預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有 行動に与える影響

論
文
預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有
行動に与える影響
-銀行の財務パネルデータによる実証分析
内野 泰助*
一橋大学
本稿は預金者行動が、銀行の流動性(現金・準備預金)需要に与える影響を定量的
に分析する。具体的には、銀行の負債サイドのリスクとして流動性預金比率(預金に
占める流動性預金の割合)に注目し、その上昇が銀行の現金・準備預金保有行動に与
える影響を検証する。本稿の分析によって、(1) 流動性預金比率が現金・準備預金
保有量に正で有意な影響を与えていること、(2) 流動性預金比率の上昇が流動性保
有量に与える影響は、不良債権比率や低金利など従来指摘されてきた要因よりも強
いこと、(3) 預金者行動によって生じうる内生性を考慮した推定においても上記の
結果が得られること、が明らかになり、流動性預金比率の上昇が預金流出リスクを
高め、事前の流動性保有の便益を高めるという仮説を支持しうる実証結果を得た。
1. はじめに
本稿は、市中銀行の現金・準備預金保有決定要因を実証的に解明することを目的とし
ている。そのなかで、特に預金者行動が与える影響について定量的な分析を試みる。
日本においては、1990 年代に貨幣乗数が低下し、金融政策の効果を減殺した可能性
が指摘されてきた。当該期の貨幣乗数低下の要因分解によれば、90 年代後半には、銀
行部門の流動性(現金・準備預金)保有による寄与が高まっていたことが明らかになって
いる(細野・三平・杉原,2002)。従って、銀行部門の流動性資産保有決定要因の解明は、
金融政策と関連して重要な意味を持つ。このような背景から、Shioji(2003) や
Ogawa(2007)は、銀行の流動性需要関数を推定し、その決定要因として、不良債権問題
本稿の作成にあたり、指導教員である塩路悦朗教授をはじめ、北村行伸教授、阿部修人准教授 (以上、一橋
大学)、小川一夫教授(大阪大学)、宮尾龍蔵教授(神戸大学)、日本金融学会2008 年度秋季大会ならびに一橋大
学マクロ・金融ワークショップの参加者各位、および3名の本誌匿名レフェリーより貴重な助言を頂いた。
ここに記して感謝の意を申し上げたい。また、本稿は一橋大学グローバルCOE プログラム「社会科学の高度
統計・実証分析拠点構築」から経済的支援を受けている。もちろん本稿にあり得べき全ての誤りは、筆者自
身に帰すべきものである。
* (連絡先住所)〒186-8601 東京都国立市中2-1 一橋大学大学院経済学研究科
(E-mail)[email protected]
日本経済研究 No.64,2011.3 1
や低金利政策の重要性を指摘している。
本稿の目的は、これらの先行研究を踏まえ、預金者行動の変化が銀行の流動性需要に
与えた影響を明示的に計測することである。そもそも、銀行が金利の付与されない現
金・準備預金を保有することの理由として、銀行自身が流動性ショックに直面した際に、
必要な資金を即座にかつ確実に調達できない点が挙げられる1。預金流出リスクは銀行の
流動性ショックの源泉として認識されているものの(Freixas and Rochet,2008)、銀行
の流動性保有動機に関する実証分析では、預金者行動が与える影響について、明示的に
分析されてこなかった。例えば、不良債権の累積は個別銀行にとって、銀行間市場での
資金調達を困難にさせる効果と、金融不安を通じて預金流出確率を高める効果をもつと
考えられるが、後者の経路がどの程度重要であるのかといった問題は、先行研究におい
て検討がなされてこなかったといえる。銀行の流動性資産保有の増大は、一方で銀行の
与信活動の低下という社会的な費用をもたらし得るため、上記の問題を実証的に解明す
ることは、預金者保護の便益の面から、預金者保護制度を議論する際にも一定の政策的
含意を持ちうる。
以上のような問題意識に基づき、本稿は、90 年代後半に銀行の預金勘定の構成が流動
化した点に特に注目した(大谷・鈴木,2008; 塩路,2009)2。この現象は、銀行の流動性保
有行動にも影響を与えると考えられる。なぜならば、流動性預金は定期性預金に比べて
相対的に引出が容易であるため、預金構成の流動化は、将来預金流出に直面する確率を
高め、流動性保有の便益を高めると考えられるからである。
本稿は、まず預金構成が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響を統計的に検証
するために、日本経済新聞社デジタルメディアが提供している『NEEDS-CD ROM 日経財務
データ』
(以後『日経 NEEDS』と略す) 2007 年度版より抽出した国内銀行 130 行のパネ
ルデータを用いて流動性需要関数を推定した。その上で、預金構成変数が預入先銀行の
不良債権比率と金利によって決定するという仮定のもと、不良債権要因と金利要因が流
動性需要に与える全効果のうち、預金者行動を通じた経路によって説明可能な割合を求
め、現金・準備預金保有決定における預金者要因の重要性を検証した。
本稿の主な分析結果は、以下の通りである。
1
本稿において流動性とは、経済主体にとって不意の支出の必要性が生じた際に、直ちに費用なくまた確実に
現金化が可能な資産を指すものとする。銀行部門においては、現金及び準備預金がそれに該当するものとして
議論を進める。また、流動性預金とは預金者にとって定期性預金よりも比較的に引出が容易な普通預金、当座
預金、貯蓄預金、通知預金などの要求払い預金を差すものとし、特に誤解が生じない限り、本稿において預金
者の保有する流動性という場合には、流動性預金を意味するものとする。
2
本稿において、預金構成が流動化するという場合、銀行の預金に占める流動性預金の割合が高まることを意
味する。
2 日本経済研究 No.64,2011.3
(1) 流動性預金比率の上昇は、銀行の流動性需要に正で有意な影響をもたらし、その
結果は、預金者行動によって生じうる内生性を考慮した推定によっても確認できる。
(2) (1)の推定結果をもとに、(先行研究において指摘されてきた)金融不安要因と金利
要因が銀行の流動性需要に与える影響を、
「預金者行動を通じた経路」と「金融市
場を通じた経路」へと分離した。
(3) (2)の計測により、推定期間中に金融不安要因と金利要因が銀行の流動性需要に与
える全効果のうち、少なくともその約 4 割が預金者行動によって説明可能である。
本稿の構成を述べると次のようになる。まず、第 2 節と第 3 節において銀行の流動性
保有や預金者行動についての先行研究を展望する。第 4 節では、銀行の流動性需要関数
を推定し、第 5 節において結論を導く。
2. 銀行の流動性資産保有動機
銀行が現金や準備預金など金利の付与されない資産を保有するのはなぜか。理論的に
は、銀行が常に預金の払い戻しに応じなければならないという流動性リスクに晒されて
おり、かつ資本市場の不完全性によって流動性ショック(たとえば予想以上の預金引出)
に直面した際に必要な資金を即座にかつ確実に得られない、ということが指摘されてい
る(Diamond and Dybvig,1983; Rochet and Tirole,1996)。
実際に銀行が流動性制約に陥っているかについては検証が行われており、流動性制約
の存在を支持するような実証結果が得られている。Ogawa and Kitasaka(2000)は、銀行
の動学的な利潤最大化問題から得られた貸出に関するオイラー条件を一般化積率法
(GMM)で推定する際に、非譲渡性預金の成長率を加えて推定し、預金の動向が貸出供給
に正で有意な影響を与えることを明らかにしている3。
3. 関連する先行研究
3.1 預金構成の流動化
銀行の流動性保有行動に関しては、後述するように、機会費用である金利の影響に加
えて、不良債権問題に注目した実証分析が行われてきた。本稿ではそれらの要因に加え
て、銀行のバランスシートにおける負債側のリスクがもたらす影響に注目する。
3
彼らの分析の背後には、仮に資本市場が完全であれば、預金とそれ以外の資金調達手段が十分に代替的であ
り、銀行の貸出プロジェクトは預金の動向に左右されないはずである、というロジックがある。譲渡性預金を
除いている理由としては、銀行が譲渡性預金を、コールマネーや売渡手形と同様に流動性の過不足を調整する
短期の資金調達手段として利用しており、能動的な発行を行うという点で他の預金と性質が異なっているため
である。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 3
図 1 流動性預金比率の推移(1993 年 10 月~2010 年 7 月)
0.70
流動性預金比率
0.60
0.50
0.40
0.30
0.20
0.10
国内銀行
地方銀行
Apr-10
May-09
Jul-07
Jun-08
Aug-06
Oct-04
Sep-05
Dec-02
Nov-03
Jan-02
Feb-01
Apr-99
Mar-00
Jun-97
May-98
Jul-96
Sep-94
Aug-95
Oct-93
0.00
都市銀行
第二地方銀行
注)各銀行業種別に流動性預金残高が総預金残高に占める割合を示している。
出所)日本銀行『金融経済統計』
図 1 は、国内銀行の業種別に、1993 年から 2010 年までの預金残高に占める流動性預
金(普通預金,当座預金,貯蓄預金,通知預金)の比率を示したものである。90 年代後半
に、都市銀行、地方銀行、第二地方銀行とも、この比率は大きく上昇しており、特に都
市銀行での上昇が顕著である。2000 年以降では、2002 年 4 月にペイオフの部分解禁が
行われた際に定期性預金から流動性預金への大幅なシフトが生じており4、金利が正常化
した量的緩和政策解除後も高止まりが続いている。
この原因については、90 年代後半以降の超低金利政策や金融不安との関連性が指摘さ
れてきた。塩路・藤木(2005)は、家計の現金および預金需要関数を推定し、金融不安の
高まりが定期性預金から流動性預金へのシフトを生じさせることを指摘している。しか
し、2000 年代後半に預金金利が金融危機以前の水準へ戻り、また金融不安が収束しても
なお、流動性預金比率が高止まりを続けることに関して、近年の実証分析は、高齢化の
4
データの利用が可能な 1998 年 4 月以降の流動性預金の預金者別保有残高によると、この期間、流動性預金の
増加は家計によるものであることが確認できた。またペイオフ部分解禁以後、公金(公的部門の民間金融機関へ
