音楽産業における 4P の特徴とインターネットの影響による変化 枚数:22

音楽産業における 4P の特徴とインターネットの影響による変化
枚数:22 枚
指導教員:水越康介准教授
学修番号:06159195
氏名:池田祥平
はじめに
現在の音楽業界ではレコードが売れなくなったと言われ始めて久しい。実際に CD の売
上は 98 年をピークに 2008 年までずっと減少傾向である。しかしながら、ピークの前の 5
年間を見ると売上は急成長していることがわかる。
この 90 年代から続くビジネスモデルを大手メジャーレコード会社が作り上げ、それを独
占してきた。その背景には CD の普及やテレビの普及、外資系大手レコードチェーンなど
の台頭やレコードの価格における「再販売価格維持制度」などの影響があった。特にテレ
ビとは密接な関係にあり、大々的な広告・宣伝が行われていた。その豊富な資金力で企業
として組織化し、高価な録音施設や販売網、自社 CD 工場などを独占していった。
だが、こうした日本の特殊な音楽業界やビジネスモデルが変化しつつある。その大きな
原因として挙げられるのがインターネットやデジタル技術である。楽曲の違法ダウンロー
ドやコピーが CD の売上を減少させている要因のひとつとして挙げられると思う。そして 9
年代日本のレコード市場が拡大した時代とインターネットが普及した時期が重なるのが非
常 0 に興味深い。
インターネットやデジタル技術の普及は実際に音楽ビジネスにおいて特にマーケティン
グの観点からどのような変化をもたらしたのか注目したい。マーケティング・ミックスに
おける 4P のそれぞれについてどのような変化があったのか実際の事例を挙げて説明する。
まず、マーケティング・ミックスにおける 4P についての考え方について説明する。そし
てレコード市場の現状を説明する。そして 90 年代から大手メジャーレコード会社によって
維持されてきた日本の音楽ビジネスの特徴とインターネットによる変化を説明する。
特にインターネットによる 4P の変化について述べる 3 章以降では事例を挙げて変化を説
明する。新しいメディアとしてアメリカで活用され、日本でも注目されている音楽 SNS サ
イトの Myspace はプロモーションのみならず、製品や流通の場面でも変化を起こしている
ことに注目する。また、実際のアーティストも取り上げる。価格においてはレディオヘッ
ドの自由購入価格制の音源販売を事例に挙げ、プロモーションにおいてはたむらぱんの
Myspace を利用したプロモーションを事例に挙げる。
こうして 4P を軸にインターネットによる音楽業界の変化と今後の展望について論ずる。
1
第1章
マーケティングと4つの P
1−1 マーケティングの定義
本節ではまず、マーケティングの定義について整理する。コトラーは「マーケティング
とは社会的定義と経営的定義に大別することができる。社会的な定義ではマーケティング
とは社会的な活動のプロセスととらえている。この中で個人やグループは価値のある製品
やサービスを作り出し、提供し、他者と自由に交換することによって必要なものや欲する
ものを手に入れる。経営的定義では今までマーケティングを「製品を売るための技術」と
して捉えることが多かった。」(コトラー2002 年、邦訳 5 項)としている。
しかし、ピーター・ドラッカーはマーケティングの目的を以下のように述べている。「マー
ケティングの目的は、セリングを不必要にすることである。マーケティングの目的は顧客
について十分に理解し、顧客に合った製品やサービスが自然に売れるようにすることなの
だ。理想を言えばマーケティングは製品なりサービスを買おうと思う顧客を創造するもの
なのだ。」(ドラッカー1974 年、邦訳 64−65 項)
社団法人日本マーケティング協会は「マーケティングとは、企業及び他の組織がグロー
バルな視野に立ち、顧客との相互理解を得ながら、公正な競争通じて行う市場創造のため
の総合的活動である。」と定義している。特に、総合的活動は「組織の内外に向けて統合・
調整されたリサーチ・製品・価格・プロモーション・流通、および顧客・環境関係などに係わる
諸 活 動 を い う 。」 と し て い る 。(『 社 団 法 人 日 本 マ ー ケ テ ィ ン グ 協 会 ホ ー ム ペ ー ジ 』
http://www.jma2-jp.org/report/marketing.html)
いずれにせよ顧客のことを十分に理解し、また理解してもらい、顧客に合った製品を作
ることが重要である。
1−2 マーケティング・ミックス
1-1 ではマーケティングの定義について述べた。いくつかの定義がある中でいずれにせよ
マーケティングは顧客との関係と創造し、維持していく企業活動だと言うことができると
思う。「マーケティングに用いられる一連の手法や活動は、『マーケティング・ミックス』
と総称される。その手法は多岐に渡る手法や活動から成り立っている。マーケティングの
研究や実務ではその諸要素を、4つのカテゴリーに分けて提示するのが一般的である。す
なわち『製品 product』『価格 price』『流通 place』『プロモーション promotion』である。
この4つのカテゴリーは、その頭文字をとって「マーケティングの4P」と呼ばれる。」(石
井 2004、30−31 項)
マーケティング・ミックスは最終消費者だけでなく、取引チャネルにも影響することを
見越して決定されなければならない。企業は通常、短期的には価格・セールス・フォース
の規模や広告費を変更することが出来る。しかし、新しい製品を開発したり流通チャネル
を修正したりするのは、長期的な視点に立たなければできない。短期的にマーケティング・
ミックスを変えていくのではなくいくつかの組み合わせを考える必要がある。
2
以下では、4P のそれぞれの要素について具体的に説明する。なお 4P については石井淳
蔵、栗木契、嶋口充輝、余田拓郎『ゼミナール
マーケティング入門』日本経済新聞社 2004
年に従う。
1−3 製品
Product
市場において、人々が対価を支払い購入しようとする直接的な対象が製品である。この
購入の対象は有形財の場合は製品、無形財の場合はサービスと呼ばれる。4P のカテゴリー
としては、便宜上「製品」と記されるが、正確にはサービスも含まれる。どのような製品
やサービスを提供しようとしているかは、顧客との関係を構築する上での中心的な問題で
ある。企業が、顧客を獲得するためには、製品・サービスがなんらかの優れた機能特性や
品質を備えていることが必要である。とはいえ、買い手は新製品・サービスの機能特性や
品質だけに反応して購買の意思決定を行っているわけではない点にも注意が必要である。
製品・サービスの価値は、その機能や品質だけで決まるわけではない。製品・サービス
のネーミング、デザイン、パッケージング、サイズなども、見逃してはならない重要な要
素である。これらの要素が異なれば、評価の際に比較の対象となる製品やサービスが異な
ってくるし、その用途や利用の方法なども異なってくるからである。
また、製品やサービスの販売単位をどのように設計するのかも重要である。製品だけで
