公共財政管理と日本の開発援助 - FASID 財団法人国際開発機構

Discussion Paper on
Development Assistance
No. 9
公共財政管理と日本の開発援助
林 薫
(文教大学国際学部)
2006年3月
公共財政管理と日本の開発援助*
Discussion Paper on Development Assistance No.9
2006 年 3 月
林
薫
文教大学
*本稿における円借款や技術協力などに関する情報は JBIC、JICA 等において公表されている資
料、データ、ウェブサイト等に基づき、その範囲内で記述している。なお本稿を作成にするにあ
たっては筆者が 2004 年 3 月まで所属した国際協力銀行(JBIC)の先輩、同僚各位のアドバイス、
さらに筆者が講師として参加した国際金融情報センターのラオス、カンボジア、東京でのセミナ
ーにおける途上国参加者との討論を反映している。さらに、2006 年 1 月にワシントンにおいて
PEFA、世銀とのヒアリングを行った。お世話になった関係各位のお礼を申し上げたい。特に以
下の方々には特別の謝意を表したい:坂野太一氏、尾崎隆夫氏、W.L.Dorotinsky 氏、N.Smithers
氏、T.K.Balakrishnan 氏、P.Bigart 氏、伊藤晋氏、原田徹也氏、(順不同)
公共財政管理と日本の開発援助
目次
1.はじめに ............................................................................................................................ 2
2.公共財政管理の世界的な動向 ........................................................................................... 4
2.1 公共財政管理とは何か ............................................................................................... 4
2.2 公共財政管理登場の背景............................................................................................ 6
2.3 公共財政管理の取り扱う範囲................................................................................... 10
2.4 公共財政管理の主要な方法 ...................................................................................... 14
2.5 最近の動向−初期の問題点の克服と PEFA の活動、情報と知識の蓄積 ................ 18
3.日本の開発援助と公共財政管理...................................................................................... 23
3.1 既往の研究・提言..................................................................................................... 23
3.2 日本の開発援助における取り組み ........................................................................... 25
3.3 日本の開発援助と公共財政管理............................................................................... 28
3.4 公共財政管理と円借款の活用................................................................................... 31
3.5 日本の貢献の可能性 ................................................................................................. 34
参考文献................................................................................................................................ 38
図 BOX
表-1 公共財政管理の構成要素.............................................................................................. 4
表-2 公共財政管理の手段のカバレッジ ............................................................................. 17
BOX-1 公共財政管理と公共支出管理.................................................................................. 5
BOX-2 Fungibility............................................................................................................... 7
BOX-3 援助の有効性向上のためのハイレベル・フォーラムにおける宣言...................... 10
BOX-4 コストリカバリーと Dual Budgeting ................................................................... 30
要
約
1.公共財政管理の手法は急速に進化しつつある。特に、ミレニアム開発目標(MDGs)
の達成に向け、以前は異なる概念として考えられてきた「信託リスク」と「開発
リスク」が不可分のものと考えられ、公共財政管理は単に予算管理上の手法の域
を超え、開発の成果達成のための主要な要素と考えられるようになっている。ま
た、援助協調の中で、さまざまな手段の統合と途上国オーナーシップ強化の二つ
の課題が同時に解決されつつある。
2. 援助協調は公共財政管理への最適なエントリーポイントであることから、日本も
援助協調への積極的な関与を深めていく中で公共財政管理へ積極的に対応し経験
を蓄積するとともに、プロジェクト借款の財政や開発政策・計画全体との調整や、
財政支援への積極的な対応を行っていくべきである。
3. 日本が世界に貢献できる項目を挙げるとすれば、これまで公共財政管理の中では
比較的弱い部分であった歳入面が有望であり、市民、企業、政府の三者の歳入(納
税面)の能力強化を目指すべきだろう。
1
1.はじめに
公共財政管理ないし公共支出管理の概念や用語に関する理解は日本の援助コミュニティ
ーの中で徐々に普及しつつあるものの、直接に援助協調や PRSP プロセスに係わっている
関係者を除けばまだ身近なものとは言いがたい。
公共財政管理に関しての日本における見方の一つは、それが財政支援型援助の一部であ
るというものである。それは、その発展の経緯から見て間違ってはいない。しかし、それ
が「着実にプロジェクトを行っていれば公共財政管理をそれほど深刻に考える必要性がな
い」という理解を生み出しているとすれば正しくない。他方で、日本において財政支援に
対し「資金の使途や効果が不明確になる」とする後ろ向きの考え方がいまだ多いとすれば、
それは財政支援と表裏一体になった公共財政管理への取り組みを看過していることによる
のではないかと思われる。
本稿では公共財政管理の基本的コンセプトと現在の世界的な取り組みを概括すると同時
に、日本の開発援助においてどのような取り組みを行うべきかについて若干の考察を行う
ものである。公共財政管理の正確な理解と知識の普及は、日本の援助関係者が、実務や政
策立案の現場において他ドナーと建設的な援助協調を行っていく上で不可欠と考えられる。
開発途上国における経済開発や社会開発は 1950 年代以降、もっぱら公共部門によって担
われ、開発協力もこれを支援することを第一義的な役割としてきた。もちろん 1990 年代前
半に民間資金がインフラ部門に大量に流入するようになるなどの変化もあったが、1997 年
のアジア経済危機を通じて、公共部門と民間部門の適切なパートナーシップの構築の重要
性が再認識されるに至っている。
「公共部門」が「何を」
「どのように効果的に」
「いかに最
小限のコストで」行うべきかという問いは開発および開発援助の歴史とともに古い。経済
計画の立案、計画立案官庁の組織強化、援助評価の発展、適正な手続き(特に調達)などは
1960 年代から積み上げられてきた公共部門を中心とした開発と運営能力強化の一連の努力
とそれに対する支援の成果である。財政に関しては 1970 年代より財政レビュー(Public
Expenditure Review)が世銀の支援(指導)の下に実施されるようになり、開発計画と財政の
整合性改善の取り組みも行われてきた。また、構造調整の中では財政赤字の削減など、財
政規律の確保が重視されてきた。
1990 年代、構造調整への一連の批判を踏まえた上で、実務、政策サイドからの要請とし
て、開発援助の成果の重視、政策やガバナンスの要素としての重要性、
「ファンジビリティ
2
ー(fungibility:流用可能性)」へ対処の必要性などが認識され、計画と財政における計画・
実施・評価のサイクル確立などのほかに、情報公開による透明性の確保、汚職防止なども
論点にふくまれてくるようになった。この取り組みの中で概念化され、実践的手法が確立
してきたのが「公共財政管理」(Public Financial Management:PFM)もしくは「公共支出
管理」(Public Expenditure Management:PEM)である。これには S. Allen、M. Holmes、
S. Siavo-Campo 等の世銀、アジア開発銀行などの専門家が理論化、体系化に大きな功績を
果たした。21 世紀に入ってからの PRSP の一種の「レジーム化」や「援助協調」は必然的
に開発途上国の計画・財政の整合性確保を要請するものであり、公共財政管理は援助協調
と一体化しつつある。
本稿は、公共財政管理の世界的動向を概観し、その変遷を踏まえつつ公共財政管理の概
念や現在の実施状況などを考察し、プロジェクト型の協力を主流とする日本の開発援助に
おいて公共財政管理をどのように位置づけていくか、財政支援にどのように取り組むか、
この分野で日本として世界に貢献できる項目や分野は何かなどについて考察するものであ
る。このペーパーの主要なメッセージとしては、日本の開発援助にとって援助協調は公共
財政管理への最適なエントリーポイントであること、公共財政管理への関与を深める中で
プロジェクト借款と財政や開発政策・計画全体との調整や、財政支援への積極的な対応を
行っていくべきこと、公共財政管理の見地から円借款を再評価すべきであること、および
基礎的な財政管理の分野、自治体などで進められている財政改革の経験、歳入面での当局、
企業、一般納税者も含めた能力の強化などが日本の貢献しうる分野であることなどである。
3
2.公共財政管理の世界的な動向
2.1 公共財政管理とは何か
公共財政管理は概念、手法とも生成発展し、開発の取り組みの重点シフトに連動してお
り、ある時点の静止状態でとらえることは難しい。そのため、経緯や背景の記述が不可欠
になるが、もし現時点(2006 年初)での断面で理解すれば、おおよそ以下のようになろう。
公共財政管理は最も広義においては公共部門全体の適切な管理手法の導入を意味する。
その主な構成要素は、財政収支をコントロールし適切な予算制約のもとに置くこと(規律あ
る財政)、その国の開発課題において最も重要な事項に優先度を与え予算を配分すること(効
率的な資源配分)、予算が確保された計画を、法令を遵守した上で、最も効率的に実施する
こと(能率的な事務事業、サービスの提供)の 3 つである1。
表-1 公共財政管理の構成要素
構成要素