の預金)ならびに一般企業が預金の大半を流動性預金に切り替えていたが、これは、定期性預金がペイオフの対
象外となったことから、(預金額が相対的に多く 1000 万円の上限を超えるため)ペイオフ保護対象外となる公的
部門や一般企業のリスク回避行動と解釈できる。この分析結果については、著者より入手可能である。
4 日本経済研究 No.64,2011.3
影響を指摘している(大谷・鈴木,2008)5。また、塩路(2009)では、動学的一般均衡モデ
ルの枠組みの中で、流動性預金と定期性預金を導入し、不確実性の増大が家計のコミッ
トメントを避ける行動として、流動性預金へのシフトを生じさせることを理論的に示し
ている。
先に見たように、銀行の資金調達手段が限られているもとでは、預金構成の変化が銀
行行動に影響を与えると考えられる。この仮説はすでに注目され、実証分析の対象とな
っている。相澤・瀬下・山田(2001)は、銀行のいわゆる「貸し渋り」に関連して、流動
性預金比率の上昇が銀行の期間変換リスクを高め、貸出供給量に負の影響を与えたこと
を指摘している。
預金構成の流動化は、同じロジックによって銀行の流動性需要を高めると推察できる。
例えば、預金者が定期預金と普通預金の中から普通預金を選好すると、銀行は、その預
金者が早期の引出を検討しているものと受け取るであろう。従って、預金構成の流動化
は、将来の引出に備えて受け入れた預金のより多くの割合を手許に残す動機をもたらす
と考えられる。本稿の実証分析では、預金者行動を理論的に取り入れることは射程の外
に置くこととするが、預金者行動が銀行のデータに与えうる影響を実証上考慮した推定
を行う。次項では、銀行行動ならびに預金者行動に関する先行研究を展望する。
3.2 銀行の流動性保有に関する実証研究
銀行の流動性需要をめぐる実証分析は多岐に及んでいるが、マイクロデータを用いて
実証分析を行っているのは、本稿が確認できた限りにおいて、Shioji(2003) と
Ogawa(2007)のみである。特に、Ogawa(2007)は、静学的な最適化問題を設定することで、
外生的な資産劣化(不良債権問題)が準備預金保有の便益を高めるという経路を明示し、
準備預金需要を決定する要因として預金量、金利、経営健全性そして収益性の 4 つを特
定化している。その上で、銀行財務データによって実証分析を行い、名目金利の低下と
不良債権の増大が流動性需要を高めたことを明らかにしている。
これらの研究で指摘されている、資産の劣化が預金流出をもたらすという経路は、預
金者規律と関連がある6。預金者規律の存否については、銀行の財務データや家計の資産
5
彼らは、コーホート分析を行うことで、高齢者ほど流動性資産(現金、流動性預金)の選好が高いことを指摘
し、近年の流動性預金の高まりが特に高齢者層の貯蓄目的によって説明される可能性が高いとしている。
6
預金者規律とは、金融機関のパフォーマンスが悪化した際に、その金融機関の預金者が預金の引出を行った
り、あるいは高い金利を要求したりすることで、金融機関が預金者に不利となり得るような隠れた行動(主に過
度なリスクテイキングが想定される)を事前に防ぎ、健全な経営を促すような規律付けのことである。また、預
金者規律が働く背景には、銀行が預金以外に資金調達が限られている状況、つまり流動性制約下にあることが
必要であると考えられる。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 5
選択に関するデータを用いた実証分析が蓄積されている。本稿が注目する日本の銀行を
対象とした分析に限定すると、Tsuru(2003)や Murata and Hori(2006)があり、いずれも
資産のリスク(総資産・資本比率、不良債権比率など)、流動性リスク(現金預け金・総
資産比率、流動資産比率)、そして収益性(総資産利益率)といった銀行の健全性指標が
悪化した際に、預金増加率の減少や預金金利の上昇が伴うかどうかを計測し、預金者規
律の存在を支持する結果を得ている。
また、預金保険で保護された預金は、最も安全な資産と認識されてきたが、保護され
た預金者であっても銀行の選別を行っていたことが明らかになっている(Peria and
Schmukler,2001; 稲 倉 ・ 清 水 谷 ,2005) 。 こ の よ う な 現 象 に つ い て 、 Cook and
Spellman(1994)は、明確な議論を行っている。彼らは、保護された預金のリスクとして、
破綻時に現金化が一時的に困難になるリスク(預金の流動性喪失リスク)と、政府が(預
け入れ先の破綻時に)支払を拒絶するリスクがあることを指摘している。Cook and
Spellman(1994)の視点は、日本の預金保険制度が預金者行動に与える影響を考える上で
示唆的である。日本の預金保険のもとでは、たとえ全額保障されていても破綻銀行の預
金者への償還に時間がかかりかねない点が明記されており、特に定期性預金の流動性喪
失リスクは流動性預金よりも高い7。従って、経営健全性に問題のある銀行の預金者は、
流動性喪失リスクが相対的に小さい流動性預金を選好する可能性があるため、預金構成
の変化には、預金者行動が反映されていることを実証上考慮することが求められる。
4. 銀行の現金・準備預金需要関数の推定
4.1 理論モデル
本稿では預金構成の流動化が現金・準備預金保有量に与えた影響を計測するにあたり、
銀行が確率的な預金流出に直面するような理論モデルを考える。伝統的な銀行行動理論
である Klein(1971)の系列では、Prisman, Slovin and Sushka(1986)によってこうした
問題が分析されてきた。ここでは、Prisman, Slovin and Sushka(1986)、Freixas and
Rochet(2008)、そして Ogawa(2007)を参考に推定式の導出を行う。
7
預金保険機構ホームページ(http://www.dic.go.jp/) では、銀行が破綻したときの預金の取り扱いについて、
以下のような説明をしている。
「仮払金は、保険事故が発生し、保険金の支払開始又は付保預金の払戻しまでに
かなりの日数を要すると見込まれるような場合、破綻金融機関の預金者の当座の生活資金等に充てるため支払
われるものです。仮払金の支払を行うためには、預金保険機構が保険事故発生の日から 1 週間以内に運営委員
会の議決を経て決定することが必要とされています。仮払金は、各預金者の普通預金残高(元本のみ)につい
て、1 口座につき 60 万円を限度として支払われます。なお、後に保険金等が支払われる時には、この仮払金支
払額はその預金者の保険金の額等から控除されることとなります。
」つまり、破綻銀行の定期性預金を持つ預金
者は、払戻が行われるまで完全に流動性を喪失することとなる。
6 日本経済研究 No.64,2011.3
まず、銀行の利潤最大化問題を設定する。銀行は、期初に外生的に得た預金( D )の全
てを貸出( L )、証券( S )そして準備預金( R )に配分する8。資産のポジションを決定し
た後に、銀行は期末に確率的な預金引出に直面する。保有する準備預金以上の預金流出
に対しては、金融市場で同期間中に調達する必要があるが、1 円あたりの調達コストは、
デフォルト・リスクを反映してデフォルト確率(  )について増加的な費用をもたらすも
のとする(  (  ) .ただし、  ' ()  0 )。ここで、調達コストに関する仮定は様々な解
釈が可能となる。まず銀行間市場の取引で考えると、資産内容の劣化した銀行が取引に
参加できなくなり、自行に不利な条件や手間のかかる方法で資金調達を強いられるから
と考えることができる。中央銀行との関係で考えると、資産内容に問題がなく流動性シ
ョックに直面した銀行は、救済融資が得られるためとも考えられる9。
また預金流出額(  )は、分布関数( F )、密度関数( f )に従う連続的な確率変数であ
り、その銀行が得た預金量ならびに、預金者の選好によって決定する流動性預金比率( l )
が増大するほど預金流出確率は高くなるものとする( D と l による一階の確率優位性を
L
仮定する。つまり、F D  0, F l  0 )
。貸出は外生的な収益( r )を生むものの、
情報生産活動や借手の監視に逓増的な費用を生じさせることを仮定する( C (L ) .ただし、
S
C ' ()  0, C " ()  0 )10。証券は、保有することで一円あたりの外生的な収益( r )を
生み、その保有に費用が生じない資産である。また預金には外生的な金利( i D )を支払う
ものとする。
以上の仮定のもとでは、銀行の利潤最大化問題は以下の式によって表せる。
8
ここで、準備預金には銀行が手元に保有する現金を含めるものとする。
金融庁の委嘱研究である三井情報開発株式会社(2004)は、破綻した銀行がどのような預金流出に見舞われた
かに調査している。それによると、預金の流出は破綻の最終局面で加速することがわかっている。例えば 1997
年 11 月に破綻した北海道拓殖銀行(拓銀)の場合、北海道銀行との合併が延期されたこと(事実上の破談)を契機
にして預金流出が本格化していた。また拓銀の破綻過程をまとめた服部(2003)は、こうした預金流出は小口預
金者の定期預金解約を中心としており、流出額が絶対額で合併延期報道後に 2 倍に増えていたことを報告して
いる。更に服部(2003)によると、破綻の 1 年ほど前より(情報優位にあると考えられる)大口定期預金者による
預金解約が相次いでいたことがわかる。日々の決済に窮していたため、コール市場で日々大量の資金を調達し
ていたが、無担保コールからの調達は減少し、また有担保コールでの調達が増えていた。これは、コールの出
し手が拓銀のデフォルト・リスクを認識したために、拓銀が無担保コール市場で資金調達できなくなっていた
ものと推察される。更に、拓銀は金利が相対で決まる大口定期預金において、同時期の他行よりもかなり高い
金利で預金を集めたり、貸出金の回収を図ったりして流動性の確保をしていた。拓銀は、労力的にも金銭的に
もコストがかかる方法で流動性確保をしていたことがうかがわれる。
10
このような貸出に関する逓増費用の仮定は、銀行行動に関する多くの文献で用いられており、通常、二次関
数での近似がなされる(例えば、隋,1995; 山崎・竹田,1997; Ogawa and Kitasaka,2000 など)。
9
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 7
  max {r L L  r S S  i D D  C ( L)
{ L , S , R}

