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Feb. 2012
Vol.17
Biomedical Business & Technology
医療シミュレーションの将来性と
技術トレーニングに与えるインパクト……1
Healthcare Risk Management
患者情報閲覧のアクセスログが命取りに!?……5
Healthcare Benchmarks and Quality Improvement
患者とのコミュニケーションを促進する
プログラムで治療効果を改善……6
Healthcare Risk Management
患者と看護師の安全に相関関係……8
メリー・コーベット/本誌 アドバイザリー・スタッフ
スマートフォンが築く医療新時代……9
The Academia Highlight[17]
ニューロ疾患に光明が⾒えてきた……10
by うのめ・たかのめ
Medical Device Daily……11
Kawanishi Hotline……19
ヒューマンドキュメント医療機器を開発した⼈たち
「トレミキシン」開発物語-2-……21
http://www.kawanishi-md.co.jp/mg
Feb.2012
Vol.17
医療シミュレーションの将来性と
技術トレーニングに与えるインパクト
Simbionix 社社⻑兼 COO
Ran Bronstein ⽒インタビュー
――JIM STOMMEN/BB&T 寄稿者
Ran Bronstein 氏
年に医療機関に導入されました。
は、Simbionix 社を
競合他社が開発を始めたのも、1995 年から
設立した 3 人の創設
2000 年にかけてです。それ以前、この分野は全く
者の 1 人であり、15
存在していませんでした。この数年で、医師のト
年余りも医療シミュ
レーニング法として有効との評価が高まり、今日、
レーション分野の先
Simbionix 社は、100 以上の検証試験でその製品
駆者であり続けてい
の効果を証明しています。
る。イスラエルに本
医療が進歩するにつれて、超音波、3D、MRI、
部を、クリーブラン
ナビゲーション・システム、トラッキング・シス
ドに米国本社を置く同社のビジョンをつくり、先
テムなど、数多くの新技術が導入されており、医
進技術による医療シミュレーターの開発をリード
療チームが治療を行う環境はますます複雑になっ
してきた。Bronstein 氏は現在、同社の社長兼最高
ています。医師が人体に触れずにスクリーン上で
執行責任者として国内外の事業を統括している。
自分の行動を見ている低侵襲治療分野にとって、
Bronstein 氏は、Simbionix 社を設立する以前
コンピュータ・シミュレーションは現実を模倣す
は 3D 技術を中心としたソフトウェア企業 Kidum
る良い方法です。また、スキルを向上させ、革新
Multimedia 社の共同創設者であり、その R&D チ
的な手技のトレーニングを受けるための優れた環
ームの責任者であった。また、製造工程管理を行
境を医師に提供する良い方法でもあります。外科
う Tecnomatix 社では、3D とシミュレーション・
手術に使用されているロボットを考えてみてくだ
プロジェクトのリーダーも務めた。
さい。シミュレーターなしでそのトレーニングを
行うのは、ほとんど不可能でしょう。
――――Simbionix 社がどのようにスタートし
このような認識のもとに、我が社はイスラエル
たか、また、急速な進化を遂げているこの領域に
のシェバ・メディカルセンターに近い、政府支援
おいて御社が掲げるビジョンについてお話しく
によるインキュベーター(起業支援施設)におい
ださい。
て設立されました。そして当時から今日まで、我々
は目標を達成するために、最良のシミュレーショ
Bronstein
Simbionix 社は 1997 年に設立され
ン訓練装置の開発に向けて取り組んでいます。
ました。患者の安全性を高め、医師のスキルを向
上させるために、コンピュータ・ベースのシミュ
――――シミュレーション・トレーニング部門
レーション訓練装置をつくり出す、というのがそ
の内容についてお話しいただけますか? 過去の
のビジョンでした。
トレーニング方法とどのように異なっているの
でしょうか?
我々の製品にはすべて、同じような名前が付い
ています。
「GI Mentor」
「URO Mentor」
「ANGIO
Bronstein
Mentor」などです。それぞれ、消化器内視鏡、泌
医療シミュレーションは、特にコ
尿器、心臓血管など、特定タイプの手技を対象と
ンピュータ・シミュレーションが可能な訓練装置
しています。最初の製品は GI Mentor で、2000
として、20 年近く開発が進められています。
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Vol.17
トレーニングの対象は動物から死体、そして患
すのは、技術的に大きな課題です。
者さんへと移り変わりましたが、その各々に欠点
もう 1 つは検証の問題です。有用なシミュレー
があります。死体は数が限られており、しかも生
ション・ツールをつくるためには、実際に医療の
存中の人体とは必ずしも同じ状態ではありませ
世界でそれを検証しなければなりません。これは
ん。動物の場合も同様で、その使用には多くの問
非常に重要なプロセスですが、時間がかかります。
題が存在します。実際の患者さんを使ったトレー
ニングに問題があるのは言うまでもありません。
――――新しいシミュレーション製品の開発は
これらのトレーニングの限界は明らかで、コンピ
どのように行うのですか?
ュータ・シミュレーションの利点ははっきりして
師からのフィードバックはどのくらい重要な役
います。コンピュータ・シミュレーションを使え
割を果たしていますか?
製品開発の面で医
ば、特定のシナリオをつくり、何度もトレーニン
Bronstein
グを繰り返し、自分の行動を記録し、その結果を
医師の参加なしには医療シミュレ
評価し、今後のスキルの改善方法を決定すること
ーターの開発はできません。彼らの存在は不可欠
ができます。バーチャルな教育オプションも、多
で、代わりはいません。
数存在します。
人間についての技術的な仕様など存在しないの
です。手術を見ることから得られる知識のすべて
が貴重です。しかし、何が起こっているか、そし
てどのように物事を行うかについての医師からの
フィードバックがなければ、我々はシミュレータ
ーを開発することができません。
日常的に連携する医師の幅広いネットワークが
必要なことから、我々は社内スタッフとしては医
師を抱えていません。1 人の医師がすべてを行う
ことは不可能なので、我々のシミュレーターを開
発するために、多数の医師と密接に協力していま
す。我々は、市場に適した製品は何か、または、
ある時点で医師が何を必要としているかを検討
し、製品の定義付けを行って、それから医師と極
そんなコンピュータ利用教育にも、2 つの障害
めて密接に協力し合いながら製品開発サイクルを
があります。1 つは、技術的要素です。我々はよ
進めていきます。
くフライト・トレーニングと比べるのですが、フ
ライト・シミュレーターには設計書があります。
――――米国事業の拠点としてクリーブランド
飛行の物理学はとてもよく知られており、飛行環
を選ばれたのもその関係からですか?
境の十分なシミュレーションが可能です。ですか
Bronstein
ら、これらすべての数式をコンピュータに入れ、
クリーブランドを拠点にできたの
実際の飛行で何が起こるかを非常に正確に描出で
は幸運でした。クリーブランド・クリニック、ケ
きます。これはどの機種の飛行機でも、例えばボ
ース・ウェスタン・リザーブ大学、そしてオハイ
ーイング 737 でも同じです。
オ州北部地域全体との協力関係は素晴らしいもの
しかし、人間に飛行機のような仕様があるわけ
です。クリーブランドとの結び付きは我が社にと
って重要で、今まで 10 年間続いています。
ではなく、誰にでも合う設計書は存在しません。
1 人ひとりの人間は解剖や行動において異なって
おり、同じような人間は 2 人といません。そのよ
――――御社のプレスリリースで「完全な教育
うな環境下で優れたシミュレーションをつくり出
ソリューション」というフレーズを目にしまし
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た。それはどういうものですか?
きますし、シミュレーターで取り扱ったケースや、
例えば腹腔鏡下胆嚢摘出術など特定の手技に関す
Bronstein
る知識を共有できます。ですから、これら 1 つひ
医師をトレーニングし、教育ソリ
ューションの一部となるためには、訓練装置だけ
とつは独立していますが、もっと大きく捉えれば、
では十分でないことが分かっています。我々の製
それらは 1 つのプラットフォームとしてすべて結
品や教育サイクルにもっと価値を与える、「周辺の
び付いていると言えるでしょう。また、このプラ
仕組み」をつくり出す必要があります。手技の指
ットフォームを通して、新たなコンテンツ、新た
導教材を始めとして、シミュレーション訓練と組
なカリキュラム、新たなケース、そして適切な技
み合わせたカリキュラムであったり、包括的なコ
術サービスに関する最新情報を、我々は医師に提
ースの一部としての身体的トレーニングであった
供しています。
りします。
さらに我々は、知識を交換したり、連携して教
――――そのようなトレーニング・プログラム
育したりできる医師のコミュニティについても検
の作成には、医学会も参加しているのですか?
討しています。これらすべてがシミュレーション
Bronstein
訓練と結びつき、学生が医療分野で学び始めてか
繰り返しますが、これは不可欠な
ら医師を引退するまでの、より大きな教育サイク
要素です。製品開発で医師と協力することは重要
ルを形づくることでしょう。我々のシミュレータ
で、医学会との協力はもっと重要です。なぜなら
ーにさらなるパワーを与え、より大きな教育サイ
医学会で認められなければ、我々のすべての開発
クルを形成するために、私がお話ししたことすべ
はトレーニング・プログラムとなりえないからで
てを提供できるオンライン・システムを完全装備
す。米国消化器内視鏡外科学会(SAGES)、米国
することを現在めざしています。
産婦人科学会(ACOG)、米国癌協会(ACS)な
どの学会との連携は、医療シミュレーターの開発
には極めて重要です。彼らが我々の製品やプログ
ラムを採用するのはとても大切なことで、これら
の技術の成長の一翼を担っているのです。
――――女性の健康分野は、ここ 10 年ほどで
かなり新製品の開発が進みましたが、それはシミ
ュレーション製品についても言えそうです。この
分野の御社の新製品についてお聞かせください。
Bronstein
女性の健康は我々にとって極めて
重要な部門であり、また発展している分野でもあ
ります。特に米国においては多くの需要が存在し
ますから、我々も多くのエネルギーを費やし、非
――――御社は、ハードウェア、ソフトウェア、
常に重点を置いているのです。
オンライン・トレーニングにおいて独自の製品を
我々は最近 2 つの新製品を発売しました。1 つ
扱っておられますが、それぞれはどのような関係
は「PELVIC Mentor」で、骨盤底再建術用のハイ
にあるのでしょうか?
