観光学研究 第 6 号 2007年 3 月 33 家族構造の変化と家族旅行 海外家族旅行における現在の潮流と展望 森 下 晶 美 1.はじめに(研究の背景と目的) 近年、海外旅行市場において、これまでのマーケットリーダーであった OL をはじめとした若年層 の旅行者は減少の傾向にあるが、それに代わって熟年層、ファミリー層の旅行者は徐々に増加して いる。 このうち、ファミリー層の旅行者の増加については、旅行代金の低価格化によって海外旅行がよ り一般化し、現実的なものとなったことが原因のひとつと えられるが、そこには、低価格化とい う単なる経済的な側面だけでなく、少子化に伴う家族構造の変化やそこから生まれた新しい家族観 も大きく影響していると えられる。 こうした家族の変化は、今後のレジャー行動にも大きな影響を及ぼすものと えられ、特に、企 画や購買の意思決定に際し同行者の影響が大きい旅行市場においては、これからの旅行の目的や形 態を大きく変化させる可能性を持っている。海外家族旅行は、 現在その数が海外旅行者数全体の 4 ∼ 5 %に過ぎず、マーケットとしては決してまだ大きいものとはいえない。しかし、それだけに新しい 変化の兆しが顕著に見えてきている。 そこで、現在、海外旅行におけるファミリー層の動向はどうなっているのかを明らかにし、今後 どういった傾向となっていくのかを展望したい。また、海外家族旅行を拡大させていく為に課題と なるものは何かを えてみたい。 2.海外家族旅行の現状 ⑴ 家族旅行の定義 まず、旅行マーケットでいう家族旅行を定義したい。家族旅行とは、狭義には子供を含めた同居 家族を中心とした家族、親類などで出掛ける旅行をいうが、国土 通省が2004年にまとめた長期家 族旅行国民推進会議報告書『「家族仕様」の旅文化を拓く』では、家族旅行を「一家族単位の旅行だ けでなく、複数の家族が共同で参加する旅行、家族単位での旅行が困難な児童・生徒、介助を要す る人、高齢者などが参加する地域コミュニティー単位の旅行などを幅広く含む」としている。 東洋大学国際地域学部;Faculty of Regional Development Studies, Toyo University 観光学研究 第 6 号 2007年 3 月 34 しかし、実際の旅行マーケットから見た海外家族旅行の想定は、「親+12歳未満の子供」で構成す る家族、つまり、航空運賃が小児(Child)や幼児(Infant)の範囲で利用できる子供を同行する旅 行を指すことが多い。旅行費用においてはその 通費が大きなウエイトを占めるため、それが小児 扱いかどうかによって旅行代金が大きく異なってくる。このため、12歳未満の子供を持つ親が「子 供代金で行けるうちに」と、他の層に比べ積極的に海外家族旅行を えているためである。 つまり、海外家族旅行とは、12歳未満の子供を含む家族および親類による海外旅行と えること ができる。 ⑵ ファミリー層の旅行者数の変化 海外旅行者数の調査は、多くが年齢、性別、社会的属性などのセグメントによって行われており、 誰と誰が旅行に行っているのかといった同行者の組み合わせを切り口とした正確な調査はあまり行 われていない。そこで、海外家族旅行者数を見る場合、構成の中心者(キーマン)は誰かを え、 その数や動向を見ていく必要がある。 家族旅行の定義をふまえると、まず、海外家族旅行の第一のキーマンは12歳未満の子供といえる。 また、日本旅行業協会(JATA)が2001年 6 月に行った『親子の絆と旅行』をテーマにした調査によ れば、家族旅行の主導権を握っているのは、息子しかいない家族では 親が44.5∼50.5%、娘のみの 家族では母親が40.2∼53.6%となっている。こうしたことから、家族旅行における第二のキーマンは 「 親」 、「母親」であることがわかる。 年齢、性別、社会的属性などのセグメントによる旅行者数の調査から、この「 を拾い出す為には、「 親」、「母親」層 親」、「母親」 をもう少し詳細にする必要がある。仮に子供の年齢を10歳とす ると、日本人の第一子出産年齢の平 は、2005年度で29.1歳(厚生労働省・人口動態統計年報より) となっており、そこから「母親」の年齢は39 ∼40歳となる。しかし、実際には第一子出産の30歳以 上の割合が54.4%であることから、10歳の子供の母親の実年齢はもう少し上の40歳±5 歳と えるこ とが出来る。