  (  )  max{0,   R} f ( | D, l )d}
(1)
 0
L  S  R  D,
s.t.
L  0, S  0, R  0.
また、本稿では、  (  ) について次のような弾力性一定の関数形を仮定する。
 (  )   
(3)
いまラグランジュ乗数を  としてラグランジュ関数(Λ) を設定すれば、内点解を仮定
*
*
*
したもとで最適な L , S , R は、以下の一階条件を満たす。


 r S  *  0
 r L  C ' ( L* )  *  0 ,
S
L


    f ( | D, l )d  *  0
R
  R*
(4)

 D  L*  S *  R*  0

(1)式のように、それぞれの資産から生じる収益と費用が資産ごとに加法的に分離可能
な場合、貸出、証券そして準備預金の限界収益は、いずれも他の変数から独立になる。
特に証券の保有には費用が生じないと仮定したため、ラグランジュ乗数は最適解では
r S と等しくなる。これより、準備預金保有に関する一階条件を得る11。すなわち、
 

 f ( | D, l )d  r
S
(5)
  R*
*
以上の関係から、最適な R について次の関係を得る。
11
本稿では銀行の流動性保有に焦点を当てたため、貸出供給決定に関する多くの要因を捨象したが、この点に
関しては一定の注意が必要である(貸出供給関数に関する議論については、関根・小林・才田(2003)を参照)。
8 日本経済研究 No.64,2011.3
R*  f ( l , D ,  , r S )
() ()
(  ) ( )
(6)
(5)式を検討すると、まず、銀行は個々が直面している外生変数のもとで、流動性保
有の限界的な便益が、その機会費用である証券収益率に等しくなるまで流動性を保有す
る。銀行は、資産が劣化して金融市場での資金調達が難しくなったり、流動性預金比率
が高まったりすると、左辺が大きくなり、流動性保有を増やして(資産購入を減らして)
流動性リスクに直面する確率を減らそうとする。逆に証券の収益率が上昇すると、流動
性保有の機会費用が上昇し、流動性保有を削減しようとする。このモデルは極めて単純
であり、銀行行動に付随する数多くの要因を捨象していることに注意しなければならな
い。しかしながら、90 年代に日本の銀行が流動性保有を増やすことになった要因につい
て検証可能な仮説を提供している。具体的には以下の三点に集約される。
(1) 低金利: 低金利によって資産購入による収益率が低下し、現金・準備預金保有の
機会費用が低下した。
(2) 不良債権: 資産の劣化した銀行が流動性ショックに陥った際の資金調達コストが
高まり(あるいは、預金の流出確率が高まり)、事前の流動性保有を増やした。
(3) 預金構成: 預金者の流動性預金に対する選好が高まることで、預金流出に直面す
る確率が高まり、事前の流動性保有を増やした12。
ここで、以上のモデルから得られた含意を実証分析により検証するために、
Ogawa(2007)に従い、理論モデルにおける確率分布がパレート分布に従うというパラメ
トリックな仮定をおく。
where
1 P
  1
P  l  D 
 i  0,
i  1,2,3.
f ( | D , l ) 
1
2
3
(7)
これらの追加的な仮定のもとでは、(5)式の左辺は次のようになる。
12
本稿の理論モデルでは、預金構成が外生的に決定すると仮定するが、これは独立した要因でない可能性があ
ることを、本誌レフェリーより指摘された。流動性預金比率が、預入先銀行の不良債権比率と金利によって完
全に特定化される場合、計測式において、預金構成を示す変数の係数推定値は、金利や不良債権比率が預金構
成を通じて間接的に流動性需要に与える影響を計測することになる。この点を考慮した結果の解釈については、
4.6 節にて詳細に検討する。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 9
 R*
 1  F ( R | D, l )    2 3
 l D



