五そ 月女ケイ子氏

FGひろば144号
クリエイターズ・アイ
Web Special Version
そ
お
と
め
イラストレーター
五月女ケイ子氏
1974年、山口県生まれ。一度見たら忘れられない強烈な個性を
放つレトロ&シュールなイラストが人気の異才イラストレーター。イ
ラストだけでなく、
『淑女のエチケット』
『愛・バカ博』など、著作にお
ける唯一無二のギャグセンスも高く評価され、既成概念にとらわれ
ない奔放なスタイルで、
コラムニストや映像ディレクター、
タレントと
してもマルチに活躍中。
脱力もいいけれど、全力投球が大好き。
イラストを通じて伝えたいものがあるから。
んですね。脱力だけでは単なる緩い絵になってしまうかもし
どちらも大切、脱力と緊張。集中力や精神力は、
スポーツ選手やサムライを見習って
れない。
そこに、
どこかキリッとした気持ちも入っているから、
あんなふうに、少年も少女も淑女もおじさんも、古事記に出て
編 このコーナーで女性クリエイターの方が登場するのは、
た
くる神様たちでさえも、緩いのに、強烈な何かを訴えかけてく
またま今回が初めてなんです。
しかも30代というのはこれま
るんでしょうね。
での最年少。
だからどうだ、
ということもないんですが(笑)、
五月女 脱力もいいけれど、私、全力投球って好きなんです。
初登場“若手・女性クリエイター”の視点から、
いろいろお話
昔の『たのきんトリオ』みたいな
(笑)。
いまは全力投球なんて
しいただけたらと思います。
誰も言わないし、
がんばらない方がかっこいいみたいな時代
五月女 バックナンバーを拝見したら、大御所の方ばかりで何
じゃないですか。
でも、
がんばるのって実はとても楽しいし気
だか緊張しちゃいますが、
よろしくお願いします。
持ちいいし、全力投球すれば、
その分、返ってくるものがたく
編 五月女さんのイラストは、
ひとことで言えば、
とにかくインパ
さんありますから。
クトですよね。
インパクトと言うと、過激なものを想像する人も
編 脱力系というより、
体育会系って感じですね(笑)。
いるかと思いますが、五月女さんの場合、むしろどこか平和
五月女 スポーツ選手とかも大好きです。
で、つい力が抜けてしまう、
それでいて一目見たら脳に焼き
編 確かにスポーツも、
脱力と緊張のバランスですよね。
ついてしまうような不思議な力があります。実際、
「脱力とイン
五月女 全力とか、集中とか、精神とか、
そういうのが好きなん
パクトの共存」
などと評する人もいますが、
そういう言われ方
です。
だからサムライとかも好き
(笑)。
は、描いているご本人からすると、
どうなんですか?
編 サムライ?スポーツ選手はともかく、
イラストのタッチから、
五月女 うまく言い当てているのかな、
と思いますね。仕事に
さすがに武士までは想像できませんが。
よっていろいろですが、基本は「脱力」
しながら、
でも結構が
五月女 あと、修行とかも好きかもしれない(笑)。
コツコツ辛
んばって描いているんですよ、
こう見えて
(笑)。脱力と緊張、
いことを積み重ねていくような。
だから、無心でイラストを描い
どっちもあるという感じですね。
ているときなんか、
自分ではスポーツ選手みたいに集中して、
編 五月女さんの絵は、
いわゆる
「ヘタうま」
とは何かが違うと
修行みたいな精神で取り組んでいるつもりなんですが、出来
思うのですが、脱力と緊張という力のバランスがあるからな
上がったイラストを見ると、
あれ?トップアスリートは凄いこと
1
FGひろば144号/CREATOR'S EYE 五月女ケイ子氏 ロング・インタビュー
ものを指している形にしよう」
と、微妙なラインにもこだわっ
をやっているのに、
なんだ私はこんなもの描いていたのかと
て。
もう、涙目ぐらいになって
(笑)。
(笑)。
でも、せめて精神だけは気持ちだけは、
スポーツ選手
やサムライを見習って、尊敬して、
いつでも全力投球している
編 脳から大量のハッピーホルモンが出ちゃっているんじゃな
んです。
いですか?