販売することも、製品に様々なサービスを付随して販売することも可能である。
1−4 価格
Price
顧客が製品・サービスを購入するか否かは製品・サービスそのもののよしあしだけでな
く、その購入に必要となる金額やその支払いの条件によっても影響される。価格は企業が、
製品やサービスの対価として顧客に支払いを求める金額である。基本的に価格は、企業が
製品やサービスを提供するのに必要なコストを回収し、適正な利潤を得ることができるよ
うに設定される。だが、その設定にあたってはいくつかの選択肢がある。
たとえば、同一の製品・サービスの価格が常に同一でなければならないわけではない。
販売する地域、店舗、時期、量などによって割り引かれた価格、あるいは割り増しされた
価格を設定する場合がある。また上述したように、製品・サービスの販売単位となる量や
組み合わせが異なれば、顧客と企業の双方が負担する費用の条件も異なってくる。
さらに、製品・サービスを購入するための支払い方法にも、現金払いだけでなく、クレ
ジットカードやプリペイドカードなどの各種カード、小切手、銀行振り込みなど様々な方
法がある。こうした条件も買い手の意思決定に影響を与えることになる。
1−5 流通
Place
顧客との関係を構築するために、企業がマネジメントするべき要素は、製品・サービス
と価格だけではない。「流通」も製品・サービスを顧客との関係を決定付ける重要な要因で
3
ある。
買い手がその製品・サービスを必要としており、購買可能な水準に価格が設定されてい
たとしても、買い手の時間的あるいは地理的な制約のために購買できないことがある。
いかに優れたものであっても、流通していない製品・サービスを人々が購買することはあ
りえない。
一般に、人々の日常的な行動範囲は限られているその中でアクセス可能な店舗に置かれ
た製品・サービスに買い手の購買対象は限定される。あるいは、買い手は、その必要を感
じた時に容易に入手できるほかの代替的な製品・サービスを選択してしまうかもしれない。
企業は、製品・サービスを流通させる地理的な範囲、販売拠点の密度について望ましい
水準を見極め、その実現を図らなければならない。製品・サービスを流通させるためには、
通常、流通業者との取引が必要となるが、そのための取引条件を流通業者と交渉しなけれ
ばならない。また、製品・サービスの推奨、使用方法の説明、アフターサービスなどの水
準も、どのような流通業者を介して販売するかによって異なってくる。
1−6 プロモーション
Promotion
プロモーションも人々がその製品、サービスを購買するかどうかを左右する大きな要因
である。製品・サービスが顧客を獲得するためには、その存在や有用性が広く知られてい
なければならない。いかに優れた製品・サービスでも、その用途や有用性を知らなければ、
人々は購買しようとはしない。あるいは、使用方法や、比較対象となる製品・サービスが
異なれば、製品・サービスへの評価が低下してしまうこともある。このような問題は、企
業が、製品・サービスに関わる出企画な情報を人々に向けて積極的に伝達することで解消
することが出来る。
プロモーションは製品・サービスに関わる情報を人々に伝達する様々な手法や活動の総
称である、広告はその代表である、広告にあたっては、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌、イ
ンターネットのポータルサイト、公共交通機関、看板、チラシなど、利用可能な様々なメ
ディアがある。そのほか、販売員による推奨や説明、サンプルやクーポンの配布などの販
売促進も、製品・サービスにかかわる情報を買い手に伝達する役割を果たす。これらのメ
ディアをどのように選択するかによって、伝達可能な表現や情報の到達範囲が異なってく
る。
1−7
4P と 4C
以上の 4 つの P は企業側から見たマーケティングツールの分類である。ロバートラウタ
ーボーンはこの 4 つの P は顧客側から見ると 4 つの C と分類することができそれぞれが一
致すると述べている。(ラウターボーン 1990、26 項)
以下の図が 4 つの P と顧客側から見た 4 つの C との関係である。
4P
4C
4
製品 Product
顧客価値 Customer solution
価格 Price
顧客コスト Customer cost
流通 Place
利便性 Convenience
プロモーション
コミュニケーション
Promotion
Communication
(石井他 2004、35 項より作成)
マーケティングミックスの決定には企業側の意識で一方的に決定するのではなく、買い手
側の意識に立ち、買い手側が何を求めているのかを考え実行することが重要である。
5
第2章
音楽業界の現状
まず、本稿のテーマである現在の音楽業界について説明する。国内の市場規模、推移、
特徴について、また大手レコード会社とよばれる業界のプレイヤーについて紹介する。
2−1 音楽市場
日本の音楽市場は 2008 年の金額ベースで見ると 361,775 百万円であった。
(『社団法人日
本レコード協会ホームページ』http://www.riaj.or.jp/data/aud_vd/2008.html)これはオー
ディオレコードと呼ばれる CD アルバム、シングル、アナログレコード、カセットテープ
などと、音楽ビデオを合わせた音楽ソフト全体の出荷額である。2004 年のデータであるが
日本のオーディオレコード売上は世界第 2 位である。これは 1973 年以来 2004 年までずっ
と変わっていない。
しかしながら、世界 2 位の音楽消費地である日本の音楽ソフトの売上は 90 年代の急激な
成長の後、98 年を境に減少傾向にある。音楽ソフトの 2004 年の出荷額は前年比 6.0%減の
3773 億円である。前年割れは 6 年連続で、1988 年以来、16 年ぶりの低水準であった。
(『日
経産業新聞』2005 年 8 月 9 日)
図表1の 2003 年以降の音楽産業の市場規模においてオーディオレコードは緩やかに減少
しつつあるのに対し、配信や DVD などの音楽ビデオは緩やかに増加しつつあるのがわかる。
実際に CD ショップやレンタル店における DVD コーナーは近年充実してきている、I pod
や携帯着うたフルなどの携帯型音楽プレイヤーの普及などにより、配信で音楽を購入し携
帯型プレイヤーで音楽を楽しむ人が増えたように思う。
6
(経済産業省『音楽産業ビジネスモデル研究会
報告書』2009 年、10 項)
実際に 2005 年の年間有料音楽配信売上実績は 34283 百万円なのに比べ、2008 年度は
90547 百万円と金額ベースで約 3 倍にもなっている。
(社団法人日本レコード協会
有料音
楽配信売上実績)
このようなオーディオレコードの売上の変化には確かに近年成長が著しい音楽配信事業
やインターネットの影響があると思う。現実問題として今までのオーディオレコードその
大部分の CD の売上の減少と同時に DVD や配信などの新たな媒体が登場したことにより、
音楽市場は変化の過渡期にあると思う。
2−2 日本のレコード会社
日本には多くのレコード会社が存在する。そして資本関係などからいくつかのグループ
