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電気刺激を利用した痛み定量計測法の開発と 実験的痛みによる

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生体医工学
43
(1)
: 117―123, 2005
研 究
電気刺激を利用した痛み定量計測法の開発と
実験的痛みによる評価
嶋津 秀昭*・瀬野晋一郎*・加藤 幸子*・小林 博子*・秋元 恵実*
Development of a Quantitative Measurement Method for the Magnitude of Pain
Using Painless Electrical Stimulation and Its Evaluation Using Experimental Pain
Hideaki SHIMAZU,* Shin-ichiro SENO,* Sachiko KATO,* Hiroko KOBAYASHI,* Megumi AKIMOTO*
Abstract
We have developed a method and a system to quantitatively evaluate human pain without relying
on subjective criteria. The concept of pain quantification is to compare the magnitude of the subject’s pain to the
magnitude of a painless electric stimulus that is comparable to actual pain. We quantified degree of pain as the
pain ratio, based on the ratio between pain equivalent current and minimum perceived current. In the system developed as the objective of this study, a gradually increasing pulsed current(frequency was 50 Hz, and the pulse
width was 0.3 ms)was applied to the subject’s medial forearms, and the subjects compared the magnitude of this
sensation to electrical stimulation produced by an electrical current. Using test equipment, we conducted basic
evaluations of measurement principles. We induced two types of experimental pain, by applying weight load to
the upper arm and the lower leg, and by pinching the skin using clips. We examined whether changes in the degree of sensation with respect to electrical stimulation used in this method could be accurately observed, and
whether or not it was possible to accurately and with high reproducibility measure minimum perceived current
and pain equivalent current. As a result, we were able to make a clear comparison between pain and the degree
of stimulation by electrical current, which was a sensation differing from pain. Although there were individual differences in the measured values, the reproducibility of the pain equivalent current as measured was favorable,
and the measured values for pain ratio were also reproducible. We confirmed in the present study that the degree
of experimental pain can be expressed as quantitative numerical values using an index defined as pain ratio.
Keywords : pain measurement, quantitative measurement, pain ratio, visual analog scale.
1. は じ め に
痛みは生体に対する警告信号としての意味を持つ不快な
感覚であり,これを定量的に評価することができれば,疾
きる.しかし,大きさについては痛み自体が極めて主観的
な感覚量であるため,正しく他人に伝えることは困難であ
る.
臨床では,患者の感じている痛みの大きさを評価する際
病の診断や治療効果の判定に有用である.「他人の痛みは
に,visual analog scale(VAS)が用いられてきた[2, 3].こ
わからない」と,文学的な表現があるように,痛みの感覚
の方法は与えられた軸上で患者が自ら痛みを数値化する方
は極めて個人的なもので,それを他者に伝えるのはなかな
法であり,その簡便性から広く用いられている.しかし,
か困難である.痛みを情報として伝えこれを評価するため
痛みスケールの最大値である「最大の痛み」が各個人の痛
には痛みの質,出現部位,大きさの 3 つの情報が不可欠で
み経験や判断に依存し,主観的な評価になりやすく,客観
ある
[1].このうち,質については言語表現がある程度可
的に利用できる定量的評価とは言い難い[4].
能であり,出現部位についても比較的容易に示すことがで
また,定量可能な負荷を与えてこれによる痛みの発生点
を評価することで,痛みの感受性や伝達経路上の障害など
生体医工学シンポジウム 2004 発表(2004 年 9 月,札幌)
2004 年 8 月 1 日受付,2004 年 11 月 5 日改訂
Received August 1, 2004 ; revised November 5, 2004.
* 杏林大学保健学部生理学教室
Department of Physiology, Kyorin University School of
Health Sciences
を評価する方法もある[5, 6]
が,これらはすでに存在して
いる痛みの大きさを直接的に評価するものではない.
