蛋白質核酸酵素:量子化学計算からさぐる光受容体蛋白質の吸収波長

S
h
o
r
t
R
e
v
i
e w
量子化学計算からさぐる
光受容体蛋白質の吸収波長制御の機構
Quantum chemical study of the color tuning mechanism of photoreceptor
proteins
櫻 井 実
生物 は外環 境 に関す る情 報の多 くを光の受 容を通 じて得 ている.光 受 容の主役 は,発 色団 をもつ蛋 白質 である .こ
れ らの蛋 白質 は,生 物 の生息 する環境 に応 じて,特 定の波 長の光 を効率 よ く吸収 する よう設計 されて いる.そ のメ
カニ ズムの解 明は,蛋 白質立体構 造 にもとづ く量子 化学 計算の 助 けを借 りて は じめて可能 とな ってきた.レ チナー
ル蛋 白質 やイエ ロー蛋 白 質 につい ての研 究例 を紹 介 する.
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Key words
●レチ ナール 蛋 白質
●イエロー蛋 白質
●オ プシンシ フ ト ●ハ イブ リッ ドQM/MM法
温 度 は 高 くな る(青 側 に シフ トす る).そ れぞ れ の環 境 下 で
は じめ に
効 率 よ く光 を利 用 す るに は,光 受 容体 の極 大 吸収 波 長 が そ
生 物 が 生 命 活 動 を維 持 して い くうえ で,外 環 境 の情 報 を
得 る こ とは必須 であ る.わ れわ れ には,視 覚,聴 覚,味 覚,
嗅 覚,お
よび,触 覚 の 五 感 が そ ろ って い るが,外 環 境 情 報
の8割 近 くは視 覚(眼)か
ら得 て い る とい わ れて い る.つ ま
れぞ れ の色 温 度 にチ ュー ニ ング され てい な けれ ば な らない.
わ れ わ れ の網 膜 に は ロ ドプ シ ン とよ ばれ る光 受 容 体 蛋 白
質(図1a)が
存 在 して い るが,こ の極 大 吸 収 波 長 は500nm
付 近 に チ ュ ー ニ ン グ され て お り,こ れ は外 界 の明 暗 の識 別
り,光 の受 容 が外 情 報獲 得 の 主役 の位 置 を しめ て い るの で
に都 合 が よい.ま た,色 を識 別 す るため,赤(波
あ る.こ の こ と は,地 球 が誕 生 して ま もない ころ か ら生 息
緑(波 長530nm),青(波
して い る あ る種 の古 細 菌 で も同 様 で あ る.た
で き る光 受 容 体 蛋 白質 を個 別 に もっ て い る.前 述 した高 度
とえ ば高 度 好
長450nm)の
長560nm),
光 を効 率 よ く吸 収
塩 菌 は,わ れ わ れ の 眼 と同様 に光 受 容 体 蛋 白 質 を もち,光
好 塩 菌 に は,光 エ ネ ル ギ ー を利 用 して プ ロ トンや 塩 素 イ オ
をエ ネ ル ギ ー源 と して利 用 した り,同
ン を能 動 輸 送 す るバ クテ リオ ロ ドプ シ ンやハ ロ ロ ドプ シ ン,
じ光 に 集 まっ た り害
に な る光 か ら逃 れ た りの 行 動 で環 境 に順 応 した りして い る.
走 光 性 の セ ンサ ー と して はた ら くセ ンサ リー ロ ドプ シ ンIや
生 物 は光 を受 容 す る にあ た り,特 定 の波 長 の光 を効 率 よ
セ ンサ リー ロ ドプ シ ンIIな どが存 在 し,そ れぞ れ 固 有 の 極
く吸 収 す る メ カニ ズ ム を もっ てい る.そ の理 由 の ひ とつ は,
大 吸 収 波 長値 を もってい る[p.1314,前 田章夫 ・神 山 勉 『バク
生物 はそれ ぞ れ固有 の色 温 度 の環境 下 に生息 してい るか らで
テ リオロ ドプシ ンのプ ロ トン輸送 機構』も参照 されたい].異
あ る.た
った極 大 吸 収 波 長 を もつ こ れ ら蛋 白質 は,い ず れ も発 色 団
とえ ば,晴 れ た 日の 日中 は,地 上 に生 息 す る生 物
は波 長5000A(500nm)付
な
近 に最 大 強度 を もつ光 を受 容 し
レチ ナー ルが シ ッフ塩 基 結 合 を介 してア ポ蛋 白質(オ プ シ ン
てい る.と こ ろが,夕 方 に なる と色 温 度 は低 くな る し(最 大
と よぶ)に 結 合 して い る とい う点 で は 共 通 で あ る.す な わ
強度 の波 長 が赤 側 に シ フ トす る),同
ち,生 物 は た だ一 種 の発 色 団 分 子 か ら,極 大 吸 収 波 長 が お
じ日中 で も海 中 で は色
よそ400∼600nmの
広 範 囲 に分 布 す る一 連 の光 受 容 体 を
つ く りだ して い る.こ の 吸 収 波 長 のバ リエ ー シ ョ ンは,発
Minoru Sakurai
東 京 工 業 大 学 バ イ オ 研 究 基 盤 支 援 総 合 セ ン タ ー 蛋 白 質 情 報 解 析
分 野
E-mail:[email protected]
URL:http://www.cherry.bio.titech.ac.jp/msakurai/index.
