福田幸広氏 スペシャルインタビュー

FGひろば152号
クリエイターズ・アイ
Web Special Version
動物写真家
福田 幸 広 氏
P R O F I L E 1965年、東京都生まれ。日本大学農獣医学部卒。丹
頂鶴に憧れ北海道の地を訪れたことがきっかけで動物写真家を志
す。 北海道の野生動物を取材しながら、撮影範囲を海外や水中へ
と広げ、 現在は「野生動物/水中/風景」の3本柱で、出版物を中
心に次々と作品を発表。主な著書に
『マナティー・人間と遊ぶゆか
いな仲間』
『 寝る子は育つ』
『ラポラポラ・森にすむ妖精』など多数。
広角レンズでぎりぎりまで近づく。
動物を包み囲む、大きな自然も写し込みたいから。
撮影スポットはすぐにわかったのですか?
北海道の大地が、動物写真の
素晴らしさを教えてくれた
福田 当時はインターネットなんかありませんから、
とりあえず
夜行列車で釧路まで行き、
「鶴はどこにいるんですか」
と尋
編 動物写真家というと、
「 動物が好きで好きで、気がついた
ねて回りました。親切な人が「あのバスに乗って、
どこそこで
らカメラマンになっていた」なんていう経歴をつい想像して
降りなさい」
と。それで何とか辿り着けたわけです。
しまうのですが、福田さんの場合、何かこの道を志す明確な
編 インターネットがないから、
他人とのコミュニケーションを
きっかけみたいなものはあったのですか?
図りながら自力でがんばる。人間味溢れる、いい時代でした
福田 中学三年のときですね。
『池中玄太80キロ』
というテレ
ね。
ところで肝心の写真はうまく撮れたんですか?
ビドラマを見ていたら、主人公が北海道に鶴の写真を撮りに
福田 春先で時季が悪く2羽しかいなかったのですが、
それで
行くシーンがあったんです。
も夢中でシャッターを切ったのを覚えています。東京に戻っ
編 懐かしいですね。西田敏行さん演じる報道写真家の池
てお店でカラープリントを注文し大伸ばししてみたら、当時の
中玄太が、
ライフワークで丹頂鶴を撮影していたんですよね。
安物カメラでしたから解像度も低く、鶴の羽根などはぼやけ
福田 その撮影シーンを見て、
ああ北海道にはこんなにもきれ
ていたけれど、
それなりによく撮れていました。もう嬉しくて嬉
いな鳥がいて、
それを写真に撮る人がいるのか、
と思ったの
しくて。それで嵌まってしまったんですね。その後、大学時代
が最初です。子供ながらに、
あの場所で僕も丹頂鶴を撮影
も、北海道に通い写真を撮り続けました。
してみたいと、北海道への憧れが一気に強くなりました。
編 その夢は何歳ぐらいのときに実現したのですか?
福田 高校一年の春休みです。
編 すごい行動力ですね。一年ちょっとで実現してしまうなん
て。友達と一緒にですか?
福田 いえ独りで。新聞配達で貯金してカメラを一つ買いまし
て、完全に池中玄太になりきって
(笑)。
編 丹頂鶴と言えば、
釧路ですよね。釧路だって広いですし、
Life CREATURES OF THE WILD
(青菁社フォトグラフィックシリーズ)
1
ラポラポラ 森にすむ妖精(草炎社)
FGひろば152号/CREATOR'S EYE 福田幸広氏 ロング・インタビュー
編 ということは、
その勢いで、大学卒業後はどこかの写真ス
を撮ろうと。そしたらまずは巣を見つけるところから始める。見
タジオに入ったりしたわけですか?