ブリッド・シミュレーション訓練装置です。もう
1 つは、我々が南フロリダ大学と共同開発した
中国の医師が、米国の同僚のカリ
「LAP Mentor」
(腹腔鏡下手術手技シミュレーシ
キュラムを見られるということを目標にしていま
ョン装置)用の子宮摘出術モジュールです。どち
す。つまり、彼らはカリキュラムや教材を交換で
らも、この臨床分野における我々のプレゼンス構
Bronstein
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築に役立っています。これとは別に、我々が販売
が見込まれます。これらすべてを組み合わせれば
権を取得したスウェーデン企業の製品を含め、2
大きなチャンスとなります。
つの製品をすでに扱っています。
短期的に最も有望なのは、超音波や弁修復など
の新たな心臓血管手技でしょう。また、新たな腹
腔鏡下手技もそうです。我々の目の前にあるすべ
てのチャンスを利用するために、企業としてすべ
き仕事はたくさんあります。加えて、知識や経験
を人々が共有してシミュレーション訓練をよりよ
いものにできるよう、オンライン・システムにす
べてを接続しなければなりません。
――――世界の多くの国や地域で予測されてい
る医師不足は、シミュレーション・トレーニング
部門の見通しにどのように影響しますか?
Bronstein
――――そのほかの分野で、現在、または将来
医療シミュレーターは、純粋に医
師が自らを向上させるためのものです。これはシ
的に成長が見込まれる分野はどこでしょうか?
ミュレーター企業と、それ以外のすべての医療機
器企業との相違点でしょう。一般に、医療機器は
Bronstein
医療シミュレーションは、今後 20
医師や病院に販売されますが、その多くは患者に、
年で劇的に成長するでしょう。特に、手術室での
あるいは家庭で患者とともに使われますから。
新技術の導入にともなって伸びていきます。
我々の目標は、手技そのものを改善することでは
現在 Simbionix 社が扱っているのは、腹腔鏡、
なく、医師のスキルを改善することなのです。
婦人科、心臓血管などの低侵襲治療の手技シミュ
医師の数が我々の市場の大きさを表していま
レーションを主に行うシミュレーターですが、実
す。ですから、医師が不足すれば、最終的に我々
際の患者のシミュレーターというのもあります。
の市場に跳ね返ってくるでしょう。しかし、我々
現在我々はそれに重点を置いてはいませんが、将
の業界は医師のトレーニングの効率化にもっと大
来参入することになるでしょう。チーム・プロセ
きな役割を担うようになり、医学会は新たなスキ
スである患者シミュレーションと、我々が重点を
ルのトレーニングにシミュレーターを活用するよ
置いている手技シミュレーションの組み合わせは
うになると思っています。我々は医師のトレーニ
成長分野です。
ングを改善することで、医師不足に対応する手助
その他の分野でいえば、超音波治療が注目され
けができます。
ていることから現在発展している超音波シミュレ
我々の医療シミュレーションの仕事は営利事業
ーター、ロボット手術用シミュレーション、遠隔
ではありますが、医師のスキル向上を通して社会
トレーニングを可能にするシミュレーションがあ
的価値を創造しています。これは、我々にとって
るでしょう。また、経験が浅い医師に、いわゆる
最も大切なことです。生活の質はさらに重要にな
「ミニ」環境で、小型システムによる訓練を可能
ってきており、医療シミュレーションや訓練装置
にするシミュレーターもあります。小型システム
はその向上に貢献することでしょう。
といっても、「Xbox」のようなゲーム機ではあり
(文中写真はすべて http://simbionix.com/)
ませんよ。より広範な分野で、より多くの医師が
高度なシミュレーション訓練を行える装置です。
つまり、手技シミュレーター、患者シミュレー
「Biomedical Business & Technology」
ター、小型シミュレーターといった全領域で成長
(2012 年 1 月号)
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患者情報閲覧のアクセスログが
命取りに!?
HIPAA 法の改正で、患者情報の厳重な取り扱いが求められる
現在提出されている HIPAA 法(医療保険の相
として、患者が病院を相手取り訴訟を起こしたこ
互運用性と説明責任に関する法律)の改正案が可
ともあったという。
決されれば、患者は自分の電子カルテにアクセス
「『患者情報は機密情報!』という意識を医療関
した人(主に医療関係者)のログ(履歴)の開示
係者に徹底させることがリスクマネジャーの大き
と、その理由の説明を要求できるようになる。し
な課題だ。そのために情報システムの担当者と協
かし法律の専門家からは、
「この法案は、病院や医
力して、数人の患者情報をサンプル抽出し、医療
療関係者にリスクをもたらす可能性がある」との
情報が使用された用途を定期的に監視することを
指摘が上がっている。
強く勧める。これは、医療情報の不正アクセスを
改正 HIPAA 法では新たな要件がいくつも課さ
発見する唯一の処方箋だ」と Dahm 氏は力説する。
れるが、個人情報へのアクセスログの開示を要求
する権利は、
〈医療記録開示に関する釈明〉の要件
に当たる。このアクセスログの開示を求める権利
は、HIPAA 法や医療過誤関連の民事訴訟を担当
する弁護士にとって武器になると予測する専門家
もいれば、原告(患者)にとって勝訴の可能性を
わずかに高めるものにすぎないと予測する専門家
もおり、その影響力についてはさまざまな観測が
なされている。
南テキサス法科大学(テキサス州)の助教授
McGuireWoods 法律事務所(バージニア州)の
Lisa.L Dahm 氏は、アクセスログの要求は病院や
弁護士 Nathan A. Kottkamp 氏もまた、HIPAA
医療関係者に対して行われ、原告は望み通りの結
法への違反を、不法行為や業務上過失の証拠とみ
果を得やすくなると語る。例えば、州法で患者の
なすことが多くなったと指摘する。弁護人は
個人医療情報が許可なく開示されたことに対する
HIPAA 法に準じた治療を標準的な治療と見てお
損害が認められていれば、開示した医療情報それ
り、HIPAA 法を遵守していないと事実上、標準
ぞれに対し罰金が課せられるリスクがある。患者
的な治療から逸脱していることになるという。
がそのような事実を OCR(米国教育省の公民権
「私が医療関係者なら、〈医療記録開示に関する
局)に訴え出た場合、150 万ドル以上の罰金が課
釈明〉の要件は脅威だ」と Kottkamp 氏は述べ、
せられるケースも考えられる。
アクセスログは原告側弁護人にとって有利な情報
「患者の許可なく医療情報を開示したことが表
の宝箱だと語る。ログは「被告となり得る人物の
沙汰になれば、信用は失墜する。守秘義務違反を
リスト」に等しく、
「賠償金を搾り取れる可能性の
していたことが裁判の過程でばれるくらいなら、
ある潜在的な被告人のリスト」と見ることもでき
医療関係者は違うところに訴訟の争点をずらして
る。原告側弁護人は、患者情報を閲覧する正当な
解決を図ろうとするだろう」と Dahm 氏は言う。
理由があったかどうかにはおかまいなく、リスト
HIPAA 法への違反では患者が直接病院を訴える
に掲載された医療提供者に片っ端からアクセスし
ことはできないが、過去の判例では、無断で医療
た理由を問いただし、過失を暴くこともできるだ
情報を開示されたことにより重大な損害を被った
ろう。
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さらに、医療機関は「ログが医療従事者にとっ
「アクセスログにより、監督機関は許可のない閲
てどのように働くか」だけでなく、
「ログの提出に
覧をこれまでより簡単に知ることができる。患者
対応できるかどうか」も考えておく必要がある。
が日常的にアクセスログを要求すれば、無許可で
監督機関はログの提供は簡単だと考えがちだが、
情報を閲覧した関係者を発見する近道になる。特
病院などの医療関係者によれば、アクセスログの
に無許可の閲覧が問題になりやすい著名人を治療
提供はそれほどたやすくないという。法改正が立
した場合は、ログは決定的な証拠となるだろう」
ち消えにならない限り、電子カルテベンダーはア
「Healthcare Risk Management 」
クセスログを作成するツールを開発しなくてはな
(2011 年 12 月号)
らないだろうと、Kottkamp 氏は予測する。
患者とのコミュニケーションを促進する
プログラムで治療効果を改善
患者に治療チームの写真を配布
The Joint Commission(TJC:病院評価機構)
調査結果にあるように、それは全くの思い込みに
などの団体は、
「コミュニケーション不足は低いア
過 ぎ な い と 説 明 す る 。『 Archives of Internal
ウトカム(治療成果)につながる。より患者中心
Medicine』に掲載された論文「入院患者が院内の
の治療が行われるべきだ」と指摘している。その
医師を見分ける能力」(2009 年)によると、患者
ため医療機関は、患者に情報を提供し、治療プラ
の 75%が自分の医師を 1 人も見分けることができ
ンを共有する良い方法を模索している。
ず、見分けられたという 25%の患者も、そのうち
コロラド大学デンバー校 Anschutz 医療キャン
実に 60%が間違っていた。この研究は、患者と病
パスの急性期高齢者(ACE)サービスでは、患者
院の間にコミュニケーションが不足していること
に自己紹介することや、誰が医療チームのメンバ
を如実に物語っている。こういった理解不足が、
ーなのか理解してもらうことの重要性を、診察医
その日の治療プランさえ理解できていない患者を
に教育している。
生み出してしまうという。
「私たちは、患者といかに上手くコミュニケー
ションをとるかという大きなコンセプトを追求し
ている。まず、自分たちの自己紹介から始まり、
治療における役割、そして治療プランへと説明を
広げて行く。これらはすべて、患者に治療プラン
