第 18 回環境フォーラム 「不都合な真実」に向き合う ~世界の動向と日本への期待~ とき ところ 2008 年 6 月 6 日(金) 日本ガイシフォーラム・レセプションホール 講師 枝廣淳子 氏 司会 大変長らくお待たせしました。ただいまから環境フォーラムを再開いたします。 本日第3部は、 「 『不都合な真実』に向き合う~世界の動向と日本への期待~」と題し まして、枝廣淳子様からご講演いただきます。 枝廣様は、二つの会社を経営する傍ら、執筆、講演、翻訳、環境NGO運営など、環 境を軸に多方面でご活躍されております。元アメリカ合衆国副大統領アル・ゴア氏の著 書『不都合な真実』の翻訳者であり、地球温暖化問題に関する懇談会メンバーとして、 日本政府の検討の場でもご活躍されております。 それでは皆さま、盛大な拍手でお迎えください。(拍手)枝廣様、よろしくお願いい たします。 枝廣 皆さん、こんにちは。今、ご紹介いただきました枝廣です。私から約1時間お話 をして、最後に質疑応答の時間もいただいているので、皆さんからのご質問、コメント にお答えする時間をとりたいと思っています。 今日はどんな感じの方が多いのかお聞きしたいと思います。ご自分のお仕事もしくは 生活で温暖化や、温暖化に限らなくてもいいですが、いわゆる環境問題の影響をどのぐ らい受けているか。例えば、お客様がそういうことを求めてくるとか、仕事上そういう ことが必要になっている方もいらっしゃると思うし、話はよく聞けれども自分自身の仕 事にはまだ直接関係がないという方もいらっしゃると思います。話自体はうちにはまだ そんなに来てないよという方もいらっしゃると思うので、三つの中から選んで手を挙げ て教えていただければと思います。 1番、自分の実際の仕事にけっこう影響が来ているという方はどのぐらいいらっしゃ いますか。けっこういらっしゃいますね。ありがとうございます。2番、話は確かに聞 くけれども自分自身の仕事にはまだ直接関係がないという方はいかがですか。はい。も しかしたらそのうち来るかなという感じかもしれないですね。3番の方はいらっしゃい ますか。まだそんなに話自体も遠いと……。ありがとうございます。 5、6年前までは、こういう講演会をしていても1番で手が挙がる方はほとんどいな くて、皆さんまだまだ遠い話だと思っていらっしゃいました。けれども、ここ数年、多 1 分、皆さんのお仕事でもいろいろかかわりが出てきているのではないかなと思います。 今日、私がお話をするのは、時代が変わりつつあるということです。それがどういうこ となのか話をしていきたいと思います。 時代を変えつつある大きな要因の一つが温暖化だと思っています。昨今のマスコミの 報道を見ていても、特に洞爺湖サミットを目前として、今たくさんの報道がありますね。 きっと皆さんの中でもそういう話題が増えていると思います。その温暖化の現状と構造 についてお話をします。 皆さんの登録のときのコメントも私は事前にいただいていて、温暖化は本当に何が問 題なのか知りたいという方が何人もいらしたので、少しお答えできるといいなと思って います。 温暖化が大きな原因となってきたために、新しいルールがいま台頭しつつあります。 それがどういうルールなのか。そして、その新しいルールは、私たち一人一人にも、特 に企業、それから自治体、国全体、世界全体に大きな影響を与えつつある。これからも っと大きな影響を与えます。 ですから、個人として関心のある方も、個人としてはあまり関心がない方も、もし経 済のルールが変わるとしたら企業としてはそれに対応せざるを得ませんので、これから 経済や社会のルールがどういうふうに変わっていくのかという辺りを聞いていただけ ればと思っています。 それから、新しいルールに従って、いま世界がどのように動きつつあるのか。そうい った時代背景を基に、私たちがいま何をすべきなのか。どのように考えていくべきか。 このようなかたちでお話をしていこうと思っています。 私たちがこれまで慣れ親しんできたものの見方、考え方、当然だと思ってきたこと、 それが、新しい時代においては当然ではない。もしかしたら、それは逆方向に向かうこ とになっているのかもしれない。そうだとしたら、新しい時代はどういう方向に回って いるのか、そういったことをお話しできればと思っています。 今日の私の話は、 『不都合な真実』というタイトルにあるように、温暖化の話を中心 にやっていきます。最初に温暖化の気温上昇のシミュレーションを見ていただこうと思 います。 このシミュレーションは、ここに書いてある研究所(国立環境研究所、東京大学気候 システム研究センター、海洋研究開発機構の共同研究チーム)がつくったもので、世界 的にも非常に重宝されています。これは 1950 年から 2100 年までの 150 年間の温度の上 昇を示しています。ここが年号で最初は 1950 になっていますね。ここの年号が繰り上 がっていきます。温度の変化は色で出てきます。赤くなると3、4℃、黄色くなると7、 8℃、白くなると 10℃~12℃上がると思ってください。1950 年から最近までは実際の データが入っています。そこから先の 2100 年までの将来に関しては、これからのこと ですからデータがないので、あるシナリオに基づいたシミュレーションです。それはど 2 ういうシナリオかというと、このまま私たちが何も変えなかったら、現状維持でこれま でどおりのやり方をしたらどうなるかというシミュレーションです。あとで説明をする ので、ぜひ一つ気を付けて見てほしいところがあります。温暖化のシミュレーションで すから、もちろん温度が上がっていくのですが、温度が上がるといっても世界中が同じ ように上がるわけではありません。先に激しく上がっていく箇所が何カ所かあります。 なぜそこが先に激しく上がっていくのかあとで説明するので、どの辺が先に激しく上が っていくのかといったところにも注目しながら、1950 年から 2100 年までの 150 年間の シミュレーションを1分間でご覧ください。 【シミュレーション無音】 ただいま 150 年間のシミュレーションを見ていただきました。こういう世界にしたく ないなというような世界が広がったと思います。さっきも言いましたが、こうなると言 っているわけではありません。このまま人間が何も手を打たないとこうなる可能性が高 いというシミュレーションです。こういう世界にしないために、このような環境フォー ラムが行われていると思いますし、皆さんのそれぞれの企業なり、それぞれの地域なり、 それぞれの家庭でいろいろな取り組みをしている。もしくは、もっとしたいけれどもど うしたらいいか、そういう思いで今日はいらしているのではないかなと思います。 これから、このシミュレーションのようにしないためにどうしたらいいか、どういう ふうに考えていったらいいかという話をしていきます。先ほど言ったように、今も画面 上でそうなっているように、先に激しく上がっていったところの一つは北極です。北極 が急激に上がっていきました。もう一つは、今も画面上で白くなってチカチカしたのに 気が付いたと思いますが、ここは何があるところでしょう。ここはヒマラヤのある場所 です。なぜ北極やヒマラヤの温度が先に上がってくるのか。それは、あとで構造の説明 のところで触れますので覚えておいてください。 今日は多分、皆さんの中に、それぞれの会社の中、もしくは地域、もしくは家庭の中 で、温暖化について人に伝えることを役割としてやっていらっしゃる、もしくは伝えた いと思っている方が来ていらっしゃると思います。事前の質問でも、どうやって伝える かという質問いただいているので、伝えることを一つの目的に来ていらっしゃる方のた めに言っておくと、今の映像はとてもパワフルですね。言葉で言うよりも、これを見て もらうと、 「やっぱりこれじゃあ駄目だな」と思います。ですから、この映像を、例え ば自分の会社の人に見せたい、地域で見せたい、学校で見せたいという要望をよくいた だきます。今、これをダウンロードして使えるようになっているので、お知らせしてお きます。使いたい方はぜひメモっておいてください。 「チーム・マイナス6パーセント(http://www.team-6.jp/) 」という政府がやってい るホームページの「地球温暖化シミュレーション」というコーナーに行っていただくと、 このシミュレーションをウエブでも見ることができます。簡単なアンケートフォーマッ トがあって、それに答えるとダウンロードもさせてくれるようになっています。 「こん 3 なになっちゃうよ」と脅すのではなくて、 「こうしないためにどうしたらいいか、みん なで考えましょう」というふうに使ってほしいと研究者は願っていて、 「研究者には珍 しく」と言うと失礼でしょうか、みんなが使えるように、一生懸命努力してホームペー ジにアップしてくれているので、もし伝える役割の方がいらして、これが有効だと思っ たら使われたらいいと思います。 温暖化が進むと温度が上がっていきますが、気温が上がるだけではなくて、いろいろ ほかの影響が出てきます。ご覧いただいているスライドは、科学者のグラフで、いろい ろな研究をまとめたものです。 「何度ぐらい上がるとどういうリスク(危ないこと)が 起きてくる可能性が高まるか」というものです。 一番下の赤いのは「飢餓」と書いてあります。温暖化が進むと飢餓が広がる。どうつ ながっているかわかりますか。温暖化が進むと気温が上がる。気温が上がると、今ちょ うどいい気温でつくられているはずの農作物がちょうどいい気温ではなくなってしま うので、農作物の収穫量が減ります。例えば小麦でも、米でも、最適な温度よりも1℃ 上がるごとに収穫量は 10%減るという研究が出ています。2℃上がると 20%、3℃上 がると 30%収穫量が減ってしまうのです。今、日本のお米も品質がどんどん悪くなっ ている。収穫量も減ってくる可能性があります。このように、世界中で農作物ができな くなると、飢餓が増える。 その上の黄色は「マラリア」と書いてあります。マラリアは熱帯にいる蚊が媒体する 病気です。温暖化するというのは、つまり暑い地域が広がるわけですね。ですから、マ ラリアの蚊が活躍できる場所が広がってしまうわけです。日本にもマラリアが広がる可 能性が高いと研究者は心配しています。 その上は「水不足」 。今、日本でもそうなりつつありますが、温暖化が進むと雨の降 り方が変わってきます。