論文 顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割

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論文
顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
∼JCSI(日本版顧客満足度指数)
を用いた業界横断的検討∼
笊 ――― JCSI について
笆 ――― スイッチング・バリアについて
笳 ――― 既存研究の知見と本稿の目的
笘 ――― 分析概要
笙 ――― 分析結果
笞 ――― まとめと今後の課題
酒井 麻衣子
応じていくつかの専門委員会が設置され,そ
● 多摩大学 経営情報学部 准教授
れぞれ精力的に活動を展開している。
生産性の分子の向上においては,その前提
笊――― JCSI について
としてサービスの品質や信頼性の「見える化」
が必要となる。JCSI(日本版顧客満足度指数)
1.JCSI 開発の経緯
は,同協議会に組織された CSI 開発ワーキン
サービス産業は,GDP ・雇用ベースで日本
ググループおよび企業アドバイザリーグルー
経済の約 7 割を占める重要な産業である。そ
プにより,そのための指標のひとつとして開
の一方で,製造業と比較して労働生産性の低
発されたものである。JCSI の基礎となったの
さが課題とされている。
は,ミシガン大学のクレズ・フォーネル教授
その生産性を抜本的に向上させることによ
を中心に考案され,16 年以上の実績を持つ
りサービス産業を製造業と並ぶ「双発の成長
ACSI(米国顧客満足度指数)である。ACSI
エンジン」とすることを目標に掲げ,経済産
はアメリカ以外の多数の国・地域で実施され
業省の委託事業という位置づけで 2007 年 5 月,
ている CSI の基礎ともなっている。
産官学による「サービス産業生産性協議会」
JCSI の開発においては,それら海外におけ
が設立された 。
る先行事例の検証から始め,2008 年度にはい
1)
生産性とは「投入量」と「産出量」の比率
くつかの業界におけるプロトタイプが完成。
である。生産性を向上するには,分母にあた
その後,複数の業界で実証と改善を繰り返し
る投入量を小さくする方法と,分子にあたる
て日本独自の JCSI モデルを構築し,2009 年
産出量を大きくする方法がある。前者につい
度より本格稼働の段階に入っている 2)。
ては,サービスへの科学的・工学的アプロー
2.JCSI の特徴
チの導入や製造管理ノウハウの活用による効
率の向上が,後者については付加価値の向上
JCSI の大きな特徴として,「業界横断的に
や新規ビジネスの創出が目指される(経済産
顧客満足度を比較する」こと,および「顧客
業省 2007)。同協議会では,これらの課題に
満足の因果関係モデルを特定化すること」が
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論文
もたらす成果について,詳細な検討を加える
挙げられる(小野 2010)
。
ことが可能となっている。
1 つ目は,まさに JCSI の特筆すべき特長で
JCSI では,顧客満足度指数を含めた 6 つの
ある。異なる事業者間やサービス産業間でも,
まったく同じ尺度で顧客満足度を測ることで
指標(顧客期待,知覚品質,知覚価値,顧客
比較可能となっている。もちろん,各事業者
満足,WOM,ロイヤルティ)3) が測定され,
や業界が独自に顧客満足度調査を行うことは
公表されている。これらの指標は,各指標を
よくある。しかしそういった個別の調査には,
構成する質問項目の回答データに対して,全
自社内のみ,もしくは自業界における自社の
業界から算出された共通の重みづけを行った
位置のみに視野が狭められるという限界があ
上で 100 点満点に換算されている。
る。顧客にとっては,自己の要求に応えるサ
3.2009 年度年間調査概要
ービスを選択する際に「業界」という垣根は
存在しない。他業界とも比較しながら切磋琢
2010 年 3 月,2009 年度に調査された全 29 業
磨することは,日本のサービス産業全体の顧
界・ 280 社以上のデータに基づく JCSI が発表
客満足度の底上げにつながる。また 2 つ目は,
された。2009 年度年間調査は以下の 3 つの時期
ACSI と異なる日本版の大きな特徴である。
に分けて実施され,総回答者数は 10 万 5,127 人
ACSI は ROI,企業価値,市場シェアなどの
。
である(調査対象業界・企業は資料 2 を参照)
予測指標としての活用に主軸を置いている。
■第 5 回調査(2009 年 6 月∼ 7 月)
一方 JCSI は,共分散構造分析という手法を用
指標化対象業界: 8 業界・ 64 企業/総回答
い顧客満足の原因と結果をモデル化している
者数 2 万 4,586 人
( 資料 1 )。この因果関係モデルを用いること
コンビニエンスストア,衣料品専門店,生
によって,顧客満足を形成する要因やそれが
活雑貨・家具専門店,ビジネスホテル,シ
■資料 1
JCSI モデル
出典:「平成 21 年度 JCSI(日本版顧客満足度指数: Customer Satisfaction Index)∼サービス業 29 業界の傾向・特徴∼」サ
ービス産業生産性協議会(平成 22 年 3 月 16 日発表)
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
■資料 2
2009 年度 JCSI 指標化対象企業
※企業名は,一般的な呼称,短縮名称等を使用している
業界名
1
百貨店
2
スーパー
マーケット
3
コンビニ
エンス
ストア
4
家電量販店
5
ホーム
センター
6
ドラッグ
ストア
7
衣料品
専門店
8
生活雑貨・
家具専門店
9
通信販売
10
シティ
ホテル
11
ビジネス
ホテル
12
飲食
13
カフェ
14
旅行
15
レジャー
イベント
16
国際航空
17
国内交通
(長距離)
18
近郊鉄道
19
携帯電話
指数化対象企業名
ヤマダ、エディオン、ヨドバシ、コジマ、ケーズ、ビック、 1年以内に2回以上利用したこ
ベスト、ジョーシン
とがあり、1回3千円以上の買
い物をした
カインズ、コーナン、コメリ、ナフコ、ホーマック、ケー 1年以内に2回以上利用したこ
ヨー、カーマ
とがあり、1回2千円以上の買
い物をした
マツモトキヨシ、カワチ、サンドラッグ、スギ、ツルハド 3か月以内に2回以上利用した
ラッグ、ドラッグセイムス、ハックドラッグ
ことがあり、千円以上購入をし
た
ユニクロ、しまむら、青山商事、AOKI、西松屋、ライ 1年以内に2回以上利用したこ
トオン、GAP、MUJI、ファイブフォックス(コムサ) とがあり、1回千円以上の買い
物をした
良品計画、ロフト、ニトリ、東急ハンズ、大塚家具
1年以内に2回以上利用したこ
とがあり、1回千円以上の買い
物をした
ベルメゾン、ニッセン、アマゾン、楽天市場、ヤフー、ヨ 6か月以内に2回以上利用した
ドバシ、ECカレント、やずや、DHC、ベルーナ、千趣 ことがあり、1回3千円以上の
会、ニッセン(カタログ)、フェリシモ、セシール、ディノ 買い物をした
ス、ジュピター、QVC、ジャパネットたかた
プリンス、東急、阪急第一、リーガロイヤル、帝国、オー 日本国内で1年以内に 2 回以上
クラ、ニューオータニ、京王プラザ、ロイヤルパーク、イ 利用(主として宿泊)し、かつ
ンターコンチANA、ホテルニッコー、メトロポリタン、 料金は自分で支払った/会社等
スターウッド(シェラトン等)
、ヒルトン、ハイアット
の費用として支払ったが、金額
はわかっている
ワシントン、東横イン、東急イン、スーパー、サンルート、 1年以内に 2 回以上利用した
アパ、チサン、ルートイン
すかいらーく、デニーズ、ロイヤルホスト、サイゼリヤ、
ジョイフル、びっくりドンキー、ココス、かっぱ寿司、あ
きんどスシロー、くら寿司、餃子の王将、マクドナルド、
KFC、モスフード、すき屋、吉野家、松屋
スターバックス、ドトール、サンマルクカフェ、タリーズ、
ミスタ−ドーナッツ
ジェィティビー、日本旅行、近畿日本ツーリスト、阪急交
通、HIS、楽天トラベル、じゃらん、ジェィティビー(ネッ
ト)
、HIS(ネット)
、一休
TDR、 USJ、プロ野球観戦、プロサッカー観戦、TDR・U
SJ以外のテーマパーク (*) 、野球・サッカー以外のスポー