に分けることが出来る。欧米メジャーレコード系のソニーミュージックエンタテイメント、
ワーナーミュージック・ジャパン、ユニバーサルミュージック、EMI ミュージックジャパ
ン。電機メーカー系のビクターエンタテイメント。放送局系のポニーキャニオン、バップ。
プロダクション系のアミューズ、ジャニーズエンタテイメント、ビーイング。出版社系の
キングレコード、メディアファクトリー。その他のエイベックスなどである。
特に、ソニー、EMI、ビクター、コロンビア、ワーナーなどは大手レコード会社と呼ば
れ、製作や宣伝・営業・製造までを行う。その他、バップなど自社で営業部門を持たない
準大手レコード会社や、ジャニーズエンタテイメントやトイズファクトリーなどは製作や
宣伝を中心に営業は外部委託をする小組織のレコード会社を独立系と呼ぶ。
以下の図からもわかるように数あるレコード会社の中でも市場のシェアは上位 6 社で半
分程度を占めていることになる。
市場シェア2001
14%
エイベックス
EMI
ソニー
エピック
ビクター
ワーナー
その他
11%
49%
8%
7%
5%
6%
オリコン年鑑 2001 をもとに作成。
7
2−3 日本の音楽市場の国内依存性と短期消費性
日本は世界第 2 位の音楽消費国であり、多くのレコード会社が存在する巨大な市場であ
ることを先述した。しかしながら、その消費というのは国内がほとんどでポピュラー音楽
の日本国外での売上やオンエアはゼロに等しい。つまりポピュラー音楽は消費するばかり
で、世界へ発信することがほとんど無いのである。輸入が常に輸出を遥かに上回る「輸入
超過型」のアンバランスな巨大市場なのである。ちなみにオーディオレコード売上シェア
世界 1 位はアメリカである。日本の音楽市場は国外市場で競争力を持ち、文化や言語を超
えて売れるアメリカや 3 位のイギリスのポピュラー音楽とは正反対である。
また、この国内市場に依存する収支構造は音楽産業の特徴とも関係する。アメリカはな
どに比べると、日本のメジャー系のレコード会社の契約期間は短い。
アメリカは世界を市場に売ることが出来るためかかったコストの回収をゆっくり待つこ
とが出来る。それに対し、日本の場合は売れるか売れないかは日本で結論が出てしまう。
世界にほとんど市場は存在しないからである。
プロモーションにおいて CM タイアップとは切っては切れない関係にある日本の音楽業
界では新製品発売のサイクルに合わせてヒットチャートが生まれることも日本の市場を短
期消費型にしている原因である。
過去 10 年間のオーディオレコード生産実績
600,000
500,000
400,000
合計 金額(百万円)
邦楽 金額(百万円)
洋楽 金額(百万円)
300,000
200,000
100,000
19
99
年
20
00
年
20
01
年
20
02
年
20
03
年
20
04
年
20
05
年
20
06
年
20
07
年
20
08
年
0
社団法人日本レコード協会各種統計から作成。
8
第3章
日本の音楽市場における 4P の特徴−製品−
3−1 商品としての音楽の 3 つの要素
商品のパッケージは重要な要素だと先述したが、音楽ビジネスに置き換えて考えると、
現在ライブやコンサートを除く最も一般的な楽曲販売の手段は、パッケージ化されたレコ
ードつまり CD である。
現在、インターネットで送信されるデジタル・ファイルも含め、新たなフォーマットは
絶えず作り出されるが、広く一般的に受け入れられているのはいまだ CD やオーディオ・
カセットであり、CD やカセットが音楽マーケットの主な収入源になっているのである。日
本レコード協会の調査によると 2008 年度の国内音楽市場規模は、ネット配信と CD など音
楽ソフトを合わせて、07 年比 3%減の 4523 億 2200 万円となった。
配信市場は 07 年比 20%増の 905 億 4700 万円であり、やはり CD やカセットが購買層に最
も手の届くフォーマットといえる。
しかしながら、音楽ビジネスにおける製品は源となる楽曲があり、それがパッケージと
して CD として多くの人に届けられる。また商品としての音楽は楽曲を下に様々な形に変
化する。「CD は核となる商品を販売するための形態に過ぎない。CD はある意味で商品で
あるが核となるのはもちろん音楽だ。音楽とは生の情報であり、様々にフォーマット化さ
れ、各々の方法で販売される。また音楽は商品としてさまざまな面を持ち、アーティスト、
パフォーマンス、楽曲という3つの要素からなる。」(ラスロップ 2002 年、邦訳 52 項)
アーティストは性格、ルックス、その他の特徴でユーザーにアピールする、ある意味で
レコードは、収入を得てキャリア作りをするための短期的商品であり、アーティストはマ
ーケターが売ってプロモーションを行う長期的商品である。アーティストを直接売る形態
にはコンサート、TV・映画出演、書籍出版、その他アーティストのキャラクターがユーザ
ーに露出されるあらゆる場合が含まれる。
アーティストを密接に絡んでいるのがパフォーマンスである。パフォーマンスとは、個々
のアーティストやグループによる音楽表現のことであり、アーティストの個性を音で表わ
したものである。人々はアーティストが独自のスタイルで演奏するのを聴くためにお金を
払う。彼らが望むのは声質、演奏スタイル、楽器演奏など、歴然としたクオリティであり、
パフォーマンスは傑出した商品として様々な収入源として利用される。
だが、楽曲が存在しなければ、アーティストやパフォーマンスは意味を成さない。「楽曲
はそれ自体固有のものである。それは知的財産であり、演奏やレコーディング、また譜面
として大衆に表現された時にのみお金を生む。
」
「楽曲はいろいろなアーティストや TV・映
画のプロデューサーにライセンスされたり、楽譜として販売されたりと、さまざまな方法
で利用される。」(ラスロップ 2002、邦訳 53 項)このことはしばしば著作権問題として、
違法コピーに対して裁判などにもなっている。音楽という商品の特殊性を表わしている。
9
3−2 録音技術の進歩と個人による音源製作
音楽ビジネスにおいて3つの要素において最も重要な利益を生む源となる楽曲は、これ
まで開発力、宣伝力、営業力、資本力などを持った大手メジャーレコード会社によって作
られ、売られてきた。製作、宣伝、販売には多大なコストがかかり、たとえヒット曲が生
まれてもアーティスト自身に渡る利益は売上の数%であった。
今まではアルバム CD の制作費は 1000 万から 2000 万程度と言われてきた。
効果な設備、
機材の整った録音施設やプロデューサー、スタッフなどを豊富な資本によって持つことが
できたメジャーレコード会社によって楽曲が製作されてきた。
しかしながら、特に製作の面では録音技術や設備の進歩が見られ、今までに比べると遥
かに安価で音源製作を行うことが出来る。デジタル技術の発達により、「プロ・ツールズ」
などといった安価なソフトが登場した。プロ・ツールズとはデジタルオーディオ・ワーク
ステーション(DAW)と呼ばれるソフトで、これにより、かつてはプロ用スタジオでなく
