吉本興業の競争優位分析 - 中央大学 総合政策学部

立命館大学政策科学部
2007 年 12 月
吉本興業の競争優位分析
―ポーターとバーニーからのアプロ ーチ―
The Analysis of Competitive Advantage : The Case of Yoshimoto.
‐Approach from Porter and Barney's frame work‐
石川伊吹ゼミナール 3 回生
経営戦略研究グループ
小西悠里
西山翔太
不破義貴
宮里まりえ
柴山亜以子
橋本健太
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
吉本興業の競争優位分析
―ポーターとバーニーからのアプロ ーチ―
石川伊吹ゼミナール
経営戦略研究グループ
目
次
Ⅰ
対象と課題
Ⅱ
吉本興業株式会社について
Ⅲ
Ⅳ
Ⅴ
1
吉本興業概要
2
吉本興業の歴史
3
吉本興業の特徴
4
吉本興業社員の方のお話
問題解決方法
1
ポジショニングアプローチ
2
リソース・ベースト・ビュー
吉本興業の競争優位分析
1
ポジショニングアプローチからの分析
2
リソース・ベースト・ビューからの分析
結論
Ⅰ
対象 と 課題
吉本興業株式会社(以下吉本)は芸能界最大手の事務所であり、メディアを通じ多くの
人が「お笑いといえば吉本」というイメージを抱いているであろう。実際、吉本は多くの
人気芸人を抱え、テレビで吉本の芸人を見ない日はない。この事実は、芸能界での他のラ
イバルプロダクションと単純に比較してみてもその差は歴然である。それは、下記の図1
の「好きなお笑いタレントランキング」にも顕著に現れているといえる。
図 1‐ 1
好き なお笑 いタレ ントラ ンキン グ表
『好きなお笑いタレントランキング
1位:徳井義実(チュートリアル)
1
200 7』
吉本
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
2位:明石家さんま
吉本
3位:松本人志(ダウンタウン)
吉本
4位:劇団ひとり
大田プロ
5位:陣内智則
吉本
6位:井上 聡(次長課長)
吉本
7位:桜塚やっくん
トップコート
8位:川島 明(麒麟)
吉本
9位:岡村隆史(ナイナイ)
吉本
10 位:大田 光(爆笑問題)
タイタン
(引用:「anan」2007/9/5 号より)
そして、吉本はこのようにお笑いという競争の激しいと思われる業界の中で、長きに渡
り、企業として発展し、生き残り続けられてきた。では、我々が「吉本」に惹きつけられ
る魅力はどこに存在するのだろうか。吉本の好業績の理由となる要因は何なのか。なぜ、
吉本はこれほど多くの芸人を輩出し続けることが出来ているのであろうか。
これらを明らかにするにあたり、Ⅱ章では吉本の歴史について、1912 年からの創業以来
の歴史を調査し、育まれてきた吉本の経営精神をまとめた。優秀な企業というものは一朝
一夕で生まれるものではなく、
様々な問題に直面し改善を繰り返しながら経営方針を固め、
成長を続けていくものである。吉本という企業を分析するにあたり、創業以来の経営努力
と経営戦略を明らかにすることは、必要不可欠と考える。
そして、吉本の商品である芸人を持続的に育て、常に芸能界というフィールドに供給し
続ける形態にも注目したい。我々は、現在の吉本の繁栄には、何か重要な、競争優位を確
立する要因があるのではないかと仮説を立てた。分析にあたっては、書籍やインターネッ
トを参考にするだけではなく、吉本に所属されていた社員の方に話を直接伺い、経営理念
や経営戦略、社内風土についての取材を行った。このインタビューも参考に入れ、以下の
文章を構成していくこととする。
吉本の競争優位性を導く要因を、客観的事実から解明することを目的とし、Ⅲ章では、
競争戦略論のマイケル・E・ポーター(以下ポーター)
「ポジショニングアプローチ」の理
論について詳しく述べていきたい。また、分析を行うにあたって、同じ競争戦略論におい
ても視点の異なった理論である、ジェイ・B・バーニー(以下バーニー)の、「リソース・
ベースト・ビュー(以下 RBV)
」の理論について述べていきたい。
Ⅳ章では、上記の理論に吉本を当てはめて、競争優位分析を行う。このように、競争戦
略論において代表的な二つの理論を細かく当てはめることで、吉本の競争優位の要因が理
論として明らかにできると考えた。本研究において二つの理論を用いる理由は、同じ競争
優位戦略においても、着眼する点が、内的と外的と異なっているために理論の相互補完性
があると考えられ、両方の視点から分析することでより明確にできると考えられるからで
ある。
これまでに吉本を題材にした研究は少なく、吉本がなぜ芸能界で、他社と大きく差をつ
けトップを走り続けることができるのかについては、明らかにされていない。とりわけ、
2
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
競争戦略という視点から分析した、先行研究は少ない。これは吉本が芸能界で、競合他社
に大きな差をつけ、トップを維持してきたことについて明らかにされてこなかったことを
意味する。
吉本は商品である「芸人」に商品価値を持たせ、市場に投入し、企業としての利益をあ
げている。一見、吉本の事業形態は、他の企業と何ら関連性の無いように思える。しかし
ながら、これは扱う商品が他の企業と異なるだけであり、商品を生み出し、売り出し、商
品価値を高め、市場競争を勝ち抜くという面では、同じである。本研究において、明らか
にする事は、経営戦略論として、他企業においても応用することができると考えられる。
また、私達は本研究において、吉本のメディアと劇場という部分に焦点を当てることと
する。これは、図 1‐2 のように吉本の全体売り上げの中でこれら 2 つが8割を占めてお
り、吉本の競争優位確立に何らかの影響を与えているのではないかと考えられるからだ。
図 1‐ 2
吉本 興業株 式会社 の単体 売上高 の概況 (2007 年 3 月 期)
出展:吉本興業ホームページ http://www.yoshimoto.co.jp/
アクセス日 2007/11/27
吉本が芸能界で競争優位を確立することを可能にしている要因を、上記の経営学の理論
に基づき検証を行う。それは結果として、吉本の業界での競争優位を生み出している要因
を明らかにし、企業の持つ内部の経営資源を最大限に生かせるノウハウを明確にする事に
つながり、これを本研究の目的とする。
3
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
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Ⅱ
1
吉本 興 業株 式会 社に つ いて
吉本興業株式会社概要
・創業
1912 年 4 月 1 日
・設立
1948 年 1 月 7 日
・資本金
48 億 695 万(2007 年 3 月現在)
・売上高
341 億円(単独) 465 億円(連結)(2007 年 3 月期)
・社員数
286 名(単独)
・所属タレント
・業務内容
572 人(連結)
約 800 名
TV・ラジオ、ビデオ、CM、その他映像ソフトの企画、制作および販売。
劇場運営。イベント事業。広告事業。不動産事業。ショウビジネス。そ
の他商業施設の開発、運営。
2
吉本興業の歴史
