価値視点のパッケージ・デザイン戦略

Japan Marketing Academy
★
論文
価値視点のパッケージ・デザイン戦略
笊 ――― はじめに
笆 ――― パッケージによる提供価値の連続性
笳 ――― パッケージによる4つの提供価値
笘 ――― まとめ
石井 裕明
おり,88 %の主婦がお店に入ってからその日
● 早稲田大学 商学学術院 助手
のメニューを決めていることや(稲垣 2003),
恩藏 直人
スーパーにおける購買行動のうち6割から9
● 早稲田大学 商学学術院 教授
割が非計画購買であることなどが指摘されて
いる(太田 2004)。こうした消費者行動を踏
まえると,「物言わぬ販売員」や「マーケティ
笊――― はじめに
ングにおける最後の 5 秒」とたとえられ,購
買時点における重要なコミュニケーション・
近年の市場を見渡してみると,様々な工夫
ツールの一つであるパッケージに大きな期待
を凝らしたパッケージが数多く存在している
が寄せられたとしても不思議ではない。
のが分かる。例えば,サントリーの緑茶飲料
今世紀に入り,様々なカテゴリーにおいて
「伊右衛門」の青竹を連想させるペットボトル
製品の基本的な性能や品質に違いが見出せな
は,ブランドの持つ世界観を表現する上で大
くなっている。こうした状況はコモディティ
きな役割を果たしており,資生堂のシャンプ
化と呼ばれており,多くの企業にとって見逃
ー「TSUBAKI」の花びらをイメージした曲
すことのできない課題である(恩蔵 2007)。
線的な容器には,高い品質を伝える意図が込
コモディティ化に対応するための方策にはい
められているという。また,ミツカンの納豆
くつかの方向性が考えられるが,パッケー
「金のつぶ あらっ便利」シリーズは,たれの
ジ・デザインなどの感性的側面による差別化
小袋やフィルムを排除した独自のパッケージ
はそのうちの一つとして捉えられる(恩蔵
を導入し,大きな話題を呼んだ。いずれのパ
2010; 楠木・阿久津 2006)。Schumitt and
ッケージも,単なる容器としての機能を超え,
Simonson(1997)が指摘するように,パッケ
製品価値やブランド価値にとって非常に重要
ージや製品の外観は企業やブランドの多面的
な役割を果たしている。
なパーソナリティを伝え,ポジティブで総合
パッケージが重視される背景の一つには,
的な印象を与える強力な競争上の武器となる
消費者の購買行動の特性があげられる。多く
のである。
の消費者は,店舗内で購買意思決定を行って
パッケージは「製品を保護し,プロモート
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し,輸送し,識別するために用いられる容器
いう二つの視点から整理していく。さらに二
のこと」(Bennett 1995, p.201)と定義される。
つの視点である「提供価値の内容」について
パッケージの重要性は古くから認識されてき
は,購買場面における製品判断を容易にする
ており,マーケティングに携わる研究者や実
「情報処理価値」,購買場面において見た目の
務家の中には,P で始まる単語ということか
楽しさや美しさを提供する「購買誘因価値」,
ら「5 つ目のP」として位置づける人もいる。
製品の使用を効率化する「製品消費価値」,消
これまでに指摘されているパッケージの機能
費体験を向上させる「消費経験価値」の4つ
を見てみると,「ブランドの識別」「記述的お
に分類し,議論を進める。
よび説得的情報の伝達」「製品輸送および保護
笆――― パッケージによる提供価値の
連続性
の支援」「家庭内保管の支援」「製品消費の促
進」(Keller 2007),「商品保護」「情報伝達」
「単位化」「可搬化」(小川 2001)などがあげ
られている。様々なマーケティング活動や消
パッケージ・デザインを維持するか変更す
費者行動に関わる点からも,パッケージの持
るかという意思決定は,多くのマーケターが
つ重要性を確認することができるだろう。世
直面する課題であろう。価値の連続性という
良(1999)はパッケージの持つ機能の多面性
視点から見ると,パッケージ・デザインの維
に注目し,4 P のいずれにも分類しきれない
持は提供価値を持続させる一方,パッケー
マーケティング要因として論じている。
ジ・デザインの変更は提供価値の再構成を目
指すと考えられる。
このように重要なマーケティング要因であ
るパッケージだが,先行研究に目を向けてみ
