テーマ書評 人とモノとの

Japan Marketing Academy
BOOK REVIEW
A テーマ書評シリーズ――籖
クションではデザイン分野のインタラクション
デザインがある。ここでは,これらの人とモノ
とのインタラクションデザインの議論を通して
人とモノとのインタラクション
デザイン
共創経験の質やディテイルを決めるための設計
概念やデザイン概念,相互作用効果がどのよう
な次元で設定されているかを紹介し整理するこ
とが目的である。
本稿では,まずインタラクションデザインの
峯 淳子
歴史的背景に触れた後,認知科学,認知心理学
●学習院大学大学院 経営学研究科 博士後期課程
のアプローチによる Norman (1988 ; 2004)
のインタフェース研究と,デザイン分野では深
澤(2002 ; 2004 ; 2005)のデザイン論を中心
★ はじめに
に概観する。次に経験の質やディテイルへ着目
近年,消費者との紐帯の概念である関係性か
し,インタラクションデザインの議論について
ら一歩踏み込んだ「共創」は,実践と研究の両
整理をおこない,最後に,今後の研究展望を述
方において多くの関心を集めている。
べる。
Praharad and Ramaswamy(2004)らは,企
★ インタラクションデザインの歴史的背景
業戦略のフレームワークとしての価値共創にお
80 年代以降パーソナルコンピュータが普及
いて,企業と消費者の接点(環境)で生まれる
ユニークな経験はユニークな価値を生み出し,
すると,インタラクションデザインは認知科学,
その価値の大きさは経験の質に応じて決まると
認知心理学研究の成果を取り入れながら発展し,
し,また和田(2002)は,サービスを含む
コンピュータ分野だけでなくデザイン分野へ大
様々な高品質のパフォーマンスは,供給者と受
きな影響を与え今日に至っている。ここではイ
容者との共有とインタラクションにより初めて
ンタラクションデザインの議論が辿ってきた歴
史的背景について触れる。
「財」が成立するとしている。さらに青木
(2006)は,消費者がブランドを経験する「場」
1.GUI 搭載型パーソナルコンピュータの普及
のディテイルこそが重要であり,そのディテイ
ルを決める「場」のデザイン力が企業に求めら
80 年代に登場したマッキントッシュ,ウィ
れると主張する。すなわち企業と消費者のイン
ン ド ウ ズ と い っ た GUI( Graphical User
タラクションの「場」における経験の質,ディ
Interface)を搭載したコンピュータの普及に
テイルにより,価値は創造され,その大きさも
より,快適な操作性を目的とし人間の認知や行
異なることから,共創経験の質やディテイルの
為を理解する為,認知科学や認知心理学の知見
議論では,経験の「場」としての様々な共創プ
(Gibson 1979,Norman and Draper 1986,
ロセスを創造するインタラクションデザインに
Norman 1986a ; 1986b)と密接にリンクしな
ついて理解を深めていくことは重要である。
がらインタフェースデザインは発展してきた
(Cooper 1995,Cooper and Reimann 2003,
モノを介した経験の「場」の議論として,と
くに人とコンピュータのインタラクションでは
Newman and Lamming 1995,Nielsen 1990 ;
認知科学,認知心理学のアプローチによるイン
1993)
。
GUI(Graphical User Interface)とは,コン
タフェース研究,そして人とモノとのインタラ
● JAPAN MARKETING JOURNAL 116
マーケティングジャーナル Vol.29 No.4(2010)
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人とモノとのインタラクションデザイン
ピュータ画面上の視覚的メタファ概念や操作の
は分離独立して発展していたが,次第に GUI
定義を指す。1970 年代中頃,ゼロックス・パ
(Graphical User Interface)がコンピュータだ
ロアルト研究所(Xerox Palo Alto Research
けでなく家電や携帯電話,住宅設備,金融機関
Center: PARC)で開発され,ウインドウ,ボ
の ATM や自動販売機などにも実装されるよう
タン,マウス,アイコンなどの視覚的メタファ
になると,インタフェースデザインは画面など
や,ドロップダウンするメニューなどが定義さ
