タウン・セキュリティとゲーテッド・コミュニティ 米国のCID体制とプライヴ

◆
繍
,:謙ユニア漢
タウン・セキュリティと
……li監lll口
ゲーテッド・コミュニティ
米国のCID体制と
壕…〆総一
出すため、近時にわが国の社会でもとみに関
はじめに
心が高まっているセキュリティを重視した集
合住宅地として登場した「セキュリティ・タ
昨今、わが国では米国の集合住宅地における
ウン」や、その極端な事象として米国で急速
コモンやHOA(住宅所有者組合:Homeowners
に数を増やし、CIDの一形態でもある「ゲー
Association)に対する関心が高まっている。米
テッド・コミュニティ (gated community)」
国のコモンを有する住宅地はCID(Common
に言及する。わが国でのこうしたセキュリテ
Interest Developments)と呼称されるが、わ
ィやコモンへの関心の高まりは、長期的に停
が国ではそのコモンに対するビジュアル面あ
滞する不動産市場にあって新たな付加価値を
るいはハード面での観点からのある種の憧憬
見いだそうとする業界の欲求の表れともいえ
に似た、いたずらに礼賛する向きが見受けら
るが、本稿ではそのハード面での安易な導入
れる風潮について、私は平素より疑念を感じ
を図る向きに対して、CID体制とその原動力
ている。
となるプライヴェティゼーション(privati−
昨年、私は米国のCIDに関して、米国気鋭
zation)の意義を明らかにし、それがよい
の政治学者であるエヴァン・マッケンジーに
“まち”やコミュニティの創造に寄与すること
よる研究書『プライベートピア:集合住宅に
の主張を試みたい。
よる私的政府の誕生』を訳者として刊行した。
私は、この『プライベートピア』が主題とす
るように、米国の集合住宅地については物理
1.ハワードの遺産
的側面(設計計画)に目を向けるよりも、コ
16
モンを含む住宅地全体を住民が構成員となる
19世紀末にエベネザー・ハワードが唱えた
HOAによって共同統治する社会システムであ
『田園都市(garden city)』は、母国イギリス
る“CID体制(CID regime)”に着目してい
のみならず米国やわが国を含む諸外国に伝播
る。云うまでもなく米国とわが国とでは集合
し、郊外での住宅地開発に多大な影響を与え
住宅地が存立する社会構造の基礎が著しく相
た。わが国で称揚される米国の集合住宅地に
違しているのであり、それを踏まえたうえで、
おけるコモンは、この田園都市の系譜を継ぎ、
何故にわが国ではそのCID体制が現実的に取
わが国の集団住宅がスケールの上ではとても
り入られる社会となっていないのか、また、
及ばない広大な緑豊かなスペース、公共の広
何故にわが国でもそれが必要とされる社会と
場を有しており、都市の人工的な無機質性に
なるべきなのかを考察すべき、,と考える。
飽いたわれわれのノスタルジアをかき立てて
本稿では、上述の疑問に対する回答を引き
いるのに違いない。
家とまちなみ49−20043
しかしながら、もともとハワードによる田
による私的政府成立をユートピアの実現とし
園都市構想は、こうした物理的オープンスペ
て称揚しているわけでなく、むしろロバート・
ースの創造の他、職住一体や土地公有制を柱
ライシュの言う「成功者の離脱(the secession
とする共同統治的社会の構築から成り立って
of the successhユ1)」として、自由民主制に対
いた。このソフト面でのハワードの理念は置
する脅威と捉える一因ともなっている。
き忘られたまま、各国の住宅地開発ではその
しかしながら、米国富裕層にとっての「豊
ハード面のみが取り込まれていったのである。
かで、美しく、安全で、成長する郊外」は、
ただ米国では、ハワードが思い描いたいわ
完全無欠なユートピアであり続けたわけでは
ば社会主義的な住民自治に代わって、私的な
ない。その物質的に満足された空間と過度な
竹井隆人
(たけい たかひと)
住宅金融公庫調査役、学
ルールや所有を信奉するプライヴェティズム
自動車への依存は人間性の喪失を招くととも
(privatism)が物理的に広大なコモンと混成
に、そこは大気汚染、交通渋滞、インフラス
するCID体制として結実し、1928年には最
トラクチャーの老朽化といった問題が、高ま
れ。学習院大学法学部政治
初の米国版田園都市であるニュージャージー州
る犯罪とともに忍び寄っていったのである。
学科卒業。東京大学大学院
ラドバーンが登場した。CID体制では、居住
特に広大なオープンスペースは、夜間の歩
者により構成されるHOAが私的ルールであ
行通行や、昼間の子供の遊び場としても監視
る制限約款(restrictive covenant)により広