吉本の創業者は吉本吉兵衛1とせい夫婦である。吉本の歴史は吉本夫婦が大阪の天満宮 2
裏にある、第二文芸館を借り、経営に乗り出した 1912 年(明治 45 年)4 月 1 日に始まる。
この天満宮裏界隈が吉本の原点であると言われている。
明治末期では興行といえば歌舞伎であり、寄席の演芸としては落語・講談・女義太夫・
手品・音曲が行われていた。当時、落語界では桂派と三友派の対立が始まり、最初は桂派
が優勢であったが、後に三友派が優勢になっていった。この争いは長い間繰り広げられ、
結果的に落語界は吉本によって統一されることとなる。吉本夫婦が寄席経営に乗り出した
明治末期とはこのような時代であり、漫才なるものが興行として登場するのはまだまだ先
のことであった。寄席経営開始当初、夫婦には資金がなく、借金を抱えマイナスからのス
タートであった。さらに同じ頃、東京では浅草オペラ座が流行り始め、1914 年には宝塚(兵
庫県)に少女歌劇が誕生するなど、東西の演芸界に新たな波が押し寄せていた。
1 年余りが過ぎた頃、吉本は寄席のチェーン化に乗り出し、1918 年、寄席の名称を「花
月」と改めた。この頃から、せいの実弟である林正之助3が吉本に携わることになる。
そんな中、当時の落語界において三友派に唯一客を呼べる落語家がいた。彼の名は桂春
団治である。新たに大阪の演芸界に出現した「大八会」という組織に対抗するべく、吉本
は彼に狙いを定め、今で言うヘッドハンティングなるものを行い、桂春団治の獲得に成功
した。そして、1921 年、吉本は寄席経営に乗り出してから 10 年余りで落語界を統一した。
結果、吉本は芸人に対して月給制を導入し、専属契約をとり、多くの所属芸人を抱えるこ
ととなった。当時は、現在とは異なり、芸人と契約関係にあった。
そして、1923 年の関東大震災を機に東京に進出し、それまで大阪ローカルだった吉本の
名を一気に広めることに成功した。しかし、その頃はもう落語の時代に陰りが見え始めて
1
2
3
のちに吉本泰三と改名
大阪市北区天神橋にある
のちに吉本興業会長となる人物
4
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
いた頃であり、正之助は落語に変わる吉本の「売り物」を模索していた。そこで目をつけ
たのが万歳4であった。万歳のきっかけとなったのは、当時、庶民の楽しみであった江洲音
頭だった。落語とは異なり、安くて理屈抜きに面白く、客も演じる側も庶民層で無条件に
楽しめる世界であった。そして大震災から半年後の 1924 年、創業者である吉本泰三が急
逝し、正之助に実質的な指揮がゆだねられた。その後、正之助は万歳のスカウトに乗り出
すなど、精力的に仕事に取り組み、吉本の成長に大きく貢献した。
正之助が泰三から吉本を受け継いでしばらくして、時は昭和になった。吉本は劇場へ初
進出し、1927 年には松竹との提携による万歳大会を大成功させた。4 ヶ月後にも再度万歳
大会が開催され二度にわたる成功を収めた。しかしその直後、事件は起きた。ライバルと
も言える松竹が、吉本芸人の引き抜きにかかったのだ。そこで、正之助は単身、松竹の社
長のもとに乗り込み、松竹に今後吉本の芸人は引き抜かないという約束をさせ、この事件
は一件落着した。そして、新たに生まれたこの万歳をどのように近代化していけばよいの
かと、正之助はその課題の答えを探していた。
正之助によってスカウトされた横山円辰5と花菱アチャコという芸人がいて、彼らはエン
タツ・アチャコのコンビを結成し、初舞台を踏んだ。初舞台には洋服姿で挑み、当時洋服
を着た万歳は初めてのことであった。そして、1929 年に起こった米国金融大恐慌による不
況の波は日本の寄席にも押し寄せ、それは客足に影響を与えた。そこで、吉本が考え出し
たのが、
「十銭万歳」であった。十銭均一で万歳専門の小屋を開き、成功を収めた。当時の
民衆には安くてとにかく面白い万歳が受け入れられた。
その頃、吉本では所属芸人のラジオ出演を禁止していた。しかし、1930 年、正之助がラ
ジオへ対応せざるを得なくなった事件が起きた。先ほど述べた、吉本がヘッドハンティン
グによって獲得した、当時大阪落語界きっての人気者だった桂春団治が、会社に無断でラ
ジオに出演してしまったのだ。この事件は当時の新聞でも取り上げられ、事前の吉本の必
死の牽制もむなしく、
春団治はラジオ出演に成功してしまったのだった。
しかしこれまで、
ラジオで落語を流すと寄席に足を運んでくれる観客が減ると考えていた正之助はこの事件
を受けて、大きく考えを変えることとなった。春団治のラジオ出演によって、寄席の客が
減るどころか逆に大反響を呼び、わざわざ寄席に聞きに来てくれる客が増えたのだ。これ
をきっかけに、吉本は南地花月から寄席中継を行うなどラジオ放送に積極的に進出するこ
ととなった。
1931 年に満州事変が勃発すると、吉本はいち早く慰問団の派遣を計画し、エンタツ・ア
チャコを参加させた。2 人の参加により万歳の名は吉本の名とともに大いに高まった。満
州から帰った 2 人の人気で寄席は満員になった。吉本では少し前から万歳の人気が浪花節
や落語をはるかに上回り、経営を支える大きな柱となっていた。その結果、落語はますま
す片隅に追いやられることとなった。そして 1933 年、万歳は「漫才」へと改称された。
創業者である泰三が逝去してから 10 年のときが過ぎた間に正之助は「万歳」を「漫才」
4
漫才はもともと、祝福芸の「萬歳」をルーツに、
「万歳」から現在の「漫才」へと変化を遂げていった
ものである。
5 横山円辰は一旦は、芸人生活に見切りをつけ仕事から離れていたが、1930 年に正之助によってスカウ
トされた。その少し前から吉本の万歳大会に千歳家今男とコンビとして出演していた花菱アチャコをコン
ビを解消させ、スカウトに成功した円辰と組ませ、エンタツ・アチャコの新コンビを結成した。
5
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
という新しい大衆演芸に育て上げ、東京への進出も成功させた。これに対し、かつての勢
いを失いつつあった落語界は 1934 年に春団治の逝去という不幸にみまわれ、落語と漫才
はくっきり明暗を分けた。
次に吉本が対応せざるを得なかったのが、映画である。映画は吉本が寄席経営に乗り出
した頃から、大衆娯楽の一角を占めつつあった。そこで 1933 年、吉本には宣伝部、文芸
部と並んで映画部がつくられた。日活と組んで制作した、芸人が出演する映画は大ヒット
となった。そして 1939 年、松竹が傍系会社である新興キネマに演芸部を作り、再度吉本
の芸人を引き抜きにかかり、松竹との対立が勃発した。この一件により、吉本からは数名
の漫才師が振興に流れていき、
大阪府保安課の仲介によりなんとか事態は収束に向かった。
新興は次第に苦戦に追い詰められ、この闘いは結果的に吉本の勝利で終わった。
その後、1941 年の太平洋戦争勃発から、日本は戦争へと突入し、戦況は悪化の一途をた
どり、吉本などの興行界も大打撃を受けた。米軍による大阪大空襲で大半の劇場や寄席を
焼き払われ、1945 年には 33 年間築き上げてきた吉本は潰え去った。
戦後の吉本は、まず映画で再興する道を選んだ。1948 年には株式会社に改め、せいが会
長、正之助が社長の座についた。しかし、1950 年、せいが他界した。社会では、1949 年
に NHK が放送を開始した「上方演芸会」をきっかけに、大阪に演芸ブームの波が押し寄
