった。一方、2015 年の訪日外国人旅行者数は 1,974 万人(日本政府観光局 (JNTO)の暫定値)と前年 1,341 万人に比べ 47.1%増と大きく伸びている。観光庁が公表した同年訪日外国人全 体の旅行消費額は 3 兆 4,771 億円と推計され、前年 2 兆 278 億円に比べ 71.5%増、1人当たり旅行支出も 17 万 6,167 円と前年(15 万 1,174 円)に比べ 16.5%増加した。人口1人当たりの年間消費額 124.6 万円(総務省 2015 年家計調査より算出)は、旅行者の消費に換算すると外国人旅行者 7 人分で補えることになる。 それゆえ、新幹線の駅があるもしくは建設予定の地方都市においては、交流拡大による産業振興や観光産 業を核とした地域再生への期待が大きい。実際、2015 年に北陸新幹線が石川県金沢市まで延伸したことによ り、石川、富山両県の主な観光地は賑わい、金沢市の中心部は再開発ラッシュが続くなど、新幹線の開業効 果が地域経済を押し上げている。 そこで、新幹線開業の先行事例から、成功の取組みや課題を提示した上で、2027 年に東京・名古屋間を 40 分で結ぶリニア中央新幹線開業時に岐阜県中津川市に設置される駅(以下、岐阜県駅)を事例に、地方都市に おける新幹線駅を活かした地域づくりについて考察する。本稿では、中津川市のご協力の下、実施した「リ ニア中央新幹線開業と岐阜県駅に関する意識調査」を分析対象とする。 まず、岐阜県駅と駅周辺に期待したい役割や機能および、新幹線開業による地域への影響やその効果を把 握するため、因子分析を行う。次に、地域づくり事業に期待する役割や効果を定量化するため、共分散構造 分析により、地域住民の意識構造をモデル化する。さらに、リニア開業までの地域づくりに関する課題と検 討を行う。 * 岐阜大学地域科学部、E-mail:[email protected] Evaluation of community development project due to the Liner Chuo Express with a residents’ consciousness survey: Case study of Gifu Station Opened. Sakae MITSUI Faculty of Regional Studies, Gifu University The Liner Chuo Express is a planned Japanese maglev line designed to ultimately connect Tokyo, Nagoya, and Osaka. The line is expected to connect Tokyo and Nagoya in 40 minutes in 2027, and eventually Tokyo and Osaka in an hour, running at a maximum speed of 500 km/h. The intermediate station would be constructed in each of Kanagawa, Yamanashi, Nagano, and Gifu Prefecture, and planned a rail yard in Nakatsugawa, Gifu Prefecture. This paper pays attention to the problem of evaluation of community development project due to the Liner Chuo Express with a residents’ consciousness survey in Nakatsugawa city, Gifu prefecture. We analyzed the survey results using factor analysis and covariance structural analysis consciousness for the town planning and the regional effects of opening the station. The