ツ観戦(*) 、映画館鑑賞 (*) 、芝居鑑賞 (*) [ (*) の4種はラン
クリストから除外]
JAL、ANA、ノースウェスト(デルタ)、コリアン、ア
シアナ、ユナイテッド、キャセイ、シンガポール、ルフト
ハンザ
JAL、ANA、スカイマーク、エアドゥ、スターフライ
ヤー、JR東日本、 JR 東海、JR西日本、JR九州、高速
バス
京急、東急、小田急、京王、西武、東武、京成、JR東日
本、メトロ、都営地下鉄、名鉄、名古屋市営地下鉄、近鉄、
JR東海、阪急、阪神、京阪、大阪市営地下鉄、JR西日本、
南海
3か月以内に2回以上利用した
ことがある
NTTドコモ、au、ソフトバンク、ウィルコム、イーモバイ
ル
3か月以上利用をしていて、自
分で支払っている/親や会社の
支払いだが料金は知っている/
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対象企業選定条件
高島屋、三越、そごう、大丸、西武、伊勢丹、近鉄、東急、 6か月以内に2回以上利用した
阪急、松坂屋、東武、小田急、阪神、丸井
ことのあり、1回3千円以上の
買い物をした
イオン、ヨーカドー、ダイエー、西友、ユニー、マイカル、 3か月以内に2回以上利用した
イズミ、平和堂、イズミヤ、ライフ、マルエツ、マックス ことがあり、1回2千円以上の
バリュ、東急ストア、ヤオコー
買い物をした
セブンイレブン、ローソン、ファミリーマート、サークル 1か月以内に2回以上利用した
Kサンクス、ミニストップ、デイリーヤマザキ、 am/pm、 ことがあり、1回2百円以上の
NEWDAYS
買い物をした
3か月以内に2回以上利用した
ことがある
1年以内に2回以上利用(宿泊
を伴う手配)をした
1年以内に2回以上行った
1年以内に2回以上利用したこ
とがある
1年以内に2回以上利用したこ
とがある
3か月以内に2回以上利用した
ことがある
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論文
南海
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携帯電話
NTTドコモ、au、ソフトバンク、ウィルコム、イーモバイ
ル
3か月以上利用をしていて、自
分で支払っている/親や会社の
支払いだが料金は知っている/
家族分を含め複数台分の料金を
支払っている
20
宅配便
21
病院
ヤマト運輸、佐川急便、日本通運、福山通運、西濃運輸、
日本郵政
社会保険、労災、共済、厚生連、日赤、徳洲会、済生会 22
介護サービス
23
フィットネス
クラブ
ニチイ学館(在宅)
、ツクイ、そよ風、やさしい手、
ニチイ学館(有料ホーム) コナミ、セントラル、ルネサンス、ティップネス、メガロ
ス、東急スポーツオアシス、カーブス
1年以内に2回以上発送手配
(小荷物の配送)をした
2年以内に入院をしたことがあ
る/診療を受けたことがある
あなたのご家族が2年以内に利
用されたことがある
6か月以内に2回以上利用した
ことがある
24
学習塾・
通信教育
公文、栄光、東進、河合塾、駿台予備校、明光義塾、学研、
進研ゼミ、Z 会
25
銀行
ゆうちょ、三菱東京UFJ、みずほ、三井住友、りそな、
横浜、新生、ソニー、イーバンク、住信SBIネット、ジ
ャパンネット、その他信用金庫
26
生命保険
日本、かんぽ、第一、明治安田、住友、三井、富国、ソニ
ー、アフラック、アリコ、JA共済、全労済
27
損害保険
東京海上日動、三井住友海上、損保ジャパン、あいおい、
日本興亜損害、ニッセイ同和、全労済、JA共済、ソニー、
チューリッヒ、アクサ、三井ダイレクト
28
証券
野村、大和、日興コーディアル、三菱UFJ、みずほ、
SBI(旧イー・トレード)
、マネックス、楽天(旧 DLJ デ
ィレクト SFG)
、松井、カブドットコム、ジョインベスト
29
クレジット
カード
三菱 UFJ ニコス(DC、NICOSなど)
、三井住友VIS
A、 JCB、UC、セディナ(OMC、CFなど)、セゾン、
イオン、ANA、JAL楽天
あなたのお子様が2年以内に利
用された学習塾・教室、通信教
育
マイレージ・ポイントプログラムを活用し
ている/給与振込・自動振替の
口座がある/定期・積立預金を
している/投資信託・外貨預
金・国債などを購入している/
住宅・教育ローンなど借入れが
ある/不動産・相続など資産形
成アドバイスを受けている
最近3年間で保険金・給付金等
を受取っている
自動車保険に入っていて、この
3年以内に保険金の支払い請求
を行なった/自動車保険のロー
ドサービスを受けた/火災・傷
害保険など、自動車保険以外の
保険に加入している
株式の売買を行なっている/投
資信託や国債などを購入してい
る/FX・先物・信用取引など
を行なっている/資産運用の情
報提供・アドバイスを受けている
持っている中で最も良く使う
出典:「2009 年度 JCSI(日本版顧客満足度指数:Customer Satisfaction Index)発表∼日本の高評価サ
ービス企業が判明/ 29 業界のお客様評価∼」サービス産業生産性協議会(平成 22 年 3 月 16 日
発表)
ティホテル,宅配便,携帯電話,レジャー
スーパーマーケット,家電量販店,ホーム
イベント
センター,ドラッグストア,飲食業,カフ
■第 6 回調査(2009 年 10 月∼ 11 月)
ェ,病院,介護サービス,フィットネス,
指数化対象業界: 9 業界・ 108 企業/総回
塾・通信教育,近郊鉄道,クレジットカー
答者数 3 万 8,292 人
ド,(その他小売)
百貨店,通信販売,旅行,国内交通(長距離),
笆――― スイッチング・バリアについて
国際航空,銀行,生命保険,損害保険,証券
■第 7 回調査(2010 年 1 月∼ 2 月)
1.リレーションシップ・マーケティングに
指数化対象業界: 12 業界・ 116 企業/総回
おけるスイッチング・バリアへの関心
答者数 4 万 2,249 人
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
(1)サービス業におけるリレーションシッ
をもたらすとされる(Anderson and Sullivan
プ・マーケティングの重要性
1993)。多くの研究が,顧客満足と顧客ロイヤ
顧客とのリレーションシップを獲得し,維
ルティとの関連を実証している(Bolton 1998,
持し,強化するというリレーションシップ・
Cronin and Taylor 1992, Fornell 1992, Oliver
マーケティングについて,サービス業におけ
1999, Oliver and Swan 1989 等)。JCSI や
るその重要性が指摘されている(Berry 1983,
ACSI においても,顧客維持と将来の経済的
Grove et al. 2003)。サービスは「モノ」とは
成果を予測する指標として,顧客満足を業界
異なり,生産と消費が同時に行われるという
単位で大規模に測定している。
特徴を持つとされる 。すなわち,サービス
4)
の提供者と顧客との間に相互作用プロセスが
(3)近年のスイッチング・バリアへの関心
生じて,継続的な接触が発生するということ
このように顧客満足の重要性への認識が定
であり,そこには必然的にリレーションシッ
着する一方で,近年,顧客維持におけるスイ
プが存在する。サービスにはそもそも顧客と
ッチング・バリアへの関心が高まっている。
の関係性に対する視点が内包されているので
顧客満足が重要な指標であることに疑問を挟
ある(南 2005)。
む余地はないが,それを高めることだけが唯
リレーションシップ・マーケティングにお
一の戦略ではない(Bendapudi and Berry
ける成果指標として重視されるのは,好意的
1997, Jones and Sasser 1995)。現在利用して
なクチコミ,再購買意図,再購買行動などに
いるサービス提供者を切り替えることをため
代表される「顧客ロイヤルティ」である
らわせるような障壁を構築することも,重要
(Heskett et al. 1997, Rust et al. 2000 等)。そ
な顧客維持戦略である。スイッチング・バリ
れは顧客の離反を防ぎ,顧客維持をもたらし,
アが高ければ,たとえあまり満足していない
ひいては企業の利益につながる(Dick and
顧客であっても維持することが可能となる。
