火災をとりまく法律問題 こんな見出しで始めてしまいましたが、調査室に消防法の専門家はいますが、火災に関わる民 事及び刑事問題の専門家はいません。 ただ、火災に関わることについて罹災した方から相談を受ける場合があり、その内容を伺ってみ ると民事に関わる問題で、本来お断りすべきところなのですが、だからといって「 さー分かりません」 と応えるのも、火災を専管する職業人としては無責任かなーと思うことがあるのです。 「私も焚き火をするところを見て危ないなと思ってはいたんですが、結局、人の家まで燃やしてし まったじゃありませんか。こんな不注意な人には賠償請求しても常識からは外れてませんよね。 それとも、やっぱり火事の場合は責任を問えないんですか?」 「 いや、そうとも言い切れない場合もあるんですが・ ・ 」 「そうですよねー。自分の不注意で人の家まで燃やしたら、何らかの責任はありますよね。しかも あれから二週間も経つってのに、ただのひと言も謝って来ないんですよ。私はお金が欲しいって言 ってるんじゃないんです。人の家焼いたらひと言ぐらい謝れってことです。」 ・・ごもっともです。自分は何にも悪いことをしていないのに、隣 の人の不注意で生活の本拠となる住宅や、大切な財産もみな灰 にされてしまったのですから、この方はどこからみても被害者で す。 被害者がいるということは、加害者もいるということであり、放火 であれば勿論刑事事件ですが、民事でもこうなると火災は一つ の事件として考えなければならなくなります。 この事件を法律的な側面からみてみると、犯罪の被害者、また 何らかの権利を侵害をされた全ての人の益を保護する法律として、非常に基本的な条文となる民 法第709条では、不法行為として、「 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利 益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」 と定めています。 民法といえば、憲法の直下に位置する大変重い法律ですし、そこで規定されている以上、損害 を与えた人が、損害賠償請求に応ずるのは、国民として当然の義務とも言えます。ただ、こと火災 に関してはこの方も少し御存知のように、特別な規定があるのです。 失火ノ責任ニ関スル法律 という非常に短い法律なのですが、「民法第七百九条ノ規定ハ失火 の場合ニハ之を適用セス 但シ失火者ニ重大ナル過失アリタルトキハ此ノ限ニ在ラス」 つまり、民 法第709条の損害賠償の義務は、失火の場合にはありませんよという意味になります。 どうしてでしょうか?この点を調べて見ると、木造建物の多い日本では、周囲建物の条件や自然 条件次第で、どこまで火災が拡大するかは特定できず、一生かかっても償いきれないような賠償金 額になる可能性は常にあり、そのような責任は大き過ぎるものであろうと・・こんな立法趣旨のようで す。 確かに、火災を出したところが大火になって、一生かかっても支払い切れない巨額の賠償金を 背負うのであれば、心配で心配で外出もできず、火など到底使えるものじゃないということで、日常 生活にも大きな支障をきたしてしまいますよね。 人間誰しも失敗やうっかりはありますから、悪意もない「 うっかり」 で一生が終わってしまう程の責任 を負わせるのは酷であり、それはみなお互いさまなので、火災保険に入るなどして、自分の生活を 互いに守るしかありません。 ただ、問題になるのは後段の「 但し、失火者に重大なる過失があるときは、この限りでない」 とす る部分です。 重大なる過失があるときは、賠償する責任を負わなければならない場合もあるという意味になりま すが、では重大なる過失というのはどんな過失のことをいうのでしょうか。 残念ながら、重大なる過失というのはこれとこれであるというような文言は、法律には書いてありま せん。 