results of the analysis are summarized as follows. First, the factor analysis identified three effects for station; function of intermodal passenger transport, livable effects and two way tourism, and three effects for expectations; regional vitalization effects, town planning and interregional exchange. Second, the values of the latent variables that can be inferred from measurements of the observable variables provide corroborative evidence of the relationship between the evaluation of the projects of Gifu Station and expectations of community development project through the covariance structural analysis of residents’consciousness. JEL classification: R11, R12 Keywords: factor analysis, covariance structural analysis, consciousness structure model, community development project 新幹線設置に伴う地域づくり事業に対する住民意識の把握 ― リニア中央新幹線岐阜県駅を事例に ― 岐阜大学 三 井 栄* 1 はじめに 2015 年国勢調査による日本の人口は1億 2711 万人であり、2010 年から 94 万 7 千人減少(0.7%減)し、 調査開始以来、初めての減少となった。一方、2015 年の訪日外国人旅行者数は 1,974 万人(日本政府観光局 (JNTO)の暫定値)と前年 1,341 万人に比べ 47.1%増と大きく伸びている。観光庁が公表した同年訪日外国人全 体の旅行消費額は 3 兆 4,771 億円と推計され、前年 2 兆 278 億円に比べ 71.5%増、1人当たり旅行支出も 17 万 6,167 円と前年(15 万 1,174 円)に比べ 16.5%増加した。人口1人当たりの年間消費額 124.6 万円(総務省 2015 年家計調査より算出)は、旅行者の消費に換算すると外国人旅行者 7 人分で補えることになる。 それゆえ、新幹線の駅があるもしくは建設予定の地方都市においては、交流拡大による産業振興や観光産 業を核とした地域再生への期待が大きい。実際、2015 年に北陸新幹線が石川県金沢市まで延伸したことによ り、石川、富山両県の主な観光地は賑わい、金沢市の中心部は再開発ラッシュが続くなど、新幹線の開業効 果が地域経済を押し上げている。 一方、新幹線駅周辺において、土地利用が順調に進展しない事例として、東海道新幹線の新横浜駅や岐阜 羽島駅などが挙げられ、新幹線駅を活かした観光振興やまちづくりを行うためには、地域主導型の観光振興 を行い、地域に存在するあらゆる資源の価値を精査し、マーケットに合致するよう磨くことで地域そのもの の価値を高め、地域資源を活用した商品(サービス)をつくり出し、その価値に共感する顧客を探して営業(販 売)する、という一連の流れが必要となる(大社(2013)参照)。 また、江川(2015)が指摘するように、高速交通体系の整備は都市構造を変え、地域の産業や暮らしに大き な影響を及ぼす中、新幹線の駅が既存の都市の中心となる駅に併設されない場合、当該都市は直接的には交 通ネットワークをどのように再構築していくか、間接的には観光やまちづくりにおいてどのような方策によ ってこの新しいインフラを生かしていくかが強く問われる。 