に積極的に参加してもらうために不可欠なこと
だ」と Cumbler 博士は語る。
コミュニケーションツールを使う
ACE の診察医の教育には、さまざまなツールと
3 つの基本的なコミュニケーション法が含まれて
ACE の局長 Ethan Cumbler 博士は、医師は
おり、文書とオリエンテーションで叩き込まれる。
自分が誰で、治療においてどんな役割を担ってい
第 1 の方法は、患者に治療チームのメンバーの
るかを患者が知っていると思っているが、過去の
名前と写真を記載した資料と、診療時間などを記
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て患者には、往診時に何か質問を用意しておくこ
⽇常業務に組み込む
現在では、診察医が病室に入るときの自己紹介
とや、家族にもディスカッションに参加してもら
や、診察しながら患者が感じていることを尋ねた
うようお願いする。
り、治療プランや入院中に起こり得る事象につい
載した往診予定表を配布することである。あわせ
「今では資料を毎月更新し、診察医、研修医、イ
て話し合ったりすることは日常になっている。
ンターン、医学生など、患者の治療にかかわるす
「患者に治療プランについて質問がないか尋ね
べての医療関係者を紹介している」と Cumbler
たあとに私たちが行うのは記述式のコミュニケー
博士は言う。
ションで、その日の具体的な予定を箇条書きにす
第 2 の方法は、病室でのホワイトボードの使用
る。これが最も重要だ。このようなコミュニケー
だ。チームで往診するときは、チームプレーでコ
ションを強化する取り組みは、患者にもよく理解
ミュニケーションを図るという。例えば 1 人が患
されており、コミュニケーションの質と患者の満
者と話し、同時にもう 1 人がホワイトボードに治
足度を向上させている。彼らの満足度は、ACE の
療プランを書く。記述によるコミュニケーション
プログラムに参加していない患者よりも高かっ
は、会話だけよりも忘れにくい。さらに、患者の
た」と Cumbler 博士は胸を張る。
ACE のプログラムの効果はすでに実証済みで、
家族に治療プランについて尋ねられることが多い
2008 年 1~3 月に、360 度評価の一環で患者にア
ため、その場にいなかった人にも伝達できる。
「感情的になりすぎて医師と話し合いをしたた
ンケート調査を行ったところ、「医師が患者の問
め、部屋から出ると何を言われたかあまり覚えて
題をうまく管理していたか」「患者の意見が診療
いないという経験は誰しもあるはずだ。そこで私
チームに尊重されたか」といった質問に対して、
は、自分の家族にはメモをとるように言っている。
肯定的な意見が多く寄せられたという。
同じように患者やその家族には、ホワイトボード
「私たちは配布資料を作成するに当たり、いくつ
にメモをとってあげている」
かの目標を立てた。それは患者に、
『私たちが誰な
Cumbler 博士はホワイトボードを活用するメ
のか』『役割が何なのか』だけではなく、『私たち
リットをこのように説明する。
はあなたに何ができるのか』『あなたはいつ私た
ちに診てもらえるのか』まで伝えるということだ。
これが伝えられればコミュニケーションを改善で
きるし、またそうしなければならないと感じてい
た。私たちは患者の希望を取り入れつつ、患者の
家族まで治療プランに巻き込んでいきたい。しか
もただ話を聞くだけでなく、質問を投げかけるな
ど積極的な参加者となって欲しいと願っている」
Cumbler 博士は最終的に、患者が、特に高齢の
患者がもっと積極的に治療プランに参加するよう
にしたいと語る。この目標は現在、達成されつつ
第 3 の方法は治療計画の確認で、ある病院スタ
あるという。
「私が病室に入ると、『安心してください、今日
ッフの経験から得られた改善事項だ。
「そのスタッフが担当していた患者は、手術室ま
はすでに 2 回歩きました』と書いたメモを患者が
で行って手術を断った。患者に理由を聞くと、彼
見せてくれたり、配布資料に何らかのメッセージ
はその手術を受けることを知らなかったからノー
を残してくれるようになった」
Cumbler 博士は今、確かな手応えを感じている。
と答えたという。そこで医師はようやく、手術に
ついてスタッフとは話し合ったけれども、患者と
「Healthcare Benchmarks and
は何も治療計画について話し合っていなかったこ
Quality Improvement」(2011 年 12 月号)
とに気が付いた」
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患者と看護師の安全に相関関係
職場の安全は、医療事故や治療効果に影響する可能性も
ドレクセル大学(ペンシルバニア州)の研究者
ら起こる怪我をも抑止できる。ほかにも、「看護
らの報告によると、看護師にとって安全な職場環
師が自由にスケジュールを選択できるようにす
境は、看護を受ける患者にとっても安全であると
る」といった雇用契約の変更は、職場満足度を高
いう。例えば、病院における安全な環境の指標の
め、行き届いた看護ができるようになるという。
平均値を 10 ポイント改善したところ、患者が褥
今回の研究は、大都市の病院(退院患者数:
創を生じる確率は 44~48%、看護師が怪我をする
28,876 人、病棟数:29、正看護師:723 人)で行
確率は 40~45%も低下した。同大学公衆衛生大学
われ、研究者がそれぞれの病棟で、看護師に安全
院の准教授 Jennifer Taylor 博士は、安全な環境
な環境の指標についてのアンケートを実施した。
と医療事故には関連性があり、さらには治療効果
さらに翌年には、病院が発表した看護師と患者の
にも影響する可能性があると指摘する。
事故データも収集した。その結果、患者の事故は
転倒・肺動脈塞栓症・深部静脈血栓・褥瘡などで、
看護師の事故は針刺し・体液・薬液の飛散・滑り・
つまずき・転倒などとなり、いずれも普通は防ぐ
ことができる事故であった。
看護師の離職で看護師、患者の事故は増加する
今回の研究では、看護師の離職が看護師と患者
の事故を増加させる要因として浮かび上がった。
病棟当たりの離職率が 10%増加すると、看護師の
Taylor 博士によれば、患者と看護師の事故に対
事故発生率が 68%上昇し、患者が肺動脈塞栓症や
する関心は、医療関係者の間で徐々に高まりつつ
深部静脈血栓を発症する危険性も上昇したのだ。
ある。患者の長期入院や怪我をした看護師の代替
Taylor 博士は、病院の安全環境や看護師の離職
要員など、事故にともなって発生する医療コスト
といった要因と、発生した事故とがどのように関
面に注目が集まるようになってきたからだ。とは
係しているかまでは確認できなかったとしたう
いえ多くの研究では、患者の安全と看護師の安全
えで、今後も事故と安全の要因について、長期的
は別ものとする傾向が根強く残っている。
にさまざまな医療機関で調査すべきだと語る。
「医療機関で行うことはすべてつながってい
「リスクマネジャーは、職場の安全と患者の安
る」と主張する Taylor 博士は、事故を減らすため
全が連動することを理解しないといけない。患者
の具体的な事例として、「昇降装置」を挙げる。
の入院期間・有害事象といった問題の改善策を検
昇降装置を設置することで、看護師が患者を抱え
討するときは、看護師がどう感じるか、看護師の
上げる際に起こる怪我を防止できるだけでなく、
生産性の向上や、職場を離れる時間の短縮につな
患者の落下も防止できる。「コンピューター化さ
がるかをチェックされたい。患者のための改善策
れたオーダーエントリーシステム(CPOE)の導
は、期待以上に従業員のためにもなるはずだ」
入」も 1 つの手だ。CPOE を使えば、禁忌薬物に
よる有害事象を減らし、患者の安全を改善するば
「Healthcare Risk Management」
かりでなく、看護師のストレスを軽減し、疲れか
(2012 年 1 月号)
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スマートフォンが築く医療新時代
遠隔医療から病院経営合理化まで
――メリー・コーベット/本誌 アドバイザリー・スタッフ
先月カナダの高校生 2 人が、気象観測用の気球
からアクセスしている。
に GPS 機能付きのスマートフォンとビデオカメ
スマートフォンは、オバマケアのコスト削減に
ラを乗せて、上空 24km の成層圏から鮮明な地球
苦しむ病院経営者たちからも大きな期待を寄せら
の映像を撮影することに成功し、世界中を驚かせ
れている。1 月 4 日付の『MobiHealth News』に
た。成功のカギはスマートフォンで、その GPS
よると、First Choice Home Health & Hospice
機能によって、地上に着陸した機材を無事回収す
(ユタ州)は、Allscripts 社の電子カルテ作成ア
ることができたのだという。
プ リ 「 Allscripts Electronic Medical Records
スピード、携帯性、アクセス性に優れるスマー
(EMR)」を導入し、大幅なコスト削減に成功し
トフォンの利用は医療分野でも進んでおり、数あ
た。同病院は、ユタ州の 4 地域に合計で 400 人の
るアプリの存在もあいまって、徐々にラップトッ
患者を抱え、170 人のスタッフで在宅ケアを行っ
プパソコンなど大型の機器を押しのけつつある。
ている。Allscripts EMR 導入前の医師やケアマネ
患者の電子カルテなどあらゆる医療情報のダウン
ージャーは、
「患者の自宅まで往診に行き、オフィ
ロードはもちろん、退院後の患者のバイタルサイ
スに戻って書類を作成する」という作業を繰り返
ンなどを遠隔地から診断・モニタリングするアプ
しており、移動距離が年間数万キロに及ぶ者もい
リへの依存度は高く、医師と患者を結ぶ重要なラ
た。導入後は電子カルテを訪問先からスマートフ
イフラインとなっている。
ォンで入力できるようになったため、スタッフの
作業負荷は軽減され、医師の効率は 17%向上した。
例えば医師の少ないウガンダでは、ハンドへル
ド型の超音波診断装置で撮影した画像をスマート