降るときは土砂降り、その横では全然降らないというふうに、 雨の降り方が、極端にめりはりがつくようになってきます。全体としては、特に今、水 の少ないアフリカの辺りはもっともっと雨が降らなくなるというシミュレーションが 出ています。水の問題が大きくなる。 こういったリスク、危険なことがどのぐらいの温度上昇で大きくなるかというと、下 を見ていただくとわかるように、2℃と書いてあります。これをもって、世界の科学者 は何とか2℃以内に抑えないといけないという話をしています。 事前にいただいた質問の中に、 「温暖化を防ぐことはできますか」という質問があり ました。残念ながら、全く起こらないという意味で、防ぐことはもうできません。もう 起こってしまって、始まってしまっている。あとは「何度まで上げるか」という話にな っています。これで明らかなように、2℃上がってしまうとほかのいろいろなリスクが 高くなるので、科学者が世界中で「何とか2℃以内で抑えよう」と言っています。そう しないといけないということです。 では、これまでのところどのぐらい上がっているのか。IPCCは「気候変動に関す 4 る政府間パネル」という長い名前の国連の一つのグループで、世界中の温暖化の科学者 2,000 人から 3,000 人が集まっているところですが、ここは5年か6年に1度ずつ温暖 化の最新のレポートを出しています。いま一番新しいのは去年2月に出たものです。 それによると、既にこの 100 年で 0.74℃上がっているという結果が出ています。2℃ の幅で抑えたいのに、その3分の1はもう上がっている。あと 1.3℃上がるか上がらな いかのうちに方向転換をしないと、さっきのリスク、さっきのシミュレーションのよう な世界に近づいてしまうということです。 ヒマラヤ、そして北極の温度が先に上がっていった理由を構造で説明します。このス ライドはヒマラヤです。78 年、98 年と 20 年間の隔たりがありますが、温暖化で気温が 上昇しているので、氷や雪が溶けていますね。写真を見るとよくわかると思います。こ れは 98 年ですが、2008 年の写真を撮ったらもっと小さくなってしまっています。 例えば太陽の光が入ってきたときに、地表が雪とか氷とか白い地面だったら太陽の光 はどうなりますか。反射しますよね。太陽の光が入ってきたときに、白い地面に当たる と、入ってきた光の7割から9割は反射して宇宙に戻っていきます。ところが、同じよ うに入ってきた太陽の光が、雪が溶けて黒い地面が出ている、もしくは黒い海が広がっ ているところに当たるとどうなりますか。吸収してしまうのですね。 どういうことかというと、気温が上がれば上がるほど氷の面積が減ります。氷の面積 が減れば減るほど、太陽の光を反射しなくなります。それだけ太陽の熱を吸収してしま います。太陽の熱を吸収すると暖かくなるということですよね。ますます温度が上がっ て、氷が溶ける。ますます黒い地面が広がるので、ますます太陽の熱を吸収するように なって、悪循環です。この悪循環にスイッチが入ってしまうと、もともと白い地面が広 がっている北極、ヒマラヤといったところの温度が急激に変わっていきます。 科学者は、この悪循環には残念ながらスイッチが入ってしまっていると言っています。 ですから、加速度的にどんどん氷が溶けているんですね。恐らく今年の夏には、北極海 には氷がなくなるだろうと科学者は悲しい予測をしています。夏には氷がなくなってし まう。ホッキョクグマがどんなに大変なことになっているかというのは皆さんもご存じ だと思いますが、この悪循環です。 悪循環はこれだけではありません。気温が上がって氷が溶けて、同じように、今度は 永久凍土というシベリアの辺りに広大に広がっている、ずっと凍っている地面がいま溶 け始めています。今までは寒いところなので地面はずっと凍っていたんですね。永久凍 土の地下にはメタンガスが埋まっています。地面が溶け始め、地中のメタンガスが、今 どんどんと大気中に出ている。メタンガスというのは、私たちがいま必死になって減ら そうとしている二酸化炭素の 21 倍も強烈な温室効果ガスです。メタンガスが1出ると、 二酸化炭素を 21 出したのと同じだけ温暖化を進めてしまう。これが今シベリアから膨 大な量が出始めています。メタンガスが出れば出るほど温暖化が進みますから、ますま す気温が上がって、ますます永久凍土が溶けて、ますますメタンガスが出て、ここもま 5 た悪循環です。 さらに陸地に目を転じると、気温が上がると葉っぱとか幹とかから水分が蒸発します から、山が乾燥し始めます。山が乾燥すると山火事が増えます。例えば、普通の山でも 雷が落ちることはよくあります。火が落ちるわけですね。生木は燃えないから健康な森 は燃えません。しかし、温暖化で気温が上がって乾燥してしまっていると、雷が落ちた だけでも自然発火をして山火事になってしまいます。今、カリフォルニアとかインドネ シアで山火事がすごく増えているのは、このせいだと言われています。山火事が増えれ ば増えるほど木が燃えますから、二酸化炭素が出て、温暖化が進んで、ますます気温が 上がって、ますます山が乾いて、ここも悪循環です。そして、森林というのは二酸化炭 素を吸収している吸収源ですよね。山火事が増えれば増えるほど森林が減ってしまう。 とすると、大気中にますます二酸化炭素がたまり、ますます温暖化が進む。 今、わかりやすいものを三つか四つ挙げているだけですが、温暖化は、実はこのよう な悪循環がたくさん重なっています。どれか一つにスイッチが入ってしまうと、お互い にスイッチを入れ合いますよね。私はこれが一番怖いことだと思っています。悪循環が 重なっているという構造が温暖化の一番怖いところだ、と。 どういうことかというと、私も最初そうだったし、もしかしたら皆さんもそうかもし れませんが、普通の人に、 「どういうふうに温度が上がっていくと思いますか」と温暖 化のイメージを聞くと、大体みんなこう答えます。「直線的に少しずつ温度が上がって いく」。 「直線的に」というふうにみんな考えます。私たち人間は不思議なことに、直感 で考えると変化を直線でとらえがちなんですね。 先ほど説明したように、悪循環がたくさん重なっている構造だとしたら、恐らくこの ような(緩やかで直線的な)悪化にはなりません。どうなるかというと、このように急 速に悪化する可能性があります。少しずつ上がっていくのだったら、様子を見て、本当 に上がったら何とかしようとか、本当にまずくなったら何とかしようということができ ますが、このように(どこかで急激に)上がっていくとしたら、様子見では手遅れにな りますよね。なかなかこの辺りが直感と違うのでわかりにくいのです。これが一つ難し いところかなと思います。 先ほど説明したIPCCでは、これからどうなるかというシミュレーションも発表し ています。さっきと同じようなものですが、これからも石油、石炭、天然ガスを好きな だけ使って高い経済成長を目指していこうとしたら、今世紀末の温度上昇は4℃。最大 6.4℃になるというのがIPCCの報告です。4℃というと、さっきの2℃をはるかに 超えているわけですよね。このままいくとこうなる。 別のシミュレーションがあります。世界中で環境と経済が両立するような状況をつく り出すことができたらどうか。 そうしたときの今世紀末の温度上昇は 1.8℃で済みます。 これから私たちが二酸化炭素を一生懸命減らせば、これをさらに落とすことができます。 1.5℃、1℃と減らしていくことができます。 6 つまり、100 年後の人たちが何度高い世界に住まなければいけないのか。決めるのは 100 年後の人たちではありません。100 年後の人たちは決められない。それを決めてし まうのは私たちの世代です。私たちが日々どういう暮らしをおくるのか。企業がどうい う企業活動をするのか。どういうまちづくりをして、どういう社会をつくって、どうい う経済を運営していくのか。これが 100 年後の人たちが生きる世界を決めてしまう。そ ういった意味で、とても責任の重い時代に私たちは生きているのではないかなと思いま す。 温暖化の主な原因が二酸化炭素というのはご存じだと思います。二酸化炭素をどのぐ らい私たちは出しているか。地球がどのぐらい吸収しているか。それを示したのがこち らのスライドです。これもIPCCの報告からですが、毎年私たち人間が化石燃料、つ まり、石油、石炭、天然ガスを燃やして大気中に出している二酸化炭素は、炭素換算で 72 億トンと言われます。72 億トンがどのぐらいの大きさか私には全然わかりません。 皆さんにもわからないと思いますが、あとで使うので 72 億という数字だけ覚えておい てください。これが私たちが出している量です。 それに対して、地球が自然の力で吸収している二酸化炭素は、まず森林が9億トンと 言われています。森林が二酸化炭素を吸収しているのは皆さんもよくご存じですが、皆 さんがあまり知らないかもしれないのは海です。海がいま必死になって吸収しています。 年間 22 億トン。吸収し過ぎて海の中が酸性化して、珊瑚礁が溶けて、というまた別の 問題が起こっていますが、とりあえず地球全体で 31 億トンは毎年吸収することができ ます。31 億トン以上出している限り温暖化は止まらないということです。 それに対して、去年2月のIPCCの数字が 72 億でしたが、今年4月に次の年の数 字が発表になっています。速報値なので若干変わるかもしれませんが、その数字を見て 私は唖然としました。72 億ではなくて 83 億に増えています。減るどころではなく増え ている。私たちが出す量が増えても地球が吸収する量は増えません。それだけ大気中に たまってしまう。それだけ温暖化は加速する。残念ながら今のところそういう状況です。 このスライドは、今日は企業の方が多いと伺ったので、ぜひ知っていただきたいので とりあげましたが、スターン・レビューというものが1年半ぐらい前に出ました。イギ リス政府の依頼でニコラス・スターンという方が 600 ページのレポートをつくりました。 ニコラス・スターンは、元世界銀行の副総裁をしていました。環境派ではありません。 経済をやっていた人ですが、経済の立場から、このまま温暖化がひどくなると、どうい ったリスクとコストがあるか。それを止めるにはどのぐらいのコストがかかるか計算し たものです。 