このことから、12歳未満の子供を持つ「母親」像は概ね30歳代、40歳代の既婚女性の 動向を見ることで明らかになると えられる。 また、厚生労働省の「人口動態統計」によると平 なっていることから、「 夫妻年齢差は1994年で2.2歳、2004年で1.8歳と 親」像は、概ね「母親」の年齢+2 歳と えることができ、そこから同じ く30歳代、40歳代の男性層と えることが出来る。しかし、海外旅行者数において、この世代の 「 親」は、業務によるビジネス渡航者を相当数含むため、家族旅行の数を見るには適当なサンプルと はいえない。 日本旅行業協会が2001年 8 月に行った『シニア世代と旅行』の調査では、「祖 母+親+子供」と いう三世代の家族旅行の提案をする人は、中間の世代(親)が半数に近い47.6%で、中でも母親の提 案が25.6%ともっとも多くなっている。そのため、ここでは第二のキーマンを「母親」と え、その 動向を見ることとする。 「母親」世代の海外旅行者数を性別、年齢別に見ると、 1991年から2005年の子供世代と「 親」、 森下:家族構造の変化と家族旅行 次の表 1「子供世代と「 ―海外家族旅行における現在の潮流と展望― 35 親」、 「母親」世代の海外旅行者数と伸び率」のようになる。日本人の海外 旅行者数全体を見ると、1991年に1063万人だったものが、2005年には1740万人となっており、15年 で約1.64倍に増加している。しかし、これを「子供」世代と「母親」世代に限った海外旅行者数でみ ると、 「0∼9 歳」は1991年に男性11万人、女性10.8万人であったのが、2005年にはそれぞれ27.2万人、 25.7万人と約2.4倍も増加している。また、「母親」世代である女性の30歳代の伸び率も顕著で、1991 年に60.1万人であったものが2005年には162万人と約2.7倍になっている。こうした「子供」世代と 「母 親」世代の海外旅行者数の増加から、海外家族旅行が順調に増加していることがわかる。 表1 子供世代と「 親」、 「母親」世代の海外旅行者数と伸び率 (単位:万人) 1991年 1994年 1997年 2000年 2002年 2005年 1991年から 2005年の伸び率 1,063 1,358 1,680 1,782 1,652 1,740 164% 0∼ 9 歳 11.0 15.1 22.8 27.5 24.9 27.2 247% 10∼19 歳 24.0 30.9 39.3 41.3 39.6 36.0 150% 30∼39 歳 145.4 160.0 197.3 209.2 204.0 217.7 150% 40∼49 歳 170.0 180.4 210.0 188.5 181.9 215.3 127% 0∼ 9 歳 10.8 24.0 22.2 26.1 24.2 25.7 238% 10∼19 歳 30.3 39.8 49.8 54.4 46.7 45.7 151% 30∼39 歳 60.1 91.1 125.0 149.7 147.7 162.0 270% 40∼49 歳 56.4 76.0 91.2 89.9 80.2 93.7 166% 渡航者数全体 男 女 性 性 出典:国土 通省 合政策局(原資料は法務省)資料より作成 図1 世代別ハワイへの渡航者数 *既婚女性(母親世代)は30歳∼45歳の既婚者女性、既婚男性は30歳∼45歳の既婚男性、熟年層は45歳∼59 歳男 女を指す 出典:ツーリズムマーケティング研究所『JTB リポート』1989 年∼2006年度版より作成 観光学研究 第 6 号 2007年 3 月 36 また、もう少し詳しく海外家族旅行の伸びを見るために、家族旅行で 「行きたいデスティネーショ ン」の第一位となっているハワイへの渡航者数を見てみたい。図 1「ハワイへの渡航者数」の通り、 未婚の若年女性など他のセグメントが減少か横ばいなのに対し、30歳代∼40歳代の「母親」世代は 旅行者数が順調に増加しているのが かる。 ⑶ 海外旅行商品の低価格化と一般化 旅行会社が企画する海外旅行商品の低価格化が進んでいることはあらためて記述する必要もない が、個人の消費行動における海外旅行の位置づけの変化を費用面から見てみたい。図 2「ハワイの パッケージツアー代金と大卒初任給の変遷比較」は海外パッケージツアーのトップブランドである 『ルック JTB』のハワイのパッケージツアー代金の変遷と大卒初任給との比較である。