つけたら、
どうすれば近寄れるのか考える。そうやって一つず
福田 いえ、普通の会社に就職しました。自宅の近所の
(笑)。
つ積み重ねてきたことのすべてが、いまの自分の撮影に活
でも、寒くなるとやはり北海道が恋しくなってきて、勤めて最
かされているのだと思います。
初の正月。
「 写真を撮りに行きたいので1カ月休暇をくださ
編 ということは、
写真は独学なんですね。
い」
と申し出たんです。
福田 理論より、現場で試行錯誤して覚えていきました。あと
編 1年目の新人が、
何と大胆な。
は地元で知り合ったカメラマンやマニアの人にいろいろ教え
福田 もちろん「ダメだ」
と言われたので、
「だったら僕は動物
てもらったりしながら。だから僕は未だに、
カメラ雑誌の方と
写真家になるので、会社を辞めます」
と。
かにハウツウ物の記事を依頼されるのが一番苦手で
(笑)。
編 社長さんも、
さぞかしびっくりしたでしょう。
しかし、宣言をし
図法とか構図とかまったく意識せず、
そのときその場所で思
て写真家になれるなら、誰も苦労はしませんよね。
うまま感覚的に撮ってきたので、写真の基本技術やメカニッ
福田 カメラマンになる方法なんて僕にもまったくわかりません。
クのことなんか、
いまでもよくわからないんです。
ただ、当時はフリーターなんて言葉はなく、会社員を辞めたか
らには「何か」にならなくてはいけないという雰囲気があった。
それで周囲には「動物写真家」
を大義名分にして、実際はト
憬れの『ナショナルジオグラフィック』に
掲載された、会心の「サル団子」
ラック運転手のバイトをしながら、
その合間に北海道に撮影
編 その10年の間に、
最初の写真集『life』
を出版されました
に行く生活を送っていました。お金が貯まると少しずつレンズ
が、やはりそのあたりから、
プロカメラマンとして、お仕事が安
や機材を買い足して取材に出かけ、
またバイトをする。そんな
定してくるわけですか。
生活が10年ぐらい。なかなか楽しい時代でしたよ。
福田 いまでも安定しているとは言えませんけど
(笑)。まあ少
編 その間、
北海道だけで撮影を続けたんですか?
しずつ雑誌の仕事や次の出版にもつながっていき、
たまに
福田 はい。海外へ行きたくてもお金がありませんでしたから。
海外撮影にも出かけられるようにはなっていきましたね。ただ
でも北海道には丹頂鶴だけでなく、
キンメフクロウもいるしエ
し、動物写真というのは一般の写真家のように
“何か大きな
ゾモモンガもいるし、
キタキツネもいるし、
わくわくする動物が
賞を獲ったから急に仕事が来る”
という世界ではないんです。
いくらでもいます。キツネにしても、
じゃあ次は子育ての様子
たとえば猿の写真で「指のこういう動きがはっきり写っている
ものはあるか」
と注文がきて、
たくさんあるから一枚ぐらいはあ
るだろうとチェックてしみると、一枚もない。それが、何年も撮
り続けていくと、自然に、幅広いリクエストに応えられる写真
が撮れるようになっていき、段々、お金をいただけるようにな
る。アルバイトから脱却してプロの動物写真として食べてい
くには、
それなりの年数がかかるんです。
編 そんな地 道な前 進 の 中で、福 田さんの 猿 の 写 真が 、
2007年に『ナショナルジオグラフィック』に掲載されました。
世界中の動物写真家が憧れる学術雑誌ですよね。あの本
に採用されたというのは本当に凄いことだと思うんですが。
福田 イギリスの『BBC ワイルドライフフォトグラファーズコン
テスト』
というのがありまして、
まずは、
そこで2005年に賞を
いただいたんです。猿が桜の木に上って桜の花を食べてい
る写真で。
編 これも、
世界中の野生動物カメラマンが応募する、歴史
のあるコンテストですよね。
福田 そしたら受賞後にナショナルジオグラフィックの人から
電話があって、
「ビジョン・オブ・アースというコーナーにふさわ
しい動物写真を持っていないかね」
と問われ、何点か写真を
送ったんです。そのときは残念ながら採用されなかったんで
すが、後日、
メールが来て「君は僕とのパイプをずっと大事に
しておきたまえ」
と。
もの凄い上から目線で
(笑)。
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2008 年 ナショナルグラフィック掲載作品/小豆島「モンキーボール」
編 アメリカでも相当に権威のある高級誌ですからね。
水中写真も撮りたかったんですが、何しろ当初は水中撮影
福田 その後も、
どこかで撮るたび、
これはというものを送り続
用の機材を買うお金がなくて
(笑)。いつだったか、企業カレ
けたんですが、
まったく採用されない。
ンダーが一本決まってまとまったお金が入ったとき、
それを全
編 世界中の一流カメラマンから膨大な量のネイチャーフォ
ト
部注ぎ込んで、基本的な機材を揃えました。
が送られてくるわけですから、難しいでしょう。
編 スキューバダイビングの経験はあったのですか?