html
色 団 レチ ナ ー ル とオ プ シ ンの あ いだ の物 理 化 学 的 な相 互 作
用 に起 因 す る と考 え られ,オ プ シ ンシフ トとよばれ てい る1).
この オ プ シ ン シ フ トは,実 験 化 学 者 は も と よ り,長 年,
量 子 化 学 者 の 注 目の 的 とな って きた.蛋 白 質 との結 合 に よ
り発 色 団 の極 大 吸収 波 長 が シフ トす る現 象 は,じ つ は レチ
蛋 白質 核酸 酵素
Vol.52 No.11 (2007)
1351
図1
光受容体蛋白質の構造
発 色 団 を オ レン ジ色 の 実 体 球 モ デル で表 わ す.
(a)ロ
ドプ シン.ロ
ドプ シ ン に代 表 さ れ る レチ ナ ー ル蛋 白質 は,
いず れ も7回 膜 貫 通 型 ヘ リ ックス構 造 をも って い る.
(b)イ エ ロー 蛋 白 質
イ エ ロー蛋 白質 で は,β ス カ フ ォール ド構
造 の片 側(紙 面 の 表1貝i」)に
複 数 の へ リ ックス が存 在 して い る.こ
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れ は,典 型 的 なPASド
ナ ー ル 蛋 白 質 だ け で な く,ほ
もみ ら れ る.な
か で も,ク
蛋 白 質(photoactive い て は,レ
る.本
か の光 受 容 体 蛋 白質 にお い て
マ ル 酸 を 発 色 団 に もつ イ エ ロ ー
yellow protein ; PYP,図1b)に
チ ナ ー ル 蛋 白 質 と 同 様,よ
稿 で は,こ
つ
く研 究 さ れ て き て い
れ ら光 受 容 体 を と りあ げ,極
大 吸収 波 長
の 制 御 機 構 に 関 す る最 新 の 知 見 に つ い て 述 べ る.
に むか って非 局 在化 す る.そ の結 果,結 合 交替 が くずれ(あ
る い は,π 電 子 が 非 局在 化 し),極
フ トす る.レ チ ナー ル のC6-C7結
発色団の吸収波長に影響 をあたえる
物理的因子
合 は,通 常,分
子 内 の立
が 回 復 す れ ば π共 役 系 が延 長 され る こ と にな り,極 大 吸収
波 長 はや は り長 波 長 シ フ トす る.媒 質 の極 性 や 分 極 率 の効
ロ トン化 レチ ナ ー ル シ ッ フ塩 基 化 合 物
が π→ π*励 起 状 態(フ ラ ン ク-コン ドン状 態)に 遷 移 した と
き,そ の電 子 構 造 に どの よ うな 変 化 が 起 こる か を知 っ てお
くと よい.図2(b)に
レチ ナ ール蛋 白 質 の暗 状 態(光 吸 収 前)に お ける発 色 団 の
大 吸 収 波 長 は長 波 長 シ
体 障 害 のた め にね じれ てい るが3),な ん らかの 原 因 で平 面性
果 を考 え るに は,プ
I
メ イ ン構 造 で ある.