規律ある財政
目標
具体的方法
・強い予算制約
・情報公開によるアカウンタビリティーの
・予算外資金の統制
確保
効率的な資源配分 ・プライオリティーに ・「中期支出計画(中期予算枠組=MTEF:
Medium Term Expenditure Framework」
基づいた予算配分
・政策選択の基礎とな
の策定
る客観的なクライテ ・政策目標の明確化と評価(事業評価、政策
評価)=成果(アウトカム)の把握
リアの設定
・ 評 価結果のフィードバック(予算の増分主
能率的な事務事業 ・予算執行の効率化
・サービスの提供 ・執行部門のマネジメ
義からの脱却、メリットベースの人事体系)
・活動基準別予算、発生主義会計などの導入
ントの自立と強化
・監査部門の強化
その指導原理は説明責任(accountability)、透明性 (transparency)、法の支配 (rule of
law)、 参加(participation)と認識されている2。これは、グッド・ガバナンスの指導原理と
共通しており、両者は表裏一体のものと理解されるべきものである3。
1
2
3
坂野太一、青木昌史(2000)、林(2000)など参照
Allen and others (2004)p.6
適切な公共財政管理はグッド・ガバナンス達成のための不可欠というスタンスを、たとえば ADB はかな
り初期からとっている。
4
公共財政管理は予算の準備、策定、執行、評価、フィードバックの全プロセスを対象に
している。援助関係者にとって「プロジェクト・サイクル4」のコンセプトはなじみの深い
ものであるが、それが公共部門全体に拡大されたものと考えればわかりやすい。また公共
財政管理が目的とするのは資金使途や手続きの適切さ、言い換えれば「Due Process=適正
手続き」もしくは「コンプライアンスの確保」のみならず、所期の「成果」の達成も含み、
政策評価の不可欠な一部分である。これを別の表現をすれば、公共財政管理の管理しよう
というリスクは「信託(fiduciary)リスク」と「開発(development)リスク」両方である。
「信
託リスク」とは開発援助による資金が、①当初の目的に沿って使用されない、②正確かつ
適時に報告がなされない、③成果が最小費用で達成されたことが示されないリスクのこと
である5。これに対して「開発リスク」とは開発成果が達成できないリスクのことである6。
BOX-1 公共財政管理と公共支出管理
現 在 、 世 界 の 援 助 機 関 等 に お い て は 公 共 財 政 管 理 (Public Financial
Management:PFM)とともに公共支出管理(Public Expenditure Management:
PEM)の二つが使われている。Allen and others(2004)は PFM の方を「よりダウ
ン・ストリームを扱うもの」として狭く定義しているが、実際には両者とも、歳入・
歳出予測、MTEF の策定、予算と政策の連携確保、予算の準備、現金管理と執行
状況モニタリング、内部監査、調達と資産管理、外部監査などの予算プロセスのア
ップ・ストリームからダウン・ストリームまでをカバレッジとしており、差を見出
すことができない。世銀では現在 PFM の方が幅広く使われているような印象を受
ける。日本語のニュアンスとしては公共財政管理の方が取り扱う範囲が広いような
印象を受け、また本稿で後に述べるように、歳入面での強化を今後改革アジェンダ
に含めていくという意味からも公共財政管理の方が適切であるように思われるの
で、本稿では公共財政管理で統一することとしたい。
4
5
6
Warren C. Baum, “The Project Cycle”, World Bank /IMF FINANCE AND DEVELOPMENT,
No.2.Vol.7, June 1970
世銀 Joint PRSP Training 2003 資料より
Allen and others (2004) pp.11-12
5
公共財政管理には「診断ツール」としての機能と「改革アジェンダ」としての機能があ
るが、MDGs の達成に向けて援助協調が進む中で、単なる「診断ツール」という機能はあ
まり意味を成さなくなってきている7。
最後に、公共財政管理は計画の財政と統一を目指すものであり、整合性ある開発、開発
援助を目指す場合にはあらゆる種類の調整、その過程で生み出された情報が統括されるべ
き「場」となるべきものである。
2.2 公共財政管理登場の背景
公共財政管理の生成・発展の歴史を辿ることは、その理解を容易にする。
公共財政管理への関心は決して新しいものではない。特にプロジェクトの内貨予算や維
持管理予算の確保の問題は途上国、ドナーとも古くから直面し頭を悩ましてきた問題であ
る。また、大型プロジェクトを実施することによる資金のクラウディング・アウトの問題
も注意が払われてきた。世銀は 1980 年代初頭より各国ごとの公共支出レビュー(Public
Expenditure Review:PER)を実施している。初期の PER は、公共投資レビュー(Public
Investment Review:PIR)から出発し、当初はセクター間あるいはセクター内の予算配分
や政府と地方政府、実施機関との予算関係などを重点としていた。また診断ツールとして
の性格が強く、勧告も「資金支出(disbursement)の促進」のようなものが中心であったとさ
れる8。
構造調整融資がピークを迎えた 1980 年代後半に、PER は融資オペレーションの中に組
み込まれ、その範囲も構造調整が主要な目的とするマクロ・バランスの確保や、改革の実
施のために、単なる診断ツールから、改革プログラムの策定、実施、モニタリングなどに
関する対話と情報生産のプラットフォームになっていく。1990 年代後半、特にアジア通貨・
金融危機は財政と金融のシステム全体の安定性、透明性、説明責任に関心を向ける契機と
なり、PER にもこれらの項目が加えられていく。
公共財政管理が 1990 年代の末に理論化され実践的な手段が開発されて行った背景には
以下のような状況の変化がある。
7
8
公共財政管理の診断に関しては途上国の負担も軽視できない。単に診断だけを行うということは現実的
にあまり考えられず、
「診断」の過程で突っ込んだ対話が行われるのが普通である。
Allen and others (2004)p.17
6
(1) 援助の効果と「流用可能性(fungibility)」への関心:1990 年代、西欧先進国を中心と
して「援助疲れ(aid fatigue)」といわれる援助の停滞、漸減が見られたことが、援助
の「効果」を明らかにすることへの要請を高めた。この中で徐々に関係者の中で認識
されていったのが「流用可能性(fungibility)」
、すなわち援助資金を提供しても、その
他の公共支出全体に関心を払わない場合には、単にそれは援助受け取り国の予算制約
を変化させるだけに終わるという可能性である9。この関心は 1990 年代に多くの世銀
借入国で Public Investment Program を実施することにつながっていくが、(2)に述
べるように開発予算とその他の予算の区別が重視されなくなると、全予算を対象にし
たレビューと支出計画の策定に重点が移っていった。
BOX-2 Fungibility
援助資金の”fungibility”を簡単に図示すると左のようにな
る。当初時点において資金援助が想定されているセクター
と「その他セクター」との間の公共資金、或いは開発予算
配分が点 X で表わされているとする。仮に A の金額が当該
セクターに援助資金として投入された場合、”fungibility”
が存在しない場合には、予算制約線がシフトし新しい公共
資金配分は X’で表わされる。すなわち、援助資金は全額
が当該セクターへの追加的資金配分となる。しかし被援助
国政府が仮に援助が無くとも自己資金で当該セク夕一に開
発投資を行う財政的な余裕を有している場合には、理論的
には”fungibility”が発生する可能性がある。その場合には予
算政策線上の別の点で(例えば Y’)で予算が配分される。
林(2000)より転載。
9
世銀(1998)1
7
(2) 予算に対する考え方の変化:1980 年代∼1990 年代の市場経済化・市場経済重視の流
れの中で、中央政府が統括してきた開発予算とそれ以外の予算を区別する意味が、そ
もそも「開発計画」を持つ必要があるかどうかも含め問われはじめた。計画支出と経
常支出を分割することの不都合は、両者の整合性の欠如や、その結果としての維持管
理予算の確保困難など従来問題視されてきた。これに加えて、DAC 開発戦略
(International Development Strategy)から MDGs へと貧困削減目標の明確化がなさ
れ、それに向けた希少資源の最適配分と効果的・効率的な執行が重大な関心事項にな
ってきた。PRSP の作成が HIPC 国、IDA 融資適用国などで本格的になり、ほとん
どの PRSP で公共財政管理に関する記述がなされ、特に MTEF が貧困削減目標の達
成と予算をつなげる不可欠なものとして重要な位置を占めるようになった。このよう
な過程で、貧困削減のための「サービスの供給」(Service Delivery)が重視されるよ
うになると、伝統的な計画予算(開発予算)と経常予算の区別はあまり意味をなさない
と考えられるようになってきた10。途上国において地方分権が進んでいることも公共
財政管理を不可欠にした。地方政府は財政基盤が弱く、適切な行政サービスの提供の
ために中央・地方政府間の関係を含めた全体的な支出管理が必須である。これら一連
の変化が公共財政管理の進化を促したと言える。
(3) 援助における政策パッケージの重要性の認識と財政支援へのシフト:(1)で述べた援
助の有効性への関心から、有効性の決定要因としての政策の重要性、すなわち援助を
効果的に行うために開発途上国の政策環境を良い方向へ変化させることの必要性が
重視されるようになった。世銀(1998)はこのような動きに決定的に大きな影響を与え
た。構造調整の時期にはコンディショナリティーを通じて政策改訂を促してきた。し
かし、これが途上国のオーナーシップを伴ったものではなく十分な効果を上げなかっ
たという反省から、途上国のオーナーシップをより高める方法として、財政支援が注
目されるようになって来る。財政支援は包括的に政策マトリクスを協議し、対応すべ
き優先課題について合意した上で、財政そのものを支援することにより、流用可能性
の問題や、開発予算・経常予算の 2 分の問題などに取り組みつつ、効果的な支援を目
指したものである。一方で財政支援の場合には信託リスクの管理や財政支出計画全体
に対するアカウンタビリティーが不可欠となる。このために公共財政管理の徹底が必
要となってきたのである。公共支出管理の手段が発展したが故に財政支援が行えるよ
うになってきたという関係も指摘することができる。
10
Allen and others (2004)p.4
8
(4) 援助協調の進展:上記(3)の政策重視の支援においては、国全体またはセクターごと
に途上国とドナーが共通の目標でパートナーとして協働することが必要で、援助を調
和化させ共通の目標に向けて「アラインメント」を確保することは必然的な要請とな
る。このために究極的な方法は、財政を通じて統一的な資金管理を行いつつ、政策マ
トリクスとリンクさせることである。また、これにあわせてアカウンタビリティーの
概念が、これまでの「援助機関が援助国国民に対する資金の適正・効果的な使用の説
明責任」を超えて、途上国政府自身も含め「開発途上国の国民に対して開発や貧困削
減の成果を問われる」という幅広いものとして理解されるようになり(相互アカウン
タビリティー)、公共財政管理はこのために目標を設定し、モニタリング情報を得る
不可欠なツール、さらにはガバナンス支援の中核的役割11を担うもとの考えられるよ
うになってきた。2005 年の 2 月 28 日から 3 月 2 日の間パリの OECD-DAC で開催
された援助の有効性向上のためのハイレベル・フォーラムにおける宣言12では公共財
政管理を大きな柱として取り上げ、以下の通り行動を促している。
11
12
Fozzard(2001)は公共財政管理を進めるうえで市民が基本的に動かす力となる(上からの制度改革だけで
は増分主義に陥り成功しない)ことを強調している。
Paris Declaration on Aid Effectiveness - Ownership - Harmonization, Alignment, Results and
Mutual Accountability.