Basu 1994, Reichheld and Sasser 1990)。競争
また,顧客の離反をもたらすようなサービス
が激化し,新規顧客獲得にかかるコストが増
の失敗やサービス品質の不安定さを補うこと
大するにつれ,企業は顧客を維持するための
もできるかもしれない。実際のところ,顧客
戦略に力を注ぐようになっている。FSP
満足を 100 %にまで高めることを目指すのは
(Frequent Shoppers Program)のようなポイ
現実的な戦略ではないことは明らかである。
ント制度はその代表的なものである。
また,顧客満足だけを盲目的に重視するこ
とにも警鐘が鳴らされている。「満足―ロイヤ
(2)顧客満足への注目
ルティ」の関係性に関する研究において,そ
顧客維持をもたらすもっとも重要な要因の
の非線形性を示唆するものがある。つまり,
一つが「顧客満足」である(Bitner 1990,
顧客満足を高めれば顧客ロイヤルティが高ま
Oliver 1980)。コア・サービスへの満足は,
るというような,単純な関係性ではないとい
サービス提供者を切り替えるベネフィットの
うことである。ある顧客群においては満足と
知覚を減少させるため,より高い再購買意図
再購買行動との間に相関がみられないという
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論文
結果(Mittal and Kamakura 2001)や,満足
究されてきた(畑井 2001)。しかし,その種
が一定の水準を超えた場合にのみ顧客ロイヤ
類については研究によってさまざまなものが
ルティを高めるという示唆(Dick and Basu
提示され,統一した見解が形成されていない
1994)などが得られている。この非線形性の
のが現状である。スイッチング・コストの理
背景には,スイッチング・バリアが「満足―
論的系譜や種類については畑井(2001)に詳
ロイヤルティ」の関係性に影響を与えている
しいので,そちらを参照されたい。本稿では,
可能性が指摘されている。これらの影響に関
スイッチング・バリアの種類をより幅広く扱
する既存研究の概要は笳にて述べる。
。
っている研究例を示す(表− 1)
2.スイッチング・バリアの定義
中でも,網羅的で最近の研究でも引用が多
スイッチング・バリア(Switching Barrier)
いのが Burnham et al.(2003)のスイッチン
とは,既存のサービスに満足していない顧客
グ・バリアである(Caruana 2004, Hu and
が別のサービス提供者にスイッチする際に感
Hwang 2006, Vázquez-Casielles et al. 2009)。
じる困難さや,新しいサービス提供者にスイ
8 つのコストを 3 カテゴリにまとめて提示し
ッチする際に顧客が感じる経済的,社会的,
ている。本稿でも,このカテゴリに依拠して
心理的負荷を意味する(Fornell 1992)。スイ
分析を進める。以下にその内容を記す。
ッチング・コスト(Switching Cost)という
1)手続き的スイッチング・コスト(Proce-
概念と明確に区別されずに用いられることも
dural Switching Costs)
多いが,スイッチング・バリアの方がより幅
エコノミック・リスク・コスト(economic
広い意味合いを持つ。スイッチング・コスト
は「サービスを変更する際にかかる時間的,
risk costs),評価コスト(evaluation costs),
金銭的,心理的コスト」
(Dick and Basu 1994)
学習コスト(learning costs),セットアッ
や,「現在のリレーションシップを終了し,代
プ・コスト(setup costs)で構成される。時
替を確保するために必要とされる追加的なコ
間や労力の支出に関わるコストである。
ストの大きさに関する知覚」(Porter 1980)
2)経済的スイッチング・コスト(Financial
を指す。そのため,スイッチング・バリアの
Switching Costs)
下位概念のひとつとしてスイッチング・コス
トを扱う研究も見られる(Ping 1993, Jones
ベ ネ フ ィ ッ ト 損 失 コ ス ト ( benefit loss
et al. 2000, Colgate and Lang 2001, Patterson
costs),金銭的損失コスト(monetary loss
and Smith 2003 等)。
costs)で構成される。経済的に定量化できる
資源に関わるコストである。
3.スイッチング・バリアの種類
3)関係的スイッチング・コスト(Relational
スイッチング・コスト,スイッチング・バ
Switching Costs)
リアについては,1980 年代以降,経済学,戦
対人的関係性損失コスト(personal rela-
略論,マーケティング論など幅広い分野で研
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
■表―― 1
さまざまなスイッチング・バリアの種類
Ping(1993)
Jones, Mothersbaugh and Beatty(2000)
・スイッチング・コスト
・対人的関係性
・代替の魅力
・スイッチング・コスト
・投資
・代替の魅力
・投資の独自性
Jones, Mothersbaugh and Beatty(2002)
Patterson and Smith(2003)
・事前の探索と評価のコスト
・特別待遇ベネフィット
・パフォーマンスを失うコスト
・リスク知覚
・不確実性コスト
・探索コスト
・スイッチング後の行動的・認知的コスト
・代替の魅力
・埋没コスト
・好みを説明する必要
・セットアップ・コスト
・対人的関係性を失うこと
Burnham, Frels and Mahajan(2003)
Jones, Reynolds, Mothersbaugh and Beatty
(2007)
・手続き的スイッチング・コスト
<ポジティブ>
‐エコノミック・リスク・コスト
・社会的スイッチング・コスト
‐評価コスト
・ベネフィット損失コスト
‐学習コスト
<ネガティブ>
‐セットアップ・コスト
・手続きコスト
・経済的スイッチング・コスト
‐ベネフィット損失コスト
‐金銭的損失コスト
・関係的スイッチング・コスト
‐対人的関係性損失コスト
‐ブランド関係性損失コスト
tionship loss costs),ブランド関係性損失コ
の獲得を目的とした攻撃型戦略と,既存顧客
スト(brand relationship loss costs)で構成
の維持を目的とした防衛戦略を提示するなか
される。アイデンティティや絆が損なわれる
で,スイッチング・コストを扱った最初の研
ことによる,心理的,感情的な苦痛に関わる
究の一つである。Jones and Sasser(1995)
コストである。
は,市場環境の競争性の決定要因の一つとし
てスイッチング・コストに言及している。ま
笳――― 既存研究の知見と本稿の目的
た,クリティカル・インシデント法を用い,
顧客のスイッチ行動の決定要因としてスイッ
1.「満足―ロイヤルティ」の関係における
チング・バリアを検証した Keaveney(1995)
スイッチング・バリアの影響
や,デプス・インタビューにより,顧客ロイ
近年,顧客維持戦略においてスイッチン
ヤルティの先行指標としてスイッチング・コ
グ・バリアへの関心が高まっていることはす
ストを含んだモデルを構築した Gremler and
でに述べたが,Fornell(1992)は,新規顧客
Brown(1996)などは,初期の研究成果であ
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論文
る。
1996, Hu and Hwang 2006, Jones et al. 2007,
顧客満足の重要性が注目される中,顧客維
Lee and Cunningham 2001)
持においてスイッチング・バリアの果たす役
割に関する実証研究はあまり進まなかったが,
2)媒介効果(mediating effect)
2000 年前後以降,満足やロイヤルティと関連
顧客満足やサービス品質といったその他の
させたスイッチング・バリアの理論的枠組が
先行要因と,顧客ロイヤルティとの関係の間
構築されつつある(Vázquez-Casielles et al.