示 す とお り,基 底状 態 で は シ ッフ塩 基
結 合 近 傍 に 局在 化 して いた 正 電 荷 が,励 起 に とも ない イ オ
構 造 を,図2(a)に,イ
エ ロー蛋 白質 の暗 状 態 にお ける発 色
ノ ン環 側 に移 動 す る.こ の結 果,カ
団 の構 造 を,図2(c)に
示 す.前 者 で は,レ チ ナ ー ル とLys
荷 と正 電 荷 の 中心 の 距 離 が増 大 し,分 子 全 体 の双 極 子 モ ー
残 基 の εア ミノ基 が プ ロ トン化 シ ッフ塩 基 結 合 を介 して,後
メ ン トが大 き くな る4).こ の よ うな大 きな電 子 構 造 変 化 は,
者 で は,ク マ ル酸 とCys残
周 囲 との相 互 作 用 に著 しい影 響 を あた え る.
基 の 側 鎖 が チ オエ ス テ ル結 合 を
ウ ンター イオ ンの負 電
介 して,結 合 して い る.こ れ ら発 色 団 に対 す るモ デ ル化 合
筆 者 らは,レ チナ ー ルお よびそ の シ ッフ塩 基 化合 物 の吸収
物 は比 較 的 容 易 に化 学 合 成 す る こ とが 可 能 で あ るが,構 造
波 長 を,誘 電 率(ε)や 屈 折 率(n)の 異 なる さ ま ざま な溶 媒
を上 手 にデ ザ イ ン した り,同 じ構 造 の もの で も さま ざ ま な
中 で 測 定 した.そ の結 果,つ
溶 媒 中 で吸 収 スペ ク トル を測 定 した りす る こ と に よ り,発
れ た2).観 測 され る吸 収極 大 をvmax(単 位cm-1)と す る と,
色 団 の極 大 吸 収 波 長 が どの よ うな物 理 因子 に よ り支 配 され
て い るか が 明 らか とな る.そ の よ うなモ デ ル 実験 か ら,レ
ぎの よ うな規 則 性 が 見 い だ さ
(式1)
vmax=Af(ε)+Bf(n2)+C
こ こで,A,B,お
よび,Cは,各
発 色 団 に固 有 の定 数,
チ ナ ール発 色 団 につ いて はつ ぎの3つ の 因子 が 重 要 で あ るこ
関 数f(x)は,f(x)=(x-1)/(x+1)で
とが判 明 して い る2).す な わ ち,(1)カ ウ ンター イ オ ンと シ ッ
で,誘 電 率 や屈 折 率 は それ ぞ れ媒 質 の極 性 と分 極 率 に相 当
フ塩 基 結 合 の距 離,(2)C6-C7単
す る物 理 量 で あ る.そ れ ゆ え,定 数Aや
囲 の媒 質 の極 性 や分 極 率,で
結 合 の平 面 性,(3)発 色 団周
シ ッフ塩 基 窒 素 原子 上 に 局 在 して い た正 電 荷 は イ オ ノ ン環
蛋 白質 核酸 酵素
Vol.52 No.11 定 数Bの 大 小 関 係
に よ り,吸 収 極 大 が極 性 と分 極 率 の どち らに よ り大 き く依
あ る.
カ ウ ン ター イオ ンと シ ッフ塩 基 結 合 の距 離 が 増 大 す れ ば,
1352
与 え られ る.式1
(2007)
存 す るか が判 定 で きる.な お,定 数Cは 真 空 中 の発 色 団 の
吸 収 極 大 に相 当す る.
S h o r t R
筆 者 ら は,こ れ ら3つ の定 数 を実 験 か ら決 定 す る だ けで
な く,励 起 エ ネル ギ ー に対 す る溶 媒 効 果 理 論5)に 基づ いて,
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v
i e w
場 の特 殊 性 をあ らわ に考 慮 す る た め に は,つ ぎ に述 べ る 計
算 手 法 の発 展 を待 たね ば な ら なか っ た.
理 論値 の 導 出 も行 な っ て い る2).こ れ らの 結 果 を総 合 す る
と,定 数Aの
値 は-1.0(103cm-1)以
∼-5 .0(103cm-1)と
下,定 数Bの 値 は-2 .0
な っ た.こ れ か ら得 られ る重 要 な結 論
II 蛋白質の立体構造にもとつく吸収波長
の計算:ハ イブリッ ドQM/MM法
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は2つ あ る.す なわ ち,(1)い ず れ の定 数 も負 の値 であ る こ と
か ら,極 性 や分 極 率 の増 大 に と もな って極 大 吸収 波 長 は減
計 算 化 学 者 に とっ て幸 い な こ とに,近 年,レ チ ナ ー ル蛋
少 す る(あ る い は,極 大 吸 収 波 長 は長 波 長 シ フ トす る),(2)
白質 や イエ ロー蛋 白 質 のX線 結 晶 構 造 が,暗 状 態 の み な ら
定 数Bが 定 数Aよ
り1桁 近 く大 きい こ とか ら,極 大 吸 収 波
ず 光 反 応 中 間体 まで含 めて つ ぎつ ぎ と報 告 され,原 子 レベ
長 は周 囲 の極 性 よ りむ しろ分 極 率 の変 化 に よ り敏 感 で あ る.