ハワイのツ アーで最も典型的な「ホノルル 6 日間」を例に取ったものであるが、海外旅行が人々にとって、以 前の「憧れ」から現実的な「たまの楽しみ」へとより一般化したことが かる。 図2 ハワイのパッケージツアー代金と大卒初任給の変遷比較 出典:ルック JTB ハワイ方面上期パンフレット1976年度版∼2005年度版、厚生労働省賃金構造基本統計調査 1976年では、平 大卒初任給が 9 万4300円、ルック JTB の「ホノルル 6 日間」が最低価格で16万 1000円となっており、旅行代金は初任給の約1.7か月 となる。2004年の平 大卒初任給が19 万8300 円であることから比較すると、1976年当時は、「ホノルル 6 日間」 のツアーが現在の感覚で34万円く らいに相当する。しかし、2004年のルック JTB の同コースの最低価格は16万6000円で、平 任給の0.83ヶ月 となっており、対初任給で 大卒初 えると旅行代金は 1/2 以下になったといえる。 また、徐々に増える海外家族旅行を受けて、2000年あたりから、企画する旅行会社側も積極的に 海外家族旅行をひとつの大きなマーケットと えるようになった。特にハワイやミクロネシアの方 面で両親と子供の参加を想定した家族向けのパッケージツアーを企画し、子供の旅行代金を半額に する、子供の食事代を無料にするなどのプランが登場し、家族でも費用面で行きやすくなったこと 森下:家族構造の変化と家族旅行 ―海外家族旅行における現在の潮流と展望― 37 も影響している。 家族におけるレジャー費での位置づけはどうだろうか。 務省がまとめた『1 世帯当たり年間の品 目別支出金額,購入数量及び平 価格』で 1 世帯あたりの年間の教養娯楽サービス費(いわゆるレ ジャー費)をみると、2005年度で世帯主が30∼39 歳の世帯で20.3万円、40∼49 歳の世帯で24.7万円と なっている。また、電通リサーチが2006年 6 ∼ 7 月に行った『2006年の夏休みについて』のアンケー ト調査では、 親、母親世代である有職者の30∼40歳代の夏休みの平 予算額は13.7万円という結果 が出ている。 次に挙げる 夏休みのファミリー向け企画例> は、ハワイ旅行に両親と子供 1 人で出掛けた場合 の 3 名の費用をまとめたものであるが、親子 3 名で出掛けても旅行代金の合計は27万円である。こ の金額であれば、1 世帯の年間のレジャー費や夏休みの予算額と比較しても、毎年の海外旅行とはい かないまでも、家族揃っての海外旅行が現実的で身近なものになったことが かる。 夏休みのファミリー向け企画例> ルック JTB『マイセレクト・ホノルル5』5日間 2006年7月出発 オハナ・ワイキキ・ウエストホテル利用(部屋指定なし/3 名 1 室)の場合 航空会社指定なし/夕食 1 回付 旅行代金 大人 1 名 108,000円 子供(2 歳以上12歳未満)54,000円 両親+小学生の子供1人で参加の場合の合計旅行代金 108,000円×2名+54,000円=270,000円 3.旅行における家族構成と家族観の変化 海外家族旅行の増加の原因は、旅行費用が低価格化したことよるものだけではない。家族旅行は、 家族が揃って行うレジャー活動の為、そこには様々な家族構成や家族観、家族の価値観が大きく影 響する。特に近年の核家族化や少子化という家族構成の変化は、徐々に家族の価値観やレジャー観 をも変化させ、家族旅行の新しい形態や目的を出現させた。こうした変化を見逃すことはできない。 ⑴ 典型的家族像の崩壊とレジャー費用の増加 日本人女性の合計特殊出生率は1975年に2.0人を下回って以来、これまで連続して 2 人を上回ったこ とはなく、2005年度では1.25人となっている。また、国勢調査から見る 1 世帯あたりの平 家族人数 は2000年度では2.67人であったのが、2005年度の調査では2.55人と核家族化が一層進んでいる。従っ て、日本の典型的な家族像である「両親+子供 2 人」という家族構成は、もはや成り立たっていな いことがあらためて かる。 しかし、こうした少子化や核家族化の進展は、1 回に掛けられる 1 人あたりのレジャー費用が増大 することにもつながり、家族旅行も国内旅行に止まらず、海外旅行も視野に入ってくるようになっ たものと えられる。 