五月女 もうグワーっと出てるでしょう
(笑)。
それで描き終わっ
不完全燃焼の新人時代。遊び半分の仕事から、
突然、予想もしない未知の自分に出会った
て冷静に見てみると、凄くくだらない(笑)。
くだらないことを形
編 全力投球と言えば、
ある下着メーカーのサイトで、
いろい
てしまう。
そういうところはありますね。
ろなアーティストが、
イラストや写真、
CGなどによって自由に
編 イラストレーターになったばかりの頃から、
そうだったんで
パンツに絵をつけて、実際にそのパンツを販売するという企
すか?
画がありましたよね。
いまも販売しているようですが、
そこで五
五月女 いや、
それが最初の頃は、
自分の気持ちを込められる
月女さんの作品を見つけたとき、
あまりのユニークさに、思わ
ような仕事は、ほとんど来なかったんです。文章の添え物み
ず笑ってしまいました。
あの発想、強烈なインパクトは、並み
たいなもの、
その場をちょこっと彩るもの、単なる線でいいよう
居るアーティストの中でも突出していたと思います。
なところがあって、50%ぐらいの力で済んでしまうんですね。
五月女 ありがとうございます。出来上がったパンツの実物
イラストで何かを伝えたいのに、伝える必要がない。何だかモ
を、
まだ見たことないんですが(笑)。
ヤモヤして、描いていても、
あまり楽しくありませんでした。
編 少年と少女が左右から、
中央あたり、つまり股間のあたり
編 では、
イラストのタッチもいまのようなインパクトはなかった
を指差している。
その股間部分はピカーっと発光し、二人の
わけですか。
瞳も希望の光に溢れている。
そこに、
「 大切」
という書き文字
五月女 いまとは違いましたね。指示通り、挿絵的なものを、
がドーンと入っているわけですから、
そうかそんなに大切なの
ただ何となく描いている感じでしたから。
かと納得せずにはいられません(笑)。おシャレにとか可愛く
編 それが、
いつ頃から、
これほど個性的なタッチに変わって
とかじゃなく、
パンツの役割、
スペックをそのまま、変に力まず
いったんでしょうか。
ご自身のいつものスタイルで表現していることが、直球の“ド
五月女 全力投球できない、
する必要もない状況で、何だか
真ん中”勝負で、痛快ですね。
たかがパンツのデザインに、
こ
やりがいが感じられなくなっていたその頃、
たまたま結婚した
こまで愛を込められるアーティストも珍しい
(笑)。
んです。24歳だったかな。
それで、主婦になって料理つくった
五月女 描いているときは、真剣そのものなんです。
「 本当に
りして、少し仕事から遠ざかっていたんですね。
そんなとき、
大切なモノなんだ!すっごい大切なんだから!」
って心の中で
たまたま知り合いから、遊び半分みたいな仕事で『徹子の部
念じながら
(笑)。子供たちの指先にその念を込めて
「大切な
屋』
の他の部屋はどうなっているのか全貌をイラストにしてみ
にするときほど、
もの凄い真剣にやってしまう、気持ちを込め
BODY WILD コラボレーション女子用パンツ
著書『淑女の身の上相談』
2010 年 4 月 23 日発売
2
FGひろば144号/CREATOR'S EYE 五月女ケイ子氏 ロング・インタビュー
ないかと声をかけられ、少年マガジンなどの巻頭ページで見
かけるようなパノラマ図解にしてみたんです。黒柳さんが“付け
鼻" を保管しておく部屋があったり
(笑)
。
なぜだか野犬が檻に
閉じ込められている部屋があったり。
一生懸命イメージを膨ら
ませ、
オドロオドロしいようなタッチで、
いろいろな部屋を夢中
で描き込んでいきました。
それが自分でも楽しくて楽しくて。
編 以前、
添え物的な軽いイラストを頼まれていたときには
50%ぐらいしか出せなかった力を100%出し切って。
五月女 100%以上ですね。120%も130%も出さないと描
けないぐらいのイラストでした。
でも、大変だからこそ、楽しい
んです。
編 そういったナンセンスでオドロオドロしいような表現という
のは、
それまでの挿絵的な仕事では発表する機会がなかっ
ただけで、
もともと自分の中にあった世界なんですか?