の目が行き届かない危険地帯となりがちで、
大なコモンを含む住宅地全体を管制(control)
自動車の通過交通とともに居住者の恐怖心を
『スケルトン定借の理論と
する。また、HOAは居住者から組合費を徴収
駆り立てたのである。集合住宅における犯罪
実践』(2000年、学芸出
し、警備、ゴミ回収、街路の保全及び照明な
の削減と抑止に関する研究については、1970
どの公的サービスを遂行する一方で、居住者
年代にジェーン6ジェイコブスが先鞭をつけ、
た政治学専門書『プライベ
に対する制限約款の厳格な執行を課すその権
オスカー・ニューマンが『まもりやすい住空
ートピアー集合住宅によ
能によって、いわば私的政府(private
間(Defensible Space)』(1976年、鹿島出
gove㎜ent)と化す。
版会)によって発展させた、環境設計による
こうしたHOAによる私的政府化の現象と、
犯罪予防(CPTED:Crime Prevention
それから派生する社会的、政治的問題点を明
Through Environmental Design)がある
るみにしたのが『プライベートピア』である。
(図1)。
習院大学・放送大学非常勤
講師。1968年京都市生ま
法学政治学研究科政治専攻
修了(法学修士)。専門は
集合住宅を基点とした法
律・社会・政治。著書に
版社)。昨年、訳者として
米国の集合住宅を舞台とし
る私的政府の誕生一』を世
界思想社より刊行。
この“プライベートピア”なる語は、その著
者であるマッケンジーによる造語で、ハワー
ドが理想としたユートピアが米国のプライヴ
ェティズムによって変体して実現した意であ
り、このいわばハワードの遺産から発展した
対象物
の強化
接近の
制御
監視性
の強化
領域性
の確保
米国のCID体制による集合住宅地は、その数
が1962年に500だったのが1999年の時点で
20万に達し、その居住者が4,200万人を超
えると推計されるほどの隆盛を今や誇ってい
るのである。
図1防犯環境設計(C円『ED)の4原則(出典:『都市の防犯』)
2.集合住宅地のセキュリティ
+敷地内監視カメラ
+24時間セキュリティ
米国社会では、人種問題の存在、凶悪犯罪
の増加とともに、セキュリティは数十年にわ
一←防犯センサー
(%)
100
たって重要な課題であり続け、郊外の集合住
80’
宅地での居住はそれを解決する一つの選択肢
60’
であった。よって、1960年代に犯罪が急増し
40’
ていくにつれて、貧困な黒人の都市と富裕な
20・
白人による郊外との対比が鮮明になっていっ
0
(2003年下半期から調査開始)
ダ・26四郷;:1餐20・2上半期 懇 輯2・・3上半期難δδ騨覇il誓
た。この対比は荒廃するインナーシティから
(分譲時期)
の富裕な白人の流出の帰結であり、『プライベ
ートピア』でマッケンジーが、郊外でのCID
図2新規分譲マンションの設備設置率(マンション管理新聞の調査による)
家とまちなみ49 2004.3
17
「リフレ岬 望海坂」の概要
事業主:積水ハウス株式会社
(大阪宅地開発営業所)
所在:大阪府泉南郡岬町望海坂1丁目
交 通:南海本線「淡輪」駅下車徒歩18分
総開発面積:47.5ha(うち第1工区が開発済み
で30.4ha、614区画)
建築法規:建ぺい率50%/容積率100%
(市街化調整区域)
区画面積:平均約170㎡
住戸面積:平均約120㎡
写真1パステルカラーの住戸にオープンな外構を基調とした『リフレ岬 望海坂』の街並み
販売価格:3,000万円台が中心
【防犯】
【防災】
・屋内に設置した熱線センサーにより、外出時のセキュ
・火災センサーを台所と2階廊下に設置。
リティチコ:ック。侵入者を感知すれば、自動的に通報。
・在宅中に何かあった場合も、インターホンの非常ボタ
けて状態確認・素早く対応。
ンを押すだけで通報。
関瞑人にの温
円/月に軽減
製織軋
圏圏
写真224時間体制で3名の専任警備員が常駐。警備費は戸あた
り2,800円/月だが、当初3年間は事業主の負担により2,000
リボの感よ侵を
欝贈廼
墨継
購
ステッカ 目に見えないガス漏れも検知。
・いざというときは、常駐警備員が駆け付
,ガ文もれ・火災監視
非常通報
ガスもれ 火災発生
、5rも腰強,璽〆警
翼翼1留曹:
目に見えないガスもれ・万一:
一の火災を素早くキヤツ壬
〃
1 万一の場合はお客様の
』
通報
● 竃話回纏を通じて臼助通軽します。
コ ロ
o・●9
緊急出動
9・鋤 自勘通報
お客さま宅へ竃話確認。
7、 コントロール
センター
必要に応じて消防・警察・指定連絡先へ通報。
図3ホームセキュリティの仕組み(パンフレットより)
賑;垂一
黙.﹂即.