表 2「1 世帯あたりの年間のレジャー費用の変化」は、1 世帯あたりの年間レジャー関連支出と 1 世帯の平 家族人数の変化を見たものである。1980年では 1 世帯あたりの平 レジャー関連支出が 観光学研究 第 6 号 2007年 3 月 38 61.2万円となっており、これを 1 世帯の平 家族人数3.22人で割ると、1 人あたりのレジャー関連支 出は 1 年間に約19 万円、旅行支出だけをとっても 1 人あたり約2.2万円となる。しかし、2005年では 1 世帯あたりの平 レジャー関連支出は81.4万円となっており、平 家族人数は2.55人で割ると、 1人 あたりのレジャー関連支出は年間約31.9 万円、旅行支出は5.2万円となる。1980年から2005年の25年 間で 1 世帯あたりの年間レジャー費用の増加は1.3倍に止まるが、これを 1 人当たりの支出で見てみ るとその額は2.36倍にも増えていることが かる。 表2 1 世帯あたりの年間のレジャー費用の変化 1980年 1990年 2000年 2005年 ¥105,463 ¥153,644 ¥161,736 ¥152,960 ¥26,610 ¥38,500 ¥40,992 ¥35,843 教養娯楽 ¥132,390 ¥190,085 ¥208,700 ¥209,334 スポーツ ¥16,498 ¥31,230 ¥33,667 ¥30,230 旅行 ¥71,350 ¥133,141 ¥146,216 ¥132,815 その他 ¥259,477 ¥363,411 ¥291,568 ¥253,180 レジャー関連支出合計 ¥611,788 ¥910,011 ¥822,879 ¥814,362 一人当たりのレジャー関連支出 ¥189,996 ¥304,352 ¥308,194 ¥319,358 ¥22,158 ¥44,529 ¥54,763 ¥52,084 2.67 2.55 一般外食 耐久消費財 一人当たりの旅行支出 1 世帯あたりの平 家族人数(人) 3.22 2.99 こづかい、つきあい費など TV、カメラ、パソコンなど 出典:自由時間デザイン協会『レジャー白書』 (原資料は 務省「家計調査」 )より作成 ⑵ 一つ屋根に暮らさない“新しい大家族” 家族旅行の一形態として、祖 母も加えた三世代旅行(祖 母+親+子供による旅行)があるが、 前述の『シニア世代と旅行』の調査では、調査した382人中303人、ほぼ 8 割が三世代旅行の経験が あると答えている。 しかし、2004年 7 ∼ 9 月に20歳代∼40歳代の成人女性60名を対象に、独自に行った『女性の旅行 マーケット』関するアンケート調査では、旅行の同行者に関する質問で、既婚で子供を持つ「母親」 世代の回答に、これまでの三世代ではない大家族旅行の形態が数多く出現している。 例えば、「母親」世代を本人とすると、“本人+親+祖 “本人+親+親の兄弟(本人の叔 母”、“本人+本人の兄弟+本人の子供” 、 叔母)”、“本人+本人の親+配偶者の親”などの同行者の組み合 わせが存在する(表 3 「既婚女性から見た旅行の同行者」)。これらの組み合わせは、これまでの家族 旅行の概念からはあまり えられない想定外のパターンである。 こうした「両親+子供」でもいわゆる三世代でもない家族旅行が出現した背景には、ひとつには 30歳代∼40歳代(いわゆる「母親」世代)の未婚者の増加が挙げられる。いつまでも家族の中の“子 供”に位置することで、30歳代∼40歳代から見たその親と祖 る。この世代の祖 母といった三世代旅行が成立してい 母という元気な高齢者の増加もその要因となっている。 森下:家族構造の変化と家族旅行 ―海外家族旅行における現在の潮流と展望― 39 また、同居・別居の枠を超えた家族の捉え方、つまり、家族観の変化があると えられる。 「 親」 、 「母親」世代について言えば、結婚後、親と同居はしないものの近接住居を構えるいわゆる近居が 都市部を中心に増えている。近居は、同居家族より接する回数は減る一方でコミュニケーションの 密度は反って高くなり、楽しい側面だけを一緒に行動するいわゆる“恋人状態”を維持することが できる。これにより、買い物などはもちろん、 生日や記念日のお祝いといったイベントとして、 外食をはじめとしたレジャーを共にする機会も同居家族よりもかえって頻度が高くなっていると えられる。 