に介在する要因として,スイッチング・バリ
2009)。「満足―ロイヤルティ」の関係性にお
アを扱うアプローチである。要因間の影響に
けるスイッチング・バリアの影響の検証にお
ついては,基本的にプラスの関係性が想定さ
いては,大きくわけて以下の 3 つのアプロー
れる。
(Burnham et al. 2003, Lam et al. 2004,
チが存在する(図− 1)。
Vázquez-Carrasco and Foxall 2006)
1)直接効果(direct effect)
3)交互作用効果(interaction effect),調整
スイッチング・バリアを顧客ロイヤルティ
効果(moderating effect)
の先行要因の一つとして扱うアプローチであ
顧客満足などの先行要因と顧客ロイヤルテ
る。基本的に,バリアが高くなれば,顧客ロ
ィとの関係性に対し,スイッチング・バリア
イヤルティが高くなるという仮定に基づく。
が調整変数として影響を与えるとするアプロ
(Aydin and Özer 2005, Bansal and Taylor
ーチである。すなわち,スイッチング・バリ
1999, Caruana 2003, Gremler and Brown
アの程度によって,「満足―ロイヤルティ」の
■図―― 1
関係性の強さが異なる可能性を検証するもの
スイッチング・バリアの影響に関する 3 つのアプローチ
である。基本的には,バリアが高いほど「満
足―ロイヤルティ」の関係性が弱くなること
1)直接効果
が想定されるが,バリアの種類やロイヤルテ
満足
ィの種類によって異なる影響を想定する研究
ロイヤ
ルティ
も見られる。(Chen and Wang 2006, Jones et
バリア
al. 2000, Lam et al. 2004, Lee et al. 2001, Pat2)媒介効果
terson et al. 2001, Renaweera and Prabhu
満足
満足
ロイヤ
ルティ
バリア
2003, Vázquez-Casielles et al. 2009, Yang and
ロイヤ
ルティ
Peterson 2004)
バリア
2.スイッチング・バリアの交互作用効果
3)交互作用効果、調整効果
このように,スイッチング・バリアの果た
満足
ロイヤ
ルティ
す役割についてはさまざまなアプローチによ
るモデル化が提示されており,近年はこれら
バリア
の複数の効果を比較検証する研究も見られる
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
■図―― 2
(Augusto de Matos et al. 2009, Vázquez-
再購買意図に対する顧客満足とスイッチング・バリ
アの交互作用効果のイメージ
Casielles et al. 2009)
。まだ一定の結論は得ら
れていないが,笆で触れた「満足―ロイヤル
(Jones et al. 2000 Figure1 に基づく)
ティ」の関係性にしばしば見受けられる非線
スイッチング・
バリア
形性を示唆する結果は,スイッチング・バリ
アによる交互作用効果による可能性が高いと
高
考える。よって本稿では,このアプローチに
再
購
買
意
図
基づき分析を行う。
以下では,スイッチング・バリアの交互作
低
用効果を検証した既存研究をいくつか取り上
げ,その知見をまとめる。
(1) Jones et al.(2000)
低
銀行(n=228)と美容室・理容室(n=206)
高
顧客満足
の利用者に関する研究。再購買意図を従属変
数とする回帰モデルを用い,3 つのスイッチ
ング・バリア(対人的関係性,スイッチン
顧客ロイヤルティ(再購買意図,スイッチへ
グ・コスト,代替の魅力)と顧客満足の主効
の抵抗感,推奨意向)を従属変数とする回帰
果と,各バリアと満足の交互作用効果を検証
モデルを用い,3 つの顧客満足(価格,コ
している。
ア・サービス,付加価値サービス)の主効果
と,満足とスイッチング・コスト(スイッチ
顧客満足は有意なプラスの主効果を示し,
の困難度)の交互作用効果を検証している。
各バリアの主効果は非有意であった。満足と
主効果はいずれもプラスで有意となり,満
各バリアとの交互作用効果については,いず
足とスイッチング・コストの交互作用効果は
れもマイナスで有意となった。
すなわち,満足は顧客維持にとって重要で
プラスで有意となった。コストが高いほど
あることが確かめられた一方で,顧客が高い
「満足―ロイヤルティ」の関係性が強いという
スイッチング・バリアを感じているほど,満
この結果は他の既存研究の結果と一致しない
足が再購買意図をもたらす効果を弱めるとい
ものであるが,積極的な解釈は行われていな
う結果が得られた。このことは,サービスに
い。
対して満足していない場合でも,高いバリア
さらに,顧客を利用時間の長さによる 3 タ
によって顧客が囲い込まれやすい傾向を示す
イプに分類し,各顧客セグメントにおいて同
ものである(図− 2)。
様の回帰モデルを実施。利用時間の短い 2 セ
グメントにおいては顧客ロイヤルティに対す
(2)Lee et al.(2001)
る「付加価値サービスに関する満足」の主効
携帯電話(n=256)の利用者に関する研究。
果が非有意となった一方で,もっとも利用時
43
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)
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★
論文
間の長いセグメントにおいては「コア・サー
ッチング・コスト(スイッチにかかる時間・
ビスに関する満足」の主効果が非有意となっ
労力・コスト)の主効果と,知覚価値とコス
た。また交互作用効果も,利用時間のもっと
トの交互作用効果,および満足とコストの交
も長いセグメントにおいてのみ非有意となっ
互作用効果を検証している。
た。これらの結果は,顧客の要因によっても
スイッチング・コストについては,主効果
各概念間の関係性が異なる可能性を示すもの
も交互作用効果も非有意となった。この結果
である。
については,E コマースという業界の特性に
よる可能性が示唆されている。つまり,代替
(3)Renaweera and Prabhu (2003)
となるサイトが多いことや,利用者がコンピ
固定電話(n=432)の利用者に関する研究。
ューターの扱いに比較的慣れているためスイ
再購買の可能性を従属変数とする回帰モデル
ッチに際して面倒さを感じにくいといったこ
を用い,顧客満足,信頼,スイッチング・バ
とから,スイッチング・コストの影響が少な
リア(設備条件と自己効用感に関するバリア)
いという解釈が示されている。
の 3 つの独立変数の主効果と,満足と信頼,
しかし,知覚価値と顧客満足について高低
および満足とスイッチング・バリアの 2 つの
の 2 群に分けてそれぞれ同様の回帰モデルを
交互作用効果を検証している。
実施したところ,いずれも低い群においての
3 つの独立変数の主効果はいずれもプラス
み,交互作用項が有意という結果が示された。
で有意となり,満足と信頼の交互作用効果は
この非対称的な効果については,その他の既
プラスで有意,満足とスイッチング・バリア
存研究では得られていない結果であるが,ス
の交互作用効果はマイナスで有意となった。
イッチによるベネフィットとコストの差によ
2 つの交互作用効果の方向性からは,信頼
ってスイッチするかどうかが決定されるとい
が高いほど,満足が再購買の可能性を高める
うコスト―ベネフィット理論によって説明が