移動や人員配置にかかるコストも抑えられ、さら
フォンと Skype で医師に送信し、睡眠時無呼吸症
にメディケアの償還日数が 90 日から 45 日に短縮
候群や気胸などの診断が迅速に行われている。さ
された。Allscripts EMR のコスト削減効果は、ト
らに顕微鏡と 3G 携帯電話を組み合わせることに
ータルで年間 50 万ドルに上るという。
より、高画質の画像を数百キロ離れた病院に送信
請求などの時間のかかる複雑な作業は、まだま
でき、マラリア、結核といった感染症の診断に役
だアプリで簡略化できる可能性がある。例えば、
立たせているという例もある。このようにスマー
正しい診断コードと患者の保険でカバーできる治
トフォンによる遠隔医療を活用すれば、病院への
療オプションを照合するアプリなどだ。既存のア
アクセスが悪い地域に住む患者にも、簡単にアド
プリでも、患者の電子カルテにアクセスすること
バイスや診断を行うことができる。戦争などの極
で状況調査にかかる時間を短縮したり、膨大なデ
地で作業を行う移動衛生勤務隊にも、絶大な効果
ータを自動でクラウドに保存したりすることがで
を発揮するであろう。
きる。これらの新しい技術が正しく集約されれば、
IT 技術の情報誌『ZD Net.com』の調査による
診察から請求までがペーパーレスで行われ、ヒュ
と、今や米国の携帯電話市場の 50%がスマートフ
ーマンエラーの抑制にもつながることだろう。
ォンだという。医師に限っては、81%がすでにス
自分に必要なアプリを選別する煩わしさや導入
マートフォンユーザーであり、そのうち 38%が医
コストの問題はあるものの、日本でも医療アプリ
療用のアプリを活用している。事実、今年普及率
の活躍の場は大きく広がっていくと思われる。日
が 20%に達する見込みの電子カルテには、利用者
本発の医療アプリが、iTunes を通じて世界中の医
の 3 分の 1 がスマートフォンなどのモバイル端末
療関係者に使われる日も近いかもしれない。
9
Feb.2012
Vol.17
The Academia Highlight アカデミア・ハイライト [17]
ニューロ疾患に光明が⾒えてきた
うのめ・たかのめ
by
ニューロ疾患として括られる神経生物学疾
子の 1 つを発見し、神経変性疾患の新しい発
患は神経伝達物質のインバランスに基づくも
症機序が示唆された。また、筋萎縮性側索硬
のとして認識されるようになったが、統合失
化症(ALS)では、広島大・川上秀史教授が
調症を筆頭にその根本原因は不明点が多い。
細胞内シグナル伝達を抑制する遺伝子同定
例えばパーキンソン病(PD)では遺伝子要
に成功して、iPS 細胞による遺伝子治療への
因が関与している事実が認められるが、一卵
足掛かりが増えた。
性双生児の追跡調査ではその 30~50%しか説
AD の治療薬開発ではアミロイド系原因タ
明できない。このため、治療薬は約 60 年前に
ンパク質の特定が急務であるが、東大・岩坪
提案されたシナプス間のドーパミン遮蔽作用
威教授は、家族性病因遺伝子変異によってア
効果がある抗ヒスタミン作用系が依然として
ミロイドβ(βA)凝集性が高まることに着
現役である。うつ症状に関しては 1990 年初頭
目して AD の進行状態を PET イメージング
に提唱されたセロトニンが著効を示すことが
で追跡し、発症予測法を確定する大規模臨床
確認されたほかは、物理的療法で無痙攣電気
研究に着手した。米国では AD の大規模臨床
療法が精神神経疾患の短期療法として加わっ
観察研究 ADNI の第I期が 2010 年に終了、
た程度である。
初期の軽度認知障害段階から進行過程を縦
統合失調症罹患率は 1%前後で、日本におけ
断的に観察する重要性が強調されている。い
る患者は 100 万人と稀な疾患ではない。加え
ずれも根治薬ができるまでの繋ぎである。
て高齢社会を迎え、新たにアルツハイマー病
根本的治療をめざした治験薬はいくつか
(AD)を中心とする認知症が重要性を増して
提案され、βA を標的としたモノクロナール
いる。AD はアミロイド系ペプチド集合体が神
抗体が米国で治験段階に移行したほか、東京
経細胞を死滅させるのが主因で、遺伝子関与
都医学総合研究所は DNA ワクチンにより脳
はたかだか 10%である。日本で 300 万人、世
のミクログリアを活性化させ、βA を 70%も
界では 3,000 万人以上の該当者がおり、2050
減少させた。一方、βA 産生を抑制するγセ
年には 1 億人に達すると推定されている。
クレターゼがシナプスを遮蔽する比率に適
このような状況を踏まえて、パーソナルゲ
正な範囲があり、ブロック率が 70~80%であ
ノム情報に基づく脳疾患メカニズムの解明プ
ると信号伝達経路の新生を妨げず、薬効を発
ロジェクトが進行している。①次世代シーケ
揮できるとの最近の発表は、ニューロ疾患治
ンサーを用いたパーソナルゲノム解析技術の
療薬では特に適正投与量に留意する必要性
開発、②ここから産出される膨大な情報に対
を示唆している。
するインフォマティクス研究、③ヒト脳疾患
今、最もホットな提案はオートファジー
の高精度全ゲノム配列解析に基づく発症に関
(自食)を応用した治療法で、マウス段階では
与するゲノム多様性、発症機構の解明で治療
あるが PD やハンチントン病で有効性が認め
法開発の基盤構築をめざしている。
られ、AD への適用にも期待が高まってきた。
これまで蓄積された膨大な情報を統合す
具体的成果としては、横浜市立大・松本直
る試みが、真の成果を生み始めている。
通教授らが遺伝性脊髄小脳変形症の原因遺伝
10
Feb.2012
Vol.17
Medical
Device
Daily
―
2012/1/1 2012/1/31
(
)
Cardiology
Diagnostics
癌治療の最適化をめざす
Pathwork の
癌の原発部位特定テスト
Ikaria 社の
2012 年1 ⽉10 ⽇
2012 年1 ⽉13 ⽇
Pathwork Diagnostics 社の癌の原発部位を特
Ikaria 社が、急性心筋梗塞(AMI)後の心臓リ
⼼臓リモデリングを予防する
液体ポリマー、臨床試験へ
定するテスト「Pathwork Tissue of Origin Test」
モデリング(損傷の拡大や形態変化)を予防する
は、個々の患者に最適な癌治療の選択に役立ち、
薬剤タイプのデバイス、Bioabsorbable Cardiac
転移性の癌患者の生存率や QALY(生活の質を調
Matrix(BCM)の CE マーク取得に向けた臨床試
整した生存年)の向上に大きく貢献している。
験 PRESERVATION I を豪州と欧州で開始する。
Pathwork Tissue of Origin Test は市販前届
「IK-5001」として知られている BCM は、2009 年
510(k)を完了し、メディケアでカバーされる、癌
に BioLineRx 社(イスラエル)からライセンスを
の原発部位を特定する唯一の分子診断テスト。患
取得した「BL-1040」という製品で、Ikaria 社が
者のサンプルを、あらかじめ同社が蓄えた癌の遺
開発と商品化を引き継いでいる。
伝子発現パターンと比較して癌の原発部位を特定
液体ポリマー(アルギン酸ナトリウムとグルコ
するもので、特に転移性癌や未分化癌などの特定
ン酸カルシウムの水溶液混合物)ながらデバイス
困難な癌に対して効果的とされる。
に分類される BCM は、AMI のカテーテル治療中
このテストを受けてから、化学療法や放射線療
に冠動脈に投与される。ダメージを受けた心筋に
法など癌の治療法を変更した例を調査したところ、 浸透し、心筋中のカルシウムと結合すると、液状
化学療法への切り替え症例は 23%増加し、平均余
からゲル状へと変化し、心筋の構造を支持する。
命は 3.6 カ月、QALY は 2.7 カ月延長した。QALY
投与後数週間で分解され、腎臓から排泄される。
1年の延長に対する平均費用は 4.7 万ドル弱と、
今回の臨床試験は、ST 上昇型心筋梗塞患者 300
一般的な基準である 10 万ドルを大きく下回り、
人を対象としたもので、ステントによる冠動脈拡
このテストが治療の質ばかりでなくコスト面でも、 張後に BCM を投与し、AMI 後の心臓リモデリン
とても効果的であることが示された。
グやうっ血性心不全に対する安全性と有用性を半
年間モニタリングする。
ボストンの
末梢動脈⽤ステント Epic、
臨床試験で良好な成績
2012 年1 ⽉19 ⽇
ボストン・サイエンティフィックは、同社の末
梢動脈用のニチノール製自己拡張型ステントシス
テム「Epic」の有効性を評価する臨床試験 ORION
(http://www.pathworkdx.com/)
11
Feb.2012
Vol.17
において、非常に良好な成績が得られたと発表。
それに従った。すでに登録されている 1,219 人の
ORION では、米国 28 施設 125 人の患者を対象
患者については経過観察を継続し、今年中には試
に、激しい下肢痛をともなう末梢動脈疾患の1つ
験の初期分析結果を発表する見込み。
である腸骨動脈疾患について、Epic の治療効果が
2007 年の COURAGE 試験で、「PCI に治療優
評価された。9 カ月後のデバイス・手技にともな
位性はあるのか?」という疑問符がつけられてい
う主要有害事象(MAE)、血管開存率を主要エン
たが、FAMEⅡの結果を受け、FFR ガイド下での
ドポイントとしており、通常 17%程度発生する
PCI 施行数は今後増加していくと予測される。ま
MAE が、Epic では 3.4%に抑えられていた。さら
た FFR は、PCI 症例の 11%で使用されているに
に、超音波検査により評価された開存率は一次開
過ぎないが、今後は 20~25%で使用されていくも
存率 95.9%、二次開存率 98.3%と好成績を示した。
のと見られている。
FFR は現在、世界で 2 億ドルの市場規模であり、
また、下肢切断も発生していない。この試験成績
は、マイアミで開催された血管内治療国際シンポ
シェアの 50~60%をセント・ジュードが、残りを
ジウムで発表され、FDA にも市販前承認(PMA)