の限られた範囲だけでは完結しなくなり,イン
れた。このメタファ概念は,GUI(Graphical
タフェースデザインとプロダクトデザインはま
User Interface)の決定的なデザインの特徴を
すます不可分なもの(深澤 2002)になってい
構築し,他のシステムではできなかったウィジ
った。プロダクトデザインではデザイン対象と
ウィグ(WYSIWYG: what you see is what
なる製品(モノ)という特性上,インタフェー
you get.,見たものが,手に入るもの)インタ
ス(接面)だけでなくインタラクション(相互
フェースを作り上げた。GUI(Graphical User
作用)を考慮したインタラクションデザインの
Interface)の最初となる商業的な成功事例は,
影響を大きく受けていく。
アップル社のマッキントッシュ(Mac)である。
インタラクションデザインの発展は,80 年
GUI 概念に基づくインタフェースデザイン
代以降の GUI(Graphical User Interface)が
は,当初デザイン対象としていたコンピュータ
搭載されたパーソナルコンピュータの登場が契
とのインタフェース(接面)から,次第に操作
機であり,プロダクトデザインへの影響は,
のフィードバックも含めたダイナミックなイン
GUI が搭載された情報端末機器類の需要の高
タラクション(相互作用)を含めて考慮される
まりによる。このような歴史的背景からインタ
インタラクションデザインへと移っていく。
ラクションデザインは,人とコンピュータとの
インタラクションをよりスムーズに自然で快適
2.デザイン分野への影響
にすること,すなわち快適な操作性を目的とし
プロダクトデザインでは,コンピュータなど
ている。そして広くデザイン分野へ影響を与え
情報端末機器類が主流となる以前の 50 年代ま
ると,後述するように,デザイナー独自の幅広
で機能面・構成面・美的側面(芸術面)が中心
い解釈と柔軟な思考で積極的に取り入れられ,
に議論され,60 年代から 70 年代にかけては,
従来の目的であった快適な操作性から解釈を広
これらのデザイン統合に加え,社会におけるデ
げインタラクションデザインは行われるように
ザインの意義や倫理観(社会的デザイン)につ
なっていく。
いて議論されていた(柏木 1979,勝見 1966,
Selle 1973,利光 1970,Papanek 1971 ; 1983)
。
80 年代に登場した GUI 搭載型パーソナルコ
★ 認知科学・認知心理学のアプローチ
によるインタフェース研究(1)
1.ユーザ中心のシステム設計
ンピュータは,従来にない直感的な操作環境を
実現したことから創造やコミュニケーションの
80 年代,認知科学,認知心理学研究では人
「増幅装置」として,最初は情報デザイン領域
と機械の関わりについて,ユーザ中心のシステ
へ取り入れられ(渡辺 2002),紙媒体や映像,
ム構築に必要なインタフェースに関する議論や,
Web サイト,ハードウェアの画面などの情報
そのシステムを構築する方法について議論され
デザインへインタフェースデザインは大きな影
ていた(Baeker and Buxton 1987)
。そこでは
響を与えていった。当初情報デザイン領域での
人の生理的・物理的特性と機械のインタフェー
インタフェースデザインとプロダクトデザイン
スとの整合性を考慮した人間工学的研究から,
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ユーザ側の視点を重視し,人とコンピュータの
が搭載されたパーソナルコンピュータの登場が
インタラクション場面における問題解決へと研
契機であり,コンピュータとのインタラクショ
究の焦点が移ってきていた。このユーザ中心の
ンを対象としているが,Norman(1988)から
システム設計概念(User Centered System
様々な道具とのインタラクションに対するデザ
Design)は,Norman らにより明確に示され方
イン原則が提案されたことにより,インタラク
向づけられてきた概念である(Norman and
ションデザインは人とモノとのデザイン概念と
Draper 1986, Norman 1986a ; 1986b)。
して広く捉えられるようになっていった。
Norman(1988)はユーザ中心のシステム設計
★ 認知科学・認知心理学のアプローチ
によるインタフェース研究(2)
概念(User Centered System Design)の理論