そこで本稿では、新幹線開業の先行事例から、成功の取組みや課題を提示した上で、2027 年に東京・名古 屋間を 40 分で結ぶリニア中央新幹線開業時に岐阜県中津川市に設置される駅(以下、岐阜県駅)を事例に地 方都市における新幹線駅を活かした地域づくりについて考察を行う。 2 新幹線開業の先行事例 日本政策投資銀行(2013)によれば既に新幹線が開通した地域では、交流人口の増加や経済波及効果の拡大 に向けた様々な取組みが行われている。 宿泊客を創出する夜・朝の魅力を向上させ、宿泊するインセンティブを高める取組みとして、八戸市や鹿 児島市では、民間が主体となり「屋台村」を開設している。その他、八戸では指定ホテルの宿泊客のみが利 用できる朝市と朝の銭湯を楽しむプランがある。宿泊自体を楽しむ仕掛けとしては、町屋の利活用があり、 例えば京都の「町屋ステイ」では「屋根裏から眺望できる五重塔」、「目の前に望む鴨川」といった京町屋 や京文化の伝統美の中で生活体験できる魅力となっている。また、入込客急増を想定した事前準備が求めら れ、例えば、鹿児島市内の城山観光ホテルでは、宿泊客の増加を見込み、スタッフ増員、施設の改装改築、 シャトルバスの中型・大型化と新幹線乗車口への送迎ルート変更など、開業前からハード・ソフト両面で対 * 岐阜大学地域科学部、E-mail:[email protected] 応を講じてきたように、事前からの着実なサービスの質の維持・向上が望まれる。 二次交通としては、指宿や霧島のように知名度が高い観光地への地方列車は移動手段に乗る楽しみも兼ね ている。他方で、大隅半島は知名度も低く、二次アクセスが良好でない対策として、地元関係者の協力で指 定ホテル・旅館へ宿泊した上で 2 箇所以上の観光ポイントを訪問したレンタカー利用者に対して、24 時間分 の基本料金等がキャッシュバックされるキャンペーンにより利用台数の増加が図られた。 先行事例をみると、図表 1 に示した通り、新幹線開業 2 年目の宿泊数はある程度の反動減が予測されるた め、誘客に向けた魅力向上、情報発信の維持が必要となる。 図表 1 新幹線開業の先行事例 宿泊者数の推移 開業1 年前を 100 として指数化 (本グラフの開業年は秋田・長野(97 年)、青森(03 年八戸)、鹿児島(04 年部分開業))引用:日本政策投資銀行(2013) 2 リニア中央新幹線開業と岐阜県駅に関する意識調査の概要 本稿では、中津川市のご協力の下、2015~2016 年に実施した「リニア中央新幹線開業と岐阜県駅に関する 意識調査」を分析対象とする。調査要領は以下のとおりである。 <調査要領> 1)調査目的:2027 年のリニア中央新幹線開業に対する期待や岐阜県駅の役割等に関する住民意識の把握 2)調査対象と方法:中津川市民、各自治会区長から区内世帯へアンケート調査票の配付と郵送による回収 3)調査時期:2015 年 12 月~2016 年 2 月 4)調査依頼数:2,000 世帯 5)総回収数:1,660 サンプル 6) 有効回答数:1,606 サンプル(有効回答率 96.7%) 7)調査項目:Q1. 属性:性別、年齢、職業、住居地区、家族構成 Q2.住んでいるまちへの愛着、Q3.昨年と比べた暮らし向き、Q4.岐阜県駅の利用度、Q5.岐阜県への期待度、 Q6.中津川市車両基地への期待度、Q7.岐阜県駅開業や周辺整備にあたり交流を深めたい地域 Q8-1.岐阜県駅と駅周辺に期待したい役割や機能:(重要、どちらでもよい、必要ない、わからない)で回答 ①駅へアクセスする電車やバスなどの整備、②駅へアクセスする道路の整備、③駅から観光地・名所 へのアクセスのしやすさ ④駅における駐車場の整備、⑤恵那山の眺望や自然を活かした公園の整備 ⑥病院や保育施設など生活拠点としての機能、⑦買い物やレジャー等の商業施設としての機能、 ⑧観光地・お店・お土産などに関する情報発信、⑨駅の周辺地区の魅力向上への取組み Q8-2.新幹線開業による地域への影響やその効果:(プラス、変わらない、マイナス、わからない)で回答 ⑩地域の景色やまちの雰囲気、⑪地域の知名度やまちのイメージ、⑫暮らしの安心や安全 ⑬他地域とのビジネスやレジャーにおける交流、⑭地域内における雇用の機会、⑮自治会や団体活動 の担い手の増加や育成、⑯周辺飲食店や観光施設への影響、⑰地域のにぎわいや経済的効果 <調査結果概要> Q1.