1.パッケージ・デザイン変更の意義
ると,パッケージの分類や機能の整理を試み
た論文は発表されていたものの,本格的な実
パッケージ・デザインの変更は他のマーケ
証研究が展開される様になったのはそれほど
ティング・コミュニケーションの変更に比べ
昔のことではない。製品デザインに関する広
て,効率的であるといわれる。Keller(1998)
範なレビューを行った Bloch(1995)が指摘
は,パッケージにおけるグラフィックスや写
するとおり,マーケティング関連の文献にお
真の変更が数千ドル程度の費用で実施できる
いて,製品やパッケージのデザインを扱った
ことや,ボトルの形状を変更するとしても 30
本格的な実証研究は,1990 年代前半までほと
万ドル程度の費用で賄えることを指摘し,
んど行われていなかったのである。
TVCM などの他のマーケティング・コミュニ
ケーション手段と比べた費用面における優位
しかしながら近年,パッケージに対する注
性に言及している。
目の高まりを背景に,パッケージ要素とマー
ケティング成果とを結びつける実証的な研究
また,パッケージ・デザインの変更は売上
も増えてきている。そこで本稿では,これま
に対して直接的に影響する。例えば,コカ・
で進められてきたパッケージ研究について,
コーラは 1995 年,ペットボトルにくびれたパ
ッケージ・デザインを復活させることで,広
「提供価値の連続性」と「提供価値の内容」と
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告キャンペーンなどは変更せずに7%の売上
陽をモチーフにしたオレンジ色のコロナのデ
増加を記録している(恩蔵 2002)。2009 年 9
ザインがなくてはならないだろうし,サント
月のリニューアル後,売上を 50%も伸ばした
リーの缶コーヒー「BOSS」にはひげを生や
森永乳業のアイスクリームバー「PARM(パ
し,パイプをくわえた男性の顔が不可欠だろ
ルム)」の成功の裏には,プレミアム感を想起
う。パッケージ・デザインの変更に伴い,こ
させる絹のようなパッケージ・デザインの採
うしたアイデンティフィケーション要素が失
用があったという(瀬戸 2010)。消費財のマ
われてしまったとしたら,既存顧客の混乱を
ネジャーにとって,パッケージ・デザインの
招いてしまう。
変更は,有効性も実現可能性も高いマーケテ
Garber, Burke, and Jones(2000)の実験で
ィング手段の一つなのである。
は,購買経験の有無とパッケージ・デザイン
Schoormans and Robben(1997)や Gar-
の変更との関係が検討されている。彼らはバ
ber, Burke, and Jones(2000)の指摘を参考
ーチャル・ショッピング・シュミレーション
にすると,パッケージ・デザイン変更の有効
を用いて,小麦粉,レーズン,スパゲッティ,
性は,消費者の注意を当該ブランドにひきつ
シリアルのパッケージ・カラーの変更に関す
けられる点にある。そもそも当該ブランドが
る実験を行った。被験者は 5 回の模擬購買を
選択されるには,対象となるパッケージが購
行っており,4 回目と 5 回目の購買の際にパ
買時点において消費者の目をひきつけなくて
ッケージ・カラーが変更されている。結果を
はならない。人々は一般的に,与えられた刺
見てみると,3 回目までに当該ブランドを購
激が過去の経験から学習された予測と大きく
入しなかった参加者では,パッケージ・カラ
異なる場合,その刺激に対して注意を向ける
ーの変更が顕著であるほど,対象ブランドの
という(Helson 1964)。こうした知見は,パ
購入を検討する可能性が高くなっていた。一
ッケージ・デザインの変更が,店頭における
方,3 回目までに対象ブランドを購入してい
消費者の注意の獲得につながり,当該ブラン
た参加者においては,従来のカラーと類似し
ドの購買に結びつく可能性を示唆している。
たパッケージの方が,カラーの大きく異なる
パッケージよりも購入される可能性が高くな
2.パッケージ・デザイン変更の注意点
っていたのである。こうした結果は,パッケ
しかしながら,パッケージ・デザインの変
ージ・カラーの変更によるアイデンティフィ
更は,それまで提供してきた価値を手放さな
ケーション要素の喪失が既存顧客の離反につ
ければ実現しない場合も多く,常に好ましい
ながる危険性を示唆している。
結果に結びつくとは限らない。
別の視点からも,パッケージ・デザイン変
