vol.3・2007年秋 読書の窓

 読
書
の 窓 『人口学への招待』
河野稠果著 中公新書 中央公論社(2007 年8月 25 日)
(社)JA総合研究所 協同組合研究部長
吉 田 成 雄 (よしだ しげお)
著者は、旧厚生省人口問題研究所(現、国立社会保障・人口問題研究所)
の所長を務めた人口学の碩学である。1958 年に米国ブラウン大学大学院で
学位(Ph.D. 社会学)を取得、国連本部人口部人口推計課長(1973 ∼ 78 年)
などを勤めた経歴があり、狭い国内の視点ではなく、国際的に歴史・文化
な視点から人口学を捉えている。
著者は次のように記している。
「人口問題と言われると、通常現在の視点からでしかものごとを見ない傾向がある。現在フランスの合
計特殊出生率は 2.0 になった。そこで日本ではフランスの人口政策を学び、そこから出生率回復の手がか
りを求めることが一種のブームになっている。非常に適切なことだと思う。だが、(略)まず第一にフラ
ンスは、ヨーロッパでは珍しく、マイルドな家族政策ではなく正面切っての出生促進政策を長年にわたり
施行している国である。そして促進政策をはじめたのは近年のことではなく、1870 ∼ 71 年の普仏戦争で
稀代の参謀総長モルトケのドイツに手痛い敗北を喫したとき以来の話である。誇張して言えば1世紀以上
にもおよぶ“臥薪嘗胆”の物語なのである」
「ヨーロッパの高出生率国と低出生率国を画然と分割するディバイド(分割線)は経済的条件によるも
のではなく『文化的ディバイド』とも言うべきものである。ドイツ語文化圏や南欧・東欧諸国と対比して、
フランス、イギリス、ベネルクス、そして北欧諸国は伝統的に自由主義、個人主義、反権威主義そして反
全体主義への志向が強い。女性や子どもに『やさしい』という特徴もある。このような文化的あるいは政
治的次元を理解しなければ、フランス流の出生促進政策のいいところを形式的に取り入れても、出生率が
2.0 まで回復するかどうかはわからない」
わが国の人口減少は、予想より1年早く、2005 年から始まった。だが、少子化現象は 74 年(合計特殊出生
率が 2.05 を下回った)からすでに継続している。92 年以降、合計特殊出生率は 1.5 を割り込み、2003 年以
後は 1.3 のレベルにある。だが、人口を維持するには 2.1 の出生率(人口置換え水準の出生率)が必要なの
だ。人口置換え水準とは、
究極的に人口増減のない状態を保つ出生率を指すが、
この水準は一定ではない(死
亡率がいまより高かった 1960 年以前は合計特殊出生率で 2.2 を上回ったが、
近年の日本では、
2.07 の水準)。
この人口置換え水準でみた少子化現象は 1956 年ごろからすでにこれを下回っていた。
ところで、合計特殊出生率は、結婚した女性1人当たりの子どもの数であるとマスコミにおいて誤って
解釈されているが、正しくは、出産が可能とされる年齢を 15 ∼ 49 歳として、その年齢の女性の平均子ど
も数である。当然、分母には未婚女性も含まれているのだ!
たしかに、現在、人口についてあまりにも無知なまま、あまりにいいかげんな議論が横行している。極端
なものでは「41 歳死亡説」もそうだ。そうではなく、
「人口学の公理・理論を踏まえて、近年の少子化の原因・
背景を読み解き、人口減少の正しい理解と洞察」が必要である。本書は、そのために最低限踏まえなければ
ならない人口学の基本的な理論と概念・用語の解説を基本に据えている。同時に、将来の人口推計の手法・
その限界への挑戦をダイナミックに描く。あとがきで著者は「人口学は意外に奥行きが深く、なかなか面白
いと言う人が現れ、これを機会にもっと人口のことを勉強してみようという人が増えてくれれば、筆者の
望外の喜びである」と記すが、筆者ももう少しだけ若ければその気になっただろう。
閑話休題。わが国の人口のゆくえを見ると、高齢化率、すなわち総人口に占める 65 歳以上人口の割合
は 2025 年 30.5%、50 年 39.6%、55 年 40.5%という凄まじい超高齢人口が明瞭に予測される。「これはま
さにこの世のものとは思えないシュールな世界」だ。超少子化・人口減少・超高齢化の3つの危機の“ト
リレンマ”である。これは、衰亡する国家に生じる「人口崩壊」と呼ぶことができるだろう。
ところで、14 世紀のヨーロッパでペスト(黒死病)が蔓延し、多くの国・地域で人口減少が起きた。人口が
半分以下になった地域もある。青壮年が死に、深刻な労働力不足が生じた。生き残った人々は工夫し、改
革を行った。ペストが終焉した後、世襲と伝統に支配されたギルド社会に新規参入が起こり、やがてルネサ
ンスが開花していった。──こうしたことを根拠に、人口減少のさまざまなメリットを語る研究者もいる。
だが、これは、将来どこかで出生率の低下が止まり、やがて回復するという前提が必要である。「いか