効果が強くなり,スイッチング・バリアが高
可能であるとしている。
いほど,満足が再購買の可能性を高める効果
が弱くなることが分かる。この結果から顧客
(5)Chen and Wang (2009)
維持において,信頼は満足が高い場合にさら
生命保険(n=160)の利用者に関する研究。
にロイヤルティを高める補完要因としての役
再購買意図を従属変数とする回帰モデルを用
割を果たし,スイッチング・バリアは満足が
い,顧客満足とスイッチング・バリア(スイ
低い場合に顧客離反を制限する制約要因とし
ッチング・コスト,関係性投資,代替の魅力,
て機能していることが示唆される。
サービス・リカバリー)の主効果と,満足と
バリアの交互作用効果を検証している。いず
(4)Yang and Peterson(2004)
れの主効果もプラスで有意となり,交互作用
オンラインサービス(n=235)の利用者に
項はマイナスで有意となった。
関する研究。再購買意図を従属変数とする回
帰モデルを用い,顧客満足,知覚価値,スイ
● JAPAN MARKETING JOURNAL 117
マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)
以上のように,顧客満足とスイッチング・
44
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
バリアが高まるほど顧客ロイヤルティが高ま
2009 年度年間調査データのうち,各業界に
るというプラスの主効果と,バリアが高くな
おいて「その他」とされる企業を除いた,全
るほど「満足―ロイヤルティ」の関係性が弱
29 業界 302 企業に対する回答(n=93,175)を
まるというマイナスの交互作用効果があるこ
使用した。各企業の回答者は最小 100 名から
とは,おおよそ共通する結果と言える。
最大 478 名であり,1 企業に対する平均回答
者数は約 309 名であった。
しかし,対象業界や扱われているスイッチ
ング・バリアの種類が異なるため,これらの
結論の一般化や,精緻な理論化を行うことは
2.使用指標 5)
難しいと言わざるをえない。
1)顧客ロイヤルティ: JSCI 指標の一つであ
る「ロイヤルティ」を用いる。
3.本稿の目的
2)顧客満足:同じく JSCI 指標の一つである
上述したように,スイッチング・バリアの
「顧客満足」を用いる。
影響に関する既存研究では,業界横断的な検
討やバリアの種類による違いの検討が十分に
行われていない。よって本稿では JCSI データ
3)スイッチング・バリア: 2009 年度年間調
を用い,「満足―ロイヤルティ」の関係性にお
査で実施された質問項目のうち,Burn-
けるスイッチング・バリアの影響について業
ham et al.(2003)の「手続き的スイッチ
界横断的に比較し,顧客維持戦略におけるそ
ング・コスト」(以下,手続き的 SC)に相
の役割を考察することを目的とする。
当する 2 項目と,「経済的スイッチング・
具体的には以下の 3 点を比較する。業界に
コスト」(以下,経済的 SC)に相当する 5
よる違いについて十分な既存研究の蓄積がな
項目を用いる。各項目は 7 段階のリッカー
いため,仮説は設けず探索的に分析を行う。
ト・スケールで測定されている。各項目の
内容と 2 つのバリアの信頼性係数(クロン
バックのα)は以下のとおりである。いず
1)スイッチング・バリアの水準の業界比較
れも一般的に許容範囲とされる 0.7 以上の
値を示したため,各バリアを構成する項目
2)顧客ロイヤルティに対する顧客満足,スイ
の算術平均を指標として用いるものとする。
ッチング・バリアの主効果の業界比較
※いずれも「**」は各業界名を表す。また,
3)
「満足―ロイヤルティ」の関係性における
一部業界については未実施の項目がある。
スイッチング・バリアの交互作用効果の業
界比較
■ 手続き的 SC(α =0.794)
笘――― 分析概要
・「この**以外のよい**を探すのはと
ても手間がかかる」(探索コスト)
1.使用データ
・「もし**を変えたら,違う**の仕組
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★
論文
みやシステムに慣れるまで時間がかかる
いられている線型モデル Moderated Regres-
だろう」
(学習コスト)
sion Analysis(MRA)を使用する(Saun-
■ 経済的 SC(α =0.799)
ders 1956)。MRA は調整変数の効果の検証に
・「他の**よりも,当**を利用し続け
おいて有効な手法である(Chen and Wang
る方が金銭的なメリットがあるだろう」
2006)。顧客ロイヤルティを従属変数とし,独
(金銭的損失コスト)
立変数として顧客満足,スイッチング・バリ
・「もしこの**を利用できなくなったら,
ア,および両者の交互作用項を設定する。ま
この**でしか得られないメリットがな
た,本稿においては各業界を構成する企業間
くなってしまう」(ベネフィット損失コス
の変動については考察しないため,企業を制
ト)
御変数として用いる。
・「ここにしかない商品やサービスのため,
笙――― 分析結果
当**を利用している」(ベネフィット損
失コスト)
1.スイッチング・バリアの水準
・「ポイント制度を積極的に使っている」
1)スイッチング・バリアの水準の業界比較
(金銭的損失コスト)
表− 2 に手続き的 SC および経済的 SC に関
・「ポイント制度で得られる特典は魅力的
する各業界の平均値を高い順に示す。
である」(金銭的損失コスト)
手続き的 SC は,新しいところを探すのが
手間,新しいところに慣れるのが大変,とい
3.分析方法 6)
った,スイッチにかかる労力に関するスイッ
3 点の業界比較について,以下のような分
チング・バリアである。このバリアの上位 5
析方法を用いる。
業 界 は , 介 護 サ ー ビ ス ( 4 . 9 6 ), 近 郊 鉄 道
( 4 . 4 4 ), 病 院 ( 4 . 3 8 ), 学 習 塾 ・ 通 信 教 育
1)スイッチング・バリアの水準の業界比較
(4.25),フィットネス(4.08)である。代替企
手続き的 SC および経済的 SC について各業
業が少ない,もしくはサービスの専門性の高
界の回答者の平均値を求め,各バリアの上位
い業界が高い水準を示している。一方で下位
業界,下位業界を明らかにする。
5 業界は,コンビニエンスストア(2.76),カ
フェ(2.92),飲食業(2.96),衣料品専門店
2)顧客ロイヤルティに対する顧客満足,スイ
(3.02),スーパー(3.05)である。いずれも代
ッチング・バリアの主効果の業界比較
替が多い業界である。このように業界特性と
および
して,代替企業が多く存在し専門性も高くな
3)「満足―ロイヤルティ」の関係性における
いためスイッチにかかる労力が少ない業界は,
スイッチング・バリアの交互作用効果の業
他のバリアを構築することによって顧客の囲
界比較
い込みを図る必要があるだろう。
笳の 2.で概要を紹介した既存研究でも用
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経済的 SC は,金銭的メリットやそこだけ
46
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
■表―― 2
各業界のスイッチング・バリアの水準
順
手続き的 SC*
位
業界
順
経済的 SC
平均
SD
位
業界
平均