600 ページのレポートをごくごく簡単にまとめると、スライドに書いてあるように、 このまま気候変動、つまり温暖化が進んでしまうと、世界全体のGDPの5~20%の被 害が出る。それだけのリスクとコストがかかってくる。島が沈んでいくし、農作物がと れなくなるし、水もなくなるし、リスクとコストが高まりますね。そうしないために、 7 先に手を打つためのコストはどのぐらいか。それはGDPの1%ぐらいという結果です。 つまり、1%投資すれば、5~20%のリスクとコストが回避できる。これは素晴らしい 投資物件ですね。しかも、投資しないとあとで大変なことになる。 スターン・レビューについてのコメントを聞かせてほしいという事前のご質問があり ました。これはとても大事なレポートだと思います。日本ではこのレポートがあまり知 られていませんが、欧米に行くと、大きな企業ではスターン・レビューをいかに自社の 地域計画、投資計画に反映させるかということを真剣に考えています。しかし、私は日 本の企業でそういったところに出合ったことがありません。 今日、初めてこのレポートに出合ったという方が多いと思いますが、もうちょっと勉 強してみようかなと思う方は、英国大使館のホームページに行ってください。ニコラ ス・スターンの「スターン・レポート」というコーナーがあります。600 ページを読む のは多分大変だと思いますが、このレポートを簡単な日本語で数ページにまとめたもの がありますので、ぜひ見てください。多分、大使館の方が訳されたと思いますが、どう いうふうに計算しているかそこでわかります。何を自社は考えなければいけないかとい うのを、ぜひ考えてほしいなと思います。 温暖化に関しては、今動きが非常に激しいので、私が去年 12 月に日刊温暖化新聞と いうウェブサイトを立ち上げています。ほぼ毎日、世界の温暖化の情報を出しています ので、もしご興味のある方は時々のぞいてみてください。メールニュースも出していて、 登録されると、温暖化だけでなく、メールでいろいろの情報をお届けしています。 私は今、福田総理がつくられた「地球温暖化問題に関する懇談会」のメンバーになっ ています。それは、洞爺湖サミットを目指して、首相がどういったスタンスをとって、 どういったアピールをするかというのを考えるための懇談会という位置付けだと思い ます。その懇談会については、新聞などに時々出ているのでご存じの方がいらっしゃる かもしれませんが、産業界代表の方、大学の先生、シンクタンクの方など 12 人のメン バーがいます。 例えば、排出量取引とか、いろいろなことを議論していますが、全然 収斂しないんですね。産業界の方は絶対やるべきではないと言うし、私などは絶対やる べきだと言うし、そんな議論をしています。この場でも言い、総理にも聞いてもらいま したが、温暖化対策をしないと日本はどんどん貧しい国になってしまうと私は思ってい ます。ですから、単に温暖化対策ではなくて、日本を守るために日本はしっかりと低炭 素化していかないといけない。 それの一つの計算ですが、京都議定書で日本は 90 年と比べて6%減らすという約束 をしました。2005 年の数字がどうなっているか知っていますか。6%減らすはずが 6% 以上増えているのです。つまり、12%以上ゴールから足りないのですね。2012 年度で 一度区切っていますので、もし 2012 年の第1約束期間に、日本が約束した6%マイナ スができていなかったら、足りない分はほかの国から買ってこないといけないのです。 買ってこなければいけない事態になったとき、どのぐらいお金がかかるかを計算したの 8 がこのスライドです。例えば5%足りなかったとき、10%足りなかったとき。 排出量取引で、買ってくるときに、1トンいくらかによってもちろん値段が違います が、今 50 ユーロで計算しています。今、海外はヘッジファンドがこの市場にたくさん 入ってきて、最後の最後、日本はどうせ足りないだろうから高く売りつけてやろうとい う人たちが先にそれを押さえているという話があります。ですから、50 ユーロで買え ないかもしれない。もっと高くなるかもしれない。ただ、このような、例えばの試算で 言うと、2兆とか、5兆といったお金が海外に出て行きます。日本の中で使うのだった らまだいいと思いますが。私たちの税金ですよ。私たちのお金が、私たちが減らせない がために海外に出て行ってしまう。 そればかりではなくて、もっと大きいのがエネルギーコストです。今、原油価格がど んどん上がっていますよね。皆さんの会社もきっといろいろ苦労されていると思います。 このスライドはこれからどうなるかというのを計算したものですが、2007 年の平均原 油価格は1バレル 77 ドルでした。それで計算して、2030 年1年間で日本がどのぐらい 使うと予想されているか。計算すると、大体去年と同じぐらいで、20 兆、21 兆。それ だけのお金が海外に出て行きます。日本のエネルギー自給率は4%ですから、エネルギ ーコストはすべて海外に行きます。 しかし、もし、1バレル 77 ドルではなくて、2030 年の段階で 150 ドルになっていた ら、倍になりますよね。42 兆。で、既にもう 100 ドルを超えているわけです。日本が 今のような生活をそのまま続けていると、エネルギーを輸入するために、毎年毎年何十 兆と余計にお金を払うことになり、そして、京都議定書、もしくはその次の議定書の枠 組みで、足りない分だけ海外から買ってこなければいけなくて、お金がどんどん日本か ら逃げていく。 ですから、温暖化対策だけではなくて、日本を貧しくしない、日本を本当に強い国に するためにも低炭素社会は必要だと私は思っています。 このスライドは、今、 (二酸化炭素が)どういうところから出ているかというもので す。ちょっと見えづらいと思いますが、一番上の赤紫は産業部門(企業、工場)からで す。ほかの部門に比べてすごく多い。最近を見ると減ってきています。産業界はいろい ろな努力をして、省エネ設備を入れたり、いろいろな工夫をして減らしていますから、 減っています。産業界の方は、 「最近、自分たちは減っているからいいんだ」と言いま す。ただ、絶対量は多いので、頑張ってもっと減らしてくださいという話だと私は思い ます。 下の黒っぽい紫は一般家庭。私たちの家庭から出るものです。見ていただくとわかる ように、産業部門と比べると絶対量は少ないですが、最近すごく増えています。ですか ら、私たちも、量が産業界より少ないからいいと言っているのではなくて、最近すごく 増えてしまっているから、やっぱり私たちも減らしましょうということになります。 もうどれかに頼るということはできない時代になっているなと思います。産業界の人 9 に話を聞くと、ライフスタイルを変えればいいんだよという話になります。家庭が減ら せばいいという話をするんですね。しかし、家庭は日本全体で出しているうちの2割し か出していませんから、家庭が半分になったとしても 10%しか減らないわけです。で すから、それだけではきっと十分ではない。 「ライフスタイルを変えましょう」と言っ て変えられるようなものでもないと思うのですが、そういうことを考える人がいる。 逆に、一般市民のほうで、今どういう声が大きくなっているかというと、世論調査を 見ていてちょっと心配ですが、きっと技術が解決してくれると信じる市民が増えていま す。私たちは何も変えなくても、そのうちきっと画期的な技術が生まれて、何かわから ないけれども二酸化炭素を吸収する、温暖化を解決してくれるに違いない、こういう幻 想を抱いている人がたくさんいます。科学者や研究者と話をすると、それはあり得ない、 と。時間稼ぎができる技術はきっとたくさんできるでしょう。しかし、それだけで何も 変えずにやることはきっと無理だと思う、と言います。 市場が何とかやってくれるとか、産業界の人も一般の人も非常に多いのは、次世代の 教育だ、と。次世代の教育はすごく大事です。ただ、次世代の教育だけでは駄目ですよ ね。次世代が大きくなって、社会の中心になって、という、そこの時間的な遅れが何十 年かありますので、その間に何も手を打たなかったらきっと大変なことになってしまう。 次世代の教育をやりつつ、今の世代をどう変えていくかということを同時にやらないと いけない。ですから、教育をやっている人は教育、企業の人は企業の部門で――企業の 人も市民だと思いますが、私たちは市民として市民のできることを、それぞれやってい く必要があると思っています。 では、どういうふうに考えてやっていったらいいのか、四つにまとめて話をしていこ うと思います。 最初のものは、ビジョンを描くということです。ビジョンというのは日本語になって いなくて片仮名なので、日本人はビジョンを描くのはあまり得意ではないと思います。 私はずっと通訳の仕事をしていたので、海外の人の話を聞いたり、海外の会社の研修に 通訳で入ったり、いろいろなことをやっていましたが、今でこそ言われるようになりま したが、日本の中ではこのビジョンという言葉自体あまり使われませんでした。 どういうことかというと、最終目的地。どこに行きたいかということ。それがビジョ ンです。それを描くということです。ビジョンの描き方には2種類あると言われていま す。ちょっと厳しい言い方になりますが、多くの日本の企業、そして行政は地方も国も そうですが、フォアキャスティングという、スライドでは左のやり方です。 どういうものかというと、現状からスタートする現状立脚型。今こういう状況だから、 今この課題があるから、今これができるから、今これはできないから、それで、今でき ることを積み上げて目標をつくる。これがフォアキャスティング式の目標のつくり方で す。できることを積み上げていく。計算できることを積み上げていく。そうすると、現 状の延長線上にしか目標はつくれないんですね。さらに言うと、今の状況が変わると、 10 それ自体、右往左往してしまって、困ってしまう。そういうものになります。 ぜひ皆さんに今日覚えていってほしいのは、もう一つの、バックキャスティングでビ ジョンをつくるということです。これはどういうことかというと、今の問題がどうとか、 現状がどうとか、それは1回脇に置いておくのです。お金がないとか、技術がないとか、 市場が育ってないとか、いろいろな現状の制約があると思いますが、それはいったん脇 に置いて、あるべき姿は何なのか、すべてうまくいったとしたらどうなりたいのか、そ れを考える。