ル の構 造 に も とづ い て 吸収 波 長 を評価 し解 釈 す る こ とが 可
分 極 率 に よ って 大 き く長 波 長 シ フ トす る原 因 は,前 述 した
能 となっ て きた.い
励 起 状 態 に お け る双 極 子 モ ー メ ン トの増 大 を打 ち消 す よ う
力 学 的 な過 程 で あ る.し た が って,吸 収 波 長(励 起 エ ネル
に周 囲 の溶 媒 分 子 が 電 子 分 極 す るか らで あ る.そ
の結 果,
ギ ー)を 評 価 す る に は シュ レーデ ィ ンガー方 程 式 を解 か なけ
励 起 状 態 のエ ネ ルギ ー が低 下 し長 波 長 シ フ トが ひ き起 こ さ
れ ば な らな い.し か しなが ら,ひ とつ の 蛋 白 質 全 体 につ い
れ る.一 方,溶
媒 の 永 久 双 極 子 の 運 動 は 高速 な電 子 遷 移 に
て この方 程 式 を解 くの は,現 在 の計 算 技 術 や コ ンピ ュー タ
は追 随 で きな い た め,励 起 状 態 のエ ネル ギ ー緩 和 に は大 き
の 能力 で は 困難 で あ る.そ こで,立 体構造 の情 報 を明示 的
な影 響 を あ た え ない.筆 者 らは,同 様 な実験 的 ・理 論 的 解
に考 慮 しつつ 計 算 を簡 略 化 す る ため,発 色 団 も し くは発 色
析 をイエ ロ ー蛋 白 質 の発 色 団 モ デ ル化 合 物 につ いて も行 な
団 とそ の 近傍 残 基 の み を量 子 力 学(quantum mechanics ;
い,ほ ぼ 同 様 の 結 論 を得 て い る6).
QM)領
これ まで 述 べ た,モ デ ル 化 合 物 の 実 験 と理 論 計 算 か ら得
うまで も な く,蛋 白質 の 光 吸 収 は量 子
域 として扱 い,そ の周 囲 を古 典力 学 に も とづ く分 子
力 学(molecular mechanics ; MM)領
られた 結 果 は,も ち ろん 蛋 白質 中 の発 色 団 に も適 用 で きる
計 算 を行 な う(図3).こ
の であ るが,そ
リ ッ ドQM/MM法
こで は立 体 構 造 に よっ て規 定 され るア ミ ノ
酸 残 基 と発 色 団 の特 異 的 な相 互 作 用 が,よ
り本 質 的 な役 割
をは た してい る のか も しれ ない.こ の ような蛋 白質 のつ くる
QM/MM法
域 と して近 似 す る
の よ う な近 似 計 算 の こ と をハ イ ブ
と よぶ.じ
つ は,こ
のハ イブ リッ ド
に も さま ざ まなバ リエ ー シ ョンが 存 在 す る の だ
が,筆 者 らは,以 下 に述 べ る独 自の 理 論 を開発 し,レ チ ナ
図2
発色団の化学構造
(a)暗 状 態 に お ける レチ ナー ル 蛋 白 質 の発 色 団 の 構 造.レ
チナ ール 分 子 がLys
残基 の εアミ ノ基 にプ ロ トン化 シ ッ フ塩 基 結 合 で結 合 して いる.バ
ドプ シン,ハ
クテ リオ ロ
ロ ロ ドプ シ ン,お よ び,セ ン サ リー ロ ドプ シ ンIIで は ,共 役 二 重
結 合 がす べ てtrans型 で ある が,ロ
ドプ シ ンで はC11=C12の
二 重 結 合 がcis型
であ る.(-)は カ ウ ンタ ー イオ ン を表 わす
(b)レ チ ナ ール 蛋 白 質 の発 色 団 の 励 起状 態 にお け る電 子 構 造.励 起 にと もな っ
て 正 電 荷 がイ オ ノン環 側 に移 動 する(た だ し,こ こでは実 際 よ りか な り誇張 して
描 い て ある).そ
の結 果,正
電荷 とカ ウン ター イオ ン の距 離 が離 れ,(a)の
場合
に比 べ て双 極 子 モ ー メ ン トが増 大 す る.
