15.スペイン映画「アレクサンドリア」 - So-net

15.スペイン映画「アレクサンドリア」の感想文(その1)
図 15.1 映画「アレクサンドリア」のパンフレット。本映画の原語では、主人公の
ヒュパテイアのことを「哲学者」と呼んでいる。
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映画:アレクサンドリア(スペイン映画:127 分)
原題:AGORA、製作:2009 年、日本公開:2011 年 3 月 5 日
監督・脚本:アレハンドロ・アメナーバル
主演:レイチェル・ワイズ(ヒュパティア/女性天文学者)
(1)前書き
➀最近、私(筆者の林久治)はナザレのイエスとキリスト教を少々研究している。
なぜなら、これらは謎の多い問題であるからである。イエスに関しては、本感想文
の第1-5回で取り上げた。
➁第2回の感想文で、私は「キリスト神話:偶像はいかにして作られたか」を取り
上げ、「現在のキリスト教は、ナザレのイエスの本来の教えと大きく乖離している。
特に、カトリック教会はローマ帝国と結託して、イエスの教えを歪曲したのみなら
ず、カトリックの教義に反するあらゆる思想を徹底的に抹殺した」と書いた。
➂「キリスト神話:偶像はいかにして作られたか」の著者・トム・ハーパーは「キ
リスト教は古代の異教に起源を持つ新興宗教として一世紀に始まったが、四世紀に
は異教信仰に背を向け、異教と結びつくどんな些細な痕跡を抹消した。それ以来、
今日まで、異教をさげすんできた。このような極端なまでの激しい変化は、いわゆ
る異教(本来のキリスト教を含む)が持つ古代の秘教的な叡智を、無知で無教養な
大衆向けに分かりやすく単純にするために行われた」と述べている。
➃ハーパーは「キリスト神話:偶像はいかにして作られたか」で「キリスト教徒の
暴徒が古代学問の中心であったアレクサンドリア図書館を襲撃し、70 万冊の書籍や
巻物を一点残らず破壊した。彼らは、極めて優秀な古代の哲学者で、天文学者、数
学家でもあった女性学者のヒュパテイアを殺害した。」と書いている。映画「アレ
クサンドリア」は、その詳細を感動的に描いている。
➄私は本映画のDVDを購入して、本映画を鑑賞したので、今回はその感想文を発
表する。本映画のDVDは現在でも「アマゾン」等で入手可能である。私は「キリ
スト教徒の方々にも、本映画をぜひ見て欲しい」と切望している。
図 15.2
ヒュパテイアの肖像画
インターネットで調べると、「ヒュパテイアの肖像
画」が沢山出てくる。その総てが、想像で描かれてい
る。左の肖像画は唯一の例外で、エジプトで発見され
た「Fayum portraits」の一つである。「ヒュパテイ
アの肖像画」と言われているが、真偽は不明である。
本肖像画は、大英博物館に所蔵されている。
本映画の主演女優であるレイチェル・ハンナ・ワイズ
(1970.3.7 - )は、イギリス出身の女優である。
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(2)「ヒュパテイア迫害」の資料
ローマ・カトリック教会は、異教徒やキリスト教内の異端者を徹底的に迫害して
来た。近世の迫害は、記録が残されている場合が多く、その詳細が現在まで伝わっ
ている。例えば、プロテスタント運動の先駆者であるヤン・フス(1369-1415.7.6)
の火刑や、ガリレオ・ガリレイ(1564.2.15-1642.1.8)に対する異端裁判は有名で
ある。又、16 世紀のキリスト教徒が行った、新大陸のアステカ帝国やインカ帝国の
原住民に対する「神の名による野蛮行為」は、かなりの記録が残されている。
しかし、古代においてもローマ・カトリック教会は、異教やキリスト教内の異端
と結びつくどんな些細な痕跡も徹底的に抹消した。これらの殆ど総ての迫害行為に
関しては、記録さえ残されておらず、歴史の闇に葬られている。現在の我々が例外
的に知り得るのは、教会側の資料に記録された事件のみである。
5世紀に活躍した教会史家ソクラテス・スコラスティコスは 439 年から 450 年の
間に、「教会史」全 7 巻を執筆した。この本は 305 年から 439 年までの時代を書
いている。この本の第 7 巻 第 13 章から 15 章までは、「ヒュパティアに対するキ