多くのパッケージ・デザインには,ブラン
更によって価値の連続性が失われることのネ
ドを識別するための「アイデンティフィケー
ガティブな側面を議論できる。消費者は,知
ション要素」が盛り込まれている(Garber,
識として有するカテゴリーに基づき,情報処
Burke, and Jones 2000)。例えば,花王の衣
理を進めることがある。先行研究の指摘によ
料用洗剤「アタック」のパッケージには,太
ると,刺激が既存カテゴリーに合致している
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場合には,下される評価が瞬時に既存カテゴ
験を行い,パッケージ変更の程度とパッケー
リーと結び付けられ,刺激が既存カテゴリー
ジへの全体的評価との関係について議論して
と大きく異なる場合には,即座に別のカテゴ
いる。実験では,標準的な形状として長方形,
リーであると認識される。そのため,どちら
変化を加えた形状として球形という 2 種類の
の場合においても追加的な情報処理が進めら
形状が採用されており,標準的なカラーの赤,
れないという。したがって,精緻な情報処理
中程度の変化を加えたカラーのオレンジと赤
が進められ,好ましい評価に結びつき易いの
の組み合わせ,大幅な変化を加えたカラーの
は,消費者が有しているカテゴリーと刺激が
オレンジという 3 種類のカラーと結びつける
適度な不一致をしている時だといわれている
ことで,合計 6 種類のパッケージが制作され
(Meyers-Levy and Tybout 1989; Ozanne et
た。結果を見てみると,パッケージ・デザイ
al. 1992; 清水 1999)。以上の議論をパッケー
ンの変化に対する消費者の知覚が大きいほど,
ジ・デザインの変更に応用すると,消費者の
当該パッケージに注意が向けられることが確
有するカテゴリーと適度に不一致な水準で実
認された。その一方,パッケージ・デザイン
施された変更の場合,当該パッケージに対す
の変化に対する知覚が大きくなりすぎると,
る評価が高まりやすいと考えられる。しかし
パッケージ全体に対する評価は低下しており,
ながら,消費者の有するカテゴリーと全く一
大幅なパッケージ変更の危険性を示す結果と
致しないような大幅な変更の場合や,全く変
なっている。
更が行われない場合には,当該パッケージに
3.パッケージ・デザイン維持の注意点
対する評価の大幅な向上は望めないだろう
。
(図表− 1)
Schoormans and Robben(1997)や Gar-
Schoormans and Robben(1997)は,イン
ber, Burke, and Jones(2000)の研究から導
スタント・コーヒーのパッケージを用いた実
き出されるとおり,売り場において消費者の
十分な注意が得られており,かつ,多くのロ
■図表―― 1
イヤル・カスタマーが存在する場合には,パ
パッケージ変更の程度とパッケージ評価
ッケージ・デザインは維持するか,最小限の
変更にとどめることで提供価値を持続させる
べきである。しかしながら,どれほど人々に
愛されているパッケージであったとしても,
全く同じデザインを長期間にわたり採用し続
けると,一つ一つの要素が時代にそぐわなく
なってしまうことがある。
こうした状況に対応するため,一部の企業
においては,消費者がデザインの違いを感じ
ることができない程度の変更を繰り返してい
る。例えば「ポッカコーヒー」では,「顔」の
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デザインが導入された 1973 年から 2010 年ま
からの注意の獲得や購買可能性の向上に結び
での間に,パッケージ上の男性の顔を 10 回に
つくだろう。また,当該ブランドにロイヤ
渡り変更してきている 。人々がかろうじて
ル・カスタマーが存在しているものの,売り
気付くことのできる差異のことを丁度可知差
場で十分な注意を得られていないのであれば,
異(JND: Just Noticeable Difference)という
ブランドにおけるアイデンティフィケーショ
が,パッケージ・デザインの維持を求められ
ン要素を確定したうえで,消費者の事前知識
るマーケターは,既存のデザインをそのまま
から逸脱しない範囲でのパッケージ変更が有
採用するだけではなく,基本的な要素を踏襲
効である。提供価値の連続性は中程度という