SD
1
介護サービス
4.96
1.424
1
クレジットカード
4.51
1.400
2
近郊鉄道
4.44
1.706
2
介護サービス
4.32
1.273
3
病院
4.38
1.490
3
家電量販店
4.22
1.415
4
学習塾・通信教育
4.25
1.300
4
通信販売
4.07
1.360
5
フィットネス
4.08
1.465
5
ドラッグストア
4.06
1.450
6
携帯電話
3.87
1.609
6
病院
4.02
1.331
7
国内交通(長距離)
3.42
1.873
7
損害保険
3.96
1.282
8
旅行業(ネットサイト含む)
3.42
1.703
8
学習塾・通信教育
3.93
1.143
9
通信販売
3.42
1.741
9
生命保険
3.91
1.416
10
生活雑貨・家具専門店
3.36
1.366
10
国際航空
3.80
1.372
11
ドラッグストア
3.33
1.458
11
レジャーイベント
3.71
1.283
12
家電量販店
3.32
1.454
12
フィットネス
3.68
1.250
13
百貨店
3.28
1.391
13
携帯電話
3.63
1.282
14
国際航空
3.26
1.776
14
旅行業(ネットサイト含む)
3.61
1.474
15
シティホテル
3.20
1.481
15
スーパー
3.59
1.489
16
ビジネスホテル
3.20
1.457
16
ビジネスホテル
3.50
1.289
17
ホームセンター
3.14
1.388
17
国内交通(長距離)
3.47
1.423
18
宅配便
3.13
1.549
18
百貨店
3.30
1.381
19
スーパー
3.05
1.430
19
衣料品専門店
3.24
1.256
20
衣料品専門店
3.02
1.390
20
カフェ
3.15
1.343
21
飲食業
2.96
1.365
21
シティホテル
3.08
1.311
22
カフェ
2.92
1.414
22
生活雑貨・家具専門店
3.04
1.149
23
コンビニエンスストア
2.76
1.440
23
飲食業
2.97
1.170
24
ホームセンター
2.94
1.215
25
銀行
2.93
1.294
26
近郊鉄道
2.90
1.216
27
証券
2.87
1.227
28
宅配便
2.84
1.209
29
コンビニエンスストア
2.83
1.315
* レジャーイベント、銀行、生命保険、損害保険、証券、クレジットカードの 6 業界については、該当
項目について未実施のため対象外。
で提供される商品・サービス,ポイント制度
ク レ ジ ッ ト カ ー ド ( 4 . 5 1 ), 介 護 サ ー ビ ス
の特典等を失うことに関するスイッチング・
(4.32),家電量販店(4.22),通信販売(4.07),
バリアである。このバリアの上位 5 業界は,
ドラッグストア(4.06)である。独自性のあ
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★
論文
る商品・サービスを提供している業界,もし
■図―― 3
くはポイント制度の発達した業界が含まれて
各業界の顧客満足とスイッチング・バリア
いる。一方で下位 5 業界は,コンビニエンス
ストア(2.83),宅配便(2.84),証券(2.87),
近郊鉄道(2.90),銀行(2.93)である。近年,
コンビニエンスストア業界では業界横断的な
ポイント・システムに参画する企業もあるし,
宅配便業界では情報技術を駆使したきめ細や
かなサービスを提供している。近郊鉄道でも,
電子マネーやクレジット機能等を付加した IC
カードにより,利用客に利便性を提供してい
る。しかし今回の結果からは,こういった施
策はまだ顧客のスイッチング・バリアを十分
に構築する水準に至っていないようである。
経済的 SC について下位に位置する業界は,
引き続きこのバリアを高めるような施策を講
※参照線は全業界の平均値
じ,そのメリットを顧客に浸透させ,顧客維
持につなげることを目指す必要があるだろう。
バリアによる過度な囲い込みを顧客に感じさ
図− 3 は,各業界の顧客満足の水準と 2 つ
せないことも重要である。
のスイッチング・バリアの水準の関係を図示
満足は高いがバリアが低い第 2 象限には,
したものである。この図の 4 象限のどこに位
宅配便,カフェ,飲食業,シティホテルとい
置するかによって,その業界が優先して意識
った業界が含まれている。これらは競争が激
すべき顧客維持戦略の方針が見えてくる。
しく,結果として業界全体の満足度が高い業
満足もバリアも低い第 3 象限には,不特定
界群と言える。これらの業界は,満足を維持
多数の顧客が利用するコンビニやスーパーと
しつつ,他社とのさらなる差別化を図ること
いった流通サービスや,標準化されたサービ
でバリアを高めていくべきだろう。
スを提供する証券や銀行といった金融サービ
満足もバリアも高い第 1 象限には,介護サ
スが含まれている。ここに位置する業界は,
ービス,病院といった契約型で対人接触の多
まずはコア・サービスの満足を引き上げるべ
いサービスが含まれている。ここに位置する
く,サービス品質を高める必要がある。
業界は,過度な囲い込みに配慮しつつ,満足
満足は低いがバリアが高い第 4 象限には,
維持に努めることが望まれる。
学習塾・通信教育,携帯電話,生命保険とい
2.MRA
った,契約型のサービスが位置している。こ
ういった業界は,満足向上を目指す一方で,
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2 つのスイッチング・バリアそれぞれにつ
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
いて,笘の 3.で示した MRA を業界ごとに
2)顧客ロイヤルティに対する顧客満足,スイ
実施した 。モデルⅠは手続き的 SC を,モデ
ッチング・バリアの主効果の業界比較
7)
ルⅡは経済的 SC を用いたものである。各業
いずれのモデルにおいても,全業界で顧客
界の分析結果については,調整済み R 値およ
満足および各スイッチング・バリアの主効果
び交互作用項の有意性について抜粋したもの
はすべてプラス方向に 1%水準で有意であった。
を表− 3 に示す。
この結果は,顧客満足とスイッチング・バリ
2
■表―― 3
Moderated Regression Analysis の結果(調整済み R2 値および交互作用項の有意性のみ抜粋)
業種
百貨店
モデルⅠ:手続き的 SC
調整済み R2
満足* SC
.451
モデルⅡ:経済的 SC
調整済み R2
満足*SC
.479
スーパー
.480
コンビニエンスストア
.507
家電量販店
.545
ホームセンター
.479
ドラッグストア
.494
**
.518
**
衣料品専門店
.471
**
.457
**
生活雑貨・家具専門店
.431
*
.455
通信販売
.452
シティホテル
.488
ビジネスホテル
.520
**
.510
飲食業
.467
**
.472
カフェ
.449
旅行業(ネットサイト含む)
.512
**
.520
―
―
.438
レジャーイベント
.479
.498
*
.585
.487
.488
.471
**
.452
**
国際航空
.507
国内交通(長距離)
.439
*
.530
.461
近郊鉄道
.311
**
.307
携帯電話
.444
.508
宅配便
.542
.534
病院
.517
.545