性別は男性 56.1%、女性 43.9%、年齢は 10 代 5.7%、20 代 7.0%、30 代 12.1%、40 代 15.3%、50 代 16.4%、60 代 26.9%、70 代以上 16.3%と、60・70 歳代が 43%以上を占める。職業は、会社員 29.0%と多 い一方で、 主婦と無職がそれぞれ 12.3%、18.7%と 31%を占める。居住地は、中津西・南・東 10.3%、 6.2%、9.0%の計 25.5%と坂本 26.0%と両地区で半数を占める。家族構成は、夫婦と子ども 40.2%、三世 帯 14.1%と家族で居住している方の回答が高い(単身は 5.4%、夫婦のみが 18.0%)。 Q2.まちへの愛着は、大いにあるが 29.3%、あるが 61.8%、ほとんどないが 6.4%、ないが 2.2%と 90% 以上が愛着を感じている。 Q3.昨年と比べた暮らし向きは、良くなったが 4.7%、変わらないが 71.3%、悪くなったが 23.2%である。 Q4.岐阜県駅の利用度は、大いに利用が 13.5%、ある程度利用が 37.4%、どちらともいえないが 36.6%、 利用しないが 12.0%である。 Q5.岐阜県駅と Q6.中津川市車両基地への期待度は、 それぞれ大いに期待が 18.4%と 18.6%、 期待が 46.2% と 42.3%、どちらともいえないが 24.3%と 27.5%、期待していない 10.8%と 11.3%である。 Q7.岐阜県駅開業や周辺整備にあたり交流を深めたい地域は首都圏が 50.4%、名古屋地域が 26.5%、東濃 地域内が 7.6%、下呂・郡上が 6.9%、高山・富山が 6.2%である。 Q8-1.岐阜県駅と駅周辺に期待したい役割や機能について、各質問項目に対する「重要」の回答は次のとお 「②駅へアクセスする道路の整備」76.0%、 「①駅へアク りである。 「④駅における駐車場の整備」79.4 %、 セスする電車やバスなどの整備」71.7%、 「③駅から観光地・名所へのアクセスのしやすさ」67.1%、 「⑥病 院や保育施設など生活拠点としての機能」64.6%、 「⑨駅の周辺地区の魅力向上への取組み」58.2%、 「⑦買 い物やレジャー等の商業施設としての機能」54.1%、 「⑧観光地・お店・お土産などに関する情報発信」52.9%、 「⑤恵那山の眺望や自然を活かした公園の整備」35.1%である(図表 2 参照)。Q8-2.新幹線開業による地域へ の影響やその効果について、各項目に対する「プラス評価」の回答は、次のとおりである。 「⑪地域の知名度 やまちのイメージ」65.7%、 「⑭地域内における雇用の機会」58.5%、 「⑬他地域とのビジネスやレジャーに おける交流」55.9%、 「⑯周辺飲食店や観光施設への影響」53.4%、 「⑰地域のにぎわいや経済的効果」52.6%、 「⑩地域の景色やまちの雰囲気」42.1%、 「⑮自治会や団体活動の担い手の増加や育成」21.5%、 「⑫暮らし の安心や安全」14.7 %である(図表 2 参照)。 図表 2 アンケート調査結果 重要 必要ない 重要-必要ない プ ラ ス 評 価 プラス マイナス プラス-マイナス ⑰にぎわい・ 経済的効果 ⑯飲食店 観・光への影響 ⑮担い手の増加 育・成 ⑭地域内の雇用の機会 ⑬他地域との交流 ⑫暮らしの安心 安・全 ⑪知名度・ イメージ マ イ ナ ス 評 価 1400 1200 1000 800 600 400 200 0 -200 -400 -600 ⑩まちの景色・ 雰囲気 ⑨地域の魅力向上 ⑧情報発信 ⑦商業施設の機能 ⑥生活拠点の機能 ⑤自然公園の整備 ④駐車場の整備 ③観光地 名・所へのアクセス ②道路の整備 ①電車 バ・スの整備 1400 1200 1000 800 600 400 200 0 -200 -400 -600 プ ラ ス 評 価 マ イ ナ ス 評 価 3 住民の意識構造分析 本節では、岐阜県駅と駅周辺に期待したい役割や機能および、新幹線開業による地域への影響やその効果 に対する中津川市内の住民の潜在的な意識(特性)を抽出するため、因子分析を行う。まず、質問項目への回 答を各項目に合わせて、 「重要→5、どちらでもよい→2、必要ない→-5、わからない→0」 、 「プラス→5、変わ らない→2、マイナス→-5、わからない→0」といった形式で、点数化を行う。