EU統合の今日と明日

EU統合の今日と明日
−ドイツ滞在で得た新たな見地より−
西村
美峰
A unique economic and political partnership
between 27 democratic European countries.
1.はじめに
私が この 報告書 を書 いてい るの が 2010
出 所 : EUROPA HP « Panorama of the EU »
年 11 月 1 日である。ちょうど 17 年前の今
日、1993 年 11 月 1 日に調印されたマース
EUは自身のあるべき姿をこのように示
トリヒト条約により欧州連合(以下EU)
している。日本語では外務省がEUの説明
が発足した。経済統合体を前身とするEU
に際して「政治・経済統合体」という単語
が今日では外交や安全保障等、多岐の方面
を使用している。
で協力体制をとった政治・経済統合体とし
しかし、今日の欧州統合は経済・政治の
て機能しているのは周知の事である。昨今
枠組みを越え、社会的統合に向かって進ん
では様々な国際的事象を語る際に「米欧日」
でいるのではないだろうか。統一通貨導入、
などと、欧州という統合体が一国家と並べ
シェンゲン条約締結、欧州市民権導入、大
られて語られる事も珍しい事ではなくなっ
統領選出等、経済・政治的効果を狙った数々
た。加盟国内で単一通貨の導入も進み、昨
の策も結果的にはEU内の物理・精神的境
年には大統領も選出された。外部にいる私
界をなくし、地域内の住民の統一化を促す
たちからすれば、着々とEU統合は進んで
ものに繋がっていると考えることができる。
いるかのように思える。しかし、果たして
経済・政治的見地に立てば、EU統合は少
EUは本当に国境を越えた一つの統合体と
なからず成果をあげている。国連にオブザ
して機能しているのか。おそらく完全に肯
ーバーとして参加、またG20に加盟国数
定することはできないであろう。では、今
カ国が単体で参加する傍らEUとして参加
後発展を続ければ完全な統合体になれるの
するなど、EUの国際的発言力は年々強ま
だろうか。これも安易に肯定はできない。
っている。また、共通通貨であるユーロも
そこで、10 日間という短い期間ではあっ
基軸通貨としての力を強めており、米ドル
たがドイツ滞在中の見聞をもとに、統合体
と並ぶ通貨と称されるまでに成長した。
としてのEUの現状と未来について考察し
このようにEUは経済・政治的統合を着
たい。
実に進めているが、EUの描くさらなる発
展の青写真は社会的統合へ繋がるのではな
2.EUの今日
かろうか。つまり、経済・政治面での連携
2.1.統合体としてのEU
を強めていく事は、結果として社会全体で
まず、EUが統合体として機能している
ヨーロッパとしての一体感を強め、域内の
かという問いについて議論するにあたり、
住民に対するヨーロッパ住民としてのアイ
EUの描く統合体とは一体どのようなもの
デンティティの定着させる事に繋がってい
なのだろうか。
くのである。
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2.2.社会的統合が抱える2つの問題点
あろう。
さて、社会的統合を伴う発展を遂げるE
ドイツとフランスを代表例としてあげた
Uであるが、同時に問題点も抱えている。
が、欧州内の各国、各地域でこのような感
ここでは特にEU住民内に潜んでいる問題
情論が存在しているのは間違いない。
に焦点を当てる。官僚・エリート層におい
2.2.2.文化的問題
て欧州統合への支持が強いが、一般層は自
“United in diversity”
らの属する国家に固執する傾向にある。欧
州より国家への帰属意識が強い事が根底に
「多様性における統合」はEUが掲げるモ
ある事で生まれるEUの社会的統合の障害
ットーである。各国民の多様性を共存させ
となる歴史・文化的2つの問題点に注目し
た統合の実現は多様な文化背景を持つ各国
たい。
民の統合であり、民族意識や国家帰属意識
等が絡み合った複雑な問題である。
2.2.1.歴史的問題
国家の要素とは主権・領土・国民である。
まずは歴史的側面から社会レベルでのE
その中でも国家を支える最も重要な要素で
U統合を考えたい。近代欧州史において、
あるのが国民のナショナル・アイデンティ
仏独の対立と和解はあらゆる意味で重要役
ティである。このアイデンティティは古来
割を果たしている。大戦終了まで続いた因
より、
「外」に敵や脅威を「内」に異物を見
縁とも言うべき両国の敵対関係が、戦後一
出すことで形成された意識であるとする主
転して平和を願う欧州諸国民の声に応えて
張がある。(『ヨーロッパの社会史』第六章
和解へと向かった。仏独両国が中心となり
より)そのような外部と差別化することで
設立した欧州石炭鉄鋼共同体は今日のEU
生まれた共通意識が民族、地域、宗教、言
の前身となった。しかし、これら一連の流
語などを生み、やがて国家を形成するに至
れは経済・政治上の和解であり、国民レベ
った。その共通意識を土台として、各国民
ルでの真の和解はなされていない。ドイツ
たちは独自の技術や生活様式を発展させて
滞在中にドイツ人とフランスについて話す
きた。まさにナショナル・アイデンティテ
機会があった。老若男女問わず、フランス
ィこそがその国の文化を形成しているので
やフランス人を否定するわけではないが、
ある。
ところどころに批判や嘲りを含んだ感情が
過去のフランス滞在経験と今回のドイツ
伝わってきた。50 代の女性は「個人的に付
滞在中の経験を比較し気付いた事の中で特
き合うフランス人はいいが、
『フランス』は
筆すべきは同じヨーロッパに在る国家、且
ね」と口ごもった。以前、第二次大戦に参
つ隣国だからと言って、同じ文化を共有し
加した経験のある 80 代後半のフランス人
ているわけではないということだ。もちろ
