農業における抗菌剤の役割 The Role of Antibiotics in Agriculture Richard E. Issacson Mary E. Torrence 米国微生物学会 American Academy of Microbiology 要約 抗菌剤の発展は、動物およびヒトの感染症に対して多くの成功を収めてきた。しかし、長 年にわたる抗菌剤の集中的および広範囲な使用は、薬剤耐性病原菌の出現をもたらした。 動物、植物およびヒトの相互作用環境における抗菌剤耐性菌と抗菌剤耐性遺伝子の貯蔵場 所の存在が、抗菌剤耐性のさらなる伝達と蔓延の機会を提供している。抗菌剤耐性菌の出 現は、動物およびヒトの健康に対する影響について徐々に強くなる懸念を生じさせた。 とくに農業における抗菌剤の使用に由来する抗菌剤耐性の影響について述べるために、 American Academy of Microbiology は“抗菌剤耐性と農業における抗菌剤の役割:批判的 科学的評価”なる研究会を、2001 年 11 月 2-4日にニューメキシコ州サンタフェで開催 した。研究会の参加者は、獣医学、微生物学、食品科学、薬理学および生態学を含む広範 囲な専門性を持つ産官学の研究者であった。これらの科学者は、抗菌剤使用と抗菌剤耐性 の現状、現在の研究情報についての専門的意見を用意し、今後必要な研究についての勧告 を準備するように要請された。研究領域は以下のように大別された: ・ 耐性の起源と貯蔵場所 ・ 耐性の伝達 ・ 使用法の変更による耐性の克服/調節 ・ 耐性伝達の遮断 研究会参加者の一致した意見は、抗菌剤の使用とその影響の評価は複雑であり、多くの仮 説と分極化をもたらしがちであるということであった。複雑さの一部は動物および生産様 式の多様性に起因する。圧倒的に一致した意見は、抗菌剤のあらゆる使用が抗菌剤耐性を 出現させる可能性があること、および抗菌剤耐性遺伝子と抗菌剤耐性菌のプールがすでに 存在することであった。抗菌剤使用量の計測、抗菌剤耐性の計測、およびさまざまなタイ プの使用(動物、ヒト)が全体的な抗菌剤耐性に及ぼす影響を評価する能力を巡って多くの 議論が行われた。加えて、多くの参加者は共生細菌が貯蔵場所として抗菌剤耐性の継続に 一役買っている可能性があることを認めた。参加者は研究上の質問の多くは、その複雑さ とよりよい技術の必要性から、完全には解答できないことで意見が一致した。特別な動物 起源が特定の抗菌剤耐性病原菌の出現に重要であることを示す“動かぬ証拠”の考え方が 議論され、究極の責任を押し付けることは不可能らしいということで意見の一致を見た。 もっと拡大し、改善されたサーベイランスが現在の知識を増加させるであろうという点で 合意された。科学に基礎をおくリスクサセスメントが将来の方向をよりよく示すであろう。 予防すなわち干渉行為として、研究会参加者は賢明/慎重使用ガイドラインの必要性を繰り 返し述べた。とはいえ、彼らはまたエンドユーザーが投与と飼料混合をより適切にする必 要性も強調した。抗菌剤使用に関する教育的努力の影響を計測する調査が不可欠である。 その他の勧告には、よくいわれるワクチンや生菌剤のような抗菌剤の代替法が含まれてい る。また、抗菌剤の必要性を減らすかもしれない管理または生産方式も強調された。参加 者はまた、訓練のための資金提供、定期的なワークショップおよび総合的な公開会議を通 じて、新たな研究者を訓練すること、および学生にポストドクターの仕事として関心を持 たせることを強調した。これによって、将来これらの難しい問題を扱うのに必要な専門家 を用意できるであろう。最後に参加者は、学会および専門家団体が、技術的助言の提供、 科学者、メディアおよび消費者に対する情報の発信と普及、ならびにこれらの重要な問題 の透明性確保および資金調達に中軸的役割を担うべきであることを指摘した。 全体としての結論は、抗菌剤耐性は依然として単純な解答のない複雑な問題だということ であった。これは他の会合からのメッセージを補強するものである。この研究会からの勧 告は、将来の研究および措置について、いくつかの見識ある方向性を示している。 はじめに 抗菌剤(抗生物質を含む)は、それが開発されてから、感染症に対して多大な成功をおさめ て、使用されてきた。ヒトおよびコンパニオンアニマルに使用されているのに加えて、農 業分野でも多くの目的に長年にわたって使用されている。抗菌剤は食用動物生産に成長促 進剤として使用され、またヒト、動物および植物に治療的および予防的に使われている。 しかし、抗菌剤の集中的および広範囲な使用は高度薬剤耐性病原菌の出現をもたらした。 これらの病原菌のいくつかは、市販されている抗菌剤のほとんどに対して耐性である。 ヒト、動物および植物における広範囲な使用は、環境中に抗菌剤耐性遺伝子のプールを作 り上げた。抗菌剤に耐性になった非病原菌および病原菌は、耐性遺伝子の貯蔵場所として 働くことがある。これがまだ感受性である動物、ヒトおよび細菌のポピュレーションを抗 菌剤耐性遺伝子および抗菌剤耐性菌に曝露する機会を用意し、それらの遺伝子を伝達する チャンスを作るかもしれない。研究的調査は、病原菌とおそらく抗菌剤耐性菌/遺伝子が、 食品、水を介して、また直接接触により、動物からヒトに伝達されることを示している。 動物とヒトの間の抗菌剤耐性菌または抗菌剤耐性遺伝子の伝達性、あるいは動物に付随す る感受性菌への抗菌剤耐性菌からの耐性遺伝子の伝達が、農業における抗菌剤使用につい ての懸念として強調されている。