しつつ,丁度可知差異を考慮した変更を繰り
ことになるだろう。一方,当該ブランドにロ
返すことでパッケージ・デザインの鮮度を保
イヤル・カスタマーが存在しており,売り場
つ必要がある。
で消費者からの十分な注意を得られている場
1)
合には,既存のパッケージ・デザインを維持
4.提供価値の連続性
するか,最小限の変更にとどめ,提供価値を
以上の議論からは,マーケターがどのよう
持続させることが望ましい。その際,パッケ
にパッケージによる提供価値の連続性を捉え
ージ・デザインの鮮度が長期的に低下しない
るべきかが読み取れる。もし当該ブランドに
ように,丁度可知差異を考慮した調整を行う
ロイヤル・カスタマーがそれほどいない場合
ことで,顧客のロイヤルティを低下させるこ
には,提供価値を再構成し,全面的なパッケ
となく,パッケージの価値を維持できる( 図
ージ・デザイン変更を実施することが消費者
表− 2)
。
■図表―― 2
提供価値の連続性とパッケージ・デザイン変更
・ロイヤル・カスタマーの支持を維持できる
・鮮度も維持できる
・丁度可知差異を超えないように注意
可知
:
:
:
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:
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■図表―― 3
パッケージがもたらす4つの提供価値
笳――― パッケージによる4つの提供
価値
新製品を導入する際,多くのマーケターは
どのようなパッケージ・デザインを採用すべ
処理
きか,頭を悩ませるだろう。また,前節で指
摘したとおり,当該ブランドがロイヤル・ユ
ーザーを獲得できていなかったり,売り場に
おいて十分なインパクトを得られていなかっ
たりするのであれば,マーケターはパッケー
ジ・デザインの変更を検討しなくてはならな
い。こうした場面において,パッケージによ
る提供価値という視点を取り入れることによ
じることなく,効率的に製品情報を処理する
り,マネジメント上の展望が開けてくる。
ことのできる「情報処理価値」が重要になる
もし,売り場でのインパクトを強め,消費
だろう。パッケージを「棚の上のセールスマ
者のトライアルを増加させたいと考えている
ン」「最後の 5 秒のコマーシャル」と呼ぶこと
のであれば,マーケターは購買場面における
から分かる通り,高い情報処理価値を有する
好ましさを追求しなければならないだろう。
ことは優れたパッケージ・デザインの条件の
あるいは,使用時の満足向上を目指し,ロイ
一つである。
ヤル・カスタマーを増加させるためには,使
広告への写真の掲載によって消費者の注意
用場面における好ましさを追求するべきであ
を集められるという指摘と同じように
る。さらに,当該ブランドが置かれている状
(MacInnis, Moorman, and Jaworski 1991),
況に応じて,パッケージが提供する価値に合
非言語的情報の掲載は当該パッケージに注意
理的側面が求められているのか,情緒的側面
を集める上で有効だと考えられる。Under-
が求められているのかは異なるだろう。本章
wood, Klein, and Burke(2001)は,パッケー
では,パッケージの提供する価値が製品の購
ジに製品内容の写真を掲載する効果について,
買場面と使用場面のどちらに発生するのかと
バーチャル・リアリティ技術を用いた実験に
いう軸と,価値が合理的側面と情緒的側面の
よって検討している。消費者は,ブランドに
どちらにウェイトが置かれているのかという
親しみがなかったり,属性を適切に評価でき
軸から先行研究を整理していく(図表− 3)。
なかったりする場合,「外部手がかり」を指標
に品質を判断するという(Zeithaml 1988)。
1.情報処理価値
パッケージに掲載される写真やイラストが製
パッケージは様々な情報を消費者に伝える。
品選択を決める際の「外部手がかり」として
特に購買場面においては,消費者が負担を感
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機能しやすいことを考えれば,消費者が親し
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みを感じないブランドにおいては,パッケー
適切なキャラクターの採用も製品特徴を効
ジに写真やイラストを掲載することがより重
率よく伝達する手段の一つとなる。統合型マ