実際に存在する痛みの定量法として,痛みの大きさを人
工的に作成した刺激による痛みと比較することで,痛みに
対応した刺激量から求める方法も考案されている[7].し
(118)
生体医工学 43 巻 1 号(2005 年 3 月)
かし,従来報告されている方法には,痛み測定に際して新
り行った.
たな痛みを必要としたり,痛みの大きさと人工的な刺激量
図 1 は通電波形を示している.刺激電流は最も広い部分
との関係に表れる個人差について考慮されていないなどの
で 0.3 ms のパルス幅を持つが,単純な矩形波ではなく,先
問題もあった.
端のとがった微分波状である.通電に使用した双極電極は
このような観点から,我々は被検者が感じている痛み
柔らかいシリコンプレート状の基板上に,それぞれ直径
を,痛みを伴わない異種感覚に置き換えて定量評価する方
27 mm の導電性プラスチックの表面に厚さ 1.5 mm の導電
法を考案し,痛み定量分析システムの開発および評価を行
ゲルシートを貼ったものを使用した.両電極間のインピー
った.
ダンスは皮膚への装着状態で約 10 kW であった.
試作した測定システムは充電式のバッテリ駆動による電
2. 原理と測定システム
気刺激装置を自作し,これとラップトップコンピュータを
2・1 痛み定量の原理
接続して,インターフェースとして動作させた.最小感知
本法は痛みの大きさをこれと比較可能な痛みを伴わない
電流の測定では画面上のスタートボタンにより刺激電流を
電気刺激による感覚の大きさと比較するものである.痛み
徐々に増大させ,被検者が電気刺激の存在を初めて知覚し
に対する感覚の大きさを,これに対応する電流感覚の原因
た時,被検者自身が刺激電流の停止スイッチを押し,この
量である刺激電流値として定量化する.すなわち,被検者
時の電流値を求めた.痛み対応電流の測定に際しては,同
が感じている痛みと同程度の強度に感ずる電気刺激の大き
様の操作を行い,被検者が痛みと電気刺激の平衡を感知し
さを測定することによって,これを痛みに対応する量とし
た時の電流値を痛みに対応した刺激強度として記録した.
て定量評価した.上腕内側部に痛みを発生させない電流パ
これらの値は独立に 3 回まで記録され,再現性を確認する
ルス波を与え,刺激量を徐々に増大させながら痛みと刺激
とともに,それぞれの平均値を用いて pain ratio および,
感覚の大きさを比較する.このとき,痛みの大きさに相当
pain degree が算出される.本研究では刺激電流値を実効
する感覚を与えた電流値を痛み対応電流と定義した.電流
電流値として計算に供した.
による刺激の感覚は電極と皮下の神経系との相対的な位置
や,それを感覚として脳内で認知する際の個人差を有する
ことが予想される.このため,本法ではこれらの要因によ
る個体差や測定条件のばらつきを消去する目的で,被検者
の電気刺激に対する閾値(増大する電気刺激を最初に感じ
た値:最小感知電流)を測定し,この両者から以下の式で
痛みの大きさを表す指標を定義した.
痛み指数(pain ratio)
=痛み対応電流 / 最小感知電流
(1)
または
痛み度(pain degree)
=
(痛み対応電流−最小感知電流)/最小感知電流
(2)
痛み指数(pain ratio)は痛みに対応する電流値を電流感
覚の閾値で除して規格化した値である.無痛時では痛み対
応電流値が存在しないことになるが,無痛時での測定に際
しては痛み対応電流として最小感知電流を再度測定して痛
み対応電流とした.従って,痛み指数は痛みのない時に 1
となり,痛みの大きさとともに上限なしに増加する無次元
量である.また,痛み度(pain degree)は無痛時に 0 とな
る無次元量であり,これは痛みに伴う電流感覚が電流閾値
に対してどれだけ増加したかを規格化して表現したものと
なる.
2・2 測定システム
上記の原理に基づき,痛み定量化システムを試作した.