9
BOX-3 援助の有効性向上のためのハイレベル・フォーラムにおける宣言
25.パートナー諸国(途上国)は以下とおりコミットする:
・国内資源の動員、財政的持続性の強化、公共部門および民間部門の投資を促す
ような環境の構築に努力する
・予算の執行に関する透明性が高く信頼できる報告を適時適切に公表する
・公共財政管理の改革のプロセスにリーダーシップを発揮する
26.ドナー諸国は以下のとおりコミットする:
・多年度にわたる枠組みにて信頼できる援助の予定額情報を途上国に提供し、途
上国と合意したスケジュールで適時かつ予測できる方法にて援助資金をディ
スバースする
・パートナー諸国(途上国)の透明性のある予算制度および監査システムを最大限
信頼する。
・パートナー諸国(途上国)とドナーは共同で以下のコミットを行う:
・公共財政管理において調和化された診断レビューとパフォーマンス評価のフレ
ームワークを実施する
(5) 汚職・不正の防止:調達の適正化や腐敗の防止などは各機関で独自の取り組みがなさ
れてきたが、これが大きな動きとなったのはアジアの通貨・金融危機(1997)以降であ
り、世銀が 1997 年、ADB が 1998 年と続々と反汚職(腐敗)ポリシーを確立してきて
いる。これはシステムの透明性に対する要請の高まりが背景にあり、後述の
IMF-ROSC も腐敗防止の観点を盛り込みつつ 1998 年から開始されている。現在では
汚職防止は公共財政管理の不可欠の項目と考えられている13。
2.3 公共財政管理の取り扱う範囲
公共財政管理は前述のように財政のアップ・ストリームからダウン・ストリームまでを
広くカバーしている。公共財政管理に関して日本国内で関心がもたれるようになったのは
2000 年代の初頭であり、たとえば坂野・青木(2000)、林(2000)、JBIC(2000)などの初期の
文献は、Schick(1998)、世銀(1998)などを主要なソースとしている。Schick(1998)は財政・
13
筆者の 2006 年1月の世銀、PEFA(後述)へのヒアリングによる。
10
予算の目標を、①規律ある財政、②戦略的な優先度に応じた資源配分(効果的な資源配分)、
③資源の効果的・効率的な利用(能率的な事務事業)の 3 点に整理したが、最近では③に関し
ては効率的なサービスの提供(Efficient Service Delivery)とする考え方も広がりつつある。
公共財政管理では活動基準別予算・発生主義会計の導入や監査部門の強化などの New
Public Management(NPM)的な制度的な改革が取り上げられることが多いが、決してこれ
だけに限定されるものではない。PRSP の「主流化」の状況を受けた国際協力事業団国際総
合研修所(2003)では財政支援やバスケット・ファンドなどの援助モダリティーや援助協調の
問題点、対処方法などを含めている。以下、公共財政管理として取り上げられ、チェック
項目とされている事項をカテゴリーごとに概観する。
2.3.1 制度・法・Constitution
国の基本的な構成(constitution=憲法)は公共財政管理を考える上で基本前提である。憲法
上の制約や国家組織の基本(単一国家・連邦制、大統領制・議院内閣制)、予算(財政)法、立
法、行政、司法の三権関係などである。憲法を改正することは多くの場合困難であるが、
それでも財政規律や財政権限に関することなどは可能な範囲で見ていかなければならない。
財政規律に関する法的規程、政府部局内(間)の財政関係や中央・地方間の財政関係などが重
要である。中央銀行の独立性をチェックリストに入れているケースもある。開発途上国の
中には地方政府に財政赤字の禁止や借入れ・起債の制限を課しているところが多いが、地
方分権が進む中で、地方政府に適切な財政措置が行われるかどうかに留意する必要がある。
また公企業に対する規制に留意する必要がある14。
2.3.2 歳出のプログラミングと予算策定
予算のカバーする範囲、歳出分析、予算策定などが主な内容である。予算がカバーする範
囲としては予算の分類(一般会計)と特別会計、予算外資金やある特定目的にイアマークされ
ている資金、政府保証等の偶発的債務、サービスに伴う料金徴収、公企業からの資金還流
のシステム(上納金など)がチェックを要する項目である。
特別会計のようなシステムはあるセクターの開発計画や特定プロジェクトの推進には便
利なことも多いが、現在の公共財政管理の考え方では、予算外資金は予算の統一性を損な
い、不透明な場合も多いことから好ましくないものとされている15。また、政府保証に関し
14
15
地方政府が借入れを制約されている下で、地方政府が公企業を設立して借入れ・起債による資金調達を
行うケースがある。1997 年の中国各省投資信託公司の破綻問題など注意を要する場合がある。
林(2000)p.60
11
ては PFI(BOO、BOT)などノン・リコース型のプロジェクトであっても、その経済的・社
会的役割の大きさから、実質的に公的部門が事業継続の責任を負わなければならない(too
big to fail)事例があることなども考慮すべきである。公共財政管理の立場からは、BOT タ
イプの事業は予算の統一性のみならず財政規律を逸脱し汚職のチャンスを増やすなどのリ
スクが高い方法として問題視する見方もある16。
歳出分析では、義務的、裁量的支出の区分、マクロ経済政策とのリンク、歳出の効果(貧
困削減への効果)、予算の実際の支出との乖離状況などをチェックする必要がある。
予算の準備での主要なチェック項目は、歳入の見通し、ドナー資金の受け取り、後年度負
担予測、中期支出計画(MTEF)、プログラムのコスト推定(積算)、プログラムの優先度とそ
の決定方法、資本支出予算と経常予算とその整合性や統合、評価からのフィードバックが
行われているかどうか、公聴会などを通じ予算策定への市民の参加が確保されているかど
うかなどである。MTEF は現在 PRSP 策定作業などで重要な位置を占めている。しかし、
MTEF が予算の全体をカバーしているのかその一部に過ぎないのかには十分注意する必要
がある17。また、資本支出(計画・開発)予算と経常予算の整合性の確保は、前述のように公
共財政管理における古典的命題である。単に施設(ハコモノ)を完成させるのみではなく、適
切なサービスを提供しそれによってアウトカムを得ることを重視する必要があるが、開発
途上国では計画部門(計画委員会等)が財政部門とは別に計画立案にあたるなど制度的に整
合性の確保が難しいケースが多い。具体的な改革メニューとしては予算のカテゴリーを統
一した「活動基準予算(Activity Based Budget:ABB)」が提案されている。
2.3.3 予算の執行
国庫、現金管理、支出モニタリングなどと調達や資産管理・監査が大きな項目である。前
者では国庫部門の組織・管理、現金の収入支出見込み、銀行取引、支出方法、現場予算管
理者の裁量の範囲、契約方法、帳票書類の様式や管理、未収金の回収、公務員俸給表の遵
守と管理、国庫と銀行のアカウント間整合性確保などを見ていく必要がある。調達管理で
は調達の規則や法律、調達部門の組織、調達の公開性・透明性、入札手続、種類や情報シ
ステム、調達に関する不服申し立てシステムなどである。
16
17
Allen and others (2004) p.34
タンザニアでは MTEF は全体予算の 1/3 を取り扱っているに過ぎない。JICA(2003)p.59
12
開発途上国においては現金管理が困難な国が多いと思われる。筆者のカンボジアにおける
ヒアリング18では資金管理が十分でないので、予算手当てはあっても実際のキャッシュが交
付されないという問題があった。公共財政管理では先進国の NPM に影響を受け発生主義会
計などの先進的な予算監理が提案されているが、基本的な現金や帳票の管理の徹底が先行
すべきことはいうまでもない。また、調達に関係する項目としては汚職の防止があり、最
近ではこれも公共財政管理の一項目として重視されている。前述の Paris Declaration on
Aid Effectiveness でも調達が重要な項目となっている19。
2.3.4 会計監査と報告
チェックすべき会計原則、政府の会計に関する情報システム、外部監査とその範囲、記録
の監理、債務と援助資金の管理などである。援助資金に関しては公共財政管理の見地から
オン・バジェット方式すなわち援助資金の出入りを予算の中で統一して管理する方法が推
奨される。カネには色はついていない(Money is Fungible)ことを考えれば、オン・バジェ
ット方式の援助資金は財政支援と紙一重である。日本の援助資金において円借款資金は概
ね被援助国によってオン・バジェット方式の資金管理がなされているが、JICA(2003)が指
摘するように、現物提供(in kind)の性格が強い技術協力などのオン・バジェット化は簡単で
はない。なお、バスケット・ファンドの問題との相違に注意しておきたい。バスケット・
ファンドはそれが予算とは別のシステムとして作られる限りは、一種の予算外資金となる。
バスケット・ファンドはあるセクターないし国全体の開発課題に対処するために特別の目
的を有していることと、既往の予算システムが弱体であるという事情は理解できるが、公
共財政管理の視点からは、予算の中に組み込み全体的な管理がなされるべきである。
2.3.5 今後の議論が待たれる項目
これまでの公共財政管理の議論の中では歳入面への言及が極めて少ない。これは当初「支
出管理」から出発したことに加えて、歳入面での議論は新税の導入など政治的な微妙な問
題に手を触れざるを得ないことから避けられているのではないかと思われる。しかし、十
分な歳入の確保は財政の基本であり、ガバナンスの重要な項目の一つである。どのような
形で現実的に所得税、付加価値税などの導入が可能かという視点から議論を深めていくべ
きである。
18
19
2003 年 12 月
具体的には、調達に関する標準的な診断と改革の実施、そのためのリソースの配分、ドナー側と途上国
の合意にて調達手続きを定めそれに依拠すべきことなどを謳っている。
13
2.4 公共財政管理の主要な方法
現在、国際機関・援助機関よって採用されている公共財政管理に関するモニタリング、
診断や評価の手段は以下の通りである。
2.4.1 世界銀行 PER
PER は、これまでのセクションでも何回か触れたが、開発途上国の財政支出の構成や規
模についての診断と勧告を目的に開始されたもので、四半世紀以上の歴史を有している。
1990 年代までの PER は、マクロの財政バランス、セクター間の資金配分、政府と公企業
の間の資金関係などを分析対象とし、資金使用の効率性などは対象とされず、優先セクタ
ーへの資金配分やディスバースメントの促進などが勧告の中心であった。公共財政管理が
関心事項となってきた 1990 年代後半以降、とくに公共政策のミスマネジメントが指摘され
たアジア通貨・金融危機以降、PER は予算システムの全体を分析対象にするようになって
きており、人材育成などの観点も加えられている。最近の注目すべき動きは途上国のオー
ナーシップを重視する見地から、途上国の主導による PER が行われるようになってきてい
ることである20。全般的には予算のアップ・ストリームに重点が置かれており、年間 20 カ
国から 25 カ国の PER が作成されている。
2.4.2 世 銀 国 別 財 政 ア カ ウ ン タ ビ リ テ ィ ー 評 価 (Country Financial Accountability
Assessment:CFAA)
世銀において公共部門の財務的管理とアカウンタビリティーを評価する主要な手段であ
り、信託リスクの管理を目的としている。1997 年に開始された Country
Profile of