臨,
写真3 公園のウェブ・カメラと自宅の端末。団地内の公園等に設置されたウェブ・カメラの映像を自宅の端末で確認可能。団
地内には光ファイバーが設置され、端末は販売時に全戸装備。光ファイバー使用料は、戸あたり6、900円/月だが、当初3年間
は事業主の負担により3,000円/月に軽減。
18
CPTEDにおける、ハード面での防犯設備
創造を目指す、新伝統主義(Neo−tradition−
も重要だが居住者が領域を認識し、自然監視
alism)あるいはニューアーバニズム(New
が行き届く空間形成を有用とする主張は、集
Urbanism)として知られるようになった。
合住宅地では1980年代にピーター・カルソ
わが国では犯罪が米国ほど深刻でなく、ま
ープらが唱え実践したサステイナブル・コミ
た、人種差別のような問題がなかったのも原
ュニティ (Sustainable Community)に継承
因であるが、米国の影響を受けてCPTEDに
された。彼らの主張は、過度な自動車依存か
取り組み始めたのは遅く1980年代に入って
らの脱却と、自然環境の保護を基調とした、
からであり、それほど社会で注目もされなか
昔の米国のタウンのように歩行者優先で、人
った。ただ、昨今は長引く景気低迷、不法滞
間同士の触れ合いの多い、コンパクトな町の
在外国人の流入などが社会問題化するととも
家とまちなみ49
2004.3
に、犯罪の増加、検挙率の低下という、かっ
西に出現し、近時は多くのマスコミにも取り
てわが国が誇っていた安全神話が崩壊しつつ
上げられ反響を呼んでいる。大阪中心部から
ある。よって、防犯カメラ等のセキュリティ
鉄道で南に約1時間あまりの大阪府岬町の海
機器の市場は急速に拡大し、また人々の生活
辺にある総:戸数約600戸の戸建て集合住宅地
のベースとなる住宅においても、安全・安心
「リフレ岬・望海坂」で、昨年から販売を開始
については喫緊の課題とされ、ホーム・セキ
し現在竣工した約150戸のうち約100戸が売
ュリティへの関心が深まっている。たとえば、
約している(資料/写真1、2、3、図3)。
新築マンションでは、これまで常態化してい
タウン・セキュリティとは、デベロッパー
たオートロックに加え、監視カメラや24時間
が銘打ったフレーズで、次の3つの手法を総
セキュリティといった防犯設備の設置率が急
合した団地ぐるみのセキュリティ体制を呼び
速に高まっている(図2)。
物としている。第一に24時間常駐の専任警備
一方で、社会全体では安易な監視カメラの
員の配置である。第二にウェブ・カメラの設
設置に反対する主張も目立ってきており、集
置であり、団地内の公園等に配備したカメラ
合住宅の防犯もCPTEDの影響を受け、ハー
からの映像を各居住者だけが自宅のPCで確
ド設備の充実だけでなく、地域の連帯感やコ
認できる。そして第三に、ホーム・セキュリ
ミュニティを見直すべきとの議論が今後高ま
ティで、各居宅に侵入者があった場合にセン
っていくことが予想される。
サーが作動し専任警備員が駆けつけることな
註1:タウン・セキュリティ
の先行事例
・小京都ニュータウン(山
っている。
口市)[1989年山口県警
指定・防犯モデル団地1
米国では先述したような新伝統主義による
3,タウン・セキュリティと
ゲーテッド・コミュニディ
先に触れたようにわが国では集合住宅でも
古き良き時代への回帰が志向される一方で、
・美郷ガーデンシティ (福
特に80年代以降は新規に開発される集合住宅
島市)[1992年福島県警
指定・防犯モデル団地】
地にはゲートを設けることが一般的となった。
・緑園都市(横浜市)
新規分譲マンションでのセキュリティは急速
に充実しつつある。これに対して、理由は後
述するが、戸建て集合住宅地でのセキュリテ
ィ体制の構築については、いくつかの先行事
例があるものの稀なのが実情である註1。
しかしながら、社会環境の悪化にともない、
典型的な郊外ニュータウンでは、せっかくの
緑豊かな広い公園や広場がホームレスや不良
少年の溜まり場となり、セキュリティの面で