福田 アメリカで撮ったのもダメ、
カナダで撮ったのも不採用。
福田 いえ。あるときカナダへ撮影に行き、氷の割れ目から、
2〜3年そんなことが続き、
これはもう一度日本に立ち返って、
海の中を優雅に泳いでいるタテゴトアザラシの姿が見えた
猿でいってみようと思いました。地獄谷で温泉に入る猿とい
んです。とても感動的で、
これは海に潜って撮らなければ嘘
うのは過去にたくさんあって、外国の人も見たことがあるだろ
だろうと。帰国後すぐにライセンスを取得して、翌年、再びカ
うから、小豆島の「サル団子」はどうだと。寒くて何匹もの猿
ナダへ向かいました。
がギュウギュウくっついている様子の通称です。地獄谷のサ
編 近場の海でリハーサルもせず、
いきなり氷の下ですか!
ル団子は4〜5匹が集まる程度なんですが、小豆島の猿は
福田 周りから、お前バカじゃないのかと言われましたよ
(笑)。
血縁の関係なのか数が多いんです。規模は日本で一番。
と
編 もちろん、
ガイドの方と一緒に潜ったんですよね。
てもいい条件でいい雰囲気の「サル団子」が撮影できたの
福田 はい。でも、本当のダイビングインストラクターとかじゃ
で送ってみたら、すぐに採用の通知がきました。目の肥えた
なくて、普段は伊勢海老かなんかを捕っている町の漁師で
編集者も、
さすがにこういう猿たちの姿は見たことがなかった
(笑)。その人とロープで結ばれて潜るんですが、浮力調整
のでしょう。自然や生き物を撮っている人の憧れの雑誌です
のためのウエイトを決めるのも、凄くいい加減なんです。お前
から、作品の掲載は本当に嬉しかったですね。
ならだいたいこんなもんだなとか言って、付けてみたらやたら
に重かった
(笑)。
カナダの氷の海の中、
夢中で撮った初めての水中写真
編 重いまま、
潜ってしまったんですか!
?
福田 訳もわからず、潜りました。そしたらいきなり、
うわぁ〜と
編 一般の動物カメラマンというと、
陸を得意とする人、水中
沈んでいって、
ガイドさんと結ばれていたロープがバーンと張
を得意とする人に、
ある程度分かれるような気がするのです
りつめてしまった。
が、福田さんは水陸両用という感じで、海や川の中での作品
編 ガイドさんというか、
ただの漁師さん
(笑)。
も多いですよね。
「海もいいけど、山もいい」がモットーだそう
福田 それで大慌てでプップ〜ッと空気を入れたら、入りすぎ
ですが(笑)。
てしまい、ぶわ〜っと凄い勢いで上がっていって氷に頭をゴ
福田 もともと学生の頃は水泳部で、素潜りも大好きでしたし、
〜ンと打ちつけて
(笑)。これはいかんと排気したら排気しす
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ぎてズズズ〜っと潜っていって。もう、ヨーヨーみたいに上
がったり下がったり、下がったり上がったり
(笑)。
編 まるでコントだ
(爆笑)。撮影どころじゃないですね。
福田 いや、撮り続けましたよ。必死で。
編 そんなヨーヨー状態で? うまく撮れたんですか!
