消費者から見た教育の規制改革

消費者から見た教育の規制改革*
-早期英語教育を一例として
伊藤由樹子
日本経済研究センター
小塩隆士
神戸大学
本稿の目的は、早期英語教育に対する需要の大きさとその決定要因を分析すること
である。具体的には、群馬県太田市の市立小学校に通う子どもたちの保護者を対象と
するアンケート調査に基づいて、英語コース選択の決定要因を分析するとともに、そ
うした教育を選択するために支払っても構わないと考える金額(支払意志額:WTP)
を計算し、その決定要因をサンプル・セレクション・モデ、
ルで、推計した。
その結果、次の 3点が明らかになった。第 lに、早期英語教育に対する需要は少な
からず存在する。第 2に、親が英語に接触する機会を多く持ち、子どもに期待する到
達レベルが高く、子どもの英語力が上達すると予想するほど、英語教育に対する需要
は高まる。第 3に、世帯所得が大きいほど、子ども数が少ないほど、そして母親の学
歴が高いほど、支払意志額は高めになる。
本稿の分析結果は、義務教育の規制改革を通じた消費者の選択肢拡大の経済的便益
を具体的に示すと同時に、教育サービスの供給に際しては、教育需要が親の属性に大
きく左右される点にも注意すべきであることを示唆するものである。
*本稿は、肥田野・加藤・川崎・伊藤 (
2
0
0
4
)、伊藤 (
2
0
0
5
) で行った検討をベースにして計量的な分析
を深めたものである。肥田野登教授(東京工業大学)、加藤尊秋助手(東京工業大学)、川崎一泰助教
授(東海大学)とは有益な議論をさせていただき、群馬県太田市の英語教育特区校設立準備室、教育委
員会、各小学校の方々の調査協力により貴重なデータを得ることができた。 また、本稿の元になる報告
に対しては、八代尚宏教授(国際基督教大学)、鈴木亘助教授(東京学芸大学)をはじめ「社会的規制
改革の計量分析 J研究会のメンバーの方々から多くの貴重なコメントをいただいた。深く感謝する。も
ちろん、残された間違いは筆者らのものである。
174 日本経済研究 N
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.
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0
6
.1
1
.
本稿の目的
本稿の目的は 2つある。第 1は、教育についての規制改革の重要なテーマの一つ
である、早期英語教育に対する需要の大きさを具体的に試算すること、第 2は、そ
の需要がどのような要因によって規定されているかを定量的に明らかにすることで
ある。
最近では、これまで画一的に提供されてきた義務教育についての見直しが各地の
自治体で進んでいる。公立校における少人数学級や中高一貫教育の導入など、いわ
ゆる教育特区の設置という形で教育の規制改革が行われ、その成果が注目されてい
るところである。教育特区は、構造改革の重要な柱として位置づけられている構造
改革特区の教育版であり、これまで 1
2
9件が認定されている。
経済成長によって人々の所得水準が平均的に高まれば、人々が多様な教育サービ
スを要求するのは自然な流れである。全国一律の画一的な義務教育は、人々の利益
にとってむしろマイナスになりかねない。基礎的な教育水準は全国一律で確保する
一方、それを超える水準の教育は、自治体や個人の負担で任意に学校教育の範囲内
に取り込む選択を可能にするといった改革(八代 (2003)) も十分にあり得る。教育
特区の取り組みも、その一環として位置づけられる。
本稿で特に注目するのは、小学校段階における英語教育に対する人々のニーズ、と
それへの対応である。文部科学省「小学校の英語教育に関する意識調査 J(2004年 6
月)によると、小学生の保護者の 70.7%が「小学校で、英語教育を必修とすべき J と
回答している(図 1)。その理由としては、早くから英語に親しむことにより英語へ
の抵抗がなくなること、発音・英語も身に付きやすいことなどが挙げられている。
一方、同調査によると、「総合的な学習 Jの時間に 7割以上の児童が英語活動を体験
しているとされる。さらに、「小学校英語活動実施状況調査 J (2004年 5月)によれ
ば
、 88%の小学校が英語活動を何らかの形で実施している。しかし、小学校で、の英
語の授業時間数は年間 7
'
"
'
"
'
1
2時間程度と極めて少なく、早期英語教育に対する人々
の潜在的なニーズに十分答えられているとは言いがたい。
そこで以下では、社団法人日本経済研究センターが肥田野登東京工業大学教授と
共同で、群馬県太田市の市立小学校 l年生・ 5年生の保護者を対象にして 2004年 2
月に実施した調査の個票データに基づき、小学校における英語教育に対する親のニ
ーズをいわゆる仮想市場法 (
CVM:C
o
n
t
i
n
g
e
n
tV
a
l
u
a
t
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o
nMethod) によって定量
消費者から見た教育の規制改革
175
図 1 小学校で英語教育を必修とすべきか(保護者の回答)
図そう思う
口どちらかといえばそう
思う
口どちらかといえばそう
思わない
口そう思わない
回どちらともいえない
-無回答
(資料)文部科学省「小学校の英語教育に関する意識調査 J2004年 6月
的に明らかにする。仮想市場法とは、ある条件の下で、人々がどのような行動をと
るかを調べるために実験的な状況を作り出し、アンケート調査などの形で人々の意
向を観察して政策の在り方を検討する手法であり、最近では政策評価の手法として
広範囲に利用されている。
本稿で注目する群馬県太田市は、岡市が提唱する英語教育特区構想が 2003 年 4
月に構造改革特区の第 I号として認可されたことで知られている。岡市は小学校か
ら高校までの一貫教育校を設立し、国語などを除き、ほとんどすべて英語で授業を
行う試みをすでに始めている。以下で行う英語教育に対する金銭的な評価の試算は、
英語教育特区が消費者にもたらす経済的便益を分析するための基礎的な材料を提供
するものでもある 1。さらに本稿では、早期英語教育に対する需要や、親がそうした
教育を子どもに受けさせるために支払ってもよいと考える額一一いわゆる支払意志
額 (
WTP:w
i
l
l
i
n
g
n
e
s
st
opay) 一ーが、どのような要因によって決定されるかを、
サンプル・セレクション・バイアスを排除した計量モデルを用いて推計する。こう
した推計を行うのは、その結果自体が、日本で蓄積が十分に進んでいない教育需要
の実証分析の数少ない例として興味深し、からだけではない。得られた結果から、教
育改革の在り方について何らかの政策的含意を読み取れそうだからである。
調査時点に、太田市は既に「英語教育特区 j として認定され、英語で教える新しい学校の設立準備中
であった(その後、 2005年 4月に「ぐんま国際アカデミー J として開校)。しかし、本論文で利用した
太田市立小学校の保護者を対象に実施した CVM調査における英語コースの内容は、実際の太田英語教
育特区の計画とは異なっている。
l
176 日本経済研究
N
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3,2
0
0
6
.1
こうした目的を達成するために、以下では次のように議論を進める。まず、次の
第 2節では、本稿で想定する英語教育需要に関する仮説を説明するとともに、日本
でこれまで行われてきた英語教育に関する先行研究を簡単に紹介する。第 3節では、
計量分析に用いるデータの基礎となる調査の概要と、調査結果から読み取れる基本
的な事実を整理する。第 4節では、英語教育ニーズ、及び英語教育に対する支払意志
額の推計方法を説明した上で、推計結果を紹介する。最後の第 5節では、本稿で得
られた試算結果を要約するとともに、そこから読み取れる教育改革のあり方につい
て含意をまとめる。
2
.