こうした場合は判例による以外になく、この重大なる過失については、最高裁判所昭和32年7月 9日判決の 「 通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、た やすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然とこれを見過ごしたような、 ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指すものと解するのが相当である」 これが現在で も重過失の定義となっています。 ただ、概念としては非常に明確なのですが、具体的な事例にこれを 当てはめようとした場合は、やはり抽象的であることは否めませんし、 個々の事例ごと、具体的な失火行為の態様に応じて、それぞれに判 断せざるを得ないものと、専門家はみているようです。 そもそも「過失」というものの法律体系上の位置づけについては大変 難しい問題で、ここで詳しく解説はできませんが、一言でいいますと「 注意を怠ること」で、この注意 義務違反が過失ということになります。 人に害を与えるような結果になることが予め分かっていれば、その結果を回避する義務が生じま す。常識的な観点から普通の人がそれを予見できたのかどうか、その行為と結果の間に因果関係 があるのかないのか・ ・ こうしたことを証拠を元にした事実の確認と、法律また判例と照らし合わせて 厳密に審理された場合以外には、なかなか口にできない言葉でしょう。 ですから、その焚き火に単純な過失があったかどうかですら、法律のプロであっても簡単な判断 はできず、まして重過失は・ ・ということになります。 こうした背景から最初の相談について考えてみると、この方は火災前の住宅で平和に暮らす権 利を明らかに侵害されてますし、この結果を呼んだ行為が隣人の焚き火であるとする因果関係にも 問題はないと仮定すると、結着する為のポイントとなるのは当該焚き火とその拡大を隣人の単なる 過失とみるか、それとも重過失なのかの判断ということになるものと思います。 しかし、その事に対して法律的に、最終的な結着を着けることのできる人は裁判官しかいません し、裁判官の判断を得る為には、訴訟を提起する以外にはありません。 この場合の裁判は、損害賠償請求ですから民事訴訟ということになりますが、ただ、仮に裁判を 起こしたとしても、現実的には印紙代も弁護士費用も相当高額なものですから、勝てる見込みがな かったり、見込みがあっても勝って得られる金額がこれより少なければ、無駄な出費と手間というこ とになってしまいます。 そうでなくとも、これまで隣同士で仲良く(ではない場合もありますが) 付き合っていたものが、原告と被 告に別れて争う訳ですし、刑事裁判における有罪か無罪かという白黒のはっきりしたものではなく、 勝つか負けるかの戦争と一緒ですから、相手も自分を守る為にこちらを攻撃することもありますし、 お互いに神経を磨り減らして大変な思いをすることになるでしょう。 そこで冒頭のような相談を受けた場合、調査室では一応お話を伺って、過失に関わる原因なの か、また過失か重過失かの認定次第と判断できるような場合は、迂闊な返答はできませんから「い きなり裁判というよりも、調停という方法もありますが」このような方向でお話することが多くなります。 ( 情報の公開制度と個人情報保護制度の関係から、ここまでお話できること自体少ないですが。) この点について少し詳しくお話しますと、この場合は民事調停ということになりますが、調停の場 合は、第三者である調停機関が、紛争の当事者を仲介あっせんして合意が成立するように努力し て、紛争を解決してくれるものです。 調停は、原告・ 被告として争うのではなく、話し合いによって合意するやり方ですから、訴訟ほど 後にしこりは残らないと思いますし、合意が成立して裁判官立合いの元、調停証書を作成すると、 訴訟による判決や裁判上の和解と同じ効力をもっていますから、相手が調書の内容を任意に履行 しない場合は、強制執行もできます。 しかも訴訟に比べて費用が安く、手続も簡単、時間もそれほどかからないという、数々のメリットが ありますし、これが不成立であっても、その旨の調書を作成し、作成後2週間以内に訴えを起こせ ば、最初から訴訟を起こしたことになりますから、いきなり訴訟というよりは賢明なやり方ではないか と思われるからです。 