*




1
(8)
*
これを一階条件に代入して、両辺の自然対数を取り、 logR について整理すれば、
*
最適な R は次式を満たす。
log R *  log  
log 
1
  2 log l   3 log D 
1

log   log r s
1
1
(9)
次節以降では、この関係を利用して計測式を導いていく。
4.2 計測式と推定方法
ここでは、前節で得られた(9)式をもとに計測式を導く。固体効果( a )、時間効果(  )
そして誤差項(  )の存在を仮定すると、以下のような線形の回帰モデルを得られる。
log Ri ,t   0   1 log l i ,t   2 log Di ,t   3 log  i ,t 1
  4 log ri s,t  a i    s I (t  s)   i ,t
(10)
s
ここで、サブスクリプト( i, t )は、銀行 i の t 年に得られたデータであることを意味して
おり、 I (t  s ) は s 年に 1 をとるダミー変数である。またデフォルト確率については、
後述するように、資産劣化度合いを示す健全性指標で代理することが自然であると考え
られる。このとき、同時決定性を考慮するとともに、預金者ないし金融市場が決算日に
おいて、その日における確定的な資産内容を知ることができない点を考慮して、一期の
ラグを取っている。
本稿では、誤差項に強外生性(Strict Exogeneity)を仮定する通常のパネル分析手法
では、推定上の問題が生じうると考えた13。この仮定のもとでは、標本内の任意の期の
誤差項は標本期間内の全ての説明変数と無相関となる。しかし、預金者の選好が反映さ
13
いま銀行 i の t 期における説明変数ベクトルを xi ,t とすると、強外生性が満たされるとは、すべての i なら
びに t について E(εi,t|xi,1,xi,2 ,...,xi,T ,ai )  0 が成立することであり、弱外生性が満たされるとは、すべての
i について E(εi,t|xi,1 ,...,xi,t ,ai )  0 が成立することである。後者しか満たされない場合には、通常の変量効
果モデルや固定効果モデルによる推定量が一致性を失うことが知られている。この点は Wooldridge(2002)、第
11 章に詳しい。
10 日本経済研究 No.64,2011.3
れていると考えられる預金構成変数が、経営健全性指標の一つとして銀行の現金・準備
預金保有量にも反応する場合、 t  1 期以降の説明変数( log l )と t 期の誤差項の間に相
関が生じる(現在の log R へのショックが将来の log l に影響を与える)。具体的には、
log l について次のような関係が成立する場合である14。
log li , t  0  1 log  i , t 1  2 log ri ,st  3 log Ri , t 1
 4 log Di , t  zi , t  ai    s I (t  s)   i , t
(11)
s
このとき、Wooldridge(2002)が示しているように、強外生性が満たされなくなり、固定
効果モデルで得られる推定量は一致性を喪失する。しかし、誤差項に弱外生性
(Sequential Exogeneity)が仮定できれば、(12-1)で与えられる直交条件の利用が可能
なため、 (12-2)式の Z で与えられる変数群を操作変数として、一階の差分をとった(10)
式を一般化積率法(Panel-GMM)で推定することで、係数の一致推定量を得られる 15。
E[ xi ,s ( i ,t   i ,t 1 )]  0,
s  1,2,..., t  1.
(12-1)
0
 
0

( x 'i ,1 )

 0
( x'i , 2 , x'i ,1 )



 

Zi   



0

 

 0


0
(
x
'
,
x
'
,...,
x
'
)
i ,T 1
i ,1 
i ,T  2

where
(12-2)
S
x'i ,t  (log li ,t , log Di ,t , log  i ,t 1 , log ri ,t )
この操作変数の選択は、弱外生性の仮定そのものから得られる全ての直交条件に基づ
いている。これは、Arellano and Bond(1991)によって提示された方法であり、強外生
14
(11)式のような定式化が可能となる経済学的理由については、3.2 節の議論を参照のこと。以下では、
E[εi,t ξ i,t ]  0 が成立すると仮定し、また  t は時間効果を示している。ここで、 zi ,t は、 log li ,t に影響を
与えるが、 log Ri ,t には影響を与えない変数である。
15
差分をとったイヤーダミーも外生変数に含まれる。(11)式の関係のみであれば、Deposit、Health、Return
について強外生性を仮定できるが、頑健性のために弱外生性の仮定のもとで推定を行う。本稿の計測式および
計測期間のもとでは、操作変数の数は 66 となる。また、(10)式の一階の差分を取ることは、固定効果の除去に
対応している。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 11
性が満たされないダイナミックパネル推定で幅広く用いられるものである。従って、操
作変数が妥当となる経済学的理由は、誤差項に弱外生性が仮定できる経済学的理由から
導かれる。以下でその点を考察する。
まず、弱外生性が成立するとは、誤差項について次の仮定が成り立つことである。
E ( i ,t | xi ,1 , xi , 2 ,..., xi ,t , ai )  0
(13)
このとき、 log R の条件付期待値は、次のように書ける。
E (log Ri ,t | xi ,1 , xi , 2 ,..., xi ,t , ai )
(14)
 E (log Ri ,t | xi ,t , ai )  x'i ,t   ai
従って、弱外生性の仮定は、当期の説明変数の実現値をコントロールすれば、 log R が
過去の説明変数に依存しないことを意味する。経済学的には、銀行が(9)式で決定する
静学的な最適準備保有量を、過去の最適準備保有量の決定要因に依存せずに毎期達成で
きることを意味している。つまり、期首に決定する最適準備保有量を確保する際に、期
をまたぐような部分的調整は生じないと仮定することになる。銀行が保有する資産のう
ち、債券などの有価証券については、1 年の期間で見れば現金化は容易であるため、現
金・準備預金に関して期中に調整が終了すると想定することは、経済学的に妥当である。
具体的に、求める推定値は以下の最小化問題の解である(まず単位行列を加重行列に
用いて推定し、その際の残差ベクトル( e )を用いて最適加重行列( WN )を計算した)。
 ˆGMM 

  arg min 1
 ˆ

 ,
N
 GMM 
'

1
Z  i  WN 

i 1

N
N
'
i
N
 Z 
i 1
'
i
i



  log Ri , 2  x'i , 2   s s I (t  s) 