ては不可能であった音楽録音や編集作業が一台のパソコンで出来るようになったものであ
る。価格は個人向けなら数万円、フルセットで 300 万円前後であり、家庭レベルでプロ並
みの音源製作が可能になった。
3−3
Myspace と新たな楽曲製作
録音技術や設備の進歩による個人の音源製作に加え、音楽 SNS の Myspace を用いた新
たな楽曲製作方法がある。
そもそも「Myspace」とは、
「ソーシャルネットワーキングサービス」の略であり、ネッ
ト上で参加者が互いに友人を紹介し合って、新たな友人関係を広げることを目的に、人と
人のつながりを促進、サポートするためのウェブコミュニティである。2004 年 1 月にアメ
リカでスタートしたオープン型の SNS であり、当初は音楽好きな 10 代を中心に自分の好
きな音楽を紹介しあうコミュニティであった。現在世界で登録ユーザー数 2 億人以上(ユ
ニークユーザー約 1 億 2500 万人)を有する世界最大の SNS となっている。
(日経ニュース
速報アーカイブ 2009 年 12 月 17 日)そして、日本を含む 20 を超える国と地域でサービス
を展開している。ユーザーは登録と同時に与えられた自分のページを自由にカスタマイズ
できたり、ブログや動画、音声などを共有することが出来る。
Myspace はユーザー同士が「フレンド」として出会い、友人になることが出来るのが特
徴であり、さらに、世界でアマチュア、プロ合わせて 800 万組以上のアーティストが登録
しており実際にフレンドになることが出来ることで話題になり急速にユーザー数を増やし
ている。(myspace ホームページ http://www.myspace.com/)
こうしたコミュニティサイトを通じてアマチュアアーティストは自分で作った曲を自分
のプロフィールページ上で発表することが出来る。それを 3-2 で説明した安価で簡単な録音
設備が可能にしている。また、曲を発表するだけでなく自分の音楽の趣味と近いユーザー
を探しフレンドになることによって共同で曲作りをするユーザーも増え、作曲や作詞、ア
10
レンジを請け負うユーザーも増えてきている。
Myspace を使って曲作りをしようとするのはアマチュアアーティストだけではない。
ユニバーサルミュージック合同会社は、「風花×Myspace from delicious deli records みん
なで風花の曲を完成させようキャンペーン」を実施した。同社洋楽部門内の邦楽レーベル
「デリシャス・デリ・レコーズ」所属の新人 4 人組バンド、風花(ふうか)が 2009 年 5 月 27
日にリリースするセカンドシングル「花咲く日まで」を、音楽 SNS「MySpace」ユーザー
と共に制作しようというものであった。
MySpace の風花のプロフィールページで「花咲く日まで」の仮ミックス音源を公開し、
ユーザーから同曲の感想・意見を Myspace 内のプロフィールページのブログで投稿しても
らい、それを反映させて、最終的に完成させるというものであった。感想・意見の採用者
には「花咲く日まで」のアートワークへの名前クレジット、風花スペシャルライブ招待の
特典が用意された。
楽曲のプロモーションと同時に、ユーザーが本当に聞きたい曲にさせるべくユーザー自
身が楽曲製作に参加できるという、ネットコミュニティの特性を生かした新たな楽曲製作
方法である。
第4章 日本の音楽市場における 4P の特徴−価格−
4−1 再販制度
日本の音楽業界においては、価格という点では非常に特徴的な制度が存在する。
「再販売
価格維持制度」である。全国一律にレコード会社が定めた価格が守られているのである。
このことは音楽商品としての CD の価格の多様性を皆無にしている。
再販制は、生産者と流通業者の間で、生産者が設定した転売価格(卸売りと小売り)を
流通業者が維持するよう定めた契約のことである。本来は、競争によってより良い品質の
商品がより安く提供されるのが自由経済の長所である。再販売価格維持契約はその恩恵を
損なう行為として独占禁止法で原則的に禁止されている。
しかし、烏賀陽(2005、179 項)は「1953 年以来レコードは法定再販物としてその他の
著作物である新聞、書籍、雑誌と並んで適用が例外的に認められてきた。つまり、日本の
レコード産業は、価格競争という他産業ならごく当たり前の競争を公的な「規制」によ
って免除された特殊な業態だといえる。」としている。
2005 年現在、標準的な日本盤 CD の価格は 3000 円である。これは諸外国に比べて
かなり高い。内閣府国民生活局「主要な消費財及びサービスに係る内外価格差調査」
(2001 年)によれば、CD1 枚の値段はニューヨークでは 1785 円、ロンドンは 2230
円、香港は 1651 円と東京より安い。この国内外価格差は 70 年代後半以降タワーレコ
ード、HMV をはじめとする輸入盤チェーン店が全国に店舗展開してから隠しようのな
い事実となった。また逆輸入 CD の問題や輸入権の問題などを生んだ。そして今もなお、
この制度によって日本のレコードの価格競争は行われていない。
11
4−2 音楽配信による価格の変化
前節では日本では再販制度による価格の固定化を論じた。しかしながら近年の音楽配信
事業によって変化が起きている。
日本レコード協会(2008 年度「音楽メディアユーザー実態調査」)によると、1200 人に
対するアンケートで 2004 年のインターネット音楽配信の利用経験率は 5.7%であった、そ
のうち過去半年間における利用経験率はわずか 1.9%であった。それが 2008 年までの 4 年
間で 12.1%にまで上昇しており、着実に上昇していることがわかる。
日本の有料音楽配信サイトには iTunes Music Store Japan、Mora、Musico、ナップスタ
ージャパン、楽天ダウンロードなどがある。
iTunes Music Store Japan、Mora、Musico、楽天ダウンロードは一曲 150 円からという
価格で購入することが出来る。アルバム単位で 1500 円や 2000 円という価格で買うことも
できる。各サイトともクレジットカードによる支払いが可能で店舗で購入するコストは無
い。また、iTunes Music Store Japan では iTune card を 1500、3000、5000 円の価格で発
行しており、カード裏のスクラッチを削ってシリアルナンバーで自分の itunes store のアカ
ウントに購入した金額の分だけチャージできるサービスがある。また、楽天ダウンロード
では楽天市場で買い物をした際に貯まる楽天ポイントでの支払いが可能である。
ナップスタージャパンは月額 1980 円と 1280 円のコースから料金設定を選ぶ定額制で
9,810,085 曲の音楽が聴き放題というサービスである。1980 円のコースでは携帯電話やポ
ーダブルオーディオプレイヤーへの転送も可能である。
このようなデジタル配信での楽曲販売によってアルバム一枚を買う必要は無くなり、好
きな曲だけを買うことが出来るようになった。現在、iTunes Music Store Japan で販売さ