要になるだろう。129 名の消費者が参加した
ーケティング・コミュニケーションにおける
実験の結果を見てみると,キャンディ,ベー
キャラクターの役割を議論している Garreto-
コン,マーガリンなどの模擬購買において,
son and Burton(2005)は,パッケージ上に
親しみのないブランドでは製品写真の掲載に
キャラクターを配置する効果について言及し,
よって消費者の注意を高める効果が見られた
チーズのキャラクターとして筋肉質のネズミ
一方,親しみのあるブランドでは製品写真の
を採用したり,洗剤のキャラクターとしてふ
掲載の影響が認められなかった(Underwood,
さふさの毛をした羊を採用したりすることに
Klein, and Burke 2001)。したがって,消費者
よって,ブランドが伝えているメッセージの
になじみの薄いブランドにおいては,製品写
再認率やブランド態度が向上することを示し
真の掲載がブランドへの注意を集める有効な
ている。
手段になると考えられる。
多くの場合,写真やイラストなどの非言語
写真やイラストの掲載は,消費者の目を引
的情報は言語的情報と同時に掲載されている。
くだけでなく,特定の製品特徴を伝達するこ
Rettie and Brewer(2000)は,脳の半球優位
とにも結びつく。Bone and France(2001)
性の視点から,パッケージにおける言語的情
の研究では,パッケージに掲載された写真や
報と非言語的情報のレイアウトについて検討
色が製品信念に与える影響についての検討が
している。視覚的な情報では,右視野の画像
進められている。コーラのカフェイン含有量
が左脳に,左視野の画像が右脳に送られる
を質問する実験では,カフェイン含有量の多
(福田・佐藤 2002)。また,脳の右半球は視空
さを伝える写真として赤と黄色の背景でフッ
間的処理に,左半球は言語的処理に優れてい
トボール選手が走っている写真,カフェイン
る ( 永 江 1991)。 こ う し た 指 摘 に 基 づ き ,
含有量の少なさを伝える写真として青色の背
Rettie and Brewer(2000)は市場に出回って
景で男性がヤシの木の下で眠っている写真が
いる5つのパッケージを用いた実験を行い,
採用されており,それぞれをパッケージに掲
言語的情報がパッケージの右側に配置され,
載した時の影響が比較されている。その結果,
非言語的情報がパッケージの左側に配置され
他の言語的要素が同一の場合でも,カフェイ
た場合に,消費者がパッケージに記載された
ン含有量の多さを伝える写真のパッケージを
情報をうまく再生できることを確かめている。
目にした被験者の方がカフェイン含有量の少
同様のレイアウトによる効果は,日本の消費
なさを伝える写真のパッケージを目にした被
者においても確認されている(石井・恩蔵・
験者よりもコーラに多くのカフェインが含ま
寺尾 2008; 石井 2010)
。
れているという信念を形成しており,パッケ
本稿の冒頭で消費者の店舗内購買意思決定
ージに掲載されるグラフィックスが消費者の
率の高さに言及したが,消費者が店頭でパッ
製品信念に影響を与えることが確かめられて
ケージと接触する時間はきわめて短いと考え
いる。
られる 2)。こうした状況において,パッケー
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ジに対する消費者の効率的な情報処理を実現
であった。結果を見てみると,ラベルに掲載
するためには,言語的情報だけでなく,非言
されているイラストを事前に想像するよう指
語的情報の活用が重要である。
示されていた被験者においては,当該イラス
トが掲載されているパッケージを選択する確
2.購買誘因価値
率が高くなっていた。こうした効果は,イラ
当該パッケージの外観の楽しさや美しさは
ストに対する処理が容易になったことによっ
購買可能性を高めるだろう。例えば,スタイ
て生まれる好ましい感情的反応の影響として
リッシュなデザインが採用されたエステーの
捉えられており,Laboo, Dhar, and Schwartz
「自動でシュパッと消臭プラグ」や見た目にか
(2008)は,ブランドや製品の特性と直接結び
わいい花王の「クイックルワイパーハンディ」
ついていなくても,視覚的なシンボルの採用
などのヒットは,購買場面において,消費者
によって感情的な好ましさを付与できると主
が優れたデザインに一定の価値を見出してい
張している。
