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ユダの地ベツレヘム

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ユダの地ベツレヘム
新約単篇
マタイによる福音
ユダの地ベツレヘム
マタイ 2:6,ミカ 5:1
「ああベツレヘムよ」(讃 115)は、英語のカロルの中でもよく知られた
名曲で、世界中で歌われています。「ああベツレヘムよ……知らずや、今宵
……とこ世の光の照りわたるを。」
そのベツレヘムの町と広い野原を、私も 32 年前の 4 月に訪れたことがあり
ます。今日は、後でその写真を御覧いただきます。羊飼いたちの野宿の場面
から想像して、4 月か 5 月くらいの夜を考えるのが、ルカ伝のイメージにも
近いように思えて、春の野外礼拝でクリスマスを祝ったらムードも出るので
は……というのは、私だけの思いでしょうか? でも、忘年会の重なる年末よ
りはずっと健康的で、聖書的だろうと思います。
主の降誕の日を談合で教会が決める以前には、1 月の 6 日にクリスマスを
祝うのがローマの習慣でしたが、A.D.336 年に今の 12 月 25 日に変更された
と伝えられます。もともと、この日はローマの神話によると「不滅の太陽が
生まれた日」natalis solis invicti として祝われていたと言います。それで、
ローマ帝国がキリスト教になったのを機会に、「義の太陽はさしいでぬ」
(讃
345,マラキ 3:20)に切り替えて、この 12 月 25 日に「まことの光」が「世
に来てすべての人を照らした」(ヨハ 1:9)という、新しい意味付けをした
のです。
私自身は、聖書とキリストから受ける本当の深い感動を大事にしたいもの
ですから、西洋のクリスマスの習慣やその謂れなどには、できるだけシラケ
るように努めています。この時期にはなるべくデパートや商店街のお飾りを
見に行かないのも、そういう理由からです。私は、キリストがこの私のため
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ユダの地ベツレヘム
に来られたことを噛み締めて感謝するためには、ああいう余分なものは無い
ほうが、素朴に主の降誕を祝えると思うのです。
今朗読を聞いたマタイの箇所は、ルカの羊飼いの挿話とは違い、キリスト
降誕の夜ではなく、恐らく、それから何か月も、いや一年も経ってからのこ
とではないかと思います。その理由は、このときヘロデ王が新生児だけでな
く、「二歳以下の男の子を一人残らず」殺させた動機の推測からです。この
ヘロデ王の没年が B.C.4 年だったことが、歴史の資料から分かるので、キリ
ストの誕生は、B.C.6 年から B.C.4 年までの間というのが、今では定説にな
っています。
天文学の方から推定する人たちは、木星と土星の“合”(conjunction)が
B.C.7 年に起こったことを指摘します。その年、天に一つの巨大な星の影が
映った筈なのです。その重なって異常に輝いた星こそ、「占星術の学者たち」
にインスピレーションを与えた星に違いない……と。古い訳文では中国語訳
をまねて「博士」と訳された“マギ”たちは、天に現れた恐るべき徴
から判断を下して、今のイランかイラクのあたりから 1,000 キロ以上の旅に
出たとすれば、その翌年の B.C.6 年か 5 年にはエルサレムのヘロデ王の宮廷
に着いたと思われます。「東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる
場所の上に止まった」は、美しい詩を味わえる人なら無理な解釈はしないで
しょう。マギたちがその家を訪ね当てたとき、星は真上から一際明るく輝い
て、彼らを祝福したのです。
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今朝私たちが注意を集中したいのは、この学者たちの来訪のことでも贈り
物のことでもなく、6 節で律法学者たちが引用するミカ書の預言の言葉です。
ユダの地、ベツレヘムよ
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ユダの地ベツレヘム
お前はユダの指導者たちの中で、決していちばん小さいものではない。
お前から指導者が現れ、わたしの民イスラエルの牧者となるからだ。
つまり、民の祭司長たちと律法学者たちは、王にこう答えたことになりま
す。「ユダヤ人の王として生まれた人があるとすれば、その生誕の地は間違
いなく、ベツレヘムです。」その預言者ミカの言葉は、この新共同訳では初
版の 1684 頁(第 2 版 1454 頁)に出ています。5 章 1 節です。
エフラタのベツレヘムよ
お前はユダの氏族の中でいと小さき者。
お前の中から、わたしのために、イスラエルを治める者が出る。
マタイとの細かい違いに気づかれる方でしたら、ヘロデ王の前で引用され
た文では、「決していちばん小さいものではない。」でしたが、ミカ書をそ
のまま訳した方の文では、「ユダの氏族の中でいと小さき者。」と断定して
います。「いと小さき者」なのか、そうでないのか……ですが。
マタイの時代の引用の仕方は、今日のように引用符でくくって原文のまま
……という厳密なものではなくて、趣旨さえ正しく伝えることができれば、
かなり自由に表現を変えることができました。ですから、「ユダの氏族の中
で無に等しい小さい者だが、その中から偉大な牧者が出る」と言うのと、「決
して小さい者だとは言えない。なぜなら、そのベツレヘムから偉大な牧者が