的検討を踏まえ,コンピュータとのインタラク
1.デザインの魅力分析
ションだけにとどまらず,様々な道具に対する
前述の Norman(1988)によるインタフェー
具体的な操作上の問題点の指摘と,認知心理学
研究の成果である記憶のモデルやエラーの分析,
ス研究は,行為の構造や認知的側面からインタ
人のもつメンタルモデル,行為の理論などを反
ラクションプロセスに焦点をあてたものだった
映させたデザイン原則を提案している。
が,後に Norman(2004)は,役に立つことや
使いやすいこと以上にデザインの引き起す強い
2.インタラクションデザイン設計理論
ポジティブな情動が日常生活においていかに大
Norman(1988)はユーザ中心のシステム設
切であるか,そして芸術性や魅力,美しさを重
計概念(User Centered System Design)に基
視しデザインされた製品のほうが成功すると主
づき,インタラクション行為の構造を表す「行
張する。しかし魅力的なデザインのものが一番
為の 7 段階理論」と,ヒューマンエラーの原因
効率的だとも言えず,使いやすいデザインが使
であるデザイン課題解決の手掛りとして「7 つ
っても楽しいとは限らないことから,美しさと
の原則」を提示している。
知,楽しさと使いやすさを共存させたデザイン
「行為の 7 段階理論」は,インタラクション
の魅力を分析するため,脳機能の異なる 3 つの
上の評価と実行の隔たりで起こる問題の発見と
レベル(Ortony, Norman and Revelle 2004)
解決を目的とし,ゴール(1 段階)と実行過程
に基づくフレームワークを提案している。
(3 段階),評価過程(3 段階)の 7 段階から構
2.楽しさと喜びのためのデザイン
成される。そして「7 つの原則」では,メンタ
ルエイド(思考・記憶上の手助け)の利用 1),
Norman(2004)は,操作の快適性を目的と
作業構造の単純化,対象の可視化(実行と評価
したデザイン原則の提案からデザインの魅力分
の解釈の容易さ),自然な対応づけ,制約の力
析への移行について情報提供の仕方を例に挙げ
の活用,エラーに備えたデザイン,以上の原則
ながら,退屈で味気ない形で伝えるよりも,色
がうまくいかないときの標準化,が提案されて
彩豊かに楽しめるような表示にするほうがよい
いる。外部記憶としてのメンタルエイド(思
のではないか,と述べている。そこでは生活に
考・記憶上の手助け)には,制約(物理的制約,
豊かさと喜びをもたらす良い方法としてアーテ
意味的制約,文化的制約,論理的制約),アフ
ィストの手腕を信頼することと指摘し,そして
ォーダンス(affordance)2),対応づけ,がある。
喜びをもたらすデザインの例として,審美性を
前述のようにインタラクションデザインは,
80 年代以降の GUI(Graphical User Interface)
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重視しながらも多機能,万能で小さく,薄い,
というデザインの優れたメタファをもつ日本の
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人とモノとのインタラクションデザイン
幕の内弁当の芸術性(Ekuan 1998)について
するテーマである製品に対する情動や楽しさと
論じている。また同様に喜びをもたらすデザイ
美の役割,使いやすく機能的な役割の両立から
ンに関する研究として,3 階層からなる製品ニ
起こる課題に対して解決の手掛りとなり,また
ー ズ ( Jordan 2000) で あ る , 機 能 性
デザインプロセスと,製品の情動的なインパク
(functionality),操作性(usability),喜び
トについて深い理解を与えると主張する。
(pleasure)を紹介し,デザインにより 3 つの
レベルを等分にして合わせれば楽しさと喜びの
★ デザイン分野のインタラクションデザイン
結果を得られるとしている。しかし,何が喜び
1.プロダクトデザイナー深澤直人(2002 ;
を与えるかについては状況にも依存し,その状
2004 ; 2005)のデザイン論
況により継続的な喜びや反感を抱くといった結
これまで認知科学,認知心理学のアプローチ
果は左右されると論じている(Norman 2004)
。
(Norman 1988 ; 2004)では,操作の快適性を
3.魅力分析のフレームワーク