五月女 まったくない世界です。
『徹子の部屋』
のパロディーを
やったことによって、突然湧き上がってきたものでした。
自分
のまったく知らない世界を、
そのとき初めて知った、
という感
じですね。
あの遊び半分の仕事に出会っていなかったら、
い
まの自分はなかったかもしれません。
編 確かに、
そういう不思議な縁、運命的な出会いというのは
五月女 なぜだか、80年代にリアルタイムで放送されていた
ありますよね。
その
『徹子の部屋』
のパロディーは、結果的にど
子供番組より、
ちょっと前の古い世代のものに興味があった
うだったんですか?
んですよ。中学までは山口県で育ったから、放送局の数が
五月女 思いのほか好評で、
その後少しずつ、同じようなタッ
少なくてあまり新しい番組を見ることができなかったですし。
チの仕事が入ってくるようになりました。
自分も楽しめて、
し
あっ、山口県のせいじゃなくて、我が家だけの問題かな?アン
かも他の人も喜んでくれるというのが嬉しかったですね。
テナがおかしくて、
よく映らない局がありましたから
(笑)。
120%の気持ちを込めて描き上げていくのは、毎回とても大
編 なるほど、
やはり古いものに惹かれる資質は小さい頃から
変なんですけど、
その大変さがいいんです。がんばるのって
あったわけですね。
やっぱりいいなあと。
五月女 古いものは、好きですね、
いまでも。私、印刷物って大
編 さすがは修行好き、
ですね(笑)。
好きなんですよ。
とくに、古い印刷物が。
編 そんなはっきり
「印刷物が大好き」
なんて言っていただく
印刷物が大好き。
とくに、版ズレにさえ味わいが
ある、わざとらしい色彩の古い印刷物が
と、嬉しいですね。FGひろばの読者も喜ぶと思いますよ。印
編 それにしても、
どうして突然、
シュールでレトロなイラストの
五月女 絵や写真、文字が、一つのカタチ、物になって残る
世界が現われたんでしょう。
じゃないですか。
お気に入りの図鑑とか絵本とか、
パラパラめ
五月女 自分でも、
なぜだろうって、ずっと考えてきたんです
くって眺めるのはとても楽しいし、
自分のイラストや文章が印
刷物のどこがお好きなんですか?
が、
よくわからないんです。
刷されて本とか、絵はがきとかノートかのグッズになると、
やっ
編 五月女さん独特の
「昭和」
な雰囲気は、
どうも30代の女性
ぱりとても嬉しいです。
の発想ではないような気がするんですが。普通はもう少し上
編 古い印刷物が好きというのは?
の世代ですよね。古きよき昭和というと。
五月女 独特な色合いがありますよね。
どぎついと言います
五月女 古いものは、昔から好きでした。
ウルトラマンの絵本
か、
わざとらしいと言いますか。昔の技術だから、
自然とどぎつ
とかを集めたり。
くなっちゃうんですかね。技術的には現在の方がずっと品質
編 ウルトラマン?かなり時代が違いますが。
がいいんでしょうが、品質が悪くても、
それがいい味になるっ
五月女 テレビで再放送を見ていたんだと思います。
その他に
ていうことがあると思うんです。
チープな感じが、かえって雰
も
『巨人の星』
とか、
『太陽にほえろ』
だとか。
囲気がいいということも。
編『巨人の星』
に
『太陽にほえろ』?!
編 確かに、
いまの印刷技術は非常に高度ですから、
あえて
思いっきり“花の70年
代”じゃないですか!
チープな感じというのは難しいかもしれません。
3
FGひろば144号/CREATOR'S EYE 五月女ケイ子氏 ロング・インタビュー
舞台『男子はだまってなさいヨ!全員集合!』
フライヤー・出演
「宇宙戦争」DVD パッケージ
五月女 昔の古本を買うと、堂々と版ズレしてたりして
(笑)。
はあえて普通の、
できるだけフラットにニュートラルに見える書
私、
そいうの好きなんです。
体でいいと。
デザイナーは、
やりがいがないかもしれませんけど
(笑)。
シンプルで味わいのある昔の印刷物が好きなので、
ど
編 いまなら大クレームでしょう。
でも昔は版ズレしていても何
うも、整然とつくり込まれた最近のフォントは苦手なんです。
となく許された。
おおらかな時代だったんですね。
五月女 実際、私が小さい頃に買った動物図鑑なんかは、み
熟成された過去の記憶を引き出してゆく。
アイデアの醗酵が、イラストの味わいに
ごとに全ページが版ズレしていて、
どんな動物なんだかワケ
がわかりませんでした
(笑)。
編 全ページということは、
赤と青のセロハンが貼ってある付
編 もちろんテレビや映画の影響も多分にあるんでしょうが、
録のメガネを掛けて見ると立体になるとか?