これまでは、「 親」、「母親」世代である本人が結婚し子供が 生することで、その親は「子供の おじいちゃん、おばあちゃん」になり、その兄弟は「子供のおじさん、おばさん」となったが、近 居による程よいコミュニケーション密度は、いつまでも「 親」、「母親」世代からみた「親子」 、 「兄 弟」状態を継続させ、その結果、こうした“新しい大家族”を生み出すこととなったと えること ができる。 表3 既婚女性から見た旅行の同行者 【ワーキングマザー】既婚・有職・子供あり 典型例 想定外例 同行者 旅行先、旅行目的 配偶者+子供 観光、レジャー 子供のみ レジャー 友人家族+子供 観光、レジャー 母親のみ 観光 友人 温泉 配偶者 観光 配偶者 温泉、観光、スキー 母親 温泉、観光 友人 観光(食べ歩き、エステ) 一人 温泉 両親+祖 母+兄夫婦 温泉 母親+兄弟 温泉 配偶者+子供 温泉、観光 両親+配偶者+子供 温泉 子供+友人+友人の子供 観光 姉家族+子供 レジャー 配偶者 観光 友人 レジャー 【DINKS】既婚・有職・子供なし 典型例 想定外例 【専業主婦】既婚・無職 ・子供あり 典型例 想定外例 パートタイム労働者を含む 出典:2004年 7∼9 月『女性の旅行マーケット』関するアンケート調査より 観光学研究 第 6 号 2007年 3 月 40 ⑶ 拡大する母娘消費 様々な消費場面において「母娘」が有望なマーケットとなっていることは既に知られており、百 貨店や専門店でのショッピング、国内旅行などは特にこの傾向が顕著に現れている。旅行市場でも JTB の京都方面のパッケージツアーなどでは、「母娘」で参加の場合、宿泊費用の割引やお土産品の プレゼントなどといった特典を設けて、母娘の取り込みを積極的に行っている。 また、前述の『親子の絆と旅行』のアンケート調査でも、成人した女性が 1 年間に行く家族旅行 回数は平 2.07回、その約半 が母親との旅行であるとの結果が出ている。つまり 1 年に一度は母娘 旅行をしていることになるが、前述の表「既婚女性から見た旅行の同行者」から見ると、それは独 身の娘に止まらず、既婚の娘の母娘旅行も出現しており、ここにも“新しい大家族”現象が現れて いることが ⑷ かる。 家族旅行の目的の多様化 社会制度の整備や価値観の変化に伴い、結婚、出産後もフルタイムで仕事を続けるいわゆるワー キングマザーが増加している。その結果、旅行の目的を子供と過ごす時間の少なさの埋め合わせと える母親も多い。前述の『女性の旅行マーケット』関するアンケート調査のインタビューでも、 旅行の目的について「子供と過ごす時間が少ない 、時間の取れる時には旅行などで密度の濃い時 間を過ごしたい」 、「そのためには費用は多少掛かってもよい」という回答が見られた。つまり、フ ルタイムで働くワーキングマザーの増加は、時間的、金銭的にレジャーに対する価値観を変化させ、 これまでのような 親だけ、または母親のパートタイム労働で家計を支える家 に比べ、レジャー 行動に対して違う意味や価値観を持つようになったといえる。 また、 “新しい大家族”による家族旅行に見られるように、家族旅行が家族の記念日や家 イベントとして の定例 えられるようになることで、これまで、単なる子供を中心とした行楽目的であっ た家族旅行は、時に「還暦のお祝い」になり、時に「 の日や母の日のプレゼント」なり、時に「毎 年恒例の夏休み旅行」になるなど様々な目的を持つようになった。こうした家族旅行は、その目的 に応じて“旅行の主役”が変わり、必ずしも子供が主役とはならないため、これまでの典型的な家 族を想定した子供向けの旅行内容では対処しきれなくなってきているといえる。 さらに、フルタイムで働く母親の増加と“新しい大家族”の出現は、消費行動において本当の意 味での 6 ポケッツを実現させた。これまでは 6 ポケッツといっても実際は 親と 方、母方の祖 母という 5 ポケッツであったが、フルタイムで働く母親はもうひとつのポケットを生み出し、完全 な 6 ポケッツとなった。これはレジャー費にも大きく影響しているものと ⑸ えられる。 家族観の変化の背景 こうした家族観の変化の背景には、少子化や核家族化、女性の社会進出がある。少子化は、子供 が少ない 、一人の子供と親との密度の濃い関係を生み出し、近居の増加や永遠の親子関係を促進 させた。