仮説と先行研究
2
.
1 英語教育需要に関する仮説
英語教育に対する需要について、本稿では次のような関係を念頭に置いて具体的
な分析を進めることにする。
第 1に、英語教育の期待収益率が高いほど、英語教育の需要は大きくなると考え
られる。子どもが英語を使いこなせるようになれば雇用機会が増大し、将来の収入
が高まると親が期待するほど、英語教育に対する需要は高まるだろう。また、英語
の習得には早期から勉強を開始した方が効果的と考えれば、親は小学校からの英語
教育にも積極的になるはずである。このように、期待収益率の高低が教育需要を左
右するという説明は教育経済学の分野では一般的に見られるものであり、実証分析
もとりわけ高等教育需要に関してはある程度の蓄積が見られるところである(小
塩・妹尾 (2005) のサーベイ参照)
0
2
第 2に、子どもに受けさせる英語教育の需要の大きさは、親の属性や英語との接
点によって大きく左右されると考えられる。例えば、学歴が高い親ほど子どもに高
い教育を受けさせるだろうし、また、英語との接点が多い親ほど英語の重要性を認
識しやすいので、英語教育を必要と考えるはずである。親の属性が初等・中等レベ
ルの教育需要を左右するという点については、松浦・滋野(1996)が代表的な先行研
貯蓄動向調査 Jの個票に基づき、小中学校レベル
究である。松浦らは「家計調査 Jr
における私立校の選択と塾通いの選択を、家族属性で説明し、親の所得・資産が高
ただし、早期英語教育の場合、実際の効果が確認されているわけではないので、期待収益率が明確な
形で親に認識されているとは言えないかもしれない。さらに、小塩 (2002) が指摘するように、子ども
の学力や能力に対する不確実性や期待が大きいほど、教育需要が大きめになるという傾向があるかもし
れない。
2
消費者から見た教育の規制改革
177
い家計ほど、父親が社会的プレステージの高い職業についている家計ほど、私立校
を選択する傾向を確認している。
第 3に、英語教育に支払ってもよいと考える支払意志額は、親の所得に依存する
ものと推察される。英語教育を子供に受けさせたいと考えるかどうかという判断の
決定要因の分析のほかに、受けさせたいと判断した場合に、支払ってもよいと考え
る額がどのような要因に左右されるかを分析することにも重要な意義がある。支払
意志額が親の所得に大きな影響を受けるという仮説は十分もっともらしいであろう。
ただし、教育経済学の分野で古くから議論されているように、子どもへの教育投資
には「質 J と「量 Jの二面があり、子ども数が多い家庭ほど英語教育に対する支払
意志額は少なめになるかもしれない。支払意志額の分析は、環境や医療、介護等の
分野で最近急速に進んでいるが、教育分野での分析はほとんど行われておらず、本
稿での分析はその数少ない例となるはずである。
2
.
2 英語教育需要に関する先行研究
日本では、教育に関する実証研究がそもそもあまり蓄積されていないが、英語教
育に関する先行研究はさらに限定的である。その中で例外的とも言えるものは、松
2
0
0
4
) と原・松繁・梅崎 (
2
0
0
4
) である。このうち、松繁は (
2
0
0
4
) は、国立
繁 (
大学・社会科学系学部卒業生のうちフルタイム男性雇用者を対象に、英語力のキャ
リアに対する効果を測定した結果、英語力の高い者は昇進に有利であり、かっ英語
力の低い者よりもかなり高い所得を得ていることを確認している。
一方、原他 (
2
0
0
4
) は、国立大学文学部出身女性の就業選択、賃金決定の決定要
因について分析している。それによると、高レベルの英語資格の保持は正規自営業
等と非正規就業を促進させるが、正規雇用を促進させることはなく、賃金を押し上
げる効果もないとされている。
このように、英語力の経済的な便益に関する実証分析の結果は一様ではない。ま
た、分析対象が一部の国立大学の卒業生に限定されていることもあり、そこから英
語教育の経済的な効果を議論することはなかなか難しい。さらに、英語教育の需要
や支払意志額の決定要因に関する実証分析に関する、日本における実証研究は筆者
らの見るかぎり存在しない。本稿の分析対象は群馬県太田市における限定されたサ
ンフ。ルで、あり、その結果の解釈は慎重でなければならないが、早期英語教育の在り
方についてある程度の示唆を与えるものと期待される。
178 日本経済研究 N
O
.
5
3•2
0
0
6
.1
3
.
調査結果の概要
3
.