Financial Accountability (CPFA)がスケールアップされたもので、年間 15∼20 カ国に対し
て実施され 2004 年度末時点で主要な世銀の借入国がカバーされている。PER が、マクロ
経済を含む財政のアップ・ストリームを取り扱うのに対し、CFAA は支出のモニタリング、
財務会計報告、内部的な予算のコントロール、内部外部の監査などのダウン・ストリーム
を扱うものとされてきたが、公共支出全体の信託リスクを評価するにあたっては予算の策
定プロセスに踏み込むことが必要あることから、アップ・ストリームも徐々に範囲に加え
られつつある。
20
タンザニアなど(Allen and others 2004)
14
以前はコーポレートガバナンスや民間部門のファイナンスの部門も対象に含まれていた21。
最近の CFAA は“Good Practice Principle”との参照、具体的には①予算プロセス全体が明確
なルールに則っているか、②予算は包括的か(予算外資金のコントロールはなされているか)、
③財政全体が貧困削減戦略をサポートしているか、④予算と実際の整合性は保たれている
か、⑤年度予算支出は適切になされているか、⑥政府調達の透明性が確保され費用対効果
(value for money)がチェックされているか、⑦支出に関する報告は適時適切か、⑧政府の
支出に対する独立の検査が行われているかなどを中心にアセスメントを行っている22。
2.4.3 世銀国別調達評価レビュー(Country Procurement Assessment Review:CPAR)23
CPAR は 1980 年代に開始されたもので、当初の目的は世銀借款の下における不適切な調
達のチェックである。調達の適正さの確保が公共財政管理における信託リスク管理の重要
項目と認識されるに従い重視されるようになってきている。調達の法的枠組み、調達部門
の組織、キャパシティー・ビルディングのシステム、手続き、意思決定・監督システム、
汚職防止のためのイニシアティブとプログラム、契約のマネジメント、不服申し立て手続
き等のチェックを通じて、適切な調達の確保と改善についての途上国との政策対話の基礎
として運用されている。毎年 20 カ国前後を対象にして CPAR が作成されている。
2.4.4 IMF による財務の透明性に関する基準・規範に関する監視報告(Reports on the
Observance of Standards and Codes of Fiscal Transparency:ROSC)24
ROSC は IMF によって 1998 年に開始されたもので、財政、金融、企業財務などの透明
性を IMF の基準(code and standards)からモニターしていこうというものである。途上国
のみならず、日本などの先進国も「監視」対象である。①制度や組織の役割、責任範囲、
②情報の公開、③予算の策定・編成、執行、報告の公開性、④制度としての統合性の 4 基
準をベースに、具体的にチェックする項目は、会計監査、資金洗浄とテロ資金支援規制
(AML/CFT)、銀行業の監督、コーポレートガバナンス、データの公開と普及、財政の透明
性、債務不履行と債権者の権利、保険業の監督、金融財政政策の透明性、支払いシステム、
証券市場の規制の 12 項目である。このうち資金洗浄とテロ資金に関しては 2002 年 11 月に
21
22
23
24
後述 IMF ROSC と重複することから順次 ROSC に移行しているものと思われる。
Ghana - Country financial accountability assessment, Vol. 1 of 1
http://info.worldbank.org/etools/docs/library/89262/Ta_0602/case%20study_ghana.doc (2006 年 1 月
9 日現在)
THE WORLD BANK/IFC/M.I.G.A. OFFICE MEMORANDUM
DATE: May 23, 2002 http://siteresources.worldbank.org/PROCUREMENT/Resources/cpar.pdf
(2005 年 9 月 12 日現在)
http://www.imf.org/external/np/rosc/rosc.asp (2005 年 9 月 12 日現在)
15
追加されたものである。各国ごとの ROSC の内容は IMF 協定第 4 条によるコンサルテーシ
ョンのバックグランドペーパーとして使用される。世銀の PER、CFAA、CPAR などとは
管理や監査などオーバーラップする部分もある。
2.4.5 世銀/IMF の(Public Expenditure Tracking Assessment and Action Plans for
Heavily Indebted Poor Countries:HIPC AAP)
HIPC スキームによる債務削減の決定を受けて世銀と IMF の共同で開始されたサーベイ
である。HIPC AAP の主要な関心事項は HIPC による債務削減によって得られた「追加的
な資金」が貧困削減に適切に活用されることである。資金の流れを追跡しモニターする途
上国側のキャパシティーを評価し、必要な場合にはキャパシティー・ビルディング活動へ
つなげている。具体的には予算の策定、執行、報告にわたる 15 項目のベンチマークが設定
されている。
2.4.6 EC Audit
その他
EC(European Commission)は 1992 年から援助資金の監査(Audit)を実施している。EC
の援助資金が適切に使用されたどうかの監査を出発点としていたが、EC による財政支援が
増大するにつれ、欧州議会(European Parliament)からの指摘もあり、援助資金の特に社会
セクターにおける貧困削減目標の達成状況、それを達成するための予算プロセス、モニタ
リング方法、監査、調達手続きなどのチェックが EC Audit の中に加えられてきている。
英国国際開発庁(Department for International Development:DFID)は独自に信託リス
クのアセスメントを行っている。主な目的は英国の援助資金が適切に使われているかどう
かであるが、「費用に対してもっとも価値の高いサービスが提供されているか(value for
money)」のチェックも含まれており、範囲は純粋の信託リスクには限られていない。英国
の場合には HIPC AAP などから得られた二次情報でアセスメントを行っている。このほか、
日本を含めた二国間援助機関等の会計監査の現地検査等まで含めれば、公共財政管理の手
段は枚挙に暇がないことになる。
16
2.4.7 各手段のカバレッジ
これら各種の手段はそれぞれ由来が異なるものであるが、2000 年以降それぞれのツール
が貧困削減と公共財政管理との関連で範囲を拡大するにおよび、かなり多くの部分で重複
が指摘されるようになった。Allen and others (2004)によればそれぞれのカバレッジは表-2
の通りである。
表-2 公共財政管理の手段のカバレッジ
PER
CFAA
CPAR
公共財政管理の法的枠組み
△
△
△
政府部局間の財政関係
○
△
政府と非政府主体との関係
△
政府の構造
△
△
予算のカバーする範囲
○
○
歳出分析
○
項目
Fiscal
HIPC
EC
ROSC
AAP
Audit
△
△
△
○
△
○
△
△
財政のフレームワークおよび支出プログラ
○
△
○
△
予算策定
○
○
△
△
国庫システム、現金管理、支出モニタリング
○
○
ミング
公共調達および国有資産管理
△
○
内部管理および監査
○
○
会計、報告、記帳
△
債務・援助資金
外部監査
△
○
△
△
○
△
△
△
△
△
△
△
△
△
○
△
○
△
△
△
人材、インセンティブ、人事管理
出所:Allen and others(2004)p.32
各種イニシアティブのカバレッジ
○=完全もしくは実質的なカバレッジあり
△=部分的もしくは控えめなカバレッジあり
空白=ほとんどあるいはまったくカバレッジなし
17
○
○
○
2.5 最近の動向−初期の問題点の克服と PEFA の活動、情報と知識の蓄積
2.5.1 初期の問題点の克服
公共財政管理のさまざまな手段が混在することは、まずは途上国にとって大きな負担と
なる。援助調和化の論点の一つである「さまざまな調査ミッションがバラバラに来て、同
じような質問状を投げ、途上国の関係者が振り回される」という問題は公共財政管理も無
縁ではない。本来、財政全体を把握して整合的な開発を実施するのが公共財政管理の目的・
意義であるから、このような状況は自己矛盾と言ってもよい。また援助機関・先進国側に
とってもリソースの浪費である。他方、歳入面の取り組み、特に徴税・税収の確保、歳入
の管理、あるいは評価とフィードバックなどについてはどの手段でも十分カバーしている
とは言いがたい25。公共財政管理のもう一つの問題点は、それがドナー主導(donor driven)
であり、途上国のオーナーシップが不足しているというものであった26。
これらの問題点は今、徐々に克服されつつある。それは援助協調の進展によるところが
大きく、協調のテーブルにつくことによって、関係者、特にドナー側が情報の共有と重複
の回避に努力を払うようになってきていることである。また、同時に援助協調の中で途上
国のオーナーシップが重視されるようになり、
「公共財政管理は途上国自身が主体的に実施
すべきものであり、ドナーはこれを支援すべき」という認識が共有され、初期のドナー主
導の問題点は解消されつつある。世銀は 2005 年に PER、CFAA、CPAR のそれぞれを、必
要な情報がどれかでカバーされているならば個別には融資判断の必要条件としないとの方
針変更を行った27。さらに、援助協調と MDGs の目標としての共有は初期にあった信託リ
スクと開発リスクの区分もそれほど重要でないものにしている。なぜなら、信託リスク(資
金の適正使用)の管理が適切になされなければ開発リスク(所期の開発効果達成)も管理でき
ないということが共通認識となりつつあるためである28。
公共財政管理の分野で協調が進み途上国のオーナーシップが高められてきている背景に
は、多国間による調整の努力の効果が大きい。なかでも重要な役割を果たしてきているの
が 、 OECD/DAC の PFM Joint Venture と 多 国 間 プ ロ グ ラ ム で あ る PEFA (Public
25
26
27
28
Allen and others (2004)p.47。筆者が公共支出管理に関連しラオス、カンボジア、中央アジアの政
策担当者と対話した経験でも、適切な公共財政管理の出発点は税収の確保であることを主張するものが
多い。
同 p.70
2006 年1月の筆者の世銀および PEFA におけるヒアリングによる。
2006 年1月の筆者の世銀および PEFA におけるヒアリングによる。
18
Expenditure and Financial Accountability)29である。
2.5.2 OECD/DAC の PFM Joint Venture30
OECD/DAC の PFM Joint Venture は DAC 主要国、世銀、PEFA、SPA:Strategic
Partnership with Africa などが中心になって途上国の主体的な公共財政管理の取り組みを
支援するために立ち上げられたもので、PFM パフォーマンス指標の開発と調和化、援助資
金の流れの改善、財政支援、会計(監査)の標準化などを分担しつつ取り組んできている。こ
の中で、特に PFM のパフォーマンス指標の開発をリードしているのが PEFA である。
