離婚調停ケース(作成:久保田隆) 1.紛争事案(文字ボードを見せながら

離婚調停ケース(作成:久保田隆)
1.紛争事案(文字ボードを見せながらナレーション)
山田学(40 歳:会社員、年収 700 万円、東京都出身)は、新潟在住の田中慶子(35 歳:
結婚するまで会社員<年収 400 万円>・現専業主婦<但し、失業給付金受給中>、新潟県
出身)とお見合い結婚し、東京のアパートで生活を開始した。しかし、当初より不仲で 1
ヵ月後に学が慶子に離婚を申し入れた。
学によれば、学が仕事から夜遅く帰宅すると慶子が一方的に学を攻め立て、そのヒステリ
ー振りは受忍限度を超えているので一刻も早く離婚して心の平安を得たいという。一方、
慶子は、学の仕事が忙しいことで自分をあまり構ってもらえず、仕事を辞めて見知らぬ東
京で専業主婦をしている自分に対するケアが不足しており、大いに不満だという。
この間、慶子は妊娠したが、学の意向を無視して東京ではなく実家のある新潟の病院にか
かり、学に詳細を教えない。学は慶子から聞きだした範囲から胎児の発育が早すぎると判
断、「自分の子ではない」との疑念を抱いた。そこで、慶子に中絶を要求、もし出産した場
合は DNA 鑑定を行うと伝えた。これを暴言だとして慶子とその実母が激怒し、東京と新潟
に分かれて別居の睨み合いが結婚後 1 ヶ月半から現在に至るまで続いている。
別居中の結婚 3 ヵ月後、慶子から学に対し、以下のような手紙が届いた。
「私は離婚は絶対しません。学の中絶要求を受け入れて泣く泣く中絶しました。私は深く
傷ついたので、もし離婚するならば、慰謝料を最低 1000 万円は要求します。加えて、別居
中の私の生活費として、今から毎月 20 万円の婚姻費用を私の銀行口座(いろは銀行普通預
金 XXYYZZ)に振り込んで下さい。資産をお持ちの貴方なら支払えるはずです。また、学
が新潟家庭裁判所の家事調停を申し立てるならば話合いに応じますが、私の住民票をまだ
残している東京家庭裁判所に申し立てても呼出しには応じませんからそのつもりで。」
この結果、別居半年後から新潟家庭裁判所における家事調停が始まった。争点は離婚す
るか否か、離婚の解決金を支払うとすればいくらか、である。
2.双方の思惑(学役と慶子役が各々しゃべる)
(1)山田学の場合
慶子は全く信頼できないし、あのヒステリーには本当に参ったので一刻も早く別れたい。
愛情も未練も全くない。相手が離婚に応じなければ最後は裁判をしてでも別れてやる。別
居 5 年程度で法定離婚事由を認めた裁判例もあるし、破綻主義に基づけば既に夫婦関係が
破綻しているからより短期間でも勝ち目はある。そうさ、早く別れるに越したことはない
けれど、しばらく独身も悪くないし、たとえ 50 歳になっても良い再婚相手を見つける自信
はあるぜ。一方、私には結婚前からの貯金が 4000 万円ほどあるし、もともとあまり金を浪
費しない上、財テクはお手のものだから、嫌な慶子と別れるための手切れ金として 1000 万
円支払っても別に困りはしないさ。でも、離婚って本当に精神的に疲れるよなぁ。常識的
に考えて、本件は 1 年以内に解決金 200~300 万円で解決できるケースじゃないかな。
(2)田中慶子の場合
なかなか結婚できず、お見合いでやっと結婚できたのに簡単に離婚なんかしたくない。
でも、別居が長引くと裁判離婚に至るリスクもあるし、再婚・出産を視野に入れるなら、
慰謝料を取れるだけ取って早めに再出発したい。学に愛情はないけれど憎しみは強く抱い
ている。中絶をネタにか弱い女を演じて、小金持ちの学から取れるだけ多くの金額を巻き
上げてやるわ。加えて、慰謝料吊上げのために「離婚はしない」って言い張ろうと思うの。
学は裁判してでも離婚する覚悟のようだけれど、私はなるべく調停で有利に解決したい。
裁判になると痛い腹も探られかねないし、弁護士費用もかかるから。調停を長引かせて新
潟家庭裁判所に学を何度も呼び出すのも学に対する嫌がらせとして丁度良いわね。これは
内緒だけれど、胎児は学の子か、結婚直前まで関係を持っていた上司の子か、自分でも分