(c)暗 状 態 に おけ る イエ ロ ー蛋 白質 の発 色 団 の 構 造.ク マ ル 酸 がCys残
基の側
鎖 に チ オエ ス テル 結 合 で結 合 して いる.
蛋白質 核酸 酵素
Vol.52 No.11 (2007)
1353
図3
ハ イ ブ リ ッ ドQM/MM法
発色団 を量子力学(QM),周
囲のアミノ酸残基を分子
力学(MM)で 近似する 全原子の座 標はX線 結晶構造
にもとづいて決定される.QM領
域が励起すると双極
子モーメン トが変化するため,MM領
は異な った静電場を受ける
域は基底状 態と
この電場 に応答 して,ア
ミノ酸残基 は瞬間的 に電子分極する(ここでは,Trp残
基側鎖(別列が示されている)が,こ れを表わすため,各
共有結合 は分極可能な円筒形状の誘電体で近似 されて
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いる.
ー ル蛋 白 質 や イエ ロー 蛋 白質 の 吸 収 波 長 の制 御 機構 の問 題
ー ロ ン相 互 作 用 で あ る.通 常 のハ イブ リ ッ ドQM/MM法
にチ ャ レンジ して きた7-9).
は,こ の相 互 作 用 を記 述 す るた め,ア
こ こ で の 目標 は,各 蛋 白質 のX線
結 晶構 造(あ るい は,
で
ミノ酸 残 基 の各 原 子
上 に点 電 荷 をお き,こ れ ら点 電 荷 とQM領
域 の 電子 や核 と
それ を最 適化 した構 造)に もとつ いて,基 底 状 態 か らフ ラ ン
の クー ロ ン相 互 作 用 をハ ミル トニ ア ンに導 入 す る.こ れ は,
ク-コ ン ドン状 態 へ の遷 移 エ ネ ル ギー を きち ん と計 算 す る と
式1に 置 き換 えて み れ ば,極 性 の効 果(右 辺 第1項)を
い う こ とで あ る.つ ま り,構 造 は あ らか じめ あた え られ 固
した こ と に相 当す るが,溶 媒 と同様 に ア ミ ノ酸 残 基 も電 子
定 され てい る とい う前 提 が あ る.こ の場 合,MM領
分極 す るは ず な の で,明
述 は,QM領
域の記
域 との相 互 作 用 にか か わ る部 分 だ け を含 め れ
考慮
らか に この 効 果 だ けで は不 十 分 で
あ る.励 起 エ ネ ル ギー を定 量 的 に評 価 す る には,式1の
右
ば よい.そ の よ うな相 互作 用 で もっ と も重 要 な もの の ひ と
辺 第2項 に相 当 す る効 果 を評 価 す る こ とが必 須 で あ る.筆
つ は,MM領
者 らのハ イブ リ ッ ドQM/MM法
域 に存 在 す る ア ミノ酸 残 基 とQM領
域 との ク
考 慮 す るた め,ア
で は,こ の効 果 をあ らわ に
ミノ酸 残 基 の各 共 有 結 合 が 分 極 可 能 な誘
電 体 で構 成 され て い る とい うモ デ ル を導 入 した(図3).こ
こで,各 結 合 に は文 献 値 か ら見 積 もっ た分 極 率 を割 り当 て
た7,9).こ の モ デ ルの も とで は,QM領
に応 答 してMM領
域 か らの電 場 の変 化
域 が 分極 す る ので,式1の
右 辺 第2項 に
相 当す る効 果 が 計 算 可 能 で あ る.
III オプシンシフトの新 しい定義とその解釈
最 近,さ
き に 述 べ た よ う な 理 論 的 手 法 の 発 展 と と も に,
実 験 に お い て も め ざ し い 進 歩 が あ っ た.こ
れ ま で,発
色団
の極 大 吸 収 波 長 は溶 液 中 で の値 しか報 告 され て い なか った
が,Nielsenら
age ring,静
赤 色 は蛋 白質 の 電子 分 極 を考 慮 した デー タ,青 色 は考 慮 していな い(点 電荷 近
似)デ ー タ.