具体的には簡易裁判所に民事調停の申立書を提出するところから始まる訳ですが、詳しくは裁 判所で伺っていただきたいと思います。・・ こんな流れで相談は進みます。 裁判の場合は、単なる「 焚き火」 といっても、何をどの程度燃やしていたのか、それによって各地 の条例に違反している場合もあるので、そこを攻撃しようと思ったところ、例外として認められている 物であったり、火の番をしていたのか、消火の準備はしていたのか、それとも全く放置していたのか 空気が乾燥していたのか、風は強くなかったのか、これらのことを隣近所の人に証言までお願いし たりと、あらゆる手を尽くして「 争う」 ことになるでしょう。相手弁護士は、見ていた貴方が本当に危険 を感じたのであれば、何故声をかけるなり、とめなかったのかなどと言い出すかも知れません。 果たしてその焚き火からの拡大と、住宅までの延焼について、普通の人に 予見できたのかどうか若しくは、枯れ草の直近で焚き火など、ほとんど故意 に近いのではないか・・ ・このようなことを互いに主張し立証努力をして、裁判 官の心証を得るために徹底して戦うことになります。 訴訟である以上勝たなければいけませんから、その後の人間関係には全く期待が持てないこと になる可能性は高い訳です。 そもそも何故こういうことになったのかについては、最初に口にしているように、どうも自分の家が 火元で、人の家も巻き添えにしながら、「ひと言も謝らないことが腹に据えかねる」こういう単純な感 情問題が発端になっているようです。 自分が悪いことをしたら先ず謝るというのは、幼い頃から教えられてきたことであり、通常はそれ を人にも期待します。 この事件の場合でも、この火元の人が、あなたの家まで焼いてしまって、本当に申し訳ありませ んでしたと、心から謝罪していれば、類焼した冒頭の人も、「 いやいや、火災保険も一応入っている し、あなたも悪気があってしたことじゃないんだから、諦めるしかないですね。お互いに頑張りましょ う。」 大抵はこんな調子で、その後もうまくご近所つきあいができているようなのですが・ ・。 ・ ・どうして謝らなかったのでしょう? これは恐らく、交通事故処理に関する損害保険会社の説明が、社会一般に 広く浸透している為ではないでしょうか。 確かに交通事故の場合はお互いに動いている場合が多く、いちがいにどち らが悪いとも言い切れず、すぐ謝ってしまうと自分の過失を認めたととられるか ら、そういうことをしてはいけないと、保険のパンフレットに大きく書かれていた 時代がありましたし、いまでも時々目にすることがあります。 このことも過去の民事訴訟からの教訓だったのでしょう、確かに2台の車がドカンとぶつかって何 が起きたかも把握していない時に、「 すみません」と先に言われれば、言われた方は相手が何か悪 いことをしたんだろうと、普通は考えるかも知れません。 しかし事故現場で、明らかに落ち度があり誰がみても100%謝るべきところを、ひと言も謝らない 人が増えて、その態度にカチンときた相手が示談で終わらせずに、訴訟を起こす件数が増えてい るようなんですね。 これによって誰が困っているかというと、当の説明をした損害保険会社で、示談で終了している 場合よりも、裁判沙汰になった場合の支出金の方が、格段に大きくなっているらしいのです。 これはつい最近の(2006年)イギリスの保険会社の話ですが、支払い額の超過分を試算すると 何と56億円以上というようなことで、そして訴訟まで発展したきっかけの大半が、この「ひと言も謝ら ない」ことにあることが判明したとのことです。そこでこの保険会社は大々的に「謝ろうキャンペー ン」 を展開したという、笑い話のような笑えないお話ですよね。 冒頭の事例を、火元者側に立って考えて見ると、火災での類焼というのは、判断の難しい交通 事故と違い、自分の家の火事が原因で隣の家まで燃やしている以上、外形的に単純明快な図 式がそこにある訳ですから、先ず常識にしたがった方がいいと思います。 ですから、まず真っ先に謝って、相手の気持ちを和らげておく方がメリットが高いと思いますし、メ リットという言葉が悪ければ、道義的にもその方が筋が通っていると思います。 