介護サービス
.407
.515
フィットネス
.516
.552
学習塾・通信教育
.385
.489
**
**
*
**
銀行
―
―
.511
生命保険
―
―
.529
損害保険
―
―
.530
**
証券
―
―
.516
**
クレジットカード
―
―
.462
※「顧客ロイヤルティ」を従属変数、「顧客満足」「各スイッチング・バリア」「企業」を独立
変数とする線型モデル。
※顧客満足、各スイッチング・バリアの主効果はすべてプラス方向に 1%水準で有意。
− p<.10 で表す。係数は
※満足とバリアの交互作用効果の有意性については、** p<.01 * p<.05 |
すべてマイナス方向を示した。
※モデルⅠは、レジャーイベント、銀行、生命保険、損害保険、証券、クレジットカードの 6
業界については手続き的 SC の該当項目について未実施のため対象外。
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アはともに,顧客ロイルティを高める重要な
hu 2003)。よって,顧客満足を高めることを
先行要因であるという多くの既存研究の知見
追求するだけでなく,こういったスイッチン
と一致するものである。
グ・バリアを構築することは有効な顧客維持
あらゆる業界において,顧客ロイヤルティ
の手段と言える。
の予測指標として,顧客満足だけでなく顧客
しかし一方で,やみくもにスイッチング・
の知覚するスイッチング・バリアの程度につ
バリアを高めることにも危険が伴う。金銭的
いても関心を払い,モニタリングすることが
な損失や,スイッチにかかる労力といったネ
望まれる。
ガティブなバリアによる過度な囲い込みは,
顧客に「ロックインされた(lock-in)」,「わな
3)「満足―ロイヤルティ」の関係性における
にかけられた(entrapped)」という感覚を生
スイッチング・バリアの交互作用効果の業
じさせやすい。ネガティブなバリアによる顧
界比較
客維持は短期的なものであり,長期的には,
手続き的 SC について顧客満足との交互作
否定的なクチコミなどの好ましくない結果を
用効果が 1 %水準で有意であった業界は,ド
企業にもたらしかねないと言われている
ラッグストア,衣料品専門店,ビジネスホテ
(August de Matos et al. 2009, Jones et al.
ル,飲食業,旅行業(ネットサイト含む),近
2000; 2007, Renaweera and Prabhu 2003)
。ま
郊鉄道,5 %水準で有意であった業界は,家
た,特に経済的なバリアは,他社の同様の戦
電量販店,生活雑貨・家具専門店,国内交通
略によって無力化されやすい。そもそも満足
(長距離)の計 9 業界であった。一方,経済的
していない顧客は,バリアが下がったとたん
SC について顧客満足との交互作用効果が 1 %
簡単に他社にスイッチしてしまう可能性が高
水準で有意であった業界は,ドラッグストア,
い。
表− 4 は,交互作用効果が見られた業界に
衣料品専門店,飲食業,旅行業(ネットサイ
ト含む),フィットネス,学習塾・通信教育,
ついて,スイッチング・バリアの高低および
銀行,損害保険,証券,5 %水準で有意であ
顧客満足の高低による 4 群の人数構成比と顧
った業界は病院の計 10 業界であった。
(表− 3)
客ロイヤルティの平均値を示したものである。
多くの既存研究の成果と同じく,これらの
満足が低くバリアが高い群は,上記のような
交互作用効果はいずれの業界・バリアについ
状況で囲い込まれている可能性のある顧客群
てもマイナス方向で有意であった。すなわち,
と言える。手続き的 SC に関しては,衣料品
顧客の満足の程度によってバリアの効果が異
専門店(21 %),ビジネスホテル(21 %),近
なり,満足が低い顧客ほどロイヤルティを高
郊鉄道(20 %)などにおいて高い構成比を示
めるのにバリアが重要な役割を果たすという
している。経済的 SC に関しては,銀行
ことである。言いかえれば,これらの業界に
(22 %),旅行業(ネットサイト含む)(21 %),
おいてはコア・サービスへの満足が十分でな
衣料品専門店(20%),飲食業(20 %)などで
い場合も,バリアの高さによって顧客を維持
多くなっている。こういった,いわゆるかり
しやすい傾向がある(Renaweera and Prab-
そめのロイヤルティによって自社を利用して
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
■表―― 4
バリア高低*満足高低による顧客ロイヤルティ(交互作用有り業界)
顧客満足
バ
リ
業界
低群
ア
人数(%)
高群
平均値(SD)
人数(%)
平均値(SD)
低
827(33)
43.9 (17.2)
594(24)
63.7(16.39)
高
458(19)
55.0(12.83)
593(24)
73.2(14.13)
低
677(31)
46.3(16.57)
544(25)
64.1(15.53)
高
410(19)
57.7(13.01)
532(25)
72.5(12.72)
低
1,080(32)
38.2(16.40)
793(23)
54.9(16.05)
高
720(21)
51.7(12.29)
827(24)
64.9(14.56)
低
592(31)
43.6 (15.9)
453(24)
59.7(16.36)
高
358(19)
54.4(12.54)
496(26)
68.0(14.26)
低
812(30)
43.2(18.22)
556(21)
64.0(17.12)
高
552(21)
55.9(12.62)
744(28)
72.8(14.90)
低
1,701(33)
46.2(17.19)
1,188(23)
63.5(14.81)
高
925(18)
56.1(12.61)
1,286(25)
70.4(13.34)
旅行業(ネットサイト
低
1,330(43)
52.6(18.06)
993(32)
72.8(17.11)
含む)
高
275(9)
65.9(15.47)
499(16)
83.5(13.30)
低
1,269(40)
46.1(18.80)
1,013(32)
65.8(19.67)
高
322(10)
61.8(17.35)
557(18)
78.0(16.53)
低
1,834(31)
47.4(17.57)
1,445(24)
60.9(16.51)
高
1,180(20)
56.1(17.12)
1,541(26)
69.9(16.53)
低
682(32)
46.0(16.11)
410(19)
63.8(15.22)
高
405(19)
58.3(13.43)
666(31)
71.0(13.87)
低
1,133(33)
39.1(16.55)
754(22)
55.2(16.21)
高
667(20)
51.3(12.59)
866(25)
64.3(14.78)
低
1,612(32)
45.6(17.16)
959(19)
62.6(14.72)
高
1,014(20)
56.3(12.65)
1,515(30)
70.0(13.58)
旅行業(ネットサイト
低
959(31)
50.1(18.80)
651(21)
71.1(17.93)
含む)
高
646(21)
62.1(14.99)
841(27)
80.5(14.44)
低
1,110(37)
42.3(22.06)
502(17)
63.1(21.44)
的
高
423(14)
63.1(16.46)
965(32)
79.0(17.45)
SC
