6.エイズ対策の実際

6.エイズ対策の実際
⑦ HIV エイズにより過酷な状況にある子どもたちの保護
国立国際医療研究センター 国際医療協力局
野崎威功真
(第 3 版)
はじめに
HIV 感染症の拡大は、
貧困者、セックスワーカー、MSM、IDUs、非定住者(Mobile population)
などの社会的弱者に様々な影響を及ぼしているが、特に子どもは、間接的にも多大な影響
を被っている上に支援が届きにくい。エイズ対策の対象となる子どもは、母子感染などに
より HIV に感染した子どものみならず、HIV/エイズにより、家計の担い手が病床に付した
り、亡くなったり、さらにはそのために貧困や差別・偏見に直面している子ども達を含ん
でいることから、このような子ども達を「エイズ遺児と HIV/エイズにより過酷な状況にあ
る子どもたち”Orphans and Vulnerable Children: OVC”」と呼んでいる。以前は、親がエイ
ズで死亡した子どもをエイズ孤児(AIDS orphans)と呼んでいたこともあったが、正しく
状況を説明していない言葉として最近では使用されなくなっている。さらに、OVC の中で
も、HIV 陽性の母から生まれた子どもの多くは HIV に感染しておらず、HIV に感染してい
る子どもも必ずしも遺児でないように、子ども自身の感染の有無、保護者の有無にかかわ
らず、HIV/エイズは子どもに対して様々な形で大きな負担を強いている。そこで、ここで
はエイズ遺児に留まらず、HIV/エイズにより過酷な状況にある子どもを包括して取り上げ
たい。
OVC を取り巻く状況
2012 年の時点で、世界全体で 1,780 万人の子どもたちがエイズのために片親または両親
を亡くしており、そのうち 1,500 万人はアフリカに集中している 1)。一方で、さらに数百
万の子どもがその他の理由で遺児となっていて、47 ヵ国の調査からは、エイズやその他の
理由で遺児となっている子どもの割合は 5%に上るという報告がある。エイズを含む理由
で遺児となった子ども達は、学校に通い続けられなくなったり、食の安全性が脅かされた
り、不安や精神的に追い込まれたりするリスクが高く、生活の糧・大人の庇護を得る代わ
りに性的関係を強いられたり、不安を解消するために麻薬などに手をだしたりする危険が
高まり、結果として、HIV に感染するリスクも高まる。こうした直接的な影響以外に、親
や教師が死亡するなどして教育の機会が奪われたり、継父母による虐待や暴力にあったり、
若年労働に従事させられたりと、数としてはなかなか現れてこないが多大な影響を被って
いる。
OVC 支援の取り組み
当初 OVC の支援は、孤児院やシェルター(一時避難所)のような施設による活動が中
心であった。しかし、OVC の爆発的な増加に伴い、これらの施設のみでは対応しきれなく
なったことや、充分な精神的サポートを得たり家庭やコミュニティでの振る舞いを身につ
けたりすることが困難なことから、家庭やコミュニティの受容能力の強化に重点が移行し
てきている 2)。 これは親族や地域社会による子どもの養育を支援することに留まらず、
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両親特に母親へのケアなどを通じて遺児となる子どもを減らすことや、兄弟が離散しない
ための支援、地域における子どものデイケアといったことも含まれる。このような OVC
支援の変化を受けて関係する国際機関が取りまとめた、OVC 支援における 5 つの戦略を表
1に示した 3)。
多くのリスクを抱える OVC には、こうした社会・心理的サポートの提供、教育、保健、
保護施設、食事と栄養などの確保に加え、虐待、暴力、搾取、差別、人身売買、相続権の
喪失などから守ることも必要としている。
また、OVC のうち、心理社会的理由や経済的困窮により破壊的になったり様々な誘惑に
陥ったりしやすい環境にある子どもに対しては、感染リスクの高い性的行動や薬物の乱用
に走ることも懸念されることから HIV 感染の予防も重要な要素である。例えばザンビアか
らは子どものセックスワーカーの 47%が両親を、24%が片親を失っていたという報告もあ
る。このため、包括的な性保健教育や感染のリスクを下げるサービスのみでなく、学校や
宗教団体・コミュニティを通じた、充分なケアを提供できる大人との関係の必要性が強調
されている 4)。
これらの支援は、子どものおかれた環境や状況に応じて適切に提供されねばならない。
コミュニティの社会的・文化的背景により”Vulnerable”の定義も異なるため、誰が最も支援
を必要としているのか見極める必要がある。また、一口に HIV/エイズの影響、父親もしく
は母親の死の影響と述べた場合にも、児の精神的・肉体的発育段階によりその影響は大き
く異なり、支援のあり方も異なってくる。子どもとは成長する存在であり、信頼感や帰属
意識などを獲得するのに必要な良い養育環境の確保に始まり、就学支援や同年代の子ども
と遊ぶ機会の確保、さらには技術訓練や職能訓練、良い仲間関係の構築と維持への支援な
ど、その成長に応じた対応を必要とする。6) いつでもどこでもある一定以上の均一なサー
ビスが受けられることを是とする他の保健サービスと異なり、個別の対応・支援を必要と