電流刺激は前腕内側に装着した刺激電極を介して,パルス
状電流( 50 Hz, 0 ∼ 150 mA rms, パルス幅 0.3 ms)によ
図 1 最小感知電流および痛み対応電流測定のための刺激電流
波形
Fig. 1 Waveform of electrical stimulation current for the
measurement of minimum perceived current and pain
equivalent current.
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嶋津秀昭ほか:痛みの定量評価法の開発
1 回あたりの測定時間は痛みの大きさに依存するが最大
で約 40 秒である.
3. 実験的痛みを対象とした測定法の評価
名,女性 9 名)を対象に,安静状態を保った後,前腕部を
クリップで挟み,実験的な痛みを加えた.前腕部のクリッ
プは実験終了時まで負荷を継続し,負荷後 15 秒後,150 秒
後,285 秒後にこの負荷に対応した pain ratio を測定した.
ボランティアを中心に,最小感知電流,痛み対応電流,
これと同時に,はじめの負荷後 90 秒後に脚のすねをクリッ
pain ratio 測定の測定再現性について検討した.さらに,
プで挟み,新たな痛みとして加えた.この後,足への負荷
本法により得られた痛み指標である pain ratio と従来の痛
を続行した状態で,さらに 225 秒後に脚のすねに同じ強さ
み指標である VAS(pain scale)とを比較検討した.被検
のクリップによる負荷を追加し実験終了時まで継続した.
者には口頭および文書によるインフォームドコンセントを
脚に発生した痛みに対応した pain ratio は脚へのクリップ
行い,実験の方法を具体的に説明した.なお,実験結果に
装着直後に測定した.
影響を与える可能性のある項目については先入観の影響を
4. 測 定 結 果
できるだけ避ける目的で,負荷の大きさを加える順序や,
既存の評価結果についての情報については説明できないこ
とも含め,署名による承諾を得た上で実験を行った.
4・1 基礎実験の結果
図 2a は無負荷状態での最小感知電流を 90 秒ごとに 7.5
Pain scale の測定には長さ 20 cm の目盛りのないスケー
分間測定した結果である.最小感知電流値には個人差が認
ルを用い,痛みのない状態を 0,最大の痛み(耐えられな
められたが,平均および標準偏差は測定開始から終了まで
い痛み)を 20 として被検者自身の判断により,該当する位
ほぼ一定の値を示しており,変化は認められなかった.同
置をマークした.
図 b は個体差を排除する目的で最初の測定値を 1 として規
最小感知電流のばらつきおよび,測定安定性を検討する
ため,年齢 21 ∼ 53 歳の 51 名(男性 20 名,女性 31 名)を
対象に安静を保ち,最小感知電流の経時的な測定を行っ
た.
格化して比較したものである.最小感知電流値に有意な変
化は認められなかった.
図 3 はおもりによる実験的痛みで測定された最小感知電
流および痛み対応電流と pain ratio の関係を示したもので
実験的な痛みの作成は以下の 2 種の方法を用いた.それ
ある.横軸はおもりの重量で,100 g ずつ負荷を増加させ
ぞれ,おもりを負荷したロッド(先端部を平らにしてエッ
て測定した結果である.この結果も負荷の増大に対して明
ジを面取り処理した直径 3 mm のアルミ棒)による圧迫,ク
らかな痛み対応電流の増加が示され,pain ratio もこれに
リップによる挟み付け,によったが,いずれも実験的痛み
つれて増大した.