1 調査とデータの概要
本稿の実証分析に用いるデータは、社団法人日本経済研究センターが肥田野登東
京工業大学教授と共同で、群馬県太田市立小学校 1年生・ 5年生の保護者を対象に 、
して 2004年 2月に行った調査(f小中学校での英語教育についての調査 J
)の個票で
ある。回答者数は、 l年生の保護者が 334人
、 5年生の保護者が 348人の計 682人で
あり、回答率はそれぞれ 83.3%、90.9%、全体が 87.0%と高い。
サンプルの概要は表 1にまとめであるが、回答者は 87%が母親であり、年齢層は
30歳代、 40歳代が全体の 9割以上を占めている。また、最終学歴は両親とも約 5
割が高卒となっている。世帯年収は 5
0
0
"
"
'
6
9
9万円が 30%、3
0
0
"
"
'
4
9
9万円が 25%、
7
0
0
"
"
'
9
9
9万円が 20%という分布になっている。調査票では、親や子どもの属性を
訪ねる質問項目のほか、次のような形で仮想した英語コースを選択するかどうかを
聞いている。すなわち、
・既存の公立小中学校すべてに、国語以外のほとんどの授業を英語によって行う
コースを来年設置します。生徒は①英語コースか②現在行われている日本語に
よって授業を行うコースのどちらかを選ぶことができます。
-英語コースに入るための試験はありません。
-英語コースのクラスの人数は、現在と同じ 40人学級です
0
.英語コースを選んだ生徒は月謝を支払います。
と説明した上で、
(1)どちらのコースを選びたいと思いますか。
a
) 英語コースを選びたい(月謝が安ければ選びたい、という方も含みます)
b
) 現状どおりのコースを選びたい
(
2
) (1)の質問で a
)英語コースを選ばれた方は、次の質問にお答えください。
①英語コースの月謝は、いくらまでが適切でしょうか。次の金額のうちひとつ
l
こOをつけてください。
a
) 500円 b
) 1000円 c
) 2000円 d
) 3000円 e
) 4000円 f
) 5000円
g
)7
000円 h
) 1万円
i
) 2万円 j
) 3万円
k
) 4万円 1
) 5万円
m
) さらに大きな額でもよい方は、ご記入ください (
万円)
という尋ね方をしている。したがって、調査票の文面を見て英語コースを選択した
いと考えるに至るまでには、英語は必要だ→子どもに英語を学ばせるには(中学校
からではなく)早いほどよい→(英会話学校のような)学校以外ではなく学校での
消費者から見た教育の規制改革
179
表 1 サンプルの構成
(
%
)
l
年生・ 5
1
年生
年生全体
1
2
.7
87.3
11
.8
88.2
O
.1
4.6
62.0
31
.8
0
.
9
0.6
0.
0
9
.
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72.6
1
8
.
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.
0
0
.
0
87.2
1
2
.
2
0.4
O
.1
87.9
11
.8
0
.
0
O
.3
8
6
.4
1
2
.7
0.9
0.0
51
.7
38.6
9.2
0.6
4
8
.7
3
9
.5
.0
11
O
.9
5
4
.7
37.6
7
.3
O
.3
51
.8
1
3
.7
3
3
.6
0
.
9
46.6
1
3
.3
3
8
.
9
1
.2
5
7
.
1
1
4
.
1
2
8
.2
0.6
n y p D P O P O 組処 poduz 必ιτFO
AUrDnd
i Aせ 凸 叫dAq 口
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U 唱i
唱
QU1A1AnL
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数
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可
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満円円円万上
喰未万万万伺以
帯
内
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万 469 万
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専し収ー
人汰年削削制羽山町
2
J];
;:f1]]
校
・
、
高世
回答者の性別
男
女
回答者の年齢
1
0歳代
2
0歳代
3
0
歳代
4
0歳代
5
0歳代
6
0歳代
回答者と子どもとの関係
母
父
祖母
祖父
子どもの母親の学歴
中学・高校
専門学校・短大
大学・大学院
わからない
子どもの父親の学歴
中学・高校
専門学校・短大
大学・大学院
わからない
1
年生・ 5
1
年生
5
年生
年生全体
小学校入学前の子どもの数
13.6
なし
6
4
.9
48.2
81
.8
86.4
l人
2
9
.7
4
3
.7
1
5
.5
2人
5
.3
7
.
8
2
.7
3
人
O
.3
0.2
0.0
O
.3
0.0
51
.3
人
1
45.0
59.0
3
0
.9
2人
3
0
.5
5
6
.1
4
5
.4
43.2
1
.8
3
人以上
11
.7
1
0
.
5
1
3
.
0
1
.2
5年 生
ほうがよい、という思考経路が働いていると考えてよいだろう。
以下では、英語コースの選択や支払意志額について、明らかになった基本的な事
実を整理することにする。
3
.
2 英語コース選択の状況
まず、英語コースを選択した親の割合を見ると、 1年生で 5
5
.
30
/
0、
5年生で 54.6%、
1年生・ 5年生全体で 54.9%と、半分を若干上回る割合となっている。英語コース
を選択する理由を尋ねると(複数回答)、「子どもの将来のため」が 8
7
"
'
9
0
%と圧倒
的に多く、「受験のためJがそれに続き、 1
8
"
'
3
3
%となっている(図 2
) 5年生の
0
ほうが「受験のため j の比率がやや高めになっているが、総じて見ると、英語教育
を受けることの便益を期待することが英語コースを選択する最大の要因になってい
ることが確認できる。
一方、英語コースではなく現状どおりのコースを選択した理由を尋ねると(複数
授業についていけるか心配 Jが 6
回答)、「英語で全教科を学習するのはやりすぎ Jr
割強と最も多く、「効果が不明」が約 3害I
1となっている(図 3
)。その他の理由とし
、 1年生
ては、 5年生では「月謝という発想に反対 Jが 3割、「受験が心配」が 2割
180 日本経済研究 N
o
.