次に、無回答項目があるサン プルをすべて除外した1501を分析対象とし、行列(9項目×1501サンプルと8項目×1501サンプル)を作成し、 各質問項目が因子から受ける影響の度合いとなる因子負荷量を算出し、図表3に示した。 図表 3 中津川市の住民調査の因子分析 因子負荷量 因子1 因子2 因子3 ①電車・バスの整備 ②道路の整備 ③観光地・名所へのアクセス ④駐車場の整備 ⑤自然公園の整備 ⑥生活拠点の機能 ⑦商業施設の機能 0.701 0.760 0.640 0.645 0.296 0.181 0.253 0.234 0.255 0.380 0.283 0.533 0.583 0.632 0.157 0.136 0.257 0.190 0.218 0.067 0.188 ⑧情報発信 0.440 0.402 ⑨地域の魅力向上 0.470 寄与量 寄与率 因子説明割合 2.493 51.85% 27.70% 因子負荷量 因子1 因子2 因子3 ⑩まちの景色・雰囲気 ⑪知名度・イメージ 0.316 0.596 0.156 0.313 0.539 0.200 ⑫暮らしの安心・安全 ⑬他地域との交流 ⑭雇用の機会 0.086 0.575 0.489 0.111 0.355 0.343 0.570 0.222 0.256 0.435 ⑮担い手の増加・育成 ⑯飲食店・観光への影響 0.223 0.404 0.390 0.636 0.403 0.176 0.437 0.417 ⑰にぎわい・経済的効果 0.429 0.636 0.229 1.720 35.77% 19.11% 0.595 12.39% 6.62% 寄与量 寄与率 1.429 37.45% 1.340 35.10% 1.016 26.61% 因子説明割合 17.87% 16.75% 12.70% 岐阜県駅と駅周辺に期待したい役割や機能は、第1因子、第2因子、第3因子の寄与率がそれぞれ51.85%、 35.77%、12.39%となった。第1因子は①電車・バスの整備、②道路の整備、③観光地・名所へのアクセス、④駐 車場の整備の負荷量が高いため、駅からの二次交通機能への期待と捉えることができる。第2因子は、⑤自然 公園の整備、⑥生活拠点の機能、⑦商業施設の機能、⑨地域の魅力向上の負荷量が高く、住民が実際利用し たいと考える施設の役割やにぎわいであり、第3因子は、⑧情報発信と⑨地域の魅力向上の負荷量が高く、観 光客をはじめとした地域外からの来訪者が求める役割と解釈できる。ただし、⑧情報発信と⑨地域の魅力向 上の負荷量は第1因子、第2因子においても相対的に高く、関連性が見られる。新幹線開業による周辺地域へ の影響や効果について、第1因子、第2因子、第3因子の寄与率はそれぞれ37.45%、35.10%、26.61%となった。 第1因子は⑪知名度・イメージ、⑬他地域との交流、⑭雇用の機会となり、地域間交流の効果と解釈できる。 第2因子は⑮担い手の増加・育成、⑯飲食店・観光への影響、⑰にぎわい・経済的効果の負荷量が高く、地域活 性化の効果を示し、第3因子は⑩まちの景色・雰囲気、⑫暮らしの安心・安全、⑮担い手の増加・育成の負荷量 が高く、まちづくりに対する効果を示していると捉えることができる。 因子分析により、岐阜県駅開業に伴う地域づくり事業に期待する役割や効果に対する住民意識として把握 した 6 つの指標と各質問項目との関連性、および地域づくり事業に期待する役割や効果を定量化するため、 因子分析と同様の 1501 サンプルを対象に共分散構造分析を行い、住民意識構造モデルを決定する 。共分散 構造分析は、観測データの背後にある内生変数を導き、その因果関係を検証する手法である。 まず第1段階として、岐阜県駅開業に伴う地域づくり事業に対する地域住民の期待に関する仮説モデルを 構築するにあたり、核となる潜在変数「岐阜県駅開業に対する期待:岐阜県駅開業に伴う地域づくり事業に 対する地域住民の期待」を設定し、 「駅に求める機能」と「周辺地域への影響・効果」という2つの評価軸と の関連性を推計する。 