2.5.3 PEFA
PEFA は 2001 年末から 2006 年 3 月までの約 4 年間、所要資金 5 百万ドルのプログラム
として、世銀(Development Grant Facility:DGF 経由)、EC、DFID のほか スイス、ノル
ウェイ、フランスの各国政府、IMF および SPA の共同で開始されたものである。その後追
加的資金を得て、2008 年 9 月まで 2 年半延長されている。事務局は世銀にあるが、世銀と
は別組織という取り扱いがなされている。PEFA の目標は途上国、ドナー双方の公共支出、
調達、アカウンタビリティーの診断能力向上と、現実的かつ実行可能な改革計画と人材育
成計画の立案と実施である。特に、途上国のオーナーシップの向上、途上国の取引費用(事
務・行政負担)の削減、援助調和化の推進、公共財政管理のパフォーマンス・モニタリング
を常に参照できるようにすること、信託リスクの適切な管理と開発成果の実現を重視して
いる。
具体的な活動としては、世銀、IMF などの既存の公共財政管理手段と密接に協力しつつ、
開発途上国における公共財政部門の改革の立案と実施、成果の評価手法の開発と情報の提
供、成果の公表と普及などを行っている。ウガンダ、マダガスカル、セネガルなどにおい
て PER、CFAA、CPAR などを総合的に実施するほか、ケニア、ルワンダ、フィジーなど
で中期計画案やアクションプランの策定・実施に取り組んでいるほか、最も重要な活動と
しては上記 OECD/DAC の Joint Venture の一員として公共財政管理のパフォーマンス評価
の基準作りに携わってきた。その成果が 2005 年 6 月に発表された”Public Financial
Management Performance Measurement Framework” (公共財政管理パフォーマンス評価
枠組:以下 PEFA パフォーマンス評価)である。
29
30
http://www.pefa.org/ (2006 年 1 月 9 日現在)
http://www.oecd.org/dataoecd/34/53/30457703.pdf (2006 年 1 月 9 日現在)
19
PEFA パフォーマンス評価においては次の 6 項目を公共財政管理で最も重視される事項
とし、それぞれに指標(括弧内)を置いている。
① 予算が現実的でかつ計画通り執行されているかどうか(総支出の予算・実績対比、支出
項目別の予算・実績対比、歳入の実績予算対比、政府支払履行遅滞額およびそのモニタ
リング)
② 予算(リスクを含む)の監督が包括的で情報公開が適切になされているかどうか(予算の
分類、予算書類上の情報の包括性、報告されない政府活動の程度、政府機関間の財政関
係の透明性、国有企業等の非政府公共部門の財政リスク監督、情報への国民のアクセス)
③ 予算と政策の整合性が確保されているかどうか(予算プロセスにおける規律と参加、計
画、支出計画、予算の多年度枠組みの有無)
④ 予算執行の統制がとれており予見可能性が確保されているかどうか(課税対象の透明性、
課税評価の効率性、徴税の効率性、着手済み事業への資金手当ての確実性、現金収支、
債務、保証などの管理の適切性、公務員俸給表の遵守、入札における競争入札と費用対
効果のチェック、資金の内部管理の有効性)
⑤ 会計と報告が適切になされているかどうか(適時適切な勘定突合せ、サービス提供部門
の資金収支当の情報が明確になっているかどうか、適時適切な単年度予算報告、適時適
切な公共部門の財務諸表の作成)
⑥ 外部により監査が適切に行われているかどうか(外部監査の範囲や性格、予算法の立法
部による精査、外部監査報告書の立法部による精査)
PEFA は開発途上国が公共財政管理を適切に実施するためにはドナー側のパートナーシ
ップも重要であるとして、ドナー側のパフォーマンス基準も設けている。具体的には①財
政支援の予見可能性(適時に支出されるかどうか)、②プロジェクトおよびプログラム支援に
係る情報が提供されているかどうか、③(調達や監査などで)途上国のシステムが最大限活用
されているかどうかである。
PEFA パフォーマンス評価はこのように、各種の手段で取り扱われている事項のうち最
も重要なものを選択し指標化することにより、途上国側にもそれほど大きな負担となるこ
となく、共通プラットフォームとしての機能を果たしうるものと思われる。レーティング
は 4 段階評価でおこなわれる。 2006 年に最初のレビューが行われる予定である。どの程
20
度、カントリーオーナーシップが確保されるかが一つの課題であろう。 PEFA は今後も公
共財政管理の調和化に向けて活動を継続していくものと期待される。
2.5.4 知識と情報の蓄積
従来からの PER に加え、CFAA、CPAR、ROSC その他の国別診断の実施、PRSP や HIPC
プロセスの中での公共財政管理への取り組みなどから、現在では多くの知識や情報が蓄積
されつつある。またそのような中から、Good Practice として共有すべき知識・情報も増加
してきている。
2002 年から実施された英国 Overseas Development Institute による一連の実証研究31は
開発途上国における公共財政管理の難しさを示している。まず、改革そのものを進めるに
あたっての政治的なコミットメントや官僚システム全体としてのやる気のなさが指摘され
ているケースがある(ガーナ)。改革を進める場合に、既得権益層の抵抗を押しのけるために
リーダーシップが必要なことは開発途上国に限らず先進国でも同様である32。また担当する
人材の育成も大きな課題である。地方分権にともない地方における人材育成が課題とされ
ているケースもある(タンザニア、ブルキナファソ)33。パフォーマンス予算の導入に関して
は、ブルキナファソではパイロット的ステージを経ずに性急にプログラム予算を導入した
ためにその実施が追いついていっていない。パフォーマンス指標による評価の難しさの問
題はどの国についても報告されているが、特にドナーと共同して指標を改善すべきこと(マ
リ、ブルキナファソ)、政策実施担当者への指標の周知徹底や顧客満足度の評価を加えるべ
きこと(マリ)などが指摘されている。
MTEF のカバレッジも問題とされている(タンザニア)。ドナー側に特に求められている
のは援助資金の多年度にわたるコミットメントを示すことであり(マリ、ブルキナファソ)、
これは中期的な政策目標を策定し中期予算をそれに対応させるために不可欠であるが、こ
のような指摘があることは、それだけ援助依存度が高いことを物語っている。監査や外部
チェック機関が弱体であることも、どの報告書でも指摘されている。カンボジアのケース
では監査や議会のチェック機能が表面的で弱いとされている。
OECD-DAC(2005)の総括と Good Practice 紹介、世銀(2004)1 の提言等は現時点での知
31
32
33
参考文献に掲げた Overseas Development Institute Working Papers 参照。
JBIC(2000)のパキシタン・パンジャブ州およびフィリピンに関するケーススタディーにおいても公共支
出管理を実施するにあたって政治的リーダーシップの重要性に着目している。
後述のように JBIC の評価報告書でも地方分権に伴う財政問題を指摘するケースが目立つ。
21
識を集大成したものである。それぞれの内容は極めて多岐にわたるものであるが、概ね次
の 3 点にまとめることができるであろう。
①公共財政管理の診断と改革立案、実施における途上国のオーナーシップの重要性
②整合性ある調和化された支援の必要性
③知識と情報の共有の必要性
公共財政管理の事例研究の蓄積は多くの知識と情報を生み出してきており、このような
地道な努力を高く評価すべきである。また、世銀の PER や CFAA なども継続して行われて
おり、公共財政管理の方法論が定着してきたことから、政策・援助の効果に関する情報が
次から次へと生み出されてきている。
「援助の有効性」の議論がより具体的な数値やデータ
として示されるようになり、MDGs の実現に向けて政策に適切にフィードバックされる素
地が形成されつつある。
22
3.日本の開発援助と公共財政管理
これまで日本で発表されている公共財政管理の文献には以下のようなものがある。
3.1 既往の研究・提言
3.1.1 2000 年の国際協力銀行研究所による研究・提言
日本における公共財政(支出)管理の研究および政策提言の嚆矢になったものは国際協力
銀行 JBIC のリサーチ・ペーパーJBIC(2000)(英文)およびここから派生した坂野・青木
(2000)、林(2000)などの文献である。JBIC(2000)および坂野・青木(2000)においてはフィリ
ピンおよびパキスタン・パンジャブ州における現地調査を含むケーススタディーや先進国
(特にオーストラリア・ニュージーランド)の比較研究を通じ、途上国においては初期条件に
合わせて優先度をつけるべきこと、キャパシティーの低い途上国においては「資源配分の
有効性」または「事務事業の能率性」のどちらかに優先度を置いて改革を進めることがよ
り持続的な開発につながることを指摘している。
林(2000)では開発援助において公共財政管理に取り組むに当たっての基本的な方向性と
して以下の 4 本の柱を指摘した。
① 従来の国別援助方針(戦略)ならびに国別経済セクター調査の一環として、途上国側
との政策対話において活用する。あるいは個別案件の準備、形成において公共財政
管理の視点を盛り込む。
② 案件の審査項目に加える。あるいは借款の実施方式に反映させる。
③ 公共財政管理をひとつのセクターとして、国別援助方針や国別経済セクター調査を
通じた相手国との政策対話を勘案しつつ、T/A、借款を供与する。
④ 公共財政管理に係る政策改訂条件をベースに、構造調整借款に準じ、ないしはその
一環として、財政支援の形で、各セクターを包括して支援を行う。
その上で、具体的な提案として、マクロ・セクターの包括的なフレームの下に MTEF
単年度予算 個別プレジェクトの強い連携を確保すべきこと、援助資金の管理においては、
公共財政管理の視点を重視し、可能であれば予算外資金やオフ・バジェット方式によるイ
アマークなどを介さずに内貨資金を確保する方途を目指すべきこと、公共財政管理そのも
のへの支援は直ちには困難であるが NPM の導入において関心の高い自治体レベルでの経
験を「自治体協力」として組み込み支援する方向を検討すべきこと、セクター全体に対する
23
支援をたとえばセクター借款などの形を通じ事業活動別予算の考え方に基づき進めていく
べきこと、途上国におけるパフォーマンス指標作りへの積極的協力を行うべきことなどを
提言した。
3.1.2 国際協力機構報告書「途上国における財政管理と援助−新たな援助の潮流と途上国の
改革」
国際協力機構 JICA(2003)は現在のところに日本語で参照可能な最も包括的な公共財政
管理に関する文献である。前述のように、この報告書は援助モダリティーとして財政支援
やバスケット・ファンド支援の要否・可否を重要なテーマとして論じているが、公共財政
管理の視点から JICA のスキームに関し、以下のいくつかの提言を行っている。
① 途上国の予算サイクルとの整合性の確保。要請主義に基づいて新規案件が要請され
採択される JICA 側のサイクルが長期間を要することから、途上国側で翌年度の当
該案件に関する予算計上が困難になっている状況を改善するために検討プロセスを
簡素化すべきこと、国別事業計画の策定を日本と途上国政府の共同作業とすべきこ
となどである。
② MTEF にあわせた資金提供額の提示。現状では一部の例外的な複数年度コミットメ
ントのケースはあるものの、制度的に(交換公文、口上書、プレッジ、合意議事録な