なる時代でも、経済が不況の時代には出生率は上昇しない。将来に明るい見通しがないときにも出生率は
JA 総研レポート/ 2007 /秋/第3号
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回復しない」
、「日本社会の徹底した構造改革を行い、子どもや女性にやさしいシステムを構築できれば、
前述の人口減少社会ウェルカム論も、耳を傾けて聞くところがある議論だとは思う」。
気がかりなことがある。日本の夫婦の「理想の子ども数」は、2005 年の国立社会保障・人口問題研究所の調査
によれば 2.48人である。ただ近年、若干低下の傾向にある。
「予定子ども数」は、これまで 2.1人を下回ることは
ない。出産適齢期の人びとが2人以上の子どもを持ちたいという現実の意欲や価値観はまだ存在している。
ドイツとオーストリアでは、1970 年代後半から 2005 年までの 30 年に及ぶ長い超低出生率時代を経験し、
そこで育った若い世代は子どもが2人以下という環境が当たり前となった。それがそのまま理想の世界だ
と思いこんでしまったのだというのである。18 ∼ 39 歳の女性の希望子ども数はドイツ 1.52 人、オースト
リア 1.43 人である。これでは、人口減少反転は絶望的ではないか。
だが、わが国が将来、こうした「低出生率文化」のスパイラルに落ち込むことがないという保証はない。
無為無策でいて「人口減少社会ウェルカム」などとうそぶくことは許されないのだ。
また、人口の減少と高齢化、加えて大都市への集中などの構造変化は、地域社会、地域の農業、もちろ
んJAの経営、そして食料需要の見通しなど広範に重大な影響を及ぼす。対岸の火事ではない。もっと真
剣に考えるべきではないか。
編集後記
今号の基調テーマを「食料需給のゆくえ」として編集企画を行った。東京大学大学院の生源寺眞一
教授と鈴木宣弘教授に執筆していただいた論説を中心に据えた。また、今号から新たに「Dr.ジョー
ジの心の経営論」の連載を開始した。根岸久子客員研究員の「シリーズ《現地報告》」とともに、読
み物として読者に親しみを覚えていただけるページをほんの少しだが加えることができたのではな
いかと思っている。いま、ある大学と共同して教職課程で使う「食農教育概論」のテキストを執筆
している。その基本に据えた考えは「いのちが見える・生きる力の教育」である。人を人と思わな
い悲しい惨めな考えを持つ者が増えるなか、温かな心を持った子どもたちを育てる先生や学生を微
力ながら応援したい。(協同組合研究部長兼企画総務部付企画担当 吉田)
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不慣れな編集作業も、3号目に入ってようやく少しずつ楽しめるようになってきました。特に今
回の基調テーマは「食料需給のゆくえ」。食いしん坊の私は「食料」という響きだけで、なんだかお
いしそう……と短絡的に考えて原稿読みもはかどりました。根岸久子客員研究員の「シリーズ《現
地報告》」では、冒頭のすき焼きの記述にすっかり魅了され、校正作業の残業帰りに、編集部ですき
焼き定食をいただきました。残念ながら下仁田ネギは入っておりませんでしたが……。
先日、食料需給を特集したテレビ番組で、農林水産省のホームページに、料理の国産使用率を計
算してくれる「クッキング自給率」というソフトがあることを知り、早速試してみました。簡単便
利な料理の代名詞・カレーライスを、すべて「日本産」の材料にこだわって作ったとしても、結果
はなんと 63%、ハンバーグにいたっては 32%という低さでした。国産の肉や野菜であっても、えさ
や肥料が輸入のため自給率がぐっと低くなってしまうのです。改めて日本の食の不安定さに気づき
愕然としました。食料の輸入拡大について、世間ではその是非が問われていますが、JAグループ
に籍を置く私としては、やはり日本の生産者の味方をしたいところ。外国産の安い食料に負けない、
付加価値のある難攻不落の「国産」をぜひとも応援したいものです。などと、わが国の食料事情を
憂いつつ、わが家の小さな、でも日当たり抜群のベランダで、小野菜やハーブを育てながら、少し
でも自給率を上げようとささやかな活動をしている私でした。(企画総務部総務課長 小川)
「Dr.ジョージの心の経営論」の執筆者、鈴木丈織先生が制作した手帳「ベネフィットダイア
リー2008」を先着100名様にプレゼントします。ご希望の方は、下記あてに2007年
12月10日(到着日)までにハガキでお申し込みください。
〒101−0003 東京都千代田区一ツ橋2−4−3 光文恒産ビル7階
社団法人JA総合研究所「JA総研レポート」編集部 宛
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