する点で難しさがあると言える。
GF などの支援を背景に、多くの国で OVC 対策の取り組みを強化してきたが 5)、実際に
は何らかの外部からの支援を受けられているエイズで親を亡くした家庭の割合は 11%に
過ぎないという調査報告がある(2005-2009 に実施された 25 ヵ国での世帯調査の分析)6)。
特に南部アフリカなどの高感染国においては、HIV/エイズによる”OVC”を、その他の子ど
もと区別する事に疑問が呈されるようになった。子どもの多くが何らかの形で HIV/エイズ
の影響を受けている環境下では、エイズ遺児と例えば交通事故による遺児を分ける事に、
どのような意味があるのかという事に人々が気づき始めている。こうしたことから、現在
では OVC に特化したプログラムを展開することよりも、より広い社会保障制度からエイ
ズ遺児がこぼれ落ちないようにしていくことが、推奨されるようになってきている 7, 8)。
若者(Youth)の対策強化の必要性
近年、
HIV 対策における若者の巻き込みの重要性が、
広く認識されるようになってきた。
高齢化社会と言われているが、世界で見ると若者の人口は歴史上もっとも増えており、10
才から 19 才の若者の人口は、全人口の 5 分の1にあたる 12 億人に上ると推定されている
9)
。このうちの約 4 分の一がサハラ以南のアフリカに居住しているが、その人口は 2050 年
までに 2 倍に増えるとされている。
現在、約 210 万人の若者が HIV に感染しているとされているが、世界の HIV 新規感染
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者の 4 割が若年層という報告もあり、この年齢層の感染予防は特に重要視されている 6)。
母子感染プログラムの拡大で 0〜14 才の新規感染が減少してきたが、若年層の新規感染者
数は依然高く(図 1)
、特にアジアの国では、Key population とよばれる IDUs、MSM、セ
ックスワーカーが、この年齢層の新規感染の 95%占めており、対策が急務である。
こうしたことから、通常、多くの統計では 0〜14 才をさして「子ども」としているが、
UNICEF 等を中心に、人生の最初の 10 年に必要な支援、次の 10 年に必要な支援がまとめ
られ、若年期を含めた包括的・継続的な支援を提供することの重要性が広く認識されるよ
うになってきている 8)。
小児の HIV 治療(ART: Anti Retroviral Therapy)の現状
子どもの治療は、近年で大きく進捗した分野の一つである。母子感染が多い小児は、病
気の進行が早いことが知られており、適切な治療が行われなかった場合、約 3 分の 1 が 1
才までに、半分が 2 才までに亡くなる。HIV 検査の機会と適切な治療を子ども達にも提供
することの重要性は広く認識され、努力の結果、15 才未満の治療を必要とする子ども達の
34%に治療が提供できるようになった。成人が治療を必要とする人の 64%に治療を提供で
きるようになったことに比べると半分だが、成人に比して小児の治療が難しい(表2)こ
とを考慮すると、大きな成果であり、小児のエイズ死亡の減少にも貢献している(図2)
。
しかしながら、まだ 3 分の 2 が治療にアクセス出来ずにいること、根治療法のない現状で
は一生涯治療を続けなければならず、大人よりも治療期間が長くなることなどを考えると、
さらなる努力が必要な分野であると言える。
最後に
OVC への支援は、乳幼児死亡率の低下といったミレニアム開発目標や “Education for
All”, “the Elimination of the Worst Forms of Child Labor”などの他の国際的な取り組みへの貢
献も期待されている。「子ども」という比較的社会の注目をあびやすい分野であるにもか
かわらず、その対策が遅れてきていることの要因のひとつに、その難しさがあげられる。
発育段階に応じた細やかな対応は、資源の限られた発展途上国の環境では決して容易では
なく、広く政策レベルの支援から、地域に根ざした草の根レベルの支援まで取り組んでい
く必要がある。このような支援をいかに継続的に確保していくかなど、子どものエイズ対
策に与えられた課題は大きい。
表 1 OVC 支援の 5 つの戦略
1. 親が健在でいられるような支援や経済的、精神的支援などを通じ、OVC を守り養育する
家族の受容力を伸ばす
2. 地域に根ざした対応を支援する
3. 教育や保健医療、出生記録といった必要なサービスへのアクセスを確かなものにする
4. 政府が政策の改訂や法律の制定、資源の投入などの手段を用い、最も弱い立場にいる子
ども達を守る事を確保する
5. アドボカシーや、HIV/エイズの影響を受ける子どもや家族に優しい環境をつくるための
社会参加促進を通じ、全てのレベルの人の意識を高める
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表2
小児の ART 治療の難しさ
1) 社会的な面での難しさ
・ 政治的コミットメントの不足
・ 絶対的な人材不足・予算不足の中、人材効率や費用対効果が低い
・ 大人社会より差別や偏見を受けやすい
・ 告知および病識の問題