どの内容から)複数年度のコミットメントが難しいことが指摘されている。
③ 予算策定プロセスへの関与の必要性。無償資金協力の場合、内貨や維持管理費につ
いて途上国側から適切な確保を約束させてはいるが、競合する開発プロジェクトの
関係など全体の予算に対する関与が欠けていることが指摘されている。
④ 維持管理費の予算計上や現金管理の適正化によるプロジェクトの持続性の向上。こ
の場合、技術協力事業など現地業務費も含めて概ねオフ・バジェット方式で管理さ
れているところがネックとなっている。
また、バスケット・ファンド支援の可能性に関しては当時の「国際協力事業団法」で「出
資」とみなされる資金の利用方法が限られており、特定事業への利用を限定する形が唯一
可能なオプションとして示されている。さらに、技術協力にて公共財政管理に直接援助対
象として支援できる実現性が高い項目として歳入予測、帳簿管理、債務管理、徴税、現金
管理、分権と地方財政、コンピュータ・システム構築支援などが提案されている。
続く JICA(2004)ではガーナ、タンザニア、カンボジア、ベトナムなどのケーススタディ
ーを通じて、PRSP アプローチにおける公共財政出管理の問題点として①PRSP と予算の整
合性の弱さ、②PRSP で想定される政策実施に必要な資金の正確な積算が不十分なこと、③
24
予算編成、執行、報告の能力の弱さなどを指摘し、途上国の政策および予算の意思決定サ
イクルとドナーの支援タイミングを合わせていくこと、予算・政策担当官庁の能力向上、
MTEF のカバレッジの全面化などが課題として指摘されている。
3.1.3 石川論文
石川滋教授の論考(石川 2004)は開発理論から公共財政管理の位置づけを行ったものであ
る。同論考では「参加型貧困評価(PPA)」と「公共支出管理(PEM)」を結びつけ、前者から
明らかになってくる問題点はほとんどが公共投資ないし市場からの資金調達の問題であり、
希少な財政資源を管理することの重要性とのつながりが明らかにされている。そして、前
述の ODI によるアフリカの財政管理に関する文献やベトナムにおける市場経済化支援の経
験などから、政治機構の近代化改革を含む財政支出システムの制度・組織の改革が開発モ
デルの見地から不可欠のステップであることを示している。
3.2 日本の開発援助における取り組み
前節で述べたように、日本における公共財政管理・公共支出管理に関する調査研究は進
展しつつあるが、実務面でどの程度それが取り入れられているかを見てみたい。
3.2.1 技術協力分野
JICA の技術協力や無償のスキームは“In kind”としての性格、日本側における単年度予算
の拘束などの多くのハードルを有している。その中で最近では公共財政管理の専門家派遣
など積極的な取り組みがなされている。特に、重要な政策文書である「開発課題への取り
組み」34のなかで経済政策の項目の重点分野で公共財政管理をアジア経済・金融危機の再発
予防ともに重要な 2 本の柱として挙げている。前述の報告書の提言を実践に移す動きも既
にでてきており、タンザニア、ウガンダ等においては、MTEF において参照されるプロジ
ェクト予算額の情報提供を行い、その他の国においても同種の状況に対応する方策の検討
も行っている35。
また開発調査では、タンザニア財務省公共財政管理改革プログラム(PFMRP)コンポーネ
ント 4「国庫管理および会計」活動及び同コンポーネント担当の財務省会計局の業務に対し、
アクションプラン改訂や試験的な活動を実施しており、人的能力・組織機能向上策の提示
34
35
http://www.jica.go.jp/global/detail/economy.html (2006 年 1 月 9 日現在)
http://www.jica.go.jp/about/kansa/2003/02.html(2006 年 1 月 9 日現在)
25
を目指している36。このほかガーナなどへの公共財政管理の専門家の派遣も行われている。
1990 年代半ばより長期間にわたり実施されたベトナムに対する「市場経済化調査」は農
村開発、国有企業改革、貿易・産業政策など極めて多岐にわたるものであるが、財政改革
の分野においては歳入面に注目し、付加価値税(VAT)および法人所得税(BIT)に関する具体
的提言を行っている。これは OECD-DAC(2005)において、
「単に青写真の提示にとどまら
ずアジア諸国の経験から得られた具体的な提案を行い、ベトナム政府と日本側専門家が協
働することによりベトナム側のオーナーシップを強化しながら実施した事例」として紹介
されている37。
3.2.2 無償資金協力
日本はタンザニアに対し 2001 年度から債務救済無償資金により貧困削減財政支援
(PRBS)に参加しており、2004 年 3 月にはノン・プロジェクト無償(本体予算)にて 5 億円の
資金拠出を実施している。これは上記の PFMRP に対する協力に関連している。無償によ
る財政支援はまだ極めて少ないが、このように公共財政管理に対する支援とパッケージに
なって実現しているところに着目する必要がある38。
3.2.3 円借款分野 (円借款および関連調査)
公共財政(支出)管理に関して、借款事業としてコミットしたケースとして挙げられるのは
2004 年 12 月に借款協定が締結されたベトナムに対する世銀との協調融資による貧困削減
支援借款(PRSC)III39である。これは世界銀行の 1 億ドルのプログラム・ローンに 20 億円
の協調融資を行うもので、公共財政管理、具体的には大規模プロジェクトの選定過程の透
明化・効率化、投資予算と経常予算の整合性確保と維持管理費用の管理などを含む、貧困
削減に向けた総合的な政策パッケージを実施する内容となっている。この協調融資の実現
にあたっては、現地大使館、JBIC が世銀とともにベトナム政府との政策協議に積極的に参
加することによって、日本として関心ある課題40を政策マトリクスへ反映させることができ
た。
タンザニア公共財政管理能力向上支援 http://www.jica.go.jp/evaluation/before/2005/tan_01.html(2006
年 1 月 9 日現在)
37 OECD-DAC(2005)p.55
38 http://www.jica.go.jp/evaluation/before/2005/tan_01.html(2006 年 1 月 9 日現在)
39「第 3 次貧困削減支援借款」 期間 30 年うち据え置き 10 年、金利 1.3%
40 たとえばベトナムの投資環境改善のために 2003 年 12 月に日本政府と同国政府との間で合意した
「競争
力強化のための投資環境改善に関する日越共同イニシアティブ」
(日越共同イニシアティブ)の行動計画
など
36
26
円借款に関連した調査としてはガーナにおける「公共財政管理支援」に係る援助効果促
進調査が挙げられる。これはガーナが 2002 年 2 月に貧困削減戦略 (Ghana Poverty
Reduction Strategy:GPRS)を完成させたことを受けて、債務管理を特に重点とした公共
財政管理の改善を目的として実施されたものである。同国の大蔵省援助資金・債務管理部
門の強化、具体的には援助資金・債務に関する情報収集、債務持続性分析、マニュアル作
成、大蔵省・中央銀行・会計検査院間のネットワーク策定への提言、プロジェクトサイク
ルマネジメント手法を用いたワークショップの企画・実施等が主要な内容である41。この試
みは OECD-DAC(2005)において紹介され、
Good Practice としての取り扱いを受けている42。
2004 年度に実施されたマラウィにおける「公共財政管理支援に係る援助効果促進調査」
も挙げておきたい。日本政府の方針として HIPC スキームにて債務削減を行った途上国に
対しては新規借款の供与は当面行わないこととなっている。しかし債務削減によって生じ
た資金が貧困削減のために使用されること、またそのための政策が適切に予算に反映され
ることが重要である。このような見地から行われたこの調査は、MTEF の制度およびその
運用とも不完全との認識のもとに、2002 年 12 月に CFAA-Action Plan が策定され、各ド
ナーの協調と分担によって同プランを実施していくことが合意されたことを受けて、
「予算
策定の効率化・適正化」を中心に調査を行い、同国政府との政策対話の基礎とすることを
目的にしたものである43。
さらに、援助協調と調和化への取り組みの一環として、ベトナムにおいては、前述の
PRSCIII への協調融資にほかに、全ドナー横断的な協議の場である Partnership Group on
Aid Effectiveness(PGAE)を通じて、ベトナム政府、世界銀行、アジア開発銀行、AFD(フ
ランス)、KfW(ドイツ)と共同して、調達、公共財政管理、環境の各分野における調和化の
取り組み、具体的には国内入札書類の共通化や調達アセスメント報告書(CPAR)の共同レビ
ュー、公共財政管理分野におけるモニタリングや監査のための報告書や基準の共通化の検
討などが行われている。調達施行細則の調和化、国内競争入札の標準入札書類の共通化は
フィリピンにおいても行われている44。
現行の JBIC 海外経済協力業務実施方針(2005 年 4 月 1 日∼2008 年 3 月 31 日)では、公共
財政管理に関する全般的な取り組みに関する方針は盛り込まれていないが、同方針は基本
41
42
43
44
http://www.jbic.go.jp/autocontents/japanese/news/2003/000004/saf.htm (2006 年 1 月 9 日現在)
OECD-DAC(2005)p.61
http://www.jbic.go.jp/autocontents/japanese/saf/2004/000005/saf1.pdf (2006 年 1 月 9 日現在)
http://www.jbic.go.jp/japanese/oec/aid/ (2006 年 1 月 9 日現在)
27
的方向として開発成果重視の取り組み、重点分野として貧困削減への支援取り組みを掲げ
ており、今後公共財政管理への取り組みがスケールアップされていくことが期待される。
3.3 日本の開発援助と公共財政管理
3.3.1 モダリティーの議論と公共財政管理
公共財政管理は確かに財政支援を行う際の信託リスクの軽減への対処が発展の踏み板に
なっていることは確かである。しかし、公共財政管理は政策と支出の整合性を確保し計画
−実施−評価−計画のサイクルを完結し、成果の実現を図ることが第一義的な役割であり、
この点では財政支援であろうとプロジェクト支援であろうと本来不可欠なはずである。公共
財政管理を介して財政支援とプロジェクト支援の特質を理解すると次のようになろう45。
(1) 財政支援は途上国の開発政策・計画全体を対象にして政策マトリクスについて合意し、
支援することに大きな意義があるが、資金の適切な使用に関するリスク(信託リスク)
に対する適切な配慮が必要なことから、公共財政管理を導入することが不可欠になる。
(2) プ ロ ジ ェ ク ト 支 援 は 個 々 の 事 業 の 有 形 (tangible) の 結 果 は 把 握 し や す い が 、
fungibility の問題などからその事業が開発途上国の開発政策・計画全体の中で果たし
ている効果を把握することが容易ではない(開発リスク)。このことから、当該事業が
適切な政策・計画の一環として行われていることを確保するために、公共財政管理の
観点から財政全体と、その中での当該事業の位置づけを見ていく必要がある。
このように考えると、財政支援にとってもプロジェクト支援にとっても公共財政管理は