これらの懸念は、(1)抗菌剤耐性遺伝子が、農業におけ る抗菌剤使用によって、環境中で増幅される、(2)これらの抗菌剤耐性遺伝子が公衆衛生 にマイナスの影響を与える、および(3)抗菌剤耐性遺伝子が動物の健康と生産性にマイナ スの影響を与える、の3つである。 抗菌剤耐性についての高まりつつある懸念は、研究と教育の優先性、戦略および方向性を 明らかにする試みとして、専門家による多数の会合およびフォーラムを計画させた。これ らの会合の大多数は、ヒトの医療と公衆衛生に焦点を当てたものであった。この研究会の 目的は、農業における抗菌剤耐性菌の影響に焦点を当てる機会を準備し、その影響の批判 的評価の場を提供することにあった。短期的目標は、抗菌剤耐性、抗菌剤耐性遺伝子の伝 達ならびに抗菌剤耐性遺伝子の選択と拡散を防止する干渉戦略を理解し、調査するための 最良の方法について、専門家の意見を捕捉することであった。長期的目標はこの領域を研 究するための総合的な方法論を開発し、抗菌剤耐性を減らすのに役立つであろう戦略を策 定することであった。 研究会の参加者は、現在の抗菌剤使用状況および現在それらの使用を管理している政策に 関する情報を提供することを求められた。参加者はまた、新たな研究について意見と方向 を用意するように求められた。研究の問題は大まかに4つの領域、すなわち(1)抗菌剤耐 性の起源と貯蔵場所、(2)抗菌剤耐性の伝達、(3)使用法の変更による抗菌剤耐性の克服/ 調節、および(4)抗菌剤耐性伝達の遮断に分けられた。 現在の状況 当然の傾向として、ヒトと動物に用いられる抗菌剤の量と既存の抗菌剤耐性の量を同等視 したくなる。しかし、使用量と抗菌剤耐性との相関関係は直線的ではなく、非常に複雑な ように思われる。この問題は、食用動物の生産が多岐にわたる管理様式と生産目標を持っ ているためにさまざまであり、それぞれのシステムが生産者、獣医師およびその他によっ て別個に抗菌剤が使用されるために、とくに農業においては複雑である(NAS, 1999)。 生産の複雑さ 食用動物生産の多様性は動物種別の管理および生産方式の複雑な組み立てに由来する。た とえば、肉牛候補の子牛は、草を食べて短期間育成された後に、市場出荷体重に肥育する ために、多くの遠隔地から集められた数千頭を混合飼育するフィードロットに運ばれる。 逆に、乳牛は大きなまたは小さな牛舎に収容されるが、それぞれの牛は1頭ずつ搾乳され る。豚の生産は、出産から最後までの継続的な流れの作業(すなわち、出生からと殺まで管 理する)のこともあり、月齢で区切って複数の場所で“オールインオールアウト”によって 管理されることもある。家禽産業は高度に統合されていて、少数の会社が生産のすべての 面のほとんどを管理している。統合は管理法、治療および薬剤使用の標準化をもたらして いる。統合されていても、育雛、産卵鶏、ブロイラーおよび七面鳥生産の間には、それぞ れが異なる目的のために育成され、独特の要件を持っているので、管理法にいくらかの差 異がある。水産養殖はもう1つの独特な生産様式をとる。魚および貝の多くの種があり、 それぞれが異なる管理法と栄養要求を持っている。魚は開放系、水路、ケージまたはネッ ト、土の池、閉鎖系、およびバッグ(袋)アンドラック(棚)システムなどで飼育される。たと えば、開放系および水路(一連の水槽)系はそれぞれ付近の水および早い流水を使用し、一 方、閉鎖系は貯水槽で水質を管理する。魚の大多数は多岐にわたるタイプと大きさの池で 飼育されている。 抗菌剤の使用 動物から食品を生産するさまざまな方法が、対照的な感染率や罹病率、したがって異なる 抗菌剤の使用法を生み出している(Prescott, et al., 2000)。たとえば、フィードロットの牛 の飼育密度が高いと、ストレス関連因子によって誘発されるウイルス性または細菌性感染 症をもたらすことがある。抗菌剤はもっともしばしば感染症またはストレス関連疾病を予 防するために飼料に添加して投与される。これらはまた、早い成長を促す助けとして異な る(通常は低い) 用量で用いられることがある。逆に,乳牛は乳房炎の治療または予防を局 所乳房内注入による抗菌剤の投与で、または注射による抗菌剤の全身投与で行うことがで きる。家禽は一般に、個体治療が実際的ではなく、経済的でもないので、飼料中または飲 水中に抗菌剤を添加投与するが、この投与法はすべての動物が抗菌剤に曝露されるものの、 個体ごとの用量が不明であり、不均一である。 米国では一部のタイプの水産養殖に2つの抗菌剤しか承認されておらず、これらは通常、 餌料に添加して投与される。これらの動物が水中で飼育される事実は研究のための独特の 環境を生じさせる。水産養殖動物の腸内菌叢は水と餌料を反映する。魚がヒトの共生細菌 およびヒト病原菌で汚染された温水で飼育されたら、抗菌剤耐性菌および抗菌剤耐性遺伝 子が2方向に伝達および播種される機会が多くなる。きれいな冷水で飼育された魚は比較 的微生物負荷が少なく、したがってヒト病原菌を持っていることが少ない。 米国の農作物に使われる抗菌剤は、Erwinia のような主要植物疾病の予防剤として用いら れる、ストレプトマイシンとオキシテトラサイクリンに限定されている。ストレプトマイ シンに対する耐性は広範囲に見られるが、オキシテトラサイクリンには見られず、そのた めにオキシテトラサイクリンの使用が増加している。これらの使用の量と範囲は農業にお けるその他の適用に比べると比較的少ないと思われる(Vidaver, 2002)。 