れた楽曲のうち単曲買いは 55%に及ぶという。(日経 NET
ITplus2007 年 3 月 3 日
http://it.nikkei.co.jp/digital/news/index.aspx?n=MMITea000030032007)
4−3 レディオヘッド
アルバム「In rainbows」の自由価格ダウンロード
前節では音楽配信での価格制度が変わったことを説明した。本節では世界的な英国のロ
ックバンド、レディオヘッドによる自由価格制という新たな価格変革の試みを例にあげる。
2007 年の 11 月 26 日、レディオヘッドの日本でのレコードマネジメントを行うホステ
ス・エンタテイメントは 2007 年 12 月 3 日正午よりレディオヘッドのアルバム「In
Rainbows」をユーザーが自由な価格でダウンロード購入できるウェブサイトを開始すると
いう発表をした。それよりも前にレディオヘッドは自身の公式サイトで先行して実施して
いた。しかしながらこの発表は一流アーティストがレコード会社を捨て自由価格制に移行
したとして音楽業界やコンテンツ業界に驚きのニュースとして届いた。
レディオヘッドの取り組みは、自由価格制によってアーティストがレコード会社から完
全に独立して活動していくビジネスモデルを構築しようとしているところが非常に重要で
ある。
12
そして「In Rainbows」はダウンロード配信だけでなく後日、CD の形態でも発売された。
配信での販売はその先行販売ということになる。これは Itunes Store などでもよくみられ
ることである。しかし「In Rainbows」が画期的であったのはユーザーが自由に価格を決ま
られる点であり、ユーザーが望むなら無料でダウンロードすることも可能であったのだ。
実際に楽曲をダウンロードする際にはクレジットカードによる決済終了後、ZIP 形式で圧
縮されたファイルへのリンクが示され、ダウンロードできるシステムであった。ダウンロ
ードした ZIP ファイルを解凍すると、160Kbps の MP3 ファイルが 10 曲入っているのであ
る。
こうした自由価格制のダウンロードを可能にしても製作に要したコストを回収できなけ
れば意味が無い。調査会社のコムストアが発表したデータによると、有料でダウンロード
したのは 30∼50 万人程度、有料で購入した人の平均購入価格は全世界で 6 ドル(約 660
円)前後ということがわかっている。これはバンド側におよそ 2 億∼3 億の収入が入ったと
いうことである。デジタル製作が中心になり、現在ではアルバムの制作費は安く仕上げよ
うと思えば数百万、高くとも 1000 万∼2000 万円程度と言われている。サイトの構築費用
やサーバーの維持費などを考慮しても、ダウンロード売上の粗利が少なくとも 1 億円程度
発生していることは確実である。このアルバムをいわゆるメジャーレコード会社を通して
販売すれば様々なコストを差し引かれバンドには売り上げの数%しか残らない。話題性だ
けでなく利益の面でも変化を起こしたのである。
さらに、「In Rainbows」はダウンロード販売だけで終わることなく CD 販売でその売上
の補完をしようとしたのである。ダウンロード販売からおよそ 1 ヶ月後には CD 販売を行
った。世界で販売される国ごとに条件の良いインディーレーベルと直接契約し、リリース
した。公式サイトではコア・ユーザーのために「DISCBOX」というものを発売した。
DISCBOX にはボーナストラック入りのアルバムの CD と 2 枚組み 12 インチ LP、デジタ
ル写真集、アートワーク画像、通常アートワーク、歌詞ブックレットが付いて約 9400 円と
いう価格であった。音質の劣る MP3、CD、DISCBOX と製品の質にも弾力性をつけユーザ
ーの選択の幅を広げた。ライトユーザーや、ロイヤリティの高いファン層それぞれに合わ
せたマーケティング手法といえるのではないだろうか。
第5章 日本の音楽市場における 4P の特徴−流通−
13
5−1 レコード小売チェーンの台頭
三野(2000、161 項)は「音楽ビジネスにおける流通は「商流」と「物流」の大きく2
つに分けることが出来る。」としている。「商流」については自社で営業部門を有する大手
レコード会社、先述したソニー、EMI、ビクターなど 17 社がそれぞれの営業所を全国に展
開し、自社商品の販売を手がけると共に、独立系と呼ばれるレコード各社であるトイズフ
ァクトリーなどから販売委託を受け営業活動を行っている。
このほかに星光堂やウィント(旧日本レコード販売網)などの卸店ルートがあり、ほぼ
半々の流通となっている。また、ここ数年、ダイキやヴィヴィッド・サウンド、原楽器な
ど、インディーズレーベルの販売を専門に扱うディストリビューターも登場し、独自の販
売システムで営業活動を展開している。
一方、「物流」については日本ビクターが中心となって設立した「日本レコードセンター
(NRC)」と、ソニーやワーナーミュージック・ジャパンなどが設立した「ジャパン・レコ
ード配送(JARED)」の 2 社によって、全国の物流センターから各レコード店に配送が行
われている。現在この 2 社によって細かな配送、返品を可能にし、独自の POS システムの
導入などにより効率的なレコードの物流を可能にしている。
このような卸売りを通して私たちが直接手にするレコード店へ商品が届けられる。特に
80 年代から 90 年代初頭に渋谷を拠点にオープンしたタワーレコードや HMV といった外資
系レコード店が有名である。81 年にアメリカ、カルフォルニアのタワーレコード日本2号
店が渋谷にオープンし、日本版より安い輸入盤を揃えた大型店舗は他に例が無く一気に音
楽最先端の地としてのブランドイメージを渋谷に根付かせていった。また、90 年代にはイ
ギリス系の HMV が渋谷にオープンした。90 年代前半には渋谷はポピュラー音楽としての
ブランドイメージを不動にした。
タワーレコードや HMV はパルコの出店と重なるような形で全国の県庁所在都市や政令
指定都市などの大都市はもちろんその他の地方都市までに店舗数を広げていった。こうし
たレコード小売チェーンへの販売網はメジャーレコード会社の強みの一つであった。
5−2 インディーズや個人による CD 販売
3 章 2 節で録音技術の進歩による楽曲製作が簡単になってきたことを説明した。「プロ・
ツールズ」といったソフトが普及したことでメジャーレコードが独占的に所有していた高
価な録音設備や機材などを使わなくても質の高いレコードを安価で作れることが出来るよ
うになった。CD のプレスも同様で今まではメジャーレコード会社系列の工場で行われてい
たが、「CD-R ライター」が普及したことで安価な CD プレス業者も登場している。
94 年から 95 年頃にハイ・スタンダードなどを中心にインディーズバンドが CD を数十万
枚売り、インディーズの存在が大きくなっていった。こうした現象はインディーズのみを
扱うレコード卸も増えたこともあり、CD の個人製作・販売が出昼用になったことが大きく
影響している。