ボルケーノ社が占めており、両社ともに今後の売
申請用データとして提出された。
上増が見込まれる。
Epic は欧州では 2009 年に CE マークを取得し
ており、同社は今年第 2 四半期中に PMA 取得と
アエリス
発売開始を見込んでいる。
Epic は新しいタンデム構造のストラットを採
用しており、柔軟性に優れる。6Fr シースと 0.035
インチのガイドワイヤーを用いる。
サルタス
セント・ジュード、
臨床試験を⾏い
FFR の有⽤性を⽰す
(http://www.sjmprofessional.com/)
2012 年1 ⽉19 ⽇
CardioComm 社
セント・ジュード・メディカルは、同社が行っ
診断オプションサービス付き
ハンディー式 ECG を発売
ている FFR(冠血流予備量比:冠動脈狭窄の程度
を示す生理学的指標)の有効性を評価する臨床試
2012 年1 ⽉23 ⽇
験 FAMEⅡにおいて、中間成績の段階で有意な差
が示されたことから、同試験の新規患者の登録を
CardioComm Solutions 社(カナダ)は、処方
中止すると発表した。
FAMEⅡは、安定型の冠動脈疾患患者を〈FFR
箋なしで購入できるハンディー式心電図(ECG)
ガイド下での経皮的冠動脈インターベンション
システム「HeartCheck Pen」の市販前届 510(k)
(PCI)+最適な薬物療法を施した〉群と〈最適
を完了した。この承認には、パソコンを通じて、
な薬物療法のみ〉群に分け、2 年間経過観察する
HeartCheck Pen のデータを「C4」メディカルコ
という試験。FFR の測定には、同社のプレッシャ
ールセンターとやり取りする心電図管理ソフトウ
ワイヤ「アエリス」と「サルタス」が使用された。
ェア「GEMS Home」も含まれる。
HeartCheck Pen は通常心拍数のみを表示する。
その結果、〈最適な薬物療法のみ〉群の再入院、
緊急血行再建術数が明らかに高く、患者に不利益
場所を問わず、わずか 30 秒でリアルタイムの心
をもたらすとの判断から、データ安全監視委員会
電図を計測でき、本体に 20 の心電図を記録できる。
(DSMB)が新規患者登録中止を勧告し、同社が
また GEMS Home を介して、HeartCheck Pen
12
Feb.2012
Vol.17
で測定した心電図データをパソコンに転送して管
ず運動能力が保たれている状態)」の継続時間で
理、保存できる。さらに、装着者が選んだ ECG
ある。その結果、オン状態は平均で 4.5 時間あま
データを、インターネットを通じて C4 メディカ
り長くなり、オン状態の継続時間が基準値より 2
ルコールセンターに転送できる。
時間以上向上する割合は、刺激群で 73%(非刺激
C4 に加入している医師は、装着者の ECG デー
群では 38%)を記録し、運動能力検査の成績も改
タを読み、数分以内に診断やアドバイスを GEMS
善するなど、優れた成績が示された。
へと返信する。すると、HeartCheck Pen の画面
Libra は胸部に植込まれ、そこから脳の特定領
が切り替わり、リアルタイムの ECG を表示する
域に微弱パルス電流を送る装置で、欧州、豪州、
ようになる。「誰が ECG を読み、スピーディー
ラテンアメリカでは、パーキンソン病の症状改善
に診断上のアドバイスをするのか?」という課題
への使用がすでに承認されている。同社は Libra
をクリアしており、他社の遠隔モニタリング装置
を用いた本態性振戦、慢性うつ病に対する臨床試
との差別化を図っている。
験も並行して行っており、これらについても今後
両製品は CE マークも取得しており、同社では
の結果が期待される。
今後 14 カ月以内に販売体制を整えたいとしてい
Oncology
る。
Mevion 社の
陽⼦線治療システム
Mevion S250
2012 年1 ⽉26 ⽇
Mevion Medical Systems 社 は 、 ProQuest
(http://cardiocommsolutions.com/)
Investments 社など既存の投資家から 4,500 万
Neurology
ドルの資金を調達した。資金は、2004 年の創業時
から開発を進めてきた陽子線治療システム
「Mevion S250」を本格的に製造するために使わ
セント・ジュード、
脳深部刺激装置 Libra の
臨床試験で好成績
れる。同社は、今年中に FDA に Mevion S250 の
市販前承認(PMA)を申請したいとしている。
陽子線治療は、正常組織に害を与えないように
2012 年1 ⽉12 ⽇
正確に標的部位に照射できるが、加速器が大きく
て操作が煩雑、莫大なコストがかかるといった欠
セント・ジュード・メディカルは、同社の脳深
点があり、利用範囲が極めて限られていた。
部刺激(DBS)装置「Libra」「Libra XP」のパー
Mevion S250 では「TriNiobium Core」というプ
キンソン病治療効果を検証する臨床試験において、 ロトン加速技術を用いて、コストや装置の大きさ、
良好な成績が得られたと発表した。公式発表は出
操作しやすさを、X 線療法装置と同程度にまで改
ていないが、今回の結果は Libra の市販前承認
良している。加速器は直径 1.8mとコンパクトで、
(PMA)に向けて、大きな足掛かりとなりそうだ。
250MeV の陽子線で深さ 32cm までの腫瘍を叩け
米国内 15 施設で行われたこの臨床試験は、5
る。また、ガントリーに取り付けた陽子線源と画
年以上パーキンソン病を患い 1 日 6 時間以上の運
像表示式のワークフローを高次元で統合し、臨床
動障害を抱える 136 人の対象患者に、DBS を植
現場で陽子線治療を行いやすくしている。
込んで刺激を行った群と、そうでない群が比較さ
この製品は以前「Still River Systems」と呼ば
れた。主要評価項目は「オン(運動障害が見られ
れていたが、研究開発機構からの移管にともない
13
Feb.2012
Vol.17
Other Products
Mevion S250 へと改名された。
TransEnterix 社、
単孔式⼿術鉗⼦ポート
SPIDER⽤の新製品を開発中
2012 年1 ⽉4 ⽇
TransEnterix 社はベンチャーキャピタルから
1,500 万ドルを追加調達し、腹腔鏡下手術用デバ
イス「SPIDER」で使用する血管シーリングとス
テープラーの開発に充てる。同社は、開発中のこ
(http://mevion.com/)
れら新商品を市販前届 510(k)完了の後、2013 年
頃に発売する予定。
Acublate 社が
次世代の HIFU 装置開発に
主に腹部領域の単孔式手術に用いる SPIDER
は、直径約 18mm のアクセスポートと鉗子を組み
着⼿
合わせたデバイスで、上下に固定ポート、左右に
2012 年1 ⽉30 ⽇
フレキシブルポートを備える。腹腔に挿入後、傘
を広げるように左右ポートからフレキシブルの 2
癌の研究機関 Cancer Research UK の技術商品
本の鉗子を、上下ポートのどちらかからリジッド
化部門である Cancer Research Technology(英)
の鉗子を展開する。左右の鉗子は柔軟性に富み
は、新会社 Acublate 社を立ち上げ、安全性と治
360 度回転させることができるため、操作性が高
療効果を向上させた次世代の高密度焦点式超音波
く、瘢痕化(scarring)を最小限に抑えられ、患
療法(HIFU)装置の研究開発を行う。
者の早期回復も見込めるという。
超音波を癌組織に集中照射してアブレーション
SPIDER は 2010 年に米国で発売を開始し、CE
を行う HIFU 装置は、10 年以上前に欧州で導入
マーク取得も完了している。2011 年に新バージョ
され、EDAP TMS 社(仏)や Focus Surgery 社
ンが発売されたばかりで、米国と欧州を合わせ
が開発している。米国ではまだ調査段階で、前立
1,500 症例で使用されている。 20 億ドル市場の
腺癌専用であることや、治療時間が 6 時間もかか
血管シーリングと 30 億ドル市場のステープラー
るなど課題もある。
は、現在、ジョンソン・エンド・ジョンソンとコ
Acublate 社の開発する HIFU 装置は、MRI か
ヴィディエンが高いシェアを占めているが、
超音波診断装置によるガイドで照射エリアを絞り
TransEnterix 社は SPIDER の製品ラインを強化
込み、健康な組織へのダメージを最小化できる。
し、この市場に参入する。
そのため安全性が高く、デリケートな部位への照
射も可能となる。同社は、前立腺癌だけでなくあ
らゆる種類の癌に使用することをめざしており、
今後予定される臨床試験では、肝臓に転移した腸
癌患者 20 人を組み入れる。使用手順も効率化し、
1~2 時間の施術時間を目標としている。
Acublate 社は、この装置のプロトタイプ製作資
金として 228,000 ドルをすでに調達しており、1
年後に完成させる予定。現在は臨床試験に充てる
資金調達を計画している。
(http://www.transenterix.com/)
14
Feb.2012
Vol.17
静剤を投与したうえで使用する。内視鏡の鉗子チ
CytoPherx 社の
ャネルを通じて、バスケット鉗子のような形状の
急性腎不全の
⾎液浄化療法⽤デバイス
Alair カテーテルを挿入し、厳密にコントロール
しながら 10 秒程度高周波を通電し、目的の気管
2012 年1 ⽉5 ⽇
壁に熱を加える。これにより気管支平滑筋量を減
らし、気管支の過度な収縮を抑えることができる。
急性腎不全に対する抗炎症療法を手掛ける
ステロイド吸入や長時間作用型β2 刺激薬だけで
CytoPherx 社は、Early Stage Partners 社等によ
は症状をコントロールできない重症のぜんそく患
るファンド団から 3,400 万ドルの資金を獲得した。
者でも、発作の頻度低下や重症度の軽減が期待で
同社は今回調達した資金を用いて、急性腎不全の
きる。臨床試験の結果によれば、治療効果は 2 年
抗炎症療法用デバイス「Selective Cyopheretic