は電気刺激を行う腕の反体側の皮膚表面に作成した.ロッ
図 4 はこの時測定された pain ratio と pain scale の個人
ドによる圧迫実験ではおもりの重量を 100 g ずつ変化さ
データの関係を示した分布図である.負荷重量ごとのプロ
せ,負荷の程度を変化させた.また,クリップによる挟み
ットはそれぞれ異なった被検者のデータである.同一の重
付けに際しては前腕部(あるいは足のすね)の筋肉の少な
量負荷に対して pain ratio および pain scale に比較的大き
い場所を選び幅 20 mm のクリップを使用して皮膚表面を
な個体差が認められた.しかし,2 つの指標はいずれも負
挟んだ.クリップはあらかじめ,先端の開口部の距離とバ
荷の増加に対して大きくなり,有意な相関( p<0.001)を
ネの強度を測定し,挟み付けの加重強度が 1.5 ∼ 1.7 kg に
示した(相関係数 g =0.470)
.それぞれの加重に対する
なるものを選択して皮膚を挟んだ.それぞれの被検者で挟
pain ratio および pain scale の平均値を算出し比較すると,
む皮膚の量および位置ができるだけ同一となるようにし
図 5 に示すように両者は極めて高い直線相関を示した.
た.
図 6 は各重量負荷に対する pain ratio と pain scale の変動
測定に際し被検者を数分間安静に保ち,無負荷時およ
係数(標準偏差 / 平均値)を比較したものである.pain ratio
び,痛み負荷中で最小感知電流および痛み対応電流値を測
はおもりの重量に依存しないが,pain scale は重量の増加
定した.
につれて,ばらつきが小さくなった.
ロッドを介したおもりによる圧迫は肘窩から手首方向約
4・2 複数の痛みの分離測定
6 cm の部分を圧迫点とし,年齢 21 ∼ 51 歳の 30 名(男性
図 7 は複数箇所の痛みに対して分離測定を試みた測定結
11 名,女性 19 名)を対象に測定を行った.加重は最小の
果をまとめたものである.図に示すように,測定から 15 秒
重量 100 g からはじめ,30 秒間維持した後に測定した.測
後,150 秒後,285 秒後に測定した前腕外側部の pain ratio
定後おもりを取り除き,1 分間放置し,100 g ずつ重量を増
はほぼ同一の大きさであった.これに対して,90 秒後およ
加させた.
び 225 秒後に脚のすねに行った負荷に対しては,前腕外側
本法の実用性評価の 1 つとして,前腕外側部および脚の
部の pain ratio と異なった値を示し,クリップの数を 2 つに
すねにクリップ負荷を行いそれぞれの痛み指数を別々に測
増やすと明らかに値が上昇した.この結果から,すねに与
定できることを確認した.年齢 21 ∼ 51 歳の 17 名(男性 8
えられたクリップによる痛みが前腕外側部の痛みとは独立
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生体医工学 43 巻 1 号(2005 年 3 月)
図 2 a : 無負荷状態での最小感知電流の経時変化(平均±SD)
,b : はじめの測定値
を 1 として規格化した最小感知電流の変化(平均±SD)
Fig. 2 a : Minimum perceived current intermittently measured during 7.5 minutes at rest and b : those of the change when the initial value was standardized as 1.
図 3 前腕部におもりの加重による負荷を与えたときの最小感
知電流,痛み対応電流,痛み指数(pain ratio)
Fig. 3 Minimum perceived current, pain equivalent current
and pain ratio measured by applying weight load to
the upper arm.
図 4 前腕部におもりの加重による負荷を与えたときの痛み指
数(pain ratio)と VAS(pain scale)との関係
記号はそれぞれの重量負荷を示す.
Fig. 4 Comparison between pain ratio and VAS(pain scale)
measured by applying weight load to the upper arm.
Symbols indicate each weight loading.
して認知されていることがわかる.
比較的少なく,平坦であり刺激による筋収縮の起こらない
5. 検 討
場所として前腕内側部を採用した.さらに,この部分は汗
腺が少ないことから,電極接触インピーダンスの不均一性
5・1 電極および装着部位について
に依存する電流の集中が原因となるジュール熱による痛み
本法では,導電性ゲルを介して刺激電流を通電したが,
の発生[9]を抑制できると考えた.シート状の導電ゲルは
ゲルの使用は必須ではなく,心電図測定用の銀―塩化銀電
横方向のインピーダンスが高く,通電電流の分布を一定に
極でも同様の測定が可能である.電極装着部位には体毛が
保つ効果が期待できる.また,電流の感覚閾値は人体各部
嶋津秀昭ほか:痛みの定量評価法の開発
図 5 前腕部におもりの加重による負荷を与えたとき,負荷の
大きさ別に求めた痛み指数(pain ratio)の平均値と VAS
(pain scale)の平均値との関係
記号はそれぞれの重量負荷を示す.