る表れであると考えられる。パッケージの情
キャラクターの採用と同様,芸術作品を取
緒的側面を強化し,「購買誘因価値」を提供す
り入れることもパッケージの購買誘因価値の
ることは,店頭での存在感を高める有効な手
向上に寄与するようである。Hagtvedt and
段であろう。
Patrick(2008)は,フォークやナイフなどの
見た目に優れたキャラクターの採用は,購
銀食器類のパッケージにゴッホ作の「夜のカ
買誘因価値を向上させる方策の一つとして捉
フェテラス」を掲載した場合とそれに類似し
えられる。前節では,適切なキャラクターを
た夜のカフェの写真を掲載した場合を比較し,
採用することで,ブランドや製品の特徴を効
写真よりもゴッホ作の「夜のカフェテラス」
率的に伝達できることを指摘したが,近年の
を掲載した場合の方が好ましい製品評価に結
研究では,ブランドや製品と直接的に結びつ
びつくことを確認している。こうした製品評
かなくても,視覚的なシンボルの採用が好ま
価の向上は,採用される芸術作品の内容の好
しい評価に結びつくと主張されている。
ましさに関わらず,芸術作品から得られる高
Laboo, Dhar, and Schwartz(2008)は,ワイ
級感の知覚によって生まれていることが指摘
ンのラベルに掲載されているカエルのイラス
されており,芸術作品の掲載がパッケージの
トのような,直接的に製品に結びつきにくい
購買誘因価値を高めると考えられる。
視覚的シンボルの効果について検討した。彼
制作されたパッケージをいかに消費者に伝
らは,特定のイラストについて想像させた後,
達するかによってもパッケージの購買誘因価
それらのイラストが掲載されたワインのボト
値は変わってくる。Aggarwal and McGill
ルと掲載されていないワインのボトルのどち
(2007)は製品やパッケージの外観を活用した
らかを被験者に選択させるという実験を行っ
擬人化の効果について言及している。行われ
ている。その際,ワイン・ボトルに掲載され
た実験では,人の笑顔を連想させるようなデ
ているイラストは,船や自動車やカエルなど,
ザインを擬人化して訴求すると,人の怒った
ワインと直接的には結びつきにくいイラスト
顔を連想させるようなデザインを擬人化して
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訴求したり,擬人化した訴求を行わなかった
注目を浴びている解釈レベル理論を用いて,
りする場合に比べて,好ましい製品評価が得
使用前と使用後の製品評価軸の変化について
られていた。また,多様なサイズのボトルを
言及した。解釈レベル理論では,人々が対象
用いて「家族」として訴求をした場合にも,
や出来事に対して感じる心理的距離(psycho-
同一のサイズのボトルを家族として訴求した
logical distance)の遠近によって,精神的表
場合や家族としての訴求をしなかった場合に
象が異なると考えられており,心理的距離が
比べて好ましい製品評価に結びついており,
遠い場合には本質的で目標関連的な解釈がな
擬人化した訴求とデザインとの結びつきが確
される一方,心理的距離が近い場合には副次
認されている。
的で目標無関連的な解釈がなされるという(阿
数え切れないほどの製品が並ぶ店頭におい
部 2009)
。Thompson らの一連の研究では,従
ては,効率的に情報を掲載しているだけのパ
来指摘されていた時間的距離,社会的距離,
ッケージでは,消費者の目に留まりにくい。
空間的距離に加えて,直接的な使用経験も心
消費者に当該ブランドを選択してもらうため
理的距離を規定すると捉えられている
には,見た目に優れた購買誘因価値の高いパ
(Thompson, Hamilton, and Rust 2005; Hamil-
ッケージを制作することが重要なのである。
ton and Thompson 2007)
。彼らの指摘による
と,製品の使用前には心理的距離が遠いため,
3.製品消費価値
本質的解釈と結びつき易い機能性の高さが重
製品の消費場面に注目してみると,合理的
視され,機能数の多い製品が好まれる。その
側面の追求は使いやすさの向上との結びつき
一方,製品の使用後には心理的距離が近くな
が強いだろう。近年,一部の飲料メーカーで
るため,副次的な解釈と結びつき易い使いや
は使い易いペットボトルの開発が進められて
すさが重視され,多機能製品よりもシンプル
いる。例えば,コカ・コーラ社のスポーツ飲