低
826(35)
40.7(22.18)
383(16)
63.1(20.30)
高
398(17)
58.3(14.83)
762(32)
76.6(15.74)
低
1,130(39)
30.6(21.00)
483(17)
44.4(19.58)
高
342(12)
48.8(17.10)
929(32)
60.5(18.62)
低
1,194(32)
38.2(19.50)
699(18)
61.2(18.09)
高
849(22)
51.5(13.45)
1,042(28)
68.7(16.24)
低
1,626(41)
47.1(16.35)
851(22)
63.3(15.81)
高
426(11)
60.8(12.89)
1,053(27)
74.9(14.06)
低
1,107(33)
37.0(21.91)
698(21)
64.4(20.91)
高
656(19)
51.6(15.74)
939(28)
70.0(18.02)
家電量販店
ドラッグストア
衣料品専門店
手
生活雑貨・家具専門店
続
き
ビジネスホテル
的
SC
飲食業
国内交通(長距離)
近郊鉄道
ドラッグストア
衣料品専門店
飲食業
経
済
病院
フィットネス
学習塾・通信教育
銀行
損害保険
証券
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)
Japan Marketing Academy
★
論文
いるような,潜在的な離反予備群とも言える
標も限定的なものにとどまった。今後は,よ
顧客層が少なからず存在することを認識しな
り網羅的で汎用的なスイッチング・バリアの
くてはならない。
尺度化が望まれる。
また,業界横断的な比較を目的としながら
このように,スイッチング・バリアを用い
も,探索的な分析にとどまった点も課題であ
た顧客維持戦略は,バリアの種類によっては
る。Fornell(1992)は,顧客満足とロイヤル
「諸刃の剣」となる危険性がある。上記業界に
ティとの関連の仕方は産業によって異なり,
限らず,短期的にはネガティブなバリアも機
市場の規制,スイッチング・コスト,ブラン
能させる一方で,顧客が進んで利用し続けた
ドエクイティ,ロイヤルティプログラムの存
いと思うようなポジティブなバリアを構築す
在,所有技術,製品の差別化といった要素に
ることを目指すことが望まれる(Vázquez-
依存すると指摘している。Jones and Sasser
Casielles et al. 2009)。顧客と従業員との間に
(1995)も,そういった競争環境の違いによっ
肯定的で心理的な絆を醸成する,個別的なニ
て,さまざまな産業が異なる満足とロイヤル
ーズに応える仕組みを整備する,付加価値の
ティの関連性を示すことを論証している。各
高いサービスを提供するといった方法によっ
業界の特性について理解を深め,似たような
て,ポジティブなスイッチング・バリアを形
傾向を示す業界の背景に共通する要因につい
成することができ,より長期的で強固な顧客
て,理論的な仮説を構築することが必要であ
維持が可能となるであろう。
る。
笞――― まとめと今後の課題
注
1)サービス産業生産性協議会 http://www.service-js.jp/
2)JCSI の開発過程や,調査法,推定法などに関する
ACSI との違いについての詳細は,小野(2010)
を参照のこと。
3)
「顧客期待」は利用前の期待・予想,
「知覚品質」
は利用した際の品質評価,「知覚価値」は価格へ
の納得感,「WOM(Word of Mouth)」は他者への
クチコミ,「ロイヤルティ」は継続的な利用意向
を表す。
4)サービスには 4 つの特性があると言われている。
無形性(intangibility)とは,サービスは物理的な
存在ではないため,実物を見たり触ったりできな
いことを指す。不可分性(inseparability)は「同
時性」とも言われる特性で,ほとんどのサービス
では生産と消費が同時に起こることを指す。異質
性(heterogeneity)とは,サービス提供者の能力
や提供される時間などに左右されるため,品質を
標準化することが難しいことを指す。消滅性
(perishability)は,ほとんどのサービスは生産と
同時に消えてしまうため,在庫しておくことはで
きないことを指す(Fisk et al. 1993)
。
本稿では,JCSI で取得された顧客ロイヤル
ティや顧客満足の指標,およびスイッチン
グ・バリアの指標を用い,顧客維持戦略にお
けるスイッチング・バリアの役割について,
業界横断的な検討を行った。業界によってバ
リアの水準が異なることや,満足がロイヤル
ティに与える影響が,バリアの水準によって
異なる業界があることなどが明らかにされた。
本稿の限界のひとつは,スイッチング・バ
リアの指標化にある。笆でまとめたように,
スイッチング・バリアにはさまざまな種類が
提示されている。しかし現行の JCSI ではスイ
ッチング・バリアの尺度化を前提としてデー
タが取得されていないため,本稿で用いた指
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マーケティングジャーナル Vol.30 No.1(2010)
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顧客維持戦略におけるスイッチング・バリアの役割
5)JCSI の「ロイヤルティ」指標は以下の 4 つの質問
項目(10 段階)で構成される。「今後∼で,これ
までよりも幅広い目的で●●を利用したい」(関
連購買),「次回,**を利用する場合,●●を第
一候補にすると思う」(第一候補),「これから∼
の間に●●を今までより頻繁に利用したい」(頻
度拡大),「これからも,●●を利用し続けたい」
(持続期間)
。
JCSI の「顧客満足」指標は以下の 3 つの質問項目
(10 段階)で構成される。「過去 1 年間の利用経験
を踏まえて,●●にどの程度満足していますか」
(全体),「過去 1 年間を振り返って,●●を選ん
だことは,あなたにとって良い選択でしたか」
(選択満足),「●●は,あなたの生活を豊かにす
ることに,どの程度役立っていますか」(生活満
足)
。
なお,**には該当する業界名,●●には企業名
が挿入される。∼は期間を表し,業界によって異
なる。
6)本稿の分析方法については,日本商業学会関西部
会の皆様,特に関西学院大学 中西正雄教授に貴重
な示唆をいただいた。記してここに御礼申し上げ
ます。なお,本稿にあり得る誤りは,すべて筆者
に帰するものである。
7)本稿の分析には IBM SPSS Statistics 18 を用いた。
MRA の実施に使用したメニューは[一般線型モデ
ル]の[一変量]である。「従属変数」に顧客ロイヤ
ルティ,「共変量」に顧客満足,スイッチング・
バリア,「固定因子」に企業を投入し,ユーザー
による指定モデルで,各主効果,交互作用を設定
した。
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酒井 麻衣子(さかい まいこ)
1997 年 京都大学教育学部教育心理学科 C コース卒
業。
複数の民間企業でデータ分析コンサルティングに携
わる。社会人向けセミナー講師,大学非常勤講師な
どを経て。
2005 年より現職。
2009 年 法政大学大学院博士後期課程経営学専攻
(マーケティング)修了。博士(経営学)
。
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