高耐熱性光学薄膜の作製に関する研究

高耐熱性光学薄膜の作製に関する研究
・第2報:スパッタ法による高反射率・高耐熱性積層膜の作製、
機械金属部金属研究室
玉井富士夫
プロジェクター用のリフレクターは,ホウケイ酸ガラスポディに反射膜としてTiovsi02
を多層積層したものであるが,その耐熱温度は5乃 K程度であり,プロジェクターの更な
る小型化,高繍度化ヘの大きな障壁となっている.本研究開発では,反射膜の耐熱性の向
上を目的として, Ti02よりも線膨張係数が小さく,低屈折材料であるSi02の線膨張係数に
より近い値を持つTa205 を高屈折率材料として用いた反射膜を試作した. si02製のリフレ
クタ形状基板に試作したT能oysi02多層積層反射膜は可視光域での反射特性が市販の実用
Tiovsi02系反射膜よりも優れ,また耐突斯品度も 873K程度と向上した
2.1 実験方法
1.はじめに
て,りフレクター部が高温に曝されるようになり,光
①成膜方法および熱処理
Ta205 または金属Ta を夕ーゲットとして,20 × 20
干渉効果を利用した酸化物系薄膜積層構造反射膜の
Xlmm'のSi02基板上にRFスパッタ法によってTa205
ズが高まっている.現在このような光干渉効果
単層膜およぴT田oysi022層膜を作製した.成膜温
度はT雛05の結晶化温度を考慮して室温と 1023Kの
2条件とし,他の条件は表Uこ示すとおりである.な
最近のプロジェクターの小型化,高輝度化によっ
を利用した酸化物系薄膜積層構造反射膜付きリフレ
クターとして,ホウケイ酸ガラスボディにTiovsi02
(Ti02高屈折率膜,si0が氏屈折率膜)系多層積層膜を
電子ビーム蒸着法によって形成したものが実用化さ
れているが,りフレクターポディおよび反射膜とも
にその耐熱温度はおおよそ573 K程度といわれてお
お,成膜に先立って基板のクリーニング目的のAr雰
囲気中での逆スパッタを30OS程度行っており,成膜
方式は基板を上部に耳又り付けるスパッタアップ方式
リ,プロジェケターの更なる小型化,高輝度化ヘの大
である.成膜後,膜の結晶性や酸素欠損について検討
するため,温度を変えた大気中でアニーリング処理
きな障壁となってぃる.
を行った.
本研究開発はリフレクターのキーとなる反射膜の
②光学特性および膜構造の評価方法
耐熱性の向上を目的とするものであり,10乃 Kの高
反射特性に最も大きく影響する屈折率の評価は分
温下でも優れた反射特性を持つ新規な積層構造反射
膜を開発することを目標とする.今年度はTi02より
光エリプソメーターを用いて,可視光波長領域で
も線膨張係数が小さく,低屈折材料のSi02の線膨張
係数により近い値を持ち,可視光領域で透明で,比較
的大きな屈折率を有するTa205に注目し,研究開発を
進めた.高屈折率材料にTa205 を用いたTa20ysi02
系積層構造反射膜を Si02製リフレクターポディに試
作し,その耐熱性および反射特性を評価した.
2. RFスパッタ法によって作製したT改0'薄膜の基本
行った.その際,2層膜についてはSi02の屈折率につ
いても併せて評価した.また,成膜したTa205膜が
Ta205であるかどうかの確認、はESCAを用いて, Taお
よび0の化学結合状態を調ベることによって行った
併せて,反射特性および屈折率の大小関係に影響す
る結晶構造をXRD薄膜法によって,反射特性に影響
する膜の平滑性をSPMによって評価した.