○:バ
サ リー ロ ドプ シ ンII,▲:バ
ロ ロ ドプシ ン,□:ロ
ク テ リオ ロ ドプシ ンM412中
間体,◆:イ
ン
が 得 ら れ た の で あ る.こ
れ ま で,オ
い う値
プ シ ン シ フ トは 溶 液 中
エロ ー
の モ デ ル化 合 物 の 極 大 吸 収 波 長 と蛋 白 質 の 極 大 吸 収 波 長 の
蛋 白質.
1354
ドプシ ン,■:セ
の 結 果,
カ ウ ン タ ー イ オ ンの 結 合 し て い な い"裸 の"プ ロ ト ン化 レチ
ナ ー ル シ ッフ 塩 基 の極 大 吸 収 波 長 と し て,610nmと
クテ リオ ロ ドプ シン,●:ハ
ion stor-
電 型 イ オ ン蓄 積 リ ング)と い う 装 置 を 用 い て 気
相 中 の 吸 収 ス ペ ク トル の 測 定 に 成 功 した10,11).そ
極大吸収波長の計算値と実験値の比較
図4
の グ ル ー プ は,Elisa(electrostatic 蛋白質 核酸 酵素
Vol.52 No.11 (2007)
S h
図6
図5
ハ ロロ ドプシンの励起状 態の静 電マ ップ
励起状
態ではシップ塩基上の正電荷がイオノン環 に移動するため(図2b),周 囲の蛋
白質 は負 に分極する.そ の結果,イ オノン環周囲の静電ポテンシャルは負に
なる.赤 色の丸は水の酸素原子,緑 色の丸は塩素イオン.
r
t
R
ev
i e w
バ クテ リオ ロ ドプ シンの発色 団結合部位 の構造
3つ の 芳 香族 ア ミノ 酸残 基(Trp86,Trp182,お
赤色 は静電ポテンシャルが負の領域,青 色は正の領域を示 している
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o
よ び,Tyr185)が
共 役 系 を"コ の 字 型"に と りま い て いる.Asp85は
ウン ター イ オ ンであ る.ハ
発色団の π
プロ トン化 シ ッフ塩 基 の カ
ロロ ドプ シ ンや セン サ リー ロ ドプシ ンIIの 発 色 団結
合 部 位 も ほ ぼ同 一 の構 造 をも つ.
[バ クテ リオ ロ ドプシ ンのX線 結 晶構 造(PDB:1C3W)に
も とづ き作 成]
差 と して定 義 され て きたが,溶 液 中 で は必 ず カウ ン ター イ
質 の効 果(蛋 白質 の極 性 効 果)に 含 まれ て しま うの で,C6-
オ ンが 付 随 す る し,式1に
み る よ う に,溶 媒 も極 大 吸 収 波
C7単 結 合 の平 面 性 と,発 色 団周 囲 の媒 質 の極 性 や 分 極 率,
長 に大 きな影 響 を与 え るの で,じ つ は,蛋 白 質 の 実 質 的 効
を解 析 す れ ば よい.残 念 なが ら,そ の よ うな解 析 は現 在 進
果 が どれ ほ どなの か は明確 には わか らなか った.し か し,気
行 中 で あ り,本 稿 で 全 貌 を提 示 す る こ とはで きな い.し か
相 中 の デ ー タが発 表 され た こ とに よ り,オ プ シ ンシ フ トの
し,こ の うち,電 子 分 極 の 効 果 につ い て は概 要 が つ か め て
絶 対 値 が 議 論 で きる よ うに な っ た わ けで あ る.た
きて い る.そ れ を説 明 す るた め,こ の効 果 を無 視 して計 算
568nmに
とえ ば,
極 大 吸 収 波 長 を もつ バ ク テ リオ ロ ドプ シ ンの オプ
シ ンシ フ トは,568-610=-42nmと
い うこ と にな る.こ
した場 合 の デ ー タ を,図4に
重 ねて 示 した.こ れ は,蛋 白
質 部分 を 単 に 点 電荷 の 集 合 と して近 似 したモ デ ル に相 当 す
の よ うな実 験 の 進 展 に よ り,計 算 化 学 デ ー タ もそ の精 度 を
る.こ こ か らわか る とお り,点 電荷 近 似 で は,も っ と も右
厳 し く問 われ る こ と にな った.