せていた。それは、1951 年に民間放送が開始したことによりさらに盛り上がった。そして
1958 年、当時の制作部長はテレビ台頭に強い危機感を抱き、「映画興行でそれなりの成績
を上げているのだから」という周囲の反対を押し切り、吉本はようやく演芸界の復帰に向
かって動き出した。かつてラジオに桂春団治が勝手に出演してしまった事件を教訓に、今
度は、いち早くテレビの対応に乗り出し、梅田にある劇場を改装し、開場の時点からテレ
ビとリンクさせ、再出発を遂げた。その後 1964 年には、経営苦難を乗り切るため、ボウ
リング場の経営に乗り出し、売り上げの 8 割を占めるまでに成長させたりもしている。そ
して劇場が低迷し続けていたその頃深夜のラジオ放送で道が開けた。正之助は見込みのあ
る新人はどんどん抜擢するという流儀を昔から貫いており、それも手伝ってか吉本は再建
に成功した。しかし、1976 年から 78 年にかけて興行部門の売り上げが落ち込み、77 年 3
月期には戦後初めての減収決算を余儀なくされた。そんな中で 1980 年、突如 MANZAI
ブームがおとずれた。吉本はブームの波に乗って東京進出も果たし、その結果、テレビ部
門の収入が驚異的に伸び、1981 年には総収入の約半分をしめるまでになった。しかしその
ブームは 2 年足らずで終わってしまった。結局あとにのこったのは本当に実力のある漫才
師だけであった。
吉本の劇場こそ人気にかげりを見せ始めたが、テレビ部門はその後も好調の波に乗り続
けた。一方で、新しいタレントづくりの場として 1982 年に吉本総合芸能学院(NSC)を
開校した。これまでの、
厳しい徒弟制度の中で時間をかけて芸を身につける方法ではなく、
師匠なしのタレントを「製造」しようと開校された。
時が昭和から平成へと変わる 1986 年、1973 年から会長の座にあった正之助が突如、社
長を兼務することになった。この正之助の社長就任後の 6 年間に吉本は「第二の誕生」と
いえるほどの大変革を遂げることに成功した。まず、3 劇場の改装を宣言し、第一弾とし
てボウリング場の跡地に吉本会館を建設した。1 階にはファーストフードショップや喫茶
店などのテナントが入り、2、3 階は中心施設の大ホール「なんばグランド花月」で、4階
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
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に本社オフィスが入った。また 3 階には NGK とは別に、テレビ番組制作に活用できる
「NGK ホール」を設け、地下 1 階にはディスコ「デッセ・ジョニー」を開業した。吉本
は旅行代理店やディスコ経営により業績を上げた。さらに、1990 年には万博景気も手伝っ
て、年間売り上げは遂に 100 億円を突破した。そして、1991 年、林正之助が 92 歳で他界
し、翌年、吉本は創業 80 周年を迎えた。
このように吉本は約 95 年の歴史において、常に大衆の欲求に合わせ、時代に合わせた
取り組みを行ってきた。独自の経験、ノウハウ、手段、手法を生かし、多くのことに挑戦
し、走り続けてきた結果、漫才の大衆化に成功し、今日の吉本興業株式会社を作り上げた。
そして、吉本は新たな時代に向けさらなる飛躍を遂げるため、現在もその方向性を模索中
であり、常に先を見据えて走り続けている。
3
吉本興業の特徴
吉本興業は、数多くの所属芸人を抱えているが、吉本には契約書が存在しない。全てが
口約束であるらしい。そのため、会社と芸人は深い信頼関係で結ばれており、口約束が最
も重い契りとされている。また、吉本の特徴として、自社で劇場を所有していることがあ
げられる。この劇場には若手からベテランまで幅広い芸人が出演し、厳しい観客の前で芸
を披露することで、常に向上心を忘れないような仕組みになっている。ベテランとなれば、
頻繁に出演するのは難しいようだが、それでも年に 1 度は舞台に立ち、観客に自分の芸を
判断してもらうことで、自分を奮い立たせている。また、若手の出演する舞台には、観客
に満足してもらえたか、してもらえなかったかでその日のギャラが 0 円から 500 円程度の
範囲で左右されるシステムがある。1 日のギャラが 0 円という事実もある。これは、芸人
が売れるまでの下積み時代が相当苦しいものであると物語っている。また、吉本では若手・
ベテランに関わらず、面白ければどんどん売り出すという手法を用いているため、売れっ
子芸人を夢見て、多くの芸人が日々自分たちの芸に磨きをかけている。さらに、吉本での
芸人の扱いは、『芸人=商品』である。商品を観客に見てもらい、判断を仰いでいるのだ。
その観客の評価は厳しいといわれており、その評価次第で芸人の芸が左右されるのである。
このように吉本の内部には、独自の風習やシステムが根付いており、これまでの歴史の
中で、築き、獲得することができたノウハウと文化を強く生かしているように伺える。
4
元吉本興業社員の方のお話に基づいた吉本興業について
ここでは、元吉本興業の社員であった眞邊明人氏のお話に基づいて、吉本興業について
述べていくこととする。
まず、吉本は一体どのような企業なのか。そもそも興行とは何かについて先に述べてお
きたい。眞邊氏によると、興行とはライブのことであり、吉本は自社が持つ劇場でそのラ
イブを行っている。そして、そこに出演する人物というのが芸人であった。つまり、芸人
によるライブを自社の劇場で行うことが「興行」で、それを業務にしているのが吉本なの
である。一般的に吉本は芸能プロダクションとして知られているが、これは、私たちの大
きな誤解であり、吉本に所属する芸人は全て独立法人のようなものである。つまり、
「所属」
とはいえないのである。吉本の専属ではあるが、契約などは一切交わさず、口約束だけで
関係が成り立っている。要するに、プロダクションではなく、劇場での興行が業務の主で
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
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あるまさしく興業会社なのである。所属していないということは辞めることもないという、
まさに逆転の発想であり、実際吉本にはベテランで売れている芸人が多数存在している。
また、ほかの同業者が持たない
劇場
を所有しているとうことは、吉本の最大の強みで
あると眞邊氏は述べていた。
また、吉本の劇場に足を運んで、芸を見る観客は評価が厳しいといわれているが、これ
は、お金を払って芸を見に来てくれるという前提があるため、当然である。むしろ、この
厳しい観客のおかげで、芸人たちは自身の芸を磨くことができる。吉本の芸人は、劇場で
経験を積んでいるからこそ、長く活躍できる。テレビだけで作られた芸は観客の判断を仰
いで作られたものではないので、寿命が短い。その点、劇場は芸人が失敗してもまた一か
らやり直すことができ、彼らは試行錯誤を重ねながら、しっかりと芸を作り上げていくこ
とができる。したがって、吉本から芸人も観客も離れず、劇場という最大の資源により、
この 95 年の歴史の中で、現在の地位を築き上げることができた。
Ⅲ
1
問題 解 決方 法
ポジショニングアプローチ
ポジショニングアプローチとは、外部環境のさまざまな要因を分析し、その中に自社を
的確な場所に位置づけることによって高い利潤を生み出す経営を行うためのフレームワー