また、近居の核家族化は程よい家族の距離感を生み出し、少子化と相まって“新しい大家 森下:家族構造の変化と家族旅行 ―海外家族旅行における現在の潮流と展望― 41 族”という形態を出現させたといえる。 さらに、女性の社会進出による家計における収入の増加とそれに反比例した家族の時間の減少は、 レジャー費に対する え方にも影響し、 「家族(子供)と一緒に過ごす時間の為には費用が多少掛かっ てもよい」という母親の価値観を生んだものと思われる。 また、海外家族旅行の増加に関しては、この「母親」世代である30歳代∼40歳代の影響が少なく ないが、この世代は自身が学生や OL 時代から海外旅行を複数回経験しているため、海外旅行に対し ての抵抗感が少ない。そのため、子供や年配者を同行しての海外家族旅行についても、極端な特別 視や抵抗感がないことも影響しているものと思われる。 4.国内旅行における家族旅行の課題と海外家族旅行への示唆 こうした家族の変化に対応し、海外家族旅行マーケットを拡大させていく為にはどんなことが必 要となるだろうか。海外旅行よりも既に広く一般化している国内の家族旅行からその課題を えて みたい。 国土 通省が2004年 6 月に発表した長期家族旅行国民推進会議報告書『「家族仕様」の旅文化を拓 く』の中では、国内の家族旅行の拡大を図るため、次に挙げる10の提言をまとめている。 ・有給休暇を取得しやすくする ・学 等の裁量を活かし学 ・休暇時期の 休業の多様化と柔軟化を進める 散化を促進する ・「家族仕様」の価格設定を普及する ・割安なメニューの導入を図り価格帯の選択の幅を広げる ・家族向けの多様な地域プログラムを整備する ・「家族仕様」の施設の整備・普及を図る ・家族旅行向けの情報提供を充実する ・企業、労組、学 、地域などの連携・協力を推進する ・家族旅行普及・促進のための民間主導の推進体制を構築する つまり、国内旅行における現状の課題は、大きく けて、①制度的、慣習的に休暇を取りやすく すること、②リーズナブルな価格設定を行うこと、③家族向けの施設やプログラム、情報の拡充を 図ること、であるといえる。こうした国内旅行への提言は、ほとんどが国内の受け入れ側(サプラ イヤー)や企業、学 の制度に対して行われているものである。海外家族旅行を える場合、むし ろ海外の方が整備や体制が進んでいる場合も多い。しかし、いくつかの点でこれからの海外家族旅 行にも共通して示唆するものがある。 観光学研究 第 6 号 2007年 3 月 42 ⑴ 休暇の取得に関する課題 まず、第一点には休暇に関する課題である。ワイキキを訪れた家族旅行者に対し2000年 2 月、独 自に現地インタビュー調査を行ったところ、“ で数多く見られた。これは、そのほとんどが 親抜きの家族旅行”という旅行者が特に三世代旅行 親の休暇が取れないため、母方の祖 母+母親+子 供という三世代旅行になっていたものである。 海外旅行の場合、国内旅行よりも旅行日数を必要とするため、旅行者はある程度まとまった休暇 が必要である。しかし、経済産業省、国土 通省、(財)自由時間デザイン協会が2002年に出した 『休 暇制度のあり方と経済社会への影響に関する調査研究委員会報告書』では、有職者に対し休暇の取 得状況を調査ところ、「4 日以上連続が 1 度も取れない」が31%、「4 日以上 1 週間未満」が41%、「1 週間以上が23%」となっており、勤労者の約 7 割が 1 週間以上の休みが取れておらず、そのうち約 3 割は 4 日未満という状況にある。 典型的なハワイ旅行で最低 5 ∼ 6 日、グアム・サイパン旅行などでも 3 ∼ 4 日は必要なことを えると、家族揃っての海外家族旅行を実現させる為には、こうした勤労者の休暇を取りやすくする ことが 1 つの大きな課題といえる。2002年の日本人の有給休暇の平 が18日で、その日数が十 な ものであるかはここでは取り上げないが、有休を利用し海外旅行に出掛けることは、制度上は十 に可能である。しかし、実際の取得日数は 8.9 日で休暇そのものの取得はもとより、何よりも連続し た休暇が取りづらい傾向にある。量的に休暇を取りやすくするだけではなく、連続した 1 週間程度 の休暇を取りやすくするなど、制度や慣習を含めた休暇取得の質も向上させる必要があるだろう。 特に海外家族旅行においては、休暇の問題は最も重要な課題といえる。 ⑵ 旅行費用に関する課題 家族旅行においては参加人数が多くなるだけに、特に費用の負担は大きい。