福田 上下する間にも、
タテゴトアザラシが寄ってくると、
その
世界に吸い込まれていく気がして、
ファインダーを覗いてい
るときは、自分の状態なんて関係なかったですね。そのとき
撮った写真は、
ちゃんと雑誌に掲載されました。
編 何という集中力。無の境地と言いますか。動物カメラマン
は、皆さん、
そういうものなんですか。
福田 目の前で感動的なことが起きていれば、
自分のことより
も撮りたさが先にきて、誰でもそうなると思いますよ。
編 それにしても、
大事に至らなくてよかった。
福田 実はその日の夜に高熱が出て。
「減圧症か」
と急いで
病院へ行ったら、お医者さんが「ただの風邪だ」
と
(笑)。いま
でも現地に撮影に行くとそのときのガイドが「お前、ホントに
ヨーヨーみたいだったぞ」
と大笑いするんですよ。
編 あんたのせいだろ
(笑)。笑ってないで助けてくれないと。
何はともあれ、笑い話で済んでよかったですね。
世界で一番平和な動物
『マナティー』に魅せられて
編 福田さんはこれまでたくさんの
写真集を出版されていますが、今
回の取材のためにいくつか拝見さ
せていただいた中で『 寝る子は育
つ』
が、
とくに印象に残りました。
福田 ありがとうございます。
編 これは、
いろんな動物たちの寝
顔ばかりを集めたものですが、福
田さんの眼差しが、何とも温かい
ですよね。孤高の野性動物に厳し
寝る子は育つ
眠る動物たち…しあわせな時間
(二見書房)
く対峙するというアプローチもあるんでしょうが、福田さんの
場合、優しく寄り添っているような感じ。写真なのに、動物の
寝息とか鼻息までがスースー聞こえてきそうな気がします。
福田 もちろん、望遠レンズでしか撮れない状況では望遠を
はこの状況で、
どれぐらいまで近寄れるかなと。
「ダルマさん
使いますが、僕は「生き物が棲んでいる周辺の自然環境も
が転んだ」で遊んでいるみたいに。ちょっとずつちょっとずつ、
一緒に写したい」
という気持ちが強いんです。動物は単独で
近寄っていく。逃げられて写真が撮れなかったら、
まあそれで
存在しているわけじゃなく、
その土地の自然と共に生きてい
いいやと思います。そのプロセス自体が楽しいんですね。お
るわけですから。だから、
ぎりぎりまで動物に近寄って、広角レ
う、今日はここまで近づけたか、
という感じで。
ンズで回りの環境ごと撮るようにしています。なぜかずっと昔
編 たとえば同じニホンザルだったら、
警戒心のレベルはだい
から、
そういう撮り方が好きでした。
たい一緒なんですよね。
編 ぎりぎりまで近寄ると言っても、相手は野性動物。警戒
福田 それがそうでもなくて、警戒心が強い動物が100匹い
心の強い彼らに近づいて行ける、何か極意はあるんですか?