2.2結果および考察
①屈折率の解析
図UこSi02基板上に室温にて成膜したTa205膜の分
特性
表I RFスパッタ法での代表的成膜条件
成膜圧力
RFパワ一密度
フ.5 Pa
6 VV/cm
ガス比
2(Ta205),5 W/cm 2(si02)
-21-
成膜時問
Ar:02 = 8':2 Sccm
12 3.6 ks
光エリプソメータによる△およびΨの測定・解析結
果とその解析結果に基づく, n(屈折率), K (吸収係
法によって作製した種々の膜の代表的波長における
屈折率を一覧にして示す
数)の算出結果の一例を示す.なお,このTa205膜の
(2)SPMによる膜表面の平滑性の評価
膜厚は同様の分光エリプソメータによる解析から835
nmと見積もられた.反射特性に強く影響する屈折率
基板上に成膜したT能05膜の表面平滑性測定結果の例
には,対象となる光の波長の影響が顕著であり,可視
光赤色付近の700"mの波長でn=2.05,可視光紫色
付近の40onmの波長でn=2.17 と波長が長くなるほ
ど,屈折率は小さくなる.従って, si02との積層構造
反射膜にする場合,反射対象波長に応じた膜の光学
設計(光学設計については3項で詳述するが,赤色付
近の反射では積層数を増やす)が必要となることが
理解できる.そしてこのT釘05膜の屈折率は同様のRF
スパッタ法によって成膜したTi02のそれ(7Ⅸ)omの
図2 にSPM (走査型プローブ顕微鏡)による Si02
を示す.成膜条件は表Uこ示したとおりであり,ター
ゲットはこの場合金属Taである.平均面粗さは0.3
"m程度であり,紫外域近くの可視光領域波長350"m
程度を反射するのに必要な膜厚おおよそ30nm程度と
比較して非常に小さい. RFスパッタ法によって作製
した膜は,面粗さに優れ,層間に存在する膜界面での
乱反射は非常に少なく,反射特性に優れると考えら
れる
(3) ESCA による解析
波長で"=23,可視光紫色付近の如onmの波長で0
図3にSi02基板上に成膜したTm05膜のESCAによ
=2.4)と比ベると,かなり小さく,同様に積層構造反
射膜にする場合,Ti02/si02系反射膜と同等の反射特
るTa・4fの高分解能測定結果の例を示す.成膜条件
性を得るには,層数の増加の必要性が示唆される.こ
のことについては,3章で詳述する.表2にスパッタ
シャン・ローレンツ分布に従うことが言われており,
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(a)△、Ψの測定およびフィッティング結果
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(b) 0、 K解析(算出)結果
図 1分光エリプソメータによるTa205膜の解析結果
表2 スパッタ法によって作製した種々の膜の代表的波長での屈折率
n (λ=40o nm)
Ta205膜(アモルファス)
2.17
Ta205膜(高温成膜、結晶化)
n (λ=580 nm)
2.07
n (λ=70o nm)
2.05
2.2
Ta205膜(へりコンスパッタ法)
2.23
2.14
2.13
Ta205膜(Nb205 ドープ)
2.18
2.06
2.03
Ta20朗莫(B泛03 ドープ)
2.25
2.09
2.06
1.46
Si02膜(アモルファス)
Ti02膜(アナターゼ)
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は表1に示したとおりであり,成膜温度は W23Kで
ある.一般にESCAでの測定波形の強度分布はガウ
2.4
-22-
236
2.3
このTa、4fの分布をガウシャン・ローレンツ分布に
近似させると,大小2つの波形に分離できる.大きな
方はTa。0'のTaに帰属すると,もう 1つの小さいピ
クはTO0に帰属すると考えられる.そして,この2つ
のピークに分離できるという関係は室温の成膜にお
'
ー,"一﹂
Taρ'膜は一部に酸素欠損を含んだ,換言するとTao
題
.
いても同様であり, RFスパッタ法によって成膜した
号
相を一部含人だ膜であると考えられる.
なお,このように高温で成膜したT、0'膜は膜厚に
もよるが,黒色に着色する. XRDの結果によれば,こ
のように高温で成膜したTaρ'膜は結晶化した膜と
なっているが,室温近くで成膜したTaρ、膜はアモル
ファスであり, Taρ'膜になっているかどうかの判断
図2 Si02基板上に成膜したTa205膜の
には, ESCA を用いた分析が不可欠と考えられる.
SPMによる表面平滑性測定結果
④結晶構造の解析
冨
、T.,才M7お^
1卜
XRD測定結果の例を示す.成膜条件は表Hこ示した
とおりであり,ターゲットはこの場合金属Taである.