不安極まりない状態となる例も多くなり、物
理的に豊かな空間があるのみでは販売上の
鰻
「売り」に乏しくなっているのが実情である。
τ電
r轟。、
こうした状況だからこそ、本邦初との触れ込
野
写真4ゲーテッド・コミュニティのゲート(カリフォルニア州アーパイン市 渡和由氏提供)
みでタウン・セキュリティ面戸建て団地が関
黙
,辱,融鐸,鑓罎毒畷、凝、.
1・磯蜷難1 野
、灘,騙違舗鍵譲轟
う観
細部聖蝋、
タ
嘱繋..
蟹
墜
む
轟♂
D泌暫a8 ●
擁㌶私
O
住宅地数
25,000
・ 蜘
㎡縛響
嚢
磁。漉 。
●
● ●
●
● ○
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鰹、e 9 奪
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●
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蔑
鷹,・
聯恥潔隠
飾艶
魎集
IE隔.
ヂバ、
風・
鍵鞠
(1996》
20,000
、
19,000
15,000
(1987)
10,000
5,000
(1974)
0
1870 1885
1910
1940
1960
1970
1985 2000
図5ゲーテッド・コミュニティの数(出典:FOR雁∬AME碍G4)
聾
図4ゲーテッド・コミュニティの分布(出典:FOR7R硲5甜駅1α1)
家とまちなみ49 2004.3
19
註2:
接道義務は私道でも位置指
定道路なら許容されるが、
一般の通行の用に供される
ことが条件となるため、街
路を封鎖すると指定は難し
いことが予想される。
そもそも私が「リフレ岬」に少なからず興味
政に無償で権利移転される場合がほとんどで
を覚えたのは、タウン・セキュリティの究極
ある。公共施設の利用やアクセスを勘案した
の現象ともいうべきこの米国のゲーテッド・
開発許可上の行政指導や、建築基準法におけ
コミュニティ (gated community)に対する
る建物や居住者の安全性確保を目的とする接
研究関心を深めていたからに他ならない。ゲ
道義務によって、公道とせざるを得ないので
ーテッド・コミュニティとは、高い塀やフェ
ある註2。また、この“上地”は、街路の補修
ンスといった外壁でとり囲まれた住宅街区の
や固定資産税の負担といったその後の維持管
ことで、この街区への出入りは数配所のゲー
理を、住戸購買者に負荷することを回避する
トに限定され、当該コミュニティにおける居
ため、むしろデベロッパー側からすすんで行
住者やその訪問客以外は、ゲートやそれに配
政へ移管する場合も多い。こうして団地内の
備される警備員によって立入を拒否される
街路は公共物と帰す以上、第三者の侵入や通
(写真4)。
過交通を制限し、ましてやゲートを設置する
また、これはCIDの一形態であり、ゲート
ことは不可能となる。
の内側の街区内にはコモンとして街路や公園
次ぎに、「リフレ岬」には街路の他に共用空
の他、遊歩道、湖沼、丘陵、テニスコート、
間として公園があるが、この公園や広場など
プール、ゴルフコース等まで設けているもの
の集合住宅地に設けられる共用のスペースや
もある。
施設についてはどうか。これらはそもそも行
米国都市社会学者のプレータリー&スナイ
政によって造成されるか、街路と同様の理由
ダーの『FORTRESS AMERICA(アメリカ
で造成後にデベロッパーから行政に移管され
の要塞都市)』によれば、ゲーテッド・コミュ
るのがほとんどで、こうした公園は“提供公
ニティはライフスタイル型、威信型、保安圏
園”と呼称されるのである。また、こうして
型の3つに大別でき、とりわけ、セキュリテ
行政に帰属する公共物が集合住宅地内にある
ィを重視する保安圏型コミュニティが80年代
からこそ、これに通ずる街路を封鎖すること
後期から急増している。全米で今やゲーテッ
ができないともいえる。これは余談だが、共
ド・コミュニティは約2万カ所存在し、その
用部分が区分所有者に帰属する分譲マンショ