たとすると、
1匹ぐらいはボ〜っとした奴がいるんです(笑)。
福田 僕の中では、遊びみたいなものなんですよ。この動物
こいつがそうかなと予想して、本当にうまく近寄れると
「ああ、
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やっぱり間抜けな奴だった」
と
(笑)、すぐ近くで撮りながら、
波で一気に何百頭も死んだりするので安心はできません。
思わず嬉しくなってくる。面白いことに、普段はとても警戒心
編 低温に弱いんですか。
が強い個体なのに、
その日だけみんな一斉に疲れている、
な
福田 15℃ぐらいを下回ると、
ストレスで死んでしまいます。ア
んてこともあります。
メリカのフロリダ半島沿いの海や河に棲んでいて、冬になる
編 飲み過ぎたサラリーマンみたいですね
(笑)。
と海水温が低下するため、一年中22℃ぐらいの水が湧き出
福田 前夜に凄く天気が悪くて雷が鳴り響いていたりした翌
ている泉に集まってくるんです。
日は、普通にトコトコと近づいて行っても逃げなかったりする。
編 寒がりの人間にとっても、
いい避寒地ですね。
小動物だと、天候の影響だけでなく、前の晩にキツネなどに
福田 マナティーと一緒に泳ぎたくて、
たくさんの人がやって
襲われて逃げ回っていたとか、大自然の中では、いろんなド
来ます。みんな、
シュノーケルをつけて水中のマナティーを覗
ラマがあるはずで、
そういうドラマを想像しながらじわじわ近
いているんですが、一人ひとりのシュノーケルから、言葉にな
寄っていくのが、
また楽しいんですよ。
らない喜びの声が聞こえてくるんですよ。本当に嬉しそうな
編 福田さんの写真集で知ったんですが、
警戒心が強いの
声なんです。辺り一面が、いつの間にか喜びの声で覆われ
があたりまえの野性動物の中でも、向こうから
「遊ぼうよ」
と
ていく。僕はこれまでいろんな土地を訪れましたが、動物を見
人間に近寄ってくる珍しい動物がいるんですね。
て、人々がこんなに幸せそうな声を挙げている場所は『マナ
福田 マナティーですね。僕は「世界で一番平和な動物」
と
ティーの泉』以外、見たことがありません。
呼んでいるんですが、仲間同士で争っているところも、他の
編 イルカの愛らしさとも、
違いますよね。
動物を威嚇しているところも、一度も見たことがありません。
福田 イルカも確かに一緒に泳いで遊べますが、実際は、
あ
とにかく穏やかで人懐っこくて可愛いんです。
る程度の泳ぐ力が必要です。でもマナティーの場合、水が
編 マナティーとの出会いはいつ頃なんですか?
浅い所でも、
ゆっくり人間に近寄ってきてくれる。よちよち歩
福田 2000年ぐらいでしょうか。北海道での作品をまとめた
きの子供も、年配の人も、
マナティーと、文字通り
“触れ合う”
ことができるんです。
『 動 物日誌 』
という写 真 集が完 成して、よし次は海の本を
出そうと思い、撮り下ろしのための動物を探していました。海
編 福田さんの写真集で知った
といっても、単に魚を撮るのではなく、
その土地土地に生息
のですが、マナティーの死 因の
している哺乳類も入れたいなと調べていたら、
イルカやクジ
1位はボートによる接 触 事 故だ
ラ以外に『マナティー』
というのがいるらしい。早速、下見に
そうですね。天 敵のいないマナ
行ってみたら、
あまりの可愛さにやられてしまって
(笑)。
ティーの、唯一の天敵が人間だ
編 自分も、
福田さんの写真を見ただけで、
やられてしまいまし
なんてとても残念です。
た
(笑)。絶滅危惧種なんですね。
福田 背中やヒレにはボートによ
福田 はい。
3千頭ぐらいまで増えてきてはいるんですが、寒
る傷があるのに、
それでもボート
5
マナティー
人間と遊ぶゆかいな仲間
(二見書房)
FGひろば152号/CREATOR'S EYE 福田幸広氏 ロング・インタビュー
の傍にやって来て人間と遊びたがるんですよ。
福田 子供にとってリアルなホタルは光の点として飛んでい
編 何だか泣けてきますよね。
こんな天使のように優しい動物
る。オオサンショウウオの『写真絵本』
をつくるとき、軌跡付き
を、絶対に絶滅させてはなりませんね。
の写真を掲載したら、子供にはホタルに見えないんだなと思
福田 そう思います。
い、再撮影に行きました。ピュアな目で見てもらうと、意外な
技術や機材じゃない。
写真には思いの強さが大切なんだ
思い込みに気づかされ、大変勉強になります。
編 いま
『写真絵本』
という話が出ましたが、福田さんの写真
集は、
シンプルで詩的な文章が添えられた、
まさに絵本的な
編 それにしても福田さんが捕えるマナティーの表情は、
どれ
構成のものが多いように思います。福田さんにとって、印刷
も、彼らの純真さが伝わってきて、
「 可愛い」
としか言いよう
物というのは、
どんな存在なんでしょうか。
がありません。福田さん自身の
“マナティーに対する愛情”
が
福田 いまはWeb全盛の時代ですが、僕は断然、印刷物派
そのまま表われているんでしょうね。
です。たくさん撮った動物や風景の写真を、一枚一枚バラバ
福田 そう言っていただけると嬉しいのですが、
もっといいマ
ラでなく、
ゆっくりとページを追いながら、一つの物語として見
ナティーの写真を撮る人たちがいるんですよ。
ていただきたいんです。だから撮影の段階から、本になったと
編 第一人者の福田さんよりいい写真を撮る人?