  log Ri ,3  x'i ,3   s s I (t  s) 
where  i  




  log Ri ,T  x'i ,T    s I (t  s) 
s


1
WN  
N
12 日本経済研究 No.64,2011.3

Z 'i ei e'i Z i 

i 1

N
1
(15)
表 1 変数対応表
変 数
定 義
Liquidity 「現金」+「日銀への預け金」の自然対数値
Ratio
A=「当座預金」+「普通預金」+「貯蓄預金」+「通知預金」
B=「定期預金」+「定期積金」 として得られた比率A/(A+B)の自然対数値
Health
「不良債権合計(旧基準)」/「貸付金合計」の自然対数値(1993年~1997年)
「リスク管理債権額(新基準)/「貸付金合計」の自然対数値(1998年~2000年)
Health2
「連結自己資本比率(BIS基準)」の自然対数値
Deposit
「預金合計」-「譲渡性預金」の自然対数値
Return1
「有価証券利息配当金」/「有価証券合計」の自然対数値
Return2
(「有価証券利息配当金」-「株式配当金」)/(「有価証券合計」-「株式」)の自然対数値
注)括弧内は、
『日経 NEEDS』における項目名をさしている。
更に各内生変数を操作変数に回帰し、推定式に含まれない操作変数の係数が全てゼロと
なるという帰無仮説のもとで F 検定を行い、操作変数の妥当性を検証する。
4.3 データ
本稿の分析においては、07 年度版『日経 NEEDS』から抽出した、93 年から 2000 年ま
での都市銀行・地方銀行・第二地方銀行の単独決算からなる 130 行のアンバランスドパ
ネルデータを用いる16。『日経 NEEDS』では、不良債権に関するデータが 93 年以前では
得られないことと、2000 年以後のサンプルについては、量的緩和政策(01 年 3 月 19 日
開始)の期間中であるため除外した17。また、預金による資金調達が副次的な長期信用銀
行と信託銀行はサンプルから除外している18。経営破綻行については以後を欠損値とし、
合併行は合併後から新系列を導入して、合併に携わった銀行は両者とも以後欠損扱いと
している。更に、破綻行は破綻直前の財務データにおいて異常値を示すことから、得ら
れる最終期のデータを欠損扱いとしている。欠損値を除いた上でサンプルサイズは 850
である19。
ここで、推定式における変数( log R,log l,log ,log D,log r S ) を観察可能な変数
(Liquidity, Ratio, Health, Deposit, Return)に置き換える。変数の対応は表 1
の通りである。貸借対照表の預金項目内にある「その他預金」については、この預金の
性質が明らかではないため、Ratio の計算に用いていない。加えて、Deposit の作成に
16
サンプルは、各年 3 月末日時点(決算日)の値である。
例えば、金利が十分に低下すると「流動性の罠」に陥るとすれば、十分に金利が低い局面では、金利弾力性
が非線形な関係を示す可能性がある。
18
旧東京銀行に関しても、金融債による資金調達の割合が大きく、他の普通銀行と性格が異なるため、サンプ
ルから除外している。しかし旧三菱銀行との合併による旧東京三菱銀行の系列はサンプルに含めている。
19
バランスドパネルデータにした場合、106 行(サンプルサイズ 742)のデータが得られる。
17
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 13
表 2 記述統計
変 数
標本平均 標準偏差
最小値
最大値
観察数
Liquidity
overall
between
within
10.6249
1.2327
1.2391
0.2826
7.8415
8.2044
9.4651
14.5816 N=881
14.2365 n=130
12.3147 T-bar=6.77692
Ratio
overall
between
within
-1.6123
0.2016
0.1865
0.0833
-2.2911
-2.1866
-1.8815
-1.0404 N=881
-1.1182 n=130
-1.2876 T-bar=6.77692
Deposit
overall
between
within
14.3266
1.0520
1.0842
0.0820
12.1712
12.3552
13.5539
17.4434 N=881
17.4287 n=130
15.1006 T-bar=6.77692
Health(-1)
overall
between
within
-4.1974
1.1020
0.6148
0.9267
-7.8721
-5.7819
-6.9478
-1.0858 N=852
-2.6192 n=130
-1.7888 T-bar=6.55385
Health2(-1)
overall
between
within
-2.3557
0.0911
0.0777
0.0544
-2.7227
-2.6146
-2.5754
-1.9885 N=437
-2.0492 n=78
-2.0787 T-bar=5.60256
Return1
overall
between
within
-3.3007
0.3124
0.1695
0.2622
-4.5265
-3.8234
-4.2560
-2.7849 N=881
-2.9527 n=130
-2.6826 T-bar=6.77692
Return2
overall
between
within
-3.1913
0.3651
0.1419
0.3362
-9.2524
-3.9758
-8.4679
-2.6845 N=881
-2.8846 n=130
-2.0775 T-bar=6.77692
注)overall はサンプルをプールしたものについて、between はサンプルごとに計測期間の平均値をとったもの
について、within はサンプルごとに計測期間平均値からの偏差をとったものについて計算を行っている。N は
サンプルサイズ、n は銀行数、そして T-bar は各銀行でサンプルの得られる平均年数を示している。
おいては預金総額から「譲渡性預金」を除いている。これは、Ogawa and Kitasaka(2000)
が指摘しているように、譲渡性預金が実質的に売渡手形などに準ずる短期資金調達手段
として機能しており、また他の預金と異なって銀行が中途換金に応じる義務がないこと
による。
Health の作成に関して、不良債権に関する指標は、98 年(97 年度決算)に「不良債権
合計(旧基準)」から「リスク管理債権額(新基準)」に変更がなされているため、98 年以
前と以後では用いている指標が厳密には異なるが、小林・秋吉(2006)など銀行の財務デ
ータを用いている先例に倣い、二つの定義の系列を併用した。更に、健全性を示す他の
指標として、自己資本比率の対数値(Health2)を用いたモデルについても計測を行い、
14 日本経済研究 No.64,2011.3
表 3 変数の年別標本平均
1994年
流動性預金比率
1995年
1996年
1997年
1998年
1999年
2000年
18.35%
18.25%
20.08%
20.65%
21.15%
21.60%
22.57%
(23.60%) (23.42%) (26.16%) (27.18%) (27.78%) (28.49%) (31.51%)
証券収益率(1)
4.78%
(3.77%)
4.63%
(3.32%)
4.32%
(2.96%)
3.88%
(2.71%)
3.69%
(2.39%)
3.03%
(2.13%)
2.52%
(1.65%)
証券収益率(2)
5.35%
(5.67%)
5.22%
(5.2%)
4.90%
(4.59%)
4.35%
(4.14%)
4.14%
(3.60%)
3.30%
(3.07%)
2.76%
(2.56%)
不良債権比率
0.81%
(3.10%)
0.85%
(3.06%)
3.03%
(4.36%)
2.75%
(8.93%)
4.07%
(4.51%)
4.98%
(4.87%)
6.59%
(4.74%)
自己資本比率
9.58%
(9.64%)
9.22%
(8.82%)
9.55%
(8.93%)
9.46%
9.83%
10.94%
11.61%
(8.89%) (9.44 %) (11.72%) (12.15%)
非譲渡性預金残高
32,446
34,541
34,089
31,614
33,449
32,446
32,608
(281,236)(275,629)(264,534)(258,640)(241,575)(213,908)(211,525)
現金・準備預金残高
現金準備/預金比率
1,374
1,238
1,138
(15,249) (13,276) (11,881)
2.90%
(4.89%)
2.65%
(4.33%)
2.32%
(3.94%)
944
1,106
(9,317) (10,556)
1,031
1,315
(8,922) (11,329)
2.51%
(3.14%)
2.47%
(3.46%)
2.50%
(3.69%)
3.24%
(4.38%)
注)上段は全サンプルによる標本平均を、下段括弧内は、大手銀行(預金量 15 兆円以上)の標本平均を示してい
る。ただし大手銀行の標本平均に関して、旧三菱銀行と旧東京銀行が合併した影響を除くため、旧三菱銀行お
よび旧東京三菱銀行を除いて計算している。預金残高及び現金・準備預金残高の単位は億円。証券収益率 1 は
Return1 を、証券収益率 2 は Return2 をそれぞれレベルに変換したものの年別平均値を報告している。
推定結果の頑健性を確認する20。
最後に、現金・準備預金保有の機会費用である Return については、理論を踏まえ 2
通りの指標を用いることとした21。理論モデルにおいて証券( S )は、保有に費用が生じ
ないと仮定した。実際の銀行においては、有価証券である債券や株式などがそのような
資産に相当すると考えられるため、これらの資産の収益を代理する変数を用いる。ここ
で株式については、いわゆる「持ち合い」など純粋な収益以外の要因で保有を決定する
可能性もあることから、収益率指標としては「有価証券利息配当金」と(より債券保有
からの収益に近い変数として)「株式配当金」を除いた「有価証券利息配当金」の二つ
を計算に用いた。前者の指標を Return1 とし、これを用いる計測式を「計測式 1」と呼
び、同様に後者を Return2 として「計測式 2」と呼ぶことにする。
20
『日経 NEEDS』では、自己資本比率(連結自己資本比率(BIS 基準))のデータが抽出可能であるが、欠損値が多
く、利用可能となるのは、130 行中 78 行(サンプルサイズ 437)に限定される。特に 99 年に関しては、26 行し
か得られず、Panel-GMM の計算が困難となるため、本稿では固定効果モデルの結果のみ報告する。
21
Shioji(2003)および Ogawa(2007)は、金利変数としてコールレート(無担保翌日物)を用いた推定を行ってい