クのことを言う。
つまり、このポジショニングアプローチでは成功の要因は外部環境にあり、その中での
適切なポジショニングを見出すために必要なフレームが用意されている。
このフレームワークを「5つの競争要因分析(ファイブ・フォースモデル)」という。5
つの競争要因を挙げると、
「新規参入の脅威」、
「代替品の脅威」、
「買い手の交渉力」、
「供給
業者の交渉力」の4つと、それら外部環境にさらされた「同業者間での競争の度合い」が
ある。
「同業者間の競争の程度」を規定するものは5つあり、企業数と規模の分布である。こ
れは企業数が少なければ、企業間の競争が緩やかになる。また規模の分布によっても競争
は左右される。1社の独占状態とすべての企業が均等にシェアを保有している場合では規
模の分布は異なる。次に産業の成長性の低さである。産業自体が成長していれば売上げは
成長と共に増加するが、成長性が低いかマイナスの場合は他者のシェアを奪うことでしか
売上げを伸ばすことが出来ない。そのため成長性が低いかマイナスの場合競争は激化する。
次に固定費・在庫費用の高さである。固定費や在庫費が高ければ供給量の増加に伴う追加
的な費用は相対的に小さい。この場合、各社が操業度を上げたり、在庫を減らそうとし供
給量を増加させれば過剰供給に陥り、競争は激化する。次に小刻みな生産能力の拡張が困
難であれば、各社の設備投資が進み需要以上の供給がされるため、需要と供給のバランス
が取れるまでは過剰供給となる。製品差別化が難しい場合も競争は激化する。差別化が図
れる場合は価格以外の要素で競争ができるが、差別化が難しければ価格のみの競争となり、
ひとたび競争が起これば泥沼の価格競争となってしまう。
「新規参入の脅威」とは、現在該当産業で事業を営んでいない企業が新たに参入してく
ることによって、同業者間の競争がさらに激化する恐れを意味している。この脅威を回避
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
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するためには何か要因が必要であり、それを参入障壁という。参入障壁になりうるものと
しては6つあげることができる。規模の経済が発生している時、つまりある製品を作るた
めに必要な材料や技術を持っていても、一定の規模がないと効率的な生産や販売ができず
コストがかかってしまう場合である。既存企業がブランドロイヤリティを確立している時、
参入企業は同じブランドロイヤリティを得るために多額の資金を投入しなければならなく
なる。スイッチング・コストがかかる時、つまり現在の製品から他企業の製品にかえるに
あたって顧客に多くのコストや手間が必要となり、障壁となる。規模に関係なくコストが
発生する時、特許などがこれにあたる。次に政府による規制がある時、政府による規制が
外部環境の要因としては最も頻繁に挙げられる項目である。政府が許認可権限を持ってい
る産業では、収益性の大小は別として参入障壁となることは間違いない。その他に流通チ
ャネルの確保や原材料の入手可能性などが障壁となりうる。
「代替品の脅威」とは顧客のニーズを満たす既存の製品と同様の機能を提供するものを
意味する。代替品となり得る製品の特徴としては2点ある。まず、コストパフォーマンス
が急激に向上している製品である。コストパフォーマンスが当該産業の製品よりも上回れ
ば、代替製品に取って変わられる。次に、収益性が高い産業で、代替製品が生産されてい
る場合である。この場合、高い収益性の背景で価格の引き下げが行われる可能性があり、
当該産業の需要が奪われ、収益性が低下してしまう。
「買い手の交渉力」が強ければ値上げなどが困難になる。そればかりか、値下げの要求
が行われるかもしれない。交渉力を左右する要因としては3つあり、買い手の市場集中が
高い・当該産業の製品が標準化されている。これは買い手にとっての当該産業の重要度と
当該産業にとっての買い手の重要度とのバランスが崩れていることを意味する。買い手の
集中度が高ければ、買い手が提示した価格に不満があっても、代替する顧客を見つけにく
い。当該産業の製品が標準化されていれば、買い手が購入先を切り替えるのに大きな障害
はない。このような場合、供給業者側は買い手の言い分を聞かざるを得ない。また買い手
が当該産業を垂直統合する可能性があり、これは代替的な供給先に買い手自身がなること
を意味するために買い手がパワーを有することになる。
同じように供給業者の交渉力が強ければ、原材料の値下げ要求などは困難になり、最悪
値上げ要求が起こり収益の圧迫につながる可能性もある。この交渉力を強める要因は2つ
あり、売り手の市場集中度が高い・売り手の製品が差別化されているである。これは、先
に述べた買い手の交渉力をひっくり返して考えることで理解できる。
これら5つの競争要因を分析することで、業界構造の総合的な判断とともに、自社の外
部環境の要因における優位性を導きだすことが可能となる。
2
リソース・ベースト・ビュー
ここでは、バーニー(Barney, 2002)による競争優位の理論を説明する。バーニーの理論
を説明する上で、資源ベースの戦略論である「リソース・ベースト・ビュー(以下 RBV)」
が非常に重要である。これを、直訳すると
経営資源に基づいた視点
であり、競争優位
の源泉を企業の内部資源に求めるという考え方である。成功している企業は内部に優れた
能力や資源を蓄積しているということである。バーニーの理論の中心である「RBV」を基
に、理論説明していく。
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
企業が独自の利潤を最大化させるうえで、最も影響を与えるのは業界の競争構造ではな
く、各企業が保有する内部資源にあるという考えである。この考え方は、ポーターのポジ
ショニングアプローチと対比され、補完性がある。多くの研究者が「RBV」の理論を研究
してきているが、次にあげる三つはその核心を成す考え方である。持続的競争優位を左右
する要因は、所属する業界の特質や形態ではなく、企業が業界に提供する能力である。第
二に、稀少で模倣にコストのかかる能力・資源は、他のタイプの資源よりも、持続的競争
優位をもたらす可能性が高い。最後に、企業戦略の一環として、資源の開発や有効活用の
ために、適切な組織が編成されている企業は持続的競争優位を獲得する。これらの考え方
が「RBV」の基本的要素であり、中心にあるのは真似されない経営資源の戦略的な蓄積で
ある。
この理論の中心である内部資源とは、一般的に言われているヒト・モノ・カネというよ
うなタンジブル(有形)な資源と、技術力・ブランド・特殊の専門能力・独自の組織文化な
どといったインタンジブル(無形)な資源を含んでいる。バーニーは、このような企業の内
部資源が持続的競争優位の源泉となるための四つの条件として、
「VRIO」という分析を提
案した。これは、Ⅴ(価値の創出)・R(稀少性)・I(模倣困難性)・O(資源を有効に戦略遂行に
結びつける組織の存在)というような四つの意味を持っている。事業領域や提供すべき顧客
の価値との一貫性があり、貴重にして稀少で簡単に模倣されにくい経営資源は持続的競争
優位をもたらす要因であり、重要な源泉である。
「V(価値の創出)」とは、顧客との価値の相違のある経営資源が非常に模倣困難であり、