コンパニオンアニマルにおける抗菌剤の使用は、このフォーラムに適切ではないが、扱う ことが不可欠な要素であるということで、研究会の参加者の意見が一致した。コンパニオ ンアニマルにおける抗菌剤の使用は、環境中に抗菌剤耐性遺伝子/菌のプールを追加するか もしれないので、重要である。これらの抗菌剤耐性菌は他の動物またはヒトに伝達される ことがある。ヒトと動物の両方から同様な細菌が認められたという報告がいくつかある (Besser, et al., 2000; Deming, et al., 1987)。牛のような他の動物から細菌がヒトに伝達さ れ得るとすれば、コンパニオンアニマルからヒトにも細菌が伝達され得るというのが道理 である(Fey, et al., 2000)。 認識されたもう1つの複雑さは抗菌剤使用の分類である。カテゴリーの標準的な用語はな い(NAS, 1999)。いくつかの報告書は抗菌剤を治療および非治療(または準治療)にカテゴリ ー分けしている。その他の報告書は抗菌剤を治療的、成長促進的および予防的使用に分け ている。治療、成長促進および予防という用語には特定の定義があるが、非治療的または 準治療的という用語を用いた場合には、さまざまな個人および機関によって異なる解釈を されがちである。今後の研究調査、慎重使用ガイドラインの作成および比較を可能にする ために、薬剤使用の定義の標準化が不可欠である。ある抗菌剤のラベル上の複数の効能(た とえば、成長促進、予防)は使用法の区別を一層難しくする。 抗菌剤の使用量も混乱をきたす課題である。米国動物薬事協会(Animal Health Institute; AHI)と懸念する科学者連合(Union of Concerned Scientists; UCS)による最近の調査は、 薬剤のカテゴリー分けの食い違いと不一致の好例である(Mellon, et al., 2001; AHI, 2000)。 UCS は 2,460 万ポンドの抗菌剤が非治療的に使用されたと推定している。UCS は成長促 進剤と疾病予防剤を非治療的使用にまとめ、治療的使用は計測していない。逆に AHI は、 加盟会社の調査にもとづいて、すべての目的に用いられた抗菌剤は 1,780 万ポンドと推定 した。AHI の調査は、すべての抗菌剤(治療的および非治療的)を計測した。加えて、伝統 的な抗菌剤とは考えられないが、イオノフォアと砒素剤も計測した。いずれの計算でも農 業に用いられる抗菌剤の量は多い。これは米国における食用動物生産の莫大さからすれば、 驚くには当たらない。 使用量の計測 AHI と UCS の調査は食用動物に使用した抗菌剤の量の正確な計測が困難なことを示して いる。両グループは使用した抗菌剤の量の計測に奮闘した。AHI は使用した薬剤の系統ご との活性成分の総 kg を推定し、一方、UCS は動物に投与されるラベル表示用量、特定の 年(月)齢グループの動物数、および投与を受けるであろう推定動物数から計算する一連の 数式を用いた。 研究会の参加者は、抗菌剤使用量のもっと正確な推定値を獲得する必要性を感じた。米国 で動物における抗菌剤使用のデータを得ることに対する大きな障壁は、動物に使われるす べての抗菌剤が処方によるわけではない点にある。これらの薬剤の多くは薬局で販売され ている。したがって、使用データは製薬会社、生産者および獣医師のようなさまざまな情 報源から収集しなければならない。どの情報源も完璧ではなく、それぞれに固有のバイア スがある。たとえば、製薬会社は販売した抗菌剤の量を提供できるが、これを実際に使用 された量とは読み替えられない。現在、米国には薬剤使用情報の全国的な収集またはサー ベイランスシステムはない。デンマークのような他の国では、すべての薬剤使用は処方に より、使用した量は記録され、照合され、報告される(Bager, 2000)。同様に、英国内では 動物用医薬品局(VMD)が毎年、食料生産動物における抗菌剤使用の総合的な詳細を公表し ている。しかし、一部の開発途上国は、インフラストラクチャーが乏しく、かつ違法な薬 剤の輸入と使用のために、薬剤使用の推定値はない。 食用動物における抗菌剤使用のよりよいデータを集めることの重要性を理解するために、 世界保健機関(WHO)は 2001 年 9 月に協議会を開催し、食用動物における薬剤使用モニタ リングに関する勧告を出した(http://www.who.int/emc/diseases/zoo/antimicrobial.html)。 勧告には、農業における抗菌剤の総使用量の全国的モニタリング計画の確立ならびに動物 種、生産部類、投与経路および使用目的のような非常に特殊なデータの収集が含まれてい る。同様な資料が国際獣疫事務局(OIE)からも刊行されている(OIE Revue 2001;20:3)。論 理的仮定はある抗菌剤のどんな使用法も耐性に対して選択圧を及ぼし、したがって、使用 総量は、どの使用法(経路、用量、投与期間)が抗菌剤耐性の最高の増加をもたらすかを明 らかにすることよりは、おそらく緩和戦略の策定に重要ではない。このデータは介入戦略 および慎重使用のガイドラインを導くことができる。 米国の政策と活動 1999 年に米国食品医薬品局(FDA)は、“食料生産動物に使用を意図する新動物用抗菌剤の 微生物に対する作用のヒトへの安全性を評価し、保証するための枠組みの提案” (Framework Document, FDA, 1999)と題する文書で、ガイドラインの提案を行った。こ の文書は食料生産動物における抗菌剤の使用に伴うリスクを管理する戦略を説明している。 