パソコンを用いるゲーム形式の視覚ー運動協応訓練ソフトウェアの開発

パソコンを用いるゲーム形式の視覚ー運動協応訓練ソフトウェアの開発
学生番号
指導教員:
1.
s089406
縄手 雅彦
氏名
駒澤 寛士
提出日: 平成 22 年 2 月 23 日
はじめに
視知覚能力とは「視覚的刺激を認知して弁別し,それら
の刺激を以前の経験と連合させて解釈する能力」であり [1],
脳の障害により視知覚能力に障碍を有する,あるいは発達
が遅れている児童の場合,図形や文字の認識,物の空間関
係の認識が困難となり,勉強や運動が苦手となったり [2],
日常生活にも影響が出る可能性がある.そこで,この視知
図 2 野球ゲーム (a) 概観,(b) 結果(2007 年 12 月から 2008
年 8 月まで)
覚能力を発達させるために訓練を行う必要がある.訓練と
しては,積み木や型はめパズルなどの道具を用いるもの [3]
かったので,腕を制御して動かすということを目的として,
と,パソコンを用いるもの [4, 5] があるが,パソコンを用
図 3(a) のような射的ゲームを作成した.これはジョイス
いるものとしては,使用者の難易度に合わせてツールを開
ティックを用いて行うもので,画面上に現れる敵キャラク
発し実際にコンピュータを用いて訓練しているものはあま
ターの位置に合わせてジョイスティックを傾けて狙い撃つ
りない.そこで,本研究では視知覚能力の視覚と運動の協
というものである.また,これだけでは飽きてしまうので,
応能力を向上させることを目的としたパソコンを用いて行
図 3(b) に示す同じような仕様のもぐらたたきゲームを作
う訓練ソフトウェアを開発し,そのソフトウェアが視覚と
成した.
運動の協応訓練に有効であったかを検証する.
2. 方法
2.1 協力者
松江清心養護学校に通う生徒2名 (協力者B:小学5年
生, 協力者C:高校3年生,2009 年 4 月現在) で視知覚に障
碍を有する.本稿では特に協力者 B について述べていく.
この結果を図 4(a),(b) に示す.このグラフは命中率の月
ごとの平均を示しており,図 4(a),(b) の協力者 B の結果
をみると訓練の後半では安定してそれぞれ 90 %,80 %以
上の命中率になった.これは,腕を途中の位置で止めるの
が上手くなり,左中間と右中間の命中率が上がったためで
ある.つまり,協力者 B は射的ゲーム,もぐらたたきゲー
2.2 訓練環境
パソコンを意識せずに訓練にとりかかってもらうために
ムを行うことで,腕を狙った位置へ動かすということにお
図 1(a) のようにゲーム画面をスクリーンに映し出し,協
3.3
力者はその正面に座って訓練を行った(図 1(b)).
3. 結果と考察
3.1 野球ゲーム
協力者 B において,当初ワンボタンスイッチを成功や失
敗のタイミングには関係なく乱打してしまう様子がみられ
た. そこで,適切なタイミングを狙わせるために図 2(a) の
ような野球ゲームを作成した.これはピッチャーが投げた
ボールを,ワンボタンスイッチを押すことによりバッター
いて向上した.
ピンボール風ゲーム
次に二つのものに同時に注意が向くかをみるために図
5(a) に示すようなピンボール風ゲームを協力者 B に対して
行った.このゲームはワンボタンスイッチを2個用い,画
面の左右にある黒いボールが落ちてきたときにスイッチを
押してバーを出して跳ね返すというゲームである.右手と
左手でワンボタンスイッチを1個ずつ操作する. 協力者 B
に対してこれを行うと,両手が同時に動いてしまう様子が
みられた.そこで,日常生活動作で何ができないかを調べ
が打ち返すというものであり,ボールのスピードは遅くし
てあるのでワンボタンスイッチを押すのを我慢してボール
がバッターのところに来るまで待たなければホームランに
はならない.図 2(b) の成功率のグラフをみると,協力者
B は半年の訓練で成功率が 60 %以上になり,適切なタイ
ミングで狙えるようになった.
3.2 射的ゲーム,もぐらたたきゲーム
協力者 B は力の加減が苦手でありジョイスティックを
図 3 ゲームの概観 (a) 射的ゲーム,(b) もぐらたたきゲーム
操作するとき,途中まで傾けて止めることが上手くできな
図 4 結果 (a) 射的ゲーム(2007 年 11 月から 2008 年 8 月ま
で), (b) もぐらたたきゲーム(2008 年 1 月から 2008
図 1 訓練の形式
年 8 月まで)
図 5 ピンボール風ゲーム (a) 概観,(b) 結果(2008 年 11 月
から 2010 年 1 月まで)
たところ,ボタンをはめる,定規で線を引くといった両手
を協応させる動作がうまくできなかった.ここで児童の発
達過程を調べると,協力者 B はまだ対応知覚水準 [3] であ
ることがわかった.対応知覚水準では両手を協応させる動
きが発達してくるが,協力者 B はまだ十分に発達していな
いので,ここからは,左右で異なる手の動きを訓練するこ
とを目的として上記のピンボール風ゲームを行った.