居住者数は800万人に達し、主要な大都市に
ンにおいても同様の現象が起こる。すなわち、
は軒並み存在し、また富裕層のみでなく中間
補助金の拠出(優良建築物補助事業等)や建
所得層にも手の届く、普遍的な居住形態とな
築規制の緩和(総合設計制度等)の代替とし
りつつある(図4、5)。
て、公開空地を設けることが義務づけられる
と第三者の侵入を拒むことができなくなるの
であり、この場合、オートロックも敷地全体
4.コモンの帰属
の進入口ではなく、建物の進入口にしか設け
ることができないのである。
20
この「リフレ岬」は、ゲーテッド・コミュ
以上のように、わが国の戸建て集合住宅地
ニティと異なり、物理的障壁を設けていない
においては、居住者が自宅の区画を所有する
し、外部からの第三者の侵入を拒むわけでも
他は、その前を通る街路も近くの公園に対し
ない。デベロッパーは米国の事象を知った上
ても所有権をもたず、それを直接に管理する
で、むしろ“囲い込む”ような風習がわが国
権限も有しないこととなる。このため、既存
では馴染まないと考えたようであるが、仮に
の公道や公園に面して自宅を建設する場合と
ゲーテッド・コミュニティの実現に思い至っ
比べても、その住宅以外の公道や公園の帰属
たとしても、それはたぶん不可能である。わ
先が行政であるという点では何ら変わりがな
が国でも分譲マンションではオートロックに
く、その意味では、緑豊かな共用スペースや
見られるように一般の出入りを遮断すること
施設を設けて開発された集合住宅地も単にそ
が普遍化しているのに、戸建て集合住宅地で
れが近くに存在するということに過ぎないの
は何故にそれが難しいのであろうか。
である。対照的に、米国で新規に開発される
まず、街路についてであるが、わが国では
CIDでは、コモンが居住者に明確に帰属して
「リフレ岬」に限らず集合住宅地内を通る幾筋
おり、よって、米国の定義でいうコモンはわ
もの街路をデベロッパーがつくっても、その
が国の戸建て集合住宅地には存在しないとさ
街路は住戸の購買者に譲渡されない。わが国
えいえる。米国の集合住宅の権利形態はわが
での“上地(譲地)”といわれる慣行により行
国と異なり多様であるが、特に新規に開発さ
家とまちなみ49 2004.3
れる集合住宅地はPUD(Planned Unit
が問題慰した公営住宅もオープンスペースが
Development)の権利形態をとって、街路や
所属不明の場所であるがために荒廃したよう
公園を含むコモンについては居住者を構成員
に、集合住宅地にある街路や公園などを、各
とするHOAの所有とする場合が多いのであ
個人とは別物の「お上」の所有物と捉えるこ
る。
とに問題がある。共用スペースなどが居住者
わが国では、このPUDにおけるHOAと制
限約款からなるCID体制を模して、1950年
たちの帰属となれば領域性を強く認識するこ
に建築協定制度が導入された。同制度は戸建
するための強力な執行機関が必要となる。米
て集合住宅地における居住者間での私的ルー
国の集合住宅地には、制限約款の厳格な執行
ルの共有を目的とするが、米国のPUDのよう
権限を有するHOAが存在し、コモンを含む
に居住者に帰属するコモンの存在は想定され
団地全体の価値を殿損することがないように、
ておらず、甚だ中途半端なものにとどまって
個々人の所有する戸建て住宅の利用権限を大
いる。
幅に制約している。わが国の建築協定では、
ととなるが、一方でその領域を居住者が管制
コモンが存在しないために、住宅地を管制す
るHOAに比すべき団体的意思決定機関の存
5.プライヴェティゼーション
(privatization)
在も予定されていない。自主的に、運営委員
会が自主的に設立されていても、「制限」の執
米国で新規に開発される集合住宅地では、
行も含めて権限がきわめて弱く、数において
PUDとしてコモンがHOAに帰属することは
先述のとおりだが、既存の集合住宅地でも
には遠く及ばない。
HOAが団地内の公道を行政から買い取るなど
「リフレ岬」においても建築協定は導入され