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現在では、新たなディストリビューターを通して個人による楽曲販売も可能である。
viBirth というディストリビューションサービスがある。今までのレコード卸のような形で
自分のオリジナルの楽曲を viBrth ソングバンクに預け、viBrth を通すことで iTunes Store
や Napstar な ど の オ ン ラ イ ン ス ト ア で の 楽 曲 販 売 が 可 能 で viBrth の サ イ ト 内 の
viBrthStore でも販売が可能である。楽曲が売れた際のロイヤリティ分配は以下の図の通り
である。いずれも配信サービスの小売金額に対する比率である。
著作権自主管理
著作権監理団体へ登録
viBirth Store
70%
62%
iTune Store
56%
49.80%
Napstar
56%
49.80%
viBirth ホームページより作成
また、viBirth は Myspace の公式ストアであり、Myspace の自分のページでもウィジェ
ット等を使い販売や宣伝が可能である。月額 3150 円という費用がかかるが、これまでの
CD の自主制作販売よりもはるかに簡単で売上の 50%近くのロイヤリティを受け取ること
が出来るのである。90 年代のインディーズブームのようにアマチュアでも容易にオリジナ
ル楽曲の販売が可能になっているのである。
こうしたことは消費者から見れば大手レコード小売チェーンの店頭などでは手に取るこ
とができないような無名のアーティストへのアクセスを可能にしている。viBirth に限らず
音楽配信事業では大手レコードチェーンの抱える在庫の問題を皆無にし、無名のアーティ
ストや廃盤になってしまったような CD を販売することも可能なのである。
第6章 日本の音楽市場における 4P の特徴−プロモーション−
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6−1 日本の音楽業界特有のプロモーション―テレビによるタイアップ―
広告についていくつか例を挙げたが、音楽という商品は、ユーザーが限定されること、
多品種であることなどの特性から、一部のビッグアーティストを除き、一つの商品に投下
できる宣伝費には限界がある。そこでマスメディアとの連携が必要になる。
ドラマや CM との「タイアップ」による露出、ラジオ局や出版社へのパブリシティ展開
とともに、アーティスト自身の出演による告知が最大のプロモーションとなる。アーティ
ストの音楽や情報すなわち商品の存在や有用性をいかにユーザーに効果的に伝えるかが重
要なのである。
特に 90 年代の日本の音楽産業が爆発的に成長した要因の一つとしてマスメディアの中で
もテレビが挙げられる。それ以前にもテレビはヒット曲に大きな影響を与えてきた。しか
し、80 年代以降、テレビの「タイアップ」というビジネスモデルが登場したことで、テレ
ビがもたらす影響力は量、質ともにまったく変わったといえる。それはポピュラー音楽を
「聴くもの」から、「見て、聞くもの」に変化させた。
CM タイアップではミュージシャン、特に自分で作詞・作曲できるシンガーソングライタ
ーとして名前が確立した人達が CM ソングを作り、歌ったことが話題を呼ぶことになった。
CM に楽曲を提供すれば、レコード業界は広告費を使わずにテレビで大規模なオンエアが
できる。スポンサー企業側は広告料を支払う代わりに、楽曲使用料が免除される。契約は
ケースによって違うがこれが CM タイアップの商取引の基本である。そもそもタイアップ
が始まった当時レコード会社には単独でテレビ CM を買えるほどの広告費はなかった。そ
れまで歌番組に出ることしかなかったテレビの露出を得る手段のなかった音楽業界の立場
からすれば、一般企業の宣伝広告費が、もともとは宣伝費の乏しい音楽業界に流れ込んだ
といえるのである。
このようにして、CM タイアップでヒットソングを売り、少ない投資で資本を得たレコー
ド会社は、今度は自らが新譜などの商品 CM をテレビで流すだけの資金力を身につけてい
く。金銭面だけではなく、広告主企業にすれば、タイアップによるヒットは話題になる。
広告が話題になることは、予算を投じる側にとってはきわめて重要である。音楽の印象に
よって商品・企業のイメージも上がる。
一方、音楽業界にすれば、歌をヒットさせる強力なマスメディア露出である。誰も損を
しない共存共栄のビジネスモデルの始まりであった。
CM のタイアップの初期はこのレコード会社と一般企業のビジネスをつなぐ役を担って
いたのが一部のコネクションを持っているプロデューサーであって、広告主も化粧品、自
動車メーカーなど、偏りがみられた。しかし、広告代理店がこうした仲介業務を専門とす
る組織を稼動させた 90 年代からは全産業にタイアップが見られるようになり、タイアップ
が組織化、企業化されていった。
CM タイアップと並んでドラマ・タイアップもテレビ・タイアップにおいて重要である。
テレビドラマの主題歌や挿入歌、エンディングテーマに局を使い、テレビで音楽をオンエ
16
アするという手法である。
CM タイアップと違って、ドラマ・タイアップで使われる曲の選定に広告代理店はあまり
関与できない。ドラマでどんな曲を使うかはテレビ局のプロデューサーや演出家に決定権
限がある。特に、彼らへのレコード会社やマネジメント会社の売り込みは熾烈を極める。
ドラマ・タイアップでヒット曲が生まれるためにはドラマそのものの人気が背景にある
ことは言うまでもないが、音楽もドラマもどちらかがどちらかに従属するような立場では
なくあくまで対等な立場で扱われている。そして曲を聴く状況や雰囲気を強くイメージさ
せる、あるいはテレビドラマの 1 シーンを盛り上げることで強く印象を残すなど、コンセ
プトそのものが聞き手にアピールする重要なプロモーションとなっている。「90 年代から
98 年にかけてオリコン上位を占めるタイアップ曲のおよそ半分が CM タイアップ、残りが
ドラマ・タイアップという状況が出現した。」
(烏賀陽 2005、78 項)とあるようにタイアッ
プの力は絶大なものになっていった。
このようにポピュラー音楽とテレビとの関係が変化し始めた背景にはマスメディアとし
てのテレビの成長があった。CM タイアップが成功し始めた「78 年に先立つ 75 年には広告
出稿量で戦後ずっと不動の首位を保っていた新聞をテレビが追い抜いた。カラーテレビの
普及率が 90%を越えた。70 年代後半とは、新聞や白黒テレビに代わって、カラーテレビが
ナショナル・メディアとして完成した時期なのだ。」
(烏賀陽 2005、83 項)こうしてテレビ
自体が成長するにつれて新しいコンテンツが必要とされ、CM と音楽の融合や音楽番組は成
功を収めた。
6−2 音楽と映像による新たなメディア
80 年代に入ると、今までのテレビによる歌番組やタイアップとは異なる音楽メディアで
ある「ミュージック・ビデオ」が登場した。「ミュージック・ビデオ」が最初に普及したの
はアメリカであった。「1981 年 8 月にアメリカで始まった、ミュージック・ビデオだけを
24 時間放送する音楽専門チャンネル「MTV」である。」