る。本稿では、金利以外のマクロショックについても制御する必要があると考えたため、イヤーダミー及び定
数項との間で完全な共線性を起こさない平均のリターンに関する指標を用いる。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 15
表 4 一段階推定における F 検定
内生変数
⊿Ratio
⊿Deposit
⊿Health
⊿Return1
観察数
710
710
710
710
内生変数
⊿Ratio
⊿Deposit
⊿Health
⊿Return2
観察数
710
710
710
710
計測式1
操作変数数
60
60
60
60
計測式2
操作変数数
60
60
60
60
F-Test
F(60, 645)=4.15
F(60, 645)=2.68
F(60, 645)=5.92
F(60, 645)=3.03
P-Value
(0.000)
(0.000)
(0.000)
(0.000)
F-Test
F(60, 645)=6.33
F(60, 645)=2.72
F(60, 645)=6.17
F(60, 645)=8.91
P-Value
(0.000)
(0.000)
(0.000)
(0.000)
注)一段階推定において、内生変数を外生変数に回帰した際に、計測式に含まれない外生変数の係数が全てゼ
ロになるという帰無仮説を F 検定している。F 検定の結果のみを報告している。
4.4 記述統計
記述統計に関して、標本平均と標準偏差は表 2 の通りである。特に年ごとの標本平均を
見ると、流動性預金比率は 95 年一貫して上昇しており、集計データが示すとおり、大
手銀行においてその比率が高まっていたことが確認できる(表 3)。また不良債権比率及
び有価証券保有による収益率も 90 年代を通して悪化し続けていたことがわかる。自己
資本比率については、金融危機時の 97 年に低下し、その後 99 年と 2000 年に大きく回
復する傾向があり、大手銀行に顕著である。これは同時期の公的資金注入を反映してい
ると考えられる。預金残高は、全銀行を対象とした場合、97 年に大きく減少しており、
特に大手銀行では 90 年代を通して減少傾向にあった。最後に、預金に対する現金・準
備預金の割合に注目すると、94 年から 96 年にかけて低下しているものの、97 年および
2000 年に大きく上昇している。以上のデータの記述統計の面を理論モデルにおける銀行
の流動性保有行動と関連付けると、平均的に観察される預金構成の流動化、有価証券収
益率の低下、及び不良債権比率の上昇は、流動性需要を高める方向に働き、同様に預金
残高の減少はそれを打ち消すように働いていたと考えられる。
説明変数間の相関係数について、Deposit と Ratio の間および、Health と Return
(Return1, Return2)の間に高い相関があることがわかったが、一階の差分を取るとそれ
らの相関は弱まった。また Liquidity と Deposit の間に、強い線形の関係が確認された
(相関係数 0.934)。これは、対数水準での現金・準備預金保有量が対数水準の預金残高
に決定的に依存することを示している。従って、Liquidity について Deposit を線形の
関係として含む推定式を計測すると、当てはまりが高くなることが予想される22。
22
単相関係数行列については、書面の都合から本稿では報告しない。詳細な結果は、著者より入手可能である。
16 日本経済研究 No.64,2011.3
表 5-1 推定結果 (推定方法:固定効果モデル)
説明変数
Ratio
Deposit
Health(-1)
Return1
Return2
D1995
D1996
D1997
D1998
D1999
D2000
Const.
N. of Obs.
N. of Groups.
R_squared(Overall)
F-Test(1)
(P-Value)
F-Test(2)
(P-Value)
Hausman Test
(P-Value)
計測式1
推定値
0.809
1.159
0.050
-0.158
標準誤差
** 0.316
*** 0.134
*
0.030
0.107
-0.115
*** 0.019
-0.374
*** 0.046
-0.360
*** 0.070
-0.395
*** 0.079
-0.483
*** 0.102
-0.293
** 0.132
-4.709
** 2.120
850
130
0.905
F(10,710)=22.41
(0.000)
F(6,710)=22.76
(0.000)
chi2(10)=26.71
(0.003)
計測式2
推定値
0.820
1.195
0.047
標準誤差
** 0.322
*** 0.141
0.030
-0.015
0.054
-0.110
*** 0.019
-0.359
*** 0.045
-0.325
*** 0.065
-0.352
*** 0.073
-0.410
*** 0.090
-0.192
*
0.112
-4.793
** 2.169
850
130
0.902
F(10, 710)=29.68
(0.000)
F(6,710)=26.61
(0.000)
chi2(10)=46.95
(0.000)
注)F-Test(1)は定数項以外の係数推定値がすべてゼロとなる仮説を、F-Test(2)はイヤーダミーの係数がゼロ
となる帰無仮説を検定している。D1995~D2000 はそれぞれ、95 年から 2000 年までのイヤーダミーを示してお
り、94 年がベースである。係数推定値の標準誤差は、White 修正したもの(Panel Robust Estimator)を報告し
ている。(*,*,***)は、それぞれ 10%水準、5%水準、1%水準で有意であることを示している。
4.5 推定結果
主な推定結果は、表 5-1、2 の通りである23。まず、弱外生性のもとでの推定(GMM)に
関して一段階目の推定結果(表 4)を見ると、各内生変数について、計測式に含まれない
操作変数の係数が全てゼロとなる帰無仮説は、十分に小さな有意水準で棄却されており、
弱い操作変数の問題は深刻でない。一方、表 5-2 の Hansen の J 統計量(過剰識別検定)
に注目すると、操作変数と誤差項が直交するという帰無仮説は、計測式 1 では有意水準
5%で棄却されないが、計測式 2 では有意水準 1%で棄却されないに留っている24。従って、
23
大手都市銀行と、地方・第二地方銀行とでは、行動に異質性がある可能性を考慮して、大手銀行ダミー(預金
量 15 兆円以上なら 1 を取る変数)と、Ratio、Deposit、Health、Return の各変数との交差項を導入した計測式
(計測式 1、2)を固定効果および変量効果モデルで推定し、その係数がゼロとなる帰無仮説について F 検定(RE
モデルについては Wald 検定)を行ったところ、帰無仮説はいずれも 10%水準で棄却できなかった。
24
バランスドパネルデータを用いて推定した場合も、FE モデルおよび Panel-GMM の両方において、ほぼ同様
の係数推定値が得られ、有意水準も大きく異ならなかった。加えて、その際の Panel-GMM 推定における過剰識
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 17
表 5-2 推定結果 (推定方法:Panel-GMM)
説明変数
Ratio
Deposit
Health(-1)
Return1
Return2
D1995
D1996
D1997
D1998
D1999
D2000
Const.
N. of Obs.
N. of Groups.
Wald-Test(1)
(P-Value)
Wald-Test(2)
(P-Value)
Hansen's J Test
(P-Value)
計測式1
推定値
1.348
1.426
0.132
-0.137
標準誤差
*** 0.330
*** 0.157
*** 0.022
0.107
-0.131
-0.455
-0.559
-0.605
-0.739
-0.599
***
***
***
***
***
***
0.013
0.044
0.069
0.077
0.099
0.128
710
123
chi2(10)=413.11
(0.000)
chi2(6)=283.63
(0.000)
chi2(56)=73.36
(0.060)
計測式2
推定値
1.205
1.433
0.133
標準誤差
*** 0.335
*** 0.159
*** 0.021
-0.085
-0.125
-0.430
-0.528
-0.560
-0.692
-0.527
***
***
***
***
***
***
***
0.015
0.013
0.043
0.064
0.070
0.083
0.103
710
123
chi2(10)=424.70
(0.000)
chi2(6)=305.62
(0.000)
chi2(56)=74.67
(0.048)
注)Wald-Test(1)は係数推定値がすべてゼロとなる仮説を、Wald-Test(2)はイヤーダミーの係数がゼロとなる
帰無仮説を検定している。D1995~D2000 はそれぞれ、95 年から 2000 年までのイヤーダミーを示しており、94
年がベースである。係数推定値の標準誤差は、White 修正したもの(Panel Robust Estimator)を報告している。
(*,*,***)は、それぞれ 10%水準、5%水準、1%水準で有意であることを示している。
計測式 2 においては操作変数の選択に改善の余地があるが、計測式 1 では操作変数の満
たすべき条件は、満たされていると結論付けられる。またいずれの収益率指標を用いて
も、Ratio, Deposit そして Health の係数に大きな差は生じないことも確認できる。本
稿では、これより先は計測式 1 の結果をもとに考察を行う。
係数の推定値は、Ratio と Health、Deposit そして Return について、いずれの推定方
法によっても理論から導かれる符号条件を満たしている。強外生性の仮定のもとでの二
元配置固定効果(FE)モデルにおいて、Ratio の係数は、5%水準でゼロと有意に異なって
いる。また Deposit の係数も極めて低い有意水準で帰無仮説を棄却できることがわかっ
たが、Return の係数は、10%水準においてもゼロと有意に異ならなかった。Health の
別検定(Hansen's J Test)は、いずれの計測式のもとでも有意水準 5%で棄却されなかった。
18 日本経済研究 No.64,2011.3
表 5-3 自己資本比率を使った場合の推定結果 (推定方法:固定効果モデル)
説明変数
Ratio
Deposit
Health2(-1)
Return1
Return2
D1995
D1996
D1997
D1998
D1999
D2000
Const.
N. of Obs.
N. of Groups
R_squared(Overall)
F-Test(1)
(P-Value)
F-Test(2)
(P-Value)