5
3,
2
0
0
6
.1
図 2 英語コースを選択した理由(複数回答)
100
80
60
%
40
20
l
年生・ 5年生全体
l年生
図子供の将来のため
回受験のため
田町おこしになるから回その他
5年生
図みなが選ぶから
図 3 現状どおりのコースを選択した理由(複数回答)
7
0
60
50
%
40
30
20
10
O
l
年生・ 5年 生 全 体
l年 生
回効果が不明
回学習開始は後でよい
ロ英語の必要なし
回受験が心配
回塾等の方が効果的
ロ海外で学ばせる
5年 生
ロ英語で全教科学習はやりすぎ回授業についていけるか心配
図親子の意思疎通に問題
図月謝という発想に反対
ロその他
では「学習開始は後でよい Jr
英語の必要なし j がそれぞれ 2割となっており、子ど
もへの負担過重を懸念する声がやや強くなっている。 5 年生は差し迫りつつある受
験が念頭にあり、 1年生は早すぎるという考えが比較的多い。
次に、英語コースと現状どおりのコースを選択した親の属性分布に差異があるか
を見ておこう。表 2は
、 χ2分布またはフイツシャーの正確確率検定によって、英語
コースを選択した者と現状通りのコースを選択した者の分布に統計的な差異が存在
するかを調べたものである(左半分。右半分は後述)。ここから分かるように、両者
の分布で差異が認められるのは、 1年生・ 5年生全体では、保護者が子どもに期待す
る英語能力到達度(英語コース選択者のほうが高い、以下同様)、保護者が予想する
消費者から見た教育の規制改革
181
表 2 コース選択と通塾の分布の差異
日品コースと英語コース選
の分布
1
年生・ 5 1
年生
年生全体
回答者の年齢
母親の学歴
父親の学歴
回答者の英語使用程度
子供数
世帯年収
期待する英語能力到達度
予想する英語力の伸び
勉強好き
英会話塾・英語学校への通学
*
*
*
*
*
牢
*
*
本
*
本
*
*
本
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
本
*
本
*
年生全体
l
年生
5
年生
本
*
*
*
*
*
*
*
キ
*
*
*
*
本
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
本
*
*
*
(注) *
牢
*
は 1%有意水準、本*は 5%有意水準、*は 10%有意水準でそれぞれ有意。
子どもの英語力の伸び、保護者からみて子どもが勉強好きかどうか、保護者の年齢
(英語コース選択者のほうが若い)、保護者の英語使用頻度、英会話塾・英語学校へ
の通学の有無、となっている。
また、 1年生と 5年生に分けてみると、保護者が子どもに期待する英語能力到達
度、保護者が予想する子どもの英語力の伸び、について、分布に差異が確認される。
さらに、 1年生では、勉強好き、英語使用頻度で差異が見られ、 5年生では保護者の
年齢、子ども数で差異が見られる。
全体としての傾向を見ると、英語コース選択者は、現状コース選択者と比べて年
齢が若く、英語を使用する機会が多く、塾・英語学校で英会話を習っている子ども
が多い。また、彼らは保護者が子どもに期待する英語能力は高く、子どもの英語力
も勉強すれば伸びると予想している。さらに、彼らの子どもは勉強好きである。
これらの要因のうち、英語コース選択者と現状コース選択者の間でとりわけ顕著
な違いを見せているのが、子どもに期待する英語能力到達度(図 4
) と予想する子
) である。子どもが将来どこまで英語を使用するように
どもの英語力の伸び(図 5
なるか、また、英語コースに進学してどの程度英語力が伸びるかは、コース選択に
とって極めて重要な要因である。この点については、第 4節でさらに詳しく分析す
ることにする。
なお、調査対象となった親の中には、塾や英語学校で子どもに英会話を習わせて
いる親も少なからず存在し、 I年生で 22.4%、5年 生 で 20.7%、1年生・ 5年 生 全 体
で 21
.6%となっている。こうした親は、公立小学校では基本的に提供されていない
英語教育を自主的に子どもに受けさせている層であり、英語コースを選択する層と
182 日本経済研究 N
口5
3,2
0
0
6
.1
図 4 保護者が子どもに期待する英語能力到達度
。
20
40 %
60
80
100
(
:
:
v
.
7
.
.
;
r
.
.
.
7
/lh
hA
1
年生・ 5年生全体
場
+
図
脚
構
事
l
年生
5年 生
l
年生・ 5年生全体
l
く
t
日露
明
血
1
年生
《
t
同
E
5年 生
l
年生・ 5年 生 全 体
I
く叫m
l長
l年生
融
5年 生
ι捌
回特段、英語力は必要ないと思う
図海外旅行での片言の会話くらいはできる程度
口海外での日常会話に困らない程度
図英語を使って外国人とともに仕事ができる程度
.na
図 5 保護者が予想する子どもの英語力の伸び
。
20
40
o
.
t
.
60
80
100
1
年生・ 5
年生全体
z
~
l
年生
固
5年 生
I
年生・ 5年 生 全 体
代栴
l馬
1
年生
円刑
制g
椋
5年 生
1年生・ 5年 生 全 体
代栴
l手
1
年生
円刑
番
5年 生
回勉強しでもあまり上手になりそうにはない
図勉強すればそこそこ上手になりそうだ
ロ勉強すればとても上手になりそうだ
回すでに上手にしゃべれる
.na
消費者から見た教育の規制改革
183
よく似た属性を示すことが予想される。前出・表 2の右半分では、通塾者とそうで
ない者の分布に統計的な差異が存在するかどうかを調べている。
それによると、両者の分布で差異が認められるのは、 1年生・ 5年生全体では、子
どもに期待する英語能力到達度、予想する子どもの英語力の伸び、子どもが勉強好
きかどうか、などにおいて差異が認められる。これは、英語コース選択者とそうで
ない者との差異と同じである。一方、英語コース選択・非選択の場合と異なるのは、
通塾・非通塾選択の場合、親の学歴と世帯年収、子どもの数など家庭の経済状況に
関連する変数で差異が見られる点である。
3
.