0
ユ
図4 に室温にてSi02基板上に成膜したTa205膜の
10
2.2(3)項でも記述したが,室温で成膜したTa205膜
のδ
はXRD結果にピークの存在しないアモルファス膜構
倉仞仁Φ一Ξ
造である.一方,1023Kの高温で成膜したTa205膜の
XRD結果には,Ta205に帰結できるピークが存在して
おり,1023Kの高温で成膜したTa205膜は結晶化して
いる.なお,この 1023Kの高温で成膜したTa205膜
のXRD結果にはTa0に帰結できるピークは確認でき
なかった.図3で示したESCAの測定結果から判断で
きるようにTa0の存在比が少ないためと考えられる
⑤熱処理および成膜温度の影響
卑
8
4
ユ
前項および前々項で記述したようにスパッタ法で
0
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如
お
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15
踊゛ⅦE圖別(W)
成膜したTa205膜の結晶性には温度の影響力湿眞著に見
られる.この結晶性の変化はTa205膜の屈折率や線膨
図3
Ta205膜の ESCA による Ta、4fの
高分解能測定結果
張係数の急変につながる可ミ目性があり, Ta205膜をり
フレクター用反射膜に用いた際の耐熱性に影響する
と考えられ,Ta205膜の結晶化温度を明らかにしてお
くことは極めて重要である.そこで,室温で成膜した
Ta205膜について,20Kずつアニーリング温度を上昇
させながら,逐一XRDを行い,結晶化温度を決定し
す.2.2(3)項で記述したように1023 KといったTa205
の結晶化温度を超える高温下で成膜すると,成膜し
たままでも結晶化したTa205膜が得られるが,酸素欠
乏原因と考えられるTO0相が混在し,図6の上部写真
た.図5に973Kのアニーリング処理によって,完全
に結晶化した後のTa205膜のXRD結果を示す.室温
のように膜は黒く着色する.この着色は膜内での光
で成膜したTa205膜のXRD結果は893Kのアニーリ
的な不具合となる.この膜を大気又は酸素雰囲気中
ングまで一様にブロードで,ピークの存在は認めら
れないが,9BKのアニーリング処理によって,Ta205
に帰結できるピークが出現する.Ta205膜の結晶化温
で 1073Kのアニーリングをすると図6の下部写真の
する.しかしながら,多層構造の実用反射膜を想定し
度は9BKであると言える.図6 に 1023Kで成膜し
た高温多層成膜(Ta205/si02)品での同様の実験で
たTm05膜のアニーリング効果(酸素補充効果)を示
は,Ta0相混在に基づく着色は解消されなかった.層
の吸収を意味するため,反射膜用途にとっては致命
ように酸素が補充され,Ta205単相膜となり色が消失
-23-
TΞTΞT.20S虹IT量'ι0
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1亀欄
鳳興
鳳興
鳳叫
軌閃
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沌如
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図4 室温でSi02基板上に成膜したTa205膜のXRD測定結果
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"軸
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26
図5 図4の膜を973Kでアニーリング処理した後のXRD測定結果
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nは屈折率
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高温成膜のまま
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Nはペア数
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図7
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積層構造体の光反射モデルと
反射強度Rの理論式
アニーリング後
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3. Taooysi02系積層構造反射膜の作製
3.1 作製方法
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共同研究機関である(株)香蘭社が開発中の焼結法
図6 1023Kで成膜したTa205膜ヘの
による Si02実機リフレクターを供試基板として,そ
アニーリング効果
の内面にRFスパッタ法によってTa205/si02積層構
間に存在する Si02膜によって,中間のTa205膜ヘの