海外旅行であればな おさら費用の問題は阻害要因となる。前述のようにハワイなどのパッケージツアーにおいては「子 供代金半額」などの価格設定が既に実施されているが、家族旅行の形態が多様化し、三世代旅行や “新しい大家族”旅行が出現してくると、子供だけが半額でも同行者の形態によってはあまり魅力 のあるものとはならない。こうした多様な家族旅行を取り込んでいくためには、 「65歳以上」、 「同行 者の人数」などにより、様々な割引などを用意することが必要だろう。 ⑶ 多彩なプランの必要性 家族向けのプログラムの多様性ついては、ハワイを始めとした欧米のサプライヤーの方が進んで いる点が多い。ハワイのホテルでは“キッズプログラム”と呼ばれる子供だけで参加できる体験学 習やツアーが数多く用意されており、プログラム参加中は大人にとってはショッピングなど別の楽 しみ方ができる。また、ホテル内のレストランでは「子供は無料」などのサービスを行うところも 少なくない。 しかし、旅行費用に関しても述べたように、家族旅行の多様化は、子供向けのプログラムを用意 森下:家族構造の変化と家族旅行 するだけでは十 ―海外家族旅行における現在の潮流と展望― な対応ができなくなっている。祖 43 母世代や親世代、子供世代がそれぞれに、ま た、一緒に楽しめる多彩なプランが必要である。それは、ホテルのプログラムに依存するだけでな く、観光バスやレストラン、旅行会社など、家族旅行に携わるあらゆる業種が家族の多様性に対応 できるプランを えることも課題のひとつといえるだろう。 5.まとめ(海外旅行における家族旅行のこれから) 少子化や核家族化に伴う家族構成の変化や未婚者の増加は、新しい家族観を生み、 “新しい大家族” を出現させた。また、こうした“新しい大家族”の出現やワーキングマザーの増加は、家族旅行に 「家族の記念日」や「家族と過ごす少ない時間の埋め合わせ」といった新たな旅行目的を生み出し た。 こうした現象は今後も広がっていくものと えられるが、日本人のレジャー行動全体から見ると、 海外家族旅行はまだまだ数少ない。その中で海外家族旅行市場をさらに拡大していくには、休暇の 制度や慣習の問題、旅行費用の問題、家族が楽しめるプランの問題など、抱える課題も多い。また、 商品企画の点から えると、言葉、治安の問題から海外のすべてのデスティネーションが家族旅行 の対象となるわけではないし、海外の受け入れ側も家族旅行という形態を必ずしも手放しに歓迎す るところばかりではない。 しかし、格差社会といわれる中、ワーキングプアが生まれる一方で、経済力のある世帯も多い。 社会現象としての家族の変化を捉え、それに応えることで、海外家族旅行市場は一層拡大できる大 きな可能性を持っている。 参 文献> (1 ) 長期家族旅行国民推進会議報告書『 「家族仕様」の旅文化を拓く』国土 通省 2004年 http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha04/01/010616-3/03.pdf (2 ) 『JTB リポート』ツーリズムマーケティング研究所 1989 年∼2006年度版 (3 ) 『2006年の夏休みについて』電通リサーチ 2006年 http://www.dentsuresearch.co.jp/topics/pdf/2006-08-vacation.pdf (4 ) 『レジャー白書』2006年度版 自由時間デザイン協会 2006年 (5 ) 『シニア世代と旅行』アンケート調査 日本旅行業協会 2001年 http://www.jata-net.or.jp/tokei/anq/010910monita/index.htm (6 ) 『親子の絆と旅行』アンケート調査 日本旅行業協会 2001年 http://www.jata-net.or.jp/tokei/anq/010709kizuna/index.htm (7 ) 休暇制度のあり方と経済社会への影響に関する調査研究委員会報告書『休暇改革は「コロンブスの卵」』経 済産業省、国土 通省、(財)自由時間デザイン協会 2002年 http://www.mlit.go.jp/kisha/kisha02/01/010607-2/010607-2-2.pdf
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