3 英語コースへの支払意志額 (
W
T
P
)
次に、親が回答した英語コースへの支払意志額を見ておこう。支払意志額の意味
。
は、形式的には次のように説明される。いま、英語コースを選択する前に、家計が e
だけの教育を子どもに受けさせることを義務付けられていると仮定する。さらに
家計は、教育以外の消費財の価格体系 pの下で効用最大化行動を行う。そのときに
達成される効用水準を U とし、それに対応する支出額を示した関数である支出関数
と標記する。教
を E(p
,
e
,
u
)と表す。次に、英語コースを選択した場合の教育を e
o
1
育以外の消費財の価格体系は pで不変であると仮定した場合、英語コースを選択す
る前の効用
U を維持するための支出額は、
E(p,
e
u
)として示される。このとき、
1,
、
家計が英語コースに対する支払意志額 WTPは
WTP=E(p,
e
,
u)-E(p,
e
u
)
o
1,
として定義される。
英語コースへの支払意志額がプラスであるということは、英語コースを選択した
とき、支出を変えなければ効用が高まることを意味する。家計がその効用の高まり
をあきらめ、元の効用水準が維持できればよいと考えた場合、その家計はどれだけ
の追加的な支出を容認するか。その額を示したものが支払意志額である。一方、英
語コースを選択したときに家計の効用が低下する場合は、支払意志額はマイナスに
なる、つまり家計は何らかの金銭的な見返りを政府に要請するだろう。しかし、そ
のような見返りは当然ながら現実的ではなく、支払意志額がマイナスになれば、家
計はそもそも英語コースを選択、しようとはしないはずである。
実際の調査結果に基づいて、英語コースの支払意志額に関する回答結果をまとめ
たのが表 3である。英語コースに参加するための月謝支払意志額は、全回答者平均
で 2367円、英語コース選択者に限ると 4443円となっている。ただし、ここで全回
184 日本経済研究 N
o
.
5
3,2
0
0
6
.1
W
T
P
)
表 3 英語コースへの支払意志額 (
め
回口
月謝(円)
る構成比(%)
平均
中央値
最小値
最大値
英語教育への月謝支払意志額(回答者計)
100.0
1
年生・ 5年生全体
1
,0
00
3
0,000
2,367
l年生
100.0
2,652
1
,0
00
3
0,000
1
0
0
.
2,085
500
3
0,000
5年生
英語教育への月謝支払意志額(英語コース選択者)
5
4
.9
I
年生・ 5年生全体
3,000
500 3
0,000
4,443
0,000
5
5
.3
l
年生
3,000
500 3
4,872
54.6
3,989
3,000
500 3
0,000
5年生
塾・英会話学校での月謝(通塾者)
1
年生・ 5年生全体
21
.6
6,486
6,000
1
,0
00 2
0,000
年生
22.4
6,472
6,000
1
,0
00 1
6,000
1
2
0
.7
6,5
0
1
6,000
3,000 2
0,000
5年生
。
。
。
。
答者平均としている値は、英語コースを選択しなかった者の支払意志額を便宜的に
ゼロと置いて、英語コースを選択した者の支払意志額と併せて単純に平均値を計算
したものであることに注意されたい。支払意志額がマイナスである者も存在し、彼
らは英語コースを選択しないはずだが、英語コースを選択、しないと回答した者には
支払意志額を尋ねていない。それを考えると、全体における平均的な支払意志額は
表 3に示したものより低めになる。
英語コースを選択した者が回答した支払意志額の平均値は、現在塾・英会話学校
で英会話を学習している子どもの月謝平均より約 2000円低い水準である。また、英
語コース選択者に限ってみると、支払意志額の最低値は 500円だが、最大値は 3万
円と、塾に支払っている最大値より 1万円高くなっている。さらに、 1年生と 5 年
生を比べると、平均的な支払意志額は 1年生の方がやや高めになっている。 5年生
の場合、仮に英語コースが直ちに設置されたとしても、子どもに参加させる期間が
1 年間にすぎないため、英語コースの効果に大きな期待を寄せられないことが、学
年による支払意志額の違いに反映されているものと推察される。
この支払意志額は、英語コース設置に対する親の金銭的な評価を示したものと評
価することができる。しかし、英語コース設置の経済的な効果はそれにとどまらず、
地域への外部効果を含む。今回の太田市での調査では、保護者を対象とした調査と
同時に、地域の一般住民を対象とした調査も行っている(詳細は、肥田野・加藤・
川崎・伊藤 (
2
0
0
4
)を参照)。回答率は 13.8%と低めであり、サンフ。ル数も 1
7
8人と
5
0 歳以上が
かなり少ないだけでなく、回答者の年齢構成が高齢層に偏っている (
65%) といった問題があり、その解釈は慎重でなければならない。
消費者から見た教育の規制改革
185
そうした限界を念頭に置いた上で調査結果を紹介すると、地域の小中学生の英語
教育に対する寄付に賛成する者は 63%いるが、実際に寄付をする者は 46%にとどま
っている。また、寄付の平均的な支払意志額は(寄付に賛成しない人も含めて)毎
月 777円となっている。寄付をする者の理由をみると、地域の役に立つという外部
性の存在を挙げる者が、身近の子どものためや一般市民の無料英語教室への期待と
いう直接的便益を挙げる者の比率を上回り、外部効果を意識した回答が目立つ。逆
に、寄付に反対の者は、寄付をしない理由として、親が負担すべきであるとか、英
語教育そのものの効果への疑問のほか、外部性が期待できない点もそのーっとして
指摘している。
外部効果分を寄付してよいと考える市民がいれば、その寄付分だけ英語教育に対
する親の負担も軽減できる o太田市の日本人世帯数は 2004年 2月時点で 54000弱と
なっている。今回の調査では、寄付の平均的な支払意志額が 7
7
7円となっていたの
で、約 9000人いる小学生の l人当たり寄付額は、単純計算で 4700円程度(今 777
X54000/9000) となる。これは、親の支払意志額をやや上回る程度と無視できない
大きさだが、負担がもう少し低ければ英語教育を需要したいと考えている親の需要
を、住民による追加的負担で引き出せる可能性を示唆している。
ただし、こうした支払意志額や外部効果の金銭的な評価額は、早期英語教育の経
済的な便益をそのまま示すものではないことに留意しておこう。ここでは、行政当
局がそうした早期英語教育を供給するためのコストを計算していない。人々が享受
する、あるいは支払ってもよいと考える金額からそのコストを差し引し、た額が、早
期英語教育を実施することで生み出されるネットの経済的便益である。その値はマ
イナスになるかもしれない。そしてマイナスであれば、早期英語教育を実施する意
味はなくなる。
4
.