不可欠の手法である。筆者の観察するところでは、日本の援助実務家の間で「着実にプロ
ジェクトを行っていれば公共財政管理をそれほど深刻に考える必要性がない」という誤解
がまだある一方で、
「財政支援は資金の使途や効果が不明確になる」と後ろ向きの考え方が
根強いよう思われる。これは、一つには援助実務家がそのような考え方が妥当ではないこ
とにすでに気がついているとしても、たとえば会計検査やその他の監査・検査やマスコミ
をはじめとする世論が十分に理解していないことが大きな壁となっていると思われる。援
助の調和化においては会計検査の調和化もすでに議論が進められつつあることに留意すべ
きである。
45
荒川・若林(2005)などを参考にしている。
28
林(2000)でも強調したようにプロジェクト支援と財政援助は二者択一の関係ではない。財
政援助にしても日本の援助がそれとこれまで無関係であったわけではなく、3.4 で述べるよ
うに、特に円借款においては国際収支支援のノン・プロジェクト型借款の長い経験がある。
3.3.2 経常経費(リカレント・コスト)問題
プロジェクト支援において、公共財政管理と関係が深く、しかも実務的に大きな意味を
持っているのは経常経費(リカレント・コスト)の取り扱いである。JICA においても JBIC
においても、公共財政管理への関与が部分的なものにとどまっていることが生み出してい
る一つの問題が、プロジェクトの維持管理・運営予算への対処を、多くの場合プロジェク
トとしてスタンド・アローンで対処しなければならないことである。円借款の場合でも内
貨予算手当てや維持管理予算の確保に関してはプロジェクトの重要な審査事項として相手
国政府から約束をとりつけているが、他のプロジェクトも含めたセクター別の投資計画や
公共投資全体が政策対話とされている様子は、少なくとも公開されている資料からはうか
がい知ることはできない。事前評価資料からも計画投資予算と経常予算の整合性=Dual
Budgeting 問題に直接切り込んでいる様子は伺えない。
経常経費部分を支援対象としない伝統的な援助の考え方には十分理由がある46。経常予算
の場合、支援の打ち切りのタイミング=「出口」を設定することが難しいからである。他
方、投資と経常経費の双方の資金が必要なことはいかなるプロジェクトでも変わりはなく、
どちらを支援対象とするかはある意味で「決め」の問題である。世銀の場合には投資も経
常経費もいずれも支援対象として認めている。その場合、支援の基準となるのは財政と債
務の持続可能性に与える影響であり、世銀の援助が終了した後に途上国にて適切に資金が
手当てできるかどうかも判断基準とされている47。言い換えれば、維持管理段階の中長期に
わたって、当該プロジェクトから発生する費用の推計とそれに対応した実施可能な資金計
画が適切に立てられていれば経常経費部分に対する支援を行うことに大きな問題はないと
いう対応である。
「出口」を途上国と合意することができれば問題ないというスタンスと考
46
47
Sarraf(2005)p.3 によれば、Dual Budgeting の起源は 1930 年代の欧州諸国にあり、政府借入を投資に
限定する目的で導入された。途上国の場合には国連の SNA 統計、および IMF の
GFSM(Government Finance Statistics Manual)が政府の投資と消費を区分することを求めていること
がより直接的な理由である。
The World Bank Operational Manual: Operational Policy OP.6.00 April 2004
http://siteresources.worldbank.org/OPSMANUAL/Resources/06.00.OP.BankFinancing.pdf (2006
年 1 月9日現在) 筆者が実務を担当していた当時
(1990 年代)のカウンターパートの世銀担当者はこれ
を「プロジェクトによって新規に発生した経常費用を漸減ベースで支援する」(incremental recurrent
cost on declining basis)と表現していた。
29
えてよいだろう。公共支出管理におけるベースライン予算、MTEF があれば経常経費の必
要額と資金手当てについて前もって予想し準備することができる。Dual Budgeting の問題
は途上国の主導による改革プログラムの中での予算の統合48、活動基準予算(ABB)の導入な
どで対応すべきであるが、そこに至らなくてもセクター別の中期予算・資金計画をアプレ
イザルの項目に盛り込み、経常経費を条件付の支援対象としていく49ことで経常経費の不適
切な手当ての問題を緩和していくことができるものと考える50。
BOX-4 コストリカバリーと Dual Budgeting
円借款の事業評価報告書を読むと Dual Budgeting に起因する維持管理上の問題が
指摘されているケースはそれほど多くない。これは、円借款プロジェクトの場合、発
電所や港湾、高速道路、マストランジットなど料金収入が維持管理財源とされている
ものが多いためであり、このような場合には料金水準の問題や徴収漏れが問題になる
ことはあっても、開発予算と経常予算のシンクロナイゼーションが問題になる余地は
少ない。またプロジェクトが直接のコストリカバリーの資金源を生み出さないものも
多いが、住民の参加によって適切な管理がなされているケースも最近では多くなって
きている。結局のところ、料金収入か住民参加の要素を盛り込みにくい道路プロジェ
クトなどで維持管理予算の問題が指摘されるケースが多くなっている。
料金によるコストリカバリーや住民参加による事業の持続性向上等は、開発の持続
性を向上させる要素が予算の一元化だけではないことを示すものである。
3.3.3 エントリーポイントとしての援助協調
今後、日本の ODA において、実際のオペレーションとして公共財政管理を取り入れてい
くためにはどのようにすればよいだろうか。PER、CFAA、CPAR 等各種の手段がすでに出
48
49
50
予算の統合のみならず政府組織の統合までを必要とすることがあるので決して容易ではない。前掲
Sarraf(2005) p.9 以下参照。
多くのプロジェクトが直面するのは、プロジェクトが完成して本格的に稼動を開始する段階の「立ち上
がり資金」の確保である。プラント工事などではこの費用を投資に組み入れることもある。一般のプロ
ジェクトにおいては、クリティカル・パスを乗り越えるまでの間の限定をつけた上で支援対象としてい
くことが適切ではないかと考える。
道路などのプロジェクトにおいて日本の「道路特別会計」のような制度の設置で維持管理の問題がある
程度解決できると考える実務家も多い。しかし、公共財政管理の立場では予算の統一性を重視すること
からこの提案は支持することが難しい。事実、特別会計を作ってしまうと、その必要性が少なくなって
も廃止するのが難しいのは日本の経験からも明らかである。
30
揃い、その調整・統合が目指されている現在、日本として独自の診断ツールを開発し独自
に一次データの収集を行うというのは非現実である。前述のように公共財政管理は途上国
自身が主体的に実施すべきものであり、ドナーはこれを協調・調和して支援すべきという
方向で、オーナーシップと各種手段の調整・統合が図られている現在では、援助協調に積
極的に対応することが公共財政管理への最適なエントリーポイントであると思われる。事
実、前節で紹介したベトナム、タンザニア等のケースは援助協調に積極的に取り組む中で、
公共財政管理への関与を深め、さらには財政支援まで実現しており、ベストプラクティス
といえるのではないかと思われる。
3.4 公共財政管理と円借款の活用
3.4.1 公共財政管理の視点から見た円借款の特徴
日本の開発援助と公共財政管理を論ずる中で円借款の項を独立させるのは、それが公共
財政管理の見地からいくつかの特長をもっているからである51。
(1) オン・バジェット方式の資金管理:円借款の場合、例外はあるものの概ねオン・バジ
ェット方式による援助資金管理がなされている。これは歳入側に援助資金の受取額、
歳出側に資金の使用額を計上するもので、予算としての統一的な援助資金の管理が可
能になる。円借款の実際のディスバース方式は、信用状を使用する輸入資機材・役務
(外貨)の場合と実施機関の立替払いとなる国内で発生する費用(内貨分)の場合で違い
はあるが、基本的には借入国政府に払いこまれ当該国の予算と支出管理のシステムの
中で実施機関に移転される52。林(2000)で紹介しているが、インドのような大国の場
合には、中央政府から地方政府への計画資金移転の中で他の事業の資金とともに定期
的に送金されている。
「金に色はついていない (Money is Fungible) 」のであるから、
実質的には「使途がイアマークされた財政支援」に近い形態である。円借款は金額的
に大きな場合が大きく、マクロ経済に与えるインパクトもある。資金の流れを予算の
中で統一して管理することによりマクロ的な資金コントロールの下に置く必要性も
高い。このようなことから多くの借入国で円借款資金をオン・バジェット方式で管理
51
52
モダリティーの見地で荒川・若林(2005)は同様の議論を展開している。
たとえば途上国内部での転貸関係で滞ったり、個々のプロジェクトのキャッシュ・フローに問題が生じ
たりしていても、それは途上国政府としての円借款の債務に影響を及ぼすものではない。円借款は転貸
やプロジェクトのキャッシュ・フローを返済原資とは考えておらず、円借款を通じて達成される開発の
成果(=経済成長)が本質的な「返済原資」になっていると考えることができる。この意味でも、円借款
はその性格上、財政援助に近い。
31
している。
(2) 資金フローの予測可能性:円借款は予算の単年度主義による拘束は少ない。借款は複
数年にわたってコミットメントされており使用期間は通常 5 年から 7 年であり、事業
の進捗によって延長も可能である。ODA 予算としては日本の単年度予算の制約を免
れるものではなく、円借款を担当する JBIC への一般会計からの出資、財政投融資か
らの融資は単年度の予算であるが、各年度の予算は現在有効な借款協定(Loan
Agreement)から支出される多年度にわたる資金のディスバース予測額によって積算
される。円借款の資金フローは事業が順調に進む限りは予測可能性が高く、MTEF
に十分情報を提供できる仕組みとなっている。
(3) カントリーシステムの活用:円借款においては調達手続き、資金管理において借入国
のシステムが充分に活用されている。円借款の調達の場合は国際競争入札を原則とす
る JBIC の調達ガイドラインに則って借入国(実施機関)の責任でもって実施する原則
が確立している。ガイドラインに違反しない限り借入国側の制度が利用される。また、
ディスバース手続きにおいては、帳票書類などが極めて大量発生するような場合に、
途上国の会計検査機能を活用するような方法も導入されている。
(4) モダリティーの自由度:財政支援に関しても円借款の場合には自由度が大きい。まず、
法制上特段の制約は見られない53。円借款におけるノン・プロジェクト型支援には長
い経験がある。国際収支支援のために供与された商品借款においては多くの場合見返
り資金54が発生するが、これを開発目的のためにイアマークすることも行われてきた。
その用途は円借款プロジェクトの借入国政府負担分(内貨分)のほか、インドネシアへ
のセクタープログラム借款55に見られるように、セクター投資計画を対象としたケー
スもある。
53
54
55
国際協力銀行法第23条第2項第2号「開発途上地域の外国政府等その他の外務大臣が定める者に対し
て、その行う開発事業の実施に必要な資金又は当該地域の経済の安定に関する計画の達成に必要な資金