五月女さんの場合、幼少の頃に“印刷物”から受けた影響が
五月女 違います、違います。単なる普通の版ズレです
(笑)。
かなり大きかったのではないでしょうか。確かに印刷物には、
だけど、
それがとてもいい感じなんです。
子供の感性を刺激する力がありますよね。
編 印刷会社の人は、
褒められているんだか何だか、
どう反応
五月女 そう思います。小さい頃に見た図鑑の絵などで、
いま
していいのか困ってしまいますね(笑)。
でも鮮明に覚えているものがたくさんあります。
とくに、怖いも
五月女 絵柄のチープな感じだけじゃなく、
フォントも昔のもの
のや変なものは、
なぜかはっきりと覚えていますね。
が好きなんです。最近のものは整いすぎていて、
ちょっときれ
編 子供用の図鑑で怖いものなんてあったんですか?
いすぎると言いますか。私は、
できれば古い印刷物みたいに
五月女 動物図鑑に、
キリンがハトを食べている衝撃的な写
味のある明朝やゴシックを使いたいんですが、
なかなか当て
真が載っていたんです。説明文に
「キリンもたまにハトを食べ
はまるものがありません。
フォントのニュアンスによって、気持
る」
って
(笑)。
ちの伝わり方も違ってくるので、
ネタ本やエッセイなど、文章
編 いつもじゃなくて、
たまに?たまに食べるものなら、ハト以
入りの本を出すときはかなり気を使いますね。
外にもたくさんあるだろうに
(笑)。
編 喋り言葉なら、
声の高低や大小などで、微妙なニュアンス
五月女 わざわざ、食べている写真まで載せて
(笑)。
を表現できますが、印刷物の場合は、書体や級数、字間・行
編 平和の象徴のハトだって容赦なく食われる。
自然界はそ
間などで表わすしかないわけですからね。
れほど厳しいんだってことを子供に教えたかったとか(笑)。
五月女 書体の印象で変に誤解されるのも嫌なので、
できる
五月女 魚図鑑にも凄いのがありました。
ごく普通の図鑑だと
だけ普通のゴシック、普通の明朝にしてくださいとお願いする
思って見ていたら、食べ方ばかりが紹介されているんです。
こ
ことが多いです。最近のデザイナーの方は、変わった新しい
の魚は缶詰にするのに向いているとか。
これは食べられない
フォントを使いたがる傾向があるような気がするんですが、私
とか。食べられるけど、
まずいとか(笑)。
4
FGひろば144号/CREATOR'S EYE 五月女ケイ子氏 ロング・インタビュー
編 まずいなんて、
完全に主観だ
(笑)。
る人物の表情や仕種に生かされているわけですね。五月女
五月女 昔パワーですよね。天然ボケって言いますか。
いまは
さんのイラストに登場する人たちは、本当に表情が豊かです
ダメなことが多すぎるような気がします。分別がありすぎる時
から。
代なんですかね。
五月女 ただ、過去の記憶がそのまま生かされているわけで
編 しかし、
そういうシュールなものに出会うと、子供によって
もありません。私、
たとえば映画を観て凄く感動しても、
だいぶ
は目をそむけたり記憶の奥に封じ込めてしまったりするんで
経ってからもう一度観直したりすると、最初のときと印象が変
しょうが、五月女さんはそれを恐がりながらも、
どこかで面白
わっていて
「あれ?こんなものだったかな」
と思うことが、結構、
がって自分の感性に取り込んでいる。
『 徹子の部屋』のパロ
多いんです。
自分の中で勝手にイメージが膨らんでしまって、
よ
ディーで、突然出てきた表現ということでしたが、昔の印刷物
り凄いものになっていたりする。
だから、お母さんが口を開け
の“わざとらしい”色合いが好きだったり、味わいのある古い
て寝ていた顔も実はそんなに強烈なものではなくて、年月とと
書体が好きだったり、
そしてそうした変な図鑑の内容を鮮明
もに勝手にイメージが膨らんでいるだけなのかもしれません。
に記憶にとどめていたり、
ずっと潜在意識に蓄積されてきた
編 しかしそのイメージの膨らみが、
イラストの味わいを深め
ものが、
たまたま脳のスイッチが入って一気に溢れ出てきた
ているんだと思いますよ。パンじゃないですが、
アイデアが醗
のではないですか?