戦略には、(1)ヒト医療における重要性にもとづく抗菌剤のカテゴリー分け、(2)新動物用 抗菌剤の微生物学的安全性を調べる、承認申請のための承認前安全性評価の改訂、(3)耐 性発現を調べる承認後モニタリング、(4)食用動物の抗菌剤使用データの収集、および(5) 規制閾値の設定を含んでいる。この文書は主としていくつかのガイドラインを概説してい るが、すべての勧告の重要部分が新製品開発に(直接的または間接的に)適用され、指針と して使われることになりそうである。加えて、どの抗菌剤を動物に非治療的(すなわち、成 長促進と予防)に使うことが出来ないかについて、米国議会が強い規制を採択する前に、法 的な主導権を握ろうとする意図がある。 米国獣医師会(American Veterinary Medical Association; AVMA)および多数の生産者団 体が、抗菌剤の賢明な使用のために慎重使用ガイドラインの作成を始めている (http://www.avma.org/scienact/jtua/default.asp)。各動物種ごとのガイドラインも続けて 作成されている。しかし、ガイドラインが特定の効果的な干渉または緩和を標的にしてお り、かつ多数のエンドユーザーに配布され、使用されない限り、これら慎重使用ガイドラ インの効果は僅かである。 もっとも最近の米国の活動は、連邦当局による抗菌剤耐性と戦うための公衆衛生計画の作 成であった(http://www.cdc.gov/drugresistance/actionplan/index.htm)。これはヒトの健 康と公衆衛生に重点をおいた抗菌剤耐性を減らす措置の青写真であるが、農業および獣医 療についての特定の措置と提案も含んでいる(Torrence, 2001)。 国際的な活動 WHO は最近数年間に抗菌剤耐性と食用動物の問題に関する数回の会合を開催した。それ ぞれの会合で措置、サーベイランス、研究および教育についての多数の勧告が作られてい る(WHO, 1997; WHO, 2000; WHO, 2001)。他の国のいくつかの政策および措置が米国の 措置のモデルとして使われたかもしれない。少なくとも、国際的活動は、たとえば成長促 進剤の排除に関する、特定の干渉または政策戦略の影響を明らかにする方法を示すであろ う。成長促進剤のベネフィットに関する調査は 1950 年代に実施され、最近はほとんど行 われていない(IOM, 1989; Jukes, 1986)。成長促進剤の有効性とリスク/ベネフィットにつ いてはいくつかの疑問がある。1986 年にスエーデンは動物生産に成長促進剤を使用するこ とを禁止し、1999 年にデンマークはそれらを豚およびブロイラーに使うことを禁止した (Wierup, 2001; Emborg H-D, et al., 2001)。禁止の後に、デンマークは疾病発生のコント ロールを助けるために抗菌剤の治療的使用が増加したと報告したが、全体的な抗菌剤使用 量と抗菌剤耐性は減少していると報告されている(Aarestrup, et al., 2001)。完全な評価を するにはまだ時期尚早なのかもしれない。米国と英国の相違、たとえば Campylobacter の蔓延および Salmonella Typhimurium DT104 発生の季節的パターンの違いも研究領域 の可能性を示しているかもしれない。前述した通り、発展途上国では抗菌剤の使用をコン トロールし、その影響を計測することは困難である。 研究課題 全般的コメント 研究会の参加者は、農業に使用される抗菌剤の影響評価は非常に複雑であり、多くの仮説 と見解の激しい偏りを生じやすいという意見で一致した。しかし、農業における抗菌剤使 用が新たに生じた抗菌剤耐性の問題に寄与していることはほとんど疑いない。耐性が問題 になっている程度についての全般的討論があった。参加者の大多数は、動物の生産者は経 費効果があるから抗菌剤を使用するということで意見が一致した。したがって、抗菌剤使 用の“薬剤経済学”の研究が奨励された。加えて、われわれは農業(または医療)における 抗菌剤使用から生じる抗菌剤耐性による余分の罹病率および死亡率、あるいはヒトにおけ る治療失敗の特定の原因のようないくつかの結果を定量的に評価し、認識する研究法を開 発することを示唆した。また、抗菌剤の農場における使用が特定の耐性の出現をもたらす 特定の帰結を計測する研究も不可欠である。 また、抗菌剤使用が二次感染、とくに抗菌剤耐性菌による二次感染に対する感受性の増加 をもたらすかどうか、および疾病を起こさせるか否かにかかわらず、病原体負荷が増加す るかどうかを明らかにすることが適切と考える。提起された質問の1つは、耐性菌はビル レンツが強くなる傾向があるかどうかということであった。しかし、すべての参加者は、 抗菌剤耐性病原菌の選択における1つの因子の重要性を決定する試みはほとんど不可能な 作業であり、特定の寄与を評価する研究手段はないであろうということを直ちに認めた。 参加者には、抗菌剤のどんな使用法でも、その抗菌剤に耐性の細菌の選択に影響するする であろうことが明らかであった。方法とデータの解釈に多くの限界はあるものの、さらな る研究がこの新たに生じた問題に対するいくつかの適切な解答をもたらすであろうという 点で一般的な合意が得られた。われわれはまた、リスクアセスメントとサーベイランスに かかわる研究もポートフォリオの一部に含めなければならないことを認めた。 農業における抗菌剤の賢明なまたは慎重な使用が繰り返し発言された。