稀少であっても競争優位の源泉とはなりえない。経営資源の顧客との価値の一貫性が重要
である。
「R(稀少性)
」とは、競合他社が所有しない経営資源を獲得・蓄積することは競争優位
の源泉となりえる。そのため、経営資源先にありきの戦略により、稀少性の高い経営資源
を手に入れることが重要である。
そして、この VRIO のうち、持続的競争優位を獲得するうえで最も重要となるのが、I
の模倣困難性である。模倣が困難な資源には次のようなものがあげられる。
まず、第一に模倣をするにあたってコストや時間が非常にかかるという困難性がある。
これは、模倣する対象や、模倣の方法もわかっているのであるが、獲得するにあたって時
間とコストが非常にかかるため、時間差もコスト差も競争優位の源泉になるという理論で
ある。先行して経営資源を獲得し、蓄積する企業は、新規参入者に対する優位が生じるこ
とになる。この種の経営資源を獲得するには、先見性とそれを実行する行動力が必要にな
る。
次に、性質上模倣することが困難であるという経営資源がある。これは、コストや時間
をかけたとしても、模倣すること自体が経営性質上困難な状況である。資源自体がわから
ないうえ、どのように模倣してよいのかわからない、因果関係が不明確な状況や、模倣す
る対象はわかっていても、複雑で把握できないなどといった模倣困難性がある。このよう
に、複雑でわかりにくい競争優位の源泉は、資源を保有している当の企業でさえ理解でき
ず、その経営資源を持っていることすら認識できていないこともしばしばある。それは、
会社にとって当たり前のことになっているからであり、このような場合、他社は完全に模
倣することは困難である。
10
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
最後に、競合企業が自らの事情で模倣できない状況である。これは、模倣をしようと思
えば出来ないことはないが、模倣できないという状況である。この状況は、模倣する対象
は分かっているが、模倣する側が何らかの理由で模倣できないというものである。模倣す
る側の企業が競合他社のイノベーションなどにより、今まで競争優位であった企業が、従
来は強みの源泉であった経営資源が、逆に弱みになってしまう。ステークホルダーとの関
係性など今まで強みだった経営資源が足かせになり模倣できない状況が起こりうる。
これらの模倣困難性をもつ経営資源を保有することによって、持続的競争優位を獲得す
る。しかし、他社に模倣されないからといって、その資源が常に競争優位の源泉になると
は限らず、自社の保有する源泉が顧客に対して価値のないものであれば、競争優位の源泉
とはなりえない。そのため、自社が顧客に提供しようとする価値の一貫性も競争優位をも
たらすのに非常に重要である。
RBV をまとめると、顧客価値を実現し、競争優位を支える内部資源が競合他
社による模倣が不可能である場合に持続的競争優位を獲得する。また、そのような競争優
位の内部資源を分析手法として「VRIO」が存在する。
Ⅳ
1
吉本 興 業の 競争 優位 分 析
ポジショニングアプローチからの分析
(1)
産業内の 同業者 間での 競争の 激しさ
同業者間での競争の激しさを決定するにあたり、業界の基本的状況を述べておくことに
する。
世の中には「モノ」を商品として扱う企業や、吉本の様に「ヒト」を商品として扱う企
業が存在する。そして、私たちが扱っている吉本は後者のヒトを商品として売る企業であ
る。従って、まず初めに同業者の定義づけとして吉本の様にヒトを商品として売っている、
さらにその「ヒト」がお笑いや芸という無形物を提供するものであるという事を前提に、
同業者を定義づける事にした。以下に吉本の同業者である芸能事務所を記す。
11
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
図 4- 1
芸能 事務所 (一部 )
ワタナベエンターテイメント
欽ちゃん劇団
オフィス北野
松竹芸能
日劇
ホリプロコム
ピクターエンターテイメント
人力舎
太田プロ
パレット
人形劇団
マセキ芸能
浅井企画
NEET Project
WAHAHA本舗
アネット
トゥインクル・コーポレーション
ケイダッシュグループ
T-JAC
オフィス樹木
ティヴィクラブ
タイタン
参考:お笑い芸人一覧
スプラッシュアソシエイツ
大川豊興業
ワーナーミュージックジャパン
融合事務所
イザワオフィス
THE NEWSPAPER
ヴィジョンファクトリー
ホリプロ
げんじしん事務所
オフィスインディーズ
日本クラウン
サンミュージック
徳間ジャパンコミュニケーションズ
ソニーミュージックエンターテイメント
三木プロダクション
好愉快
univasal music
ケーアッププロモーション
西口プロレス応援団
佐藤企画
田辺エージェンシー
トップコート
http://www.excite.co.jp/entertainment/448/504/ ア ク セ ス 日
2007/11/29
次に、業界内の競争の激しさを決める要素としては、業界の規模、産業の成長性、固定・
在庫費用の高低、小刻みな生産能力の拡張のし易さ、製品差別化が挙げられる。これらに
ついて、それぞれ分析していく事とする。
a.業界 の規模
次に、業界の規模について述べていく。吉本の競争企業としては、上図に表した様な非
常に多くの競合他社が存在することが分かった。通常、業界における集中度が高いほど、
事業間の相互依存度が高くなり、競合他社との対立を避ける傾向がある。しかし一方で複
数の小規模企業からなる業界は各社が競合他社に与える影響力が小さいためにマーケッ
ト・シェア争いが激化し、市場の需給バランスが崩れてしまう。これはすなわち、規模や
力が拮抗する企業が複数存在する業界よりも支配的な地位にある企業が1社存在する業界
の方が競争は穏やかになるものになり、また力が拮抗する企業が数多く存在する業界では
各社が自社の競争優位を確保しようとするために競争が激化すると言い換える事が出来る。
12
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
図 4- 2
競争 度合い
支配的
企業
企業
企業
吉本は、お笑いと言えば=吉本といわれるまで業界内での支配的ポジションを占めてい
る。従って、産業内の同業者間での競争は激しくないと言える。
b.産業 の成長 性
産業の成長性が低下すると、競合は起こり易くなる。マイナスになると、個々の企業が
売り上げ高を伸ばそうとすると、結果他者の売り上げを奪う事になるからである。以上を
踏まえて分析していく。
現在、日本はお笑いブームと呼ばれる時代である6。この事実により、産業内での成長性
は高いと言えるため、競争は激しくないと言える。
c.固定・在 庫費用 の高低
固定費や在庫費が高い場合、競合は激化し易いとされている。これは、固定費や在庫費
が高ければ、各社が操業度を上げようとしたり、在庫を減らそうとしたりして供給量を増
加させようとするからである。その結果、過剰供給に陥り競合が激しくなってしまうので
ある。
吉本の組織形態で特徴的な点は、芸人を所属させていないという点である。これはすなわ
ち固定費や在庫費用がかかっていないという事になる。従って、競争は激しくないと言え
る。
d.小刻 みな生 産能力 の拡張 のし易 さ
小刻みな生産能力が拡張できない場合は競合が激化し易い。これは、小刻みな生産脳力