(烏賀陽 2005、84 項)アメリカで
は 80 から 120 チャンネルもあるケーブルテレビ(有線放送)が地上波とは別の発達を遂げ
ており、MTV はそのチャンネルの一つとして始まった。日本国内ではケーブルテレビが発
達しなかったことなどから MTV のような音楽専門チャンネルは現れなかった。
ミュージック・ビデオはそれまでの歌番組とは違っていた。基本的に歌番組は歌手やバ
ンドがただ演奏したりする場面を放送するだけである。商品としての歌手やバンドをどの
ように見せるかはテレビ側が決めていた。しかし、ミュージック・ビデオは歌の内容に合
わせたストーリーと脚本があり、登場人物と舞台がある。独立した短編作品としてのミュ
ージック・ビデオを設計し、主人公である歌手やバンドを同見せるかは歌手やバンド側が
決める。
もちろん実際に映像を一から創作するのは歌手やバンドではなく映像作家である。ミュ
ージック・ビデオが普及するにつれてそうした作家などが育ち、非常に高いクオリティを
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持つミュージック・ビデオも多数登場するようになった。クオリティの高い映像と音楽の
融合は音楽単独ではありえないインパクトを視聴者に与えることになる。マイケルジャク
ソンなどのスターが MTV でのミュージック・ビデオの放送をきっかけに生まれた。ダンス
などの視覚情報、インパクトが無かったら世界で CD を 3 千万枚売るようなスターにはな
っていなかっただろうといわれている。
「こうした歴史から音楽を売るのに「視覚情報」は重要な要素になった。ポピュラー音
楽はラジオやレコードといった聴覚型(オーディオ)メディアを通してただ単に「聴くだ
けのもの」からテレビという視聴型(オーディオ・ビジュアル)メディアを通して「見て、
聴くもの」になった。』
(烏賀陽 2005、86 項)
6−3 テレビの衰退
前節で説明したようなテレビを使ったプロモーションの威力が低下し始めている。特に
顕著なのがテレビ・タイアップの衰退である。人々にとって音楽を伝えるために効果的で
広告主もレコード会社も損しないビジネスモデルも消費者は使いすぎるとうんざりするの
ではないだろうか。「初期の頃は、CM やドラマの主題歌・挿入歌に書き下ろしの曲が使わ
れることそのものが珍しく、話題になったのだが、それも「当たり前」になってしまって
は、消費者も驚かなくなる。レコード会社やマネジメント会社が「タイアップ担当」を置
いて広告代理店やテレビ局との連絡に当たらせるなど、タイアップは組織化され、日常化
されてしまった。消費者に「満腹感」が広がるのは無理はない」(烏賀陽 2005、199 項)
テレビはインターネットの登場でその影響力を低下させつつある。98 年に 1694 万人に
過ぎなかった日本のインターネット利用人口は、03 年には 7730 万人にまで急増している。
(総務省)つまり、日本のレコード市場が急激に縮小した 5 年とはインターネットが急成
長した 5 年でもあり、テレビがその影響力を失い始めた 5 年でもあるということである。
特に、流行を先導する、情報に敏感な層のテレビ離れはプロモーションツールとしての
テレビ・タイアップの弱体化を決定的にした。テレビはかつてミリオンセラーを連発して
いたころのような力を失ってきているのではないだろうか。
6−4 プロモーションツールとしてのインターネット
今まで、テレビやラジオなどのマスメディアにプロモーション媒体としてアクセスする
には、専従の宣伝スタッフや予算を持つメジャーレコード会社が独占的に優位であった。
しかし、インターネットという安価かつ簡便な自己発信型マスメディアが登場したことで、
メジャーもインディーズもプロもアマチュアも関係なく自分の曲を世界へむけて宣伝する
ことが可能になった。
本節ではインターネットによるプロモーションの手法の中でも特に SNS を用いたプロモ
ーションについて考察する。3 章 3 節でも取り上げた「Myspace」が新たなメディアとして
成長している。先述したとおり、Myspace は登録すると自分のページが与えられる。そこ
18
には 6 曲まで自分の曲を登録することが出来る。そしてそのページを開くと同時に登録し
ている楽曲が流れ出すのである。簡単に自分の作った楽曲を後悔することが出来る。イン
ディーズアーティストやアマチュアにとってまず、自分の作っている音楽を知ってもらう
こと、存在を知ってもらうことが何よりのプロモーションなのである。
また、フレンド機能によって自分の好きなアーティストにリンクを貼ってもらうことが
できる。こうして同じような音楽の趣味をもったユーザー同士とネットワークを広げるこ
とが可能であり、それは日本など国を選ばず世界中に広げることが可能なのである。そし
てもちろんコストはゼロである。
6−5
Myspace を利用したプロモーション事例―たむらぱん―
Myspace はインディーズアーティストのプロモーション支援を積極的に進めている。特
に「たむらぱん」は Myspace のフレンド機能を利用してプロモーションを行ったことが有
名でメジャーデビューまで果たした。たむらぱんとは田村歩美のソロプロジェクトであり、
自身で作詞作曲に加えジャケットワーク、フライヤーなどのイラストも手掛けるアーティ
ストである。田村はパソコンを当時の担当者に買い与えられてから毎日、積極的に Friends
リクエストを送信、ブログをまめに更新した。またライブで MC の際、MySpace アドレス
を告知した。公式サイトからリンクで誘導、オリジナル動画の UP などによってユーザーを
飽きさせないなどのプロモーション活動を自身で行った。
特に、フレンドリクエストのメッセージ送信を積極的に行い、2007 年 1 月時点で 5 人で
あったフレンド数は 4 ヶ月で 1 万人を超えた。ページビュー数は 18 万、動画のストリーミ
ング数は 24 万回を超え、実際にライブを行うと 200 人を動員したのである。そして最新ア
ルバムの予約受付を Myspace 上で行い、1000 枚を発売前に完売させた。
テレビもラジオも使わずにまったく無名のアーティストが 4 ヶ月で瞬く間に Myspace 上
で有名になった。これまでのインディーズアーティストでは考えられなかった広告効果で
ある。
第7章 おわりに
19
第 3 章以降では日本の音楽業界の特徴とインターネットによる変化について 4P に沿って
述べてきた。
製品においては録音技術の進歩や Myspace というコミュニティサイトによって消費者参
加型の新しい楽曲作りを事例に挙げた。こうしたことの背景にはデジタル配信というフォ
ーマットがあるからである。90 年代の音楽業界の急成長を支えたのは CD の普及であり、
現在も音楽ソフトの売上は CD がほとんどである。しかしながら CD の売上減少に繋がる
としてレコード会社は音楽配信に積極的とはいえない。本来なら様々な製品のフォーマッ
トからターゲットとする消費者にとって最適なフォーマットを選ぶべきである。
価格においては再販売制度が根強く残っている。日本では配信販売でアルバム単位でな