「駅に求める機能」については、 「二次交通(機能)」に①電車・バスの整備、②道路の整 備、③観光地・名所へのアクセス、④駐車場の整備の4項目を、 「住民利用(促進機能)」に⑤自然公園の整備、 ⑥生活拠点の機能、⑦商業施設の機能の3項目を、 「来訪者利用(促進機能)」に⑧情報発信と⑨地域の魅力向 上の2項目をグループ化し、3つの潜在変数を設定する。次に、 「周辺地域への影響・効果」については、「地 域間交流(への影響)」として⑪知名度・イメージ、⑬他地域との交流、⑭雇用の機会の3項目を、 「地域活性 化(効果)」に⑮担い手の増加・育成、⑯飲食店・観光への影響、⑰にぎわい・経済的効果の3項目を、 「まちづ くり(への影響)」に⑩まちの景色・雰囲気、⑫暮らしの安心・安全、⑮担い手の増加・育成の3項目をグループ 化し、3つの潜在変数を設定する。以上のとおり、駅に求める機能と周辺地域への影響・効果に対し6つの潜 在変数をグループ化し、核となる潜在変数: 「岐阜県駅開業に対する期待:岐阜県駅開業に伴う地域づくり事 業に対する地域住民の期待」への関連性を推計した。第2段階として、LM検定で提示された複数の追加パスの 可能性をテストした結果、潜在変数「来訪者利用」から③観光地・名所へのアクセスと④駐車場の整備へのパ スを追加することにより、パス係数のt値はすべて1%水準で有意となった。そこで、図表4をリニア中央新 幹線の岐阜県駅開業に伴う地域づくり事業への住民の期待に関する意識構造モデル(パス係数は標準化解、 「駅に求める機能」のパス係数を1とする)として採用した。17質問項目に対する内的整合性を示すクロンバ ック信頼性係数αは0.895となり、望ましいとされる0.7の水準を満たした。また、適合度指標GFI(Goodness of Fit Index)、AGFI (Adjusted GFI)はそれぞれ0.957、0.936を示し、モデルの適合度は良好である。 潜在変数のパス係数から比較すると「岐阜県駅開業に対する期待」への関連性は「駅に求める機能」が最 も高く、次いで「周辺地域への効果」が 0.69 と住民により新幹線の駅とそれに伴う周辺地域における整備へ の期待感は高い。 「駅に求める機能」と 3 つの評価軸との関連性は、 「来訪者利用」が非常に高く、そのため には⑧情報発信 0.76 と⑨地域の魅力向上 0.79 が求められていると同時に、追加されたパス③観光地・名所 へのアクセス 0.39 と④駐車場の整備 0.21 の必要性を感じていることが反映された。次いで、 「住民利用」も 0.82 と高く、グループ化された中では⑦商業施設の機能 0.61(0.82×0.76)が最も高く、⑤自然公園の整備 0.55(0.82×0.71)、⑥生活拠点の機能 0.49(0.82×0.61)も相対的に高い。また、 「二次交通」も 0.78 と高 く、個別のパスでは②道路の整備 0.67(0.78×0.85)と①電車・バスの整備 0.61(0.78×0.78)への期待感が 高い。 さらに、 ③観光地・名所へのアクセス0.74(0.78×0.45+0.39)と④駐車場の整備0.65(0.78×0.55+0.21) は、二次交通としての機能と同時に来訪者の利用促進のためにも重要であると認識されている。一方、 「周辺 地域への影響・効果」と 3 つの評価軸との関連性については、 「地域間交流」が 0.97 と高く、グループ化さ れた質問項目とのパス係数はやはり⑬他地域との交流 0.72(0.97×0.74)が最も高く、⑪知名度・イメージ 0.70(0.97×0.72)、⑭雇用の機会 0.65(0.97×0.67)と期待が高い。次いで、 「地域活性化」は 0.84 で、⑰に ぎわい・経済的効果 0.72(0.84×0.85)、⑯飲食店・観光への影響 0.68(0.84×0.81)と周辺地域へのにぎわい が期待されている。一方、 「まちづくり」0.66 については、⑩まちの景色・雰囲気 0.51(0.66×0.78)は相対 的に高いものの、⑫暮らしの安心・安全 0.37(0.66×0.56)への懸念が大きいと推測される。また、⑮担い手 の増加・育成 0.50(0.84×0.40+0.66×0.25)と地域活性化と同時にまちづくりの担い手が育成されることが 期待されている。 