Hausman Test
(P-Value)
計測式1
推定値
1.166
0.816
-0.515
-0.102
標準誤差
*** 0.410
*** 0.212
** 0.225
0.157
-0.078
*** 0.023
-0.398
*** 0.058
-0.348
*** 0.073
-0.402
*** 0.092
-0.451
*** 0.123
-0.211
0.167
-0.415
3.283
432
78
0.8877
F(10,344)=14.49
(0.000)
F(6,344)=22.68
(0.000)
chi2(10)=14.87
(0.137)
計測式2
推定値
1.184
0.805
-0.520
標準誤差
*** 0.411
*** 0.212
*** 0.226
-0.004
0.137
-0.073
*** 0.023
-0.388
*** 0.056
-0.328
*** 0.067
-0.381
*** 0.087
-0.413
*** 0.114
-0.153
0.154
0.078
3.299
432
78
0.8826
F(10,344)=14.39
(0.000)
F(6,344)=22.55
(0.000)
chi2(10)=17.69
(0.060)
注)Wald-Test(1)は係数推定値がすべてゼロとなる仮説を、Wald-Test(2)はイヤーダミーの係数がゼロとなる
帰無仮説を検定している。D1995~D2000 はそれぞれ、95 年から 2000 年までのイヤーダミーを示しており、94
年がベースである。係数推定値の標準誤差は、White 修正したもの(Panel Robust Estimator)を報告している。
(*,*,***)は、それぞれ 10%水準、5%水準、1%水準で有意であることを示している。
係数は 10%水準では有意である。更に特筆すべきこととして、イヤーダミーの係数の有
意性が高いことがあげられる。これは、銀行の流動性需要が金融政策などマクロショッ
クに強く反応しているものと解釈できる。加えて、内生性を考慮した GMM 推定において
は、Ratio の係数は 1%水準で有意であり、更に Health の係数の有意性が増しているこ
とが確認できる(1%水準で有意)。従って、預金者行動によって生じ得る内生性を考慮し
た場合にも、預金構成の流動化が現金・準備預金保有行動に影響を与えることが確認で
きたと言える。
次に、係数推定値のインパクトに注目すると、Ratio の係数は、モデル 1 で最も頑健
と考えられる GMM 推定の結果(括弧内は FE 推定)で 1.348(0.809)であり、Health の
0.132(0.05)や Return の-0.137(-0.158)と比して、限界的に強い影響をもたらす25。銀
25
FE モデルに関して、推定期間が GMM による推定と同じになるように、95 年から 2000 年までのサンプルを用
いて推定した場合にも、推定値に大きな差は生じなかった。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 19
表 6 推定値から計算される大手銀行の流動性保有量の変化(1999 年~2000 年)
流動性預金比率
預金残高
不良債権比率
証券収益率
合計
実際の変化率
推定値×変化率 推定値×変化率 推定値×変化率 推定値×変化率
(A)+(B)+(C)+(D) ⊿Liquidity
(A)
(B)
(C)
(D)
第一勧業銀行
18.50%
-7.67%
6.08%
3.05%
19.96%
-0.49%
(11.11%)
(-6.23%)
(2.31%)
(3.52%)
(10.70%)
さくら銀行
14.83%
(8.91%)
-5.28%
(-4.29%)
3.43%
(1.30%)
3.76%
(4.33%)
16.74%
(10.25%)
42.54%
あさひ銀行
11.42%
(6.86%)
-2.63%
(-2.14%)
-0.95%
(-0.36%)
0.48%
(0.56%)
8.32%
(4.92%)
16.70%
三和銀行
12.24%
(7.46%)
11.08%
(9.14%)
1.59%
(0.60%)
5.33%
(6.14%)
30.57%
(23.35%)
26.05%
住友銀行
8.57%
(5.14%)
-6.11%
(-4.97%)
4.65%
(1.77%)
6.85%
(7.90%)
13.95%
(9.85%)
42.71%
東海銀行
16.40%
(9.85%)
2.95%
(2.40%)
-11.34%
(-4.31%)
0.44%
(0.51%)
8.45%
(8.44%)
21.39%
東京三菱銀行
12.08%
(7.26%)
4.34%
(3.53%)
0.12%
(0.04%)
4.35%
(5.01%)
20.88%
(15.84%)
-0.52%
注)変化率は、2000 年時点の対前年変化率である。上段は Panel-GMM による推定値、下段括弧内は固定効果モ
デルの推定値に基づき計算した。実際の変化率は、現金・準備預金保有量の 2000 年時点での対前年変化率を計
算したものである。
行の流動性保有額に与える影響について、流動性需要関数は対数線形であるため、推定
値は弾力性を意味している。よって、流動性預金比率が例えば、10%から 11%に上昇す
ると、銀行の流動性需要は 13.48%(FE 推定の結果に従うと 8.09%)高まることになる。
また、経営健全性指標として、自己資本比率(Health2)を用いて推定した結果が、表
5-3 である。このモデルでは、Health2 の係数は、負で符号条件を満たしており(自己資
本比率は高いほど健全であるため)、加えて統計的有意性が改善していることがわかる
(計測式 1 では 5%水準、計測式 2 では 1%水準で有意)。Ratio、 Deposit および Return
の係数に関しても、表 5-1 と同様に、符号条件を満たし、統計的有意性も大きく異なっ
ていない。従って、本稿の推定結果は、経営健全性指標の選択に対して頑健といえる。
以上の推定結果に基づいて、実際の流動性保有の高まりを解釈するためには、変数自
体の変化も考慮する必要がある。例えば、流動性需要の預金構成に対する限界的な感応
度が高くとも、不良債権比率や証券収益率の変化が、預金構成の変化に比して十分に大
きい場合には、流動性保有の高まりを説明する上で預金構成のインパクトは、さほど高
いとはいえない。そのため、具体的な例として、推定結果を流動性保有の高まりが確認
された 99 年と 2000 年の大手 7 行(旧第一勧業、旧さくら、旧あさひ、旧三和、旧住友、
旧東海、旧東京三菱)のデータに当てはめた(表 6)。これによると、例えば旧住友銀行は、
20 日本経済研究 No.64,2011.3
99 年に 8225 億円の現金及び日銀預け金を保有しており、また流動性預金比率は、99 年
の 32.75%から翌 2000 年には 34.9%に上昇していた。他の条件を全て一定として、得
られた推定値をもとに計算すると、この変化は次年度に流動性需要を約 756 億円(FE 推
定の結果に従うと約 423 億円、以下同じ)高めたことになる。更に、預金残高は 2000 年
に前年比で 4.29%減少しており、これは流動性需要を約 502 億円(約 409 億円)低下させ
たことになる。同様に不良債権比率および証券収益率の変化は、それぞれ約 382 億円(約
146 億円)と約 563 億円(約 650 億円)ずつ流動性需要を高めたことになる。それ以外の大
手行においても、預金構成は、変数自体の変化の大きさを考慮した場合にも、流動性保
有量に強い影響を及ぼすと結論付けられる。
4.6 預金構成の決定要因を考慮した結果の解釈
本稿の分析は基本的に重回帰分析であるため、以上の結果は他の条件を一定として流
動性預金比率が上昇した場合、現金・準備預金保有量が有意に増加し、その効果は他の
要因よりも強いことを明らかにしている。
本稿の推定結果を解釈するためには一定の注意が必要である。預金構成変数には、預
金者による金融不安や低金利の影響が含まれると考えられ、それ自体が完全に独立した
要因とはいえない可能性があるためである。例えば、金利の低下は、定期性預金を保有
することの便益を低下させ、同様に、金融不安の高まりは、定期性預金保有のリスクを
高めると考えられる。もちろん、本稿が用いた推定期間の後半においては、ペイオフが
凍結(96 年)されており、預金者が個別銀行の経営健全性に反応する合理性は弱まったと
考えられる。しかし、当該期間は、金融システム全体への不安が高まっていた時期であ
り、それが預金者の(引き出しの容易な)流動性預金への選好を高め、結果として銀行の
預金流出確率が高まった可能性は十分に考えられる。
上記の点を明らかにするため、本稿では、預金構成が金利、不良債権比率および固定
効果によって特定化される場合、すなわち(11)式で表される預金構成の決定式において、
定数項ならびに金利、不良債権以外の係数が全てゼロであるという制約を課し、金利と
不良債権比率が直接的に流動性需要に与える影響(直接効果)と、預金構成を通じて間接
的に与える影響(間接効果)を分離する26。ここで、制約下の(11)式では、個別銀行の不
良債権比率と金利が、それぞれ金融システム不安とマクロの金利の代理変数となってい
26
この要因分析は、本誌レフェリーの指摘に基づいている。この制約のもとでは(10)、(11)式とも強外生性が
失われる積極的な理由が見当たらないため、両者とも固定効果推定により結果を報告している。金利について
は、Return1 の指標を用いている。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 21
ることに注意が必要である。この点を考慮するために、本項では、各銀行の動きを見る
のではなく、大手 7 行の平均的な動きを求めることで計測を行い、金融不安要因と低金
利要因が流動性需要に与える影響のうち、預金者行動を通じた経路のインパクトについ
て検証する。以下でその点を確認する。
本稿の理論モデルに即して言うと、(11)式に課す制約は、預金構成( l )が次式で与えら
れると想定することと等しい。
l  e0  1 rS2
(16)
この時、不良債権比率と金利は、それぞれ l を通じて間接的に流動性需要に影響を与え
る。これは、預金者行動を経由して預金流出確率を高める要因を意味するため、
「預金
者行動要因」と呼ぶこととする27。また、(9)式から明らかなように、不良債権比率と金
利は、 l を通じた経路とは別に、直接的にも流動性需要に影響を与える。本稿の理論モ
デルに基づけば、不良債権比率の直接効果は、銀行が預金流出に際して金融市場から資
金調達する際のコスト要因を意味しており、金利の直接効果は流動性保有に関する機会
費用の要因を捉えている。従って、本稿ではこれらを「金融市場要因」と呼ぶ。
対数線形の需要関数の性質から、不良債権と金利が与える影響に限定すると、流動性
保有量の変化率(全効果)は、次式のように「預金者行動要因」と「金融市場要因」へと
分解できる。
 R