英語コース選択と支払意志額の決定要因
4
.
1 推計方法
前節では、調査結果から英語コース選択や支払意志額の状況を概観したが、本節
では、その両者の決定要因をいわゆるサンプノレ・セレクション・モデルによって分
析することにしよう。ここでの注目点は、支払意志額の決定要因の統計的な扱いで
ある。今回の調査では、支払意志額は英語コースを選択する者にしか尋ねていない。
186 日本経済研究
N
o
.
5
3•2
0
0
6.1
英語コースを選択しなかった者の支払意志額は、マイナスになっているはずである。
そのため、支払意志額の決定要因を分析する際に、英語コースを選択した者に分析
対象を限定すると、得られた結果にバイアスが伴うことになる。こうしたサンプル・
セレクション・バイアスを排除する方法として、 Heckmanの 2段階推定法が広く
用いられており、本稿でもそれを採用する。
すなわち、第 1段階では、英語コースを選択する場合を s=l、選択しない場合を
S=Oとして、英語コース選択に関するプロピット関数を推計する。すなわち、説明
変数ベクトルを w 、係数ベクトルを yとして、
st=w;y+uIP
噌EA
J'E
11ノ
、
S
j=1 グピ>1
,S
j=0 o
t
h
e
r
w
i
s
e
,
p
r
{
S
j=1
l
w
j
)=φ (
w
;
r
)
,p
r
{
s
j=OlwJ=1-φ (
w
;
r
)
,
というフ。ロヒ守ツト関数を推計し、
yの推計値戸と逆ミルズ比
A
=砂(叫p
)
/φ(
w
;
p
)を
得る (
φ と併はそれぞれ、正規分布の累積密度関数と密度関数を意味する)。
第 2段階では、英語コースの支払意志額 WTPを説明変数ベクトル xと λによっ
て説明する回帰式
WTl
う=x;β+λiβλ +Gj
(
2
)
を想定し、係数の推計値を計算する。
ただし、以上の計算においては、選択式と支払意志額の推計式の誤差項 Uj及 び ε
I
は二項正規分布に従うものとし、
"
'
'b
p
]
σ,
i
v
a
r
i
a
t
enormal [
0,
1
,
j
)'
0,
かj
'G
2
)式を同時に最尤推定法によって計算している。
という関係を想定して、(1)(
で
、 σ2は G
jの分散、 p は Uj及 び G
jの相関係数である。帰無仮説 :p=Oが棄却でき
ない場合、サンプル・セレクション・バイアスが存在することになる 3
0
4
.
2 説明変数と予想される影響
以下では、 1年生、 5年生それぞれのサンプルと、両者を合わせたサンプルの計 3
種類のサンフ。ルで、上記の推計を行うが、英語コース選択を左右する説明変数として
は、次の 7つを想定する。
(経済的要因)
①世帯 l人当たり所得:所得が多いほど、英語教育にお金をかけることができるだ
3
2
0
0
3
)を参照。
Heckmanの 2段階推定法については、例えば Wooldridge (
消費者から見た教育の規制改革
187
ろう。調査票では、 3
0
0 万円未満、 3
0
0
'
"
"
4
9
9 万円、 5
0
0
'
"
"
6
9
9 万円、 7
0
0
'
"
"
9
9
9万
円
、 1
0
0
0
'
"
"
1
4
9
9 万円、 1
5
0
0 万円以上という区分で世帯年収を尋ねており、最小
0
0万円、 1
6
0
0万円としたほかは中央値
カテゴリーと最大カテゴリーをそれぞれ 2
を用いている。それを別途尋ねている同居家族数で除して世帯 1人当たり所得を
計算している。推計に際しては対数変換した値を用いる。
②子ども数:子ども数が多いほど、英語教育にお金をかけることが難しくなるだろ
う。子どもの「質」と「量 Jの聞にトレードオフの関係があるかが注目点となる。
(親の属性)
③親の学歴:親の学歴が高いほど、英語教育の重要性を認識し、英語コースを選択
するだろう。ただし、回答者の 9割近くが母親であるため、父親ではなく、母親
の学歴に注目する。中卒・高卒を基準として、専門学校・短大卒、大学・大学院
卒という 2種類のダミー変数を設定する。
④回答者の年齢:回答者が若い世代であるほど、英語に対する重要性を認識して子
どもの英語教育を必要だと考えるだろう o 分析に当たっては、 1
0歳代 =1、2
0歳
代ニ 2
、というように 1
0歳刻みの年齢層に応じて変数の値を 1つずつ高めてし 1 く
。
(親の英語使用度)
⑤回答者の英語との接点:回答者が英語と接する度合いが高いほど、英語に対する
重要性を認識し、子どもの英語教育を必要だと考えるだろう。調査票では、「ほと
仕事で使う Jr
友人、知人とのやりとりに使う Jr
英
んど使わなしリ「旅行で使う Jr
英語のラジオを聴く、あ
語の本を読む、あるいは、英語のホームページを読むJr
その他」という 8つの項目から、該当するものを
るいは、英語のテレビを見る Jr
いくつでも答えさせている。分析に当たっては、最初の「ほとんど使わない J を
除いた上で、該当する項目の合計数で回答者の英語との接点と解釈する(例えば、
仕事で使う J と答えている場合は 2とカウントする)。
「旅行で使う J r
(英語教育の成果に関する認識)
⑥子どもに期待する英語使用到達度:子どもに期待する到達レベルが高いほど、英
語コースの期待収益率が高くなり、英語コースを選択する可能性も上昇するだろ
う。調査票では、「英語を使って外国人とともに仕事ができる程度 J r
海外での日
常会話に困らない程度 J r
海外旅行での片言の会話ぐらいはできる程度 J r
特段、
その他 Jの中からひとつを選ばせているが、分析に当
英語力は必要ないと思う Jr
たっては、「その他 J を除き、上の順に 4、3、2、 lという点数を付ける。
⑦予想する英語力の上達度:子どもの英語力が上達すると予想するほど、期待収益
188
日本経済研究
N
o
.
5
3.