図表 4 リニア中央新幹線の東京名古屋間開業に伴う経済効果への期待 4 岐阜県駅を活かした地域づくり 岐阜県中津川市ではリニア開業に伴う総合車両所の計画により観光資源としての活用が待望されており、 地域住民は駅に対して、来訪者利用が促進される機能を最も重要と捉えていることが明示された。併せて、 住民自身の利用促進にあたり商業施設の充実や生活拠点としての機能を求めており、そのためには二次交通 の整備が必要であることも示唆された。最後に、リニア開業までの地域づくりに関する課題と検討を行う。 まず、観光地としてのにぎわいを創出するためには、米田(2014)による観光とまちづくりの融合させる観 光まちづくりを目指し、地域社会において、地域の住民や企業などの様々な主体が、地域資源を活かした経 済活動である観光を手段としながら、持続可能で経済的に維持できる地域社会を来訪者と連携しながら作り 上げる運動が求められる。また、総合車両所を活かした観光産業、エコツーリズム、グリーンツーリズムな どの新しい観光形態は受入れ地(観光地)が自ら資源を発掘・編集し、情報を整理して発信する地域主導型の 観光として機能し、産業創造が進展することで、持続可能な地域づくりが期待できる(産業観光推進会議 (2014)参照)。次に、駅における駐車場や駅へのアクセス道路の整備による二次交通の機能にも工夫が求めて られる。新青森駅を事例にみると、1,025 台の駐車スペースに加え、駅南口発着の青森市営バス、弘南バス は駅付近の国道7号を走る既存路線の乗入れ、新幹線駅を契機に新設された駅東口発着のバス路線も充実し た「総合交通ターミナル」の機能は充実しているものの、空港のような新幹線駅となった(江川(2015))。そ れゆえ、駅を拠点とした交通ネットワークの整備に併せて、住民のための生活拠点としての機能や周辺地域 の魅力向上が不可欠であり、佐々木(2015)が提唱する 「公共交流機関」として機能を重視しなければならな いと考える。隣接する恵那市の地方鉄道「明智鉄道」の駅と駅前広場の整備を進める上で明確になったコン セプトは、リニア新幹線という最新の技術が投じられる駅を活かしたまちづくりにも適用できる。すなわち、 「おもてなし」と「居場所」に着目し、交流に訪れた来訪者がもてなされたという印象を持つことで満足度 が高まり、居場所は地域住民自身を意識する中で生まれてくるコンセプトで、住民が落ち着いて豊かな時間 を過ごせる帰属意識の持てる場所と仕掛けとプログラムを確保する必要がある。 次に、住民が期待するリニア中央新幹線開業による周辺地域への影響については、先行事例が示唆するよ うに、新幹線駅の開業は地域の知名度やまちのイメージ向上には直結しない。いかに地域資源に付加価値を つけ、地域ブランドを構築するかが開業までの課題である。ビジネスやレジャーによる交流、飲食店や観光 施設の利用促進や地域のにぎわい創出には、岐阜県駅を玄関口として首都圏や海外からの観光客を継続して 呼び込む必要がある。岐阜県内の地域間の交通網を整備することで、県内全域を包括した温泉・自然・歴史・ 文化等の多様な地域資源を組み合わせた広域周遊ルート化が可能となり観光振興策として有効であろう。加 えて、出荷額規模が大きい製造業の市場拡大は影響力が強く、長期的な地域振興策となりうるため、地域間・ 異業種間の連携による地域づくりの推進を図ることが開業効果の長期的享受につながるといえる。 <参考文献> 大社 充「地域プラットフォームによるかんこうまちづくり」学芸出版社、2013 江川誠一「東北新幹線新青森駅開業に伴う青森市の観光とまちづくりに関する考察」福井県立大学地域経済研究所、2015 株式会社日本政策投資銀行「北陸新幹線金沢開業による石川県内への経済波及効果」研究調査レポート、2013 佐々木葉「恵那市・明智鉄道:公共交流機関としてのローカル鉄道の価値と地域と連携したデザイン」 『交通まちづくり』鹿島出 版会、2015 産業観光推進会議「産業観光の手法~企業と地域をどう活性化するか~」学芸出版社、2014 米田誠司「由布市:交通実験実施から 13 年、由布院の観光まちづくりと交通まちづくり」 『交通まちづくり』鹿島出版会、2015
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