そして、その理想像から今を振り返って足りないところを埋めていこう。 それがビジョンに最短距離で行ける方法です。 バックキャスティングというのは振り返るという意味です。バックキャスティングで ビジョンをつくるというのは、例えば、私が通訳をしていた頃に、アジアの環境関係者 が集まる会議がありました。私が通訳をしていたときに、中国の代表の方が発言されま した。そのとき彼は、 「われわれは 50 年後に中国をこういう国にしたいと思っている。 そのために今この施策を打っている」という話をするわけです。50 年後にこうしたい 中国というのがわかっている。少なくともみんなで考えている。そのために、今これを やるという話をしている。これはバックキャスティング型です。 それに対して、日本の代表者はそういう発想ではないのは皆さんご存じのとおりです。 少なくとも私が通訳をしていた間はそんな発言はありませんでした。どういうふうに言 っていたかというと、 「われわれは、今こういった問題に直面している。この問題を乗 り越えるために、この施策を打っている」 。それで、乗り越えて、乗り越えて日本をど こに連れて行きたいのか。私たちはどこへ行きたいのか。それは一切出てこない。聞い てもわからないと思います。多分考えていなかったと思います。今の問題をどうするか という足元だけではなくて、最終的にどこに行きたいのか、それがないとビジョンはう まく立てられないんですね。 さっき言った総理の懇談会で、私はバックキャスティングの話をしました。いま技術 があるとかないとか、そういったことで積み上げて、積み上げて目標を決めるのではな くて、そもそもどうあらねばならないかというところから目標を考えるべきではないか、 バックキャスティングの話をした。そういうふうに考えると、すごく大きい目標になる んですね。今、60 とか、80 という数字が出ていますが、何十パーセント減らすという 話になります。 そのときに、他の委員の方が、 「どうやってそれをやるんだ。やり方がわからないよ うなことを言っていいのか」ということをおっしゃいました。そこでバックキャスティ ング型と、フォアキャスティング型の違いが非常に明らかになったんですね。恐らく、 ほとんどの場合、フォアキャスティングで皆さんいろいろなことをやっているんだなと 思いました。 しかし、もし今わかっていることしか言ってはいけないのだとしたら、今でも月に人 は立っていなかったと思います。覚えている方もいらっしゃると思いますけれども、 11 1961 年、私の生まれる前ですから私が覚えているわけではありませんが、ケネディ大 統領が、この 10 年のうちに人を月に送ると言ったわけです。あれはすごいバックキャ スティングですね。そのときの技術でできるとはわかっていませんでした。やり方もわ かっていなかった。でも、そうするんだというふうに言ったから、その目標を目指して みんなが頑張って、最終的には 69 年に人が月面に立ったわけです。今できることだけ を言っていたら、今できることだけを目標としていたら、絶対にできなかった。今の低 炭素社会にするというのも全く同じです。今できることを積み上げるだけだったら大き な削減はできないと思います。 ちなみに、この「バックキャスティング」は、今日は温暖化の話でしていますが、私 たちの人生を考えるうえでも全く同じです。今日は新入社員の方もたくさんいらっしゃ るのでちょっとだけその話もしようと思います。 どういう自分になりたいか。どういう人生を生きたいか。これもフォアキャスティン グでついつい考えがちですね。今これができるとか、今子どもがいて時間がないとか、 今お金がないとか、今会社の仕事が忙しいとか、だからできることをその中でやってい こうというのは、それも一つのやり方ですが、それだと現状の延長線からは離れられま せん。そうではなくて、今は無理かもしれないけれども、お金でも、資格でも、時間で も、もし全部思うようになったとしたら、私は何をやっていたいのか、どういう自分に なりたいのか、これを考える。これが人生のバックキャスティングです。 会社も全く同じです。もちろん、今日の売り上げ、明日の予算は大事だと思いますが、 30 年後、うちの会社はどういう会社になっていたいのか。20 年後にうちの部署はどう いう役割を果たしていたいのか。10 年後にこのまちはどういうまちになりたいのか。 それを考えて、そこから今を振り返ったときに、じゃあ、そのために今やるべきことは 何かということを考える。バックキャスティングでビジョンをつくることを、個人でも、 組織でも、そして国でもやっていく必要があるのではないかなとよく思います。 温暖化に関して、では、バックキャスティングといったときのビジョンは何になるで しょうか。京都議定書で日本が約束したのは6%減らすということです。これはフォア キャスティングです。 森林が 38%ぐらい吸収できるだろう。 1.6%は買ってくればいい。 そういうのを積み上げて6という数字で合わせているわけです。6%減らしても温暖化 は止まりませんね。それは皆さんもご存じだと思います。 では、どこまで減らす必要があるか。これでさっき覚えておいてほしいと言った数字 の出番ですが、今私たちが出しているのは 72 億トン。83 という数字もありますが、と りあえず 72 を使いましょう。72 億トン出している。そして、今の地球の吸収能力は 31 億トン。72 を 31 に減らすにはどのぐらい減らさないといけないでしょう。これが究極 のビジョンになるはずです。 もうちょっと正確な言い方をすると、今 72 億トン出しているから 31 億トン吸収して いますが、出す量が減っていくと吸収量も減っていきます。ちょっと不思議な関係があ 12 るので、実はもっともっと減らしていかないといけないのですが、それを抜かしたとし ても恐らく 60~70%減らさないと駄目ですね。しかも、これから途上国はまだ人口が 増えて経済が伸びていきますから、どうしたって二酸化炭素を出します。そうしたらわ れわれ先進国はもっと減らさないといけない。恐らく 80%、90%減らさないといけな い。そんなことができるのかとか、どうやってやるんだと皆さんは思われたと思います が、それはとりあえず置いておいて、あるべき姿としてはそういうことです。これがバ ックキャスティングのビジョンです。できるのかとか、やり方は何かと言われて、バッ クキャスティングできなくなってしまうことがよくありますが。まずあるべき姿を考え るというのがバックキャスティングです。 世界の国はそれをもうやっています。スライドは、世界のほかの国がどういう削減目 標を出しているかですが、フランスは 75%減らすと言っていました。イギリスは 60% と言っていましたが、今、80%に引き上げようとしています。こういう競争はいいです よね。アメリカの大統領は、オバマさんになっても、マケインさんになっても 80%と いう数字を出しています。そんなことができるのかと言う前に、そうしないと止まらな いから、あるべき姿としても数字を出して、ではそれを実行するにはどうしたらいいか という手段を次に考えるという話です。 今のバックキャスティングで言うと、企業でもとても大事で、一例を挙げるとBP (The British Petroleum Co Ltd.)という会社があります。ご存じだと思いますが、 石油を売っている会社です。この会社が 1997 年に大きなバックキャスティングをやり ました。自分たちの会社は何十年後どういう会社になっているべきか、いろいろなシナ リオを考えてやったわけです。そのときの彼らの結論は、会社の存在意義そのものを変 えるということでした。 「われわれはもう石油会社ではない」ということを宣言したの です。われわれはエネルギーの一つとして石油も売るけれども、エネルギー会社だ、と。 British Petroleum のBPではなくて、これからは Beyond Petroleum、つまり、 「石油 を超えて」と、会社の名前からして定義付けを変えてしまったわけです。 それから、例えばソーラーとか、風力とか、石油以外の投資をして、今、ソーラーで 言うと、世界で5指に入るぐらいの大きな売り上げを上げる会社になっています。10 年かかってやっとソーラーの部門は黒字になりましたが、97 年というと、まだまだ温 暖化とかいろいろなことを言う前ですよね。しかし、それだけ遠くを見て、それぐらい しっかりと変えてきた。 バックキャスティングで、いつも海外の事例しか話せなくて残念でしたが、日本の企 業でも、やっと最近バックキャスティングでビジョンを出すところが出始めています。 その一つがセイコーエプソンです。6月2日ですから、数日前に発表がありました。セ イコーエプソンは二酸化炭素の排出量を、2050 年までに今年に比べて 90%減らす。10 分の1にする、と発表しました。すごいですよね。私はセイコーエプソンとも少し仕事 をしているので、こういったことを考えている方々ともよく話をしていますが、どうや 13 ってやるかというのはこれから考えると彼らは言っていました。 日本はこれまではそういうのは許されない社会だったんですね。しかし、それだと、 これだけ変化が激しい時代に生きていけない。だから、まずあるべき姿を出して、そこ に向けて会社全体の求心力を高めて、技術を結集してやっていくんだ、と。大きくビジ ネスモデルも変えていくと思っています。 このように、どこへ行きたいのかというビジョンをつくるのが非常に大切ですが、も う一つ大事なのが、全体像を見るということです。私たちは、環境問題に限らず、会社 でも、組織でも、私たち一人一人の生活でもよくやってしまいますが、何か問題があっ たときに、自分たちが見えている範囲で原因を考えます。そして、見えている範囲で解 決策を考えます。例えば、スライドに映っているこの人の場合、問題は「窮屈」だと。 息苦しい。で、周りを見回したら、壁が迫っている。壁が迫っているのが原因だと考え ました。解決策は、壁を押したらいい。壁を押したら広くなるはずだ。そして、壁を押 したわけです。 しかし、これは本当の解決策にはなっていませんね。この人は、本当は壁を押す前に この壁は何につながっているのだろう、それは何につながっているのだろうと、つなが りをたどって全体像を見ることができれば、もっと違う解決策を打ったはずです。 