2
0
0
6
.1
率が高まり、選択する可能性も上昇するだろう。逆に、上達しないと考えたり、
すでに上達していると判断したりする場合は、コース選択の可能性は低下する。
調査票では、「勉強すれば、とても上手になりそうだ J r
勉強すれば、そこそこ上
手になりそうだ J r
勉強しても、あまり上手になりそうにはない J r
すでに上手に
しゃべれる Jr
その他 j の中からひとつを選ばせているが、分析に当たっては最初
の 3つに順に 3、2、1という点数を付ける。
Heckmanの 2段階推定法を実際に適用するに際しては、第 1段階のコース選択
のプロビット推計では上記の変数をすべて用いる一方、第 2段階の支払意志額の回
帰式の推計においては①-③を用いた。これは、第 3節で紹介した幾つかのクロス
分析の結果を参考にしたものだが、実際、推計式の係数やフィットもよい結果が得
られている
4
.
3 推計結果
得られた推計結果は、 1年生・ 5年生全体、 1年生、そして 5年生の場合それぞれ
について表 4にまとめである。ここから、次のような事実が確認できる。
まず、 1年生・ 5年生合計、 l年生、 5年生のいずれの場合においても、帰無仮説:
ρ=0が尤度比検定によって棄却されている。これは、英語コース選択の推計式と支
払意志額の推計式が互いに独立でないこと、言い換えれば、サンプル・セレクショ
ン・バイアスが存在することを意味する。つまり、 Heckmanの 2段階推定法を用
いることが正当化されている。
次に、英語コース選択の決定要因を、表の下段に注目してまとめると次のように
なる。すなわち、 1年生・ 5年生全体では、回答者の年齢が低いほど、保護者の英語
使用度が高いほど、期待する英語使用能力到達度が高いほど、予想する子どもの英
語力上達度が高いほど、英語コースを選択する傾向が強いことが分かる。 l年生の
場合は、回答者の年齢が有意でないほかは、 1年生・ 5年生全体の場合と同様の傾向
を示している。一方、 5年生になると、有意な変数は、期待する英語使用能力到達
度と、予想する子どもの英語力上達度だけになっている。
以上を総じて見ると、英語コース選択には、親が子どもに期待する英語力と子ど
もの伸びの予想が大きく影響していることが確認できる。これは、 1年生、 5年生
4 なお、調査票では、これらの要因のほかに、子どもが勉強好きかどうかも尋ねている。子どもが勉強
好きであるほど、英語コースを選択する可能性が高まるとも推察される。しかし、この要因は、説明変
数に含めても有意な変数を得られなかったので説明変数として採用しなかった。
消費者から見た教育の規制改革
189
表 4 推計結果
1・5
年全体
係数
(
W
T
P (対数) )
人当たり所得(対数)
世 帯l
子ど学も歴
数
母の
:専門学校・短大卒
母の学歴:大学・大学院卒
定数項
世
〔
英
帯語コース選択〕
l
人当たり所得(対数)
子ども数
母の学歴 :専門学校・短大卒
母の学歴:大学・大学院卒
回答者の年齢
回答者の英語使度用 度
希望英語到達
英
定 語力予想
数項
ρ
0.
3
85
-0
.
1
0
4
0.
2
4
9
0.306
6.
6
1
6
1
年生
係数
Z
f
I
直
*
*
*
*
*
2
.
5
7*
ネ
2.
0
5キ
*
*
1
2
.
72*
4
.
1
4
1
.6
6
一0
.
0
4
0
一0
.
3
5
0
.
0
2
6
0.
0
2
6
0
.
1
2
3
一0
.1
9
9
0.1
5
2
0.
5
5
4
0.
3
6
5
1
.4
3
5
0
.
3
3
0
.
2
2
0
.
6
0
2
.
1
8
1
.7
4
6
.
6
3ネ**
4
.
4
6本**
2
.
1
8
*
*
*
*
*
0
.
6
0
9
LRt
e
s
to
fi
n
d
e
p
.eqns.(ρ=0)
0
.
3
0
6
一0
.
2
0
9
0.396
0
.
6
2
9
7
.
0
3
0
0
.
1
4
2
0.1
3
6
0.
0
8
7
0
.
0
8
2
ー0
.
2
4
8
0
.
3
8
2
0.
7
7
4
0.
4
9
2
3
.28
9
5
年生
係数
z
l
f
直
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
*
z値
*
*
*
2.
5
9
2
.
4
1
3
.
1
5
3
.
6
1
1
0
.7
1
0
.
5
3
3
0.
0
1
1
0.
0
7
2
0.
2
3
0
6.
0
4
7
3
.
4
4
0.1
1
0.
4
5
0
.
8
5
7
.
3
9
0.
8
1
1
.1
1
一0
.
4
9
ー0
.
2
9
-1
.5
9
*
キ
2
.
8
1*
5
.
9
9
3.
8
6
3
.
1
0
一0
.1
6
9
ー
1
.0
8
ー0.
2
1
1
.1
8
1
.2
1
*
*
*
*
*
*
*
*
*
0
.
4
1
2
0.
0
2
1
0.1
9
3
0
.
3
6
0
ー0
.
0
3
4
0
.
0
6
0
0
.
3
0
1
0
.
2
6
6
0.
4
0
3
*
*
*
0
.
3
0
0
.
7
4
3
.
3
2
2.
8
1
一0
.
4
7
*
*
*
*
*
*
ー0
.
9
0
7
l
) =7
.
6
1
c
h
i
2(
Prob>c
h
i
2 =O
.0
0
5
8
1
) =3
.
8
8
c
h
i
2(
P
r
o
b >c
h
i
2=0.
0
4
8
9
c
h
i
2(
1
) =5
.1
8
h
i
2=O.