Fig. 5 Correlation between average of pain ratio and pain
scale for each weight load. Symbols indicate each
weight load.
(121)
図 7 複数箇所の痛みに対する分離測定
無印は前腕部の負荷に対する痛み,同時に★は脚をクリ
ップで挟みつけたとき痛み,★★はさらに脚のクリップ
を追加して測定した脚部の痛みを示す.
Fig. 7 Separate measurement of plural pains applied by
pinching the skin of the upper arm
(no symbols)
and
lower leg(★using one clip, and ★★two clips).
ッチを押すまでの時間遅れが無視できないことと,この遅
れ時間の個体差を含むからである.この結果から,痛み測
定を行う際には電流上昇速度を遅くすることが望ましいと
考えることができる.しかし,我々の考案した痛み測定で
は,痛み対応電流値を最小感知電流値で除して pain ratio
として表現されるため,この時点である程度,誤差が相殺
されてしまうことから実用上の誤差は小さくなっていると
推定できる.
5・2 刺激電流波形と刺激による感覚
電気刺激の感覚は皮下の神経で感知される.神経線維に
図 6 各重量負荷の下で測定された pain ratio および pain scale
の変動係数(標準偏差 / 平均値)の比較
Fig. 6 Comparison between the coefficient of variation of
Pain Ratio and Pain Scale measured by applying
weight loads from 100 to 500 g to the upper arm. Symbols are indicated in the figure.
は 3 つのタイプがあり,接触や圧迫感覚を伝える Ab 線維,
圧迫,温度,瞬間的な痛み(一次痛),機械的な刺激を伝え
る Ad 線維,および,刺激より少し遅れて生ずる長く焼け
付くような痛み感覚(二次痛)を伝える C 線維がある[8].
これらはそれぞれ不応期の違いから,それぞれの最適刺激
周波数が異なる
[9, 10].たとえば,電流感知閾値を調べる
ために,Ab は 2 kHz,Ad は 200 Hz,C 線維には 5 Hz が
で必ずしも等しい値とならない
[8].このため,最小感知
採用されている
[6].今回の刺激はこのうち,測定に際し
電流の測定と痛み対応電流の測定は同一の部位で行う必要
て刺激による痛みを発生しないように刺激電流波形を検討
がある.
した.最小感知から電撃に対する危険のない程度の電流値
本システムでは刺激電流を徐々に増加させて痛みの評価
の範囲で痛みを発生させないために,本研究では図 1 で示
を行っている.電流の増加速度を変えて測定値を比較した
したような刺激波形を採用した.波形の選択は極めて経験
結果,増加速度を 5 mA rms/s にして測定した最小感知電
的であったが,結果として,基本周期は 50 Hz,パルス幅
流値は増加速度 2.5 mA rms/s の時の測定値よりやや大き
0.3 ms のパルス状の波形を決定した.矩形部分はその周期
な値を示したが,有意な差は認められなかった( p>0.2).
から Ab および Ad の刺激に対応することが理解できるが,
また,これ以下の速度にしても測定値には変化が認められ
先端部は鋭い三角波であり,Ab を効率よく刺激できる.
なかった.以上の結果から本研究では後者の値を標準的な
これに対し,C 線維を刺激できる低い周波数の成分はあま
刺激電流増加速度として測定を行った.