が拡張できると需要と供給のバランスがとれるのであるが、反対に拡張できないと過剰供
給に至ってしまうからである。
吉本は商品とするものがヒトであり、また多くの人材とを扱っているという点で小刻み
6日経
BPNET
http://www.nikkeibp.co.jp/news/biz07q4/552304/ アクセス日 2007/11/26
13
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
な生産能力が可能であると言える。従って、競合は激しくない。
e.製品差 別化
企業の製品に差別化が図れた場合、価格以外の要素で競争が可能になってくるため、競
争は激しくなくなる。
吉本が扱っている商品としてはヒトである。モノを扱う企業と異なる点は、ヒトは自ら
の意思で行動することが可能であり、また型に当てはめることが出来ないという点である。
従って、製品の差別化が難しいと言えるため競合は激しいと言える。
以上 a から e までの分析を統合した結果、
同業者内での競合は激しくないと結論付ける。
(2)
新規 参入の 脅威
参入障壁の度合いは、資本コストを上回る利益がある業界への新規参入を防ぐ障壁によ
って決まり、新規参入候補が先行企業と同じポジションを確保することが困難な場合やコ
ストが高くついてしまう場合には必ず参入障壁が存在している。参入障壁の源泉には規模
の経済、ブランドロイヤリティ、政府の規制、スイッチング・コストが存在するのだが、
これらに一つずつ分析していく事で、吉本にとって新規参入の脅威は存在するのかどうか
を分析していく。
a.規模 の経済
規模の経済とはある時点での規模が大きいほど、効率的な生産や販売が出来るという現
象を指し、また規模が大きいほど、製品 1 個あたりのコストは安い。すなわち、ある製品
を作るために必要な材料や技術を持っていても、一定の規模がないと効率的な生産や販売
ができずコストがかかってしまうのだ。
b.ブラ ンドロ イヤリ ティ
吉本は、お笑いと言えば=吉本と言われるまでにブランドロイヤリティを確立している。
それを示すものとして以下の図を参照してもらいたい。以下の図は今年 2007 年 11 月に行
われた M‐1グランプリ 2007 の準決勝進出者を表したものである。
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
図 4- 3
M‐1 グラン プリ 2007 の準 決勝進 出 者
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参考:M-1 グランプリ 2007 ホームページ http://www.m-1gp.com/top.htm
アクセス日 2007/11/29
準決勝進出者は総勢67組であるのだが、その中で吉本の芸人は45組ランクインして
いるのである。この事からも、お笑いと言えば吉本という式が成り立っていることがわか
るだろう。この事は、新規参入企業にとって吉本を上回るブランド力、またそれを培うま
での年月が必要だと言えるため、これら障壁は容易に打破出来るものではないと言える。
以上の事から、ブランドロイヤリティの面においての新規参入企業の脅威は低いと言える。
15
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
c.政 府によ る規制
政府による規制が外部環境の要因としては最も頻繁に挙げられる項目である。また
政府が許認可権限を持っている産業では、収益性の大小は別として参入障壁となること
は間違いないのである。これを吉本にあてはめて考えてみると、まずは始めに言える事
は、外国からの参入で海外企業にとって一番の弱みになってしまうのは、文化の壁だと
いうこと。日本には古代から根付いてきた深い固有の文化があり、同時に海外諸国にも
それぞれに根付いてきた文化が存在する。要するに故意に行う政府の規制は為されてい
ないが、文化の壁という自然と出来上がってしまう現象こそが障壁になっている事が、
上図で海外出身の芸人がランクインされていない事からも分かる。従って、外国企業に
よる参入の脅威も低いと言える。
d.ス イッチ ング・ コスト
スイッチング・コストとは、他企業の製品に切り替えることによって顧客に生じてしま
うコストの事である。例えば、少し前の話になるが、携帯電話会社を変更させる際、番号
までも変えなければならなかった。この事は関係者にその旨を伝えなければならないとい
う時間や手間といったコストがかかってしまうために、結果的に多少電話代が安くなった
などといった利益があったとしても電話会社を変更しようとは思わなくなってしまうので
ある。このような代償をスイッチング・コストと呼ぶのである。以上はモノを商品として
売りにしている企業の例えであったが、吉本の様にヒトを商品として売りにしている企業
ではこれが一切あてはまらなくなると言える。たとえ、買い手が吉本芸人であるロンドン
ブーツ 1 号 2 号から松竹芸能所属のオセロに換わったからとしても、買い手には一切不利
益は生じないのである。買い手に不利益が生じないという事は業界は非常に弱い立場にあ
るという事なので、以上の事から吉本にとってスイッチング・コストがかからない事は脅
威であると言える。
e.規 模とは 独立し たコス ト劣位
これは通常特許などといった点で関係してくるのであるが、ここでは吉本は関係性がな
いために省く。
以上 a から e の結果を相対的に見て、吉本にとって新規参入の脅威は低いと結論づける。
(3)
代替 的な製 品・サ ービス の脅威
代替的な製品・サービスを見極めるには以下の要素が存在する。まずコストパフォーマ
ンスが急激に向上している製品であること。これはコストパフォーマンスが当該産業の製
品よりも上回ることが出来たのならば、当該産業製品に取って変わることが出来るためで
ある。次に、収益性が高い産業内において、代替製品が生産されている場合が挙げられる。
高い収益性が存在する背景では目に見えない所で価格の引き下げが行われる可能性があり、
その結果当該産業の需要が奪われ、収益性が低下してしまうのである。
以上を踏まえて、吉本の代替的な製品・サービスを提供する企業としては、同じ様にヒ
トを商品として扱う企業が該当するので、例としてはジャニーズ事務所が挙げられる。し
16
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
かしジャニーズ事務所に所属しているタレントの本業はお笑いではなくアイドルであるた
め、アイドルにお笑いという目に見えない物を教授していくという人材育成にも時間を要
し、また例え習得できたとしても大衆に受け入れられるのかという事を踏まえると代替的
な製品・サービスの脅威は極めて低いと言える。
(4)
供給 業者の 交渉力
供給業者の交渉力を決定づける要因としては、相対的な規模、業界参加者と比較した際
の供給業者の集中度製品の差別化度合いであると言える。吉本にとっての供給業者とは番
組や劇場制作に必要な技術とノウハウ、そして出演する人である芸人を提供する
場所
であると考えた。吉本はこれらを NSC や会社の中の事業として保有しており、またそれら
の事業を 2007 年にそれぞれを子会社化している。
出演するヒトである芸人を提供するところとしては、この点が他のヒトを商品として売
りだしている企業とは異なる点であるのだが、ヒトを供給する場所をメディア以外にも保