を貸し付けること。
」
政府が購入した輸入物資を国内市場で売却することによって政府が得る現地通貨資金。
借款資金を一般輸入決済に充当することで国際収支状況の改善に寄与するとともに、見返り資金の活用
で経済構造改革により影響を受ける社会的弱者層に対する支援を併せ行う。見返り資金の対象は教育、
保健衛生、社会福祉など OECF 年次報告(1998)。1987 年度から供与され 1999 年度、2000 年度は世界
銀行と協調融資で政策改革コンテンツを含む「ソーシャル・セーフティー・ネット借款」として供与さ
れた。
32
3.4.2 円借款固有の制約条件
円借款は以上のように公共財政管理に「なじみやすい」といえるが、その特性がフルに
活用されているとは言いがたい。第一の制約要因は、債務削減国に対しては新規の円借款
供与を行わないという日本政府の方針により、円借款ないしそれに付随したスキームの活
用の場が制約を受けていることである。この結果として、現在 PRSP のもと各国において
進められている公共財政改革に関与するチャンスが狭められている。そのような制約の中
では、前述のガーナやマラウィに対する支援は特筆すべきである。
第二に、上記の理由もあって、公共財政管理あるいは財政支援の展開にあわせたスキー
ムの修正や開発が遅れている。ノン・プロジェクト借款は 1980 年代後半から 90 年代初に
かけては世界銀行との協調融資による構造調整借款などを中心とし、また 1997 年のアジア
通貨危機に際してはアジア諸国を中心に供与されたが、公共財政管理が普及してきた 2000
年代以降にかえって協調融資のチャンスが少なくなり、前述のベトナムの PRSCIII などを
除けば活用の機会が十分に与えられていない。
3.4.3 今後の方向性:世銀 DPL との協調拡大
公共財政管理の分野で経験を積んでいくためには、まずはそのようなチャンスをつかむ
ことが先決である。公共財政管理に関しては世銀や他の二国間援助機関がフロントランナ
ーであることは否めない事実であり、とりあえずはこれらの機関とのコラボレーションを
通じて情報と経験を蓄積していくことがその後のステップを可能にすると思われる。既述
のように円借款は公共財政管理の見地からいくつかの特長を有しており、公共財政管理の
改善を通じた援助効果の向上、グローバルな貧困削減への取り組みに十分貢献できる潜在
的な可能性を有しており、活躍の場を設けることが重要である。
一つは公共財政管理の政策マトリクスを含む協調融資への参加である。ベトナムに対す
る世銀との PRSCIII 協調融資に関しては前述した。世銀は 2004 年 9 月にそれまでの世銀
の SAL、SECAL、PSAL、RIL などのクイック・ディスバースメント型スキームを統合す
る形で、公共財政を含む貧困削減計画政策パッケージ全体を支援対象とする
DPL(Development Policy Lending)を設定した56。DPL は国際収支のギャップと国内資金
ギャップの双方を同時に支援することを基本的な考え方とし、このための手段として財政
支援を行うものとしている。DPL は CAS(Country Assistance Strategy)に基づく政策・制
56
PRSP をサポートする PRSC は名称として残っているが制度としては DPL に統合されている。
33
度のアセスメントの評価に、途上国の政策へのコミットメントとオーナーシップ、制度、
能力向上努力などを考慮して供与される。当然、対外債務を含むマクロ経済のフレームワ
ークが妥当であることが前提となっている。公共財政管理のアセスメントは信託リスク管
理の重要項目とされている。
DPL はこれまでの調整融資の欠点を補正しつつ、公共財政管理の考え方を基礎に新たに
出発することを目指したスキームであるということができる。ただ、本当に調整融資の反
省が生かされているかどうかを見るのはこれからである。そのような留保を置きつつ、DPL
との協調融資は公共財政管理に係る情報の入手や政策対話の参加などでメリットが大きい
と思われる。事務的なディスバースメント手法としてはこれまでの調整融資の延長線上に
あり、1980 年代に多くの調整融資での実績がある円借款としては「慣れている」スキーム
のはずである。
3.4.4 適切な公共財政管理を前提とした債務削減国に対する円借款の再開
債務削減国に対しては新規の円借款供与を行わないとする現在の日本政府の方針は極め
てもっともなものであり、この方針そのものにコンテストするつもりはない。ただし、こ
の方針の「出口」を考えておく必要はあるだろう。一つの考え方は HIPC スキームにおい
て Completion Point に達した国々に対する再出発としての円借款再開である。多くの債務
削減国は経済政策やガバナンスの失敗から債務返済不能の事態に陥ったが、公共財政管理
はマクロ的な資金管理(財政規律:当然債務のサステナビリティーも含まれる)、資金の効率
的な使用、能率的な事務事業を包括しており、これが適切に行われればリスクは大きく軽
減される。上記 DPL での協調融資を行えば情報を世銀等とも共有することができる。もち
ろん、過去の構造調整融資の世銀との協調融資借款の多くが債務削減の対象となったこと
は言うまでもない。この反省を踏まえ、さらに、もし日本独自の付加価値を提供するとし
たら、
「東アジアの経済発展の経験、特に直接投資などの民間投資を発展のパワーとしてき
た経験を応用できないかどうか、そのための良好な投資環境をいかに構築していくか」に
ついての政策対話を行っていくことであろう。
3.5 日本の貢献の可能性
3.5.1 “Getting the basics right”
日本が公共財政管理に関与していく上での問題点は、主要な公共財政管理の手法、すな
わち中期予算の導入、現金主義会計から発生主義会計への転換、活動基準予算の導入、政
34
策評価結果の予算立案へのフィードバックなど NPM 系の脚光を浴びやすい新しい手法に
関しての国内での経験が、英国、米国、オーストラリア、ニュージーランドなどの「先進
国」に比べ不足しており、
「最先端」の経験を提供するのが難しいことである。この点は林
(2000)で指摘したが、その後の開発途上国における経験の蓄積で、問題はそのような新しい
手法の導入よりは、もっと基本的なところに問題があるケースが多いことが明らかになり
つつある。たとえば、予算額と実行額の大きな乖離や歳入計画を大幅に超えた予算の策定、
不適切な現金管理などの問題である。この点は早期から警鐘がならされており、まずは「ま
ず基本から正しくする(Getting the basics right)」ことが前提条件となる。
まず基本から正しく
・パフォーマンス/アウトカム予算を導入するまえに、それが求められるような環境
づくりを行うこと
・歳出を管理する前に歳入の管理を行うこと
・発生主義を導入する前にまずは現金管理を適正に行うこと
・アカウンタビリティーを導入する前に外部のコントロール(注:外部監査など)を確
立すること
・統合的な財政管理システムを導入する前に信頼できる会計システムを運用すること
・予算による成果を云々するまえに、まずは予算に定められたとおりに執行すること
・公共部門においてパフォーマンス契約を導入する前に、市場における取引に係る(
公共部門と民間の間の)契約を遵守すること
・パフォーマンス監査を行う前に十分な財務監査を行うこと
・管理者の裁量による資金の効率的な使用を議論する前に予算を当初予定通りに(予
見可能なように)確実に執行すること
出所:世銀(1998)
したがって、日本が今後公共財政管理への支援に取り組むに際しては、むやみに新手法
を導入するよりは「基本から正しく」する面で貢献する余地が大きいと思われる。具体的
には適切な予算見積もりの精度向上(Costing)、予算執行の管理、現金管理などの分野が挙
げられる。
35
3.5.2 途上国オーナーシップと調和化への配慮
公共財政管理の実施においては途上国側の主体的な改革への取り組みと実行能力が欠か
せない。公共財政管理はこれまで日本が重視してきた自助努力とオーナーシップと矛盾対
立するものではなく、むしろ促進するものである。これまでの本稿の説明からも、公共財
政管理は財政支援と同一ではなく、財政支援とプロジェクト支援の間のギャップを埋め統
合的な成果重視のアプローチを可能にするものである。今後、公共財政管理の要素を援助
に取り入れていくためには、途上国のオーナーシップを尊重し、援助協調に積極的に対応
していくべきである。特に指標および診断ツールの使用にあたっては、日本独自のものを
採用することは途上国に対し過大な負担を与えることになる。
基本は世銀の PER や CFAA、
PEFA パフォーマンス評価などを参考にし、途上国へのアドバイスについても共同歩調をと
ることとしつつ、意見の相違は途上国とマルチドナーの協調の場で主張・調整していくべ
きであると考える。この点で PEFA のような国際的なイニシアティブが今後も継続される
場合には、知的支援、資金支援の双方における参加と協力を考えるべきである57。
また ODI の調査によって明らかになっているように公共財政管理のネックの一つはキャ
パシティー不足であり、これまで日本が行ってきた人材育成支援が今後とも果たしていく
べき役割は大きいものと考える。
3.5.3 日本の改革経験
上記、3.5.1 にて、日本には最先端の NPM に属する手法が不足していると書いたが、政
策評価の導入は進められつつある。
自治体レベルでも行政評価や PFI の導入は進んでおり、
発生主義・バランスシートなどの企業会計的手法の導入あるいはその検討も進められつつ
ある58。このような中で三重県のケースなどが先進事例としてとりあげられることが多い。
今後、地方財政改革の中で、改革の経験が積み重ねられることにより、途上国に提供でき
る経験は増加していくことが期待される。現在、自治体による協力は各分野で進展してお
り、この一環で対応していくことが可能になるであろう。
57
58
但し、PEFA に関する限りは現時点ではドナー拡大の計画はないとのこと。但し将来の可能性まで否定
するものではない(2006 年 1 月、筆者の PEFA に対するヒアリングによる。)
総合研究開発機構(2003)によれば 2001 年の時点でもすでに行政評価、企業会計的手法に関しては4割
近い自治体で導入済みか試行中である。
36
3.5.4 歳入面への目配り
Allen and others (2004)で、各種の診断ツールの歳入面でのカバレッジが不足しているこ
とが指摘されていることは見てきた通りである。歳入面においては特に日本は長年にわた
り源泉徴収制度と申告納税制度の組み合わせや青色申告制度など企業や市民も含めた全体
的な社会的能力を発展させてきた。勿論、源泉徴収制度などは現在では多くの問題点も指
摘されるところであるが、日本の経済発展の過程で安定した税収の確保に果たした役割は
大きい。青色申告制度は不動産所得、事業所得、山林所得などに適用されている制度であ
るが、特に開発途上国との関係では事業所得との関連が深い。開発途上国では一般に民間
事業者の記帳の習慣が普及しておらず、これが事業の捕捉やそれをベースにした安定した
税収の確保を難しくしている。青色申告制度は正規の簿記の原則(複式簿記)により記帳した
場合に税額の控除が受けられる制度である。また青色申告会が組織され講習会、研修など
の指導のほか経営相談、税制改正への要望とりまとめ、福利厚生なども行っている。イン
センティブを活用した社会的能力向上、市民参加などの点で、日本が世界にノウハウを提
供できる経験ではないかと考える。
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