出るのだから」と言うのとは、趣旨は同じになります。マタイの引用文はそ
の意味で、「いと小さき者ではない。その理由は……」とつながるのです。
「小さい者」と訳された語は、ヘブライ語では、「ツァイール」ry[ic'「無
きに等しいもの」です。英語で言う“insignificant”に当ります。我々の言
葉でいうと「ショウモナイモノ」です。ベツレヘムはだれも問題にしないよ
うな「ショウムナイ」町だが、そのベツレヘムから大牧者が起こされる。
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ユダの地ベツレヘム
いつかミカ書を開いてみる時間がおありでしたら、どうかこのくだり(4:
9~5:5)を通してお読みください。これは、イスラエルの民族がアッシリア
に蹂躙されて最低の悲惨な状態にあったとき、少なくともその縁に立ってい
た時代に、その民族としての疲弊のどん底から、神の手が彼らを救い出して
くださることを、そしてその解放者が、ユダの町ベツレヘムから起こされる
ことを歌った詩なのです。
ところで、ミカ書の 1 節の最後の行は、マタイでは省いてあって、ヘロデ
宮廷の学者たちは引用しません。しかし、「イスラエルを治める者が出る」
の後に、次の一行があります。
彼の出生は古く、永遠の昔にさかのぼる。
これは、「永遠の昔から神の御計画の中で決まっていた」という意味にも
解釈できますが、「永遠の昔から」が、「大昔から」という意味の文学的表
現であれば、このベツレヘムから民族の牧者が起こされることはいにしえの
日から、生きた実例で実証されている、という意味に受け取ることも可能で
す。あの偉大なダビデ王をこの小さな、無に等しい町から起こされた神には、
不可能はない。
この 5 章 1 節にはその回顧と未来の希望が二重写しになって、
描かれているのです。
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マタイ福音書に戻ります。(2 頁です)
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わた
したちは東方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」
ヘロデは学者たちから示された預言者の言葉に基づいて、マギたちをベツ
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レヘムへ送り出します。「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかった
ら知らせてくれ。わたしも行って拝もう。」そして、このあとに、よく知ら
れたヘロデ王とマギたちのドラマが展開します。
「三人の博士たち」とよく言われます。伝説では名前もカスパール、メル
キオール、バルタザールということになっていますが、多分昔の作家の創作
でしょう。本当は人数も三人であったかどうか……福音書の記録には「学者
たち」と複数で書いてあって、一人でなかったことは確かですけれど、
五六人……十人も来たのか、それとも二人だけだったのか、はっきりしませ
ん。三人という数も、黄金・乳香・没薬という三つの贈り物から推測しただ
けです。この三人の学者が、“We three kings……”の歌にあるように、実
は東の国の三人の王であったという伝説も、福音書が書かれて二百年もして
から、オリゲネスやテルトゥリアヌスの作品に初めて出るのです。これは詩
篇の、「すべての王は彼の前にひれ伏す」(72:11)による、昔の教会の善
意の脚色であろうと言われます。そんなにまでして文学的な連想で美化しな
くても、聖書は加工しないまま、生のままで十分美しく、感動的なのです。
「マタイによる福音」の第 3 講にも触れましたように、このマギたちがイ
エスを拝むために、はるばる東の国から、当時としては地の果てまでの大旅
行をしてエルサレムに来たという話自体、福音そのものの強烈な主張と、イ
エスを信じる者の深い感動を込めて語られているのです。
この「東の博士」の話は、古代の教会ではウケなかったと思うのです。少
なくとも初めの頃は……です。特にユダヤ系の教会では「顰蹙」というほど
のことはなくても、喜ばれなかったでしょう。つまり血統の確かな純粋のユ
ダヤ人ではなく、ユダヤ会堂で聖書を学んだコルネリウスのような敬虔な求
道者でもなく、ズブの異邦人という言葉はオカシイかも知れませんけれど、
そう言っていいような全くの異邦人です。ユダヤ人の感覚からすれば、いか
がわしい呪術と変わらないような「星占い」を商売にする連中が乗り込んで
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ユダの地ベツレヘム
来て、「ユダヤ人の王」の誕生を、東の国で知ったと言います。そんな、ど
この馬の骨だか知れない者たちに、聖なる生ける神の信仰が分かってたまる
か! それがエリートの反応です。
ところが神は、そんな素性の怪しい人たちに救主の誕生を、だれよりも先
に知ることをお許しになります。そして、生まれたばかりの救主の家に彼ら
を星で導いて、そこにいる幼子に最高の敬意と礼拝を献げさせるのです。こ
れは、ルカ伝の羊飼いへのお告げとも共通しています。反対に、ユダヤ王国
の主権者は救主を憎んで、近隣の幼児を巻添えにしてでも確実に殺そうとし
ます。ユダヤ宗教のエリートたちは間もなくイエスに戦いを挑み、最後には
救主をローマ総督に引き渡すのです。結局このテーマ……東方の星占いの一
行のテーマは何だとお思いになりますか?