有しているという点なのである。例えば松竹芸能であってもホリプロであっても、これら
はメディアにしか供給する場所を持たないが、吉本には劇場というもう一つの供給先が存
在するのである。そして、この劇場からの収益率が吉本全体の収益の 10%に当たるのだ。
以上より、吉本にとっての供給業者は吉本の内部に存在し、すべて自給自足の状態にあ
ると言える。従って、供給業者は自社であると言い換えることが出来るために、交渉力は
弱い。
(5)
買 い手の 交渉力
買い手の交渉力は市場集中度合や当該産業製品が標準化されているかどうかによって左
右される。買い手の集中度が高ければ、供給業者が提示した価格に不満があっても、代替
する顧客を見つけにくくなる。一方で、当該産業の製品が標準化されていれば、買い手が
購入先を切り替えるのに大きな支障はない。このような場合、供給業者側は買い手の言い
分を聞かざるを得なくなってくる。また、買い手が当該産業を垂直統合する可能性があり、
これは代替的な供給先に買い手自身がなることを意味するために買い手がパワーを有する
ことになる。以上の点を踏まえ、買い手の対象として存在するテレビやラジオといったメ
ディア、また芸人を商品として購入する観客にそれぞれ分けて分析を行う。
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
図 4- 4
吉本 の外部 環境を 表した 図
松竹
吉本興業株式会社
メディア
劇場
吉本
(媒体)
ル
その他
人力社
ル
ト
②
ト
①
観客
観客
a.メデ ィア
まず、吉本にとってメディアの交渉力の強弱は痛手にはならない。なぜならば、吉本は
買い手先としてメディアの他に劇場を保有しているため、リスク分散されているからであ
る。要するに、メディアへの販売が困難になったとしても、劇場への出演が残されるのだ。
b.観客
観客の交渉力は強いと分析出来る。吉本では劇場で芸人に立つ場を提供することで、観
客の目に触れさせ観客によって評価させるのである。従って、観客が面白くないと思えば
売れることは不可能であり、面白いと思われればどんどん売れていくのである。従って吉
本の芸人が市場に売れるのも売れないのも、芸人を評価する観客に左右されるため、メデ
ィア同様買い手の交渉力は強いと言える。
以上 ab より、買い手の交渉力は強いと言える。
しかしここで補足しておきたい事は、吉本はこの買い手の交渉力が強いという弱みを強
みに転換する事が出来るという点である。これは、吉本がヒトを商品とする特異な産業で
あるがゆえに可能な事であると思われる。吉本の芸人を見た観客が芸人を面白くないと評
価したと仮定する。この評価を受けた芸人は、自分達が売れるにはどうしたら良いのかと
考える。その結果、自分達の至らない部分を改善していく事が出来、最終的には売れる芸
人にのぼり詰める事が出来るのであろう。芸人に対して観客の目に触れさす場を提供する
事で、この一見すると弱みとなる要因を強みに変えていく事が可能なのである。従って、
買い手の交渉力としては強いが、時間をかける事でそれを低くする事が可能であると言え
る。
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
2
資源アプローチによる分析
(1)
V( 価値 の創出)
企業としての価値である、全体収益に対しての割合は上記のⅡで述べられた通りである。その
中で、吉本の特徴として「芸人」という商品は、その場だけの瞬間的な利益に終わるのではなく、
劇場やテレビなどの次の機会につながり、持続的な収益と発展を望むことが出来るという点が挙
げられる。このような利潤の源泉となる要因が外部にあるのではなく、内部にある経営資源と言え
る。なぜならば、「芸人」という吉本にとっての経営資源は、市場から簡単に調達することのできな
い独自の資源であるからである。また、芸人の「芸」を生み出す要因となっているものは、劇場と観
客という吉本の資源から形成されている。この模倣不可能性については下記で詳しく述べるが、
劇場・観客・芸人という独自の経営資源同士が、利潤を生み出す要因となっている。
そして、吉本にとって商品が「笑い」であるために、その場の笑いとして価値のあるものが、その
場の高い評価を受けることによって付加価値が付くという点である。吉本に見られる好循環にこれ
が現れている。
1、劇場で芸人が芸を行う→2、面白ければ、観客が芸人を評価する→3、面白ければ、芸人は
劇場やテレビなどの出番が増える→4、吉本は芸人からの利益と共に、大衆が認める「人気芸人
が所属する企業」という社会的価値を得る→5、会社としての価値が上がる→6、会社のネームバ
リューが上昇する→7、大衆(観客)に「吉本=面白いお笑い」という位置付けから興味を持たせる
→8、劇場に直接足を運ぶきっかけとなる→1へ
また、これと同時に資源となる芸人を目指す人々に対して大きなアピールにもなり、NSC などの
吉本の芸人育成システムに人が集まりやすくなる。これらの資源や能力は所与のものとして捉える
のではなく、時間と共に蓄積される独特なものである。この点で重要なことは、資源を所与とした
場合の資源配分問題としての戦略だけでなく、資源や能力自体を向上させることに重点を置く戦
略が不可欠である。
(2)
R( 稀少性 )
稀少性とは、同じ産業内の他の企業が保有していない経営資源を保有することである。この場
合、吉本の内部資源における稀少性は、非常に大きいと考えられる。『お笑い』とは?という質問
に『吉本』とほとんどの人々が答えるであろう。これは、吉本が作り上げてきた文化こそが、現代の
お笑い文化を象徴づけていると言っても過言ではない。では、いったいなぜ吉本がこれほどのブ
ランド力を勝ち得たのであろうか。この要因として考えられるのが、吉本が抱える芸人の数である。
競合他社と比べてもその数は群を抜いており、800 人以上所属している。これだけの芸人が所属
しているということは、稀少性が高くブランド力を高めていく一因となっている。また、これだけの芸
人が所属していられるのは、吉本には他の芸能プロダクションにはない劇場を多く持っているとい
うことであろう。吉本には、現在全国に 14 ヶ所の劇場がある。テレビに出ている芸人もそうでない
芸人も劇場では皆に出番が与えられる。そのため、どんな芸人も吉本に所属している以上は芸を
披露する場がなくなることはない。劇場に出演することは、芸人に芸を磨く機会と活躍できるチャ
ンスを与えている。
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
吉本が劇場を所有することができているのには、それを見に来てくれる観客の存在である。吉
本という企業は、長い歴史において劇場を重要視し、展開してきた。それには、シビアに芸を判断
してくれる観客の存在が大きい。お金を払ってつまらない芸ばかりを見に来る人はいない。このこ
とにより、芸人は観客の生の反応を聞き、芸を磨ける絶好の機会を得ることができる。このような、
劇場という場が持つ、芸人に対する効果と関係性こそが吉本のブランド力の源であり、競争優位
をもたらすのである。
(3)
I (模倣 困難性 )
競争優位を支える資源が模倣不可能でなければ、持続的な競争優位を約束することはできな
い。模倣できない状況とは、主に a.模倣するのにコストや時間がかかる.b.資源の性質上、真似す
ることが難しい.c.競合企業が自らの事情で真似できない.