リスト教徒による残酷なリンチ殺害」を証言するものとして,古くから注目を集め
てきた。東北大学の大谷哲先生は、この部分を翻訳して、次のサイトに掲載してい
る。史料翻訳:ソクラテス=スコラスティコス著 『教会史』 第 7 巻 第 13-15 章
「ヒュパティア殺害」は、キリスト教会側から見ても、悲惨で後ろめたいもので
あったのであろう。上記の「教会史」の証言は、後世の多くの人々に感動を与え、
彼女の肖像画が数多く想像で描かれている。又、この証言を基にして、小説も書か
れている。本映画も、この証言を基にして制作されている。
「ギリシャの箱」というサイトがあり、Charles Kingsley 著の「Hypatia」
( London: Everyman's Library, 1907:初版は 1852 年) の翻訳が掲載されている。
「Hypatia」は、ヒュパティアをめぐる人々を描いた歴史小説で、もちろん細かい設
定は架空のものであるが、人種・民族が入り混じる都市の熱気や、さまざまな宗教
や思想が交錯する時代の雰囲気がよく描きだされている。このサイトの閲覧は、次
の下線の部分をクリックして下さい。『ヒュパティア』
(3)「ヒュパティア殺害」の歴史的背景
アレクサンダー大王(BC356-323、在位期間 BC336-323)はエジプトをペルシャ帝
国の支配から解放して、エジプトのファラオとなった。彼はエジプトの首都をナイ
ルデルタの地中海沿岸に建設し、アレクサンドリアと命名した(BC332)。彼の死後、
部下のプトレマイオスがエジプトを支配して、プトレマイオス朝(BC306-30)を開
いた。この時代は、「ヘレニズム時代」と呼ばれ、古代ギリシャ文明に、エジプト
やバビロニアの古い文明が融合して、国際的な文明(ヘレニズム文明)が勃興した。
古代のアレクサンドリアには世界の七不思議の一つに数えられる巨大なファロス
島の大灯台(存在期間:BC3世紀-AD14 世紀、その場所は図 15.3 を参照。)や、
各地から詩人や学者たちが集まってきた学術研究所(ムセイオン:図 15.3 では「ム
ーゼイオン」と書かれている。)があった。ムセイオンに付属していたアレクサン
ドリア図書館には文学・歴史・地理学・数学・天文学・医学などあらゆる分野の 70
万冊もの書物を集めていた。ヘレニズム時代のアレクサンドリアは、商業(地中海
貿易)と文化の中心地として栄えた。「幾何学原論」で知られる数学者のエウクレ
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イデスや、地球の大きさを正確にはかったエラトステネスや、数学と物理学を発展
させたアルキメデスや、蒸気機関などを発明したヘロンや、天動説を集大成したク
ラウディオス・プトレマイオスなどが活躍した。
図 15.3
古代アレクサンドリアの地図
図 15.4 殺害される運命の朝に、自分の邸宅の屋上からアレクサンドリア市街とフ
ァロス島の大灯台を眺めるヒュパティア。
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ローマの初代皇帝アウグストゥス(BC63-AD14、在位期間 BC27-AD14)は、BC30 年
にアレクサンドリアを占領し、エジプトのファラオとなった。それ以来、エジプト
はローマ皇帝の直轄領土となり、アレクサンドリアはローマ帝国における第二の大
都市として繁栄した。1 世紀には世界最大の植物園を擁し、哲学者フィロンらが活
躍した。またキリスト教の初期から重要な拠点となり、古代神学の中心地のひとつ
ともなった。
4世紀のローマ帝国は、ゲルマン人の侵入や国内の疲弊により、存亡の危機を迎
えていた。そこで、ローマ皇帝は民衆に広まっていたキリスト教を利用して、国家
の存続を図った。コンスタンティヌス1世(在位、306-337)は、313 年のミラノ勅
令でキリスト教を公認した。彼は、325 年のニケーア会議で「三位一体説」を採用
するなどして、キリスト教の教義に干渉した。
テオドシウス1世(在位、379-395)は、380 年にキリスト教をローマ帝国の国教
とし、392 年には帝国内での異教を禁止した。本映画は、異教禁止令が出される直
前のアレクサンドリアを舞台にして始まる。