しかし、私たちはつい自分たちが見えている範囲で「これが原因だ。だから解決策は これだ」と飛び付いてしまう。そうすると、思わぬ結果とか、予期せぬ結果とか、想定 外とか、何でこうなっちゃったんだろうというようなことがよく起こってくる。私もコ ンサルのようなかたちでお手伝いすることがありますが、売り上げを上げようと思って 販促キャンペーンをやったら余計下がってしまった、というようなことが会社でも企業 でもよくありますね。そういうことが繰り返されている会社もよくあります。 では、こういった問題について、どうして起こってくるのか。今、温暖化でこれが実 際に起こっているんですね。これは既によく知られているので簡単に説明しますが、温 暖化が問題だから、二酸化炭素を出すガソリンは使わないほうがいいという話になって います。ガソリンは使わないほうがいいけれども車に乗りたい。吸収してきた二酸化炭 素を出すだけだから、二酸化炭素を増やさないバイオ燃料がいいという話になっていま す。バイオ燃料というのは、小麦とか、トウモロコシとか、大豆とか、サトウキビとか、 これまで食べ物にしていたものを自動車の食べ物にするということです。 ここだけ見ていると、温暖化を起こさないためにバイオ燃料を使ったらいい。これは 完璧な解決策ですよね。ですから、日本を含め世界中がバイオ燃料ブームです。既に、 アメリカでは、収穫されたトウモロコシの7分の1は食べ物ではなくてバイオ燃料用に なっています。この割合がどんどん増えています。 ここだけ見ていればいいですが、では、世界中でバイオ燃料を使い始めたらどうなる だろう。さっきの「壁を押したらどうなるだろう」という、それを考えないといけない ですよね。しかし、考えないでみんな走ってしまっています。まず、バイオ燃料をみん 14 なが使い始めたら食べ物の値段が上がります。今、バイオ燃料のあおりを食って食糧価 格が上がっている。それは、この間のヨーロッパの食糧サミットでも問題になっていま したが、サミットで問題にしなくても、みんながそうしたら値段が上がることはバイオ 燃料ブームが始まったときに見えていたはずです。日本でも値段が上がって問題になっ ていますが、それより貧しい国の人たち、1日 100 円、200 円でようやく生きている人 たちにとって、トウモロコシや小麦の値段がどんどん上がっていくのは耐えられない話 です。今、それが起こっています。 さらに、もう一つ心配なことがあります。今、バイオ燃料がブームですから、つくれ ば高く売れます。熱帯雨林を切り開いて、バイオ燃料のための大豆などの畑にしている と聞きます。熱帯雨林を切り開いてそういう畑にしてしまうと、砂漠化が進んだり、生 物が絶滅したり、自然破壊が実際に起こっていると言われています。 さらに、熱帯雨林は先ほどの9億トン吸収している森林の重要な部分です。それを切 ってしまったら吸収する力が弱くなってしまう。つまり、もともと解決したかった温暖 化に悪影響を与える可能性が非常に高くなっています。ですから、バイオ燃料といった ときに、ここだけを見て良い解決策だというのではなくて、それをやったらどうなるの か、そうしたらあとはどうなるのかということを考えないといけない。私たちが何かや るときは、必ずそれを考える必要があります。 日本も今バイオ燃料を進める計画です。ガソリンの 10%をバイオ燃料にしようとい うのが国の目標ですが、日本であまりできていないから、さっきのブラジルとか、海外 から大量に輸入することを考えています。日本で言えば、今、日本で困っている問題を 解決しつつ、日本の中でバイオ燃料をつくるのが一番いいです。 例えば、建築廃材。それから間伐材。山が荒れているのは手入れができないからです ね。それはお金にならないからですが、それをバイオ燃料にする技術が今できています。 ですから、そういったもともと要らないものでつくる。もしくは、今、北海道で進んで いますが、規格外でどうせ捨てられてしまう小麦とかジャガイモといったものでバイオ 燃料をつくる。そういったものならいいですが、人の食べ物を奪って、自分の自動車の 燃料にするという事態が今起こってしまっています。 そもそもこういう問題が起きるのは何故か。私たちはこれまで、要素還元型というの か、どんどん小さく分けていきましょうという考え方を小学校からずっと教えられてき ました。例えば企業で言うと、売り上げを増やしたい。売り上げというのは売り上げと コストの差だ、売り上げというのは価格と数量を掛けたものだ、というように、小さく していくわけです。小さくして、一番小さな何とかできる単位にして、そこに働きかけ をしようというのが、私たちがずっと教わってきたやり方です。 それで実際にどういうふうになっているかというと、そういった考え方でどんどん分 けていって、ある問題があったときに原因がある。その原因の中で一番大きいものをさ らに分けて、対策もいくつかあるけれども一つ選んでというふうにやっていく。もちろ 15 ん全部を対象にはできませんから、スライドの黄色のところを切り取ったかたちで私た ちはプロジェクトをやります。 ただ、大事なポイントは、このように切り取ったからといって、つながりが切れてい るわけではないということです。例えば、対策の3を打つことが、確かに原因の2には 効くかもしれないけれども、原因の別の側を悪化させるかもしれない。そういったつな がりを見ずに物事を進めてしまうと、想定外の結果になってしまったりします。 今、世の中が非常に複雑になっていますが、世の中の複雑性は、実は2種類あります。 一つは種類の複雑さです。いろいろな種類があって複雑だ。例えば、製品の種類がたく さんある。お客さんの種類がたくさんある。これは複雑をつくり出しますよね。例えば 森の中に行ったときに、いろいろな種類の動物と、いろいろな種類の植物がある。これ は非常に複雑です。 これに対しては、分類するというやり方で私たちは対処してきました。コンピュータ ーはこれが得意です。ただ、今、世の中を複雑にしているのは、種類の複雑さよりも、 「ダイナミックな複雑さ」と言っていますが、お互いの関係性の複雑さです。 どういうことかというと、さっきので言うと、森に行ったら、いろいろな種類の動物 と、いろいろな種類の植物が相互作用をして、それが森という一つの営みをつくり出し ていますね。森という営みは、種類を分けただけではわからないのです。それは、お互 いの要素の相互作用がつくり出しているものだからです。これは分類するというやり方 では対処できません。コンピューターでは対処できません。このダイナミックな複雑さ、 つまり、 「何と何がどうつながっているか」ということを考える力を私たちは身に付け ていかないと、さっきのバイオ燃料のような問題も起こすし、ほかにもいろいろな問題 が起きてきます。 こういうつながりをたどって、全体像を考えるという考え方を「システム思考」と言 います。システム思考というのは、出来事のレベルだけではなくて、その出来事をつく り出しているパターンとか構造を見ていくことによって、本当に何が大事かを考えてい こうというものです。残念ながらシステム思考は日本ではほとんどまだ導入されていま せんが、アメリカやヨーロッパではごく普通に企業研修でやっています。日本でも、今、 私たちは一生懸命研修をやっているので、興味のある方はこの辺の本をご覧いただけれ ばと思います。 システム思考は、例えば皆さんの会社、地域、私たちの社会、何でもいいですが、同 じような問題が繰り返し起こっている場合、もしくは、解決しようと一生懸命やってい るけれどもなかなか解決できない場合は、人が問題ではなくて、構造に問題があると考 えます。 例えば、企業でよく不祥事があります。そのときに、担当者とトップの首をすげ替え ておしまいにする企業がありますが、人を変えても構造が変わっていなければ、同じ問 題が必ず起きます。その例は最近でもいくつか皆さんもご覧になっていると思います。 16 特に繰り返し同じ問題が起きるとしたら、人ではなくて構造が問題を起こしている。そ の構造を考えていくという考え方が必要になります。 システム思考について企業の方にお話しすると、詳しく知りたいとあとで質問にいら っしゃるので、先にお話をしておくと、なぜあの人の解決策はいつもうまくいくのかと いうのが、私が書いたシステム思考の入門書に書いてあります。つい最近名古屋でもや ることが決まったので、ぜひお知らせしたいなと思ったのですが、9時半から4時半ま での1日のビジネス向けの研修もやっていますので、興味のある方は、システム思考、 もしくは私の会社のチェンジ・エージェントという辺りで検索してみてください。これ を身に付けると、自分の仕事にも、自分の人生にも役に立つのではないかなと思ってい ます。 温暖化の問題に戻ると、システム思考的につながりをたどって、何が本当の原因だろ うと考えたときに、ちょっと逆説的な言い方をしますが、私は温暖化は問題ではないと 思っています。これまで問題だと言ってずっと話してきたじゃないか、と思うかもしれ ませんが、温暖化は問題ではありません。では温暖化は何なのかというと、温暖化は問 題ではなく、より深い問題の一つの症状にすぎない。もっと深い問題があると思います。 その深い問題とは何かというと、私なりの言い方ですが、 「有限の地球の上で、無限 の成長を目指していること」です。地球は何十億年か前にできたときから、一つも大き さは変わっていない。資源も外から降ってくるわけではない。しかし、その上で人間の 数はどんどん増え、経済はどんどん大きくなり、もう地球の限界にぶつかっている。例 えば地球が吸収できる二酸化炭素の量という限界にぶつかっているから、いま温暖化と いう問題が起きている。ですから、温暖化は症状の一つです。 地球が自然に供給できるエネルギーの量を超えているから、いまエネルギーの価格が 上がっている。食糧、生物多様性は、根源的にはすべて同じ問題だと私は思っています。 ですからこの問題を何とか考えていかないと、たとえ炭素をつかまえて、地下に埋める 技術がうまくいって、温暖化は解決したとしても、同じような問題は絶対に繰り返し出 てきます。 少しグラフをお見せしようと思います。「地球のなおし方」「成長の限界 人類の選択」 からとったもので、グラフの傾きだけ見ていただければと思います。まず、世界の人口 はどんどん増えていますね。