しかし、動物のグ ループによって使用法と使用目的がさまざまなので、賢明なまたは慎重な使用を定義する さえ難しいことが明らかである。出てきたメッセ-ジの1つは賢明な/慎重な使用法を奏功 させるには、使用法を広く認める必要があるだろうし、また米国における抗菌剤の流通手 段を変更する必要があるというものであった。とくに、動物生産業に抗菌剤を薬局で販売 することは賢明な/慎重な使用法に相応しくない。賢明な使用は、必要な時にだけ使用する ことによって、現在および将来の抗菌剤の有効寿命を延ばすであろう。これは致死的感染 症のヒトを治療するために使う抗菌剤の有用性を維持し、動物に対する抗菌剤の有用性を 維持するために明らかに重要である。動物の健康を目的に開発される新化合物の数はヒト に使うそれより少ないであろうから、これは不可欠な措置である。規制および政策の動き、 EU における現在の措置、ならびに製薬産業における経済的インセンティブの欠如に照ら して、これはとくに真実である。 耐性の起源と貯蔵場所 耐性遺伝子の特定の進化論的起源は不明なことで皆の意見が一致した。これらの遺伝子の 多くは抗生物質生産微生物または抗生物質生産微生物の近くで生きている他の微生物に由 来するらしい。重要な点は、抗菌剤耐性遺伝子が作られ、維持され、増幅される場所であ り、動物またはその環境中の細菌がこれらの遺伝子の重要な貯蔵場所になる程度である。 これに関しては、起源を細菌の病原性ポピュレーションにおける最初の出現と定義するこ ともできる。この定義を用い、農業における抗菌剤使用の重要性について質問するとすれ ば、最初の起源の追跡または動かしがたい証拠を見付けることが重要になるが、現在の抗 菌剤の大多数については非常に難しい。これは耐性遺伝子がすでに広く分布しているから であり、またほとんどの薬剤がヒトを含む複数の動物種に使用されているからである。 同様に、Salmonella Typhimurium DT104 に存在する 5 剤耐性のような、耐性をコード する複雑な遺伝要素の発現は、異なる動物およびヒトのポピュレーションに生じ得る段階 的様式で起こるらしい。研究会の参加者は、既存の薬剤には最初の耐性遺伝子がヒトのポ ピュレーションで選択されたか、動物のそれで選択されたかはもはや重要ではないが、そ れぞれが耐性遺伝子の貯蔵場所の維持および/または増幅にどう寄与しているかは非常に 重要であるとした。さらに、現在利用可能な技術を用いて耐性遺伝子選択の場所を、確か さを持って決定することはおそらくできそうにない。 耐性を計測するさまざまな方法とどの方法がもっとも正確かを巡って多くの討議がなされ た。これは抗菌剤耐性の表現型または遺伝子型を検出する方法を用いれば実施可能である。 病原菌と共生菌に関連して、表現型か遺伝子型かについての議論がかなり行われた。抗菌 剤耐性を計測する質問が病原菌についてであれば、計測は Kirby-Bauer または液体培地希 釈法のような発育阻止検査を用いる表現型によるべきである。National Committee for Clinical Laboratory Standards(NCCLS)標準が統一された選択であるが、表現型を計測す るために用いるべき特定の方法に関するコンセンサスはない。しかし、多くの動物病原菌 の抗菌剤耐性に対する NCCLS 標準はまだ設定されていない。 一部の抗菌剤耐性は、特定の抗菌剤耐性遺伝子にもとづくわけではなく、細菌を抗菌剤に 非感受性にする生理的変化によることが注目された。また、最小発育阻止濃度(Minimum Inhibitory Concentration; MIC)データの適切さと、もっと標準的な計測値は最小有効濃 度(Minimum Effective Concentration; MEC)ではないかについて討議された。このような 値は基本的に in vivo での使用と関連していて、臨床的治癒をもたらす濃度である。遺伝 子の貯蔵場所の役割を果たすことのある共生菌については、耐性遺伝子の表出は重要と考 えられない。これらの細菌は(少なくとも普通の哺乳動物生息環境では)病原性ではないか ら、抗菌剤耐性遺伝子を持っていても抗菌剤耐性を表出しないことがある。重要なことは これらの抗菌剤耐性遺伝子が伝達性かどうかである。さらに、(NCCLS のような)参照標準 がないと、耐性の表現型にはほとんど予測的価値はない。重要と考えられる遺伝子は、そ れが他の細菌に伝達されるかどうかである。したがって、共生細菌については、表現型の 計測よりも、特定の遺伝子を持つ能力が重要である。そのため、これらの細菌に“抗菌剤 耐性”という用語の定義は部分的に適用され得るが、抗菌剤耐性は、病原菌に対する治療 の結果に関連する時にだけ、臨床的重要性を持つ。 共生細菌が耐性遺伝子の貯蔵場所として働いている程度は不明である。哺乳動物の腸管内 共生菌の数は莫大であり(1014 と推定されている)、これは腸内には共生菌の方が病原菌よ りずっと多いことを意味する。この圧倒的な数の違いにもとづいて、研究会の参加者は共 生菌が耐性遺伝子の重要な貯蔵場所およびベクターとして働くこと、およびそれらの重要 さの程度を明らかにするためにさらに研究を行う必要があること(Salyers, 1995)で意見が 一致した。動物に存在する共生菌はきわめて多岐にわたり、多くの嫌気性菌は培養が困難 なので、われわれは特定の指標菌が貯蔵菌のポピュレーションを分析する有用な方法かも しれないことを示唆する。どの細菌が指標細菌として役に立つかという明快な定義は設定 されていない。