りなく,全体として痛みを発生することなく,特異な電気
この結果は必ずしも,電流上昇速度を速くすると実際に
刺激感覚のみを与えることができた.20 ∼ 80 歳まで,の
最小感知電流値自体が大きくなることを意味するわけでは
べ 1,000 名を超えるボランティアに本論文で示した電気刺
ない.被検者が最小感知電流値を感じてからストップスイ
激を体験させたが,前腕部を電極装着部位として電流刺激
(122)
生体医工学 43 巻 1 号(2005 年 3 月)
を 140 mA rms まで増加させても,この刺激を痛みとして
被検者の電流刺激に対する閾値も上昇するので,最小感知
報告した例は皆無であった.
電流は上昇することになる.これに対して,痛みの原因自
5・3 痛みと他の刺激に対する感覚との比較
体が取り除かれたわけではないので,痛みに対する感度と
本研究では痛みの大きさを電気刺激に対する感覚の大き
電流刺激に対する感度が平行して変化するならば,痛み対
さと比較することにより,痛みの定量を可能とする方法を
応電流は変化しないことになる.
示した.痛み感覚にはそれ自体にも質的な多様性があり,
このように pain ratio の減少のパターンは治療の方法に
今回比較の対象とした電気刺激とは明らかに異なる感覚で
より,最小感知電流の上昇あるいは痛み対応電流の低下の
ある.様々な種類の異なる感覚を量的に比較するという研
2 つのパターンを考えることができる.本法による評価で
究は古くから存在しているが,今回の研究で実際に痛みと
は,いずれの場合についても痛みが小さくなれば pain ra-
電流刺激感覚を比較した結果,以下の点が確認された.
tio が減少する.これらについては今後さらに実験的な確
脳は痛みとこれと異なる感覚の大きさとを比較すること
認が必要であるが,本法による痛みの定量では,pain ratio
ができた.この実験の過程で被検者は感覚の平衡点を認識
だけでなく,最小感知電流,痛み対応電流を含む 3 つの要
する方法について 2 種類の認知方法の経験を報告した.1
素を総合的に判断し,被検者の感じる痛みの大きさおよ
つは電流刺激が次第に増大し,この刺激に対する意識が痛
び,治療の結果としての鎮痛効果の程度とその意味を評価
みに対する意識を超えたと感じて平衡点を認識する方法で
することが重要となる.
ある.あるいは,測定に際して痛みに対する意識を集中さ
5・5 VAS(pain scale)との関係
せておくと,電流刺激がある程度増加した時に痛み感覚が
図 4 ∼図 6 に示したように,痛みの大きさを変化させた
一瞬失われ,意識が電流刺激感覚へと移行することも痛み
場合,pain ratio は pain scale と対応して変化した.しか
対応電流の判定に有効である.
し,両者とも個体差が存在し,単純に比較した場合,相関
これらのいずれの方法においても,感覚の大小関係をは
自体は有意であったが,相関係数は必ずしも良好ではな
っきりと把握することが可能であり,結果として測定され
い.しかし,このことから pain ratio が痛みの評価に不適
た痛み対応電流値の再現性は極めて良好であった.本法で
当な指標であると結論することはできない.Pain scale は
は基本的に 3 回の測定を繰り返しているが,1 つの痛みに
痛みに対応して被検者自身が自由に評価できるが,大きな
対して連続した 3 回の測定で同一の被検者の痛み対応電流
痛みに対してスケールの上限が存在する.このため,痛み
値のばらつきはほとんどの測定例で 5%以内であった.ま
の大きさに個体差があっても,大きな痛みに対しては評価
た,最小感知電流についても 5%以内のばらつきで検出が
値が上限付近に収束する傾向を持つ
[14].このため統計的
可能であった.
に分析すると標準偏差あるいは変動係数が小さくなる.こ
5・4 Pain ratio の算出根拠となる最小感知電流および
痛み対応電流の意義
Pain ratio は痛みに対応した刺激電流値を最小感知電流
値で規格化した値である.最小感知電流は電気刺激に対す
る被検者の閾値であり,電気刺激に対する感度に依存す
る.また痛み対応電流は,被検者が感じている痛みと同程
度の感覚を与える電気刺激の量である.