目的としたデザイン原則の提案から,デザイン
前述のように Norman(2004)は,ユーザに
の魅力分析へと研究の焦点が移ってきたことを
とって魅力的なモノであるには,美しさと知,
確認した。次に,モノをデザインすることによ
楽しさと使いやすさを共存させたデザインの魅
りインタラクションプロセスを創造するデザイ
力が必要であると述べ,人間の特性が,脳機能
ン分野のアプローチとして,ここでは第 1 線で
の 3 つのレベルに起因し,各レベルが人間の機
活躍するプロダクトデザイナー深澤直人 6)を取
能全体で異なる役割を演じていることから,脳
り上げる。
深澤(2002 ; 2004 ; 2005)は,プロダクト
機能のレベルに基づきデザインの魅力分析のフ
製品としてのモノをデザインするだけでなく,
レームワークを提案している。
その脳機能の異なる 3 つのレベルは,本能レ
「身体的記憶」や「無意識の記憶」7)を手掛りに
ベル,行動レベル,内省レベルで構成され,互
共有感覚や感動を創造しようと試みている。深
いにインタラクションし影響することで,人間
澤(2002 ; 2004 ; 2005)のデザイン概念とし
のすべての活動は認知的要素と感情的要素の両
て,「行為に溶けるデザイン」,「行為と相即す
方をもち,また各レベルでは「時間」との関わ
るデザイン(相即≒はまる)」,「アクティブ・
り方に違いがあり,本能レベルと行動レベルは
メモリー(「身体的記憶」,「無意識の記憶」)」,
「今」に関わり,内省レベルはもっと長い期間
「デザインの輪郭(かたちの周りのぼあっとし
のものに関わるという。これらの各レベルへ影
た も の ≒ 関 係 性 )」,「 考 え な い ( w i t h o u t
響を与えるであろう製品特性を対応づけ,本能
thought)」,「『ほら,ね』感覚(感動の共有)」,
的デザイン,行動的デザイン,内省的デザイン
「First Wow / Later Wow(未来の痕跡)」,
と呼び,本能的デザイン 3)により訴求される製
「ものとの距離,人との距離」,「多様性のデザ
品特性は,製品が最初に与える効果,外観,雰
イン(日本的ミニマリズムの思想)」,「環境の
囲気に関わり,行動的デザイン では使うこと
中の意味(デザインの意味)」,「ぎこちなさの
の喜びや効用,内省的デザイン 5)では,個人的
美」,「あたり前の価値」,「ふつう(ふつうの
満足や想い出,自己イメージに関わるとしてい
よさの感覚)」・・・,などがある。これらの
る。Norman(2004)は,この脳機能のレベル
デザイン概念は,すべてモノを介したインタラ
に製品特性を関連づけたフレームワークが,今
クションのためのものである。これらのデザイ
までマーケティングで議論されてきた一見矛盾
ン概念について幾つか抜粋し深澤(2002 ;
4)
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2004 ; 2005)により語られている言葉から整
しい経験を共有している感覚なのである。
理を行い,デザイン分野におけるインタラクシ
ョンデザインについての議論を概観する。
3.行為に溶けるデザイン
2.共有感覚を創造するインタラクションデザイン
と共有している感覚を生み出すようなデザイン
日常の中のあたり前の価値に気づき,「誰か」
深澤(2005)は,モノによる経験から日常
を「行為に溶けるデザイン」と名づけ,やや遅
の中のあたり前の価値に気づくこと,たとえば
れて「あ∼!」と気づくことから「Later
「なんで白いご飯がこんなにうまかったんだろ
Wow !」と呼び,刺激を受けてすぐにうなずく
う」と気づくことが最も感動的であるという
ような従来からのデザインを「First Wow !」
(126-127 頁)。そのあたり前の価値は,「身体的
と呼ぶ。この気づくときのズレや遅れは魅力で
記憶」,
「無意識の記憶」の中にあり,気づかず
あるという。その理由を「存在感の少ないもの
に通り過ぎてしまうような,さりげなく差し出
が魅力的に思えるのはノイジーな時代を反映し
されたモノにより呼び覚まされる。そのモノと
ている。浮遊する,重さを感じないもの,ある
は,人の無意識の行為の流れを理解する客観的
いは透明なものへの憧れが強まっているのは,
な視点によりデザインされるものであり,状況
その突出しがちな存在感をなくしたいから」と
に応じて多様なアフォーダンスを内包し,知ら
説明する(深澤 2004,160 頁)。
ず知らずのうちに使われ,意識に強く訴えるよ