ポピュレーション全体にもとづく分析は、特定の耐性遺伝子の貯蔵場所を 評価して、ある生息場所から地域社会の DNA について、抗菌剤耐性の播種に重要な特定 の抗菌剤耐性遺伝子または可動性遺伝子要素の存在を評価する最大の能力を提供するとし て提唱された。 抗菌剤耐性の起源の評価で最後に考慮することは、特定の選択環境を理解する必要性であ る。環境中および動物における抗菌剤耐性の真の選択因子は何か? 抗菌剤耐性遺伝子を コードしている多くのプラスミドおよびインテグロンは、選択因子にもなり得る重金属ま たは 4 級アンモニウム化合物に対する耐性もコードしている。たとえば、 Salmonella enterica Typhimurium DT104 の抗菌剤に対する耐性をコードしているインテグロンは複 雑で、5つの特定の抗菌剤耐性または 4 級アンモニウム化合物に対する耐性のどの1つで も、その他の関連抗菌剤耐性のために選択されることがある。抗菌剤およびその他の選択 物質による(水のような)環境汚染の役割は不明なままであり、抗菌剤耐性の選択的影響の 方程式に係数として加える必要がある。 耐性の伝達 抗菌剤耐性の出現は in vivo で発生することから、in vivo の性状の立場で説明される耐性 の伝達に関する研究が必要である。今日まで、抗菌剤耐性遺伝子伝達の研究の大多数は通 常、同じ属内の細菌を用いる実験室的設定で行われている。抗菌剤耐性遺伝子の伝達はさ まざまな共生菌を介して生じるらしいことから、属間伝達を証明する追加の試験が必要で ある。同様に重要なのは、動物の生息環境内の細菌の間の伝達についての研究である。こ れらの研究にはポピュレーションベースの方法を含めるべきである。主な質問はすでに存 在する大きな抗菌剤耐性遺伝子の貯蔵場所の影響と伝達を計測し、追跡する能力について である。たとえば、テトラサイクリンに対する耐性の遺伝子プールが十分確立され、広が っていて、伝達動態の計測を妨げることがある。 “標識”菌株、すなわち抗菌剤耐性遺伝子 のレポーター遺伝子を含む菌株をの使用がこれらの実験の実施に使用する不可欠なツール を提供するであろう。 自然に汚染のないポピュレーション、たとえば新生児または抗菌剤未使用の場所、を研究 に使用することは、抗菌剤使用の選択圧が導入される前の抗菌剤耐性遺伝子プールの大き さを明らかにするのに役立つ。これに関連するのは伝達とクローン選択を区別する能力で ある。この場合の特別の質問は遺伝子が伝達されるか、あるいは特定の病原菌が伝達され るかということである。われわれは両方の伝達法が起こっており、これらを区別する遺伝 的方法が耐性伝達の度合いを評価するのに重要であると考えている。 ポピュレーションにおける耐性を研究するために役立つ方法論的ツールはサーベイランス である。サーベイランスツールの開発、効果的なサーベイランス戦略の開発およびサーベ イランス調査に資金供給機構が、抗菌剤耐性の増加から生じる重要な要素と考えられる。 どんなサーベイランス調査でも、抗菌剤耐性のベースラインレベルの確立が必要である。 動物および環境に抗菌剤耐性菌の広範囲な分布があれば、ほとんどの抗菌剤のためのベー スラインデータは現在の状況の計測値を示すにすぎない。しかし、抗菌剤耐性をコントロ ールする強力な戦術を開発するには、抗菌剤耐性が明らかに増加しているのか、減少して いるのかを知るために、抗菌剤耐性値の変化を検出する能力が不可欠である。 リスクアナリシスモデルの開発と予防戦略の影響の計測はすぐれたサーベイランス方法に 依 存 し て い る 。 現 在 の 全 国 抗 菌 剤 耐 性 モ ニ タ リ ン グ シ ス テ ム (National Antibiotic Resistance Monitoring System; NARMS)計画は食品由来および動物の病原体のサーベイ ランスの重要な第一歩である。しかし、われわれはこの計画を“農場から食卓までの継続” の全体を含むように拡大し、また、より代表的なサンプルの採取を計画する必要がある。 さらに、このサーベイランスはもっと前向きのシステムを作る特別な点に焦点を当てた調 査と関連付ける必要がある。サーベイランス調査の資金供給は限られており、サーベイラ ンス計画は実施に本来、経費がかかるものであることが注目された。限られた資金供給は 疑いなく限られた調査をもたらす。したがって、NARMS プロジェクトを含めて、実施す るどんな調査でも、限られた資金で利用度の高い科学的に強固なデータをもたらす統計学 的に妥当で適切なサンプリング戦略が必要である。ある大きさがすべてのアプローチに合 うという理屈は、すべての抗菌剤耐性に適用できないことが注目され、これも調査の開発 を複雑化している。 研究会の討議において、抗菌剤耐性菌と遺伝子の伝達は動物とヒトの間で(直接接触または 間接的機序を介して)両方向に流れると仮定された。しかし、これが起こる程度は組織的に 調査されていない。伝達にはユニークな機序があり、これらの相違は各薬剤、細菌および 遺伝要素ごとに特異的であるらしい。 農業における抗菌剤の使用が病原菌の抗菌剤耐性の出現に及ぼす影響を評価するのに必要 不可欠の要素の 1 つは、定量的リスクアセスメントであることに全員の意見が一致した。 われわれは、政策決定に際して、よく設計された科学にもとづくリスクアセスメントを長 期的意思決定の基礎にすることを強く促す。われわれは、もっとも単純なリスクアセスメ ントの分析でさえ多くのデータ欠損に邪魔され、これらの欠損を埋めるための追加の研究 が必要なことを認めている。