解説:「In Vivo Imaging of Transport and Biocompatibility of Single

解説:「In Vivo Imaging of Transport and Biocompatibility of Single Silver Nanoparticles
in Early Development of Zebrafish Embryos ゼブラフィッシュ初期発生胚の In Vivo イメ
ージングで確認した単一銀ナノ粒子の輸送および生体適合性」を読む
産総研 RISS 篠原直秀
<はじめに>
この文書は,「ナノリスクネットパネル」による情報提供をより効果的にするために,本事業で対象とした以
下の論文について,産総研 RISS メンバーが解説を試みたものである.
Kerry J. Lee, Prakash D. Nallathamby, Lauren M. Browning, Christopher J. Osgood, Xiao-Hong Nancy Xu,
In Vivo Imaging of Transport and Biocompatibility of Single Silver Nanoparticles in Early Development of
Zebrafish Embryos, ACNANO 1(2), 133-143 (2007)
ナノリスクネットパネル Web ページの読者で,すぐには原文が入手できない方は,最初にこの文書に目を
通すことをお勧めしたい.
<対象論文の解説>
対象論文における著者らの主張は,以下のように整理できる.
アブストラクト
高純度で安定したナノ粒子を作成し,in vivoモデル(ゼブラフィッシュ胚)への単一銀ナノ粒子の輸送特
徴の確認をして,初期発生胚に対する影響を調査した.単一銀ナノ粒子(5~46 nm)は,絨毛膜孔管
(CPC)を通って輸送され胚を出入りし,ブラウン拡散(非能動輸送)を示す.ナノ粒子はCPCおよび胚内
の細胞塊の内部に捕集され,拡散が制限されることが観察された.どの発生段階でも,ゼブラフィッシュが
正常発生,変形,死亡のいずれであっても,個々の銀ナノ粒子は胚の内部に見られ,ゼブラフィッシュへ
の銀ナノ粒子の生体適合性/毒性/異常は,銀ナノ粒子に用量依存性があり,臨界濃度は0.19nMであっ
た.
序論
本研究は,in Vivo モデル(ゼブラフィッシュ胚)およびナノ材料 1 種(銀ナノ粒子)を対象として,ナノ材
料の胚への最初の侵入段階におけるナノ材料の in vivo 輸送機序および用量依存的生体適合性を集中
して検証し,ナノ材料の適用可能性を示すと共に,有害事象に対応することを目的とした.
試料および方法
銀ナノ粒子は次の方法で合成した.まず,氷冷溶液 3mM クエン酸ナトリウムおよび 10mM 水酸化ホウ
素ナトリウムを用いて 0.1mM 銀過塩素酸溶液を一夜撹拌しながら還元した.次に,溶液を 0.22 µm フィル
ターでろ過し,遠心法を用いて nanopure 水で 2 回洗浄して,ナノ粒子合成で使用した化学物質を除去し,
沈殿したナノ粒子を nanopure 水で再懸濁してから,胚と培養した.洗浄した銀ナノ粒子は nanopure 水中
で 1 ヵ月間安定度が高く(非凝集),全卵液中では実験全期間中(120 hpf)安定していた.ナノ粒子の濃
度,光学的特性および大きさの特徴を確認するには,UV-vis 分光器,暗視野単一ナノ粒子光学顕微鏡
および分光器(SNOMS)10-12,高分解能透過型電子顕微鏡(HR-TEM, FEI Tecnai G2 F30 FEG)ならび
に動的光散乱法(DLS, Nicomp 380ZLS)を使用した.また,単一銀ナノ粒子の光安定性を明らかにする
ために,電子増倍電荷結合素子装置(EMCCD)または SpectraPro-150(Roper Scientific)装備背面照射
型 CCD カメラを使用した.
野生型成体ゼブラフィッシュ(水生生態系)の保管,繁殖,収集法は既報に記載した.全卵液および胚
が各プレートに 2 個ずつあるようにしたウェルプレート内の胚の各発生段階を,4 倍対物レンズおよびデジ
タルカメラ搭載の倒立顕微鏡を使用して,明視野光学顕微鏡で直接画像化した.
0.19 nM ナノ粒子で任意時間(0-2 時間)培養した卵割段階(8~64 細胞段階)の生胚を,すぐに画像化
して胚内へのナノ粒子輸送状態を調べる試験と,DI 水を入れた自家製マイクロウェルに移してから,われ
われが開発した SNOMS を使用して実時間で胚内のナノ粒子の拡散および輸送を画像化する試験とに
用いた.
胚発生に対するナノ粒子の用量依存的な影響を検討するために,一連(0,0.04,0.06,0.07,0.08,
0.19,0.38,0.57,0.66,0.71 nM)の洗浄銀ナノ粒子溶液の希釈水を,120 hpf 間全卵液中で長時間卵割
段階(8 細胞)胚と培養した.24 個のウェルプレート中の胚を 28.5℃で培養して,室温で 24,48,72,96,
120hpf 目にデジタルカメラ搭載倒立顕微鏡で直接観察した.
処理済みゼブラフィッシュ組織内に進入したナノ粒子の特徴を確認するために,発生が完了した生存
ゼブラフィッシュを卵割段階(8 細胞)以降,任意のナノ粒子濃度(0.04 nM)で 120 hpf 間継続して培養し
た後,網膜,脳,心臓,鰓弓,尾,脊椎などの組織をミクロトームを使用した顕微鏡下で慎重に切開して,
薄層(厚さ 5μm 未満)の顕鏡用薄切片組織試料を準備し,組織中のナノ粒子の特徴を SNOMS を使用
して直接確認した.