現代社会はモノや情報が溢れ,様々なモノや
うな印象を与えないものである(深澤 2004)。
コトが情報としてものすごい速さで伝達されて
日常の中のあたり前の価値に気づくことは,
いく。このような社会を,深澤(2004)が説
作者と受け手との「見えない繋がり」や「確証
明するように「ノイジーな時代」として受けと
のない共感」を生み,それを共に見ている,受
めるならば,この気づくときのズレや遅れを
け取っているという共有が価値をなすという。
「魅力」として捉える視点は共感することがで
そこで作者が伝えようとしていることは,日常
きる。そして実際に共感されているからこそ,
の中で自分が震えるように感動してきたことを,
深澤のデザインは多くの人々に受け入れられて
その感動と同じ状態のまま体験させてあげたい
いるのだろう。また深澤(2005)は,「優れた
という感覚,「ほら,ね」感覚であり,同じ感
デザイナーたちは,既にものを多面的に捉え,
動に辿りつくルートまで体験させてあげたいと
生活の中の微細な関係の美を探し出し,デザイ
いう感覚に似ているという(深澤 2005)。
ンに落とし込んでいる」と語る(52 頁)。
深澤(2005)は,共に見ている,受け取っ
4.普通のデザイン
ているという「見えない繋がり」や「確証のな
い共感」を作者と受け手が共有する,と論じて
深澤(2005)が語るようにインテリアデザ
いるが,受け手が共有する「誰か」には,同じ
イナーの内田繁 8)も,日常におけるデザインと
デザインに共感するユーザやそのデザインと他
美を重ねあわせて語っている。内田(2007)
全ての要素を含めたブランドも含まれるだろう。
によると,モノには普通のモノ(日常的なモノ)
たとえば,この「誰か」と共有している感覚は
と,普通でないモノ(脱日常的,超日常的なモ
Mac ユーザを想定すると理解できる。Mac ユ
ノ)があり,デザインと美は相反する二つの状
ーザ同士の連帯感は,Mac という製品やブラ
況に存在し,暮らしを豊かにする。そして「普
ンドに共感する者同士の仲間意識であり,それ
通」という感覚には,「人びとの記憶の総体
は Mac を使うことで生まれる新しい発見や楽
(個人的記憶,集団的記憶,前文化的記憶)」が
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人とモノとのインタラクションデザイン
深く関わっているという。「普通のデザイン」
★ おわりに
の多くは日常性のなかにあるが,決して退屈な
ものでも消極的なものでも,まして否定的なも
本稿では,認知科学,認知心理学のアプロー
のでもなく,日常にこそ「美」が存在する,と
チによるインタフェース研究とデザイン分野で
主張しデザインの必要性を説く。そこでの美は
のインタラクションデザインについての議論を
「弱さ」に通じ,「弱さ」は美の根源をなすもの
概観した。これまで述べたインタラクションデ
であり,人の心に深く影響を与えるという。そ
ザインの議論を整理すると,まず認知科学,認
の「弱さ」のデザイン・ボキャブラリーとは,
知心理学のアプローチ(Norman 1988 ; 2004)
微細性,可変性,不明瞭性,非固定性,有機性
では,操作の快適性から美しさと知,楽しさと
であり,それらの要素は愛らしさ,愛しさ,は
使いやすさを共存させたデザインの魅力へと研
かなさ,あいまいさ,不安定さ,やさしさ,潤
究の焦点が移り,デザインの魅力分析のための
い・・・,などの感覚を与える。そして人は
フレームワークが提案されていた。そしてデザ
「弱さ」を常に抱えながら生きているからこそ,
イン分野のアプローチ(深澤 2002 ; 2004 ;
「弱さ」に通じる美は,人の心に深く影響を与
2005)によるインタラクションから生まれる
えるという。また,「弱さ」を抱えながら生き
経験の質とは,日常の中のあたり前の価値に気
ている心のありようを,美に転換したのが日本
づくことや共有感覚であり,相互作用効果とは
の文化であるが,現代社会は「弱さ」を克服し,
気づきから生まれる感動や共有感覚がなす価値
であり,現代のノイジーな時代を反映した,
強い社会へと向かった時代であるからこそ,そ
「存在感の少ないもの」の魅力であると論じら
の「弱さ」という世界を再認識すべきときでは
れていた。そこでの共創経験のディテイルとは,
ないかと論じている。
これまで述べてきた深澤(2002 ; 2004 ;
やや遅れて「あ∼!」と気づくような気づくと
2005),内田(2007)のデザイン論を整理する