この結果を図 5(b) に示す.このグラフでは協力者 B の
成功率(ボールを跳ね返せた割合)と同時押しの回数(1.0
図 6 バナナキャッチゲーム (a) 概観,(b) 結果(2009 年 11
月から 2010 年 2 月まで)
ことがうまくなった.協力者 C には向上がみられなかった.
次に左右の手を異なるタイミングで動かすことを目的と
してピンボール風ゲームを行った.その結果,両協力者と
も同時押しの回数が減少し,左右の手を異なるタイミング
で動かせるようになった.また,左右の手で異なる動きを
させるために,バナナキャッチを行った.すると,バナナ
の捕獲率は向上していないが,キャラクターの操作量は減
少しており,狙ったところまでスムーズに動かせるように
なってきた.
を表している.協力者 B の成功率は最近では安定して 70
5. 今後の課題
今後は両手の微細運動を訓練するための入力デバイス及
%以上の成績であり同時押しの回数も6回以下に減少して
びソフトウェアを作成する.また,日常生活動作でできる
いる.つまり,協力者 B はピンボール風ゲームを行うこと
ようになったことを調査する必要がある.
により左右の手を異なるタイミングで動かせるようになっ
謝辞
本研究の実施にあたり多大な協力を賜りました島根県立
秒以内に2個のワンボタンスイッチを同時に押した回数)
てきた.
3.4
バナナキャッチゲーム
松江清心養護学校の協力者の皆様に感謝致します.この研
ピンボール風ゲームでは両手ともタイミングを合わせる
究は一部松江市補助金「実践的 Ruby プログラミング実習
動きだったので,今度は片方の手で狙いを定める動き,も
プロジェクト」により行われた.
う片方の手ではタイミングを合わせる動きを訓練しようと
参考文献
考えた.そこで,図 6(a) に示すようなバナナキャッチゲー
ムを作成した.これは片方の手でスライドデバイスを操作
することでキャラクターを動かし狙いを定め,もう片方の
手でワンボタンスイッチを操作しタイミングを合わせる.
このゲームはスライドデバイスを動かして画面下部のキャ
ラクターを左右に移動させ,ワンボタンスイッチを押して
バナナを落下させてキャッチするというゲームである.
この結果を図 6(b) に示す.このグラフはバナナを落と
すまでのキャラクターの操作量から最小操作量を引いた値
[pixel] を実施日に対して示している.協力者 B はこの操作
量は訓練開始時の約 400[pixel] から最近では 200[pixel] ま
で減少してきている.つまり,スライドデバイスを狙った
ところまで無駄な動きをしないで動かせるようになってき
ている.バナナの捕獲率は向上しなかった.
4. まとめ
本研究では視覚と運度の協応能力を訓練することを目的
とした訓練ソフトウェアを開発し,実際に協力者に行って
もらった.野球ゲームではワンボタンスイッチを押すこと
を我慢させ成功のタイミングだけを狙わせることと,画面
変化に合わせて適切なタイミングで腕を動かすことを目的
としており,両協力者とも成功のタイミングだけを狙える
ようになった.射的,もぐらたたきゲームでは腕を狙った
位置へ制御することを目的としており,協力者 B 苦手な左
中間と右中間の位置の命中率が向上し,腕を途中で止める
[1] Marianne Frostig,日本心理適正研究所 [訳],
“ フロス
ティッグ視知覚能力促進法(初級用)”,日本文化科学
社,1987
[2] 岩谷力,佐直信彦,飛松好子,
“ 運動障碍のリハビリ
テーション”,南江堂,p.162, 2002
[3] 宇佐川 浩,”感覚と運動の高次化からみた子ども理
解 ”,学苑社,2007
[4] くるくるクリック!,
http://homepage.mac.com/terumai/menu.html
[5] KanzaSoftFactory & Library,
http://kanza.qee.jp/
研究業績
• 駒澤寛士,松本敏明,縄手雅彦,“脳性麻痺児の視覚
と運動の恊応訓練を目的としたワンボタンスイッチ
ゲーム”,信学技報,Vol. 107,No. 432, pp. 25-30,
2008
• 駒澤寛士,大菅健聖,縄手雅彦,“脳性麻痺児の上肢
機能をコンピュータを用いて訓練する手法の開発”,
ヒューマンインタフェースシンポジウム論文集 (DVDROM),Vol. 2008,No. 2222,2008
• 駒澤寛士,縄手雅彦,“脳性麻痺児の視知覚訓練にお
けるコンピュータの活用”,ATAC2008 Proceedings
pp.120-121
• 駒澤寛士,北山裕士,縄手雅彦,“コンピュータを用
いた左右の手の動きの分離訓練”,ヒューマンイン
タフェースシンポジウム論文集 (DVD-ROM),Vol.
2009,No. 3231,2009
• 駒澤寛士,北山裕士,縄手雅彦,“コンピュータを
活用した視知覚能力訓練”,ATAC2009 Proceedings
pp.112-113