これらの欠損を埋めるために必要な時間と資金の量について 懸念する声があり、一部の抗菌剤の使用を制限するために“予防の原則”を適用すること が是認されるかもしれない。予防の原則は、農業における継続的な抗菌剤の使用がヒトに 危害を与える可能性があり、それが十分な激しさまたは程度であろうと考えられたら、完 全な科学的分析なしにその影響を制限する措置を行えることと説明される。必要な関係者 間の調整と必要なデータの連絡、ならびに彼らの間の協力の達成について懸念が表明され た。最後に、微生物学的リスクアセスメントに関するリスクアセスメントの方法はまだ揺 籃期にあり、さらなる調査、改善および専門知識が必要という認識があった。 使い方の変更による耐性の克服/調整 抗菌剤耐性を避けるもっとも確かな手段は抗菌剤を使わないことである。これはおそらく 実際的ではないが、特定の慎重使用ガイドラインの作成が必要である。しかし、すべての 動物種のすべてに1つで間に合うアプローチは不可能である。異なる動物種および使用目 的に用いる抗菌剤にもとづけば、どんなガイドラインも本来的に複雑になる。それでも、 その存在は必要であり、その影響が重要とされることがある。米国の農業における抗菌剤 使用の全般的な批判は、多くの抗菌剤が薬局で入手できることである。これは家畜の生産 者が処方なしに抗菌剤を使用できることを意味する。一般に獣医師は処方の決定ができる ように訓練されていると思われている。獣医師は、使用する抗菌剤とその適切な投与法に ついて、説明の上で意思決定をするための医学的および科学的専門性を持っている。われ われは獣医師がもっと頻繁に生産上の意思決定の相談に乗るべきであると考えるが、一方 でこれが生産者に経済的負荷をもたらすことも認識している。われわれはまた、獣医学の 専門家は賢明使用のガイドラインについて継続教育が必要なことも認識している。われわ れは抗菌剤耐性が出現する可能性を最小限にするのを助ける、もっと効果的な投与法を開 発できるかどうかを明らかにするために、追加の研究をすべきであると強く信じている。 動物における抗菌剤使用の制限が、抗菌剤耐性遺伝子の貯蔵場所の負荷を減らすか否かに ついて、かなりの討議があった。抗菌剤の使用が排除された場合に自然の実験で何が起こ るかを説明できるデータはほとんどない。スエーデンとデンマークからの結果は、特定の 使用法を制限または排除すると抗菌剤耐性遺伝子の保有率が下がることを示唆している。 しかし、これらの主張の大多数は予備的なものであり、組織的に調査する必要がある。使 用法の指針にはならないかもしれないが、コスト/ベネフィット比をいくらか考慮する必要 性が提案された。 細胞レベルでは、いくつかの in vitro 実験が抗菌剤耐性遺伝子の保有は細胞の健全性の減 退を伴うことを示している。しかし、この健全性の減退は細菌の突然変異を代償すること によって減らせるまたは排除させられる。抗菌剤耐性遺伝子を維持するために選択される 正確な条件は不明であり、複数の選択要因があり得るから、1 つの排除は必ずしも抗菌剤 耐性遺伝子をコードしている遺伝的要素を維持するための必要性を減じはしない。Smith, et al.(2002)は、Lipsitch, et al.(2002)が解釈し直して、抗菌剤耐性遺伝子が(動物で)一旦選 択されたら、それはその動物のポピュレーションにその後は抗菌剤が使われなくても、ヒ トに見出される細菌への伝達によって維持できると結論されるモデルを提案している。こ のモデルが、 “牛が牛舎から出てしまったら、扉を閉めても戻らない”と説明されるように、 妥当であり、すべての抗菌剤耐性遺伝子に当てはまるかを知ることが、何よりも大切であ る。この質問に対する解答が、獣医師社会、農業界および医学界で、抗菌剤(およびどの抗 菌剤)を農業使用から引き上げるべきかどうかを決定するための指針になる。 農業に使用する抗菌剤の多くは 1950 年代に開発された薬剤で、きわめて古いと考えられ る。しかし、これらの薬剤の多く(たとえばテトラサイクリン)は、明らかにいくつかの動 物種のいくつかの病原菌に抗菌剤としての良好な生物活性を維持しており、成長促進剤と しての機能を持ち続けている。これらが実際に良好な成長促進活性を持つか、これらがい かに働くかを明らかにするための研究を実施すべきである。広範囲、かつ大規模な抗菌剤 の使用をものともせずに、なぜこれらが作用するのかという質問がある。われわれは正し く薬剤による活性を計測していないのかもしれないという説明がある。たとえば、抗菌剤 が成長促進と結びつく他の性状を持っているのか? 古い薬剤に対して膨大な抗菌剤耐性遺伝子の貯蔵場所があるにもかかわらず、これらの薬 剤にいくらかの治療活性が残っていることが期待されよう。これは in vitro 感受性試験は 実際に in vivo 活性と相関するのかという質問をもたらす。なぜ一部の古い薬剤がまだ有 効かという、これらおよびその他の質問に対する解答は、われわれがある一定の特性を持 つ新抗菌剤を開発することを可能にし、われわれが現在の抗菌剤をどう使用すべきかの指 針を与えてくれるであろう。 成長促進および疾病予防の目的で抗菌剤を使用することが、畜産における抗菌剤使用パタ ーンの主な成分と思われている。抗菌剤のすべての使用が抗菌剤耐性の選択に蓄積効果を もたらすから、非治療目的で抗菌剤に依存することを減らせたとすれば、抗菌剤耐性の選 択圧を減らす影響を及ぼすであろう。