そして、世界の経済もどんどんと大きくなっています。人 が増えればそれだけ食べ物が必要になる。穀物、大豆の生産量はどんどん増えています ね。そして、経済が大きくなれば、それだけ資源やエネルギーが必要になります。木材、 エネルギー、金属、鋼鉄。グラフのでこぼこはあるにしても、みんな同じパターンだっ たのに気が付かれたと思います。みんなすごい勢いで、幾何級数的と言いますが、加速 度的に大きくなっていますね。 しかし、これを支えている地球の大きさは全然変わっていないわけです。結果的にど うなっているかということを、エコロジカル・フットプリントという面白い指標で見る 17 ことができます。これは今の世界を支えるために地球が何個必要かということです。ス ライドはちょっと古いデータですが、今の世界の私たちの人間活動を支えるために必要 な最新の値は 1.4 です。1個の地球の上で行われている活動を支えるのに、1.4 個の地 球が必要だというのが現状です。地球は1個しかないのに 1.4 個はあり得ないと思うか もしれません。今、短期的にそれが可能なのは、私たちがこれまでの遺産を食いつぶし ているからです。さらには未来から前借りをしているからです。ですから、短期的に今 それが可能になっているように見えています。 ただ、私たちは今、さらに成長しようとしていますよね。どの国もみんな、 「GDP を何パーセント増やさなければいけない。そのためには不況対策」と成長しようとして いる。この数字が1から大きくなればなるほど、1から離れれば離れるほど、1に戻そ うとする力が強まります。ゴムを引っ張るところを想像していただくといいと思います。 ゴムを引っ張れば引っ張るほど戻そうとする力が大きくなりますよね。それと同じです。 地球は1個しかないわけですから、1から離れれば離れるほど戻そうとする力が増えま す。ですから、今のままだと温暖化はどんどんひどくなるし、食糧危機や、いろいろな ほかの問題がどんどん起こってしまいます。 そういうふうに考えると、本当に考えるべきは成長だと思っています。成長がいけな いと言っているわけではないです。私が言いたいのは、全体としてもうちょっと賢くな りましょうよ、ということです。つまり、増やしたいものと増えてほしくないものを区 別しましょう、ということです。 例えば、私たちの幸せとか、お客様の満足はどんどん増やしたいですね。どんどん増 やしたらいいと思います。ただ、そうすると、これまではもれなく資源を使い、エネル ギーを使い、二酸化炭素を出していた。この「もれなく」というのを外しましょうとい う考え方です。これをデカップリングと言います。カップルという言葉は皆さんご存じ ですよね。二つのものをくっつけることをカップルと言います。カップリングと言いま すよね。デカップル、デカップリングというのは、これまでくっついていたものを離す ことです。ですから、幸せとか、満足とかにこれまでもれなく付いてきた二酸化炭素、 もしくはエネルギー消費量を離そう。幸せはどんどん増やして、エネルギーや二酸化炭 素は増やすのをやめましょうということです。 成長を止めましょうとか、昔に戻りましょうという話をしているのではなくて、もう 少し区別して考える。例えばコレステロールと同じだと思います。昔、コレステロール は全部いけないと言われていましたが、そのうちに研究が進んで、コレステロールの中 には善玉もあるし、悪玉もある。善玉のコレステロールはとったらいいし、悪玉のコレ ステロールはとるのをやめましょうという話になりました。同じです。成長と言ったと きに、何でもかんでも大きくなればいいというのは、これまでの私たちの、ある無意識 の考え方だったと思いますが、増やしたいものと増やしたくないものを区別していきま しょうということです。 18 その点で非常に面白い考え方があるのでご紹介しようと思います。スライドはアメリ カのグラフですが、上の緑色の線はアメリカの1人当たりのGDPです。どんどん増え ていますね。GDPは皆さんもご存じだと思いますが、何であっても、物やサービスが 売れてお金が動くとGDPが増えます。物やサービスが幸せにつながっていてもつなが っていなくても同じです。例えば、犯罪が起きれば起きるほど、交通事故が起きれば起 きるほど、環境破壊が起きれば起きるほどGDPは増えます。それだけお医者さんが忙 しくなって、病院の薬が使われて、お巡りさんに超過手当を払って、それはみんな経済 活動でお金が動きますからGDPは増えます。 しかし、こんなものが増えてGDPが増えたと喜んでいてはいけないですよね。じゃ あ区別しましょう、と。GDPの中から、今言った幸せにつながっていないものを引き ましょう、GDPにカウントされていないけれども、幸せにつながっているものを足し ましょうという考え方があります。例えば、家事とか育児です。皆さんがお子さんに絵 本を読んであげる。これは素晴らしい幸せをつくり出していますよね。もしくは、皆さ んのボランティア活動。愛・地球博でもたくさんのボランティアの方がいらしたと思い ますが、素晴らしい幸せをつくり出しているけれども、そこにお金のやりとりがない限 りGDPには1銭も影響を与えることはありません。でも、幸せをつくり出しているの だから、それはカウントしましょう。そのようなかたちで計算すると、GPIという「真 の進歩指標」という新しい指標ができます。これはいま世界の十数カ国で計算されてい ます。 ご覧いただいているグラフは、アメリカの1人当たり真の進歩指標、幸せを測るほう の指標です。見ていただいてわかるように、60 年代後半ぐらいまでは一緒に増えてい ました。そこから、GDPは増えているけれども、幸せの指標のほうは増えていない。 もしかしたら減っているかもしれない。 日本のグラフをお見せします。全く同じです。1960 年代までは一緒に増えていたけ れども、そこから先は、GDPは増えているけれども幸せの指標のほうは増えていない。 つまり、貧しい頃は、やっぱり物が増えて、使えるエネルギーが増えると幸せが増える んですよね。きっとそういうことだと思います。しかし、あるところまで豊かになると、 それ以上物とかエネルギーを使ってお金を動かしても、本当の幸せにつながっていない 部分が増えていくということではないかと思います。 ですから、私たちは本当は何を指標として見るべきなのか。いまだに私たちはGDP を見ていますよね。政治家も、経済界の人も、GDPが落ちると大変な騒ぎになる。ど うやってGDPを上げ続けるか。GDPを上げ続けるというのはあり得ませんが、そん なことばかり考えている。 それに対して面白い考え方を打ち出しているのがブータンです。ブータンの例はご存 じの方もいらっしゃるかもしれませんが、1970 年代、今の国王が 20 代のときに国の開 発をしようと考えました。ブータンはアジアの国ですが、1人当たりのGDPで言うと、 19 世界百何十番目という低い、つまり貧しい国です。国の開発をしようとしたときに、ブ ータンの国王は先進国の様子を調査されました。そのときの国王の結論は、非常に簡単 な言い方をしてしまいますが、 「先進国はGDPやGNPと増やすという国の開発を行 っている。その結果どうなっているかというと、国土はぼろぼろ、人の心はすさんでい る。文化は継承されていない。いいことはない」。これがブータンの国王の結論でした。 だから、ブータンはGDPやGNPを増やすという国の開発はしない、とそのときに決 められました。 では、国が進んでいるかどうか何で測るのか。それをブータンの国王は考えられまし た。グロス・ナショナル・プロダクト(Gross National Product:GNP)ではなくて、 ブータンはGNHで国の進歩を測る。グロス・ナショナルまでは一緒ですが、 「H」は 何か。グロス・ナショナル・ハピネス(Gross National Happiness)、 「幸せ」です。国 民総生産ではなくて、国民総幸福。国民がどのぐらい幸せになったか、それで国の進歩 を測りたい。どんなに物が売れて、どんなにお金が動いても、国民が幸せになっていな かったら、国の開発として失敗だろうという考え方です。本当にそうだなと思いますよ ね。 今、ブータンではGNHの指標をつくっていますが、どういった項目を見ているかと いうと、例えば、ご覧いただいているスライドの赤い印は私が気に入って付けているだ けですが、人々がどれぐらい情緒的に満たされているか。もしくは、どのように時間を 使っているか。地域社会がどのぐらい生き生きしているか。こんなことを測って国の進 歩を測る指標にしようとしています。GDPが増えた減ったではなくて、こういうので 測ってほしいなというふうに思います。 全体像のところで、私たちが意識、無意識で持っている成長志向、成長至上主義とい うところまで少し触れましたが、今度は行動するという話をしようと思います。 先ほど、谷口庄一さんから、行動という、具体的な、身近なところの話をしていただ いたと思うので、この辺りはごく簡単にいきますが、家計部門で言うと、電気、ガソリ ン、ガスが非常にたくさん二酸化炭素を出していますから、それを減らしていくという のがごく身近な行動となります。 そのときに大事なのは、自動化されている行動を、気が付いて変えていくということ です。これは、企業でも、うちでもそうだと思いますが、私たちの日常の行動の7割は 意識していません。無意識です。例えば、皆さんに「毎朝どのぐらい歯磨きチューブを 付けていますか」と聞いても答えられないと思います。でも、毎朝大体同じだけ付けて いると思います。それはもう意識をしていないから。人間は賢いので、できるようにな ったことは意識しなくてもいいようにして新しいことを学ぶ、そういった力を付けてい るんですね。ですから、ほとんどの行動は、会社に着いて、何から順番にやるかとか、 大体無意識になっています。 問題なのは、温暖化が問題ではなかった頃に自動化されてしまった行動が、今でも続 20 いているということです。それは、見つめ直せば変えることができます。例えば、いつ 何を使っているのか、それは何のために使っているのか、そして、それはほかの方法で 満たせないか、こんなことを考えていくことができます。 もう一つ大事なのは、間接的に出している二酸化炭素を減らすということです。間接 的というのはどういうことかというと、自分が買うものです。