結果と考察
合成した銀ナノ粒子は,平均直径が 11.6±3.5nm で球形をしていた.120 時間培養する前後の吸収ス
ペクトルで,ピーク波長 396~400nm における吸光度が 0.736 であることから,銀ナノ粒子が全卵液中
(1.2mM NaCl)で極めて安定している(凝集しない)ことが分かる.HR-TEM および DLS を使用して,全卵
液中で 120 時間培養する前後の銀ナノ粒子の大きさの特徴を検討したところ,ナノ粒子の直径は,平均
11.6±3.5nm で変わらなかった.さらに,SNOMS を用いた単一ナノ粒子の解像からも,ナノ粒子は全卵液
中で安定している(凝集しない)ことが確認された.
銀ナノ粒子と胚を培養し,単一ナノ粒子が卵割段階の胚内に拡散および輸送を直接観察した結果,銀
ナノ粒子は絨毛膜孔管(CPC)を通り絨毛間空に輸送されてから,胚内の集塊(ime)内に侵入していた.
また,拡散モデルを用いて検討した結果,絨毛層か胚内の集塊内部のいずれかの近くの絨毛間空内部
の単一銀ナノ粒子は,(非能動輸送の)単純ブラウン拡散を示し,その拡散率は(3×10-9 cm2/秒)と全卵
液中の拡散率(7.7×10-8 cm2/秒)の 26 分の 1 にも及ばなかった.このことから,単一銀ナノ粒子は,受動
拡散で絨毛間空内部に拡散し,絨毛間空の粘度は全卵液の粘度の約 26 倍であることが分かった.ナノ
粒子は絨毛膜層および胚内の集塊内部に入ろうと何度も試みるため,その拡散パターンが制限されてい
た.これは,ナノ粒子が絨毛膜孔管内に停留し,正常な拡散が抑制されていることを示唆するものであ
る.
単一ナノ粒子の絨毛間空への輸送状況を,カラーカメラを搭載した暗視野 SNOMS で記録した結果,
ナノ粒子の大半が,絨毛間空内に輸送され,そのうちいつくかが絨毛膜孔管に重なっていることが見られ
た.また、絨毛間空内の個々のナノ粒子の典型的な LSPR スペクトルから,ナノ粒子の大半が胚の内部で
凝集しないことが示された.単一ナノ粒子の大半が,凝集せず胚内に自由に拡散しているのに対し,いく
つかの単一ナノ粒子は長時間絨毛膜孔管に留まる.こうして閉じ込められたナノ粒子は核形成サイトの役
割を担い,侵入するナノ粒子と凝集してより大きな粒子となり,絨毛膜孔管が詰まり,胚輸送が妨害されて
いた.
長時間低濃度の銀ナノ粒子(0.08nM 未満)で処理した卵割段階(8 細胞)の胚が胚発生を,発生段階
が完了したゼブラフィッシュに埋没した銀ナノ粒子の特徴を SNOMS で確認した結果,これらの銀ナノ粒
子が正常発生したゼブラフィッシュの(網膜,脳,心臓,鰓弓,尾といった)複数の臓器中に存在している
ことが観察された.これは銀ナノ粒子が,低濃度(0.08nM 未満)では胚と生体適合性があることを示すも
のである.
卵割段階(8 細胞)の胚を様々な濃度の銀ナノ粒子(0~0.71nM)で長時間処理した試験結果から,銀
ナノ粒子の生体適合性も処理済みゼブラフィッシュの異常タイプも,銀ナノ粒子の用量に大きく依存して
いることが分かった.ナノ粒子濃度が低い(0.08nM 未満)ときは,観察された正常発生ゼブラフィッシュの
割合は,死亡または変形ゼブラフィッシュの割合よりも高い.ナノ粒子濃度が上昇すると,正常発生ゼブラ
フィッシュ数が低下し,死亡ゼブラフィッシュ数が上昇した.ナノ粒子濃度が 0.19nM を超えると,死亡およ
び変形ゼブラフィッシュだけが観察されることから,ゼブラフィッシュ胚の発生における銀ナノ粒子の臨界
濃度が 0.19nM であることが分かった.変形ゼブラフィッシュ数は,ナノ粒子濃度が 0.19nM に達すると最
大となり,その後ナノ粒子濃度が 0.19 から 0.71nM に上昇すると,死亡ゼブラフィッシュ数はさらに上昇し
た.
結論
これらの結果は,胚発生の特定の経路は銀ナノ粒子に用量依存的に反応していることを示唆しており,
このことからナノ粒子が胚の神経発生経路から独特の反応を誘発している可能性があると考えられる.本
試験では,ナノ粒子用量の微調整による次の 3 つの可能性を示している.(i)選択的に特定の経路を標
的として,特殊な表現型を作る.(ii)ゼブラフィッシュに選択的に特定の変異を発生させる.(iii)胚発生時
に生じる特定の障害に対する治療薬として役立てる.他の化学物質とは異なり,単一ナノ粒子は発生胚
および発生が終了したゼブラフィッシュの内部でナノメータ空間解像を使用して実時間で追跡・イメージ
化できるため,異常を引き起こす関連経路を解明する新しい方法である.
<おわりに>
上記の解説は,産総研 RISS メンバーによる独自の読解である.また,個々のパネリストは,本対象論文
の中でも,個別の箇所に焦点を当てている可能性もある.本対象論文に関心を持たれた読者は,個別に
原文に当たられることをお勧めする.