序 放射性ヨウ素 I-131(radioactive iodine:RAI)を用いた甲状腺癌内用療法(以下,RAI 治療) ・アブ レーションは,甲状腺濾胞細胞と濾胞細胞由来のいわゆる分化癌のヨウ素摂取機構である Na/I シン ポーターによる能動輸送に依存する分子標的治療である。すでに 70 年あまりの歴史を有しており,その 意義は甲状腺腫瘍診療に関わる医療従事者に認識されていることと思う。その一方で,国内の治療実施 施設数が少ないために,必要に応じてタイムリーに利用できなかったり,実施そのものが不可能であっ たりして,必ずしも適切な環境が整っていないのが現実である。しかし,2010 年に外来アブレーション 施行が認められたことに加え,rhTSH(遺伝子組換えヒト型 TSH)がアブレーションに適用となったこ とにより,徐々にではあるが利用が広がりつつある。 残存腫瘍・遠隔転移を有する症例における RAI 治療は,肺転移では集積が認められれば寛解も期待で きる。また,頚部再発やリンパ節転移には概して十分な効果が出ないことが多いものの,著効を示すこ とも経験される。骨転移も早期の状態であれば著効例も経験されることに加え,複数回の治療により予 後改善が期待できるとする報告もある。一方で,多くの例で RAI 治療が無効に終わる。無効例 (不応例) には,Na/I シンポーター発現欠落によると考えられる I-131 無集積に起因するもの,集積はするものの 何らかの因子で放射線耐性となっているものがある。 甲状腺分化癌は,他の癌腫と比べ,総じて予後の良い疾患である。しかし,RAI 治療無効の少なから ぬ例で,癌細胞は未分化転化あるいは未分化とまではいかずとも非常に分化度の低い生物学的形質と なって,牙をむいて急激に進行し患者の生命を奪う。増殖変化をみた場合には,外科的対処ができれば それに勝る治療はないものの,多くの場合それが不可能であるため,放射線外照射治療あるいは化学療 法を試みる。外照射治療で局所のコントロールができることがあるものの,多発病巣を有する症例では 化学療法に頼らざるを得ない。種々報告されているものの,現状では残念ながら有効性の高いものがな い状態である。 1990 年代から種々の分子標的薬の開発が進み,国内では 2001 年にリツキシマブ,トラスツズマブ, イマチニブが相次いで承認され,それ以降多岐にわたる癌腫に対するものが認可され,本年初頭の段階 で 30 種近くの製剤がルーチンで用いられるようになっている。甲状腺分化癌でも種々報告があり,その 認可が待たれていたところ,本年6月,ソラフェニブに甲状腺癌が効能追加された。ソラフェニブは, VEGFR,RAF などを標的分子とするマルチキナーゼ阻害薬であり,根治切除不能または転移性の腎細 胞癌,切除不能な肝細胞癌に対して各々 2008 年,2009 年に承認されていた。最新の添付文書では, “根 治切除不能な分化型甲状腺癌”に対して効能追加され,使用上の注意として, “放射性ヨウ素による治療 歴のない患者に対する本剤の有効性及び安全性は確立していない”と明記されている。このことは,本 剤の対象患者は,RAI 治療不応性の病巣を有する症例であることを意味している。 さて,RAI 治療不応性とはどのような状態を指すのであろうか。先に,I-131 無集積に起因する不応 性と,集積はするが放射線耐性になっている不応性が存在することを述べた。この判断は,RAI 治療を ルーチンで行っている者にとってはさほど困難なことではないが,経験が浅い場合や,甲状腺専門医で あっても RAI 治療を行っていない放射線・核医学以外の部門の医師である場合などには,判断に窮する こともあろうかと想像する。RAI 治療を行っている専門医の間でも,判断に際する考え方の相違も存在 する。また,不応性であっても,経過が非常に緩徐である症例を多々経験するため,不応性症例のすべ てが分子標的薬の適応とはならない。したがって,その適応を考えるに当たっては,各種画像診断や血 中サイログロブリン,抗サイログロブリン抗体の推移から総合的に判断することが重要である。 本書は,甲状腺癌の治療に携り,新たに RAI 治療を始められた方や RAI 治療を依頼する方に,RAI 治療の総論的知識をお伝えすることに加え,種々の症例を提示することにより,RAI 治療効果判定,不 応性判定などに関わる考え方を学んでいただくことを目的として企画された。甲状腺癌 RAI 治療の実際 をこのように掘り下げて記述したテキストは過去に例はなく,この分野に貢献できるものと自負してい る。なお,症例提示の部分では, 「著効例」, 「不応例」, 「判断の難しい例」などに分類してあるが,4名 の著者の間に存在する考え方の微妙な差のために,基準がぶれていることもあると思う。不応性の定義 や分子標的薬適応のコンセンサスは存在しないのが現状であり,皆様と一緒に統一した基準を作り上げ るためのたたき台であると考え,ご容赦いただきたい。今後,RAI 治療不応性甲状腺癌に対して,ソラ フェニブ以外にも分子標的薬が上梓される可能性も伝え聞く。本書が,今後の甲状腺癌診療の一助とな ることを祈念する。 2014 年 10 月 絹谷 清剛
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