これは企業でもそうだし、 個人でもそうです。例えば、ペットボトルの水がここに到着するために、原料を掘り出 して、ペットボトルをつくって、お水を詰めて、それをスーパーまで輸送して、そのそ れぞれで二酸化炭素を出しているのです。見えませんが、このペットボトルはここまで 来るために出した二酸化炭素をリュックサックのように背負っています。エコ・リュッ クサックと言ったりしますが、今見えませんがそれぞれのものは二酸化炭素を背負って います。その背負っている二酸化炭素は買った人の責任です。 ですから、私たちは買い物をするとき、できるだけ背負っている二酸化炭素が小さい ものを買いたいなと思うわけです。例えば、スーパーに行って野菜を買うときに、地場 の野菜と外国から来た野菜があるとしたら、値段とか、いろいろな選び方があると思い ますが、出している二酸化炭素のことを考えれば、遠くから運んでくるのにたくさんの 二酸化炭素を出しますから地場のほうがずっと少ないです。ですから、できるだけ地元 のものを使うというのは一つの選び方になります。 今言った、ペットボトルが背負っている二酸化炭素は残念ながら見えませんが、これ を見えるようにしようという動きが今あります。日本でもだんだんそうなっていきます。 例えば、ラベルにこれは何グラムの二酸化炭素出してここまで来ましたということを書 くようになります。 イギリスではその動きが進んでいて、イギリスのテスコというスーパーが一番進んで いますが、そこに行くと、100 品目ぐらいでしょうか、それぞれの商品に二酸化炭素の 情報がバーコードで入っています。最後に支払いでレジを通すときに、 「今日の買い物 は三千何百円です」と出るのと同時に、「今日の買い物の二酸化炭素は何グラムです」 というのも出て、自分の買い物の二酸化炭素が見えるようになっています。経産省も今 それをやろうとしているので、日本でもそういうようになってくると思います。 もう一つ、とても大事なことは、そうやっていろいろ自分で気が付いて減らしていく のは大事ですが、やっぱり減らしたくなる仕組みをつくるということです。環境セミナ ーに集まるような意識の高い方ばかりだったらいいですが、世の中は残念ながらそうで はありません。意識がなくても行動するにはどうしたらいいか。そういったことを考え ていく必要がある。 スライドは、ドイツと日本の太陽光発電の設置量のグラフです。赤は日本です。日本 を見ると、あるときまでは増えたけれども、今は減っています。緑はドイツですが、逆 に急激に増えています。何でこんな差ができているのだろう。日本は抜かされてしまっ ています。ドイツのほうが技術力があるからか、もしくはドイツの国民のほうが意識が 21 高いからかというと、そうではありません。ソーラーの技術は日本が一番進んでいる。 日本の国民も非常に意識が高いですが、あれだけ簡単に大きく抜かされてしまったのは、 ドイツにはみんながソーラーパネルを入れたくなる仕組みがあるからです。 ドイツでは、今はソーラーパネルを入れると発電コストの3倍以上の値段で買ってく れます。しかも 20 年間買うという約束を政府がしています。ですから、環境に意識が あってもなくても、投資としてみんなソーラーパネルを載せるわけです。だからどんど ん増えています。 日本は、今、環境に意識の高い人はソーラーパネルを自分の家に載せようとしますが、 200 万、300 万かかる。けれども、見返りとしてはなかなか難しいですね。とすると、 今は、気持ちもあって、しかもお金がある人しかできない仕組みになっている。これで は広がりません。やりたいと思う、もしくは二酸化炭素を減らしたいという仕組みをど うやってつくっていくかということです。 そのときのキーポイントは、二酸化炭素に価格を付けるということです。値段を付け るということです。二酸化炭素は出してほしくないわけですよね。だとしたら、 「出す のだったら払ってください。減らしたら得しますよ」という仕組みをつくれば、誰も損 はしたくないですから、温暖化を信じていない人でも温暖化対策をとるようになります。 二酸化炭素に価格を付けることによって人の行動を変えていこう。組織の行動を変え ていこう。それを具体的に産業界向けにやろうとしたら、一つのやり方が排出量取引と いうやり方です。これは今あちこちで非常によく出ています。 普通のやり方をやると、排出量取引は家庭とか一般の人には効きません。産業界にし か効かない。ですから、家庭向けには炭素税がきっと必要になってきます。一生懸命こ まめに電気を消して、一生懸命マイバッグを持って、マイ箸を持ってやっても、いま自 分がやっているという満足は得られたとしても、経済的なメリットはそんなにないです よね。しかし、やらなかったら損をするようにしておけば、もしくはやったら得するよ うにしておけば、もっとたくさんの人の行動が変わってきますね。そういったことをこ の排出量取引とか、環境税でしていくということになります。 環境税、炭素税の詳しい話はしませんが、カナダのブリティッシュ・コロンビアで来 月から始まりますが、二酸化炭素を出すものに税金をかけると、国は税収、収入が上が ります。ブリティッシュ・コロンビアはそれをほかのことに使わないのです。所得税を 割り引くとかそういったかたちで個人とか企業に返します。 つまり、税収を上げるのが目的ではなくて、やってほしくない、使ってほしくない化 石燃料を高くする、その目的でやるのです。これを「税収中立のやり方」と言っていま す。価格のシグナルを変えることで人や組織の行動を変える。これが一番、本当の意味 での炭素税だと思っています。 日本で炭素税をやるときは、どうしても税収がほしい人たちが国にはいますので、な かなかこうならない可能性があります。ただ、もともとの考え方はこういうものだとい 22 うことを理解してください。 排出量取引でお金で取引するのはどうかと思う、という事前の質問をいただきました。 私も全くそのとおりだと思いますが、一番大事なのは、日本の産業界全体でどのぐらい にしましょうという全体の上限をまず決めるということです。それをキャップと言いま す。帽子のキャップです。一番上にあるもの、上限を決めて、それをそれぞれで割り当 てて、足りないところと余ったところが売買をする。これが取引の部分です。そうする ことで、たくさん出してしまったところは減らせたところから買ってくる。つまり、減 らしやすいところ、安く減らせるところが先に減りますね。全体として一番経済的に効 率よく減るということになります。 それから、上限が決まっているので、日本が何パーセント減らそうと言ったときに、 それがしっかり守れるわけです。今のように自主的な取り組みだったりすると、最後の 最後にならないとどれだけ減らせたかわからない。目標に合うかどうかわからないこと になってしまう。そうではなくて、上限を決めて、その中でやりとりをするので、そう いった意味で排出量取引は役に立ちます。ただお金のやりとりをするだけではない。キ ャップを決める。上限を決める。これがあって初めて排出量取引の意義があります。 日本では、排出量取引は恐らく何らかのかたちでやっていくと思いますが、気を付け てその制度をつくっていかないと、上限なく取引だけやってしまうような仕組みにして しまうと、マネーゲーム化して本当の削減にはつながらなくなってしまう。その辺りの 懸念は私も持っています。 価格を付けることの有効性は、例えば最近のレジ袋を見ていてもよくわかります。レ ジ袋をもらうのをやめましょう、マイバッグを持って行きましょうと意識啓発のキャン ペーンをやっていただけでは、レジ袋の持袋率は 10%台でした。しかし、5円、10 円 という値段を付けただけで持袋率は 90%になっています。5円、10 円でも人はやっぱ り大きく行動を変えるのです。ですから同じようなことをやっていく必要がある。 今、自治体でもいろいろなその仕組みをつくり始めています。こういったところは、 減らせばそれだけ得するという仕組みをつくっていくことができる。 例えば、宇部市は小中学校で省エネをやってもらう仕組みを考えました。そうすると 光熱費が安くなるから、それを学校に還元する。学校は喜びますね。生徒も喜んで一生 懸命省エネをします。こういうことを仕組みとしてつくっていく。このようないろいろ な仕組みがあります。 企業がやっている面白い話ですが、ヤマハ発動機という静岡の会社が、社員の通勤の 二酸化炭素が非常に多いので、これをどうやって減らそうかと考えました。皆さんの会 社もそうだと思いますが、通勤費というのは、電車で来た場合、バスで来た場合、自動 車で来た場合に大体払われます。歩いたり自転車で来たら通勤費は普通もらえないです ね。ヤマハ発動機は、これで歩いたり自転車で来たいと思うだろうかと考えて、自転車、 それから歩いて来ても通勤費を出しますというふうに通勤費の仕組みを変えました。そ 23 うしたら 150 人以上が自動車をやめて自転車、徒歩に変えました。そればかりではなく て、体にいいとか、空気がおいしいとか、いろいろないい声が寄せられてきて、この会 社はこれによって二酸化炭素を減らしただけではなくて、恐らく社員の健康増進にもつ ながったことでしょう。 また大切なことは再生可能エネルギーを使っていくことです。それから小水力発電は、 エステムさんも、もしかしたらビジネスになるのではないかと思いますが、例えば、浄 水場とか、小さな落差を生かして発電できるシステムが今いっぱいできています。こう いったもので排水処理をしながら発電ができるような仕組みができないだろうか。 あと、日本ではなかなか注目されませんが、太陽熱。昔は、太陽熱給湯器というのが やりました。日本は乗り遅れていますが、今、世界的にすごくブームになっています。 これが日本にも入ってくるでしょう。それから地熱の利用。この辺りはビジネスチャン スでもありますから、もし関連するところがありそうだったら、よく調べてみてくださ い。 企業として、これから投資に対する見返りがどんどん高くなっていきます。これまで は、例えば1バレル 50 ドルだったら駄目だったけれども、1バレル 120 ドルになった ら見返りがあるとか、炭素税が入ったらこれはやったほうがいいとか、そういったこと が増えていくので、どんどん先を読んで考えてほしいなと思います。 大切なことは、何かしたときのコスト。例えば、省エネ設備を入れるきにコストがか かりますよね。