して、HOAの管制下におき、課税の減免につ
ているが、街路等が居住者に帰属するわけで
いて行政と折衝することがある。こうして私
はなく、強力な住民組織を擁するわけでもな
も、実際の有り様を見ても米国のHOA体制
有化された団地内の街路は、それが公道でし
い。よって、たとえばセキュリティ体制に関
かないわが国では困難な、曲がりくねった形
する警備会社との契約については、住民組織
状やクルドサックにすることのみならず、ゲ
でなく個々の居住者が当事者となる。分譲時
ート等で封鎖して第三者を締め出すことも可
の購入者に対してはデベロッパーから警備会
能となるのである。
社との契約が条件とされても、後の住戸転売
私は決して米国のゲーテッド・コミュニテ
時の購入者に対しては契約締結の担保はなさ
ィを称揚するものではないが、こうしたゲー
れない。したがって、居住者全員による保安
ト設置の原動力となるプライヴェティゼーシ
契約が前提となるセキュリティ体制そのもの
ョンに着目している。わが国ではプライヴェ
が将来的に瓦解する危険もはらんでいる註3。
註3:
ティゼーションとは「民営化」と訳されるこ
このようにわが国の集合住宅地には全体を住
とが多いが、英国やわが国で公的セクターの
民たちで管制する仕組みや意欲がない、すな
民営化として一般に用いられる意味合いとは
わちプライヴェティゼーションが無いために、
多分に異なり、公的セクターの少ない米国で
集合住宅地でのセキュリティ体制の構築は難
は政府に残っている業務遂行の改善の意義を
しいのである。
この打開策を挙げるとする
なら、区分所有法の利用が
ある。すなわち、共有部分
を管理する全員加入の管理
組合による拘束が可能であ
る。たとえば、良好な街並
みを保全した戸建て住宅地
として名高い披露山庭園住
有する。すなわち、プライヴェティゼーショ
宅地(本誌39号参照)で
ンとは「居住者による自主的な運営・管理」
へと業務遂行の主体を転換する意であり、『プ
は、区分所有法奪適用して、
6.「制限」を受容する社会
管理組合法人が設立されて
いる。
ライベートピア』でマッケンジーがその利点
は「責任と効率性」にあると指摘するように、
何度か触れたように『プライベートピア』
これまで幾多の失敗を犯してきた既存の公的
でマッケンジーはCID体制による私的政府の
政府に比べ、非合理な規制を強いることなく、
成立をユートピアの実現として称揚している
税金を無駄に投与しない効率的な運営を志向
わけではなく、むしろ政治学的観点からする
することなのである。
と、この現象が自由民主制の尺度からいかに
こうしたプライヴェティゼーションをわが
外れているのか検証し、それを非民主主義的、
国で阻むのは、他律的な「お上意識」であり、
かつ反自由主義的であると難じている。私は、
居住者自らによる管理や、管制を厭う意識で
このマッケンジーの批判には反論があり、特
ある。CPTEDの先鞭となったジェイコブス
に彼の指摘に対してもっとも違和感を覚える
家とまちなみ49 2004.3
21
のは、CIDにおいて個々人の権利が「制限」
したがって、都市型住民がイメージするコミ
に置き換えられ、その「制限」の目的が不動
ュニティとは、牧歌的で甘ったるい社会では
産価値の維持に限定されているとする箇所で
なく、CID体制と同様に公共目的のための
ある。
「制限」を受容する社会であることを認識すべ
人間は独りで生きることのできない社会的
きだと思うのである。
存在であるからこそ、集団生活を営むことが
わが国の集合住宅地では、絶対的な土地所
必然となるのであり、その集団生活において
有権が「制限」を受容することを阻み、未成
は各個人の権利や自由の絶対性が保証される
熟な中古市場が集合住宅の良好な維持管理と
わけではなく、社会的制約が予定されている。
いう目的の共有を困難にしているが、今後は
集合住宅地では、コモンを含む住宅地の良好
セキュリティが目的の共有化を促す可能性が
な維持という全体利益を目的として居住者に
ある。ただ、CPTEDやプレータリー&スナ
「制限」が課されるのであり、それが全体のセ