れに対して pain ratio は原理的には上限が存在せず,感覚
の違いをより広い範囲で表現できる可能性を持っている.
図 6 で認められた pain ratio と pain scale の変動係数の特徴
的な違いはこのことを強く示唆するものである.
6. お わ り に
本研究では継続的に加えた実験的な痛みについて,その
痛みの治療には多くの方法がある
[11].治療の方法によ
大きさを定量化した.しかし,今回報告した痛みの測定は
って最小感知電流や痛み対応電流は特徴的な変化を示すこ
単に大きさのみを決定するもので,これだけで痛みの全容
とが予想される.たとえば,痛みの原因自体を取り除く治
が単純に評価されるものではない.臨床においては pain
療を行った場合や,電気刺激に直接関わらない部分で発痛
scale と pain ratio の両者の評価を同時に行うことで,痛み
物質の抑制に作用するような鎮痛剤を使用して痛みを除去
の質や大きさ,主観的な感じ方と客観指標との相互分析な
した場合
[12]には,最小感知電流には変化が起こらず,痛
ど,より総合的な痛みの評価が可能になると考えている.
み対応電流の減少により pain ratio が減少することになる.
また,刺激電流を与える前腕内側部の支配分節を含まない
神経ブロックも同様に電流刺激に対する閾値は変化しない
ので,痛み対応電流値の減少で pain ratio が低下するであ
ろう.一方,前腕内側部の支配分節を神経ブロックした場
合,およびモルヒネなど中枢に作用する麻薬性鎮痛剤を使
用して痛みを抑制した場合では,知覚に対する閾値の上昇
および感度の低下により痛みが減少する
[13].この場合,
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嶋津 秀昭(シマヅ ヒデアキ)
1974 年早稲田大学理工学部機械工学科卒
業,東京医科歯科大学医用器材研究所,北海
道大学応用電気研究所,杏林大学医学部第 2
生理学教室を経て 1993 年より杏林大学保健
学部生理学教室,教授.循環系を中心とした
生体物性,医用計測法およびシステム開発を
中心に研究を行っている.
日本生体医工学会,ライフサポート学会,日本生理学会,日
本麻酔学会,日本循環器学会,日本臨床モニター学会などの会
員.
(123)
瀬野 晋一郎(セノ シンイチロウ)
2004 年杏林大学保健学部臨床検査技術学科
卒業,杏林大学大学院保健学研究科博士前期
課程在学.痛みの定量計測法を中心とした生
体計測に興味を持って研究している.
日本生体医工学会会員.
加藤 幸子(カトウ サチコ)
1989 年國學院大學文学部哲学科卒業,1998
年東京医療専門学校本科卒業,同年より杏林
大学保健学部生理学教室研究生.循環系に及
ぼす鍼灸の効果,痛みの定量計測法を用いた
臨床応用に関する研究.
日本生理学会,日本臨床モニター学会,全
日本鍼灸学会などの会員.
小林 博子(コバヤシ ヒロコ)
1984 年杏林大学保健学部臨床検査技術学科
卒業,テルモ
(株)
,杏林大学医学部第 2 生理
学教室を経て,1993 年より杏林大学保健学部
生理学教室,講師.循環系を中心とした医用
計測法の開発や臨床応用に関する研究を行っ
ている.
日本生体医工学会,ライフサポート学会,日本生理学会,日
本臨床モニター学会,日本循環器学会などの会員.
秋元 恵実(アキモト メグミ)
1972 年鹿児島純心女子短期大学家政学科卒
業,同大学家族関係学助手,東京医療専門学
校鍼灸科教員養成科卒業,杏林大学医学部第
2 生理学教室を経て 1993 年より杏林大学保健
学部生理学教室非常勤講師.循環系に及ぼす
鍼灸の効果の研究.
日本生体医工学会,ライフサポート学会,日本生理学会,日
本臨床モニター学会,などの会員.
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