損害賠償責任があるのか、過失があったのか、その程度が軽いか、重いかというような点につい ては、民事だけでなく、刑事上の失火罪とも併せて、ことが司法問題に移行した場合に初めて考え るべきことであって、通常は「人としての常識に従う」ということが、気持ちよく暮らす為には、その言 葉以上に大きな力をもっているような気がします。 ・・本来消防機関としては、このような民事には介入しないことが原則ですし、お話することによっ て、相手側のプライバシーを漏洩してしまう危険もその分増えるので、細心の注意が必要な行為と いうことになりますが、相談そのものまで一方的に拒否する訳にはいきません。 中立的な調査機関が、公平な立場で話を伺うだけでも、罹災者の気持ちが和らぐ場合が多いか らです。 結局のところ、一般の焚き火が重過失と認定される例は皆無ではないものの、その数は少なく、 焚き火など以前は社会一般に容認されてきた行為であり、最近はどこの条例でも禁止されてはい るものの、その趣旨は主に環境問題であり、火災予防のための条例とは言えないこと。( ダイオキシ ン条例等) また、近くで火の番をしていたものの、草の枯れ方に関しての認識が甘かったのであり、誰が見 ても勢いよく燃えると思うほど枯れた草ではなく、ほとんど故意に近い著しい注意力の欠如と言い 切ることもできないこと。 訴訟は起きてみないと、どう展開するかは分かりませんが、この事例と類似した状況での相談に は、このあたりの展開が想像できるので、訴訟は一旦保留して、調停を申立てする方をお勧めする 例が多くなると思います。弁護士さんの業務を妨害するつもりは全くないのですが。( 汗) ここで大変申し訳ないのですが、出火原因の特に「 経過」 に関わる部分については、個人情 報保護の観点から、第三者からの開示請求があっても、開示できません。弁護士さんに依頼しても 単独の弁護士さんの照会は法律の根拠がありませんから、所属する弁護士会を通して照会( 弁護 士法第23条2項) していただく手間がかかりますし、結果的には、それでも開示できない場合が多 いと思います。 裁判になると、原告・被告何れからの申し立てがあって、裁判所(書記官) から消防に対して火災原因調査書類の送付嘱託(民事訴訟法第226条) が来る場合がありますが、この段階にきてもなお個人情報に関わる部分に ついては、原則非開示となります。 何故そこまで?とお思いになるかもしれませんが、これは民事訴訟法第9 1条によって、何人も裁判所書記官に請求し、閲覧することが可能(場合により不可) なため、公表 と同じ結果を生むからです。消防機関としても、公正な裁判には全面的に協力したいのですが、プ ライバシーは最終的には人権に関わるものですし、それを公表して侵害してしまうようなことは公務 所としてできないという考え方です。 ですから、裁判前に先ず消防から情報を貰って、勝ち負けの見込みを判断しようという方法につ いては、非常に難しいことをここでお断りしなければなりません。情報の公開制度は確かにあります が、この制度は民事の紛争を適切に解決することを目的としたものではなく、行政の内容とその実 施の透明性を図ろうとしたものであり、「類焼者のために火元の情報を開示するものではない」から です。 とは言いながらも、実際に被害を受けている人にすれば、なかなか納得のいかない部分があるこ とも理解できますし、事実、火災をきっかけとした裁判は数多く起きています。 そのうち、例えば寝タバコや、天ぷら火災で重過失認定を受けている判例もあります。ただ、人 の行為は類似はしていても全く同じ状況というのはあり得ませんから、類似した全ての火災にそれ が適用になるという訳ではなく、個々の事例ごとの判決ということになります。 このように、類焼火災の場合は訴えて勝てるかどうかの判断は非常に難しいこと、またできれば 同じ土地で暮らしたいし、その後の人間関係も、必要以上に悪くしたくないと考えるのであれば、前 述の方法が賢明ではないかと思われますが、その道のプロである弁護士さんに相談してみることが 納得という点では最も早道なのかも知れません。その費用については、訴訟を起こす場合の着手 金、・ 報酬近とは違い、初回法律相談という形で、30分ごとに5,000円から10,000円の間のよう です。 ※ 参考 山形県弁護士会( ht t p : / /www. y a ma b e n . o r . j p/ ) 借りている住宅を燃やしてしまった場合 次の例として、賃貸借契約を結んでいる人が起こした火災についてですが、借家人( 賃借人) が 失火した場合はどうなるのでしょう。これは1戸建ての場合とアパート等の場合では若干違ってくる ところがありますので、先ず1戸建ての場合から説明します。 1戸建てを借りている方が失火によって火災を起こしてしまった場合でも、前に書いた「 失火の責 任に関する法律」は適用されます。ですから、重過失がない場合は近隣住宅への賠償責任は生じ ません。 しかし、自分が住んでいた住宅については、元の状態に復して返還する義務があり、その義務 を果たせなくなったことについて、「債務不履行責任」 を負わなければならないとするのが判例の考 え方のようです。 次にアパートの居室を借りている場合には、家主には債務不履行責 任を負わなければなりませんが、他の賃借者に対しては原則的には失 火責任法が適用になるようです。 ただ、判例では延焼部分の全てについて債務の履行義務を認めて いるものもあり、燃え易い木造のアパートに居住される場合は特に注意 が必要とする専門家もいます。 持ち家、また借家いずれにしても、うっかりミスで火災を出してしまい、それも重過失ありとして賠 償責任を負わなければならなく可能性は日常的に十分あり得ますし、そうした場合の「個人賠償責 任保険」も準備されているようなので、火災保険についてもその道の専門家に相談することをお勧 めします。 重過失が認められた事例 次に、刑事裁判ですが、過失及び重過失の判断について、参考になる例を紹介します。 「 中華料理店の経営者Aが、店内にある3台の石油ストーブに給油するため、火気のまだ残って いるストーブの前に他の2台のストーブのカートリッジ式タンクを運んできて、電動式サイフォンにより 給油を開始した。Aは、給油を開始した後、一時その場を離れたため、石油がタンクからあふれ、気 づいたAが急いでタンクからサイフォンを引き抜いたため、火気の残っている本件ストーブにサイフォ ン内の残油が降りかかって着火、延焼し、建物を全焼させると共に、2階麻雀荘の客4名が焼死し、1 名が負傷する火災となった。」 本件火災について、Aは重過失失火罪(刑法第27条の2)、重過失致死傷罪(刑法第211条)で 起訴されたものです。 これについて第1審判決では① 火気の残った本件ストーブの直近で給油を行ったこと。② 給油 中一時その場を離れ溢れさせたことは、それぞれ出火の関係からすれば引火の危険性の高い行為 とはいえないから過失すら認めることはできず、③急いでサイフォンを引き抜き、残油を火気の残った ストーブに降りかけたことに過失が認められるから、本件給油行為について重過失は認められないと しました。 しかし、控訴審判決に至るその後の判決は、本件出火の関係から重過失の有無を判断する場合、 本件給油行為の①∼③の容体は、自然的に観察した場合、社会通念上一個の行為であり、それぞ れを分けて過失を判断することは誤りであり、全体を不可分のものとして判断すべきであるとし、この ような判断に基づきAの本件給油行為をみると、全体として重過失に該当すると判示しています。 ・・これは刑事事件としての判例ですから、直接民事の参考にはならないかも知れませんが、過失 か重過失かの判断は、裁判所においてもこれだけ別れることがあり、非常に難しいものがあるという点 で紹介しました。 火災保険について 失火の責任に関する法律についてお話しましたが、類焼した場合は少し不満なところがあるかも 知れません。しかし、自分が火元になる可能性も当然あり、そうなった場合を考えると、相当有り難い 法律ではないでしょうか。 ここでは、これに関連して火災保険に関わる法律問題について、少し言及し ておきたいと思います。火災で家族の命を失ったり自分が危なくなったり、それ は勿論恐いことですが、万が一のことがあったとき、できるだけ軽い被害で、素 早く立ち直る方策をとっておかなかった場合も、生活の安心という点では大きな 手落ちになってしまうからです。 