われわれは新たな生菌剤およびワクチンを開発する 研究を優先するように強く勧告する。これらの製品に加えて、抗菌剤の必要性を減らし、 したがって抗菌剤耐性発現の可能性を減らす、収穫前管理手法を開発する必要がある。 耐性伝達の遮断 抗菌剤耐性伝達の削減はいくつかのレベルで考えられる。もっとも明白なのは特定耐性遺 伝子の伝達と獲得の防止である。これをいかに実施するかについては情報が非常に少ない。 実際に、共生菌を含めて、農場(またはその他の場)で伝達される抗菌剤耐性遺伝子の特定 の細菌源が分からなければ、この過程の遮断は経験的計測にもとづかざるを得ないであろ う。特定の抗菌剤耐性遺伝子の伝達は誘発可能な過程(たとえば、いくつかの遺伝子がテト ラサイクリンに対する耐性をコードする)であり、この場合は実際の抗菌剤が誘発剤になる。 しかし、この現象がいかに広がっているか、どの細菌ポピュレーションにかは不明である。 同種内および種と属を横断する抗菌剤耐性決定因子の伝達を理解することも重要である。 別のレベルで、動物とヒトのポピュレーション間および関連する生息環境の抗菌剤耐性菌 の伝達をいかに防ぐかという質問がある。また、抗菌剤耐性菌がヒトから動物に伝達され る程度、およびこのような伝達がヒト医療における抗菌剤使用の有効性に影響する程度を 明らかにすることも関連がある。これらの質問は抗菌剤耐性を減らす戦術的方法の作成に 重要な追加のデータ欠損を示す。 勧告 ■ 抗菌剤使用量のもっと正確な推定が必要である。これには標準化された要素の定義を 伴うデータ収集システムが必要になる。このシステムの開発は、現在の国際的システ ムの評価によって、ならびに薬局販売がデータの取得を一層難しくしている現状を考 慮することによって助けられるかもしれない。抗菌剤は処方によってのみ使用すべき であるという他の機関の示唆がある。より正確な使用量のデータは、適切に設計され、 科学にもとづく効果的な介入および緩和戦略を可能にする。 ■ 薬剤経済学の追加の研究が必要である。たとえば、抗菌剤使用のコストとベネフィッ トはどうか? 成長促進剤使用のコストとベネフィットはどうか? 抗菌剤使用の必 要性を減らすかもしれない代替管理または生産方式のコストはどうか? 抗菌剤使用 の結果についても経済的研究を行うべきである。たとえば、余分の死亡率、罹病率お よび治療から見た抗菌剤耐性のコストはどうか? ■ 抗菌剤耐性の防止、干渉、またはコントロール戦略の影響を評価するために適切な研 究調査を行うことが不可欠である。 ■ 賢明/慎重使用ガイドラインをエンドユーザーと獣医師にもっと広く配布する必要が ある。もっと先を予測しての啓蒙努力が必要である。啓蒙プログラムが成功すれば不 適切な抗菌剤使用が減り、抗菌剤耐性の可能性が減り、抗菌剤の寿命の延長を助ける。 これらのプログラムの影響を評価する研究が重要である。 ■ 遺伝子貯蔵場所がどこに発生し、維持され、あるいは増幅されているかを明らかにす ることが、とくに遺伝子の起源が見つかりそうもない時に、重要である。この研究デ ータは干渉またはコントロールに有用な仮説を提供する。 ■ 抗菌剤耐性を計測する基準、たとえば遺伝子型か表現型かについてコンセンサスが必 要である。耐性の計測を個々の病原菌について行うか、または共生菌についても行う かによる。 ■ 共生菌が貯蔵場所として果たす役割を、嫌気性菌を含めて、もっと研究する必要があ る。地域社会の貯蔵場所を調べる最大の能力を発揮させるためにポピュレーション全 体の分析が提唱される。 ■ 耐性を出現させる選択因子または選択圧をもっとよく理解する必要がある。環境の役 割は何か? ■ 耐性の in vivo における伝達、たとえば動物の生息場所にいる細菌間の伝達、につい て追加の研究が必要である。ポピュレーションベースのアプローチ、感受性ポピュレ ーション、マーカー菌株、またはレポーター遺伝子を含む菌株の使用が、実験的研究 に有用であろう。クローンによる伝達とその他のタイプの伝達を区別する必要がある。 ■ (NARMS を含めて)サーベイランスシステムが存在するが、サンプリングの戦略、資 金供給、および実験ツールの領域に改善が必要である。われわれはシステムが出現 する細菌、時間的傾向、および耐性に影響する多数の因子の相互作用の変化に対応す るように努力を続ける必要がある。 ■ 抗菌剤耐性の評価ならびに政策または意思決定のための情報提供に定量的リスクアセ スメントは必須の科学的ツールである。しかし、識別されたデータの欠如を埋めるこ とを可能にするため、および研究者とデータを調整するために新たなアプローチが必 要である。 ■ 獣医師は抗菌剤使用の意思決定にもっと関与する必要がある。生産者の財政的コスト が増加する可能性が認識されている。 ■ 成長促進剤使用の必要性を再評価する必要がある。これらはまだ奏効するか? まだ効くのか、どのように効くのか? ■ なぜ 以前の研究は 40 年以上も昔である。 抗菌剤の代替については、製品開発だけでなく、動物の生産および管理の方法も含め て、新たなアプローチが必要である。 ■ いくつかのレベル、すなわち、遺伝子、細菌およびヒトや動物のような大きなポピュ レーション間で、抗菌剤耐性の伝達をどう解釈するかについて研究する必要がある。 ■ すべての関係者は、この複雑な問題を解決するのを助けるために、防御的に“非難す る”姿勢を改め、協力的関係を造成する必要があるという点で意見が一致した。
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