からない。でも、学が DNA 鑑定なんていうからやばいので証拠隠滅したの。
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3.悪い交渉例:その1(学役が話した後、ナレーション)
慶子からの手紙を見た学は、はじめはぞっとしたが、その後少し安心した。別居 5 年程
度で裁判離婚が可能だとすれば、1000 万円をすぐ支払うか、
毎月 20 万円で 5 年間合計 1000
万円程度支払うか、で別れられるわけね。まあ、ちょっと懐が痛いけれど支払えないもの
ではないし、慶子とは一刻も早く縁を切りたいから調停開始前にすぐ支払っちゃえ。
×:かなり危険な誤りです。
信頼関係のない相手に過度な譲歩は厳禁です。相手方の過大な要求を簡単に受け入れた
場合、相手方は離婚要求に取り合わなくなるケースが現実には多く、むしろ「それほど離
婚したいならば離婚を絶対阻止してやる」と嫌がらせに走り、婚姻費用を永久に貰い続け
ようとしたり、慰謝料金額要求を急に吊り上げてきます。そこで、立場型交渉ではなく「原
則立脚型交渉」、すなわち法律を元に対策を考えてみましょう。
まず、同居期間 6 ヶ月未満の場合の慰謝料は軽度の過失の場合で 100 万円、中度で 200
万円、重度で 300 万円が相場です。また、性格の不一致の場合は慰謝料が発生しません。
従って、今回の同居期間 1 ヶ月という事案の元では、どれほど中絶要求を重く見積もって
も高々100~200 万円でしょう。また、中絶を実行するのは学ではなく慶子本人ですので、
中絶を単に要求した事実だけでは不法行為は成立しません。ですので、慶子のいう 1000 万
円の要求に根拠はなく、金額交渉の余地が大いにあります。次に、婚姻費用ですが、別居
中は(制度の是非はともあれ)収入の多い者が少ない者に支払う義務がありますが、相互
の年収によって相場が決まっており、年収 700 万円の方は相手方が無収入ならば毎月 8-10
万円程度です(相手方に収入があればさらに低下)。また、通説によれば、婚姻費用は請求
時から債務が発生しますので、婚姻費用の適正な請求があるまで支払う必要がありません。
結局、法を原則とし、「支払を猶予する」ことが学にとっての交渉材料になります。
4.悪い交渉例:その2(慶子が話した後、ナレーション)
家事調停の席に着いた慶子は、内心ほくそえんだ。調停は裁判と違って証拠が問われる
わけではないし、「学が如何にひどい夫か」について涙、涙で語ってやろう。へへへ、学の
奴、ざまぁみろ。多少の嘘もたくさんでっち上げて調停委員を丸め込んじゃえ。
×:かなり危険な誤りです。
離婚紛争ではどうしても感情的対立が拭えない傾向にありますが、それでもこの場面で
は人と問題を切り離した方が得策です。慶子の思惑に従って、「学が如何にひどい夫か」に
ついて人格批判を含めて説得的に訴えたとします。すると今度は、「それだけひどい相手な
のに何故、あなたは離婚したくないのですか?」と調停委員から切替されてしまい、慶子
の「離婚しない」という主張が崩れてしまいます。また、公の場で嘘をつくことが、後に
反証を呈示されるなどして大変リスクの高い行動であることは言うまでもありません。
5.その後の顛末(ナレーション)
慶子は半年間粘りに粘った。その結果、離婚には双方とも合意したが、慰謝料金額で合
意に至らず、調停不調となった。学は弁護士を雇って直ちに提訴し、慰謝料金額を巡って
争う姿勢を見せたところ、裁判上の和解により、解決金 250 万円で離婚が即座に成立した。
勿論、判決まで行けば慰謝料をゼロにできたかもしれないが、その場合、慶子が嫌がらせ
目的で裁判を長期化させる懸念も大きかった。その後、学は 1 ヵ月後に東京で 30 歳の女性
と再婚、慶子は半年後に新潟で 45 歳の男性と再婚し、各々別の道を歩むこととなった。
6.交渉のレッスン(ナレーション)
(1)原則立脚型交渉
(2)人と問題を切り離す
以
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上