それはコスト・オブ・アクションと言います。作為のコスト。何かやっ たときのコスト。それよりも、これからはそれをやらなかったときのコストのほうが高 くなる可能性があるということです。いま省エネ設備を入れると何千万かかるかもしれ ない。しかし、いま入れなかったら、将来的に、エネルギーとか、炭素税とか、排出量 取引等で払わなければいけないお金は、その何千万を大きく超える、そういった時代に なっていきます。 ですから、会社の経営陣に説明するときに、やったときのコストだけではなくて、そ れをやらなかったときのコストを同じように出して経営判断を求める時代になってい ます。ルールが変わってきているという意味の一つです。 最後ですが、何かが広がるときはだんだんに広がっていくわけですが、社会の中で伝 える人がいて、まずやってみる。フットワークの軽い、マーケティングで言うと、アー リーアダプターという人たちがいて、そして社会の主流派がついていく。そういったと きに、自分たちがどこに働きかけをするかといったことを考えていく必要があります。 さっき言ったように、温暖化を防げるか、どこまでいくと駄目になるのかという質問 がありますが、川で急に滝壺に落ちるような、ここまでいったらもうアウトという線が あるわけではありません。温暖化に関して言うと、どこまでいったら人類は滅亡すると いう線があるわけではありませんが、私たちが行動するのが遅れれば遅れるほど、二酸 化炭素を減らすのが遅れれば遅れるほど、後々の世界がどんどん住みにくくなってしま 24 うということです。 ですから、今日できることをやり始め、そしてもっと大きく社会の仕組みを変えるこ とを考えていく必要があります。最初に言ったように、温暖化対策だけではなくて、エ ネルギー危機にも、食糧危機にも、そして第一次産業の活性化にも非常に役に立つとい うか、みんな同じことですが、全部つながっているのが、この社会を低酸素化していく。 二酸化炭素をどうやって減らしていくかという大きなチャンスだと思います。温暖化自 体は先ほどのシミュレーションのようにまだまだ危機的な状況ですが、このままでは駄 目だとみんなも言い始めている。国ですら言い始めているわけですから、これを大きく 変えるチャンスだと思います。この変えなければいけないときをうまく生かして、本当 にいい方向に、本当に私たちが幸せに生きられて、未来世代にもそういった世界が残せ るような、そういった大きなチャンスに私たちは今立ち向かっているのではないかなと 思います。ちょっと延びてしまいましたが、私の話はここまでです。ありがとうござい ました。 (拍手) 司会 枝廣様、ありがとうございました。ここでいくつか質問を頂戴したいと思います。 質問またはご意見がございます方は、その場で挙手をお願いいたします。では、そちら の方お願いいたします。 キタムラ 環境系のNPOで事務局をやっているキタムラと申します。よろしくお願い します。今日は非常に面白い話をありがとうございました。 私の団体でもいろいろと講座をすることがありますが、ちょっとここですみませんが、 会場の皆さんにお聞きしたいことがあります。一つお願いしたいのですが、初めにあっ た温暖化のシミュレーションの映像を今までに見たことがある方は挙手していただい てよろしいでしょうか。ありがとうございます。 というのも、私ども団体がやっていると、どうしても環境という枠組みの中にありま して、環境のことに関心がある方ばかり来られます。こういうエステムさんという企業 がおやりになるフォーラムで、これだけの、見たことがないとか、聞いたことがないと いう方がこの場で話を聞かれるということは非常にすごいことだなと思って、このよう なことをお聞きしました。 枝廣さんの『入門! システム思考』を読ませていただきながら、いろいろな相互関 係が必要なんだなということが、改めてわかりました。 二つ質問があります。一つは、ドイツの太陽光発電のグラフがあって、当初は日本の ほうが先行していたのが、途中でドイツに抜かれてしまった。なぜドイツではそのよう な政策を実現できたのか、その財政的な問題とか、社会的な……。今、ルックドイツみ たいなかたちでドイツを見本にして、ドイツは環境先進国だというふうに言われるよう になりました。なぜ、ドイツではそういうような施策が打てるようになったのかなとい 25 うところが一つです。 もう一つの質問は、バックキャスティングという部分です。私もちょっと前まではサ ラリーマンとして企業の中で働いていました。そのときは、単年度いかに業務を遂行す るかとか、2、3年のスパンで考えていたことが多かったのですが、2050 年とか、2100 年といったときに、私は今 38 ですが、2050 年といったら 80 歳なんですね。生きてい るかどうか微妙かな、と。2100 年になると確実に死んでいるところがあって、子とか、 孫とか、ひ孫の世代になるかと思います。バックキャスティングを考えるときに、人は どこぐらいまで責任を持って考えないといけないのかなということです。 ちょっと広い話になってしまいましたが、一つはドイツのこと、あとは人はどれぐら い責任を考えないといけないかというこの2点を、ぜひ教えていただければと思います。 よろしくお願いします。 枝廣 ありがとうございます。今、ルックドイツになっているというのは本当にそのと おりで、日本からも議員さんたちを含めたくさん視察に行っているようです。 この間そういった話をある人としていたら、 「でも、70 年代はドイツから日本に視察 に行っていたんだよ。省エネの技術とか、いろいろなことが、日本が非常に進んでいて、 どうしてそれができるか、ドイツからみんな視察に来ていたんだよ」と言っていました。 今、日本に環境で視察に来るのは本当に少なくて、まあ環境技術は進んでいる面があり ますが、日本がそういった意味でのプレゼンスを失っているなというふうに思います。 ドイツがなぜこういうことが可能だったか、ドイツの人に聞いた話も含めてお答えす ると、例えば、こういうふうにドイツは非常に増えている。そのためには、さっき言い ましたように、発電コストが 21 円だとすると、その3倍ぐらいの 76 円でいま買ってい ます。少しずつ値段は下げますが、20 年買うという約束をしている。発電コスト以上 に買い上げるとすると、誰かがギャップを負担する必要がありますよね。ドイツは、そ れを国民が負担しています。国民が、1世帯当たり1カ月 300 円ぐらい前よりも電気料 金が上がっています。それがあるからこれだけソーラーが増えているのです。 そういった国民負担が出て行くときに、国民が反対しなかったのかということを聞き ました。そのときのドイツの人の説明は、 「みんな意識が高いから、反対は大きくは出 なかった。ドイツの人たちにとって、やはりチェルノブイリのショックがすごく大きか った」と彼は言っていました。近くでもあるし、いろいろな政策が変わって原発をやら ない。そして、再生可能エネルギーにいく。この辺りがあります。ですから、国民レベ ルの意識や準備が整っていたというのが一つ。 もう一つは、先ほどは話をしませんでしたが、ドイツをはじめヨーロッパが、今非常 に再生可能エネルギーに力を入れています。2020 年までに 20%にすると言っています。 それは、もちろん温暖化対策でもありますが、国家の安全保障的な意味で言うとエネル ギー戦略です。 26 ヨーロッパのエネルギーは、特に天然ガスはロシアから来ています。ロシアがパイプ ラインを止めたらヨーロッパは止まってしまうのです。去年、一昨年、1、2度そうい ったことがありました。だから、ロシアに頼ってエネルギーをやっている限りヨーロッ パは駄目だ。エネルギーの自立をするにはどうしたらいいかといったら、やっぱり再生 可能エネルギーだ、と。温暖化対策ももちろん出ていますが、それ以上に、国家を守る ための国家安全保障として、エネルギー戦略として再生可能エネルギーを位置付けてい ます。ですから、とても大きなことができるし、そういった意気込みで政治家もやって いると思います。 日本の場合、再生可能エネルギーといってもどうせ亜流だとか、どうせ数パーセント だとか、ちょっと補助金をやっておけばいいとか、どうしてもそういう考え方で、エネ ルギー受給率4パーセントの日本こそそういったふうに考えるべきだと私はよく話を しますが、その辺りの国家の戦略というところでも違うのだろうなと思います。 もう一つ、バックキャスティングですが、どこまで責任を持つかというのは私にもわ かりません。それはいろいろな考え方があると思いますが、一つ、私の考え方の礎とい うか、支えになっているのは、アメリカの先住民、ネイティブアメリカンの人たちの話 があります。 イロコイ族というアメリカに住んでいる先住民には、昔から言い伝えられてきた掟が あって、今でも彼らはそれを守っているそうです。それは、 「何をするのでも7世代あ とのことを考えに入れて決めなさい」という掟だそうです。 例えば、村にある木を切るか切らないかという話になったときに、今、その村に住ん でいる、今の世代の間だけで決めるのではなくて、7世代後というと多分 200 年ぐらい あとだと思いますが、7世代後の人がその木を切ったほうがいいと思うか、残しておい てほしいと思うか、それも判断に入れなさいという掟です。これは素晴らしい考えだと 私は思います。私たちは7分後のこともきっとあまり考えないで生きているところがあ るのではないかと思いますが。 どのぐらい先まで責任が持てるか、持つべきかという明確な答えは出せませんが、少 なくとも私たちの――これは日本だけではなくて、先進国全般でそうだと思いますが、 非常に短くなってしまっている時間軸を伸ばすような、本当に近視になっているのを少 しずつでも延ばして、少し遠くのこと、5年先、30 年先、100 年先のことを時々でも考 える。これが大事なことではないかなと思っています。 司会 枝廣様ありがとうございます。大変恐縮ですが、予定の時間となりましたので、 以上で質問は締め切らせていただきたいと思います。皆さま、ご講演いただきました枝 廣様に再度盛大な拍手をお願いいたします(拍手)。枝廣様、ありがとうございました。 (終了) 27
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