酵して。
五月女 そういうことはあるかもしれません。小学校のときあの
五月女 醗酵かも
(笑)。おいしいと言うより、
ちょっと匂ったり
人はこういう顔で怒ったなとか、お母さんが口を開けて寝て
して
(笑)。確かに、新しい情報をすぐに表現するんじゃなく、
いた顔が凄かったなとか、昔の記憶のストックがたくさんあっ
自分の中である程度熟成させてから、
もっといいものにして
て、
そこから引き出してくるのが楽しかったりするんです。
出していくというのが好きですね。新品で買った洋服とかも、
編 記憶力がいいんでしょうか。
わざわざ一年ぐらい引き出しにしまっておいてから着たりしま
五月女 記憶と言うか、喋るのが苦手な子供だったので、
じっ
すから
(笑)。
と人間観察するのが好きでしたね。黙っていろんな人を観察
印刷で、原画の思いが伝わらなかったのなら、
次は印刷でも伝わるような絵を描こう
しては、
この人はこういう人で、実はこんな意外なことがあって
とか、
勝手にどんどん想像していくんです。
編 想像というか、
妄想?
(笑)
編 FGひろばの読者の中には、
五月女さんのイラストを今回
五月女 妄想ですね(笑)。
だけど妄想の中でも最後まで完結
初めて知ったという人もいると思いますが、
ひょっとすると、
こ
させて、
ちゃんと答えを出していく。黙って何かを観察し、分析
うした脱力系イラストはサブカルチャー的な、
あまりメジャー
したり追求したり、考えるという行為そのものが好きだったん
でないような印象をお持ちになるかもしれません。
しかし実
です。
際は、朝日新聞の元日版で別刷りカラーの一面を任せられた
編 そういう観察力とか妄想力とかが、
いまお描きになってい
り、NHKの番組で何度も採り上げられたり、
あるいは身延山
五重塔復元記念の絵はがきに採用されたり、
なぜか硬派な
メディアからも引く手あまたですよね。決して正統派とは言え
ないタッチのイラストが全国区で注目されている現象を、
ご自
分ではどうとらえていらっしゃるんですか?
五月女 意外です。奇跡ですよね(笑)。
フジテレビの月9でも
描かせてもらいましたし、
自分でも
「こんな絵がどうして?」
っ
て、思います。一般的には、あまりマイナスイメージがないイ
ラストの方が採用されることが多いじゃないですか。みんな
笑っていた方がいいとか、明るく爽やかな方がいいとか。
そ
の逆を行っているのに受入れられていることが、
自分でも不
思議でしかたありません。
編 時代が求めているんじゃないですか?いまはアニメ映画も
フルCGが多い。映像も音楽も、
デジタル、
デジタル。
でも、手
法がデジタルになると、個性が埋没してしまいがちになる。同
じ3Dソフトを使用すれば、別の人が描いているのに、
どこか
似てきたりもします。
そこへ、学校の図工で使うような画材で、
原色を多用した個性全開の絵が出てくれば、
これは新鮮で
第2回下町コメディ映画祭メインビジュアル
5
FGひろば144号/CREATOR'S EYE 五月女ケイ子氏 ロング・インタビュー
すよ。何しろ、描いた人の幼少の記憶までもが醗酵して匂って
ず、
自分ができることをすべて全力でやれっていう感じ。つね
くるわけですから
(笑)。
に向上心を持って全力を出し切れば、
あとの結果はしょうが
五月女 昔もいまも、
自分は喋るのが得意じゃないので、
イラス
ないと。
トで何かを伝えたいという気持ちが強いんですね。伝わって
編 さすが、
スポーツ選手やサムライの精神を目標にするだけ
ほしいし、感じてほしい。
自己満足かもしれませんが、
そういう
のことはありますね(笑)。
コミュニケーションの中で、相手も自分も楽しく幸せになれれ