で操作性の高い製品が好まれるという。
料「アクエリアス」では,人間工学で得られ
Thompson, Hamilton, and Rust(2005)は,
た知見を活かして握りやすさが追求されてお
190 名の消費者を対象にデジタル音楽プレー
り,2006 年には「アクエリアスグリップボト
ヤーを用いた実験を行った。結果を見てみる
ル」が,2010 年には「エアーボトル」が導入
と,製品使用前の被験者においては,多くの
されている(日本コカ・コーラ 2006, 2010)。
機能を有することが製品全体に対する評価や
使いやすさの向上は「製品消費価値」を高め
予測される満足度に強く結びつく一方,製品
る有効な手段である。
使用後の被験者においては,操作が単純で使
製品消費における使いやすさの向上がどの
い易いことが製品全体に対する評価や使用し
ような影響をあたえるかについては,Thomp-
た満足度に強く結びついていた。Hamilton
son らの一連の研究が参考になる(Thomp-
and Thompson(2007)においても,機能性
son, Hamilton, and Rust 2005; Hamilton and
は高いが使いにくい音楽プレーヤーと機能性
Thompson 2007)
。Thompson, Hamilton, and
は低いが使いやすい音楽プレーヤーを用いた
Rust(2005)は,近年,社会心理学の分野で
実験が行われており,製品について説明した
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だけのグループと製品を実際に使用してもら
et al.(2008)は Higgins(1997)が提唱した
ったグループが比較されている。その結果,
制御焦点理論を援用し,それぞれのベネフィ
製品について説明を受けただけのグループで
ットから生まれる消費者の感情について整理
は高い機能性を有する音楽プレーヤーが好ま
した。制御焦点理論では,快接近型の手段に
しく評価される一方,実際に製品を使用した
よって目標達成を目指している状態が促進焦
グループでは,使いやすい音楽プレーヤーの
点(promotion focus),不快回避型の手段に
方が好ましく評価されていたのである。
よって目標達成を目指している状態が予防焦
こうした結果は,製品使用における操作性
点(prevention focus)と呼ばれており,それ
や使いやすさといった側面が,使用後の評価
ぞれの焦点状態から生まれやすい感情は異な
や満足に強い影響を与える可能性を示唆して
ると主張されている(Higgins 1997)
。
いる。パッケージにおける製品消費価値の向
Chitturi et al.(2008)の指摘によると,消
上は,製品選択場面でそれほど重視されない
費者にとって実用的ベネフィットは「提供さ
と考えられるため,即時的な売上増加は難し
れなくてはならない側面」として見なされ,
いかもしれないが,高い顧客満足を獲得し,
予防焦点との結びつきが強いと考えられる。
リピート購入者を増やし,ひいてはロイヤ
そのため,実用的ベネフィットの経験からは
ル・カスタマーによるポジティブなクチコミ
自信や安心といった感情が生まれ,満足へと
をもたらしていく上では,不可欠な視点だと
結びつきやすい。その一方,快楽的ベネフィ
いえるだろう。
ットは「提供して欲しい側面」として見なさ
れ,促進焦点との結びつきが強いと考えられ
4.消費経験価値
るため,その経験からは楽しさや興奮といっ
冒頭で紹介した「伊右衛門」の青竹のパッ
た強い感情が生まれ,喜びに結びつきやすい
ケージや,「キリンチューハイ氷結」に採用さ
という。Chitturi et al.(2008)が 240 名の学
れているダイヤカット缶は,消費者の感性に
生を対象に行った実験結果を見てみると,優
訴求し,消費経験を向上させていると考えら
れたデザインなどの快楽的ベネフィットを有
れる。消費者の使用場面に注目した場合,高
する携帯電話の好ましい消費経験からは興奮
い「消費経験価値」の提供を目指すのも重要
や楽しさが生まれ,喜びに結びついており,
な方向性の一つである。
期待以上のバッテリー容量などの実用的ベネ
高いデザイン性や感性的価値を有する製品
フィットを有する携帯電話の好ましい消費経
の使用によって,どのように消費者の評価が
験からは安心や自信が生まれ,満足に結びつ
下されるのかについては,Chitturi et al.