近年、保険金の不払い事件について随分ニュースになっており、保険会社が悪者扱いされていま すが、世情の変化に伴って、偶然を装った放火等の不正請求が相次いだことも、このような事態を招 いている一因になっていることは間違いなく、どちらが悪いとも言い切れない、しかしあまり歓迎すべ きではない雰囲気で経過していました。 法律的に、保険会社は契約者に対して、火災によって生じた損害に損害保険金を支払う義務を 負っています。(商法665条) しかしこれには免責事項があって、契約者の悪意若しくは重大なる過失によって生じた損害につ いては保険金を支払わなくてもよい( 商法641条) と規定されています。 火災で生活の本拠を失った上に、保険会社から「故意、重過失がなかったことを立証しなさい」と 言われたら、一市民としては大変なことです。そして一市民が巨大組織である保険会社を相手取っ て訴訟を起こしたとしても、ほとんど徒手空拳に近い訳ですから、これもまた大変なことになります。 こういうことがあるのでは保険に入る意味の大半が失われてしまうことになり、保険離れという社会 現象まで起こしかねません。 ところが、このように「火災保険の存続に関わる」ような、保険会社よりの判決が下級審で相次ぎ、 その内容について、ここで詳しく解説はできませんが、この問題については平成16年12月の最高裁 判決で「 保険金請求者に火災発生が偶然のものであることを主張・ 立証する責任はない」 として庶民 側に立った判決で結着をみているようなので、一応火災保険そのものに関しての不安は払拭された と考えていいものと思います。 火災保険会社にも求償権はあるので、保険金を支払った後に、その出火原因について何らかの 疑いがあり、立証できるものと判断した場合は、その時点で求償訴訟を提起する方法が残されている からです。 火災保険の入り方も再調達価額を元に契約をする方法、又は時価を元に契約する方法等、色々 あるようですし、保険金で元の住宅と同様なものを再建できれば最もいい訳ですから、自分が現在加 入している保険で、本当に再建できるのか調べておくのも、大切な危機管理かも知れません。 終わりに 以上、火災をとりまく訴訟と、法律問題に関して簡単に紹介しましたが、消防機関では火災予防と いう行政目的のために火災調査をしています。また公の機関ですから、個人の民事問題に介入する ことはできません。 ここでも触れましたが、火災は放火、失火、業務上失火等の刑事事件として、また民事的にも損害 賠償請求、保険金の請求、逆の立場から支払った後の求償訴訟等・ ・あまり愉快な話ではないのです が、火災は単純な災害ではなく、ひとつの事件としてとらえなければならないのが最近の情勢です。 こうした中で、消防機関にも類焼者からの開示請求、また弁護士会からの照会、検察官から捜査関 係事項照会、裁判所からは文書送付嘱託と、それぞれの法律に基づいて依頼が入ります。 ・・何度も言いますが、火災調査は皆さんのために類似火災を防止することを目的に存在するので あってこれらの請求に応ずることは、あくまでも副次的な業務です。 しかしこれも担当者の泣き言であって、こうした照会がくることは、中立な立場で公平な調査をする唯 一の機関として、司法的にも信頼されていることの証と思えば、より科学的な究明手法、より客観的な データに基づいた方法で真実に近づかなければ・・ との思いは必然的に強くなります。 つい決意表明をしてしまいました(笑)が、火災にあわれて何らかの権利を侵害されたと感じている 皆さんも、勿論自分の正当な権利を主張できますし、裁判所というのはそうしたことに公正な結着をつ けてくれる場所です。ですから、特に民事問題に関しては、弁護士さんに相談することが、色々な意味 で納得も得られると思いますし、無用な争いを避けることもできる、最もいい方法ではないかと思いま す。 それではこの辺で火災をとりまく法律編を閉じたいと思います。尚、ここでも新しい動きがあった場 合等、随時更新していく予定です。
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