男性と話した時には、その男性は戦争以外
ん、以前からフランスとドイツが同じ文化
の話題においてもドイツの話をしたがらな
を持っているとは思っていなかったが、似
かった。やはり、仏独国民にとって互いの
通った文化を持つのであろうと思っていた。
国は長い対立の歴史を持つ敵対国であり、
だが、実際はかなりの異なりを持っている。
和解したとは言え相手国に対する複雑な感
日常生活でそう感じた場面として、例えば
情は根強く残り、個人的に交流を持つ事や
食事のスタイル、家族や友人との挨拶の仕
商業上のパートナーにはなり得るものの、
方があげられる。食事のスタイルに関して
欧州として統合する事には抵抗があるので
は、日本と韓国、そして中国の食事を想像
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してみて欲しい。どの国でも料理が一斉に
ことができるだろうか。おそらく日本人と
テーブルに並べられ、箸を使って食事をす
いうアイデンティティの喪失に対する抵抗
る。しかし、私たちは韓国と中国のそれを
感が生まれるであろう。また、日本と中国・
日本の食事と同じ文化だと言えるだろうか。
韓国間の歴史的因果関係から、統合に反発
私がドイツで感じた差異はこの日中韓の違
する勢力が現れるであろう。EUとて同じ
いに近い。
事である。
話を戻すと、内外の敵や異物に対して形
しかし、これらはEUが統合体として連
成されたアイデンティティや文化を持つ
携してこのグローバル化の進んだ世界を勝
人々の集合体が国家である。すると、それ
ち抜く事を選択し、更に発展するにあたり
らを重んじると同時にEUとして各国家を
避けては通れない道である。
「 あなたはヨー
統合していく難しさは生半可なものではな
ロッパ人かドイツ人か」私がこの問いを投
いことが想像できる。統合すべき相手は遥
げかけると、ドイツ人は答えに窮した。そ
か昔に外敵として認知し、それらから自分
の中でも、
「 ヨーロッパの住民であることは
達を区別するために固有の文化を形成した
間違いないが、やはり自分はドイツ人であ
はずであった隣国や周辺国なのである。そ
る」という答えが一般的であったと思う。
のような流れを汲んでいるにも関わらず、
さらなる発展を目指すEUが描いている
唐突にそれらと共通意識を持つように望ま
将来像はいかなるものなのだろうか。多様
れてもそれは容易なことではない。
性を重要視しつつ、経済・政治的統合を更
2009 年 12 月、リスボン条約発効の際に、
に進めた社会的統合を目指すのなら、この
ヘ ル マ ン ・ フ ァ ン =ロ ン パ イ 欧 州 理 事 会 議
理想が現実のものとなった時、改めて今回
長は「27 の加盟国は、文学、芸術、言語の
質問したドイツ人たちに同じ問いを投げか
いずれも異なる。そして、それぞれの国に
けてみたい。答えは変わらないのか、
「ドイ
多様性がある。多様性は、私たちの財産、
ツ出身のヨーロッパ人」となるのか、はた
発展、力の源である。EU は寛容と尊厳の
また第3の選択肢が出てくるのか。
模範であり、また、そうでなければならな
今回取り上げた以外にも、EU拡大に対
い」
(外務省 HP「EU−多様性における統
する賛否や現加盟国間の意見の不一致、E
合−」より)と述べ、EU統合の新たなる
U内の経済格差など様々な問題がEUには
一歩を踏み出すにあたり、その多様性の尊
燻っている。今後のEUがどのように成長
重の重要性を説いた。
していくのか注目したい。
3.EUの明日
4.結び
政治・経済的統合体の先にある社会的統
今回、ドイツを訪問するまで、EUは順
合体に向かって進むEUだが、先に述べた
調に統合を遂げていると考えていた。しか
ように歴史・文化的見地からすると市民レ
し、実際にドイツ国民と話したことで、日
ベルで統合に対するわだかまりが存在する
本で報道されている政治・経済レベルでの
ことは否めない。先程、日中韓の食事の例
協力体制は整ってきているが、それに住民
をあげたが、仮に日中韓中心とした東アジ
の心が伴っていないことに気付かされた。
ア共同体が発足し、経済政治、さらに連携
滞在中、特にベルリン市訪問の際に、ドイ
を強め、社会的に統合を進めるとしたらど
ツ史、主に大戦期についてドイツの視点か
うだろう。我々は容易にそれを受け入れる
ら学んだ。ホームステイ体験により、ドイ
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ツの文化を知った。過去の欧州他国での滞
在の経験と比較し、その文化の多様性に驚
かされた。経済や政治では協力できても、
住民の心の連携は達成されていないことを
知った。実は、出発前は別の研究テーマを
考えていたが、現地でこの社会的統合の難
しさを目の当たりにし、これをテーマに研
究報告を行いたいと思い、テーマを変更し
た。現在進行形で進んでいるテーマであり、
情報収集も十分ではないが、自分が現地で
学び、考えたことをそれなりの形にできた
と思う。日本で報道されている情報だけで
は知り得なかった、考えも及ばなかった事
を発見し、自分なりに考えることができた
事、これはこの視察旅行の一番の収穫であ
る。最後になったが、尼崎市青年使節団と
してドイツを訪問し、経験した出来事の
数々は生涯の糧となるであろう。ご尽力く
ださった皆様に心から感謝を申し上げたい。
【参考文献】
z 『 ヨ ー ロ ッ パ 統 合 の 社 会 史 』、 永 岑 三 千
輝・廣田功編著、日本経済評論社、2004 年
z EUROPA
http://europa.eu/index_en.htm
(最終閲覧日:11 月 2 日)
z 外務省
http://www.mofa.go.jp/mofaj/index.html
(最終閲覧日:11 月 2 日)
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