間以上持続するという。
Device(SCD)」の米国における中枢試験を完了
させ、FDA 承認に向けて働きかけていく。中枢試
験では 344 人の重症急性腎不全患者を対象とし、
60 日の観察期間中に患者死亡率を低下できるか
どうかを評価する。
米国では、透析を要する急性腎不全で ICU に搬
送され、全身性炎症反応症候群(SIRS)を呈し、
多臓器不全や重症敗血症で持続的腎代替療法
(CRRT)を行わなければいけない患者が毎年 16
(http://www.btforasthma.com/)
万人発生している。その死亡率は 50%以上、患者
1 人当たりの医療費は 10 万ドルに上るという。
S&N が
同社の SCD は SIRS の原因となる過量の活性
陰圧創傷閉鎖法システム
PICO の市販前届を完了
化した好中球を除去するもので、これまでの実験
では 50%の死亡率を 35%まで低下させ得る可能
2012 年1 ⽉9 ⽇
性が示されている。
スミス・アンド・ネフュー(英)は、ポケット
ボストンの
気管⽀温熱療法システム
Alair が償還の対象に
サイズでディスポの陰圧創傷閉鎖法(NPWP)シ
ステム「PICO」の、欧州、カナダ、オーストラ
リアでの薬事承認に続き、米国での市販前届
2012 年1 ⽉5 ⽇
510(k)を完了した。米国では、家庭と医療機関の
両方での使用が認められ、適用対象も創傷治療か
ボストン・サイエンティフィックはメディケ
ら外科的手術(整形、形成、一般外科など)まで
ア・メディケイド・サービスセンターの決定とし
と、使用領域が大幅に拡大した。
て、重症のぜんそく治療の気管支温熱療法の際に、
創傷や熱傷、潰瘍などさまざまな症状を治療で
同社の気管支温熱療法システム「Alair Bronchial
きる同製品は、キャニスターがなく、陰圧ポンプ
Thermoplasty System」を外来患者に用いれば、
の電源をオン/オフするだけで操作できるシンプ
期限付きながらメディケアの償還加算が得られる
ルな構造。動作音も静かで、浸出液の量にもよる
ようになると発表した。
が最大1週間の連続使用が可能。患者が看護師
Alair システムは、気管支鏡手術の際に気管壁
の補助を受けず自宅で簡単に使用でき、患者の早
に熱エネルギーを加える装置で、FDA 承認、CE
期退院を実現できるなど、医療費削減と患者の
マークを取得済み。外来患者に対し、緩やかな鎮
QOL 向上に大きく寄与することが期待される。
15
Feb.2012
Vol.17
PICO の競合品には、ディスポでポータブル、
テム「FENIX」もある。こちらは昨年 CE マーク
かつスプリングを使うことで電力を不要とした
を取得している。
Spiracur 社の「SNaP」が挙げられる。慢性創傷
治療用の SNaP は 2009 年に市販前届 510(k)を完
了 し 、 2010 年 に は CE マ ー ク を 取 得 済 み 。
Spiracur 社は、2011 年 11 月から下肢創傷治療で
の臨床試験をカーディフ大学(英)で行っている。
(http://www.toraxmedical.com/)
Apollo Endosurgery 社の
内視鏡的粘膜下層剥離⽤
デバイス SuMO
(http://powersmithnephew.com/)
2012 年1 ⽉17 ⽇
(http://spiracur.com/)
Apollo Endosurgery 社は、消化管病変の切除シ
Torax 社が
ステム「SuMO」の市販前届 510(k)を完了した。
胃⾷道逆流症治療システム
LINX の市販前承認を取得
SuMO は、平坦で広範な前癌性病変やポリープ
を取り除く内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)の際
2012 年1 ⽉13 ⽇
に使用するデバイス。一般的な軟性内視鏡を使い、
病変部の粘膜下層にバルーンを差し込んで膨らま
Torax Medical 社が、胃食道逆流症(GERD)
せ、病変部を浮かせて切除する。前臨床試験では、
の治療システム「LINX」の市販前承認(PMA)
最大 7cm の病変の摘出に成功している。このデバ
を取得。プロトンポンプ阻害剤や侵襲的な外科手
イスは、メイヨー・クリニックやジョンズ・ホプ
術に加え、新たな治療オプションとなる。
キンス大学などの協力のもとに開発され、2010
2 年前に CE マークを取得した同製品は、磁心
年にはテキサス州癌予防研究所から 500 万ドルの
を持つチタン製のビーズを数珠つなぎにした形状
開発助成金を得ている。
で、腹腔鏡下で下部食道括約筋部に巻きつけられ
同社はほかにも、一般的な処置用内視鏡に取り
る。ビーズの磁力で食道を締め付け、胃からの逆
付け、直視下で縫合できるデバイス「OverStitch」
流は抑制するが、食道からの摂取物は阻害しない。
の発売を 2 月1 日に予定している。OverStitch は
手術は全身麻酔下で 7 分~2 時間を要し、100
2-0と3-0の吸収性/非吸収性の縫合糸を使用して
人を対象とした臨床試験では、半数の患者が当日
おり、内視鏡を体内に入れたまま連続縫合できる。
に退院し、残り半数も翌日に退院できた。術後 1
OverStitch
年で、治療成功の目安となる pH 値を測定したと
ころ、成功率は 67%という結果だった。男女別に
見ると、女性 77%、男性 52%と成功率に差があっ
たが、FDA は問題はないとしている。また、有害
事象として、被験者の 76%に嚥下障害が見られた
SuMO
が、FDA は嚥下障害がこの製品の発売を制限する
理由にはならないと結論付けている。
同社には、同じビーズを使用した失禁治療シス
(http://www.apolloendo.com/)
16
Feb.2012
Vol.17
ロシュ(スイス)は、1 株 44.5 ドルの現金によ
FzioMed 社が
癒着防⽌剤 Dynavisc の
CE マークを取得
る公開買付けを行い、イルミナ社のすべての発行
済株式を買い集める方針を発表した。買収総額は
57 億ドルに上る。もし実現すれば、医療技術分野
2012 年1 ⽉24 ⽇
では今年最大規模の取引となる。また、ロシュは
発展が続く DNA シークエンスの分野でトップの
FzioMed 社は、癒着防止剤「Dynavisc」の CE
地位を築くことになる。
マークを取得した。Dynavisc は生体吸収性の透明
ロシュによると、イルミナとの取引協議を複数
なゲルで、1ml シリンジに充填されており、すぐ
回試みたが、実質的な話し合いに応じてくれなか
に使用できる。腱や末梢神経の手術時に一時的な
ったため、株主へのアプローチに踏み切ることに
癒着防止剤として用いられ、生体組織をコーティ
したという。同社 CEO の S.Schwan 氏は、「破
ングして治癒するまでの一定期間とどまるため、
格の値段で買い取るという申し出は、株主にも歓
線維化の抑制や術後の癒着予防に効果を発揮する
迎されるだろう。我が社はまだイルミナとの協議
という。
を望んでおり、共同で最善の戦略を練れるように
術後の治癒の過程で、本来離れているべき組織
したい」と語った。イルミナの委員会は株主らに、
がくっついてしまう癒着は、痛みや神経の圧迫、
委員会が何らかの推奨策を出すまでは行動を起こ
運動障害など、深刻な合併症を引き起こすことが
さないよう呼びかけている。
知られている。欧州での腱の再建術は年間 100 万
ロシュは、2009 年にも今回と同様の株式公開買
件以上で、その約 3 分の 1 が、癒着を招く危険の
付けによって、癌の治療薬製造を行う Genentech
ある腱や神経の外傷性損傷に対する手術と推定さ
社を完全子会社化したことがある。ロシュは今回
れている。同社は、Dynavisc で癒着による合併症
の買収が成功した場合、応用科学分野の本部をサ
を低減させ、治療効果の向上をめざす。
ンディエゴに移転する予定という。
非上場企業の FzioMed 社はほかにも、脊椎手術
Global Market
後の癒着防止剤「Oxiplex」や、エチコンが販売
する腹膜の癒着防止剤「Intercoat」などを製造し
ている。
WWHI が
メキシコの病院で
ハイリスク分娩の研究開始
2012 年1 ⽉26 ⽇
ハイリスク分娩に対して、低コストで質の高い
医 療 を 提 供 す る た め 、 West Wireless Health
Institute ( WWHI ) は Carlos Slim Health
Institute と 1 年にわたる共同研究を開始した。
(http://www.fziomed.com/)
研究は WWHI が 2010 年に開発した非侵襲のワ
M&A
イヤレス胎児モニター「Sense4Baby」を用いて、
メキシコで行われる。ハイリスクな妊婦が
Sense4Baby を装着することで、遠隔地にいる医
ロシュ、総額 57 億ドルで
イルミナ社株式の
公開買付けを開始
療者が低コストで患者を監視できる。
メキシコの保健大臣および両機構は共同声明を
発表し、今回の提携により、医療提供に関するコ
2012 年1 ⽉26 ⽇
スト削減にワイヤレス技術がいかに重要か、どれ
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Vol.17
ほど臨床効果が高いかを研究できると述べた。
ある」と指摘している。また、認証機関間での審
研究は、院内で使用される第 1 ステップ(2012
査品質のバラツキも指摘されている。
年春開始)と、自宅の妊婦をモニタリングする第
医療機器に関する規制を管轄する欧州委員会の
2 ステップ(2012 年秋開始)の 2 段階で行われる。
保健・消費者保護総局(DG Sanco)は、乳房移
ユニセフによると、妊婦が産科を受診し、胎児
植製品についてはより厳しい規制が必要とし、ク
のモニタリングを含む基本的な医療を受けること
ラス変更を匂わせている。しかし、EU 域内の医
で、世界中の母体死亡の 80%は防げるという。
薬品をまとめて管轄する欧州医薬品庁(EMA)の
ような組織を、医療機器分野において創設する予