これは、使徒パウロのローマ書流に言えば、「異邦人のための福音」、「不
信心な者を義とする神」の御業の序曲です。私たちが今読んでいるマルコの
福音書で言えば、イエスと一緒に食卓について同じパンを食べた罪人たちの
姿、徴税人と娼婦たちの肖像です。また、「私は信じます。どうか、この不
信仰としか言いようのない私を、お助けください!」と叫んだ父親のシンボ
ルです。それが、東から来た怪しげな星占いの絵であると言えば、マタイの
趣旨は少しく私たちに通じるのでしょう。
イエスが来られたことの意味が分かって喜ぶのは、毛並みのよい、宗教的
優等生ではありません。「私は、だれよりも真剣に生きてきました。だれか
らも非難されるスキが無いくらい、神の教えを守りました。この私ほど犠牲
的に人に奉仕してきた人がいたら、見せてください!」そう言える人にイエ
スが見えるのではない。反対に、情けない弱いまま、悲しいままでイエスに
すがる人に、ベツレヘムのイエスは見えるのです。「イエスはこの私ひとり
のためにでも、十字架で死なれたし、この私ひとりに命を与えるためだけに
でも、復活して現に生きておられる!」そう告白できる人は、ユダヤの王よ
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ユダの地ベツレヘム
りもイエスに近く、祭司長よりも律法学者よりも、イエスが来られたことの
意味に気づいているのです。
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今日のマタイ伝の物語にはベツレヘムに生まれたイエス・キリストと東の
果てチグリスの流域から遠路訪れた「星占い」のマギたちが描かれています。
ベツレヘムに生まれたその人は、由緒正しいエルサレムでは生まれなかった
人です。エリート宗教者の家にではなく、ダビデの家とはおよそつながると
は見えない、落ちぶれたユダの家の男の子でした。
東の国で、異常な星の光にショックを受けたという「星占い師」の一行は、
もしヘロデがこの人たちを利用しようと思わなかったら、この国の貴族たち
からは相手にもされなかったでしょう。と言うより、不浄の異教徒、うさん
臭い異邦人、聖なる神を信じる信仰とは無縁の「外道」と見えた一群の人た
ちです。その両者が、預言者ミカでさえ「ショウモナイ町」ry[ic' と呼ぶ外
なかったベツレヘムの軒下で、顔を合わせます。そのとき、マギたちは「喜
びにあふれた」と言いますし、空の星は一段と光を増したのです。マタイの
素晴らしい詩の言葉で言えば、「星は先立って進み、ついに幼子のいる場所
の上に止まった」のです。
同じことは、今も私たちに起こります。そして、あなたが本当に自分のた
めの幼子イエスを見いだしたら、そこが大東であっても、四條畷であっても、
まさにその場所が「ユダの地ベツレヘム」となります。その日が 12 月 25 日
でなくても、1 月 6 日でなくても、まさにその日が降誕祭となります。降誕
祭は年に一度とは限りません。降誕祭は、心ある人には毎週でも来るし、毎
日が降誕祭ということもあるのです。「ああベツレヘムよ」の詩人ブルック
ス Phillips Brooks は歌いました。
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ユダの地ベツレヘム
“O holy child of Bethlehem,
Decend to us, we pray;
Cast out our sin, and enter in, Be born in us today.”
「ああベツレヘムのきよき御子よ、我らの上にくだり給え。
我らの罪を取り去り、我らの内に入りこみ、まさに今日
この我らの中に降誕なし給え!」
ブルックスは、「降誕祭は日々訪れる」……そう言いたかったのです。
(1995/12/24)
《研究者のための注》
1.ミカ書の邦訳に見られる節の区切りの相違について:聖書協会文語訳、口語訳と新改
訳は、「エフラタのベツレヘムよ」の節は古来の習慣により 5 章 2 節にしています。
英訳の A.V.,R.S.V.等も同じ切り方になってますが、いずれもカトリック教会のラテ
ン語訳 Vulgata の節分けを踏襲したものです。新共同訳とフランシスコ会訳はヘブラ
イ語聖書の節分けに従って 5 章 1 節にしました。古代ギリシャ語訳 LXX,ルター訳で
も 5:1 になっています。
2.ミカ書の原典(MT)と七十人訳(LXX)およびマタイの引用文はそれぞれ次のとお
りです。
[MT]
hd'Why> ypel.a;B. twyh.li ry[ic' ht'r'p.a, ~x,l,-tyBe hT'a;w>
laer'f.yIB. lveAm twyh.li aceyE yli ^M.mi
`~l'A[ ymeymi ~d,Q'mi !yt'ac'AmW
[LXX]




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ユダの地ベツレヘム
[マタイ]




マタイの訳文は太字のところで七十人訳とは別の訳語を使い、下線部では(不注意に
読むと)意味が一見逆になったように見えます。
3.エフラタは、エフライムとベニヤミンの領地の境界の地名。ベテルとラマの間にあり、
ラケルが没し(創 35:19)葬られた地。人名としてはカレブの妻の名がエフラタ(歴
上 2:21)ですが、部族の名として「ベツレヘム出身のエフラタ族」(ルツ 1:2)が
あり、エフラタはミカ書のこの箇所では、ベツレヘムの同義語として対句の形で使わ
れています。
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