側 の デー タ を除 い て,全 体 的 に励 起 エ ネル ギ ーが 過 大 評 価
筆 者 らの計 算 で は,前 述 した"裸 の"プ ロ トン化 レチ ナ ー
ル シ ッフ塩 基 に対 し,599nmと
れ た9).10nmの
い う極 大 吸収 波長 値 が 得 ら
誤 差 は,エ ネル ギー で たか だか0.04eV程
(短波 長 側)さ れて し まっ てい る.こ の よ う な比 較 か ら,蛋
白 質 部位 の 電 子 分 極 が励 起 状 態 の エ ネ ル ギー 緩 和 にい か に
大 きな役 割 を は た して い る か理 解 で きる と思 う.な お,も
度 で あ り,非 常 に満 足 す べ き結 果 であ る とい え る.つ い で,
っ と も右 側 の デ ー タはバ クテ リオ ロ ドプシ ンのM412中
さ きに述 べ たハ イブ リ ッ ドQM/MM法
に対 応 して い るが,こ の 場 合,レ
に よ り,5種 類 ・6
構 造 の蛋 白質 の 吸 収 波 長 を計 算 した と こ ろ,図4に
間体
チ ナ ール シ ッ フ塩 基 が脱
示す結
プ ロ トン化 され て い る た め,励 起 に と もな う双 極 子 モ ー メ
果 を得 た9).計 算 値 と実 験 値 をプ ロ ッ トした とき にい ず れ
ン ト変化 が 小 さ く,結 果 と して,電 子 分 極 の寄 与 は無 視 で
の蛋 白 質 の計 算 値 も対 角 線 上 に の っ てお り,誤 差 はや は り
きる程 度 とな って い る.
10nm程
度 で あ った.し たが って,筆 者 らの 計 算 は,オ プ
シ ンシ フ トの 絶対 値 をほ ぼ定 量 的 に再 現 した こ と にな る.
もち ろん,こ の よ うな計 算 を実 行 す る 目的 は 数値 を再 現
図5は,ハ
ロ ロ ドプ シ ンを例 に と りあ げ,励 起 状 態 に お
け る蛋 白質 の分 極 を静 電 ポ テ ンシ ャ ルマ ッ プ に よっ て視 覚
化 した もの であ る8).イ オ ノ ン環 の周 囲 の静 電 ポ テ ンシ ャル
す る こ とで は な く,吸 収 波 長 を制 御 す る因 子 を抽 出 す る こ
が負 に な って い るの は,正 電 荷 の イ オノ ン環 側へ の移 動(図
とにあ る.前 述 した オ プ シ ン シフ トの新 しい定 義 で は,さ
2b)を 打 ち消 す ように蛋 白質 が分 極 す る か らであ る.こ の分
きに述 べ た3つ の因 子 の うち,カ ウ ンターイ オ ンの効 果 は媒
極 ポ テ ン シ ャル に よ って 励 起 状 態 は緩 和 す る.で は,こ の
蛋 白質 核酸 酵素
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よ う な分 極 に寄 与 す る ア ミノ酸 残 基 は特 定 で きるで あ ろ う
が よ り厳 密 な量子 力 学 の言 葉 で 語 られ る よ うにな る にちが い
か.興
な い.
味 あ る こ と に,バ
シ ン,お
よ び,セ
ク テ リ オ ロ ドプ シ ン,ハ
ロ ロ ドプ
ン サ リ ー ロ ドプ シ ンIIで は,レ
チナール
筆 者 らのハ イブ リッ ドQM/MM法
の プ ログ ラム は,富 士
の 芳香 族 残 基
通研 究 所 の松 浦 東 博 士 との共 同研 究 に よっ て 開発 され た.
が 存 在 す る(図6).芳
香 族 側 鎖 は π電 子 を 豊 富 に もつ た め
ここ に深 く感 謝 の 意 を 表 し ます.な お,こ の プ ログ ラム は
分 極 率 が 大 き い.こ
れ らが 波 長 制 御 の 重 要 な 役 割 を 担 っ て
の 共 役 鎖 を"コ の 字"型
に と りま く よ う に3つ
MOS-FV7.0.と
して リリース されて い るこ とを付 記 してお く.
い る こ と は ま ち が い な い7).