-いつ、だれが、どのように病名の告知や病態の告知を行うべきか
-病識の有無はアドヒアランスや生活上の感染対策(傷の処置など)にも関係する
・ 母子感染が多く保護者も病気がちで面倒を見切れないことがある
2) 医療の面での難しさ
・ 診断・治療ガイドラインの不足
・ 18 ヶ月以前の早期診断が困難
・ 既存の VCT では対象外になっていることがある
・ 採血などの手技的な難しさや、血液検体量の問題、検査室の整備の必要性
・ 検査値の正常値も年齢により変化する(CD4 の正常値も年齢により大きく異なる)
・ 小児用の抗 HIV 薬は限られており、剤形や味、薬の量などにより、内服が影響される
・ 思春期などアドヒアランスの低下する時期が存在する
図 1, 若年層の HIV 推定新規感染者数の推移(2010-2012)
図 2,若年層の HIV 推定死亡数の推移(2000-2012)
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参考文献
1) UNICEF Data: Monitoring the Situation of Children and Women, Protection, Care and Support
for Children Affected by HIV and AIDS: (http://data.unicef.org/hiv-aids/care-support)
2) Orphans and other vulnerable children support toolkit, USAID, 2004
(www.ovcsupportnet/sw505.asp)
3) The framework for the protection, care and support of orphans and vulnerable children living in
a world with HIV and AIDS, July 2004
(http://www.aidsalliance.org/graphics/OVC/documents/0000292e.pdf)
4) UNICEF, A call to action “Children the missing face of AIDS”, UNICEF, 2004
(www.unicef.or.jp/publications /index_29157.html)
5) Zosa-Feranil, I., A. Monahan, A. Kay, and A. Krishna. Review of Orphans and Vulnerable
Children (OVC) in HIV/AIDS Grants Awarded by the Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis
and Malaria (Rounds 1–7). Washington, DC: Futures Group, Health Policy Initiative, 2010
(http://www.healthpolicyinitiative.com/Publications/Documents/1346_1_OVC_Global_Fund_De
sk_Rev_FINAL_August_2010_acc.pdf)
6) UNICEF, Promoting Equity for Children Living in a World with HIV and AIDS, 2012
(www.unicef.org/aids/files/PromotingEquity_Final.pdf)
7) Miller, Elizabeth and Michael Samson (2012) “HIV-sensitive Social Protection: State of the
Evidence 2012 in sub- Saharan Africa. Commissioned by UNICEF and produced by the
Economic Policy Research Institute, Cape Town.
(http://www.unicef-irc.org/files/documents/d-3826-HIV-Sensitive-Social-Prot.pdf)
8) The Global Partners Forum, Protection, Care, and Support for an AIDS-Free Generation: A Call
to Action for all Children, 2012 (www.unicef.org/aids/files/GPF_Call_to_Action.pdf)
9) UNICEF, Toward AIDS Free Generation-Children and AIDS: Sixth Stocktaking Report, 2013
(www.childrenandaids.org/files/str6_full_report_interactive_29-11-2013.pdf)
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