 R
 
r 
r   

 4 S 
 12 S     3
   11
rS  
rS 


D const . 

全効果
預金者行動要因
(17)
金融市場要因
制約のもとでの(11)式の推定結果は、1 :0.038(標準誤差 0.05),
 2 :-0.116(標準誤差
0.02)であり、不良債権比率の上昇ならびに金利の低下は、有意に流動性預金比率を高
めることがわかる。
次に、(10)、(11)式を個別に固定効果推定を行って得られた推定値をもとに、大手 7
行についてシミュレーションを行い、
その記述統計を求めたのが表 7 である。
ここでは、
各行の 1999 年時点の現金・準備預金保有量をもとに、99 年から 2000 年にかけての金利
27
もちろん、実際には不良債権それ自体が預金者の金融不安を高め、預金流出確率を高める可能性も考えられ
るが、その場合でも、
「預金者行動要因」について少なくともその下限を求めることができる。
22 日本経済研究 No.64,2011.3
表 7 金利と不良債権比率が流動性需要に与える間接的・直接的効果
平均値
メディアン
最小値
最大値
平均値
メディアン
最小値
最大値
平均値
メディアン
最小値
最大値
金利
金融市場要因(B)
415.03
516.38
32.32
707.87
不良債権比率
預金者行動要因(D)
金融市場要因(E)
32.07
52.16
34.49
56.10
-167.85
-273.00
207.00
336.67
預金者行動要因(合計) 金融市場要因(合計)
(G=A+D)
(H=B+E)
278.57
467.18
376.34
631.66
-148.66
-240.68
513.70
853.05
預金者行動要因(A)
246.51
306.71
19.20
420.44
金利計
(C=A+B)
661.54
823.09
51.51
1128.31
不良債権計
(F=D+E)
84.22
90.59
-440.85
543.67
全効果
(I=C+F)
745.76
1008.00
-389.34
1366.76
注)単位:億円。2000 年時点の大手 7 行(第一勧業、さくら、あさひ、三和、住友、東海、東京三菱の各銀行)
について計算した。2000 年時点における説明変数の対前年変化率及び 99 年時点の現金・準備預金保有量のデ
ータをもとに、(11)式と制約のもとでの(12)式をそれぞれ固定効果モデルで推定し、得られた推定値を用いて
計算している。
および不良債権比率の変化率を利用して、同期間における現金・準備預金保有量の増減
額を予測している28。この結果を見ると、金利(不良債権比率)が預金者行動を通じて流
動性需要に与える効果の平均は、約 247 億円(32 億円)である一方、金利(不良債権比率)
が金融市場を通じて与える効果の平均は、約 415 億円(52 億円)であり、
「預金者行動要
因」は金利・不良債権のいずれにおいても、全効果の約 4 割を占めている29。従って、
預金構成の決定要因を考慮した場合においても、預金者行動を通じた経路が現金・準備
預金保有量決定において重要な役割を果たしていると結論づけることができる。
5 結論および今後の課題
本稿は、預金者行動が銀行の流動性保有決定行動に与える影響を実証面から検証した。
それによって、預金流出リスクを代理すると考えられる流動性預金比率が現金・準備預
金保有量に統計的に有意な説明力を持ち、その感応度も大きいことが明らかになった。
28
大手 7 行の 99 年時点における現金・準備預金保有量は平均 9660.42 億円(メディアン 8937.16 億円、最小値
6025.14 億円、最大値 14641.15 億円)であった。
29
表 7 において、不良債権比率の貢献(D、E、F)の最小値が比較的大きな負の値をとっているが、これは旧東海
銀行の不良債権比率が、98 年から 99 年にかけて大きく低下したことによる影響である。
論文:預金構成の変化が銀行の現金・準備預金保有行動に与える影響 23
更に、流動性預金比率が金利と不良債権比率によって決定するという仮定のもと、金利
および不良債権が直接的に流動性需要に与える影響と、預金構成を通じて間接的に与え
る影響とを分離し、預金者行動の変化が、銀行の流動性保有行動に無視できない影響を
与えることを確認した。
これら本稿の実証結果は、銀行の流動性保有決定要因の解明という点に加えて、望ま
しい預金者保護制度を議論する際に、実証面から一定の貢献ができるものと考えられる。
例えば、本稿の結果に基づけば、預金者規律を強く働かせるような制度は、金融不安の
高まりに際して、(流動性確保に伴う)銀行の与信活動の低下をもたらし、社会的費用を
生じさせる可能性がある。こうした制度の便益の問題(例えば、モラルハザード防止の
面での効果)を併せて検討することにより、本稿の結果は政策的含意を持ちうる。
また、08 年以降、日本銀行を含む各国中央銀行は、所要準備を上回る超過準備に対す
る付利を行っている。本稿の理論モデルに基づけば、準備預金に i R %の付利が行われる
S
と、(5)式右辺の準備預金保有の機会費用が r から r S  i R へと変わるため、銀行は、
同じ市場金利のもとで、付利されない場合と比較して、より多くの超過準備を保有する。
本稿のモデルは、主体均衡についてしか言及するものでないが、準備預金付利により、
正の市場金利を維持した状態で流動性供給(量的緩和)が可能となりうることを示唆し
ている。こうした効果については、深尾(2010)が付利前後の日銀当座預金需要関数の形
状を示すことで指摘しており、今後詳細な実証分析の課題となるものと考えられる。
加えて、本稿の分析には、今後解決すべき問題があると認識している。まず、預金者
行動の構造を取り入れておらず、預金構成の流動化がいかなる要因によって生じたのか
を射程の外においている。より正確に定量的な計測を行うためには、預金者行動に関す
るより注意深い実証上の考慮を行うとともに、預金構成の決定要因について預金者側の
データを用いた実証分析を蓄積することが課題であるといえる。更に関連して、銀行が
金利の設定を自由に行うことで、預金構成を制御できた可能性を考慮していない。実際、
94 年の金利自由化過程の完了後に、普通預金と定期預金の金利差は大きく縮小しており、
本稿が注目した預金構成の変化は、銀行の最適化行動を反映している可能性が排除でき
ない。本稿の分析は、それらを明確にできない点に限界があるといえる。
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