お わ りに
文
本 稿 で は,5種 類 ・6構造 の蛋 白質 に対 す るデ ー タを紹 介
した が,こ
1) Nakanishi, K.: Pure Appl. Chem., 63, 161-170 (1991)
2) Houjou, H., Inoue, Y., Sakurai, M.: J. Am. Chem. Soc., 120, 4459-
れ らを含 む構 造 既 知 の レチ ナ ー ル蛋 白 質6種
類 ・12構 造 の計 算 が す で に終 了 し,同 じ程 度 の精 度 で吸 収
波 長 を再 現 で き る こ とが わか って い る.こ の こ とは,構 造
4470 (1998)
3) Wada, M. et al.: J. Am. Chem. Soc., 116, 1537-1545 (1994)
4) Mathies, R., Stryer, L.: Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 73, 2169-2173
5)
(1976)
Houjou, H., Sakurai, M., Inoue, Y.: J. Chem. Phys., 107, 5652-5660
6)
Yoda, M., Houjou, H., Inoue, Y., Sakurai, M.: J. Phys. Chem. B,
Database Center for Life Science Online Service
が既 知 で あ るか ぎ り,そ の 蛋 白質 の 吸 収 波 長 は理 論 的 に予
知 可 能 な こ とを意 味 して い る.今 後 は,ど の ア ミノ酸 残 基
が 吸 収 波 長 の 制 御 に関 与 して い るか を詳 細 に解 析 す る とと
献
(1997)
もに,ほ か の光 受容 体 に も研 究 を拡 張 した い と考 えて い る.
105, 9887-9895 (2001)
7)
Houjou, H., Inoue, Y., Sakurai, M.: J. Phys. Chem. B, 105, 867-879
8)
(2001)
Sakurai, M. et al.:J. Am. Chem. Soc., 125, 3108-3112 (2003)
構 造 が 報 告 され て お らず,手 付 か ず の状 態 で あ る.し か し
9)
Matsuura, A. et al.:J. Comput. Chem., 27, 1623-1630(2006)
なが ら,精 度 の高 いモ デ リ ング構 造 が得 られ れ ば,こ れ ら
10) Andersen, L. H. et al.:J. Am. Chem. Soc., 127, 12347-12350(2005)
に もチ ャレ ンジ してみ た い.
11) Nielsen, I. B. et al.: Biophys. J., 89, 2597-2604 (2005)
12) Kitaura, K. et al.: Chem. Phys. Lett., 313, 701-706 (1999)
本 来 は,ヒ
トの 色 覚 情 報 を担 う視 物 質 を取 り扱 い た い とこ
ろで あ るが,残
念 な が ら,こ れ らにつ い て は まだX線 結 晶
こ こで 紹介 した計 算 手 法 で は,蛋 白 質部 位 を古 典 力 学 に
よ り近 似 して い たが,最
近 で は,蛋
白質 をモ ノマ ー単 位 程
13) Mochizuki, Y. et al.: Chem. Phys. Lett., 433, 360-367 (2007)
14) Mochizuki, Y. et al.: Theor. Chem. Acc., 117, 541-553 (2007)
度 の 断 片 に分 割す るこ とに よ り,分 子全 体 のエ ネルギ ー を量
子 力 学 レベ ル で得 る手 法 が発展 して きて い る12).Mochizuki
らは,こ の手 法 を拡 張 し,古 典 力 学 に よる近 似 な しに純 粋
に量 子 力 学 レベ ルで 蛋 白質 の 吸 収 波 長 を評 価 す る理 論 を開
櫻 井 実
略歴:1983年 東京 工業 大学 大学 院理 工 学研 究科 博 士課 程 満期
発 した13,14).こ の理 論 は,す で に イエ ロー蛋 白 質 や 蛍 光 蛋
退学,同 年 東京 工業 大学 助 手,1990年 同 助教 授 を経 て,2003
白 質 の 吸収 波 長 の計 算 に適 用 され て い る.筆 者 もこの プ ロ
年 同 教 授.
ジェ ク トに参 画 して い るが,今 後 は,こ の ような精密 な方 法
の導 入 に よ り,さ ま ざ まな光 受 容 体 の 吸収 波 長 制 御 の 機構
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蛋白質 核酸 酵素
Vol.52 No.11 (2007)
研究 テ ーマ:計 算機 シ ミュ レー シ ョンに よる蛋 白質 の機 能発 現機
構 の解 析,干 乾 び た細 胞 を生 き返 らせ る糖 トレハロー スの研 究.