定はないとしている。
⽇本製の医療機器、
メキシコでの審査⼿続きが
簡略化され拡販にはずみ
2012 年1 ⽉30 ⽇
(http://westwirelesshealth.org/)
メキシコの連邦衛生リスク対策委員会
Administration
(Cofepris)は、医療機器について日本とメキシ
コの薬事登録制度の同等性を認める省令を官報公
示した。これにより、日本で薬事法に基づき認可
揺れるEU の
医療機器規制の枠組み
を得た医療機器については、メキシコでの薬事登
録手続きの際に求められる提出書類が削減され、
2012 年1 ⽉17 ⽇
審査期間が短縮される。
この同等性認定は、米国、カナダに次ぐもの。
Poly Implant Prothese 社(PIP:仏)製の移植
対象となるのは日本の医療機器のうち、「管理医
片による死亡事故をきっかけに、2008 年から検討
療機器」
(クラスⅡ)、
「高度管理医療機器」
(クラ
されている欧州連合(EU)の医療機器に関する
スⅢ&Ⅳ)に分類される医療機器。「一般医療機
改正法案が注目を浴びている。
器」
(クラスⅠ)に分類される機器は、日本では届
PIP 社のシリコン製乳房を移植した女性が、未
け出制で当局の技術的な審査がないため、今回の
分化大細胞型リンパ腫により死亡した事故では、
同等性認定の対象からは除外される。
政府による工場調査前に、製品の安全試験等を提
日本での販売承認は持つが、米国・カナダの販
供するテュフラインランド社(TUV)の指導を受
売承認を持たない海外メーカーも大きな期待を寄
けたため、結果的に事故の証拠隠蔽につながって
せている。ただし、薬事コンサルタントのエマー
しまったことや、この移植片が高頻度に破裂して
ゴ・グループによると、現在のところ対象メーカ
いたことを仏政府が把握していながら対応が遅れ
ーの線引きは曖昧だという。対象となるのは日本
たことなどが発覚し、現行の規制の問題点が浮き
のメーカーのみで、海外メーカーは含まれないと
彫りになった。
も解釈できるため、線引きに関する Cofepris の今
EU の薬事は、インプラント/医療機器/体外
後の発表が待たれる。
診断薬についての「欧州指令」に従いつつ、市販
前や市販後の評価や認証手続きは第三者の認証機

関に委任する仕組みになっている。Eucomed(欧


――――――――――――――――――――――
州医療機器産業連合会)の識者は、現在の仕組み
編集室注:本文中、特に国名記載のない会社は、本社所在
地がすべて米国です。
について、「情報集約と透明性確保の点で問題が
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Kawanishi Hotline
前号の Medical Device Daily から、カワニシの社員が選んだ注目の記事をご紹介します。
LDR 社が脊椎固定術⽤ケージを
中国市場に投⼊〈12/6〉
AngioDynamics 社、NanoKnife の
膵臓癌治療⽤としての拡⼤を狙う〈12/27〉
頸椎⽤の「ROI-C Cervical Cage」と腰椎⽤の
「ROI-A ALIF Cage」は、⽣体適合性かつ X 線
透過性に優れる PEEK 素材を使⽤。ケージのサ
イズも豊富で、セルフロッキング⽅式で固定で
きる。すでに世界中で広く利⽤されているが、
今回中国市場での販売承認を取得した。
「NanoKnife」は、電気パルスをかけることで
細胞膜に微⼩な⽳を空ける〈電気穿孔療法〉を
応⽤したアブレーション装置。軟組織の外科的
⼿術⽤としてはすでに市販前届 510(k)を完了
させており、膵臓癌治療⽤としての適⽤拡⼤を
めざして臨床試験中。
 PEEK 素材のケージは各社で開発・製品化されて
 膵臓癌は術後 5 年生存率が他臓器の癌に比べて低
いるが、ケージのバックアウトを危惧するドクタ
く、かつ周辺臓器への転移の可能性が高い。また、
ーは少なくない。この製品のアンカリングのよう
術式によっては長時間の手術になりがちである。
なシステムは初めてと思われ、バックアウトの危
経皮的に治療することができれば、手術における
険性も格段に減少するだろう。しかも特別な器械
侵襲を避けられるので、術後疼痛の軽減や入院期
を必要とせず簡単に前後方から挿入可能なので、
間の短縮につながる。結果的に医療コストも抑え
今後画期的な製品として市場に出回るのではない
られ、医療者・患者双方にメリットがあると思わ
か。ただ、骨が弱い患者等にはどこまで強固に固
れる。現在のところ競合製品もなく、肝胆膵外科
定できるのかが気になる。1 個 20 万円弱と考える
医や腫瘍科医等には関心を持ってもらえるだろう。
と、PLIF 症例の多い脊椎センターなどでは年間
ネックは手技の習得(医療者のトレーニング体制)、
8,000 万円超の大ボリュームになると予想される。
適応基準の作成、消耗品(電極?)の価格設定。
外傷製品と違い、症例が少ない施設では現状機種
価格については肝臓のラジオ波焼灼療法の電極の
に満足している傾向が見られるので、ある程度臨
価格設定が参考になると思う。(樋口)
床成績が出てくれば、受け入れやすくなるのでは
ないか。(若江)
エイトリキュア社の Synergy、
⼼房細動⽤として市販前承認取得〈12/19〉
 日本では ALIF の術式自体がそこまで頻繁に行わ
れておらず、海外メーカーもなかなか市場に製品
を投入してくれないのが現状。ALIF 専用ケージ
すでに開⼼術中の⼼臓組織⼿術⽤として市販
前届 510(k)を完了している電気⼿術システム
「Synergy」が、⽶国で初めて⼼房細動⽤とし
ての市販前承認(PMA)を取得。冠動脈バイパ
ス術や⼼臓弁置換術での使⽤が可能となる。CE
マークは取得済み。
としては、センチュリーメディカルのチタン製
「Minalif」があるくらい。金属素材に比べると沈
み込み等が起こりにくく、生体親和性に優れた
PEEK 素材の本製品が導入されれば、十分な競争
力があるだろう。まずは ALIF という術式が日本
 国内ではすでにセンチュリーメディカルより販売
に広まることが必要と思われる。(青木)
 日本ではユフ精器が扱っているメーカーだが、現
されているものの、心房細動専用としての承認は
時点で導入している商品は「EasySpine」のみ。
下りていない。競合他社としてはメドトロニック
製品的には各社大差がないので、治療効率がそれ
や泉工医科工業が挙げられるが、承認状況は同じ
ほど向上するとは思えない。(西山)
である。本製品はクライオアブレーションと比較
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しても使いやすく、クランプタイプとペンタイプ
カワニシ社員の注⽬する
画期的医療技術はこれ!
の両方があることから評価は高い。また、見た目
に焼けている(アブレーションできている)とい
(本誌 2011 年 12 ⽉号に掲載した
う印象を強く与えるのはエイトリキュア社製なの
クリーブランド・クリニックのベスト 10 より)
で、市場での競争力は高いと思う。心臓弁膜症な
どの手術に付随して使用でき、心房細動の根治率
■ 疾患の脅威を低下させる遺伝⼦組み換え蚊
も決して低くはないと聞いている。問題は定価設
生殖能力のないオスの遺伝子組み換え蚊を
定の高さ。今は商品自体のコストが請求できない
野生に放す試験で、16ha の蚊個体数が推定
ため、30 万円弱が病院の持ち出しとなっている。
80%減少。マラリアなどの疾患の脅威を低下
この持ち出し費用が爆発的な普及を妨げていると
させる手段として注目されている。
思われる。FDA での認可を追い風に、心房細動専
 伝染病予防のために媒介生物の遺伝子を操作
するというのはSFのような話だが、病気の元
を断つ意味では非常に効果的。しかし、ヒトの
遺伝子レベルでの操作(=特定のウイルスへの
抵抗力を強くする、先天性疾患によって欠けて
いる組織を後天的に補う等)は影響が限定的で、
不測の事態が起きた場合でもその後の観察が
容易だが、遺伝子操作された生物を大量に自然
界に放すことについての長期的な研究観察は
不可能。抗菌剤の使用拡大と耐性菌の拡大のよ
うな因果関係のわかりやすい悪影響だけでな
く、生態系のバランスを崩すことで影響範囲が
想像を超えて広がる恐れもあり、極めて慎重に
進めるべき研究だと思う。
(樋口)
用ということで国内でも商品自体のコスト請求が
認められれば、普及は加速すると考えられる。
(工藤)
⾎液浄化器 Aethlon Hemopurifier を
使った癌治療の臨床試験が始まる〈12/8〉
Aethlon Medical 社 の ⾎ 液 浄 化 器 「 Aethlon
Hemopurifier」は HIV や HCV を含むウイルス
性病原体治療⽤に開発された全く新しい⾎液
浄化フィルター。腫瘍産⽣性のエキソソームを
患者の⾎液から除去することで、癌の薬物療法
等の治療効果が⾼まると期待されている。
 感染症や癌治療用の濾過装置が開発され、臨床試
■ 治療困難な脳動脈瘤のための
移植可能なデバイス
メッシュチューブをカテーテルで挿入し、損傷
した内頸動脈にできた大型またはワイドネッ
クの動脈瘤を塞ぐ新しい脳動脈瘤治療。開頭手
術の必要がなく、低侵襲に行うことができる。
験の段階まで到達していることに驚いた。HIV や
HCV に対して血液浄化作用を有していることに
加え、腫瘍生産性のエキソソームを選択的かつ有
効に捕獲できるようになればかなり素晴らしい製
品となるに違いない。有効性の確認、手技等の確
立が絶対条件ではあるが、成功すれば市場規模は
計り知れない。薬剤市場が縮小するほどの抜本的
な変化が起こる可能性もある。HIV、HCV、癌治
療はいずれも投薬による副作用が強く、透析を行
うことで少しでも化学療法を選択しなくてもよく
なる、もしくは軽減されるのであれば、患者 QOL
は飛躍的に高まる。かつてインターフェロンが未
承認であった時代には、HCV 治療は裕福な患者
のみがすべて実費負担で行っていたと聞いている。
海外で早々に有効性が認められれば、この製品で
 今まで動脈瘤といえば開頭のクリッピングか、
インターベンションによるコイルの塞栓術し
か選択肢がなかったが、これは大動脈用のステ