く好きな曲だけ購入でき、1曲あたり 150 円からという新たな基準が浸透しつつある。4C
の顧客コストの観点から言えば今までアルバム単位で 3000 円のコストを支払ってきたが、
楽曲を単曲で 150 円からという値段で買えることでそのコストが減少した。長く再販制が
根付いてきた日本でこのことは非常に大きい。海外の例ではあるがレディオヘッドの自由
価格ダウンロードは画期的であった。その後、レディオヘッド以外にもいくつかのアーテ
ィストが追随した。MP3 音源と CD パッケージのように音質に差をつけ、価格に説得力が
増した。ターゲットとなるファン層に適した価格設定は今後当然行われるべきであり、買
い手である消費者の選択肢を広げるためにも必要である。
流通の面ではインディーズアーティストやアマチュアがオリジナル音源を以前よりも流
通させやすくなった例として viBirth という新たなディストリビュートサービスを例に挙
げた。音楽を作る側においてはこうした世の中に曲を伝える方法が、購入する側にとって
は今まで知らなかった楽曲へのあらたなアクセス方法であり、知っていても購入する機会
が乏しかった問題店を改善する方法として注目するべきだと思う。現在のデジタルオーデ
ィオプレイヤーの普及と関連して考えると、今までレコード店でパッケージ化された CD を
購入する方法から、ネットを経由して PC に楽曲を保存し、デジタルオーディオプレイヤー
に曲を移動させ持ち運ぶ一連の方法は日常で音楽を楽しむ上で非常に利便性が上がったと
いえる。
また、プロモーションではまず、今まで音楽業界で大きな影響力を持っていたテレビと
の関係について考察した。音楽市場に規模が急成長した一つの要因として広告が持つ力は
巨大なものであった。ラジオからテレビへ移行する中で楽曲をただ見るものというだけで
なく見て楽しむものとして位置づけたことも大きい。そして楽曲を流行っているように見
せるためにはテレビは最適な手段であった。しかしながらインターネットの台頭もあり
人々はテレビ離れを起こしている。そうした中で音声も動画データも容易にアップロード
し国を問わず、伝えることができるインターネットはプロモーションツールとして注目す
るべきである。特にコミュニティサイトや SNS の代表として例に挙げた Myspace ではフ
レンド機能でアーティストと触れ合う機会が増え、アーティストを身近に感じることが出
来る。こうしたことは今までのテレビを用いた企業側からの一方的なプロモーションとは
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異なり、供給者すなわちアーティストと消費者やファンとの相互のコミュニケーションを
実現させるのではないだろうか。
こうした変化が起きる以前の日本の音楽業界ではメジャーレコード会社による高価な楽
曲製作施設、販売網、テレビ・タイアップ中心のプロモーション、再販制というものがそ
のビジネスモデルを支えていたが、こうしたものは消費者へ意識を向けられていなかった
のではないだろうか。インターネットという消費者にとって便利で使いやすいツールが登
場したことで消費者は新たな選択肢を得ることが出来た。自分で楽曲を作り、宣伝し、販
売することも可能になったのである。こうしたことは現在のレコード市場の減少に関係し
ていると思う。
そして本稿で取り上げた 4P における新たな変化はマーケティング・ミックスとして正し
く組み合わされ、マネジメントされるべきである。また、4P の中心には顧客がいることを
忘れてはならない。デジタル技術やインターネットが音楽業界の抱える問題をすべて解決
わけでもなく、CD の売上を駆逐するわけでもない。今までの大手メジャーレコード会社の
独占的なビジネスモデルに依存するのではなく、新たな選択肢として消費者にとってどの
ような組み合わせが最適か、最も利益を上げることができるかを考え組み合わせマネジメ
ントすることが重要である。
参考資料
21
・ Kotler.P, 『 A
Framework
for
Marketing
Management
Management,First
Edition,Prentice Hall,』(2001):恩蔵直人監修、月谷真紀訳『コトラーのマーケティング
マネジメント基本編』ピアソンエデュケーション、2002 年。
・石井淳蔵、栗木契、嶋口充輝、余田拓郎『ゼミナール
マーケティング入門』日本経済
新聞社 2004 年。
・ Lathrop.T&Pettigrew.J『 THIS BUSSINESS OF MUSIC Marketing&Promotion 』
(1999) 関根直樹訳『音楽ビジネス
マーケティング&プロモーション編』音楽之友
社、2002 年。
・ 烏賀陽弘道著『J ポップとは何か−巨大化する音楽産業−』岩波新書、2005 年。
・ 山口正浩監修、前川浩基編著『インターネット・マーケティング』同文館出版、2009
年。
・ 斉藤徹、的場大輔、藤井達人、川井拓也、猪川知紀、宇佐美進典、在賀耕平、宮澤弦、
伊藤靖
著『SNS ビジネス・ガイド
Web2.0 で変わる顧客マーケティングのルール』
インプレスジャパン、2006 年。
・ 三野明洋著『最新
業界の常識
よくわかる音楽業界』日本実業出版社、2000 年。
・参考サイト
・ 社団法人日本レコード協会ホームページ http://www.riaj.or.jp/index.html
・ Myspace ホームページ http://www.myspace.com/
・ 「レディオヘッドを聴けばわかる音楽業界・ダウンロード違法化論の不誠実」日経ネッ
ト http://it.nikkei.co.jp/internet/column/contentsbiz.aspx?n=MMIT0g000028112007
・ 風花ホームページ http://www.universal-music.co.jp/ddr/artist/fu-ca/
・ viBirth ホームページ http://www.universal-music.co.jp/ddr/artist/fu-ca/
・ Napster ホームページ http://www.napster.jp/
・ Mora ホームページ http://mora.jp/
・ Musico ホームページ http://musico.jp/
・ 楽天ダウンロードホームページ http://dl.rakuten.co.jp/
・ 報映産業株式会社ホームページ http://www.hoei.co.jp/index_02.html
・ 社団法人日本マーケティング協会 http://www.jma2-jp.org/
評価
音楽というサービスの提供方法はとても多様です。音楽配信は、CD や DVD を置き換え
たというだけではなく、音楽の在り方全般を変えていくということにもなりそうです。4P
による分析ではありますが、再販売維持制度やタイアッププロモーションなど、これらは
音楽だけの問題ではなく、音楽を取り巻く多くの制度と関わっていることが垣間見えたと
思います。
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