きのズレや遅れであり,その気づきによる「見
と,デザイン分野のアプローチによるインタラ
えない繋がり」や「確証のない共感」である。
クションデザインとは,モノを介して日常の中
これまで紹介したインタラクションデザイン
のあたり前の価値に気づくことにより,「見え
の議論では,認知科学,認知心理学のアプロー
ない繋がり」や「確証のない共感」,「感動」を
チ(Norman 1988 ; 2004)とデザイン分野の
生みだすことである。その日常の中のあたり前
アプローチ(深澤 2002 ; 2004 ; 2005)とも
の価値は,「身体的記憶」,「無意識の記憶」な
に,人とモノとのインタラクションプロセスで
ど「人びとの記憶の総体(個人的記憶,集団的
起こるユーザの感情や情動に注目し,Norman
記憶,前文化的記憶)」の中にあり,
「存在感が
(2004)はデザインの魅力分析のためのフレー
少ないもの」の魅力をもち,「弱さ」に通じる
ムワークについて,深澤(2002 ; 2004 ; 2005)
美でもある。そして,その価値は人の心に深く
はインタラクションプロセスにおける経験の質
影響を与え「感動」を生み,そこで生まれる
やディテイルについて論じていた。
「見えない繋がり」や「確証のない共感」が,
冒頭で紹介したように,「共創」はあらたな
関係性構築の概念として注目されている。そし
またあらたな価値をなすのである。
て企業と消費者の接点(環境)としての「場」
は様々であり,企業と消費者のインタラクショ
ンによる「財」や経験の質,ディテイルは,想
定される「場」により大きく異なることから,
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インタラクションプロセスで起こる消費者の感
情や情動に注目したデザインの魅力分析のフレ
ームワークや,インタラクションプロセスを多
面的に捉え生活の中の微細な関係に着目し,デ
ザインへ落とし込む視点は重要となる。また本
稿では,人とモノに焦点をあてインタラクショ
ンデザインの議論を紹介したが,共創経験の質
やディテイルを決めていくには,企業と消費者
の接点(環境)としての「場」における様々な
事象(サービスを含む)にも目を向けインタラ
クションデザインの議論をしていく必要がある。
今後は経験の質やディテイル,感情や情動へ着
目し,共創経験の「場」を創造するための重要
な示唆として,インタラクション(相互作用)
の視点から広くデザインの研究が望まれる。
注
1)メンタルエイド(思考・記憶上の手助け)を利用し
たデザイン例として,ドアハンドルがある
(Norman 1988,日本語訳 141-148 頁)。ここでは引
くのか押すのかわからないドアの問題解決策の例と
して,ドアハンドルのデザインが紹介されている。
同じ自動車の隣り合った,手前に開くドアハンドル
と,横開きドアにつけられたドアハンドルのうち,
手前に開くドアには下から手を差し込み引っ張れる
ようになったデザインのドアハンドル,横開きドア
には縦方向に引き手がデザインされたドアハンドル
がつけられている。これらのドアハンドルのデザイ
ンから異なる方向に開くことを簡単に見出すことが
できるため,操作を間違えることはないと説明して
いる。
2)アフォーダンス(affordance)は,英語のアフォー
ド(afford)「∼ができる,∼を与える」などの意味
をもつ動詞をもとにした Gibson の造語である
( Gibson, James J. 1979)。 ア フ ォ ー ダ ン ス
(affordance)とは,環境が動物(観察者)に対する
(観察者の身体的な)「価値ある情報」のことで,環
境の中にある全ての物体,物質,事象,他の動物,
人口物に実在する。動物(観察者)は,それらを環
境にある全てのものからアフォーダンス
(affordance)を「探索」し,ピックアップしている
(佐々木 1994)。Norman(1988)は,前述のデザイ
ンの課題解決にアフォーダンスの概念をとりいれ,
「物をどう扱ったらよいかについて強力な手掛りを
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提供してくれる。ドアの押し板は押すためのもので,
ドアノブは回すためのものだった。アフォーダンス
の特徴がうまく使われていれば絵やラベルや説明文
も必要なくどう使えばよいかが人目でわかる」,と
説明している。
3)本能的デザインの例では,1961 年ジャガー E-タイプ