この三点によって特徴づけられる。
a.模倣す る のにコ ストや 時間 がか かる
企業は、どのようにすれば真似できるか分かっていても、真似するにはコストがかかりすぎるとい
う状況に直面する場合がある。ある企業からすれば、優れた資源を保有している企業よりも高いコ
ストがかかっているという状況である。このコスト差が競争優位を特徴づけるとされる。その他、ある
特異な資源を模倣するのにかかる時間も、模倣側にとっては大きな制約となる。
b.資源 の性 質上 、真似 する のが難しい
いくら時間やコストをかけても、経営資源の性質上どうしても真似することが難しいという状況も
ある。この場合、資源自体が見えないゆえに何を真似したらよいか分からなかったり(因果関係が
不明)、真似する対象は分かっていても複雑で把握しきれなかったりする。
c.競合企業 が自ら の事情 で 真似 でき ない
真似しようとすればできるが、真似できない事情がある状況(わかっているけどできない)である。
この原因は真似する側にあるとされる。
例えば、日本の電器メーカーは、かつて全国を網羅した販社を組織していたため、自社の製品
を有利に販売していた。しかし、IT 革命により、流通の中抜き現象が起きた。販社を通すこと自体
が弱みになっていった。
従来は強みの源泉であったはずの経営資源が逆に競合他社への弱みとなる経営資源保有の
「パラドクス」という現象が起こる。
しかし、競合他社に真似されにくいといってもそれが直ちに競争優位を確立する要因に結びつ
くわけではない。自社が保有する経営資源や能力が顧客に価値をもたらす上で役に立たないの
であれば、それは競争優位にはなりえないとされる。すなわち、ずっと前から取り組んできた資源
の蓄積が、将来の顧客価値に結びつかなければならない。
吉本にとっての模倣困難な経営資源とは、「経営手法としてのノウハウ」、「企業文化」である。
また、吉本の経営手法の特徴に「口約束」というものがある。一般企業では社員など人を雇うと
きは必ず契約書というものがある。しかし、吉本に契約書というものはなく、芸人は全て信頼関係
で結ばれた口約束で成立している。「口約束」という特殊な企業文化を模倣するには膨大な時間
20
『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
がかかり、他企業はなかなか真似することが難しい。この「口約束」という企業文化ができた背景と
して「劇場」というものの影響が強い。吉本の芸人は必ず劇場で観客の前で芸を披露するという機
会が与えられる。劇場にお金を払って見に来るシビアな観客に自分自身の芸を判断してもらうこと
で、自分自身の芸を磨くことができるからである。
(4)
O(資 源 を有効 に戦略遂 行 に結び つけ る組織 の存 在)
組織がインプットをアウトプットへと変換するために用いる資産、人材、プロセスの複雑な組み合
わせ方で、個々人の意思決定の組織的な末から構成されるものである。
吉本のビジネスモデルは、タレントマネジメントを行い、そのタレントを劇場で活用することで収
益を得ている。さらに、劇場で観客に支持された芸人は、テレビなどに出演するようになる。このよ
うにコンテンツを製作し、配給するという機能を吉本興業1社で行うことができるので収益を単独で
獲得することができる。このような組織作りができているから VRI が活かされ、芸能界での競争優
位を確立することが可能となっている。
Ⅴ
結論
本研究の目的は、吉本の競争優位を可能にしている要因について明確にし、競争優位性
を明らかにするものであった。これまで、ポーターのポジショニングアプローチとバーニ
ーの RBV という二つの分析技法を用いて吉本興業の競争優位をもたらす要因を分析して
きた。そして、二つの分析によって吉本の競争優位性を高めている要因を明確にすること
が出来た。
ポーターのポジショニングアプローチでは、企業の競争優位性をもたらす要因を外部環
境に求めるものであり、バーニーの RBV は企業の内部資源に競争優位性を見出す理論で
ある。この二つを用いることは、吉本における内・外の視点からの分析を可能にした。
まず、ポーターの理論を用い、同業者間の競争の激しさや、新規参入・代替製品の脅威、
供給業者・買手の交渉力という5つの外部要因から分析し、吉本の競争優位を外部から明
らかにした。次に、バーニーの RBV では VRIO 分析という手法を用いて、V・R・I・O
のそれぞれに内部資源をあてはめ分析し、競争優位を可能にしている内部資源を明らかに
した。
本研究では、これまで明らかにされてこなかった吉本の強みとして、他社にはない企業
形態や経営ノウハウ・戦略など吉本独自の内的外的資源を明確にすることができた。その
上で、吉本の競争優位性を可能にする要因を明らかにする事ができた。吉本はこれらの要
因により、業界内で現在の、確固たる地位を築き、同業者とは格段の差をつける好業績を
残すことを可能にしていると結論付けた。
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『立命館大学政策科学部石川ゼミナール学生論文集』
2007 年 12 月
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