き最も映えるようにと考えながら撮っています。
「印刷にかけ
福田 僕はマナティーの魅力を大勢の人に知ってほしくて、
こ
たときに、
きれいに色が出るか」
とか「縦横のバランスはどう
れまで何度も『マナティースイム』
というエコツアーを開催し
か」
とか。たとえば、今度の写真集は横長の判型にしたいか
てきたんですが、
日本にも隠れマナティーファンが一杯いま
ら撮影の時点で横位置のカットを多めにしておこうとか、次
して
(笑)。小さい頃からマナティーに会いたかったという熱
の企画では大判で見開きの掲載を増やしたいから画素数
烈な人たちがツアーに参加してくださるんです。そんな人たち
の多いカメラを使おうとか、すべて、印刷の仕上がりを前提
がマナティーを撮影すると、
ごく普通のコンパクトカメラでパ
にして決めているんです。撮った写真は必ず一冊の本にまと
シャっと撮っただけなのに、
プロでも敵わない素晴らしい作
めたい、作品は印刷物にして残したい、
という強い思いは、
こ
品になるんです。好きで好きで仕方ないという熱い思いがそ
の仕事を始めた頃から、
いまもまったく変っていません。
のまま表われている。びっくりしますよ。
編 スタジオできちんとライティングを計算して撮影した原稿
編 福田さんだってマナティーが大好きなはず。
と違い、大自然の色というのは、非常に複雑な要素が絡ん
福田 もちろん大好きだけれど、僕はいろんな動物が好きで、
でいるため、正直、印刷で忠実に再現するのはなかなか難し
マナティーはその中の一つなんです。明日から猿を撮りに行
いものがあると思います。でも、福田さんのような
“印刷物派”
くから、いまは猿が一番好きで、先週までは岬馬のことしか
の方の熱い思いには、印刷業界も、技術力だけでなく
“熱い
考えていなかった。でも、マナティーツアーの参加者は、
“マ
思い”
でお応えしていかなければいけませんね。どうぞこれか
ナティー命”
という人ばかり。その一途な思いが写真に凝縮
らも、危険な目に合わないよう充分お気をつけて、心に響く
されるわけです。彼女たちのそんな作品を見ていると、写真
動物写真を撮り続けてください。本日は、長時間にわたり、楽
というのは技術や機材じゃないんだ、思いの強さが大切なん
しいお話をありがとうございました。
だと、
とても勉強になります。
福田 こちらこそ、
どうもありがとうございました。
編 プロになっても、
アマチュアの感性から学べるというのは、
素晴らしいですね。
福田 写真を知らない人の意見を聞くのは、凄くいい刺激
になります。以前、鳥取でオオサンショウウオを撮っていると
き、
ホタルがきれいだったので、
ホタルが乱舞している写真も
撮ったんです。いい写真が撮れたから、撮影でいろいろお世
話になっていたお宅の近所の小学2年の女の子に見せたら
「こんなのホタルじゃない」
と、全然、感動してくれない。
「ど
うして?」って聞くと
「ホタルは光の点がピコピコしているも
のだ」
と。僕は、
はたと気づきました。写真家が撮るホタルは、
光の軌跡なんですね。スローシャッターで、黄色い光がス〜ッ
と流れているのがホタルの表現だと思い込んでいる。でも子
供には、実際に見えるものしか理解できません。
編 光の線という表現は、
大人の観念ですよね。