を例に挙げている。そのデザインについて,滑らか
で優雅で刺激的な点が本能レベルへ訴えかけて情動
を刺激すると説明している。
4)行動的デザインの例では,概念モデルと操作の対応
づけがわかりやすいメルセデス・ベンツのシート調
整つまみを挙げている。
5)内省的デザインの例では,スウォッチ社の腕時計に
ついて触れている(Norman 2004,日本語訳 113115 頁)。スウォッチ社は,スイスの腕時計産業を変
えた会社で,時計をファッション哲学へと転換し,
ネクタイや靴やシャツのように多くの時計を持つべ
きと主張した。しかし Norman はスウォッチ社の真
の変革について,時計の真の価値を高品質で信頼す
ること以上に,情動的なデザインへ変えたことにあ
ると説明している(Norman 2004,日本語訳 113 頁)。
6)深澤直人(ふかさわ なおと):プロダクトデザイナ
ー/ Naoto Fukasawa Design の代表。多摩美術大
学卒業。国内の大手メーカーを経てアメリカ,デザ
イン・コンサルタント会社 ID TWO(現在 IDEO)
でプロダクトデザインを手掛けた後,国内において
大手メーカーとのプロダクトを多数手掛けたデザイ
ン活動を行っている。MUJI の壁掛け CD プレーヤ
ー,± 0 の加湿器,au/KDDI の「INFOBAR」はニ
ューヨーク近代美術館の永久所蔵品,他受賞歴は 50
賞を超え,2007 年には英国王室芸術協会よりロイヤ
ルデザイナー・フォー・インダストリー(Hon RDI)
の称号を授与される。武蔵野美術大学教授,多摩美
術大学教授。
7)「身体的記憶」や「無意識の記憶」をアクティヴ・
メモリーと呼ぶ(深澤 2004)。アクティヴ・メモリ
ーとは,特別な経験,意識的に記憶されるもののこ
とではなく,誰もが共通して知っている日常の行為
や事象からの,身体になじんだ記憶のこと。1997 年
頃に深澤直人とその同僚であったイギリス人デザイ
ナーのサム・ヘクトが,「身体的記憶」,「無意識の
記憶」,あるいは「自覚なき行為の記憶」という概
念を英語で明示したものである。深澤(2004)は,
「アクティブ・メモリー」を次のように説明している。
『鉛筆を使って何かを書いている時に鉛筆のことを
考えている人はほとんどいないわけで,無意識にや
っている仕草や行為の中で多くの人が共有している
記憶がある。言われてみれば鉛筆の匂いをみなよく
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Japan Marketing Academy
人とモノとのインタラクションデザイン
知っているし,歯型の跡のざらつきやテクスチャー
を知っている。へたしたら味まで知っている。これ
が「アクティブ・メモリー」
』
(91 頁)
。
8)内田繁(うちだ しげる)/インテリアデザイナー:
日本を代表するデザイナーとして商・住空間のデザ
インにとどまらず,家具,プロダクトデザインから
地域開発にいたる幅広い活動を国内外で展開。1943
年横浜生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。東京造形
大学,桑沢デザイン研究所客員教授。毎日デザイン
賞,商環境デザイン賞,第 1 回桑沢賞,芸術選奨文
部大臣賞,紫綬褒章(2007)等受賞。代表作に六本
木 WAVE,山本耀司の一連のブティック,科学万
博つくば’85 政府館,ホテル・イル・パラッツオ,
神戸ファッション美術館,茶室「受庵,想庵,行庵」
,
門司港ホテル,オリエンタルホテル広島ほか。メト
ロポリタン美術館,サンフランシスコ近代美術館,
モントリオール美術館,デンヴァー美術館等に永久
コレクション多数。
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峯 淳子(みね じゅんこ)
多摩美術大学美術学部デザイン科卒業。
楽器・音響機器メーカーでプロダクトデザイナー,
住宅設備機器メーカーで住空間デザイナー,デザイ
ン・コンサルタント会社でユーザビリティ・エンジ
ニアを経て,首都大学東京大学院社会科学研究科経
営学専攻博士前期課程修了。
現在,学習院大学大学院経営学研究科博士後期課程
に在籍中。
● JAPAN MARKETING JOURNAL 116
マーケティングジャーナル Vol.29 No.4(2010)
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http://www.j-mac.or.jp