0
2
2
8
Prob>c
Numbero
fo
b
s
=
5
8
0
Censoredo
b
s
=2
5
4
Uncensoredo
b
s
=
3
2
6
Numbero
fo
b
s
=
2
9
6
Censoredo
b
s=
1
2
5
Uncensoredobs=
1
7
1
Numbero
fo
b
s=
2
8
4
Censoredobs= 1
2
9
Uncensoredo
b
s= 1
5
5
(注)本**は l
覧有意水準、料は 5 %有意水準、*は 10%有意水準でそれぞれ有意。
に共通に見られる傾向であり、親の英語の重要性についての認識が高いことが子ど
もの早期英語教育を促すことが分かる 。 さらに、 1年については、保護者の英語使
用度が高いほど英語コースを選択しており、保護者の英語をめぐる環境がコース選
択に影響する 。 また、係数の絶対値の大きさや優位性に注目すると、サンプルを 5
年生に絞った場合のパフォーマンスがやや見劣りすることが分かる。これは、 5 年
生になると小学校の修業期聞が残り少なくなっており、英語コース選択の効果があ
まり期待できないと見込まれているためだろう。
一方、サンプル・セレクショ ン ・バイアスを排除した上での支払意志額の決定要
因についてはどうか。 1年生・ 5年生全体では、世帯 1人当たり所得が高いほど、子
ども数が少ないほど、母親の学歴が高いほど、支払意志額が高くなることが確認さ
れる。これらは、いずれも理解しやすい結果である。所得と子ども数は経済的な要
因が支払意志額を左右することを意味するし、母親の学歴は英語教育の期待収益率
を規定する要因である。特に所得について見ると、世帯 1人当たり所得が 1%上昇
すると、支払意志額は 0.39%上昇することが分かる。
l年生のサンプルでも、 l年生・ 5年生全体と同様の傾向が確認される。支払意志
額の所得弾力性は O
.3
1となり、全体と比べるとやや低めの数字となる。一方、 5年
190 日本経済研究
N
o
.
5
3.
2
0
0
6
.1
生のサンプルでは、有意なのは世帯 1人当たり所得のみとなる。支払意志額の所得
.5
3とほかよりかなり高めであり、所得要因の大きさが目立つ格好になっ
弾力性は O
ている。英語コース選択の推計と同様に、ここでも、英語教育に対する評価が 5年
生になると厳しくなることが確認された。
5
.
まとめ一一分析結果の要約と政策的含意
本稿では、群馬県太田市の市立小学校に通う子ども(1年生と 5年生)の保護者
を対象にして、早期英語教育に対する需要の決定要因を分析するとともに、そうし
た教育を子どもに受けさせるために支払っても構わないと考える金額(支払意志
額:WTP) を計算し、さらにその決定要因を推計した。その結果、次のような点が
明らかになった。
第 1に、小学校からの早期英語教育に対する需要は少なからず存在する。ここで
想定している早期英語教育は、小学校で、も英語を使って、国語以外のほとんどすべ
ての教科を学習するという極端な英語教育である。しかし、そうしたタイプの英語
教育に対しても、 5割以上の保護者が希望していることは注目してよいだろう。ま
た、そのための月謝として支払ってもよい金額としては、英語コースを選択する者
の問の平均で 4443円となっている。また、 l年生の親の支払意志額は 5年生の親の
それを約 1000円上回っている。
第 2に、調査結果のクロス分析や英語コース選択関数の推計によって確認された
ように、早期英語教育に対する需要は、親が英語に接触する度合いや英語教育の成
果に関する認識に大きく左右される。親が英語に接触する機会を多く持ち、英語の
必要性を認識するほど、子どもに期待する到達レベルが高いほど、そして、子ども
の英語力が上達すると予想するほど、親は英語教育を需要しやすくなる。こうした
結果は、英語教育に対する期待収益率が需要を左右することを示唆するものである。
第 3に、サンプル・セレクション・バイアスを排除した支払意志額の決定要因を
見ると、世帯所得が大きいほど、子ども数が少ないほど、そして母親の学歴が高い
ほど、支払意志額が高めになることが分かる。これは、英語教育に対する期待収益
率とともに、世帯の経済的な要因が英語教育に対する需要を決定することを確認す
るものとなっている。
こうした実証分析の結果は、教育改革を進めるに当たってどのような示唆を与え
ているだろうか。
消費者から見た教育の規制改革
191
第 lに、早期英語教育を進めることが、消費者の経済的な便益を高める上で無視
できない効果を持っていることが確認された。もちろん、本稿の分析は早期英語教
育を供給するコストの分析を行っていなし 1から、その制度導入のネットの効果を明
らかにするものではない。しかし、国語以外のほとんどの授業を英語で行うという、
思い切った形の英語教育に対しても少なくない親が選択の意志を示し、ある程度の
支払意志額を提示したことは無視できない事実である。太田市が進めている英語教
育特区の取り組みについても、それを消費者が経済的な便益という観点から支持し
ていることが間接的に伺われる。
より一般的に言っても、消費者が金銭的にもきちんと評価している教育サービス
を、公的に供給することには十分な意義が認められる。特に、消費者が追加的な負
担を覚悟しでも要請する教育サービスについては、行政当局は真撃にその供給の実
現可能性を検討すべきであろう。また、教育サービスについて複数のメニューを提
示し、消費者にそれぞれの評価をしてもらうことも有益である。もちろん、教育の
在り方については、教育学サイドからの専門的な検討や財源調達の問題の解決が不
可欠である。しかし、それらと同時平行する形で、消費者の経済的な便益を具体的
に計測し、それを教育改革に反映させる仕組みを検討する必要がある。
第 2に、教育需要が親の属性や認識、そして経済的要因に大きく左右されるとい
う点が改めて明らかになった。公教育の存在意義についてはもともと、親の属性や
教育に関する認識、所得環境にできるだけ左右されない形で、将来における所得獲
得のために必要な基礎的知識を子どもたちに差別なく習得させるべきだという考え
方がある。教育を親の選択に完全に委ねると、子どもの知識の習得に格差が生じ、
所得格差の拡大など望ましくない結果につながりかねない。本稿で注目した早期英
語教育についても、実証結果から判断して、消費者の選択に完全に委ねるとそうし
た問題が生じることが十分予想される。
教育改革を行う場合は、消費者の選択を重視すべきなのは当然だが、その選択が
消費者にもたらす非対称的な効果については慎重に検討することが必要となる。追
加的な教育サービスの財源が、それを選択する消費者の追加的負担だけでは賄し 1切
れず、一般財源に依存する場合については尚更それが言えるだろう。
192 日本経済研究
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