ントグラフトを脳血管用に転用するアイデア。
口で言うのは簡単だが、実際は大血管よりはる
かに技術を要すると思われる。インターベンシ
ョンでかなりの実績のあるドクターでも困難
をともなうと思うが、脳動脈瘤治療に選択肢が
増えることは、ドクターにとっても患者にとっ
ても有用。
(武智)
も、個人輸入等で導入するケースが発生するかも
※〈 〉は MDD の配信日、
( )内は回答社員の名字
しれない。(岡)
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ヒューマンドキュメント医療機器を開発した⼈たち
敗⾎症に陥った⼈たちの命を救う世界初の⾎液浄化器
「トレミキシン」開発物語 -2-
―――取材・執筆
ふくやま
たけし
福⼭ 健
私たちはその活性本体である「リピドA」の化
この「トレミキシン」開発物語(全 10 回)は、NPO
学構造を明らかにし、これを化学的に合成してエ
法人・日医文化総研の文化情報誌、
『知遊 Vol.9』
(2008
ンドトキシンの全ての活性を人工的に再現するこ
年 1 月刊)と『知遊 Vol.10』
(2008 年 7 月刊)に連載
とに成功しました。リピドAは、バクテリアの生
されたヒューマンドキュメントを転載したものです。
存に不可欠な細胞外膜の成分である一方、動物が
生まれながらに持っている「自然免疫」という防
御機構を始動させる鍵化合物だったのです。自然
医学者を魅了する毒素
「エンドトキシン」
免疫を始動させる機構や医薬への応用が活発に研
究されています。
はなさわかずよし
研究チームの花澤一芳が発したひと言をきっかけ
このなかで「うまく使えば病原菌や癌に対する動
に、エンドトキシンの固定化から除去へと発想を逆
たにとおる
転させた谷 徹 。トレミキシン誕生につながるその経
物の抵抗力を強める」と記されているが、いち早く
緯を述べる前に、グラム陰性菌の細胞壁外膜の表層
その点に着目し、エンドトキシンの有効活用化に挑
を構成している成分のひとつであるエンドトキシン
戦したのが、谷や花澤らである。
なる毒素について知っておく必要があるだろう。
インターネットで検索すると、関係する記述が数
もし、このときのエンドトキシンの有効活用の
アイデアが実用化できる段階にまで到達しえたな
らば、癌に対する画期的な免疫療法が出現したか
もしれない。
84 年の人工臓器学会誌には、ウサギに癌細胞を
植えつけて、その血液を体外に引き出し、エンド
トキシンを付着させ固定化させた繊維が入ったカ
ラム(円柱状の容器)の中に循環させ、再び体内
に戻したところ、癌が大きくなるのを抑えられた、
との谷の論文が掲載されている。
多く出てくるが、最もわかりやすく解説されている
のは、大阪大学が総合学術博物館の設立を記念して
開催した「いま阪大で何が?――人間・地球・物質」
と題する展示のなかでの説明だ。そのなかの「人間」
の部において「毒にも薬にもなる自然界の化合物
――有機化学で探るその正体とはたらき」というパ
ネルで簡明に解説されている。その部分を引用させ
てもらおう。
このとき東レでは、繊維研究所の研究員であつ
てらもと か ず お
た寺本和雄がエンドトキシンを固定化させるため
の繊維材料を提供するなどして協力している。
確かに動物実験ではエンドトキシンによる癌の
働きを抑える抗腫瘍作用の効果が確認できた。し
かし、それを実際に人に用いた場合、どうなるだ
ろうか。もしも繊維に固定化されたエンドトキシ
ンが血液中に流れ出したら、どうなるか。エンド
トキシンには抗腫瘍作用とともに、発熱作用と致
死作用がある。
そうしたリスクを取り除く方法をめざしてさら
なる実験を積み重ねるべきか、それとも実験を取
〔ヒトのいのちを護っていたバクテリアの毒素
エンドトキシン〕
エンドトキシン(日本語では「内毒素」)とは、
バクテリアの細胞から外に放出されない毒素とい
う意味で、食中毒の原因となる毒素とは違って、
少しぐらい加熱しても毒性を失わないのが特徴で
す。この毒素は病原菌に限らず、大腸菌などの身
近なバクテリアにも共通のもので、動物に発熱や
死をもたらす一方、うまく使えば病原菌や癌に対
する動物の抵抗力を強めることが明らかになり、
医療に利用する試みも世界中で行われています。
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りやめるか。PP班では白熱した議論が続いた。
せんこう
消化管穿孔、胆道感染症、細菌性食中毒などの
急性腹症に陥った患者の体内には、エンドトキシ
ンなどの細菌毒素が大量に発生する。すると、高
熱、呼吸が速くなる、脈が速くなる、白血球数が
増える(減る)などの症状が現れる。これらを「感
サ ー ズ
染によるSIRS状態」と呼ぶが、SIRS が重症化す
ると、敗血症性(感染性)ショックを引き起こす。
敗血症性ショックの特徴は、急速にさまざまな臓
器が機能不全になっていくことだ。それには、敗
血症に引き続いて血中にエンドトキシンが散布さ
れ、
「エンドトキシンショック」を引き起こすこと
が関係している。そして、多臓器不全となり、死
にいたる。このような経過をたどって命を失う人
たちの姿を、花澤は何人も眼前にしてきた。
22
発想の転換を促した花澤一 芳氏。
現・豊郷病院副院長、
滋賀 医 科 大学 外 科 臨 床 教 授
PP班といっても当時はたったの 3 人であった。
おかとう た ろ う
リーダーの谷、岡藤太郎(現・岡診療所所長)、花
あおきひろひこ
澤である。その後、青木裕彦が加わり、やがて十
数人の研究チームとなる。
花澤は、北里大学を 82 年に卒業し、同大学病
院に外科医として臨床一筋に 5 年間過ごした後、
故郷に戻り滋賀医科大学外科に入局する。
ある日の夜、隣の研究室をのぞいてみると、実
験データでも整理しているのだろうか、1 人の医
師が机に向かって黙々と作業している姿が目に入
った。別の日には、深夜 1 人、試験管を洗ってい
る姿を目にした。なぜか、その人物を見るたびに、
その姿からオーラが立ち上っているような印象を
受けた。それが谷だった。
その谷の強い輝きを放つ目に直視されて「キミ、
どう、来てみない」と誘われたのが、PP班に参
加する契機であった。
「エンドトキシンというのは、じつに人を引きつ
けてやまない毒素なのです。その存在を知られる
ようになったのは 100 年も前なのですが、多様な
生物学的な作用を生じさせる魅力にとらわれて、
エンドトキシン研究の深みにはまって抜け出せな
くなった医学者は少なくありません。人工臓器学
会などの場で、いつもエンドトキシンのことを語
っていたわれわれも、そう思われていたかもしれ
ません」
こう語る花澤にとって、エンドトキシンは研究
上の課題だけではなく、消化器外科医として臨床
の場で戦わなければならない相手でもあった。
敗血症は大きなけがや手術のあとでしばしば起
こり、医学が発達した今日でも死亡率は約 60%と
非常に高く、感染によって重症化しやすい。薬で
の治療が主だったが特効薬はなかった。そのうえ、
敗血症の発症は年々増えていく状況にあった。
せっかく手術がうまくいっても、その後に重い
感染症を引き起こし患者の命を奪っていくエンド
トキシンは、臨床の場をなによりも大事にする外
科医の花澤にとって、
「数々の恨みがある存在」で
あった。それゆえに、谷が取り組んできた実験の
今後の方針について議論が重ねられたあと、一杯
飲んだ席で思わず口をついて出たのだ。
「エンドトキシンを患者の体内から取り去るよ
うなことができたらなあ。まあ、夢のような話だ
けどね」
すると、谷が即座に反応した。
「ヨシッ、発想を転換しよう。エンドトキシンを
固定化するのではなく、吸着して除去するような
繊維体を開発して、血中エンドトキシンを直接解
毒する治療法を生み出せないか、東レと相談して、
挑戦してみよう」
早速、そのことを寺本ら東レの研究者に伝える
と、つぎのような答えが返ってきた。
「そりゃあ、危険な毒素であるエンドトキシンを
固定化した繊維を開発するよりも、エンドトキシ
ンを取り去る繊維を開発するほうが、ずっと安全
だし、やりがいもある」
ここから、繊維状吸着体を利用した敗血症治療
用デバイス「トレミキシン」の開発は始まる。
(次号に続く)
Feb.2012
Vol.17
[出典紹介]
BB&T (Biomedical Business &Technology)
医療・検査器材を中心に、海外医療の最新情報や将来動向をたんねんに収録。
医療制度、市場動向、保険者や病院団体の動向、学会、新技術、FDA、新製品、VIP インタビュー等。
HBQI (Healthcare Benchmarks and Quality Improvement)
品質や患者満足度向上のための診療や経営管理に関する最新情報、様々な事例紹介。
HRM (Healthcare Risk Management)
医療訴訟や医療機関におけるリスクマネジメントの最新情報。
CMA (Case Management Advisor)
入院から退院、在宅医療までのケース・マネジメントにまつわる様々な問題やその解決方法を収録。
HCM (Hospital Case Management)
病院が抱える多くの問題を病院間で共有・解決するためのアドバイスやテクニック、成功/失敗事例の紹介。
MDD (Medical Device Daily)
医療・診断機器等に関する新技術・治験・開発、新製品・学会に関する情報を掲載したデイリーニュース。
知遊 (CHIYU)
特定非営利活動法人(NPO 法人)・日医文化総研が、年 2 回刊行する文化情報誌。今日の医療を取り巻く
文化状況を、芸術文化・歴史・経済など幅広い視点から取り上げている。(http://www.chiyuu.com/)
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Feb. 2012 Vol.17
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[編集⼈]―――前島達也
[発⾏所]―――㈱カワニシホールディングス
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