イダーが警告するように、ゲートやセキュリ
キュリティを確保して、騒音を防ぎ、周囲の
ティ設備などのハード面に対する過度な期待
静逸を維持することにより、個人の財産、居
は禁物である。設備設置のみでは防犯の効力
住に関わる権利をむしろ保護する役割を果た
はサステイナブルではない一過性であり、設
しているのである。
備に依存する居住者の油断をも招いてしまう。
プライヴェティゼーションは、コモンの
よって、大事なのは共通目的のために受容す
HOAへの帰属と居住者自らによる管制を前提
る「制限」の策定において、居住者が自ら持
とするが、その原動力は居住者たちが目的を
続的に「参加」して、それを常に見直すこと
共有することにある。たとえばゲーテッド・
にある。この「参加」は、“自由民主制に求め
コミュニティにもセキュリティという強い居
られる構成員の不断の努力”と同義であり、
住者の意志があり、それを目的としたゲート
都市型コミュニティもこうした最低限の「参
設置や警備員雇用にかかる費用の負担や、ゲ
加」を果たすことが必要なのであり、また、
ート設置による出入りの不自由さといった
それだけで十分なのである。
「制限」が受容されることとなる。つまり、私
物理的障壁が強調されるゲーテッド・コミ
はマッケンジーが批判する「制限」こそが、
ュニティは米国でも多くの批判に晒されてい
社会における不動産価値の維持を含む公共の
るが、これと異なり「リフレ岬」ではハード
利益をもたらす重要なファクターであると捉
への依存を最小限に抑えつつ、居住者自身に
えるのである。
よるウェブ・カメラでの持続的な“見守り”
ところで、ゲーテッド・コミュニティにつ
を前提としている意味で評価されよう。ハー
いて、プレータリー&スナイダーは、コミュ
ド設備の充実や強固な人間関係の構築よりも、
ニティを分断するものとして警鐘を鳴らして
持続する「参加」に基づき策定される「制限」
いるが、コミュニティとはそもそも何か。わ
の受容こそが、良好な居住環境の整備と安
が国でコミュニティという語感から思い浮か
全・安心な“まちづくり”につながると、私
べられるのは、多くの場合、緊密な人間同士
は信じている。
の結びつきであり、ベタベタした人間関係で
はないだろうか。それは職住が一体化し、生
活全般における相互依存を前提とする村落共
同体におけるゲマインシャフトであって、共
同で生産活動を行うわけでなく、職住が分離
し各々が別の仕事をもつ都市や郊外の住民に
は適合しない。所詮、緊密な人間関係を求め
る都市型住民におけるコミュニティ願望は、
村落共同体に対するノスタルジアであり、ベ
・Benjamin Barber,∫〃。η8 Dθ加ocrαcy’Pαπ∫cψα∫oりP
Po’漉。∫プbr o〈πθw A8ε, University of Cahfomia Press,
Bcrkeley,1984.
・Edward J. Blakely and Mary Gail Snyder, FOR刀∼石∬
AMER’C4」Gα’ε4 Co刑配αη薦θ∫∫η∫舵Uπ”843’αfθ5,
Brookings Ins口tution, Washington,1997.
・エヴァン・マッケンジー/竹井隆人ほか訳『プライベー
トピアー集合住宅による私的政府の誕生一』世界思想社
(2003年目
ンジャミン・バーバーが指摘する友誼関係に
・小出治監修「都市の防犯 一工学・心理学からのアプロ
頼った「偽のコミュニティ(pseudo−commu−
ーチー』北大路書房(2003年)
・竹井隆人『集合住宅による私的政府存立と自由民主制の
nity)」に変質しがちである。ただでさえ、多
種多様な人間が生活する場でもある都市では、
農村と同様に全体利益が共通する全員一致型
のコミュニティが直ちに成立するわけがない。
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【参考文献】
家とまちなみ49−2004.3
再考一米国の「プライベートピア」と都市政治の未来一』
「都市住宅学」No.43(2003年)