五月女 気持ちだけですよ。
スポーツ選手のように集中して
ばいいなあと思うんです。
だから、簡単な絵でも、
もっと気持
全力で取り組みはするけれど、結果は変な絵を描いて、
「まっ
ちを込めようと、ついつい線を描き足してしまうみたいなとこ
ビールでも飲むか」
の繰り返しですから
(笑)。
ろがあって。
そんな飛び出ちゃっている部分、
はみ出ちゃって
編 10年以上前、
遊び半分の仕事で運命的に独自のスタイ
いるようなところに、
もしかして人は惹かれてくれているんで
ルを生み出したのが、
イラストレーターとしての一つの転機に
すかね。
なったわけですが、
もうすぐご出産とのことで、今度は一人の
編 はみ出ていることが人間味なんだと思いますよ。
女性として大きな転機を迎えることになりますね。
五月女 機械的・事務的なものじゃなく、
そこに感情が入るこ
五月女 人生ガラっと変わって、描く絵も変わるんじゃないか
とで世界がさらに深くなって、別の違う世界が見えてくるよう
と思います。お医者さまの診断ではどうやら女の子の確率が
な、
そうやって世界を拡げていくのが好きなんです。無感情と
高いようで、
もし四月に早まらず予定通り五月に生まれたら、
いうのが苦手と言うか。
たとえイラストの中で背景扱いになっ
文字通り
「五月女」
です
(笑)。
ているおじさんでも、
その生活まで見えてくるように、結構こだ
編 そう言えば五月女さん自身は六月生まれ、
ギリギリで「六
わって描き込んでいますから。
月女」
でしたね(笑)。
そんな字面のことより、
まずは元気な赤
編 凄味の質こそ違いますが、
どことなく、横尾忠則さん的な
ちゃんをお産みになって、母親という新たな視点から世の中
雰囲気もありますよね。
を観察し、
あるいは妄想し
(笑)、人の心に響くインパクトのあ
五月女 とんでもないです。私の絵は芸術にはなり得ません。
るイラストを描き続けていってください。今後のご活躍を期待
でもいつだったか、仕事で、
ある人に原画を渡したら
「こんな
しています。
に心が、気持ちが入っている絵だとは思わなかった」
と驚か
五月女 ありがとうございます。
れたんです。
「 印刷ではわからなかったけれど、原画から伝
わってくるものは凄い」
と。込めた気持ちが人に届いて、本当
に嬉しかったですね。
編 原画に込められた思いを、
印刷で100%伝えられたらい
いんですが、手描きのイラストや絵画を忠実に再現するのは
難しいですね。CGイラストに比べ、原画をデジタル化する段
階で色が変動してしまう要因が多いですし、
そもそも、画材の
発色とプロセスインキの色相が一致していませんから。
五月女 確かにブルーなんかは、明らかにくすんでしまう感じ
がありますよね。私のイラストははっきりした色を使うことが多
いので、全体に、
もっとくすみがなくなると嬉しいんですが。
だ
からと言って印刷技術に不満を持っているわけではありませ
ん。今回、印刷で思いが伝わらなかったのなら、次回は印刷
でも伝わるように、
もっと気持ちを込めて原画を仕上げよう。
いつもそれを目標に描いているんです。
編 印刷人の胸に、
ぐっと滲みる言葉ですね(笑)。
サッカーの
中村俊輔さんが海外でプレーしていたとき、絶妙のセンタリ
ングを上げたのにフォワードがシュートを外して点が取れず、
試合後、感想を求められたんです。
「あそこは決めてほしかっ
た」
と言うのかなと思ったら
「次は、
もっと楽に決められるセン
タリングを上げたい」みたいなことを答えたんですね。何だか
それを思い出しました。
五月女 その気持ち、
とてもよくわかります。相手のせいにせ
6