酸素供給が阻害されたためと考えられる.高温成膜
法による結晶化Ta20ysi02積層構造反射膜作製では,
着色(光の吸収)問題が十分解決できず,耐熱性に優
れる反射膜作製方法としては,現在のところ可能性
が低いと考えられる
造反射膜を種々の条件で作製した.ここで,高屈折率
薄膜/低屈折率薄膜を積層したペア反射膜はその界面
において図7に示すような反射強度特性を持つ.ま
た,これらのペア反射膜が反射できる波長は膜厚dに
依存する.従って,可視光領域(350
800"m範囲
程度)のみの光を効率よく反射するには,屈折率と膜
厚,膜(ペア)数を光学的に最適に設計する必要があ
-24-
辺'
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A
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葬一菊;嘆
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゛f'、イ゛L-.,.血
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きるように膜(ペア)数N を増やさなければならな
い.このことは反射膜全体の膜厚が増えることによ
る耐熱性の低下俳3状的要因による高温下での熱応
力増大)や成膜時間(コスト)の増加にっながる
Ta205/si02積層構造反射膜の実用化では, Tiovsi02
積層構造反射膜以上に光学設計による最適化が重要
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"え,:
率薄膜に採用する場合には,図7中の式から理解で
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=2.4)に比ベ低い屈折率しか持たないTa205を高屈折
熱
イ、',,・孔.iN-ーーー、,゛N1発
る.表2で示したように現在実用化されているTi02(n
金き'巡
゛、W,,'
となる
' 01 、ニ、Ξ、1芥βイ1凡
3.2結果および考察
図8に試作したリフレクターを示す.焼結法による
Si02ボディ内面にRFスパッタ法によって総層数70層
のTa20ysi02積層構造反射膜をつけたものである
この場合,Ti02とTa205の屈折率の違いのみを単純に
比較し,図7中の式から反射特性がTiovsi02積層構
造反射膜と変わらないように設計しているため,総
図8
総層数70層のTa205/si02積層構造反射
膜付き試作リフレクター
層数が非常に多くなり,全体の膜厚も相当厚くなっ
ている.熱処理による反射特性劣化および剥離等発
生確認試験では,低線膨張係数材料であるT雛05を用
いたため,耐熱温度がTiovsi02積層構造反射膜より
も上昇し,おおよそ823Kであった
働
図9に波長の違いによる屈折率の違いに基づいて,
単層の膜厚およびペアの膜数を最適に設計し,試作
したTm05/si02積層構造反射膜付きリフレクターを
示す.設計の最適化によって,総層数は50層まで減
らせることができている.しかも,同様の熱処理によ
る反射特性劣化および剥雜等発生確認試験では,総
層数の減少による発生熱応力の低下効果によって
893Kまでの耐熱性が得られてぃる
叉'Wゑf弓一
,
Jキ
^
4.おわりに
スパツタ法によって作製したla205膜の構造や光
学特性等の基本的特性を成膜条件との関連性の観点
から調査するとともに,高屈折率材料としてTa205を
用いたTa205/si02系積層構造反射膜を Si02製リフレ
クターポディに試作し,その耐熱性を評価した
得られた主な結果は以下のとおりである
(D焼結法による Si02実機リフレクター内面にRFス
ノやソタ法によって,Ta20ysi02系積層構造反射膜を試
作した.試作した反射膜の耐熱温度はおぉよそ893K
であり,573 K程度程度のTiovsi02系反射膜に比ベ,
耐熱温度が格段に向上した
(2)Tiovsi02系反射膜の耐熱性は両者の線膨張係数の
差に基づいており1泉膨張係数の違いによって,反射
膜にき裂や剥離が生じる.一方, Ta20ysi02系反射膜
図9
総層数50層のTa20ysi02積層構造反射
膜付き試作リフレクター
の耐熱性はT能05の結晶性に依存し,アモルファス
Ta205が結晶化すると酸素欠乏のため, Ta205に一部
Tao(黒色)を含む相となり,屈折率の低下や光吸収,
乱反射が生じ,反射特性が劣化する
(3)膜の屈折率は成膜速度の影響を受け,成膜速度が
速いほど小さくなる.実用化に重要な成膜効率の観
点と高屈折率化は相反する結果であり,実用化を考
えるとその兼ね合いがポイントとなる
-25-
(4)膜の表面粗さは成膜方法および条件によって異な
リ,成膜速度が遅いほど,表面粗さは小さくなる
しかしながら,RFスパッタ法によって比較的高速で
平板Si02基板に成膜した反射膜の表面粗さは0.3"m
(Ra)程度であり,高速成膜でも十分な平滑性を維持
できる
-26-