主人公・ヒュパティアの父・テオン(335 年頃 - 405 年頃)はアレクサンドリア
で発展した学問の伝統を継承していた高名な哲学者(当時の哲学者は、哲学のみな
らず数学、天文学、物理学などの自然科学も研究していた。)で、アレクサンドリ
ア図書館の館長(結果的に、最後の館長となる。)であった。
主人公・ヒュパティア( Hypatia、370 年頃- 415 年 3 月)はテオンの娘で、アレ
クサンドリアの著名な女性の数学者・天文学者・新プラトン主義哲学者であった。
ハイパティアともヒパティアとも日本では呼ばれる。彼女は、400 年頃アレクサン
ドリアの新プラトン主義哲学校(「ムセイオン」のこと)の校長になった。彼女は
プラトンやアリストテレスらについて講義を行ったという。そして、彼女の希に見
る知的な才能と雄弁さや謙虚さと美しさは、多数の生徒を魅了した。キュレネのシ
ュネシオス(その後 410 年頃にキレナイカ地方のプトレマイスの司教となる)との
間で交わされた彼女との書簡のいくつかはまだ現存している。
当時のローマ帝国やキリスト教会では、女性蔑視が甚だしかった。私(林)は
「当時の女性蔑視思想は、イエス・キリストの教えにも反している。イエス自身は
女性の弟子も大切にし、特にマグナダのマリアを高く評価していた」と考えている。
テオドシウス1世は 381 年に勅令を出して、キリスト教会の女性祭司を廃止した。
これは逆に、「その当時のキリスト教会には、女性祭司が沢山いて活躍していた」
現実を証明している。この女性蔑視思想は、中性のヨーロッパにおける魔女裁判の
遠因となっている。本章の最後に、女性蔑視思想の原因となった「新約聖書」の
「テモテへの手紙:第一」を記載する。
395 年にテオドシウス1世は死亡し、ローマ帝国は東西に分裂した。西ローマ帝
国は 476 年に滅亡したが、東ローマ帝国は 1453 年まで存続した。
「新約聖書」の「テモテへの手紙:第一」における、「女性蔑視思想」の部分を
次のページに記載する。なお、この手紙は使徒パウロにより書かれたと言われてい
る。私(林)は「聖書のこの部分は、とても酷い女性差別である。セクハラだ!」
と思っている。しかし、当時のキリスト教会は(現在でも、同じかも知れない
が?)、「聖書は神のお導きにより書かれたので、聖書には微塵も間違いはない」
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との「聖書無謬説」を信仰の絶対条件としていた。(私のつぶやき:イエス様は、
本当に「処女懐胎」でお生まれになられたのでしょうか?)
男、女の信仰生活のあり方(テモテへの手紙:第一の 2-8 より、2-15 まで)
ですから、私は願うのです。男は、怒ったり言い争ったりすることなく、どこで
でもきよい手を上げて祈るようにしなさい。同じように女も、つつましい身なりで、
控えめに慎み深く身を飾り、はでな髪の形とか、金や真珠の高価な衣服によってで
はなく、むしろ、神を敬うと言っている女にふさわしく、良い行いを自分の飾りと
しなさい。女は、静かにして、よく従う心をもって教えを受けなさい。私は、女が
教えたり男を支配したりすることを許しません。ただ、静かにしていなさい。
アダムが初めて造られ、次にエバが造られたからです。また、アダムは惑わされ
なかたが、女は惑わされしまい、あやまちを犯しました。しかし、女が慎みをもっ
て、信仰と愛の聖さとを保つなら、子を産むことによって救われます。
(4)「映画:アレクサンドリア」の予告編
本映画の予告編は、次のサイトにあります。このサイトの視聴は、次の下線の部
分をクリックして下さい。http://www.youtube.com/watch?v=FOrmvCuBpKQ
この予告編を見るだけでも、本映画の雰囲気を楽しむことが出来きます。
さて、いよいよ本映画の紹介と解説に進むことになる。しかし、本感想文も大分
長くなってしまった。読者の方々もお疲れと思う。そこで、今回の感想文は、ここ
でいったん休止して、次回に本映画の紹介と解説を行うことにしよう。今回の記事
を予備知識にしていただいて、次回の本番をお楽しみ下さい。
(記載:2014 年2月 14 日)
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