いていた。
(2008)が行った研究が参考になる。製品やサ
消費経験に対する知覚を変化させるデザイ
ービスが提供するベネフィットは,機能的で
ン要因としては,カラーの効果も知られてい
操作的なメリットである「実用的ベネフィッ
る。例えば,一部の食品では,カラーの変更
ト」と審美的で経験的なメリットである「快
が味覚の評価に影響することが指摘されてい
楽的ベネフィット」に分類できる。Chitturi
る(Delwiche 2004)。近年行われた実験では,
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.2(2010)
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価値視点のパッケージ・デザイン戦略
オレンジジュースの評価において,ラベルの
し,議論を進めたが,パッケージの幅広い機
カラー,産地,ブランド,価格の変更と実際
能を考えると,より包括的な検討も必要だろ
の味の変更がどのように消費者の味覚に影響
う。例えば,日本コカ・コーラのミネラルウ
するのかが検討されている(Hoegg and Alba
ォーター「い・ろ・は・す」は,消費した後
2007)。二つのジュースの味を比較してもらう
の廃棄の際に簡単につぶせるようになってい
実験の結果,味は同じでラベルのオレンジ色
る。こうしたパッケージは,廃棄作業の合理
の濃さを変更した場合の方が,ラベルの色が
性を高めているとも捉えられるし,つぶす際
同じで味が異なる場合よりも,消費者の味覚
の独特の感覚が情緒的な側面に訴えていると
に違いが生まれていた。こうした影響は産地
も考えられる。
やブランドや価格を変更した場合では確認で
冒頭でも確認したとおり,パッケージは近
きず,ラベルのカラーが消費者の味覚に与え
年のマーケティング環境に対応する不可欠な
る影響の大きさを表している。
要素となっている。パッケージを価値視点で
優れたパッケージ・デザインは,使用によ
捉えなおすことで,我々は新たな知見を獲得
る喜びを提供したり,知覚に影響したりする
できるだろう。
ことで,消費経験を向上させている。Chitturi
注
1)デザインの変遷はポッカコーポレーション HP「ポ
ッカコーヒーヒストリー」(http://pokka.jp/coffee/original/history.html)参照。
2)例えばコンビニエンスストアでは,約 100m 2 の店
舗に 3000 もの商品が並んでいる(木下 2002)。消
費者のコンビニでの平均商品選択時間が約 8 分で
あることを考えると(東急エージェンシー 2006),
個々の商品への接触時間はきわめて短いことが分
かる。
et al.(2008)は,こうした快楽的ベネフィッ
トの提供が実用的ベネフィットの提供よりも
再購買意図につながりやすい点を指摘してい
る。強固なロイヤル・カスタマー層を構築す
るには消費経験価値の向上は有効な手段とな
るだろう。
笘――― まとめ
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本稿では,既存のパッケージ・デザイン研
究について価値視点からの考察を加えてきた。
まず「提供価値の連続性」に言及し,パッケ
ージ・デザインの維持と変更に関する意思決
定についての議論を進めた。さらに,「提供価
値の内容」について検討し,価値が発生する
場面と提供価値の方向性という軸によって,
「情報処理価値」「購買誘因価値」「製品消費価
値」
「消費経験価値」への整理を試みた。
パッケージが提供する価値の内容に関する
議論においては,購買場面と使用場面に注目
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石井 裕明(いしい ひろあき)
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現在,早稲田大学商学学術院助手,実践女子大学人
間社会学部非常勤講師。
専攻はマーケティング,消費者行動。
恩藏 直人(おんぞう なおと)
早稲田大学商学学術院教授。専攻はマーケティング。
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.2(2010)